徒然草における「なまめかし」 について
しかし'「徒然草」の内容は仏教的無常観から人生・世相を捕ら 「徒然草」は序段と二百四十三段の章段からなるが'その-ち う ま ね が お は ・ 御門の御位はいともかしこし。竹の酢蛮)第難まで,人間の種 ( み か ど ) ならぬぞやんごとなき。(い「)の人の御有様はさらなり,たゞ(疋 ち,筆仏ど給はるきははゆゝしと見ゆ。その子,孫まで'g, う ま ど し も ほふれに太れど'なはなまめかし。それより下つかたは'ほど が ほ につけつゝ'時にあひ、したり顔なるも'みづからは.いちじと 恩ふらめど'いとくちをし。 (第一段・形容詞・終止形) ( か ぐ ら ) 闇神楽こそ'なまめかしく'おもしろけれ。 (ひちりき) にはへ笛・筆築.常に聞(き)たきは'琵琶 ね おはかた'ものの音 ( わ と ん ) ・ 和 琴 。 (第十六段・形容詞・連用形) ( -わ ん ぶ つ ) ( こ ろ ) 櫛「港俳の比,祭の比,若葉の(鵜がしげに茂りゆくほどこそ, お は 世のあほれも'人の燈しさもまされ」と'人の仰せられしこ ( さ つ き ) ( さ な へ ) そ'げにさるものなれ。五月'あやめふ-比'早苗とるころ' ボ鰯のたゝ-など,心ぼそからぬかは。六月の比,あやしき家 へみなづき) ゆふがほ に夕顔の自(く)見えて,齢 や り び ) ( み な づ き 遺火ふすぶるもあほれなり。六月-53-形 容 詞 動 詞 計 蔽またをかし。七月患つるこそなまめかしけれ.や--ト夜寒 ( か り ) わ さ ( だ ) になるほど,雁なきてくるころ,萩の竹郵貯づ-ほど,早相田 か ま お ほ ( の 刈り干すなど'とりあつめたる事は秋のみぞ多かる。また'野 わ き ) あ し た い 分の朝こそをかしけれ。言ひっゞくれば'みな源氏物語・磯 お な い 草子などにことふりにたれど'同じ事'また'今さらに111日ほじ とにもあらず. ㈲都の人のゆゝしげなるは' づ か た ゐ ば ら へ ) ( た な ば た ) ( よ さ む ) (第八十七段・動詞・連用形) ( ね ぶ ) わ か す ゑ ♪ . . I 睡(り)て'いとも見ず。若-末々な う し ろ さ ま お よ るほ'宮仕へに立ち居'人の後にさぶらふは'様あし-も及び かゝらず'わりなく見んとする人もなし。 ( あ ふ ひ ) (第十九段・形容詞・巳然形) 何となく.葵.かけわたしてなまめかしきに'明(汁. )はなれぬほ し の よ ( ゆ か ) ど'忍びて寄する車どもの床しぎを'それか'かれかなど恩ひ よ ( し も ペ ) み し 寄すれば'牛飼・下部などの見知れるもあり。をかしくもへぎ ヽ一 め ら-1し-も'さまぐ、に行(杏)交ふ、見るもつれ1、U、なら 仙和式の(郡部におはしますありさまこそ,やさしく, ( き ゃ う ) ( は と け ) のかぎりとは覚えしか。十経」・ (そめがみ) 「染紙」などいふなるもをかし。 「 併 」 ヽ I .V など忌みて' 面白き事 「 な か ご 」 ' ず 。 (第百三十七段・形容詞・連体形) た-'なまめかしきものなれや。 が き き か (やしろ) すべて神の社こそ'すてが ものふりたる森のけしぎもた ゆ ふ ゞならぬに'玉垣しわたして'榊木に木綿かけたるなど'いち じからぬかは。ことにをかしぎは'伊勢・賀茂・春日・平野・ ( き ぶ ね ∪
住
