Komazawa University
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S
α
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α
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わ
ψ
ゴ
rgya
cher
hgrel
Pa
解 説
お よ び和 訳
袴
谷
憲
昭
解 説
こ こに 紹 介する
SathS
rgr,asgt
’sobolPi
rgyα cher
ケ
grel
P
αi) (STsG
,r
最勝 なる仏に 関する詳 解』) は, チ ベ ッ ト仏 教 初 期伝
播
時 代 (sitadar
)の 大 翻 訳 官Ye
Ses
sde の 著
作
と し て 伝え られ る小篇
で あるc,以 下 , こ の 小篇を 紹 介 す るに 必 要 な事 項を選び , 簡 挙な解 説を試み たい 。著者
STsG
の 著 者Ye
ges
sde2 ) が ,八 世紀
後 半よ り急速 に 進 展 した チ ベ ッ ト の 仏 典翻 訳 事 業に お い て ,Jinamitra
,Silendrabodhi
な どと共に , 質 量 とも 尨 大 な仏 典の 翻 訳に 参画 し た 重 要な 人物であ っ た こ とは, 目録等
3)に お い て 夙に 知 られ る とこ ろ で あ る。 彼は , イ ン ド側仏 教の 最 初の 本 格的導入者で あ る§
互n・tarakSita
の 弟 子 とい わ れ,Kamala
忌ila
と ほ ぼ 同時 代の 後 輩 と推 定 さ れ て いる4) 。 そ の 彼が 自ら著
作
した もの と して現
チ ベ ッ ト大蔵経
に収
録さ れてい る もの は, 当のSTsG
を含め 三点を数え る 5) 。 い ずれ も小品 な が ら, 当時の チ ベ ッ ト仏 教の 実 状を直 接 見 聞 し た もの の 記録 と して 極め て 重 要な もの で ある。事
実,彼
の 著作の 一つ で あるITa
∂α勿
lehy
αd
Pa
r (TKh
,r
見解の 区別』)は, か よ うな意 味 1)P
版,No
.5848
,Cho
,269b7
−− 274ai :D
版 ,No
.4361 ,Jo
, 228bi −・−231b6 。冒 頭には
Saths
rgyas gtso ∂o加 rgya cherllgrel
Pa
な る 題名 が 掲げ られるが,1
結尾には ‘‘
Saits
rg ),as gtso わo加 葬
Lra
i’gya
cherllgrel
Pa
bod
々yゴlo
tsaba
Shah
Ye
Ses
sdes mdsadPa
rdsogs so 〃”とあ り, 題 名 中に
ti
k
且なる サ ソ ス ク リッ ト音写が 加 え られて い る。 題 名の意 昧に つ い ては後に言 及 す。
2) 通 常 こ の 名称に
Shah
が 冠 さ れる。 上註所 引の colophon 参照。Shah
が具 体的になにを 表わ すか 筆者未詳.
3
) 東北お よび大 谷 目録の別 冊 あるい は巻 末の索 引に よっ て, 容易に彼の 訳出仏 典を検索で きる が, さ らに便 利な もの と して,
Shyuki
Yoshimura ,‘ ‘
Tibetan
translators
of the
Tri
−Pitaka
− −in
the Derge edition − ”(芳村 『イ ン ド大乗 仏教 思想研 究』 所
収 ), pp .
88
−
90
,
Ye
ges
sde (Shah
)の項を見よ。 彼が協 力し た イ ン ド側 翻訳 者 名も 同 時に 分 る 点で 至 便。
4
) 芳村 前掲 書, P .180
お よ び P .217 参照。5)
P
版 ,Nos .5846 , 5847, 5848 : D 版 ,Nos
.4359
,4360
,4361
.1
Komazawa University
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に お い て, 断 片
的
に で は ある が, 現今
の 学者
に よっ て 既に紹 介 言及 され てい る6)
。
チ ベ
ッ ト の
後
代の 学f
曽1Cah
skyaRol
pahi
rdo rje (1717
−1786
) も 彼に つい て
次
の よ うに言 及 し て い る。大学 者
S5ntarak
$ita
(mkhan cheShi
ba
htsho
)は聖Nag
言rjuna (hPhags
pa
Klu
)に 追 従す る 大 流儀 (動 rta chenPo
)で あるの は い うまで もない こ とで あるから, 〔チ ベ ッ ト の 〕当時の 見解は Nagarjuna の 規 定で ある 見 解 よ り逸 脱 し た もの で は
ない 。
SantarakSita
とPadmasarpbhava
(mkhan stob )お二 方の弟 子で ある 大翻訳官 (
lo
tstshaba
chenPo
)Ye
6es
sde のr
見解の忘 備 録 (ITa
加 膨 うがθ4
byah
=TKh
)T)』に よっ て も, 〔§antarak §
ita
は〕Nagarjuna
の 規定を 主 要 と な し給い, ま たそ れ (= =
TKh
)に よ 吟,て も 〔彼は〕 瑜 伽行 中観 自 立派 (rNalhbyor
spyod pabidbu
ma rah rgyud
pa
)の規定どお りに な した と思わ れるの で ある8)。こ の 記 述は,
§
antarak
$ita
がNagarjuna
の 流 儀を 柑 承 し, し か も瑜伽
行 中観 自立 派に 属 す もの で あっ た こ とを
確 証
する た め に , そ の 弟 子た るYe
Ses
sdeの
TKh
を 重要な論 拠 と な した こ と を 示 して い る。 今に 伝 え られ るTKh
に おい て は , 論 師
Bhavya
が経 量:部 中観 (mDo sdepabi
dbu
ma ), 論 師Santarak
・
$
ita
が瑜 伽行 中観
(rNalbbyor
spyodpabi
dbu
ma ) と呼称
さ れ るの み 9)で, 自
立派 (
Rafi
rgyudpa
)お よ び これ と対に 使用 さ れ る帰謬派 (Thal
gyur pa )の 呼称は認め られ ない の で,
§
盃ntarak $ita
が瑜 伽 行中観 自立 派に 属 し た とする記 述 に 対 して は ,Tsoh
kha
pa
以 降の チ ベ ッ ト仏 教 史観 を充
分考慮
して 評 価 しな け ればな らない 1°)が ,7
“Kh
が初期 伝播
時代 の チ ベ ッ ト仏 教を 証 言 する有
力な典 拠 と し て用い られ てい るこ とに は 充 分 注 目 して よ い 。当 時 の チ ベ ッ ト仏 教 の 実 状を 知 るために は, 一応 後 代の 評 価11)を
離
れ て , 当時6
)芳村 前掲 書 ;上 山大 峻 「大蕃国大 徳三蔵 法 師 沙 門 法 成 の 研 究 (ド)」 (
r
東 方 学報』京 都 ,第 39 冊 昭 和
43
年), PP .193
−199
;
Yoshiro
Imaeda
,‘ ‘Documents
tib6tains de Touen −houang concernant le concil du
Tibet
’t,ノournalAsiatiqtte
(
1975
),pp
.132
−133
.7
)周 知の よう に,
TKIt
の 冒頭は, その 著 作 動 機と して , 見 解の区 別 ・三 乗 ・三 身などにつ い て 忘備 録 とし て作 ら れ た もの (∂ア知4byah
du
byas
P
α) で ある旨を記す。こ の 事情を踏ま えて,
TKh
をか く呼 称 した もの。ち なみ に,TKh
はその最 初の主題が 題 名 と して 選 ば れた わけで ある が, こ の 意味で
TKh
が著 作 全 体の 内容を 包括 する 題 名で あ る とは言い 難い。8)
東大 蔵外 冖録, No .
