戦後日本公害の歴史的教訓
著者 宮本 憲一
著者別名 Miyamoto, Kenichi
雑誌名 『宮本憲一,戦後日本公害史を語る』第1部記念講
演会 発表資料
ページ 43p.
発行年 2015‑01‑21
URL http://hdl.handle.net/2297/40576
戦後日本公害の歴史的教訓
宮本憲一
大阪市立大学名誉教授
,
滋賀大学名誉教授内容
はじめに
1.「公害先進国」
(
公害の概況、その構造的原因)2.公害問題解決の2つの道 3.公害の社会的特徴
4.公害対策の成果
5.不況・新自由主義と公害対策の後退 6.公害・環境問題と女性
7.環境問題の国際化
8.公害は終らないー原発公害とアスベスト災害
9.維持可能な社会(
Sustainable Society)
を目指して おわりに―
歴史は未来の道標2
はじめに
・戦争
・環境破壊
・貧困問題
環境破壊=公害
18
世紀の産業革命以来発生1950
年代以降の重化学工業化と大都市化で深刻化公害とは環境問題の被害の頂点
経済活動から生まれる有害物質・行為によって環境が汚 染され、人の健康や生活侵害が起こる現象。公衆衛生の 害悪を略称して「公害」
環境問題の行政や科学は新しい。このため公害の 克服のために創造的な努力が必要。
世界共通の3大社会問題 相互に関連
図1 環境問題の全体像
自然災害
死亡
認定患者 公害病 健康障害
Ill - health
生活環境の侵害地域社会、文化の破壊と停滞
(景観、歴史的街並みなどの喪失)
自然環境の破壊 地球環境の変化
公害問題
アメニティ・環境 の質の悪化
(アメニティ問題)
4
表1 主要国の国家環境法制定年(
1966-1985
年)アメリカ 日本 フランス 西ドイツ イタリア スウェーデ
ン イギリス
基本法
1970 1967 1970 1976 1969
1981
1974
水汚染防止法
1972 1977 1958 1970 1964 1957 1976
1976 1969 1981 1983
1961 1974
廃棄物処理法
1965 1970
1976 1984
1970 1975 1972 1975 1974
大気汚染防止法
1963 1970
1977
1962 1968 1974 1974 1966 1969 1981 1956 1968 1974
アセスメント法
1969 1976 1975 1969 1981
その他化学物質規制法 自然保護法 健康被害補償法 景観保全法 土壌汚染法 補償法
1975 1976 1973
1972 1973
1977 1980 1976
1985
1973
1964 1981
1974 1975
注)
OECD, The State of the Environment 1985.
四日市コンビナート1972年.
6
公害研究のはじまり
1960
年代前半欧米主流の新古典派経済学は公害・環境 破壊を外部不経済として経済のコストに入 れていず、経済成長の軽微の必要悪として いて、公害・環境経済学はなかった。政府は 経済成長第
1
で環境保全の法制度や行政を 持たなかった。私は経済成長のモデルの四日市石油コン ビナート調査でこの経済学の欠陥を革新し ようと考えて、公害の政治経済学・環境経済 学を創造した。今では日本・世界の経済学で 環境経済学は重要な部門となっている。
•
宮本憲一、「しのびよる公害」(『世界』1962
年12
月号)•
庄司光、宮本憲一、『恐るべき公害』(1964
年、)•
宮本憲一『環境経済学』(1989年)•
同 『戦後日本公害史論』(201
4年)図2-1 大阪・東京の濃煙霧日数累年変化(
1946-1964
年)注)大阪市公害対策部調べ
.
