書 評 ページ上部に印刷業者が飾りを入れるのでこの2行の余白をカットしないこと
江田すみれ・堀恵子編
習ったはずなのに使えない文法
くろしお出版、2017年発行、233p.
ISBN:978-4-87424-743-3
河内 美和
1.はじめに
本書は、2010年から2015年にかけて日本女子大学で開催された日本語教育をめぐる公 開シンポジウムの発表をまとめた日本語教育文法の論集である。この公開シンポジウムの 一貫したテーマとして、「「授業で習ったはずなのに学習者が使えるようにならない日本語 文法項目」をとりあげ、それらについて、分析方法を考える、指導法を考案するなど、ど のような方法を使えば学習者が使えるようになるかを考えてきた。」(p.ⅲ)とある。
日本語教師に求められる知識の範囲は「日本語教育能力試験」の出題範囲を見てもわか るように、5つの区分(1. 社会・文化・地域 2. 言語と社会 3. 言語と心理 4. 言語と 教育 5. 言語一般)があり、決して狭いとは言えない。実際、学習者の多様化、ICTの活 用など、変化に応じた授業も求められる。だが、授業を行う教師は、指定された教科書、
カリキュラムの中で目の前の学習者を思い浮かべ、授業案を練っているのが現状だろう。
本書の論文には、著者の葛藤、学習者の誤用、問題点から練り上げられた教え方が提案 されている。「習ったはずなのに使えない文法」というタイトルには、「学習者が習ったこ とを使って自在に自己表現し、各自の目的を達成できるようになってほしいという日本語 教師の願いと、それを支援することが言語教育の使命だという思いを込めている。」(p.ⅲ)
と書かれている。本書は、学習者の日本語の上達を願う日本語教師が執筆した論集である。
本稿では、まず本書の特徴を述べる。そして、日本語教育の現状から見える本書のニー ズ、本書の意義と日本語教育の課題を記述する。
2.本書の特徴
本書には、自ら日本語教育の実践者であり研究者でもある10数名による10編の論文が 掲載されている。そこで本章では、所収論文の概要を述べた後、学習者が間違えやすい「文 法」の教え方の提案がされている本書の特徴について述べる。
書 評 ページ上部に印刷業者が飾りを入れるのでこの2行の余白をカットしないこと
江田すみれ・堀恵子編
習ったはずなのに使えない文法
くろしお出版、2017年発行、233p.
ISBN:978-4-87424-743-3
河内 美和
1.はじめに
本書は、2010年から2015年にかけて日本女子大学で開催された日本語教育をめぐる公 開シンポジウムの発表をまとめた日本語教育文法の論集である。この公開シンポジウムの 一貫したテーマとして、「「授業で習ったはずなのに学習者が使えるようにならない日本語 文法項目」をとりあげ、それらについて、分析方法を考える、指導法を考案するなど、ど のような方法を使えば学習者が使えるようになるかを考えてきた。」(p.ⅲ)とある。
日本語教師に求められる知識の範囲は「日本語教育能力試験」の出題範囲を見てもわか るように、5つの区分(1. 社会・文化・地域 2. 言語と社会 3. 言語と心理 4. 言語と 教育 5. 言語一般)があり、決して狭いとは言えない。実際、学習者の多様化、ICTの活 用など、変化に応じた授業も求められる。だが、授業を行う教師は、指定された教科書、
カリキュラムの中で目の前の学習者を思い浮かべ、授業案を練っているのが現状だろう。
本書の論文には、著者の葛藤、学習者の誤用、問題点から練り上げられた教え方が提案 されている。「習ったはずなのに使えない文法」というタイトルには、「学習者が習ったこ とを使って自在に自己表現し、各自の目的を達成できるようになってほしいという日本語 教師の願いと、それを支援することが言語教育の使命だという思いを込めている。」(p.ⅲ)
と書かれている。本書は、学習者の日本語の上達を願う日本語教師が執筆した論集である。
本稿では、まず本書の特徴を述べる。そして、日本語教育の現状から見える本書のニー ズ、本書の意義と日本語教育の課題を記述する。
2.本書の特徴
本書には、自ら日本語教育の実践者であり研究者でもある10数名による10編の論文が 掲載されている。そこで本章では、所収論文の概要を述べた後、学習者が間違えやすい「文 法」の教え方の提案がされている本書の特徴について述べる。
