翻刻 ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文 庫蔵『源氏不審抄出』(上)
著者 宗祇, 伊永 好見
雑誌名 ノートルダム清心女子大学紀要. 外国語・外国文学
編, 文化学編, 日本語・日本文学編
巻 37
号 1
ページ 28‑44
発行年 2013
URL http://id.nii.ac.jp/1560/00000149/
二八 紀 要 第三十七巻 第一号(通巻四十八号)二八〜四四(二〇一三)
翻刻 ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵
『源氏不審抄出』 (上) 伊 永 好 見
伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)【凡例】 本稿は、宗祇著『源氏不審抄出』(函架番号黒一H一九六。全一冊)の翻刻である。奥書に「此抄出宗祇法師註也 桑門明融」とあり、上冷泉家歌人為和の子、明融(生年未詳―天正一〇1582年)が書写に関わることが知られる。今回は、桐壺巻から若菜下巻までの翻刻とし、解題等については、翻刻完了後に記す。
一、漢字の振り仮名、傍記、補入の記号等については、できるだけ
原文のままとすることを原則とした。一、底本の改行、字下げ、書入れ、ミセケチ、誤字、脱字等はその ままとした。一、漢字の字体は通行のものに改めたが、「哥」等いくつかの異体 字はそのままとした。一、巻名の上に付されている朱点は「●」で示した。一、ミセケチは「―」で示し、訂正の文字がある場合はその右側に
ルビで示した。一、丁の変り目を」で示し、丁数と表裏を、」一〇オのように示した。 一、翻刻者の注記は、適宜()で示した。
【翻刻】源氏不審抄出●きりつほいつれの御時にか女御更衣あまたさふらひ給けるなかに
此いつれの御時にかとかけるは伊勢か家の集の はしめにいつれの御時にかありけんおほみやす所 おはしましけるとかけり七条の后宮の御事也 伊勢はその宮女たるによりて我ことを我とは 御ことを先かけり我身の事をも昔の
かきいてすしてきさいの宮の◦やうにかきなせり 其心を紫式部思ひやるなるへしそうしてこの 」 一オ 物語をは我かきたりとみえぬやうにつくりなし たる物なりまことにつくり物語の本意なるへしうへもかきりなき御思ひとちにてなうとみ給ひ
二九伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) そあやしくよそへきこえつへき心ちなんするなめしとおほさてらうたくし給へつらつきまみなとはいとようにたりしゆへかよひてみえ給ふもにけなからす◦ なんなときこえつけ給へれは うへもとは君のおほせらるゝ儀の事を先いふ
詞也かきりなき御思ひとちにてとは藤つほの 女御と源氏の君と思ひあひてうとみ給そと 」一ウ おほせらるゝ事也つらつきまみなといとみいと ようにたりしとはきりつほの更衣と源氏の 君との事也ゆへかよひてみえ給ふもにけなから すとは藤つほの女御の更衣にゝたまへる心なり これはこの女御の御事を先帝の時の内侍の すけ更衣にゝ給へるよし御心に申侍しその ふてのゆくゑなりしかれは藤つほの宮と源氏と もにかよひ給へる心にや●はゝきゝ光源氏名のみこと〳〵しういひけたれ給ふとかおほか 」二オなるにいとゝかゝるすきことともを末の世にもきゝつたへてかろひたる名をやなかさんとしのひ給ひけるかくろへことをさへかたりつたへけん人の物いひさかなさよさるはいといたう世をはゝかり給ひけるほとなよひかにおかしきことはなくてかた野の少将にはわらはれ給ひけんかし
光源氏名のみこと〳〵しうとは源氏の君の事
をほめたる詞なりいひけたれ給ふとかおほかむなる にとは世中のならひにて名たかくいかめしき
人をもいひけつならひの儀なりいとゝかゝるすき事 」二ウ とは好色の事也すゑの世にきゝつたへてかろひ たる名をやなかさんとは源氏のかゝるかたの名を 忍ひ給ふ事也されとなをその名のきこゆる事 をいはんとてかくろへ事をさへかたりつたへけん人 の物いひさかなさよと紫式部かいへる詞なりかたり つたへん人とは昔の人の心にかけりさるはいといた く世をはゝかりまめたち給ひけるほとゝは源氏の 君好色の人なからうへに実をたてたる人にて 好色を忍ひ給ふゆへなよひかにおかしき事は なしといへりそれをかた野の少将にはわらはれん 」三オ といへりかたのゝ少将の事古物語の名也おなし 時の人にはなけれと紫式部かとりあはせてくらへ たる心也彼少将はうへ下なく好色の人也この 巻は始終ともにその心を得かたししかるあひた 一冊別にこれを注する物なり●夕かほ夕露にひもとく花は玉ほこのたよりにみえしえにこそ有けれ
返し光ありとみし夕かほのうは露はたそかれ時の空めなりけり この二首は夕かほのうへをともなひてなにかしの 」三ウ 院におはしましけるときいまゝては御名をもし のひかほをさへさやかにもみせ給はす侍しをこゝにて 夕露にひもとく花はとの給へるはかほをさやかに
三〇伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)
