工 しがき
氾 効用や測定十価値の決定要因としての効用︑逓減する追加的効用︑相対効用
Ⅶ課税により失われる効用−課税賢る相対効用の変化︑課税すると社会全体として効用が失われる︑社会賢いて失わ れる効用の大きさ
肌 批判−使用料と租税︑政府の効用︑差の比較と測定
Ⅰはしがき
ゎたくしほここに課税の社会的厚生に与える効果について考える︒これほ既旨くほデュブイ賢り︑公共事業
ゐ君測定誓いて三四四︶︑および交通機関の効用紅及慮す使用料の影響について︵ズ四九﹀︑の二つの論文
賢り明快盗じられ︑その誉ッデワ主︑マー㌔ル︑ホテリング︑プッツン毒更に最近でほヒックス夫
妻︑フリードマン︑フィッブス︑リトル︑サミュエルソン等多くの学者がこの間題の分析監貝献した?わたくしは
これらの人々の議論を間感史的最上げたいと思っているが︑ここでほその第∴としてデ;イの主張について述 べることにする︒
なおデュブイの∵八四四の論語古来有名であり︑我国においても既に大草三年中山伊知郎教授たよる訳があ
デュブイの課税論 デ・ユブイの課税論・
今
︵五六五︶ 四九
︵五六六︶ 五〇 第二十八巻 第六号
り︑また鹿近は英訳がHnternatiOna−EcOnOmic Papers
は特に断らなぃ限りこの英訳によることにする︒︵文献鋸ゆはまだみていない︒︶
ここでデュブイの主張をつぎの順序によってみてゆく︒彼の主張の中心問題ほ公共事業の使用料ないし課税によ
り社会の失う効用の測定であるが︑その間層に入る北当っては先づ第一に効用の測定そのものを論じておかねばな
らない︒そのためこの点についてのデュブイの地位について考える︒.この場合︑彼ほセイの主張の批判という形で
臼己の主張を展開しているが︑私ほそれをスミスからの流れの中に庖い七とらえた︒つぎに彼の効用の測定の方法
を用い課税にもとづいて失われる効用の大きさを測る︒彼の主張を現代の立場から軋るときには︑問題とすべき点
ほ多くあるけれども︑その批判については︑後に扱う予定のマトレヤル︑ホテリシグ等の課税論において︑どのよ
うに批判され発展してゆくかという形でとらえたいと思っているから︑ここではそれを全面的にと′り上げることほ
試みていない︒
Ⅱ 効 用 の 測 定
1 価値の決定要因としての効用
なにが物の価値を決定するかについてほ既に︑ス︑︑\ス︵壱六六︶によって効用がそれをきめる針でほないだろ
うかと考えられたが︑あの童名な水とダイヤモンゼの価値の問に存在するパラドックスに災いされて﹂効用を見逃
がしてしまった︒﹁水はど有用なものほ他にない︒しかし水をもってはとんど何物も買うことはできないであろ
う︒すなわち水と交換にほ何物も得ることができない︒これと反対に︑ダイヤモンドははとんどなんらの使用価値
をもてていないが︑きわめて多屋の財貨がしばしばそれと交換にえられるであろう︒﹂ 自由財が存在していること
は︑効用があっても必ずしもその交換価値をもたないという事実をほっきりしめしている︒このように︑最大の効
用を持っているものでも︑交換価値を全くもたないものがあり︑また効用のないの紅交換価値をもつものがある︒
﹁使用価値﹂あるいほ効用は︑﹁交換価値﹂から全く独立しており︑その決定紅なんのかかわりもない︒二つの概
念の間の裂け目は決定的で︑効用があっても交換価値があるとは限らず︑また交換価値があっても効用があるとほ
限らない︒
このようにして︑二つの価値の関係を正しく追求すること払おいてス︑︑\スが失敗したのみでなY︑彼につづく古
ルー 典学派も約七〇年の聞このパラドックスを解決することができなかった︒⊥に述べたようにスミスは﹁最大の交換 価値をもっているものでも︑望んど便厨価値をもたないか︑あるいはそれを全くもたないものが沢げある﹂とい っている︒しかし︑ダイヤモンドほ殆ど使用価借を持たぬというはあいの価値聴経済的見地から離れている︒これ は彼のスコッユフンド的な︑虚飾を隠とんど罪慈礪するという気風から出た言葉であろうが︑ここ紀聞題とす渇経 済上の健保は︑必ずしも道徳的価値で庵いことはいうまでもない︒したが?て経済価値論としてはス︑︑︑スの見解は 吏持できない︒この点ほス︑︑\スの忠実な後継者連も等しく否定するところであ鳶たとえばヨーロッパ大陸でのス ︑︑長の主要な使徒であった岬セイもス︑︑\スに従わず︑﹁宮廷において用いる服のよう紅最も不用な︑最も不便なも のでもその使用がいかなる意味におけるかを問わず︑それにむけちれた価格に充分であるなら効用を有する﹂ ﹁価
柏はその吻がもっていると考ゝえ
払われた価格によってほかられると主張する︒すなわちセイほス︑\︑スより正当に︑交換価値があるとき紅は効用が
あ曽﹂とを認めているが︑更に彼は︑交換価値︵そのものに対して支払われた金額︶がその効用の尺度であるとい
︶つ0
デフブイの課税論 ︵五六七︶ 五二
