国立民族学博物館研究報告別冊 no.005; はじめに : 報告書出版までの経緯と概要
著者 小谷 凱宣
雑誌名 国立民族学博物館研究報告別冊
巻 005
ページ 1‑18
発行年 1987‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10502/3428
は じ め に 報告書出版までの経緯と概要
小 谷 凱 宣*
昭 和59,60年 度 の 両 年 度 に わ た り,文 部 省 科 学 研 究 費 補 助 金(総 合 研 究A)を 受 け た,「 ピ ウ ス ッ キ 北 方 資 料 を 基 礎 とす る 日 本 周 辺 北 方 諸 文 化 の 総 合 的 研 究 」(代 表 者 ・ 加 藤 九 詐)が 実 施 さ れ た 。 こ こ で い う 「ピ ゥ ス ッ キ北 方 資 料 」 と は,@ポ ー ラ ン ドの 民 族 学 研 究 者 故 プ ロ ニ ス ワ フ ・ ピ ウ ス ッ キ が 約80年 前 に 主 と して サ ハ リ ン ・ア イ ヌ の 間 で 録 音 し た 旧 式 の 録 音 蝋 管,⑤ ピ ウ ス ッ キ が 執 筆 し,既 に 出 版 さ れ て い る モ ノ グ ラ フ と雑 誌 論 文,お よ び,◎ 彼 が 残 した 未 刊 行 草 稿 類 を い う。 本 冊 子 は 以 上 の 諸 資 料 の 内 容 に 関 す る 諸 研 究 の 中 間 報 告 で あ る 。
本 冊 子 の 刊 行 に あ た っ て,(1)本 研 究 計 画 の 背 景,(2)二 年 間 の 研 究 活 動 の 概 要,(3)本 冊 子 の 内 容,(4)今 後 の 課 題,お よ び(5)資 料 の 所 在 に つ い て,簡 単 に 記 した い。
1. 本 研 究 計 画 の 背 景
本 研 究 の 発 端 に な っ た の は,1977年 に発 表 さ れ たA.F.マ イ エ ヴ ィ チ の 短 い 報 告 で あ る[MAJEwlcz l 977]。 こ れ は 北 海 道 大 学 文 学 部 北 方 文 化 研 究 施 設 の 紀 要 『北 方 文 化 研 究 』 第11号 に 掲 載 さ れ た 。 マ イ エ ヴ ィ チ は こ の 報 告 の な か で,ポ ー ラ ン ドの ア イ ヌ文 化 研 究 者 の 名 前 を 数 人 あ げ,そ の な か で もB.ピ ウ ス ツ キ を と く に と り あ げ,ピ ウ ス ッ キ の 刊 行 物,未 刊 行 の 草 稿 類,そ し て,最 後 に,蝋 管 の こ と に 触 れ て い る。 蝋 管 が ポ ー ラ ン ドの ポ ズ ナ ニ 市 ア ダ ム ・ ミッ キ エ ヴ ィ チ 大 学 言 語 学 研 究 所 に保 存 さ れ て い る こ と,箱 の 上 書 き か ら推 定 して サ ハ リ ン ・ア イ ヌ 文 化 を 中 心 に,種 々 の 資 料 が 録 音 さ れ て い る と考 え られ る こ と,さ ら に,保 存 状 態 に も 触 れ,適 切 な 音 の 再 生 を す る に は 新 旧 の 録 音 ・再 生 技 術 に 通 じた 専 門 家 の 助 力 が 必 要 で あ る こ と な ど を 指 摘 して い
る。
マ イ エ ヴ ィ チ の 短 報 は,日 本 の 北 方 文 化 研 究 者 に少 な か ら ぬ 衝 撃 を 与 え る こ と に な った 。 そ の 間 の 経 緯 は,本 研 究 の 推 進 者 の 一 人 で あ る 黒 田 信 一 郎 が 独 特 の 文 体 で 既 に 記 して い る の で,そ れ を 参 照 して い た だ き た い[黒 田 1984]。
*国 立民 族 学博 物 館 第一 研 究 部
1
国立民族学博物館研究報告別冊 5号 黒 田 信 一 郎,井 上 紘 一 ら は 蟷 管 を 中 心 と す る諸 資 料 の 総 合 的 な 研 究 計 画 を た て,そ
の 研 究 推 進 の 母 体 と し て 非 公 式 な 団 体CRAP(Committee for Restoration and Assessment of B. Pilsudski's Life and Works)を 結 成 した 。1981年 に は マ イ エ ヴ ィ
チ ら と の 文 通 に よ り,日 本 と ポ ー ラ ン ドの 間 の 共 同 研 究 推 進 の 計 画 が 立 案 さ れ,現 実 の 問 題 と して 協 議 さ れ,国 境 を 越 え た 研 究 組 織 の 結 成 へ と 発 展 し た 。 そ こ で 研 究 推 進 の 母 体 の 名 称 もICRAPと 改 称 さ れ た 。 正 式 に はInternational Committee for Restoration and Assessment of B. Pilsudski's Life and Works(ピ ウ ス ツ キ 未 刊 資 料 復 元 評 価 の 国 際 委 員 会)と 呼 ば れ る も の で あ る。 こ の 組 織 は1982年 秋 に,日 本 側 代 表 者 加 藤 九 酢(現 相 愛 大 学 人 文 学 部 教 授)よ り,ポ ー ラ ン ドの ア ダ ム ・ ミ ッ キ エ ヴ ィ チ 大 学 長 と 言 語 学 研 究 所 長 に あ て て 結 成 を 呼 び か け た 。
ICRAPの 目 的 は,共 同 研 究 を両 国 の 研 究 者 の 協 力 に よ っ て 実 施 し,ピ ウ ス ッ キ の す べ て の 資 料 を 探 索 ・復 元 し,そ の 内 容 の 研 究 を 推 進 す る こ と に あ っ た 。 特 に,膨 大 な 量 に な る 未 刊 行 の 草 稿 類 の 探 索 と 整 理 ・復 元 は,ピ ウ ス ッ キ の 民 族 学 研 究 に お け る業 績 の 全 貌 を 明 ら か に す る も の で あ る が,そ れ ま で 試 み た も の は 誰 も い な か っ た 。 草 稿 類 は す べ て 手 書 き の 原 稿 で あ り,見 慣 れ な い 日 本 人 の 眼 に は そ れ を 判 読 して タ イ プ 化 す る の は 困 難 な た め,国 際 間 の 共 同 作 業 が 必 要 で あ っ た 。 ま た,既 刊 の モ ノ グ ラ フ,論 文 類 も 広 範 囲 に わ た る 学 術 雑 誌 類 に 発 表 さ れ て お り,し か も 発 表 言 語 も数 ケ 国 語 に わ た っ て い る た め,整 理 の 必 要 が 痛 感 さ れ て い た 。・蟷 管 は マ イ エ ヴ ィ チ が 指 摘 し た よ う に[MAJEwIcz l977],保 存 状 態 が 極 度 に 悪 く,最 新 の 音 声 再 生 技 術 を 駆 使 し,可 能 な 限 り の 音 声 資 料 を 再 生 す る必 要 が あ っ た 。
当 面 の 両 国 の 共 同 作 業 と して,具 体 的 に は,① 日 本 に ポ ー ラ ン ドか ら研 究 者 を 招 聰 し,蝋 管 を 持 参 し て も ら う こ と,② 蝋 管 の 録 音 内 容 の 再 生 は,日 本 で 実 施 す る こ と,
③ 再 生 し た 音 声 資 料 は カ セ ッ ト ・テ ー プ に 録 音 し,蝋 管 と と も に ポ ー ラ ン ド側 に 返 却 す る こ と,お よ び,④ これ か らの 共 同 研 究 の 実 施 に 必 要 な 経 費 は 日 本 側 で 負 担 す る こ
