最疵担保責任の統一構成理論
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(2) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 一︑加藤説 二︑三宅説. 四︑円谷説. 三︑爵美説 五︑半田説. 第三 章 判 例 分 析 一︑原状回復請求事件︵タービソポソプ売買事件︶ 三︑約束手形金請求事件︵放送用スゼーカー売買事件︶. 二︑強制執行異議事件︵椎板見本品売買事件︶. 統一構成理論︵私見︶. 四︑損害賠償請求事件︵土地面積表示売買事件︶. 二︑統一構成理論のシステム構造. 一︑鍛疵担保責任の本質. 第四章. 序 ヤ. ヤ. 五四. 堰疵担保責任は︑旧くから今目に至るまで喧しく学説上争われてぎた民法学上極めて重要な問題である︒その争い. の根源は︑民法典の規定自体の不備にあるのだが︑私は︑その蝦疵ある規定を設けた起草者の認識︑理解の全容を把. 握し︑どこに誤謬があったのかを指摘することこそ︑争いに終止符を打つ道へと通ずる最も有効な手段だと考える︒. 起草者意思を探り︑起草者の理解と理論構成を現代に相応しいように再生させるといったアプローチは︑その間題. に関する起草者の理解が十全であり︑整合的な理論構成を持っている場合にのみ可能なのであり︑至る所に理解の混.
(3) 乱と論理の破綻をみせる起草者見解であったなら︑むしろ逆に︑その理解の水準を明らかにし︑その誤りがどこに存 するかを明確にすることが︑解決への第一歩になると信ずる︒. このような観点から︑鍛疵担保責任規定自体に内在する不備を捌挟し︑その本質を明瞭にし︑そこから︑あるべぎ 鍛疵担保責任規定の像を現然とさせ︑解釈論としての理論構成を提示する︒. 近年に至り︑従来の膠着を打破する波が生まれ︑今やそれは大きな流れとなって︑学説の主流を形成せんとしてい. る︒これによって︑長らく︑収拾のつかなかった議論も︑ようやくその終焉に近づきつつあるといえるのではなかろ. うか︒この成果を土台として︑更にそれを発展させ︑問題解決の枠組を提起しようというのが︑本稿の意図するとこ ろである︒以下︑全章にわたり︑私見を展開する︒. 第一章民法制定時における立法の問題点 第一節数量不足・物の一部滅失の場合の担保責任. 民法制定時における毅疵担保責任に関しての起草者の理解の内容とレベルを認識するにあたっては︑先ず︑民法五. 民法五六五条は︑権利の一部が他人に属する場合の担保責任︵民法五六三条︶を準用するという形式で規定されて. 六五条︵数量不足・物の一部滅失の場合の担保責任︶に際しての審議の中から︑それを見い出すことが必要である ︵1︶ し︑また可能でもある︒そこで︑本章では︑民法議事速記録を用いて分析を試みる︒. いる︒これは梅委員の説明によると︑﹁:⁝此地面ハ五百坪御座ルト言ッタモノガ能ク調ベルト四百坪シカ無カッタ. トカ此米ハ百石アルト言ツタモノガ九十九石シカナカッタトカ云フノハ即チ担保ノ問題二属シテ恰度権利ノ一部追奪. 五五. ノ場合ト同様デアリマス詰リ夫レ丈ヶノ物二付テ権利ガ無カッタ目的物ガ無カツタ従ッテ之ハ一部追奪ノ場合ト理窟 蝦疵担保責任の統︸構成理論︵石崎泰雄︶.
(4) ︵2︶. 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 五六. 起草委員は︑本来の損害賠償︵帰責事由を要する︶についての議論で︑﹁此賠償ノ義務ノコトデアリマスガ数量不. 二於テハ何ウモ同ジデアラウト思ヒマス⁝⁝﹂という理由による︒. 足ノ場合二付テハ矢張リ賠償ガ取レルト云フコトノヤウニ見ヘマス︑ケレドモ一部滅失ノ場合二付テハ売主二特別ノ. 過失ガナケレバ賠償ノ義務ガナイト云フコトニ為ッテ居リマス併シ一部滅失ヲ売主ガ知ラナイデ然ウシテ無ク為ツテ. 居ルモノヲマダアルモノノ如クニシテ売ッタト云フハ既二過失デアリマス何ウ云ウ恕スベキ事情ガアラウトモ買主二 ︵3︶ 較レバ売主二過失ガアルノデアリマスカラ若シ然ウデアレバ賠償ヲ許サナケレバ不都合ト思ヒマス⁝⁝﹂と陳述して. いるが︑ここにみられるように梅委員は︑一部滅失は売主の過失によるものと認識する︒そこで︑買主は過失のある. 売主に対して損害賠償請求権を有するとの結論を導く︒しかし︑根拠として﹁⁝⁝買主二較レバ売主二過失ガアル⁝. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ゐ. ヤ. ⁝﹂という点が挙げられているが︑ここには重大な理解の混乱が見られる︒例えば︑買主︑売主の双方に過失が認め ヤ. られるなら︑それは過失相殺の問題ともなろう︒. 思うに︑梅委員には﹁買主二較レパ﹂の箇所においては︑本来の損害賠償ではなく︑本来の担保責任︵帰責事由を. 問わないところで認められる︶を売主︑買主のいずれに負わせるのが妥当かという立法判断を行なっているという意. 識が介入してきて︑それが本来の損害賠償の議論と混瀟することによって︑このような表現となって現われてしまっ. ヤ. ヤ. たのではないだろうか︒だが︑この叙述からは︑論理上は︑民法五六五条が準用する五六三条一項の代金減額と同条 ヤ. ヤ. ニ項の契約解除という本来の担保責任の問題ではなく︑五六三条三項の本来の損害賠償の問題として﹁売主に常に過. 失があるから︑常に買主が売主に対して損害賠償請求権を有する﹂との結論しか出てこない︒. そして︑﹁⁝⁝面積不足ノ場合ト権利ノ一部分ガ他人二属シテ居ッタト云フ場合ノ如キ是レラノ間二区別ヲスルト. 云フ理由ハ分リマセヌ一部分ノ権利ガ他人二属シテ居ッタト云フコトヲ知ラナイト云フコトガ過失ナラバ物ノ一部分.
