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特殊不法行為の帰責原理に関する一考察

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特殊不法行為の帰責原理に関する一考察

山 口 幹 雄

はじめに 第一 学説の状況 第二 特殊不法行為に関する起草者の見解   ₁  起草者の見解と帰責性   ₂  起草者の見解と合理性   ₃  監督義務者責任と使用者責任の合理性   ₄  小括 第三 判例との整合性   ₁  監督義務者責任に関する判例との整合性   ₂  使用者責任に関する判例との整合性   ₃  工作物責任に関する判例との整合性   ₄  動物占有者責任に関する判例との整合性 おわりに はじめに  民法に規定された不法行為(責任)のうち、₇₁₄条、₇₁₅条、₇₁₇条及び₇₁₈条に規定された 不法行為は特殊不法行為と呼ばれ、これまで相互無関係に論じられる傾向にあった1  例えば、₇₁₄条と₇₁₅条に規定された責任(以下「監督義務者責任」及び「使用者責任」と いう)は他人の行為から生じた損害の賠償責任であるのに対して₇₁₇条と₇₁₈条に規定された 責任(以下「工作物責任」及び「動物占有者責任」という)は物から生じた損害の賠償責任 であり、両者は趣を異にするというのが一般的な理解であるといってよいであろう2。また、 同じく他人の行為から生じた損害の賠償責任であっても、監督義務者責任と使用者責任とで は帰責の根拠が異なり、あるいは異なるべきであると説かれ、同じく物から生じた損害の賠 償責任であっても、工作物責任と動物占有者責任とでは帰責の根拠をめぐる議論の状況が異 なっている。 1  本段落の記述については、加藤一郎編『注釈民法(₁₉)債権(₁₀)』(有斐閣、₁₉₆₅年)₂₅₁頁以下[山本進一] [森島昭夫][五十嵐清]、広中俊雄=星野英一編『民法典の百年 III』(有斐閣、₁₉₉₈年)₆₇₃頁以下[大塚直]、近 江幸治『民法講義 VI 事務管理・不当利得・不法行為[第 ₂ 版]』(成文堂、₂₀₀₇年)₂₁₃頁以下、内田貴『民法 II 債権各論[第 ₃ 版]』(東京大学出版会、₂₀₁₁年)₃₃₀頁以下、潮見佳男『不法行為法 II[第 ₂ 版]』(信山社、₂₀₁₁年) (以下潮見『不法行為 II』と表記する)₂ 頁以下、同『不法行為法 I[第 ₂ 版]』(信山社、₂₀₁₃年)(以下潮見『不 法行為 I』と表記する)₄₀₇頁以下及び潮見佳男「責任主体への帰責の正当化──帰責原理と立法のベースライン」 別冊 NBL₁₅₅号(₂₀₁₅年)(以下潮見「ベースライン」と表記する)₁₀頁以下等参照。 2  前同。

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 しかし、上記の責任は、いずれも自ら積極的な加害行為を行ったわけではない者の責任で ある点で共通している。そこに一貫した法の判断ないし帰責の根拠は存在しないのであろう か。仮に一貫した法の判断が存在しないとすると、特殊不法行為に基づく損害賠償責任は、 個別の事案に応じて帰責の根拠や成否の判断基準が異なるのであろうか。仮に一貫した法の 判断ないし帰責の根拠が存在するとするならば、それは実際の裁判例とも整合性を有するも のなのであろうか。  このような検討は、これまでほとんどなされてこなかったといってよい。先にも述べたよ うに、上記の責任は、これまで相互無関係に論じられる傾向にあったからである。このよう な現状にあって本稿は、民法には人がどのような場合に特殊不法行為責任を問われるかにつ いての一貫した判断ないし基本的な考え方が存在するのであり、その考え方は、実際の裁判 例とも整合性を有していることの論証を通じて特殊不法行為の意義と帰責の根拠を考える、 新たな視点の提示を試みるものである。 第一 学説の状況  検討を始めるに当たり、特殊不法行為に関する学説の状況を確認しておこう。先にも述べ たように、学説には、監督義務者責任、使用者責任、工作物責任及び動物占有者責任の帰責 の根拠を相互無関係に論じる傾向がある3  例えば、学説は、監督義務者責任の根拠を監督義務者の監督義務違反に求めており、その 意味で、監督義務者責任の帰責の根拠は監督義務者の「過失」に求められるようにも思われ る4。しかし、監督義務者の義務の内容としては、①ある程度特定された状況の下で損害発 生の危険を持つある程度特定された行為を防止する具体的なものと、②被監督者の生活全般 に対する抽象的で包括的な義務の ₂ つに大別することができるところ、後者のような内容の 義務の違反によっても責任が生じうるとする点が、₇₁₄条の₇₀₉条とは異なる特徴である―― 監督義務者の義務は₇₀₉条所定の過失の前提となる注意義務とは「異質のもの」である―― と考えられてきた5。すなわち、監督義務者の責任は、過失責任とは異なる厳格責任(的な 責任)と理解され、その根拠は、家族関係の特性や責任無能力者を一種の「人的危険源」と して見る危険責任(の思想)に求めるのが一般的である6  他方、今日の通説的見解は、使用者責任を、使用者が加害者である被用者の不法行為を本 人(被用者)に代わって負担する「代位責任」と解しており、この結果、₇₁₅条 ₁ 項ただし 書による免責はほとんど認められず、被用者には独立して不法行為責任が成立していること を要する(故意又は過失、権利又は法律上保護される利益の侵害、損害の発生と因果関係に 加え、被用者の責任能力まで必要である)と解されている7。そして、使用者が自己に過失 がないにもかかわらず、被用者の責任を被用者に代わって負担しなければならないことの根 3  前同。 4  前同。 5  前同並びに吉村良一「監督義務者責任(民法₇₁₄条)の再検討――₂ つの最高裁判決を手がかりに――」立命 館法学₂₀₁₆年 ₅・₆ 号₈₆₇頁以下(₈₇₆-₈₇₉頁)及び窪田充見「サッカーボール事件――未成年の責任無能力者を めぐる問題の検討の素材として」論究ジュリスト₂₀₁₆年冬号(No.₁₆)₈ 頁以下(₁₄頁)参照。 6  前同(引用は潮見『不法行為 I』・前掲注( ₁ ) ₄₀₈頁)。 7  本段落の記述については、前掲注( ₁ )の諸文献参照。