と で あ っ た 。 こ れ に ア ダ ム ・ ミッ キ エ ヴ ィ チ 大 学 の 関 係 者 が 同 意 す る 旨 の 意 志 表 示 を した の は1983年 春 の こ と で あ り,こ れ に よ り 国 際 的 な 研 究 推 進 の 組 織 が で き あ が っ た 。 こ の 返 事 を 受 け て,日 本 国 内 の 研 究 組 織 と し て,『 ピ ウ ス ツ キ 北 方 資 料 研 究 会 』(代 表 者 ・加 藤 九 酢)が 結 成 さ れ た 。 加 藤 九 詐(当 時 国 立 民 族 学 博 物 館),黒 田 信 一 郎(北 海 道 大 学),井 上 紘 一(中 部 大 学)ら の メ ンバ ー に よ っ て 運 営 協 議 会 が 結 成 さ れ,そ の 第 一 回 の 会 合 を1983年7月 に 国 立 民 族 学 博 物 館 で 開 催 し た 。 そ の 後,第 二 回 運 営 協 議 会 を8.月 に 北 海 道 大 学 で,、第 三 回 を11月 に 同 じ く 北 海 道 大 学 で 開 催 した 。 翌 年 の1984 年4月 下 旬 に は,第 四 回 運 営 協 議 会 を 国 立 民 族 学 博 物 館 で 開 催 す る と 同 時 に,よ り多
小谷 は じめ に一 報告書出版までの経緯 と概要一
くの研 究者 の参 加 を呼 び か け て,第 一 回 の研 究 会 を開 催 した。
これ と平行 して,ポ ー ラ ン ドの 関係 者 との共 同研 究 の具 体 的実 現 を 目指 して,国 内 の 関係 者 は研究 費 の調 達 に懸 命 な努 力 を 開始 し,文 部 省,株 式 会 社 日本 ア イ ・ピー ・ エ ム,財 団 法人 放 送 文 化 基 金 な どへ の 科学 研 究 費 補 助 金,研 究 助 成 金 な どの 申請 の準 備 がお こな わ れ た。
一 方,「 ピウス ツキ蝋 管 」 の 存 在 を 日本 の 研 究 者 に知 らせ たA.マ イエ ヴ ィチ を北 海 道 大 学文 学 部 北 方 文 化 研 究施 設 に招 聰 す べ く,日 本 学 術 振興 会 へ 長 期 研 究者 招 聰 計 画 の 申請 もお こな った 。(こ れ は学 術振 興 会 の 配 慮 で 実 現 し,マ ィ エ ヴ ィチ は翌1984年 5月 よ り1985年3月 まで 北 海道 大 学 に滞在 し,既 刊 の 刊 行物 の整 理,研 究 に従 事 す る と と も に,夫 人 とと も に未刊 行 草 稿 類 の整 理 に あた った 。)
ICRAPの 結 成 前 後 か らポ ー ラ ン ドのA. F.マ イエ ヴ ィチ は蝋 管 の 国外 持 出 し(日 本 へ の輸 送)に つ いて の諸 問題 の解 決 にあ た って いた 。 蝋管 が約80年 前 に録 音 さ れ た
もの で古 文 化 財 とみ な され るた め,持 出 しに あた って はポ ー ラ ン ド国文 化省 の文 化 財 保 護 に関 す る部 局 の 許 可 を 必 要 と した。 マ ィ エ ヴ ィチ の精 力 的 な 折衝 とICRAPの 計 画 の説 明 な ど に よ り,1983年6月 にポ ー ラ ン ド文 化 省 は蠕 管 の 日本 へ の移 送 を許 可
し,た ま た ま ポ ー ラ ン ドに滞 在 中で あ った吉 上 昭 三 ・井上 紘一 を 日本 側 代表 者 と して 一 時 国 外 移 送 の た め の契 約 が お こなわ れ た。 そ して,最 終的には,ポ ーラン ド国の税 関 にパ ッキ ング ・リス トの形 で 内容 を明示 した リス トを残 し,国 外 へ の 輸送 の許 可 が
え られ た の で あ る。
蝋 管 の 輸送 には,梱 包 な どの や っ か いな作 業 を伴 な う。 ポ ー ラ ン ド滞 在 中 の 吉 上 昭 三 の努 力 と外 務 省,NHK,日 本 航 空 な ど の関 係 者 の 協 力 に よ り,蝋 管 はパ リ経 由で
日本 に運 ば れ,1983年7月 に北海 道 大 学 に到着 した 。
2. 二 年 間 の 研 究 活 動 の概 要
ピ ウ ス ツ キ の 草 稿 類 は,マ イ ク ロ フ ィ ル ム の 形 で 日本 に も た ら さ れ た 。 そ の 拡 大 複 写 に 基 づ い て,昭 和59年 か ら60年 に か け て,北 海 道 大 学 に お い て,E・ マ イ エ ヴ ィ チ に よ り 判 読 と タ イ プ 化 の 作 業 が 行 わ れ た 。 そ の 作 業 の 成 果 の 一 部 と し て,サ ハ リ ン ・ ア イ ヌ の 祈 り の 言 葉 がA,マ イ エ ヴ ィ チ に よ り 翻 訳 ・編 集 さ れ,刊 行 さ れ て い る [PI・;LsUDSKI 1984‑1985a, b, c]。 ま た,後 に 触 れ る よ う に,草 稿 類 は す べ て タ イ プ 原 稿 に さ れ,研 究 者 の 利 用 に 供 せ る状 態 に あ る 。
ピ ウ ス ツ キ の 既 刊 の 論 文 類 は,主 と して 井 上 紘 一 に よ り整 理 さ れ,文 献 目 録 が 作 成 さ れ た 。 こ れ に つ い て は,次 章 で 触 れ る こ と に した い。
国立民族学博物館研究報告別冊 5号 蝋 管 の特 質 を 考 慮 し,ま た,と くに 「ピ ゥス ッ キ蝋 管 」 の保 存 状 態 の よ くな い現 状 を考 慮 す る と き,蝋 管 か らの音 の再 生 作業 は単 純 で はな い こ とが 予 想 され た。 幸 いな こ とに,こ の 研 究 計画 の 当初 か ら北 海 道 大学 応 用 電 気 研 究所 の朝 倉 利 光 教授 を は じめ とす る研 究 所 の ス タ ッフ が参 画 し,1983年 夏 に到 着 した蝋 管 の音 の再 生 作業 が始 ま っ た。
音 声 の 再 生 作業 の 開始 と と も に,関 係者 を 中心 に,国 内 の研 究 者 を糾 合 して研 究 班 の組 織 化 が 図 られ た。 そ して,音 声 再 生 の電 子 工 学 的 研究 と と もに,録 音 内容 そ の も の を対 象 とす る言 語 学 的 研 究,民 族 音楽 学 的 研 究,さ らに,録 音 内容 とそ の比 較 研 究 を お こな うた め の 民族 学 的 研 究 な どの 必 要性 が指 摘 され た。 か く して,「 ピウ ス ツ キ 北 方 資 料 研 究会 」 の メ ンバ ーを 母 体 に して,昭 和59年 度 か ら二 年 間 にわ た る総 合 研 究 班 が結 成 され,国 立 民 族 学 博 物 館 に事務 局 を お いて 研究 活動 を始 め る こ とに な っ たの で あ る。
この研 究 班 の 正式 の メ ンバ ー の一 覧 と各 研 究 分 担 分 野 につ いて は,第1表 を参 照 し て いた だ きた い。
この組 織 表 に名 前 の載 って い な い多 数 の研 究 者 の 方 に も,研 究 計 画 の 推進 の上 で ご 尽 力 を いた だ いた 。 と くに,後 に触 れ る研究 会 の折 に は,メ ンバ ー以 外 の 方 の 出席 を お願 い し,質 疑 応答 や討 論 に参 加 して い た だ いた 。 また,国 外 の 北 方 諸 文化 の研 究 者 の方 に は,文 通,論 文 の寄 稿 な どの 形 で,種 々 の貢 献 を して い た だ き,国 際 的共 同研 究 の実 績 を築 い た。 これ らの方 々 は,岩 井俊 昭(当 時 北 海道 大 学 応 用 電 気研 究 所,現 静 岡大 学 工 学 部),宇 田川 洋(東 京 大 学 文 学 部),大 島稔(小 樽 商 科 大 学 短 期 大 学部), 岡 田宏 明(北 海 道 大学 文 学 部),岡 田路 明(白 老 アイ ヌ民 族 博 物 館),萱 野 茂(二 風谷 アイ ヌ文 化 資 料 館),北 構 保 男(北 地文 化 研 究 会),切 替 英 雄(北 海 道 大学 文 学 部),A.
