拡大EUにおける境界線とシティズンシップ : ヨー ロッパ・アイデンティティとゼノフォビア(よそ者 嫌い)の相克
著者 羽場 久?子
出版者 法政大学社会学部学会
雑誌名 社会志林
巻 57
号 4
ページ 35‑53
発行年 2011‑03
URL http://doi.org/10.15002/00021089
1.はじめに.内と外をわける境界線
1と「欧州シティズンシップ」
冷戦が終焉し,欧州の東西分断の壁が取り払われて22年がたつ。しかし 「心の壁」 は取り除か れていない。否むしろ,グローバル化と2008年の世界経済危機(グローバル・クライシス)が,
新たな見えない壁,「二つのヨーロッパ」 の格差を生み,それは欧州市民相互に不信とゼノフォビ ア(よそ者嫌い)を生んでいる。なぜそうした現象が起こっているのか,どうすればいいのか。そ れを物理的・心理的な「境界線」とシティズンシップからときほぐしていくことが,本稿の課題で ある。
2003年末に,EUは「ワイダー・ヨーロッパ:近隣諸国政策」2により,EUの境界線の「外」の諸 国家・諸地域との共同を打ち出した。しかし現実には,EUの境界線は,「外」の諸国家との関係に おいても,あるいは,2004―7年の第5次拡大以降におけるEUの「内」との関係においても,未だ に物理的・経済的な格差を残存させている。
またグローバル化と冷戦の終焉以降,移民の増大・定着と,各国失業率の拡大,さらに2008年 の世界経済危機という状況の中で,「内と外」の境界線をめぐる市民間の物理的・心理的な壁は,
むしろ拡大している。
EUはそれに対して「欧州市民権(European Citizenship)3」という枠組みで問題の解決を図ろう と試みているが,少なくとも現段階において,多様な国民に開かれた「欧州市民権」は,各国の
「市民」のゼノフォビア(よそ者嫌い)の成長によって,制限ないし排除される傾向にある。
本稿では,EUが「規範」としてヨーロッパの開かれた境界線を打ち出し,また「欧州市民権」
の創設という前衛的試みを評価しつつ,他方でそうした統合と共存の試みと平行して表れている西 欧におけるゼノフォビアや,トラフィッキング(人身売買)など逆説的な市民社会の「現実」を対 置する。
それによって,EU理念と市民社会のズレ,物理的・心理的な「境界」が,内と外をめぐる格差 と差別を現実に引き起こしている問題を明らかにし,その解決方法を考察したい。
1).ヨーロッパの境界線―古い境界,新しい境界
「ヨーロッパは,境界線の歴史である」とは,ポーランド出身の歴史学者,ソルボンヌ大学のク シシトフ・ポミアン著『ヨーロッパとは何か』の言である。4
拡大EUにおける境界線とシティズンシップ
─ヨーロッパ・アイデンティティとゼノフォビア(よそ者嫌い)の相克─
羽 場 久美子
ヨーロッパは,オリエントという「他者」にたいする主体として生まれ,また歴史的につねに東 と南に対してその境界線を守り,また内なる境界線を引きなおすために,2000年間,対立と抗争 を繰り返してきた。むしろ「内なる境界線」こそ欧州の悲劇を生んできた根源であるかもしれない。
だからこそ第二次世界大戦後,ヘルシンキ宣言によって国境線は凍結され,その境界線の凍結が,
一方では冷戦を生みながら,他方では安定と平和の60年を生み出したのである。
しかし冷戦終焉後のドイツ統一,ソ連邦の解体とユーゴスラヴィアの「解体」が,再びヨーロッ パの人々に「境界線」をめぐる歴史を再現させた。この20年,ドイツもソ連も,ユーゴスラヴィ アも,境界線の引き直しの結果と後遺症に苦しんできたのである。唯一,分裂でなく統合によって 問題を解決しようとした,ドイツとEUが,苦しみながらも安定と発展を勝ち得てきた。
さらにEUの拡大が,この古くて新しい問題に再び火をつけることとなった。すなわち 「ヨーロ ッパはどこまでか」,という問題である。東部では,ウクライナ,アルバニア,モルドヴァやベラ ルーシが,南部では,トルコ,イスラエル,コーカサスの国々が,それぞれ「われわれはヨーロッ パだ」と主張することとなった。ジジェクが言うように,ヨーロッパの辺境に住む者たちは誰しも,
「自分たちまでがヨーロッパ」だ,隣国からはヨーロッパの外だと位置づけ,闘争してきたのであ る。その際のヨーロッパとは,キリスト教であり,文明化であり,近代化であった。ここに隠れた
(あるいは公然たる)差別と格差が存在した。「おまえたちはヨーロッパでない」ということは,単 に地理学的問題ではなく「おまえたちは文明化・近代化の外にある」ということをも暗示したから である。
ヨーロッパの人々には常に,物理的な境界線と,社会的・心理的な境界線の二つがある。
EUの物理的境界線は,現在EUが27カ国となってなお,第一次世界大戦を引き起こしたバルカン に拡大し10年以内にそれを飲み込もうとしている。
他方,心理的な境界線は,未だにEU内部の東西を,あるいは1国内の階層を分けている。すで に冷戦終焉21年,2004年のEU拡大からも7年が過ぎたにもかかわらず,西ヨーロッパにおけるネ オ・ナショナリズムとゼノフォビア(よそ者嫌い)はむしろ増大し5,2008年9月の世界金融危機 以降,「二つの,あるいはいくつものヨーロッパ」 の垣根はかえって高くなっているように見える。
その背景には,西欧の失業の増大,社会保障の悪化,「後発国へのお荷物感」 がある。
EUは,27カ国に拡大したにもかかわらず,EU内部においてすら,未だ西と東の間に見えない境 界線が引かれており,EUの外側との格差はさらに大きい。
ヨーロッパのゼノフォビアは,そもそも,オリエントとオクシデントを分けた当初から,欧州の 根源として存在する概念である。まさにヨーロッパが境界線の歴史であるように,ヨーロッパは,
ゼノフォビアという心理的境界線によって,自らを他と区別してきた。
欧州は,中世以降,外部の敵から,都市や城を高い「城壁」で守ってきた。内部の安定と治安の 維持のために,城壁により,外部者,野蛮人(バルバロイ)を排除してきた歴史を持つ。EC/EU は,そのような歴史的な他者排除の「ブロック化」を超えることができるだろうか。むしろ,冷戦
終焉の時に比べて,リスボン条約を批准した2010年以降において,内部の幾重もの境界線は高ま ってさえいるように見える。
グローバリゼーションと冷戦の終焉は,ボーダレスの時代を現出した。確かに,冷戦終焉20年 を超え,旧社会主義国の人々は,かつての鉄のカーテンを越えて,自由に移動できるようになった。
