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倫理!"解答番号

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Academic year: 2021

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(1)

第1問 以下は,友人AとBの会話である。これを読み,下の問い(問1〜10)に答 えよ。(配点 28)

A:うちのおじいちゃん,退職後も,社会の役に立ちたいって地域のボラン ティア活動をすごく頑張っていたのに,最近急に体が弱って,前みたいに動け なくなってさ。生きがいがなくなった,って毎日ため息ばかりなんだよね。

B:そっか。体が弱ると,心も弱っちゃうもんね…。家で介護していくの?

A:それも問題。家で介護するなら,両親のどっちかが仕事を辞めなきゃねって話 になってさ。家計に響くのはもちろん,両親とも仕事が好きなんだよね。

B:家族だけで介護しなきゃ,って思い込んでない? うちもおばあちゃんを

家で看ているけど,訪問介護やデイサービスを目一杯使ってるよ。

A:へー,そういうサービスがあれば,うちの親も大切な仕事を諦めずに済むか も。でも,おじいちゃんは,これから何を生きがいにすればいいのかなぁ。

B:仕事や社会的な活動以外にも,生きがいを見付けられると思うな。うちのおば あちゃんは,家族やヘルパーさんとの日々の会話がすごく楽しみなんだって。

そんなに社交的な性格じゃないけど,人とのつながりって大事だね。

A:なるほど。どんな状況でも,その人の考え方次第で生きる意味を見付けられ るってことか。生きる意味って,客観的に一つに決まるものじゃないんだね。

価値観は人によって違うしね。

B:確かに。そういえば,この前,倫理の授業で尊厳死や安楽死について議論 したら,いろんな考え方がぶつかって決着しなかったよ。生きる意味や人間の 尊厳の問題って,難しいね。文化によっても考え方が違うだろうし。

A:世界で共通のルールを決めようとする環境問題みたいにはいかないか。

B:少なくとも,生きる意味があるかないかなんて簡単には言えないよね。うちの おばあちゃんも生きがいを見付けているし,どんな場合でも生きる意味を見い だすことはできるんだから,おじいさんも元気を取り戻せると思うよ。

A:そうだよね。おじいちゃんも,新しい生きがいを見付けてほしいなぁ。

!"解答番号 37 #

$

― 38 ― (2202―238)

(2)

問 1 下線部に関連して,次のア・イは,有用性に着目した思想家ジェームズの 考えを説明したものである。その正誤の組合せとして正しいものを,下の!

$のうちから一つ選べ。

真理とは,実生活にとって有用かどうかで決まる相対的なものであり,普 遍的で絶対的なものではない。

宗教的信条は,たとえそれが個人の生に役立つとしても,神の存在が証明 されない限り,真理とは呼べない。

!

"

#

$

― 39 ― (2202―239)

(3)

問 2 下線部に関して,次の文章は,神谷美恵子が生きがいについて述べたもの である。その内容の説明として最も適当なものを,下の!$のうちから一つ 選べ。

どのようにしてひとは特定の価値体系を採用するようになるのであろうか。

……蓄財を最高の価値として教えられて来た地方の商家の息子が,都会に進学 しているうちに師友の感化をうけ,親にそむいて思想運動にてい身するように なる,といった例は決してめずらしくはない。人間は白紙の状態でまわりから 提供されるものをうけ入れるわけではなく,多少とも主体的にそれらのものか ら自分に最もぴったりするものをえらびとるわけである。それ自体どんなに立 派な世界観や思想であっても,うけ入れるひとの心のなかにそれが必然性を もってくみこまれ,心の構造それ自体をつくりあげる決定因子となり,ものの みかた,というより,みえかたを変えるようにならなければ,それは借りもの にすぎない。借りものである何よりの証拠として,その原理にしたがって生き ているつもりになっても,実際に生きがい感はうまれないであろう。

(『生きがいについて』より)

! 人は,自分に合った価値体系を多少とも主体的に選び取ろうとするが,自 らの心の構造が作り上げられる際に不可欠なものとして,必然性をもってそ の価値体系が受け入れられるのでなくては,生きがい感は生まれない。

" 人は,自分に合う価値体系を採用しようとするが,親や師友の価値体系を 自分にとって必然のものとして受け入れた結果,見方や見え方が変わってし まうようでは,それは借りものにすぎず,生きがい感は生まれない。

# 人は,自分に合う価値体系を採用しようとするが,どれほど立派な世界観 や思想であっても,自らの心の構造を作り変えてしまうような価値体系を採 用してしまっては,生きがい感は生まれない。

$ 人は,自分に合った価値体系を多少とも主体的に選び取ろうとするが,立 派な世界観や思想を白紙の状態で受け入れなくては,ものの見方や見え方は 変わらないため,それは借りものにすぎず,生きがい感は生まれない。

― 40 ― (2202―240)

(4)
(5)
(6)

問 4 下線部に関連して,「思い込み」は偏見と密接に関わっているが,偏見をめ ぐる様々な思想家の考え方についての説明として最も適当なものを,次の!

