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十全會雑誌第五十三二月次
O原著及實験⁝⁝⁝な⁝⁝⁝⁝・⁝皇頁
︵V動物試験二由一プ得ル虫偉物ノ証明二就グ
特別義母溝口龍三
〇揮捉免爾義ノ一例
特別會負︑吉尾開道
O色素性乾皮症二三グ 特別舌早齋藤義雄
O漫 録⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・・−豊八頁
O讃書鯨録一⁝⁝⁝⁝・・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝・⁝⁝⁝・⁝⁝・・伊藤 哲 一
〇秋山寒流・・⁝⁝⁝⁝:⁝・⁝⁝⁝・⁝・⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝∴一一野孤水
0友の家にて:⁝⁝⁝⁝⁝・・⁝:・⁝⁝・・3⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝:碧 潮 生
O通 信⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝自二九頁
O松原三郎君臨國署記O田上清貞君通倍◎松久砧馬君通倍 O會 報⁝・⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝・⁝自四八頁O叙任︑辞令及其他O會員動静録◎新年拝賀式◎松原教疫の新任O柔劔道草古開始︒讐衛生覆託生氏名♀書講蕃記事︒茎會宛餐駿
回附特別會員氏名0盤操學校生徒募集ノ件0三校衛生學例國彙報の特別提
供〇十.全盤々員名簿脱漏追加及訂正
O會 告⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝臭○頁
O寄贈及交換書目O†全會々費納付調書
O廣 告
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O附 録
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︵漫 録︶
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號三十孟第翻難【曾一十
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O讃書羅馬伊藤哲 一
︵叙︶工むに從ひて抄し穴うもの敢て列次なきも三斜百種少しの盆もあ
らんとて集め六り
圃︑日本外科の始古事紀に曰く﹃其の八十紳各稻朋の入 上比費を婚らんするの25あり共に稻朋に行く時に大穴
至愚全学を負ひ盛者ざならて行く氣多の前に到る時裸 の菟伏せう姫君紳其菟に謂ふよし汝は此櫨に浴み風の
吹くに去り高山尾上に伏せよご其れ故に菟は八十紳の
敷のま\に伏しき其海購乾くに從ひ其身の皮悉く風に 吹きさかれ痛み並んで泣く二野に來ませる大穴牟遅の
紳爾志を見て告げて曰く今週に此水門に行き水にて汝 の身を洗ひ即其水門の蒲黄を取り敷き散らして其上に
較尽せぱ即汝の身単層の如く必ず差はん其敏の如くし て本の如くなりき﹄云々即ち憧れ外傷に蒲黄を用みた
るなり二︑余ノ最モ傲ラントス〃ハ我が紀ノ三栖二余ノ家ヲ去
八
ル数町ノ地二産セル華岡青洲戎ノ華岡流外科學創始者
トシテ日本外科學⁝界二九鼎大呂ノ重キヲナナシメタル
ニアリQ日本馨譜︸一日ク﹃華岡青洲名震字伯行通構随賢青洲ハ
其號ナリ本︸和田氏高租某河内國華岡二居〃.由テ氏ト
ス六世ノ租傳之亟畠山高政二事へ高政亡ビシ芹紀州二
移り那賀郡二居ヲ︵抄者云フ那賀郡トハ余ノ郡ノ隣郡ニシテ和歌山市チ去ル七里東二位スO李山ト云フ字ニアリ其住宅今猶豪肚ヲ極メタル大樹ニシタ余等幼時ヨ
リ出入シテ遊戯セリキ︶祀父雲仙二至リ始メテ馨ヲ業トス青洲ノ・父名野馳溢母ハ松本氏兄弟五人青洲ハ其長
子タリ幼ニシテ頴﹂敏父甜阻鞭虫ヲ嗣⁝ギプ⁝興業チ研皿精セソトシ京師二出デテ桃谷華洲山田静臥ト交り吉函南涯二
黒ヒテ験算水工學極講ジ大和研水二子テ外科ヲ修メ其
他諸家ノ説デ墾酌シ刻苦多年巳二得ル所アリ去テ紀州
二飯り内外合一活物窮理ノ説ヲ唱へ古今漢蘭ユ析衷シ
テ從來因循誓書ノ軌轍ノ外二跳梁シ刃難鋸断奇ヲ出シ
新ヲ求ムルモ縄尺ノ守〃ペキヲ失ハズ奇疾異病方書二
等ゼザルモノト錐モ其野馳英才ヲ.以テ手二随プ庭置シ
功ヲ奏セザルコトナシ世人推シテ元和后ノ一人トナシ
病客踵ヲ接シテ其門属集リ四方ノ馨生亦多ク來リタ激
ヲ乞と着籍ノ難物有鯨人二居ル丈久二年紀州候二召サ
號三十五丁霊贈會趨性 ︵三者云 子孫今入醤ヲ業トセズ多額納税者トシテ優 堪ヘタリキト︶天保山ハ年十日〃病ヲ以テ没ス年レ㌔十上ハ ル七里ノ問紀ノ川二大舟フ礒装シタ浮べ昏昏麗驚クニ 許サル ︵抄者旦趨レチ祀順父母二障クロ巴ヨリ和⁝歌山市二至 レテ単声員トナリ後帯万事准ジ特旨其邑二王ルコトチ
遊セリ︑其青洲ノ弟鹿城大阪船留タ外科ヲ開キ其家厳
盛二外科專門ナツ︶
鎖肛羊肉先生ノ始メテ名幕ヲ下シタル毛ノ治術ハ陰 門ノ傍ラ叉ハ會陰白二上孔アルハ轡消息子ヲ以テ探り
次第二肛門ノ方へ切ヲ指二コ入ル位ニシテ薫陶白雲テ
貼シ挿入ス乳癌左手二岩根ヲ握り岩ヲ運動場シメズ割破シテ瘡
ロニ手ヲ入レ核ノ皮肉ヨヲ離シ細絡ヲ悉ク戴離シプ核
チ出シ贅肉ヲシテ内二獲ずシムベシ誤テ岩薄肉中二残ル時儀岩ハ治スト錐毛玉ズ登ス術中血絡ヲ断テ血走レ
バ士爵叉ハ嶢金ノ術ニテ止ムベシ核チ去ッテ后嶢酎ニ
ヲ温メ玉茎ノ癖血ヲ洗ヒ去り金瘡油ヲ塗りテ瘡ロチ縫
合ス脱疽指ノ關笛ノ庭ヲコ・ンメスラグ骨際迄切り廻シ
指ヲ皇二載セ難ヲ關飾ノ上旧藩テ槌ラグ打プバ戴ル・
ナリ︒
流注山白ヘハ風腫︑虫量塵︑鳳望輯腫↑︸云フモ華岡∵先生ハ紬機場 ト云フ名総ヲ與ヘタリ先ヅ膿ノ成ルや否やヲ精験シ後二針﹁ヲ刺⁝シ抜ク時横二選ブ昏昏ヲ關⁝大シプ毒口ロへ左突メイチヤヲ挿入ス鎖陰送別先生ノ下シタル名構ナリ石淋是レハ日鳳題鶏尿楢⁝結石ン出馬味ニアラズシグナラント憲矩セラル﹃押シ出
