智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶
程
正
前 回 の 目 次︵ ﹃駒 澤 大 學 大 學 院 佛 教 學 研 究 會 年 報 ﹄ 第 三九號︿二〇〇六年五月﹀に掲載分︶ 一 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄について ︵一︶ 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄のテキスト ︵二︶ ﹃智疏﹄と﹃慧淨疏﹄ 、龍大本﹃心經疏﹄との 關係 ︵三︶ ﹃智疏﹄の思想的特色 今回の目次 二 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注 次回の豫定 二 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注︵續︶ 二 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注 凡 例 *基本的には、柳田聖山氏が校訂されたテキストを用 い る。 ︵柳 田 聖 山﹁ ﹃資 州 禪 師 撰・ 般 若 心 經 疏 ﹄ 考 ﹂ ﹃禪 佛 教 の 研 究 ﹄︿柳 田 聖 山 集 第 一 卷 ﹀ 法 藏 館、 一 九 九 九 年、 三 二 七 ∼ 三 四 九 頁。 ︶ た だ し、 筆 者 に よる句讀點の直しがある。 * な お、 新 出 の ロ シ ア 本 に よ る 本 文 の 一 部 を 校 訂 し た。その場合、そのつど注記を施した。 *智の注疏にある﹃心經﹄本文の内容を、 ﹁︿色即是 空﹀ ﹂のごとく、 ︿ ﹀括弧を用いた。 *脱字があったと思われる場合、 ﹁惠資︵糧︶ ﹂のよう に、 ︵ ︶括弧を用いた。 *誤字があったと思われる場合、 ﹁背似龜文[紋] ﹂の ように、 [ ]括弧を用いた。 一三九 駒澤大學佛敎學部硏究紀第六十五號 平成十九年三月般若波羅蜜多心經疏
資 1 州禪師 撰 夫以眞 2 宗沖 3 寂、妙絶名 4 詮之表、正覺幽 5 凝、高栖 6 像累之外。将求性 7 ・相、二有不能 照其機、跡被淺深、三 8 獸無以臻其極。即 9 色 非 色、 寄 無 色 以 爲 源、 即 10 空 非 空、 要 假 空 而 遣 色。 故 知、 萬 11靈 無 像、 而 爲 衆 像 之 宗、 妙 理無言、抑乃群言之本。蓋像出於無像、言出 於 無 言。 無 言 言 者、 或 感 物 以 言 生、 無 像 像 者、 或 因 心 而 著 像。 無 言 言 者、 故 四 12 辯 所 以 宣揚、無像像者、故丈 13六所以垂 14跡。 然﹃多 15 心經﹄者、乃五 16 乘之寶運、嚴萬法 以爲尊、超八 17 藏之妙高、飾四 18 珍而獨秀。然 首稱︿般若﹀ 、古釋有三、今解有五。一實相、 謂 眞 理。 二 觀 照、 謂 眞 惠。 三 文 字、 謂 眞 教。 四 境 界、 謂 諸 法。 五 眷 19 屬、 謂 萬 行。 要 須 福 智倶修、有無齊照。尋經究旨、合理解生。惠 性、惠資 ︵糧︶ 倶稱般若。 ︿波羅者﹀ 、彼岸義。 亦言離義。 ︿蜜﹀者、到義。由行般若波羅蜜、 離諸障染、境︵地︶盡有無、義洞眞如、覺圓 智滿。 ︿多﹀ 者大乘總名。 ︿心﹀ 者此經之別稱。般若波羅蜜多心經の疏
資州の禪師、撰す 夫 れ 以 る に、 眞 宗 は 沖 寂 に し て、 妙 な る こ と 名 詮 の 表 を 絶 し、 正 覺 は 幽 凝 にして、高きこと 像 累 の外に 栖 む。将に性 ・ 相を求めんとするに、 二有ら ば 其の機を照らすこと能わず、跡は淺深を被りて、三獸も其の極 に 臻 る こ と 無 し。 即 色 は 色 に 非 ず と は、 色 無 き に 寄 せ て 以 て 源 と 爲 し、 即空は空に非ずとは、 要 ず空を假りて色を 遣 る。故に知る、萬靈は像無 くも、衆像の宗と爲り、妙理は言無くも、乃ち群言の本を 抑 う。 蓋 し像 は無像より出で、言は無言より出づ。無言の言とは、或いは物を感じて 以て言を生じ、無像の像とは、或いは心に因りて像を 著 す。無言の言と は、 故 に 四 辯 を 以 て 宣 揚 す る 所 に し て、 無 像 の 像 と は、 故 に 丈 六 を 以 て 垂 跡 する所なり。 然るに﹃多心經﹄とは、乃ち五乘の寶を運び、萬法を 嚴 かにするを以 て尊と爲し、八藏を超ゆるの妙高にして、四珍を飾りて獨り 秀 づ。然し て 首 に︿般 若 ﹀ と 稱 す る は、 古 の 釋 に 三 有 り、 今 の 解 に 五 有 り。 一 に は 實 相、 眞 理 を 謂 う。 二 に は 觀 照、 眞 惠 を 謂 う。 三 に は 文 字、 眞 教 を 謂う。四には境界、諸法を謂う。五には 眷 屬 、萬行を謂う。 要 須 ず福と 智を倶に修し、有と無を齊しく照らすべし。經を尋ねて旨を究め、理に 合 いて解、生ず。惠の性と惠の資糧とを倶に般若と稱す。 ︿波羅﹀とは、 彼 岸 の 義 な り。 亦 た 言 を 離 る る の 義 な り。 ︿蜜 ﹀ と は、 到 る の 義 な り。 般若波羅蜜を行ずるに由りて、諸もろの障染を離れ、境地は有無を盡く し、 義 は 眞 如 を 洞 き、 覺 は 圓 に し て 智 は 滿 つ。 ︿多 ﹀ と は、 大 乘 の 總 名 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四〇︿經 ﹀ 者、 爲 常、 爲 法。 是 攝、 是 觀。 常 即 道 冠 百 王、 法 乃 楷 20 模 千 葉、 攝 則 集 斯 妙 理、 觀 則悟彼群生。庶令必離苦 21津、終登彼岸。 ︿一 卷 ﹀ 者、 首 軸 無 二、 名 之 爲 一、 開 合 22 卷 舒、 目之爲卷。故言︿般若波羅蜜多心經一卷﹀ 。 觀自在菩薩、行深般若波羅蜜多時。 義 云、 ﹁将 釋 此 經、 略 以 九 門 分 別。 第 一、 初 入 觀 門 縁 起 分。 第 二、 了 蘊 虚 23通 度 厄 分。 第三、空色一如無二分。第四、垢淨唯眞無妄 分。第五、根塵體同名異分。第六、 三 24 乘境觀 倶空分。第七、擧勝明空離障分。第八、大智 乘因至果分。第九、護難流通神 25呪分。 ﹂ 又就此門中、復開爲四。一教不思議、二理 不思議、三行不思議、四果不思議。第一教不 思 議 者、 此﹃蜜 多 心 經 ﹄、 三 乘 具 足、 文 義 深 妙。若有受持讀誦者、功德甚多。故言教不思 議。第二理不思議者、依教詮理、即是理不思 議。 第 三 行 不 思 議、 依 理 修 行。 故 名 行 不 思 なり。 ︿心﹀とは、此の經の別稱なり。 ︿經﹀とは、 爲 た常にして、爲た 法 な り。 是 た 攝 に し て、 是 た 觀 な り。 常 と は 即 ち 百 王 に 冠 た る を 道 い、 法とは乃ち 千 葉 の 楷 模 たり。攝とは則ち斯の妙理を集め、觀とは則ち彼 の 群 生 を 悟 る。 庶 わ く は 必 ず や 苦 津 を 離 れ、 終 に は 彼 岸 に 登 ら し め ん こ と を。 ︿一 卷 ﹀ と は、 首 軸 に 二 無 し、 こ れ を 名 づ け て 一 と 爲 し、 開 合 し て 卷 舒 す る は、 こ れ を 目 け て 卷 と 爲 す。 故 に︿般 若 波 羅 蜜 多 心 經 一 卷﹀と言う。 觀自在菩薩、行深般若波羅蜜多時。 義に云く、 ﹁将に此の經を釋せんとするに、略して九門を以て分別す。 第一は、初めに觀門に入るの縁起の分なり。第二は、蘊の虚通なるを了 じて、厄を度するの分なり。第三は、空と色の一如にして、二無きの分 な り。 第 四 は、 垢 と 淨 の 唯 だ 眞 の み に し て、 妄 無 き の 分 な り。 第 五 は、 根 と 塵 と の 體 は 同 な る も 名 は 異 な る の 分 な り。 第 六 は、 三 乘 の 境 と 觀 と、倶に空なるの分なり。第七は、勝を擧げ、空を明らめ、障を離るる の分なり。第八は、大智の因に乘りて、果に至るの分なり。第九は、難 より護りて、神呪を流通するの分なり﹂と。 又た此の門の中に就いては、復た開きて四と爲す。一は、教の不思議 なり、二は、理の不思議なり、三は、行の不思議なり、四は、果の不思 議 な り。 第 一 の 教 の 不 思 議 と は、 此 の﹃蜜 多 心 經 ﹄ は、 三 乘 を 具 足 し、 文義も深妙なり。若し受持し讀誦する者有ら ば 、功德は甚だ多し。故に 教の不思議と言う。第二の理の不思議とは、教に依りて理を 詮 せ ば 、即 ち是れ理の不思議なり。第三の行の不思議とは、理に依りて修行す。故 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四一
