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Commemorative 120th Anniversary Issue of Osaka University Rowing Club

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大 阪 大 学 漕 艇 部 周 遊 歌

作詞 沼 間 昌 教

作曲 吉 田 丈 二

1. 落花の雪に踏み迷ふ

交野の春の桜狩り

古き歌人しのびつつ

春の流れをのぼるかな

2. 巨椋ヶ池の秋の月

渚に立ちて思ふ時

旅に悩める若人の

眼に愁の涙あり

3. 淀の流れよいざさらば

消え且つ結ぶうたかたの

はかなき姿見やりつつ

彼の海原に漕ぎ出でん

4. 潮逆巻き波踊る

紀淡の海の夕まぐれ

かの蒼穹に嘯けば

白衣の袖のふるふ哉

5. 松は緑に砂白き

淡路の島の磯伝ひ

橘薫る森蔭に

夢いと多き乙女あり

6. 須磨の関屋に船寄せて

信う千鳥の鳴く声に

友よ佳き酒くみ交し

旅の疲れを慰めん

ら っ ら か れ か が か が の の の の の の の ゆ き き に ふ ふ ふ み ま よ た た は は る る る る さ く り う び と し び つ つ な を ぼ な

(4)

目次

大阪大学漕艇部周遊歌

寄稿文 大阪大学漕艇部創部 120 周年に際してのお祝い

大阪大学 総長 西尾 章治郎

ご挨拶 120 周年のご挨拶

大阪大学漕艇部 部長 牛尾 知雄

ご挨拶 創部 120 周年を祝して

大阪大学漕艇部後援会 会長 前田 元

記念誌表記について

写真集 漕艇部の 120 年を振返り未来への躍進を期す

大阪帝国大学工学部漕艇部の頃

新制大阪大学始まる 1949 年~

朝日レガッタ・関西選手権エイト優勝 1963 年~

桜ノ宮から守口へ 1969 年~

部員増に沸く部 1987 年~

新合宿所の建設成る 2003 年~

関西選手権エイト優勝 2014 年

インカレ女子ダブルスカル8位入賞 2015 年

インカレ男子舵手付きペア7位入賞 2016 年~

大阪大学・名古屋大学対校競漕大会の記録

後援会員名簿

年表

編集後記

10

11

17

21

25

31

41

45

50

51

56

62

4

(5)

寄稿文

大阪大学漕艇部創部 120 周年に際してのお祝い

大阪大学 総長

西尾 章治郎

本年、大阪大学漕艇部は創部 120 周年を迎えられました。大変喜ばしく、大阪大学を代表し

て心からお慶び申し上げます。

大阪大学は、江戸時代の懐徳堂と適塾の二つの学問所を源流としています。その後、幾多の

変遷を経て、1931 年に医学部と理学部の 2 学部からなる大阪帝国大学が創設されました。さら

にその 2 年後、1896 年に大阪工業学校として設立された大阪工業大学が工学部として加わりま

した。そして、大阪帝国大学は 1949 年に新制大阪大学となり、今日、国内屈指の総合研究大学

として、先進性とたゆまぬ挑戦性を基軸として教育研究に取り組んでいます。

大阪大学漕艇部は、1896 年の大阪工業学校の設立と同時に端艇部として創部されました。そ

の後の長い歴史の中で、本拠地を中之島、桜ノ宮、守口と選びながら、変わらぬ伝統を培い、こ

の間、全日本大学選手権ベスト 8、関西選手権優勝、朝日レガッタ優勝、オックスフォード盾レ

ガッタ優勝をはじめ、多くの輝かしい成績を残してこられました。これらをはじめとする優れ

た戦績に対し、大阪大学から課外活動総長賞、大阪大学体育会から赤堀賞、会長賞、熊谷賞とい

った幾多の賞が贈られています。

そもそも、学生の課外活動においては、その活動を通じた豊かな人間形成こそが最も重要な

意義であると考えています。大阪大学漕艇部は専用の合宿所を有していますが、合宿を伴う団

体生活は自主性や協調性、コミュニケーション力の涵養を一層強化するものとして非常に有意

義です。日々の活動の中で切磋琢磨し、これらの資質を身に付けた学生の皆さんが、将来、社会

の各領域におけるリーダーとしてご活躍されることを確信しています。

なお、その合宿所は、1996 年の創部 100 周年の記念事業の一環として、2003 年に大阪大学

漕艇部後援会の皆様が独力で新合宿所を建設し、大阪大学に寄付されたものと伺っております。

さらに 2016 年には、大阪大学未来基金体育会漕艇部支援事業の本格運用が開始されました。こ

のように大阪大学漕艇部が日々充実した環境の中で活動できる体制の恒常的な整備がなされ、

今日まで長きに亘り発展を続けてこられましたのは、大阪大学漕艇部後援会をはじめとする関

係者の皆様のご支援の賜物と心から感謝申し上げるとともに、大阪大学漕艇部の伝統の重みと

絆の強さに深い感銘を受けている次第です。

大阪大学漕艇部の将来に亘る益々のご発展と、これまで以上のご活躍を祈念し、お祝いのご

(6)

ご挨拶

120 周年のご挨拶

大阪大学漕艇部 部長

牛尾 知雄

1896 年に創立されました大阪大学漕艇部は、今年、120 周年を迎えることができました。こ

れは、大阪大学漕艇部の関係者各位の変わらぬご指導、ご支援と熱心に部活動を継続してきた

先輩諸氏の努力のおかげでございます。皆様のご厚情に改めて御礼を申し上げます。

振り返りますと、大阪大学漕艇部が産声を上げた 1896 年以来、常にその時代の現役部員が熱

心にその活動を継続してきたことが、この歴史を作り上げてきたと言っても過言ではありませ

ん。このような大阪大学の数多くある様々な運動部、文化部の中でも屈指の活動が、120 年の長

きにわたり継続し、そしてさらに現在においても継承されていることは並大抵のことではあり

ません。我々は、大阪大学漕艇部の関係者として、このことを誇りに思います。

この 120 周年という一つの節目を迎えるにあたり、感謝をするとともに、過去を振り返り、

そして今後の未来を考える契機としたく思います。記念式典を通じて原点を確認し、今後どの

ような大阪大学漕艇部を創り上げていくのか議論を深めたいと思います。

日本社会とりわけ大学を取り巻く状況は厳しいものがありますが、この 120 周年を胸に心新

たにより一層努力を重ねたいと思います。何とぞ今後とも格別のご指導、ご支援を賜りますよ

うお願いを申し上げ、ご挨拶とさせて頂きます。

6

(7)

ご挨拶

創部 120 周年を祝して

大阪大学漕艇部後援会 会長

前田 元

大阪大学漕艇部後援会の皆様方には、日頃から暖かいご支援をいただき、誠にありがとうご

ざいます。このたび創部 120 周年を迎えることが出来ましたことは、後援会員一同にとりまし

て慶賀の至りと存じます。

明治 29 年(1896 年)という時代に思いを馳せてみますと、維新後、欧米列強に何とか追い

つこうと先人たちが努力した結果、やっと近代国家としての体制が整ってきた頃かと思います。

日清戦争に勝利したものの、ロシア主導による三国干渉に涙を飲まざるを得ませんでした。国

力としてはまだ十分なものではなく、国民生活も爪に火をともすような窮乏状態であったとさ

れています。このような時代背景の中で、大阪工業学校に文武両道の精神に基づいて端艇部が

創立され、現大阪大学漕艇部のルーツとしての活動が始まったわけです。

ボートという、苛酷で、さして華々しくもなく、しかし何世紀にもわたって人々に

親しまれてきたスポーツには、かならず何がしかの美がある。ふつうの人間は気づ

かなくとも、卓越した人間はそれに気づく。

ジョージ・ヨーマン・ポーコック

私も含めて、大学に入学して初めてオールを握る人が大半と思います。先輩やコーチの指導

を受け、3 年間で何とかローイングの形になるわけですが、必ずしも勝利の美酒を味わうことが

できるとは限りません。むしろ悔しい思いをした人の方が多いと思いますが、このボート部生

活で得られた貴重な経験はその後の人生において大きな糧となっています。ボートを漕いだ人

間でなければ感じることのできないこの思いを、後輩たちにも脈々と伝えていきたいと思いま

す。大阪大学漕艇部が 200 年、300 年とさらに発展していくことを祈念して止みません。

最後になりましたが、この記念事業を企画立案し、また素晴らしい記念誌を作成いただいた

実行委員およびマネージャーの方々に心から感謝いたします。

(8)