ス時ヌ払剛二出ル︑芋頭7遽二押一シ移ルコトアレバロ廣ゲ
〃ト随分出ルモノナリ妄二切ワ出ス時津縫合シテ後轟尿
遣小サクナリテ通路宜シカラズ幕明大抵デ隅切ラズ前ロ
マデコヌ時切陰董ノ下邊ヨリ横二戴ヲ出ス﹄
結着痔痩︑兎唇︑骨腫︑⁝横笈︑骨疽等ニモ敏捷果敢ノ刀
ヲ加エラレタリ︒鳴呼遠キ昔昌於プ今日黄金時代ト誇ル
外科手術ハ既二言が親愛ナ〃故山二於テ行ハレツ︑アソ
シナリ︒特記スルペキハ華岡先生ハ此大手術二當リテ麻醇測チ螢
明セラレタルコトナリ︒龍王沸湯ト構シ曼陀羅華・八分︑
草烏頭二分︑自働二分︑當飯二分︑川有二分︑右細挫熟
湯二扶ジ一二漁卯九二噛襯据件シdブ淫 チ出︽り温服一二一分間ニシ
プ昏量スル
金創即現時﹁所謂創︑切ハ縫A温棚蝕脚二嚴制﹂アソ火酒二湾肌セル ロむ一綿布一=グ樋口麗々園ヲ洗拭シ次デ介﹂者ヲシグ創ロヲ吻合一
セシメヲ縫フ糸ト糸トノ問四五分ナルチ通例トス創ノ大ナルモノハ其手臆断叉ハ最下位二綿撒縣チ挿ミテ癖液ノ
︵漫 録︶
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︵漫 録︶一δ
號三十五憾言繭回内十
t(〈八へへ〜〜〜〜〜〜 一一rWL〜へ ロニ・金創油ヲ貼シ次二三雷勘ノ木綿二鶏卵自一ヲ浸シグ創上 排泄チ便ニス縫合終ル聾心椰子油ヲ創ノ周縁工塗布シ翻
二貼シ其上ニニ重ノ晒木綿ヲ置キ巻木綿︵ぐ①旨碧働︶ラブ
之レヲ束子シム︒爾后毎日纐帯交換シテ六七日一ごア愚智
シプ山橘グヲ見・グ旦阻レヲ前輪徴スルチ垂目トシ一掃宛間ヲ隔テ
・去〃ナリ
止血法ハ血管ノ塵迫局所結紮及烙鐵ヲ用ヰテ十全止血ノ
目的二供ス
花岡先生ノ用ユ〃手術具ハ金創針︑勢刀︑毛引︵ピンセ
ット︶轡消息子︒ スポイト︑小手鋏︑縫合針︑糸︵麻二又ハ木綿糸ヲ三條撚合セタ〃モノ︶木綿綿帯等ナリ
キ先生更二股︑膝︑肘及下顎關.節ノ脱臼︑戸車強直及搬痕攣縮剛直シテ起死回生ノ妙手術チ施サレタリ
山河優々今猶残存シ先生ノ墓ヲ儒スル毎二外科界三一這
ノ暗示ト誘導ヲ垂レ給ヘト念ズ〃ナリ︒余ノ先生ノ墓碑
二相シ及先生ノ遺品ヲ見〃ゴトニ常二一種ノ刺戟ヲー5秘
ノ琴線⁝二鯛レシムルヲ禁ズ〃コト能ハザルナリ︒
之レテ一帯スルニ先生ノ所構説ハ漢蘭折一斗涙ニシプ持論⁝トス
〃所ハ内外合一活物窮理ノ説ナリ﹃方に古今なし内外一
理古に泥みては今に通すべからす内に略しては外に治す
ぺからす蘭を云ふもの理に密にして法に粗なう漢を奉ず るものは法に精にして跡に泥む故に我術治を活物に考へ法を窮理に労す﹄ト即チ理論ト實習ノ併行ノ要ヲ痛論セラレタルナリ其治術ヲ説タヤ﹃凡そ病を療し其方を尊し劃を製す必ず軍法に拘らす馬添の及ばぬ所は針灸之を治す針灸及ばぬ所は膓背を劇割せよ以て膓胃を揃洗すべし筍も以て人を活すべきもの爲さざるぺけんや﹄ト以テ豪胆不鵡ノ熟烈ナル研究心ヲ見ル讐聖ト云フモ豊二不可アランや先生ノ遺書﹃瘍科罫書︑瘍科鎖言︑金創要術︑金創ロ授︑外科塘個要︑庁重書辮明︑溜孔癌辮︑膏壷が便臨兇アリ鎖陰ヲ手術スルニ當リテニ﹃勢刀ヲ以テ尿道ノ下ヨリ膜ヲ一切ル⁝猶奥二藩⁝皮アルアリ初メ指一大τ=グ破り其レヨリニ本刷テ開クペシ尿潜柵卜陰門トハ薄皮一枚一=グ隔響ブタ〃
ニョリ暴壷皿手術スルベカラズソレヨリ尿蓮二導水管チ
指シ置キテ肛門ノ方ヘモ大鯨箆テ入レテ目的トナシ両道
へ切膚り貫ケヌヤウ術ヲ一施スベシ
痔痩﹃病人ヲ側臥セシメ右手二上清息子チ把り漏ロヨリ ふ の り肛門二向テ徐々エ挿入シ左食指へ鹿角茱チ塗り肛門二挿
入シ主犯ヲ捜ルベシ難所昌出デァラバ指ヲ露珠へ添へ右
手二右ヲ入レテ肛門二引クペシ消息子肛門ヨリ出デタラバ美濃紙ヲ幅三四分位二切タ絹縣ヲヨリ込ミ大サ元結ノ
如クニシテ廿穴縣ヲ齢路珠〜へ結ビ附ケ繭旧劇忌子ヲ嘉ルノ穴へ引キ
號三」F五第翻乾田壷十
航〜Vい一〜鞘〜へ〜〜〜〜〜 〜〜… 秋風曝書︑翠葉︑霜に醇ふて薄紅の色を粧へり︒ 三 野 孤水 O秋山寒流 職8聖︑88覧聰登巴︑ρ塵︑﹁4覧魔ρ■︑8層︑o¥聰鳳覧ぞ塵︑趣趣覧■8盲︑趣虚︑趣趣し︒ ︵以上富士川ドクトル馨學史参照︶ 外科の紳タル華岡先生ヨ後進の余等二光明ヲ輿ヘヨ 知ルペシ其手術の根底ハ今日の新學説ト一致セ〃ヲ鳴呼 或ハ憲木綿ヲ施スベシ﹄ト 血娼﹁ヲ鶏エ﹂臼一=プ煉り創ロへ貼シカスカイ︵痴者日不明︶ 鉄ヲ入ル時左の方の欽目ヨリ先二切り縫ヒ終りテ無名異 其レヨリ疵ノ正中ヲ縫ヒ次二縫ヒ夫ヨリ下ヲ縫ベシ初参 兎唇﹃先ヅ鋏ヲ以テ其欽タ〃所ヲ切り野心パンドラ切り 門二貫キ一畢二断裁スベシ﹄ 瘡口廣クナリタラバ砂漏刀ヲタメ・グ圓クナシ漏回顧リ肛 二至り新二枕ヲ換へ縣ヲ結ビ直ス日ヲ経テ綜深ク切コミ イチヤ︵和蘭語デガーぜノ事︶二破敵ヲ塗り挿入ス明日 戻シ綜ヲ貫キ紙ヲ枕ニシテ縣ヲ膝結二結ブ其後漏ロヘメ
金城の東︑細草街翠緑をごマめ︑小春日和うら︑かに︑
倉ケ岳一帯の群山は近く帽廟に懸b︑遠く自山の連峰︑朝霜に包まれて︑幽紫山肩に淡く︑翠嵐山麓に濃かな
LリO あ︑︑なつかしき自叙吾は汝の名に憧憬れの身εなりしεε久し︑いま四顧姻霧の裡に︑やさしき麗姿を指黙するを得πう︒その髪叢のうるはしさは無限の秋の態を難し︑嵐氣の揺曳ご共に︑四季自からなる趣ご︑その面臼き雲のただすまいごは︑情立之れを久しふするを躊躇せざるを得ざりき︒ その方塞をつきて︑屹立せる麗姿は女棘の如し︑吾は幼より立山の三悪なるを聞けり︒未だ悔まざるご錐も︑過ぐる年の夏︑日数清らなる夕︑遽議せしこごあり〇一見して其瞼峻︑凛乎こして雄々しく︑奇哨雄大なるを知れり○上鞘々聾立︑天芝を突けるは鬼棘の姿なウ︒い凌吾は臼山の優姿を仰で歩す︑其眺望の美しく︑麗しく︑温曲玉の如き仙姿は常に雲を呼んで群峰を貫けり︒げに自山は千秋萬古ろの学才せす︑その容愛ぜすして北陸を轍下す︒誰か仰いで神姿を望むにあだり︑心裡頓に敬畏の念回るを畳にざるものあらむや︒金城より東歎十町︑田圃東南に拓け︑見渡す限り野も︑山も︑杜も︑丘も︑水も︑村も︑忽々ごして霧湧きて白壁の殊に輝くを見る︒ 程なく坦々砥の如き大路を行くこご牢里程︑斜坂大に來りて︑漸く山隠に躇み入らしを知る︑歩々︑裡路漸一細くして攣峰左側に列をなし︑高きあり︑低きありて問