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(第二十四段・形容詞・連体形) 以上のとおり六例中'形容詞の連用形が一例'終止形が一例'連 品 体形が二例'己然形が一例'計五例を示し'動詞は連用形が一例の み見当たるのである。ちなみに'「徒然草」の作者'吉田兼好が意 識して書いたという「枕冊子」と品詞・活用形を次に表示しiJ'そ の影響を見てみたい。 たる遁世の借を'こじ-となりければ、常に申(し)睦びけり. ( つ か は ) ( は る か ) 弼"喝,過(へ)に馬を遺したりければ,「遥なるはどなり・ ( ま づ ) ( い ち ど ) ( い だ ) ロづきのをのこに'先一度せさせよ」とて'酒を出したれ..r さし-け -'よゝと飲(衣)ぬ。 へ し も べ ) の ㈲下部に酒飲まする事は'心す..(きことなり。 宗旨(み遠(-)けるをのこ,京に,知斯学ていつ ( と ん ぜ い ) なまめき/ ■tr、一 √ - 54 「徒然草」は量的には「枕冊子」のおよそ三分の二を示すのであ 次堅剛に示した用例山から㈲までの「徒然草」における「なまめ ( み か ど ︺
仙堅段-︹御門の御位はいともかし^JL。竹の撃の薦勤ま
( い ち u で'人間の種ならぬぞやんごとなき。1.Q人の御有様はさらな り,たゞ人も,鮮現など給はるきほほゆ-しと見ゆ。その子. ( び と ) ここにおいては'帝・摂政・関白・貴族達の身分の子や孫 3g'たとえおちぶれてしまっていても'-「なまめかし」といっ ており'ここでは明らかに身分の高い人の子や孫を「なまめか ′ し」と称えているのである。何とな-上品さを漂わす人物をそ の対象に取り上げているのである。 (かぐら) 闇第十六段-︹神楽こ ね そ'なま撒払叛く'おもしろけれ。お たほ'ほどにつけつゝ'時にあひ、したり蔚なるも'みづから ほいをじと恩ふらめど'いと-ちをし。︺ 孫までほ、ほふれにたれど' うまご なはなまめかし。それより下つか が は し も はかた、ものの音には'笛・翠築。J常に聞(杏)たきは,琵
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こ こ で は 神 楽 と い -行 事 を ' 「 な ま め か し く お も し ろ け れ」と称えでいるのである。神楽とい-のは「日本古典文学大 系」の注に次のようにある。 ○大昔会'および'毎年十二月に'宮中内侍所で行われた神 楽 。 季節は十二月である。内侍所の庭前で行われた神楽に,作者兼 好法師は「なまめかし」ものを覚えるのである。特に楽器の笛 ひちhソき ・筆築・琵琶・和琴の音に魅いるのである。^)の他'王朝文学 作品に神楽・大昔会の行事に関する情景の中で「なまめかし」 と称えているものに次のよ-な個所がある。 0 0 o O御神楽の夜に成ぬれほ事のさま内侍所のみか-らにたかふ事 なしこれは今すこしいまめかし-みゆるみな人たちをみのす かたにてあかひもかけ日蔭の いとなどなまめかし-見ゆるに かさしのはなの有さま見る臨時の祭みる心ちする。(「讃岐典- 55 侍 日 記 」 ) o o o あ を ず り ○大嘗合'例の月日の山引き、あやしの者まで青摺に赤紐剰封 めかしうて'急ぎあゆみ'倒れぬぺ-悪しき道をつづきたち ゅ の ち て行-もをかしへさるべき人はあゆまで'人より後までかし つかれ'ふとりたる近江守などほ'人に押されなどして歩み 行-もをかし-なん。なはなべての事にはあらず0.今年は五 せ ち 節舞ふ人は,戦鞘など賜はる。(「栄花物語」) また'神楽・大昔会の神事に関係のある五節について「枕冊 子」の「なまめかしきもの」中において特に取り上げているの ほ注目したい。 っ っ ぶ み を み ○紫の紙を包み文にて'ふさ長き藤につけたる。小忌の君達 も'いとなまめかし。