クチ ンス キ ー(ポ ー ラ ン ド,プ ロ ッ ワ フ,ポ ー ラ ン ド民 族 学会),J.ク ライナ ー(ド イ ッ連 邦 共 和 国ボ ン大 学),佐 々木 利 和(東 京 国 立博 物 館),佐 藤 知 己(北 海 道 大 学文 学 部),A. V・ ス モ リャー ク(ソ ヴ ィエ ト連 邦 科学 ア カ デ ミー民 族 学 研 究 所),津 曲敏 郎 (北 海 道 大 学文 学 部),出 利 葉 浩 司(北 海 道 開拓 記 念 館),徳 永 康 元(関 西外 国語 大 学), 中川 裕(千 葉 大 学人 文 学 部),中 村 斎(北 海道 開拓 記 念 館),西 本 豊 弘(国 立 歴 史民 俗 博物 館),灰 谷 慶 三(北 海 道 大 学 文 学 部),萩 中美 枝(北 海 道 教 育庁),J.バ ンチ ェ ロ フス キ(ポ ー ラ ン ド,ア ダ ム ・ ミツ キエ ヴ ィチ大 学言 語 学 研 究 所),A. F.マ イ エ ヴ ィチ(ポ ー ラ ン ド,ア ダ ム ・ ミツ キ エ ヴ ィチ大 学 言 語 学 研究 所),宮 岡 伯 人(東 京 外 国 語大 学),安 井亮 平(早 稲 田大 学 文学 部),渡 辺 仁(早 稲 田大 学 文 学 部)な どで あ る。
次 に,二 年 間 にお け る研 究 活 動 の 概 要 を簡 単 に紹 介 して お きた い。
小谷 は じめに一 報告書 出版 までの経緯 と概要一
第1表 研 究 組 織 と 各 研 究 領 域
研 究 代表 者(総括)加 藤 九 柞 麟 塁鰻 養髪聾 館・)
工 学 的 研 究 班
言 語 研 究 班
民族音楽研究班
文学歴史研究班
民 族 学 破 究 班
朝 倉 利 光(北 海道大 学応用電気研究所) 伊福部 達(北 海道大 学応用電気研究所) 池 上
田 村 村 碕 浅 井 服 部 藤 村 伊福部 谷 本 田 村 吉 上 沢 田 井 上 和 田 大 橋 黒 田 小 谷 大 塚 荻 原 伊 東 北 構 佐 々木
二 良(札 幌大学短期大学部) すず子(早 稲田大学語学教育研究所) 恭 子(北 海道大学言語文化部) 亨(富 山大学人文学部) 健(元 北海道教育大学) 久 和(北 海学園大学教養部)
昭(東 京音楽大学)
之(北 海道教育大学札幌分校) 進(東 京音楽大学)
昭 三(東 京大学教養 学部) 和 彦(新 潟大学人文 学部) 紘 一(中 部大学国際関係学部) 完(小 樽商科大学商学部) 英 寿(東 北大学文学部) 信一郎(北 海道大学文学部) 凱 宣(国 立民族学博物館) 和 義(国 立民族学博物館) 真 子(東 京 国際大学教養部) 一一 郎(早 稲田大 学文学部) 太 郎(帯 広畜産大学) 史 郎(国 立民族学博物館)
工 学 関係 の研 究 は朝 倉 教 授 を 中心 に別個 の文 部 省 科 研 費 等 に よ り実 施 され,そ の研 究 成 果 と情 報 は言 語 ・音 楽 班 に伝 え る と と もに,研 究 会 の折 に他 の研 究 者 に も提 供 し て も らう形 を と った 。 言 語 ・民族 音 楽 関 係 者,歴 史 ・文 学 関係 者 は独 自 に研 究 を進 め た 。 これ らの成 果 と情 報 を交 換 し,全 体 の 研 究 計画 を推 進 す るた め に,メ ンバ ー全 員
と他 の 関 係 者 の 出席 す る四 度 の研 究 集 会 と一 度 の 国 際 シ ンポ ジ ウム を開 催 した。
研 究 会
全 メ ンバ ーの 出席 す る研 究 会 は,昭 和59年 度 に は,4月,12月,2〜3月 に三 度 開 催 した。 また,昭 和60年 度 に は最 後 の研 究 総 括 を兼 ね て,2〜3月 に研究 会 を開 いた 。
この う ち,昭 和59年 度 に は,日 本 学 術 振興 会 の招 聰 で北 海 道 大 学 文 学 部 で研 究 に従 事
国立民族学博物館研究報告別冊 5号 して い たA.F・ マ イ エ ヴ ィ チ も研 究 会 に 参 加 した 。 ま た,昭 和60年 度 最 後 の 研 究 会 に は,A・F.マ ィ エ ヴ ィ チ を ポ ー ラ ン ドよ り 招 聰 し,研 究 会 に参 加 して も ら っ た 。 四 回 に わ た る研 究 会 の 日 程 と 概 要 は,つ ぎ の 通 り で あ る。
第1回 『ピウス ッキ 総合 科 研 』 研 究会
昭 和59年4月29日(日),30日(月) 国 立 民族 学 博 物 館 第1日 加 藤 九酢:挨 拶
黒 田信 一郎=事 務 局 報 告
村 崎恭 子:言 語 部 門作 業 経過 報 告 井 上 紘 一:ピ ウス ツ キ文 献解 題
第2日 加 藤九 柞:ロ シア民 族 学 派 と ピウス ッ キ
第2回 『ピ ウス ッ キ総 合 科 硫 』 研 究会
昭 和59年12月14日(金)〜16日(日) 国 立 民 族学 博 物 館 第1日 加藤 九 酢:経 過 報 告
朝 倉 利 光 ・加 藤 九 詐:来 年 度 の シ ンポ ジ ウム の概 要 につ い て A.マ イ エ ヴ ィチ:『 ピウス ツキ著 作 集 』 の 刊 行 計画 につ いて 黒 田信 一 郎:ピ ウ ス ツ キ草 稿 類 整 理 の進 行 状 況
小 谷 凱 宣:今 後 の研 究 計画 につ いて
朝 倉 利 光:ピ ゥ ス ツ キ録 音 蝋 管 の工 学 的再 生
池 上 二 良:ア ム ール 川下 流 域 ・樺 太 諸 言 語 の研 究 と ピ ウス ッ キ 第2日 井 上 紘 一:ピ ゥス ツ キの生 涯 とそ の業 績
A.マ イ ェ ヴ ィ ≠:ピ ウス ッ キの 草 稿 類 と若 千 の ポ ー ラ ン ド語 論 文 に つ いて
徳 永康 元:ハ ンガ リーに所 蔵 され て い る樺 太 資 料 につ い て 村 崎 恭 子:言 語 ・音 楽 班 の活 動報 告
田村 す ず 子:北 海道 方 言 が 録 音 さ れ て い る蝋 管 につ い て 藤 村久 和:ピ ウス ツ キ蝋 管 を 聴 いて
津 曲 敏 郎:ピ ウス ツキ の ッ ング ー ス語 関 係 資 料 浅 井 亨:蟷 管 と北 陸 地 方
谷 本一 之:ピ ウス ツ キ録 音 以 後 の ア イ ヌ音 楽 の 時代 的変 化 萩 中 美枝:ア イ ヌの 口承 文 芸 の ジ ャ ンル につ いて
第3日 吉 上 昭 三:歴 史 ・文 学 班 活動 報 告
小谷 は じめに一 報告書 出版 までの経緯 と概要一
吉 上 昭 三:シ ェ ロ シ ェ フ ス キ と ピ ウ ス ッ キ
沢 田 和 彦:日 本 に お け る ピ ヴ ス ッ キ の 事 蹟 に つ い て
第3回 『ピウス ッキ総 合 科 研』 研 究 会
昭和60年2月28日(木),3月1日(金) 国立 民 族 学博 物 館 第1日 朝 倉利 光:蝋 管 の 工学 的再 生 の現 状
切 替 英雄:蟻 管 ラ ベル解 説 に つ いて
村 崎 恭子:大 谷 大 学 図書 館 所 蔵 の蜷 管 につ い て
A・ マ イ エ ヴ ィチ:ピ ウス ツ キ1912年 『ア イ ヌ言 語 ・フォ ー ク ロ ア 資 料 集 』 の た め の索 引 ・辞 典 につ い て
小 谷 凱宣:今 後 の研 究 計 画
加 藤九 詐:ギ リヤ ー ク とア イ ヌの 熊 ま つ りを め ぐ って
大 橋英 寿:ア イ ヌの シ ャマニ ズ ム管 見 沖 縄 との比 較 を とお して 佐 々木 史 郎:20世 紀 初 頭 にお け る樺太 の民 族 関係 に つ いて
荻 原 真 子:ア ム ー ル ラ ン ド諸 族 の 動物 説 話 と獣婚 諌 を め ぐって
第2日 池 上 二 良:B.ピ ウ ス ツ キ の オ ロ ッコ語 資 料 一 特 に そ の 採 録 テ キス ト につ い て
大 塚 和 義:サ ハ リ ン郷 土 博 物 館 所蔵 の ピウ ス ッキ収 集 資 料 につ い て 伊 東 一 郎:ポ ー ラ ン ド民 族 学 史 に お け る ピウス ツ キの 位 置
黒 田信 一 郎:民 族 学 と ピウス ッ キ
第4回 『ピ ウ ス ッ キ 総 合 科 研 』 研 究 会
昭 和61年2月28日(金)〜3月2日(日) 国 立 民 族 学 博 物 館 第1日 朝 倉 利 光:ト マ ス ・エ ジ ソ ン と蝋 管 蓄 音 機
岩 井 俊 明:レ ー ザ ー ・ ビ ー ム 反 射 法 に よ る 録 音 蝋 管 か らの 音 声 再 生 伊 福 部 達:蝋 管 音 声 の 雑 音 軽 減 処 理
池 上 二 良:B.ピ ウ ス ツ キ 採 録 の ウ イ ル タ 語 テ キ ス ト 谷 本 一 之:ピ ウ ス ッ キ 蝋 管 に 含 ま れ る 旋 律 の タ イ プ
第2日 井 上 紘 一:「 中 央 ア ジ ァ ・東 ア ジ ァ 研 究 の た め の ロ シ ァ 委 員 会 」 と ピ ウ ス ツ キ
田村 進:ピ ウ ス ツ キ の 評 価 を め ぐ っ て
F,A. Majewicz:An Index to Bronislaw Pilsudski's Materials of l912;AFinal R.eport.
