博 士 ( 水 産 科 学 ) 中 野 紀 彦
学 位 論 文 題 名
光刺激を用いた魚類の行動制御に関する研究 学位論文内容の要旨
【研究の目的】
本研究の対象魚種は,サクラマスOncorめ們Cカ瓣m甜D甜m甜D釘と,ブルーギル工印Dmむmをmcカケ船 の2種 類 であ る 。サク ラマスは ,河川 生活期が 長いた め人間活 動の影 響を受け やすく, 近年資 源量 が 減少し た。この 資源の 減少を引 き起こ す原因の ひとっと して, 農業用取 水口へ の迷入が報告され て おり, この迷入 防止策 として集 魚灯に 対する負 の走光性 を利用 する試み や、逆 にダム湖において 集 魚 灯 に よ る 魚 道 へ の 誘 導 が 試 み ら れ て い る が 効 果 的 な 方 法 が 見 っ か っ て い な い 。 一方,ブ ルーギル は,有 害外来種 として 注目を集 め,特 定外来生 物による 生態系 等に係る被害の 防 止に関 する法律 におい て特定外 来生物 として指 定された 。この ため全国 でブル ーギルの調査や駆 除が行われているが,効果的な駆除の方策は見っかっていない。
本研究で は,視覚 的捕食 者である サクラ マスとブ ルーギ ルに対し て,小さ な動く 物体を餌生物に 見 せ誘引 刺激とす ること に注目し ,レー ザーポイ ンタで照 射した 動く光点 を考え た。小さな動く光 点 を刺激 とした行 動制御 を行うた めには ,その刺 激によっ て対象 魚の誘引 反応を 解発できることを 確 認する 必要があ ること とその光 点刺激 が対象種 にとって 最適で あること が求め られる。そのため に は,光 点刺激を 受容す る眼球の 視覚特 性を把握 する必要 があり ,その上 で光点 刺激装置を作製し 実際に誘引行動を調べる必要がある。
【視覚研究】
光りなが ら動く小 さな物 体を光刺 激とし て考える 場合, その物体 の色彩と 大きさ を対象生物に最 適 なもの にしなけ ればな らない。 そこで ,本研究 ではサク ラマス 残留個体 (ヤマ メ)の網膜の水平 細 胞 の 応 答電 位 であるS電位応 答を導 出し,分 光感度 と色彩感 覚を求 めた。そ の結果, サクラ マス 残 留個体 は色彩感 覚と紫 外線に対 する感 度を有し ,その分 光感度特性は緑色(允m獄:522nIn)に最 大 感度を 示した。 このた め、サク ラマス は,紫外 線域から 可視光 域の広い 範囲の 波長の光を受容で き ,その 中でも緑 色を効 率よく受 容できることから,行動制御には緑色の刺激が良いと判断された。
魚類が餌 や外敵を 見ると きと同様 に小さ な動く光 を見る ときの形 態視は, 十分な 遠近調節能カが あ り網膜 上に像の 焦点を 合わせる ことが できるこ とと,十 分な網 膜の分解 能があ ることが必要であ る 。魚類 の遠近調 節は, 水晶体を 支える 水晶体筋 の収縮に よって 行われる ため, 適出眼に電気刺激 を 与 え て 水晶 体 筋を刺激 し,水 晶体の移 動方向と 移動距 離を測定 した。 その結果 ,サク ラマスO゛
(標準体長駈:2745.64mm)で1113駈,1゛(99〜142.5mm)でO.79駈,2゛(278〜318nun)で0.86SL, 親 魚(409〜464mm)で0.76駈と求まった。O゛は,まだ遠近調節が未発達段階であるが,1゛になると 十 分 な 遠 近調 節 能カを有 するこ とがわか った。水 晶体の 移動方向 から視 軸を求め たとこ ろ,0゛の 40.8度 から親魚 の27.6度まで 成長に 伴い前方 上向きか ら前方 やや上向 きに変 化することがわかっ た 。この ため,ス モルト (1゛ )は小さ な光点 を前方上 向きに示したときに効率よく知覚できるとい える。
網膜の分 解能は視 カとし て表され ,本研 究では錐 体細胞 密度から 視カを求 めた。 サクラマスの錐 ―l169―
体細 胞は ,複 錐 体, 単錐 体, 付加 単錐 体の3種類 であ った。紫外 線に感度がある付加単錐体は,す べて の年 齢に お いて 複錐 体や 単錐 体と 比べ 網膜 下部 で付 加錐 体の 密度 が 低く 網膜 後部で付加錐体 の密 度は 高い こ とが 確か めら れ,正面の物体に対して可視光域か ら紫外線域までの波長を利用しコ ント ラス トを 高 めて いる と考 えら れた 。サ クラ マス の成 長に伴う視カは,0.051 (SL:46.3mm)から 0.102 (SL:432mm)と 求 ま り ,Im先 の2点 の 距 離 を そ れ ぞ れ5.7mm,2.9mm以 上 離 す と2点 と 知 覚 で き る こ と が わ か っ た 。 こ の 値 か ら , 光 点の 大き さと 光 点に 対す る反 応距 離の 推定 がで きた 。