議。第四果不思議者、依行證果、即是果不思 議。並非心能思、非口能議。故名不思議。 又 就 前﹁初 入 觀 門 縁 起 分 ﹂ 中、 文 有 兩 段。 初 先 標 能 行 人、 即 是︿觀 自 在 菩 薩 ﹀。 次 明 所 行法、即是︿行深般若波羅蜜多時﹀ 。 就般若之中、約爲三分。第一文字、爲淺般 若。第二依文發惠、名中般若。第三照見五蘊 體 空、 名 深 般 若。 次 明 空 色 倶 遣。 自 此 已 下、 廣明實義分。以前爲小菩薩説人空、以後爲大 菩薩説法空。先明生滅・垢淨・増減不 26 可得、 次明色心不可得、後明三乘境觀倶不可得。先 明 中 乘︿無 無 明 亦 無 無 明 盡 ﹀、 即 無 中 乘 境。 ︿乃 至 無 老 死 亦 無 老 死 盡 ﹀、 即 無 中 乘 觀。 無 苦・集、即無小乘境。 ︿無苦集滅道﹀ 、即無小 乘 觀。 ︿無 智 亦 無 得 ﹀、 即 無 大 乘 境。 ︿以 無 所 得故﹀ 、即無大乘觀。 觀自在菩薩。 義云、 ﹁︿觀﹀者慧也。慧能觀察善 ・ 惡等事、 能 見 人・ 法 二 空 之 理。 有 無 齊 遣、 藥 病 二 亡。 不縁於相、攝境歸心。心 ・ 境倶泯、無有二相、 に 行 の 不 思 議 と 名 づ く。 第 四 の 果 の 不 思 議 と は、 行 に 依 り て 果 を 證 せ ば 、即ち是れ果の不思議なり。 並 て心もて能く思うに非ず、口もて能く 議するに非ず。故に不思議と名づく。 又た前の﹁初めに觀門に入るの縁起の分﹂の中に就いては、文に兩段 有り。初めに先ず能く行ずる人を 標 せ ば 、即ち是れ ︿觀自在菩薩﹀ なり。 次に行ずる所の法を明らむれ ば 、即ち是れ ︿行深般若波羅蜜多時﹀ なり。 般若の中に就いては、約して三分と爲す。第一は文字なれ ば 、淺般若 と爲す。第二は文に依りて惠を發せ ば 、中般若と名づく。第三は五蘊の 體の空なるを照見せ ば 、深般若と名づく。次に空・色を倶に遣るを明ら めんとす。此れより已下は、廣く實義を明らむるの分なり。以前は小菩 薩 の 爲 に 人 の 空 な る を 説 き、 以 後 は 大 菩 薩 の 爲 に 法 の 空 な る を 説 く な り。先ずは生と滅・垢と淨・増と減の不可得なるを明らめ、次には色と 心の不可得なるを明らめ、後には三乘の境と觀と、倶に不可得なるを明 らむ。先ず中乘の︿無無明亦無無明盡﹀なるを明らむれ ば 、即ち中乘の 境 無 し。 ︿乃 至 無 老 死 亦 無 老 死 盡 ﹀ な れ ば 、 即 ち 中 乘 の 觀 も 無 し。 苦・ 集 無 く ば 、 即 ち 小 乘 の 境 無 し。 ︿無 苦 集 滅 道 ﹀ な れ ば 、 即 ち 小 乘 の 觀 も 無し。 ︿無智亦無得﹀ なれ ば 、即ち大乘の境無し。 ︿以無所得故﹀ なれ ば 、 即ち大乘の觀も無し。 觀自在菩薩。 義に云く、 ﹁︿觀﹀とは、慧なり。慧は能く善惡等の事を觀察し、能く 人 ・ 法二空の理を見る。有と無を齊しく 遣 り、藥と病を二つながら亡ず。 相に縁らずして、境を攝して心に歸す。心・境倶に 泯 じ、二相有ること 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四二
猶如虚空。觀有不住於有、觀空不著於空、聞 名 不 惑 於 名、 見 相 不 没 於 相。 無 即 不 破 於 有、 一 切 皆 無。 有 即 不 壞 於 無、 一 切 皆 有。 故 知、 心 不 能 動、 境 不 能 移。 隨 動 隨 移、 不 亂 眞 實。 證此理法、名爲無 27 礙慧、名之爲︿觀﹀ 。 言︿自 在 ﹀、 乃 是 諸 佛 菩 薩 不 28思 議 解 脱 之 心、 神 29 通 自 在 之 力。 菩 薩 乃 能 毛 30 端 吸 於 巨 海、 芥 子 納 於 須 彌。 芥 子 及 毛 端、 二 倶 喩 心、 須 彌 大 海、 二 倶 喩 境。 菩 薩 正 念 須 彌 大 海 之 時、須彌大海、正在菩薩念中。即是芥子納於 須 彌、 毛 端 吸 於 巨 海。 心 喩 芥 子、 芥 子 不 大、 境 喩 須 彌、 須 彌 不 小、 而 能 容 受。 不 寛 不 窄、 乾 31 坤宛然、本 32 相如故、即是諸佛菩薩不思議 解脱之心、自在神通之力也。 所以然者、一切諸法、以心爲本。心 33 生故、 即種々法生、心滅故、即種々法滅。三界・六 道本由自是心生、淨土穢土悉由心造。心外無 別 境、 境 外 無 別 心。 心 外 無 境、 無 境 故 無 心。 境外無心、無心故無境。無心無境、名爲︿般 若﹀ 。 先 明︿自 在 ﹀、 説 法 顯 勝、 於 觀 無 滞、 内 外 明 徹、 即 妄 想 不 生、 法 界 常 安、 觸 34途 皆 妙、 無きは、猶お虚空の如し。有を觀るに有に 住 らず、空を觀るに空に著せ ず、名を聞くに名に 惑 わされず、相を見るに相に没せられず。無は即ち 有を破らずして、一切は皆な無なり。有は即ち無を 壞 せずして、一切は 皆な有なり。故に知る、 ﹃心は動ずること能わず、境は移ること能わず。 動ずるに隨うも、移るに隨うも、眞實を亂さず﹄と。此の理法を證する を、名づけて無礙の慧と爲し、之れを名づけて︿觀﹀と爲す。 ︿自 在 ﹀ と 言 う は、 乃 ち 是 れ 諸 佛 菩 薩 の 不 思 議 解 脱 の 心 に し て、 神 通 自在の力なり。菩薩は乃ち能く 毛 端 もて巨海を吸い、 芥 子 もて 須 彌 を納 む。芥子及び毛端は、二つ倶に心に喩え、須彌と大海とは、二つ倶に境 に喩う。菩薩の須彌と大海を正念するの時には、須彌と大海は正に菩薩 の 念 の 中 に 在 り。 即 ち 是 れ は 芥 子 の 須 彌 を 納 め、 毛 端 の 巨 海 を 吸 う な り。心を芥子に喩うるも、芥子は大ならず、境を須彌に喩うるも、須彌 は 小 な ら ず、 而 し て 能 く 容 受 す。 寛 か ら ず 窄 か ら ず、 乾 坤 宛 然 と し て、 本相の如なるが故に、即ち是れ諸佛菩薩の不思議解脱の心にして、自在 神通の力なり。 所 以 に 然 れ ば 、 一 切 の 諸 法 は、 心 を 以 て 本 と 爲 す。 心、 生 ず る が 故 に、即ち種々の法も生じ、心、滅するが故に、即ち種々の法も滅す。三 界・六道は 本 より自ずから是の心より生じ、淨土も 穢 土 も悉く心より造 らる。心の外に別に境無く、境の外に別に心無し。心の外に境無く、境 無きが故に心も無し。境の外に心無く、心無きが故に境も無し。心も無 く境も無きを、名づけて︿般若﹀と爲す。 先ず︿自在﹀を明らむるに、法を説きて勝を顯わし、觀に於いて滞る こ と 無 く、 内 外 に 明 徹 せ ば 、 即 ち 妄 想 も 生 ぜ ず、 法 界 も 常 に 安 ら か に、 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四三
