日本体育大学紀要(Bull. of Nippon Sport Sci. Univ.),39 (2),77–80,2010
ラグビー場土壌の細菌叢の研究
柴田紘三郎1),米地 徹1),奈良真孝2,3)
1) 日本体育大学運動方法(ラグビー)研究室,2) 日本体育大学自然科学研究室,
3) 大阪府立大学大学院生命環境科学研究科
Analysis of the bacterial-flora of ground in the rugby playground throughout the year
Kozaburo SHIBATA, Toru YONECHI, Masataka NARA
Abstract: Bacteriological examinations were carried out to get information about bacterial-flora of ground in the rugby playground of the N University during the four seasons. Seventeen strains of typical bacteria isolated from the rugby playground were rapidly identified with the Vitek Auto Microbic System. Kocuria rosea, Micrococcus lylae and Bacillus sphaericus species were frequently isolated in all seasons. Kocuria rosea was most frequently observed in the spring, summer and autumn seasons and Micrococcus lylae was in the winter season. We found that Acinetobacter baumannii, Bacillus cereus, Bacillus subtilis, Bacillus sphaericus and Serratia marcescens were non-pathogenic bacteria which are often found in ground in the rugby playground. However, due to progress in advanced medicine and changes in the living environment, the incidence of opportunistic infection has been increasing. Bacteria that do not cause disease in healthy people sometimes induce infection. Therefore, for their appropriate management, instructors and student should understand the status of bacterial contamination under normal conditions, and instructors should have basic bacteriological knowledge.
(Received: January 28, 2010 Accepted: February 19, 2010) Key words: bacterial flora, identification, ground in the rugby playground
キーワード:細菌叢,同定,ラグビー場の土壌
【原著論文】
専門教育系論文
施設の安全性とが要求され13),そのためラグビー競技 施設の微生物叢の実態を把握しておくことは疫学,衛 生学上,重要な意義をもつものと考えられる。
本研究は自動細菌同定装置を応用し,年間を通して,
ラグビー場の土壌細菌叢を明らかにしたものである。
2. 方 法
1)試料の採取
(a)本学・健志台キャンパス・ラグビー場の土壌につい て1年間(2004年4月〜2005年3月)の継続的な 調査を行った。試料の採取は,毎月1–2回行った。
(b)試料の採取領域はラグビー場の中央の一定の場所 から,表面の土壌を5 g採取した。
2)試料の分離と培養法
採取した土壌は1 gを10 mlの滅菌生理食塩水を用 いて希釈後,10倍階段希釈法により希釈液0.2 mlに 1. 序 論
先に,われわれは自動細菌同定装置(VITEKおよび ATB)により,教育環境施設,スポーツ用具やユニホー ム等に付着した細菌叢の詳細な解析を行ってきた。す なわち,これまでプール水1–3),剣道具4,5),相撲土俵6,7), 柔道場畳やレスリング場マット8,9)にみられる細菌叢を 明らかにしている。さらには,細菌叢を構成する病原 性細菌について,各種消毒剤による殺菌効果を追求し
ている4,10)。
2016年のオリンピックゲームでは 7人制ラグビーの 参加が公認された11)。ラグビーは球技,格闘技の要素 を複合した激しいスポーツであり,直接的な身体接触 が許されるという競技特性上,他のスポーツと比較し て外傷の報告が年々増加傾向にある12)。身体接触が許 されることから割創や挫創が多くみられ,さらには,
傷口の化膿や破傷風になったとの例も報告されてい る12)。ラグビー競技では競技者相互の安全性と,競技