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拠は報償責任や危険責任(の思想)に求めるのが一般的である。  報償責任とは、「利益あるところに損失もまた帰せしむべし」という考え方に立つ無過失 責任の根拠であり8、危険責任とは、社会に対して危険を作り出している者は、そこから生 じる損害に対して無過失の場合にも責任を負わなければならないという考え方であって9 いずれも、無過失責任を正当化する根拠となるものである。  また、工作物責任のうち、占有者の責任は、占有者が損害の発生防止に必要な注意をしな かったという意味での「過失」を根拠とする責任であると理解される(ただし、₇₁₇条 ₁ 項 ただし書による免責はほとんど認められないと考えられている)のに対し、所有者の責任は、 占有者が免責されたときに限って認められる第二次的な補充責任であり、民法が規定する唯 一絶対の無過失責任であって、その根拠は危険責任や報償責任(の思想)に求められてき た10。他方、動物占有者責任の根拠が議論の対象となることはあまりなく、その根拠が危険 責任(の思想)に求められることにほとんど異論はないようである11  以上を要するに、学説には、一般論として、特殊不法行為の責任を、₇₀₉条に具現化され た過失責任とは異なる無過失責任ないし厳格責任的に理解するものが多く、その根拠は報償 責任や危険責任(の思想)に求められる傾向がある12。しかし、報償責任や危険責任の内容 は漠然としており、そこから特定の者が責任を負わなければならない理由や具体的な責任主 体の範囲が導き出されるわけではない13。また、現在は無過失責任と捉えられる傾向にある 使用者責任や土地の工作物の所有者の責任も、現行民法の起草者によれば、いずれも過失を 根拠とする責任であり14、起草者の見解には、以下のように、特殊不法行為の統一的理解を 可能とする考え方が示されている。 第二 特殊不法行為に関する起草者の見解 1  起草者の見解と帰責性  現行民法の起草者によると、不法行為の基本は過失であり、「兎ニ角此不法行為ト云フモ ノハ過失ト云フモノガ本ニナツテ居ル15」ここにいわゆる過失とは、広く故意を含む概念で あり、「殊更ニ目的ヲ心ニ持ツテ其目的ヲ成就サセヤウト思フテ或事ヲ為シタ夫レヲ故意ト 致シタ夫レカラシテ其目的ヲ直接ニ覊束致シマシテ其為スベキコトヲ為サヌトカ或ハ為シ得 8  法令用語研究会編『有斐閣 法律用語辞典[第 ₄ 版]』(有斐閣、₂₀₁₂年)₁₀₃₉頁及び潮見『不法行為法 II』・前 掲注( ₁ ) ₁₀頁参照。 9  法令用語研究会編・前掲注( ₈ ) ₁₈₀頁及び潮見『不法行為法 II』・前掲注( ₁ )₁₀-₁₁頁参照。 10 本段落の記述については、前掲注( ₁ ) の諸文献参照。 11 前同(なお、川村隆子「動物占有者の責任に対する再確認(完)」名古屋学院大学論集社会科学篇₄₈巻 ₃号(₂₀₁₂ 年)₃₅頁以下も参照)。 12 前同(とりわけ加藤編・前掲注( ₁ )₂₅₁頁以下[山本][森島][五十嵐]、潮見『不法行為法 II』・前掲注( ₁ ) ₂頁以下、同『不法行為法 I』前掲注( ₁ ) ₄₀₇頁以下及び同「ベースライン」・前掲注( ₁ ) ₁₀頁以下参照)。 13 藤倉晧一郎「不法行為責任の展開――『損害負担』理論にかんする一考察」同志社法学₂₀巻 ₁ 号(₁₉₆₈年)₁ 頁以下(₃-₄頁)参照。 14 梅謙二郎『民法要義 巻之三』(有斐閣、₁₉₈₄年)₈₉₉-₉₀₁頁参照。既に指摘されているように、「所有者の責任 は無過失責任であるという意識は、立法関係者の中にはなかつた」のであり(加藤編・前掲注( ₁ ) ₃₀₄-₃₀₅頁 [五十嵐]参照)、所有者の免責が認められないという説明があるわけでもない(広中=星野編・前掲注( ₁ ) ₆₉₀ 頁[大塚]参照)。 15 法務大臣官房司法法制調査部監修『法典調査会 民法議事速記録五』(商事法務研究会、₁₉₈₄年)₂₉₄-₃₁₇頁・ ₃₅₈-₃₅₉頁及び広中俊雄編著『民法修正案(前三編)の理由書』(有斐閣、₁₉₈₇年)₈₈₃-₈₈₄頁・₈₉₁-₉₀₆頁参照。 これらの文献からの引用に際しては、旧字体の一部を新字体に改めている。

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ベカラザル事ヲ為ストカ又ハ為スベキ事ヲ為スニ当ツテ其方法ガ当ヲ得ナイトカサウ云フヤ ウナ風ノ場合ヲ総テ過失ト致シマシタ」と説明されている16。そして、不法行為には、「直接 ニ己レニ過失ノアリマスル場合ト夫レカラシテ他人ノ過失ガアリマスル場合併ナガラ其過失 ニ付テハ己レガ損害賠償ヲスベキ道理ガアルカラシテ夫故ニ其責ニ任ズル」場合があり、結 果として生じた損害の賠償責任を負うべき「道理」があるかどうかは、損害の発生を(容易 に)防止することができたかどうかによって判断される17。その理由は、「損害ノ発生ヲ妨ゲ ルコトニ直接ノ関係ノアリマスル者ニ其責任ヲ負ハセルノガ一番効力ガアル即チ損害ヲ妨ゲ ル、損害ヲ未然ニ防グニ効力ガ一番アリマスル」からであり18、その背景には、「此方ガ一番 利益多クシテ害ガ尠ナイ」という考え方がある19。この考え方は、費用便益分析に基づく合 理的選択に等しい。 2  起草者の見解と合理性  費用便益分析に基づく合理的選択とは、効用の減少を意味する費用と、効用の増加を意味 する便益とを比較検討し、その差である純便益を最大又は費用を最小にする選択であり、こ こにいわゆる効用とは、人の幸福を示す指標であって幸福がどのようなもので構成されてい ても構わない20。したがって、費用便益分析の費用や便益は一般に理解されている費用や便 益より広く、法律家に馴染み深い概念としては、不利益(又は損失や損害)や利益に近い概 念である。そして、費用便益分析によると、以下の場合には、ある当事者が結果として生じ た不利益を負担しなければならないこととした方が合理的であり、その意味で、当該当事者 には帰責事由がある21  まず、ある当事者が単独で、他の誰より少ない費用で完全に損害の発生を防止することが できたときは、当該当事者が結果として生じた不利益を負担しなければならないこととした 方が合理的であり、その意味で、当該当事者には帰責事由がある22。このときは、当事者が 自らの不利益を最小化するよう合理的選択を行う結果として、他の者が結果として生じた不 利益を負担しなければならない場合より少ない費用で同じ不利益が回避され、社会全体の不 利益(費用)が最小化されることになるからである。  次に、特定の当事者が単独で、他の誰より少ない費用で完全に損害の発生を防止すること ができたわけではないとき(他の当事者も損害の発生確率ないし期待損害を減少させること ができたとき)は、各当事者が損害の発生を防止するために「為スベキコト」をすべきであ 16 法務大臣官房司法法制調査部監修・前掲注(₁₅) ₂₉₇頁参照。 17 前同₃₅₈-₃₈₇頁参照。この説明は、工作物の占有者の責任に関するものであるが、必ずしも工作物の占有者に 限って妥当するものではない。むしろ、「他人ノ過失ガアリマスル場合併ナガラ其過失ニ付テハ己レガ損害賠償 ヲスベキ道理ガアルカラシテ夫故ニ其責ニ任ズル」という本文該当箇所の記載は、他人の行為から生じた損害賠 償責任を含む特殊不法行為一般にも妥当するように思われる。 18 前同₃₅₉-₃₆₀頁参照。このため、起草者によると、過失の前提となる行為義務は責任主体に過大な負担をかけ るものではなく(前同₃₉₅-₃₉₆頁参照)、今日では論じられることが少ない動物占有者責任もまた「其基キマスル 所ハ過失」であり、「前ト同ジ主義ニ依リマシテ一番其損害ヲ防止スルニ近イ所ニ居ル者デ予防致シマスルニモ 其者ガ一番能ク出来ルモノデアルマスカラシテ占有者ト致シタ」と説明されている(前同₃₈₇頁参照)。 19 前同₃₇₂-₃₇₄頁参照。 20 本段落の記述については、山口幹雄「法の解釈・運用と経済分析の考え方」法セミ₇₂₂号(₂₀₁₅年)₅₆頁以下 (₅₆-₅₇頁)参照。 21 帰責事由(責めに帰すべき事由)を字義どおりに解すると、それは、責任を負うべき理由又は原因となる事実 を意味する(山口幹雄「民法(債権関係)の改正と問題の所在」法セミ₇₄₇号(₂₀₁₇年)₇₅頁以下(₈₀頁)参照)。 22 スティーブン・シャベル(田中亘=飯田高訳)『法と経済学』(日本経済新聞出版社、₂₀₁₀)₂₁₇頁参照。