国立民族学博物館研究報告別冊 5号 伊 東 一 郎:ピ ウ ス ッ キ の バ ル ト ・ス ラ ブ 民 俗 学 へ の 寄 与
沢 田 和 彦:ピ ウ ス ツ キ と 人 肉 事 件
黒 田 信 一 郎:ピ ウ ス ツ キ と シ ュ テ ル ン ベ ル グ 民 族 誌 の 記 述 第3日 渡 辺 仁:緊 急 調 査 の 現 状 報 告
小 谷 凱 宣:出 版 計 画 に つ い て
1) 『ピ ウ ス ッ キ 総 合 科 研 』 総 括 の 研 究 論 文 集 の 出 版 に つ い て 2) Collected Works b2 B. Pilsudskiの 編 集 ・出 版 計 画 に つ い て
国 際 シ ン ポ ジ ウ ム
昭 和60年9月 中 旬 に は,北 海 道 大 学 学 術 交 流 会 館 に お い て,「 ピ ウ ス ッ キ 蝋 管 と ア イ ヌ 文 化 」 の 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム が 開 催 さ れ た 。 こ れ は北 海 道 大 学 応 用 電 気 研 究 所 の 朝 倉 教 授 を 委 員 長 と す る 同 シ ンポ ジ ウ ム 実 行 委 員 会 主 催 に よ る もの で,カ ナ ダ お よ び ア メ リカ 合 衆 国 の 蝋 管 資 料 の 関 係 者 と ア イ ヌ文 化 を 中 心 と す る 北 方 諸 文 化 の 研 究 者 が 一 同 に 会 して,技 術 的 な 諸 問 題 や,言 語 ・文 化 に 関 す る諸 研 究 を 討 議 す る も の で あ り, 海 外 か らの 研 究 者 二 十 数 名 を ふ く め 国 内 の 研 究 者 も 多 数 出 席 した 。 この シ ン ポ ジ ウ ム は 実 質 的 に は本 研 究 班 の メ ンバ ー に よ っ て お こ な わ れ た もの で あ り,本 研 究 班 と し て は,関 係 者 全 員 の 出 席 を 呼 び か け た 。 こ の シ ン ポ ジ ウ ム の 発 表 論 文 は,す で に 実 行 委 員 会 よ り刊 行 さ れ て い る[CoMMITTEE FoR THE INTERNATIoNAL SYMposIuM(ed.)=
Proceedings of the lntemational S)mposium on B. Pilsudski'S PhonograPhic Records and the・Ainu Culture, SapPoro:Hokkaido University(1985)を 参 照 の こ と]。
な お,こ の シ ン ポ ジ ウ ム で 発 表 し た 研 究 班 の メ ンバ ー は 浅 井 亨,朝 倉 利 光,池 上 二 良,井 上 紘 一,伊 福 部 達,荻 原 真 子,加 藤 九 酢,沢 田 和 彦,谷 本 一 之,田 村 す ず 子, 藤 村 久 和,村 崎 恭 子,和 田 完 で あ っ た 。 そ れ ぞ れ の 論 文 は,文 末 の 文 献 目 録 に 記 載 し
て あ る の で,参 照 して い た だ き た い 。
電 子 工 学 的 研 究 は,朝 倉 教 授 を は じ め と す る北 海 道 大 学 応 用 電 気 研 究 所 の ス タ ッ フ と そ の 関 係 者 に よ り進 め られ,そ の 間 の 研 究 の 進 展 に つ い て は 別 の 報 告 書 を 参 照 して い た だ き た い[朝 倉 ・伊 福 部 編 1986]。 最 初,伝 統 的 な 触 針 法 で お こ な わ れ た 音 再 生 の 試 み は,破 損 した 蝋 管 に は 適 用 で き ぬ こ と が わ か り,改 め て レ ー ザ ー 光 を 利 用 す る,い わ ゆ る レ ー ザ ー ビ ー ム 反 射 法 が 開 発 さ れ た 。 この 新 方 法 は,回 転 板 の 改 良 を 加 え る こ と に よ り,圧 倒 的 に 数 量 の 多 い 古 い 円 盤 状 レ コ ー ドの 音 の 再 生 に も応 用 で き る 可 能 性 を も ち,内 外 の 注 目 を 集 め る こ と に な っ た の で あ る[lwAi et at.1985,1986 を 参 照 の こ と]。
小谷 は じめに一 報告書 出版までの経緯 と概要一
言 語 ・音 楽 関 係 の 研究 者 は,蟷 管 か らの音 の 再 生 を 待 って,そ れ を 関 係者 に 実際 に 聴 いて も らい,そ の 内容 に接 近 す る方 法 を と った。 具体 的 に は,蟻 管 か らの再 生 録 音 を北 海 道 各 地 に在 住 す るサハ リ ン ・ア イ ヌ,北 海 道 ア イ ヌの年 輩 の 人 々に 自分 の耳 で 聴 いて も らい,そ れ ぞ れ の人 の 判 断,評 価 を求 め る方 法 で あ る。 そ の た め,北 海 道 各 地 に赴 く必 要 が あ った 。 そ の会 場 は,札 幌 だ けで な く,道 南,道 東 に も及 ん だ。
歴 史 ・文 学 の 関 係 者 は,主 と して東 京 で 小 研 究 会 を 開 き,B.ピ ウス ッ キ が北 海 道 旅 行 した と きの こ と,お よ び,ヨ ー ロ ッパ へ の帰 途半 年 ほ ど 日本 に滞 在 した と きの こ とを 中心 に足 跡 を追 い,彼 の経 歴,日 本 の 文 学 者,社 会 主 義 者 な ど との 関 わ りあ い を 明 らか に した 。 そ の た め,彼 の 旅行 先 を尋 ね る研 究 旅行 もな され た の で あ る。
3. 本 冊 子 の 内 容 に つ い て
本 冊 子 は こ の 二 年 間 の 研 究 活 動 の 中 間 報 告 で あ り,プ ロ ニ ス ワ フ ・ピ ウ ス ッ キ の 悲 劇 的 生 涯 に 焦 点 を 当 て,彼 の 民 族 学 研 究 者 と して の 再 評 価 を 目 指 す こ と に 重 点 を 置 い た 。 そ の た め 本 冊 子 の 諸 論 文 は,前 述 の 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム の 報 告 書[CoMMITTEE FoR THE INTERNATIoNAL SYMPosIuM l985]と 同 じ配 列 を と っ た 。
第1章 は 「ピ ウ ス ッ キ の 生 涯 」 に あ て る 。
ま ず 加 藤 九 詐 論 文 は19世 紀 末 か ら20世 紀 初 め に か け て ロ シ ア で 活 躍 し た シ ュ テ ル ン ベ ル グ,ボ ゴ ラ ス,ヨ ヘ ル ソ ン ら に焦 点 を あ て,こ れ ら北 方 諸 民 族 文 化 研 究 の 先 駆 者 の 果 た した 役 割 と と も に,19世 紀 後 半 の ロ シ ア の 思 想 的 背 景 に つ い て 論 じて い る 。 か れ ら は い ず れ も革 命 運 動 の 中 途 で 挫 折 し,流 刑 生 活 の 経 験 者 で あ る こ と が 共 通 して い る。 の ち に シ ュ テ ル ン ベ ル グ は ギ リヤ ー ク の 調 査 で,ボ ゴ ラ ス は チ ュ ク チ の 調 査 で, ヨ ヘ ル ソ ン は ユ カ ギ ー ル,コ リヤ ー ク,ア リ ュ ー トの 調 査 で,そ れ ぞ れ 不 朽 の 業 績 を 挙 げ た 。 こ れ ら の 研 究 者 に 比 較 して,ピ ウ ス ツ キ は や や 年 齢 が 若 い が,革 命 運 動 に 投 じ,流 刑 の 経 験 が あ る の は 共 通 して い る 。 しか し,何 が ピ ゥ ス ッ キ と他 の 人 々 と の 間 に 民 族 学 研 究 者 と し て の 世 の 評 価 に大 き な 差 異 を 作 っ て し ま っ た の か 。 加 藤 論 文 か ら,