記念誌表記について ~その1~

【「たいこう」の表記について】

今回の 120 周年記念誌編集作業の中で「たいこう」の表記について「対校」と「対抗」の

どちらを使うのかという議論がありました。特に近年、大阪大学においては「対抗」を使用し

ている事もあり、色々な意見がありました。

それぞれ使っていた年代にとって、思い入れがある言葉であることは十分に理解しておりま

すが、この記念誌においては監督・幹事会で協議し「対校」で統一することといたしました。

また議論の過程で、以前は「チャン」という表現も使われていたとのことです。調べてみる

と「漕艇用語辞典」というホームページにも「チャン」が載っていて「チーム内のトップの選

手達が乗る 1 番艇のこと」と書いてあり、その様な表現を知らなかった私は非常に驚きを覚

えました。

またジュニアクルー(Jr)、2nd や B クルーといった対校以外のクルーについては長い歴史

の中で、さらに色々な呼称が使われています。こちらについては、その時の部員構成やクルー

の狙いなどによって統一が非常に難しいという事から、写真提供者の表現に委ねた形となって

います。

参考:漕艇用語辞典 http://seesaawiki.jp/w/jara_project/

8

(9)

記念誌表記について ~その2~

【種目の略号と呼称】

今回の 120 周年記念誌では、ページの都合上種目で一部略号・記号を用いています。ボー

ト競技から遠ざかった方にとっては馴染みのない表現になっているかもしれませんので、こち

らに纏めました。

種目

略号

種目

記号

男子種目

M

スカル

シングルスカル

1×

女子種目

W

ダブルスカル

2×

男子軽量級種目

LM

舵手なしクォドルプル

4×

女子軽量級種目

LW

舵手つきクォドルプル

4×+

スイープ

舵手なしペア

2-

舵手つきペア

2+

舵手なしフォア

4-

舵手つきフォア

4+

エイト

8+

ナックルフォア

KF

略号と記号の組み合わせで種目を表現します。

【例】

・女子シングルスカル:W1× ・男子舵手つきペア:M2+

なお COX(舵手)の体重制限ですが、現在は以下の通りになっています。

•男子 ユニフォームを含めて 55kg 以上

•女子 ユニフォームを含めて 50kg 以上

平成1桁の私が現役の頃は、男子で 50kg 以上となっておりかなりハードな減量をした記憶

がトラウマの様に残っています。その様な経験をされた COX はたくさんいるのではないでし

ょうか?

(日本ボート協会 HP より抜粋・一部編集委員にて追記)

(10)
(11)

写真集

漕艇部の 120 年を振返り未来への躍進を期す

現存する写真を掲載し、漕艇部の歴史を振り返る。

 大阪帝国大学工学部漕艇部の頃

 新制大阪大学始まる 1949 年~

 朝日レガッタ、関西選手権エイト優勝 1963 年~

 桜ノ宮から守口へ 1969 年~

 部員増に沸く部 1987 年~

 新合宿所の建設成る 2003 年~

 関西選手権エイト優勝 2014 年

 インカレ女子ダブルスカル 8 位入賞 2015 年

インカレ男子舵手付きペア7位入賞 2016 年~

(12)

大阪帝国大学工学部漕艇部の頃

大阪大学漕艇部は、1896 年(明治 29 年)の大阪工業

学校の設立と同時に端艇部として創部された。大阪工

業学校は 1929 年(昭和 4 年)に大阪工業大学に昇格

し、1933 年(昭和 8 年)に大阪工業大学は大阪帝国

大学工学部となった。大阪帝国大学工学部漕艇部は

数々の輝かしい戦績を残した。

大阪帝国大学

工学部漕艇部

中部三帝大工學部端艇競漕大會

優勝旗

1936 年(昭和 11 年)

、関西選手権

一般シェルフォア優勝トロフィー

前面:

第九回関西選手権 兼全日本選手権

関西豫選 競漕大會 一般フオア.シ

エル

背面:

昭和十一年九月 贈 大津市長

大阪帝國大學工学部

舵手 川崎元一

整調 千代田正彦

三番 西光裕

二番 井上重男

舳手 楠瀬正英

監督 田川雪一

副監督 徳大寺元磨

12

(13)

新制大阪大学始まる 1949年~

1949 年(昭和 24 年)に大阪帝国大学は新制大阪大学となり、大阪帝国大学の工学部の漕艇部

と旧制大阪高等学校端艇部を引き継ぐ新制大阪大学の漕艇部は合併し、新漕艇部となった。新

制大阪大学の一期生である米野(S28 卒)

、二期生である木野(S29 卒)

、大河内(S29 卒)等を

中心に、漕艇部の新たな時代が始まった。生まれ変わったこのクルーを強力に引っ張り指導し

たのは村上(S27 卒)であった。

(14)

桜ノ宮艇庫

桜ノ宮艇庫の川側でエイトのそば

に 立 っ て 居 ら れ る 笹 島 漕 艇 部 長

(S09 卒、工学部造船工学科教授)

左川向うの煙突は三菱金属工場で

桜ノ宮銀橋南側の造幣局へ硬貨の

地銀を供給していた。現在は帝国ホ

テルの場所。

1955 年頃(昭和 30 年頃)の桜ノ宮

艇庫。西旧淀川岸より写す。右側(南

側)大阪商船(株)の艇庫は六人漕

固定席艇(フィックスと称してい

た)を収納するだけの艇庫。大阪高

等学校(旧制)(学制改革により大

阪大学となり教養課程の場となっ

た)と工学部艇庫の間の建物は大阪

漕艇倶楽部(任意)の艇庫。トタン

浪板貼りの工学部艇庫の外壁には

前身の大阪高等工業と書かれた文

字が残っていた。

14

(15)

1951~1952

1951 年(昭和 26 年)

。名大戦で名

古屋遠征。名古屋の旅館にて。前

列左より坂見(S29 卒)

、喜多(S29

卒)

、村上(S27 卒)

、米野(S28 卒)

後列左より嶋谷(S29 卒)、此常(S29

卒)

、岸田(S30 卒)

、大河内(S29

卒)

、福本(S29 卒)

1952 年度(昭和 27 年度)関西漕艇

選手権大会。於瀬田川コース。COX

三木(S31 卒)、S 福本(S29 卒)

7 米野(S28 卒)

、6 嶋谷(S29 卒)

5 山口(S30 卒)

、4 此常(S29 卒)

3 木野(S29 卒)

、2 大河内(S29 卒)

B 田窪(S30 卒)

1952 年(昭和 27 年)三地域対抗エ

イト(兼阪神、京滋リーグ決勝)優

勝。中之島。前列左から田根コーチ、

米野(S28 卒)、丹野コーチ。中列左

から大河内

(S29 卒)、

三木(S31 卒)

福本(S29 卒)

、山口(S30 卒)

。後

列左から此常(S29 卒)

、田窪(S30

卒)

、木野(S29 卒)

、嶋谷(S29 卒)

1954 年(昭和 29 年)朝日レガッタ

4+優勝。 左から 島下(S31 卒)

山口(S30 卒)

、岡崎(S32 卒)

、岡

見(S32 卒)

、三木(S31 卒)

(16)

1956~1960

1956 年(昭和 31 年)クルー。白鳳。

瀬田川での関西選手権。COX 難波

(S33 卒)、S 塚原(S32 卒)

、7 伊

達(S32 卒)、6 岡崎(S32 卒)、5 田

島(S33 卒)、4 西川(S33 卒)、3 岡

見(S32 卒)、2 小野(S34 卒)、B 榎

並(S34 卒)。

1957 年(昭和 32 年)クルー。飛鳥。

関西漕艇選手権、8 月 3 日~4 日、

瀬田川。COX 福渡(S35 卒)、S 間

(S35 卒)、7 三浦(S35 卒)

、6 松

田(S34 卒)

、5 津山(S35 卒)

、4 喜

多嶋(S35 卒)

、3 奥田(S35 卒)

2 木野(S34 卒)

、B 西川(S33 卒)

1960 年(昭和 35 年)

。第 13 回大阪

市民レガッタ。OB 戦。COX 上坂

(S35 卒)

、S 間(S35 卒)

、7 米野

(S28 卒)

、6 島下(S31 卒)

、5 伊

達(S32 卒)

、4 大河内(S29 卒)

3 岡見(S32 卒)

、2 西川(S33 卒)

B 田窪(S30 卒)

。輝く優勝!

