印度學佛敎學硏究第67巻第2号 平成31年3月 (163)
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金剛乗根本堕罪に該当する文章の比較考察
横 山 裕 明
1
.はじめに
金剛乗根本堕罪
(以下,根本堕罪)とは,金剛乗に共通する罪となる行為が一纏
めに説かれたものである.根本堕罪に該当する文章は複数の文献の中に確認でき
るが,一部の文献では堕罪の説示順序や内容が相違している
1).そこで共通性が
高い堕罪の内容と説示順序を示したものが以下の表である.
順序 概要 順序 概要 第一堕罪 阿闍梨を敬わないこと 第八堕罪 五蘊を軽 すること 第二堕罪 善逝の教えに反すること 第九堕罪 清浄なる法を疑うこと 第三堕罪 兄弟弟子の過失を語ること 第十堕罪 悪人に慈悲を持つこと 第四堕罪 慈悲を捨てること 第十一堕罪 法を分別すること 第五堕罪 菩提心を捨てること 第十二堕罪 敬 な者を堕落させること 第六堕罪 三乗を非難すること 第十三堕罪 三昧耶を保たないこと 第七堕罪 未熟者に秘密を述べること 第十四堕罪 女性を軽 することところで,根本堕罪に関する著名な文献の
1つ
MĀの冒頭には「私はタントラ
に説かれた十四の根本堕罪を述べよう」
2)とあるが,頼富
1990の時点では根本堕
罪を説くタントラは存在しないと考えられていた
3).現在のところ
VP・
KY・
KCという
3つのタントラの中に根本堕罪該当文を確認しているが,
VP以外の詳
細については未だ明らかにされていない
4).そこで本稿では
KYと
KCの根本堕
罪該当文を取り上げ,既知の根本堕罪該当文を含めて比較考察を加える.
2
.
KY
に説かれる根本堕罪該当文
KYでは第
17章
(Bodhicittanigadanapaṭala-)の第
12–16偈の中に根本堕罪該当文が説
かれている.しかし,第
13偈において異訳
5)である
Ph (99b1–)以外の
Tibは第四
堕罪
(④),第五堕罪
(⑤),第六堕罪
(⑥)の説示順序が異なる.
【
Skt】
Samdhong & Dwivedi 1992, 130, ll. 3–4.(164)
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金剛乗根本堕罪に該当する文章の比較考察(横 山) maitrīcittaṃ tu sarveṣu na vai tyājyaṃ kadācana |
bodhicittaṃ na varjeta svaparadharmaṃ na dūṣayet || (d句が一音節過多)
[試訳]
④またどんな時でもあらゆる者に対する慈悲心を捨て去ってはならない.
⑤菩提心を放棄してはならない.⑥自他の法を汚してはならない.
【
Tib】
D150b7–, P121a4–, T94b6–.byang chub sems kyang gtang mi bya | bdag gzhan chos la smad mi bya | sems can la ni byams pa dag | nam yang gtang bar mi bya o ||
[試訳]
⑤菩提心も捨て去ってはならない.⑥自他の法を非難してはならない.
④衆生に対する清らかな慈悲を常に失ってはならない.
Sktおよび
Phでは④⑤⑥の順序で根本堕罪が説かれているが,
Ph以外の
Tibでは⑤⑥④の順序で説かれている.おそらく
Ph以外の
Tibは,翻訳の際に使用
した
Skt写本が⑤⑥④の順序で説いていたか,あるいは
Tibが東西の系統に分か
れる前の段階で誤写により
ab句と
cd句が逆転してしまったと考えられる.
3
.
KC
に説かれる根本堕罪該当文
KCでは第
3章
(Abhiṣekapaṭala-)の第
102–103偈に根本堕罪該当文が説かれてい
る.ただし,
KCには密意語と考えられる語が散見され, 釈書
VṬで補わなけ
れば意味の通じない箇所がある.第
102偈
(韻律Sragdharā) a句を例に挙げる.
【
Skt】
Dwivedi & Bahulkar 1994, 97, l. 2.mūlāpattiḥ sutānāṃ bhavati śaśadharā śrīguroś cittakhedāt |
KC
には根本堕罪に無関係と思われる
śaśadharā (Tib: ri bong dzin)という語があ
る.一般的に
śaśadhara-は月を意味する男性名詞であるが,
VṬの「
śaśadharāとは
第一[という意味]である」
6)という 釈に従うと以下のような試訳になる.
[試訳]
弟子に対する吉祥なる師の心労から第一の根本堕罪がある.
なお,
KCでは以降も主に序数の部分に密意語が用いられ,
VṬの 釈に従う
ことで意味の通じる箇所が多数ある
7).さらに第一堕罪の「師の心労」のよう
に,全体を通して他文献の内容と同定し難い独特な表現が散見される.
4
.まとめ
KYと
KCを含めて現在は
14の文献
10)に根本堕罪該当文が確認できる.その
中で説示順序の相違や項目の脱落,同定困難な箇所があるケースを表に纏めた.