この こ と を 読 み 取 っ て 頂 け る と 思 う。
本 章 の 各 論 文 の 中 で 触 れ られ て い る よ う に,ピ ウ ス ツ キ は 学 生 時 代 に 国 王 暗 殺 を 計 る陰 謀 に 参 画 した と い う嫌 疑 で 逮 捕 さ れ,シ ベ リ ア 流 刑 に 処 せ られ た 。 十 数 年 に お よ ぶ 流 刑 生 活 の 間 に 少 数 民 族 文 化 に 関 心 を 抱 き,刑 期 の 終 了 後,サ ハ リ ン(旧 樺 太)の 少 数 民 族 の 言 語 ・文 化 を 調 査 す る こ と に な っ た 。 しか し,若 い 時 期 に 学 業 半 ば に 流 刑 に 処 せ られ た こ と は,彼 の 後 の 経 歴 に 大 き な 影 響 を お よ ぼ す こ と に な る 。
さ て,井 上 紘 一 論 文 は,ピ ウ ス ツ キ が 育 っ た 時 代 背 景 を 考 慮 し な が ら,幼 少 期 か ら
国立民族学博物館研究報告別冊 5号 ギ ムナ ジ ウム をへ て,ペ テル ブル グ で逮 捕 され るまで を 扱 って い る。 故 郷 の リ トワニ アが ロ シア,ポ ー ラ ン ドと い う大 国 の干 渉 に よ り消 滅 し,冷 酷 な 政 治 関係 に流 さ れて 生 き る運 命 を背 負 った ピゥ ス ツ キの少 年 ・青年 時代,と くに逮 捕 され る前 後 の事 情 が 詳 細 に取 り上 げ られ て い る。
サハ リ ンにお い て刑 期 を終 了 して か ら,ピ ウス ツ キ は二 度 日本 に立 ち寄 って い る。
は じめ は短 期 間 で あ った が北 海 道 を 旅 し,さ らにそ の二 年 後 に は 日本 に数 カ月 滞 在 し た の ち に,太 平 洋 を横 断 して ア メ リカ合 衆 国を 経 由 し,ポ ー ラ ン ドに帰 国 した 。 この 北 海 道 旅 行 につ いて は吉 上 昭 三 論 文 が,日 本 滞 在 中 に お け る ピ ウス ツ キの 文学 者,社 会 事 業 家 との多 彩 な交 流 につ いて は沢 田和 彦 論 文 が,そ れ ぞ れ触 れて い る。 これ らの 論 文 に よ り,ピ ウス ツ キ と 日本 との つ な が りが想像 以 上 に 強 い こ とを理 解 して頂 け よ
う。
第2章 は ピウス ツ キ の学 問的 業 績 につ い て論 じる。
井上 紘一 に よ る 「プ ロ ニ ス ワ フ ・ピウ ス ツ キの業 績 目録 」 は,ピ ウス ツ キが 民族 学 研 究 に つ いて 執 筆 した著 作 を ほぽ網 羅 した もの で あ る。 この う ち刊行 物 は,い ま ま で に出 版 さ れ た ピウス ツ キの 論文 ・モ ノ グ ラ フの 出版 目録 で あ り,そ の執 筆 言 語 はポ ー ラ ン ド語,ロ シア語,英 語,フ ラ ンス語,ド イ ツ語,日 本 語 な ど多 数 の 言 語 にわ た っ て い る。 未 刊 の 著作 は ピ ウス ツ キの 死 後 も未 刊 行 の ま ま に残 され て い た草 稿 類 の 目録 で あ る。 クチ ンス キ[本 章 参 照]も 指 摘 して い る よ うに,ピ ウス ッ キ の著 作 に関す る 業 績 目録 は今 まで刊 行 さ れ た ことが な く,そ の 意 味 で 井上 に よ る この 目録 は ピ ウス ツ キの 学 問的 業 績 の 全 貌 を 伝 え る画 期 的 な もの とい え る。 特 に,こ れ らの 目録 の 中 には 今 回 の 緯合 研 究 を契 機 に整 理 され,初 めて 研究 者 に利 用 で き る よ うにな った資 料 も含
ま れて い る こ とを記 して お きた い 。
田村 進,伊 東 一 郎,ク チ ンス キ(井 上紘 一 訳)の 諸 論 文 は,ピ ウ ス ッ キが ポ ー ラ ン ドに帰 国 して か ら民 族 学 研 究 に従 事 し,業 績 を挙 げた 諸 分 野の こ と につ い て論 じた も の で あ る。 その う ち田村 論 文 は,ピ ゥス ッ キの ポ ー ラ ン ドに お け る比 較 音楽 学 的 活 動 とそ の学 問的 意 義 を 論 じて い る。 伊 東 論 文 はバ ル ト海 沿岸 地 域 にお け る民 俗 学 的研 究 の 推 進 に お いて ピウス ツ キの果 た した 役 割 に つ いて 触 れ て い る。 さ らに,ク チ ンス キ は,博 物 館 を拠 点 と して 研 究 ・調査 活 動 に従 事 して い た ピ ウス ツ キが,民 族 学 研究 を 目的 とす る博 物 館 は,ど の よ うに組 織 され,ど の よ う に運 営 され る べ き と考 え て い た の か を論 じて い る。
また,大 塚 和 義論 文 は,現 在 もサハ リン郷土 博 物 館 に保 管 され て い る,ピ ウス ツキ に よ り収 集 され た資 料 を紹 介 す る もの で あ る。 ピ ウス ツ キ が サハ リンで どの よ うな 活
小谷 は じめに一 報告書 出版までの経 緯 と概要一
動 を して い た の か。 彼 の収 集 した 資 料 を 通 して,私 た ち は ピ ウス ッキ の活 動 の 一端 を 理 解 で き よ う。
第3章 で は蟷 管 か らの工 学 的 音 声 再 生 とそ の 録 音 内容 につ いて 取 り扱 う。
蝋 管 は約80年 前 に録 音 さ れ た の ち,少 な く と も ピウ ス ッ キ本 人 と他 の2〜3の 研 究 者 に よ り音 の再 生 が繰 り返 さ れて いた 。 ま た,二 つ の世 界 大 戦 を 経 由 して い るた め に 保 管 場 所 が何 度 もかえ られて い る。
これ らの 事 情 の た め,ピ ゥス ッ キ に よ り録 音 さ れた 蜷 管 が何 本 あ った のか,言 い換 え れ ば,現 存 す る蝋 管六 十数 本 が その す べ て で あ った の か ど うか も不 明 で あ る。 近 い 将 来,第 二 の ピ ウス ツ キ蝋 管 が発 見 され る可 能 性 も残 って い る と言 って もよ い。
蝋 管 はエ ジ ソ ン社 な ど数 社 の製 品 が 使 用 され て い る。 管 はや や厚 め の紙 の ケ ース に 収 め られ て お り,ケ ース の上 下 の蓋 に は録 音 内容 を示 す 記 載 が み られ る。 この 記載 が す べて 録 音 者 ピ ウス ッ キの手 に よ る もの と考 え られ て い る。 しか し,の ち の研 究 者 が 追 加記 載 した もの がな いか ど うか につ いて は,現 段 階 で は判 断 の 手 掛 か りがな い 。 さて,ピ ウス ッキ蟻 管 は1983年7月 に 日本 に輸 送 さ れ て きて か ら,1986年2.月 に返 送 され る まで,北 海道 大 学応 用 電気 研 究 所 に保 管 され,音 声 再 生 の作 業 が お こな わ れ た 。A. MAJEwIGz[1977]の 指 摘 に もあ る よ う に,蝋 管 素 材 の劣 化 と い う化 学 的 変質
と,か な りの 数 の蝋 管 の 破 損 とい う物 理 的 変 質 が 観 察 さ れ た。