1960 年(昭和 35 年)

。第 13 回大阪

市民レガッタ。阪大艇庫前。前列左

から S 間(S35 卒)

、津山(S35 卒)

COX 上坂(S35 卒)

、7 米野(S28

卒)

、2 西川(S33 卒)

。後列後ろか

ら 4 大河内(S29 卒)

、3 岡見(S32

卒)

、5 伊達(S32 卒)

、6 島下(S31

卒)、B 田窪(S30 卒)

16

(17)

女子ボート部

左から坪井

(S33 卒)

油井

(S32 卒)

嶋谷(S32 卒)

、堀田(S32 卒)

1955 年(昭和 30 年)

。国体の行わ

れた相模湖にて。COX 辰馬(S32

卒)

、S 嶋谷(S32 卒)

、3 油井(S32

卒)

、2 喜田(S31 卒)、B 高橋(S31

卒)

1956 年(昭和 31 年)朝日レガッタ

にて,女子ボート部。前列左から豊

田(S34 卒)

、喜田(S31 卒)

、吉川

(S34 卒)

、野崎(S34 卒)

、嶋谷コ

ーチ(S29 卒)

。後列左から高橋(S31

卒)

、堀田(S32 卒)

、坪井(S33 卒)

嶋谷(S32 卒)

、油井(S32 卒)

1956 年(昭和 31 年)朝日レガッタ

にて。前列左から野崎(S34 卒)

、嶋

谷コーチ(S29 卒)

。後列左から堀

田(S32 卒)

、坪井(S33 卒)

、嶋谷

(S32 卒)

、油井(S32 卒)

(18)
(19)

朝日レガッタ・関西選手権エイト優勝 1963年~

1963 年(昭和 38 年)

、対校エイトは朝日レガッタ優勝、関西選手権優勝、全日本選手権準決

勝 3 位を果たし、部は大いに高揚した。

(20)

1963~1966

1963 年(昭和 38 年)、朝日レガッ

タ決勝、於琵琶湖。対積水化学、法

政大学戦。COX 赤木(S40 卒)、S

細居(S40 卒)

、7 山下(S41 卒)

6 賀來(S41 卒)、5 石川(S41 卒)

4 三井(S39 卒)、3 今村(S40 卒)

2 市川(S40 卒)

、B 宮田(S39 卒)

1963 年(昭和 38 年)全日本選手権

大会、合同艇庫前。1963 年は東京

オリンピックの前年に当たり、戸田

漕艇場が改装中のため使えず、全日

本選手権大会は相模湖で開催され

た。左から 2 市川(S40 卒)

、6 賀來

(S41 卒)

、B 宮田(S39 卒)

、5 石

川(S41 卒)

、4 三井(S39 卒)

、7 山

下(S41 卒)

、S 細居(S40 卒)

、3 今

村(S40 卒)

。前は COX 赤木(S40

卒)

当時のユニフォームと関西選手権

優勝トロフィー。

1966 年(昭和 41 年)全日本選手権

M8+準決勝 5 位。写真は同大会の

予選 B 組の 1200m あたりで、左か

ら大阪大学、北海道大学、東北大学、

名古屋大学(被写外)の予選順位通

り。

20

(21)

関西選手権優勝

1963 年(昭和 38 年)

。対校エイト

のシートはシーズンを通じて COX

赤木(S40 卒)、S 細居(S40 卒)

7 山下(S41 卒)

、6 賀來(S41 卒)

5 石川(S41 卒)

、4 三井(S39 卒)

3 今村(S40 卒)

、2 市川(S40 卒)

B 宮田(S39 卒)

1963 年(昭和 38 年)

、関西選手権

準決勝、於瀬田川。対同志社大学。

1963 年(昭和 38 年)

、関西選手権

決勝、於瀬田川、唐橋より。対関西

学院大学戦。

1963 年(昭和 38 年)

、関西選手権

決勝、於瀬田川。対関西学院大戦。

(22)

桜ノ宮練習風景

1964 年(昭和 39 年)秋 Jr.クルー

朝乗艇練習。対岸 OAP の所には三

菱金属大阪精錬所があり、艇庫前木

場(貯木場)間の水路を通って川に

出入りしていた。

1966 年(昭和 41 年)4 月。阪大艇

庫前。朝日レ前対校クルー。左のベ

ランダ建物が阪大艇庫。当時の艇庫

は市大艇庫に隣接し、阪大艇庫に関

西大学、市大艇庫に大阪工大が一部

借用使用していた。その他多くの商

社クルーもナックルフォアで乗艇

練習しており土日は相当華やいで

賑やかだった。

1967 年(昭和 42 年)桜ノ宮練習風

景。朝日レガッタ優勝の対校クル

ー。前方には Jr.クルー以外にナッ

クルフォアが 4 杯、銀橋上には市電

が写っている。

銀橋上から Jr.クルーを写してい

る。ナックルフォア 3 杯も写ってい

る。現在合同艇庫のバラック建物は

厩舎で前は馬術練習場、波が静まる

傾斜付きの護岸だった。

22

(23)

桜ノ宮から守口へ 1969年~

漕艇部は、1969 年(昭和 44 年)に守口艇庫を新設し、1971 年(昭和 46 年)に守口合宿所

(母屋)を新設し、本拠地を桜ノ宮から守口に移した。桜ノ宮艇庫から守口艇庫に移った理由

は、昭和 40 年頃、桜ノ宮艇庫の付近はモーターボートが走り回って練習に支障をきたし、水

も濁って練習できないという状況であったため淀川本流に移ることにした、というものであ

る。なお、桜ノ宮艇庫のあった桜ノ宮公園が大阪市の公園整備計画により整備されることにな

り、それに伴って桜ノ宮艇庫の移転を要求されたのは、守口の現艇庫に移ることを漕艇部が決

めた後である。

(24)

オックスフォード盾

レガッタ 5 位

1970 年(昭和 45 年) 秋~冬 結

成直後の対校エイト(造幣局前の淀

川で乗艇)。S 森川(S48 卒)

、7 原

(S48 卒)、6 村上(S48 卒)

、5 小

畑(S48 卒)、4 野阪(S46 卒)、3 谷

脇(S48 卒)、高坂(S47 卒)、B 岩

崎(S48 卒)。

1972 年(昭和 47 年)、オックスフ

ォード盾レガッタ M8+決勝 5 位。

2 回生中心の対校クルー。写真はそ

の時のスタート前。戦績 予選 1

位、準決勝 2 位、決勝 5 位。COX

家村(S49 卒)

、S 吉川(S50 卒)

7 鷹尾(S50 卒)

、6 前田(S50 卒)

5 横江(S49 卒)、4 中川(S50 卒)

3 谷脇(S48 卒)

、2 五十里(S50 卒)

B 東(S50 卒)

1985 年(昭和 60 年)

、大阪市民レ

ガッタ男子対校エイト、優勝。1985

年にデビューしたエイト碧青は、大

阪市民レガッタの予選から朝日レ

ガッタの準々決勝まで 5 レース連

続で 1 位となった。

1984 年(昭和 59 年)のインカレ対

校エイト。

24

(25)