︵漫 銘︶
三
︵漫 録︶一三
號三十五第講鵜會盈十
vwwWvNAA.VVWLuawwN−vNに︑雲影の浮動するを見る︒即ち蒼塞に仰けば三雲揺曳 緩にして深漂に陰あウ︑鶴鶴の水を蹴りて波紋漂ふ中流 礫石を放す︒更に眼を謝して緑柳の邊りを望めば︑流れ 漁業は︑碧水を重きて︑清碧を張め︑急濡奇岩を求めて 波黒めに起り︑奔飛すれば大波欝めに躍る︑散漫したる り︑急襲岸を弄する駈︑鋳なたる音あり︒急射すれば細 岩頭を洗ふ︒激濡の奇飛跳銀する所︑鞭轄たる響きあ 封岸を見渡せぱ水鳥の飛⁝ぶ燐︑怪岩水を堰止め︑飛沫 々πる荒磯に灘ぐ犀川の流れな5.o を走れば鋳々たる響きあり○疑れ金城の南を横断して洋 LNewれば急流水石を洗ふ世間の下流に友あるを認む︒即ち汀 を呼ぶ︑激聲大にして予が聲さらに響かす︑汀を斜蔵す 走して水邊に到り顧みれば︑友はすでにあらす︒大聲友 くをきく︑友は予が背を敲きて専行せよご促す︒吾は急 斎だる林間を着くれば︑髪剃大に響き︑水鳥の丁々ざ囎 條忽︑漢聲幽かに聞俊陀bo山端を右廻して陶老杉潔 もなく︑径極めて細く︑友は吾が後より中る︒
し︑流れて遙かに封書の青林に隠る︒忽ち頭上にあたり
梢を掃ふ音ありて落葉を認め︑流れに逡られ︑舞ひ躍り
て行魯のつ
友は以前より汀に黒して動かす︑何の詩興湧くにや︒
即ち友が肩を打ちて出立を促す︒歩々︑犀川の奔流を賞 してや按ざりきQ ほこ近き一森を過くれば漢聲微かなる所に討舎あり︒犀川の里と云ふ○ごある風流なる茶亭に憩ひて︑熟柿ご白湯ざを求めて腹を肥し︑潟を悪し︑草鮭の紐を堅めて出す︒荷車三輔︑馬捗れを引き︑馬子坐れに乗りて曲面白く譲ふて過ぎ繊︒ 径は黒々斜にして山は山ご重なり︑丘は丘ε相解り︑雑木多くして老杉の殊に煮麺こして茂り︑遙か淀霧のはくノ\芝動曳し︑山容淡き所を指点すれば︑薫條力る山中の藁屋︑霧中に歴落だるを認む0 水聲再び聞俊︑滋は再び斜坂となる︑喘ぎて穂々高き所に到れば︑四望朋かに︑帯山悉く其頂嶺に雲霧をεこめ︑・鰍親すれば曲流せる白川の激して︑忍石散簿し湘或は水に陰れ︑或は水を突く肚景︑言語に絶す︒仰ザぱ昌輪高く中天を過ぎて雲を止めす︒ 午を過ぐるこご二時︑友ご共に握飯を喰ひつ︑︑景を賞して友ご談ずるに︑俄かに強熱昔あり︑顧みれば.いご年長けだる老艦の︑重き薪木を濃きて歩み來緯○老娠は立ちざ団まり︑腰を伸して敲きしが︑吾等に向ひ問ふに︑何庭の御仁にて何慮へ行くなるかを以てす︑吾等は何庭こもあてなけれども雲上わたりの山ざ水のあまりに面白
ければご云ふに︑老姫の妾は此先きの村に佳めるものな
れば御同行仕らんε竪総覚が實意に戚琶︑暫く出穂の風
光を賞し︑かたはら近傍の勝地を尋ねて︑いぎ行かん冠
促せば︑妾が後よう可愛ゆき孫娘の薫るなれば吊しばし
待ち玉へこ︑程なく少さき足音なして來れるは老前か可一愛ゆき娘なう︒赤き扱帯の極めて呈ち︑瞬き義打ち
+
・り︑星齢の清く愛らしく︑いご董恥を含める風情にて︑
第翻蘂亀會壷
頭を傾け黙禮するさま鄙にめづらし︑げに野に険く百合
乎︑自然の薫りあり︑こはこれ老懸のみならす確かに里
人の愛すべき花ならむ︑名はれ菊︑雁なきて霜を落し︑
秋の日は長りて︑萩花の露こばれ︑今年れ菊は十六なり
ビ︑下金は濁り饒舌れ90友の輕舌快事︑すかさす繋れ
に答へて其美貌を轡む︑老艦はほくノ\喜び︑娘は赦み︑
五…
¥は隻めり︒
三 十
號事︑百禽の聲あり︒蒼室澄んで雲動かす︑山容一望︑霜 談らす○川路は爾山の裾に拓けて樹々の音︑淋しぐ聞 るこご数町にして漸く微なり○老艦喘ぎ︑娘言はす吾等 一行四人︑前後緩歩して裡を右に取り︑漢聲耳を掠む
露満ちて山影幽かなら○行︽こビ一里余りにして暮色迫・う︑山影愈々淡く︑水母又響きて︑萬山に聲あり○路は
一度早きて新に左側に啓け︑茂林の陰に凛々だる流あり︑俄かに直下して盤石の上を斜に敲き︑別れて二條こ
なり再び合して照る︒木橋あり︑愚挙なるこざ甚だし︒ 径は之れよう坂となう総々急なり︑上り詰めたる燐に径窮し︑更に流れを右に見て下る○何露にか塒に鰭る鶉の聲ありO黄昏次第に迫り來論○折りしも秋風颯ε吹き扉きて満山の樹木揺ぎ︑象車叉大なり︒娘は老嬬の薪木を分匂し︑圓き腕を臼くあらはにQ 水聾た俊す秋山の薄暮に轟き︑老懸の姿も︑娘の愛らしき姿も︑次第に淡く︑四面蒼把こして煙に包寮れし如ぐ︑山里の秋は刻一刻傾き逝き隔︒ 延するこど街暫し︑日は全く前山の山肩に落ちて︑蓬かに人煙悠々︑髪髭こして難くを見る○老艦は已が村里の近きを言ひ︑さて妾が茅屋に泊るべしと吾等一鷹︑僻せしも︑此わびしき山村には︑逆族のあるべくも非らざれば彼等の親切にうち任せ︑母子が家を一夜の宿を定め蹟︒ 仰いで天の一方を望むれば山鳥の戦くあり︑塞には星まれに︑重陽の月は天心に懸れウ︒山里は夢の如一寂εして聲なく野山漢の音のみ愈々高し︒漸く村肝に近すけば破壁を漏る\燈火︑一点︑二点︑各家は夕餐に急けり︒量べ等め母を呼ぶ聲︑乳呑子の聲︑怒る聲︑泣く聲︑笑ふ聲︑交々聞えて喧篇挙り○されざも予は何こなく悲哀の念に充てうQ 老媚が家は極めて怪しき茅屋にて︑家には老嬬ご娘の
︵漫 録︶ 二三
︵漫 録︶
四
八三十五第講輔目下十
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二人のみ︑吾等は大なる嘘にて暖をざりて澁茶をす・︶
り︑娘はかひみ\しく夕霞の支度に急げり︒ 晩餐は犀川名物の鮭に︑澤庵の御馳走︑予は極めて塞
・腹なりければ之等を賞味し︑喰へば香味歯間に盗れ︑友は五節︑予は緊密を傾け漁︒.喫してのち怨讐に集り︑友は例の若死くまなく奮はせ︑氣畑萬丈︑はてはた江戸の
人間ご金澤の人間を比較せんに︑つく息の夏の雲の清く
痩せだるは東の人にて︑春の霞の幽かし一温かきは金澤
の人︑東京の人は眼尻ながく︑つんこすれご今も人の意
氣を愛し︑金澤の人は︑まんまる顔にて眼は優しく今も
官員さんになるが理想なり︑一は話して面響く凍しく︑