書 評
2.1 所収論文の概要
本書の 10 編の論文の共通点は、学習者が間違えやすい「文法」を取り上げている点で ある。学習者の誤用、学習者コーパスの誤用、母語話者コーパスとの比較、教材分析から 学習者が間違えやすい「文法」であることが客観的に示されている。以下は本書に記載さ れている論文である。(掲載順、番号は筆者)
(1)砂川有里子・清水由貴子「台湾の大学生による名詞述語文の習得状況-日本語学習 者作文コーパスLARP at SCUと教科書の調査に基づいて-」
(2)太田陽子「「文脈化」という視点-「~てある」の練習の検討を例に-」
(3)高梨信乃「意志表現の扱いをめぐって」
(4)増田真理子「日本語教育における「んですけど。」の扱い-自然な日本語を積み上 げる教育実践の一例として-」
(5)江田すみれ「徐々に起こる複数の事態の変化を表す「ようになる」-動詞の性質と 誤用の関係-」
(6)蓮沼昭子「順接と逆接の境界-日本語学習者は逆接条件の「テモ」になぜ順接条件 形式を使用するのか-」
(7)牧野功「丁寧さと関わる文法-配慮という観点から文法を見なおす-」
(8)堀恵子「機能語用例文データベース「はごろも」の文法項目の難易度-主に旧『日 本語能力試験出題基準』との比較から-」
(9)石黒圭「談話研究からみた話し方教育への示唆-学習者は接続詞をどのように習得 するか-」
(10)仁科喜久子・八木豊・阿辺川武・ホドシチェク ボル「誤用分析からみた作文指導 への示唆」
本書では、前半の8編は「文法項目の分析と授業での取り上げ方など教授に関連する論 文」(p.ⅵ)とされている。タイトルに「文法」項目が示されていない論文の補足をすると、
砂川・清水論文では「~は~だ」「~が~だ」、高梨論文では「辞書形、意向形、意向形と 思う」、蓮沼論文では「タラ、バ、テモ」が取り上げられている。また、牧野論文ではテン スとアスペクトの「た」と「ている」、動詞の自他、等が配慮という観点で見直されている。
また、後半の2編は「学習者の産出に焦点を当てた論文」(p.ⅵ)とされ、前半の8編 とは区別されている。石黒論文では談話産出の際の接続詞に、仁科他論文では学習者作文 コーパス「なたね」を使用し、アカデミックな文章を書く際の副詞と接続表現に注目し、
誤用の要因を分析している。本書では接続詞、副詞も「文法」として扱われている。
2.2 学習者が間違えやすい「文法」の教え方の提案
本書の特徴は、学習者が間違えやすい「文法」の教え方の提案がされている点である。
例えば、高梨論文「意志表現の扱いをめぐって」では、意思を表す文型である「しよう・
しようと思う・しようか・する・するつもりだ・したい・したいと思う」が取り上げられ ている。まずこれらの意志表現の教科書での扱われ方を調査し、以下の4つの意志表示の ポイントを明らかにしている。それは、①伝達か表出か、②意志が決定済みか未決定か、
③意志決定のタイミング、④話し手の意志のみで実現可能かどうか、である。そして、こ
れらのポイントは従来の日本語教育では十分に指導されていないと指摘し、上記の意志表 現の文型のポイントが整理されている。そして、学習者の不適切な例と教科書で使用され ている例文の問題点を挙げ、上記の4つのポイントを踏まえた文型の使い分けの教え方が 提示されている。
このように、学習者、学習者コーパスから学習者が間違えやすい文型であることが示さ れ、その文型の意味が確認されている。そして近接表現と比較し、そのポイントを押さえ た教え方の提案がされている。また、教え方の提案に至るまでの論文の流れから授業をイ メージし読み進めることができるため、提案されている教え方も理解しやすい。
このような詳しい解説は『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(スリー エーネットワーク)など「文法」を幅広く取り扱っている参考書全般には載っていない。
学習者の間違えやすいポイントを事前に知り、それを踏まえた教え方は教師の経験に頼る ところがあるが、本書ではそれが解説され、練り上げられた教え方が記述されている。