濟 35物 稱 心。 故 云︿自 在 ﹀。 若 被 妄 想 翳 障 眞 如、即遍固法界、觸事皆礙、不名自在。 又言 ︿自在﹀ 者、觀色空、眼自在、觀聲空、 耳 自 在、 觀 香 空、 鼻 自 在、 觀 味 空、 舌 自 在、 觀觸空、身自在、觀法 36 塵空、即意自在。 觀 心 空、 即 内 自 在、 所 觀 境 不 實、 即 外 自 在。觀照内外、人・法倶空、即心無障礙。故 言觀自在行者等。 若不以此智慧觀諸法空、即攀縁心起。由心 起 故、 即 取 塵 造 業。 由 業 成 就、 即 名 業 障 之 人。障其聖道、不名自在。乃爲煩惱鎖、無明 鎖、 妄 想 鎖、 名 相 鎖、 貪 瞋 癡 鎖、 鎖 諸 衆 生 於五蘊柱、繞二 37 十五有、循環六道、經歴三 38 塗、恆受諸苦、不名自在。 ︿菩 薩 ﹀ 者、 是 西 域 名、 亦 名 菩 39提 質 諦 薩 埵。此云道心衆生。菩提名道、質諦名心、薩 埵名衆生。道者通達佛道義。通謂虚通、達謂 了達。了達人・法倶空、現行隨 40眠、習 41氣倶 滅、煩惱總盡、而無障礙。有不礙空、空不礙 有。以空爲有、以有爲空。以空爲有、故即非 有。以有爲空、故即非空。非空非有、故名爲 觸 途 も皆な妙にして、濟物も心に 稱 う。故に︿自在﹀と云う。若し妄想 に眞如を 翳 障 せらるれ ば 、即ち遍く法界を固め、事に觸すれ ば 皆な礙な るを、自在と名づけず。 又た︿自在﹀と言うは、色の空なるを觀るは、眼の自在、聲の空なる を觀るは、耳の自在、香の空なるを觀るは、鼻の自在、味の空なるを觀 るは、舌の自在、觸の空なるを觀るは、身の自在、法塵の空なるを觀る は、即ち意の自在なり。 心の空なるを觀るは、即ち内の自在にして、觀らるる境の實ならざる は、即ち外の自在なり。内外を觀照するに、人・法倶に空なれ ば 、即ち 心に障礙無し。故に觀自在行者等と言う。 若 し 此 の 智 慧 を 以 て、 諸 法 の 空 な る を 觀 ざ れ ば 、 即 ち 攀 縁 の 心 起 こ る。心の起こるに由るが故に、即ち塵を取りて業を造る。業の成就する に由りて、即ち業障の人と名づく。其の聖道を 障 ぐるを、自在とは名づ けず。乃ち煩惱の鎖、無明の鎖、妄想の鎖、名相の鎖、貪瞋癡の鎖の爲 に、諸もろの衆生は五蘊の柱に 鎖 され、二十五有に 繞 かれ、六道に循環 し、 三 塗 を 經 歴 し、恆に諸もろの苦を受くるを、自在とは名づけず。 ︿菩 薩 ﹀ と は、 是 れ 西 域 の 名 に し て、 亦 た 菩 提 質 諦 薩 埵 と 名 づ く。 此 こに道心の衆生と云う。菩提は道と名づけ、質諦は心と名づけ、薩埵は 衆生と名づく。道とは佛道に通達するの義なり。通とは虚通を謂い、達 とは了達を謂う。人・法倶に空なるを了達せ ば 、現に行ずる 隨 眠 、 習 氣 倶に滅し、煩惱總て盡きて、 障 礙 無し。有は空を 礙 げず、空は有を礙げ ず。空を以て有と爲し、有を以て空と爲す。空を以て有と爲す、故に即 ち 有 に 非 ず。 有 を 以 て 空 と な す、 故 に 即 ち 空 に 非 ず。 空 に 非 ず 有 に 非 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四四
道。 即 如 世 間 之 道、 若 爲 有 荊 42 棘 43 林、 坑 44 穽等境、障人行路、不名爲道。若人起貪瞋癡 等、 愛 染 六 塵、 能 障 智 慧、 六 45度 不 通。 即 一 切倶礙、不名爲道。即心如道、即道如心、一 體一合。故名爲道。又菩薩者、菩之言普、薩 之 言 濟。 普 濟 有 情。 故 云︿菩 薩 ﹀。 又 云、 菩 之言結、薩之言散。煩惱垢結、因此智慧、而 得解散。故言︿菩薩﹀ ﹂。 行深般若波羅蜜多時。 義 云、 ﹁︿行 ﹀ 者、 以 無 46 漏 智、 照 見 六 根・ 六識・六塵・五蘊・十二入、觀心不闕、與理 相應、念念進取眞如之理、無時暫捨。故名爲 ︿行﹀ 。︿深﹀者、了達人 ・ 法倶空、色 ・ 心齊遣、 境・觀兩忘。出 47 於心量之表、離於言説之外、 非 口 所 宣、 非 心 所 測、 非 二 乘 境 界、 唯 48 佛 與 佛、乃能 知之。故 名爲︿深﹀ 。︿般 若﹀者、有 二義。一是清淨・勝妙義。二是智慧義。智能 觀 有、 慧 能 觀 空、 空 有 倶 遣。 名 爲 智 慧。 ︿波 羅 ﹀ 者、 亦 有 二 義。 一 是 此 岸 義、 二 彼 岸 義。 此岸復有二種。一是分 49 段生死、二是變 50 易生 死。 變 易 生 死 者、 是 二 乘 此 岸、 分 段 生 死 者、 ず、 故 に 名 づ け て 道 と 爲 す。 即 ち 世 間 の 道 の 如 き は、 若 し 荊 棘 ・ 林 ・ 坑 穽 等の境有りと爲さ ば 、人の 行 路 を 障 げ、名づけて道とは爲さず。若 し人の貪・瞋・癡等を起こさ ば 、六塵に愛染し、能く智慧を障げ、六度 は通ぜず。即ち一切は倶に 礙 ぐれ ば 、名づけて道とは爲さず。即心は道 の如く、即道は心の如く、一の體にして一に合す。故に名づけて道と爲 す。又た︿菩薩﹀とは、菩は之れを普と言い、薩は之れを濟と言う。普 く有情を濟う。故に ︿菩薩﹀ と云う。又た云わく、菩は之れを結と言い、 薩は之れを散と言う。煩惱の垢の結 ば るるも、此の智慧に因りて、 解 き 散ずるを得。故に︿菩薩﹀と言う﹂と。 行深般若波羅蜜多時。 義 に 云 く、 ﹁︿行 ﹀ と は、 無 漏 の 智 を 以 て、 六 根・ 六 識・ 六 塵・ 五 蘊・ 十二入を照見し、心の闕けざるを觀て、理と相應し、念念に眞如の理を 進 取 し て、 時 と し て 暫 く も 捨 つ る こ と 無 し。 故 に 名 づ け て︿行 ﹀ と 爲 す。 ︿深﹀とは、人 ・ 法倶に空なるを了達して、色 ・ 心齊しく遣り、境 ・ 觀兩つながら忘ず。心量の表を出で、言説の外を離れ、口もて宣ぶる所 に 非 ず、 心 も て 測 る 所 に 非 ず、 二 乘 の 境 界 に 非 ず、 唯 だ 佛 と 佛 と の み、 乃 ち 能 く 之 れ を 知 る。 故 に 名 づ け て︿深 ﹀ と 爲 す。 ︿般 若 ﹀ と は、 二 つ の義有り。一は是れ清淨・勝妙の義なり。二は是れ智慧の義なり。智は 能く有を觀、慧は能く空を觀、空と有とを倶に遣る。名づけて智慧と爲 す。 ︿波 羅 ﹀ と は、 亦 た 二 つ の 義 有 り。 一 は 是 れ 此 岸 の 義 な り、 二 は 彼 岸の義なり。此岸には復た二種有り。一は是れ分段生死なり、二は是れ 變 易 生死なり。變易生死とは、是れ二乘の此岸なり、分段生死とは、是 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四五
是 凡 夫 此 岸。 彼 岸 者 有 其 五 種。 一 是 教 彼 岸、 二是理彼岸、三是境彼岸、四是行彼岸、五是 果彼岸。又云、 ﹃三 51 界火宅、有爲生死、即是 此 岸。 出 離 生 死、 證 得 涅 槃、 即 是 彼 岸。 ﹄ 善 男 子、 若 用 此 般 若 方 便 之 船、 運 載 衆 生、 得 度生死煩惱之津、超出淤泥、即到涅槃清淨彼 岸。故 曰︿波羅﹀ 。︿蜜多 ﹀者、亦 有二義。一 是 離 義、 二 是 到 義。 到 者、 乘 因 至 果、 到 涅 槃。 離 者、 能 用 無 漏 智、 遠 離 生 死 大 苦 海 故、 即得清淨・勝妙智慧、到彼岸也。 ﹂ 問 曰、 ﹁生 死 爲 此 岸、 涅 槃 爲 彼 岸。 未 審、 中 間 體 52性 如 何。 ﹂ 答 曰、 ﹁若 離 變 易、 未 至 涅 槃。在其中間、名劣無漏種。既非二邊、亦名 中道義。 ﹂ ︿時 ﹀ 者、 諸 佛・ 菩 薩 説 法 之 時、 名 之 爲 ︿時 ﹀。 座 下 聽 衆 悟 道 之 時、 名 之 爲︿時 ﹀。 譬 53如 千 年 暗 室、 明 燈 纔 照、 暗 境 即 無。 一 切 衆 生、 從 無 始 生 死 已 來、 及 以 今 身、 無 明 被 底、 煩惱蔽障、造種々惡業、薫在識中、成就無量 無邊三塗種子。