$のうちから一つ選べ。

! オルポートは,偏見の心理的特徴に昇華を挙げており,これは,一人が問 題を起こすとその集団の成員全てに悪い性質を見いだすことである。

" ボーヴォワールは,女性への偏見や不平等を生み出すような「女性らしさ」

という枠組みを,社会が作り出していると指摘した。

# ペスタロッチは,ある集団についてメディアが伝えるイメージが偏見を助 長する可能性を論じ,このイメージをステレオタイプと呼んだ。

$ ウェッブ夫妻は,社会の偏見のせいで女性が個性と主体性を失っていると

けんいん

論じ,第二次世界大戦後の世界的なウーマンリブ運動を牽引した。

問 5 下線部に関して,性格をめぐる様々な考え方についての説明として最も適 当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。

! 類型論は,類型に属さないと思われる対象が現れた場合にも,いずれかの 類型に当てはめることで性格を客観的に判断できるという長所を持つ。

" 特性論は,対象とする人の捉え方が性格特性の組合せに応じて異なるの で,他者との違いを明確に区別するには向いていない。

# 類型論の例として,体型と気質との関連に着目し,性格を躁鬱気質(肥満そううつ

型)などの三つに分類したアイゼンクの理論が挙げられる。

$ 特性論の例として,性格を,誠実性などの五つの因子から把握しようとす るビッグファイブ(五因子モデル)の理論が挙げられる。

― 44 ― (2202―244)

(7)

問 6 下線部に関連して,価値の対立をめぐるデリダの思想についての説明とし て最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。

! 様々な価値に優劣を付けて序列化する伝統的な論理は,ものの見方を硬直 化させ,価値観の異なる他者を排除してしまう。「愛の跳躍」によって,そう した論理を打ち破り,多様な人々に開かれた社会を目指すべきである。

" 現代では,本来皆が共有すべき基本的な諸価値への信頼が失われ,様々な 他者との共生が困難になっている。そうした状況を克服するために,あらゆ る人々に開かれた普遍的な愛を目指す,「愛の跳躍」が必要である。

# 今日の世界では,他者との共生の基盤となる基本的な諸価値が動揺してい る。「脱構築」によって,そうした状況を脱し,善と悪,理性と狂気といった 二項対立に基づく,安定した価値の序列を改めて構築すべきである。

$ 理性と狂気などの二項対立を立て,一方を他方より優越させる伝統的な論

おとし

理は,価値に序列を付け,劣るとされた側の価値を貶めてしまう。そうした 論理を内側から突き崩し,組み替え続ける「脱構築」が必要である。

― 45 ― (2202―245)

(8)

問 7 下線部に関して,次の文章は,終末期の患者を支えるための施設や制度に ついての説明である。文章中のに入れる記述をア〜エから 選び,その組合せとして正しいものを,下の!$のうちから一つ選べ。

終末期の患者は,身体のみならず心理的・精神的にも多様な苦痛を抱えてい る場合が少なくない。近年は,そのような心身の苦痛に対処する緩和ケアへの 注目が高まっており,例えばホスピスは,そうしたケアを利用して,ためのサポートを提供している。

また,近年では,延命を絶対視する考え方に疑問が呈され,尊厳ある死を迎 えることをよしとする考え方が世界的に広まりつつある。その中で,オランダ やベルギーのように,本人の明確な意思表示など厳格な条件の下で,安楽死(積極的安楽死)を認める法律が制定された国もある。

積極的な治療よりも患者が最期まで自分らしく生きる 患者が最期まで諦めずに治療に専念する

致死薬の投与などによって死を早める

延命措置を中止し人間らしく自然な死を迎えさせる

! A

" A

# A

$ A

― 46 ― (2202―246)

(9)

問 8 下線部に関連して,自文化と異なる文化を持つ人々と接する際の状況や立 場についての説明として最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。

! 自国の文化の常識や自分が学校などで習った知識とかけ離れた異文化に触 れた際に受ける衝撃や違和感を,カウンターカルチャーと呼ぶ。

" かつての植民地支配などの歴史の中では,少数派が多数派の文化に一方的 に同調させられる文化相対主義が,統治の主な方法として採られた。

# グローバル化によって,様々な言語・宗教・慣習が一つの社会の中に数多 く存在する多文化的な状況が進行している。

$ 外国人労働者や移民のように人々の動きが活発化した近年,多文化主義に 基づいた同化主義政策による共生の必要性が徐々に高まってきている。

問 9 下線部に関して,現代の環境問題に対する提言,取決め,スローガンにつ い て の 記 述 と し て適 当 で な い も のを,次 の!$の う ち か ら 一 つ 選 べ。

! ストックホルムで開催された国連人間環境会議では,「かけがえのない地 球」をスローガンに人間環境宣言が採択され,環境問題に取り組むことが世 界各国の義務であるとされた。

" 環境問題の一つとして,人間による動物の取扱い方の問題があるが,ピー ター・シンガーは,動物には権利を認めずに人間のみを特別扱いするのは種 差別だとして,「動物の権利」を主張した。

# リオデジャネイロで開催された地球サミットでは,ラムサール条約が締結 され,「宇宙船地球号」という考えから,生物の多様性や地球環境の持続性を 損なわない経済開発が提唱された。

$ ノーベル平和賞を受賞した環境保護活動家のワンガリ・マータイは,

「もったいない」という日本の言葉を知り,この言葉を世界共通のスローガン として提唱した。

― 47 ― (2202―247)

(10)

問10 本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを,次の!$のうちから 一つ選べ。 10

! 生きる意味については,人によって価値観が異なり,客観的に決めること は難しいが,仕事や社会的な活動の中にこそ,本当の生きがいや幸せがある とされる。それゆえ,人とのつながりに生きがいを見いだしたとしても,そ

むな

のような活動が何もできずに過ごす生き方は空しい。

" 仕事や社会的な活動に生きがいを見いだす生き方は確かにあるが,だから といって,そのような活動ができずに生きることが無意味ということではな い。生きる意味を見失ってしまうような状況でも,新しい生きがいを見いだ すことで,再び生きる意味を見いだすことができる。

# 生きる意味については,人によって価値観が異なり,客観的に決めること は難しい。そして,仕事や社会的な活動に生きがいを見いだす生き方をして いると,例えば年老いて体が不自由になったときに,生きる意味を見失って しまう。それゆえ,そのような活動を生きがいにすべきではない。

$ 仕事や社会的な活動に生きがいを見いだす生き方は確かにあるが,だから といって,そのような活動ができずに生きることが無意味とは限らない。生 きる意味は個別の状況に応じて客観的に決まってくる。また,各状況に固有 の生きる意味を見付けることが,生きがいを見いだすことになる。