みえ給ふ心也たよりにみえしえにこそありけれと は心あてにそれかとそみるなとゝいひかはし給し其 ことなり返しの心はその折哥なとよみいてゝ まいらせし事思ひ出るにはつかしきことなれ はたそかれ時の空めなりけりとひかりあり とみしことをもおほめきていへるおもしろくや 源氏◦ の御心にもかなふとみえたり 」四オさらにこともなくしなせとその程のさほうの給へは何かこと〳〵しくすへきにも侍らすとてたつ これは夕かほの君うせて後夕かほの上のさうそう の事こともなくしなせと源氏の君おほせことある はことをつゝめたるやうにきこゆさにては源氏 の御身に不足なるへしことなくとは世のそしり もなきやう◦ にとの給へる心也その御心を惟光うけ給り て何かこと〳〵しくもすへきとてたつとはおほ せのことくは何かすへきしのひやかにと思心にて云り 」四ウ竹の中に家はとゝいふ鳥のふつゝかに鳴を聞給てかのありし院にこの鳥のなきしをいとおそろしと思ひたりしさまのおもかけにらうたくおほしいてらるれは
此鳥のといへはその院にてきゝ給し鳥いゑはとゝ きこゆそれはふくろうなるへし是もすこし 心得かたくやある説彼ありし院にこのといひ きるやうにして鳥のなきしをといへは相違な
しといへりそれも又きゝにくゝやたゝありし ゐんにかゝる鳥のなきしなと大やうにいひて 」五オ
やしかるへからん一儀云此鳥家はとなるへしその ゆへは彼院にてふくろうのなきしは夕かほうせ ての事也おそろしと思ひたりしさまのおも かけにらうたくおほしいてゝと侍れはふく ろうとはきこえすたゝ家はとのなく事 を先いひいてねとそのことゝきこゆかやうのくた〳〵しき事はあなかちにかくろへしのひ給しもいとおしくてみなもらしとゝめたるをなとみかとの御子ならんからにみん人さへかたほならす物ほめかちなるとつくりことめきてとりなす 」五ウ人ものし給ひけれはなんあまり物いひさかなきつみさりところなく
かやうのくた〳〵しき事とは源氏の君の 好色のみちの色〳〵のこと也あまりにはいかて ともらせは又物ほめかちなりと世人のいへはかき とむるよしをいへり世中の人の心のわりなきを いへりこれもおほかた心得かたけれはしるしをける はかりなり●すゑつむ花いくそたひ君かしゝまにまけぬらん物ないひそといはぬたのみに」六オ
返しかねつきてとちめむ事はさすかにてこたへまうきそかつはあやなき これは源氏の君はしめてすゑつむのところへ
三一伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) 忍ひおはしましけるに源氏の君の色〳〵の ことの葉をつくし給へとさらに返事し給ぬ時 此事をよめりしゝまとは無言の事也一向 こう物な いひそとのたまはゝ我も口とちてあるへきをもし や返しし給ふと思ふゆへ又はことの葉をつくし〳〵 し給ふ心を君か無言にまけぬらんとよめり返し の心かねつきてとちむるとは児 ちこ女子なとの無言 」六ウ をする時かねにても何にてもうちてそれをさかひ に無言する事也さやうにすへき事はなき ゆへとちめむことはさすかにてといへりされとも源し をはち給ふ心にてえいひ出ぬ事をこたへまう きそかつはあちきなきといへる心なり梅の花の色のことみかさの山のをとめをはすてゝとうたひすさひていて給ぬ命婦はいとおかしと思ふ心しらぬ人〳〵はなそ御ひとりゑみはとゝかめあへりあらすさむき霜あさにかひねりこのめる花の色あひやみえつらん御つゝしり哥のいとおかしといへはあなかち 」七オなる事かなこの中にはにほへる花もなき物を左近の命婦ひこのうねめやましりつらんなと心も得すいひしろふ
これはしはすのつこもりころ末つむより御きぬ なとを源氏へをくり給ひし時その身にかやうの 事さしすきたるとおほしてよろしからぬみ けしきありしとき梅の花の色のことゝうた
ひ給へる也これは政事要略衛門尉 (府カ)の風俗の哥云 (元の紙を切り取り、同質の別紙を継ぐ) 多々良女の花の如◦ 加以祢利好牟夜滅紫色
好牟夜といふ哥をたゝむめの花とかへての給 」七ウ へりかひねりとは色紅也すゑつむの鼻の色 のあかきをいはんとての心也三笠の山のをとめ をはすてゝといへるはひたちの宮のをとめといはん ため也末つむはひたちの宮の姫君なれはなり先 三笠の山といふ事はもとめこの哥によりいへる也 もとめこの哥は諸社にてうたふときその所の名を いふ事あり春日にては三笠の山のをとめことう たふへきこと也たゝ三笠の山のをとめをは捨て ひたちの宮のをとめといはまほしきの心也 されとあまりにゝあはぬことにてはいはるましき 」八オ を春日の明神は常陸よりいて給たる御神也三笠 も鹿嶋もおなし御神三社なれはそのたより あるによりかくいへる也まことにこれは此物語の 秘 諸注に◦ 一向みえさる事也師説の蜜 (密カ)伝なり●紅葉の賀さうのことはなかのほそをのたへかたきをとて平調にをしくたししらへ給ふ
此事心得かたくやたゝいまひき給ふへきかく は長保楽の破保曽呂倶世利これ也別 (前カ)のしら へ平調よりはりたる調子なるへし中のほそを 」八ウ は中のを也中のこのかみはなといへるたくひなる へし此すゑにかたき調子ともをたゝ一わたり
三二伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)
にならひとり給ふとは色々の調子さたまるまし きにや●花のえん名のりし給へいかてきこゆへきかうてやみなんとはさりともおほさしとの給へはうき身世にやかて消なは尋ても草のはらをはとはしとや思ことはりやきこえたかへたるもしかなとてとは