しかし誰も,幸せになった,とは言わない。
グローバル化の波はアジアをも覆い,その価格競争は,先進国と開発途上国の関係を抜本的に変 えた。今や「豊かな北と貧しい南」の図式は変わり,「安い労働力,安い産品,広範な市場と労働 力」の3拍子がそろった勢いを持つもと南の新興国が,北に挑戦状を突きつけている。日本は中国 にGDPで抜かれ,アメリカが抜かれる日も近い。
アメリカのジャーナリスト,ロビン・メレディスは,その著書『インドと中国―世界経済を激変 させる超大国』で,すでに中国の携帯人口が4億4300万人(2007年で5億人。インターネット調 べ),2億人の中産階級が成長しているとし,欧米にとってコスト削減と収入拡大を1か所で実現 できる理想郷と評価している。また経済史学者アンガス・マディソンのGDP統計分析に触れ,中 国とインドは19世紀まで世界の2大経済大国であり,19世紀まで「何でもなかった」アメリカは,
2030年までに中国とインドに凌がれる,20世紀は歴史上の単なる変調にすぎなかった,とも書い ている6。
これらグローバリゼーションがおりなす,境界線の 「外」 のめくるめく変容に,欧州はどのよう に対抗しようとしているのであろうか。近年の境界線を越えた遠隔地とのFTA(対中国,対韓国)
に,その新しい挑戦を見ることもできよう。
2)EUの境界線の拡大
2002年,筆者は,論文「「EUの壁」・「シェンゲンの壁」」(『国際政治』)の中で,「ヨーロッパに は3つの境界線がある」,と書いた。即ち,①加盟国と加盟候補国の境界線,②加盟候補国と加盟 予定国の境界線,③それらと非加盟国の境界線である7(図1)。それは現在,①西欧既加盟国と 中・東欧新規加盟国との境界線,②加盟国と加盟候補国(バルカン,トルコ)との境界線,③加盟 国と非加盟国(ウクライナ,モルドヴァ,北アフリカ)との境界線として,依然存在する。
2003年に,EUはワイダー・ヨーロッパないし近隣諸国政策として,EUの境界線の外との関係強 化を宣言したものの,それは現時点では,それらの国々はEUに加盟することはない,との「境界 線」として存在し,それが,ウクライナの選挙戦で再び「ロシア回帰」を促し,中東・トルコの EUへの幻滅をも生んでいる。
1985年にルクセンブルグのシェンゲンで最初に制定された商品と人に関する出入国管理を取り 決めたシェンゲン協定は,EC/EU境界線の域内における自由移動を保障するため,結果的に域外
=「第3国」からの人・商品の流入の厳格な管理を義務付けた8。
結果,マーストリヒト条約に盛り込まれたシェンゲン協定は,シェンゲンの境界線の外におかれ た欧州の民族からみた場合,越え難い「壁」と映り,その壁は,2007年末にポーランドの東の国
境線まで広がったために,ウクライナやロシアにとってはかえって「壁」が自国の境界線の外を覆 い始めたかのような疎外感が現れたと言えよう。
この分断を最初に表明したのは,2002年6月にロシアのモスクワMGIMO(国際関係研究所)で 開かれた「ヨーロッパの分断の(再)創設」と題する国際会議であった9。ロシア側の報告者からは,
EUの境界線,カリーニングラード問題やウクライナをめぐってのEUとロシアの緊張関係,ヨーロ ッパの分断の再開について語られた。当時,2年後にはEUに加盟しようとしているスロヴェニア の研究者からさえ,EUは「ダブルスタンダード」という批判がなされた。報告で彼は,スロヴェ ニアでは,数千人のマイノリティですら言語や自治権が保障されている。にもかかわらず,彼らに はEU加盟のために厳しい少数民族基準と人権,マイノリティ基準が課されている。他方95年にEU に加盟したオーストリアは,加盟基準もなく容易に加盟したが,自由党のハイダー党首などは,移 民排斥やマイノリティへの攻撃など,人権無視を行っている,とその矛盾を突いた。10
2003年,アメリカのイラク戦争開始に際し,EUは,ワイダー・ヨーロッパ,近隣諸国政策をう 図1 EUの3つの境界線
クロアチア
ギリシャ ブルガリア ルーマニア
ウクライナ ベラルーシ
ヴィルニュス エストニア ロシア タリン
コペンハーゲン
ワルシャワ リーガラトヴィア
リトアニア ロシア
ポーランド バルト海
ブダペスト ハンガリー
モルドヴァ
黒海
アンカラ トルコ
シリア キプロス レバノン ニコシア ブカレスト
ソフィア
アテネ
チュニジア マルタ ローマ イタリア サンマリノ モナコスロヴァニアリュブリャナ フランス スイス オーストリア
ウイーン
チェコ スロヴァキア ブラティスラヴァ
アルジェリア 地中海
ヴァレッタ ボスニア・
ヘルツェゴヴィナセルビア・
モンテネグロ コソヴォマケドニア アルバニア パリ
英国 北海
オランダ ベルリ デンマーク
ノルウェー アイスランド
ストックホルム スウェーデン
ヘルシンキ フィンランド
アイルランド ダブリン
ロンドン
ドイツ ルクセンブルグ ブリュッセルベルギーアムステルダム
スペイン アンドラ
マドリード
+4クロアチア,
ノルウェー,スイス アイスランド
加盟が期待される国 2014-2015年加盟予定国
+6(+1)
セルビア,モンテネグロ,
ボスニア=ヘルツェゴヴィナ,
マケドニア,アルバニア,
コソヴォ,(トルコ)
ワイダーヨーロッパ:近隣諸国政策
①既加盟国と新加盟国
②加盟国と加盟候補国
③加盟国と非加盟国
出典:羽場久美子「『EUの壁』,『シェンゲンの壁』―統合の「外」にすむ民族の 問題『国際政治』2002年2月
ち出し,EUの境界線の外にある国々,とりわけ東のロシアや旧CIS諸国,中央アジアと,南の地 中海諸国(バルセロナ・プロセス)と,境界線を越えた強い共同関係の構築を呼びかけた。11
またアメリカのイラク戦争開始に際し,EUは,アメリカのユニラテラリズム(単独行動主義)
に対しマルチラテラリズムによる国際規範を謳い,新たなグローバル・パワーとして自らを位置付 け,長期的にはオバマ政権の誕生を支えた。しかしこうした超国家的(Supra-national)な「国際 規範」の主張と裏腹に,皮肉なことに,2005年前後から,欧州憲法条約への国民投票の批准拒否,
リスボン条約の批准拒否に見られるように,EU益よりも国家利益(National Interest),市民益に 基づくゼノフォビアを生み出している12。
3)欧州はどこへ行くのか? 13
「クオ・ヴァ・ディス・ヨーロッパ Quo va dis, Europe?」