︵五六八︶ 五二 須二十八巻 第六号
てのようにス︑︑\ヌの主張が修正されたとしても︑上のパラドックスほ解決されるに至らなかった︒その理由ほス
︑\\スにしても︑セイにしても︑・ものの価値の決定要因として効用︵使用価値︶ について考えるとき︑それによって
えられる全部効用に注目したからであった︒物の追加される単位紅注目することが指摘されるまでほ︑水とダイヤ
モンドとのパラドックスは解明されなかった︒この追加される単位に注目すべきことほケユブイによって効用が逓
汲すろことが発見されたとき︵山八四四︶指摘され︑物の価値ほその追加された単位のもたらす効用によって決定
されると主張された︒
デュアイほ当時の通説であったJBセイの見解を批判しながらその議論を展開していく︒セイほ交換価値があると
きにほそれに等しい効用があることを認めているが︑これはス︑︑主より正当であるが︑デn︑プ√ほこれに承服しな
かった︒デュブイほ支払金額は単にその物の価値の最低限をあらわす▼に過ぎないことを主張する︒
﹁⁝道路の効用についてある技術者に闘うとき︑彼らはまず社会がその使用に対して毎年五〇〇の価格を支払って
いる事実に注目し︑膵セイの原理を用いつぎのように答えるであろう︒社会がこの道輸施設に対して五〇〇を支払
うことを認めているのであるから︑その効用は五〇〇である︒もし同じだけの満足がえられないときにほ︑社会ほ
これだけの金額を支払わなかったであろう︒し尭がって五〇〇がこの効用の尺度であると︑これは誤りである︒:け
⁝道路のもたらす用役に対して社会が五〇〇も支払っているときには︑その効用が少くとも五〇〇であるというと
とを示すに過ぎない︒しかし効用は百倍も千倍も大きいかもしれない﹂p.監
このようにデチブイほ交換価値のあるものほ必ず効用をもっているとしてスミスに対立する点.においてはセイと
同じ立場に立っが︑支払金額︵交換価値︶か効用をあらわすか︑あるいほそれが単に効用の最低限をあらわすかに
ついては対立している︒
2 逓減する追加的効用
デュブイはセイに対立して自己の主張をあきらかにするためにつぎのような用水の例を用い︑同二価格で買った
一〇〇リソールの水でも︑それが充足する欲望に応じて数個の部分に分割されるとき︑その各部分ほ襲った効用を
もっていることを示した︒これが限界効用学派の一番基本的な命題であることは︑ここに改めていうまでもあるま
い︒﹁ある町に配水施設をつくることについて考えよう︒町が高い処にあって水を手に入れることにかなりの困難む
ともない︑毎日﹂00リットルづつつかう水が︑一年間で恵○フラン払うだけの価値があるものとする︒この場合
つかう水ほ⊥00リットルにつき︹少くとも︺五〇フランの効用を持っていることは明らかである︒いまポンプを
設けて間遠の水が三〇フランでえられるようになるとどうなるか︒まず仙00リットルつかっていた人は引続き一
〇〇リッ†トル使うが︑これについてほ二〇フランの利益がえられる︒またこの価格下落のため彼はおそらくその消
費を増し︑必要性が前より少ないことにも使う︒それほ三〇フラン以上の満足をもたらす︒何故なら彼ほその水を
うるために三〇フラン支払わねばならぬから︒又それほ五〇フランより大きくない︒何故なら五〇フランではどの
水を使わなかったから︒このように公共のポンプによって同一の個人に供給される二〇〇り/ッ⁚トルのうち二〇〇へ
プーリッ・lrルには五〇プラ/ンより大きい︹絶対︺効用があり︑他は三〇フランと五〇フランの間の効用がある︒ポ
ンプが改良されるか︑又は需要が増えるかして価格が二〇プラγに下るとすると︑同じ個人が毎日家を洗うために
四〇〇り/ッ∴トル買うであろう︒〟○フランで買えれは庭にまくために.劃000リットルもとめるであろう︒盈フラ
ンで買えれは池の水を増すために二〇〇〇リットルもとめ︑二ノラソで買えれは噴水につかうため劇○︑000リ
ツールもとめるであろう﹂p.∞の 価格が下れは需要は増すという法則がある⁚⁝・一商品の価格が下ると︑すでに見
たどとく今迄の消費者が二層多く買うが︑このことを別にしても今迄以上の人が買うようになる︒p・−○∽
︵五六九︶ 五三 デュブイの課税諭
もその殆どすべての効用が︒pより大きい︒〆より水平に移る︒直のおのおのはOpで買われているのであるから︑そ
′ の効用は少くともOpである︒即のうち直の各々の効用ほ少くともppであり︑残りのpr−p︑r︑ほOpとOprの間の効用なも
っ︒このようにしてpn−℃︑n︑の効用は⊇n︑rご聖面積であり︑残りの直の効用はTざ︑p︑︒より大きい︒価椅が更に 由
だけ上るどきpざ﹁p︑︑n︑︑の効けほOpとOpの問となりr︑n宅r︑︑の面積で示される︒このようにして即の効糊の に価格縦軸に数鼠をあらわす︺ うるに必要な費用をあらわす︒ 第二十八巻 第六号 ︵五七〇︶ 五四