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り、当事者が「為スベキコト」をしなかったとき(その意味で当事者に「過失」があるとき) は、当該当事者が結果として生じた不利益を負担しなければならないこととした方が合理的 であり、その意味で、当該当事者には帰責事由がある23。そして、当事者が「為スベキコト」 をしたかどうかは、基本的に、当事者が実際に行った注意や努力をわずかに上回る注意や努 力をしても、もはやそのために要する費用を上回る不利益の発生を防止することができな かったどうかによって判断される24。前者が後者を上回るときは、当事者が実際に行った注 意や努力を超える注意や努力をすることによって社会的な不利益が生じる(その意味で当事 者は「為スベキコト」をしたと考えられる)からである。換言すると、当事者がなすべき最 適な注意や努力の水準(量)は、そのために要する費用と当該注意や努力を行ったことによっ て生じる損害(の期待値)を合わせた社会的費用を最小化する注意や努力の水準(量)であ り、当事者がこれを下回る注意や努力しかしていなかったときは、当事者に過失があると認 められる。 3  監督義務者責任と使用者責任の合理性  また、費用便益分析によると、ある事業のために他人を使用する者は、当該他人がその事 業の執行について第三者に加えた損害を賠償しなければならないこととした方が合理的であ り、その意味で、使用者には被用者が事業の執行について第三者に加えた損害の賠償につい て帰責事由がある。このときは、使用者が被用者の選任や教育・監視・懲戒等(監督)を通 じて安価に(少ない効用の減少で)損害の発生を防止するよう努めることになり、結果とし て、社会的費用が低減されることになるからである。特に、被用者が合理的選択を行うこと ができるものの、加害行為の結果として生じる損害という社会的費用を自身の費用便益分析 に織り込まないときは、使用者が被用者の監督を通じて社会的費用を含めた合理的選択を行 うよう努めた方が合理的であり、他方、被用者が合理的選択を行うことができないときや、 合理的選択を行うことができたとしても、その結果のとおりに行動しないときは、使用者を 含めた当事者が損害の発生を防止するために「為スベキコト」をすべきであって、当事者が 「為スベキコト」をしなかったときは、当該当事者が結果として生じた不利益を負担しなけ ればならないこととした方が合理的であり、その意味で、当該当事者には帰責事由があるよ うに思われる。換言すると、当事者が「為スベキコト」には、①自ら(直接)損害の発生を 防止するために必要で合理的な注意や努力を行うことの他に、②自らが使用する者が損害の 発生を防止する(ために最適な水準の注意や努力を行うよう)必要で合理的な選任・監督を することが含まれる。そして、以上の分析は、基本的に、責任無能力者とこれを監督する法 定の義務を負う者(監督義務者)との関係にも妥当する(ただし、監督義務者は被監督者を 選任することができるわけではないという違いがある)。 4  小括  以上を要するに、民法の立法趣旨とその基礎にある考え方によると、特殊不法行為を含め 23 ロバート.D.クーター=トーマス.S.ユーレン著(太田勝造訳)『新版 法と経済学』(商事法務研究会、₁₉₉₇年) ₃₅₂-₃₈₇頁及びシャベル・前掲注(₂₂) ₂₀₁-₂₃₆頁参照。

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た不法行為の帰責の根拠は、基本的に、当事者が「為スベキコト」をしなかったという意味 での「過失」に求められ、₇₁₄条、₇₁₅条、₇₁₇条及び₇₁₈条の規定は――主として過失の立証 が困難であることなどから生じる社会的に不合理な事態を回避するため――結果として損害 が発生したときは、上記のような意味での「過失」があると推認される程度に高度な注意義 務を負っていた者(単位当たりの注意や努力に要する費用が著しく低いなど、最適な注意や 努力の水準が極めて高い者)を類型化・定型化してこれらの者に責任を課す過失の推定ない しみなし規定と解することができ、上記の諸条文に規定された要件が満たされるときは、原 告である被害者が責任主体である被告に過失があることについての主張・立証責任を負うわ けではない25。ただ、帰責の根拠は基本的に上記のような意味での「過失」に求められるこ とから、責任の主体である当事者が「為スベキコト」をしたことを主張・立証したときは、 免責される余地がある。  以上の検討を踏まえると、₇₁₄条、₇₁₅条、₇₁₇条及び₇₁₈条の要件について解釈の余地があ るときは、基本的に、責任主体の該当性については比較的厳格に解され(他人の行為や物か ら損害が発生したときは、上記のような意味での「過失」が推定される程度に高度な注意義 務を負っていたことを要する)、可能な限り画一的・客観的に判断され得ることを要する一 方、その他の要件は比較的緩やかに解される(文理解釈上の制限はあるものの、損害発生の 原因となった人や物との間に上記のような関係が認められる限り、事業執行性や土地の工作 物に瑕疵があることといった要件は比較的広く認められる)余地がある。そして、以上のよ うな解釈は、以下のような実際の裁判例とも整合性を有している。 第三 判例との整合性 1  監督義務者責任に関する判例との整合性 ( 1 )監督義務者の意義と問題の所在  まず、₇₁₄条 ₁ 項によると、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能や能力を備えてい ない者(責任無能力者)が他人に損害を加えたときは、その責任無能力者を監督する法定の 義務を負う者(監督義務者)が結果として生じた損害の賠償責任を負う。  既に指摘されているように、この規定は、監督義務者が法によって一般的・類型的に定め られることを想定している(最三判平₂₈. ₃. ₁民集₇₀巻 ₃ 号₆₈₁頁[木内道祥裁判官補足意見] 参照)が、どのような者が監督義務者に該当するかを一般的・類型的に定める法の規定は存 在しない(前掲最三判平₂₈. ₃. ₁参照)。そこで、どのような者が責任無能力者を監督する法 定の義務を負うのかが問題となる(どのような者が₇₁₄条所定の監督義務者に該当するかに ついて解釈の余地がある)。  この問題に関し、前掲最三判平₂₈. ₃. ₁によると、ある者が₇₅₂条所定の同居、協力及び扶 助の義務や、₈₅₈条所定のいわゆる身上配慮義務(成年後見人が契約等の法律行為を行う際 に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるもの)を負っていたとしても、その ことから直ちに当該者が₇₁₄条所定の監督義務者に該当すると解することはできない(一般 論としても、これらの者は単位当たりの注意や努力に要する費用が著しく低いなど、最適な 25 法務大臣官房司法法制調査部監修・前掲注(₁₅) ₃₆₆-₃₆₇頁・₃₇₂-₃₇₄頁・₃₇₉-₃₈₀頁参照。