これは,2000年にドイツ外務大臣ヨシュカ・フィッシャーが,フンボルト大学で講演したとき に立てた命題である。ここで彼は政府間主義ではなく「地域からなる連邦制」に基づくヨーロッパ の将来を訴え,フランス・イギリスとの間に大論争を巻き起こした。結果的にこの論争は,その後 フランスやイギリスの強い反対を巻き起こし,「地域からなる連邦」ではなく,国家主権を基礎と し政府間主義に基づく「国家連合」の方向で決着がついた。
しかし,同じ「国家連合」でも,国家でなくより小さな自治組織である地域により大きな基礎を おこうとする「補完性原則(subsidiarity)」に基づく「地域の連合」なのか,国家主権と政府間主 義を原則とする「国家の連合」なのか,さらに欧州全体の決定権を国家の上に置くのか,それとも 国家に最終的決定権を置くのかについても,グローバリゼーションの広がりの中で,それぞれの国 家の思惑は異なり,さらに市民の思惑はそれとも異なる。現在のEUが,「国家連合以上,連邦以下
(more than Confederation, less than Federation)」と言われる所以である。
2003年2-3月,ブッシュ政権のイラク戦争に対する欧州の批判は,国際社会において高く評 価された。しかしランケ流にいえば,欧州の「理念」ではなく,欧州市民社会の「事実」はどのよ うなものであったのだろうか。EUの「多様性の中の統合」や「境界線を越えた共同」さらにグロ ーバリゼーションと人の移動に対する「欧州市民権」,「民主主義の赤字」に対する「プランD」に 象徴される多様性・対話・討議の強調に対して,欧州各国の「市民」の側から,ナショナルな反乱 がはじまったのである。
「欧州においては,すべてのメンバー国の市民は,二つの市民権を持つ。自国の市民権と,欧州 の市民権である。」欧州市民権は,自国でない欧州の国においても,欧州の一員として選挙権・被 選挙権や社会的権利を持ちうる14。
このような排他的な権利をEU市民は与えられている。しかし一方で,「EUメンバー国」でない 人々は,欧州に住みながら「第三国人」として排除されることになる。フランスでは,居住証明書 を持たない「サン・パピエ」とよばれる不法居住者が,実際に市民権を勝ちえないことに対する抗 議行動が始まり,さらにその反動として「市民」の側から移民への否定的な感情とゼノフォビアが
高まった。2010年後半には象徴的な形で,サルコジ政権は,公式の場でブルカを被ることを禁じ る法令が通り,東からきたロマは,ルーマニアに送り返された。「境界線を巡る共同,地域協力」
が期待を持って語られた90年代に対して,境界線での排除と地域協力の頓挫(特にTASISなど旧ソ 連国境との地域協力における貧困・資金不足)が,各国「市民」レベルで始まっている。
「規範」と「現実」のギャップの大きさが,2009年6月の欧州議会選挙でも,その後の各国選挙 でも,欧州の東西ともに,保守政党,右翼政党を進出させることとなったのである。
2. ヨーロッパ・アイデンティティ,「欧州市民権」とゼノフォビア
境界線は,社会的には,エリートとマス,支配と被支配,マジョリティとマイノリティ,階層,
階級を分ける区切りである。時には敵と味方,「われわれ」と「かれら」。境界線は,人々の集団の 間に,乗り越えられない壁を設け,分断する。
物理的境界線が,東西の格差を象徴するのに対して,社会的境界線は,各国における上下の格差,
グローバリゼーションの下での貧富の格差を表象する。
心理的には,境界線は,自己(われ)と他者(ひと)を分ける区切りであり,自己と他者,われ われとかれらの間に,帰属意識の共通領域,アイデンティティを設け,区別しようとする。境界線 は,それを挟んで,自分が何者であるか。あるいは,「われわれ」が何者であるかを示すことによ り,他者,「彼ら」「やつら」と自分たちを分ける。
これ以上は理解不能であろう区切り,これ以上入ってきてほしくない領域,が境界線である。し かし「われわれ」の境界線も不安定である。共同の理念規律に従わない場合は常に疎外し得る。境 界線は,内に入るには越えがたく,排除されるには超えやすい。
ここにも象徴されるように,21世紀に入り,「欧州市民権」,「多様性」「協調」が叫ばれる中,欧 州の東西で,「われわれ」と「やつら」を分けようとするゼノフォビア(Xenophobia),超国家的 なヨーロッパに対する「国益」擁護の動きが急成長している。
「ネオリベラルな時代における反リベラルな政治」にも示されているように,世紀転換期にはフ ランスやイタリアで,ルペンの国民戦線やベルルスコーニのフォルッツァ・イタリアが広範な人気 を獲得し急成長した。15
『最底辺の10億人』で,ポール・コリアーは,かつては10億人の豊かな世界と50億人の貧困世界 のかかわりだったが,2015年には,世界の80%の50億人は豊かで,世界の10億人が最底辺にある」
と述べている16。世界の人々の多くは豊かになった。しかし依然として最底辺の10億人がおり,そ の多くがヨーロッパの周辺に位置している。
ジェフリー・サックスの『貧困の終焉』では,「極度の貧困」が東アジア,南アジアでは,減少 しているのに対して,驚くべきことに,2004年(EU拡大時)の統計では,サハラ以南のアフリカ と,中央アジア・東欧(この場合はウクライナやベラルーシ)で「増えている」ことを指摘してい る17。EUは,拡大によって世界金融危機の直前に「アメリカを凌ぐ経済成長」を謳歌した。しかし
一方で,ヨーロッパの境界線のすぐ外,欧州の東と南,東欧・中央アジアとアフリカは,世界最底 辺の「極度の貧困」が増加したのである。
「社会主義から資本主義へ」という史上初の経済転換(Transition)の失敗,拡大EUの外の国家 と民族が,EUの「近隣諸国政策」における共同の枠組みの提示にもかかわらず,現実の問題とし ては,経済停滞を余儀なくされている。
さらに,比較的安定した経済発展を遂げていた,ハンガリー・チェコ・ポーランドなどが2008 年の世界金融危機以降,深刻な打撃を被った。特にハンガリーが著しく,その結果,欧州議会選挙 では軒並み保守党が成長,とりわけハンガリーでは領土修正主義的な右翼のJobbikが議席を獲得し て欧州議会へ乗り込んだ。18
グローバリゼーションの時代,「物理的境界線」の垣根は低くなり特に情報や金融の世界では境 界はいとも簡単に越えられるようになったが,それが心理的境界線の垣根を低くするにはいたって いない。むしろ逆に,グローバル時代の境界線の低下は,心理的にはネオ・ナショナリズムやゼノ フォビアなどの再興と繋がっている。