守口艇庫での練習開始

1983 年(昭和 58 年)の 2nd エイ

ト。守口の淀川にて。

1983 年(昭和 58 年)のエッセン風

景。守口合宿所。

1984 年(昭和 59 年)の夏のウェイ

ト練習風景。守口艇庫前。

(26)
(27)

部員増に沸く部 1987年~

1987 年(昭和 62 年)に 23 名の新入部員(H03 卒)

、1988 年(昭和 63 年)にも 23 名の新入

部員(H04 卒)が入部し、部員数の増加に部は大いに沸いた。

(28)

1987~1989

1988 年(昭和 63 年)朝日レガッタ

3rd エイト。漕手全員 2 年生ながら

予選突破。COX 衣川(H02 卒)、S

甲斐(H03 卒)、7 今城(H03 卒)、6

栄森(H03 卒)、5 須原(H03 卒)、4

今清水(H03 卒)、3 児玉(H03 卒)、

2 内生蔵(H03 卒)、B 児山(H03

卒)。

1989 年(平成元年)大阪市民レガ

ッタ。フォアが優勝と 3 位、Jr.エイ

ト 3 位。この後の朝日レガッタで対

校エイトが 20 年ぶりに決勝進出

し、部員も増えて、非常に勢いがあ

った時期だった。

1989 年(平成元年)朝日レガッタ

での対校エイト。20 年振りの朝日

レガッタ決勝進出を果たす。COX

平野(H02 卒)

、S 佐藤(H02 卒)

7 福島(H02 卒)

、6 苗村(H03 卒)

5 前田(H03 卒)

、4 舘(H03 卒)

3 小田(H04 卒)

、2 堀切(H03 卒)

B 久保(H02 卒)

1989 年(平成元年)、インカレフォ

ア。珍しい戸田コースの対岸からの

写真。COX 加藤(H04 卒)、S 岸本

(H02 卒)、3 岡本(H04 卒)、2 今峰

(H04 卒)、B 今城 (H03 卒)。

28

(29)

1990~1992

1990 年(平成 2 年)阪名戦。この

年大阪で花博開催され、大阪府が援

助金を出し、初めて浜寺で阪名戦が

開催された。以降の阪名戦は再び桜

ノ宮で開催された。

1990 年(平成 2 年)インカレ。4+

が準決勝 2 位を果たす。COX 中島

(H03 卒)、S前田(H03 卒)

、3藤

田(H05 卒)

、2並河(H04 卒)

、B

大塚(H04 卒)

。阪大として唯一の

対校 4+でインカレ出場し、惜しく

も準決勝 2 位、1 艇身差で決勝進出

を逃した。インカレ決勝に最も近づ

いたクルー。

1991 年(平成 3 年)ごろ。前列左

より田中(H06 卒)

、鷹野(H06 卒)

植田(H06 卒)

、岩根(H06 卒)

。2

段目左より竹添(H06 卒)、上原

(H06 卒)、石橋(H06 卒)

。3 段目

左より疋田(H04 卒)、脇田(H06

卒)

、西村(H06 卒)

1992 年(平成 4 年)

、朝日レガッタ、

フォア準決勝スタート前。応援団の

エール。左から B 村井(H07 卒)

3 池村(H07 卒)、田中(H06 卒)

植田

(H06 卒)、COX 脇田(H06 卒)。

結果は準決勝敗退。

(30)

1992~1994

1992 年(平成 4 年)

、オックスフォ

ード盾レガッタのセカンドエイト。

朝日レガッタのフォアとセカンド

エイトを混成した。

1993 年(平成 5 年)3 月。金城監督

の取り計らいで武蔵川部屋の朝稽

古を見学。武蔵丸関とともに。

1993 年(平成 5 年)、戸田、インカ

レ。対校エイトは敗者復活戦で早稲

田大学を破り、準決勝進出(ベスト

16)を果たした。COX 岩熊(H07

卒)

、S 和田(H07 卒)

、7 田中(H07

卒)

、6 村井(H07 卒)

、5 谷本(H09

卒)

、4 香山(H07 卒)

、3 大野(H08

卒)

、2 定(H07 卒)

、B 櫻井(H08

卒)

1994 年(平成 6 年)8 月、戸田(オ

ックスフォード盾レガッタ)、セカ

ンドエイト。COX 山田(晃)

(H08

卒)

、S 吉沢(H08 卒)

、7 尾西(H08)

卒、6 矢野(H08 卒)

、5 林田(H08

卒)

、4 長柄(H09 卒)、3 酒井(H09

卒)

、横山(H07 卒)

、B 中西(H07

卒)。セカンドエイトは、朝日レガ

ッタ準決勝、淀川杯優勝、瀬田川杯

レガッタ 3 位の戦績を残した。オッ

クスフォード盾レガッタでは予選

通過ならず。

30

(31)

2000~2003

2000 年(平成 12 年)全日本軽量級

選手権大会、M8+、4 位。前列左か

ら B 浅津(H14 卒)

、5 竹内 健(H14

卒)

、7 岩本(H14 卒)、松田コーチ

(H09 卒)

。後列左から 3 田中(H15

卒)

、6 鳥塚(H15 卒)

、2 首藤(H14

卒)

、4 宮田(H14 卒)、COX 佐藤

(H14 卒)

、S 今西(H14 卒)

2002 年(平成 14 年)

、浜寺漕艇場、

阪名戦対校エイト、優勝。COX 村

井(H15 卒)

、S 今西(H14 卒)、7

瀧口(H16 卒)

、6 鳥塚(H15 卒)

5 山岡(H17 卒)、高橋(H15 卒)

田中(H15 卒)

、田中(H16 卒)

、水

谷(H15 卒)

2002 年(平成 14 年)

、浜寺漕艇場、

阪名戦対校エイト、優勝。前列左か

ら田中(H16 卒)

、COX 村井(H15

卒)

、高橋(H15 卒)

、水谷(H15)

後列左から今西(H14 卒)、田中

(H15 卒)

、瀧口(H16 卒)

、山岡

(H17)

、鳥塚(H15 卒)

2003 年(平成 15 年)

、浜寺漕艇場、

阪名戦、対校エイト、優勝。COX 河

井(H16 卒)

、瀧口(H16 卒)

、手塚

(H17 卒)

、山岡(H17 卒)

、井村

(H17 卒)

、深尾(H17 卒)

、牧崎

(32)
(33)

「合宿所の外観が分かるような高解像度の写真」

新合宿所の建設成る 2003年~

新合宿所は、1996 年(平成 8 年)の大阪大学漕艇部創部 100 周年の記念事業の一環として計画

され、2003 年(平成 15 年)に完成が成った。新合宿所の建設には多数の後援会員、現役部員、

および部外の有志の方々の寄付が寄せられた。桜ノ宮から守口へ艇庫を移転した時、当時国費

で合宿所の建設は認められなかった。その理由は、当時学生運動が盛んで、合宿所がそれら学

生に利用される事が懸念されたためである。認められたのは更衣室としてのスペースのみであ

った。このスペースにはキッチンと畳部屋があり、母屋と呼ばれていた。この広さでは合宿に

支障があったため、応急処置としてプレハブ建屋で対応したが、恒久的な合宿所として新合宿

所が計画、建設された。

(34)

新合宿所の建設

合宿所玄関には、以下の文章が記さ

れた銘板が掲げられている。

本合宿施設は、大阪大学後援会に

より創部100周年記念事業の一

環として計画され、多数の後援会

員・現役部員及び多くの部外の有志

の方々からのご寄付により建設さ

れた。

大阪大学漕艇部の永久の発展を

願い、ここに寄贈するものである。

西紀 2003 年 1 月 23 日

大阪大学 漕艇部後援会

会長 大河内 宏

34

(35)

2006~2008

2006 年(平成 18 年)阪名戦優勝。

最前列に対校エイトクルー。

2006 年(平成 18 年)朝日レガッタ

にて。対校エイト∞。右より、村上

(H20 卒)

、山崎(H20 卒)

、羽原

(H20 卒)

、田中(H19 卒)

、影井

(H20 卒)