(八十五段) 続いて五節に関する場面が「なまめかしきもの」の一節として 八十六段・八十七段へと連なっている中に' ぁ か ひ も さ き ぬ ○赤紐をかし-むすび下げて'・いみじ-辛-したる白き衣,か き ゑ た木のかたは槍にかきたり。 まことにめづらしきなかにへ たり。(八十六段) は そ だ ち ひ ら を - き よ ○細太刀に平緒つけて、絡げなる琴町持て お り か ら ぎ ぬ う へ き 織物の唐衣どもの上に著たるは わらは 童はまいていますこし封割判剖 を の こ も わたるもなまめかし。 ( 八 十 七 段 ) とあるが'今ここに検討してきた王朝文学作品'「讃岐典侍日 記」・「栄花物語」・「枕冊子」における神楽・大昔会・五節の神 事の場面に関する「なまめかし」はいずれも,人物や人物が身 につけている衣裳または'衣裳の類を捕捉しているのである。 さて'「徒然草」においても王朝文学作品に表白されていた 神楽を「なまめかし」と讃美Ltその影響のあることが知れた ところであるが'同じ神事に関する神楽・大昔会・五節に対し ても「なまめかし」美を感得する対象が異なる。「讃岐典侍日 記」・「栄花物語」・「枕冊子」においてほ人物・衣裳または衣裳 の類を「なまめかし」と讃美Lt 「徒然草」-においては楽器の 音を「なまめかし」lと讃美しているのである。その理由を考察 するキ時代的背景から-る「なまめかし」の捕捉の仕方の相 違があるかも知れない。しかし'わた-しほそれよりも,もっ とその作品の作者が女性であるか男性であるかを問題にして論 を進めたい。「讃岐典侍日記」の作者は藤原長子という女性で ぁるし、「栄花物語」の作者は異説があるといえども赤染衛門 の作とする説が有力であるし'そ-でな-ても'赤染衛門が関 係していたことは確かであると考えれば'この「栄花物語」も 女性の作である。「枕冊子」はもちろん'清少納言という女性 の執筆とされている。このよ-に考察して-ると'「讃岐典侍 日記」も「栄花物語」も「枕冊子」も偶然ながら三作品とも女 性の作である。女性はいつの時代も変らぬ人物または人物に身 につける衣裳や'その類が直接的に目に映えるのである。 一万㌧ 「徒然草」の作者は周知のとおり兼好法師という男性 である。前述したとおり'兼好法師は神楽の情景の中で特に楽 器の音を「なまめかし」,と感じ取っているのである。女性の作
つ み や う ロン -雪害三 の
壁
上ムた - 56-品は「なまめかし」を視覚美として捕捉Lt男性の作品である 「徒然草」においてほT.なまめかし」を聴覚的なものとして捕 捉していることが知れたのである。 ( さ つ き ) ( さ な へ ) 闇第十九段-︹五月・ 、あやめふ-比'早苗とる たゝくなど,心ばそからぬかはo欝比, ゆ ふ が 眉 ( か や り び ) 夕茄の自(-)見えて'蚊遣火ふすぶるもあはれなり。大ころ定離の
あやしき家に ( み な つ き ば ら へ ) ( た な ば た ) 月破またをかし。七夕ぎつるこそなまめかしけれ。や- /\齢覇になるほど,雁なきてくるころ,萩の弔戴色づ-( か り ) ほど,畢蹴酎酔り干すなど,とりあつめたる事は秋のみぞ ま お は ( の わ き ) あ し た 多かる。また'野分の朝こそをかしげれ。︺ この段は季節の推移の情趣深さを記した章段である。 ( み な づ き ) ゆ ふ が は ( か や り び ) 〇六月の比'あやしき家に夕顔の自(-)見えて'蚊遣火ふす ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ぶるもあほれなり。 