― 48 ― (2202―248)

(11)

第2問 次の文章を読み,下の問い(問1〜9)に答えよ。(配点 24)

私たちは普段,友人と時間を忘れて話し込んだり,メールやSNSで気軽に交流 したりしている。では,そのようなやり取りを,より実りある対話にすることはで きないだろうか。対話で大切なことは何か,先哲の思索を頼りに考えてみよう。

古代ギリシアのソクラテスは,善や美など,人生において重要な事柄に関し て,真なる知を求めるために,対話を通して相手の考えを問いただし,無批判に正 しいと思われている見解の矛盾を明らかにしていった。この対話の実践は,批判的 吟味の精神に基づいていた。また,仏典の一つである『ミリンダ王の問い』の中で,

仏教僧ナーガセーナは,一方的に自説を主張し,異論を唱える者を罰しようとする

「王者の論」を退け,感情的にならず,自由に批判や意見の修正がなされる「賢者

の論」を求めている。これは,ブッダが,自身の言葉を鵜呑みにせず,論理に照 らしてよく検討した上で受け入れるよう教えたことに基づいている。このように,

対話で重要なことの一つは,自由で活発な議論に開かれた寛容さを前提に,批判的 精神を持って論理的に思考することであると先哲は教えている。

一方,書物などを読むことを,時代や地域を越えた他者との対話として捉えるこ ともできる。王陽明は,聖人を目指し,当初,朱子学に従っていたが,やがて経典 「格物」についての朱熹(朱子)の解釈を読み替え,新たな思想を生み出した。

また,アウグスティヌスは,聖書の言葉について,「真理の光の下で」読み取ら れたのであれば,一見互いに異なって見える解釈も,許容され得ると考えた。彼 は,信仰と愛があり,論理に矛盾がなければ,誰でも真理の一端を受け取れる として,様々な先人の解釈に触れ,それらとの対話を重ねた。イスラーム教で も,クルアーン(コーラン)について多くの注釈書が著され,読み手は,聖典をより 正しく理解するために,注釈者や先人と対話を試みる。このように,古典や聖 典などを読む場合にも,寛容さや批判的精神を持つことで,時や空間を隔てた,価 値観の異なる人々の考えも参照し,思索を深めることが可能となる。

他者とのやり取りでは,時に厳しい批判や異なる意見に出会うが,それらに真摯 に向き合うことで,自身の考えが整理され,新たな思索に向かうこともある。私た ちも,そのような姿勢を意識すれば,実りある対話ができるのではないだろうか。

― 50 ― (2202―250)

(12)

問 1 下線部に関連して,古代ギリシアの哲学者についての説明として最も適当 なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 11

! ソクラテスは,魂を何より大切にせよと説き,アテネ市民の魂をできるだ け優れたものにするために,その当時に知者とされた人々の考えを批判的に 吟味し,その成果を著作として残した。

" プロタゴラスは,人間の感覚や判断を超えた普遍的真理を探求し,ノモス 的なものに対する人々の関心を増大させた。言葉の技術を用いた彼の活動 は,ソクラテスに大きな影響を与えた。

# プラトンは,ソクラテスを主人公とする多くの対話篇を残した。そこで は,真理を求めたソクラテスの精神が継承されており,善く生きるための探 求を担うのは理性であるとされた。

$ プロティノスは,神秘主義的立場からプラトンのイデア論に独自の解釈を 加えて発展させ,万物には善と悪との二つの根源があり,これらの根源から の流出により世界が構成されると説いた。

― 51 ― (2202―251)

(13)

問 2 下線部に関連して,次の文章は,古代インドにおいて討論の目的と作法が 論じられたものである。その内容の説明として最も適当なものを,下の!$ のうちから一つ選べ。 12

実に,同学の士との討論は,知識を得るために学習意欲を高め,知識を得る 喜びを与える。……既に学んだことに関して疑問をもつ者は,討論において再 度学ぶことによって,疑問がなくなる。一方,学んだことに関して疑問をもた ない者でも,討論によって理解が一層確かになる。今まで学んだことがない事 柄についても,学習する機会を討論は与えてくれる。……同学の士との討論に は,友好的な討論と,相手を敗北させようとする敵対的な討論があり,友好的 な討論は,知恵・専門的知識・意見を交換する表現能力を備え,すぐに腹を立 てず,申し分のない学識を備え,意地悪でなく,説得可能であり,自らも説得 作法をわきまえており,忍耐強く,討論が好きな人との間に行われる。……敵 対的に討論する場合でも,道理をもって行わなければならない。人は道理を踏 みにじってはならない。

(『チャラカ本集』より)

! 討論の目的の一つは,知識を増やし,その理解を深めることである。敵対 的に討論することもあるが,その場合にも,道理に従った討論を行うように 心掛けることが大切である。

" 討論の目的の一つは,相手に正しい知識を授けることである。友好的に討 論する場合には,相手に忍耐強さが期待できるので,時に感情的になり道理 を逸脱しても,相手を説得することが大切である。

# 討論は,自分が既に学習した自明の事柄について,新たに学びを深めるた めには無益であるが,未知の事柄については,相手から新たな知識を得るこ とができるため,有益なものである。

$ 討論は,相手との意見の交換を通して新たな知識を得るために行われるも のであるから,互いに討論が好きな者同士でのみ行われるべきであり,相手 と敵対してまで討論することはない。

― 52 ― (2202―252)

(14)

問 3 下線部に関連して,ブッダが説いたとされる教えについての説明として最 も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 13