、藤崎(H20 卒)

、濱野

(H21 卒)

、杉本(H20 卒)

、前に藤

田(H19 卒)。

2008 年(平成 20 年)

、漕艇部はト

ップクルーの表記を「対校」から「対

抗」に変更。全日本選手権等に社会

人クルーが出場する時代に合わせ、

日本一を目指す思いを込めて一致

団結した。

2008 年(平成 20 年)男子エイト関

西選手権準優勝。前列左より藤崎

(H20 卒)、2 上原(H22 卒)、6 佐々

木(H23 卒)、COX 山田(H21 卒)、

7 光畑(H22 卒)、村上コーチ(H20

卒)

、吉田(H20 卒)、後列左より、

金城監督

(S45 卒)

S 江藤(H22 卒)、

B 森(H22 卒)、4 北本(H22 卒) 、5

伊達岡(H22 卒)、3 山本(H23 卒)、

山崎コーチ(H20 卒)

2008 年(平成 20 年)関西選手権、

(36)

2009~2011

2009 年(平成 21 年)インカレ壮行

会にて。

2010 年(平成 22 年)朝日レガッタ。

瀬田の唐橋より撮影。男子エイト∞

COX 高奥(H23 卒)

、S 田中(H24

卒)、7 中澤(H23 卒)、6 八杉(H24

卒)、5 磯(H25 卒)、4中川(H24 卒)、

3 佐々木(H23 卒)、2 江藤(H22 卒)、

B 山本(H23 卒)。この2か月後、飲

酒騒動により停部、関西選手権を棄

権する。

2011 年(平成 23 年)関西選手権に

て。Jr. 4+銅メダル。左から江藤

(H22 卒)、月足(H25 卒)、城戸(H26

卒)、菱川(H24 卒)、松山(H26 卒)。

2011 年(平成 23 年)関西選手権、

男子エイト準優勝。応援団と共に。

左より、小松(H26 卒)、江藤コーチ

(H22 卒)、三谷(H26 卒)、丸尾(H26

卒)、横山(H26 卒)、磯(H25 卒)、

中川(H24 卒)、山田(H26 卒)、森野

(H26 卒)、山谷(H26 卒)。

36

(37)

女子ダブルスカル

関西選手権 優勝

2011 年(平成 23 年)関西選手権女

子ダブルスカル 優勝クルー。スト

ローク木村(H23 卒)、バウ尾澤

(H25 卒)

。他のクルーを圧倒し、

部としては48年ぶりの関西選手

権金メダルを獲得した。

優勝盾を持つ木村(H23 卒)と賞状

を持つ尾澤(H25 卒)

関西選手権にて、集合写真。W2x 優

勝、M8+ 準優勝、M4+、W1x 第 3

位。好成績に高揚する部員一同。

優勝した W2x よりも、準優勝の

M8+ が祝福される雰囲気に女子

部員からは苦言が呈され、男女間の

扱いの違いを再考する機会となっ

(38)

インカレ3日目

2011 年(平成 23 年)全日本大学選

手権大会(インカレ)において、女

子ダブルスカル木村(H23 卒)

・尾

澤(H25 卒)、女子シングルスカル

松原(H26 卒)、男子シングルスカ

ル田中(H24 卒)が準決勝に進出し

た。

写真は、出艇を見守る部員・OBOG

一同。力漕する、女子ダブルスカル、

女子シングルスカル、男子シングル

スカル。

38

(39)

男子舵手付きフォア

全日本新人選手権 準優勝

2011 年(平成 23 年)全日本新人選

手権において、2回生のみで結成さ

れた男子舵手付きフォアが準優勝

した。

手前に阪大クルー。COX 山田、バ

ウから、山谷、丸尾、小松、横山。

(H26 卒)

決勝レース後、表彰台前の桟橋に船

をつけるクルー。

ポディウムにてクルー集合写真。

最後列に右から、赤坂主務(H25

卒)、金城監督(S45 卒)、北本コー

チ(H22 卒)。

(40)

躍進する女子クルー

2012 年(平成 24 年)全日本大学選

手権において、女子ダブルスカルは

2年連続で準決勝に進出した。

写真は、試合直前のミーティングの

様子。右が尾澤(H25 卒)

、左が松

原(H26 卒)。

力漕するクルー。ストローク松原

(H26 卒)

、バウ尾澤(H25 卒)。

2012 年(平成 24 年)全日本選手権

においては、岡崎(H26 卒)が招待

選手としてデンソークルーの COX

として出場し、優勝した。

阪大ボート部 OB の小川喜幸デン

ソーボート部部長(S61 卒)と共に。

40

(41)

勢いづく漕艇部

2012 年(平成 24 年)全日本新人選

手権において、男子舵手付きフォア

は2年連続で決勝に進出し、銅メダ

ルを獲得した。ストロークから、大

城、西浦、福永、河岸、COX 大王

(H27 卒)。

入賞後、三菱艇庫前にて。後列右か

ら、中澤コーチ(H23 卒)、河岸(H27

卒)、山岨主務(H26 卒)、杉山マネ

(H27 卒)、前列右から、西浦、大王、

大城、福永(H27 卒)。

2013 年(平成 25 年)関西選手権に

おいては、女子舵手付きクォドルプ

ルが準優勝した。ストロークから、

松原(H26 卒)、田中(H28 卒)、川村

(H28 卒)、佐伯(H27 卒)、COX 岡

崎(H26 卒)

表彰式後の W4x クルー。右から、

松原(H26 卒)

、田中(H28 卒)

、川

村(H28 卒)

、佐伯(H27 卒)

、岡崎

(H26 卒)

(42)
(43)

関西選手権エイト優勝 2014年

(44)

激闘の決勝レース

3レーン(中央)阪大クルー。

COX は大原(H28 卒)、ストローク

から篠原(H29 卒)

、戸野(H28 卒)

西本(H28 卒)

、竹内(H29 卒)

、鬼

塚(H27 卒)、藤澤(H28 卒)

、佐橋

(H28 卒)

、福永(H27 卒)

写真は、レース中盤および、ラスト

スパートでの激闘の様子。レース直

後、クルーはガッツポーズで喜びを

表現する。半艇身差で勝利をもぎ取

った瞬間であった。

44

(45)

祝福を受けるクルー

大阪大学のエイトが関西選手権に

おいて優勝したのは、昭和38年以

来、実に51年ぶりのことであっ

た。

クルーにメダルをかけているのは、

元大阪大学漕艇部部長、大阪ボート

協会理事長の黒田英三先生(S37 卒)

である。

クルー集合写真は、上段左から、竹

内(H29 卒)

、篠原(H29 卒)

、戸野

(H28 卒)

、佐橋(H28 卒)

、藤澤

(H28 卒)

、下段左から、西本(H28

卒)、鬼塚(H27 卒)

、福永(H27 卒)

大原(H28 卒)。

優勝クルーは、若手・壮年を問わず、

幅広い世代から大いなる称賛を浴

びた。

(46)
(47)

インカレ女子ダブルスカル8位入賞 2015年

インカレ男子舵手付きペア7位入賞 2016年~

2015 年(平成 27 年)

、女子ダブルスカルがインカレ 8 位を達成し、阪大初のインカレ入賞を

果たした。2016 年(平成 28 年)

、男子舵手付きペアがインカレ 7 位を達成し、阪大男子初の

インカレ入賞を果たした。

(48)

女子ダブルスカル

インカレ8位入賞

2015 年(平成 27 年)全日本大学選

手権大会(インカレ)、

出艇する女

子ダブルスカルクルー。 ストロー

ク 岩谷(H29 卒)、バウ 川村

(H28 卒)

力漕するクルー。

戸田漕艇場にて、集合写真。

48

(49)

躍進を続ける漕艇部

2015 年(平成 27 年)全日本新人選

手権において、男子舵手付きフォア

は銅メダルを獲得した。

写真は、ポディウムにて、右から三

浦、飛永、松清、松重、木本(H30

卒)