ヽ ヽ ヽ と「あほれ」 の語で作者の感覚を呈Lt ( み な づ き ば ら へ ) ヽ ヽ ヽ 〇六月政またをかし ヽ ヽ ヽ と「をかし」で表現し'また' ( の わ を ) あ し た ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ○野分の朝こそをかしげれ ヽ ヽ ヽ と「をかし」を用い'作者はそれぞれの季節感を各々「あほ たなばた れ」 「をかし」の語で表現している中に'七月七日に七夕を ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 祭るのはまことに「なまめかしけれ」とわざわざ作者は七月 の七夕を祭ることを「なまめかし」と観取しているのであ ヽ ヽ る。この十九段において前述した他に'季節の特徴を「あほ ヽ ヽ ヽ ヽ れ」 「をかし」の語で表現している個所に次のよ-な文面がま だある。 ヽ ヽ ヽ ○もののあほれは秋こそまされ ( -わ ん ぶ つ ) ( こ ろ ) ○港価の比,祭の比,若葉の斬配しげ.覧りゆくほど^,そ, ヽ ヽ ヽ 世のあほれも'人の慈しさもまされ ○さて冬枯のけしきこそ'秋にほをさ-1おとるまじけれ。 へ み ぎ は ) ち し ろ ( あ し た ) 汀の革に紅葉の散りとゞまりて'霜いと自-おける朝, や り ( け ぶ り ) た ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 通水より個の立つこそをかしげれ い そ ヽ ヽ 〇年の暮(れ)ほてて、人.ごとに急ぎあへる比ぞ'またなくあほ ヽ ヽ ヽ れなる ( お ぶ○御俳名
ヽ つなどぞ,(禦dやんごとなき な ( た ま ) ( ご ろ ) ○亡き人の-る夜とて玉まつるわざは'この比都にはなきを' あ づ ま ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 東のかたには'なはする事にてありしこそ'あほれなりしか ( お は ち ) ま つ ○大路のさま'松立(て)わたして'花やかに-れしげなるAJ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ そ、またあほれなれ このよ-に「徒然草」の作者、兼好法師は季節の推移を「あ ほれ」または「をかし」と感得しているのであるが'その中で も七月の七夕を祭ることのみ「なまめかし」と感得している。 よほど作者は七夕を祭ることを「なまめかし」と強く意識して いたにちがいない。㈲
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やr,しく、面白き事のかぎりとは準えしか.「経」・「備」な ど 忌 み て 、 「 な か ご 」 , ( A R 群 ' ) な ど い ふ な る も を か し 。 す べ て- 57 一ヒ七 メ リ ー 神 の ( 翫 ろ ) A ) そ , すてがた-'なまめかしきものなれや。︺ 作者兼好は周知のとおり僧形者である。仏道の人であっても 神社を見て祈願をこめた「あこがれ」の心を惹起し信仰心から 心静かに神社を「なまめかしきもの」として讃美しているので ある。法師らし-澄んだまなざしで捕らえた美である。 に揺り動かす美を作者は求めているのであるo であるから' 手な美よりも'地味で上品な美を好んでいるのである。 ( ね ぶ ) ㈲第百三十七段-︹都の人のゆゝしげなるは'睡(り)て' 派 わ か す ゑ ぐ づ か た ゐ う し ろ とも見ず。