(5) ガ滅失シテ居ルト云フコトヲ知ラナイデ居ッタノモ過失デアル面積其他ノ数量ノ足ラナイノガ過失デアッタナラバ一 ︵4︶. 部分ノ滅失モ矢張リ過失デアリマス何ウシテモ之ハ同ジデナイト権衡ヲ得ナイト考ヘマシタ夫レデ皆一緒ニシマシ. タ⁝⁝﹂という理由から︑権利の一部が他人に属する場合の担保責任の規定︑五六三条を数量不足・物の一部滅失の. 場合の担保責任の規定︑五六五条が準用するという形式を採用した︒しかし︑これも後の梅委員の陳述を廻る質疑応 答の中で︑権利と物の毅疵とでは違いがあるということを梅委員自身が認識するに至る︒ ︵5︶. ︵6︶. この梅委員の民法五六五条の趣旨説明に対して︑土方委員が鋭い質問をする︒﹁売主ノ方ノ過失如何二拘ハラズ損. 害ハ取レルト云フコトデアリマスカ﹂︒梅委員は﹁⁝⁝何時モ過失ガアル﹂と答える︒土方委員は︑売主に過失の存. しない場合もあるのではないかと考え︑次のように質問する︒﹁⁝⁝航海中ノ船ヲ売ラウト約束ヲスル沈没シテ無ク. 為ッテ居ル何ウモ事情カラ言ヘバ無理ハナイ大抵沈没ヲスレバ電信等デ報知スルコトモゴザイマセウガ何ウモ大洋ノ. 真中デアッタトカ云フヤウナトキニハ一寸分ラヌ目的ノ港二着クベキ時期二着カナカッタ音沙汰ガナイ何年立ツテモ. 何ケ月立ッテモ音沙汰ガナイト云フヤウナ場合ニハ沈没シタト見ルヨリ外ナイ場合ガアリマス其トキ売ッタト見ル長. イ間航海中デ訴ヲ起スベキコトモ分ラヌ無ク為ッテ居ルノデアルカト云フ事情ガ分ラナイトキニ契約ヲシタ︑所ガ無. カッタ理論カラ言ヘパ不成立夫レヲ知ラナカッタノハ過失デアルト云フコトハ余リ酷デアルト思ヒマス一部分ノ滅失. ヲ知ラナカッタト云フノガ過失ナラバ全部ナカッタノヲ知ラナイノモ矢張リ過失デアル此場合二代価減少トカ或ハ解. 除トカスルノガ適当デアル又損害賠償ノ点二付テハ売主ノ方二過失ノアッタ場合ト知ラナカツタ場合即チ無ク為ッテ. 居ッタト云フコトヲ知ッテ居ッタ場合ト知ラナカッタ場合ハ或ハ知ッテ居ナクテモ知ッテ居ッタト見ルベキ場合ト事 ︵7︶ 実知ッテ居ッタト見ナケレバナラヌ場合ト何ウモ区別ガナケレバナラヌト思ヒマス﹂. 五七. これに対して梅委員は﹁今ノヤウナ特別ノ場合デアレパ即チ契約ノ性質ガ何時無ク為ッテ居ルカ知レヌト云フヤウ 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(6) 早稲凪法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 五入. ︵8︶ ナ物ヲ目的トシテ居ルノデアリマスカラ其場合ニハ一部分無ク為ッタト云フ損害賠償ノ・・・⁝アリマセヌ船等. ハ一部滅失ト云フコトハ余程六ッカシイト思ヒマスガ船二積ンデ在ル荷物ト云フノナラバ或ハ宜イカモ知レマセヌガ. 破損ナラパ滅失デナイ然ウ云フ場合ガ仮リニアルトシタナラバ前条ニアル通リ何時モ損害賠債ヲ為スベシト云フコト. デナイ﹃損害賠償ノ請求ヲ妨ケス﹄ト云フノデアリマスカラ是迄ハ解除ノ所ニモ書テ置イタ通リ損害賠償ヲ請求スル. 権利ガアルト云フ意味デ而シテ適用二於テハ何時モ過失ト見ルト云フノデ何時モ賠償ガ取レルト云フノデアリマスガ. 今ノヤウナ特別ノ場合デアレバ私共ハ損害賠償ハ取レヌト云フコトニ為ラウト思ヒマス船二積ンデアル荷物ト云フヤ. ゥナ物ナラバ或ハ過失ガナイト見ラルル場合モゴザイマセゥ夫レハ損害賠償ハ取レマセヌ夫レハ前ノ条デ﹃損害賠償. ノ請求ヲ妨ヶス﹄ト書テァリマスカラ何時モ取レルト云フコトデナイト思ヒマスカラ不都合ハナイト思ヒマス唯ダ普. 通ノ場合二於テハ家ナラパ家ヲニ棟一緒二売ル其一棟ハ既二焼ケテ居ッタノヲ売ッタ夫レヲ知ラナカッタト云フノハ ︵9︶ 概シテ過失ト見ル即チ知ルベキ筈デアルノニ知ラナカツタノナラバ過失ト見ルノデアリマス﹂と応答する︒ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ここにおいて︑梅委員は重大な見解の変更を行なっている︒それは︑売主に﹁過失ガナイト見ラルル﹂場合もあ. リ︑そのときには︑損害賠償は取れないと言っているところである︒つまり︑損害賠償︵民法五六三条三項︶に関し ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ては︑無過失責任ではなく︑過失責任を採ることに考えを変更している︒そして︑五六三条一項の代金減額︑二項の. 契約解除は﹁為スコトヲ得﹂となっているが︑五六三条三項の損害賠償は﹁為スコトヲ妨ケス﹂となっていることか. ら︑本来の損害賠償は︑売主に過失がある場合にのみ請求可能だというように解することによって︑条文の文言を変. 更することなく︑過失責任に見解を転換したものだといえよう︒この梅委員の発言の趣旨からすれば︑代金の減額と ︵10︶. 契約の解除については︑﹁為スコトヲ得﹂となっているから︑売主の過失とは無関係にその請求ができるとの考えに. なろう︒起草委員はこのわずかな文言の相違を利用して︑質疑応答の一瞬の間に︑いわば即興的に本来の損害賠償責.
(7) 任を無過失責任から過失責任に変更するという重大な転換を行なったのである︒. 更に土方委員の質問に応えて︑梅委員は﹁⁝⁝権利ノ方二付テ過失ノ無イト云フコトハ殆ンド見出シ難イト思ヒマ. スケレドモ物ノ一部ノ滅失ニハ或ハ然ウ云フコトガアルカモ知レマスヌ﹃損害賠償ノ請求ヲ妨ヶス﹄ト云フコトハ何. 時モドソナ場合デモ損害賠債ノ請求ガ出来ルト云フノデナイ損害賠償ノ請求ガ出来ルトキニ夫レガ出来ルト云フコト ︵11︶. デアリマス解除ノトキデモ然ウデアリマス損害ガナケレバ賠償モてんデ取レマセヌ﹂と言う︒ここでは﹁権利﹂と. ﹁物﹂の場合で過失の存する可能性に差があり︑﹁権利﹂の方が﹁過失﹂の存する可能性が極めて高いと認識を改め. ている︒しかし︑﹁権利﹂についても﹁殆ンド﹂という表現を使っている以上︑起草者の心裡は別として︑過失がな. 占有を内容とする権利が存する場合の担保責任. い場合が皆無ではないことを認めたことになるわけで︑﹁権利﹂に関しても︑過失責任主義を表明したことになる︒. 第二節. 民法五六六条の立法について梅委員は次のように述べる︒﹁⁝⁝理窟カラ申スト此場合モ矢張リ初メノ割合二応ジ ︵12︶. テ代価ノ減少ト言フ方ガ論理ハ貫テ宣イヤウデハアリマスケレドモ唯ダ然ウシテ置イタナラバ不便デアラウト思ヒマ. シタカラ已ムヲ得ズ比塵ハ賠償ノミト致シマシター⁝﹂︒五六六条一項の規定では︑善意の買主が契約を為したる目. 的を達することができない場合に限って買主は契約の解除ができ︑其の他の場合には損害賠償の請求のみを為すこと. がでぎるとしている︒ここで五六三条の規定における起草委員の説明をあてはめて考えると︑﹁損害賠償ノ請求ノミ. 占有を内容とする権利が存する場合等に関しては︑﹁何時モ過失ガアル﹂と見れないこともないが︑五六五条の審. ヲ為スコトヲ得﹂という表現形式をとっており︑常に損害賠償請求ができることになりそうである︒. 五九. 議の過程で起草者自身︑権利の方に付いても過失が常にあるとみるとの思考を捨てたと見るべき表現があったことを 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(8) ヤ. ヤ. 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶ ヤ. ヤ. 六〇. 考えると︑五六六条の場合だけ︑無過失で損害賠償責任が生じると考えるべきではあるまい︒起草者は代価の減少の ︵13︶. 方が論理が一貫していてよいが︑便宜上︑止むを得ず賠償という表現を使ったと述べている︒ということは︑ここは ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 実質的には代価減少であり︑その表現が適切でないと考えて損害賠償というタームを安易に使ってしまったというこ. とであり︑五六六条一項の損害賠償は純然たる損害賠償ではないと考えるべぎではないだろうか︒. Lてみると﹁為スコトヲ得﹂という表現も納得がいくわけであり︑この民法五六六条一項の規定は五六三条一項と. 二項に相当する規定︑即ち代金減額的なものと︑契約の解除とが︑売主の過失とは関係なく認められるという意味に. 解すべきこととなる︒しかし︑そう考えると︑五六六条には本来の損害賠償を規定する部分が存在しないことになっ. てしまう︒これは︑起草者が実質は代金減額なのに︑便宜上損害賠償という表現を使ってしまったために︑本来の損. 害賠償についてもここに規定しているのだという意識が混在し︑その結果︑この一項の規定は本来の損害賠償に関す. るものだとの認識を持つに至ってしまったからだと思われる︒もっとも︑その原因の根本は︑起草者の固有の担保責 任と損害賠償についての理解の限界にあるのだが︒ ︵14︶. そこで学説は苦心して︑五六六条の規定の﹁損害賠償﹂の中に︑代金減額と本来の損害賠償の双方を読み込む解釈. 論を編み出す︒﹁為スコトヲ得﹂という規定形式であるにもかかわらず︑立法の不備に直面して︑こうした解釈論を. 展開させることは止むをえない方途といえよう︒私はこうした努力を高く評価したいと思うが︑他の理論構成の余地 も残されているようにも思われる︒. 民法五六三条三項の損害賠償についての質疑応答の中には︑担保責任の本質に関して重要な鍵が隠されている︒長. 谷川委員の質間︑﹁⁝⁝第三項ノ﹃代金ノ減少又ハ契約ノ解除ハ損害賠償ノ請求ヲ妨ケス﹄ト云フコトデアリマス契. 約ノ解除ノ総則ノ五百四十三条二依リマスト解除権ノ行使ハ損害賠償ノ請求ヲ妨ゲズト斯ウアリマスサウシマスト本.