なぜなのだろうか。それを考える前に,冷戦終焉後のヨーロッパにおける,境界線の対立を緩和 する試みについて検討したい。
3.境界線の対立を緩和する試み
1)境界線をめぐる人の移動と抗争の歴史
人の移動は,ヨーロッパではすでにローマ帝国以前から,東から西への大きなうねりがあった。
そうした中で,諸民族の混住形態が作り上げられた。国家形成においても,奴隷は,異民族であっ た。ローマ,オスマン,ハプスブルク,それぞれの帝国のうちに,様々の「ゲンス(gens)」「ナ ティオ(natio)」,そこから「populus」Romanus(ローマ人)が形成された。その後数世紀にわた る,諸民族の東から西への移動により,ヨーロッパの重層的民族性が形作られた19。「ヨーロッパ の均質性,国民国家の核」とは,近代に作り上げられた「神話」である。
境界線で民族を区切ることは,不可能であった。旧来,境界線は,国家の区切り,主権の限界領 域として存在していたが,それは民族の区切りとは異なるものであった20。中世の境界線は,近代 国民国家ほど明確でない。王権領土,マイノリティの領域,階層間格差は,重なり合い,対抗しあ っていた。中世の境界線は,きわめて複雑で曖昧であった。こうした点で,EUは,近代ウエスト ファリア・モデルより,新しい中世型モデルにより類似しているように見える21。
それが人為的・暴力的に一元化したのが,近代であり,また冷戦期であった。近代から冷戦の終 わりまでは,国民国家の境界線と近代ネイションの区切りを一元化することで「国民国家」とした。
近代初期は,この国民国家の境界線とネイションの境界線を一致させるために戦争が行われ,第2 次世界大戦以降は,ヘルシンキ協定において,原則的には「国境線は変更しない」,という前提で 平和が保たれることとなった。
冷戦終焉後,グローバル化と地域統合の広がりの中で,「東を組み込む」ことにより,「民族・国 家」の概念が,改めて複雑化,流動化し,再考が促されることとなった。
「境界線」は,既存のものではなくなる。西の国民国家に東の多民族国家が組み込まれ,統合に よるヨーロッパの地域概念が,西欧から東欧にひろがり,加えて,限りなく入れ子状に縦横に重な る東の「民族境界線」と「国家再編」はじまる(バルカン),さらに国境の自由化による人の移動 が,ネイション概念を錯綜させたのである。
2)ユーロリージョン:境界線をまたぐ地域協力
これらの対立を緩和する試みとして,冷戦終焉後のヨーロッパでは,国境線を跨ぐ数十のユーロ リージョン(Euroregion)の動きが展開された。
ユーロリージョンは,そもそもは,レギオ(Regio)の共同の試みとして,1963年にフランスの 上アルザス地方,バーデン=ヴュルテンベルク州のドイツ領,スイスのバーゼル地方を取り巻く地 域社会の交流を促進するために設立された22。ヨーロッパ国境地域協会によると,冷戦終焉後の 1992年末で,西ヨーロッパには30団体ほどのユーロリージョンがあった。これを最初に特集で紹 介したのは,冷戦終焉後の中・東欧の激動を資料で紡ぐ雑誌『Quo』であった23。そこでは,社会 主義体制崩壊後の混乱の中で,旧東欧諸国が,EC/EUの財政支援の下で,地域の共存と「民族的 和解」の試み24として,ポーランド,カルパチア,チェコなど諸地域のユーロリージョンの動きを 開始し,それが旧東欧諸民族に共感を持って広がっていったことが,多くの資料により示されてい る。
歴史的な地域協力や地域自治の流れと結びつく形で広がった,冷戦終焉後の中欧イニシアチブな ど下位地域協力や,ウクライナ・ハンガリー・ポーランド・スロヴァキアなど4カ国の境界線から なる「カルパチア・ユーロリージョン」の動きは象徴的であり,筆者も紹介してきた25。
さらに21世紀に入ってからは,歴史学者ではなくアンソロポロジストの研究から,実際の歴史 の中で,多民族地域においていかにそれぞれの民族的な個人が他の民族との共存共生を「生活の知 恵」として行ってきたかを示す「カルパチア盆地における民族のコンタクト・ゾーン(出会いの 場)」と題する国際会議が2004年のハンガリーで開かれた。それはバルカン紛争が10年以上続き,
民族・文明の境界線を「文明の衝突」の「要塞(fortress)」とみなす国際関係上の考え方に対する,
数世紀にわたる現実の「生活世界」からの回答であった。
すなわち,民族学者によれば,実は紛争地域こそ,長期的には「歴史的共存」を行っていた地域 であること,紛争はその時々の国内・国際情勢や政治指導者の思惑により,旧来の共存関係の奥に ある対立関係があおられ,それが表面化させられたにすぎないことを,数世紀の歴史的な生活面か ら,明らかにしたのである。紛争地域は,実は歴史的な流れでみた場合は,平和的共存地域のモデ ルでもあった。それらが,1.宗教からのまなざし(異民族間結婚の場合,夫婦連れだって,まず カトリック教会へ,次いで双方の教会へ出かけて行ったこと),2.生活習慣・結婚・葬式のまな ざし(葬式はそれぞれの宗教と風習に従って行われ,異なった宗教で埋葬した墓に2種類の宗教の
墓碑を立てる,など),3.諸民族の文化と習慣の融合のまなざし(地域に住むロマの集団や境界 線領域のマイノリティにおいては,同一民族の空間の中に縦の階層差が表れ,異なる民族でも様々 な文化と民族習慣が融合して地域文化となったこと)などが明らかにされた26。
これは,当時,コソヴォ空爆からイラク戦争の過程の中で,対立と憎悪に揺れる中・東欧におい て,決定的な問題提起であった。
しかし,21世紀に入り,今度は,グローバル化の中で,移民の流入と失業に揺れる西ヨーロッ パの「市民」の側から,ゆっくりとゼノフォビアが広がってくることとなる。
4.シティズンシップ,人の移動,失業の増大と,欧州のゼノフォビア
1)欧州・シティズンシップ(市民権)とゼノフォビア
「シティズンシップ」とは何か? シティズンシップとは,新しい欧州連合加盟国の市民,「ヨー ロッパ市民」を指す。この用語は,社会的集団の中における,民族的差異や民族的境界を越えよう とする試みとも受け取れる。しかし「シティズンシップ」とは,全体の融和を生む概念のように見 えつつ,「シティズンシップ」には,公共領域における秩序と価値を守りうる資格を持つ層として,
多民族社会のマイノリティや,社会的な弱者・秩序を乱すものとしての敗者(パリア:下層民)に はこれが適用されないかのように見える。