若-末々なるは'宮仕へに立ち居'人.Q後に さ ま お よ さぷらふほ'様あし-も及びかゝらず'わりな-見んとす ( あ ふ ひ ) ( し も べ ) の 闇第八十七段-︹下部に酒飲まする事は'心.すべきことな り。軍靴に住(衣)侍(り)けるをのこ,京に,嘉款とて, は ベ (とんせい) なまめきたる遁世の倍を'こじ-となりければ'-常に申 む つ ( し ) 睦 び け り 。 ︺ ここにおける「なまめ-」美の対象は人物である。作者兼好 と同じ僧形の身である臭覚房とい-俗世間を遁れた僧を捕捉し ヽ ヽ ヽ ヽ ているのである.作者はわざわざ本文に「遁世の僧」と断わっ ているところから考察すれば'俗世間に染まり心を汚した人物 を忌避し'俗世間を遁れた心清らかな人物に好感をよせている のである。これも㈲第二十四段で述べたと同じ-作者が法師ら し-澄んだまなざしで捕らえた美である。であるから、ここに 見られる「なまめ-」美は平安女流作品に見られた人物が目に 映えるよ-な色彩豊かな衣裳などを称えた視覚美でなく身体 の内面からにじみ出るよ-なしっとりとした美である.作者自 身仏道に仕える僧形者であるから'視覚的に目に映える美よ り'心澄みゆ-時にじっ-り見つめることによって心魂を静か る人もなし。何とな-葵かけわたしてなまめかしきに' し の よ ( ゆ か u 明(け)はなれぬほど'忍び七寄する車どもの床しぎを' よ C し も べ ) み し それか'かれかなど思ひ寄すれば'牛飼・下部などの見知 れ る も あ り 。 ︺ 賀茂祭を取り扱った場面である.あれにもこれにも英をかけ ている情景を「なまめかし」と讃美しているのであそ平安朝 の文学作品においても'賀茂祭を「なまめかし」と讃美してい るものに次の作品がある。 ○祭の日はうらうへの色なり。 う は ぎ く れ な ゐ じ色の表著・唐衣なり。紅 す は う 蘇芳など'皆二人づつなり。 濃き二人・蒔き二人'やがて同 の濃き薄き'紫・山吹・肯き・ う は ざ かへさには南濃にて'袴・表著 う す も の も ん も'裳・唐衣も雁にて'文にはかねをし縫物どもをし、心 々に給などかきたれは、すずしげになまめかし-をか. i.上 達部も'殿頼通・内の大殿教通をはじめ奉りておはしませば' いみじ-めでたし.上達部・殿上人凍るなし。日ごとにいみ み も の じき見物にてなんありける。 ● ( 「 栄 花 物 語 」 ・ 殿 上 の 花 見 )
-- 58-カ ヘ ル ナ て , / ○南ヲ見レバ、賀茂ノ祭ノ物見車、返サノ紫野ノ生.:㌍神 ダ チ ホ ト ト ギ ス ネ プ ゲ ツ ク ア ル 舘二郭公ノ眠夕気二鳴キ'花橘二付ル心崇ナ有メリ。 ( 「 今 昔 物 語 」 ・ 硝 撃 九 東 三 条 内 神 報 僧 恩 語 ) このよ-風「栄花物語」一「今昔物語」に賀茂祭を取り扱い, その個所で「なまめかし」の美意識が見られる。同じ賀茂祭を 扱った個所であるが「栄花物語」 の方の「なまめかし」は衣 裳'またはそれに開した色彩・模様を捕捉している。ここにお いてもやはり女性らしい感覚から「なまめかし」美を捕らえて いるのである。 1万、「今昔物語」の作者(撰者)は未詳であるといえども 男性であることは勤し難いし'執筆者または編集者のほとんど が「徒然草」の作者と同じ僧俗であることは異論がない。この 男性の筆(梶)による「今昔物語」において「なまめかし」の用 語はただの二語しか使用されていなかった。(拙著「なまめか し」九十貢に既発表)その二語の中'一語がこの賀茂祭の個所 にある。すなわち'僧が神に決してのぞいてほいけないといわ れていた室内をのぞ-と'東南西北の順に年中行事が鹿臓iJ ており'その南の方に'賀茂祭の物見車が'帰途紫野あたりを 行-情景を「なまめかし」と捕らえているのである。 