また、堀論文では機能語用例文データベース「はごろも」の概要説明がされている。「は ごろも」は教える項目を見直す必要があるとして著者らが開発したもので、見出し語数は
1,848 ある。独自に選定された項目に、意味、独自の難易度レベル、コーパスの用例がつ
けられている。例えば『日本語能力試験出題基準【改訂版】』(以下『出題基準』)の旧 4 級とほぼ同等レベルである「はごろも」の「初級前半」の項目(詳細は3.2に記載)は 140 である。『出題基準』では 209あることからも、使用されている項目の難易度が見直され ていることがわかる。
このように、本書には個別の「文法」に焦点が当てられている論文と、「文法」全体を見 直した包括的な視点の論文が掲載されている。10編の論文の構成からも、学習者が間違え やすい「文法」の問題は、個別にも包括的にも追及する必要性が述べられている。学習者 が間違えやすい「文法」が見直された上で、各論文で教え方の提案がされているのである。
3.日本語教育の現状から見る本書のニーズと日本語教育の課題
3.1 日本語教育の現状から見る本書のニーズ
学習者が間違えやすい「文法」の教え方の提案がされている本書は、現在の日本語教育 において必要とされる書籍であるといえる。
世界各国語の翻訳・文法解説書が出版されている初級教科書の『みんなの日本語』(スリー エーネットワーク)は文型シラバスの教科書である。例えば、『みんなの日本語教え方の手 引き第2版』の17課の学習目標は、「規則や禁止事項が理解できる」とあるが、そこで取 り上げられている学習項目は、「ないでください」である。
また、2010年から新しい「日本語能力試験」が実施されている。言語知識を利用したコ ミュニケーション上の課題を遂行する能力を測るとされ、改定前と異なり、出題基準は非 公開となった。だが、試験科目は、言語知識(文字・語彙・文法)、読解、聴解で、能力試 験対策の多くの「文法」の書籍は『出題基準』の「文法」を基に作成されている。上記で 挙げたような教科書の文型も「文法」として扱われている。そして日本国内外を問わず「日 本語能力試験」は学習者の日本語能力を証明する手段の一つでもあり、進学、企業での優
遇などのメリットもある。
このように現状の日本語教育は「文法」が重視されている。そのため、本書の学習者が 間違えやすい「文法」の教え方を提案している書籍にニーズがあると言える。
3.2 本書の意義と日本語教育の課題
前節で「文法」が重視される現状から本書が必要とされる書籍であることを述べた。だ が、現在の日本語教育をコミュニケーションを重視した教育として捉えたとき、日本語教 育の「文法」の見直しは必要である。その理由は、野田(2005)が指摘している、日本語 教育の「文法」は日本語学に依存しており、教える「文法」項目が先にあり、それを教え るためにその形式から出発する場面や機能が考え出されているからである。そしてこれは
「文型シラバス」だからという問題ではない。小林(2017)では、「文型シラバス」「概念・
機能シラバス」「場面シラバス」「話題シラバス」には「言語から出発する」という共通点 があることを指摘し、「言語の役割が過大評価される」「コミュニケーションの全体象が見 えなくなる」ことを問題としている。本書の堀論文では、「はごろも」の独自の難易度分け の結果から、コミュニケーションにより役立つ表現を早くから教えようという教師のレベ ル感が見て取れるとしている。だが、「初級前半」と判断された項目は「名詞文、動詞文、
形容詞文の活用形、名詞修飾、基本的な助詞、指示詞、疑問詞、助動詞類のほか、基本的 な文型」(p. 175)である。牧原論文では、誘いかけの際「行けますか」「行きたいですか」
「行きますか」の形の違いと意味の違いについて言及している。ここからも「文法」項目を 教えるという教育観が窺える。このように、現状での学習者の「文法」の間違いは、「文法」
で訂正するという流れになる可能性があり、コミュニケーションが重視されているとは言 い難い。
この問題に対して、本書での捉え方を太田論文の「現在の文法指導における課題」を引 用し、示したい。ここでは「文法」を教える現状に対する葛藤が見られる。