ヨーロッパの「シティズンシップ」要請は,人の自由移動と市場主義,国家形成の過程で起こっ てきた市民権の概念は,政府間主義(inter-governmentalism)と,新機能主義(neo-functionalism)
の間の議論では説明できない,と,ウイレム・マースは,「ヨーロッパ市民の形成」で述べてい る27。またEU新加盟国の「市民権」についても,ギリシャ,スペイン,ポルトガルなど地中海諸国 についてすらまだ十分ではないのに,95年に加盟したスウェーデン,オーストリア,フィンラン ドなどは加盟とほぼ同時に「市民権」を享受し,他方2004年の加盟国10カ国については,ヒト・
モノ・カネの自由移動の原則すら,加盟後も延期されたとしている。28
その点では,EUは,様々なレベルでダブルスタンダードであり,「欧州市民権」の運用は,基本 的には西欧諸国の主権にゆだねられ,また第一義的優先順位として,その国の市民の意識に依拠し ているものであり,マイノリティに対して十分適応可能な概念とは言い難い。
銃を持ち,社会を撹乱させるテロリストや,独立を要求して紛争を繰り返すマイノリティには,
実質的「市民権」は与えられているのだろうか。ホームレス,ワーキングプアは,シティズンシッ プを保障されているのだろうか。トラフィッキング(人身売買)の結果,先進国における性的欲望 を金と代替で支えさせられている女性や子供たちは,シティズンシップが保障されているか? シ ティズンシップのネットワークは,社会的弱者やoutsiderを組み込むことができるのだろうか?
ここに21世紀最初の10年の後半になって,西欧諸国で急速に広がっている,ゼノフォビア
(Xenophobia),反共同体主義(anti-communautarism), 反人種主義(anti-racism)がある。西欧 の移民が,定住化し,移民の2世,3世世代が増えつつある中,欧州では,移民の2世3世が「市
民権」をえようと,その国の言語と文化を受け入れる方向に進んでいる(同化,収斂)中,逆にル ペンやサルコジ,フォルタイン(オランダ)に象徴されるような,反移民,反マイノリティ,反ヨ ーロッパがあらわれている。
グローバリゼーションによって越えられつつある国家の境界線から,境界線を共有する「地域」
の再編に向かっているとき,地域と地域の物理的・地理的境界線を越え,人と人との間にある「心 理的境界線」をいかに打ち破って,「共有領域」を形成していくのか。境界線を越えての自由移動 が,人身売買など人と人との格差と蹂躙を生み出している問題を,いかに解決していくのか。新た な課題が,今,問われている。
0 1980
28 26
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 25 20
Percent unemployed Percent
15
10
5
1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 全ドイツ人
スウェーデン人
外国人 外国人
1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
表1 b)外国人とスウェーデン人の失業者の割合表1 a)外国人とドイツ人の失業者の割合
出典:Markus M.L..Crepaz, T rust beyond Borders, Immigration, The W elfare State, and Identity in Modern Societies, The University of Michigan Press, Ann Arbor, 2008 p. 218, 228.
2)人の移動,失業とゼノフォビア
グローバリゼーションは確かに人の移動を促した。しかしヨーロッパにおいては,冷戦の終焉こ そ,決定的に各地の移民の増大を促したといえる。
右翼政治家のプロパガンダとは異なり,通常,移民の流入と失業の増大は直接の相関関係にない といわれる。が,ドイツとスウェーデンの失業率の表を見る限りにおいては,少なくとも,移民の 失業率と全労働者の失業率は相関関係にあり,また冷戦後の移民の流入に伴い,失業も飛躍的に増 えていることがうかがえる。(表1)29
ここに興味深い表がある。冷戦終焉後,ヨーロッパの東および南からの人の流入に伴い,移民に より治安が悪化し犯罪が増大している,(よって)移民は減らすべきだ,と「考えている」人々が,
表2 移民と犯罪の認識,移民は減らすべきか:1995,2003
移民は犯罪を増加させる 移民は減らすべき
国名 1995 2003 △ 1995 2003 △
オーストリア 63 69 6* 56 61 5
オーストラリア 31 35 4 61 39 -22
カナダ 20 27 7 43 32 -11
ドイツ(西) 68 63 -5 79 70 -9
ドイツ(東) 54 68 14 76 78 2
英国 26 40 14 68 78 10*
アイルランド 13 38 25 22 59 37
ニュージーランド 24 30 6 62 57 -5
ノルウェー 69 79 10 66 71 5*
スウェーデン 59 57 -2 69 58 -11
アメリカ 33 27 -6* 64 56 -8
表3 移民は仕事を奪う 移民は国にとって有益か:1995,2003
移民は仕事を奪う 移民は国にとって有益
国名 1995 2003 △ 1995 2003 △
オーストリア 57 40 -17 43 38 -5
オーストラリア 26 25 -1 64 70 6
カナダ 64 27 -37 63 63 0
ドイツ(西) 26 39 13 39 29 -10
ドイツ(東) 53 58 5 32 22 -10
英国 50 45 -5 17 22 5
アイルランド 38 45 7 56 40 -16
ニュージーランド 40 35 -5 50 59 9
ノルウェー 20 15 -5* 13 30 17
スウェーデン 16 8 -8 27 44 17
アメリカ 48 43 -5 34 45 11
出典:Markus M.L.Crepaz, Trust beyond Borders, Immigration, The W elfare State, and Identity in Modern Societies, The University of Michigan Press, Ann Arbor,2008.