﹁このとき水の効用はどれも一〇〇リッ†トルにつき五nフランであるといつてはならない︒なぜならこれほ彼が
ポンプを備えつける前につかった山00リソートルの偲であるが︑これが効用の尺度となることができるのほ最初の
山00り/ッ⁚トルに過ぎない︒第二の劇00リットルほ三〇から五〇フランの間紅あり︑つぎの二〇〇リットルは二
〇から三〇フランの間︑つぎの六〇〇リットルは⊥○から二〇フランの間にある旬またつぎの一〇〇〇¶ノ㌧ツールほ
五から二〇フラン︑つぎの八〇〇〇リッ︑トルほ一から五フランの間にある︒﹂p.∞のこのように同一個人についても
らわすと︹ル了1を通る︺消費曲線をえがくことができる︒ここでWほ価格がゼ
P ロのキき消費塵︑Oは消費恵がゼロになるときの価格を示す︒︹デュブイは横軸
匹ほ価格がOpのときに消費される数最をあらわすから矩形Onrpほ即だけの品物を
︵これ叡膵セイは効用とよぶ︶このノ世のそれぞれの︑効用が少くともOpであり︑しか のとき物の価値はどのようにして測るか︒
﹁第山図におけるように直線OPの1にOp
をあらわし︑それを通る水平な線分針 山 消費数同原が異る軋つれて︑追加する単位のもたらす効用は異るのであるが︑こ
作⁚・でこの価格に応ずる消費鼻をあ p 0 Op⁝で仙商品のいろいろの価.格
和ほOnrpでかこまれた領域で示される︒﹂ppJOの〜−Oq
3 相 対 劾▼ 用
いますでに消費者がⅩ単位つかりた後でハ更に消費竺単位追加するときに支払って
ため苧離してもよいと考える商品価催︶︑すなわち絶対効用をf︵盟とあらわすときnの絶対効用の総計ほ
てーノ喜⁚
であらわされる︒この絶体効用f︵盟は上の説明であきらかなように︑仙般些消費傲畠が増すにつれて減る︵限界
効用逓減の法則︶であろう︒この点に注目するとき紅ほ︑ス︑︑\スの水とダイヤモンドのパラドックスはム挙に解決
きれる︒前の用水の例で水を山00リ㍗トル便つていた人が常に追加的竺00り/ッ⁚トル使うとき︑その水ほ三〇
ブラシ以上の効用がある︒この場合には明らかにこの山00リツールの水に換えて三〇フラン以上のものがえられ
る︒ス︑︑去切ように﹁水と交換紅ほ何物もえられない﹂とはいえな小︒スミスが誤っためほ追加される単位に注目
しなかったからである︒ダイヤモンドが使用価値を有することは既にスミスの後継者により指摘されていた︒これ
に対し水が交換価値を有する︵又は有しうる︶ことは︑ノデふブイにより水の追加単位に注目することが指摘されて
はじめて明らかとなった︒このようにして水とダイヤモンドのパラドックスが山八四四に賂決された訳でぁるが劃
七七六以来六八年の長い間解決ぶれなかったことほ驚くべきことである︒このよう虹追加される単位紅注目し︑絶
対効用でそれを評価するとしても︑これがそのまま消費者のうる効用でほない︒通常消費孝ほ物を獲得するとき価
格を払わなければならない︒この対価を支払った後にえられる効用の大きさをデュブイは相対効用とよぶ︒
﹁絶対効用軋ほ自然紅無償瞥えられるものから︑非常に困難な労働をついやさないとえられないもめがある︒﹂あ
デュブィの課税論 ︵五七こ 五五
る商品を消磨するときに﹁この消費をやめさせるためには三〇フラン蓋わなければならない﹂という人があれは︑ その品物ほ彼にとって本当に三〇フランの︹絶再︺効用があるのであって︑彼がそれを地面から拾うだけの労力し かついやさなかったか︑又ほそれをうるにニ○フラン支払わねばなら瓢かったかほ問題でない︒しかしこの消費者 軋とって︹相対︺効用竺つの場合で非常に違う︒前の場合にほ絶対効用の全部が相対効用であるが︑後の場合にほ 絶対的効用と価格の差のさフランに過ぎない︒実際このときには三〇フランの価値があると思われる欲望をみた すために︑二〇フランの他の欲望を犠牲紅しなければならないから彼軋ほこの二つの額の差が利益とな︑るの泉であ る︒この欲望満足を二九︑二八︑又ほ三フラ▼ンで評価する個人にとってほ︹相対︺効用ほ九︑八又ほ這欝兎い︒ それを二〇フランで評価する個人軋とってほ︹相対︺効用ほゼロで誉︒⊥般監物の相対又ほ決定的ほ買ぼ
それをうるために耐えてもよぃと思う犠牲と︑それと交換に支払わねばならない価格との差である︒﹂pp.00デ筈
絶対効用−価格=相対効用
したがって価格を支払うときにほ︑物の価値ほ相対効用+支払価格によってき・まる︒この主とから価格が⊥ると
きにほ︹相対︺効用は同じだけ減り価格が下ると同じだけ増えるぺ第表においてmの絶対効用の和はOnrpでか
︒まれた領域であり︑その相対効用の和ほ︒nrpで竃される出費を差引いたprpで示される︒いまがだけの価格を
支払クてnだけの消費をする個人の相対効用の和ほ
