105
オーストラリヤの平均課税
小 林 威
序
オーストラリヤでは,1923年から1938年にかけて,所得に対して平均課税法が実施され た。この課税法が採用されたいきさつは,1920年に税制改革を目的としてW。W・カー
(W.Warren Kerr)を委員長とするオーストラリや委員会(Australian Royal Com・
mission)が,所得税の課税方法について詳細な検討を企てた結果,平均課税を答申した からである。同委員会は所得の平均化期間として5年間が妥当な数字であると判断して,
後述する課税法を勧告した。この答申案はそのま㌧採択されて,オーストラリヤの所得税 の歴史に一大変革をもたらした。
この小論では,何がゆえにオーストラリヤでは所得税の平均課税が要求されるようにな ったのか。委員会答申案は従来の年次課税法とどのような差違があり,またもし存在する としたら如何ほどの長所があるのか。以上の二点に関して委員会報告書を中心に幾らかの 考察を加えてみたい。
答申案はR6ρ07 o∫漉6・4%s〃読α%Ro夕α1 Co〃z〃z客∬ゴ。η,1920.として公刊されてい るが,その内容の殆ど全部(第1節の第1条から11条まで欠く)が,7「加・4660一如窺、の 1925年4月25日号および5月2日号 (Vo1.:LXX皿,pp.669−684,709−720.)に Income Tax−The Average Systemという題で転載されている。なお,本稿では煩を避くため に,答申案からの引用箇所は一々明示しておかなかった。
1
「オーストラリヤは羊の背に乗っている」という言葉は,この国の特徴を端的に表わし ている。世界最小の大陸ではあるが,わが国の21倍弱の総面積をもつオーストラリヤは西 部一帯と東南部にかけて牧羊が盛んに行われ,現在約1億3,000万頭もの羊が放牧されてい
る。この大陸にはまた,牧羊の他に農耕(特に小麦) 。酪農・果樹栽培等に比類の好適地 があるばかりではなく,金9銀・石炭等の天然鉱物資源も豊富に存在する。オーストラリ ヤでは既に第二次大戦勃発以前に,工業生産が総生産の半ばを占めるようになり,戦後も ひき続いて製造工業の比重が高まっているから,最早農業国の概念でおしはかることには 相当の問題があろう。しかしながら統計によれば,1959年度においても全産業生産高のう
ち第一次産業は,未だに36.9%の高率を占めている(吉国二郎編『アジア諸国の租税制度 皿」1962年14頁)。オーストラリヤの産業構造が高度化されたのは1940年代に入ってから であると言われる。確かに統計的にみても,全産業人口のうち,第一次産業従業員は,
1901年32.9%,1911年30.1%1921年25.7%,1933年24.4%,1947年17.6%と推移している
(E%の,010ρα64毎β7ゴ如%尭α,1960,Vol.2, P.727.)。かくの如く,1920年頃においては,
第一次産業は同国のうちで最も重要な産業であった。
容易に察せられるように,第一次産業のうちでも農業や牧畜業等は室内産業とは異なっ て,天候の異変により収穫物に激甚な影響をこうむる。最近の例をみると,1958年初期に 旱魅があって農作物が不作に終り,加えるに羊毛の値下がりもおこったために,オースト ラリや経済は一時不況をかこった。幸いにこの不況は軽く,翌年から恢復の途に向かった が,1957年度の総生産は前年度比8,300万ポンド減じ,その内訳をみると第一次産業全体 の減産額は1億8,000万ポンドに達している(吉国二郎編「前掲書』12頁,14頁)。このよ
うに,第一次産業の比重が低くなりつ\ある最近でさえも,第一次産業の減産は同国の国 民所得にかなり大きい影響を及ぼしている。産業構成で第一次産業が絶対的位置を占めて いた時代においては,旱魅による減産の影響が深刻であったことは,容易に推察できる。
建白は平均して4〜5年に1回オーストラリヤを襲っており,大陸全土に被害を及ぼす 時もあれば,或いは酸く小地域だけの被害で終る場合もある。また長期に亘って日照りが 続く時もあれば,比較的に短期間で済む場合もある。かように規模や期間には程度の差こ そ存在はするが,旱魅のために第一次産業(特に農業関係)の生産高には年々かなりの額 の変動が生じる。こ\で問題となるのは,全国的に好天気に恵まれて豊作ではあっても,
