大 信 の 設 動 四 四
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信
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||本質宗撃に於ける主体性の軌範|| 官 話住
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﹁現に生きてゐる﹂!それは只今の此の私である 0 ・ : ・ : そ し て 或 は 、 之 を よ ん で ゐ るi
さらによみうどけようとして ゐ る 讃 者 で も る ら う 。 ︵ 現 剥 那 に 、 と a A に関聯してゐる限りに於て﹀即ち之を書くもの、護むもの、沿互に現に宅きて ゐるに相違たいのである。その生き方は、ともかくとして、者集貧官、愛情憂愁、順逆の境遇、或は闇壌のろちにか 孤調の底にか、或は今睡牛酔的にか、或は喪身失命的にか、とにもかくにも、との大地の上に生きてゐるのである。。
一切の初めであり、終りともたる。信はとの生の地花芽ぼえる。犬信はとの大 生きてゐるといふ事賞、民賓とそ、 地の底ふかくに根ざすのだ。確信とは、健全た芽であり、その生長である。絶大たる築光を約束づけられてゐる生命 。 。 。 。 である。即ち生の信であり、信そのもの L 生である。絶封の信は‘絶封の生に本く。結封無限永遠の生命といふのも その信の生長に外たらぬ。信と生とは全く一なのだ。生の全体そのもの h 中按から稜芽してくる自費附たもの.それ 。 。 が信と名けられ。その外的た生成過程を通俗に生といはれると見てもよいであらう。生と信とは、 一 体 の 南 面 と か 表 裏とかといはれるよりも.寧ろ中接とその組成体とでもいへょう。 一は求心的た方向をとって‘心的な自費的に純に は た ら い て い く 。 一は物的に時間的宰間的に蹟大相績の遠心的方向をとる。 扱 て 、 序 で に 一 − J H a慣れてをき度いのは‘かゃうた閲係を以て、悌敬撃の所謂民俗二諦は受賞するものと考へられる ととである。従来最も抽象的観念で、簡翠にして、 一寸捕足し難いこ諦観も、何等歪曲苦揮を要せ守して、也ちにそ の本質が把握できるのではないとか思ふ。即ち信と生の闘聯である。 新しい僻敬撃が、その根蟻を新鮮濃刺とした沃地に構へて、開拓し、生長せんとするたらぽ、宜しく、そのご諦親 を﹁生と信との関聯﹂を自畳し・なくてはなるまいと忠ふ。それは‘そのま L 、現質生活の部面を
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くまでも包錯し泊 化し他方、科曲学哲皐等の文化皐的連闘を踏めると同時に、悌陀の永遠不滅の精神的生命に脆く機縁をつくり在してい くであらうから。とれらは且く之を措き、生が初めであり、絡であり、 一切であるといふ言ひ方、根蝶そのものが、 質は信がはたらいた矯め在のだ。生をば生たらしめるものが信である。生を全体、向上琵展せしむる所の信と、その 信を蛮生せしむる依地としての生と、とれとそ私は確かに:::認め、之を信じてゐる。との認識と確信自売とそ‘た とへ今、と L に、とのま L .私が筆を投じて息絶えようとも、との事賞、真賓は・::・或は誤は設ながら、迷妄は迷妄 たがら‘夢は夢ながらに・:・:悠久の時そのものが詮明するであらう。金宇宙が必や宜誰すぺきであらろっ︵と私もさう 内心耐る。︶否、特に一前らねとも、そうあるべき営然必然たるととを確信してゐる c 宗教的に紳悌の照買にまかすとい ふ。哲串的κ
民理そのもの a A自詮とでもいへょう。 かういふ偉大な生、不思議な生を‘よく生かし、ょく観.無限に創法的進展の宰に飛躍するとと、それより外に宗 敬も哲皐も文化も個人も園家も鞍争も現貰も理想も、歴史も、将来もあり得ぬ筈である。 然し、﹁その生はそも/\誰のものか?﹂といふ命題は、分りきったものといへょう。或は奇異に響くか乃奈は難解 大 信 の 褒 動 四五大 信 の 軍聖 動 四
,
、
な問題ともならうo私は生きてゐる、その生きてゐる私は、たしかに買に私のものであらうか。即ち生の主体性の問題 である。と a A に働敬撃の所謂﹁我﹂の問題として中核が絞ってゐる。また輝等護心求遣の契機であった。私は今之に ついて、検討するととを且くをいて、ごく現時の常識的通念によって一往の解決をつけてをきたい。 私の生は、今現にある程度許されてゐる範園に於ては、たしかに私の生といへる。といふと﹁私のものであって、 私のも白でない。﹂まことに自詰撞著した言ひ方だが.質際よく考へて見ると、 現にな互の生︿生活、生命等﹀は、私といふ主体にまかされてゐるのかE
うか?岡家枇合的にすでに制約せられて ゐる。それは最近、際立って痛感されるやうだが、賞は人類費生以来さうだつたゃうではないか。そして翠に日本だ けではなく世界中どとでもさうである。さらに園家枇曾的よりもっと根底に、犬同然界より致命的制約を受けてゐる ととも否まれたい。文化の進展によって、可成の程度、制約を寛やかに保誰されるに五りつ L あるとはいへ.之は永 遠に、生ハナマの身 V としては、脱却し切るととは難しいであらう。のみなら十文化ρ
進展に伴うて、自然界とは別 k .一位曾園家的の制的.今のいはゆる統制の下に服さねば、 一 日 と い へE
も生活できなくなって来た。殊に臨鼓態勢 下の今日は向更である。理想郷が質現するまでは幾百年幾千年、か L る統制は、相営に︿消長はあるにしても﹀加つ て来るものと忠はねばならね。そういふ意味で、過去は勿論現在将来ともに‘必互に唯一の生命と思うてゐる、生も 質 は んw
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一 附i v
んいものとは考へられないのだ。アナーキストの主張する全く無統制、無制約的な自由が許されるやうた 世 界 や 粧 品 問 は 、 と の 現 貫 人 間 界 に は 、E