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注意や努力の水準が極めて高い者とはいえず、これらの者に責任を課すことは過大な負担を 強いることになり、したがって、民法の立法趣旨に基づく解釈としても、これらの者が₇₁₄ 条所定の監督義務者に該当するとはいい難いように思われる)。前掲最三判平₂₈. ₃. ₁による と、ある者が₇₁₄条所定の監督義務者といえるためには、当該者が第三者との関係で責任無 能力者を監督する義務(とりわけ第三者に対する加害行為の防止に向けて責任無能力者を監 督する義務)を負っていることを要する。しかし、現行法上、未成年者の親権者26や、精神 障害者を監護している精神科病院や施設の責任者等を除き、このような義務を負っている者 は存在しない(前掲最三判平₂₈. ₃. ₁[木内道祥裁判官補足意見]参照)。したがって、₇₁₄条 ₁ 項が有する類型的な過失の推定という意味は後退し、そのままでは、同項の規定が「空洞 化」することになる27 ( 2 )民法の立法趣旨と監督義務者に準ずべき者  もっとも、前掲最三判平₂₈. ₃. ₁によると、「法定の監督義務者に該当しない者であっても、 責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為 の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督 を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、 衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法₇₁₄条に基づく損害賠 償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義 務者に準ずべき者として、同条 ₁ 項が類推適用されると解すべきである(最一判昭₅₈. ₂. ₂₄ 裁集民₁₃₈号₂₁₇頁参照)。その上で、ある者が、精神障害者に関し、このような法定の監督 義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、 精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害 者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身 の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介 護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるい は監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に 係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべき である。」  このとき(ある者が責任無能力者である精神障害者を現に監督しているかあるいは監督す ることが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任 を問うのが相当といえる客観的状況が認められるとき)は、当該者が責任無能力者の監督に 要する単位当たりの注意や努力に要する費用が低いなど、当該者に要求される最適な注意や 努力の水準が高く、とりわけ、当該者が自らの判断でその「監督義務を引き受けたとみるべ き特段の事情」があるときは、当該者が自己の利益を最大又は不利益を最小にするよう合理 的選択を行った結果として当該義務を引き受けた以上、結果として生じた不利益を当該者が 26 親権者が未成年者である子に対し監督義務を負うことについては前掲最判最一判平₂₇.₄.₉参照。ただし、条文 上は子の利益のための監護義務となっており、前掲最三判平₂₈.₃.₁では監護と監督は区別されている。したがっ て、監護義務から₇₁₄条の監督義務を導くことは、必ずしも自明ではない(窪田充見「責任能力と監督義務者の 責任――現行法制度の抱える問題と制度設計のあり方」別冊 NBL₁₅₅号(₂₀₁₅年)₇₁頁以下(₈₃頁)参照)。 27 久須本かおり「判批」愛知大学法経論集₂₀₈号(₂₀₁₆年)₁₈₉頁以下(₂₀₉-₂₁₀頁)参照。

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負担しなければならないこととしても、当該者に過大な負担を強いることにはならず、また、 責任無能力者の定義(一般に、「民法第₇₁₂条ニ所謂其行為ノ責任ヲ弁識スルニ足ルヘキ知能 トハ道徳上不正ノ行為タルコトヲ弁識スルニ足ル知能ヲ謂フモノニ非スシテ加害行為ノ法律 上ノ責任ヲ弁識スルニ足ルヘキ知能ヲ謂フモノ」と解されている(大判大₁₀. ₂. ₃民録₂₇輯 ₁₉₃頁参照))から、責任無能力者に結果として生じた損害の賠償責任を課すことで社会的に 合理的な帰結が導き出されるとは考えにくい(加害行為から「法律上ノ責任」が生じること を弁識することができない者に対し、そこから生じる損害という社会的費用を内部化した合 理的選択を期待することはできないように思われるからである)ことから、責任無能力者を 監督する者が責任無能力者の教育や監視・懲戒等を通じて社会的費用を含めた合理的選択を 行うよう努めた方が合理的であると考えられるため、民法の立法趣旨とその基礎にある考え 方によっても、当該者に結果として生じた損害の賠償責任を課すことが許容され、かつ、必 要となるように思われる28 ( 3 )責任無能力者と免責の可否  また、₇₁₄条 ₁ 項にはただし書きがあり、同項ただし書によると、監督義務者が監督義務 を怠らなかったことを主張・立証すれば責任を免れる。そして、同項ただし書所定の監督義 務の内容としては、①ある程度特定された状況の下で損害発生の危険を持つある程度特定さ れた行為を防止する具体的なものと、②被監督者の生活全般に対する抽象的で包括的な義務 の ₂ つに大別することができ、後者は未成年者に対する親権者の監督義務に代表される身上 監護に関する義務であって、そこでは、被監督者の日頃の素行や加害行為直前の行動は問題 とならないとされているところ、未成年者の親のように被監督者の全生活領域について監督 義務を負う者の場合、監督義務をつくしたことの証明は極めて困難であり、これまでの裁判 例では、責任無能力の子の不法行為について親が監督義務をつくしたとして免責される例は ほとんどなかったとされる29。しかし、最高裁は、以下のように判示して、₇₁₄条 ₁ 項ただし 書による免責を認めている。  例えば、最一判平₂₇. ₄. ₉民集₆₉巻 ₃ 号₄₅₅頁によると、満₁₁歳の男子児童である A が放課 後児童らのために開放されていた小学校の校庭に使用可能な状態で設置されていたサッカー ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたところ、A の蹴ったボールが南門の門扉の上 を越えて道路上に出たことにより、折から自動二輪車を運転して本件道路を進行していた B がこれを避けようとして転倒し負傷したときは、責任無能力者である A が免責されるほか、 「責任能力のない未成年者の親権者は、その直接的な監視下にない子の行動について、人身 に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解される が、本件ゴールに向けたフリーキックの練習は、上記各事実に照らすと、通常は人身に危険 が及ぶような行為であるとはいえない。また、親権者の直接的な監視下にない子の行動につ いての日頃の指導監督は、ある程度一般的なものとならざるを得ないから、通常は人身に危 険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行 28 ただし、このときは、₇₁₄条 ₁ 項を直接適用することができないため、解釈論としては、前掲最三判平₂₈.₃.₁の ように同項を類推適用するか、又は一般条項を適用するといった手法を採らざるを得ないように思われる。 29 吉村・前掲注( ₅ ) ₈₇₇頁参照。

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為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り、子に対する監督義 務を尽くしていなかったとすべきではない。」そして、「A の父母である上告人らは、危険な 行為に及ばないよう日頃から A に通常のしつけをしていたというのであり、A の本件にお ける行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれな い。そうすると、本件の事実関係に照らせば、上告人らは、民法₇₁₄条 ₁ 項の監督義務者と しての義務を怠らなかったというべきである。」  既に指摘されているように、本判決は――多くの学説が₇₁₄条の監督義務者責任を過失責 任とは異なる厳格責任のように理解してきたのに対し――「民法₇₁₄条の運用を実質的な過 失責任に引き戻す」という側面を有している30。すなわち、「本判決のように、親の監督義務 を子の年齢や当該行為の性質を含めて具体的に判断することになると、それは、₇₀₉条の過 失の連続線上に位置づけられるもの」となり、「以上の方向を延長すると、親の子の不法行 為に関する責任は無過失責任でも代位責任でもなく、親の(監督義務違反という)過失を問 題にする責任であり、ただ、子どもが責任能力を欠いていた場合に、その過失が₇₁₄条によっ て推定される(立証責任の転換)のだとの理解に行き着く可能性がある31。」この理解は先 に見た民法の立法趣旨に基づく解釈そのものであり、その判断(過失の判断)も、監督義務 者が被監督者の教育や監視・懲戒等を通じて社会的費用を含めた合理的選択を行うよう努め ること(「通常のしつけ」)と、「具体的に予見可能であったなどの特別の事情」があるときに、 監督義務者が(より直接的に)損害の発生を防止するために「為スベキコト」という ₂ 段階 の構造を有しており、その意味でも、先に見た民法の立法趣旨とその基礎にある考え方と整 合性を有している。 2  使用者責任に関する判例との整合性 ( 1 )使用関係の意義と事業執行性  次に、₇₁₅条 ₁ 項によると、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の 執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。すなわち、使用者責任の成立には、 使用者が①ある事業のために他人を使用すること(使用関係)と、被用者がその②事業の執 行について第三者に損害を加えること(事業執行性と被用者による第三者への加害行為)が 必要である。しかし、どのような場合であれば使用者が他人を使用しているといえるのか必 ずしも明らかではなく、どのような場合であれば「事業の執行について」といえるのかも明 らかではない。そこで、解釈上はどのような場合であれば他人を「使用」しているといえる のか(使用関係の意義)と、どのような場合であれば加害行為が「事業の執行について」な されたといえるのか(事業執行性の意義と外延)とが問題となる(両者について解釈の余地 がある)。そして、判例は、基本的に、上記の①について、使用者と被用者との間に事実上 の(実質的)指揮監督関係が必要であり、かつ、それで足りる(有効な雇用契約等の法律関 係を要しない)と解し、上記の②(事業執行性)について、いわゆる外形標準説(外形理論) を採用している32 30 窪田・前掲注( ₅ ) ₁₄頁参照。 31 吉村・前掲注( ₅ ) ₈₇₉-₈₈₀頁参照。 32 前掲注( ₁ ) の諸文献参照。