93
, Grubpabi
mthalpi rnampar
bshag 加 ,Kha
, 13bL
14a1
.9
)7
’Kh
,P
版 ,Cho
,
252bi
”2 :“
atsa
rya Bha
byas
mdsadpa
la ni InDo sDepabi
dbu
rnashes
btags
/atsa
rya
§
a
ntara
k
$i
tasmdsad
pa
la
nirNal
bbyor
spyod pabidbu
ma shesbtags
so 〃”.
10
)考慮 すべ ぎ問題 点の指摘に つ い て は, 佐藤道 郎 「
Prasabgika
の軌跡」(『日本 西蔵学 会々 報』第
22
号 ),PP
.1
−3
参 照 。 な お中観派に 関 する チ ベ ッ ト伝承につ い て は,甚だ 雑把なもの であるが拙 稿 「中 観派に 関 するチ ベ ッ ト の 伝承」(
r
三蔵』117
) 参照 。11
) ご く最 近の もの を 例に とっ て い う と, た とえ ばY
.Imaeda
, op . cit ・,P
・133
で は 2 N工 工一Eleotronio LibraryKomazawa University
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の 人の
手
に な るi
著作
全 体を着
実に 検 討 して み る必 要が ある。 そ うい っ た 意 味で は,Ye
ges
sde の み な らず
,他
にdPal
brtsegs
な どの 著 作 も合わせ て考 察 されねば な らない t2)が , 現 時 点で 筆者は, この 方面に 実
質
的 素 養を欠 くの を遺 憾 とする 。 し か し,STsG
を取上 げた の は,Ye
§es sde の こ の 小篇
を手 懸
りと し て , 筆 者自
身こ の方
面に関す
る 不 備を補 っ て い く必 要 を 感 じた か らに ほ かな らない 。 時 間 的 余 裕 もな く不備
は百 も承 知の うえで あるが, 今後
に 期す る とこ ろが あ るの で 忌憚
の ない 御 教示 を給わ り た い 。題
名
S
TsG
なる題 名に つ い て は多
少の 説 明を要 す る で あろ う。 こ の 題 名は,冒頭で は
S
α浴 rgyasgtSO
bohi
rgyα cherhgrel
Pa
, 結尾 で は ∫α浴 rgyasgtso
うo勿
距 々δ rgya cherkgrel
P
α とし て示 さ れ前 後一 致 しない 1s)が,tik
訌が rgya cher
hgrel
Pa
と同 格で あ る と み れ ぽ,後者
は そ こ に サ ン ス ク リ ッ トを挿
入 し た だけで あ り, 今は さ し て 重要な 問題と は な らない 。 注 意 し た い の は ,STsG
が 註釈 と銘打
つ か らに は, い か な る本 文の 註 釈で あっ た か とい うこ と で あ る。 さ もな くば, 註釈 とは 名ぽか り で あっ た か 。 そ こ で , S覦 S rgyasgtSO
bo
が 一体な に を 意味 して い たか が重要な問 題 と な っ て くる。ち なみ に , チ ベ ッ ト大
蔵
経の 東北お よび 大谷 目録に よれ ば14 ), い ずれ に お い て も 『仏 身 広 註』 な る訳 名が与 え られて い る。 こ の 訳名は , 同N
録 中で, 対 応 すべ きサ ン ス ク リッ ト題 名 とし て並 記 され てい る β忽 肋 配吻 碑 航 とは適 合 す る か も しれ ない が, チ ベ ッ ト原 題その もの と一 致 し て い る とは 言い 難 い 。 す な わ ち,buddhatman
か ら「
仏身 」
とい う理 解を導 くこ とは で きて も, sα浴 rgyasgtso
bo
自体
か らその よ うな了解
を 取付け るこ と は極め て 困難なの で ある。 し か らぽ, こ れを あ えて 「仏身 」 と訳 し た 積極 的根 拠が他に 存 し た か とい え ば ,決し て そ の よ うな背 景が あ っ た とは 思え ない 。題 名の ご と く, 虚心 に 註 釈で ある とい う立 場か ら
S
TsG
を読
む な ら ば, 一・読 し て , なに か 具体的 本
女 が 註 釈 され てい る様
が 明 白 とな ろ う。 そ の 具体 的 本 文は, 引用の 通例 に慣い ,‘ ‘ ...ceshbyuh
ba
,” , ‘ ‘ ...cesbya
ba
y
ヵba
,, , ‘ ‘ ...ces 自立 派 ・帰 謬 派の 区 別が 「イン 1・ ー の 伝承に よっ て (d
’apr6s la tradition indienne )」
自 明の こ と とし て 語 られ, 従っ て前 者に 属す
SantarakSita
,KamalaSila
の学系 (1a
branche
Sv
翫antrika 註Iaquell
appartenaientgantrakSita
etKamalagila
) も まる で 事実で あ っ た か の よ うに 記述さ れ る。 しか し, la tradition
indienne
は 自 明 なこ とで は な く, む しろチ ベ ッ ト後 代の 伝承か もしれ ない の である。 とに か く, こ の よ
うな曖昧 な 学系上に
Santarak
寧ita
−− Kamalagila − Ye6es
sde を 位 置づ ける 観 点 を一応除 外 して か か ら ねばな ら ない 。12
) 山 口瑞鳳先生 よ り, こ の 方面に 関し,dPal
brtsegs
の もの , さ らに は , s.tVa
tsJ!logs (雑部 ,
P
版で はAb
tsltar
)所 収の 種々 の 著作を配慮す る よ うに との御 教示 を 受 け たが, 時 間が な く本稿で は せ っ か くの 御教 示を活 しきれなか っ た.− 13) 前 註 1 参照の こ と。14