うしても、たど一一極のユ!トピヤに怒るであらう。 然し‘かうした外的制約はともかくとして、私の生が現在私のものとしても.私のといふ裁は一休、生れようと意 志し・自費あって生れて来たものだらうか。或はその書命も、私が持って、白山に恋し得るのだらうか?:::否。然らば、私の生とはいへ、その生れ始めにすでに私のではなかったやろではないか。そして父母に枇舎に園家に育くま れ、敬養されて来たととはたしかであるが、との先き、 いかなる不慮の自然界の災禍に或は自分の体内の異常時世態に 或は一砿曾園内永の必要に躍省せしめられ、いかなる最期を告げるかは‘誰人といへども保詮し得ね所である。私は、私 の生という℃ゐるものが、かやうな自然弟、凶家祉曾等の環境のもたらした生であり、それらに致命的た制約の網を 握りれてゐる生であるととが分ツた。が然し、全く私以外のものの生でもない。やはり私の意識の自莞領域にをかれ 私の意志感情の責任に委された生である乙ともたしかである。それは‘ある程度である。その僚件つきの程度の制約 は、乙の身近かな一位舎岡家の現賞であり、歴史でるる。震は私の個といふものが猫立しではゐないのだ。悠久三千年 来、光輝ある皇闘の歴史の生ける一分子、として、生みなされただけだ。此の自彊 b L、倣ふととのできない最たる存在 である。そして、同時に私ならぬこの生は.支へられ‘護られ、育成されつ L あろ現賓の闘家枇舎の一員。宏大の皇 思に浴してゐるものといふ感激を、抑へることもで脅ない一分子伝のだ。生 k しい、との生の自莞は、そのま L 、柴 光ある皇民てふ自覚に透徹し来るととろが、とりも直さや、異闘には見られ友い闘休の根強さ、麗はしさといへるの であらう。然し之とても百際のととろ、我闘に於ても、百年二百年昔の我々の祖先には、との自費はなか/\に困難 た雲の上の議論であった。或はともすれば危険思想でさへあった口 みたみわれ生けるしるしあり天地のさかゆる御代にあへらく思へば ひしと心琴に共鳴する所以は、全く生の体験より抵り出でた詠歎であり、自畳であり、撤喜であるからだ。されば、 現に体験しつ L ある生の意識は、直ちに費して寓菜の棲とも左り、又一朝、凝っては百錬の鍛とも在って、確信白魔 行動とはたらいて往くのでるる。 大 信 め 霊 を 動 四 七
大 信 の 登 動 四 l¥. − 一 、
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命 我風に於て、すべてのもの、草木、園土、山河、動物‘人間等、悉く個人の私有物ではたい。上御一人の御もので ある。蒼生のゆるぎも、民草のさ a A やきも、塵も残さや、御一人の大御賓なのである。従って、と L に、私の生とか 自分のものとかいふ観念も、言葉も、本来許されたい佐官である。然し、中世の支那思想、近代より現代の西欧思想の 影轟からして、公私とか、民躍とか‘統治支配とか、自由平等とか、個人、枇舎とかいふ観念の分裂封立を金料玉僚 観して、永い問た互に怪ま歩、便宜にまぎれて得々と用ひ来り‘現に流行してゐるのである。 さきほど検討したやろに、私のとか自分のといふ意識、考へ方そのものが、質は迷妄なのではたいか。殊に我闘に 於いては‘佃人的危私や自分をふりまはすのが‘生意訴訟不同な思想ではなからうか。個別的伝﹁自の分﹂といふも のは許されない佐官だ。自分といふ字義を探く考へ直して、我闘調自の解轄を鷲見しなくてはならぬ。自とは伺々の自 己ではなくて、御一人の自である。唯一絶封の自である。分はそのはたらき、その内容の一分子といふ意味に到建す る。之を迂調に、個々針立した白、自の分け前、分域だと執する所に、図体に劃する一冗品の無明があるのではゑいか と L から仰人主義自由主義世界主義等が謹醸し来るのではあるまいか。 現在叫ばれてゐる公続優先といふも、公私劃立を立て前としての稿呼である。現在のととる、やむを得左いから、 私より公を先とせよといふ命令のゃうでるる。叉民聞にも、今はまあ仕方たい、御無理御もっとも、その内にはい L 事もあらうと、我慢して過してゐるのでるる。蹴私奉公も同様、本来誠すべき私のあり得たい筈の我が園とせば、ま とと蛇足の美山町ともきとえて来よう。之とて現寅には過渡期だから、やむを得たいとする。その他私粧情私生活等 hも同様。さかんに流行を極めてゐる、報固といふ語も本来からすれば報酬的封立たどあるべき筋合もない一のだ。金一 体の営探すぎる営探に謹すうとめ、紳聖怠るいと左みでるって、 一死奉公、否七生滅賊とそ、臣子兆民、不誠の念願 で あ ら ね ば な ら 由 。 従て﹁さ L げ る 命 ﹂ な ど ‘ 一体どとにあらうか。あらためて、御一人に誰がさ L げるのか。何をさ L げるのか。さ L げるといふ命は、本来、御一人の御ものであったの?はないか。さ L げるといふその営人の身心命根悉く、ねたら ぬ、本よりの大御買なのでは・なかったか、すでに然らば、求むべき者も物もたく‘報ゆるといふ物も、人もあり得た
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? と ど 長くも、御自の分々を、生々世々、天壌無窮の祈願と譲俸とがあるのみである。 かくてこそ、民に、衷心より ﹁みたみわれ﹂を叫ぴ得るのだ。 ﹁生けるしるしあり﹂と自畳できるのだ。進んで、 ﹁天地の柴ゆる御代に﹂﹁②へらく忠へば﹂となる。否さらに将来すぺく職ふのである。祈願し諜摩するのである。 現在の﹁御代にb
へらく思へば﹂の悦に止まら向。更に/\無窮の皇還を踊柴えしめ奉る天業を歓喜力行するのであ る。
みたみわれ生けるしるしあり大御代を摘柴えよといそL
む身はも とうたひ上げたいのである。 大 信 の 登 動 l"・I 九大 信 の 室 主 動 五 O 一 一 一 、 宮 小