一は話して幽かしく温かなりなざ出放題に饒舌りまわすに︑いつしか秋の長夜もいご更け囎らし︒
寒嵐の氣は絞るが如く︑水患幽かに聞ゆ︒や3ありて老姫は夏愁なる顔をあげ︑いご沈みたる聲にて言へら
く︑去年中︑娘が爾親一時に倒れて他界の人こなり︑火
の滑えし如く淋しかりしが︑思ひもよら濃珍客にて︑今宵はいご興ありご涙を流しての述懐に︑潮の如く吾が胸
に高まりつる哀れさ︒さき程まで覇氣凌々︑意氣天を衝
かんばかりなる快活なる友が顔の︑いつになく曇りたる
を今に忘れす︒
濾︑さても浮世の風⁝臓賢慮を欧くらし︒距骨︑一撃倶 に音なき︑い置紳泌にごめる世︑月は明澄なり︑水は幽遠なり︑然も森羅萬象︑騨韻にふれて蒲〃鷹々の音を寄せつ︑春は花に戯れ︑鳥と歌ひ︑秋は月を抱いて︑虫ざ語ひ︑鍛を嵐氣に求めつる清瀞得る女郎花の︑丑んや︑長篇を知らす︑名利を知らす︑虚儒を欲せ駅︑籍修に沈倫せずQ論議すべきを愛し︑懸すべきを出し︑慕ふべきを慕ひて一の邪念めるなく︑俗塵の巷をいこうて一家團藁︑ただ詣れ課しき自然に從ふ︒つらく観すれば歓樂も之れには過ぐまじ︒轟々されご︑此罪なき天眞の一家の永劫の春ご思ひ暮せしも︑うたてや︒げに無常流轄の世の理には漏れざりき○止ん楓るかな︑昨日に逼る今日は︑虫の音も︑風の聲も︑水の響きも︑花の色も︑徒らに凋落を三つ悲凄の曲に外ならじとは︑あ3哀しい哉秋の聲!あ︑傷ましいかな此母子!悲愁の念︑雲の如し︒ 瞑目すれば天に聲なく︑地に聲なく︑人に聲なし︑只聞ゆるは犀川の遠瀬︑鋳々ざして鳳を砥くが如し︒ 最早話も監き膨れば︑薫習は明日の族もあればざて床のべぬ○ 選れ立ちて雨戸を排せば︑水聲洒々εして孕り︑夢の如き霜林の梢頭には︑山月を衝み︑山紫水明︑流れは塞
月を抱き︑卜萬頃の山拡月を迎へて出水相映す︑此時︑鋤
號三十颪第講難凝血十
rwmuNMfvVVvMv−VWVVwvS 黎明の光︑微かなる頃︑なつかし巷茅屋の門に出で立 に此母子! 人の眞情に接して俗塵の汚血を洗ひ得陀り︒あ\此山水 ての後は世俗行路の人に外ならざるを︑一あ\始めて の杜に塒かる身ごは知りつ\も一まして一算び相離れ の時にか亦は相見ん︑一夜を乞ひし族鳥︑あすの日は他 せり○あ玉人に懐ひあり︑花に情あり︒いつの世︑いつ なり︑吾等も流管に別れの惜まれて︑物の哀れさ胸に即 四時︑支度なれりO老子も娘も別れを悲しむこざ耀う れば友は膳に向ひ我を待ち居だり〇 脱落︑吾も褥を蹴って手拭肩に︑走りで流水に漱ぎ︑薫 翌日︑家鶏なきて曉夢を破る︒友はすでに起きて床は 野頻りに枕上にありて久しく夢を結ばす︒ すべりぬ︒秋夜沈々εして更け︑茅屋爾あきらかに︑水 りき︒戸を閉じて漁れば友は床にあり︒吾も脱衣し床に で営営高く︑族情濃かにして︑轄控︑溶着の戚に堪ねざ 雁一曹︑肥秋の館を謡ふて︑山里の秋は傾き︑三明澄ん
ちぬ︒娘は近邊まで途らばやこて草履はき來ぬ︒
山里の黎明︑萬山寂々︑一樹戦かす馬一禽雅なく︑山
影暗し○げに静か疑る山里なるかな︑秋氣愈々深しO残星の光う弱く︑今朝も雲霧生々︽して揺曳し︑山影術淡
くして︑水煮微かに︑細草露に濡れ︑翼々の線憎しごし く睡より畳めざるが如く動かす︑重げに露を乗せだり︒秋も老たる今日此頃︑人跡悟れなる寒村にあbては冷氣殊に甚だしく身にしみて思はす懐ひ蹟︒吾等は乙女を顧みて︑厚く親密を謝し︑山黒いご寒むければ返るべきを云へりQされざも乙女の動ずる色なく︑つひ向ムの崖までご含笑みぬ︒ 黎明の氣いまだ晴れやらず︑仰いで曉の室を眺むれば︑残夜の星荘︑淡く懐た︑き︑満天の紫明濃かなり︒風なきに梢露はらぺご落画せるに驚き顧みれば︑黒き小鳥の塒を出で︑小さき瑚昔左て飛翔するありて霧裡遙かに姿を隠し︑ぴよε哺きしが霧を破り︑森に傳はり︑黙に響きて早雪の寂蓼を破りぬ○予は無量の威にうたれ︑長く鈴韻の清ゆるをさぐり虹︒小鳥の一聲に︑百禽悉く塒を出で︑清らかなる音の︑彼方の杜︑此方の幽樹に朗々だして響き︑幽かに水受ざ相和して美妙の音︑萬頃の山に渡り︑轄た︑孤鶴に乗して︑天界に翻舞するが如く徒らに族情を偲ばしむ︒ 山陰のほεり︑路は露をふくみで水氣あり︑径の俄かに曲廻するこざ甚だし︑上れば下り降れば昇り︑斜坂緩なる所︑路は絶壁の上に鑑き︑鰍下すれば鞭轄たる響きを聞きて流れを見す︑遙かに雲霧の中より轡峰の裾を続りて自屑の激あるを見るべしQあ\絶景!世人犀川の清
︵淺録︶二五
號三十五慌惚楽亀町嶺争
︵漫綱躁︶二六
流を解くもの實に此奇景絶佳を語らざるぺからす︒見よ︑
山展げて人姻縷々︑水野びて水姻悠を︑流れ怪石を噛み︑
奔流鴬張に激する所には水沫飛散し︑崖堀に堰止められ
て小禽布こなり︑二帯に分れて深黙を穿ち再び合して水
勢さらに急射し︑脚下を奔注して雲霧の裡に響き微かな
・90思へ寂々叢々だる荒野の裡に此韓轄だる郷腎きあり︑
満山瀟條ごして聲なき幽黙には離々たる音あるは英雄の戦蕩にありて三軍を一命の下に動弄するが如きを︑更に
思へ崖根数丈の直上にありて此洒々たる響きを眼下に陣乱する吾あるを︑吾は英雄の如く心は跳り思はず肩を聾
て胸をはう函︒條忽︑敵は吾が背後より攻撃し︑急箭の吾が頭上を掠む︑時こそあれ四面楚歌の沸くが如し︑突然二箭の風を切りて飛ひ來る︑こと急なりQ吾は踵を巡らし背水の陣形を取れり︒驚く乱し敵は秀眉麗はしき女
丈夫なり︒いざ一戦いさぎよく間って見んこご生檎せぱ
やビ思ふ刹那︑玉の如き唄は少女のロより噴り函Q.氣は
澄み唄は清し︒友は崖頭に蝕して動かす︒予は娘に向ひ
深く威謝し老娼の待つなるを解きて一刻も早く肺らんこ
巴を渤む︒少女は雪颪惜しげに吾等に樹ひ︑さらば妾は
此所より蹄るぺければ慧なく着かれんこごをざ︑更に小
言にて︑春は梅も嘆き香ひ秋にまさりて景色面白うけれ