名のりせすはとはしの心にやとおほろ月夜の 」九オ の給へはその心にはなけれと先をんなの詞にことはりを つけてされとしか〳〵のいはれあるよしをいはんとて しかなとてとはいへるにや侍らんいつれそと露のやとりをとはんまに小篠か原に風もこそふけ 返しの哥の心はいつれそと露のやとりをとはゝ風 ふくさゝのうへはいかてそのやとりしらるへきといひ きかする心也この哥の心にてしかなとてといふ詞 あらはるゝ物也●あふひいとましからぬかさしあらそひかなとさう〳〵しうおほ 」九ウせとかやうにいとおもなからぬ人はた人あひのり給へるにつゝまれ◦ てはかなき御いらへも心やすくきこえむにまはゆし
これはみやす所の車あらそひの後祭の日源氏 の君紫の上をひとつ車にてまつり御覧せしに 車のたちとさしあひたりし時源内侍あふきを さしいてゝ人をまねきてところさりきこえんと
申侍しかは所もよきわたりなれはいかて云給へる そなとの給しときはかなしや人のかさせる葵
ゆへ神のゆるしの今日を待けるとよみてたてま つりしにかさしける心そあたにおもほゆるやそうち 」一〇オ 人になへてあふひをとよみ給へりしそのおり おほくの女車侍し也源内侍とのかさしあらそひ を御心につかて大かたの物みの女房車に哥なとを くり給ひけるなるへしいとましからぬかさしあら そひさう〳〵しうおほせとゝは源内侍の事を源氏 の君おほす心也かやうにいとおもなからぬ人 はたとは源内侍をはおもなき人にさためて かやうにおもなからぬ人とは源内侍かやうにおもな からぬ人といふ心也おもなきとはおもてつれなき 心也さらぬ車なとに源氏よりをとつれ給へと人 」一〇ウ のりあひ給へるにつゝまれて心やすくはかなき 御いらへもせぬといへる心也此段のつゝきさらに みえわかさる物也かのいさよひのさやかなく (ママ)さりし秋の事なとさらぬもさま〳〵のすきことゝもをくまなくいひあらはし給ひてはて〳〵は哀なる世をいひ〳〵てうちなきなとし給ひけり
これはあふひのうへうせ給て後源氏の君 正日まていみにこもり給しとき頭中将おはし て源氏の君とこしかたのすき事ともを 」一一オ いひなくさめ給ひし事也かのいさよひのさやか ならさりしとは二月十六日の夜すゑつむの
三三伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) きんの音きゝ給ふとき入方みせぬいさよひの 月と頭中将よみ給ひしこと也秋の事なと とはすゑつむに源氏の君あひそめ給へるあ した朱雀院の行幸の事に源氏のかたへ おはしてすなはち同車して内へまいり給ふ ときねふたけに源氏のおはしましけるをたゝ にはあらしなとゝかめ給しこと也詞ひとつに つゝきて心得にくき物也 」一一ウあないとをしおはおとゝのうへないたうかろめ給ふそなといさめ給ふ物から
おはとはうはといふ心也おとゝは殿也これは源内侍 か事を源氏君頭中将にあひての給へる詞也 源内侍をかくいへる事は老女なれは御心のされ事 におほせらるゝ事あるによりたゝ今かくの給へり 此事あさかほの巻にみえ侍りたえま遠けれとさの物と成にたる御ふみなれはとかなくて御らんせさす
これはあふひのうへうせ給へるころ源氏君左の 」一二オ おとゝのかたにてよろつ物哀なるころ斎院へわき てこの暮こそ袖は露けゝれ物思ふ秋はあまたへ ぬれとゝいへるその時のふみを斎院の女房のいへる 詞也たえま遠けれとゝは源氏君斎院へ久しく をとつれ給はぬ事也かくをとつれのたえぬれは かならすれいの思ひそめしことの給ふへきと思へと
この折はあふひのうへのなけきにその事はの給 はし折ふし哀なることの御をとつれにそあらん
と思ひてみせたてまつるよし也さの物といふ詞心 得かたくや是はさしすせその五音なるへし大方 」一二ウ 世上にそのやうなるといふことをさやうなるといふ おなし詞也そのことくその物となりにたると いふ心なるへしその物とはその事といふ儀也心は あふひのうへのいみにおはしませはさう〳〵 しき心をなくさめ給はんとてまいらせらるゝ文と 思ふ心也源氏の君の艶 ゑんしよ書をは斎院のむつかし からせ給ふ程にさもなき文とみるによりとか なくてとはいへり大うち山をは思ひやりきこえなからえやはとて秋霧にたちをくれぬときゝしより時雨る空もいかゝとそ思」一三オ
これもおなしいみにこもり給ふころ斎院へ わきてこの暮こそ袖は露けゝれなと読てまいら せ給し返しの詞也おほうち山を思ひやりき こえなからといへる心その理一条禅 せん閣 かう御説 せつは 大将の直廬内裏 りなれは大内山といへりとあそ はされたり又の説宇多御門北山の大内山に まし〳〵ける時兼 かね輔 すけ卿まいり給ひけるにたかき 所にて雲の立のほりけるさま物さひしき御す まひをみたてまつりて白雲の九重にたつ みねなれは大うち山といふにや有けんと読給し 」一三ウ その心をもちて源氏の君の物さひしく籠り
おはするをかくいへりといふ儀 きあり直 ちよく廬 ろをさして 大り
三四伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)
おほせらるゝも如何又つきの説もあまりもとめ たる事にや又説たゝ源氏君は内すみのみし給 人なれは大内山をとの給へるにや里におはし ます折なとの分別なく大やうにあそはし給ふ なるへしと云々尤肝心なり●さか木神垣はしるしの杉もなき物をいかにまかへておれる榊そ