) 東 北 目 録 P .671
,No
.4361
, 大 谷 目録, P .830
,No
.5848
下の 記 載事項参照。3
N工 工一Eleotronlo LlbraryKomazawa University
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P
α ” な どで 示さ れ て い る。 今, こ の 箇 所を抜
粋 し て提
示す る と次
の ご と くで ある。
(
1
)1s
覦 s rgyaSgtso
1
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9
召脚
観 cゐ6 〔」αPhyag
htshal
Zo
〕 !18〕 この 抜 粋か ら, 本 丈は , 恐 ら く4
偈か らな る韻 丈 形 式で , 三宝 に 対 す る讃 嘆を 述べ た もの との 推 測が 成 り立 つ 。 し か るに , 現チ ベ ッ ト大蔵 経 中に おい て , 三 宝を 主 題 とす る讃 嘆丈 (
bstod
Pa
, stotra )は 頗る多
い に か か わ ら ず,Safts
rgy αSgtso
bo
なる題名
を もつ 著 作は い か なる形 態の もの も認め るこ とがで きない 。 そ こ で, こ の 題 名が実 際の 著 作 名で は なか っ た との 想 定の もとに , む しろ抜 粋 女を 中心 に , 三 宝 を 主 題 とす る諸 讃 嘆 女に 当っ て み た結 果, 以上の 抜 粋 丈が *Trira
・15
) 以上 につ いて は引用を 明示 する言葉は 使用され て いない が,以下に 述べ る結 論を先 取 り して, 引用女と して 抜粋す。 16)P
版の こ の 句は全 体10
シ ラブル とな り1 シ ラ ブ ル 余 計。 韻丈 と して省 略 し うる もの で あっ て, し か も韻 丈で ある こ と が意識 さ れ ない場合に復 活 し う るシ ラ ブル を 探 すと, こ の ‘‘nam J’ とい うこ とに な ろ う 。 従っ て除去 すべ し。そ の結 果はD
版お よ びTRS
と一 致 する。17
)この 句は
8
シ ラ ブ ル で1
シ ラブル 不 足 。TRS
を参照 し て “dak
’ を補うべ きか 。18
) ‘ ‘la
Phy
αghtshal
lo
” はSTsC
に は ない。 しか し註釈 中の 引用の ため 重複を避 けた だけとす れ ば本 来は当然 あっ た もの と予 想 される。 一4
一 N工 工一Eleotronio LibraryKomazawa University
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tnastot
「aig) (TRS
,dKon
mcho9gs
,”mla
bstod
Pa
,rr
宝 讃』) な る 著 作に ほ とんど ぴ た り
合
致す
る こ と が判
明 し た 。こ の
TRS
に つ い て は次
項で触
れるこ とに し て , 両者の一致 とい う結 果を踏ま
えた上 で, 題 名に 関 し て
結
論 を 先に い う と, sahs rgy αsgtso
bo
とは , 実 質 的に は こ の
7R3
な る著 作を指 し, その偈 中の 最 初の 言葉 (sahs rgyas gtso )に よって こ の 著 作を 代
表
せ し め た名 称
で ある とい うこ とにな る。 すな わ ち, saits rgyasgtso
bo
とは 著 作の 具 体 名で は ない が, 暗に そ れ を指示 し た 名称 とい わ ね ば ならない 。 そこ で, もし
STsC
を 内 容に 即 し た題
名に改め る こ と が許さ れ る な ら,dKon
mchoggsum
la
bstod
Pahi
「gya
che 「hg
「elP
α (r
三 宝讃詳 解』) と言 うべ きで あ ろ う。 それ ゆえ
, saits rgyas
gtso
bo
とは , 語 義 的に も 内容 的に も,「仏 身
」
とい う理解
を生ず
る必 然性 を全 くもた ない 。 こ の 言葉
は, 語義
的に は丈字
どお り「最勝 な る仏 」の こ とで あ り, 内 容 的に は ま さに 仏宝 (buddha
−ratna )の こ とで ある20) 。 こ の点
で , こ の 題名
は, 三 宝 を等
し く扱っ た註 釈の 題名
として は適 切 な もの で は ない か も しれ ない 21) 。 こ の 事 情は , あた か も,Ye
Ses
sde の 他の著作
TKh
な る題
名 が, そ こ で取扱
わ れ る数箇
の 主題 中
の最初
の もの に よっ て代
表
さ れ てい る の と類似
した現 象 と思わ れ る22) 。典 拠
以 上 の 先取 り し た結 論に 従え ば,
STsG
はYe
6es
sde 自身の 著 作 で あ り な が ら, 一方歴 と した註 釈で あ る とい う性格
も付 与 さ れ る。 こ こで, そ の 典 拠と な っ た と思わ れるTRS
の チ ベ ッ ト訳 丈 を 和 訳 と共に 提 示 する、 煩を厭
わず , 先の抜
粋 丈 と比較検
討 さ れた い 。rgy α
gar
sfeaddu
/1Ari
ratna
s ’o 磁 解*1
* D .trarp,
P
. tra .bod
skaddu
/dKon
;mchoggsum
la
* *bstod
Pa
1
* *
P
,la
,
D
, gyi19 ) P 版,
No
. 2035 ,Ka
,122bL123a1 : D 版,
No
.1144, Ka , 104bL105a1 . D 版は
dKon
mcleoggsu
〃n gyibstod
Pa
とするが,
P
版に従 う。20) 後に触れ る
TRS
の 註 釈 TRS ’r
(
P
版 ,Ka
, 123a3 ’s
)に よれ ば, 「仏 (sahs rgyas ).