1.「公害先進国」
7
(1)公害の概況
1950
~
70年の日本急速な経済成長・都市化と深刻な環境汚染の発生
図2-2 大阪市内主要河川BOD経年変化
注)大阪市公害対策部調べ
. 8
図2-3 大阪市内地盤沈下および地下水位の経年変化
注)大阪市公害対策部調べ
. 9
10
「公害先進国」日本
―
あらゆる公害の発生•
熊本・新潟水俣病(化学工場の有機水銀による脳神経障害)•
被害者は数万人以上.•
イタイイタイ病(銅精錬工場のカドミウムによる腎臓中毒)•
被害者は数百人.•
汚染農地の浄化7575ha
•
四日市喘息(Sox
などの大気汚染による健康被害)•
四日市だけでなく全国の大都市や工業都市に広がる.•
公健法による政府の認定患者は、最高時10
万人以上.•
患者への補償金は年1,000
億円以上.•
大都市圏の深刻な公害公害の原因は企業の利潤追求のための安全投資の節約 政府の経済成長優先で公害対策の法・行政の不備
名古屋市(
1963
年)、深刻な大気汚染、防疫課公害係、美学出身係長部下2
人 都市計画の遅れ、上下水道・公園など都市基盤劣弱差別された被害者の沈黙
(
2
)公害の構造的原因•
公害は個別企業の失敗だけでなく、経済成長優先 の政治経済社会の構造的欠陥による1
.資本形成ー不変資本充用上の安全対策の節約2
.産業・エネルギー構造―
急成長のための汚染源単位の大 きな重化学工業と石油・原子力依存の構造3
.交通体系ー軌道中心の公共交通から自動車中心の体系4
.地域構造―
集積利益のための大都市化と都市問題5.生活様式ー大量消費・廃棄の都市的生活様式の普及 6.公共部門ー政官財(一部学界)癒着の政治・行財政構造 による経済開発主義の国家・地方公共団体の民主的規制の 欠如
表2 1964年度大手企業における 設備投資と公害対策投資の状況
12
業種 社数 公害施設投資
(
A)
設備投資
(B) A/B
(%)
電力
9 5,708 342,955 1.7
鉄鋼
10 1,938 136,934 1.4
石油精製
10 1,770 72,232 2.5
化学
16 837 65,518 1.3
薫業
10 326 37,150 0.9
機械
9 75 23,136 0.3
紙パ
12 528 15,987 3.3
非鉄
5 76 12,061 0.6
ガス
3 103 30,339 0.3
紡績
3 139 10,268 1.4
合繊
2 340 14,100 2.4
鉱業
4 1,097 13,692 8.0
合計
93 12,937 774,372 1.7
注)「産業公害対策設備資金の動態」(長期信用銀行資料、『公害史文集』1966年7月号)
(単位:百万円)
表3 水質汚濁防止資本ストックとBOD負荷量
年次
企業出 荷額
(十億 円)
BOD
発 生量(トン/
日)
水質汚 染防止 ストック
(十億 円)
BOD
処 理量(トン/
日)
BOD
未 処理量(トン/
日)
処理率
(%)
1965 10,218 12,101 0 0 12,101 0 1966 11,546 13,704 7 197 13,507 1.4 1967 12,901 15,407 13 351 15,056 2.3 1968 14,345 17,168 23 584 16,584 3.4 1969 16,319 19,469 41 1,031 18,438 5.3 1970 18,322 21,737 75 1,939 19,798 8.9 1971 19,298 22,971 113 3,052 19,919 13.3
注)
1)「企業出荷額」「水質汚濁防止資本ストック」は1965年価格。
2)『経済白書』(1973年版)p.207。
表4 産業別SO₂発生量(1970年)
14
業種 原料の
SO₂
国内石炭のSO₂
燃料重油のSo₂ SO₂
合計 比率(%)鉄鋼
830 198 576 1,604 26.8
紙パルプ
14 10 328 352 5.9
繊維- 2 240 242 4.0
化学工業42 32 692 766 12.8
薫業
- 9 504 513 8.6
非鉄金属
42 - 84 126 2.1
食料品
- 5 122 127 2.1
その他工業- 90 160 250 4.2
鉱工業計
928 346 2,606 3,880 64.8
農林水産
- - 10 10 0.2
輸送
- 14 74 88 1.5
民生用
- 48 190 238 4.0
火力発電
- 376 1,388 1,764 29.5
合計
928 784 4,268 5,980 100.0
注)
1)国内石炭のS(硫黄分)を1%とする。
2)非鉄金属の国内炭消費量は不明につきその他の工業のうちに包含させた。
3)燃料重油のS分、火力発電用は1.53%、その他の産業は3%とした。
4)産業計画懇談会『産業構造の改革』(大成出版社、1973年)p.49。