ある地方ではひどい日照りで収穫が皆無に近かったという場合である。これは単なる想定 ではなく,合一ストラリヤではよく経験される事実である。いわば,同大陸で農業や牧畜 業に従事する者は,天候め異変に災いされる宿命を持って生れて来たと云ってもよく,彼 等の年次所得には著しい変動がみられる。
1920年に所得税制度の改革のために設置されたオーストラリや委員会は,税務当局が任 意に抽出した130〜150件にわたる第一次産業生産者の所得申告書のうちで,特に50例につ いて詳細な検討を行なった。その一例には次のような所得の変動が示される。
第1年目 所 得 第2年目 所 得・
第3年目 損失 第4年目 損失 第5年目 所 得 第6年目 所 得
1第7年目所得
ポンド 24,015 38,804 34,645 67,255 4,162 55,531 45,835
シリング ペンス
8
14 19 2 12 4
1 8
8 9 8
これは,一牧羊業者の7年間の所得 と損失の実際額を一覧表にしたもので ある。彼の7年間の純所得は,総所得 から総損失を差引いた56,447ポンド18 シリング6ペンスとなり,年平均純所 得はこの金額を7で除した8,063ポン
ド19シリング9ペンスとなる。
この牧羊業者が上記期間の純所得に 対して支払う連邦所得税は。第1表の通りで総額56,447ポンド18シリング6ペンスとなる
(当時の税率による。以下第2節,第3節の計算も同様)。他方,都市に居住してそこに 所得源のある都市生活者は,第一次産業の生産者よりも遙かに安定した所得があると考え
られる。この都市居住者の所得が毎年同額であると仮定して,7年間に56,448ポンドの所
オ門ストラリヤの平均課税
10了
第1表牧羊業者と都市生活者の所得税額の比較
第1年目
〃2
〃3 ク4
ク5
〃6
〃7
〃
〃
〃
〃 ク
〃
総所得 総損失
牧羊業者の所得 取 得 損 失 ポンド錫㌻
24,015 8 1 28,804 14 8
ボンc鍛ン
牧羊業者の
連 邦 税 都市生活者の 所 得
4,16212 9 55,531 4 8 45,835 0 0 158,349 0 2
34,645 19 0
67,255281 ■
101,901 1 8
ボンd鍛ン}
8・704021
10,747 4 10
55016 6
22,147 10 11 18,011 12 0
ポンド
8,064 8,064 8,064 8,064 8,064 8,064 8,064
都市生活者の 連 邦 税
ポンド シリ ペン
ング ス 1,899 18 1 1,899 18 1 1,899 18 1 1,899 18 1 1,899 18 1 1,899 18 1 1,899 18 1
純所得i56棚86
56,448
課税総額 60,16145
13,299 6 7
得があったとすれば,彼の課税総額は矢張り第1表に示されるように,13,299ポンド6シ リング7ペンスとなる。
上例の牧羊業者の租税負担が,都市居住者のそれと比較して4倍以上に重くなった理由 は次の通りである。第一に累進課税が行なわれているために,ある年の所得額が非常に大 きいと,それに対応して納税額が甚だしく増大する(例えば第6年目,第7年目の場合の 如し)。第二に損失が繰越しまたは繰戻しされないために,ある年の損失が如何に莫大で あろうとも,その年次の所得がゼロにみなされて非課税となるだけである(特に第4年目)。
この結果,変動所得のある者は損失に対しては何等顧慮されることなく,所得に対しては 累進税率でフルに課税されるから,年次所得を基準とした所得課税制度のもとでは,安定 所得のある者と比較して不当に重課される。
更に第1表を観察すると,上記の牧羊業者は7年間の純所得よりも3,713ポンド5シリ ング11ペンスを余計に納税させられていることに気付く。この金額は連邦所得税だけに限 られているから,州税の地租を含めると彼の納税負担は尚一層重くなる。彼は,人力では 如何ともなし難い天候の異変にさいなまれた上に,不当な課税措置のために再び悩まされ
るのである。
上掲の所得の褒動は決して例外的なものではなく,所得申告書を任意に抽出した中に見 出されているところに大きな意義を有する。換言すれば,この牧羊業者のようなケースは,
他に幾らでも現実に存在するからである。委員会の調査によれば,ある変動所得者の所得 がもしも毎年均等に稼得されていたとしたならば,納税総額が25ポンド17シリングで済む のに,所得が変動していたために,これの10.27倍に相当する266ポンド15シリングを納税