1
は断 (sPaks
Pa
, prahapa )と智 (yeSes
, 麺ana
) とし て の 自 利 の 完 備 (痂4
kNi
don
phun
sumtshogs
pa
, svartha ・sa 叩pad
)を表オっ し,
「最勝なる こ と (
gtso
bo
)」は 三 地の大 自在 (sa gsum
dbah
Phyug
chenPo
)とし て の 利 他の 完備 (gshangyi
don
Phun
selm tshogsPa
,parSrtha
−sarppad )を 表わす と さ れ る。 すな わ ち, 「最 勝なる仏」とは , 自 利 ・利 他の 二面か ら仏宝 を述べ た もの とい うこ とに なる。
21
)勿論, 仏宝 が 他の 二 つ (法 宝 ・僧宝)の根本で ある とい う観 点 よ り, 残 りの ものを
も包含し うる であろ うが, こ こ で はその よ う な拡 大解釈を とらない。
22
)前 註
7
参照 。 た だ しTKh
の 場 合は, 本 文 中で は ‘‘tta
∂σ加bye
brag
” , 題名では ‘ ‘
lta
δ碑ゴlehyad
Par
’ で ある か ら事情は必ずしも同 じ とは いえ ない。 し か し,い ずれの 場 合も本来題名の与え ら れて い なか っ た もの が, 後 人の手に よっ て命 名さ れ
た とは考え られまい か。
5
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1
) 〔2
) (3
〕 {4
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ッ トの
Ei
「葉で‘
IK
θn nt‘;hOsT
S」’SUiiZta
bstOd
Pa
G
三宝 (ratna −traya )に :掃 依 し.奉る。) 最 勝なる仏 (buddha
)に 帰依 し奉る。 守 護なる法 (dharma
)に帰依 し奉る。 咋大’な る僧 (sa gha )に’ル罷依 し奉る。 〔三 〕 宝に 常に私は24)帰依 し奉る p23
) こ の 一句P
版に 欠 く。ない 方がす っ き りするの で一応除 外し て .考え るが, こ の 註 釈Tfes
V
で は,P
版 ・.D
版と も “safOs フ’9 」,as 望∫o...” 以 下の 註釈に 入 る前に,‘‘srid
Pa
gSttm gibla
ntadkon
〃Z‘乃08 gsunlla
Phyag
IPtshal
ba
la
SOgSPa
.,.11 とあり, 偈に 含ま れ ない まで も, これに 相当す る句が な ん らか の 形で 存在 し た か も し れ な い 。
24)
STsG
で は こ の 「私 (bdag ’.)」を欠 く。両 者 とも7 シ ラ ブ ル で ある こ とは ‘‘lo
”の・.−
6
Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University
二 つ の 除大 な資糧
Csambhiira
) が 完 成 し, 四 智 (catur ・vijfi2na )と 三 身 (tri−k且
ya
) が成就 し,
分 別 (vikalpa ) な しに なに ご と も明瞭に 知 り給い,
法 身 (
dharma
・kaya
)は虚 空 (ak
蕊a)の ご とく, 色身 (ritpa ・k
盃ya )は 美麗なる肉体を具 備せ る
如意 樹 (
kalpa
−taru )の ごとき仏に帰 依 し奉る。(
3
} 法性 等 流25)(dharmat
かnおyanda )なる ト嘘 分 教 (d
頭da6aflga
−pravacana
) と,法に お い て 2の生滅な く戯 論 を離れ た もの と
,
そ れ を対 象と し て すべ て の功 徳 (gu13a) が 成就する
善 因な る 正法 (saddharma ) とに帰 依 し奉る。
(
4
) 煩 悩障 (kle§avarapa
) と所矢亅障 (jfieyavararpa
) と を対治 する こ とに よ っ て,順次に 除 去 し て地 (
bhami
)に 入 り,右情 (sattva ) を 利 益 な さ り,仏 田 (buddha −k$etra ) を清め る
聖な る大僧 伽 (mah 且一sa 叩gha )に帰 依 し奉 る。 『= 三宝 讃』 なる, 大 論 師
Maticitra
の著 作完了。こ こ に提示 し た
TRS
の4 偈
と, 先 のSTsG
抜粋 文
とを 比較 する な ら ば, 両 者 の サ ン ス ク リ ッ ト原 女が 同 ・で あっ た こ とは疑 う余 地が ない 27)。 さ らに , チ ベ ッ ト訳 相互の 間に お い て も, 両者
は極め て密接
な関
係に あっ た こ とを推 測 させ る。 しか も本稿 の 意図か らす れ ば, その チ ベ ッ ト訳 相 互 の 関 係 の 方を む し ろ問 題 とす 有無で 調 整されてい る。25
)STsG
で は 「法 界 等流 (c1’os dbyihs , dharma −dhatu )」 と す る。こ の 相 違が 単 なるミ ス に 墓つ くもの で ない こ とは,
STsG
中の説 明,Tn
∫V
の 註釈に よ っ て 確認 さ れ る。 前者で は 厂法 界」, 後者 (P 版, 126a7)で は 「法性 」 と して註さ れ, そ れ ぞ れ の テ キ ス ト に おい て 同一・性 が 保 たズ して い る か ら で あ る。 し か し, 両語 の意 味に 関 する差 異は認め られ ない 。26
) これ が ‘ ‘ chosla
’” を 示すの に 対 し ,STsG
は “ chos 觀 ‘ど” を 持…つ 。TRS
V の解 釈に よれば 前句 が 「教 法 (
bstan
Pahi
cJzos ,de6ana
−dharma
)」を 示すのに対 し,こ の後句は 「勝 義法 (dσnclam
P
碗∫chos ,paramartha
・dharma
)」を 示 す。 こ の点 ,
STsG