※表2,p.68,表3,p.69の*の数字については羽場久美子修正。
ヨーロッパ,特にオーストリア,ドイツ,ノルウェー,スウェーデンなど中欧・北欧諸国では高い 比率にあり,かつ「増えている」ことが分かる。(表2)30
ところが,アメリカ,カナダ,オーストラリア,ニュージーランドでは,移民が犯罪を増加させ ると「考え」,移民を減らすべきだと考える層がヨーロッパの半分以下で,また21世紀に入り「減 少」すらしている(同表2)。これを見ると,「イラク戦争」と「文明の衝突」を推進した単独行動 主義のアメリカ(マルス)と「欧州市民権」や市民のプランDを主張しているヨーロッパ(ビーナ ス)という,ロバート・ケーガンの比喩31は修正されなければならない。これは,欧州の移民政策 で語られる通常のヨーロッパ理解とも,大きく異なっている。
表を見る限り,少なくとも,EUの理念・規範と,現在西ヨーロッパ市民を覆っているゼノフォ ビアは,明らかに真逆の状態にある。
他方で,移民は仕事を奪う,移民は国にとって良くない,と考える層は,欧州と北米でそれほど 違いがあるわけではない。オーストリア,東ドイツ,イギリス,カナダ,アメリカは,移民は仕事 を奪うと2人に1人が考えており,オーストラリア,カナダ,ニュージーランドを除き,西ヨーロ ッパのほとんどの国は,移民は自国にとって良くないと考えている。(表3)32
さらに興味深いのは,マイノリティが失業を増加させ,社会システムを悪用する,と極めて否定 的に考えている層がすべての西ヨーロッパで4割を超え,ベルギー,フランス,ドイツ(東)では,
一部6割をも上回っていることである。(表4)33
EU本部があるベルギー,およびEUの中心国と見られがちなフランス・ドイツで,明らかに,
「市民」層における移民嫌い,ゼノフォビアが広がっているのである。
こうしたEUと市民のダブルスタンダードを分析することなく,「シティズンシップ」を理念的に 分析することは,実態を誤らせてしまうであろう。
表4 マイノリティへの評価(ユーロバロメータ.2000)
10 20 30 40 50 60 70 % オーストラリア
スウェーデン オランダ イタリア アイルランド 英国 ドイツ(西)
ドイツ(東)
フランス フィンランド デンマーク ベルギー
マイノリティの宗教は 文化に脅威を与える マイノリティは文化を 豊かにする マイノリティは失業を 増やす
マイノリティは社会シ ステムを悪用する
出典:M. M. L. Crepaz, Trust beyond Borders, op. cit., p.71
5.EUとトラフィッキング(人身売買)
もう一つの問題として,近年非常に増出しているといわれるトラフィッキング(人身売買)の問 題がある34。
21世紀に入り毎年400万人がトラフィッキングの犠牲者となっており,そのうち50万人が,EUの 域内でトラフィッキングの被害にあっている35。アジアでのトラフィッキングの最大の受け入れ国 は日本と中国である。中国とロシア,現旧社会主義国は,トラフィッキングの送り出し国・受け入 れ国としても高い数字を有している。
グローバリゼーションと冷戦終焉後における第3次産業の拡大の中で,移民の女性化が言われる が,2005年の国連の統計によれば,世界で1億9千万人の移民のうち,半数の49.6%が女性移民で ある36。
冷戦終焉後,破綻国家となったアルバニア,ベラルーシ,ウクライナ,ロシアなどから,白人若 年女性や児童の人身売買が激増している。その多くが,だまして連れてこられ,パスポートを取り 上げられ,監禁されて,性的産業などに従事させられ,暴力を受け,挙句の果ては臓器売買や強制 的な養子・婚姻などを強いられている。
これまで問題になりがたかった背景に,中間搾取者としてマフィアややくざなど不法集団の存在 図2 ヒューマン・トラフィッキングの受け入れ国,送り出し国,中継国
主要受け入れ国 送り出し国 送り出し国+受け入れ国
出典:United Nations Office on Drugs and Crime(UNODC), Trafficking in Persons: Global Patterns, April 2006.p.17.
http://www.unodoc.org/pdf/trafficking in persons_report_2000 ver5.pdf
羽場久美子「冷戦の終焉と「トラフィッキング(人身売買)」『歴史評論』713号(2009年9月).p.35.