若以智慧、反照心源、一念之 間、所有一切業 54障 ・ 報障 ・ 煩惱障、悉皆消滅。 即渡生死煩惱大海、得至涅槃彼岸之時。此之 一 唱[章 ]、 雖 有 多 意 不 同、 惣 明 初 入 觀 門 縁 れ凡夫の此岸なり。彼岸とは其れに五種有り。一は是れ教彼岸、二は是 れ理彼岸、三は是れ境彼岸、四は是れ行彼岸、五は是れ果彼岸なり。又 た 云 く、 ﹃三 界 は 火 宅 に し て、 有 爲 の 生 死 な る は、 即 ち 是 れ 此 岸 な り。 生 死 を 出 離 し、 涅 槃 を 證 得 す る は、 即 ち 是 れ 彼 岸 な り ﹄ と。 善 男 子 よ、 若し此の般若の方便の船を用いて、衆生を運載し、生死煩惱の 津 を 度 す を得、 淤 泥 を超出せ ば 、即ち涅槃にして清淨なる彼岸に到る。故に︿波 羅 ﹀ と 曰 う。 ︿蜜 多 ﹀ と は、 亦 た 二 つ の 義 有 り。 一 は 是 れ 離 の 義、 二 は 是 れ 到 の 義 な り。 到 と は、 因 に 乘 り て 果 に 至 り、 涅 槃 に 到 る。 離 と は、 能く無漏の智を用いて、生死の大苦海を遠離するが故に、即ち清淨・勝 妙なる智慧を得て、彼岸に到る﹂と。 問 い て 曰 く、 ﹁生 死 を 此 岸 と 爲 し、 涅 槃 を 彼 岸 と 爲 す。 未 審 、 中 間 の 體 性 は 如 何 ﹂ と。 答 え て 曰 く、 ﹁若 し 變 易 を 離 る れ ば 、 未 だ 涅 槃 に 至 ら ず。 其 の 中 間 に 在 る を、 劣 れ る 無 漏 の 種 と 名 づ く。 既 に 二 邊 に 非 ざ れ ば 、亦た中道の義と名づく﹂と。 ︿時﹀ とは、諸佛 ・ 菩薩の説法せる時を、之れを名づけて ︿時﹀ と爲す。 座下の聽衆の悟道せるの時を、之れを名づけて︿時﹀と爲す。譬え ば 千 年 の 暗 室 に 、 明 燈 の 纔 に 照 せ ば 、 暗 境 即 ち 無 き が 如 し。 一 切 の 衆 生 は、 無始の生死より 已 來 、今身に及び無明の 被 底 に、煩惱の 蔽 障 され、種々 の惡業を造り、識の中に薫在し、無量無邊の三塗の種子を成就せり。若 し 智 慧 を 以 て、 心 源 を 反 照 せ ば 、 一 念 の 間 に 所 有 る 一 切 の 業 障・ 報 障・ 煩惱障は、悉く皆な消滅す。即ち生死の煩惱の大海を渡りて、涅槃の彼 岸に至るを得るの時なり。此の一唱[章]は、意多く有りて不同なりと 雖も、惣じて﹁初めに觀門に入るの縁起の分﹂を明らめたり。 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四六
起分。 自此已下、第二了蘊虚通度厄分。 照見五蘊皆空、度一切苦厄。 義 曰、 ﹁︿照 見 ﹀ 者 慧 也。 如 燈 照 暗、 燈 至 而 暗 除。 心 55 鏡 高 懸、 慧 生 而 無 明 滅。 又 云、 ﹃︿照﹀者心也。 ︿見﹀者眼也。 ﹄心眼清淨、所 覩之境、一切萬法、幻化生滅、皆悉是空、虚 妄 不 實。 名 爲︿照 見 ﹀。 ︿五 56 蘊 ﹀ 者、 以 積 聚 爲 義、 色・ 受・ 想・ 行・ 識 是 也。 質 礙 爲 色、 領 納 爲 受、 取 捨 爲 想、 造 作 爲 行、 了 別 爲 識。 此 之 五 種、 皆 由 妄 想、 積 聚 諸 業、 以 成 其 身。 蘊蓋衆生身中佛性、不得顯現。名之爲蘊。亦 名 五 蘊、 釋 有 五 義。 衆 生 若 能 了 達、 即 能 觀 色 猶 如 聚 沫、 不 可 撮 摩。 一 切 衆 生、 執 著 名 利、經求財色、至死不休。名爲色蘊。若能觀 受、 如 泡 不 得 久 立。 受 者 領 納 爲 義。 因 眼 見 色、納於心識、貪愛・取著、生死爲業。名爲 受蘊。若能觀想、如陽焔從渇愛生。想者、縁 慮爲義。思想計念五欲境界、受煩惱苦、不得 解脱。名爲想蘊。若能觀行、如芭蕉中、無有 堅 實。 行 者 遷 流・ 造 作 爲 義。 心 有 貪 求、 駈 57 駈碌碌、終日竟夜、經求財色、不知厭足。名 此れより已下は、第二の﹁蘊の虚通なるを了じて厄を度するの分﹂を 明らめん。 照見五蘊皆空、度一切苦厄。 義に曰く、 ﹁︿照見﹀とは慧なり。 燈 りの暗きを照らすが如く、燈りの 至れ ば 暗きは除かる。心鏡を高く懸くれ ば 、慧、生じて無明は滅す。又 た 云 く、 ﹃︿照 ﹀ と は 心 な り。 ︿見 ﹀ と は 眼 な り ﹄ と。 心 と 眼 の 清 淨 な れ ば 、覩る所の境なる一切の萬法は、幻化し生滅し、皆な悉く是れ空にし て、 虚 妄 に し て 實 な ら ず。 名 づ け て︿照 見 ﹀ と 爲 す。 ︿五 蘊 ﹀ と は、 積 聚 を 以 て 義 と 爲 し、 色・ 受・ 想・ 行・ 識 は 是 れ な り。 質 礙 を 色 と 爲 し、 領 納 を 受 と 爲 し、 取 捨 を 想 と 爲 し、 造 作 を 行 と 爲 し、 了 別 を 識 と 爲 す。 此の五種は、皆な妄想によりて、諸もろの業を積聚し、以て其の身を成 す。 蘊 は衆生の身中の佛性を 蓋 い、顯現するを得ず。之れを名づけて蘊 と爲す。亦た︿五蘊﹀と名づけ、釋するに五義有り。衆生の若し能く了 達せ ば 、即ち能く色の猶お 聚 沫 の撮摩すべからざるが如きを觀る。一切 衆生は、名利に執着し、 經 に財色を求めて、死に至るも休めず。名づけ て 色 蘊 と 爲 す。 若 し 能 く 受 を 觀 ば 、 泡 の 久 し く 立 つ る を 得 ざ る が 如 し。 受とは領納を義と爲す。眼に因りて色を見、心識に納めて、貪愛・取著 して生死の業を爲す。名づけて受蘊と爲す。若し能く想を觀 ば 、陽焔の 渇愛より生ずるが如し。想とは、縁慮を義と爲す。五欲の境界を思想し 計念して、煩惱の苦を受け、解脱を得ず。名づけて想蘊と爲す。若し能 く行を觀 ば 、芭蕉の中に堅き實の有ること無きが如し。行とは 遷 流 ・造 作を義と爲す。心に貪求有りて、 駈 駈 碌 碌 として、終日 竟 夜 に 經 に財色 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四七
爲 行 蘊。 若 能 見 識、 如 幻 化。 識 者 了 別 爲 義。 見 世 善 惡、 隨 心 即 喜、 違 意 即 瞋、 妄 生 執 着、 是非分別、障諸聖道。名爲識蘊。 ︿皆空﹀者、 幻化不實。愚人見之爲實、智者了達、一一蘊 蔭中、觀其體性、無有一實。理寂無染、妄想 不生。故曰︿皆空﹀ 。 ︿度一切苦厄﹀者、略而言之、三 58界 ・ 四生、 倶同一體。各由過去無明業愛、以爲因縁、薫 善成惡。果報差別、皆依五蘊而起八苦、三界 受 生、 不 得 解 脱。 名 爲︿苦 厄 ﹀。 八 苦 者、 一 貧 59窮 困 苦、 二 愛 別 離 苦、 三 怨 憎 會 苦、 四 求 不得苦、五生苦、六老苦、七病苦、八死苦。 又一一釋云、貧窮困苦者、皆由過去不修六 度、今生受報辛苦、經求皆不得如意。名貧窮 困 苦。 愛 別 離 苦 者、 或 別 父 母・ 兄 弟・ 眷 屬、 少 夭 老 亡、 長 征 離 別、 恩 愛 情 深、 啼 泣、 大 哭、憂悲・苦惱之所燒煮。名愛別離苦。怨憎 會 苦 者、 或 時 に 夫 妻 不 和、 男 60 女 不 孝。 或 遇 惡眷屬、遞相酬害、至死不休。並是怨家惡業 相 對。 名 怨 憎 會 苦。 生 61苦 者、 前 生 種 苦 因、 今 生 受 苦 果。 飢 寒 並 至、 王 役 牽 纏、 鞭 脊 打 背、 受 諸 苦 痛。 名 爲 生 苦。 老 62 苦 者、 髪 白 面 を求めて、厭足を知らず。名づけて行蘊と爲す。若し能く識を見 ば 、幻 化の如し。識とは了別を義と爲す。世の 善 惡 を見て、心に 隨 え ば 即ち喜 び、 意 に 違 え ば 即ち瞋り、妄りに執着を生じ、是非を分別し、諸もろの 聖道を 障 ぐ。