︑憲︶d竿pn となる︒このように消智者が商品サーヴィスを買うことよりえる効何が︑支払い紅よって失われる効用より大きい こと紅注目することは︑マー㌔ル﹁経済学原理﹂に引きつがれ︑消費者余剰としてこれが取上げられたことほ周 知の通りである︒ 第二十八巻 第六号 ︵五七二︶ 五六
Ⅱ 課税により失われる効用
1 課税による相対効用の変化
デュブイほこの考えを基礎にして︑更に公共サーヴィスの使用料や課税の尭め軋失われる効用の大きさをもとめ
る︒ここでえられる結論は︑消費者の余剰の損失の問題についてだけ成立するものだという点を︑予め力説してお
かなければならない︒実際にはこの外に分配上の問題やその他の経済上︑行政上の問題も重要である︒しかしここ
での分析はとくに消費面払おける所得分配が類似しており︑したがって分配上の理由では明確な指針がえられない
諸税からの選択方法を提供するであろう■︒
﹁ある品物の ︹絶対︺効用は︑消費される事情転よってはつぎのような値を持つであろう︒
098765▲4∩∂210 32222222222
Lめ売値が紬であるとするとその︹相対︺効用ほ ︵U900765一43210 1
である︒いま5の税が課せられるとすると1098765の効用を認めていた人は5の効用を失い︑これらの消費は
5一A−3210
の ︹相対︺効用しか認めなくなる︒このとき失う効用の大きさほすべての人に均等である︒また前紅43210の
効用しか認めず︑したがって5の課税のために消蟄しなくなる人は彼らが前に認めていた効用だけを失う︒したが
って失う効用の大きさは各人にょり異り43210である︒課税はこのように税を支払う人の効用を失うのみなら
ず︑又もし税がなけれほ消費する筈であった人々の効用も失う︒
デュブイの課税論 ︵五七三︶ 五七
第二十八巻聖ハ号 音七四︶ 五八
今度は今とほ逆誓﹂れまで20であったものが15となるものとサる︒このときにほ20の価格のとき 098765▲4321 1
の効用をえていた人々ほ 5A▲3210987ハ0 111■・−▲ll
の効用をうることはあきらかである︒更乾これまで
0900765 211111
紅評価していたが売値が高いため監貝わなかった人々も買うようになる︒これらの人々ほ︹絶対︺効用と購売価柏
の差すなわら
54nd21
だけの効用をうる︒﹂pp.篭〜空
このようにしてつぎの命題をうる︒仙般に価格が上ることによって今迄買っていた人が買わなくなることもあか
し︑消費者として留る人もあるが︑価格の騰落の前にも後鱒も消曹者として留吏る個人軋とっては価格の変化と同
じだけ効用がかわる︒また価格の騰貴によって買ゎなくなる個人紅とってほ失われる効用は価柏の変動前にえてい
た相称効用の大きさに等しい︒また価格の→落によって買うよう軋なる個人にとってほ︑えられる効用ほ価格の変
動後にえている相対効用の大きさに等しい︒ここでつぎの二つのことに注意しておこう︒すなわちここで価柏は市
場において成立しそれによって実際に取引が行われるという意味の市場価格である必要ほなく︑消費者がそれを用
いて資源を配分する基準としての価格にすぎないこと︑およびJの数列から容易にわかるように︑価格が下ると需
姜鼠が増え︑上ると減ると考えられていることこれである︒
2 課税すると社会全体として効用が失おれる
セイのような立場からほ﹁政府が商人の檜定のグループに︑一定の取引た・どえば印度貿易に従事する排他的な特
稚を与え︑商品の価格がそのため紅上がるとしても︑商品の効用︑内的価借は少しも附加されない︒価格のうち効
用を超える部分ほ︑消費者から特権を与えられた業者に移され︑そのため前者から失うだけの効用を後者からうる
とき︑効用ほ一方から他方に移されるだけで社会全体として効用に増減はない﹂と主張されることが考えられる︒
この主張を否定してデュブイはつきのどとくのべる︒
﹁⁝ここで失われる効用の測定について二嘗のべておくのもよいであろう︒なぜなら商品の価格が上ること紅よ
り効用ほ失われるし︑また公共事糞の運営にあたっでは使用料税金によらなければならぬことが多いが︑前者ほ公
共事業の供給するサービスをつかう商品の価格をあげ後者も⁝価格を引上げる︒したがってこのような場合に失う
効用をどのよう忙して計算するかが必要になってくる︒しかしこの計算ほ︑上にえられる効用につノいてのぺたと全
く同℃ように計算をすればよい︒⁝ある町において二〇プランのとき二万トンの石がつかわれて小るとき︑運河が
できるか又は生産費が安くなるような設備ができて 仙五フラン笹下ると⁚石の消費が三万ト∴/虹ふえるものと考え
た︒そこでこの贋用の減少にもとづく効用をつぎ砂ごとく計資した︒
従来つかわれていた〟万トンに対じて五フランづつの効用をうむから⁝⁝・㌧五万フラン
新たにつかわれる二万1ンに如しては平均二︑三フランの効用をうむから⁚由・六万フラン
九・六万フラン 増えた効用の合計