! 全ての生き物は,生老病死の苦しみから逃れることはできない。よって,

さい し

バラモン教の祭祀に基づき,苦しみを超克する道を歩むべきである。

" 自己の身体を含め,あらゆるものは自己の所有物ではない。よって,我執 を断つことにより,それらへの執着を捨てる道を歩まなければならない。

# ウパニシャッド哲学などで説かれた涅槃は認められない。人は,涅槃の境 地ではなく,輪廻からの解脱を目指さなければならない。

$ 貪りと怒り,そして忍辱の三つの煩悩は,三毒と呼ばれる。人は,物事の あるがままの真理を見つめて,煩悩の炎を消さなければならない。

問 4 下線部に関して,次の文章は,朱熹と王陽明の「格物」の理解についての説 明である。文章中のに入れる語句の組合せとして正しいも のを,下の!$のうちから一つ選べ。 14

いた

朱熹は,『大学』の「格物」という言葉を「物に格る」と読み,修養を重んじるだ けでなく,事物の本質を把握しようとするも重んじた。これを受け

しようすい

て,王陽明は%日間,目の前の竹を見続けて憔 悴の余り病気になった。こう

ただ

した失敗から,王陽明は,心こそが理であると考え,「格物」を「物を格す」と読 み替えて,万人に備わるに従えば,誰でも,その時々における正しい 行いをすることができると説いた。二人の主張の背後には,経典解釈の違いが あったのである。

! A 居 敬良 知

" A 居 敬忠 恕

# A 窮 理良 知

$ A 窮 理忠 恕

― 53 ― (2202―253)

(15)

問 5 下線部に関して,アウグスティヌスについての説明として最も適当なもの を,次の!$のうちから一つ選べ。 15

おんちよう

! 罪深い存在である人間の救済には,神から人間に恩 寵が直接与えられる 必要があり,教会が神の代理者を務めることはできないと説いた。

" 罪深い存在である人間が救われるには神の恩寵が必要であり,善を志すこ とで神の恩寵を受けることができると説いた。

# 『神の国』を著し,「神の国」とは人間の内面に姿を現すものであり,終末に おいて完成されるものではないと考えた。

$ 『神の国』を著し,「神の国」とは神への愛から生まれるものであり,人間の 自己愛から生まれる「地上の国」と対立すると考えた。

問 6 下線部に関連して,愛についての説明として最も適当なものを,次の!

$のうちから一つ選べ。 16

! アリストテレスによれば,社会の共同生活において友愛と正義はともに有 徳な生にとって重要なものだが,人々の間に完全な正義が実現していれば,

友愛は必要とされない。

" アリストテレスによれば,社会的な存在である人間にとって,友愛とは,

一方的に抱く愛情ではなく,お互いに相手が善くなり幸福になることを願い 合う,相互的な愛でなければならない。

# イエスは,放蕩の末に財産を使い果たした息子よりも,毎日忠実に自分にほうとう たと

仕えるもう一人の息子を祝福する父親の譬え話により,律法を守る者が神の 愛により救われることを説いた。

$ イエスは,超越的な存在である神を愛の対象とせず,人間同士の間で,血 縁や地縁に限定されない普遍的な隣人愛を実践すべきであると説き,「隣人 を自分のように愛しなさい」と述べた。

― 54 ― (2202―254)

(16)

問 7 下線部に関して,イスラーム教についての説明として最も適当なものを,

次の!$のうちから一つ選べ。 17

! 来世は六信の一つとされ,終末の日,アッラーは,死んだ人間を復活さ せ,どのような人であっても天国に迎え入れるとされる。

" イスラーム世界では,ギリシアの学問が研究され,ギリシア神話の神々も イスラーム教に盛んに取り入れられた。

# 全知全能で,あらゆる事物を超越したアッラーは,いかなる偶像によって も表してはならないとされる。

$ 一日に%回,メッカの方角を向いて礼拝を行うことは,義務ではなく,推 奨される行為とされる。

問 8 下線部に関して,様々な古典や聖典についての説明として最も適当なもの を,次の!$のうちから一つ選べ。 18

! 朱子学では,四書が重視され,その中には,孔子や孟子が直接説いた教え を伝えたとされる『論語』や『孟子』が含まれている。

" ユダヤ教では,イスラエルの民はモーセを介して神と契約を結び直したと され,この新しい契約を記した書物が新約聖書である。

# 儒教の経典である五経には,礼儀や制度に関する儒者の言説を集めた『荘 子』や,魯の年代記である『春秋』が含まれる。

$ クルアーンは,神から預言者(使徒)ムハンマドに下された啓示を,彼の存 命中に集成した聖典である。

― 55 ― (2202―255)

(17)

問 9 本文の内容に合致する記述として最も適当なものを,次の!$のうちから 一つ選べ。 19

! 先哲の中には,対話において批判的精神を持ち,相手の考えの矛盾を指摘 することが重要であると考えた者もいた。また,古典や聖典を理解する場合 には,時代や場所を異にする他者と対話を行うことは不可能なので,面と向 かった相手との対話に専念した者もいた。

" 先哲の中には,対話において論理を用いて議論を行い,自説に批判の目を 向けないよう努めることが重要だと考えた者もいた。また,古典や聖典を理 解する場合には,他者の声に耳を傾けるべきではなく,可能な限り他者の解 釈を退けることを推奨した者もいた。

# 先哲の中には,対話において相手への寛容さや批判的精神を持ち,論理的 な議論を積み重ねることが重要であると考えた者もいた。また,古典や聖典

のこ

を理解する場合には,より優れた理解を追い求めるために,様々な先人が遺 した言葉と対話しようとする者もいた。

$ 先哲の中には,対話においては,相手を論駁することが大切であり,そのろんばく

ための議論の技術を磨くことが重要であると考えた者もいた。また,古典や 聖典を理解する場合には,信仰や愛があれば,論理に矛盾があっても,どの ような解釈も許されると考えた者もいた。

― 56 ― (2202―256)

(18)

第3問 次の文章を読み,下の問い(問1〜9)に答えよ。(配点 24)