ば再遊めさせ玉はれ巴頭を︑かしげしが清き脾は露に輝 き︑愛らしきロは術何をか語らんこせしが︑惜別の情や悟りけん微かに吐息つき漁︒友は立ちて袖裏よ6幾干の金を出し︑彼女に驚くんごせしが︑彼女堅く僻して受けす︑老艦に輿ふるなり湿て無理に手に握らせ囎︒少女は押戴き涙をさへ浮べぬ○ 楓林の美観︑深黙の翠微︑︐寒流の奔跳︒賞すべく︑乙女の清浄や稽讃すべきに非すや︒麗愚なる天然の山水は紳韻にふれて少女を生めり︑肝々乙女よ︑汝は山水ざ關零せり︑山水ありて汝あり故山をゆめ叢るなかれ︒友の與へし金僅か︑潤れ都人士の多くは舌頭をかけて形式的に會黒し︑却りて其少なきを見下げ︑去りての後は卿く所なり︒乙女よ常に斯くあれ︑輩衣を纒ふごも汝の胸裡は錦繍を飾るなり︑花は⁝散り︑草は枯れて萬目寂糞なるごも怨むなかれ︑なげく勿れ︑汝は翠流に磨きて長へに山里の撃たれ︑故家をゆめ忘る溜れご心に銘し︑彼女が健全ご彼女の一家幸あれご湿り︑れさらばご袖を分ちぬ0友は田含に曲れなる美しき綺緻なうε舞め︑予は田含に珍らしき氣高き少女なりざ賞し蹟O 斜坂急に下るあり︑激下すれば砂石踵に舞ひ︑礫石後を追ふて飛ひ來る︒友は早く駿ぜ去りて下よう大聲に吾を呼ぶを聞く︑されごも我が足の痛みを畳ねて快走する能はす︑歩は歩を追ふて翻り︑踵は踵ピ闘ひ︑一歩にし
號.三十五第再三會畑町
て急ざな事二歩にして迅εなう︑侮走るこざ数十にして
急斜つき右廻して爾丘の鋸に遷し︑更に穫を左にεりて
再び急坂に馨ず︑動悸甚だしく喘ぎて泡をふき︑頭を曲
げて苦尽し︑漸くにして壁頭に到れり︒漂洒たる水聲新
に耳に入り︑霧は次第に晴れ︑前山の山肩︑朝朧を翻し
て四山の翠微明かに︑山容叉眺め新なゆ︑蓬か前山を
指詰すれば雲霧斜に頂鎭に浮動し︑聴して馬繋の崖下を
見れば︑清流封山の腰を洗ひ︑樹陰密なる所︑翠色映じ︑
或は洒々ざして流れ緩なる所︑翠碧を漂はし︑韓轄εし
て流れ急騰る所︑飛泳雪を降らし︑闘石水に露はる\所︑
夜來の雨︑花をうつに髪髭逸り︒散りて落花の如く︑沸
きで白雲の如し︒
歩を早めて絶崖を快走するこε凡三町にして山次第に
泊 閨A山色新に︑﹂緑葉の中に﹂紅葉あるあり︑紅葉せる裡
に翠嵐の清きあり︒歩を移せば山容盆々奇に︑或は重聲
せるあり︑或は鳥居帽子の如きあか︑爾山相接する所︑蝋燭ざして雲篭れ︑断崖城砦の如き所︑奇松悉く躍りふ
其砕けて侵蝕せる所︑細塵の水滴を誘ふを見るべし・あ
\佳景なる哉︑友は快哉を叫びて止まず○ 眺望の佳景に心奮はれし吾等は︑臼輪の高きに驚き快
走せり○径路は川ご離れ︑新著ご断崖の中間に拓けて奇景百出︑其奇抜叉言語に絶す︒山骨あらはる\所︑糠油 を号すして危壁店立を蔽ひ︑清流洒々どして灘す断壁を通過すれば遠山肩端に襲ひ︑水聲響かすして山籟を聞き︑山景大に趣を添へ︑様々たる秋風︑書室に咽ひて林間に嘔く︑眼を反して蒼塞を仰げば︑白雲流れて山頂に渡す︒忽ち微かに泉聲の響きをきく︑歩一歩︑響き大ひに來り穫の右に折れ︑山端を廻れば百雷の如き膏あり︑遙かに銀簾の垂下して水沫を飛ばせり︑吾等は思はす膝を拍ちぬ︒幅十尺に過ぎざるも直下する幾百尺なるを知らす︑盤石の股をくぐりて細りv自雨横さまに吹き來りて行人の衣挟を滋し︑駐観なるこご限りなし︒ 懐を飛噴の喚叫する所に分ちて罪し︑楓轡を右に見て︑径路窮する所に到れば︑響き微かに︑四山寂こして忍なきが如し︑道は山腹に沿ふて走り︑近く松林の端に拓けて︑田圃の一帯を眺め︑更に深谷大に落つ︒脚下鋸々の音ありて砂債山腰を縫ふ︒小屋めり︑自煙悠々︒樹あり︑翠緑早撃︑皆書中の景なり︒ 友は線葉を敲き︑我は草を弛んで古す︑風は樹聞に絞りて百禽梢問に誰ふを聞けば︑即ち仰いで吟じ︒水聲湧きて翠緑の影重れに浮かべば︑即ち写して吟ぜり︒俄かに山鳥の草を蹴りて冥冥に翔けさるあうて豊松に聲あう○友の岸里はき替ふるを待ちて行くこご数町︑橋あり︑崖より崖に懸り︑急洗砂磧に挾まれて流れ︑橋上の欄干に
︵漫 録︶毛
︵漫 録︶9天
才三一干.五第醜転地=全卸
量参て窺へば︑水底深く︑寒水急射し︑思はす戦漂せ
り︒日は中天をすぎて臼雲認れ︑碧水山籟ご談じて行人
のあるをつぐるが如し︒眺望又あらだに開展し︑怨讐に
浩ふて眼を峯攣の連亘せる所に凝せば︑山色遙かに連なり︑翠松︑紅楓︑蒼荘こして山容幽かなら︒見よ眼のご
ざく限り︑重山の紙上悉く自励を載せるに非すや︑佳景
なるかな︑秋意極めて深し○ 景は一瞬にして輻じて陰性揺曳し︑二瞬にして断雲の
舞ふあり︑・三等にして景は挙々野望こなる︑或は煙の如
く縷々宵して谷に下るあり︑或は昌々εして天に揚るあ
り︑或は雪の如く動かざるあり︒時に謡ふ要すめり︑風
の撃茎につれて細く低く︑即ち人家め近きを知りて熱風す︒山あか︑凹みたる所︑必ず水圧をき3︑翠白あり︑
梢間姻る所︑必ず楓紅を見る︒耳は萬籟に馴れ目は街奇
景を求めて行く事実町︑放恒心難︑寒流の楓陰に咽ひで︑
凄上棟然︑漸く夕陽︑客受に落ちて積雲潮紅し︑四望田
荘εして淡し○友は塞の潮紅するは潮風の兆なりε︑零
れ偏へに︑さることの勿れかしざ所り顧︒
程なく村あり︒︐瀬は臼く隣れを抱いて水蜜張る︑二股
の里嫁云ふ︑即ち芽屋を叩きて一泊を乞ふ︒家士出でて
快諾す︒秋夜大に語り︑大に笑ひ無聯を慰む︒夜寒︑羅
馬徹するこご甚だしければ褥起つく︑外は月あかく︑寒 威遠く鳴り︑稀々だる面構影野にしだきて燈下に音つれ︑犀川の瀬は静かに枕上に嘆きて得ならす〇一夜彼の母子を偲び︑漸く曉近き頃一睡をむさぼり顧︒ ︵十月七日奮稿︶
O友の家にて碧 潮 生
友の家に一二日程厄介に相成居り候︒海澹ひの一村︑冬景
色の稻株朽ち陀る水田の果はコバルト色に連なる山豚︑
雪を戴きて日あだりよき清澄なる室氣の層を通して見め
られ申し候︒ 二階の一室︑欄によれば脊芦は数段の塞地にして︑色 ヘ へ も ぬ ヘ ヘ へ槻せて褐色に枝にしゃがみつける菊枯れた鶉手︑葉落ち
馳せる柳が云ひ繹ばかりに結び掌る竹の垣根に︑敗獲の
身を寄せ居b候︒垣一越して二畝ばかう土黒く耕された
る田に績きて︑新しき草葺の屋根あり︑廻りたる生垣の際より高き柿の梢には︑紅の珠の幾つが烏の餌にもなら
すして痩う居り候︒
多枯の草︑風に靡く畦道を︑踏て行けばやがて松原に
て︑数軒の漁家の間をく璽りて︑拾幾歩︑早︑傾斜ゆる
き砂濱に御座候︒ 友の誘ふま︑に︑塞き朝を小川の二つセいて︑小學校
號三十五第論魏會壼十
の宿直室に瓦氏を訪ひ候︒霜になやめる茱の畑︑水蒸氣