(9) ︵16︶. ︵15︶ 条ノ第二項二契約ヲ解除スルコトヲ得トアリマスカラ其解除権ヲ行使スルニハ五百四十三条二依ルノガ当然デアルカ. ラ此又ハ以下ハ置カヌデモ宜イカト思フ﹂に対しての梅委員の応答は︑﹁⁝⁝是ハ悉ク意味ノアルコトデ代価ノ減少. ハ損害賠償ノ請求ヲ妨ゲズト書クトソレデハ解除ノ方ハ妨ゲルト云フ裏ガ出サウニ見ヘルソレデ重複ハシマスガ斯ウ. 書イテ置イタ方ガ安心デアル只ダ契約ノ解除.ハカリデアkハ書キハシマセヌガ契約ノ解除ノトキモアリ代価減少ノト ︵17︶. キモアルカラ合セテ書クト原則トナツテ宜シイト思ヒマスカラ此文ハ重複ニナツテモ仕方ガナイト思ツテ書キマシ. タ⁝⁝﹂というものであった︒ここから明らかなように起草委員は︑五六三条三項の損害賠償の請求は一般の債務不. 履行法理によるものであるが︑ここにわざわざ規定した意図は解除の場合と代価減少の場合の双方において︑それに. 加えて︑売主に過失があるとき債務不履行に基づく損害賠償請求ができると考えていた︒つまり︑過失の有無とは無. 関係にその請求が認められる五六三条一項︵代金減額︶︑五六三条二項︵解除︶という固有の担保責任に加えて︑買主. に善意という要件︵起草者は触れていないが︶が加えられ︑少し変客を受けた形での債務不履行法理に属する五六三 条三項︵損害賠償︶を過失責任主義のもとに規定したものと考えるべぎである︒. こうした理解を踏まえて︑民法五六四条の権利行使の期間制限の規定に当てはめると五六三条の固有の担保責任. ︵代金減額︑契約解除︶と損害賠償責任のいずれも一年の期間制限に服することになり︑五六三条三項の債務不履行. 責任たる損害賠償責任も五六三条という広義の担保責任の中に枠づけられて︑統一的期間制限に支配されることが可. 能となる︒この民法五六三条に関する期間制限についての理解は︑後に検討する毅疵担保責任をめぐっての学説の議. 論︵担保責任だと一年︑債務不履行責任だと一〇年だから云々⁝⁝︶に根本的反省を迫るものといえるのではないだ. 六一. さて︑以上の理解を基礎として五六六条の構成に戻ってみる︒五六六条一項では五六三条一項二項の代金減額と契. ろうか︒. 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(10) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 六二. なら︑五六三条三項に対応する規定︑即ち売主有過失の場合の善意の買主の損害賠償請求権は︑代金減額のところで. 約解除に対応する規定が置かれており︑これらは売主の過失を問うことなく﹁請求ヲ為スコトヲ得﹂る︒そして本来. その表現を借用してしまったがために規定から漏れてしまった︵ただ︑起草者の心裡には︑ここに本来の損害賠償請 求権を規定しているという意識もある︶︒. しかし︑ここで五六三条三項にまつわる長谷川委員の質問と梅委員の応答を顧慮すると︑売主に過失がある場合の. 買主の本来の損害賠償は一般の債務不履行の原則に従う︵但し︑買主の善意という要件がつき︑権利行使期間も短縮 ︵18︶. される︶のであるから︑民法五六六条の場合にも︑起草委員の見解﹁⁝⁝広イ意味ヲ以テ申シマスレバ一部追奪ノ場. 合デアリマス⁝⁝﹂からして︑本来の損害賠償の規定がなくても︑五六三条全体の広義の担保責任の趣旨から認めら. れるべきものであろう︒そして︑この解釈上認められる本来の損害賠償請求権も︑五六六条三項の一年という期間制 限に服すべきことになる︒. これが正しく︑民法五六三条から五七〇条にわたって︑固有の担保責任︵代金減額︑契約解除︶と︑本来の過失責. 毅疵担保責任. 任主義に基づく損害賠償責任を加えた広義の担保責任に共通に見られるその本質的基本構造といえるのではないだろ うか︒. 第三節. 堰疵担保責任を規定する民法五七〇条は︑占有を内容とする権利が存する場合又は地役権が存しない場合の担保責. 任の規定︵民法五六六条︶を準用するという形式を採用した︒これは諸外国の法典や旧民法典が理疵担保の規定にお. いて︑詳細な規定を置いているのに対して︑﹁其中ノ規定ハ或ハモウ言ハヌデモ知レタルモノガアル或ハ何ウモ実行.
(11) ノ上二於テ穏カナラヌト思フ規定ガアル段々ト煎ジッメテ見マスルト云フト詰リ却テサウ細カク規定センヨリハ寧導 ︵19︶ 他ノ矢張リ担保ノ規定ヲ準用スル方ガ実際公平デモアツテ極メテ簡便デアルコトヲ悟リ⁝⁝﹂︑五六六条を準用する. ことにしたと言う︒旧民法では損害の賠償に関して︑売主の毅疵についての善意と悪意によって場合を分けていた点. を捉えて︑﹁⁝⁝売主ノ知ッテ居ル毅疵二付テノミ損害賠償ノ責ガアル売主ノ知ラナカッタ澱疵デアレパ解除又ハ代 ︵20︶ 価ノ減少ト云フモノハアラウトモ損害賠償ト云フモノハナイ﹂ということでは︑﹁自己ノ権利二最疵ガアルト云フコ. トヲ知ラナイデ売ッタ場合ニハ是ハ何虚迄モ皆損害賠償ノ責ヲ負ハセル然ルニ物二澱疵ノアルト云フコトヲ知ラナカ. ツタト云フ理由デ損害賠償ノ責ヲ負ハセヌト云フコトハ甚ダ権衡ヲ得ナイヤウニ見エマスルカラ夫レデ権利ノ毅疵二. ︵21︶. 付テハ善意ノ売主ト難モ損害賠償ノ責ガアルトスル以上ハ何ウモ物ノ理疵二付テモ矢張り然ウシナケレバナルマイ. ここで起草者は︑民法五六五条での質疑応答の場面で自ら述べた理解を失念している︒即ち︑﹁権利﹂と﹁物﹂と. ⁝⁝﹂と考えている︒. では売主に過失の存する可能性が異なるという点であり︑﹁権利﹂の場合の方が︑﹁過失ノ無イト云フコトハ殆ソド見. 出シ難イ﹂程であるのに︑その差違を無視してしまった結果︑五七〇条が五六六条を準用する形をとってしまった︒. 加えて︑﹁殆ンド﹂という表現を使った以上︑﹁権利﹂の場合といえども過失の存しない場合が皆無ではないはずなの. に︑既述した五六六条一項の規定における理解の混乱があり︑常に︵売主無過失でも︶善意の買主は損害賠償請求権. を有するという考えに陥ってしまっている︒この結果︑五六六条自体の立法の誤謬に︑それを準用する理疵担保責任 の立法の誤謬が累加されてしまった︒. 更に梅委員は続ける︒﹁売主ト買主ト其位置ヲ較ベテ見ルトどちらが可哀想デアルカト云フト買主ノ方ハ丸デ知ラ. 六三. ナイ物ヲ買フ売主ノ方ハ自己ノ所有物デアツテ見レバ元来ハ知ッテ居ルベキノデアルカラ多クノ場合二於テハ即チ知 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(12) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 六四. ヘマス﹂︒この文面からは損害賠償の領域において売主に過失のある場合が多いから︑売主に損害賠償を負わせると. ︵盤︶. ラザル過失ガアル夫レデアリマスルカラシテ何ウモ此場合二損害賠償ノ責ガナイ斯ウ致シタノハ穏カデナカラウト考. いう議論をしていることになるが︑それも極めておかしな論理といえる︒売主に過失があれば︑債務不履行法理によ. ればいいわけであり︑逆に売主に過失のない場合をどう考えているのであろうか︵﹁殆ンド﹂という表現を使っては. いるが︑実際には﹁皆無﹂と考えており︑過失のない場合は考えていないのではないか︶︒﹁⁝⁝こういう場合が多い. から﹂という理由では︑そうではない場合は一体どうなるのか︒立法とは︑普編的妥当性を有するものであって始め てなすべきものであろう︒. また︑売主と買主を比べてどちらがかわいそうであるのかという比較をなす際に︑﹁過失﹂概念も持ち出すことが. そもそも誤りであり︑このことが後の学説の理解に多くの混乱をもたらした元凶ともいえよう︒両当事者に帰責事由 ︵器︶ が認められないが︑さていずれに不利益を負わせるのが妥当であろうかという議論においてなら︑このような比較衡. 量も可能となってこよう︒そしてその際に︑﹁多クノ場合モ⁝−知ラザル過失ガアル﹂という理由を挙げるのではな. く︑帰責性のない両当事者を比較して︑目的物を管理領域下に置くことのない買主には不利益は課せられない︒それ ヤ. ヤ. ヤ. に対して売主は︑目的物を支配し︑堰疫の発生を未然に防いだり︑蝦疵に偶然気づいたりすることの可能な場合もあ. るという可能性を有するのであるから︑この際売主に不利益を負わすことにしようという立法根拠を挙げるのなら︑. その立法判断には合理性があるともいえよう︒勿論この議論は両当事者に帰責事由のない場合のものだから︑本来の. 損害賠償に関するものではなく︑帰責性の存否とは無関係に認められる狭義の担保責任︵代金減額︑解除︶に関する ものということになろう︒. ︵忽︶ 危険負担についての理解なら︑右のような考えでよいと思われるが︑毅疵担保責任にあってはより実質的な根拠が.