さて'「徒然草」のこの第百三十七段においても'賀茂祭の 日'あれにもこれにも英をかけわたしているのが「なまめか し」と'賀茂祭の情景を讃美しているのである。このように検 討してみると、「今昔物語」と「徒然草」の作者は、確実に男 性であるLt 「徒然草」の作者は僧俗である。「今昔物語」の 作者(編者)も主体が僧俗であると考えている。そして'ま ひ む が し さ む で う の う ち の か み そ う に お ん を は う ず る こ と た ' こ の 「 今 昔 物 語 」 に お け る 「 東 三 条 内 神 報 僧 恩 語 第 だいさむじふさむ 三十三」の本文において' に し と う ゐ ん に し に し と う ゐ ん お も て す そ う あ り い と 「 -西 ノ 洞 院 ヨ リ ハ 西 ニ ' 西 ノ 洞 院 面 二 住 ム 倍 有 ケ リ 。 糸 た ふ と も の あ ら つ ね は ふ -ゑ き ゃ う に ん わ う ぎ ゃ う よ み た て 貴キ者ニハ東ザリケレドモ'常二法華経仁王経ナドヲ讃 ま つ り ひ む が し さ む で う い ぬ ゐ す み お は か み こ む ら す ぢ む か ひ 奉ケルニ'東三保ノ成亥ノ角二御スル紳ノ'木村ノ筋向 み わ た き や う よ み た て ま つ り つ ね こ か み ほ ふ ら く 二 見 工 渡 -ケ レ バ ' 経 ヲ 讃 奉 テ ハ ' 常 二 此 ノ 紳 二 法 柴 ヲ た て ま つ り す ぎ は ど ゆ ふ ぐ れ か た こ そ う は じ と み た ち み い だ 奉テ過ケル程二㌧夕暮方ニ'此ノ倍半蔀二立テ'見出シ き や う よ み あ り テ 経 ヲ 讃 テ 有 ケ ル 二 ㌧ -︰ ・ 」 とあるように'「僧」や「神」が登場しており'いかにも憎ら しい筆致をみせているのである。であるから'「徒然草」の第 百三十七段の賀茂祭を扱った個所での「なまめかし」の用法 と'「今昔物語」の「巻第十九-第三十三」話の賀茂祭を扱っ た個所での「なまめかし」の用法は'どちらも賀茂祭の佳景に 視線が向けられて. iる点に類似性が認められるのである。.ま た'時代的な距離から考察しても'前に示した「栄花物語」よ りほより「今昔物語Jの方が「徒然草」の成立年代と近いこと もあって「今昔物語」と「徒然草」の「なまめかし」の対象の 捕捉の仕方が相似を示す1要素ともなっているのである。この ように「栄花物語」 「今昔物語」 「徒然草」における賀茂条o' 個所での「なまめかし」美の捕らえ方は、女性の作品であるか
男性の作品であるかによってその感得する対象が相違する。したが って'女性の作か男億の作かによって「なまめかし」の対象の捕ら え方が違-.これが何よりの要因になっていると思-し,成立年代 もその一要素になっていると考えられる。すなわち'王朝文学作品 である「栄花物語」では人物を主体として「なまめかし」美を捕ら えているが'「今昔物語」や「徒然草」の時代になると'それから 派生した美の捕らえ方、すなわち'情景・風情などにまで「なまめ かし」美の捕らえ方をしていることが知れたところである。 さてへ このように「徒然草」における「なまめかし」美の対象を 個々に検討してきたのであるが'では「徒然草」における「なまめ く」 「なまめかし」美の特徴を総体的に把握し'まとめとする。 