図
3
貨物輸送および旅客輸送の機関別構成比注) 構成比はトンキロによる。1980年度速報値。 注) 航空は定期、不定期の合計。旅客船の1975・80年度には不定期が 含まれる。構成比は人キロによる。
1980
年度は速報値。運輸大臣官房 情報管理部「運輸経済統計要覧」より。表5 大都市圏への重化学工業コンビナート の集中(1979年)
16
3
大都市圏 瀬戸内(
大阪湾除く
)
その他 東京湾 伊勢湾 大阪湾粗鋼
(13,053
万トン
/
年) 27.8 5.4 26.1 36.0 4.7
石油精製
(594
万バーレル
/
日) 37.9 12.7 12.8 24.7 11.9
石油化学
(532
万トン/
年、エチレ ン換算)
44.0 12.4 6.2 37.4 0
注) 中村剛治郎氏作成。
(単位:%)
表6 大都市圏における可住面積当り汚染物質
SOx NOx
1955
年1971
年1955
年1971
年関東臨海
18.3 165.2 2.3 68.3
東海
8.4 71.7 1.0 27.4
近畿臨海
27.8 188.2 3.0 61.1
3
地域計16.2 131.3 1.9 49.8
全国
6.6 45.6 0.6 17.0
注) 庄司・宮本『日本の公害』p.50
排出量推計
(単位:トン/Km²)
表7 3大都市圏の人口の推移
18
人口(
千人)
全国人口を100
とした比率 人口増加数(
千人)
人口増加率(%)
年
1960 1965 1970 1975 1960 1965 1970 1975 1960-
65 1965-
70 1970-
75 1960-
65 1965-
70 1970- 75
東京圏
17,864 21,017 24,113 27,042 19.1 21.4 23.0 24.2 3,153 3,096 2,929 17.7 14.7 12.1
名古屋圏
5,691 6,313 6,929 7,550 6.1 6.4 6.6 6.7 622 616 621 10.9 9.8 9.0
大阪
圏
11,404 13,070 14,538 15,696 12.2 13.3 13.9 14.0 1,666 1,468 1,158 14.6 11.2 8.0 3
大都市圏
34,959 40,400 45,580 50,288 37.4 41.1 43.5 44.9 5,441 5,180 4,708 15.6 12.8 10.3
全国93,419 98,275 104,66
5
111,93
7 100.0 100.0 100.0 100.0 4,856 6,390 7,272 5.2 6.5 6.9
注) 東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)。名古屋圏(愛知県、三重県)。大阪圏(大阪府、京都府、兵庫県)。資料) 『国勢調査』(隔年次)より作成。ただし、沖縄県は1970年より集計してある。以下同じ。
①地方団体の革新
・公害反対運動
住民運動は農漁業など産業被害でなく、健康被害の告発・
救済・予防から始まった。三島・沼津・清水
2
市1
町の市民に よるコンビナートの誘致反対運動(1963~4
年).科学者の 協力による住民の事前環境影響調査の実施で初めて政府 の誤った開発計画の阻止.公害反対市民運動広がる・革新自治体
世界で最初の公害対策基本法(
1967
年)成立.しかし,生活 環境保全と経済成長とを調和する妥協的なもの.これに反 対し国より厳しい基準の公害防止条例を地方団体が独自に 制定.政府と対立、国民と研究者は革新自治体を支持公害対策を求める国際国内世論の高まり
•
公害国会(1970
年).環境保全を経済成長より優先する 公害対策基本法に改正し環境関連14
法を制定.•
環境庁の創設(1971
年)2.公害問題解決の2つの道
②公害裁判(
1967
年から)企業が強く、地方団体が公害防止のできない地域では、被害者 は裁判を提起した。
4
大公害裁判(新潟・熊本水俣病、イタイイタイ 病、四日市ぜんそく)が始まった.
公害被害救済のための新しい法理
•
財産権侵害でなく、集団的な健康侵害なので、新しい法理が 必要.被害の認定に、疫学を採用.•
共同不法行為を認め、企業が公害関係法を守っていても、被 害が発生している場合には企業の責任を認める.4
大公害裁判はすべて被害者が勝訴(1973
年までに)70
年代から空港・高速道路・新幹線などの公共事業裁判が始まる 世界初の公害健康被害補償法を制定(1974
年)公害の被害者を民事賠償に準じて行政的に救済する制度.
最高時
10
万人が生活保障と医療費を受け汚染企業負担2.公害問題解決の2つの道
20
①被害は生物的弱者から始まる.
年少者 高齢者 病弱者
経済活動に従事しないため、被害が無視されがち.
②被害は社会的弱者に集中する.