(13) 介入してくる︒この根拠については第二章で叙述する︒思うに起草者は︑五六六条で代価減少を損害賠償という表現. にしてしまったということもあり︑損害賠償の議論をしていながら︑その脳裏の片隅では︑両当事者に帰責事由がな. い場合︑いずれの当事者に狭義の担保責任を負わせたらいいのかという判断も侵入させ︑その混乱の結果が既述のよ. うな立法趣旨の説明となって現われているのではないだろうか︒起草者の各所の陳述から︑起草者意思が︑合理的な. ものであるとの前提に立って︑今日的視点より推測し︑構成しようという方法では︑真の理解は得られないのではな. いか︒起草者の理解の水準がどの程度のものであり︑どこに理解の混乱や誤謬があるのかということを解明すること. 小. 括. も学問として必要なことではなかろうか︒. 第四節. 以上見てきた法典調査会の質疑応答の中にみられる表現から︑学説は起草者が︑理疵担保責任規定を過失責任と無. 過失責任のいずれと考えていたのかについて判断しようとする︒しかし起草者は文言上︵意識の深層は別として︶. は︑本来の損害賠償に関する問題の中でその議論をもっぱらにしており︑しかも途中で見解を改めた部分もあり︑し. かしその改めた理解もしばらくすると失念してしまい︑また以前の考え方に依拠しつつ︑固有の担保責任︵代金減額︑. 解除︶を何故売主に課するのが妥当かという判断をも︑損害賠償の議論の中に割り込ませてしまった部分もうかがわ れる︒. このような理解の水準とその混乱をみせる起草者見解を一個の完成された理論として構成することは意味のないこ. とであり︑後の時代の者に託された使命は︑起草者の誤まった部分を指摘し︑正しい方向へと構成し直すことであろう︒. 六五. 民法五六三条三項での議論で示されたように本来の損害賠償の請求は︑売主に過失︵正確にいうと帰責事由︶が存 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(14) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 六六. するときに認められるものであり︑その意味で債務不履行法理によるものである︒しかし︑この損害賠償は広義の担. 保責任規定の中で︑しかも買主善意という要件が加わり︑一年の権利行使の期間制限に服するというように広義の担. 保責任範疇において変容を遂げたものとなる︒この変容した損害賠償責任をもとり込んだものを広義の担保責任と呼. ぶならぽ︑狭義︵固有︶の担保責任︵代金減額と契約解除︶こそが︑本来の担保責任といえよう︒. そこで︑法典調査会の審議の内容からは︑固有の担保責任が売主無過失でも認められるものかどうかについては︑. その前面には出てこないが︑五六三条の規定の文言の趣旨説明からすると︑三項の損害賠償の﹁請求ヲ為スルコトヲ ︵25︶. 妨ケス﹂は売主に過失︵帰責事由︶が存する場合に認められ︑一項︑二項の﹁為スコトヲ得﹂というのは︑売主の過. 失︵帰責事由︶に関係なく請求できると考えていたと考えるべきであろう︒﹁担保責任は無過失責任である﹂という のもこの意味で理解されるべきである︒. 数量不足・物の一部滅失の場合の担保責任も︑五六五条が五六三条を準用するので同様に考えるべきことになる. が︑﹁物﹂についての不足︑滅失であることから︑売主の過失が認められるヶースが︑五六三条の場合より多いと思. 占有を内容とする権利が存する場合の担保責任は︑五六六条第一項︑﹁⁝⁝其他ノ場合二於テハ損害賠償ノ請求ノ. われるので︑損害賠償が認められるケースも多くなろう︒. ミヲ為スコトヲ得﹂とあるのを﹁⁝⁝代金減額ノ請求ノミヲ為スコトヲ得﹂と読み換え︑加えて︑五六三条三項に規. 定され︑五六五条がそれを準用する売主有責の場合の損害賠償が︑各担保責任に本質的に共通するものであることか. ら︑それを解釈によって導入するか︑或いは︑五六六条一項の﹁損害賠償﹂の中に︑代金減額と本来の損害賠償の二. つを認め︑代金減額は売主の帰責事由いかんを問わず為すことができ︑損害賠償は売主有責の場合に認められるとい うように解釈するかのいずれかということになろう︒.
(15) この結果︑五六六条を準用する五七〇条の最疵担保責任も︑五六三条︑五六五条︑五六六条の広義の担保責任と同. 様に︑固有の担保責任︵代金減額︑解除︶と本来の損害賠償責任を合わせ持った構造を有することになる︒. 法典調査会・前出注︵1︶二七頁︒. 法典調査会・前出注︵1︶二五頁︒. 法典調査会・前出注︵1︶二五頁︒. 法典調査会・前出注︵1︶二三頁︒. ︵4︶. ︵3︶. 法典調査会・前出注︵1︶二七頁︒. 法典調査会 民法議事速記録四︵商事法務研究会 昭和五九年︶︒. ︵5︶. 数量不足の担保責任に関する立法者意思﹂龍谷法学一九巻四号一一八頁︵昭和六二年︶. ︵1︶. ︵6︶. この箇所は速記が中断しており︑松岡久和﹁資料. 法典調査会・前出注︵1︶二七頁Q. ︵2︶. ︵7︶. ﹁責任はないという﹂趣旨かとする︒. 同旨︑半田吉信. 法典調査会・前出注︵1︶二八頁︒. は︑. ︵8︶. ︵9︶. ︵11︶. 法典調査会・前 出 注 ︵ 1 ︶ 二 九 頁 参 照 ︒. 法典調査会・前出注︵1︶二九頁︒. 法典調査会・前出注︵1︶二九頁・. 六七. 担保責任の再構成︵三嶺書房昭和六一年︶一七頁︒なお︑好美清光﹁判批﹂金融・商事判例六五〇号四八頁︵昭和五七年︶参照︒. ︵10︶. ︵E︶. この﹁解除﹂が︑債務不履行によるものであることを認識している︒. 好美・前出注︵10︶四八頁︒. ︵13︶. ︵M︶. 法典調査会・前出注︵1︶一六頁︒. ︵15︶. ︵16︶. 法典調査会・前出注︵1︶二九頁︒. 法典調査会・前出注︵1︶一六頁︒. 法典調査会・前出注︵1︶七五頁︒. ︵蛇︶. ︵珀︶. ︵B︶. 鍛疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(16) 五八五頁︵有斐閣. 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶ ︵20︶法典調査会・前出注︵1︶七六頁︒. ︵21︶法典調査会・前出注ハー︶七六頁︒ ︵22︶法典調査会・前出注︵1︶七六頁︒. 昭和五ご年︶︒. 無過失損害賠償責任論. 四頁以下︵日本評論社. ︵23︶岡松参太郎. 一⁝貢以下︵昭和六三年︶︒. 昭和二八年︶以下︑加藤雅信﹁売主の暇疵担保責任﹂民法n. ︵25︶同旨︑半田・前出注︵10︶一七頁︑好美・前出注︵10︶四八頁︒. ︵24︶拙稿﹁危険負担法理及び受領遅滞の再構成論︵一と早研四六号. 第二章 学説と私見との比較. 第一節旧来の学説と私見 一︑−法定責任説. 六入. 判例と学説3. 一八. 法定責任説に属するとされている諸説の中にも多少のヴァリエイションはあるが︑その有力な論者であった柚木博 士の説を中心に分析する︒ ︵1︶. 柚木博士は毅疵担保責任を論じるにあたり︑先ず特定物売買という意味を﹁客観的・一般的に不代替性を有する物. であって︑しかも当事者が主観的具体的にその個性に着目した物︑の売買﹂を指すというように独自の定義をする︒. 次に特定物売買における売主の債務と担保責任との関係を捉えて︑以下のように述べる︒﹁売主の債務は︑その特定. した物の所有権を買主に移転することに尽きるものであって︑これが果たされた限り売主の債務は履行されているの. である︒たとえ︑⁝⁝その物にかしがあっても︑⁝⁝売主はこのかしある物を給付すれば︑そこに債務の不履行は存.