とTRS
V
の解釈に 相違は ない と 思 わ れ る。
STsG
は chos 勧 」(dharmat5
)=skye
IPgag
med cii sProslas
dben
とい う理解で, こ の 句 全体で勝 義法 を 示 すこ とで は変 りは な い か ら で ある。 た だ し,
TRS
V
で は, あ く まで も ‘ ‘cflOSla
” と読 まれ , 「法 (
dharma
)とは正法 (saddharm )で あ る (D
版 ‘ ‘c1’tos ni
dam
卸 加 chosso 〃”
を とる。 P版
‘‘
chos
la
donda
;nPahi
chos so 〃”は不 可)。 その うち,
勝義 と し て (
paramarthatab
)生 滅 な く, また 戯 論 すな わ ち常・断, 来 ・去, 一 ・異とい う そ れ ら 戯 論 を 離れた もの 〔が 勝義 法で ある〕。」(
D
版 ,108a5
−6:P
版,126b8
− 127a2) と 解 釈 さ れて い る。 一句 全体の 意 味は 同じ で も, dharmata と
dharma
につ い て は, そ れ ぞ れ の読み が保 持さ れて い る と思わ れ る。
27
) ただ し, 前註24
,25
,26
で指 摘 し た よ うな差 異が認め られ る。 こ の うち,24
の 例 は サ ン ス クP
ッ トが 異っ て いた とは 言 え ない。 恐 らく原丈の動詞 が 一人 称で示 さ れ て い た た め に, 一方が人称 代 名詞 を 明 示 し, 他 方が そ れ を な さ なか っ た に 過 ぎない と 思 わ れる。 し か し, 残 り2例は サ :/ス ク リッ トとし て も異っ て読 まれて い た と判断せ ざ るをえ ない。7
N工 工一Eleotronio LibraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University べ きで あろ う 。
し か し, 現 存の
TRS
に はMaticitra2B
) の 著作
と記されて い る の み で , 翻訳者に 関 す る言及 は全 くな く, これ だ けで はTRS
の チ ベ ッ ト語訳者 とYe
Ses
sde との 関 係 を考察
す るこ とは で ぎない 。 た だ し, 現チ ベ ッ ト大 蔵経中に は ,
TRS
の 直 後にJinaputra
(rGyal bahi sras )29)の
TRS
註 釈 で あ る *Triratnastotr
αV.rtti3°) (
TRs
y
,
dl
(伽 mchog ・9S
κm ’α
bstod
Pahi
h
.grel
Pa
, 『三 宝
讃 註』)が収 録 されて お り, それ は
J
甑 na 甜 nti とdPal
gyi
lhun
polli
sde とに よ っ て 翻 訳された と明 記 され, し か も
TRS
V
チ ベ ッ ト訳 中に引
か れ る本丈
はTRS
チ ベ ッ ト訳 と全 く一致 す る。 こ の 点よ り, 翻 訳 者 名が記 さ れて い ないTRS
も,TRSV
の チ ベッ ト訳
者
Jfiana6anti
とdPal
gyi
lhun
pohi
sde とによっ て 訳 出 さ れた か も しれ ない 。 こ の 両 訳者につ い て
筆
者は 未詳
で あるが,Ye
§es sde と
dPal
gyi
lhun
po 垣
sde とは ,他
の仏典
訳 出に お い て , それ ぞれが 同…の イ ン ド側 翻 訳 者
Vidyakarasilpha
に 協力 し て い た こ とが 目録に よっ て確
認
される31)。 こ の 事 実に よっ て , 同 名の
Vidyakarasirpha
が別 々 に 存 在 したの でない 限 りは,
Ye
Ses
sde とdPal
gyi
lhun
pohi
sde とは, 前 後は と もか く, ほぼ 同
時
代の 人 とい うこ とが で きる。 従 っ て,Ye
Ses
sde がTRS
お よ びTRS
V
の チ ベ ッ ト訳 を 参 照しえた 可 能性は 大 い にあ り うるで あ ろ う。 ま し て や,TRS
,Tl
?S
L
’ の サ ン ス ク リ ッ ト原 丈を 直 接 参 看 し た 可能
性 に つ い て は 言 う まで もな い こ とで あろ う。以上 ,
STsG
の直
接の 典 拠につ い て い さ さか 推 測を重ねた が,我
々 の よ り大きな興 味は
Ye
ges
sde の 思 想 的 背 景 ともい うべ き典 拠の方
に ある。Ye
6es
sdeは イ ン ド
唯
識 丈 献の 重要な典籍
の 翻 訳に 参 加 して お り32) ,特
に その著 書
TKh
に28
)MatVceta
の こ と。Agvagho
$a と同 一人 物 ともみ な さ れ るが , 恐 らくは仏 教 詩人 として混 同さ れた た め で, 彼よ りも少し先輩の 同時 代人 と推 定されて い る。
M
.Win
−ternitz,
Histo
rpt offndian
Literat
”re,Eng
. tr.,VoL
II
,pp
.269 − 272 参照。29
) 唯識の 論師。 チ ベ ッ ト訳 と し て は, この著作の 他に , BodhisattvagilaParivarta に 対す る註 釈 (P
版,No
.5547
),Abhidltarmasamuccaya
に対 する註 釈 (P
版,Nos
・ 5554 ,5555
)があっ て,こ の三 註 釈の チ ベ ッ ト訳に は, すべ てYe
ges
sde が 関 与 し て い た こ とが 知 ら れ る。 30)P
版,No
.2036 ,Ka
, 123aL128b8 ;D
版 ,No
.1145
,Ka
,105aL109b7
. 31)P
版,No
.351
(D 版, No .1083 )は
Vidyakarasirpha
とYe
Ses
sde の校 閲 し たもの,
P
版,No
.218
(D
版,No