名づけて識蘊と爲す。 ︿皆空﹀とは、幻化にして實ならず。 愚人は之れを見て實と爲すも、智者は一一の蘊蔭の中に、其の體性を觀 るに、一つの實なるも有ること無きを了達す。理は寂にして染まること 無く、妄想は生ぜず。故に︿皆空﹀と曰う。 ︿度 一 切 苦 厄 ﹀ と は、 略 し て 之 れ を 言 え ば 、 三 界・ 四 生 は、 倶 に 同 一 の體なり。各おの過去の無明の業愛に由りて、以て因縁と爲し、善を薫 じ、惡を成す。果報の差別は、皆な五蘊に依りて八苦を起こし、三界に 生を受けて、解脱を得ず。名づけて︿苦厄﹀と爲す。八苦とは、一に 貧 窮 困 苦、二に愛別離苦、三に 怨 憎 會 苦、四に求不得苦、五に生苦、六に 老苦、七に病苦、八に死苦なり。 又た一一を釋して云うに、貧窮困苦とは、皆な過去に六度を修せざる に由りて、今生に辛苦の報いを受けて、 經 に求むるも皆な意の如くなら ず。貧窮困苦と名づく。愛別離苦とは、或いは父母 ・ 兄弟 ・ 眷屬と別れ、 少 く し て 夭 し、 老 い て 亡 じ、 長 征 に て 離 別 す る に 、 恩 愛 の 情 は 深 く し て、 啼 泣 し、 大 哭 し、 憂 悲 ・ 苦惱の 燒 煮 する所なり。愛別離苦と名づく。 怨憎會苦とは、或いは時に夫妻和せず、男女孝せず。或いは惡の眷屬に 遇いて、 遞 相 に 酬 害 し、死に至るも 休 まず。 並 て是れ怨家の惡業と 相 對 す。怨憎會苦と名づく。生苦とは、前生に苦因を種え、今生に苦果を受 く。 飢 寒 並 に 至 り、 王 役 に 纏 さ れ、 脊 を 鞭 う た れ、 背 を 打 た れ て、 諸 も ろ の 苦 痛 を 受 く。 名 づ け て 生 苦 と 爲 す。 老 苦 と は、 髪 白 ま り、 面 皺 み、 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四八
皺、著杖盈歩、将死不久。肚如鮓袋、背似龜 文[紋] 。耳聾眼暗、貧窮無子。苦痛・悲酸、 不 能 起 心。 故 名 老 苦。 病 苦 者、 無 問 老・ 少、 病 患 纏 身、 困 在 牀 枕。 屎 尿 臭 處、 不 淨 流 溢、 63 蜋諸虫、而集其上、恐 64 怖變抜。如是、求 生 不 得、 求 死 不 得。 拷 65 楚 萬 端、 受 其 苦 痛。 死苦者、臨命終時、慌 66言・寐語、努 67眼・降 聲、 68 拳、 肘、 兩 手 摸 空、 白 汗 流 出、 精 神撩亂、始得命終。魂歸惡道、地獄受苦、無 有出期。名爲死苦。 又五盛蔭[五蔭盛]苦者、一者五盛蔭[蔭 盛 ]、 二 者 三 毒 盛、 三 者 財 色 盛。 當 盛 之 時、 不避火傷、不畏刀劔、造作惡業、受大苦痛煩 惱。名爲五盛蔭苦。若人在世、樂修功德、行 六 波 羅 蜜、 悟 解 大 乘、 即 生 西 方、 受 諸 快 樂、 得度一切生死苦海。故言︿照見五蘊皆空、度 一切苦厄﹀ 。﹂ 問 曰、 ﹁界 有 五 蘊、 五 蘊 以 爲 苦。 無 色 界 中 無色蘊、應當無八苦。 ﹂答曰、 ﹁無色界中、雖 無麁 69 色、細色仍存。世 70 尊入涅槃時、無色界 諸天、涙下如雨。若無有色、涙從何來。細色 未亡、識 71 種由在。雖居八定、見 72 相未除、來 往 循 環、 不 離 八 苦。 ﹂ 向 來 所 説、 雖 有 多 意 不 杖を 著 きて 盈 歩 し、将に死の久しからず。 肚 は 鮓 の袋の如く、背は龜の 文[紋]に似たり。耳は 聾 し、眼は暗く、貧窮にして子無し。苦痛・悲 酸 に し て、 心 を 起 こ す こ と 能 わ ず。 故 に 老 苦 と 名 づ く。 病 苦 と は、 老・ 少 を 問 う こ と 無 く、 病 患、 身 に 纏 い、 牀 枕 に 困 在 す。 屎 尿 の 臭 き 處 に 、 不淨の 流 溢 し、 蜋 の諸虫は、而して其の上に集まり、恐怖なること變 抜 す。 是 の 如 く、 生 を 求 む る も 得 ず、 死 を 求 む る も 得 ず。 拷 楚 は 萬 端 に し て、 そ の 苦 痛 を 受 く。 死 苦 と は、 命 の 終 わ り に 臨 む 時、 慌 言 ・ 寐 語 し、 努 眼・ 降 聲 し、 拳 肘 し、 兩 手 も て 空 を 摸 り、 白 汗 を 流 出 し、 精 神は撩亂して、始めて命の終わりを得。魂は惡道に歸し、地獄にて苦を 受け、出づる期有ること無し。名づけて死苦と爲す。 又た 五 盛 蔭 苦とは、一は五蔭の盛んなり、二は三毒の盛んなり、三は 財色の盛んなるなり。當に盛んなるの時に、火傷を避けず、刀劔を畏れ ず。 惡 業 を 造 作 し て、 大 苦 痛 の 煩 惱 を 受 く。 名 づ け て 五 盛 蔭 苦 と 爲 す。 若し人の世に在りて 樂 いて功德を修し、六波羅蜜を行じ、大乘を悟解せ ば 、即ち西方に生まれ、諸もろの快樂を受け、一切の生死の苦海より度 するを得。故に︿照見五蘊皆空、度一切苦厄﹀と言う﹂と。 問 う て 曰 く、 ﹁界 に は 五 蘊 有 り て、 五 蘊 を 以 て 苦 と 爲 す。 無 色 界 の 中 に は 色 蘊 無 く ば 、 應 當 に 八 苦 も 無 か る べ し ﹂ と。 答 え て 曰 く、 ﹁無 色 界 の中には、麁色無しと雖も、細色 仍 お存す。世尊、涅槃に入るの時、無 色 界 の 諸 天 の 涙 を 下 す こ と 雨 の 如 し。 若 し 色 の 有 る こ と 無 く ば 、 涙 何 こより來たるや。細色は未だ亡ぜざれ ば 、識種由お在り。八定に居する と雖も、見相は未だ除かれず、來往循環し、八苦を離れず﹂と。向來に 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一四九
同、總明了蘊虚通度厄分。 自此已下、第三明空色一如無二分。 説 く 所 は、 多 意 有 り て 同 ぜ ざ る と 雖 も、 總 じ て﹁蘊 の 虚 通 な る を 了 じ て、厄を度するの分﹂を明らめたり。 此れより已下は、第三の﹁空と色の一如にして、二無きの分﹂を明ら めん。 注 記 ・・ 1 資 州 禪 師 ・・ ・ 資 州 智 ︵六 〇 九 ∼ 七 〇 二 ︶ の こ と。 汝 南︵河 南 省 ︶ の 人 で、 俗 姓 は 周 氏。 祖 父 の 任 官 よ り 蜀︵四 川 省 ︶ に 入 る。 一 三 歳 で 出 家。 初 め に 玄 奘 に經論を學び、のち馮茂山の五祖弘忍に投じその法を 嗣 ぐ。 資 州︵四 川 省 ︶ 德 純 寺 に 住 し た。 ﹃心 經 疏 ﹄ 以 外 に、 ﹃虚 融 觀 ﹄︵三 卷 ︶、 ﹃縁 起 ﹄︵一 卷 ︶ な ど の 著 作 が あ っ た と さ れ る が、 い ず れ も 現 存 し な い。 さ ら に、 七七五年頃成立した淨衆・保唐宗系の燈史の書である ﹃歴 代 法 寶 記 ﹄ に よ れ ば 、 萬 歳 通 天 二 年︵六 九 六 ︶ 七 月に、則天武后の詔により上京し、六祖慧能が所持し ていた達摩所傳の袈裟を與えられたという。長安二年 ︵七〇二︶七月に示寂。世壽九四歳。 2 眞 宗 ・・ ・ 眞 實 の 宗 旨 を 指 す。 た だ し、 初 期 中 國 禪 宗 に お い て、 ﹃頓 悟 眞 宗 金 剛 般 若 修 行 達 彼 岸 法 門 要 訣 ﹄ や ﹃大 乘 開 心 顯 性 頓 悟 眞 宗 論 ﹄ な ど の タ イ ト ル に み る よ うに、禪宗各派において自己の據って立つ立場の宗旨 を指していう。 3 沖 寂 ・・ ・ ひ っ そ り と 靜 か、 奥 深 く 靜 か な こ と。 ﹃魏 書 ﹄ 卷七二、列傳第六十﹁陽尼傳﹂に、 ﹁除紛競而靖默兮、 守 沖寂 以無爲。 ﹂とある。 4 名詮之表 ・・・ 名前をつけ、言葉によって表現すること。 5 幽 凝 ・・ ・ 靜 か で 奥 深 い こ と。 ﹃弘 明 集 ﹄ 卷 七、 ﹁戎 華 論 折 顧 道 士 夷 夏 論 ﹂ に、 ﹁若 語 其 眞 照 也、 則 忘 慮 而 幽 凝 言 絶 者 也。 ﹂︵ T52 ― 47a ︶ と あ る。 ま た、 ﹃梁 高 僧 傳 ﹄ 卷一四に、 ﹁原夫至道沖漠、假蹄筌而後彰。玄致 幽凝 、 藉師保以成用。 ﹂︵ T50―418b ︶とある。 6 像累之外 ・・・ 想像の及ぶ範疇の外のこと。 7 性・相 ・・・ ものの本質と現象のこと。 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五〇