これ らの 蝋 管 に対す る朝 倉利 光 を 中心 とす る音 声 再 生作 業 は大 き く二 つ に分 け られ る。第 一 は触 針 法 に よ る もの で あ る。 これ は普 通 の プ レヤ ー の よ う に,あ る一 定 の 重 量 を か けた 針 を 直 接 レコ ー ド(蝋 管)に 接 触 させ て 音 を再 生 す る方 法 で あ る。 この 方 法 は最 も正 統 的 で あ るが,適 用 可能 な蝋 管 は保 存 の 完全 な もの に限 られ た。 破 損 した 蝋 管 に は適 用 で きな い ので あ る。 そ こで,第 二 の 方 法 と して,針 の 代 用 に レーザ ー光 線 を あて,そ の 反射 光 を 電 流 に置換 して 音 声 を再 生 す る手 法 が開 発 され た。 岩 井 俊 昭
らによ る論 文 は,こ の音 声 再 生 法 の要 点 を紹 介 す る もの で あ る。
この レーザ ー光 線 に よ る音 再 生 法 は,潜 在 的 に広 い応 用 範 囲 を もつ 。 そ れ は,こ の 方 法 が 「非 破 壊 的 に」 音 声 を再 生 す る技 術 で あ る と い う特 性 に 由来 す る。 なぜ な ら, 古 い蝋 管 はす で に そ れ 自体 が 「古文 化 財 」 とみ な され,古 文化 財 に は物 理 ・化 学 的 変 化 を与 えな いで 利 用 し,将 来 の 利 用 に残 す こ とが望 まれ るか らで あ る。 レ ーザ ー ビー ム反射 法 は,こ の 古文 化 財 取 り扱 い の原 則 に合 致 して い る うえ,若 干 の技 術 的 改良 を 加 え れ ば,古 い円 筒 型蝋 管 だ けで な く,初 期 の 円盤 状 レコ ー ドに も応 用 で き る潜 在 性 を もつ。 結 果 的 に は,こ の再 生 技 術 が 内 外 の 関係 者 の 注 目 を集 め る こ とにな った ので
あ る[lwAi et at. 1985,1986]。
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国立民族学博物館研究報皆別 冊 5号 切 替 英 雄 論文 は,ピ ウス ッ キ蝋 管 の ケ ー ス に記 載 され て いた 諸事 項 を詳 細 に採 録 ・ 記 述 し,検 討 した もの で あ る。 こ こで特 に触 れ て お か ね ば な らぬ の は,蝿 管 の 通 し番 号 の ことで あ る。 次 の 言語 ・音 楽 班 に よ る 「録 音 内容 」 の記 載 に も見 られ る よ うに, 六 十 数 本 の蟷 管 に は北 海 道大 学 応 用 電 気研 究 所 の朝 倉 利 光教 授 の も とで 通 し番 号 が 改 め て付 され,こ れ が 今 回 の研 究 活 動 で は標 準 的 な統 一 番 号 と して使 用 され た。 この 統 一番 号 の ほか に も
,か つ て ポ ー ラ ン ドの アダ ム ・ミツ キエ ヴ ィチ大 学 に保 管 中 に既 に 付 さ れ て いた 番 号,今 回 日本 へ の輸 送 の 直 前 に関係 者 に よ り付 さ れた 通 し番 号 な ど, 数 種類 の番 号 が 存 在 す る。 切 替論 文 で は,こ れ らの諸 番 号 の 関係 が 明瞭 に理 解 で き る
よ う に配慮 され て い る。 蜷 管 録 音 内容 の検 討 に は,必 須 の一 覧 表 で あ る。
村 崎 恭 子 を 中心 とす る言 語 ・音 楽班 の 「ピウ ス ツ キ蝋管 録 音 内容 」 は,現 段 階 にお いて,出 来 る限 り忠 実 に,主 と して ア イ ヌ語 の録 音 内容 を ロ ーマ 字 表記(と 日本 語) で記 載 した もの で あ る。 そ の記 載 に は,理 解 のた め に必 要 な箇 所 に は,楽 譜 を付 して あ る。 した が って,名 実 と もに,言 語 学 者 と比 較 音 楽 学 者 との共 同作 業 の 産物 と言 え る。
六+数 本 の蝋 管 の 内容 は,村 崎 の序 言 に も触 れ られて い る よ うに[言 語 ・音 楽 班 の 論 文 を 参照 の こ と],ア イ ヌ語 北 海道 方 言 の 作 品 が19篇,ア イ ヌ語樺 太 方 言 の 作 品 が 53篇,日 本 語 に よ る作 品 が4篇,ス ラブ系 言 語 の作 品 が3篇 聴 取 さ れた 。 雑 音 が ひ ど く,全 く聴取 不 可 能 の蝋 管 もか な りあ り,最 新 の 音 声 再生 技 術 を 駆使 して も再 生 不 能 な ほ ど,蝋 管 の材 質 劣 化 が進 ん で い た とい う ことが で き る。
谷 本 一之 論文 は,上 の聴 き取 り難 い録 音 蝋 管 か ら,サ ハ リン ・ア イ ヌの メ ロデ ィー を聴 取 し,そ の 音楽 的特 質 を論 じた もの で あ る。 と くに シベ リア東 部 の少 数 民 族 の音 楽 との比 較 に よ り,サ ハ リン ・ア イ ヌの 音楽 学 的 な特 徴 が 指摘 さ れて い るの は興 味 深 いQ
第4章 に は ピ ウ ス ツ キ の 民 族 学 的 ・言 語 学 的 研 究 と深 く関 わ り合 い の あ る諸 論 文 を 掲 げ た 。 こ れ ら は 過 去 数 年 間 に わ た って 実 施 して き た 日本 ・ポ ー ラ ン ド間 の 共 同 研 究 の 成 果 の 一 部 で も あ る 。
池 上 二 良 論 文,津 曲 敏 郎 論 文 は,サ ハ リ ンの 少 数 民 族 の 言 語 の う ち,ウ イ ル タ 語 と オ ル チ ャ語 の 特 徴 を 扱 った もの で あ る。 これ ら は ピ ゥ ス ッ キ の 未 刊 行 の 草 稿 類 の 中 に あ っ た 両 言 語 に 関 す る 資 料 を 参 照 した も の で,本 総 合 研 究 計 画 の 推 進 に よ っ て 初 め て 可 能 に な っ た 研 究 で あ る と い え よ う 。 そ れ と 同 時 に,未 刊 行 の 草 稿 類 の 中 に サ ハ リ ン
島 諸 言 語 に つ い て の 貴 重 な 資 料 が 多 く含 ま れ て い る こ と が 如 実 に示 さ れ た と い え る。
A.マ イ エ ヴ ィ チ ら は,ピ ウ ス ツ キ の 主 要 モ ノ グ ラ フ,Materials for the Study of the
小谷 は じめに一 報告書出版 までの経緯 と概要一
Ainu Language and Folklore[PlzsuDsKI Igl2]の な か の ア イ ヌ 語 を カ ー ド化 し, i接 頭 辞 と 接 尾 辞,ア ル フ ァ ベ ッ ト順 の 語 彙 と そ れ ぞ れ の 語 彙 の 出 現 頻 度,ア イ ヌー英 語 索 引(掲 載 ペ ー ジ 付 き),各 語 彙 の 逆 引 索 引,英 語 索 引(掲 載 ペ ー ジ 付 き),文 法 事 項 索 引 に 分 け,ピ ウ ス ツ キ の 記 載 を 利 用 し易 く し た[MAJEwlcz and MAJEwlcz l 986]。
マ イ エ ヴ ィ チ の 論 文 は この 索 引 の 内 容 紹 介 で あ る。』
ピ ウ ス ツ キ の サ ハ リ ン少 数 民 族 の 記 載 の な か に は,病 気 と そ の 治 療 に 関 す る も の が 多 い 。 和 田 完 論 文 は,そ れ らの 記 載 の う ち,出 産 と そ れ に 関 わ る 慣 行 に 焦 点 を 置 き,
医 人 類 学 の 立 場 か ら検 討 を 加 え た もの で あ る 。 黒 田 信 一 郎 論 文 は,ピ ウ ス ッ キ に よ る ハ ン セ ン氏 病 に つ い て の 比 較 的 詳 し い 記 載 に 着 目 し,シ ュ テ ル ンベ ル グ の 記 述 を も参 照 し な が ら,ギ リヤ ー ク 族 が こ の 病 気 を ど の よ う に と ら え て い る か を 論 じた も の で あ る。 特 に シ ャ マ ニ ズ ム との 関 連 を 重 視 し,シ ャ マ ン の 活 動 を 媒 介 に,ギ リヤ ー ク の 世 界 観 の 問 題 に接 近 す る もの で あ る。