これは御やす所野の宮におはしましける時 」一四オ 源氏君長月七日はかりに尋まし〳〵ての給ふ へきことの葉も限なけれはたゝいさゝか榊を折て もち給へるをさし入てかはらぬ色をしるへにて こそとの給し時御息所の御哥也この哥さらに 聞えすや是は古今に我宿は三輪の山もと恋しくは とふらひきませ杉たてる門と明神の御哥也杉は 尋ぬへきしるしの心也今の哥にしるしの杉もなき 物をとは尋給ふへきしるしもなき物をといふ 心也いかにまかへておれるさかきそとはさかきは時 にあたりて源氏の折て入給へれはとりいつるまて也 」一四ウ いかに思ひまかへて尋給ふそと恨いへる心なり 但如此ことはり其身の所好によるへき歟十七にて故宮にまいり廿にてをくれたてまつりいま卅にて又九重をみ給ふ
これは斎宮伊勢にくたり給ふとき西 にし川より 内へまいり給ふとき御息所もろともにまいり給ふ
時心にみやす所のおほす儀なり十七にて秋このむ 生れ給ふいま卅にてといへは秋このむは十四なるへし
源氏君は廿二歳也朱雀院の立坊は源氏君四歳 の時なり朱雀院の立 りう坊十九年になれる故先坊 」一五オ の立 りう坊はるかの昔たるへししかるを今十七にて故宮に まいるなといへる事大に相 そうい違せりかやうの事 講尺の時不審の輩あらはのかれかたき物也作り 物語なれはかやうの所をはたゝこの巻のことくに なしてことをきはめんとせさらんやしかるへく 侍らん一禅 せんの御注にも御不審はみえ侍りしかれとも 落着をはおほせられすはゝかりなから如此大やう にてやしかるへく侍らんあをむまはかりそひきかへぬ物にて女房なとのみけるところせうまいりつとひ給りしかむたちめなと 」一五ウ道をよきつゝむかひの大殿につとひ給ふ
むかひのおとゝは二条の右のおとゝの御所也今いへるは 藤つほの三条の宮也むかひといふ事不審 しん也 一禅 せんに尋◦ 申侍しに二条は三条のむかひなりと 御注あり愚 くけん見の儀にあらされとも花鳥の外なれ はこゝにしるし入侍り●花ちる里御せうそこきこゆわかやかなるけしきともあまたしておほめくなるへし郭公かたらふ声はそれなからあなおほつかな五月雨の空ことさらにたとるとみれはよし〳〵」一六オうへしかきねもとて出るを人しれぬ心にはねたくも哀にも思けり
三五伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) これは源氏君花ちる◦ 里へおはしましけるおり中川 のほとりにかねて忍ひてかよひ給し所そと み給てをちかへりえそしのはれぬほとゝきす ほのかたらひしやとのかきねにとの給し返し也 惟光ことさらにたとるとみれはうへしかきね もとていつこのひき哥は花散し庭の木葉も 茂あひてうへしかきねもみえすそ有ける といふ哥をとりいてゝいへりこれはことさらに 」一六ウ たとるとみれはと惟光か思ふははや源氏君に 心のかはりたてまつりけると思ふ心にてうへし かきねもそれともみえねはよしさらはとおもひ すつるやうの心にかなふへきにや●須まむまやのおさにくしとらする人もありけるをましておちとまりぬへくなんおもひける
駅長莫驚時変改一栄一落是春秋 むまやのおさにくしとらすとは櫛 くしにあらす ことつてなるへし菅 せう丞 じやう相なかされ給し時 」一七オ あかしにて驛 ゑき長なけきたてまつりし時此詩 をつくり給へりくしは口つからの詩也今大貮の かたの者詩を作には侍らねと哀なることつて なとのあるをなすらへてくしといふにやまして おちとまりぬへくなむ思ひけるとは五節の君 は源氏御思ひ人なりしかはこの浦にもとまら
まほしき心にこそ 入かたの月かけすこくみゆるにたゝこれにしに行なとひとりこち給ていつかたの雲路に我もまとひなんなとよみ給へり 」一七ウ
たゝこれにしにとはおなし御作に唯是西行 不左遷この心はたゝ自然の理也月のにしへめ くるも我身の西都へおもむき給ふもかはる事 なき理にやその心をもちて源氏君も此詩 を詠て心をのへ給へるとやいふへからん故郷をいつれの春か行てみんうら山敷は帰るかりかね宰相さらにたちいてん心ちせてあかなくに雁の常世を立別花の都に道やまとはん
おりしも春の空なれはわかるゝ雁によそへて 源氏君の哥の侍れは又宰相の哥は我都へ 」一八オ 行身なれは雁をわか身になすらふるによりて こゝをわかるれはやかて雁のとこよといひなせり●あかし君はおほしめしまはすに夢うつゝさま〳〵しつかならすさとしのやうなる事ともをきしかた行末のこらすおほしあはせて世の人のきゝつたへん後のそしりやすからさるへきをはゝかりてまことの神のたすけにもあらんをそむく物ならは又これよりまさりて人わらはれなるめをやみんうつゝの人の心たになをくるしはかなき事をもかつみつゝ我より 」一八ウよはひまさりもしはくらゐたかく時世のおほえいま一きはまさる人にはなひきしたかひてその心むけをたとる