8 三 獸 ・・ ・ 兎、 馬、 象 の こ と。 ﹁三 獸 渡 河 ﹂ の 例 で 示 さ れ、三獸が川を渡るとき、兎の足は水上に、馬の足は 水 中 に 、 象 の 足 は 水 底 に 至 る こ と に よ り、 聲 聞、 縁 覺、菩薩の悟りに譬えられる。 9 即色 ・・・ ほかならぬ色そのものの意。 10 即空 ・・・ ほかならぬ空そのものの意。 11 萬靈 ・・・ あらゆる心のあるものを意味する。 12 四 辯 ・・ ・ 四 無 礙 辯 の こ と。 ま た 四 無 礙 智、 四 無 礙 解 と も い う。 四 種 の 自 由 自 在 で 障 り の な い 理 解・ 表 現 能 力 の 意。 四 種 と は、 ︵ 1 ︶ 法 無 礙︵教 え に つ い て 滞 る ことのないこと︶ 、︵ 2 ︶義無礙︵教えの表す意義内容 を知って滞ることのないこと︶ 、︵ 3 ︶辭無礙または詞 無 礙︵諸 方 の 言 語 に 通 達 し て い て 自 在 で あ る こ と ︶、 ︵ 4 ︶ 樂 説 無 礙 ま た は 辯 無 礙 智︵上 記 の 三 種 の 無 礙 を もって衆生のために自在に説くこと︶である。 13 丈 六 ・・ ・ 一 丈 六 尺 の こ と で、 普 通 の 化 身 佛 の 身 長 と さ れる。普通の人は身長八尺で佛はこれに倍するところ から丈六という。 14 垂 跡 ・・ ・ 悟 り の 世 界 に い る 佛・ 菩 薩 や 高 德 の 聖 者 な ど が、衆生を救うために、假のすがたをもってこの世に 出現すること。 15 ﹃多 心 經 ﹄ ・・ ・ ﹃般 若 波 羅 蜜 多 心 經 ﹄ の 略 稱。 イ ン ド の 原 語 を 無 視 し た 中 國 佛 教 者 に よ る 表 現。 な お、 こ れ に つ い て は、 福 井 文 雅 の﹃般 若 心 經 の 總 合 的 研 究 ﹄ ︵春 秋 社、 二 〇 〇 〇 年 ︶ や、 拙 論﹁唐 代 社 會 に お け る ﹃般 若 心 經 ﹄ の 位 置 づ け ﹂︵ ﹃宗 教 學 論 集 ﹄ 第 二 五 輯、 二〇〇六年︶などを合わせて參照されたい。 16 五 乘 ・・ ・ 人、 天 の 世 間 の 二 乘 と 聲 聞、 縁 覺、 菩 薩 の 出 世間の三乘を合わせて五乘という。 17 八 藏 ・・ ・ 胎 化 藏、 中 陰 藏、 摩 訶 衍 方 等 藏、 戒 律 藏、 十 住 菩 薩 藏、 雜 藏、 金 剛 藏、 佛 藏 の 八 藏 を 指 す。 ﹃菩 薩 處 胎 經 ﹄ 卷 七、 出 經 品 第 三 八 に、 ﹁最 初 出 經 胎 化 藏 爲 第 一、 中 陰 藏 第 二、 摩 訶 衍 方 等 藏 第 三、 戒 律 藏 第 四、 十 住 菩 薩 藏 第 五、 雜 藏 第 六、 金 剛 藏 第 七、 佛 藏 第 八 。 是 爲 釋 迦 文 佛、 經 法 具 足 矣。 ﹂︵ T12 ― 1058b ︶ と ある。 18 四 珍 ・・ ・ 四 つ の 寶 藏 を 指 す。 ﹃増 壹 阿 含 經 ﹄ 卷 四 四、 十 不 善 品 第 四 八 に 、﹁如 今、 阿 難、 四 珍 之 藏。 乾 陀 越 國 伊羅鉢寶藏。多諸珍琦異物、不可稱計。第二彌梯羅國 般綢大藏。亦多珍寶。第三須賴大國有寶藏。亦多珍 寶。 第 四 婆 羅 奈 佉 有 大 藏。 多 諸 珍 寶、 不 可 稱 計。 此 四 大 藏 自 然 應 現。 ﹂︵ T2 ― 788a ︶ と あ る。 ﹃佛 説 彌 勒 下 生 經 ﹄ に も 同 様 の 句 が 見 ら れ る︵ T14 ― 421b ︶。 ﹃説 無 垢 稱 經 贊 ﹄ 卷 二 に は、 別 の 四 珍 を 説 い て、 ﹁須 彌 山 者、此名妙高。水上高八萬踰繕那、四寶所成名妙。妙 是勝義。依今大乘、東面金、西面銀、南面琉璃、北面 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五一
水 精。 用 此 四 珍 之 所 集 成。 故 名 大 寶。 ﹂︵ T38 ― 1018c) とある。 19 眷屬 ・・・ 眷顧隷屬の略、とりまきのこと。 20 楷 模 千 葉 ・・ ・ 後 世 の 手 本 と な る こ と。 楷 模 は、 ﹃後 漢 書﹄ 卷六十四、列傳第五十四の ﹁盧植傳﹂ に﹁士之 楷模 、 國 之 楨 幹 也。 ﹂ と あ る。 千 葉 は、 千 年 と 同 義 で、 後 世 を 意 味 す る。 ﹃廣 弘 明 集 ﹄ 卷 一 四、 内 德 論 通 命 篇 第 二 に、 ﹁爲 善 爲 惡 之 報、 窮 枝 派 於 千 葉 。 一 厚 一 薄 之 命、 照 根 源 于 萬 古。 辯 六 趣 之 往 來、 示 三 世 之 殃 福。 ﹂︵ T52 ― 191b ︶ と あ り、 卷 二 九 に、 ﹁臣 聞 毀 忠 謗 善、 經 千 葉 而 不 無。 邪 臣 逆 子、 歴 百 代 而 常 有。 ﹂︵ T52 ― 348a ︶ と ある。 21 苦津 ・・・ 苦しみの深いことを河津に譬えた語。 ﹃大智度 論 ﹄ 卷 一 一、 釋 初 品 中、 讚 檀 波 羅 蜜 義 第 十 八 に、 ﹁復 次、大慧之人、有心之士、乃能覺悟。知身如幻、財不 可 保、 萬 物 無 常、 唯 福 可 恃。 將 人 出 苦 津 、 通 大 道。 ﹂ ︵ T25―140b ︶とある。 22 開 合 卷 舒 ・・ ・ 書 物 を 開 い た り 合 た り、 卷 軸 を 卷 い た り 舒 げたりすること。 23 虚通 ・・・ 空無かつ融通無礙のありよう。 ﹃昭明文選﹄卷 二 五 に 、﹁ ﹃廣 雅 ﹄ 曰、 廓、 空 也。 靡 結、 謂 體 道 虚 通 、 心 無 怨 結 也。 福 爲 禍 始、 禍 作 福 階。 言 無 常 也。 ﹂ と あ る。 一 方、 禪 宗 文 獻 で も し ば し ば 見 い 出 さ れ、 例 え ば 、﹃二 入 四 行 論 ﹄ に、 ﹁有 四 種 佛 説 法。 所 謂 法 佛 説、 自 體 虚 通 法。 報 佛 説、 妄 想 不 實 法。 智 慧 佛 説、 離 覺 法。應化佛説、六波羅密法。 ﹂︵椎名宏雄﹁天順本﹃菩 提 達 摩 四 行 論 ﹄﹂ ︿﹃駒 澤 大 學 佛 教 學 部 研 究 紀 要 ﹄ 第 五 四 號、 一 九 九 六 年 ﹀、 二 一 一 頁 ︶ と あ り、 ま た 淨 覺 撰﹃注 般 若 波 羅 蜜 多 心 經 ﹄ に も、 ﹁心 淨 不 動、 境 淨 不 移、 物 我 虚 通、 一 切 無 礙。 故 言 自 在 菩 薩 也。 ﹂︵拙 論 ﹁淨 覺 撰﹃注 般 若 波 羅 蜜 多 心 經 ﹄ の 譯 注 研 究 ﹂︿ ﹃駒 澤 大 學 禪 研 究 所 年 報 ﹄ 第 一 七 號、 二 〇 〇 六 年 ﹀、 一 九 五 頁︶の用例がみられる。 24 三 乘 ・・ ・ 大 乘、 中 乘、 小 乘 の 三 乘 を 指 す。 傳 統 的 な 解 釋では、聲聞乘、縁覺乘、佛 ・ 菩薩乘の三乘をいうが、 智は、あえて聲聞乘を小乘、縁覺乘を中乘、佛・菩 薩 乘 を 大 乘 と 解 し た。 ﹁無 無 明 亦 無 無 明 盡、 乃 至 無 老 死亦無老死盡﹂ から ﹁無智亦無得﹂ までの本文を參照。 25 神 呪 ・・ ・ 神 妙 な る 呪 文 の こ と。 ﹃般 若 心 經 ﹄ の 最 後 に 、 書かれている呪文を指す。 26 不 可 得 ・・ ・ あ ら ゆ る も の は、 固 定 的 な 不 變 の 自 體 と し ては、存在しえない、ということ。 27 無 礙 慧 ・・ ・ 何 も の に も と ら わ れ る こ と の な い 自 在 の 智 慧のこと。 28 不 思 議 解 脱 之 心 ・・ ・ ﹃維 摩 經 ﹄ に 由 來 す る 言 葉 で、 見 聞 覺 知 を 離 れ た 眞 實 の 悟 り の 境 地。 ﹃維 摩 經 ﹄ 卷 下、 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五二