【行動研究】
視 覚研 究で 得 られ た視 力・ 遠近調節能カと分光感度特性が行動 学的にどれぐらい発揮されている のか を, 飼育 に 使用 され る餌 (ペレット)を用いて,条件付けを 伴う行動実験を行ない,魚が餌を 発見 し追 従し 捕 食す る時 の餌 と魚 との 距離Reactive distanceを 測定した。餌の大きさとReactive distanceからサクラマスの最小視認閾の視カは,2尾の平均で0.058(.SL: 98.5,98.lmm)と求まった。
また ,実 験個 体 の最 小分 離閾 の視 カは0.067と算 出さ れ,餌に対 する反応距離から求めた最小視認 閾の視カの1116倍と求まった。
光 点刺 激装 置 とし て赤 色レ ーザーポインタを組込んだ装置を自 作し,光点を自在に動く装置とし た。1)レ ーザ ーポ イン タを 移動 させ ない ( 消灯 )( 対照 ),2) 固定 光 点,3) 移動光点,4)移 動の み( 消灯 ) の4光点 条件 でレ ーザ ーポ イ ンタ の光 量を0.98〜6.71〃Wに10段階に変化させて,
サク ラマ スの 光 点に 対す る誘 引反 応行 動を 昼夜 にわ たっ て観 察し た。 サ クラ マス は昼夜に関わら ず,光点に食いっく行動を示し,昼 に水槽底面に照射された動く光点に追従する行動が観察された。
この ため 人工 刺 激で ある 動く 小さな光点は,サクラマスの誘引反 応行動を解発すことができ,サク ラマスの行動制御の手段になり得る 可能性を示した。
次 に野 生魚 の 行動 制御 の技 術開発には,野生魚を用いて自然環 境条件で行った実験から得られた 知見 が欠 かせ な い。 本章 では この条件を満たす魚として野生繁殖 したブルーギルを対象に行動実験 を北海道函館市五稜郭公園内堀池で 行った。基本的に刺激光量(3.91〜579.4弘W)を強くした以外 は, サク ラマ ス の光 点実 験と 同じである。野外において野生のブ ルーギルは,動く光点に対して攻 撃反 応を 示し , さら に画 面内 に出現した総個体数と光点に攻撃行 動を示した個体の比である攻撃反 応割 合は その 刺 激光 量に 正比 例し,最大で80%の個体が攻撃反応 を示した。本光点刺激装置は一度 に多 数の ブル ー ギル の攻 撃行 動を 引き 起こ しブ ルー ギル を装 置の 近傍 に 一時 的に とどまらせるこ とか ら, 本刺 激 装置 をあ る小 さな範囲に集まった魚を採るような 漁具,たとえば,かご網や敷網な ど と 組 み 合 わ せ て 使 用 す れ ば 効 果 的 な ブ ル ー ギ ル の 駆 除 漁 具 と し て 使 用 で き る 。
【視覚研究と行動研究のっながり】
餌 に対 する 反 応距 離か ら求 めた最小視認閾の視カは,組織学的 に求めた最小分離閾の視カと近い 値で あっ た。 こ れは ,視 覚研 究の結果からサクラマスの視軸の向 きに餌を入れたため,サクラマス が視 認し やす か った こと と, 遠近調節の範囲を測定したため、魚 が十分に焦点を合わせられる位置 に餌 を投 入し た ため であ ると 考えられる。このように視覚研究で 得た情報からサクラマスの行動実 験を 最適 にで き た。 なお ,行 動実験に用いた水槽は,灰色で餌は 黄土色であり,餌のコントラスト が低 いた め魚 に とっ て見 えに くいことがサクラマスの色彩感覚か ら推測されたが,それでも最小分 離閾 の視 カと 最 小視 認閾 の視 カは大差なかった。このことから, サクラマスは優れたコントラスト 閾値 を持 って い るこ とが 推察 された。また,サクラマスは,夜間 に赤色の光点刺激に対して食いつ き反 応を 示し た 。こ のと きサ クラマスの網膜は暗順応を示し,錐 体細胞と桿体細胞のどちらでも光 を受 容で きる 状 態に あっ たた め,色彩感覚を有するサクラマスは 赤色の光点を錐体細胞で受容して いた と考 えら れ た。 この よう に視覚研究と行動研究の情報を関連 さ廿ることによって魚類の効果的 な行動制御が可能となる。
学位 論文審 査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