何かにつまずいたり,落ち込んだりしたとき,「もっと強く,賢くならなければ」

と思う人は多いだろう。だが,弱さや愚かさといったものは,常に否定されるべき ものなのだろうか。日本の先人たちのあり方を見ながら考えてみよう。

日本の人々が自己の弱さや限界を意識する契機の一つに,日本の自然風土の あり方がある。恵みや災厄をもたらす大いなる自然を前に,人々は自らの卑小さを 知ると同時に,それらの中に神々などの自分たちを超えた働きを感じ取り,畏敬の 念を抱いてきた。また,諸行無常を説く仏教が伝来すると,有限で愚かな人間 がいかに生きるべきかが模索されていく。例えば聖徳太子は,十七条憲法(憲法十 七条)で,誰もが愚かな凡夫であるからこそ,一人で物事を判断せず,助け合って 政治を行っていくのだと,和の精神を説いた。また,法然は,自力では悟りを 得ることが困難な人々が救われる道を求め,弟子の親鸞は,煩悩にまみれた弱い存 在であると自覚した者こそが,阿弥陀仏に全てを委ねて救われると考えた。

江戸時代には,儒教が武士の教育に取り入れられ,感情を厳しく制し,強い 精神を持つべきことが盛んに説かれるようになる。その中にあっても,例えば本居 宣長は,人の心は本来「はかなくめめしき」もので,悲しむべきことを悲しみ,喜ぶ べきことを喜ぶ「もののあはれ」を知ることこそが肝要であると説いた。

近代になると,富国強兵の掛け声の下,西洋諸国と渡り合える強さや知が目 指されるが,その代表的人物だった福沢諭吉も,大いなる宇宙の中では我々人間も

うじむし

「無智無力見る影もなき蛆虫同様の小動物」にすぎないといった視点を持つことで,

気を楽に,思い切り事をなし得るのだと説いている。また,文学の新たな地平

を開いた島崎藤村には,「自分の小さな智慧や力でどうすることも出来ないような

い の ち おもむ

「生命」の趨くままに一切を委ねよう」という発想があった。そして,哲学者の西 田幾多郎は,我が子の死に際して感じた抑え難い悲哀と,子のはかない生と死の意 味を考えたいということが,自分の哲学の動機の一つだったと述べている。

強く賢くあろうとする努力は尊いが,それらを目指す生き方のみが正しいという わけではない。弱さや愚かさに目を向けることで,今まで見えていなかったものや 生き方に気付き,新たな可能性が開けてくることもあるのではないだろうか。

― 58 ― (2202―258)

(19)

問 1 下線部に関連して,風土が人々の性質やあり方に大きな影響を与えると考 えた和辻哲郎による風土の類型についての説明として最も適当なものを,次の

!$のうちから一つ選べ。 20

! 砂漠(沙漠)型の風土では,人々は,過酷な乾燥で自分たちを苦しめる自然 の下で,忍従的性質を持つようになる。

" 砂漠(沙漠)型の風土では,人々は,厳しい環境を生き抜くため,他部族の 人々とも団結するので,戦闘的精神を失っていく。

# 牧場型の風土では,人々は,豊かな恵みを与えてくれる自然の下で,受容 的性質を持つようになる。

$ 牧場型の風土では,人々は,穏やかで扱いやすい自然の中に法則性を発見 し,合理的精神を発達させていく。

問 2 下線部に関連して,日本における仏教の展開についての説明として最も適 当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 21

! 聖徳太子は,『三経義疏』を著したと言われており,それらを通じて虚しいむな

この世を今すぐ捨てて出家すべきことを人々に教えたとされる。

" 奈良の官寺を中心に南都六宗と呼ばれる諸学派が生まれ,唐などから伝え られた仏教の教義や理論の学術的研究が進められた。

# 鑑真によって,各地の国分寺と国分尼寺に戒壇が設けられ,民衆への授戒 制度が整えられたことで,庶民にも広く仏教が浸透した。

$ 道元ら,鎌倉時代を中心に成立した新宗派の祖師たちの多くは,高野山で の修行や学びを踏まえつつも,新たに独自の教えを展開していった。

― 59 ― (2202―259)

(20)

問 3 下線部に関して,法然についての説明として最も適当なものを,次の!

$のうちから一つ選べ。 22

! 『選択本願念仏集』を著し,阿弥陀仏による救済を願って行う専修念仏を 人々に勧めた。

" 『選択本願念仏集』を著し,阿弥陀仏による救済を願って行う観想念仏を 人々に勧めた。

# 『往生要集』を著し,阿弥陀仏による救済を願って行う称名念仏を人々に勧 めた。

$ 『往生要集』を著し,阿弥陀仏による救済を願って行う口称念仏を人々に勧 めた。

― 60 ― (2202―260)

(21)

問 4 下線部に関して,次の文章は,日本における儒教の受容についての説明で ある。文章中のに入れる語句の組合せとして正しいもの を,下の!$のうちから一つ選べ。 23

儒教は,仏教と同じく外来思想として移入され,既に十七条憲法には,仏教 とともに儒教の影響もうかがうことができる。その後,律令国家体制において は,の実現が理想とされた。江戸時代になると,幕藩体制が整えられ る過程で,それを支える理論として儒教が重視されるようになった。林羅山 は,武士を中心とする社会秩序を肯定し,私欲を抑え,天地自然や人倫に備わ る理法に従うべきであると説いた。一方,伊藤仁斎は,こうした考え方は自己 の善のみを追求し,他者との融和を妨げるものであると批判し,人と人との間 に仁愛が実現される こ と こ そ が 理 想 な の で あ っ て,そ れ を 成 り 立 た せ る

が徳の根本であると説いた。

! A 仁 政

" A 仁 政

# A 法 世

$ A 法 世

― 61 ― (2202―261)

(22)

問 5 下線部に関して,本居宣長が「もののあはれ」について説いた内容の説明と して最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 24