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と h に、問題となるのは.︷一部救上のととである。といふのは﹁生きる﹂といふととの本質は、・震は第一節にふれた やうに、肉体の生存には止らぬ。より本質的な同組として、精神の生活即ちその生長護展自覚が開展し来るのだ。之 は単に天才者の護明でもたい。あってよく、なくてもすむといふ所謂文化財ではないのである。人聞が真に生きるに は、永遠に生きるには、前節の﹁生けるしるし﹂有らしめるには﹁大御代の讃え﹂を摘が上にも将来し奉るには、何 うしても欣求せ 4 y にはゐられぬ。それが宗哉の本質なのであり‘結封の大信なのである。 既成諸宗救は、乙の欣求の心の諸の性格、諸の程度に・躍じた信仰‘儀式‘敬儀 b L備へてゐるのである。その諸の宗 設は.入閣の切貨な妥求︵欣求の心︶即ち人間以上の何ものかに民創に還らうとする。議らうとせやにはゐられぬ、 そうい封象主立てる o そして人間性.民族性やの位待、文化桂度に鹿じて種々の形態をとる。具象的事物に托してゐ るも白が、多くの原始宗救でb
らうし、進んで観忽的坦想乞立てたり・或はそれら統一具現せる人格に樹するもの、 或は謙一言者主通じて観念的質在岬を封象とするも白、等多 K あらうが、人聞の態度からすれば、絶封潜伏の感情 E C 宗 散を定義づけられてゐるのは、まことに切賞た気持をよく表明してゐるのである。 換言すれば、宗故はいかなる観念的乃至寅在的岬の封象乞とるにしても、宗教的主体の方は、必 A T絶封葱依の感情 或は意志、進んで献身的行持をとる。絶封の信仰崎命‘それも言葉だけのものではなく、その誠貨なる質行を録件と するのである。寅白とも−なはね言葉、それはすでに信の字義にもとる。況んや宗教的信仰ではない、ましてや、結到 師 A W とはいへ友い。之を猷いた宗哉と稀するものあらば.をはすでに宗救の名をかたる.もぐりの宗敬管業者である。宗教は上越の如く、やむにやまざる所の絶割の献身障命 U 信仰信念であり生活行動であるつ 次いで直ちに問題となるのは、諸外園に於ても、殊に我闘に於ても‘果して宗敬的の信仰が、結釣に許されるかど うか?といふととである。現在のととろ、事貫険米諸閣はキリスト敬を岡敬的と認め・ながらも、政治と宗敬を分離し その信教、樫限にも相営の僚件乃至制限を加へてゐるのでるる。その種々の賠はともかく‘本質問題の献身師依につ いてみよう。我が闘に於て、固民個々が、その身、その魂なるものが、私のものたらぽ‘営然どとへでも、自由貿易 的に賓買も、献納も蹄依もあり得ょうが、私ならぬ身命心は、 一体何の権限るうてか、それが許されよう。即ち固体 明微を徹底し来るとき‘諸多の宗敬的封象に劃して、南無し蹄命するととを岡民個々に許されまいと懸念せざるを得 ぬ 所 以 と な る 。 なるほど、帝園憲法が保詮するといふ。 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨グズ及ピ帝同臣民タルノ義務−一背カザル限リ=於テ信敬ノ自由ヲ有スハ取意﹀ 置といふ御像文による。但し宗敬調自の立場に於ては、 いかなる僚件にしろ、僚件つきの信仰といふものは‘すでに矛 盾 し て ゐ る と ま で は い へ 赴 く て も 、 日 勿 々 、 . と う け 容 れ ら れ る か
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うか。もとよりとれは形式上のとと。質際上諸宗教に 少くも文化闘民の信じよう・とする宗教に、御僚交に蝿れるやろな賠を棋椋はしてはゐないから、その宗散の本質商即 ち教義信僚について、禁断されるととも殆んど無いのであらうが、宗教信仰のとかく陥ち入り易い熱狂性よりして往 々右依文にふれる者が出る、それを園法上取締るべきととを、懇ろに一不されたものと拝する。伺ってとれまで、ν
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か たる宗敬も殆んE
自由に信敬を許されて来たのでるる。之が又反面自由主義に毒された時代殊に危機時代に際曾して 民聞に於て族生した類似宗教ともすれば、控嗣邪敬が続行した所以である。 大 信 の 軍造 動 五大 信 の 設 勤 五 但しこれらの類似宗教等にとうでは、その勢力が民間に相営措大し維持されてゐるだけに、信仰してゐる自身には 自らの信仰に釘する公正なる判断ができ難いととがよくある。自ら無上結針と確信してゐても、識者の批判からすれ ば.たしかに揺嗣邪敬と認定せざるを得ぬものも相営にあるのである。同時にまた、との識者そのもの L 一 間 脳 判 断 に ついてみても.なか/\の問題である。といふのは常識以下に到する裁判はい仰いだらうが、高等宗散の神秘性はさて をいても、その哲理性に劃して、或は人間感情の微妙にして而も探一刻な理解については賄ん
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危っかしいのでるる。 所がこれらの識者よりも敬養に於いても、その職分的地位に於いても非常に矛盾的危危殆にあるのが、震政者である 所が、質際には御像文の趨用は潟政者の解樺判断によって裁かれるのであるから、此の賠に関して、今のととろやむ を山河危いとはいへ、賓に皇国文散の藍府にとっての一大要件と考へざるを得・ないのである。 さて上越の論旨を要約してみると、皇国民人としての本質問題、それを生と信、生活と宗救といふ問題に局限し、 さらに闘体理念と宗敬本質との矛盾闘係は、 いかにして打開できようかといふ一大案件に結果したのである。 即ち信敬自由の憲法僚交をごく通俗的に解轄して、殆んE
すぺての信敬自由を許した従来の方法である。之に前述 の如き弊を見る上は.さらに解轄についても一居の慎重深刻味を加へねばなら・なくなった。警へてみれば従来の解騨 では‘諸多の宗散を‘園民の趣味的な自由に考へられたかして、丁度親が幼い子供淫の遊戯た玩共を許すときに、と ん友意味を申し渡すであらう。﹁た前たち、元集に何でもして遊ぶのはい L が、他人様の邪魔したb