2016 年(平成 28 年)西日本選手権

においては、男子ダブルスカルが準

優勝、女子ダブルスカル・女子シン

グルスカル・男子エイトが銅メダル

を獲得した。

写真は、表彰式後 M2x クルー。右

から近藤、田中(H31 卒)

W1x 右に今玉利(H31 卒)

W2x 右から岩谷(H29 卒)、門田

(H31 卒)。

(50)

男子舵手付きペア

インカレ 7 位入賞

2016 年(平成 28 年)全日本大学選

手権大会(インカレ)において、男

子舵手付きペアが 7 位入賞した。阪

大男子初のインカレ入賞を果たし

た。

写真は、試合前のウォームアップを

行う舵手付きペアクルー、COX 井

村(H31 卒)、S 和田(H30 卒)

、B

東川(H31 卒)。

力 漕 す る 舵 手 付 き ペ ア ク ル ー 。

COX 井村も全力でクルーをリード

する。

表彰状を受け取るクルー。右から

COX 井村(H31 卒)

、S 和田(H30

卒)

、B 東川(H31 卒)

大阪大学漕艇部の今後のさらなる

躍進を期す。

50

(51)
(52)

大阪大学・名古屋大学対校競漕大会の記録

大阪大学・名古屋大学対校競漕大会は、阪名戦あるいは名阪戦と呼ばれ、第 回の

(昭和

年)から 度も欠かずに続いている。しかし、大阪帝国大学工学部漕艇部は、

年(昭和

年)に名古屋帝国大学漕艇部と対校戦を行っている。

年(昭和

年)から

は京都帝国大学が加わった三帝大工学部戦が 年間開催されたが、戦局の悪化によってこの大

会は終了した。

年(平成

年)、阪名戦は第

回を迎え、大阪大学の

敗となっ

ている。

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(53)

大阪大学漕艇部後援会会員名簿

T09 長谷川 一 T14 永谷 巌 中平 次雄 S02 安部 薫一 打田 與一 S08 中村 誠治 S09 林 孝治 S13 吉田 俊夫 S14 宇佐美 馨二 S15 三宅 温夫 S16 平岡 正助 S18 西野 泰祐 山下 道照 S22 原谷 育夫 藤野 武治 S23 川口 準 野口 宙夫 三上 彦三 S25 木下 慶三 澤田 俊夫 戸田 孝 中西 昭一 藤村 宏 S26 伊藤 俊夫 川上 一郎 村田 千之助 S28 田澤 仁 米野 元夫 S29 大河内 宏 喜多 勉 木野 廣一 此常 四郎 坂見 史朗 嶋谷 幸雄 S30 安藤 成海 石見 浩一 三木 一徳 村上 孝昭 S31 喜田 節子 島下 昌夫 野中 俊亮 藪内 鳩夫 S32 安藤 彰 岡崎 好雄 岡見 克彦 嶋谷 郁子 辰馬 久子 伊達 萬平 塚原 宏 堀田 昌子 油井 澄子 S33 大坪 徹夫 新谷 功 滝川 芳朗 坪井 和子 松井 孝元 柳生 俊郎 安田 憲弘 山口 徹 山野 晃次 S34 榎並 禎一 木野 納 木村 公之 小早川 清 橘 宗嗣 豊田 恵美子 村上 均 S35 上坂 達生 岡 杏子 奥田 禮三 金田 浩 川内 泰子 神田 泰典 喜多嶋 浩 谷 俊郎 津山 育三 中谷 進 中村 惇子 間 大二郎 福渡 一郎 三浦 忠誠 S36 氏岡 治代 岡 正志 川崎 久生 武知 ハルミ 月橋 徳一 伴 務 廣瀬 正典 S37 秋田 征夫 菊沢 紀子 久保田 建夫 黒田 英三 白土 孝治 辻 一郎 藤根 義文 富永 純精 豊田 収二 平田 照宙 松井 宏次 村山 節子 森田 俊一 森本 俊子 矢倉 久泰 S38 岩田 耕一 岡本 泰明 小玉 裕明 芝村 謙太郎 辰見 雅代 谷本 和繁 谷本 元 堤 将暢 頓戸 隆一 中島 汎仁 南郷 宣丸 西川 榮一 深井 汪 松本 清 丸川 栄子 安田 斗温

(54)

寺内 賢一 中村 龍二 西川 龍治 姫野 洋司 福村 信男 堀田 洋一 牧野 州秀 三井 宜之 宮崎 彰夫 宮田 正彦 森田 泰司 山口 勝之 坂上 博之助 S40 赤木 弥三郎 今村 秀樹 奥田 一 竹島 雅之 野村 節生 細居 久芳 行松 慶二 S41 荒木 信義 岡谷 鋼 各務 正俊 賀來 克彦 競 奈尾 四手井 克巳 宅 清光 竹花 洋一 遠山 恵夫 西堀 才子 西村 昭子 山下 晃 S42 浅井 保彦 河添 健起 菊川 洋児 城戸 良弘 小林 一郎 下間 圭祐 鈴木 司 野村 興世 山元 友治 渡辺 英一 S43 左居 喜彦 白井 誠一 鈴木 澄夫 武内 一彦 中村 寿臣 舛井 元 松本 弘 溝端 敏邦 S44 上田 慶子 今井 幸雄 梅村 忠一 狩野 耕 菅 陽一郎 岸本 晋弥 正木 礼子 溝川 信子 安本 公一 S45 池川 和賀 魚住 順子 奥村 博行 神垣 英章 河野 常治 金城 奉逸 後藤 悦子 柴田 耕一 新本 昭樹 杉本 亘 太宰 俊造 谷本 勇身 豊福 裕雄 東谷 喜代子 平井 正哉 古市 勝久 前川 行弘 宮内 修平 山野 久子 S46 小川 博史 西崎 晶士 野坂 修一 藤岡 正和 松田 准一 三浦 誠次 S47 伊予田 明嗣 片山 房一 高坂 昭良 定岡 敏明 鈴木 和久 近添 ゆり 長藤 一博 新谷 充則 林 大祐 松井 悦郎 S48 谷脇 清隆 岩崎 俊郎 岡 孝秀 小畑 恒夫 藤井 真二 村上 健治 森川 孝義 S49 石井 哲 倉智 博久 香西 博美 広瀬 敏治 S50 東 辰雄 五十里 泰幸 鷹尾 豊 中川 知和 前田 元 吉川 正道 S51 小島 達也 福島 良作 S52 植野 哲夫 小谷 恵美子 佐々木 啓益 関 徹 塚本 和彦 中平 明憲 西田 裕一 原田 真二 肥後 靖 藤丸 敏彦 若林 利明 S53 石井 努 金平 淳 鉄尾 義治 中野 要 八河 泉 S54 大浜 祥治 岡崎 信二 尾渡 晃 後藤 茂樹 斎藤 安弘 高見 学 谷口 正博 直井 秀明 林 良紀 吉田 雄一 S55 秋丸 仁朗 岩崎 知司 榎本 朋彦 大槻 利幸 斉藤 功 坂本 泰之 杉森 昌樹 藤田 幸治 満井 憲嗣 南 均 明賀 俊治 山田 源 S56 上田 和光 長野 宏 濱浦 安郎 牧野 謙二 松岡 和宏 水上 裕之 山下 淳 脇田 雄一 S57 大久保 寛 山本 恵章 湯浅 正信 S58 赤松 隆三 斉藤 浩司 杉谷 明夫 都倉 亮道 中西 善久 濱中 寿 藤原 康秀 山口 利昭 S59 石川 毅 上田 敏澄 岡田 公之 川崎 幸一 白井 康浩 S60 飯塚 健二 河原 康 北川 浩一 久代 明 小出 道明 田中 徹 谷口 茂 藤島 聡 前田 利也 松山 雅人 森 裕史 渡部 裕之 54