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 このうち、上記の①(実質的指揮監督関係)は、使用者が被用者による損害の発生を防止 する(ために最適な水準の注意や努力を行う)よう有効な手段(教育や監視・懲戒等)を講 じることを可能とするものであり、民法の立法趣旨に則した解釈を可能とするものである。 また、上記の②(外形標準説)とは、「被用者の職務執行行為そのものには属しないが、そ の行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる 場合をも包含するもの」であり、事業執行性という要件を緩和するという意味では、先に見 た民法の立法趣旨に則した解釈に沿うものである。のみならず、判例は、以下のような具体 的判断でも、民法の立法趣旨とその基礎にある考え方に則した解釈や運用を行っている。  例えば、最三判昭₄₀. ₁₁. ₃₀民集₁₉巻 ₈ 号₂₀₄₉頁によると、₇₁₅条の「事業の執行について」 とは、「被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あ たかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をも包含するものと解すべ きであり、このことは、すでに当裁判所の判例」であって、A 会社の係員 B が会社名義の 約束手形を偽造した場合、「(一)B は、本件約束手形を偽造した当時、すでに手形係を免ぜ られていたものの、同じ会計係員として、割引手形を銀行に使送する職務を現実に担当して いたのであつて、会計係として手形を取り扱う点において、手形の作成は同人の右職務と相 当の関連性があつたこと、(二)A 会社事務所の構造、机の配置上、同人が手形作成事務か ら無関係となつたことにつき、単に事務分配の変更命令があつた以外に、客観的条件の随伴 が甚だ不完全であり、かえって、執務時間中における印章等の保管方法が厳重でなかつた事 情も加わつて、B が右印章を冒用して勝手に会社振出名義の手形を作成するのが容易な状況 にあつたこと、(三)B が手形作成準備事務を担当していた当時から始められた一連の偽造 行為を遮断してその継続を不能ならしめるのに実効のある的確な処置はとられていなかつた ことが明らか」であるときは、B の手形偽造行為は外形上同人の職務の範囲内に属するとみ られるのであるから₇₁₅条にいう「事業の執行について」なされたものと解するのが相当で ある(A 会社は結果として生じた損害の賠償責任を免れない)。  既に指摘されているように、上記の説示内容は、「被用者の行為の外形がどう見えるのか」 というよりも、むしろ、使用者の「損害防止のための義務の不実行」を示すものであり、使 用者責任の根拠を使用者の過失に求める民法の立法趣旨と整合性を有するものである33。そ して、民法の立法趣旨とその基礎にある考え方によると、使用者が「為スベキコト」(過失 の前提となる注意義務)としては、①被用者の「監督」と、②(より直接的に)損害の発生 を防止するために「為スベキコト」(配置転換を含めた選任や損害の発生を防止するために 印章等の保管方法を厳重にすることなど)があるところ、本件では、使用者が後者の意味で の「為スベキコト」をしていないため、使用者は結果として生じた損害の賠償責任を免れな いように思われる。このときは、使用者が実際に行った注意や努力をわずかに上回る注意や 努力をすれば、それに要する費用(印章の保管方法を厳重にするなど一連の偽造行為を不能 ならしめる処置をとるために必要な手間暇といった効用の減少)を上回る不利益(損害の期 待値)の発生を防止することができたと考えられるからである。 33 錦織成史「使用者責任の事例群の分化と帰責構造」法学論叢₁₆₃巻 ₂ 号(₂₀₀₈年)₁ 頁以下(₂₄-₂₅頁)参照。

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( 2 )いわゆる事実的不法行為と外形標準説  また、判例は、被用者による手形の偽造といったいわゆる取引的不法行為だけではなく、 被用者による自動車事故といったいわゆる事実的不法行為にもいわゆる外形標準説を採用し ている34。すなわち、最三判昭₃₉. ₂. ₄民集₁₈巻 ₂ 号₂₅₂頁によると、「民法₇₁₅条に規定する『事 業ノ執行ニ付キ』というのは、必ずしも被用者がその担当する業務を適正に執行する場合だ けを指すのでなく、広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業 の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合で 足りるものと解すべき」であり、この見地よりすれば、A 会社の被用者である B が A 会社 の勤務を終えて退社した後帰宅すべく駅に赴いたが最終列車に乗り遅れたため A 会社所有 の自動車を引出してこれを運転しつつ帰宅する途中で追突事故を惹起したことは、結局、そ の職務の範囲内の行為と認められ、その結果惹起された損害は使用者である A 会社がその 責任を負担すべきものである。  もっとも、前掲最三判昭₃₉. ₂. ₄のように被用者の行為の外形からみて被用者の加害行為が 職務の執行の範囲内に入るか否かといった判断枠組の定式を示す判決も、事実審において確 定された事実関係の中では、「被用者が事業用に使用者の保有している車輛をどのような場 合に限って使うことが許されていたのかとか、自動車の運行と保管のために使用者はどのよ うに管理を行っていたのか、また、自動車の使用につき従業員等に対してどのような教育を 行ない、勤務管理をしていたのかについての事実」が認定されており、それゆえ、「この事 例群における外形標準論を用いた判断は、実質的には使用者の自動車および被用者の服務に ついての管理・監督上の帰責事由を問うもの」となっており、このことは、「この事例群に おける外形標準論の判断枠組として一貫していると見てよい」ようである35  そうすると、裁判所は、早くから、₇₁₅条 ₁ 項ただし書前段による使用者の免責をほとん ど認めなかったといわれており、同項ただし書の適用事例が見られなくなると、「使用者責 任の成否を左右する判断は、使用者に関する事項としては、『その事業の執行について』と いう要件の該当性に集中して行われることになる」ところ36、病院に勤務する医師の医療過 誤やタクシー運転手の営業中の自動車事故といった事例(本来型)では、「職務の執行につ いて」という要件の該当性が問題になることはなく、基本的には、その該当性が認められる のに対し、いわゆる外形標準説を用いる判決では、使用者責任の成立範囲が拡充されており、 これらの判例によって形成された責任は、被用者の行動に対する使用者の監督監視の不完全 に基づく責任で、「基本的には過責原理に基づく責任として形成されたものである」という ことになる37。換言すると、本来型と外形標準型の「いずれにおいても責任根拠は使用者の 義務違反つまり被用者の行動に対する監督・監視義務違反」であり、いずれにおいても、帰 責の根拠を当事者の過失に求める民法の立法趣旨とその基礎にある考え方に則した解釈と運 用が行われているといえよう38 34 前同 ₆ 頁参照。 35 前同₃₀頁参照 36 前同₂-₃頁参照。 37 前同₃₂頁参照。 38 前同 ₉ 頁参照。なお、「本来型では、使用者が、被用者の選任監督上の注意義務違反がなかったことを主張・ 立証して、責任を免れる」のに対し、「外形標準型では、『その事業の執行について』という別の要件の中ではあ るが被害者(原告)が使用者の監督・監視義務を基礎づける事実(帰責事由)を主張・立証しなければならない」