、迷惑にたったり したいやうに。言ひっけられたととはよく守り、召ばれたらすぐ沿出でなさい。﹂之をごく浅薄に考へるからして、信⋮ 仰の自由放任白義とたり、多大の飴弊を生じたのである。即ち児童の敬育上面白からぬ有様も見えるし、またさろ/\ 遊ばしてをいてもい L ものでもないから‘とれから闘民感校に入れて積極的に撲もし、遠大なる理想と白魔のもとに周到なる敬科謀程を輿へなくてはならぬ。自分はとの貼からして、即ち固体理念の自覚と在来諸宗敬の本質との関係 について一の問題として提出した。そとでとの書へ話のやうに・岡氏の師父たるもの、よく/\賢明に周到に熟慮施 設したくてはならぬことである。もっとも只今の臨職態勢下の宗救々回の統制については‘如上の必要からのみ来た のではなく、さし迫。た緊急な要件、 一 は 防 諜 ・ ︸は戦線銃後の闘民思想といふより、全体一丸とした皇民士気の問 題ともいふぺき、である。それも局政者の立場からしては、内容よりはまづ形式的に、従って康史的稜展よりは‘世 合的制度の整備と活動とを、直ちに要求するのである。飴りにも性急危我偉訟御命令んは思つでも、殊勝に黙々とや ってゐるやうだ。が然し、買はとんか仏ととでは皇閣の将来は
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う な る で あ ら う 。 我 k 自主民として今日、直ちに戒慎すべき第一は、皇闘に於ける諸多の宗敬は、来してそのね釘的存立を許されるか 否か、之を今日以後の問題として、宗敬家自身が反省し、究明するにういても、自らの宗教信仰の本質をあくまで見 失 は 4 y .公明正大に批判し、進退せねばたらね。第二に宗敬に闘興する常政者も亦、純良に謙虚に如上の・次第を熟成 せ ね ば ・ な ら ね 。 形 式 的 で た く 本 質 的 に 、 一時の間に合はせでなく、永遠の理想的生長を日闘すべきであと。回、寄
徒と
して
人類史開闘以来の惨たる大識が、と L に起ってゐるのである。幸ひにかういふ言ひ方がよくも出来る位、品引が闘の 今日は一忍まれてゐるが、更に次の日といは歩、今日よく備へねばたらぬ。が物と心、といへば盤きょうか。物心の綿 動員といへば能りであらうか。そう考へてゐるものが大部分であらう。そとにとそ問題がるるのである。之を予は本 誌の前就に﹁新体制下にゐける本質宗墜よりの提題﹂として論じたのであったが悲しい哉、との賠はたしか難信難解 大 信 <l> 霊 童 動 五大 信 の 重量 動 玉. P•J である。よって皇闘の前注いよ/\危いと憂へる白でるる。単簡に直言せば‘総動員される物心は‘まづよしとして 総動員するものは誰かといふ貼‘何を鴬すかといふ賠・如何に念すかといふ貼である。唯々諾々、 一切を献げて︵減 私奉公︶悔いざる、否・民の悦となすは、是れ本より忠である。然し、滅私牽公の本質について‘公私の丙別ではな ︿、公そのもの L 本 質 に つ い て 、 民 に 白 血 到 し . 自 任 し ‘ 憂 慮 や ま ざ る 、 管 身 ︷ 白 曜 不 息 の 念 願 ; ・ ・ : そ の 御 魂 戸 ︸ そ 、 a b 口 が宗副なのである。宗徒としての臣誼貰践とは、との御魂を活かすととにある。自ら体現することのみにるる。とれ を究むるを以て本質宗撃に於ける主体性の検討と題した所以で、たしかに主体性の検討とは、ザクツの問題ではたく 道義といふより、活ける道念のはたらきに存する。 主体性とは活ける人格である。即ち宗祖が親しく﹁日蓮が弟子鱈那﹂と仰せられたとの人聞に外ならぬ。掌い名稽 を胃し奉る敬闇人幾百寓あるだらうか。その一 K の頭上に双肩に、荷はされ、浴びされてゐる課題、重責を痛感する で は た い か 。 教圏の合問、そはやったのではなく‘やらされたのである。それはよい。教義信僚より木等の儀式に至るまで、と かくの干渉を受けてゐる事賞、とれば否まれない。官憲のかうした統制の是非急要等はともかく、統制癖か紳粧病か 左傾の策動か.それを仮面とせる敵性第五列か、軽々に謹賭し難いものがある。キリスト敬より帥道、紳誼より悌敬 就中我が宗門とを目の敵に院ふととは果して正指の沙汰であらうか。純真の大醇‘固体絶封の開頴者をとらへて逝賊 よぽはり、遺文の改訂削除、ひいては本傘に針する悉意なる評判と脅喝等々に TRIG ては、之が非常時に躍する憂閣の 芯ある詩政者なのか、謹閣の正念があるのか。市も、宗徒の之に封鹿ずるや、元話先賞、元気力にして、た M h 周章狭 張、東西を耕へどとるか天地穎倒してとんでもない者に叩同百拝 a 全く・天魔の操る旋風裡に翻輔、愚弄されてゐる
その醜態は見るべくもたい。之が五口が宗租の末流であるか‘之が一休宗敬家なのかと、日をみはらぎるを得友いので あ る 。 この宗圏にとっては‘同様重要危機に直面してゐる u 而も左顧右蹄も、寸秒の謹退の許されぬ切迫を告ぐ。されぽ たど追従か、抗議か‘傍観か或は等、速急にその態度を定めなくてはたらね。遮設と同時に疋しくなくてはならぬ。 正しいといふのは、いふまでもなく、宗組の大精神に絶封陣命し合体し、そとから働き問すととである。宗徒として の態度はとれより以外にあるであらうか。 要 す る に . こ れ ま で の 諸 問 題 は 、 二 諦 と し て ま と め ら れ よ う 。 人 間 と し て 、 ・ : : ・ 生 き て ゐ る : ・ : 限 り に 於 て 、 生 と 信 と O 問題。次に生ける現賞の人間である以上は嗣民である。吾等は光柴ある皇民である。皇民として、自ら叉信と 生との問題を解伏せねばなら在い。皇闘の宗教人としての立場である。その更にせりつめられたのが、怖教徒、日蓮 宗徒として今蕊に生々しい、むしろ悲惨たるこれらの課題をみつめる。 ﹁日惑が弟子等は臆病にては叶ふべからや﹂とある。雄々し︿遁進しよう。 そも/\現在の宗国主以て.宗祖を名儀上記るからといって、宗踊の御ものであり、御精神を体してゐる鞍圏とは みなし得たい。むしろ‘震にこの︷一部門の様態を通して敬義を信じ‘組師を賭納し挙って仰ぐとそ、主客蹴倒たのでは あるまいか。今のと ζ ろ‘との宗門はたしかに俗吏によって裁かれ‘むしろ大いに裁かれかぽたらぬ賓情たのである 指導とか、救化