させられた実例がある。また, 期間年数で所得を除した平均所得が非課税となるのにもか
㌧わらず,変動所得のために各々6ポンド4シリング,66ポンド6シリング6ペンス,103 ポンド16シリング9ペンスの課税が行われた3例も明らかにされる。
一体,課税の公平なる概念は如何様にも解釈され易いが,委員会は水平的平等を以て公 平な課税と考えた。水平的平等とは,同じ所得状態にある納税者は同額の所得税を課され るべきことを主張する。この観点に立つ時,以下の認識が生ずるのは,蓋し当然であろう。
(1)
なるほど年次所得には大きな差がある。しかし,数年という比較的長期間の所得を問題と するならば,所得総額にはさ程の差違はない。それが,一方が安定所得であり,他方が変 動所得であるとの相違で,課税額に大きな開きが存在することは不公平を放置することで ある。それを撲滅するまでは行かなくとも,できるだけ公平に近い取扱いをするには,あ る期間の所得を平均化する必要がある。同委員会では慎重に資料を討究した結果,所得と 損失を相殺するには5年の周期が妥当であると判断して,5年間を以て所得の平均化期間
とすることに決定した。
2
第1表に見た牧羊業者の変動所得が課税の際に不当な取扱いを受けた理由の一つには,
損失が所得ゼロとして計算されているところにある。そこで,損失を翌年度,あるいは更 に次の年へと繰越して所得と通算すれば,かなりの程度まで変動所得者を救済できること が考えられる。法人税で損失の繰越・繰戻を認めている国もあるのだから,この方法によ
る平均化も可能なはずである。
しかしながら結論を先に言えば,損失の繰越を認めるだけでは,所得税に比例課税が行 われていないから,余り大きな効果を期待できない。また,委員会が吟味を行なった50例・
の所得申告書を調べると,5年間に1回忌も損失の生じた納税者は21名である。このうち の2人は2回損失が計上されているから,延23名という勘定になる。これを延年数との関 係でみれば,250年の間に損失の発生した件灘は僅かに23に過ぎない。かくの如き実情か
らは,損失繰越制度を導入しただけでは変動所得者を全面的に救済し難い。以上の理由か ら,損失繰越の採用は委員会で拒否された。
(1)水平的平等とは,マスグレイヴの言葉を借りた。彼はその著R.A. Musgrave,丁加丁伽7夕
。/P助 6F虻田。召,1959, Chap.8.邦訳:『マスグレイヴ財政理論工』(木下和夫監修大阪大学財政研 究会訳,1961年)第8章で,水平的平等の原則は課税において最も広く受け容れられている説であろう と述べている。次いで彼は,異なる状態にある人びとへの課税がどのようにあるべきかという,垂直的 平等の問題に触れ,水平的平等と垂直的平等の要求は同一の貨幣の両面に過ぎないとし,平等の指標と
して所得の定義に議論を進めて行く。
オーストラリや委員会が問題としたのは,年次課税のもとで達成される垂直的平等 (厳密に嫡測虜 し得ないが!が,長期的に観察すると水平的不平等となる点であったg
オドストラリヤの平均課税
109
損失繰越制度が,課税上の差別待遇を除去し得ないことは,次の例で明らかであろう。こ〜に2人の納税者,AとBがいる。両人とも,ある年に3,000ポンドの損失を生じた結 果,その年は非課税となり損失額が次点に繰越される。翌年,Aは7,000ポンドの所得が
あったが,前年の損失を控除して純所得が4,000ポンドと計算:されて課税される。損失繰 越によるAの節税額は下のようになる。
7,000ポンドに対す連邦税額……1,455ポンド 12シリング 11ペンス 4,000ポンドに対す連邦税額…… 511ポンド 17シリング 6ペンス 3,000ポンドの損失繰越価値…… 943ポンド 15シリング 5ペンス。
他方,Bは翌年も余り好い成績を上げ得ないで3,500ポンドしか所得がなかった。損失繰 越によるBの節税額は下のようになる。
3,500ポンドに対す連邦税額……401ポンド4シリング9ペンス 500ポンドに対す連邦税額……17ポンド6シリング7ペンス 3,000ポンドの損失繰越価値……383ポンド18シリング2ペンス。
かように裕福になったAには943ポンド15シリング5ペンスの控除が行われ,余り生計 が豊かにならなかったBには僅かに383ポンド18シリング2ペンスしか控除が行なわれな い。このような欠陥を有する損失繰越制度が果して公正な課税法であるかとの疑問が投げ かけられるのは当然である。