! 理屈に偏った漢意を捨て,「もののあはれ」を知ることによって,人は物事 の情趣を素直に感受する「心ある人」となることができる。

" 儒教や仏教などの考え方を排し,「もののあはれ」を知ることによって,人 は素朴で力強い「高く直き心」を取り戻すことができる。

# 物語や和歌などを深く味わい,「もののあはれ」を知ることによって,人は 無常観を深め,仏に通じる慈悲の心を培うことができる。

$ 『古事記』をはじめとする古い神話や物語を学び,「もののあはれ」を知るこ とによって,人は古来の経世済民の道を実践することができる。

問 6 下線部に関連して,西洋諸国と渡り合える強さや知を目指した人物につい ての説明として最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 25

! 志賀重昂は,「堯舜孔子の道を明らかにし,西洋器械の術を尽くす」なら ば,道理と富国強兵がともに実現すると考えた。

" 津田真道は,医学をはじめとする蘭学を広く教授する私塾を開き,福沢諭 吉ら多くの人材を輩出した。

# 高野長英は,西洋の砲術などを学び,西洋から科学技術を摂取する必要性 を説き,門人の吉田松陰らに影響を与えた。

$ 中村正直は,スマイルズやJ. S.ミルの著作を翻訳し,西洋における自助 の精神や自由の考え方を日本に紹介した。

― 62 ― (2202―262)

(23)

問 7 下線部に関連して,近代の文学者についての説明として適当でないもの を,次の!$のうちから一つ選べ。 26

! 与謝野晶子は,戦地へ赴いた弟への「君死にたまふことなかれ」という思い や,男女間の情念の豊かさを詠み,当時の社会通念に一石を投じた。

" 夏目漱石は,留学経験などを通じて自己の主体性の確立という課題に向き 合い,晩年には則天去私という境地を求めたとされる。

# 国木田独歩は,詩集『若菜集』において従来とは異なる新たな形式を用い,

自我の芽生えによる喜びや苦しみをみずみずしく歌った。

$ 田山花袋は,醜悪な部分も含めた自己の内面を,旧来の道徳や思想にとら われることなくありのままに小説に描くことを目指した。

― 63 ― (2202―263)

(24)

問 8 下線部に関して,次の文章は,自らも子を亡くした西田幾多郎が,同じく 子を亡くした友人に宛てて書いたものである。その内容の説明として最も適当 なものを,下の!$のうちから一つ選べ。 27

いかなる人も我が子の死というごときことに対しては,種々の迷いを起こさ ぬものはなかろう。あれをしたらばよかった,これをしたらよかったなど,思

いたず

うて返らぬことながら徒らなる後悔の念に心を悩ますのである。しかし何事も 運命と諦めるよりほかはない。運命は外から働くばかりでなく内からも働く。

我々の過失の背後には,不可思議の力が支配しているようである,後悔の念の 起こるのは自己の力を信じすぎるからである。我々はかかる場合において,深

く己の無力なるを知り,己を棄てて絶大の力に帰依する時,後悔の念は転じて

ざん げ おろ

懺悔の念となり,心は重荷を卸したごとく,自ら救い,また死者に詫びること ができる。

(『思索と体験』より)

! 我が子を救えなかった後悔に,心を痛め続けていても仕方がない。むし ろ,心の傷を癒やすために自ら様々な努力や工夫をし,自分に間違いはな かったと自信を取り戻すことが,かえって死者に対しての詫びとなる。

" 我が子を亡くしたというようなときに後悔し続けてしまうのは,自分の気 の持ちようで運命も思いどおりに変えられることを知らないからである。己 の力を信じれば,何事をも諦める必要はなくなる。

# 死んだ我が子に対し己の無力を詫びるのは,親の自然な情念である。しか し,自分はあのときどうすべきだったのか徹底的に反省し,己をより高めて いこうとすることこそが,子に対する真の懺悔となる。

$ 我が子の死というような事態が起こったときに後悔の念にさいなまれるの

あかし

は,自分の力を信じ過ぎていることの証である。そのような自信を捨て,大 いなる力を信じることが,自己を救うことにもなる。

― 64 ― (2202―264)

(25)

問 9 本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを,次の!$のうちから 一つ選べ。 28

! 先人たちは皆,自己の弱さや愚かさを認めることをよしとせず,その克服 の手立てを考えることで,強く賢い人間を目指していこうとしていた。私た ちも,弱さや愚かさを更なる成長の糧として常に前向きに生きることで,新 たな生の可能性を開くことができるかもしれない。

" 先人たちの中には,弱さや愚かさを自覚した人々をこそ仏は救ってくれる ことを説いたり,無力な人間だからこその生き方を模索し,見付けていこう としたりした人たちがいた。私たちも,弱さや愚かさを見つめることで,新 たな生の可能性を開くことができるかもしれない。

# 先人たちは皆,自己の限界を認めたときのつらさを抑えようとする努力こ そが,何に対しても動じない人間になるための自己鍛錬となると考えてき た。私たちも,弱さや愚かさをばねにして生きていくことで,苦悩も自然に 消滅し,新たな生の可能性を開くことができるかもしれない。

$ 先人たちの中には,自己の限界を受け止めつつも,それをあえて一旦忘 れ,自分の能力の高さを信頼して思い切り生きることで,自立した人間像を 目指そうとした人たちがいた。私たちも,弱さや愚かさにとらわれずに生き ることで,新たな生の可能性を開くことができるかもしれない。

― 65 ― (2202―265)

(26)

第4問 次の文章を読み,下の問い(問1〜9)に答えよ。(配点 24)

我々は,時に自分らしさにこだわったり,好きな音楽や持ち物のデザインで個性 を表したりする。このこだわりをどう考えればよいか。個性という考え方と強く関 係する近代以降の西洋美術を例に,芸術家のあり方の変遷をたどってみよう。