三六伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) へきなりけりしりそきてとかなしとこそ昔のさかしき人もいひをきけれけにかくいのちをきはめ世に又なきめのかきりをみつくしつさらに後の跡の名をはふくとてもたけき事もあらし夢のうちにも御心の御をしへなにことをかうたかはんとおほして 一禅 せんの御注 ちうにはうつゝさまは世のつねさまなり なをさり世のつねの人なりとも神のたすけを そむかんはくるしかるへしいはんや我身のありさま 」一九オ はかなき事ともをみあつめたることになりて は世にしたかふへきはよからんとなり是は我身 をよのつねの人にてもなき身そとの御注也 尤おもしろくやたゝし師 し説 せつはうつゝの人の 心たに猶くるしきとは大方の人のいはん事 たにそむかんはくるしかるへしましてまことの 神のたすけにもあらんをそむきなはあしからん とおほしとる心也時世のよせ一きはまさる人 にはとはあかしの入道のかしこき人にて申事を 心にこめておほす儀也しりそかされはとかあり 」一九ウ といふ本文あり先入道のみちひきにまかせて かの浦にうつりいよ〳〵朝 てう家 かをうやまうへき の御心にや侍らん思ふらん心の程やゝよいかにまたみぬ人のきゝかなやまん この哥はあかしの上に源氏君ふみつかはし給し に返しなかりし後かさねていふせくも心に
物を思ふかなやよやいかにととふ人もなみとよみて つかはし給し時あかしの上の返しの哥也此哥
の心其理きこえす思ふらん心の程やゝよいかに この上句はかく数ならぬ身にかゝる御せうそこ 」二〇オ のあるをうたかひて思ふらん心の程やゝよいかに といへりまたみぬ人のきゝかなやまんとはよそ 人もこれをきかは入道のむすめにかゝる文なと のあるはあるましき事にもと人もやきゝなや まんといふ心にや侍らん又源氏君心に物をなや むかなとあそはしたるをうけてまたみ給ぬ人の きゝなやみ給はんことをさもあらしなとおほめ きたる返しにやと云々あかしには帰る波につけて御ふみつかはすなけきつゝ明石の浦に朝霧の立やと人をおもひやるかな 」二〇ウ
此哥心は源氏君あかしより舟にてのほり給し かはあかしの上はるかになかめをくりての心のうちを おほしやる哥也人丸か嶋かくれ行舟をしそ思ふ とよめる哥は明石の浦にして思ふ人のこき出し 名残をしたふ哥なれはあかしのうへのいまの心人丸 か心とひとしかるへきを思へる心にやたつやと 人をとはおりふし秋のなかはの別なれは朝霧も 立へきころにてあかしのうへのなかむらん折ふし さこそとおほす心也●ゑあはせ 」二一オこの人〳〵のとり〳〵にろんするをきこしめして左右とわかせたまふ
三七伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) 一禅御説絵あはせは二度ありはしめはまつ梅つ ほの御かたにてうちの御ゑにあはせ給へり後のは 御てんにて梅つほの女御とこきてんの女御の 御絵にあはせ給ふ也此御注相違あるへからすたゝし うちの御ゑとみえたるところおほつかなしうち の御ゑならは右にはいかゝなさるへきや是又おほ つかなしいかんのちのゑあはせはまきれなし此 比は源氏廿九歳のころかいせんのゑあはせも 」二一ウ うち〳〵の儀なからむめつほときこゆ き殿の 女御の御絵をうす雲の女院の御かたなとにて あはせられけるとやいふへからん●松かせしはしかゝる山かつの心をみたり給ふはかりの御契こそはありけめ天に生るゝ人のあやしきみつのみちにかへらん一時に思ひなすらへてけふなかくわかれたてまつりぬ
この事まことにことはりおほつかなし天に生るゝ 人も先生なとは三途にまよふ人のしせんに 」二二オ てんしやうに生るゝこともあるへきかそれも又 三 つ途に帰る事もあるへくや一時といへるはその きさみのことならんかたとへはあかしのうへをまつ 天人になすらへてあかしの尼の腹にやとるを三 のみちに帰る時になすらへいへるにや又天上に のほる事もあるへきの心を都へ帰るになすらへ
てなかくこゝをはなるゝ理にあたるへきかかくや姫 は月中の天人なりしかとかりにこの界に来り
て竹とりの子となりしかと八月十五夜の月に 乗してなかく竹とりか家をはなれし事なと 」二二ウ になすらへてみ侍へくやこよなしや我もおもひなきにしもあらさりしをなんとあさましうおほゆれといまことさらにとうちな けけさやきてまいりぬ
これは右近丞の蔵人源氏の君帰京の後ゆけ いのせうにてかうふり給はれるか源氏君あかし のうへのほりてはしめておほゐへおはしまし ける時の御ともにてまいれるか御帰りの時御はかし とりにまいれるかあかしのうへの女房に色〳〵 の事なとかたりてたち出る時心のうちに思ふ事也 」二三オ こよなしやとはあかしの上はよしきよか心をかせ ていひし人なるを源氏君の御子をさへまうけ てあかしよりのほりそのさまのかきりなきい きほひのあるをみて思へる心也こよなしやとは その身のくわほうをほめたる心也我も思ひなき にしもあらさりしをとはよしきよか心かけし 事をきゝておとこの心なれは我もその思ひ ありし事をいま思出たる儀也これをよしき よと花鳥にあそはされたるはもしおほしめし たかへけるにや 」二三ウ●うす雲これはいとにけなき事也おそろしうつみふかきかた
三八伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) はおほうまさりけめといにしへのすきはおもひやりすくなきほとのあやまちにほとけ神もしるし給ひけんとおほしさますもなをこのみちはうしろやすくふかきかたのまさりけるかなと これは秋好中宮の六条院の御方におはし ますとき源氏君まいり給ひて思かくるすち の事なとほのきこえ給し時の事也これは いとにけなき事なりとはすてに時の御門の 」二四オ 中宮にておはしませは也つみふかきかたは おほうまさりけめともとは父御門の御時薄 雲の女院にしのひかよひ給し事也されは おそろしさもまさるへけれと年わかき時の とかは神仏もゆるし給ひけるやの心也うしろ やすくふかきかたのまさるとはとしをへて 遠慮なといてきぬるといふ心也●あさかほいひこしほとになんときこえかゝるまはゆさよいましもきたる老のやうになとおほゑまれ給ふ 」二四ウ