確かに,従来の年次課税法は,納税者間に不公平をもたらしていた。改正は焦眉の急を 要する。さりながら,損失繰越の採用は,事態を決してより良き方向へ進ませるのではな く,むしろ,より悪い方向へ進ませるのではなかろうかと,委員会では考えた。その理由 の一つには,損失と所得を相殺するには2年間で済まない場合もある。多年にわたる繰越 を認めることは,徴税事務を非常に複雑にして徴税費用がかさむ。その点は暫く措くとし ても,果して長期間にわたる損失繰越を行うことにより公正が期待できょうか。次例の示 す通りにこれに対す解答は否定的である。
こ\に2人の納税者,CとDがいる。彼等はともに,ある年に5,000ポンドの損失が生 じて,この金額が繰越された。Cは翌年6,000ポンドの所得があり,5,000ポンドを控除さ れて,1,000ポンドが課税標準となる。損失繰越によるCの節税額は以下のようになる。
6,000ポンドに対す連邦税額……1,087ポンド14シリング8ペンス 1,000ポンドに対す連邦税額…… 47ポンド19シリング9ペンス
5,000ポンドの損失繰越価値……1,039ポンド14シリング11ペンス。 1 Dは第2年目に1,000ポンド,第3年目に2,000ポンドの所得があったが損失額に達しない ために両年度とも非課税となり,第4年目の所得3,000ポンドに対しては,損失残額の2,0 00ポンドが控除されて1,000ポンドが課税標準となる。損失繰越によるDの節税額は以下 のようになる。
2年目の1,000ポンドに対す連邦税額……4了ポンド19シリング 9ペンス
3年目の2,000ポンドに対す連邦税額………149ポンド5シリング11ペンス 4年目の3,000ポンドに対す連邦税額………303ポンド18シリング6ペンス 実際は1,000ポンドに対す納税が行われたから……47ポンド19シリング9ペンス その年の節税額………一・・………・・…・255ポンド18シリング9ペンス 5,000ポンドの損失繰越価値………一・……453ポンド4シリング5ペンス。
以上の設例で示されているように,損失繰越制度は,課税のために存在する不公平を匡 正するための有効な手段ではないことが了承できる。のみならず先にも触れたように,実 際に損失が計上される件数は極めて謹少であり,現実には,納税者の所得に激しい変動が 生じても正の範囲内に留まる場合が殆どであろう。こう考えてくると,損失繰越がすべて の納税者に適用されることは,余り多くないであろうし,また適用を受けた者が公正な取 扱いを受けたとは言い難いから,この制度を拒絶した委員会の結論を首肯できる。
3
委員会の答申は,5年間の所得を平均化する課税法であった。その方法は次のように行
われる。
、(1)課税の行われる前年の所得と,それに先行する最長4年間の所得脅通算して,その 合計額を5で除した商を平均所得とする。
(2)平均所得に対す課税額を算出した後に実効税率を割り出し,前年度の所得にこの実 効税率を乗じた額が今年度の納税額となる。
第2表 平均課税と年次課税の比較(1)
年
A度
1
23
4 56 7 8 9 10 11 12 13 14 15
B年次課 税所得
(或いは
5年間 末渦)の 総所得損失 4,533 3,853 4,401 4,523 6,645 損失5,115 601 5,411 7,393 22,207 24,558
ポンド 14,818 6,496
608 311
C平 均 所 得
ポンド 14,818 21,314 21,922 21,891 26,424 15,459 13,364 17,279 23,955 14,307 41,055 12,055 14,935 30,497 60,1了0
ポンド 14,818 10,657 7,307 5,473 5,285 3,092 2,673 3,456 4,791 2,861 2,211 2,弔3 2,987 6,009 12,034
D E 平 均 法 繍耀す1(納税額B)×(D)
%
77.43 67.70 57。87 40。14 38.93 24。90 22.22 27.23 35.77 23。43 19.27 20.56 24.23 44.哲 71.66
F G 年 次 法
実効税率1(納税額B)×(F)
平均年次所得
6,727
ポンド
4,781 1,832 131
735 400 407 513 990
48
464
746
4,084 7,332
%
77.43 46.68 9。01