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乙ろの騒ぎではないのである。とれも重要な皮肉な痛烈たる矛盾である。何よりも諮操に岡体明徴 の国家には‘るの大忠大孝の大国謹が逆賊脱されて‘ 一言之が揺設も許されぬ宗門と闘家と時世とを見ょ。厳しく、 経文には.末法之濁臨世と諌言されてあるにはあるが、さでも之が逝訪白重罪を認めるものも‘喰るものも.歎︿も 大 古書 旺3 5主 動 ヨ五 五大 f言 の 喜重 動 五 六 のも‘責めるものもない。治々乎として衣食と名利とをめざし、楳力に虐げられて、接客の苦患にあえで、而も自ら 畳ら予知らざるの態である。稀に胸臆に憤誌やまざるも、との世紀の縛換の大講のうち、片々とたどよひ、昏島崎と正 念乞失うた大衆に話してわかる時でもなく、問題でもない。もっと/\よほ
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の深謀遠慮の曙悟と用意とがなくては 時はぬ。即ち宗凪の御魂より護勤するより外はない。 所が、と L にるくまでも鶏と卵とのやうた循環論法はつどく。とのこ元的封立は巣していかに。宗圏や鞍撃が不賞 残虐な嵐分を受けたる場合に、宗徒はいかに封屈すべきか.在るほど人聞として出来る限りのことをすぺきに遼ひた いのでるる。がその態度が問題である。方針覚悟が重大な問題訟のである。民買は宗岨に聞くより外ないといへばそ れまでだ。宗凪に聞くとは、宗組に絶封蹄命の謂である。とれはむづかしいゃうで、また至って簡単でるる。また最 も公正な受賞なまちがひのない方法である ο まぬるいゃうで一番手近な方法では在いかと信やる。さり乍ら、皇民と して宗敢に絶封蹄命は許 J C れるかどうか。園体明徴の絶釘理念として、南無するといふ観念や行事や行動が許される かどろか。といふ問題に直ちに矛盾衝突するとととなる。 そこで、今しばらく退いて、との矛盾した大問題を、夏めて検討する。二律背反は概念上・::・恐らくあらゆる諸問 題をつきつめていくとき必守、出来するものでるらう。まづ世界の有限と無限、根本語左普.人聞の心霊と肉体、生 命に於ける生と死等より小さく見れば、われf
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人 聞 の 雨 眼 雨 手 両 ヰ 雨 日 比 等 kk 至るまで、よくも矛盾封立高藤も営 然に必然に紛起せねばなるまいに、案外平和に否よく/\調和し扶け相うて賞用を巣しつ L あるととではないか、し てみると概念的な封立は概念のま L では何とも出来危いのが、賓践にょうて、とれは至極スムースに、却で生き︷ L と弟しく活躍ができるとと、無肢の勝れた効果を顕はすものであるととが賓詮されるのではないか。法と圏、神仰と人問、宗散と政治等の閥係も同様ではたいかと思はれる。 卑近な雲だが‘目 b L 放って海洋をみよ 3 高波浩柑備の無際涯の彼方:::そしてまた大陸を眺めよ。雲煙鋭 K たる千山 高獄の姿を。見るかぎり望むかぎり、との陸と海はあくまでも的立してゐる。その分域を守り乍ら、時には争ひたが ら、然し、水平面、地平総上にゐけるとの一は深く、 一は高く、それん
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に背反しながらも、との山海は宜は一つも仏 の で あ る 。 一日間きたのである。海の底ふかく徹すれば、海も大洋も湖も沼も池も、山も川も大陸も島も一縫きでるり 一大地塊なのであうた。水平面にとそ小波もあれば.山主も呑まん 4 7 る荒議もあらう。地平総上からは、平野もあれ ぽ雲を凌ぐ高峯も千迅の谷氏もある。との海陸一丸した地塊をば地球と名けられ、とれを包牢しつ L 、天空は莞闘と 澄みわたり、悠然と翻弄してゐるではないか。海の底に徹すとは質践である 3 叫 臥 k たる質行、綿々密 k の行持である 地球を包能ずる虚昼とは、不断の精進、飛躍、無限の創浩白莞ではあるまいか。 我らは皇民、との︷景品の自費あればとそ.組師日蓮を何ぐのである。その日蓮とはいかなるものぞ G 日蓮はやはり人間でるった。我がこの図土に生を受けた白官民である、自ら日蓮は束十拘束僚の民の子、氏姓もなき漁 夫の子、践しき旋陀維が子と公言、その生々の血総を堂々と名乗ってゐられる。幼にして父母の s設を出で、事問に精 進されたのは、生易しい理想や‘志望では在かった。全く生死一大事の究切であった。皇闘の致命的な重大問題解決 の矯めであった。との世.との園土に誕れられた年、承久の大迫。国休の大奥慶。之が責任者 Bと し て 、 鎮 護 問 門 家 の 欽 法に釘する究明、責任の究迫である。かくて二十年の壁雪錐穿の結果、売悟されたるは何か。 千光山頂、清澄の雲をわけで、雨者割問絶叫誓約されたる事紅とそ、末法前同年の間を照らし、法界を教導すべき悶 宗 の 出 版 儀 に 外 た ら ぬ 。 大 f・
さ 3 の 音 量 動 五 tニ大 信 の 霊童 動 豆ζ /¥. 皇国結到の維新を目ざして、ご一諌四難、被潤高丈の生涯は金く、立正安闘の運動に一貫せられたためである。即ち 皇国の世界的使命、紳聖な一大業の展開に外在らね。その敬法に封する絶割師命とそ、皇国王臣一同の軌範であり、世 界再邦師一、常寂光質現の犬山辿なのである。組師はすでに、 一 個 牟 ・ 佃 の 民 人 で は な い 。 凡 k たる固頂黒衣の列を超え た 、 世 界 の 精 一 紳 界 の 三 徳 具 現 者 に ま し ま す 。 水平面の底ふかく‘極地に徹した、体験貰詩の華は蓮華とひらいた。地千鶴上、無上の蹴昼に高く、永恒に自費唱 泣 ? の 日 輪 と 蹄 い た 。 一身、色心の矛盾は不惜身命の行事によって、美事則服され活かされたではないか。 一 閣 法 閣 の 病衰も、立正安岡不退轄の願業となワた以上、必 4 1 やとの大地に、恢復され、健全将来せねばやま肉。 あ与、との大応大孝、無比の功動ょ。純忠至誠の誓願ょ。 上御一人のまととの御精命を、 いやが上にも開開閉し奉るとともに、盛園の理念をいかんたく休現し、八百高の榊 k の精魂の法繭と撮った法絡に沿はすのが、高副大型にましますのである。 との意味で、立正によって民の安闘があり、円蓮によりて日本閣の有無もある所以、宗耐に師命するのみが民の皐 民たり得るのである。民賞、阻師の唱導された宗旨は、断じてとれまでの伸敬諸宗や、諸多の宗敬の範園内には類例 を絶してゐる。よってあの激烈な破折がるった。それをば、形骸を守って衣食する末輩が、法身の御金利の切買所か 法敵の土足下、探聞に委したのである。肝脳を土に垂らし、岡山口肉を刻んでもあきたらぬ重罪を一体どとに訴へればい L のか。否々、切迫絶命のとの時、すでに針策ではない、鹿置ではない。五体を、 一 身 を ‘ 躍 ら し て