(17) しないのである︒⁝⁝売買において債務者に修補義務があるべぎではなく︵信義則の介入ある場合は別として︶︑ま. た物の個性に着目した不代替物の売買である以上︑売主に代物給付義務のあるべきはずもなかろう︒しかし︑売買は. 何分有償契約であって︑物の利用価値と交換価値とに見合うものとして代金が定められているのであるから︑誠実な. 取引の観念に従うときに買主が予定するを当然とするような性質が売買物に欠けていれば︑売主と買主との地位には. 少なくとも権衡を失する状態がもたらされることとなろう︒⁝⁝このように︑かしの不知によって引き起こされた給. 付・反対給付間の不権衡を考えると︑事後において相当の補正を要求するの権利を買主に与えることが衡平に適する ︵2︶. こととなろう︒これが︑売主が無過失にもかかわらず︑隠れたかし自体のゆえに一定の担保責任を課せられるゆえん なのである︒﹂. ここには︑北川教授によって批判されるいわゆる﹁特定物ドグマ﹂がみられる︒柚木博士の見解からは︑売主は容. 易に履行義務から解放されうることになる︒そこで博士は︑この袈疵によってもたらされる不利益を買主に負わせる. ことは妥当でないと考え︑有償契約における誠実取引の理念を考慮すると給付の不均衡を是正することが衡平である. から︑売主に一定の法定無過失責任が課されるものと考える︒つまり︑蝦疵担保責任は﹁有償契約における善意保護 ︵3︶ の要請に基づく法定責任であって︑決してその債務不履行に基づく責任ではない﹂と考え︑その責任の内容を﹁買主 ︵4︶. の信頼保護﹂に求める︒その結果︑この責任は﹁買主がかしを知ったならば被ることがなかったであろう損害﹂とい うことになり︑信頼利益の賠償だと主張する︒. ﹁特定物売買における売主の義務は︑その目的物の所有権を買主に移転することに尽きるのであって︑たとえ目的. 物にかしがあっても売主にはかしなきものを給付すべぎ義務があるのではなく︑したがって特定物売買における売主. 六九. 担保責任なるものは売主の義務不履行の効果なのではなくして︑法律が買主の信頼保護の見地より特に売主に課した 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(18) ︵5︶. 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 七〇. 法定責任である﹂とする柚木説に対しては︑北川教授を中心とする契約責任説の側から批判が加えられたが︑私見で. は︑﹁したがって﹂以下の部分は基本的には正しいと考える︒ただ︑私は売主に﹁毅疵なき物を給付すべき義務﹂を 認めるべきではないかと考える︒. そして︑﹁義務﹂があれば︑常に帰責事由なくして責任を負うというのではなく︑責を負うのはその義務を果たせ. ないことに帰責事由が認められる場合に限定されるべきだと考える︒法定責任説が主張するような︑義務のないとこ. ろに無過失責任が認められ︑逆に義務があれば債務不履行責任となって責任が軽くなるという論理は奇妙なものとい. えよう︒また逆に︑後にみる債務不履行説が主張するように︑義務があれば︑常に無過失責任となるという論理も必. 然性あるものということはできないだろう︒例えば不法行為責任で無過失責任とされる場合を考えると︑工作物責任. にせよ︑他の不法行為と同様に損害を発生させない義務を負っているのであり︑その義務が極めて高度のものである. そこで︑圃有の担保責任において︑売主に帰責事由がないのに一定の責任が課せられるのは︑次のような根拠によ. ため︑立法政策によって無過失責任とされたと考えるべきものであろう︒. るものだと考える︒蝦疵担保における鍛疵には︑客観的堰疵と合意︑性質︵品質︶保証等による主観的毅疵に基づく. ものとの二類型がある︒客観的蝦疵の場合は︑等価交換という商品交換法の大前提たる理念が容易に介入しうる状況. にある︒これは対価の不均衡等によって︑交換秩序を破壊する行為︵不当な利益を得る行為時自己の不利益を他に転. 嫁する行為︶を許さないという公的正義︵社会的秩序維持︶の要請が機能することになるからである︒これに対して. 主観的堰疵の場合には︑当事者間に設定された合意等によって︑客観的理疵と同様の扱いをうけることが可能とな. る︒何故なら主観的毅疵があれば︑合意等に基づいた等価交換が行なわれない状況がもたらされるからである︒. 従って︑毅疵ある物を給付するにつき売主に故意・過失等帰責事由があれば︑当然それは売主の債務不履行責任と.
(19) なるが︑双方に帰責事由がない場合においても︑立法者としては︑社会的公正の見地からして︑どちらに不利益を負. わせるのが社会的妥当性と合理性を有するかという判断を下さねばならない︒そしてその結論は︑この一定の不利益. を帰責事由のない売主に課さねばならないということである︒その結果︑理疵があるため契約の目的が達せられない. 場合には解除︵といっても︑担保責任の解除は︑売主に帰責事由のない場合に認められる解除であるという特殊性が ︵6︶. あり︑この点で債務不履行による解除とは異なる︶プラス原状回復が認められ︑一般的場合には常に代金額の調整 ︵減少︶を認める︒. これが本来の担保責任の本質的性格であるべきであり︑従って拡大損害を含めた損害賠償は︑私見にいう﹁帰責の ︵7︶. 法理﹂たる債務不履行の範疇︵しかし︑広義の担保責任の範疇に捉えられたことにより︑若干の変容は受けている︶ に帰属する︒. ︵8︶. 第一章で見たように︑起草者は︑広義の担保責任の一範疇たる損害賠償責任にあっては︑法典調査会の質疑応答の. ては︑基本的には帰責事由の有無を間わないという考えであったが︑﹁権利ノ全部又ハ一部力他人二属セシ場合︑目. 過程で︑過失責任主義でいくべきだという考えに変更した︒起草者は代金減額︑解除といった本来の担保責任につい. 的物ノ数量力不足セシ場合︑物ノ一部力既二滅失セシ場合︑売買ノ目的物二負担アル場合︑売買ノ目的物二隠レタル ︵9︶. 毅疵アル場合等二於テ売主二担保ノ義務アルナシ故二余ハ之ヲ以テ独立ノ義務トセス権利移転ノ義務中二包含セルモ. ノト認ムルナリ﹂というように担保義務を独立させて認めないことは︑担保責任を無過失責任とすることと矛盾しな い︒. ︵憩︶ 従って︑損害賠償に関する起草者の議論をもとに︑起草者は鍛疵担保責任を債務不履行責任と考えていたとの評価. 七一. がなされることがあるが︑正しい理解とはいえない︒ただそのような評価がなされる原因が︑既にみたように五七〇 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(20) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 七二. 条が準用する五六六条一項の規定において︑﹁代金減額﹂ではなく﹁損害賠償﹂というタームを用い︑しかも﹁損害 ヤ 賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得﹂という規定形式を用いたことに存することは否定できない︒. 私見の立場からは︑起草者が担保責任の根源を権利移転義務︑換言すれば履行義務に置いたことは基本的には正し ︵n︶ いと考える︒こうした義務というものが担保責任の底流にありながらも︑固有の担保責任はその義務から生じるので. はなく︑既述した理由︵社会的公正︑交換秩序維持の要請︶によって︑法定無過失責任とされたとの理論構成が可能 ︵12︶. 民法典制定後間もない頃の学説は︑起草者見解の影響のもとに︑売主の担保責任を不履行責任と考えており︑固有. となるからである︒. の担保責任と広義の担保責任との区別の意識は見られない︒鳩山博士は︑毅疵担保責任を債務不履行責任と考える初 ︵13︶. 期の学説を批判して︑堰疵担保責任は売買の有償契約たる性質︑売買の信用を保護する取引の需要に応じて認められ. た法定責任だという︒しかし︑ここでも担保責任と損害賠償責任との区別はやはりみられず︑﹁善意ノ取引ヲ保護セ ︵14︶. ンガ為メニ認メラレタル特殊ノ結果責任ニシテ其賠償責任ノ範囲二付テハ特別ノ制限ナキガ故二受ケタル損害ト喪ヒ タル利益トヲ包含スルモノト解﹂している︒. ︵15︶. 二︑対価的制限説 ︵16︶. 対価的制限説を主張する勝本博士は︑堰疵担保責任の本質を次のようなものとして把握する︒﹁物の環疵に対する. ︵17︶. 担保責任は︑原始的一部不能に対する責任﹂であり︑﹁原則として︑目的たる物又は権利が特定せるものに就いて発. 生﹂し︑かつそれは無過失責任である︒そして無過失責任の根拠を︑﹁売買の場合に︑知りて告げざりし理疵に対し. ては責任を負ふは当然なるのみならず︑⁝⁝其蝦疵を発見すべきことに対し︑一般の注意義務を負ふ⁝・−蝦疵担保の.