EU,日本,アメリカ,カナダが人身売買の主要受け入れ国となっている。
があり,通常4,5か所の不法集団を売買されるうち,目的地に着いた時には多少の差はあれ,数 万ユーロの借金を背負っている。
当初は,社会主義体制の破綻と賃金格差,さらには華やかな西へのあこがれから豊かさを求めて 国外脱出を試みた若年の女性や児童は,目的地に着いた時には,払いきれないほどの借金を抱えて,
監禁・暴力・パスポートの取り上げを受けつつ性産業に従事させられることになる。これらの受け 入れ国の筆頭にも,EUの指導国,ベルギー,ドイツ,イタリア,オランダ,フランス,欧州外で は,日本,アメリカ,イスラエルなどの先進国が名を連ねている37。(図2)
性産業,臓器移植,中間搾取,非合法,という人権無視の頂点に,10代の女性たち,子供たち が置かれ,それらをEU,日本,アメリカが率先して受け入れている,という問題は,「人間の安全 保障」にとって,避けて通れない問題である。
国連やEUも90年代後半に重い腰を上げ,ようやく21世紀に入って制度化・法制化を始めている。
国連では,2000年に「女性と子供の人身売買や人の密輸に関する議定書」が出され,EUでは,
2002年に「人身売買と戦うための協議会枠組み協定」が採択された38。またEUでは,NGOの献身 的な活動と並行して,EU法の集大成としてのアキ・コミュノテールにもトラフィッキングの項目 が設けられるようになった。2005年には,OSCE, UN, UNOHCHR, UNICEFなどが共同して,西 バルカンにおけるトラフィッキングの現状を分析することとなった。警察,政府,反トラフィッキ ングのNGO団体が共同して保護シェルターを設けたりして一時的に被害は下がったものの,むし ろ数は増え続けており,また地下に戻りつつある39。
人権・市民権に関するEUの「ダブルスタンダード」を是正にむけ,EUエリートの理念・規範と,
EU域内に住む「市民」のゼノフォビアや差別意識の是正,性産業従事者の摘発など,早期に共同 で,解決にむけ努力していくべき課題であろう。
これらへの対策としては,人権保護と,中間搾取の機関への組織犯罪対策がある。日本でも,
2005年の法改正で,人身取引規制が打ち出されたが,被害者保護はいまだ不十分である。社会主 義体制崩壊後の「破綻国家」からもたらされるこのようなトラフィッキングの被害者たちに対する 保護と非合法中間組織に対する早期の摘発は,最大の受け入れ国たるEU・日本・アメリカの喫緊 の課題である。
まとめ
ヨーロッパの「境界線」の内外に広がる格差と対立,市民間のゼノフォビア,さらには,トラフ ィッキングに関する問題は,きわめて構造的なものであり,早急な解決は不可能に近い。
こうした中で,欧州におけるシティズンシップ重視と民主主義導入の政策は,長期的には重要な 課題であるものの,短期的には見てきたように,相互の市民の対立,とりわけ西欧側のゼノフォビ アと格差や蔑視,さらにはそれにもつながる,東の破綻国家からの女性の人身売買の温床になって いるという問題をはらんでいる。
2009年秋,アイルランドの国民投票でリスボン条約が承認され,2010年よりEUは新しく中央集 権的統合へ向かっている。2008年の世界金融危機は,アメリカ,日本,EUに大きな経済的打撃を 与えたものの,現状では,地域統合の優位性を示しており,経済恐慌後,アジアでもアメリカの関 与するAPEC, TPPなど地域主義の動きが否応なく加速している。グローバリゼーションの拡大の 下で中国とGDPの座が入れ替わった日本でも,FTAや金融面での東アジアの経済・通貨レベルで の協力・統合の動きが始まっている。
冷戦終焉20年を経て,ポスト冷戦という一つの節目が終わり,新しい時代に向かおうとする現在,
われわれは,改めて,自己と他者を区切る,社会的・心理的な「境界線」の問題,これらをめぐる 格差と差別,「市民権」の問題を,改めて現在の国際社会の中で,問い直し,その閉じられた境界 をいかに共同化していくかを検討する必要があろう。
注
1. 内と外に引かれた境界線と,ワイダー・ヨーロッパ,近隣諸国政策に見られる共同関係,およびユー ロリージョンの試みについては,EU Enlargement, Region Building and Shifting Borders of Inclusion and Exclusion, ed. By James Wesley Scott, Ashgate, 2006.を参照。ここでは,ドイツとロシアのはざまの地域 における,国境をまたいだ地域協力とユーロリージョンについて論じている。
2. ワ イ ダ ー・ ヨ ー ロ ッ パ と 欧 州 近 隣 諸 国 政 策 に つ い て は,Wider Europe, Neighbourhood : A New Framework for Relations with our Eastern and Sothern Neighbours, Brussels, 11.3. 2003, 26p. および European Neighbourhood Policy,
http://ec.europa.eu/world/enp/pdf/com03_104_en.pdf
http://ec.europa.eu/world/enp/pdf/strategy/strategy_paper_en.pdf
さらに現在にいたるまでのEUの境界線の外に対する近隣諸国政策については,
http://ec.europa.eu/world/enp/policy_en.htm を参照。
3. 「EU市民権」は,マーストリヒト条約で明記されたように,国民としての市民権とともに,欧州連合 の加盟国の一員であることにより,欧州連合(シェンゲン協定)のどの地域に住んでいても,その市民権
—教育権,医療権,社会保障権などが保証されるものである。ただし,EU加盟国以外の「第3国国民」に は,その権利が十分保障されず,また「EU市民権」の付与は専らその国の主権や国家の判断に委ねられる ということから,逆に国ごとに異なる政策や「第3国の国民」にとっては差別を助長するものとなり,多 くの議論を引き起こしている。
4. クシシトフ・ポミアン著,松村剛訳『ヨーロッパとは何かー分裂と統合の1500年』平凡社,1993年。
5. 世紀転換期以降の欧州におけるネオ・ナショナリズムとゼノフォビアについては,多くの書籍が出さ れているが,比較的最近のものとしては,Paul Taylor, The End of European Integration: Anti Europeanism, Examined, Routledge, 2008. Mabel Berezin, Illiberal Politics in Neoliberal Times, Culture, Security and Populism in the New Europe, Cambridge University Press, 2009.を参照。また2004年から3年間行われた,
Padua大学におけるEUのCOE研究の成果として出された「文化間交流と市民」およびナショナリズムにつ
いては,Kumiko Haba, “Democracy, Nationalism and Citizenship in the Enlarged EU, The Effects of Globalisation and Democratisation,” Intercultural Dialogue and Citizenship, Translating V alues into Actions, A Common Project for Europeans and Their Partners, Ed. by Leonce Bekemans et al., Venice, 2007.を参照。
pp. 601-620.を参照。
6. ロビン・メレディス,『インドと中国―世界経済を激変させる超大国』ウェッジ,2007年,75,72,
216-217頁。
7. 羽場久美子「『EUの壁』・『シェンゲンの壁』―統合の「外」にすむ民族の問題」『国際政治』2002年2 月。
8. シェンゲン協定現協定については,既にマーストリヒト条約100c条で「第3国国民」が規定され,そ の移動については,域外国境の管理を行うこと,さらにアムステルダム条約では,「第3国国民のビザ規 定」について詳細に定めている。Peter Kovacs, “Cooperation in the Spirit of the Schengen Agreement, The Hungarian beyond the Borders”, Minorities Research, Budapest, 1998, pp.124-131.
9. The 3rd Convention of the Central and East European International Studies Association(CEEISA), Nordic International Studies Association(NISA), and Russian International Studies Association(RISA), Managing the (Re)creation of Division in Europe, Moscow, Russia, 20-22 June 2002.