身をうしといひこし程に今は又人のうへとも なけくへきかなこの哥の心は我身のやう〳〵老と なる事をなけきこしにその比わかゝりし 人の又この比老となるをみて人のうへとも成 にけるかなと源内侍かいへる也是を源氏君 きゝ給て人の身の老ぬることのほとなさは
世のさかにて侍を源内侍かいましもきたる 老のやうにいへるをはかなく思給心也およそこの
哥の心を今内侍かいへるさしあたりても心 得かたきにや 」二五オ●玉かつら君にもし心たかはゝ松浦なるかゝみの神をかけてちかはん
これは大夫の監か小貮の北のかたのところにき たりて玉かつらの君の事を思ひかけてよめる 哥なりおは君の返し年をへていのる心のたかひなは鏡の神をつらしとやみん よめる心は年月この玉かつらの事をいかにも都に のほせたてまつり父おとゝにもみせたてまつり又 しかるへき人にもあはせたてまつらん事を祈こし にその心のたかひなは神をつらしと思はんといふ 」二五ウ 心なりなにとなくかくよめるを監か心に我に あはせしとする心そときゝていみしういかりて おは君にとりかゝらんとしけるほとにむすめとも このうたのことはりをつけかへて監にいひきかせける也 その心は姫君かたはのあるよしかねていひちらし てをきける事をたよりにしていへりその心はいかやう なるよきえむにもなんととしをへて神仏に 祈こしに大夫の監のかく心かけ給ふはうれしき 事なるを此姫君の人にみえ給ふへきやうも なきことのあるをきこえひかめてよめるよしを 」二六オ いひきかする也仏の御中にははつせなん日のもとのうちあらたなる
三九伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) しるしあらはし給ふともろしにたにきこえあなりまして我国のうちにこそとをき国のさかひとてもとしへ給つれは我君をはましてめくみ給てんとていたしたてまつる このこと葉のうちまして我国のうちにこそは とは日本の心也遠き国のさかひとても同し
日のもとにおはしませは我君をはましてめく み給ひてんといへり年へ給つれはといふうちに 」二六ウ かなしひをつくすやうの◦ 心あるへきか又そのあひた に観音をたのみたてまつる心もあるへしされは 我君をはましてめくみ給はんといふにや河海には つせは房前卿のちからにて建立あれはといへりそれ ならても理侍へきにや●はつねれいのわたかつきわたりてまかてぬ夜あけはてぬれは御かた〳〵かへりわたり給ぬ
わたかつきわたりては踏哥の人にいたすろくの事也 御かた〳〵帰給ふとは物み給へるかた〳〵の事也 」二七オ●こてう春のおまへの有様つねよりことにつくして匂ふ花の色鳥のこゑほかの里にはまたふりぬにやとめつらしうみえきこゆ
かくいへるは紫上の御かたの事也ほかの里には またふりぬにやといふ詞こゝははやふりたると
いふやうにきこゆこれ又ふしんなきにあらす たゝほかの里にはあまねからぬにやといへる心な
るへししかれは春のおとゝによろつの色ふし とゝのふ心侍へき也 」二七ウ風吹はなみの花さへ色みえてこや名にたてる山吹の花 崎
この款冬のさきといへるふしんのかたあり名所 なとにはみえすこそ小嶋かさきの款冬の花 なとゝよめるも侍れはやまふきのさきとも いひやし侍らんたゝし又名所にや (以下、五行ほど空白)
」二八オおなしかさしをたてまつれ給ふ
一禅の御注には兵部卿は連枝におはしませは おなしかさしとの給ふ也但いたう空みたれ して藤花をかさしてなよひさうとき給ふと ありそのおなし花をたよりにておとゝの君に 盃をたてまつり給へるにや●かゝり火こよひはさかつきなと心してをとさかりすきたる人はゑいなきのつゐてにしのはぬ事もこそとの給へは姫君もけに哀ときゝ給ふ 」二八ウ
これは玉かつらのかたに源氏君おはしたる折 姫君のはらから頭中将弁已下三人笛吹なと し給へるをよひ給て物語なとせさせ給ふ時の事也 またこの姫君を我はらからともこの三人はしり
四〇伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)
給ぬを源氏君ゑいなきのつゐてにしのはぬ事 もこそとの給へは哀このつゐてにうちもいて 給へかしと姫君のおほす心をあはれときゝ給ふ とかけりしたのこと葉にも絶 たえせぬ中の御ちきりお ろかなるましき物なれはにやこのきんたちを めにもみゝにもとゝめ給へりといへり 」二九オ●野わきみつしによりて紙一巻御すゝりのふたにとりおろしてたてまつれはかたはらいたしとの給へときたのおとゝのおほえを思ふにすこしなのめなる心ちしてふみかき給ふ
これは野分のあしたあかしの姫君の方に夕 きりの君おはしたるつゐてに文かき給はん とてこひ給へるにとりいてたるをいなこれはかた はらいたしとはひけの心也されとあかしのうへの これをきゝていたしたる紙にかき給はすは 」二九ウ ふみやり給ふかたの人させる人にてもなきやと おほさんとおほす心也北のおとゝとはあかしの上 のおはするかた也又云かたはらいたしとはすこし 礼儀の心也されとも明石の上のほとをおほすに