中世までのキリスト教世界で,大聖堂の壁画を描いた職人たちの名はあまり 残らず,個性も問われなかった。しかし,ルネサンスの時代では,古代ギリシアに 学びつつ人間世界の美が再発見され,レオナルド・ダ・ヴィンチらは,絵画に解剖 学や幾何学などの学問を取り入れ,巧みな技法とその多彩さで名を残した。

その後,近代の展開に伴い,普遍的な真理を論理的に追求する科学と,作者 の個性を独創的に表現する芸術が区別され始めた。カントによれば,天才は,

とら

経験や学習によって得られる規則に囚われず,独創性を自由に発揮して作品を生み

たた

出す。さらに,ロマン主義思想は,個々人の才能と感情を讃え,突出した芸術 家を礼賛するようになった。この影響から,我々は芸術家を孤高の個人として捉え る傾向にある。典型的には,周囲の無理解にもかかわらず,自己表現としての 作品を描き続けたというゴッホの生涯が,好んで語られる。そこには,周囲に頼ら ず独力で活動する個人に,より強い個性を認める考え方がうかがえる。

しかし,個性を示すには孤高でなければならないのだろうか。現代になって,例 えば消費文化のただ中における芸術のあり方を追求したウォーホルが,社会に 流布する製品や有名人の図像を引用した作品を生み出した動機の一つは,芸術家個 人の主観や感情を頼りとしない芸術観を提示することにある。今日の芸術家にも,

制作現場を公開することによって,各々異なる考えを持つ人々と対話したり,

人々と共に作業したりして制作に取り組む者がいる。彼らは,周囲との関係の中で 作品を磨き上げ,併せて自らの個性を高めていこうと工夫している。

我々は,孤高の芸術家というイメージに,周囲に影響されない個性という理想像 を見いだし,時にその姿にこだわり,縛られてしまう。しかし,社会や周囲の人々 と関わりながら作品,ひいては自己の個性をも発展させようとする開かれた芸術家 像には,周囲との関係を介して新たな自分を見いだす可能性を含む,個性に関する 別の捉え方がうかがわれよう。

― 66 ― (2202―266)

(27)

問 1 下線部に関して,キリスト教をめぐる思想についての説明として最も適当 なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 29

! ルソーは,社会的な利益を最大化するために,自分が人にしてほしいこと を他人のためにせよというイエスの教えを,道徳の理想と説いた。

" パスカルは,気晴らしによって無力な自分の現実から目を背けるのではな く,神の愛を信じ自分の惨めさを見つめることが重要だと考えた。

# エラスムスは,人間の知識に関する三つの発展段階のうち,乗り越えるべ き第一段階として,現象の原因を神に求める説明方法を挙げた。

$ ライプニッツは,自らの職業を神に与えられた使命であると考える倫理観 が,近代西欧で資本主義が成立する基盤になったと分析した。

問 2 下線部に関連して,近代の学問の発展に貢献した思想家についての説明と して最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 30

! ディドロは,啓蒙主義的な思潮の中で,多様な知識や技術を網羅する書物 を出版し,旧来の権威や偏見に囚われない合理的な思考を広めた。

" デカルトは,植物の研究から出発して,生命で満たされた自然を,機械論 が主張するように分解しては考えられないとする立場に至った。

# ディドロは,地球を含めた惑星が太陽の周囲を運行するという地動説を理 論化し,従来支持されてきた世界観を揺るがした。

$ デカルトは,科学の方法論を説いた『天文対話』の刊行を通じて,数量的な 要素を関数で表現する法則の発見と定式化を目指した。

― 67 ― (2202―267)

(28)

問 3 下線部に関連して,論理を展開する方法の一つに演繹法がある。正しい演 繹 的 な 推 論 と し て 最 も 適 当 な も の を,次 の!$の う ち か ら 一 つ 選 べ。

31

! 雨が降れば,自宅の中庭は必ず濡れる。今日起きたら,自宅の中庭が濡れ

ていた。よって,朝方,雨が降っていたのだろう。

" 今日は雨が降っており,自宅の中庭が濡れている。先週も先月も雨が降っ たときはそうだった。よって,雨が降れば,自宅の中庭は濡れるのだ。

# 雨が降れば,自宅の中庭は必ず濡れる。今日は雨が降っている。よって,

今日,自宅の中庭は濡れているはずだ。

$ 雨が降れば,自宅の中庭は必ず濡れる。今日は雨が降っていない。よっ て,今日,自宅の中庭は乾いているはずだ。

問 4 下線部に関して,カントの思想についての説明として最も適当なものを,

次の!$のうちから一つ選べ。 32

! 認識とは,対象のありようをそのまま心に受容することであるという従来 の考え方を逆転し,認識とは,人間にア・プリオリに備わっている感性と悟 性の形式の下で対象を構成することであると主張した。

" 認識とは,人間にア・プリオリに備わっている感性と悟性の形式の下で対 象を構成することであるという従来の考え方を逆転し,認識とは,対象のあ りようをそのまま心に受容することであると主張した。

# 認識の枠組みをア・プリオリに備えていない人間は,もっぱら経験から成 り立つ認識の枠組みに基づいて,対象の背後にある物自体の認識に到達する ことができると主張した。

$ 認識の枠組みをア・プリオリに備えていない人間は,もっぱら経験から成 り立つ認識の枠組みに基づいて,対象のありようをそのまま心に受容するこ とができると主張した。

― 68 ― (2202―268)

(29)

問 5 下線部に関して,次の文章は,ロマン主義とその展開についての説明であ る。文章中のに入れる語句の組合せとして正しいものを,

下の!&のうちから一つ選べ。 33

けんさん

ロマン主義は,技術の習得や研鑽よりも,天才と呼ばれる傑出した芸術家の 創造性を,偉大な芸術作品の源泉として重視するようになった。このように個 人の内面を重視するロマン主義に対し,ヘーゲルは,個人の内面を具体的に表 現する外面的なものにも着目したが,これは歴史を,精神がを通して その理念を実現する過程であると彼がみなしたことと,軌を一にする。