登る水増︑ピヨンゼヨンご汀を渉る鶴鵠.クザタザざ書す
る霜柱染み折りて︑やがて宿直室裏の人と相成候︒今日
は日曜にて學童言見漏す︑火鉢には炭火盛にあこれども︑
何こなく寒さご淋しさεが威ぜられ候︒午後は今日の好
天氣を︑風なき砂丘の陰に邊るべく約して辞し申し候Q 午後︑三人して海岸人臣少なき砂の上をふみて歩をう
つし候︒右手に突出する松茂き岬︑その霊くる所帯準線
を見遙かし︑惟信の遠き藍色の山陰麗はしく︑M氏スケツチヅ︒クに色鉛筆もて収め申し候Q遠慮なき友人﹁.景
色が泣いて居る﹂ごの悪まれロ︑皿氏も負けぬ︑減らす へ ぬ ヘ ヘ へ ぬ口た\きて︑骨組逞しき男二人して︑船底をπで居る所
へ行き︑砂上腰れろ℃て一服いだし候︒ 翌日の午後︑叉三人にて今度は寒さこらにて小舟に帆 ヘ ヘ へ張り︑セーリングごしゃれこみ申し候Q今日は風稚強く︑
心もちよく水面を︑にるに糧嚢はり︑大境にも沖合へ少し
乗り出し︑扮て還る段になりて海一面自浪の巷ご攣じ︑
上手廻しも出來ず根が経験なき面々︑大さわぎしてドウ
やらやつε船首をめくらし︑海岸へ矢を射る如く迄はよ
かりしが︑面一る磯浪に忍業な目にあひ︑船に水は流れ
入る帆は麟る頭から足先迄ズプ濡れにて︑﹁助けてくれ
田⁝﹂ご三つの口等しく叫びしは飛んだ苦しい洒落に御座 候︒此際︑M氏新調のハンチングキッヤプ︑可惜浪にさらはれ申し候︒之は皿氏にも友にも極々の秘密にて候らへ共︑外ならぬ君への御話草に迄︒但しM既達へは御見舞状は御無用仁御座候Q周に目あだらしき事も之な︽候ま︑︑こ\らにて切う上げ愛すべく候︒舞具
* *
** *
属国一騙国一國一一掴潤一隣国口一画一一品切一一一■悶■一周一■一朧願口μ回一四晒隔■一一囮閣口一口欄噛皿一回圏一一贋鳳脚陰帳圏脚 *
信
﹂○蹄國暑.記︐︵緊肇譲八畏宛︶
松原三郎君一旦一百.金澤二実着セラレ本月初ヨリ母校昌教鞭チ軌プレ︑
ツ︑アリ然レ揺島題論士〃甚ダ興∵欲深ク且ツ吾人チ資盆スルコ大ニシ
テ之チ割愛スルニ忍ヒズ故ご特二此威二揚載ス ︵緩者識︶
所謂天高く馬肥ねるご云ふ軍需に習う候虞足下の御起居
別に御異りも無之候や此好群書に際し一層の御自愛ありて群々御健康⁝なられんこご奉伺候︑承れば小川先生には御子快後再ひ御重症に御座起訴其後の御経過如何に候
や︑天這是耶非耶を呼んで足下に呈したるこご一再にし
︵通 信﹀
九
︵通 信︶三〇
て止らす而して今叉此悲報に接す實に繰り返へすべき言
葉も無識候︑余は只だ此好時候が先生の病勢をして速か に輕快し一昌も早く先生が快癒せられ躍りざの吉報に接 せんこごを遙かの異郷にありて所居今候︵蹄國是程の豫定は既に足下に呈せり︑今再び記する贅を
避け只今實験せる大要を申上げ以て足下の高⁝覧に供す
豫定の如く十月十二日紐育を出帆仕候五ケ年の歳月住み 十
馴れし土地を離れしこビに候へば恰も故郷に別れるが如 壷
曾 き心地せられ候︑紐育にては澤山の汽船會肚が各々撒個
購 の黒頭を有し何れも紐育の街道より直ちに乗船すべき装
灘撫羅鱗繍鱗擢
のとは大差有之候︑小生の乗りたる船は赤星曾吐国Φ山隠鶏 翻 置こなり實に便利獲るものに御座候︑軽蔑にて乗船する生は早く申込み置きたるため甚だ宜しき船室を濁占仕候 も一二等室が四百理りありて巧に聖意せられ幸にして小 四哩を走り頗る素晴らしきものに御座候︑小生の船にて
繋駕の漁船會肚にては各漁船の精密なる圖ありて船室の
模様を明にし申込時に取調の上船室を取定め可申候︑然 るに余は全高に倫敦の郵船鼻骨の讃岐九に申込置きたる に只だ船室を取り置きπりこの返事ありたるのみにて全 船のドンナ工合の室を取り置きたるや更に相分らず恰かも内部の聞取等を見すして借家の條約をなし彪るが如く誠に不得要領の話に御座候南ηハ大耳洋の漁船の食堂は一二等共に中央にして底に近く最も動揺の少なき所を撰ぶを常ごするも日本郵船會肚の船の二等食堂は大低船尾にして而かも上方の甲板に設け船中最愁動揺の烈しき駈に有之候︑加之小生が米國に渡りたる時に乗りたる伊豫丸の病室なるものは最も船尾にありて最上甲板に位し船中成るべく響け動揺の烈しき所にありπるこざを憶見仕候︑其工め小生は渡米時小生の寝室内に居れば異状かりし慾食堂へ行けば直ちに着装を催し食事に堪へざるこご数日に及び申送︑余は日本郵船會祉の造船設計に關係する人々が果して常識ありゃ否やを疑ひ申候此後西洋へ遊饗する人々舞々多く相成るべく壁越出登前に可成船室及食堂等の工合を取調ぺ日本郵船會肚の船の如き悪設計の船には可成乗らざる檬にせられ明きものε薫製︑殊に船に弱くして二等船客だらんとする人々は深く注意せられπきものご深く戚b申候︑小生迅注意淺く既に倫敦の郵船會肚へ申込濟蓬なリセるため致方なく郵船會肚の船にて鯖へるこご\相雲霞候欧洲及米腰間は五H間乃至十日間を要し一等一・一百圓以上二等亘圓以上に御座候︑勿論此一等或は二等にても其中
號三十五第講舗曾全十
に船室のあり所によ穿て幾多の差異有之候へ共當地の二
等室及食堂等の工合は日本郵船曾肚の一等ご署ぼ全一に
御座候︑ヒ叉其散歩縄域も日本船の如く後甲板に限るが如
き乱暴︸なるものにては無之日本船の二等客は郷地の船の
三等客ご署ぽ全一の待遇を受け居候︑日本行きの外囲船
は如何に候や小生は知り申さす候
船中は別に攣はりたるこごもなく一日急に波が荒れ陀る
ときに輕度の船量を戚じたれ.εも其他は元僻耳弱き小生も無事にして航海仕候︑小生の乗船はベルヂユーム國ア
ントウエ〃プ市着のこと故乗客の多撒は濁風脚は佛語を
話す者に候へ共勿論其外に英語は大低悉く話し可申候︑
船中生活は何れも全様なるものにて︑朝には故郷の夢さめて甲板に立てば水天一界清マハ新︑凍妻衣を振ひつ︑東
天高く燃伽立ちて自雲たなびき海原は遠くして水は緑若
く其問を水鳥が飛んで点叉点ε映じ銀波旭に碑け何こな
く血氣に走る青年のもゆる前途の希望を現出しつ\ある
様に思はれ候︑叉晴天の書に鐵艦甲上に仔めば水天相薫る乾坤の眼界二眺吾に有し天地は我か我は天地か︑啓す
や行く手に日は輝りて後ろに黒煙置型中天を縫ひ怒濤を蹴て進みゆく男子の肚心馳か知るε云ふが如き意氣にもなり︑夕刻に至れば海原うす︵暮れ初めてくれない流か