低所得者 低級の中産階級の住民が被害者
良好な環境を選択する自由が少なく、病気でも医療を受ける 経済的余裕がない.
個人的な解決は不可能で社会的な救済が必要.
3.公害の社会的特徴
③絶対的不可逆的な被害
・死亡,不治の病
・再生不能な自然破壊
・歴史的な景観や文化財の破壊
このような被害は事後に経済的補償をしても再生できな い。予防のための環境事前評価制度や行政計画が必 要である。リオ会議では
100%
科学的証明がなくても重大 な被害が予測される場合には、事業の停止などの差し 止めが認められた。この予防の原則により、温暖化ガス 規制が始まった。3.公害の社会的特徴
22
図3 大気汚染の推移
二酸化硫黄
(
SO 2
)二酸化窒素
(
NO 2
)4.公害対策の成果
表2 有害物質による汚染状況(
1970
~83
年)24
物質名
1970
年1974
年1983
年 カドミウム2.80 0.37 0.10
シアン1.50 0.06 0.03
有機リン0.20 0.00 0.00
鉛
2.70 0.37 0.03
クロム(
6
価)0.80 0.03 0.01
砒素
1.00 0.27 0.05
総水銀
1.00 0.01 b 0.00
アルキル水銀0.00 0.00 0.00
PCB 0.38 c 0.00
計
1.40 0.20 0.04
注)1.環境省調べ.
2.a.環境基準を超える検体の百分率, b.1973年, c. 1975年
3. 計は9有害物質の対象検体数の中で環境基準をこえる検体数の割合.
図4 民間大企業公害防止投資の推移民間産業公害防止投資の推移(1970-2006年度)
3,057 3,311 5,147 9,170 9,645 7,819 4,055 3,265 2,901 3,128 4,037 4,516 4,540 3,745 3,668 2,672 2,428 2,815 2,766 3,054 3,093 2,833 4,775 3,598 4,098 4,449 3,371 2,460 2,336 2,353 1,665 1,695 1,179 1,110 1,327
2,313
1,883
5.3 7.5
8.6 10.6
15.6
7.2 5.5
4.5 3.9
6.4 4.9
3.6 3.6 4.1 4.2 4.6 4.4
3.9
5.9 6.2 7.2
5.9 5.7
4 3.5 3.7 5
3.2 3.5 4.8 4.5
5.1 5.3
3.2
4.7 13.5
17.7
0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000
1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 200 5(実績見込) 200 6(計画)
億 円
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
% 公害防止設備投資額
全設備投資にしめる公害防止投資の割合
[注] 経済産業省経済産業政策局編 『主要産業の設備投資計画』より作成.
図5 二酸化硫黄排出量削減の要因
注)日本の大気汚染経験検討委員会編
,
『日本の大気汚染経験―
持続可能な開発への挑戦』, p.2
(1997
).
26
1961 1974 1986 1995
都道府県 市町村 都道府県 市町村 都道府県 市町村 都道府県 市町村 公害・環境担当
組織のある団体
14 16 47 765 47 562 47 845
担当職員数300 5,852 6,465 5,865 4,816 6,384 4,534
予算
(
億円) 140 3,501 6,036 8,910 20,800 14,458 46,738
下水道予算を除く
(億円)
2 3,838 8,785 17,319
公害防止・環境条例
設置団体
6 1 47 346 47 496 47 608
注)
1961
年度は厚生省調べ。1974
年度以降は環境省『環境統計』(各年度)による。表
3
地方団体の公害・環境担当の組織・予算の推移NO
2環境基準の緩和(1977
年)水俣病の認定基準の変更
=
患者切り捨て公健法の改定(
1987
年)―
大気汚染地域の解除、患者新規認定 の打ち切り、被害者は裁判へ公害対策基本法廃止ー環境基本法(
1
992
年)日本環境会議(
1979
年)などの抵抗運動第
2
次公害裁判―
大阪西淀川、川崎、尼崎、名古屋南部、東京
いずれも勝利和解、環境再生へ 自動車公害は続く
5.不況・新自由主義政策と公害対策の後退
28