ひろ

他方,ロマン主義の影響は,詩論や文学,自然保護運動にも拡がった。近代 日本でも,文学や思想において,心情など自我の内面が注目されるようになっ た。その流れの中で,例えば,武者小路実篤は,を説いた。

! A 自己外化新たな価値を創造する力への意志

" A 自己外化個性の伸長に重きを置く人道主義

# A 自己外化文明の思考に劣らない精妙な野生の思考

$ A 全体意志新たな価値を創造する力への意志

% A 全体意志個性の伸長に重きを置く人道主義

& A 全体意志文明の思考に劣らない精妙な野生の思考

― 69 ― (2202―269)

(30)

問 6 下線部に関連して,自己について考察したキルケゴールに関する説明とし て最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 34

! いまここにある自己が,他者とは異なるただ一人の自己として生きること の重要性を説き,自らの主体的真理の探究を主張した。

" つねにすでに世界の中に投げ出され,様々な事物や他者と関わりながら生 きる自己は,「世界内存在」というあり方をしていると論じた。

# 各人は自己のあり方を自由かつ自覚的に選択できるが,その選択は,社会 や全人類のあり方と強く結び付いていると説いた。

$ 孤独と絶望に耐えながら真実の自己を追求する者同士の,全人格的かつ理 性的な交わりを,「愛しながらの戦い」と呼んだ。

問 7 下線部に関連して,社会の形成について考察したデューイに関する説明と して最も適当なものを,次の!$のうちから一つ選べ。 35

! できるだけ早く実現し,強く長く確実に続き,広範に影響を及ぼす快楽 を,できるだけ多くの個人に提供することが,行政や司法の判断基準および 市民の道徳原理となり得ると主張した。

" 社会主義の確立を目指しつつも,暴力的な革命を避け,労働者の権利の保 障や労働条件の改善を議会活動を通じて実現し,利潤の再分配や土地・資本 の国有化によって,資本主義の弊害を取り除こうとした。

# 産業革命以降の労働者が陥った困窮の原因を,不正と欺瞞に満ち,調和をぎ まん

欠いた自由競争に求め,人道主義の立場から農業を基とした平等な社会

(ファランステールまたはファランジュ)を構想した。

$ 具体的な問題を解決し,生活を改善するために,試行錯誤や実験を繰り返 すことで,多様な価値が認められ,個人と社会が調和する,理想的な民主主 義社会が実現されると考えた。

― 70 ― (2202―270)

(31)

問 8 下線部に関連して,次の文章は,フランスの哲学者アランが,言葉で作品 を制作する詩人を例に芸術家について論じたものである。その内容の説明とし て最も適当なものを,下の!$のうちから一つ選べ。 36

いかにも詩人らしい詩人と,散文を韻律や脚韻の規則に合わせて整える人と を区別するなによりの基準は,詩人は観念から表現へと向かうのではなく,

まったく逆に,表現から観念に向かうということだ。自分の思考に光を当て,

抽象の次元で生まれた思考を具体の場に引き下ろすというねらいのもと,証拠 や対比項やイメージをさがすのが詩人の仕事ではない。詩人はむしろ……予期 される音の響きに耳を傾け,それに合わせて,自分のいまだ知らないことばを 出現させようとする。……意味よりも前に詩句の調和が存在することを理解し なければならない。……芸術家はなんらかの目的を追求しているように見える けれども,かれが目的を知るのは,目的を実現したあとでみずからその作品の 観客となり,だれよりも先に作品に驚いたそのときのことだ。

(『芸術論20講』より)

! 詩人は,あらかじめ抱いていた観念や目的を規則に沿ってそのまま作品に 仕立てるので,新しい言葉に出会っても,思いのままに調和を生み出すこと ができ,当初思い描いたとおりの作品に到達できる。

" 詩人は,あらかじめ抱いていた観念や目的を規則に沿ってそのまま作品に 仕立てるが,新しい言葉によって,音の響きに秘められた調和へと導かれる ため,当初思い描いたとおりの作品に到達できる。

# 詩人は,あらかじめ抱いていた観念や目的を規則に沿ってそのまま作品に 仕立てるのではなく,詩句の調和よりも意味を重視して言葉を出現させよう とする。そして,完成した作品を見て,初めて目的に気付く。

$ 詩人は,あらかじめ抱いていた観念や目的を規則に沿ってそのまま作品に 仕立てるのではなく,音の響きに合わせて言葉を出現させようとする。そし て,完成した作品を見て,初めて目的に気付く。

― 71 ― (2202―271)

(32)

問 9 本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを,次の!$のうちから 一つ選べ。 37

! 近代では,芸術家個人に個性を求めず,普遍的な法則に従った制作が求め られてきた。一方で今日,孤高の個人というイメージとは異なり,周囲の 人々との対話や共同作業を通じて制作を行う芸術家の姿には,周囲との関係 を介して個性を高めようとする,別の考え方を認めることができる。

" 近代では,芸術家個人に個性を求めず,普遍的な法則に従った制作が求め られてきた。今日においても,人々の考えや周囲との関係を介して制作に取 り組む芸術家には,個性を否定し,周囲の指示に頼って制作活動を続けると いう考え方を認めることができる。

# 近代では,芸術家が自己の才能や感情を独力で発揮するものと考えられて きた。しかし今日,孤高の個人というイメージとは異なり,周囲の人々との 対話や共同作業を通じて制作を行う芸術家の姿には,周囲との関係を介して 個性を高めようとする,別の考え方を認めることができる。

$ 近代では,芸術家が自己の才能や感情を独力で発揮するものと考えられて きた。一方で今日,人々の考えや周囲との関係を介して制作に取り組む芸術 家には,個性を否定し,周囲の指示に頼って制作活動を続けるという,別の 考え方を認めることができる。

― 72 ― (2202―272)

参照

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