E
とかへ、た L きつけるのみである。玉
、
濁
。
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今 年 は 七 月 ‘ 明治大帝の品川年の御群忌に際して、私かに法味を備へ奉り、ふかく時顛の拓閥、皇運扶翼すべき赤子の一分を御前 念申したとき、感得し奉った御製は左の如くである。 かりそめの事に心をうごかすた家の住と立てらる a A 身 は 全く謹んで昇承いたす如くである。我等はたしか‘とるに足らぬ微塵の如雪存在、無能非力 0 ・ 命 で あ り 、 汚 濁 に ま み れた心意ではあるにしても、との身心には、 一分。私があってはたらぬ。そはすでに上御一人の赤子として不思議な 因縁によりて生をこの土に受け、信をとの大法に結ばしめ、との大聖に鴎命せしめ給ひし、大御心に感激し奉る。皇 闘の桂石に任じ給うて深く愛重謹念まします叡慮のほE
を痛く銘感し奉る次第である。かりそめの事に必を動かして とかくの憤慨横議の飴地すら許されたいのではないか。有も、法闘に榊僻に‘不思議の因縁あり、・弐第あり、また時 には霊化の殻現すべきあるは‘もとよりの事であるからには、かうした凡慮を絶したる境界の消息をぽ‘悉意に、生 意筑にも‘愚劣湾腐の臆断を敢てするほど、罪深き害毒の沙汰はないのである。慎むペきはとの我執、との増上慢、 と の 不 信 で は あ る ま い か 。 祖師に絶封師命し奉るととのみ、大御心に封へ奉り得る弐第であり‘本縁たの守ある。然らぽ、たとへいかなる官 憲の恭贋が来ようとも、挺身、護惜建立するとと、民の大応大孝の所以ではるるまいか。 現下のところ、園休明徴の徹底した理念乙そ‘我園一般の諸宗敬徒をして、そのF
. 念 b L自 息 地 せ し め 得 る 棋 威 で あ る 大 信 の 妥 動 五 丸大 − 信 の 量 豊 動 ノ、
。
と何時に、宗制胞の立正安凶の三大誓願は附体理念の究極の護揮訟のだ。間休の同体たるの精命とそ.宗一胞によって恋 陣せられるスそれは本質宗皐が究明する 0 ︶ そ れ を 民 の 宗 組 の 御 弟 子 位 那 が 官 現 す る 。 ・ : : ・ と れ を 大 仰 心 片 山 求 め 給 ふ の で あ る 。 設くも大仰心は異境高旦の野に山に赤子の血を流し、骨肉をさらし朽たしめる現宜を. いかばかり痛し︿悩ましく 御思召すととであらう。 或はまた、至掌の賓位に沿はして、なほ捕高き・無上菩提の訴訟を求め、容均服庸の誓を穫し給ひては書夜忙常に 精進まします御行貨のほど、誠に長き極みである。 下化案竺は、時に上、天空にあって日輸の如く、棋威主振ひ、難化強剛を折伏し給び‘上求控口提は、下、お川叫に山川 でて蓮花の如く順縁を話受しましまし。とれら不可思議神通の鯨現であると同時に、体験資諮の活動なのであろ。 祖師の御名乗りに、との深玄の義分あり、そのま L 、また金宗徒の現賀に即刻、体験宜詮すぺき標語象徴であらね ば な ら ね 。 従て、少くも我閲内にたける諸宗教は悉く裁判し聾して、その存立を認め左いのが、本領であるつ﹁天下高時諸栗一 悌一飛となって妙法濁り繁昌せん時﹂を期し待つべき願業あるに、之はまた関休正義の理念からしでも諸多の宗鞍の白 山は許し難いのに、憲法の御僚文に寛容に遊ばされたるは‘営分且らくの機縁の純熟を待ち拾ひし・深き長き犬御心 。 ほE
を 拝 察 し 奉 る 。 とれにつきては、諸の敬徒は無論我々宗徒さへも、深く察ヤ了予小成倫安.正念を失ひ、東問ともに失し、天地悶倒L
.宗家 b L 接げで妖焔に投げ込むに至ったのでるる。乃ち営利の集団 t c れE
も主義の宗国はたい。会く、祖師に時一する逆誘無能の胃潰は恐しくも憎むべき不倶戴天の仇敵として、奮起せねばならぬっそは外に在るのではない。去五我 々の内白河にひそんでゐる。との内敵宝森誠して‘祖師の生内野法身の御合利の御貴簡に脆き、機悔せねばならぬ。 あ弘、誰 b L 憤らう、恨まう。との七百年の歴史、長い殉難の跡ょ。此経難持の問字が民紅の色にに h h J んだり、泥土 に塗れたか、断ち切られたり、逆訪の荊で織りなされた不思議な盤史ょ。それ位制闘うて生みなされた人の認命とそ、 組師の御名を蒙り、御救誠の一句に接したもの
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白を聞けて我と我を、たの/\見るぺきである。六
、
大
信の
設
動
自分は前蹴の本誌に、﹁新体制下に於ける本質宗皐よりの提題﹂としてな迫世界情勢下の我が新休制とはいかなる陸 史的必然があるか。宗敬人殊に我々宗徒にとっての課題i
:・特に積極的本務的な課題とは何か。之を本質宗撃よりの 提 題 と し て 、 い さ L か究明する所があったが‘爾来浦一ヶ年、内外は愈々火念を告げてゐる。 前践の論文に結論する黙は、所詮、宗岨の三大誓闘を現在的に同家一回合に運動化すととである。之こそ新体制中の 民賓の民休制であるべきこと‘之とそ宗徒のよって以て聞に報ゆペき立正安悶の行動でありも翼賛体制であると論じ その必須の要心は結封臨命信に外ならぬことを痛論した。然し‘それもたど、宗疎た論議に過ぎなかったと.何主り 事 設 が 詮 明 し た 。 一ヶ年の宗門の動きを見る。会く危急存亡E
とろが、鼠倒L