.510
)はVidyakarasirpha
と dPal gyilhun
pohi
sde の訳。 すな わ ち, これ に よ っ て, チ ベ ッ ト の 翻 訳 官 Ye ges sde と dPal gyi
lhun
pohi sde とは, 共にVidyakarasi
叩ha
と協 力し て 翻訳に従 事 し た こ とが あった と 認め う る。
32
) デソ カ ル マ 目 録 (812 年 ) 中,識に つ い て の 論 書 (rnamPar
Sies
Palli
bstan
bcos
Pa
) として挙 げ られて い る34
典 (S
.Yoshimura
, ‘‘The
Denkar
−Ma
,An
Oidest
Catalogue
of theTibetan
Buddhist
Canons
”, 芳村前掲書所収,
pp
.60
−63
)に つ い て い えば,Ye
ges
sde が 翻 訳に 関 与 し た と思わ れ る典 籍は20
を数える。 こ の中 に は ,Yoga
− carabhinni ,Madhyantavibha
− ga ,Maitayanasampgraha
な ど, 唯 識 文 一8
一 N工 工一Eleotronio LibraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty つ い て は, 既に 仏 智に関 し て
唯
識 的 影 響の濃 厚
な こ とが指摘
さ れて い る 33) 。 同様
な こ とが,本稿
で取
上げ
たSTsG
の 場合
に もい え る。S
TsG
は,註 釈 とい う性格
上, その 本丈で あ るTRS
の「
三 宝」 とい う粋に 限定された 面が強い が, そ れに もか か わ らず 註 釈 丈 中に は唯
識 思 想の 影 響が深 く影を落
して い る。 こ の 点は ,後
に 提示 する和 訳に つ い て 実 際に 確 認 し て頂 きた い 。 た だ し遺憾 な が ら, 本来か か る意 味での 和訳紹 介に お い て は, それ らの 影 響の よ っ て きた る イ ン ド側典 拠を明 示 す るの が研 究の 義 務で あ るに もか か わ らず, 本 稿に おい て は然るべ き処 置が と られ た とは い え ない 。 そ の 処 置 を 困難に した の は, 筆 者の 怠慢
もさる こ と な が ら, 多 くはSTsG
が い か な る典 拠に も言 及 しない こ とに よる。 これは, 種 々 の 典 籍 名に 言 及 するTI
〈h
に 比べ て や は り一つ の特徴
とい うべき
で あろ う。 こ の特徴
は,S
為G
がYe
ges
sde に とっ て 白家薬 籠 中の 言 葉で 語られた こ と を 示 すと共 に , 史 料 的価値 と して はTKh
に 今…歩 譲 らざるを え ない こ とを物
語っ て い る。概 略
STsG
の 大 綱が その 本 文で あるTRS
に 規 制 されて い る こ と は 上述
の ご と くで あ り, そ れ を 再 び繰 り返す必要 はない が, こ こ で は,STsG
が 「三 宝 」と い うそ の 大 綱に 添っ て 整 然 と記 述 され て い る こ とに 注意 したい 。 三 宝 の うち,仏 宝 と僧 宝 とは , 原 因 (rgoru ,
hetu
)・結 果 (bbras
bu
, phala )・本 性
(ra・il bshin
,
prak
;ti)・ 自利(
bdag
gidon
, svartha )。利 他 (8s
んan 8yi don , parartha ) なる 五種の 完 備 (
Phun
sum tsliogsPa
, sarp pad ) とい う観 点か ら, 法宝 は 五 種 中の 自利を欠く四
種
の 完 備 とい う観 点か ら考 察 されて い る34) 。 こ の 観 点 の もとに 説 明 され る教 献と して重要な もの の ほ とん ど が 含 ま れ て い る。 同様に中 観 関係に眼 を転ぜ ば (芳村前掲書所収,
PP
.55
−57
),33
典 中10
典がYe
ges
sde の 関与し た 翻訳 と思わ れ る。 こ の 比率か ら唯 識 関 係の 翻 訳が彼の主要な役 割だ つ た と考え られ ない わ けで もない 。 しか し, こ の10
典中に , 後世の チベ ッ ト学僧に より「東 方 自立派の 三論 (rah rgyud s” ar gsum 」 と 称 さ れ た (前掲 拙 稿 ,P
.8
お よび註37
参照, 東 方 と はNalanda
の こ とか ) う ち,Satyadva
ツa,MadhJ
,amafealampkara が
Ye
6es
sde の 関与した翻 訳 と
推 測さ れる こ とに 注意 さ れ たい。 ち なみ に, 残 りの一っ
Madhyamakaloka
はdPal
brtsegs
rak §ita
の 関与 し た訳 と し て 伝わ る。33
)芳 村 前掲 書,pp .180 −
182
参照。 こ こ で, 本 稿の 目的と直接 関 係は ない が, 拙 稿‘ ‘
Sthiramati
and Silabhadra ” (
IIBS
, XXV −1
所 収予 定)に 関連 して 一一・言付記 したい 。
Sthiramati
はS
・4
VBh
中で *Buddlzabhzamisama
−
dlzit
. ikd なる著作名の 下に
Si
正abhadra のBBh
V
と全 く一致す る文を引用する。 そ こで, 先の拙 稿に て,こ の 事実 をい か に解釈 すべ きか とい う可能性を 二 つ 推 測 した わけで ある。
BB
/tV の 訳者は知 ら れて い ないが,
BBhS
の 方はYe
ges
sde を含む翻訳者た ちに よ っ て ,tika
と校合 して (
li
ka
dah
sbyar te)訳出され た こ と が colophon に よ っ て 知 られる。 ま た
Ye
≦es sde はTKh
中で 3 箇所ほ ど (P 版,
Cho