さて何らかの痙由によってこの石に山万−ンにつき五フランの税金がかけられるものとする︒買手にとってほ価
格がもとの二〇フランにかえるのであるから︑石の需要ほ山万トンた減ることはあきらかである︒⁝したがって税
︵五七五︶ 五九 デ㌧ブイの課税論
第二十八巻 欝六号 ︵五七六︶ 六〇
収入は五万フランに過ぎない︒納税者の失うものほこれだけであろうか︒あきらかにそうでない︒税としてとられ
たものは何らかの有益なことに使あれていると考えられるから︑国民全体としてみるときにほそれほ単に富の分配
をかえたものに過ぎない︒﹂︑ppJO−〜;N 二ハフランまでなら買ってもよいと思っている人ほ︑それを﹂五フラン
で買うとき監禁フランの効用をうるが︑五フランの税がかかったため監貝えなくなると叫フランの効用を失う︒
同様にして山七フランまでなら買ってもよいと思っている人は二フランを失う︒
このようにして失われる効用を評価する為にほ︑祖税の増加に応じて減る消費量を知っておりさえすれほよい︒
ここで前に書いた表にかえってみると︑課税のためにつかわなかった二万トンの石についてほ四・六万フランの効
用が失われていることがわかる︒こ︑のようにこの場合には︑課税は五万フランの収入しかもたらさず︑社会全体で
四・六万フランの効用を失う︒いまでだけの使用料ないし税金を支払ってがだけの消費をする個人の相対効用の和は
S‖∋宣ユp十ユn︑
となる︒しかしこのときmだけほ政府の収入となる︒したがって課税後の個人の相対効用の和之政府の効用とを加
ーーⅩ
Tど ¶
えたものは︑S+何の部分で示され︑課税前の効用の和よりMの部分たけ少い︒ この部分が課税のために社会においで失われる効用をあらわす︒
−∵/一.■三ニ:≡.二三′二=二■︑・=−
‖S査苧p†︵︑∵︵豊舛・pnニ
3 社会において失われ私効用の大きさ
﹁土にのべたことからただちに′わかるように課税による消費鼠の変動がわかっておれば︑税率の半分に消費の変
化鼠を描けることにより︑失われる効用q最大限をもとめることができる︒:このようにして石の消費の例におい
て五フランの下落ほ仙トン当り二︑三〇アランの効用しかもたらさないことを認めた︒:・︹消費曲線が■図のように
原点に射し凸形であるなら︺常竺一︑五〇フラン以下の答をうる︒この数字をうるためには二〇そフンから一九フ
ランへ下るとき二四︑〟九から二八に下るとき二四︑等となり二ハより二五に下るときにも同じだけ上っていくも
のと仮定しなければならない︒︹消費曲線が原点に劇し凸形のときにほ︺価格が同じだけ順次下って行くとき︑ふ
ゝ放る消費者ほ次第に多くなるからこのことほ不可能である︒このようにして価柏の変動により失われ︑又ほえられ
る効用の損大隈ほ価格の変化の半分に消費量の変化をかけてえられる︒五フランの課税により消費者が三万かち二
万に減るとき︑社会の失う効用ほ中∽×買=還となる︒差税が小さいはどこの借は其の大きさに近くなるこ
とは容易にわかる︒﹂ppJO伽〜芸鼠
﹁税が高くなるにつれて消費の減るはやさほ次第に遅くなるが税が生産費紅くらべて小さいときには消艶は同じほ
やさで下ると考えてもよい︒このようにして山00ブー㌢ンの傭のある物に劇フラン課税するときに減る消費者の数
ほ⁝フランから二フランと増税するとき︑二フラン′から三フラン︑三から四︑四から五︑又ほ五から六と則フ
ランだけ増税するときに減る消蟄者の数と殆ど遭わない︺︒さて山フランの課税のため・に失われる効府ほ1の1す
に⁝︹裔憂の変化忌︺ を掛けてえられる︒二フランの課税によって失われる効用は2の1す紅⁝︹需要め変化晃︑
これは前の変化鼻のー2倍にあたる︺ を描けてえられる︒三フランのときには3の⊥2 に東初の需要の変化量の3
倍な掛けてえられる︒このようにして失われる効用の大きさ蛛税の2釆に比例するということができる︒したがっ
−
デュブイの課税論 ︵五七七︶ 六則
第二十八巻 璽ハ号 ︵五七八︶ 六こ
て一〇フランの課税によって失われるものは︑一フランの練税によっで失われるものの一〇〇倍であるp一つの商
品に劃○フランの税をかけずに○種の商品の︺おのおのに一フランずつかけること軋よって︑効用の敵失を九
〇%減らすことができるから︑課税の分散によりえられる利益が莫大であることがわかる︒更に課税収入ほ税率に
比例しないことに注目しよう︒山○フラソの課税は;ランの収入の一〇倍の収入をもたらさない︒税率が零から
禁止に等しト点にまで上るど税収入は最初ゼロであり︑それから少しずつふえ遂に極大紅なり︑その後それは次
第に減り再びゼロ軋なる︒国家が課税によって︑二疋額の収入をうることが必要のとき︑この税収入をうる二つの税
率がもとめられる︒しかもその一つは税収を極大軋するような税率より小さく︑偲ほ大きい︒しかし同じ収入をも
たらサニつの税率紅よって失われる効用にほ非常に大きい差異が李る︒﹂p⊥○料