囑累品第一四に、 ﹁佛言、阿難、是經名爲維摩詰所説。 亦 名 不 可 思 議 解 脱 法 門。 ﹂︵ T14 ― 557b ︶ と あ る。 そ の ほかに も、この﹃經﹄に は﹁不可思議解脱﹂の用例が 隨處に見られる。 29 神通自在 ・・・ 融通無碍、自由自在の意。 30 毛端吸於巨海、云々 ・・・ 法藏の﹃華嚴策林﹄に、 ﹁小無 定 性、 終 自 遍 於 十 方。 大 非 定 形、 歴 劫 皎 於 一 世。 則 知、小時正大、 芥子納於須彌 。大時正小、 海水納於毛 孔 。﹂ ︵ T45―597c ︶とある。 31 乾坤宛然 ・・・ 天地宇宙の歴然として明瞭なさま。 ﹃關尹 子﹄の﹁五鑑﹂に﹁譬猶昔游再到、記憶 宛然 、此不可 忘不可遣。 ﹂とある。 32 本 相 如 ・・ ・ 本 來 の あ り す が た が、 眞 實 そ の も の と し て あること。 33 心生故、即種々法生、云々 ・・・ ﹃大乘起信論﹄に、 ﹁是 故一切法。如鏡中像無體可得。唯心虚妄。以 心生則種 種法生 、 心滅則種種法滅 故。 ﹂︵ T32―577b ︶とある。 34 觸 途 ・・ ・ 目 に 觸 れ る も の、 體 や 知 覺 な ど で 感 じ た す べ て を 指 す。 ﹃周 書 ﹄ 卷 四 二、 列 傳 第 三 四 に、 ﹁遇 物 淪 形、 觸 途 湮 跡。 何 淨 穢 之 可 分、 豈 高 卑 之 能 擇。 ﹂ と あ る。 ﹃廣弘明集﹄ 卷二四に、 ﹁與皎法師書并答﹂ に、 ﹁弟 子 雖 實 不 敏。 少 嘗 好 學。 頃 日 餘 觸 途 多 昧。 ﹂︵ T52 ― 275b ︶とある。 35 濟 物 ・・ ・ 他 人 を 救 う こ と。 ﹃抱 朴 子 ﹄ 内 篇 卷 一 〇 に、 ﹁夫 道 者、 其 爲 也、 善 自 修 以 成 務。 其 居 也、 善 取 人 所 不 爭。 其 治 也、 善 絶 禍 於 未 起。 其 施 也、 善 濟 物 而 不 德。其動也、善觀民以用心。其靜也、善居愼而無悶。 ﹂ と あ る。 ﹃廣 弘 明 集 ﹄ 卷 二 八、 ﹁無 礙 會 捨 身 懺 文 ﹂ に、 ﹁故 亡 身 濟 物 、 仁 者 之 恆 心。 克 己 利 人、 君 子 之 常 德。 ﹂ ︵ T52―335a ︶とある。 36 法 塵 ・・ ・ 六 塵 の 一 つ。 意 根 の 對 象 で あ る 諸 も ろ の も の を指す。十二處では、法處、十八界では法界という。 37 二 十 五 有 ・・ ・ 衆 生 が 流 轉 し 輪 廻 す る 生 死 の 世 界 を、 二 十 五 種 に 分 け た も の。 有 は、 現 實 に 生 存 す る、 の 意。すなわち、欲界に屬する四惡道、四洲、六欲天の 十四有と、色界に屬する梵天、無想天、四禪天、五淨 居 天 の 七 有 と、 無 色 界 に 屬 す る 四 空 處 天 の 四 有 で あ る。 38 三 塗 ・・ ・ 地 獄、 餓 鬼、 畜 生 の 三 惡 道 の こ と。 三 途 と も いう。 39 菩 提 質 諦 薩 埵 ・・ ・ 天 台 大 師 智 顗 の﹃菩 薩 戒 義 疏 ﹄ 卷 上 に、 ﹁天 竺 梵 音、 摩 訶 菩 提 質 帝 薩 埵、 今 言 菩 薩、 略 其 餘 字。 譯 云、 大 道 心 成 衆 生。 ﹂︵ T40 ― 563a ︶ と あ る。 そのほかに、元照述とされる﹃觀無量寿佛經義疏﹄の 中 に も、 次 の 句 が あ る、 ﹁菩 薩、 梵 云 摩 訶 菩 提 質 帝 薩 埵、此云大道心成衆生。雖名含大小、行有淺深、今此 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五三
同 聞、 莫 非 補 處。 ﹂︵ T37 ― 287a ︶ と あ る。 た だ、 天 台 智 顗 や 元 照 な ど は﹁菩 提 質 帝 薩 埵 ﹂ と し た と こ ろ を、 智は﹁菩提質 諦 薩埵﹂とした。 40 隨 眠 ・・ ・ 阿 頼 耶 識 の 中 に 潜 在 す る 煩 惱 の こ と、 等 流 習 氣の種子をいう。有情の身に隨逐して︵相伴って︶離 れず、阿頼耶識の中に潜在して隠れているのは、あた かも人が眠っているごとくであるところから隨眠とい う。 41 習 氣 ・・ ・ 種 子 の 異 名。 薫 習 さ れ た 氣 分︵あ る 經 驗 的 行 爲によって殘された潜在餘力︶の意。また、煩惱その ものは盡きても、あとにその習慣性が殘っていること をいう。 42 荊 棘 ・・ ・ 原 意 は、 い ば ら の こ と。 こ れ 以 下 三 語 は、 い ずれも道にとって障害になるものを意味する。 43 林 ・・・ やぶと林のこと。 は﹁叢﹂の俗字。 44 坑穽 ・・・ 落とし穴のこと。 45 六 度 ・・ ・ 布 施・ 持 戒・ 忍 辱・ 精 進・ 禪 定・ 智 慧 の、 彼 岸に度る六つの優れた實踐德目のこと。六波羅蜜と同 義。 46 無漏智 ・・・ 煩惱のけがれなき佛智のこと。 47 出 於 心 量 之 表、 離 於 言 説 之 外 ・・ ・ 心 識 を も っ て は か る 範 疇 や、 言 語 を も っ て 表 現 す る 範 疇 を 超 え て い る こ と。 48 唯 佛 與 佛、 乃 能 知 之 ・・ ・ た だ 佛 と 佛 の み が、 よ く 知 る こ と の で き る と い う こ と。 ﹃妙 法 蓮 華 經 ﹄ 卷 一、 方 便 品第二に、 ﹁佛所成就、第一希有難解之法。 唯佛與佛 、 乃 能 究 盡 諸 法 實 相。 ﹂︵ T9 ― 5c ︶ と あ る。 ﹃大 方 廣 十 輪 經 ﹄ 卷 四、 刹 利 旃 陀 羅 現 智 相 品 第 六 に 、﹁唯 佛 與 佛、 乃能知之。 ﹂︵ T13―699c ︶とある。 49 分 段 生 死 ・・ ・ 迷 い の 世 界 に さ ま よ う 凡 夫 が 受 け る 生 死 のこと。また、壽命の長短や肉體の大小など一定の限 界を有する分段身となって輪廻すること。有爲生死と も い う。 ﹃成 唯 識 論 ﹄ 卷 八 に、 ﹁生 死 有 二。 一 分 段 生 死 。謂諸有漏、善不善業、由煩惱障縁助勢力、所感三 界麁異熟果。身命短長、隨因縁力、有定齊限、故名分 段。 ﹂︵ T31―45a ︶とある。 50 變 易 生 死 ・・ ・ 迷 い の 世 界 を 超 え た 聖 者 が 受 け る 生 死 の こと。體形や状態などを自由自在に變化しうることか ら、 變 易 身 と す る 説 と、 菩 薩 の 身 は 願 力 に よ っ て 變 化、改易することができることから、變易身であると する説がある。 ﹃成唯識論﹄卷八に、 ﹁二不思議 變易生 死 。謂諸無漏、有分別業、由所知障縁助勢力、所感殊 勝細異熟果。由悲願力、改轉身命、無定齊限、故名變 易。無漏定願、正所資感、妙用難測、名不思議。或名 意成身、隨意願成故。 ﹂︵ T31―45a ︶とある。 51 三 界 火 宅、 云 々 ・・ ・ 同 一 文 の 出 典 は 見 あ た ら な い が、 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五四