10. Bojko Bucar, “The Issue of Double Standards in the EU Enlargement Process”, Managing the (Re) creation of Division in Europe, Moscow, Russia, 20-22 June 2002.
11. すでに2でも示したように,2003年に出されたワイダー・ヨーロッパ:近隣諸国政策は,東と南のEU の近隣諸国と,エネルギー,経済関係,人道支援など広範にわたって協力共同関係を築こうとするもので あった。Wider Europe, Neighbourhood : A New Framework for Relations with our Eastern and Sothern Neighbours, Brussels, 11.3. 2003, 26p. http://ec.europa.eu/world/enp/pdf/com03_104_en.pdf
12. Mabel Berezin, Illiberal Politics in Neoliberal Times, Culture, Security and Populism in the New Europe, Cambridge, 2009.
13. ”From Confederacy to Federation-Thoughts on the finality of European Integration”, Speech by Joschka Fischer at the Humboldt University in Berlin, 12 May 2000, http://www.auswaertiges-amt.de/ これ について,田中友義氏が,論文「欧州はどこへ行くのか」で詳細に論じている。季刊『国際貿易と投資』
Autumn 2003, no. 53.
14. Willem Maas, Creating European Citizens, Rowman & Littlefield Publishers, INC, 2007, p. 1-3.
15. Mabel Berezin, Illiberal Politics in Neoliberal Times, Culture, Security and Popylism in the New Europe, Cambridge University Press, 2009.
16. ポール・コリアー『最底辺の10億人』日経BP社,2008. p.14.
17. ジェフリー・サックスの『貧困の終焉』早川書房,2006.p.61-62.
18. 領土修正や,ハンガリーのJobbikのサイトは,http://www.jobbik.com/
19. パトリック・ギアリ『ネイションという神話』白水社,2009.72-73,85頁。
20. パトリック・ギアリ『ネイションという神話』同。
21. Jan Zielonka, Europe as Empire, The Nature of the Enlarged European Union, Oxford, 2006,pp. 12-14,15
22. ヤン・B・デヴェイデンタール/訳篠崎誠一「ポーランドとユーロリージョン」『QUO』no. 8.ユーロ リージョン:国境を越えて,1993 Summer, p.63.
23. 『QUO:ソ連・東欧はどこへ』は,まさにQuo va dis ソ連・東欧?という問いを込めて,1991年秋の 1号から,1994年夏の12号まで,水谷驍・湯川順夫氏らのリードによるソ連・東欧資料センターによって 刊行されたものである。筆者もいくつかの資料の翻訳にかかわった。
24. 「オイロレギオンとチェコ:民族的和解の試み?」ペトル・プシーホダ,ルドルフ・ヒルフ,マチェ イ・シマノフスキ,訳と解題:篠原琢,QUO,no8, 46-60頁。
25. 羽場久美子『統合ヨーロッパの民族問題』講談社現代新書,1994年,156-170頁。
26. Etnikai kontaktzonak a Karpat-medenceben a 20szazad masodik feleben (20世紀後半のカルパチア盆地に おける民族のコンタクト・ゾーン), Aszod, 2004. Augusztus 26-28., Kisebbseg es kult_ra, Antropologiai Tanulmanyok (少数民族と文化,アンソロポロジー研究), 1, Szerkesztette:a Gergely Andras-Papp Richard, MTA Etnikai-nemzeti Kisebbsegkutato intezete., 羽場久美子「拡大EUとその境界線を巡る地域協力」『歴 史評論』「特集:20世紀ヨーロッパ史のなかの<境界>」歴史科学協議会編集,校倉書房,No. 665, 2005 年9月号,10-16頁。
27. Willem Maas, Creating European Citizens, Rowman & Littlefield Publishers, INC, 2007, p.7,
28. Ibid., p.78-79.
29. “The Politivs of Immigration and the Welfare State in Germany, Sweden, and the United States”, Markus M.L. Crepaz, Trust Beyond Borders, Immigration, The W elfare State, and Identity in Modern Societies, pp. 218-228.
30. “The Politics of Resentment, Xenophobia and the Welfare State”, Trust Beyond Borders, ibid., pp.68- 71.
31. ロバート・ケーガン『ネオコンの論理』光文社,2003年。
32. Trust Beyond Borders, op.cit., p.69.
33. Ibid.., p.71.
34. トラフィッキングに関する資料・文献については,United Nations Office on Drugs and Crime(UNODC), Trafficking in Persons, Global Patterns, April 2006.
http://www.unodc.org/pdf/traffickinginpersons_report_2006ver2.pdf およびUNODCのホーム頁の一連の資料。
http://www.unodc.org/unodc/en/human-trafficking/index.html
書籍としては,Birgit Locher, Trafficking in W omen in the European Union, Norms, Advocacy-Networks and Policy-Change, Vs Verlag fur Sozialwissenschaften, 2002, Human Trafficking, Human Security, and the Balkans, ed. by H.Richard Friman and Simon Reich, Univrsity of Pittsburgh Press, 2007. 大久保史郎編
『人間の安全保障とヒューマン・トラフィキング』日本評論社,2007. などがある。
35. Birgit Locher, Trafficking in W omen in the European Union, p. 22.
36. United Nations, Trends in Total Migrant Stock: the 2005 Revision, 『人間の安全保障とヒューマン・ト ラフィッキング』16頁。
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小倉欣一『近世ヨーロッパの東と西』山川出版社,2004.
ギアリ,パトリック著鈴木道也ほか訳『ネイションという神話―ヨーロッパ諸国家の中世的起源』白水社,
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羽場久美子(2009)「冷戦終焉とトラフィッキング(人身売買)―東から西への女性の移動と「奴隷化」」
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* 本論文は,文部科学省科学研究費 基盤研究(B)「拡大EUの境界線をめぐる民族・地域格差とヨー ロッパの安全保障(アメリカの影響)」(研究代表者:羽場久美子)2004―7年,及び,文部科学省科 学研究費 基盤研究(A)「国際政治に見る欧州とアジアの地域統合の比較研究―規範,安全保障,国 境,人の移動―」(研究代表者:羽場久美子)2008―12年の研究成果の一つである。記して感謝したい。
なお,本論文は,学術研究書『拡大EUの境界線とナショナリズム(仮題)』の一部として刊行を計画 している。