政府が税を徴収しなければならない点が認められたとするとき︑課税︑によって失われる効用の大きさをはかるた
めにほ︑所与の税収をいろいⅥろの手段によって徴収してみるとき︑その際失われる効用の大きさを測り︑それを比
較してみなけれぼならない︒往時商品サーヴィスに課税することが所得税より推奨されたことがあったが︑その理
由は︑納税者掛はとんど意識せずに支払うし︑また経費のかかる税務機関を必要としないからであった︒たとえば
仙年毎またほ半年毎に納税のため多額の現金を準備しなくてもよいような祖税が幾分便利なことほ否定できない︒
しかし所得税のこのような短所は負担額を源泉徴集することによって︑納税者紅負担を意識させないようにして克
服しており︑これらの点では所得税に比べてそれはどすぐれているものではない︒しかしこれらの点から離れてわ
れわれがここに考えているような効用︵原生︶の観点からみて﹂ 両者の比較を行シときどぅなるかを考えること
ほ︑十分価値のあることであろう︒
1 使 用 料 と 租 税
このようにデ㌧ブイほ︑追加される単位の効用紅注目しなけれほならない点を指摘したという意味で倍大な貢献
をなした︒しかしこれがゴッセノの法則︵ス五四︶となり︑それを用いて個人の需要供給鼠を決定し︑これによ
って社会的霧要供給巌をきめ︑最後にこれらが市場において出合い︑市場価柊を決定するという理論にまで成長す
るにほ限界効用学派のその後め発展をまたねばな
デュブイが公共事業の掟供するサーヴィスの価格である使用料について論じでいる以上︑その性質について考え
ておかねばなちない︒しかし今ほ発展しね現代の価格論の立場から彼の理論を全面的に検討することはしない︒こ
デ㌧ブイの課税論 こでほ価格の性質について次の点を指摘するに止める︒価格は大別して二つの性質がある︒その一つは経でも直ち に気づくように︑それだけの価格を支払えばをの商品がえられるという性質であり︑他ほ上と全く無関係であると ほいえないが二心それとは別個の性質を考えて差支えないも訂︑すなわち︑個人︑会社︑公共事業︑政府がその価 格を基準にして資源配分上の決意をおこなうという性質である︒価格が後者の意味鞋使われるときにほ︑それがど のような機構によってきまるかは一応問題紅ならない︒けれども価格が溺者の意味に用いられるとき軋ほ︑傭格が どのような機構によって定まるかが重要な問題であることほいうまでもない︒
政府と公共事業又ほ独占的会社臥供給するものサーヴィスの価格は︑供給者の意図通り軋定計るといえるが競争
の行われる市場において定まる価格は供給者の意図通りには定まらない︒デュブイが取扱っている問題を︑公共事
菓のサーヴィスの使用料︵価格︶ のように︑完全な供給独占と考えられる場合紅限定するときにほ︑供給老の意図
︵五七九︶ 六三 Ⅲ 批 判
通り紅使用料ほ動くけれども︑供給者の意志とは独立に︑市場において需要供給の法則賢って定まるような価格 についてほ︑例えば政府がこ定額の税をある商品に課するような場合にほ︑それに応じて市場価格が上るか下るか わからない︒まして税額と同じだけ上るという保証はない︒ とこでわれわれはデュブイの分析の限界を明確にしておかなけれはならない︒彼の主張ほ個々の消費者︑公共事 業︑又は政府資源配分上の決意の問題に解することほ許されるが︑それを市場の効きの分析に拡張して考えること は許されない︒いい換えるなら彼は価格を基準琶て︹相対︺効用がどのよう覧るかの分析はしたけれども︑効用 墓準にし︑て市場価格の決定誓で発展しなかった◇もしそれによって市場価格の決定を主癒するとすれば︑それ は完全供給独占のときに限られる︒この意味でデュブイの中心課題は︑道路運河橘などの公共事業の使用料の効果 の分析にあるが︑それを課税の社会的効用に与える効果という問題の分析賢かうことほ前者が資源配分的価賂︑ 又ほ精々独占的供給価格で雪のに︑後者の問題匿おいてほ多くの場合︑価格は需要供給賢って誓る市場価格 という意味に用いられており︑そのためここでデュブイの分析をその要用いることほ許されない︒デュブイが︑
前者の議論がすぐ後者の議碧つかえるようにいっている点ほ︑すべて誤りであるといわねばならない︒︵pp.琵
〜法炉空軍参照︶
2 政 府 の 効 用
前転のべたように︑セイは﹁価格がそのもっていると思われる︹全部︺効用の尺度であり︑その消費によってえ られる満足の尺度である﹂といい︑この評価の原則をすべてのものの評価に用いる︒したがって嘉が政府のサー ヴィスに対して認める評価も︑このルールに従いそれ紅対し七支払あれた金額︑すなわち納税額賢ってその効用
をはかる︒﹁政府がブドウ酒紅課税し︑これまで叫瓶6で取引されていたものが妄で売られるようになる﹂と 第二十八巻 第六号 ︵五八〇︶ 六四