6.公害・環境問題と女性
① 被害は女性に重い
イタイイタイ病患者はほとんどが中年経産婦
―
理由はまだ完全に解明さ れていない。食物・水を通ずるカドミュウム汚染が妊娠・授乳・内分泌の 変調・老化によるカルシュウム・鉄分の不足状況で腎障害から骨粗鬆症 と相まって骨軟化症。深刻な痛み、家庭破壊等の筆舌でつくせぬ被害。水俣病は有機水銀で汚染された魚介類を摂取することによって生ずる脳 中枢神経障害である。胎児性水俣病のように医学の常識に反して、胎盤 が有機水銀を濃縮して、胎児が水俣病。ほとんど影響の少ない母親の場 合でも重症の子供を持つ嘆きと苦痛。水俣病患者家庭の崩壊。
大気汚染患者では生産年齢人口を取ると男性よりも女性が多い。理由 は男性は汚染地域外への通勤者多く、女性は
24
時間汚染地域で生活す る主婦が多いため。道路沿道の大気汚染被害も女性に集中。道路・空港・新幹線の周辺住民の騒音・振動による生活妨害・健康障害 は同じように生活空間の限定によって、子供・老人や女性に深刻である。
29
② 運動の主力は女性
•
男性サラリーマン・労働者の多くは企業主義で公害問題では企業と同 じ立場に立つ。長時間労働のためにコミュニティは会社で地域から疎 外され市民運動回避。•
代表的な市民運動の女性指導者紹介。•
水俣病対策市民会議は企業城下町で患者は差別され、公式発見から17
年政府が公害と認めた1968
年にようやく結成。会長は教師出身の 日吉フミコ、石牟礼道子など女性の力で裁判と運動を支える。•
尼崎公害裁判の原告団長松光子は裁判の勝利和解後も運輸省や公 団と自動車公害対策のために47
回の交渉をし、ロード・プライシング試 行をさせるなどすべては解決しないが、提訴以後25
年間死力を尽くし た。彼女は西淀川裁判運動の卓越した市民政治家森脇君雄とともに、全国の公害被害者運動を指導し、タイの環境
NGO
にも影響を与えた。30
② 運動の主力は女性
2
•
アスベスト公害のクボタ・ショックを告発し、全国の患者発掘と救済運 動を指導しているのは「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」会長 古川和子である。彼女の活動で被害が顕在化しつつある。•
環境保全では小樽運河を守る会会長峯山富美は市の運河埋め立て に反対し、その半分を残すことに成功し、歴史的景観保全の道を開い た。環境保全ではほかにも女性リーダーが多い。•
市民運動の規模と長期の継続性では琵琶湖保全から始まった滋賀県 の市民運動が最高であろう。この運動は1977
年頃から合成洗剤使用 中止のための廃食用油で石鹸製造運動が始まりである。県を巻き込 んで日本のみならず世界の湖沼保全の運動に発展した。さらに原料の 廃天ぷら油をジーゼル油に転換することに成功した。菜の花―
食用油―
廃油―
ジーゼルエンジン油という完全循環方式を創造。全国やアジ アに普及。一貫して運動の指導者は滋賀県環境生協理事長藤井絢子 である。この菜の花エコ運動は全国に広がり、韓国でも進められている。サトウキビやトウモロコシによるバイオエナージ
-
と異なり、これは食糧 政策と矛盾しない完全循環方式である31
③ 公害対策の女性差別
•
公害の健康被害は男女同じであり、家庭破壊・離婚・等の精神的苦痛 を含む被害の総体は女性の方がおおきい。しかし現行の賠償・保障・見舞金などは、慰謝料だけではなく
,
逸失利益を入れているので反対に 女性は差別されている。公健法の大気汚染患者の障害補償費最高額(
2006
年度、単位月千円)を例に示す。32
年齢 男(
A)
女(B) B/A(%)
20~24 184.7 160.8 87
30~34 263.6 202.3 77
40~44 335.4 213.6 64
50~54 353.1 204.2 58
60~64 252.3 172.0 68
①多国籍企業と公害輸出
多国籍企業、政府開発援助(ODA)による公害・環境問題
•
インドのボパールにおける公害事件アメリカとインドの合弁会社ユニオンカーバイドの公害 事件(死者
4000
人、被害者50
万人)、特に女性の被害 多く、決死的な救済運動続く。•
韓国での温山病日本の援助でつくられた韓国最大のコンビナートにお ける重金属複合汚染による疾病と大気汚染による農 産物被害 住民の大量避難
•
マレーシアのARE(三菱化成と合弁)の放射能公害•
日本企業による公害輸出、その他東南アジアの木材・鉱 物・漁業資源の乱獲7.環境問題の国際化(
1980
年代以降)日本経団連 『地球環境憲章』(
1991
年)海外進出に際して環境配慮事項を指示.