(21) 責任が︑此誠実義務違反としてのみ認められるものであるならば︑特に理疵担保の責任に就いて規定する必要は無. い︒⁝⁝此責任を以て信頼利益の賠償責任と為す所説が存するのであるが︑一般の信頼利益の賠償責任に於ては︑過. 失を以て責任発生要件と為すのであるから︑其理論は右の如き誠実義務違反を理由とする毅疵担保責任の根拠として. は該当する︒然し乍ら︑堰疵担保責任は︑澱疵の発見又は告知につき︑売主に於て何等過失存せざる場合に於ても発. 生する︒民法五七〇条は︑⁝⁝何等過失を以て責任発生要件と為さざるのみならず︑⁝⁝毅疵担保の責任は︑主観的 ︵18︶ 帰責要件とは関係なく︑単に契約の有償性に基づいて認められる衡平責任であるから﹂とする︒. そして︑毅疵担保責任の右のような本質から以下のように結論づける︒﹁目的物が有償的に出損せられることに基. づく衡平責任にありとするならば︑鍛疵担保の責任は︑鍛疵なき目的物の価格を標準とする所の︑絶対的な無限的な. ものであり得ない︒即ち︑此担保責任は︑対価を以て限度とするものと云はねばならぬ︒即ち︑⁝⁝其額は毅疵存す. る物としての実際上の価格と︑買主が支払ふべき代金との差額を標準とする︒唯︑売主につき契約締結上の過失が存. って︑広い意昧に於て︑此場合をも毅疵担保責任の一場合なりとすることは用語上妨げないが︑厳格に云ふときは此. する場合には︑信頼利益を標準とする損害賠健責任が発生する︒其範囲内に於ては毅疵担保責任と競合するわけであ. ︵19︶. 場合は一種の過失責任の理論に基づくものであって︑本来の鍛疵担保責任の場合ではない︒観念上は明白に区別する ものであることを要する︒﹂. この勝本説において初めて︑本来の担保責任と過失︵といっても博士は︑契約締結上の過失のみに限定する︶に基. づく損害賠償責任とが区別される︒そして本来の担保責任が︑過失責任主義に基づく責任でないことから︑限定され たものでなければならず︑目的物の価格を標準とすべきだという認識を既に有している︒. 七三. 法定責任説は︑殺疵担保責任の損害賠償という文言に拘束されながらも︑それでは損害賠償額が不当に拡大したも 堰疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(22) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. ︵20︶. 七四. のとなってしまうのではないかという事実認識のもとに︑いわば妥協的意味合いにおいて︑その不当性を多少なりと. も緩和しようとの意図のもとに信頼利益概念を持ち出してぎたのではないかと私は推測するのだが︑この信頼利益の. 賠償は︑本来の担保責任と過失に基づく損害賠償責任の双方を含めた賠償範囲となるのに対して︑勝本説では︵契約. 締結上の︶過失に基づく損害賠償範囲が信頼利益の賠償となるという相異があり︑こうした点が法定責任説論者から ︵21︶. 批判された原因の一つでもあろう︒ただ︑この勝本理論の基本構造は︑今目の著しく進展をみせている堰疵担保責任 理論への土台を提供したともいえる功績は高く評価できよう︒ 三︑債務不履行説︵契約責任説︶. 五十嵐教授は比較法的考察に基づき︑毅疵担保責任は次第にその適用範囲を拡大して債務不履行との限界を消滅さ. せているのではないかという視角から︑優務不履行責任説を提唱する︒﹁・ーマ法以来の濃疵担保の救済争段である. 代金減額︵ρま昌菖ぎ蔚︶と解除︵器爵置8ユ帥︶は︑大陸法上いぜんとして姿をとどめている︒しかし︑袈疵担保. による解除の性質は︑債務不履行による契約解除と一致せんとする方向にあり︑解除とともに損害賠償の請求も認め ︵22︶ られるようになった︒﹂という︒. ︵23︶. そして︑このように﹁毅疵担保責任の内容を一般的な債務不履行責任のそれと共通に取り扱うという態度は︑わが. 民法の立法者が世界に先演けてすでにとっている立場である︒﹂と理解し︑旧民法がフラソス民法にならって︑﹁理疵 ︵24︶. 担保責任として売買廃却訴権と代価減少権を認めたほか︑売主悪意のとぎのみ損害賠償を認めていた︵財産取得編九. 五・九六︶︒﹂のを︑現民法の制定に際して︑立法者によって﹁代金減額を本来の理疵担保の場合には削除し︑解除と. 損害賠償のみを認め⁝⁝この解除︵用語も変わった︶についても損害賠償についても︑一般的規定をそのまま適用で.
(23) ︵25︶. きるものとされた﹂ことを極めて卓見であったと評価する︒教授は﹁近代法典がいずれも契約違反に対し法定解除権 ︵26︶ を認めるに至った今日では︑毅疵担保の解除の特殊性はもはや存在しないといわなければならない︒﹂そして︑﹁世界. の大勢は解除の制限に向かって進んでいると断ずることはできないようである︒⁝⁝解除を︑契約を為した目的を達. することのできない場合に限ったわが民法の規定は︑旧民法以来のものではあるが︵財産取得編九五・九六︶︑理疵 ︵27︶ 担保制度として合理的であるか否か︑なお疑いの存するところであろう︒﹂という︒. これに対して︑私見では︑法定解除には︑被解除者の帰責事由が必要なもの︵履行遅滞︑履行不能︑不完全履行︶. と︑他の理由で認められるもの︵事情変更の原則による解除︑解約手附の解除等︶があると考える︒そして︑本来の. 担保責任︵代金減額︑解除︶は売主の帰責事由を問わず認められるものであるから︑一般の債務不履行の解除とは性. 格を異にし︑債務不履行による解除よりも要件が厳しい︵民法五六三条二項︑五六六条一項参照︶と解すべきだと考 える︒. 五十嵐教授は︑理疵担保責任を債務不履行責任と把握するので︑置務不履行につぎ過失責任主義を採用する日本民 ︵28︶. 法では︑無過失責任主義をとる堰疵担保とは両立しないのではないかという疑問が生じるが︑﹁贋務不履行における. 過失主義の原則を問題とすることによって解決の道を見出すべきであろう︒﹂とされる︒星野教授もこうした考えを ︵29︶. 主張するが︑これに対しては﹁鍛疵担保責任の領域での一定の主張をするために民法全体に関わる制度︑法概念︑あ. るいは法常識の再検討を必要とするというのは︑おかしいのではあるまいか︒﹂と批判される︒だが︑本来の損害賠. 償のみが︑債務不履行法理に服するという私見では︑債務不履行に随伴するこのような問題は生じない︒この点か. 七五. ら︑債務不履行責任説の誤まりが︑固有の担保責任をも本来の損害賠償の中に取り込んで無過失責任とすることにあ ったと断ずることがでぎるのではないだろうか︒ 蝦疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(24) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 七六. 同じく債務不履行説を主張する北川教授の最大の功績は︑特定物ドグマを否定したことにある︒教授は次のように. 主張する︒﹁原始的澱疵すべてが原始的不能でないことはいうまでもないが︑治癒不能な蝦疵に限定するとして︑⁝⁝ ヤ. ヤ. ヤ. 毅疵担保を原始的不能の例外則と考えれば不都合はない︒原始的不能論を援用することは︑契約が無効となるから給. 付義務なしとすることを意味し︑給付義務の存否という要件の問題に︑効果を規制する不能論を論理的に結合すると. いう結果となっている︒⁝⁝理論的に︑給付をまったく対象的に理解する立場を前提とすれぽ︑特定物売買で純粋に. 外面的なものをこえた給付・履行概念をもちこむことは不可能であろう︒まさに︑⁝⁝この特定物の供給に給付義務. はつぎるのである︒しかし︑給付が対象的・即物的にのみ思惟されるのでなしに︑当事者が目的とした結果から把握. されうるとすれば︑自ら結論はことなる︒つまり特定物の給付義務で︑﹃あるがままの状態で義務を負う﹄ことが唯. 一の可能な構成でなしに︑﹃あるべき状態で義務を負う﹄との構成にも立ちうるのである︒これは︑給付の可能性を. ω&窪の裏打ちとしない理論に帰着する︒したがってかかる立場が可能である限り論理的不能説も絶対的な論理と ︵30︶ はいえず事は合目的・法政策的な考慮からの構成の問題となる︒﹂. 思うに︑法定責任説論者が主張するような︑たとえ堰疵があるものでも︑不代替的特定物はそれ以外に給付すべき. ものがないから︑完全物給付義務はないという論理には飛躍があるのではないだろうか︒義務があることと現実に給. 付ができないこととは必然的な関連はないのではなかろうか︒先ず︑義務はあると捉え︑給付ができない場合におい. て︑義務者に帰責事由がなければ債務不履行とはならず︑帰責事由が認められれば債務不履行となるという構成が最. も合理性を有する論理だと思われる︒ ︵31︶ このような理論構成をする学説は殆んどないのだが︑その原因の一つは︑民法四八三条︑即ち︑﹁債権ノ目的力特. 定物ノ引渡ナルトキハ弁済者ハ其引渡ヲ為スヘキ時ノ現状ニテ其物ヲ引渡スコトヲ要ス﹂の規定にあると思われる︒.