なのめに思なしてあそはしけるにやかた野の少将は紙の色にこそとゝのへ侍れときこき (ママ)さはかりの色もわかさりけりやいつこの野へのほとりの花よなんとかやうの人々にもことすくなにみえて かたのゝ少将とははゝきゝの巻にいへる人也紙の 」三〇オ
色にとゝのふるとはふみつくへき木草いつれ も紙の色なる花にてもなにゝても付へき 事とみゆさはかりの色も思ひわかさりけりや とは我身のひけ也いつくの野への花よとは いかなるにつくへきやとかへりていひ給へる心にや 一禅の御注にはいつくの野へのほとりにてありし やらんかゝる色したる花はありしとおほめき こたへ給へるなり夕きりの心にはかならすしも しかるへからすいつれにても其時にしたかひたる 花に付へきと思ひ給へるにやと侍りいかゝ侍へき 」三〇ウ●藤はかまおなし野の露にやつるゝ藤はかま哀はかけよかことはかりも
この哥は夕霧の御おは大宮うせ給てのち玉かつら の君のかたへ六条院の御使におはしたるそのおり すこし思ひかくるけしきをみえてこの哥をよ めりおなしのゝ露にやつるゝとは我も玉かつらも 大宮の孫 まこにておなしいみををひ給へはおなし 野の露にやつるゝと藤のやつれをそへて我 思を哀はかけよといへる也玉かつらは源氏君の 御子になり給へれはきやうたいの心にて藤は 」三一オ かまをそへいへり御返し尋ぬるにはるけき野への花ならは薄紫やかことならまし 兄弟にはおはせとまことにはいとこにてまし ませはなりさるによりよくたつぬれは遠き
四一伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) ゆかりの心にてたつぬるにはるけき野への花なら はといへりうす紫やかことならましとはいと こもおなしゆかりなれはうす紫といへりかことゝは ゆかりをたのむへきたよりの心也かこち草の理也女はみつにしたかふ物にこそあなれとつゐてをたかへてをのか心にまかせん事はあるましきことなりとの 」三一ウ給ふ
是は源氏のゝ給ふ詞也玉かつらはわか御子にし給へ れは三しやうのことはりは勿論なれとまことは ちしのおとゝの御子なれは次第をたかへて我まゝ にはすましきの心也やことなきこれかれとしころをへてものし給へはえそのすちの人かすにはものし給はてすてかてらにかくゆつりつけ大そうの宮つかへのすちにらうろうせんとおほしをきつるいとかしこくかとある事也となん申されけるとたしかに人のかたり申侍し 」三二オ
これは玉かつらの父おとゝのの給へる事を源氏君 に夕きりのかたり申さるゝ也やことなきこれ かれとは源氏のせつにおほすかた〳〵をはゝかりて 宮つかへにまいらせんとし給ふの心也らうろうと
は身を心にまかせてもたぬ心也これ宮つかへの儀也●まきはしらけにそこら心くるしけなる事ともをとり〳〵にみしかと心あさき人のためにそてらのけんもあらはれける これはひけくろのおとゝの心也いふ心はひけくろ 」三二ウ
の本台の物のけにとしころわつらひ給へる に石山の観音を憑て祈給しかとしるし なかりき又玉かつらを我物にせんと心かけ 給し時おなし御寺に祈給へは事かなひける 後おほしあはする心也こゝろあさき人とは玉 かつらの心たてのやすらかに又あはれもふかく 思ふやうなるをほとけもまもり給ひけるとひけ くろの思へる心也みつ瀬河わたらぬさきにいかて猶涙のみをのあはときえなん この哥は玉かつらひけくろにあひ給て後源氏君 」三三オ くやしくおほす心ありし比おりたちてくみは みねともわたり川人のせとはた契らさりしを とよみ給へりそれを玉かつらいたうはつかしく おほすあまりにわたらぬさきにいかて猶きえな ましとよめる心也みつせ川はかきりある時の わたりなれはたゝいまのかなしさにわたらぬさ きにとはいへる也御てのさきはかりはなといふ事 このつきの詞也●梅かえ花の香は散にし枝にとまらねとうつらん袖に浅くしまめや」三三ウ
この哥は斎院よりたてまつらせ給ふ薫をむめの 散すきたるにつけ給ふといへり哥の心もひけ の心なるをうつらん袖に浅くしまめやといへるは たき物の匂ふかきやうにきこえ侍れは心得かたく
四二伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)
侍りこれは源氏君の袖をしやうくわんしてその 袖には浅しましといふやうにいへりたゝし又うつ らん袖にふかくしむへしとは心さしのふかき儀 なるへし古今の哥に蝉の羽のよるの衣は薄けれと うつりかこくも匂ひける哉といへる哥は心さし のふかき事をいへはその心にや侍らん 」三四オ花の香をえならぬ袖にうつしもてことあやまりといもやとかめん えならぬ袖といへる我袖の事にてはいかゝとおほえ 侍れと前の詞に身つからの御れうの御なをし の御よそひ一くたりてふれ給はぬたき物なとあ れはそれをかけてよめる也下句はあらは也左大臣殿の三の君まいり給ぬれいけんてんときこゆ 是はこのすゑにやとり木の巻に今上の女二 宮の御母藤つほの女御また東宮の御時 よりまいり給ふとあり此れいけいてんたるへ きかおはします所の名なとはあひかはる事 」三四ウ も年へし後なれはあるへきにや●藤のうらは頭中将花の色こくことにふさなかきを折てまらうとの御さかつきにくはふとりてもてなやむにおとこ紫にかことはかけん藤花まつよりすきてうれたけれとも