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S61 石崎 順 岩崎 公一 小川 喜幸 佐保 英文 式田 尚人 竹内 孝 長沢 仁志 西村 理 萩原 良二 松尾 充記 宮本 渉 S62 石井 義朋 今田 真 奥村 啓之 鎌土 恭秀 辻本 公一 中浦 亨 山口 嘉温 山崎 秀人 S63 磯村 敬 一原 剛 岩佐 省二 小椋 一徳 国安 均 斉藤 康宏 沢田 真也 長坂 修 馬場 英通 林 昭宏 藤村 昌弘 増地 伸之 松本 和彦 脇坂 浩司 H01 浅野 哲 今津 潤 杉浦 忠男 杉下 秀彦 須藤 智徳 出口 剛也 花木 正孝 森本 卓寿 山本 英生 柚木 季之 吉田 晶彦 H02 今津 直美 岩城 洋 岸本 博人 衣川 雄明 久保 隆彦 久保 真美 佐藤 弘康 杉浦 智 野阪 泰三 橋谷 美樹 平野 敦嗣 平野 敦子 福島 周之 H03 今清水 健一 今城 律雄 上原 紀之 内生蔵 正浩 栄森 信広 沖永 浩樹 荻山 公子 甲斐 陽一 児玉 実生 児山 潤 坂井 紀子 須原 政之 舘 勝則 苗村 昌嘉 中島 信也 中村 勤也 西尾 俊文 西田 健吾 西山 誠治 野本 明子 藤田 智築 堀切 幸伸 前田 英明 H04 五十嵐 裕孝 今峰 秀樹 今峰 みちの 大塚 崇子 大塚 宏 岡本 幸治 小田 直樹 加藤 亮 坂本 寿郎 坂本 洋 笹田 玄 管尾 康子 鈴木 直人 高田 岳 谷本 和雅 中田 守雄 並河 和秀 橋本 貴子 疋田 智美 広瀬 成志 増地 容子 松島 充広 和田 章広 H05 阿部 純一 飯田 朋子 伊東 寛斉 植田 英里 牛尾 知雄 笠井 隆秀 木村 幸二 小西 のり子 酒上 知子 妹尾 明展 田中 賢一 田中 元史 疋田 訓之 藤田 稔 松本 和徳 真鍋 忠司 森内 清晃 柳田 学 山本 みか 和田 至 H06 石橋 正規 植田 晋太郎 上原 正嗣 鷹野 誠 竹添 忠 田中 久人 西村 千春 脇田 尋樹 H07 荒木 美幸 池村 拓哉 岩熊 秀治 江崎 道則 沖代 美保 川村 司野 岸 久美子 鬼頭 敬一 香山 二郎 小西 泰子 坂上 護 定 道生 田中 靖幸 谷山 和希 仲下 祐美子 中西 芳文 藤川 昌美 松田 豊 松永 守功 宮武 洋子 村井 弘太郎 横山 靖浩 和田 謙一郎 H08 池田 順一 井上 慎一 大野 圭輔 大野 純子 落海 育子 尾西 宣行 小野 恵子 桐山 博之 小森 武廉 櫻井 岳暁 立野 泰史 戸堂 耕造 林田 圭介 東良 香 矢野 真志 山田 晃司 山田 忠嗣 山本 茂幸 横山 太郎 吉沢 剛 H09 栄永 啓之 坂本 康 中原 章 前島 展也 松田 時宜 安永 佳代 山口 万喜子 山下 幸祐 H10 石野 徹 岩崎 倫敦 内山 武志 大石 夕子 金澤 荘平 神鳥 琢洋 小松 俊一 杉原 桂太 高畠 康之 難波 誠 蓮沼 幸子 蓮沼 誠久 廣瀬 恵 藤本 多聞 村上 陽介 山村 幸司 結城 健生 吉田 大輔

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山崎 祐子 H12 阿部 修也 奥野 史也 戒田 拓洋 桐谷 憲治 小池 陽二郎 小林 正明 澁谷 明 下埜 嘉代 竹井 信行 田中 崇敏 坪河 直子 H14 浅津 秀明 今西 康太 岩本 正明 大瀬 俊一 小川 夏樹 佐藤 主計 首藤 豊 瀧野 仁美 竹内 健 内藤 宏 馬見新 陽子 宮田 譲 八木 利典 山中 祐治 H15 石田 武志 稲継 敏典 片岡 誠 高橋 林太郎 田中 慶史 鳥塚 哲郎 水谷 元 村井 健一 吉田 知史 H16 今永 諒 河井 雄志 滝口 裕太 田中 紘平 H17 有冨 優 石田 純子 井村 拓継 岩崎 一成 内田 吾紀人 岡崎 加奈子 須永 裕之 手塚 友 寺本 礼子 深尾 朋寛 深尾 真理 帆前 智美 本山 英延 山岡 正 H18 赤井 昌弘 上野 傑 尾崎 有紀 小林 哲也 小林 由佳 是永 剛志 滝 順次 滝口 春香 鳥塚 可奈子 本山 麻衣子 H19 植田 優介 田中 小有里 田中 資人 谷 浩行 谷 麻衣 仲尾 圭市 福岡 彩子 藤田 真吾 森 恵子 H20 今永 栄太 上原 了 岡村 妙華 影井 健司 羽原 健雄 藤崎 明裕 古田 沙織 堀江 仁志 村上 俊平 森廣 邦彦 山崎 悠 山本 さやか 吉田 徳幸 H21 片山 大 山田 浩司 H22 天辰 悠 上原 康徳 江藤 健一朗 大西 彩 北本 匡 倉本 裕樹 河野 悠玄 近藤 崇博 高津 淳 伊達岡 雅人 原 広憲 原田 将伊 前田 譲章 光畑 純也 南 枝里 森 裕紀 横山 由梨 H23 植田 美咲 河田 夏緒里 木村 真理子 佐々木 諒 高奥 信豪 中澤 知大 繁昌 和也 薬袋 遼 山室 百世 山本 卓也 山本 理沙 H24 山後 乃里子 鈴木 博才 田中 賢一郎 中川 幹大 西 由希子 原 かほり 菱川 友輔 堀内 啓吾 宗廣 友佳 八杉 卓 H25 赤阪 駿太 磯 比呂志 稲葉 智宏 今井 奈津美 岩崎 茉衣子 尾澤 かほる 男澤 秀明 北川 夏子 月足 龍之輔 三城 貴紀 三谷 綾子 H26 浅谷 学嗣 岡崎 瑞祈 奥中 芽映 城戸 賢輔 小松 史人 杉岡 秀平 蛭田 友貴 松原 由季 松山 拓紀 丸尾 茂喜 三谷 武史 森野 達也 山岨 優 山田 章人 山谷 達也 横山 弘尭 H27 五十子 侑葵 石井 健太郎 大城 健太郎 鬼塚 裕也 河岸 良承 佐伯 幸那 杉山 将啓 西浦 充 福永 篤志 前田 貴星 森 勇気 横川 龍世 H28 今井 藍子 大原 海人 川村 遊 佐橋 航 柴田 ありさ 田中 麻由子 戸野 侃 西本 聖 原田 朋実 藤澤 晃太郎 山田 恵之 渡邊 優里 56