す西天に紫匂ふ雲間より絶し立ちπる黄金の静かにたな びく虹の橋渡りて落つる夕景群がる星に逡られて永劫の水に映れるは古今の歴史を彩これる英雄の名残に似たるかなご云ふ襟な景色もあ命︑夜に入れば暗黒四方をごぢ込めて塞よら墜つる風に和しよせては返へす仇波の昔のみさへて只一人宇宙の霞の偉大を歌ひつ\月なき銀河を見上ぐれば奇しき魔力に襲はれて坐し流る\星一つ西天遠く亜米利加の雲のあちらに落ちて行くが如き懐景も有之候︑或は日中霧深く立ち込め書術ほ孚ばに日は落ちて雲か煙か果断陸か行く方も知らす越し方も黒き霧に包まれてきりよりきりに見齢かくれ撃つく波の高き膏は楡快にもあり軽羅惨憺にも有之候九月二十一日初めて陸を見たり之れ愛蘭土の南端にして夫れより英悟の南端のdOく霧港に進み出走にて船客の
一部は上陸し午后四時アントウエルプ市を去る二三十哩
の所に行きて船は止まりたり︑翌二十二日朝.八時満潮に乗じ再び進行を起しπるに何事圖らん後方に日本船土佐
丸が随ひて來らんごは︑此の異郷にありて故郷の船に會し陀る時の楡快は蓋し足下の想像せらる\よりも大なる
ものに御座候︑.十一時にアントウエルプに着き十一時孚上陸仕候︑税關楡査は誠に軍簡なるものにして槍査吏に
少し金を握らせぱトランク等を総て手もつけずして槍査
濟の記號を書き誠に乱暴か或は芸大なるものに御座候
︵蓮 信︶
邑
︵通 信︶三二
アントウエルブ市はベルヂユーム國にありて公然の佛語 .の外に岡δ巨零げ語なるものあり︑大に英濁語に近き竜 のにして大毒の掲示等は想像するこビを得べきものな
り︑一書店の看板に書ける例を以て足下に示さん
の︒げoo一げoo犀Φ目くoO困月一δωo財oo一Φβ
+ 當地にては英語は思ひし程に蓮華せす重三語の方が却て
全 英語よりも通用す︑勿論大なる族舘及商店にては英語が 通用し所によりては愚説きに特に目養畜冨℃畠山ごか或
會
は寓言・︒鷲凶︒洋d窪宏夢ご記せるを見る︑當地にて一寸
蜘
目立つものは巡査の帽子が古代の武士めきだるものにて虹 劒を忍べるは指導より來れる余には憂に見彪たり︑送字謝へ
第 には悉くクツワをロに入れる法例ご見ね陀り︑種々用事
五ありたる認め當地には六日間七一な 九月二十入日午後四時孚アソトウエルプ市を離して五時
三て美麗なる町なり・翌二十九日午前日本公使舘を訪問し プルッセル市卑基ω巴に着すペルヂユーム國の首府にし十
號 夫よ6内務省に行きて精神病に關する統計書類を得んと
す︑余が地位や公便からの紹介の有無を尋ね手績中々に
面倒なり余は今更に深く米國の自由を羨望せすんばあら す︑米國嘗ては万事軍簡にして或は病院監獄を墾親し或
は諸官臆より統計書類を得んこするや常に幌んで無意を
容れ亦敢て余の名を澗ふ菟のもなし︑然るに余は今鰍洲 大陸に滞りて規期づめの煩に逢ひ而かも不完全極まる統計書を得πり︑実れより當市第一なりご云ふ普通病院ω壁燦霞Φa行く入院患者五六百名ある大病院なれこも古くして研究自盛ならす案内も親切ならす︑夫より當地の馨學校に行ぐ規卑小なり︑去て精神病クリニ︒クのありご云ふ普逓病院三審讐に行く相攣らす公使より紹介ありゃ否や等の煩問を受け案内大に疎なり丁年精紳病部なるものを見るに棟ありて目下女患者三名男患者六名あり病室の不完全なること言語に絶於余は湿る前世紀の遺物が此面洲大陸の一首府に今省ほ公然使用せられつ玉あるに驚きた転︑統計書類を得んこせるも前病院域全様に別に何竜なしご云ふ︑余は當市にて術ほ監獄署を一見しだき豫定なりしも手元の煩ビ設備の不完全ざを豫想し断念して夜巴里に出登しセリ九月二†九日夜十一時巴里に到着せり︑冷冷にては無用なる公使鱈の紹介状が殴洲にては犬に利き目あるこごを知りだれば︑翌三十日早朝大使縮に行く舘員未だ來らすして偶然栗本里勝氏ビ共に待つこと久しくして書十一時牢を過ぎ漸く舘員の掌るを見陀り亦呑氣なる役所にあらすや︑余は先きにアントウエ〃プに着手や即日尋ね尋ねて漸く領事舘のありご云ふ町に行きしに先日移縛したり
ざ云ひ翌β午後二時頃其移匙先きに行きπるに巳に閣戸
號慧十五第誌三一適量
M〜へ.〜〜〜〜〜へ〜〜〜へ〜〜へ〜k「V\M一蝋〜〜 〜へ・Av〜〜〜〜 〜〜へ〜一L V Xov》(∫)〜〜〜Vx
して執務時間は午前十一時よりd時迄ご記せるを見る︑
一日十二時間の書に僅に三時間の執務ごは亦勿体なき役
所にあらすや︑其翌日十一時雫頃に再び行きたるに領事
未だ來らず牢時問以上も待だされたり︑足下よ斯る風習
をして日本内地にあら℃めば或は所謂御役所風ざして別
にあやしむ所あらざらん︑然れども呑氣を隊洲に見んと
は余の毫も期せざウし所なり︑殊に時是金ごいふ米國に
詰れだる小生には實に驚くの外なかりしなり︑.余屡紐育に於ける一1本正金銀行支店に朝行けるに執務時聞九時よ
りご云ふとになり居れこも朝九時に來るものは二三の西洋雇人のみにして日本人雇員の遜るは多くは十時近くか
るこεを度々實験し以後全正金銀行へは朝に行くこと夕止めたり︑斯一の如くにして多数の雇員を用ひ而して事
務のあがらざる理の當然なり︑足下屡々聞かる\ならん
日本程に澤山の雇員を用ひて而して事業の墨らざる役所及病院は世界中に叉ごあらざるなか︑此等は吾入の深く
考慮すべき問題に候はずや︑小生の居りし研究所を以て
足下に實例を呈せんビす︑小生の居りし研究所には六七人の助手︑標本造の男女六人︑二二師一人︑タイプライ
タ女二人︑掃除女︵孚昌働キ︶一人の外に事務員僅かに一人︑小使僅かに一人あるのみ︑足下之を信せんとするも