﹃妙法蓮華經﹄ 卷二、譬喩品第三 ︵ T9―10b ︶ にある ﹁三 界火宅﹂の譬喩によるもの。 52 體性 ・・・ 中間そのもの自體の本質を指す。 53 譬 如 千 年 暗 室、 明 燈 纔 照、 暗 境 即 無 ・・ ・ ﹃大 方 等 大 集 經 ﹄ 卷 一 に、 ﹁譬 如 一 處 百 年 闇 室、 一 燈 能 破。 ﹂︵ T13 ―4c ︶ と あ り、 ま た 禪 宗 系 の 僞 經 と さ れ る﹃佛 説 法 王 經﹄ に、 ﹁又如 千年闇室 、燃一炬燈、諸闇皆盡。 ﹂︵ T85 ― 1387b ︶ と あ る。 ま た 北 宗 禪 の 淨 覺 に よ っ て 撰 述 さ れた﹃注般若波羅蜜多心經﹄にも引用される。注 23前 掲拙論を參照されたい。 54 業 障・ 報 障・ 煩 惱 障 ・・ ・ 三 障 と い う。 業 障 は、 業 の さ わりのこと。報障は、惡業の果報として正道を踏み外 す こ と。 煩 惱 障 は、 悟 り へ の 障 害 と な る 煩 惱 を い う。 ﹃倶 舎 論 ﹄ 卷 一 七、 分 別 業 品 第 四 之 五 に 、﹁重 障 有 三、 謂 業 障 、 煩 惱 障 、 異 熟 障。 ﹂︵ T29 ― 92c ︶ と あ り、 報 障は異熟障と同義とされる。 55 心鏡 ・・・ 佛心を鏡に譬えた語。 56 ︿五蘊﹀者、以積聚爲義、云々 ・・・ 智顗の﹃法界次第初 門 ﹄ 卷 上 之 上、 五 陰 初 門 第 二 に、 ﹁一 色 陰、 有 形 質 礙 之法名爲色。 ・・・ ︵中略︶ ・・・ 二受陰、 領納 所縁名爲受。 ・・ ・ ︵中 略 ︶ ・・ ・ 三 想 陰、 能 取 所 領 之 縁 相 名 爲 想。 ・・ ・ ︵中略︶ ・・・ 四行陰、 造作 之心能趣於果名爲行。 ・・・ ︵中 略 ︶ ・・ ・ 五 識 陰、 了 別 所 縁 之 境 名 爲 識。 ﹂︵ T46 ― 665c ︶ と あ り、 ま た、 淨 影 寺 の 慧 遠 の﹃大 乘 義 章 ﹄ 卷 八、 五 陰 義 七 門 分 別 に 、﹁言 五 陰 者、 所 謂 色 受 想 行 識 也。 質 礙 名色、又復形現亦名爲色。 領納 稱受、毘曇亦言覺知 名受。 取相 名想、毘曇亦言順知名想起作名行。 了別 名 識、毘曇亦云分別名識。此之五種、經名爲陰。亦名爲 衆。 聚 積 名 陰、 陰 積 多 法、 故 復 名 衆。 ﹂︵ T44 ― 621a ︶ とある。 57 駈 駈 碌 碌 ・・ ・ せ わ し く し て い る が、 全 く 役 に た た な い さま。 58 三界・四生 ・・・ 三界とは、欲界、色界、無色界のこと。 四生とは、あらゆる生きものの四種の生まれ方による 分 類 の こ と。 四 種 と は、 胎 生︵母 胎 か ら 生 ま れ る も の︶ 、卵生︵卵から生まれるもの︶ 、濕生︵濕氣から生 ま れ る も の ︶、 化 生︵過 去 の 自 分 の 業 力 に よ っ て 作 り 出され、よりどころなしに、突然に生まれたもの︶で ある。 59 貧 窮 困 苦 ・・ ・ 佛 教 の 八 苦 と 違 っ て、 當 時 の 世 相 を 反 映 して、智が五蘊盛苦のかわりに、この語を用い、八 苦の第一とした。さらに八苦と別に、苦の綜合として 五盛蘊苦 ︵五蘊盛苦ともいう︶ の項目も立てた。ただ、 現 代 の 人 權 思 想 か ら す る と、 ﹁皆 由 過 去 不 修 六 度、 今 生 受 報 辛 苦、 經 求 皆 不 得 如 意。 ﹂ や﹁前 生 種 苦 因、 今 生 受 苦 果。 ﹂ な ど の 表 現 は、 差 別 を 助 長 す る お そ れ が 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五五
あり、十分注意しなけれ ば ならない。 60 男女不孝 ・・・ 息子や娘が親に孝行しないこと。 61 生苦者、云々 ・・・ 智は、生苦を、 ﹁生まれること﹂と いう傳統的解釋から逸脱し、現に生存する苦、つまり 生きる苦しみと解釋した。 62 老 苦 者、 云 々 ・・ ・ 老 い て ゆ く と い う 苦 し み の こ と。 智 は多くの實例を擧げて説明しており、その中に﹁貧 窮無子﹂という表現もある。これは、中國に古來﹁不 孝有三、無後爲大﹂という言葉があり、例え ば 、孟子 曰、 ﹁不 孝 有 三、 無 後 爲 大。 ﹂ 趙 氏 曰、 ﹁於 禮 有 不 孝 者 三事。謂阿意曲從、陷親不義、一也。家貧親老、不爲 禄 仕、 二 也。 不 娶 無 子、 絶 先 祖 祀、 三 也。 三 者 之 中、 無 後 爲 大。 ﹂ と い う 如 き、 根 強 い 儒 教 思 想 が そ の 背 景 にある。 63 蜋 諸 虫 ・・ ・ く そ む し、 ま ろ む し、 人 糞 を 食 う 虫 の こ と。 64 恐 怖 變 抜 ・・ ・ 變 抜 に つ い て は 意 味 不 詳 だ が、 な み は ず れた恐怖という意か。 65 拷楚萬端 ・・・ 拷楚とは、拷問などによる苦痛の意。 ﹃魏 書﹄卷八九、列傳七七に、 ﹁段乃陳列眞香、昔嘗因假、 而 過 幽 州。 知 赦 提 有 好 牛、 從 索 不 果。 今 台 使 心 協 前 事、 故 威 逼 部 下、 拷 楚 過 極、 横 以 無 辜、 證 成 誣 罪。 ﹂ とあり、また道宣の ﹃集神州三寶感通録﹄ 卷上に、 ﹁定 州勇士孫敬德、在防造觀音像。年滿將還在家禮事。後 爲 賊 所 引、 不 堪 拷 楚 、 遂 妄 承 罪。 ﹂︵ T52 ― 427a ︶ と あ る。 66 慌 言・ 寐 語 ・・ ・ 慌 言 と は、 ぼ ん や り し て、 わ け の わ か らないことをいい、寐語とは、寝言のこと。 67 努眼・降聲 ・・・ 努眼とは、怒って目をつりあげる意で、 努目、怒目と同義。降聲とは、大聲で怒鳴りつけるこ と。 68 拳肘 ・・・ 腕をまくり、肘をさすること。 69 麁 色 ・・ ・ 細 色︵極 微 ︶ に よ っ て 作 ら れ た 麁 な る 色 法 の こ と。 細 色 の 反 對 語。 吉 藏 の﹃仁 王 般 若 經 疏 ﹄ 卷 上 の 二 に、 ﹁法 集 故 有 者、 以 細 色 成 麁 色 、 名 法 集 故 有。 ﹂ ︵ T33―326b ︶とある。 70 世 尊 入 涅 槃 時、 無 色 界 諸 天、 涙 下 如 雨 ・・ ・ 大 慈 恩 寺 沙 門 基 の﹃説 無 垢 稱 經 疏 ﹄ 卷 一 に、 ﹁此 方 先 德、 依 現 所 有 經 論 義 旨、 總 立 四 宗。 ・・ ・ ︵中 略 ︶ ・・ ・ 只 如 舊 阿 含 經 云、 舍 利 弗 入 涅 槃 時、 無 色 界 天 涙 下、 如 春 細 雨 。﹂ ︵ T38 ― 998b ︶ と あ る も の の、 い ず れ の﹃阿 含 經 ﹄ か らも見出せない。 71 識 種 ・・ ・ 識 と は、 第 八 識 の 阿 頼 耶 識 の こ と で、 識 種 と は、阿頼耶識に薫入した善惡の種子のこと。 72 見 相 ・・ ・ ﹃大 乘 起 信 論 ﹄ に 説 く 三 細 の 一 つ。 ま た 轉 相 ともいう。その第一の無明業相が展開して第二能見の 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五六
相︵主觀の作用︶をなす位。三細とは、根本無明のあ り方を三種に分けたもので、無明業相、能見相、境界 相のことをいう。 ﹃大乘起信論﹄に、 ﹁云何爲三。一者 無明業相。以依不覺故。心動説名爲業。覺則不動、動 則有苦、果不離因故。二者能見相。以依動故能見。不 動則無見。三者境界相。以依能見故境界妄現。離見則 無境界。 ﹂︵ T32―577a ︶とある。 ︵つづく︶ ︿キーワード﹀智 心經疏 初期禪宗 智撰﹃般若波羅蜜多心經疏﹄の譯注研究︵二︶ ︵程︶ 一五七