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金剛乗根本堕罪に該当する文章の比較考察(横 山) 文献 説示順 ĀM Skt・Tib KS AV Tib VP Tib8) KY KC Skt・Tib Skt Tib 東9) 西 ・Ph Skt・Ph D等 第一堕罪 1 1 1 1 1 1 1 (?) 第二堕罪 2 2 2 2 2 2 2 (?) 第三堕罪 3 3 3 3 3 3 3 第四堕罪 4 4 4 4 4 4 6 4 第五堕罪 11 5 5 5 × 5 4 5 (?) 第六堕罪 5 6 6 6 × 6 5 6 第七堕罪 6 7 7 7 5 7 7 (?) 第八堕罪 7 8 8 12 6 8 8 (?) 第九堕罪 8 9 9 8 7 9 9 第十堕罪 9 × 10 10 9 × 10 10 (?) 第十一堕罪 10 10 11 11 10 × 11 11 (?) 第十二堕罪 12 11 12 12 11 8 12 12(?) 第十三堕罪 13 12 13 13 13 × 13 13 第十四堕罪 14 13 14 × 15 10 14 14 (?) 同定不可 ̶ 14 9 ̶ ̶以上のように,説示順序などの相違は多くの文献において確認できる.また各
堕罪に関する表現は統一されておらず,文献ごとに大きく異なる.この結果は,
現段階では当時の学僧たちが比較的自由に根本堕罪を説示していた可能性を支持
するに過ぎない.しかし,今後より多くの文献に説かれる根本堕罪該当文を比較
することができるようになれば,説示順序の相違や項目の脱落といった特徴から
根本堕罪の伝承過程が見えてくる可能性も十分に有り得るだろう.
当学会発表時に身延山大学の望月海慧教授よりOta. 5083の著者名がVāpilladattaの可能性 (Szántó 2013, 444–445参照) など貴重なご指摘を多数賜った.この場を借りて望月教授に感 謝申し上げる. 1) 横山2018ではタントラ以外の諸文献に説かれる根本堕罪該当文の校訂テクストと試 訳を掲載しており,本稿はこの成果に基づいてタントラを比較する. 2) MĀ Skt MS 5 v5 Skt MS5v5: uktās tantre pravakṣyāmi mūlāpattīś caturdaśa. 3) 頼富1990, 445 ll. 26–33参照.4) VPの根本堕罪該当文については横山2017, 40–45で詳細を述べている.
5) PhはDīpaṃkaracandraとAmoghavajra,Cog kru shes rab bla maによる翻訳であり,他 版はDīpaṃkaraśrījñānaとTshul khrims rgyal baによる翻訳である.
6) Dwivedi & Bahulkar 1994, 97, l. 7: śaśadhareti prathamā.
7) 例えばiṣu=第五,giri=第七,ahi=第八,rudra=第十一,ravi=第十二,manu=第十四. 8) VPの第一・第二堕罪はLṬ (Cicuzza 2001, 128–129) からSktが回収可能.
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金剛乗根本堕罪に該当する文章の比較考察(横 山) 9) VPにおける東西系統の詳細は横山2017, 41参照. 10) タントラを除く11文献は横山2018, 70参照. 〈一次文献〉AV Abhiṣekavidhikrama of Ratnaśrī. Tohoku 1535, Otani 2246.
ĀM Āmnāyamañjarī of Abhayākaragupta. 本社編委会編『蔵区民間所蔵蔵文珍稀文献叢刊』 第1巻,四川民族出版社,2015.
KC Kālacakratantra. Dwivedi, Vrajavallabh and Bahulkar, Shrikant eds. Vimalaprabhāṭīkā of Kalkin śrīpuṇḍarīka on Śrīlaghukālacakratantrarāja vol. II, Rare Buddhist Text Series 12, Sar-nath: Central Institute of Higher Tibetan Studies, 1994.
KY Kṛṣṇayamāritantra. Samdhong Rinpoche and Dwivedi, Vrajavallabh, eds. Kṛṣṇayamāritantram with Ratnāvalīpañjikā. Rare Buddhist Text Series 9, Sarnath: Central Institute of Higher Tibet-an Studies, 1992; Tohoku 467, OtTibet-ani 103, トクパレス版(T) no. 429, プタク写本(Ph) no. 426.
KS Kriyāsaṃgraha of Kuladatta. National Archives of Kathmandu. 4/318; Tohoku 2531, Otani 3354.
LṬ Laghutantraṭīkā of Vajrapāṇi. Cicuzza, Claudio, ed. The Laghutantraṭīkā by Vajarapāṇi. Serie Orientale Roma 86. Roma, 2001.
MĀ Mūlāpattisaṃgraha of Aśvaghoṣa. Nepal–German Manuscript Preservation Project. B23/8; To-hoku 2478, Otani 3303.
VP Vajrapañjaratantra. Tohoku 419, Otani 11, トクパレス版(T) no. 380, プタク写本(Ph) no. 458.
VṬ Vimalaprabhāṭīkā of Puṇḍarīka. see KC 〈二次文献〉
Szántó, Péter-Dániel. 2013. Minor Vajrayāna texts II: A New Manuscript of the Gurupañjaśikā . In Puṣpikā: Tracing Ancient India Through Texts and Traditions, ed. Nina Mirnig et al., vol. I, 443– 450. Oxford: Oxbow Books.
望月海慧2013「Dīpaṃkaraśrījñānaが説く根本過犯について」『Acta Tibetica et Buddhica』6: 61–77. 横山裕明2017「Ḍākinīvajrapañjara所説の禁戒について̶̶金剛乗十四根本堕罪との比 較̶̶」『密教学研究』49: 37–50. ― 2018「諸文献所説の 金剛乗根本堕罪 該当文の校訂テクストおよび試訳」『豊山 学報』61: 69–110. 頼富本宏1990 『密教仏の研究』法蔵館. 〈キーワード〉 mūlāpatti,tanra,金剛乗,根本堕罪,禁戒,戒律,密意語,タントラ (大正大学綜合佛教研究所研究員,博士 (仏教学))