さ ら に,佐 々木 史 郎 論 文 は,今 世 紀 初 頭 に お け る ギ リヤ ー ク 族 に 関 す る ピ ウ ス ツ キ の 論 文 を 基 礎 に,北 サ ハ リ ン に お い て 文 化 変 容 を と げ つ つ あ った ギ リヤ ー ク と 他 の 集 団,な か で も ア ム ー ル 川 下 流 域 の ギ リヤ ー ク と の 関 係 を 論 じて い る。
第5章 は,北 海 道 お よ び サ ハ リ ン の ア イ ヌ 文 化 の 研 究 に 当 て た 。
荻 原 真 子 論 文,萩 中 美 枝 論 文 は と も に ア イ ヌ の 口承 文 芸 に 関 す る も の で あ る 。 そ の う ち 荻 原 論 文 は,動 物 を 主 体 と す る ア イ ヌ の 動 物 説 話 の 形 式 を,北 方 狩 猟 民 の 説 話 と 比 較 し,逆 に そ れ を ア イ ヌ 文 化 に お け る 顕 著 な 狩 猟 民 的 特 徴 の 一 つ と し て 論 述 す る も の で あ る 。 ま た,萩 中 論 文 は,北 海 道 と サ ハ リ ン ・ア イ ヌ に み られ る 口承 文 芸 の 一 形 式 オ イ ナ の 形 態 的 特 質 を 論 じた も の で あ る 。 こ れ らの 論 文 は,ピ ウ ス ツ キ 蝋 管 内 容 の
比 較 研 究 を 将 来 進 め る 際 の 貴 重 な 指 針 に な る べ き も の で あ る。
ス モ リ ャ ー ク 論 文(灰 谷 慶 三 訳)は,サ ハ リ ン に お け る ア イ ヌ,ニ ブ ヒ,ウ ル チ と ア ム ー ル 川 下 流 域 の 諸 民 族 との 接 触 に つ い て 概 観 した も の で,古 い 時 期 の 仮 説 の 誤 り を 最 近 の 研 究 成 果 に 基 づ い て 訂 正 す る な ど,ア イ ヌ を 中 心 に み た 諸 民 族 間 の 接 触 を 豊 富 な 文 献 資 料 を 駆 使 して 論 じた も の で あ る 。
最 後 のJ.ク ラ イ ナ ー 論 文 は,ソ ヴ ィ エ ト連 邦 と東 欧 諸 国 を 除 い た ヨ ー ロ ッパ 各 国 に現 在 所 蔵 さ れ て い る ア イ ヌ の 諸 資 料 に つ い て 論 じた も の で あ る 。 こ れ は西 ドイ ツ の ボ ン大 学 日 本 研 究 所 で 数 年 前 か らお こ な わ れ て き た 研 究 計 画 の 中 間 報 告 的 な も の で, こ の 内 容 の 一 部 は 昨 年(1985年)9月 に,北 海 道 大 学 に お け る 国 際 シ ンポ ジ ウ ム の 折 の 特 別 講 演 に お い て 紹 介 さ れ て い る 。
広 く知 られ て い る よ う に,ア イ ヌ 民 族 と そ の 文 化 は 学 説 史 的 に み て 世 界 の 人 類 学 ・ 13
国立民族学博物館研 究報告別冊 5号 民 族 学 研 究 者 の 注 目 を 集 め て き て お り,ヨ ー ロ ッパ,北 ア メ リカ の 研 究 所,博 物 館 に は か な り の ア イ ヌ 文 化 に 関 す る 資 料 が 所 蔵 さ れ て い る 。 しか し,具 体 的 に ど の 研 究 機 関 に,何 が,ど れ だ け 所 蔵 さ れ て い る か に つ い て は 何 の 情 報 も な か っ た 。
西 ヨ ー ロ ッパ と い う地 域 は 限 定 さ れ て い る に し て も,ク ラ イ ナ ー 論 文 に よ り 明 らか に さ れ た 実 態 は 貴 重 で あ る。 一 口 に 言 え ば,こ れ は 西 ヨ ー ロ ッパ に お け る ア イ ヌ 民 族
・文 化 の 研 究 史 で あ る。 そ し て,こ の 種 の 資 料 集 大 成 は,新 た な 研 究 の 飛 躍 の た め に は 必 要 不 可 欠 で あ り,ク ラ イ ナ ー 論 文 が 日 本 の 北 方 文 化 研 究 に 示 唆 す る と こ ろ は 大 き い と 思 う。
4. 今 後 の 課 題
以 上 の よ うな経 過 と内 容 の 本 冊 子 は,ICRAPと そ の 国 内研 究組 織 の 「ピウ スツ キ北 方 資 料研 究 会 」 の メ ンバ ー が 中心 に な って 推 進 して きた 研 究 活 動 の 中間 報 告 で あ る。 当初 の 目標 で あ った 「ピ ゥス ッ キ蟷 管 」 か らの音 声 資 料 の 再 生 が終 わ り,再 生 テ ー プ に基 づ い て録 音 内容 の 概 略 が わ か って きた。 もち ろん,上 に触 れ た よ うに,音 声 再 生 技 術 の 駆使 に もか か わ らず,再 生 不 能 な ほ ど材 質 劣 化 の進 ん で い た蝋 管 が予 想以 上 に多 か った こ とも事 実 で あ る。
「ピウス ツキ北 方 資 料 」,日 本 周辺 の諸 民 族文 化 に 関す る諸 資 料 な ど を考 慮 しな が ら,当 面 の研 究 課 題 につ いて簡 単 に触 れて お きた い。
(1)蝋 管 録 音 内容 の比 較 研 究
ピウ ス ッ キ蟻管 の録 音 内容 は,村 崎 恭子 らの報 告 に示 さ れて い る よ うに,今 よ うや くそ の全 体 像 が 明 らか に され た ば か りで あ る。 聴 取 で きた蟻 管 の数 は,断 片 的 な もの を含 め る と,か な りの数 にお よん で い る。 す べ て の 蝋 管 に は材 質 劣 化 に起 因 す る雑 音 が 激 し く,録 音 内容 を正 確 に聴 取 し,転 写 す る こ と は多 大 な 困難 を と もな う。 しか し な が ら,さ らに聴取 の努 力 を払 い,可 能 な限 り内容 を 明 らか にす る必 要 が あ ろ う。
これ と平 行 して,蟷 管 の音 声 内 容 の 比較 研 究 が必 要 で あ る。 サハ リ ン ・ア イ ヌ文 化 に 関 す る公 表 され た文 献 資 料 が 少 な い こ とは事 実 で あ るが,蝋 管 録 音 内 容 には い まま で 未 知 で あ った 事柄 も多 く含 まれ て い る。 そ れ らは改 め て 比較 研 究 を 行 う必要 が あ ろ う。 ま た,今 回 の総 合 科 研 の 期 間 中 に は,ピ ウ ス ッ キの未 刊 行 草 稿 類 の 内容 と録 音 音 声資 料 の 内容 との対 比 を行 う時 間 的余 裕 が な か った。 これ も,今 後 に残 され た課 題 で あ る。
② 『ピウス ッ キ著 作 集 』 の 編 集 ・刊行
ピ ウス ッ キの 既 刊 お よ び未 刊 の 業 績 類 を ふ くむ諸 資 料 を 編 集 し,現 時 点 にお け る学
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術 的 意 義 ・評 価 を付 し た 『ピ ウ ス ッ キ 著 作 集 』 の 出版 が 必 要 で あ る 。 現 在 の と こ ろ, 井 上 紘 一 とA.マ ィ エ ヴ ィ チ に よ り こ の 出 版 が 計 画 さ れ て い る 。
こ の 計 画 は 全 巻6冊 か ら な り,概 要 は 次 の 通 り で あ る。
『ピ ゥ ス ッ キ著 作 集 』(Collected Mlorks of Bronislaω Pilsudski) 第1巻 『サ ハ リ ンの 原 住 民 文 化:既 刊 論 文,1898年 〜1936年 』
第2巻 『サ ハ リ ンの 原 住 民 文 化:ロ シ ア 語,ポ ー ラ ン ド語,日 本 語 等 既 刊 論 文 翻 訳 』