き︑政府のサーヴィスに対して認める効用ほ⊥の原則をそのまま用いて︑それに対して支払った金額すなわち納税
額に等しい︒ところで他方プドク酒の消費者の失う効用も納税額によって測るから ﹁こ瓶につき五だけがブドウ
酒の消費者から収税者の手に移るだけである︒﹂このセイの主張を否定してデュブイはつぎのごとく考える︒すなわ
ち彼ほ﹁もし会社が道路のサーヴィスに対して五〇〇支払っているとすると︑それほ単にその効用が少くとも五〇
〇で偽る乙とを示しているに過ぎない﹂といい︑支払金額は効用の最低限にすぎないことを強調する︒﹁この原則
峰あらゆる種類の効用の測定転ついてあてほまり︑公共事業についても何ら異なるところはない︒﹂p.讐政府が租
税を微熱したときにも︑その収入額は公衆の政府のサーヴィスに則しに認める効用の撮底限にすぎないと考える︒
セイによると政府切税収入が多けれほ多いはど︑公衆の失う効用ほ大きいということになるが︑デュブイは政府の
税収入が多いときの方が公衆の失う効用が少いことがあると主張し︑セイの主張と真正面から対立する︒すなわち
﹁郵傾のサーヴィスに対して公衆が現在五〇支払っているとき政府が料金む三倍四倍五倍と増す軋つれ手紙の数
ほ減り︑遂にほ誰もそれはど高い料金を支払って送るはどのことほないと思うはどになる︒このとき政府の収入は
ゼロである︒これより少し料金を安くするとき︑二︑三手紙を出す人があるから少しだけ収入がはいる︒このよう
にして ︹ある料金で料金収入が五〇のところから始めて︺料金を少しずつ増してゆき︑現在よりも高い料金で︑し
かも収入が丁度二五であるような料金になる︒この状態に注目するとき︑公衆ほ前より少なく二五支払っでいるか
ら︑その意味でほ負担をまぬがれているが︑料金が高いために差出されなかった手紙について︑多くの効用が失わ
れていることは明らかである︒Lのことから我が国では二五支払っており︑′外国でほ五〇支払っているからわれわ
れの政府ほ外国よりよいといったような比較が間違っていることがわかる︒⊥の場合を丁度反対に︑二五支払って
いる方が五〇支払っているよりほるかに憩い場合もある︒﹂ppJON〜岩由われわれは利用したくとも料金が高いた
︵五八こ 六五 デュブイの課税論
第二十八巻 第六号 音八二︶ 六六
めに利用でをず︑そのために料金を支払っていない多くの人々にノついて考えなければならない︒
﹁税としてとられたものは何らかの有益なことに使われると考えられるから︑国民全体としてみるときには失わ
れたものではない﹂という点においてほセ︑ィもデ㌧ブイも同意する︒しかしデュブイのように考えると税収入ほ公
衆の認める政府の効用の最低限に過ぎない︒更に嵐た政府ほ︑税収入を早晩つかうがその支出を政府の効用函数に
ょってほからなけれほならない︒しかも支出金額ほ効用の最少限である点を考えなけれはならない︒上の説明でノす
でに明らかなように︑
移るだけであると考えている︒公共事業に支払った金額が効用によって評価されているのに︑政府の手に渡った税
収入を効用によつて測らないのは︑この点においてセイの原則に従うことに外ならない︒これ塗アーブイの原則を 濃くよう改めねげならない︒
3 差 の 比較と測・定
鼓後に効用の可測性の問題についてのべておこう︒そのためまずっぎの例軋ついて考えることからはじめよう︒
a︑b︑︒三人の小供の机の上に出ている部分の高さを測るとほ︑9︑6︵糎左の表Ⅰの行で示す︺であった︒
このとき机の高さが嘉であるとすると亜供の背の高さはそれぞれⅢ︑109︑106︹Ⅱの列︺である︒ⅡはⅠと00を加
ぇる点で違うのみである︒Ⅰの数をuすなわち丈a︶−−−柏︶u︵b︶=P仁︵c︶=デとするとⅡの数ほ一芸+仁となる︒
すなわちⅠⅡは互に常数︵正又ほ負の︶を加える変換をしたものである?このように常数抽の大きさを加えても︵
引いても︶小供の脊の高さをあらわすことができる︒
このa︑b︑C三人の身長の机の←に出ている部分をフィートで測って︿糎をフィー法な申すには三倍すればよ
い︶肝の列の数字をえた︒ⅠとⅡとほ3を掛けあ点で違うのみである︒Ⅰの数字をuとするとⅡほ餌となる︒つぎに
小供の︵全身︶の身長をフィー甚測孟夏宅ⅡとⅢとほ常数3を掛る点で適うのきある︒Ⅰと町1ⅡとⅢ
とほ互に︵他巴零でない常数︵3又ほ1す﹀を欝てえられる︒Ⅰの数をuとするとⅡほ一声言・Ⅱは餌︑m
ほ苧ぎ=蔓○呈となる︒すなわちⅠ訂漂いずれも芸一次式であらわされる︒Ⅲは去3倍し晋 加えればよい︒すなわちⅢほⅠ窟数を加えたク研げたりすること誓って︵Ⅱ漂Ⅰ窟数蓋えるか掛るかし
て︶もとめられる︒このようにⅠ紅常数を掛妄オ加えたりすることによってえられるもの︑すなわちⅠの一次式で
ぁらわされるもの︵上でほ豊里をⅠの表変換とよぶ︒すなあち上のⅠ︑Ⅱ︑Ⅱ︑Ⅲの申の︵任意の列から他 の任意の列を求めるにほ適当な未数嘉えたり︑穿たりすればよい◇いい換えるとつぎのよう盗る︒ ︑ 用い っ︒ をて測てある