(25) この規定はフラソス民法一二四五条︑﹁特定物8もω︒醇富ぎ9象けR含まの債務者は︑引渡時の現状における物 ︵32︶. ︵33︶. の引渡し器邑器よって解放される︒ただし︑それについて生じた段損が賃務者の行為又は過失から生じたのでも︑ ヤ. ヤ. 債務者が遅滞になかったことを条件とする︒﹂に連らなるものだとされている︒確かにフランス民法の規定では︑現. 状引渡で債務を免れるという趣旨だが︑日本民法では﹁引渡スコトヲ要ス﹂とあり︑この﹁要ス﹂という文言を使用. する他の箇所との比較においてみても︑これは現状にて引渡すことが必要であるという必要条件を示しているのにす. であって︑﹁債務者が履行期の現状で特定物を引き渡せば履行義務を尽くしたことになり義務から解放される︒﹂とい. ぎないと解すべきではなかろうか︒つまり︑この規定は︑目的物に対して不当な変改等を許さないという趣旨の規定. うところまで意味するものとみるべきではないのではなかろうか︒. 私は第一章で述べたように︑特定物の場合にも完全物給付義務というものを認めるが︑完全物を現実に給付できな. いからといって︑常に債務不履行になるとは考えない︒給付義務者に帰責事由が認められる場合に債務不履行となる. と考える︒そして︑給付義務者に主として帰責性のない場合に適用になるのが狭義の担保責任の規定だと考える︒た. だ︑不特定物の場合には︑全商品に共通の殺疵があって︑その責任はもっぱら製造者にあり︑売主には帰責性はない ヤ. ヤ. め. と解すべき場合等を除き︑殆んどの場合が帰責事由有とみられて債務不履行となる︒従来︑法定責任説の立場からの. 主張︑即ち︑特定物は毅疵担保の規定︑不特定物は債務不履行の規定が適用になるとのドグマは︑実は︑このような. 現実における現象面を捉えての判断であり︑理論としてそうなるというべきものではなかったのである︒. 同様に債務不履行説に立つ星野教授は︑特定物旺堰疵担保︑不特定物闘不完全履行というシェーマに対して疑問を. 呈し︑﹁代替物である特定物売買において︑買主が店先で﹃これをくれ﹄といった場合と︑電話や手紙で︑ある種︑. 七七. ある型のものを一つくれといった場合とで︑売主買主の権利義務関係が非常に異なるというのは︑通常は︑その種類 鍛疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(26) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九入九︶. 七八. の物を買うという意思を示したものにすぎず︑ただ実際どれかを運ばせたり自ら持ってゆく必要上その一つを指示し. たのに止まるのではないだろうか︒−⁝不代替物である特定物においても︑代価との見合いにおいて通常その価格の. 物が有するていどの性能・品質は具えていることを買主も予想し︑売主もそれを給付する義務を負っていると考えら. れているのではないか︒家屋の売買で︑思わぬ所の根太が腐っていて代価との均衡を失した場合でも︑売主が売主と ︵34︶. しての義務を果たしたと考えられているのであろうか︒上の立言は︑少なくとも売買の常識に反するといえるのでは. なかろうか︒﹂と述べ︑売主の完全物給付義務を認めるべぎだとする︒そして︑履行利益との区別の不明瞭な信頼利 ︵35︶. 益概念を否定し︑民法四一六条を適用︵類推適用︶して︑﹁毅疵ある物の給付と相当因果関係に立つ損害﹂を賠償す. 教授は結論として︑以下のような構成を示す︒﹁鍛疵担保責任を債務不履行責任と構成する︒売主は︑売買代金に. べきだと主張する︒. 見合うていどの︑合意された目的物を給付する債務を負う︒このことは︑売買の目的物が特定物・不特定物である. と︑代替物・不代替物であることを問わない︒⁝⁝したがって︑売買において︑給付された目的物に椴疵すなわち物. 質的な不完全さが存する場合には︑目的物の種類を問わず︑売主は債務不履行上の責任と濃疵担保による責任とを負. う︒このさい︑毅疵担保に関する規定が売買についての特則である︒故に両者が抵触する場合は︑後者が適用され︑. ︵36︶. そこに規定のない事項に関して︑優務不履行すなわち不完全履行に関する規定ないし考え方が適用されることにな る︒﹂. 星野説では︑﹁給付する債務﹂にはただ不可抗力による免責があるだけで︑帰責事由がない場合というのが認めら. れていないが︑私は売主に帰責事由がないという場合︵殊に特定物の場合︶の余地を認める︒教授の理論では︑堰疵. 担保責任と債務不履行責任は競合する場合が生じ︑その場合は鍛疵担保責任が優先適用されることになるが︑私見.
(27) ︵統一構成理論ー第四章参照︶では︑売主に帰責事由が認められる場合にのみ債務不履行責任が認められる︒他. 方︑売主に帰責事由のない場合には︑買主は債務不履行責任を追求できないことになるので︑本来の蝦疵担保責任 ︵37︶. ︵代金減額︑解除︶の請求しかできない︒. このように債務不履行責任説に立つ学説と私見との根本的な相異は︑私見が完全物給付義務を一般の債務不履行法. 理の中に捉え︑本来の損害賠償責任を無過失損害賠償責任とは捉えず︑無過失で認められる責任は︑固有の担保責任. 最近の学説︵代金減額説或いは二分説︶と私見. に限定されると考えるところにある︒. 第二節. 毅疵担保責任の領域においては︑法定責任説と契約責任説との対立︑それに対価的制限説が少数説として存在する. て押し寄せ︑次第に確固たる新しい流れを形成しつつある︒私見もこの流れの末端に位置づけうると思われるが︑こ. という状況が暫く続いていたが︑近年こうした膠着の殻を破る胎動が始まり︑その動きは次第に大きなうねりとなっ の中からいくつかの重要な学説を取り上げて︑私見との対比を試みたい︒. 一︑加藤説. すなわち︑目的物の性状・機能ーに関する合意も︑契約籏務の内容をなすことを意. 加藤雅信教授は︑法定責任説と債務不履行説を否定して︑次のように主張する︒﹁特定物のドグマを否定すること. は︑目的物が堰疵なきこと. 昧する︒したがって︑目的物に澱疵があった場合に︑それは債務不履行となり︑損害賠償債務に転化することになろ. 七九. う︒しかし︑それは特別な理由がないかぎり︑通常の契約債務の不履行に基づく損害賠償債務なのであり︑それ以上 蝦疵担保責任の統噺構成理論︵石崎泰雄︶.
(28) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 八○. のものでもそれ以下のものでもないはずである︒要件としては︑他の場合と同様︑債務者の帰責事由が必要であり︑ ︵38︶. 効果としては︑他の場合と同様︑履行利益が賠償されることになる︒これが︑特定物のドグマを否定することの論理 的な帰結である︒﹂. 正しく主張の通りであり︑この部分は私見と全く一致する︒そして︑﹁契約で当初予定されていた性状を確保する. ことが︑売主の修補行為等を顧慮してもなお不可能な場合がある︒このとき︑売主に帰責事由があれば前述したよう. に債務不履行責任が生ずる︒しかし︑売主に帰責事由がない場合には︑目的物の性状に関する債務は不能によって消. 滅する︒⁝⁝両当事者間の利害の調整は︑反対債権である代金債権が消滅するか否か︑という危険負担の問題として ︵39︶. 私は︑危険負担について︑両当事者に帰責事由の存しない場合に機能するのが本来の危険負担の法理だと考える︒. 処理されることにな る ︒ ﹂ と い う ︒. その点は加藤説も同様ではないかと思う︒鍛疵担保責任において︑代金減額だけが規定されているとすれば︑危険負. ︵41︶. 担の論理だけで処理することも不可能というわけではないが︑毅疵担保責任には解除の手段も存する︒そこで︑むし ︵40︶ ろ︑危険負担と矛盾しない規定であるところのより詳細な担保責任の規定が︑危険負担とは別のより実質的な根拠を も伴って︑設定されたものと考えるべきであろう︒. 二︑三宅説. 三宅教授は特定物売買に関し︑基本的には法定責任説を支持するが︑﹁その物の通常の使用に適せずしかもそれが. 隠れているという隠れた毅疵がある場合︑売主が堰疵と知ると否とを問わず︑買主がこのような毅疵がないとの期待. を重要な動機︵契約の基礎・前提︶として買うことは︑売主も予期すべきだから買主の動機を顧慮するのが相当であ.