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M42 高岡 市太郎 M42 高野 新次郎 M42 木村 浩 M43 天野 修一 M43 福元 稔 M44 吉野 孝一 M44 江森 速彦 M44 笹井 覚吾 M44 大浜 邦平 M45 山本 竜太郎 M45 小川 清一 T02 西羅 邦一郎 T03 高原 丈夫 T03 高森 五郎 T03 石井 転 T03 太田 竜蔵 T03 中村 政芳 T03 藤森 龍磨 T03 野沢 弘幸 T04 佐々木 謙一 T04 水野 慶一 T04 片山 知又 T05 安田 百合長 T05 竹鶴 政孝 T05 田中 真三朗 T05 土田 喜四郎 T06 稲葉 清 T06 小石 雄治 T06 村上 栄 T07 永井 廉造 T07 実 武夫 T07 田中 繁松 T07 平木 正和 T07 林 福雄 T08 安宅 直 T08 国行 一郎 T08 瀬尾 喜代三 T08 田中 益三 T09 岩岸 巌 T09 桑田 実 T09 江口 孝 T09 三木 雄吉郎 T09 重松 武雄 T09 土井 政雄 T09 土屋 頼雄 T09 米田 豊 T09 野福 孝二 T10 吉田 文平 T10 三木 三平 T10 松平 信孝 T10 森 琴 T10 太田 啓次郎 T10 油谷 源太郎 T11 高谷 覚蔵 T11 小西 桂太郎 T11 多田 豊 T12 稲垣 源太郎 T12 吉田 瀞 T12 熊沢 秀円 T12 大坪 佐八 T12 辻本 進 T12 白井 藤吉 T12 尾崎 猛 T13 中浜 竹久 T14 山崎 利一郎 T14 志賀 喜一 T14 船倉 嘉十朗 T14 増田 庸三 T14 谷 靖郎 T14 牧野 武雄 T15 高橋 徳十 T15 杉田 定雄 T15 堤 鐶 T15 菱本 賢治 T15 麻生 友治 S02 塩見 道隆 S02 菊川 三郎 S02 宮本 慶己 S02 近藤 征司 S02 荒金 正 S02 高木 海雄 S02 山内 栄三郎 S02 真梶 孝一 S02 村上 信一 S02 長谷川 三郎 S02 田納 民也 S02 内藤 隆一 S02 米田 隆平 S02 野田 武 S03 永田 潔 S03 岡松 正泰 S03 山崎 金夫 S03 大山 一兵衛 S04 横山 金三郎 S04 横山 甚三 S04 岡田 陽太郎 S04 岡本 春満 S04 花木 慶 S04 梶原 勝 S04 吉村 正夫 S04 佐川 一雄 S04 酒井 芳申 S04 宿茂 謙 S04 上田 新治郎 S05 伊勢木 栄蔵 S05 熊井 豊二 S05 広井 巽 S05 高岡 卓郎 S05 小松 金弥 S05 菅村 道夫 S05 菅谷 建児 S05 生田 貞 S05 村上 克彦 S05 村川 武雄 S05 竹内 笙一 S05 辻井 種雄 S06 伊藤 誠一 S06 加納 博 S06 山岸 一雄 S06 小川 鐵雄 S06 上田 善夫 S06 寸士 暁正 S06 石田 英男 S07 秋山 二郎 S07 松崎 純生 S07 森崎 晟 S07 相馬 平治 S08 阿部 福雄 S08 横畠 信太郎 S08 角南 英敏 S08 鎗木 澄夫 S08 土岐 五郎 S08 二宮 香二郎 S08 桝田 小太郎 S09 井上 貞三 S09 笹島 秀雄 S09 山内 晃 S09 山本 勝 S09 中村 栄一 S09 飯野 雄司 S09 鈴木 信三 S10 窪田 亮明 S10 今井 恭 S10 若松 志広 S10 中井 孝夫 S10 百田 諒吉 S10 米田 隆平 S11 茜部 資 S11 小林 博 S11 森田 勇司 S11 太谷 哲夫 S11 中島 市三 S11 日下部 春一 S12 石黒 正美 S12 川崎 元一 S12 中島 康三郎 S13 井上 重男 S13 吉木 乾 S13 小寺 公雄 S13 石川 誠郎 S13 千代田 正彦 S13 川崎 元一 S13 楠瀬 正英 S14 西村 裕 S14 斉藤 正英 S14 木下 芳男 S15 山本 武夫 S16 丸江 一郎 S16 広瀬 治夫 S16 高田 源次 S16 高木 忠光 S16 守谷 一郎 S16 植田 忠七 S16 竹林 正康 S16 湯川 荘介 S16 片山 保 S16 和田 直 S17 亀井 平太郎 S17 金子 俊三郎 S17 江川 勝 S17 山口 繁雄 S17 宗田 啓一 S17 新宮 啓司 S17 長谷川 勘三 S17 佃 国一 S17 入栄 隆 S17 八栄 陸 S18 伊野 武英 S18 吉田 雅睦 S18 前田 喜久雄 S18 津和 秀夫 S19 佐古 祐志 S19 山本 記久夫 S19 松本 光雄 S19 大蝶 堅 S19 沢田 治雄 S20 久保川 秀二 S20 中村 彰一 S22 弓場 晋太郎 S23 松原 等 S24 八木 恭彦 S25 浅井 利夫 S25 田部井 清 S26 新井 一郎 S26 難波江 利彦 S27 村上 幹弥 S28 近池 隆 S29 井口 孝雄 S30 岸田 實 S30 山口 偉至 S30 大島 康弘 S30 中村 信吾 S30 田窪 史郎 S31 香川 英則 S31 高橋 高子  S31 三木 為雄 S32 小田原 邦一 S32 藤井 俊彦 S33 西川 禎男 S33 難波 慎吾 S34 岡田 隆行 S34 竹村 晃 S34 中 真一郎 S34 有本 安男 S35 生島 徳治 S35 中田 繁 S36 佐野 太一郎 S36 大森 秀信 S37 西山 毅 S38 柿原 清 S38 高橋 祥子 S38 西岡 一水 S39 山本 裕志 S39 森井 廉 S39 須崎 俊而 S40 市川 光雄 S41 山村 孝 S41 上野 厚 S41 石黒 邦彦 S41 石川 達彦 S42 宮越 正明 S42 細谷 徹 S43 秋友 信雄 S43 木下 征治 S43 浪江 輝雄 S45 松原 俊明 S48 原 誠 S49 横江 亨 S49 家村 隆一 S53 渡辺 満 S58 山手 浩司 S58 和田 浩伸 H11 寺島 一樹 H17 百田 栄達 H23 中窪 祐喜

ご逝去されたOB・OGの方々

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大阪大学漕艇部の歴史 ~創部から現在に至るまで~

1896 年(明治 29 年) 大阪工業学校創設。大阪市北区玉江町中之島において端艇部創部。 1901 年(明治 34 年) 大阪工業学校が大阪高等工業学校に改称する。 1922 年(明治 11 年) 大阪高等工業学校が大阪市都島区東野田に移転を完了する。 桜ノ宮に端艇部の艇庫が建設される。 1929 年(昭和 4 年) 大阪高等工業学校が大阪工業学校に昇格する。 1931 年(昭和 6 年) 大阪帝国大学創設 医学部・理学部。 1933 年(昭和 8 年) 大阪工業大学が大阪帝国大学に編入し工学部となる。 大阪工業大学の端艇部は工学部の端艇部となる。 1947 年(昭和 22 年) 大阪帝国大学が大阪大学に名称変更する。 1949 年(昭和 24 年) 新制大阪大学となる。 1951 年(昭和 26 年) 阪神リーグ(大阪大学、関西学院大学、大阪市立大学、神戸大学、関西大学)M8+ 全勝 京滋リーグ代表の立命館大学と大阪市民レガッタコースで優勝戦を行い、勝利する。 この勝利は大阪大学の運動部として私立大学に対する初めての勝利となる。 1952 年(昭和 27 年) 阪神リーグ M8+ 全勝。 三府県対抗 M8+ 優勝。 1953 年(昭和 28 年) 阪神リーグ M8+ 2 位。 大阪レガッタ M8+ 優勝。 三府県対抗 M8+ 優勝。 1954 年(昭和 29 年) 大阪大学体育会に漕艇部として登録される。 朝日レガッタ M4+ 優勝。 阪神リーグ M8+ 優勝。 関西滑席艇選手権 M8+ 優勝。 1955 年(昭和 30 年) 朝日レガッタ M4+ 優勝。 近畿大学総合体育大会漕艇の部 M4+ 優勝。 全日本選手権 M8+ 準決勝 3 位。 1956 年(昭和 31 年) 読売杯関西学生漕艇リーグ M8+ 優勝。 1957 年(昭和 32 年) 阪神リーグ M8+ 優勝。 1958 年(昭和 33 年) 関西選手権 M8+ 2 位。 1959 年(昭和 34 年) 大阪市民レガッタ M8+ 優勝。 近畿地区大会 M8+ 優勝。 1961 年(昭和 36 年) 近畿地区大会 M8+ 2 位。 58

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