第3巻 『ア イ ヌ 語 お よ び 口 頭 伝 承 研 究 資 料[Materials for the Stttdl of the Ainu」 乙anguage and Folklore,1912]』
第4巻 『未 刊 草 稿 類1:オ ル チ ャ,オ ロ ッ コ言 語 学,ア イ ヌ祈 疇 文 』 第5巻 『未 刊 草 稿 類II:ア イ ヌ 民 族 学 と 蝋 管 』
第6巻 『雑 綴,評 価,索 引 』
(3)日 本 国 内 に あ る ア イ ヌ文 化 に 関 す る 諸 資 料 の 集 大 成
一 般 的 に い え ば,あ る 民 族 ・文 化 に 関 す る資 料 に は,文 献 資 料,映 像 資 料,音 響 資 料,標 本 資 料(物 質 文 化)が 含 ま れ る 。 文 献 資 料 と は,論 文,単 行 本 な ど 活 字 で 表 わ さ れ た 資 料 で あ る。 映 像 資 料 に は フ ィ ル ム(映 画,ス ラ イ ド,ス チ ー ル 写 真 な ど), 絵 画,ビ デ オ が 含 ま れ る 。 音 響 資 料 は,蜷 管 を ふ く む レ コ ー ド と 音 声 テ ー プ が あ る 。 ま た,標 本 資 料 に は,い わ ゆ る道 具 類 と そ れ らを 作 る た め の 素 材 が 含 ま れ よ う。 こ れ ら の 資 料 は 研 究 推 進 の た め の 基 礎 的 資 料 で あ る 。 「ピ ゥ ス ッ キ 北 方 資 料 研 究 会 」 を 主 体 と す る 本 総 合 科 研 で は,ピ ウ ス ッ キ 個 人 が 残 した 諸 資 料 の 集 成 を 図 り,研 究 者 の 利 用 に 供 せ る よ う 配 慮 して き た 。
上 の よ う な 観 点 に 立 つ と き,ク ラ イ ナ ー 論 文[第5章 参 照]は 日 本 の 北 方 文 化 研 究 者 に 多 くの こ と を 示 唆 して い る。 と く に 世 界 の 人 類 学,民 族 学 界 に お い て は,ア イ ヌ 民 族 お よ び ア イ ヌ 文 化 は 長 く研 究 者 に関 心 を 持 た れ て きた 。 日 本 国 内 各 地 に 保 存 さ れ て い る 北 方 諸 民 族 文 化,と く に ア イ ヌ文 化 に 関 す る 諸 資 料 を 集 大 成 し,い ま ま で の 研 究 史 を 回 顧 し,今 後 の 研 究 の 指 針 を え る こ と は,日 本 の 北 方 文 化 研 究 者 の 義 務 で は な か ろ う か 。
5.資 料 の 所 在
最 後 に,関 心 あ る研 究 者 の方 々 の利 用 の便 を考 慮 して,本 総 合 研究 に お いて 使 用 し た 諸 資 料 の所 在,保 存 場 所 に つ いて 簡 単 に紹 介 して お きた い。
蟷 管 の オ リジ ナ ル は,現 在,ポ ー ラ ン ド国 ポズ ナ ン市 アダ ム ・ ミツ キ エ ヴ ィチ大学
国立民族学博物館研 究報告別冊 5号 言 語 学 研 究 所 に,再 生 さ れ た音 声 テ ー プ と と もに保管 さ れて い る。 日本 にお い て は, 蝋管 の複 製 と音 声 再 生 テ ープ は北 海 道 大 学 応用 電 気 研 究 所朝 倉 利 光 教 授 研 究 室 に保 存 さ れ て い る。 さ らに,テ ー プ の複 製 は,本 研 究 計 画 の 言語 ・音 楽 班 の メ ンバ ー も研 究 資 料 と して 各 自保 管 して い る。
既 刊 モ ノ グ ラフ ・論 文 類 と未 刊 行 草 稿 類 の原 本 は ポ ー ラ ン ド各 地 の図 書 館,大 学, 研究 所 に散 在 して いた が,そ の ほ とん ど はマ イ ク ロ フ ィル ムの形 で 日本 にあ る。 そ の 複 製 は北 海 道 大 学 文 学 部北 方 文 化 研 究 施 設,中 部 大 学 国 際 関係 学 部 井 上 紘 一 研 究室, お よ び 国 立民 族 学 博 物 館 図 書室 に それ ぞ れ 所蔵 され て い る。 ま た未 刊 行 草 稿 類 は,マ ィエ ヴ ィチ夫 妻 の努 力 に よ り原 語 の ま まタ イ プ さ れ,利 用 し易 くな って い る。 そ の複 製 も北 海 道 大 学 文 学 部 北 方文 化 研 究 施 設,中 部 大 学 国 際 関係 学 部 井 上 紘 一 研 究 室,国 立 民 族 学 博 物 館 図書 室 に保 管 され て い る。
謝 辞
一 連 の研究 活動 の実 施 に あた って は文 部 省科 学 研 究費 補 助 金(総 合 研 究A)(代 表 ・加 藤 九 詐) の ほ か に,「 ピ ウス ツ キ録 音蝋 管 の 工 学的 再生 」(試 験研 究 1,代 表 ・朝倉 利 光),財 団 法人 放 送文 化 基 金 か らの委 任 経 理金 「古 蝋管 音 声 再 生 に伴 な う雑 音 除 去 」(代 表 ・伊 福 部 達)お よび 「カ ラ フ トア イ ヌ音声 ・画 像資 料 の 記 録 と録 音 」(代 表 ・村 崎恭 子),株 式 会 社 日本 ア イ ・ピー ・エ ム か らの 委任 経 理金 「B.ピ ウス ツ キ録 音 蝋管 に録 音 され た 情報 内容 の 言 語 学 的 お よ び 民 族 音 楽 学 的解 析 の研 究 」(代 表 ・黒 田信 一 郎),「B.ピ ウス ツキ録 音 蝋 管 に録 音 され た情 報 の 音響 工 学 的再 生 お よ び複 製 の研 究 」(代 表 ・朝 倉 利 光),「B.ピ ウス ツキ録 音 蝋管 の情 報 に 関 連 す る 資料 の 整 備 。分 析 と蝋 管情 報 の比較 研 究 」(代 表 ・加 藤九 詐),お よび 実 藤美 枝 氏,長 谷川 文 彦 ・み ど り両 氏 らか らの 委 任経 理 金 を直 接 間 接 に使 用 させ て いた だ い た。 ま た,日 本 学 術振 興 会 を は じめ とす る各 機 関 か らは,本 研 究 の遂 行 にあ た り,多 大 な援 助 を いた だ い た。 さ らに,北 海 道大 学 を は じ め,研 究 分 担 者 の所 属 す る各 大 学 ・研 究 機 関 の 関係 者 に は大 変 に お世 話 に な った。 ピウス ツキ 蝋 管 の輸 送 に あ た って は,外 務 省,NHK,日 本 航 空 の 関係 者 の 方 々 か ら ご援 助を い た だ い た。 こ の 報告 書 の 初 め に あ た って,こ れ らの諸 団体,個 人 の方 々 に厚 くお礼 を 申 しあげ た い 。 本 冊 子 刊 行 に 際 して は,梅 樟 忠 夫館 長 を は じめ,編 集 委 員 会 の メ ンバ ー,と くに竹村 卓 二,中 山 和 芳,八 杉 佳穂 の諸 氏 か らは種 々の 助言 を い ただ い た 。厚 くお礼 を 申上 げ る次 第 で あ る 。最 後 に,本 稿 の 執 筆 にあ た って は,黒 田信一 郎,井 上 紘一,佐 々木 史 郎 の諸 氏 か らは資 料 の提 供 を 受 け た ほ か,多 くの 助言 を受 け た。 ま た,編 集作 業 の 過程 にお い て,大 阪 外 国語 大 学 の村 上 奈 美 枝, 橋 本 吉史,上 原 裕 司 の諸 氏 の助 力 を え た。
文 献
ASAI, T.
1985 The Ainu Prayers and Iso. In CoMMITTEE FoR THE INTERNATIoNAL SYMPosluM, ed・, Pγ06θ8伽95げ 伽 砺87㎜ 彦ional S)mPosium OηB. PitsuciSki'S PhonograPhic RecordS and漉8 /linu Culture, Sapporo l Hokkaido University, pp.151‑156.