山本勝太郎 三浦汀介
川村軍蔵(鹿児島大学)
平石智徳
学 位 論 文 題 名
光刺 激を用い た魚類 の行動制御に関する研究
本 研 究 は , 農 業 用 取 水 口 へ の 迷 入 が 報 告 さ れ て い る サ ク ラ マ ス と 有 害 外 来 種 と し て 注 目 を 集 め て い る ブ ル ー ギ ル を 対 象 に , レ ー ザ ー ポ イ タ で 照 射 さ れ た 動 く 光 点 を 誘 因 刺 激 と す る 魚 類 の 行 動 制 御 の 可 能 性 に っ い て , サ ク ラ マ ス に つ い て は そ の 視 覚 特 性 に 重 点 を お い て , 視 覚 特 性 が 既 知 で あ る ブ ル ー ギ ル に っ い て は 光 刺 激 を 用 い た 行 動 制 御 に 重 点 を お い て 実 験 を 行 っ た も の で あ り , 審 査 員 一 同 が 高 く 評 価 し た 点 は 以 下 の 通 り であ る。
1) 光 り な が ら 動 く 小 さ な 物 体 を 光 刺 激 と し て 考 え る 場 合 , そ の 物 体 の 色 彩 と 大 き さ を 対 象 生 物 に 最 適 な も の に し な け れ ば な ら を い 。 そ こ で , 本 研 究 で は サ ク ラ マ ス 残 留 個 体 ( ヤ マ メ ) の 網 膜 の 水 平 細 胞 の 応 答 電 位 で あ るS電 位 応 答 を 導 出 し , 分 光 感 度 と 色 彩 感 覚 を 求 め て い る 。 そ の 結 果 , サ ク ラ マ ス 残 留 個 体 ( ヤ マ メ ) は 緑 色 と 赤 色 の 区 別 が で き る 色 彩 感 覚 を 有 し , そ の 分 光 感 度 特 性 は 緑 色 ( 允max: 522nm)に 最 大 感 度 を 示 し , 紫 外 線 域 か ら 可 視 光 域 の 広 い 範 囲 の 波 長 の 光 を 受 容 で き る こ と , そ の 中 で も 緑 色 を 効 率 よ く 受 容 で き る こ と を 明 ら か に し て い る 。 ま た , 小 さ な 動 く 光 を 見 る と き の 形 態 視 に は , 十 分 な 焦 点 調 節 能 カ が あ り 網 膜 上 に 像 の 焦 点 を 合 わ せ る こ と が で き る こ と と , 十 分 な 網 膜 の 分 解 能 ( 視 力 ) が あ る こ と が 必 要 で あ る 。 こ の た め , サ ク ラ マ ス の 適 出 眼 に 電 気 刺 激 を 与 え て 水 晶 体 筋 を 刺 激 し , 水 晶 体 の 移 動 方 向 と 移 動 距 離 を 測 定 し て い る 。 そ の 結 果 , 焦 点 を 合 わ せ る こ と の 出 来 る 最 小 距 離 は サ ク ラ マ スO゛ (標 準体 長SL: 27〜45.64mm)で1.13SL,1゛(99〜142.5mm)で0.79SL,2゛(278〜318mm)で0.86SL, 親 魚(409〜464mm)で0.76SLと な る こ と , 水 晶 体 の 移 動 方 向 は ,O゛ で40.8度 , 親 魚 で27.6度 と な る こ と か ら 成 長 に 伴 い 前 方 上 向 き か ら 前 方 や や 上 向 き に 変 化 す る こ と を 明 ら か に し て い る 。 さ ら に , 錐 体 細 胞 密 度 か ら 最 小 分 離 閾 の 視 カ を 求 め て お り , サ クラ マス の成 長に 伴う 視力VAは ,VA=0.0177SL0. 289(46.3n血≦ 駈≦441mrn) で表 せるこ と を 求 め て い る 。 こ れ ら の 知 見 は サ ク ラ マ ス を 光 刺 激 で 行 動 制 御 す る た め の 基 礎 的 知 見と して 高く 評価 でき る。
2) 飼 育 に 使 用 さ れ る 餌 ( ベ レ ッ ト ) を 用 い て 条 件 付 け を 伴 う 行 動 実 験 を 行 な い , 魚 が 餌 を 発 見 し 捕 食 す る 時 の 餌 と 魚 と の 距 離RDを 測 定 し , 餌 の 大 き さ とRDか ら サ ク ラ マ ス の 最 小 視 認 閾 の 視 カ を 求 め て い る 。 そ の 結 果 , 実 験 個 体2尾 の 最 小 視 認 閾 の 視 カは0.058( 駈:98.5,98.1mm) と求 まり ,ま た 実験 個体 の最 小分 離閾 の視 カは 先の式