構造志向型アプローチは、文型の習得ではなく、課題遂行を目的とするが、一つ の課題遂行のための表現が多様に存在する中で、表現ごとに個別に開設される従来 の文法説明では対応できないことがあると思われる。それぞれの課題遂行に関わる 表現について、どのように教授者側が向き合い、扱っていくのかについては、現在 充分に整理がついていないのではないかと考える。(p. 26)
上記の引用では、「文法」ではない表現も課題を遂行する手段となりえることを窺わせる。
だが、それを必要としながらも方向性も扱いも充分ではない日本語教育の現状が指摘され ている。この「課題遂行に関わる表現」とは何だろうか。例えば、日本語学に依存しない 日本語教育の文法では、野田(2005)では、聞く、話す、読む、書く、の4つは異なると している。野田他(2015)の実生活に役立つ初級読解教材では、レストランのクチコミサ イトを読む際、「美味し」と「くな」から、おいしいかどうかを読みとるとし、否定を表す 表現を「ない」ではなく「くな」としている。また、小林(2017)では、飲み会の誘いに 対する「土曜はバイトだ。日曜はどう?」というグループLINEでの投稿が、日にちの変
更の提案ではなく、日曜日なら行けた、また誘ってほしいという意味だったという例を挙 げ、「言語から出発する」アプローチは、具体的な状況を前提としないため、言語表現の適 切さが判断できないとしている。その問題を克服するために提案されている「状況から出 発する」アプローチで大切な視点は、「ふるまいが自分の意志を十分に伝えているかどうか」
としている。このように、学習者が自在に自己表現し、各自の目的を達成できるようにな るためには、現在の「文法」を重視する教え方だけでは対応できないのである。だが、野 田他(2015)小林(2017)の2つの例は現在の日本語教育の教え方の代わりという考え方 ではない。現在の日本語教育は、このような「課題遂行に関わる表現」について、「整理が ついていない」状況なのである。本書においては、太田論文で教科書に出てくる「文法」
の教え方の一案として「文脈化」の必要性を述べている。また牧原論文でも先行研究より 前置き表現や言いさしの使用によって配慮が表すことができることに触れている。
学習者の多様化は、教え方の多様化の必要性を意味する。そして、日本語教師に求めら れる能力も多様化していくだろう。本書は、多様化していく日本語教育の現状と、教師の 葛藤をも映し出している。学習者が間違えやすい「文法」の教え方の提案のみならず、教 え方の提案に至るまでの教師の葛藤の課程から見られる日本語教育の現状を映し出してい る点も、本書の意義であると言える。
4.おわりに
教える「文法」項目が同じでも、学習者が異なれば教え方も異なる。本書の論文をどう 自身の授業に取り入れるのかも異なるだろう。学習者のニーズが異なれば、教え方も変わ る。だが、何をどう教えるのかという日本語教師の模索はおそらく変わらないだろう。学 習者の多様化に応じた日本語教育が向かうところがどこなのか、日本語教師が向かう先が どこなのか、それも合わせて考えさせられる。
参考文献
公益財団法人日本国際教育支援協会<http://www.jees.or.jp/jltct/range.htm>(2018年9月8日)
国際交流基金・財団法人日本国際教育協会編著(2002)『日本語能力試験出題基準【改訂版】』凡人社 小林ミナ(2017)「「状況から出発する」アプローチ」『早稲田日本語教育学』22、pp. 101-113 スリーエーネットワーク編(2016)『みんなの日本語初級Ⅰ第2版教え方の手引き』スリーエーネッ
トワーク
日本語能力試験<https://www.jlpt.jp/about/points.html>(2018年9月8日)
野田尚史(2005)「コミュニケーションのための日本語教育文法の設計図」『コミュニケーションのた めの日本語教育文法』くろしお出版、pp. 1-20
野田尚史・小西円・桑原陽子・穴井宰子・中島晶子・村田裕美子(2017)「実生活に役立つ初級日本 語読解教材の作成と試用」『ヨーロッパ日本語教育』22、pp. 44-61
松岡弘(監修)・庵功雄・高梨信乃・中西久実子・山田敏郎(2000)『初級を教える人のための文法ハ ンドブック』スリーエーネットワーク
(かわうち みわ 早稲田大学日本語教育研究センター)