紫にかことはかけんとは夕きりの君我に心さし なくてとしころへし事はつらけれとその恨
をは我姫君にかけたてまつらんとひけして の給へる也むらさきを女の事にいへる事 」三五オ
つねの儀也弁の少将こゑいとなつかしくてあしかきをうたふおとゝいとけやけうもつかふまつるかなと打みたれ給てとしへにけるこの家のとうちくはへ給へる御こゑいとおかし けやけしは尤といふ字也心は折にあふ儀也 このすゑにあしかきのおもむきはみゝとゝめ給ひつやいたきぬしかな川くちのとこそいはまほしかりつれとの給へは
あしかきの哥を弁の少将のうたふ心は此哥の 」三五ウ こと葉にたれかこのおやにまうよこしまう してと侍る詞あり夕霧のつゐにおとゝの心を とり給ふ事もなきにこなたよりまけ給へる 事くちおしくおほしておやに申てといふ 詞のある哥をうたへりその心を夕きりさも なき事そと思ふにより川くちのとこそさし いらへまほしかりつれとの給ふその心は川くちの いてゝわれねぬやなんといふ哥あれはまもれとも
せきのあらかきまもれとも◦といふ詞につきて かくいへる也一禅の御注おなしうたいの詞なから すこしあひかはれり 」三六オ●わかな上又大納言の朝臣の家つかさのそむなるさるかたに物まめやかなる事にはあなれとさすかにいかにそや
四三伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上) 此大納言の事誰ともみえすひたふるにうちはなやきされはめるはいとおほくかすしらぬまてとふらひつゝ物思ひなけなる御あたりとはいひなから 是は女三の宮の方にある女房のたゝすまひ也なにことものとやかに心しつめたるは心のうちあらはにしもみえぬわさなれは身に人しれぬおもひそひ 」三六ウた覧も又さらに心ちゆきけにとゝこほりなかるへきにしもうちましれはかたえの人にひかれつゝおなしけはひもてなしになたらかなるを 又さらにといふよりおなし女房の中にもしち ならぬ人のさま也それに心しつめたる人もうち
ましれはおなしけはひになりてしちならぬ やうにみゆる事あるをなたらかなるとはいふ也 あしきにしたかふ心なり此二は世上の理也たゝあけくれはいはけたるあそひたはふれに心いれたるわらわへのありさまなと院はいとめにつかすみ給ふ 」三七オ
是も女三の宮の女房のさまなりわらはと 侍れといつれも総の女房にわたる心なるへし さるによりめにつかすみ給ふとはかける也●わかな下昔こそまつ忘られね住吉の神のしるしをみるにつけても
此作者人の不審ありすみのえをいけるかひある なきさとはとまへにあかしの尼君よめり
これもおなし作者也ひとりと こちけりといへる にてあらは也たかむらの朝臣のひらの山さへといひける雪のあした 」三七ウ
ひもろきは神の心にうけつらん比良の山さへ夕 かつらせり此哥は文時卿の哥也たゝしたかむらか 哥と此物語にはみゆかやうの相違つねに有事也 この物かたりにてはたかむらか哥にて用春のことの音はみなかきあはする物なるをみたるゝ事もやと
ふるき注にもその心みえすさるものとことの音 はといふ本もありとやいつれにも不審是あり 尋へしある人の了簡云春は陽の時にてうき たつ心あり秋冬は陰にて心もしつまる時也 」三八オ 物を学ふるも其儀ありされは春のことの音は 乱るゝこともやといへるにやかきあはする楽に みたれてはいかゝとなるへし隔句にいへるにやけにりつをはつきの物にしたるはさもあるかしなとの給ひて
本朝には呂律と用催馬楽同し唐には 律呂と陽をさきとすきんは五かのしらへ 河海にしるせりたつぬへし五六のはち 」三八ウ
当時きんのことのつたへこわ (れカ)なし尋へしことしは三十七にそなり給ふ 源氏君当年四十七歳とみゆしからは紫の
四四伊永 好見 翻刻ノートルダム清心女子大学附属図書館黒川文庫蔵『源氏不審抄出』(上)
いへるにや
(これなが よしみ=文学研究科 日本語日本文学専攻 博士後期課程三年)
キーワード=「宗祇」「源氏物語」「注釈書」 うへは四十たるへしされとも物かたりのならひその
人をさかりにいひなす心つねの事にやある説 あふひの巻の三日の夜の事紫上十二といふ 儀あり但紅葉賀に十にあまる人のひいなあそひ はいむよしいへりなを新枕は十四なるへしかほるは 兵部卿の宮に一の弟なれとうき舟の巻にいたりて 宮より二三のこのかみといへり此たくひなるへし 」三九オおきて行空もしられぬ明暮にいつくの露のかゝる袖なり この哥のてにはある先賢の講尺にもてにはちか へりしかはあれとその故あるよしいへるにやたゝし 後 せん撰 しう集 せん千 さい載大和物語等に此たくひのてにはあり 河 (涙カ)川なかすね覚も有物をいらふはかりの露やなに也 思ひ出て音信しける山彦のこたへにこりぬ我やなに也 ゆゝしとていみける物を我ためになしといはぬはたかつらき也 このてにはきゝにくきやうには侍れと五音にて 相違なき歟昔はみな如此ありけるよし心ふへき のみなり 」三九ウかゝるおりのらうろうならすはまいるましくけはひはつかしく思ふも
これは右衛門督女三宮に忍ひてあひ給へりし 後心のおにゝ源氏のかたへまいり給はさりしころ 紫の上の物のけにうせ給へるよしきゝてまつり のかへさみにいて給ひしつゐてに二条院へ まいられける時柏木の心也らうろうは人のおちめ なとのことをいへは源氏君のうれへの時まいる心を