しかし現実 は配慮不十分
途上国の環境政策
環境と開発に関する国連会議(
1992
年)以後、環境 政策を展開するも経済開発が優先され環境政策は 不十分.アジア太平洋環境NGO(APNEC)
・日本環境会議(
1979
年結成、研究者中心の環境NGO
)が、91
年アジア太平洋環境NGO
会議設立、以 後隔年11
回の会議、現議長礒野弥生東経大教授 ・環境政策の情報交流と各国政府へ提言アジアの環境政策は今後の課題.
34
7.環境問題の国際化
② リオ会議と
Sustainable Development
(維持可能な発展)•
環境と開発に関する国連会議(1992
年、リオデジャネイロ、20
年ぶりの 会議)•
「気候枠組み変動条約」「生物多様性条約」「森林保全原則」「砂漠化対処条約」
リオ宣言 第
1
原則―
人は自然と調和しつつ健康で生産的な生活を営 む権利を有する第
2
,3
原則ー開発の権利は現在および将来の世代の開発及び環境上 の必要性を公平に満たす第
15
原則ー環境を保護するための予防的方策は各国により、その能力 に応じて広く適用しなければならない。第
20
原則―
女性は環境管理と開発において重要な役割を有する。その ため、彼女の十分な参加は持続可能な開発のために必須であるアジェンダ21 第
4
章「地球環境が悪化し続ける原因は、主とし て、特に先進国における持続不可能な形での消費と生産である。これは貧困と不均衡を悪化させる深刻な問題である」
第
8
章『あらゆるレベルの意思決定において、関心を有する個人 団体、組織の参画が容易となるような関連するメカニズムを開発 し、または改善すること」第24章 女性のための地球管理
COP(締約国会議)3
=
京都議定書を採択(1997
年)アメリカ:京都議定書を批准せず.
途上国:国際的な規制に同調せず.
日本:長い不況で積極的な対策をとらず、CO
2
削減 は 原子力発電に依存.2011
年の原発災害で計画が挫折.7.環境問題の国際化
36
8.公害は終らないー原発公害とアスベスト災害
① 福島第一原子力発電所事故
•
アメリカのスリーマイル島、ロシアのチェルノブイリ原発事故に次ぐ 放射能汚染.•
東日本大震災2011
年3
月11
日と事故•
被害額推定11
兆円•
今も約15
万人の避難民、事故対策の失敗続く原発廃止と再生可能エネルギーへの移行が必要
被害救済・事故対策未終了中に再稼働・輸出計画の愚挙
放射能廃棄物の処理不能
―
将来世代への倫理的責任原発コストの財政・公共料金への依存ー負担の上昇
地球環境政策と整合性を持ったエネルギー計画の未提示
福井地裁(
2014
年5
月21
日)の歴史的判決人格権を法の最高の価値とし、確たる根拠のない脆弱な安全性に
支えられている原発再開を差し止めた。
原発所在自治体が、この判決のように短期の経済的利益よりも
人間の生命・健康と安全な環境を優先するか。
②石綿(アスベスト)労災・公害問題
•
石綿は耐熱・耐火性など奇跡の素材といわれ、安価で3000
種類の商 品に使われ、都市化・工業化の高度成長時代に生産・消費の経済全 過程で大量使用。•
石綿の健康被害は戦前から明らか、戦後、暴露から15~40
年後に中皮 腫や肺がんの発生が解明。日本では戦前からの医学者の調査で危険は警告されていたが、建築学系で は使用が奨励されるなど、欧米で使用が禁止されても大量使用。
2005
年6
月クボタ尼崎工場周辺3
人の住民中皮腫患者が告発し、一挙に潜 在していた石綿労災・公害が表面化・翌年政府は石綿被害救済法制定。石綿労災事務所全国に
8000
、年2000
人被害、500
万トンが建材にストック、解体(震災時を含め)時に飛散。作家藤本義一中皮腫死亡のように全国民に 複合型ストック公害として今後
10~30
万人の死亡予測。WHO
は世界で数百万 人の死亡予測。アジア特に中国は大量使用、規制不十分。最高裁は
2014
年10
月9
日初めてアスベスト被害の国の責任を認めた画期的 判決、現実には対策が遅れているので、2050
年までは被害は増える。38
1930 1960 1970 1980 1990 2000 2005 2007
中国
315 81,288 172,737 150,000 185,748 382,315 515,000 626,000
インド
1,847 23,652 49,792 96,892 118,964 145,030 255,000 302,000
日本
11,193 92,483 319,473 398,877 292,701 85,440 -31 58