,258a2
,b4
,259al
)kPliags
Pa
S
碗 5rgJ ,asleyi
sabi(i々π (*ル
ツa・・Budd んabhtimit .砺 )なる著作 名に 言 及 して い る。
こ の
Ye
6es
sde の見た ものがBBh
V
で あるな ら ば,そ れがSthiramati
の 呼 ぶ ように *
Buddhabhtimisama
−dhit
.ika
と呼称 さ れた可能性 も か な り補 強 さ れるの で は な い か と考え る。34
)hetu
−sampad ,phala
° , prak;ti ° , svartha ° , par含rthae の 五 種の観点は, 恐 らく唯9
N工 工一Eleotronlo LlbraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 義 ・用 語 は唯 識思想を背影 に もつ こ と を充 分 推測 させ るに 足 る。 また , その 簡 潔 さは, よ く咀嚼 さ れ た当時の チ ベ ッ
i
・仏 教の レ ベ ル を物語 っ てい るで あろ う。 以 下, 細 分を含
め てSTsG
の概
略を 図示する。 右 側 カ ッ コ 内の 数字 ・ 卩 一マ 字はTRS
を4
偈と して 数 えた場 合の 偈 番号 と句 の 所 在を 示す。0
総 序 (1abcd )A
仏宝 (s罐 ∫ 「gJ
’asdkon
n・icltog )i
原 因の 完 備(2a ) a 隔徳資糧 ・ 一
{
ii
結 果の 完 備 a 四 b 三 布 施 持 戒 忍 辱 禅 定の一・部 精進の一部 禅 定の 一部 智 慧 精 進の一一部 六 波羅 蜜 大 円鏡智… … …ア ーラ ヤ 識く
平 等性 智…… …染 汚 意 妙 観 察智…… …意 識 成 所作智… ……五感覚器官 識 法 身 大 円鏡智べ
受 鵬{
讖
繍
変 化 身 一 成 所作 智ill
本 性の完 備 1v 自利の 完備 a 法 身 一 無 色 身b
色 身 三 十二 相八 十種 好 v 利 他の完 備B
法宝 (cltosdieon
inchog )
i
原 因の完備 法 界 11 結 果 の完 備 ・一 十二 分 教iii
本性の完 備 無 生滅 無 戯 論 iv 利 他の完備 善 因 (2a
) (2b
) (2c ) (2d ) (3a
) (3a
) (3b
) (3cd
) 識 文献 中にその 典拠が求め られ う るよ うに 思 うが、 筆 者は末だ確認 で きない 。TRSV
は こ の 五つ ない し 四つ を術語 とし て 明確に 導入 し て い る とは思われ ない。 前註20
で 参 照 し た箇所で は svarthao ,pararthao
両面か らの言 及 がみ られる。 一 10 一 N工 工一Eleotronlo LlbraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty
C
僧宝 (dgeIPdttn
dkon mcJtog )
i
原 因の完備 一 煩悩障・所知障の 対 治 (4a
)・・ 結 果 嚇
{
轜
誌
七地‘
4b
) iii 利他の完備 一 身 ・語 ・意の方 便 (4
c )iv
自利の 完備 一一一 仏 国を清め る こ と (4
c ) a 外 的環境世界を清め る こ とb
内的本質 世界を清め る こ とv
本性の 完備 一一一 業 ・煩悩 ・
1
ヴよ り超克(
4d
) D 総 結 備 考 以 下,STsG
を和 訳 紹 介 す るに あた り, 筆 者の とっ た処 置に つ い て い さ さか 記 す。周知の 術 語に つ い て は漢 訳 語を採 用 した。 術 語の 頻 度が高 く,い わ ゆ るの
現
代 語 訳で は か え っ て煩 雑に な る と考えた か ら で ある。和 訳 中に は, チ ベ ッ ト語の 他に サ ン ス ク リッ ト語 も挿入 した が, こ れ は勿論 ,
STsG
が元 来チ ベ ッ ト語で 書 かれ た こ とを忘れた た め で は ない 。 あ くまで も, 仏 教 術 語を容易に 想起
し,い ずれ イ ン ド側 典 拠 も検 索 し や すい よ うに との , 全 く便宜 的な処 置で あ る。 こ の 点,
Ye
Ses
sde の 著 作は,STsO
の み ならず, 公けに定め られ た翻 訳チ ベ ッ ト語35)を きち ん と採用 し て い る の で , か か る便 宜 的
処置
も 理 解の 上か らは 決 し て 無 意 味で は あ るまい 。 ただ, 便宜的処置で あ るこ とを忘れ て , 検 索の 労 も と らずに, そ れ ら が イ ン ドに 淵 源を もつ こ とを自
明の こ との よ う に考
え るこ とは厳に慎
まね ば な ら ない 。なお,
STsG
がTRS
の 註釈 とい う形で 誕 生 し た か らに は , その イ ン ド側の 註 釈TRSV
も常に 参照 さ れ るべ ぎで あ っ たが , これ を充分に な しえ なか っ た のを 遺 憾 とする36) 。 和 訳最 勝な る仏に 関 す る詳 解
Shah
Ye
Ses
sde の著
作37〕35
)新訳語法 制 定 (skad
gsar
bcad
,814
年)に の っ とっ た 用 語。 この年に ル勧 卯 鋼 ’・Patti
成立,その 前々 年に IDandfear
ma の編纂が行わ れた。 山 口瑞鳳 「チ ベ ッ ト仏 教」(
r
講 座 東 洋思 想』5
), PP ・251
−252
参 照。812
−814
年 はYe
ges
sde の 最 も活躍 し た時 期か と思わ れ る。
STsG
中に はMvyut
・に み られ ない術語 も二 ・三 認め ら れ る。それらの 語につ い て は 以 下の 註 記に て触れた い 。36
)以下,
TRSV
対応箇所の 指摘を最底条 件 と して提示する。37
)P
版, ‘ ‘Sahs
rgyas gtso
boei
rgya cherhgrel
pa
Shah
Ye
ges
sdes mdsadρabshugs so 〃”.