崩壊し去ったあとを見てゐる対けとは なった。との荒涼たる跡に立って、狼敗の避難民の諮げゆくすがたの飴りにも情なく、不甲斐たさ。さ左がら亡者の 獄卒に迫はれ/\て針の山にかけ登されてゐるやうだ。その墜ちゅ先くも見えすいてゐる c 今はすでにそうした論議の時ではない。然し、前論の論旨はこの事を決したのであるから、百尺竿誠一歩を浩めて 大 信 の 軍基 動大 信 の 事 華 動 六 理より事へ、容体の保理を主体の行質へ、最近一ヶ年の諸問題をふくんで、致命的丘一妥結に約して之が解決を求めて 来 た の で あ る 。 そとで現賞に生きてゐるといふ立場から‘岡家と宗敬、宗祖の人格と法格、⋮脚と悌と・ 一 君 高 崎 の 闘 体 理 念 等 に つ いて究明すると同時に、我々はいかに躍進すべきかを決すべき段階に来たのである。 自分は生きてゐる。自分は隼巌なる御自の一分として‘天蝿無窮の皇恩に育まれた赤子と有り難く白血喝した。租阿 の御敬と行績によって、皇閣の宇宙的な輝く大使命を悟らしめて頂いた。と L K 心意泰然として担割蹄命し奉る。い かなる難闘も突破できる確信を以て勇躍する。然し必宇しも易々坦々たる沼ではたいであらう。汗と血と混と、骨を 時き肉を裂く奉仕でもあらう。口舌筆紙の談遣ではたくして、賦々たる行賓のみにまかす。さらに退っ引きたらぬ使 命を負はされた。との園の質紙、との家の内情、深い憤悲、遊詩の罪業等‘悉く之を認める。との責任を引受けねば たらね。﹁一切衆生の異の苦を受くるは悉く日蓮一人の苦なるペし﹂と仰せられた宗組に師命する者にとっても、厭で も負はされる責任なのである。すべて責任の師趣する所そは宗組にある。従って之が打開解決もそとから脅す。善に つけ.患につけ、法閣の大事はとの大信白根元に於いて徹底的に照破し裁決される。議論ではない、責むぺき封手もな ぃ。若しありとせば自のみだ。慎むペきは濁のみだ。働組に封し奉り、深刻の大機悔‘無限の大精進を誓ひ奉るのみ である。大信の費動とは、民賓の大生命から費したのだ。大責任の自畳が根幹でるる。大機悔はその枝葉である。大 精 進 は そ の 花 で あ る @ 責任とは一宗の精命を承糟する心臓である。それは必占 y ・血管に連接する。即ち機悔は静脈に、精進は動脈に、血 液で云へば、白赤の血液に。 一 一 は 滞 め 、 一ははたらく、生理的法繭の機能に似てゐる。
大信の護勤は個人完成の意味ではなく、元限に摘大し向上していく有機純織体である。枇曾岡家にはたらいで、健 査なる生育を司り、更に高次の有機体を創建する。創治された有機体はさらに高度の白魔をもたらし、との自費によ って深重の責任と機悔と精進とがうどき、かくして元限に白蛮自展して飛躍していくのでるる。 皇土に生れた幾憶の民入、すでに個 k の生を認めや‘而も五傘の御自の一分たるの億兆である。億兆の身命心擬つ て、妙法の純粋信となる。大信の琵助は、無限創造.進展の法化を致す生命体とたるつ三大替願がはたらき出す。訴 きてゐる﹁大日本﹂といふ偉大たる人格闘家は、世界を遺義的に統一して、所謂八紘一宇といはれるのである。その 道義統?をば宗義上. 一天間海皆蹄妙法と稿せられてゐる。 我らはたど、献々と大信の褒勤に精進するのみである。
七、軌
範
然うだ。我らはたど賦 A 精進のみ。正しき精挫は、大信に溌する。而して巌たる軌範の存するととはいふまでもな ぃ。借風として、古来の三則、給仕、行法、率問が之である心弘経の三軌の衣出室︵忍辱‘慈悲、法益﹀或は三大誓 願等それん\何一の理諦に即して、宣行の制面の昂に信僚の稿呼を異にしただけであると忠ふ。今且く便宜に開示する ︵ 弘 粧 = 一 軌 ︶ 公 一 部 副 大 願 ﹀ ハ 同 敬 訓 ︶ ︿ 同 宗 風 ︶ ︵ 今 日 信 篠 ﹀ 如 来 慈 法 忍 悲 宰 辱室 座 衣
大 眼 桂
船 目
行 事
信
, 心 y, n’日 仕 責 進 悔 任 師 命 信 道 皐 同 , d f H ド l f議 道 , −fT 法 精 大 倍 の !12 動 」a ノ、大 信 の 室主 動 ノ 、 問 法 華 経 法 師 口 問 に 、 仰 は 末 代 に 法 花 粧 を 弘 む る 行 者 は 必 ・ 守 、 如 来 の 衣 を 着 、 如 来 の 出 現 に 入 り ‘ 如 来 の 座 に 坐 し ず , 法 主 設け、如来衣とは柔和忍辱‘如来の室とは大慈訟心、如来臨とは諸訟杢である。との一ニの信僚は弘駆者の必や依るぺ き軌道である。次の宗阻の犬願は聞いて、日本の柱とは耐芯調和の徳として一図一家の住石に任じ、諸法昼の智眼乞 開いては.無障碍に照微なし、如来の大慈悲あふれで大船としつらひ建替し給ふ。之をば﹁行皐二箔乃苓信心より趨 るべく﹂と念論せられ、宗風の弐第準則に給仕第一、行法第二、曲学問第三の次第主立て L 、初心を誠められたのであ るが‘今日さし迫った難局に庭するには叉特別左覚悟信僚が左くてはたらぬ。たとへば、信行皐の中の信心一一りにつ いても、正格純粋な信心の血眼相承︵法命相蹟︶がその中心とたり、とれが断絶や覆漏汚雑の詩法に劃する機悔が常 に作ひ、勇猛精進の行闘にはげまされねぽならねやろに、行法についても、日常の生活、行話、事業等にわたる責任 とは護惜建立を願業、自他の語法の罪主禁断すべく機悔し、不退轄に精撞していかねばならぬやうに、庫一向に於いて も同様、その信心.行願の中植を明め、究め確めるを以て責任とし‘翻って諸飴の宗敬皐術の非同開を訂すを以て機梅 とし‘進んで時代世曾に遁膳せる信仰聞学術体系の組織敬化を企霊するを以て精進と考へられる。責任と機悔と精進@ 三は給仕の中にも自づと具し、皐同行法の中にもそれん 1 1中植と泊極積極的雨耐にはたらくべきものと考へねばなら ぬ
。