韓国 ー
631 36,664 46,641 76,083 30,124 6,480 1,100
タイ ー
6,433 21,272 58,756 116,652 109,600 176,000 86,500
アメリカ
192,454 643,462 668,129 358,708 32,456 1,134 576 916
イギリス
23,217 163,019 149,895 93,526 15,731 268 -1 187
フランス ー
83,385 152,357 125,549 63,571
ー-374 169
イタリア
6,942 73,322 132,358 180,529 62,407 40 -20 -29
ロシア
38,332 453,384 680,589 1,470,000 2,151,800 449,239 315,000 280,000
ブラジル
136 26,906 37,710 195,202 163,238 172,560 139,000 93,800
世界全体
388,541 2,178,681 3,543,889 4,728,619 3,963,873 2,035,150 2,260,000 2,080,000
表4 各国のアスベスト消費量
注)消費量=(産出量+輸入量)-輸出量
出典)
U.S., Geological Survey, Worldwide Asbestos Supply and Consumption Trends from 1900 to 2003.
9.維持可能な社会(
Sustainable Society)
へ(1)維持可能な発展から維持可能な社会へ
•
維持可能な社会は次の課題を総合しうる社会 ①平和を維持する、特に核戦争を防止する②環境と資源を保全・再生し、地球は人間を含む多様な生態系の環境として 維持改善する
③絶対的貧困を克服して、社会的経済的な不公正を除去する
④民主主義を国際国内的に確立する
⑤基本的人権と思想・表現の自由を達成し、多様な文化の共生を進める
•
世界国家をつくれない現実の下では、国連の中にWEO(
世界環境機構)が必要。•
資本主義はこのような社会を創るには限界。それに代わる生産関係について、当面は混合経済体制の下で、政治経済システムの改革をしながら、人類は模 索しなければならないだろう。
•
このままでは地球環境の危機は避けられないかもしれないが、小さなパニック の際に、軌道修正ができるかどうか人類の英知が試される。•
経済学者にとっては政治経済システムの転換という課題への挑戦に迫られる。40
(2)維持可能な内発的発展
(Sustainable Endogenous Development)
•
現状の国際政治の下ではSS
を作ることは難しいが、地球環境の危機 は待ったなしである。•
足元からSS
を作らねばならない。EC
のSustainable Cities Plan
やドイツのGreen City
が参考。•
日本では内発的発展の運動がモデルであろう。①目的は環境保全を枠組みとした総合性
②方法は地域内資源循環・産業連関、社会的剰余の地元分配、
福祉・教育・文化への配分重視
③主体は地元の個人・住民参加の公共的組織、協同組合・
NPO
私はこの7月に『戦後日本公害史論』を刊行して、日本の公害対策の 失敗と成果を総括した。今日はその核心の一部を述べた。
日本の公害対策は企業と政府の失敗の後に、国民の憲法の民主主 義制度に基づいた自発的な公害反対の世論と運動と専門家の努力・
マスメディアの協力によって政策が転換し、世界でも最も成果を上げ、
欧米の研究者の参考になった。
その後の不況の下で、環境政策は停滞し、いま原発事故対策で多く の困難を抱え、地球環境政策ではドイツをはじめ
EU
の対策の方が進 んでいる。現政権は平和・基本的人権・民主主義の戦後憲法体制に反対し、
政治経済全面にわたって改革を進めつつある。戦後の公害史の歴 史的教訓は、戦後憲法体制を維持しつつ維持可能な社会を創らね ばならぬことであった。安倍政権はそれとは反対の方向へ進みつつ ある。私たちは勇気を持って、この事態の進行を止め、維持可能な社 会への国際的連帯をすすめなければならない。
おわりに
―
歴史は未来の道標42
参考文献(数は多いが、この報告に使った資料)
宮本憲一『環境経済学新版』(岩波書店、
2007
年)宮本憲一『維持可能な社会へ向かって』(岩波書店、
2006
年)宮本憲一『戦後日本公害史論』(岩波書店、