(29) ︵42︶. る︒﹂とし︑これは専ら買主の動機の顧慮に基づく救済であるから︑売主の損害賠償責任を問題とする余地はないと ヤ. ヤ. ヤ. いう︒そして︑﹁特定物の性質が内心の期待に反し︑毅疵があったというだけで︑すなわち専ら自己の動機錯誤を理 ヤ. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵娼︶. 由として︑損害賠償を請求する根拠はない︒⁝⁝売主が堰疵を知りながら買主に告げず︑または理疵がないと保証し. た場合に限り︑詐欺的悪意または損害担保の効果意思が損害賠償の原因となる︒﹂とし︑損害賠償を債務不履行責任 の範疇に捉える構造とは異なった構成を示す︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 他方種類物売買においては︑売主が契約内容に適合しない履行をすることは債務不履行だと捉え︑﹁不完全履行の ︑︑. ︑︑. ︵44︶. 場合には︑買主は︑完全履行を請求するか︑この権利を放棄し︑不完全履行自体を理由として契約の解除または代金 減額を要求するかを︑選択することができる︒﹂という︒. 私見では︑理論的には︑種類物売買の場合にただ不完全物を給付したという事実だけでは︑必ずしも債務不履行と. なるとは考えない︒確かに︑種類物にあっては殆んどの場合︑売主に帰責事由があると思われるが︑既述したよう に︑売主に帰責事由がないと考えるべき場合の余地を残すべきだと考える︒ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. そして︑不完全履行の場合に完全履行の請求をすることが︑履行遅滞の場合のいわゆる﹁催告﹂に相当すると考え. る︒つまり︑売主にも︑契約履行の機会を与えるべきものと考える︒そこで︑不完全履行自体を理由として契約の解. 除ができるのは︑完全履行の請求をしても無意味な場合に限られてくる︒また︑完全履行請求権を放棄して代金減額. の請求をすることは可能だが︑代金減額は不完全履行によるものではなく︑規定の存する固有の担保責任の規定が適. 八一. 用になると考えるべぎであろう︒従って︑この堰疵担保による代金減額を請求した際には︑完全履行請求権を放棄し ︵45︶ たとみなせることもあって︑本来の損害賠償請求権を放棄したとされる場合が多くなると思われる︒. 鍛疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(30) 阜稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 三︑好美説. 八二. 判例評釈︵最判昭和五七年一月二一日︶の中において︑とりわけ鋭い分析と新理論構成を提起したのが好美教授で ある︒. 教授は起草者意思を探り︑﹁民法五六五条・五六三条三項の損害賠償請求権は︑両条所定の要件が具備していれば. 当然に生じるとする趣旨ではなく︑売主の過失など民法の一般理論で損害賠償の要件が具備しているときには︑代金. 減額請求や解除をしても︑それとあわせて損害賠償の請求をすることも﹁妨ケス﹂ということを念のために規定した ︵46︶. にすぎない⁝⁝あたかも︑五四五条三項で解除とそれに基づく原状回復請求が︑なお﹃損害賠償ノ請求ヲ妨ケス﹄と. そして︑これを毅瘍担保責任の議論に展開し︑五七〇条が準用する五六六条の﹁損害賠償には︑五六三条︑五六五. されているのと同じである︒﹂ということを明らかにする︒. 条との斉合性と起草の意図からして︑過失を間わない代金減額的なものと︑それではカパーできない損害について. の︑五六三条三項も指示する民法の一般理論で決せられる損害賠償一般とが併存していなければならず︑そして両者. ︵48︶. はその機能を異にするから︑おのずと異なった運用がされなけれぼならなかったはずである︒⁝⁝まさにこの同条に ︵々︶ ついての起草者の不透明さが︑その後の諸説の混乱を惹起させた大ぎな原因だと思われる︒﹂と指摘し︑以下のような 理論構成の枠組を提示する︒. ﹁⑧有償契約の対価的均衡の回復をはかるための︑売主の過失を問わない代金減額請求的なもの︵および全部解除. による原状回復︶と︑⑥これをこえる損害についての︑一般に売主の有過失を要件とする損害賠償法一般を確認的に. 規定したにすぎないものとを︑思い切って分化し︑類型的に検討すべきであろう︒さらに︑⑥知っていた買主のた. め︑その他必要な諸場合のために︑どこまでどのような保証ないし特約によってどのような損害賠償を認めるべぎか.
(31) ︵姐︶ の精緻な作業も要求される︒﹂. そして従来の諸説に対して﹁いずれも相異なる前述の諸場合ないし諸機能のものを一括して五七〇条の固有の担保 ︵50︶ 責任の効果として統一的に把握しようとするため︑どこかで擬制や無理を強いられており︑説得力を欠いている︒﹂ と批判する︒. 極めて妥当な分析であり︑私の理論もこの分析を基礎とし︑それを更に発展させたものである︒なお︑私見の理論 構成は本稿全体を通して展開されるが︑第四章で整理した形で示す︒. 四︑円谷説. 円谷助教授は︑民法制定当時における堰疵担保責任についての起草者意思を︑﹁原始的一部不能と評価できる毅疵 ︵51︶ ︵換言すれば︑契約成立前に存在した理疵︶という危険に対する危険負担的処理制度と考えていた﹂と判断し︑加藤 ︵雅︶説を支持する が ︑ 特 定 物 ド グ マ は 否 定 し な い ︒ ︵52︶. そして﹁契約成立を基準として︑契約成立前の隠れた毅疵という危険に対処する制度月堰疵担保制度︑契約成立後 の危険に対する処理制度U危険負担制度﹂とみて︑代金減額︵的損害賠償︶説を支持する︒ ︵53︶. 売主に帰責事由のある場合には︑﹁買主は代金減額請求だけでなく︑損害賠償をも請求することができると解すべ ︵54︶. きである︒この場合の損害賠償の範囲を信頼利益と考える必然性はない︒﹂とし︑更に保証の効果を暇疵担保責任の ︵55︶. 枠外に置き︑﹁責二帰スヘキ事由﹂とは﹁故意と過失だけを含むのではなく︑売主による保証あるいは保証的な約束 も 含まれると考える ︒ ﹂ と い う ︒. 八三. 売主の帰責事由の有無によって処理を異にするという視点は私見と同一の基盤に立つものである︒私見との相異点 理疵担保責任の統一構成理論︵石崎泰雄︶.
(32) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 八四. は︑円谷説が特定物ドグマを認める点︑契約成立時を基準にして危険負担と殻疵担保制度を分ける点にある︒なお︑. 私見では︑危険負担引渡時説を採るので︑引渡時まで売主が危険を負担する︒そこで︑固有の担保責任の規定が存在 ︵56︶. し︑それによって︑売主の責任が一定の範囲で認められることになる︒従って︑危険負担︑鍛疵担保責任の鍛疵存否 の基準時はいずれも危険移転時︵引渡時︶とみる︒. また︑円谷助教授は保証を理疵担保責任の枠内から枠外に置くと改説されたが︑私見では︑保証も主観的最疵の場. 合に含められ︑広義の担保責任︑即ち若干修正を受けた債務不履行責任に支配され︑通常は保証のある場合には帰責. 事由有とされる場合が殆んどであろうが︑固有の担保責任の範囲に含めうる場合には︑保証の意思解釈によって売主. ︵57︶. ︵58︶. 無過失でも責任を負うとする︒その意味では︑保証といえども︑狭義の環疵担保責任に服することもある︒. 五︑半田説. 故柚木博士の﹁売主環疵担保責任の研究﹂に続く研究書と評される半田助教授の労作︑﹁担保責任の再構成﹂は担. 保責任全般にわたって︑しかも英米法︑国際動産売買法をも含めた比較法的な視座からの分析をも織り込み︑最近の. 学説︑即ち︑理疵による減価それ自体の損害は︑固有の担保責任に属し︑売主の主観的要件を問うことなく認めら ︵弱︶ れ︑本来の損害賠償は不完全履行責任の領域に属し︑売主の帰責事由を必要とするという﹁二分説﹂の立場から︑再 構成理論を展開する︒. 半田助教授は起草者見解を探り︑﹁売主に過失がある場合は損害賠償義務を負うが︑過失のない場合は負担しない︒. これに反してこの場合に認められる解除権及び代金減額請求権については︑起草者は自覚的に議論を展開していない ︵60︶ が︑損害賠償に関する右の記述との対比から売主の過失を要件としていなかったとみるのが妥当である︒﹂と判断する︒.
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