D
版は下線部 分を 欠 く。
一
11
一Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University
0
総序
厂
最 勝な る仏に帰
依 し奉
る3s) 。 守護
な る法に帰
依し奉 る 39) 。 偉大 な る僧に帰 依 し奉 る40) 。 〔三 〕 宝 に常
に帰
依 し奉 る。」
41) (1abcd
)A
仏宝
仏に つ い て は, 五 種の 義 (
don
, artha )に よ っ て 説 示 さ れる。 ま たそれらは なに か 。
i
) 原
因 の完
備 (rgyuphun
sum tshogspa
,hetu
−sarppad
) と,
ii
) 結 果の 完 備 (kbras
bu
Phun
sumtshogs
Pa
, phala °) と,
iii
) 本性の 完 備 (rahbshin
Phun
sum tshogsPa
, prak ;tiO) と,
iv
) 自利 の 完 備 (bdag .gi donPhun
su 〃ttsltogs
Pa
, svartha °) と, v ) 利 他の 完
備
(gshan g)’
i
donPJzun
sum tshogsPa
,
parartha
°) とで ある 。 こ の よ うに , 〔仏
は 〕五種の 義に よっ て 説示 さ れ るの であ る。 そ の うち,i
「二 つ の
偉
大な資糧
(tshogs, sarpbhara )が完 成 する」
42) (2a
)と出て い る こ とに よっ て, 原因の 完 備が説示 される の で ある。 「二 つ の偉
大 な資 糧が 完成 す る」 とは福 徳 (
bsod
nams ,pupya
) と智 慧 (ye
66s,jfiana
) との 二 資wa
(tshogsgfiis
, sarp ・bhara
−dvaya
)で あ る43)。 ま た それは なに か。 六波 羅
蜜
(Pha
roltu
Phyin
Pa
drug
,$at ・paramita )が 二
資糧
に ま とま っ た (hdus
) もの であ
る44)
。 そ の うち ,
a
布 施波 羅蜜 (sbyin
Paki
Pha
rol tuPhyin
Pa
,d
弖na −paramita ) と, 持戒
波 羅 蜜(tshut
khrims
k
ンi
Pha
rot tuPhyin
Pa
, ≦ilaO) と, 忍辱 波 羅 蜜 (
bzod
Paki
Pha
roltu
Phyin
Pa
,k
頭ntiO) と, 禅 定 波 羅 蜜 (bsanz
gtangyi
Pha
rol tuPhyin
Pa
,dhya
・na °
) 中の , 慈の 等 持 (
byams
Palli
tii heildsin
, maitri−samadhi ) な ど の 四 無 量 (tshad med
Pa
bshi
, catur −apramapa ) と天の 等 持 な ど, すべ て の 相 の 等
持
45)38
)39
)40
)41
)42
) 43) 44 )TRSV
,P
版,123a3
−s .TRS
V
,P
版,123aLb3
.TRS
V
,P
版 ,123bL124a3
.TRS
V
,P
版 ,124a3
−7. TRS ’V
,P
版, 124aLb3 .D
版, ‘ ‘ tshogsg
痂 ε 丿in
te”. P 版 , ‘‘ g觀s te ’ ,.TRSV
に は ‘ ‘de
yak sbPtinPa
daft
tshul khri}ns dadebzod
Pa
nibsod
nams
te
!bsam
gtan
磁 力9es
rab niye
Ses
so 〃brtson
鰓 7κs ni8
跏gar
gtogs
soξes
llPha8s
Pa
dgoits
Pa
加 5Pa
「ll9
「elPa
las
gsuits
so ”” (P
版,124b1
−2)とあ り,
Sa
ηpdhinirmocanastitra
(SNS
)が典拠 と さ れて い るe し か し, こ れに よれば精進のみ が二 資糧に 属すこ とに な るが,
SNS
,Lamotte
ed ., p」31
に よれ ば, 精進 と禅定の二 つ が二 資糧に 属 すこ とに なっ て お り, 実際の
SNS
の記述の 方が 以下の
STsG
の 説 明と一致 する。Ye
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sde がS
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を知っ て い た ことは言 う まで もない。45
) 以上の, 慈 (maitri )・悲 (karuga
)・喜 (mudita )・捨 (upek 爭a
)の 四 無量 と 天の等持 な ど を 含んだ もの が, 「相の等 持」 とい われて い る わけであるが, 「相の 等 持」な る典拠筆者未詳。 恐 らくは 次の 「真如の 等 持」と内容上対に なるべ き もの であろ うか ら, 相は nimitta ,真如は tathata を原語 とし て なん らか の 典拠があっ た よ うに も思
う。 とすれ ば,
11
血 侮 丿α %偽 甜 7α1
σ解 勉 7α (MSA
),L6vi
ed .,P
.169
,1
.26
, “ anana ・
kara
・bhavitalp
nimitta −tathatayor
anan 且tva
・dar6anat !” な ども参考に さ れ るべきか。 天の等 持につ い て も具 体 的 内 容未 詳。 四無量に つ い て は
Abhidhar
〃zakoSab ・
ha
§pta (AKBh
),Pradhan
ed ., p .452
,IL
3
−17
参 照。一