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ラグビー場土壌の細菌叢の研究
あった。グラム陰性桿菌は,Acinetobacter baumannii, Agrobacterium radiobacter, Alcaligenes faecalis, Chromo
bacterium violaceum, Corynebacterium xerosis, Entero
bacter gergoriae, Pantonea agglomerans, Plesiomonas shigelloides, Serratia marcescens, Sphingomonas paucimo
bilis, Stenotrophomonas maltophiliaの11菌種が分離され
た(表1–4)。ラグビー場の土壌から年間を通して高頻
度に分離同定された細菌はKocuria rosea, Micrococcus lylae, Bacillus sphaericusである(図1,表1–4)。図1に みられるように,Kocuria roseaは春期から秋期に高い 値を示すことが分かった。Micrococcus lylaeは気温が低 下する冬期に高頻度に分離され,気温の変化と出現頻 度との相関が示唆された。
1.8 mlの滅菌生理食塩水を加え,希釈系列を作った。
次に,希釈液を普通寒天培地に接種し,恒温器(Yamato Incubator IC600)で37°C,24時間,好気条件下で培 養した後,室温で3日間培養を行った。次に培地上の コロニーの個数を測定し,菌集落の形状,集落の色な どを形態学的に分類した後に,ハートインヒュージョ ン寒天培地を用いて純培養を行った。細菌の同定には 純培養試料を平板寒天培地に塗布し,24時間培養した ものを実験試料として用いた6)。
3)自動細菌同定装置による解析
各々の純培養菌株についてグラム染色を行い,光学 顕微鏡を用いて,細菌の形態を観察し分類後,グラム 陽性菌にはカタラーゼ試験,グラム陰性桿菌にはオキ シターゼ試験を行った。グラム染色と各種追加試験の 結果から,同定用カード(VITEKおよびATB)を選択 し,被検液の菌株を同定用カードに充填し,自動細菌 検査装置(日本ビオメリューKK)を用いてコンピュー タで処理した1–9)。
3. 結 果
ラグビー場の土壌から採取された細菌の個数は年間 を通して平均1.3×106 cells/gであった。春季(3–5月)
は2.9×106 cells/g, 夏 季(6–8月 )1.2×106 cells/g, 秋
(9–11月)は4.4×105 cells/g,冬季(12–2月)7.6×105
cells/gであった。細菌の個数については春季が最も多
く,夏季から秋季にかけて減少し,冬季から春季には 再び増加することが分かった(表1–4)。
表1–4は自動細菌同定装置によって,同定された菌 種を季節ごとに示している。各々の細菌の出現頻度は 3ヶ月ごとに分離同定された全ての細菌について,百 分率(%)で示している。
頻度= 各細菌のCFUs/g
× 100 分離された細菌数
自動細菌同定装置によって,本学ラグビー場土壌か ら同定された細菌は年間を通して17属25菌種である。
高 頻 度 に 分 離 さ れ た 細 菌 種 は グ ラ ム 陽 性 球 菌 で
69.7%,次いでグラム陽性桿菌22.1%,グラム陰性桿
菌8.2%であった。グラム陽性球菌の中ではKocuria属,
次いでMicrococcus属の順で高頻度に分離され,Kocuria 属はKocuria rosea, Micrococcus属では,M. lylae, M.
luteusが分離された。その他,グラム陽性球菌は,Aero
coccus viridans, Dermacoccus nishinomiyaensis, Staphylo
coccus cohnii, Staphylococcus saprophyticusが分離され た。次に多く分離されたのは,グラム陽性桿菌Bacillus 属であった。菌種は,B. cereus, B. circulane, B. firmus, B.
megaterium, B. sphaericus, B. subtillsやB. thuringiensisで
表1 春季にみられる細菌叢とその出現頻度
ラグビー場土壌について1年間の継続的な調査を行った。自 動細菌同定装置によって同定された菌種を3月から5月の期 間を春季とした。各々の細菌の出現頻度は分離同定された全 ての細菌数の割合を百分率(%)で示した(表1–4)。
自動細菌同定装置によって,同定された菌種を6月から8月 の期間を夏季としている。
表2 夏季にみられる細菌叢とその出現頻度
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ラグビー場の土壌の細菌叢について継続的に追跡した ものである。自然界における土壌中の微生物の数は,
その場所の有機物の量,水分量,酸素分圧,pH,温度 などに左右されるが,通常,土壌の細菌数は106〜107 cells/gであることが報告されている14,15)。ラグビー場の 土壌から採取した細菌数は年間を通して平均1.3×106
cells/gであった。表1–4に示したように,年間を通し
て 分 離 同 定 さ れ た 細 菌 叢 は,Kocuria属 が47.4%,
Micrococcus属が23.0%を占める結果であった。Kocuria
roseaは,土壌に由来する放線菌類の一種で,菌糸を作