「徒然草」における「なまめ-」 「なまめかし」は'ここで検討 してきたとおり'侶第1段1身分の高い人の子や孫闇第十六段-秤 楽櫛第十九段-七夕をまつる㈲第二十四段-神社㈲第八十七段-臭 覚房㈲第百三十七段-(賀茂祭の日)あれにもこれにも英をかけてい. る情景に「なまめ-」 「なまめかし」美の対象が求められていたの であるが'この六例中二例が人物であり、四例が事物である。王朝 文学作品を今まで調査してきた結果(拙著「なまめかし」)へその 実は「なま逝く」とい-動詞形で「伊勢物語」から明確に生まれ' そして'後の王朝文学糞の最高美として育′つたのであるが'その 時代の「なまめく」 「なまめかし」美は基本的には女性に対して用 いられた人物美であったと考えてきた.しかし'この「徒然草」に おける対象を検討してみると、人物より事物にその対象を求めてい る方が多-なる。時代が下るこの作品において'人物美から転化し た事物美の方に焦点が向けられてきているのである。そして'王朝 女流作品に多-見られた華麗な視覚美よりも'地味で時間をかけ ることによってじわじわと内面から涌き出るよ-な上品な美を重 視しているのである。これは「徒然草」の作者'兼好法師という 男性の筆による作品であるから地味な美を好んだことも首肯出来 るのである。またへ この「徒然草」の「なまめ-」 「なまめかし」 の対象の捕らえ方を一貫して考察した時、いかにも僧侶らしい立場 から澄みゆ-心でもってその美を凝視しているのである。人物にお いても俗世間から遁れた僧侶を描き出し'事物においても神楽・七 夕まつること・神社・賀茂祭の日にあれにもこれにも葵をかけてい る情景と'どれもこれも神仏に関するものばかりに「なまめく」 「なまめかし」美が求められているのである。人物においてほ僧侶 という仏道の人を描き'事物においてほ神に関するものへまたはそ の行事を描いている^)とは注目に値する。これは作者が神道の家に 生まれた関係から神について関心をもっていたにちがいないと思わ れる。ここに「徒然草」の著者の人間性なり信仰思想なりが'「な まめく」 「なまめかし」美の捕捉にも影響しているのである。であ るから'「徒然草」の作者は僧侶といえ神道・仏道にあこがれ神聖 なものを絶対祝し'それを「なまめかし」美で端的に捕らえている のである。「日本古典文学大系」に「つれぐ、草を執筆している兼 好は'仏道からも解放された立場でものをいっている」とあるが'
- i 「徒然草」は「枕冊子」を意識して書いた作届であるが形式的に 最後に考察を加味しておきたい事がある。「徒然草」の成立年代 からちょヶど百年前に成立していた同じ随筆集「方丈記」につい て'「なまめ-」 「なまめかし」美を調査した結果皆無であった。 「方丈記」は作者鴨長明の経験を基調として書かれたものである。特 に'天変地異-大火・大風・遷都・飢鰻・大地震が素材になってお り'また'このよ-な苦しい生活から'仏教的無常観にすがって生 き抜こ-とした作者の精神が伺われる作品である。このよ-な社会 変動の激しい様子を描いた作品だけに'・「なまめ-」「なまめかし」 美は表われに-いと考えられるLt作者自身'いちじるしぐ変動す る天変地異の渦中で生き抜いたため'「なまめ-」 「なまめかし」 とい-優美を主潮とした美にあこがれる心の余裕がなかったものと 考えられる。 「徒然草」においても「方丈記」においても'無常観を包括した 随筆集であるが'「徒然草」の方は前に検討してきたとおり'その 美を採択しているが'「方丈記」の方は皆無である。「徒然草」の 作者兼好法師は時代の近い「方丈記」を興味深-耽読していたにち がいないが'より遠い「枕冊子」の方に心ひかれ'王朝美である 「なまめく」 「なまめかし」美を継承しているのである。 ○テキストは西尾実校注「方丈記・徒然草」(岩波書店刊、日本古典大系)を使用 した。