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3  工作物責任に関する判例との整合性 ( 1 )緒論  次に、₇₁₇条 ₁ 項によると、①土地の工作物の②設置又は保存に瑕疵があることによって 他人に損害を生じたときは、第一次的には③占有者が、占有者が免責されたとき(占有者が 損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとき)は、第二次的に④所有者が結果として生 じた損害を賠償する責任を負う。そして、一般に、③占有とは、ある者が物を事実上支配し ていると認められる客観的状態をいい39、④所有とは、目的物を全面的・一般的に支配する 物権を有することであって40、所有者はその所有物を自由に使用し、収益し、処分すること が可能である(₂₀₆条)。  こうした関係(物の占有や所有)は、工作物から生じる損害の発生を最も容易に防止する ことができるか、又は先に述べたような意味での「過失」を推認させるものであり、民法の 立法趣旨とその基礎にある考え方に沿う解釈や運用を可能とするものである。そして、民法 の立法趣旨とその基礎にある考え方によると、第一次的に占有者が責任を問われる理由は、 占有者が最も容易に損害の発生を防止することができる(そして、ある者が最も少ない費用 で完全に損害の発生を防止することができたときは、当該者が結果として生じた損害を賠償 しなければならないこととした方が合理的である)か、又は結果として損害が発生したとき は、占有者に過失がある(そして、特定の当事者が単独で損害の発生を完全に防止すること ができたわけではないときは、過失のある当事者が結果として生じた不利益を負担しなけれ ばならないこととした方が合理的である)ことに求められるところ、通常は、占有者が最も 容易に損害の発生を防止することができるか、又は損害の発生を防止するために要する単位 当たりの注意や努力の費用が低く、占有者に求められる最適な注意や努力の水準が高い(実 際に損害が発生したときは、基本的に過失が認められる)ため、土地の工作物の設置又は保 存に瑕疵があることによって他人に損害が生じたときは、第一次的に占有者がその責任を問 われることにもそれなりの理由がある41  しかし、事案によっては、占有者が最も容易に損害の発生を防止することができたわけで はなく、被害者や所有者もまた損害の発生確率ないし期待損害を減少させることができるこ ともあり、このときは、各当事者が損害の発生を防止するために「為スベキコト」をすべき であって、当事者が「為スベキコト」をしなかったときは、当該当事者が結果として生じた 不利益を負担しなければならないこととした方が合理的であり、占有者(や被害者)が「為 スベキコト」をしたにもかかわらず、結果として損害が発生したときは、所有者が「為スベ ことになるようである(前同)。ただし、民法の立法趣旨に基づく解釈としては、この立証責任が転換される(原 告が使用関係の存在と「外形」が存在することを主張・立証すれば、使用者が自らに義務違反がないことを主張・ 立証しなければ免責されない)こともあり得ることは先に述べたとおりであり、判決文を見ても、義務違反の主 張・立証責任が明言されているわけではない(むしろ、被告である使用者が義務違反の不存在につき主張・立証 責任を負っているようにも思われる(前掲最三判昭₃₉.₂.₄の原審である大阪高判昭₃₇.₁.₃₀民集₁₈巻 ₂ 号₂₆₈頁及び 前掲最三判昭₄₀.₁₁.₃₀の第一審である神戸地判昭₃₇.₉.₄民集₁₉巻 ₈ 号₂₀₅₄頁参照))。そうすると、判例によって認 められる使用者責任は、いずれも使用者の過失を根拠としつつ、その主張・立証責任は転換されるものとしてこ れらを統一的に理解することが可能となる。 39 法令用語研究会編・前掲注( ₈ )₆₂₀頁・₇₀₀頁参照。 40 前同₆₂₆頁参照。 41 前掲注(₁₅)-(₁₉)及び本文該当箇所参照。なお、被害者や所有者が単独で、かつ、他の誰より少ない効用の 減少で完全に損害の発生を防止することができたこともあり、このときは、損害賠償の請求が認められないか又 は所有者が結果として生じた不利益を負担しなければならないこととした方が合理的である。

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キコト」をしなかった場合が多いと考えられることを考慮すると、占有者が免責されたとき は所有者が第二次的な責任を負うことにもそれなりの理由がある42。そして、民法の立法趣 旨とその基礎にある考え方によると――責任の主体である占有者や所有者と損害発生の原因 となった物との間に上記のような関係が認められる以上、被害者の方が占有者や所有者より 容易に損害の発生を防止することができたといった特段の事情がない限り、土地の工作物や 瑕疵といった文言の文理解釈による制限はあるものの――①土地の工作物や②設置又は保存 の瑕疵は比較広く認められる余地があり、実際の裁判例でも、こうした民法の立法趣旨とそ の基礎にある考え方に則した解釈や運用が行われている。  例えば、一般に、①土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業により成立した物をい うと解されている(大判昭₃. ₆. ₇民集 ₇ 巻₄₄₃頁参照)ものの、この要件は緩和されており、 土地に接着して建てられた建物等はもとより、高圧架空送電線(最一判昭₃₇. ₁₁. ₈民集₁₆巻 ₁₁号₂₂₁₆頁参照)や踏切道の軌道施設(最二判昭₄₆. ₄. ₂₃民集₂₅巻 ₃ 号₃₅₁頁参照)のほか、 未使用の状態では動産と目すべきワイヤーロープでも、それが捲上機の付属物として利用さ れていたときは、前記ワイヤーロープは前記捲上機の一部を構成するものとして土地の工作 物に該当する(最一判昭₃₇. ₄. ₂₆民集₁₆巻 ₄ 号₉₇₅頁参照)。  また、一般に、②瑕疵とは通常有すべき安全性を欠くことをいい(最二判平₂₅. ₇. ₁₂判時 ₂₂₀₀号₆₃頁参照)、安全性とは危害又は損傷・損害を受けるおそれのないことの度合いを意 味するため43、瑕疵の存在の立証責任は被害者にあるものの、「事故の起こったことは、いち おう瑕疵の存在を推定させ、事実上は工作物の占有者または所有者が瑕疵のなかったことを 立証しなければならない結果になることが多いであろう44。」さらに、₇₁₇条では、「設置又 は保存」に瑕疵があるとされているため――通説が説くように、瑕疵の存否は客観的に判断 されるべきものであるとしても――「設置や保存にあたって、安全確保のために通常なされ るべき行為がなされていたかどうかが瑕疵の有無を決定する要素となっている45。」この判 断は先に見た民法の立法趣旨とその基礎にある考え方とも整合性を有しており、その考え方 は、以下のような民集登載の最高裁判決とも整合性を有している。 ( 2 )土地の工作物と設置又は保存の瑕疵   例えば、前掲最一判昭₃₇. ₄. ₂₆の第一審である福岡地判昭₃₃. ₅. ₉民集₁₆巻 ₄ 号₉₈₁頁による と、「炭坑における石炭採掘は特殊な事業であつて人命に危害を及ぼすこと大であるから特 別な保安措置が要求されるところであるが捲上機はそのワイヤロープで重量のある石炭を積 込み、炭坑夫をも乗せる炭車を坑口に向つて捲上げるのであり、又坑内の特殊な構造により、 右炭車が脱線して停止したり、又坑道の木枠その他にひつかかり動かないようになり、之を そのワイヤロープで無理にひきあげることがある場合も予測でき一旦ワイヤロープが切断す れば人命に危害を及ぼす虞れは大であるから、ワイヤロープの安全度特にその切断した場合 に働く炭車の自動制動装置がない場合には充分な考慮が払わるべきであつて、右自動制動装 置がない場合には捲上機の捲上げる力に抗しうるような安全度のあるワイヤロープを使用す 42 梅・前掲注(₁₄) ₈₉₉-₉₀₁頁参照。 43 松村明編『大辞林[第 ₃ 版]』(三省堂、₂₀₀₆年)₉₉頁参照。 44 加藤一郎『不法行為法[増補版]』(有斐閣、₁₉₇₄年)₁₉₇頁参照。 45 森嶋昭夫『不法行為法講義』(有斐閣、₁₉₈₇年)₅₉頁参照。