らないグラム陽性の四連球菌である。好気性,共生性 グラム陽性,コアグラーゼ陰性の共生菌であり,自然 界に広く分布し,ヒトの皮膚,土壌,根圏,発酵食品,
臨床検体,空気中など多種多様な分離源から分離され る非病原菌である16)。Kocuria属細菌は,旧分類では 4. 考 察
生活環境や自然環境における細菌叢の実態を予め熟 知しておくことは教育上また防疫上,極めて重要なこ とであると考える1–9)。すなわち,スポーツの指導教員 や競技者が,自らの職場環境や競技施設の汚染の実態 を把握することは,単に教育上,学問的な知識として だけではなく,競技を安全に行うための基礎知識とし て大切なことであろう。ラグビーは球技,格闘技の要 素を複合した激しいスポーツであり,直接的な身体接 触が許されるという競技特性上,他のスポーツと比較 して外傷の報告が年々増加傾向にある12)。しかしなが ら,ルールの改正による安全対策は行われているもの の,ラグビー場の衛生管理に関する報告は少なく,ラグ ビー界としても衛生対策的研究が急務と考えられる。
本研究は自動細菌同定装置を用いて,初めて本学の
表3 秋季にみられる細菌叢とその出現頻度
自動細菌同定装置によって,同定された菌種を9月から11月 の期間を秋季としている。
表4 冬季にみられる細菌叢とその出現頻度
自動細菌同定装置によって,同定された菌種を12月から2月 の期間を冬季としている。
図1 高頻度に分離された細菌の年間における動態。ラグ
ビー場土壌から分離されたKocuria属,Micrococcus属,
Bacillus属 の 各 属 中 で 最 も 高 頻 度 で あ っ たKocuria rosea,Micrococcus lylae,Bacillus sphaericusの3菌種の 季節毎の動態を示している。出現頻度は細菌数の割合 を百分率(%)で示している。
図2 ラグビー場土壌から最も高頻度に分離されたKocuria
roseaの走査型電子顕微鏡像。※スケールは1 µmを示
す。
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ラグビー場土壌の細菌叢の研究
茂治,長舩哲齊,大和 眞:教育環境における細菌 学的調査日本体育大学プール水に見られる細菌叢.
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〈連絡先〉
著者名:柴田 紘三郎
住 所:神奈川県横浜市青葉区鴨志田町1221-1 所 属:日本体育大学運動方法(ラグビー)研究室 E-mailアドレス:[email protected]
Micrococcus属であったが,分子系統分類および化学分
類の結果に基づきKocuria属として分割された16)。 次に多く分離されたのはBacillus属で全体の21.2%
であった(表1–4)。Bacillus属の大部分はグラム陽性 およびカタラーゼ陽性,多くは運動性を有し,好気的 に発育する芽胞形成桿菌である14)。Bacillus属は芽胞を 有するため,耐久胞子を形成し過酷な環境下でも生存 することができる。したがって,Bacillus属は消毒,乾 燥や熱などに抵抗力が強く自然界に広く分布する3,5)。 ラグビー場で本菌が数多く分離された(表1–4)事実 は,この細菌属の持つ特性を反映したものであろう。
一方,芽胞をもつ破傷風の原因菌であるClostridium
tetaniは分離されなかった。
グラム陰性桿菌が年間を通して11菌種分離された
(表1–4)。Plesiomonas shigelloidesはグラム陰性通性嫌 気性菌で,グラム陰性細菌の代表的な病原菌である赤
痢菌Shigella sonneiと共通抗原をもち,下痢腸炎を起
こす食中毒菌として指定されている菌種である14)。 Acinetobacter baumannii, Serratia marcescensは日和見感 染の起因菌として知られている菌種である。現在,高 度医療の進歩や生活環境の変化により日和見感染が増 加する傾向にあるといわれている17,18)。すなわち,健常 者には病気を起こさないことが明らかな細菌でも感染 症を発現する可能性がある。したがって,指導教員や 学生が細菌による汚染の状況を日ごろから把握してお くことは,傷害の発生時に適切な処置を施すためにも 極めて重要な意義をもつものと思われる。
5. 結 論
ラグビー場土壌における細菌叢の動態について,年 間を通して継続的に調査した結果,年間を通して17属 25菌種が分離された。出現頻度の高い細菌はKocuria rosea, Micrococcus lylae, Bacillus sphaericusであった。今 回,分離された細菌は非病原性であった。Acinetobacter baumannii, Bacillus cereus, Bacillus subtilis, Bacillus sphaericusやSerratia marcescensは日和見感染の起因菌 である。したがって,ラグビー場では日和見感染細菌 の除菌対策の検討が必要になると思われる。
謝辞 本研究の遂行にあたり,助言を戴きました日本 体育大学自然科学研究室 長舩哲齊教授に心より御礼 申し上げます。
6. 文 献
1) 古田裕子,小早川ゆり,浜田元輔,清原伸彦,青木 茂治,江原友子,長舩哲齊,大和 眞:教育環境の 細菌学的調査への迅速自動細菌検査装置の応用.日 本体育大学紀要,26, 261–265, 1997.
2) 古田裕子,小早川ゆり,浜田元輔,清原伸彦,青木