或は難からん︑然れども之は事實に御座候︑足下よ日本 の役所には小使室なるものありて小使は多くアグラをかいて喫煙しつ︑あり︑配れざも西洋の役贋には別に小使聖なるものなし︑降れ小使等悉く皆な一日中働くべきものにして安座すべきものに非す叉何タ小使室を要せんや余は日本の公使館なるものを見て深く戚ずる所あり斯の如くして事務を取り扱ひ得べくんば現在の掌歎の雇員に れて充分ならんことを威せり︑此十月三十日午後ば栗本氏ご共に市内を散歩し例の凱旋門工ーフエル塔にも上り地上を往來・する入間が蟻の如くなるを見て情けなく思はれたり十月一日巴里馨黒黒に行き學稜一覧を要求す︑高峯なれば無代進呈ε云ふこごなれども此腱にては一フランの責品なりき︑時術ほ暑暇にして校内を案内するものなし︑止むを得すパストール研究所に行きたり全署は⁝鰍菌學的研究所︑化學的研究所及病院の三部より成り諸事大に完全し要町上陸后初めて學問的らしき研究所を見たり︑足下も既に御承知の南亜弗利加のトリユバノゾーマの研究も盛にして野里弗利加より來れる猫等もあb︑化學部にはメチユニコッブ氏が徽菌を移植しつ\ある猿二十頭斗りを見だり︑此腱も案内の不親切なるが爲め充分に知るこごを得すして蹄︷︑りたり︑病室には實扶七里等の患者 ス ロを麗容し小規模のものなり.此研究所にて最も戚じ彪る
︵通 信︶一三
︵題 信︶三四
ものはパストールの屍室に候三問四方位の石室にして中 央にパストールの棺あり正面に佛壇の如きものあり左側 にパストールの屍顔よb取うだる模型あり︑天井及側壁
には試験用に供する動物例ば兎羊犬猫等を描き内部には 澤山の大理石を用ひ窓等なぐ只電光を点じて案内せられ
千 親しく此偉人の棺に接しだる時には何εも云はれざる一
落繍崇高の念に打たれ自ら頭の垂をを禁ぜざ皇.︑術此 近傍の町をバストrル町ご云ひ街頭に宏大なるパストー
魏+月二日公使館よりの紹介状を持ちて囹・紆病院に行き ︶ルの碑あう會
講v例の有名なるゆ書ぼ︒︒慰氏に紹介せられだり︑初め病院
第…
フ霧長蓬ひ小使をして余を切・び雪除陣の病害響烈羅灘灘驚齢帽燃華
僑 なれども全身は魯國入にしてイピンスキご磯即するを雪
渓 當εす︑日本にても或人は之をババンスキご薮昔致し居 姦に鑑の全姿内の養君及小使擁尽る故ゴ ンスキーご登音致し居候故御蓋考の嵩め申述置候︑斯の
如き登音の間違は澤山あり︑殊に英人及米人醤の姓名を
濁乙及日本には濁乙語的に間違て翼焦するもの多し例ぱ 染色法にて有名なるザアンギーゾシくきO奮・某紐育の 入︶をフワソヤーソソビ爽晋し︑麻痺狂等に來る瞳孔の光線反懸張直のアルガイ〃︒ローバ⁝トンソ氏反鷹貯σ9一舅︒び霞︒・・耽ω昏Φ属Φ論断8︵英人︶をアルギー〃ロバルトソン氏鞘堂ご云ふが如し︑此バビンスキー氏病室にては病理的研究は盛ならざれど格臨床的研究には大に意を用ひ牢舌運動廠痺小忌疾患の蓮動失調等に一︑誌面臼き新症状を凝見下し居り候へこ込余ら長く相成毒婦候に付き暑し申候︑全備にては顔面赫至心島風に割合に強き李流電氣を用ひて良効ありご云ひ脊椎骨結核等にX線を用いて叉良効ありご云ひ頻りに賞用致し居候︑午后精霊病學歴史上有名なるロQ巴冨9葭病院に行き申候︑當病院にては十八世紀に精血病馨喪房︸民が初めて狂者よら鑓鎖を除.甚して普通の他の病氣の患者の如く治療せんこごを企てたる有名なる病院にして︑国話︸氏が患者より鑓鎖を除去せしめつ\ある圖は維書ざしても有名なるものにして世界到る腱精棘病院に備へ付けざるはなく其原圖を實見仕方︑叉有名なるOげ鷲8叶︑氏も此病院にて研究し今省ほシャルコー長長書室或はシャルコー氏クジニ︒クと命名せる特別の室あり︑又国汐巴或はぐ9ω欝病室ご命名せる病室誌有之候︑此病院は世人の豫想に反し目下は甚だ少歎の精紳病患者を収容し其大多数は純粋の神経病患者或は老朦患者に御座候︑此腱には佛國にて有名なる紳経病
號ミート丑第翻難,曹壼十
學者U①謬言Φ氏もあり其病理研究室竜頗る愚なる榛に
見受けられ沈b︑此病院にて一寸異りたるこどは癩病患者の頭に革製の輪をはめ患者が饗宴磯作によりて卒倒す
るこも頭骨を直接打傷せざる檬に注意し陀るものなり︑ ヤ此の病院より急ぎ地下鐡這によりて巴里の精神病院
Goュ白目①に趣き候︑疇將さに午後五時近くに至らん蜜し
紹介せられだる馨士も居らす他の警士も黒鍵らす親切に案内一するを好ます只だ僅に病室の一部舜を見だるのみに
御座候︑病理研究室は鍵なしεかのこごにて費見するこ
ごを得ざりき︑此塵には純粋の精沸病院の外に巴里醤科
大耳の精紳病院學稜激暑﹂︵激授鞠○穿○管巻︶も有之候へこ
愁別に遺しπものには無毒檬に見受けられ候︑何分充鋤−に實見すべき機會なかりしに付き不得要領に終り申候
此他番地には普通病院国○諺冒碧ありて最新式の病院
に御座候︑此病院内に精紳病科あり団δωωき山及びしd巴︸玖思至引墨署し巴里精神病者は大負一度此病院へ収容し夫より精神病者なるこごを確定の上前の幹b旨Φ︸病院に
収容し此精紳病院にて特別の精神病院的治療を要せずご
認むれば他の普通病院の精紳病部例はロQρ与①慈零病院等へ再び輻逡致し居り候︑此等の病院は何れも古き建築にして其設備も不完全なるものに御座候
其他切甘子お及GρF臣暑︒巳①の二病院をも見物すべき豫 定なりしも其時日もなく殊に欝血の病院にては濁語或は英語を話す馨士誠に砂なく多くは昏睡のみにて小生には墾慨するこも効能迅砂なき故病院見物は此にて止め︑後ち三日聞は見物馬車にて巴里市の内外を見物仕候︑實に 巴里は歴史的及予備的の建築糟書彫刻等に富み全三日聞馬車にて乗り廻はし漸く其一斑を伺ふを得る程に御座候︑市街の美なるこご人馬の雑沓するこごの世界に冠πるこごは足下の既に御承知の懸りに御座候十月五日夜十時十五分巴里を出題し翌六日濁乙に入り朝九時ω濃霧︒・び繧σqに着き精紳病學敷窪を墾観す激授は名○︸自言お氏にして患者百五十名斗あう別に可もなく不可もなし︑登貸せる患漕に用ゆる全長温浴は頗る完全せb︑病理的研究は完全ならず︑此早事にて隅然﹈助手に會せう︑全氏は昨夏紐育に馨りて會ひ日本へも行きだる縁によう甚だ親切に案内せられたう︑夫より病理解剖學数授︵汐卑︒ぼ琶︶に行きけるに目本人三名あるを見たり︑無二室の後ろに有名なる◎の§巳亀Φげ留σQの鉢物學激室あり −全六日午後四時頃GQ貯霧にぴ弩σqを磯車して六時四4.分書①旨①おに着し︑㍉翌七日早朝下総學激室︵摩︵洋璃○昆ρ∪ドoQ覧亀B畠霞︶を墾観す敷授未だ來らすして一上級助手の病室患者を診察するに附随せり︑勿論大畑のこと故
︵通 信︶三五