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べきものと解するを相当」とし、被告が経営していた炭鉱において石炭を積込み坑口に向っ た炭車が脱線し坑道の木枠にひっかかり、このため、前記炭車に結びつけられた本件ワイヤ ロープの一端が一時固定され、一方捲上機は前記ワイヤロープの他の一端の方から捲上げワ イヤロープを引張るため、本件ワイヤロープが前記捲上機の捲上げる力に抗しきれず切断 し、炭車が坑底に驀進し因って被害者に激突し死の結果をきたしたときは、前記捲上機の占 有者であり所有者でもある(と推認される46)被告が結果として生じた損害の賠償責任を免 れない。  ここでは、実際に事故が発生している以上、いちおうは瑕疵の存在を推定させ、設置や保 存にあたって安全確保のために通常なされるべき行為(ワイヤロープの安全度特にその切断 した場合に働く炭車の自動制動装置がない場合には捲上機の捲上げる力に抗しうるような安 全度のあるワイヤロープを使用すること)がなされていたかどうかが瑕疵の有無を決定する 要素となっている。そして、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に 損害が発生したときは、原則としてその占有者又は所有者に対する損害賠償の請求が認めら れるところ、本件では、被告が損害の発生を防止するために必要で合理的な注意や努力を 行っていたとはいえず(本件では、捲上機の捲上げる力に抗しうるような安全度のあるワイ ヤロープを使用することが最適な注意や努力に該当し(ワイヤロープを付け替ることが、そ のために要する費用とワイヤロープを付け替えた場合に生じる損害(の期待値)を合わせた 社会的費用を最小化することになると考えられる)、実際にはこれを下回る注意や努力しか していなかったと考えられる)、被告には「過失」があると考えられるため、仮に₇₁₇条 ₁ 項 ただし書が所有者に「過失」があることの(みなし規定ではなく)推定規定であり、所有者 に過失がないときは所有者の免責が認められるとしても、被告が免責されるわけではないよ うに思われる。 ( 3 )電線又は保安設備の瑕疵  次に、前掲最一判昭₃₇. ₁₁. ₈によると、A 会社が工事のために設けた足場の取除き作業中、 A 会社の従業員が過失により足場用丸太を倒し、前記丸太が建物の上部を南北に通じる Y 会社が架設所有する高圧送電線に寄り掛ったため電線がシヨウトして切れた電線の一端が地 上に落下して垂れ下り、それが自転車を介して X₁の身体に触れて同人が感電受傷し、附近 に立っていた X₂の足部に触れて同人が感電死したときは、「本件事故当時は終戦後の物資の 乏しい時代であつたので、Y 会社管下にある破損したゴム被覆高圧送電線を全部完全なもの に取り替えることは資材および経済の点からいつて極めて困難な状況にあつたにしても、本 件事故現場の電線の修補をすること自体が科学及び経済の許す範囲を超えて不可能なもので あつたとは認められないのみならず、修補の困難ということもまた所有者の前記賠償を免責 せしめる事由とはならない。」  また、前掲最一判昭₃₇.₁₁.₈の原判決は、「Y 会社は、本件高圧電線の断線事故に対する保 安設備として、右電線の引込用母線のある須賀川変電所内に油入自動遮断器と静電型検漏器 46 前掲福岡地判昭₃₃.₅.₉とその控訴審や上告審の判決文では一審被告が捲上機やワイヤロープの占有者又は所有 者であることが明示されているわけではないものの、本件では₇₁₅条に基づく損害賠償の請求が認められている ことと、判決文において占有者と所有者の区別が特に述べられていないことから、被告は上記工作物の占有者で ありかつ所有者でもあるものと推認される。

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を設置していたが、(中略)本件事故に対しては、自動遮断の動作をせず、また、右変電所 の所員 B が右静電型検漏器により接地事故を知り、手動で電流の遮断を行って停電せしめ たときは、断線事故が発生してから少なくとも ₆、₇ 分後であったこと、本件事故の被害者 である X₁の受傷、X₂の死亡は、電流の接触が多少とも長引いた結果であるから、もし本件 高圧電線の断線事故に対する保安設備として、瞬時ないし極めて短かい時間において自動的 に電流を遮断すべき装置、例えば前記静電型検漏器の代りに当時既に作成されていた選択接 地継電器を設置していたならば、本件遮断事故に際しても、直ちに、そうでなくても ₂、₃ 秒以内に、電流を遮断して前記被害を防止するかもしくは局限しえた旨を認定し、この場合、 Y 会社の設置すべき本件高圧電線の断線事故に対する保安設備に瑕疵があるものというべき であり、Y 会社の設置した右保安設備が監督官庁の制定した取締規定に違反しないからと いって、右の結果を左右するものではない旨を判示したものであること判文上明らかであ る。そして、原判決所掲の証拠によれば、原判決の右事実認定は肯認できなくはなく、その 結論もまた正当であるから、原判決に所論の違法はない。」(本件では、Y 会社の設置すべき 本件高圧電線の断線事故に対する保安設備に瑕疵があるものというべきである。)  ここでも、実際に事故が発生している以上、いちおうは瑕疵の存在を推定させ、設置や保 存にあたって安全確保のために通常なされるべき行為(事故現場の電線の修補をすることや 本件高圧電線の断線事故に対する保安設備として瞬時ないし極めて短い時間において自動的 に電流を遮断すべき装置を設置すること)がなされていたかどうかが瑕疵の有無を決定する 要素となっている。そして、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に 損害が発生したときは、原則としてその占有者又は所有者に対する損害賠償の請求が認めら れるところ、本件では、Y 会社が損害の発生を防止するために必要で合理的な注意や努力を 行っていたとはいえず(Y 会社が事故現場の電線の修補をするか又は当時既に作成されてい た選択設置継電器を設置することが最適な注意や努力に該当し(Y 会社が事故現場の電線の 修補をするか又は当時既に作成されていた選択設置継電器を設置することが、そのために要 する費用と事故現場の電線の修補をするか又は当時既に作成されていた選択設置継電器を設 置した場合に生じる損害(の期待値)を合わせた社会的費用を最小化することになると考え られる)、実際にはこれを下回る注意や努力しかしていなかったと考えられる)、Y 会社には 「過失」があると考えられるため、仮に₇₁₇条が所有者に「過失」があることの推定規定であ り、所有者に過失がないときは所有者の免責が認められるとしても、Y 会社が免責されるわ けではないように思われる。 ( 4 )軌道施設の瑕疵  次に、前掲最二判昭₄₆. ₄. ₂₃では、X が電車の踏切を横断中に Y 会社が経営する電車に衝 突され死亡したという事案(本件踏切に遮断機や警報機といった保安設備がないことが土地 の工作物の設置又は保存に瑕疵があるといえるのかが問題となった)において、最高裁は以 下のように判示している47  「列車運行のための専用軌道と道路との交差するところに設けられる踏切道は、本来列車 47 原審では、電車の運転者に特段の過失はなく、事故の原因は専ら Y 会社の電車運行のあり方及び踏切の安全設 備の欠陥にこれを求むべきであると判示されている。