即ち弘経の三軌は.如来伎の資格‘即ち正像末三時に持しく則らねばならぬ、導師としての資格であるが、柱限麟 の三願は、末法臨時の宗教、大日本皇闘の榊聖友る天業の制領であり‘具体的組織体を形示せられたものでるる。即 ち事装化した宗岨なのである。之が要素たる弟子檀那の根本信僚を信行閥単と注し、之が初心幼稚の敬育過程として示 すを給仕修行場聞の三則となす。なほ‘こ句三則の一− R に白づと責任、憐悔、精進が開かれねばたらぬ所以も明かで絶封蹄命信を以て一貫しつ L .その括漫々地のはたらきを明確にせんが矯めである。とれ白づから弐の如く信の諸義 を要約されて来てゐるととも一足ふまでもたい。信心の決定とは、生命的友信は必中決定不動の金剛の如き安住地に立 っ。同時にそこに自づから特異た世界が展けて来る。それは必十そうである。ある内心深きととろ、真正の至誠から 費した情熱には特異の閃めき.光世が放たれるのである。 一寸の虫にも五分の魂、匹夫の志も奪ふべからざる所以の ものはと L K 本くのである。況んや絶封紹命的の師命信に於てをや。宗血や樟隼や久遠本悌の生命的感醸に於てをや そこに久遠の生命より流れ来る所の血脈があり‘その無肢の感激法悦に燃える決定信には崇高結封た自慢がある o 自 風見はその現利那に於ける現賓の生き方を認める。同時に世界︿環り支へる昼間︶観と、歴史︵運り来る時間︶観とを 把握する。自然‘必然、営部的に・なす責任を感十る。而して過去に劃する心からの反省、深刻の惜悔に灼き寵される 位であらう。未来に封する勇躍に、精進に、大誓願を褒すであらう。との自ら聾した誓願に、自ら展︿精進等も‘そ の本くみとるは、現在及過去の自己及一切のものに即しての深刻な惜悔である。怖長.柵塊、堪えられたい苦痛であ り、苦悶である。こうした重油のやうな罪揺感:::憐悔の念に駆られて身も世もあらお献身障命、勇往遁進の問殻撚 爆となる。進んで、より高次た創造となり、勝義の回升華となり、絶大な自賓となる。信は一段と飛躍する。 以上、個的の自に於ける高次の信の進展は、同時に空間的に信地の構大である。僻土の浮化である。叉そのま L 時 間的に法命の相績である。血脈の流通である。御艇にはとの消息を越べられて、本門得径の中、五十展輔随喜の功徳 と議へられてゐる。大信の護動はこれより外にはあり得たい。布教も倖導も、或は寺門経費も、生 k 世々の願業も闘 家も文化も人類の歴史そのものすら、との大信の殻勤.進展より外に意義ありとする友らぽ、それはいはゆる魔業に 過ぎないのである。﹁善にうけ、悪につけ.法花粧をすっるは、地獄の業たるべし。﹂とは千寓世に貫通して、ひどきめ 大 信 の 愛 動 六 五
大 信 の 愛 動 、 − 、 , F ﹂ ノ たってゐる金言である。天の御聾なのである。 従来は、信とは無疑、随眠、師命、感躍、決定、清持等と名目はいくらも濯げられるが、詮とする所は、信は師命 である。師命とは、個的の生命の金的のものへの時換である。匙るとと、回心とも、第二の誕生とも、新生ともいは れる所以である。そこに新鮮な目、耳、手、足と大地があり、青空がある。之を自畳といふ。そして自分の体内にた ぎりたっ、鮮やかな若々しい清い自任の感。叉、とれまでの生と死に封し、物と心に劃して底しれぬ惜悔が湧く。怪 しくも矛盾した黙に自覚の火が賄じ、雄々しい誓願と友り、精進となり、随順感曜のはたらきとたって生きる。死ぬ る。無限に生々死々して、宗祖白大慈願海に朝宗していくととができよう。
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な 歩 み 生きてゐる・。生きてゐる異質の紳最さに打たれる。それは衣食の奴とはならぬ。生きてゐる肉体に、寄生した精神 の自惚や我慢ではない。皇民の自覚も、偏狭な島国根性のそれでは泣いっ八紘を瞭うし、地軸を訴いてもなほ安住し 得る妙法の信地に生きるからで b る。園際危局刻々の切迫、机上にきざむ時計のセコンドとともに、世界は今、うめ き、あえぎ‘再々とろがりつ L t c る 虫 食 の 自 で 、 然 もE
う便るわけでも左く、発れようもない。危局は直面、大きな歩 みで潤歩して来る。 骨 骨 厳 な 生 と 不 思 議 な 信 と 。 炎 、 身 焔 の な か に 托 し た 微 生 b L .悦んで献げようと思ふ。かなしくも−あはれな生たがら、 と L に般に私と呼ばせて貰ふ。私は宗祖日蓮大聖人を信守る。信やるといひ切れ・ないやうた私を情労憶づる。頴にも 冥にも怖れ長れる者である。而もその上、私をめぐる環境のいかに、︷一京岨の御心にそぐはね根本的に許すべからざるととの多いととか。またとれまでの歴史、悶習等にいかに悲むべく、哀むべく・憎むべき事
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もの充ち満ちてゐると 九﹂か。現に重積してゐる難問題、裁き得・?に、その草壁の下に、明日の目を宗一だのみしてゐる。さ訟がら悌棋の御物 語りがある。猛獣に誼はれ/\て井の中に墜ちた。そして危くも、すがった藤蔓を‘さらにまた、白黒の鼠にかぢら れ乍ら自身の重みん﹂蔓の飴命を測らやに、わづかの野花にやE
った蜜の甘さに我を忘れて、ぶらさがってゐる痴漢に も我々は警へられる。怖るべくも憐れむべくもまた巧みな賓情ではある。 とれらは、充分と承知のた噺であるが、車たる子供だましの治話では在い。生死一大事の決意を定むぺき、鶴石不 隣の信を決すべきを促がされたのである。 融持牟は今の僻教々圏の教組では・ないであらう、本質的には。宗祖は今の宗国の宗祖でもないであらろ生命的には。 然し般に我々が、悌を歌曲と仰ぎ、組師を宗祖と仰ぎ度いならば‘その手蹟きは簡単である。宗圏のすべての財産地 位情宜生命等を、教宗の組に奉還すべきである。即ち井の中で、 のんきに蜜なE
しゃぶってゐられぬからであるつそ して.本気にた円 J て、井底の大蛇ととつくむか、すきをねらって、井の上にをどり出るか、何れかである。今とそ、 梯救徒としても、宗徒として、百尺竿頭一歩を進めるとは景気よいが、井草をあやしてのがれねばならぬ。絶封絶命 に立ち到ったのである。 一切を献げ、すべてを惜悔し、大型の命ぜられるま LK 、 新 た に 護 勤 す る の み で あ る 。 之 が ︷ 一 双 組 を 活 か し 、 皇 国 を 興し、御一人の御自を甲斐るらしめ、御稜威を高揚する所以である。と私自ら信じ、こ LK かう書き記し、同時に積 観的に興行するのみである。我と獣 K の宣行を本領となすとはいへ、かう書き記すのも多少の悌乗の縁と祈念するに 過 ぎ ね 。 大 信 の 霊童 動 六 七大 信 喧〉 毅 動