デュブイの魂税論 一 一一二
九 一〇九
六︑一〇六
っぎにとの物指の目盛りはそのままにしたま喀㍉0の位警→還してもとの喜が⁝芸 +
︵五八三︶ 六七 ・−・.㌻こ.=一㌻. + ⊥﹂ 三六 州
︵五八四︶ 六八 第二十八巻 第六号
るようにする︒この物絡⑧でA︑Bを測ると‖2︑109︑106︹Ⅱの列︺をうる︒つぎに測る単位をかえると原点が①と
同じとき⑨となり︑⑧と同じとき④となる︒この⑧で測ると∬の列36︑27︑18をえ︑④でほかるとⅧの列攣甲⁝
をうるぺ一次変換とほ①で測ったものを⑧で測ったり⑧又は④で測ることをいうい
ここでbとCとの差が︑aとbとの差と丁度同じであるということほ︑⊥の四つのをの測り方によってもいうこ
とができる︒そのうちの一つの測り方で差が等しいときには︑他のどの測り方によってもそれは等しい︒また逆に
差が等しいといえるのは上の四つの場合のように︑互に一次の関係にある謝り方をした場合に限られる︒たとえば
Ⅰの列を2来するとき︹Ⅴの行︺にほbとCとの差はaとbとの差に等しくならない︒これはⅠとⅡの尺度が一次
ヽヽ の関係にないからである︒たとえば小供の背を測るということは適当に単位を定め︑その単位が四つある︑五つあ
るということである︒それが測れるためには四つ目の単位と五つ目の単位とが同じでなければならない︒そのため 6700 巨 ヒロ 1−−−1け ・﹂1
2 9 6 1 0 0 1 1 1
′明り .′11 2
1 9 6 6 7 ハ0 3 2 1
3 3 3
■a 0 即④︑⁝⁚ 8 9 0 1 6 3 0
にほ山次の関係にある尺度以外のものを用いることが許されないことはあきらかである︒デュブイほ追加される単
位に注目してそのもたらす効用が次常に減少することを示した︒すなわち二〇だけ消費している人が〟つ追加的に
消費するときその㌦つのもたらす効用と更に一つ追加して消費するとき︑その一つのもたらす効用とを比較して後
者が小さいことを示した︒このことほまたつぎのどとくに考えることができる︒すなわち二 山消費しているときの
効用と鵬○消費しているとぎの効用との差ほ二の効用と二の効用の差より大きい︒このように差の大小又ほそ
れが等しいという比較がで㌢るためには︑その効用を測る尺度としてほ卜伝のべたよう広喜に刷次の関係にあるも
のしか用いることを許されない︒財の追効される単位のもたらす効用が逓減するという事実は多くの人の認めでい
るところである︒これらの人々ほデュブイと共に効用が測れる℃とを認めなければならない︒山方で効用を逓減す
ることを認めながら︑それと同時に効用は測れないと主張する人があるが︑これが誤りであることは明らかであろ
う︒最後に効用の可測性について普通問題とされる点軋ついて二言のべておこう︒
周知のように近代の選択理論ほ効用の可渕性ということをその議論の基礎的前掟としていない︒しかしながらこ
のことほ効用が測れるということを仮定しなくても消費者の行動︑かいてほ市場匿おける需要供給の動きを説明す
ることができるからそうしているだけであって︑もし効用が測れると主張できる根拠が示されたとき︑又は測れる
ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ という事実があ烏と信ずる人々に︑それが誤りであるという力をもつものではないことに強調して布く必要があ
る︒⊥のように限界効用が逓減するという事実を認める人︑あるいはここでほ少しもふれなかったが︑将来の不確
実な所得のもたむす効用の極大を考えるような人々にほいずれも効用が測れることを認めなけれほならないであろ
う︒ひとがもし哲学上の功利主義者であるならば︑彼はその経済学においても功利主義者たるべき完全な権利をも
つのである︒
デュブイの課税論 ︵五八五︶ 六九
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6 文 献
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中山伊知郎公共事業︵公共的労務︸の利用測定紅ついで 商学研究第四巻第山号一九二四年五月
中山伊知郎二父通機関の利用鱒及ばす使用料の毒誓いで聾賢第買第毒 重義竺一月 第四巻第一事 劇九二五年三月
中山伊知郎消費者余剰の璧心誓いて商学研究第三巻第三号 完二四年三月
中山伊知郎 ヌ︑︑\ス国富論 山九三六年叫月
中山伊知郎 数理経済学研究 山九四六任⊥﹂月
粛正造選択芸から見たるデブイの相対効用について経済論叢警九巻雲号 完望竺二月
スピトグル︵撃 経瞥心想発達史 スミス論︵ダグラス︶ セー論︵芸ト︶完五五年二月 第二十八巻 第六号 二瓜八六︶ 七〇