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運行の確保と道路交通の安全とを調整するために存するものであるから、必要な保安のため の施設が設けられてはじめて踏切道の機能を果たすことができるものというべく、したがつ て、土地の工作物たる踏切道の軌道施設は、保安設備と併せ一体としてこれを考察すべきで あり、もしあるべき保安設備を欠く場合には、土地の工作物たる軌道施設の設置に瑕疵があ るものとして、民法₇₁₇条所定の帰責原因となるものといわなければならない。」  「これを本件について見るに、原審(第一審判決引用部分を含む。)の適法に確定した諸事 情、とくに、本件踏切を横断しようとする者から上り電車を見通しうる距離は、踏切の北側 で₅₀メートル、南側で₈₀メートルで、所定の速度で踏切を通過しようとする上り電車の運転 者が踏切上にある歩行者を最遠距離において発見しただちに急停車の措置をとつても、電車 が停止するのは踏切をこえる地点になるという見通しの悪さのため、横断中の歩行者との接 触の危険はきわめて大きく、現に本件事故までにも数度に及ぶ電車と通行人との接触事故が あつたことと、本件事故当時における一日の踏切の交通量(後記踏切道保安設備設置標準に 従った換算交通量)は₇₀₀人程度、一日の列車回数は₅₀₄回であつたことに徴すると、本件踏 切の通行はけつして安全なものということはできず、少くとも警報機を設置するのでなけれ ば踏切道としての本来の機能を全うしうる状況にあつたものとはなしえないものと認め、本 件踏切に警報機の保安設備を欠いていたことをもつて、Y 会社所有の土地工作物の設置に瑕 疵があつたものとした原審の判断は、正当ということができる。」  ここでも、実際に事故が発生している以上、いちおうは瑕疵の存在を推定させ、設置や保 存にあたって安全確保のために通常なされるべき行為(本件踏切に警報機の保安設備を設置 すること)がなされていたかどうかが瑕疵の有無を決定する要素となっている。そして、土 地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害が発生したときは、原則と してその占有者又は所有者に対する損害賠償の請求が認められるところ、本件では、Y 会社 が損害の発生を防止するために必要で合理的な注意や努力を行っていたとはいえず(Y 会社 が保安設備を設置することが最適な注意や努力に該当し(保安設備を設置することが、その ために要する費用と保安設備を設置した場合に生じる損害(の期待値)を合わせた社会的費 用を最小化することになると考えられる)、実際にはこれを下回る注意や努力しかしていな かったと考えられる)、Y 会社には「過失」があると考えられるため、仮に₇₁₇条が所有者に 「過失」があることの推定規定であり、所有者に過失がないときは所有者の免責が認められ るとしても、Y 会社が免責されるわけではないように思われる。 4  動物占有者責任に関する判例との整合性  特殊不法行為の最後に、₇₁₈条によると、動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害 を賠償する責任を負う。そして、一般に、占有とは、ある者が物を事実上支配していると認 められる客観的状態をいい、こうした関係(物を占有すること)が物から生じる損害の発生 を最も容易に防止することができるか、又は先に述べたような意味での「過失」を推認させ るものであって、民法の立法趣旨とその基礎にある考え方に沿う解釈や運用を可能とするも のであることは先に述べたとおりであり、実際の裁判例(民集登載の最高裁判決)において も、以下のように、民法の立法趣旨とその基礎にある考え方に則した判断が行われている。  例えば、民集による最一判昭₃₇. ₂. ₁民集₁₆巻 ₂ 号₁₄₃頁の判決要旨によると、「畜犬の占有

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機関がその操作制御方法を十分会得していなかつたにもかかわらず、公道上を、₂ 頭一緒に 運動させ、畜犬が被害者に跳びついた際その力に負けて制御できなかつたなど原判示のよう な事情(原判決引用の第一審判決理由参照)があるときは、飼主に畜犬保管上の過失がある」 (飼主は結果として生じた損害の賠償責任を免れない)。  他方、最二判昭₄₀. ₉. ₂₄民集₁₉巻 ₆ 号₁₆₆₈頁によると、上告人が運送を依頼した馬の運送 中に当該馬が暴れ出し被害者が受傷したときは、上告人に運送人の選任監督について「過失 があつたかどうかが上告人の責任の有無を決定するものであるに拘らず、この点に関する上 告人の主張について判断を加えてない原判決は、民法の解釈を誤つたか、または審理不尽の 違法があるといわなければならない。」  このように、動物占有者責任に関する最高裁の民集登載判決では、帰責の根拠を当事者の 過失に求める民法の立法趣旨とその基礎にある考え方に則した判断が行われており、具体的 な過失の判断構造も、先に見た民法の立法趣旨とその基礎にある考え方に則したものとなっ ている。  例えば、前掲最一判昭₃₇. ₂. ₁の原審である東京高判昭₃₄. ₇. ₁₅民集₁₆巻 ₂ 号₁₅₆頁が引用す る東京地判昭₃₃. ₁₂. ₂₇民集₁₆巻 ₂ 号₁₄₉頁によると、「犬を戸外に連れ出す者は、万一犬が昂 奮した際にも充分これを制禦出来るよう、自己の体力、技術の程度と犬の種類、その性癖等 を考慮して、通行の場所、時間、犬を牽引する方法、その頭数等について注意を払うべき義 務」があり、犬の飼主である A の雇人 B が ₂ 頭の犬を一緒に公道を運動させたため前記犬 が C に跳びついた際その力に負けてこれを制禦することができなかったとき(B が引綱を もって牽いていたグレートデン種の犬 ₂ 頭が C を襲い、同人に傷害を与えたとき)は、「も し B において、本件犬を一頭ずつ夜間或いは早朝人通りの少ない時間運動させていたとす れば、本件事故を避けることが出来たであろうことは容易に想像出来るところであるから、 B は前記の注意義務を怠つたものといわねばならない48。」  本件では、B が本件犬を一頭ずつ夜間或いは早朝人通りの少ない時間運動させることが、 そのために要する費用と本件犬を一頭ずつ夜間或いは早朝人通りの少ない時間運動させた場 合に生じる損害(の期待値)を合わせた社会的費用を最小化することになると考えられ、実 際にはこれを下回る注意や努力しかしていなかったと考えられるため、民法の立法趣旨とそ の基礎にある考え方によっても、B には「過失」があると認められるように思われる。換言 すると、判例は、先に見た費用便益分析の考え方に基づいて法的な注意義務を措定している (最適な水準の注意や努力に相当する注意や努力を法的な注意義務として措定している)よ うにも思われ、その意味で、費用便益分析の考え方は、過失に関する判例の理解と予測にも 有用であるように思われる。 48 なお、本件では、上記の義務違反をもって A の過失が認定されているのか必ずしも明らかではない。前掲東京 地判昭₃₃.₁₂.₂₇によると、「およそ他人を自己の占有機関として動物を占有する者は、その占有機関として適当な 者を選任するとともに、事故の発生を防止するため右の占有機関に適切な指示を与える等これを監督すべき責任 あることは勿論であるが、たといその選任監督に何等の過失なしとするも、万一その占有機関たる者に動物の保 管について過失があれば、その過失について当然責に任ずべきものと解すべきである」(このように解すると、B に過失があるときは、たとえ A に過失がなくても A は動物占有者としての責任を免れないように思われる)も のの、民集による前掲最一判昭₃₇.₂.₁の判決要旨によると、上記の場合には、「飼主に畜犬保管上の過失がある」 と認められるからである。

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