34.13 29。77 33。28 34。06 47.63
8.96 39.74 52。42 85。72 8了.33
ポンド
4,781 1,264
23
644 478 610 642
1,319
22
869
1,615 7,933 8,936
15年間の総計
.22・空63L 29,613
オFストラリヤの平均課税
111
第2表平均課税と年次課税の比較(五)
年
A度
1
23 4 5 6 7 8 9 犯 11 12 13 14 15
B年次課 税所得
5年忌
(或いは
末満)の 総所得 乗ンド
10,444 10,519
4,994 1,687 8,032 9,039 640 4,529 8,927T10,136 12,315
損失6,812 8,43610,915
回忌7,886 平均年次所得6,700
C
平 配 所 得ポンド 10,444 20・963}
25,9571 27,6441 35,6了6 34,271 24,392 23,877 31,167 33,271
ポンド 10,444 10,481 8,652 6,911 7,135 6,854 4,8了8 4,785 6,233
D E 平 均 法
(C)に対す1納税額
実効税率1(B)・(D).
%
66。99
67。11 59。66 49。34 50.77 48.97 36。33 35。73 45。00 47。69 51.88 42.35 47.35 49.99 26。84
ポンド
2,915 2。942 1,241
347
1,699 1,844
9了 6741,674 2,014 2,662
1,664 2,269
「F G
年 次 法実効税率1(納税額B)×(F)・
36・5471 器:1器
34,990 16・968
6・65引 7,3091 5,819 6,6001 6,998 3,394
15年間の総計%
66。99 67.24 37。07 15.91 56。36 61.49 9.21 34。09 60.98 65.91 72.36
58.56 68。51
ポンド
2,915 2,947
771 1121,886 2,316
25
643
2,26了 2,784 3,713
2,058 3,116
22,042 25,553
実効税率は小数点3位で4捨5入
第2表は,委員会で資料として使用した実際の申告所得を例に,答申案による平均課税 と従来の年次課税とのもとでの納税額の算出方法を比較したものである。平均法による納 税額は次のようにして決定される。初年度は前年の所得がすべて課税対象となり,年次法
と全く同じである。2年度になると,初年度と今年度の2年間の所得を合計して,この総 額を2で除した平均額での実効税率を算:定した後,今年度の所得にこの実効税率を乗じて,
2年度の税額が決まる。以下,年度を増す毎に平均化年数が増加して5年度に至る。 6年 度に達すると,初年度の所得が脱落して2年度から6年度までの所得が平均化される。こ の場合に,損失がマイナスに計算されることは,言を侯たない。
第2表の(工)欄は(皿)欄よりも所得の変動が激しい。両者の平均年次所得が殆ど同 一であるにもか\わらず, (1)欄の納税者は年次法のもとではかなり多く納税しなけれ ばならない。いま,この2人の納税者の平均年次所得を合計して2で除すると6,714ポンド
となる。この金額を両者が安定的に稼得していれば,両人の15年間の納税総額は39,005ポ ンドとなる。安定所得による納税額を100として相対比率を求めれば,年次法では141.4,
平均法では114。1となる。かくの如く,平均課税を採用しても変動所得者は安定所得者よ りも未だに1割程度過納させられるが,負担の幅は相当減少する。この間の事情を更に詳 細に検討した結果が第3表および第4表である。
第3表は,委員会で検討の対象となった50例の所得申告書より,特に所得の変動の激し い12例を選び出して,それに若干の修正を加えて作成されている。この所得状態に各種の 課税法による納税総額を算出した結果は,同表の示す通りである。こ、にいう各種の課税
第3表 各種の課税法による税額
年
度
1 2 3
4・
5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
総 計
平均年次所得
納税総額
A礫損失
ポンドポンド
72−
13−3− 222−
115一
72−13−222−
3−115一
850 一
85ポンド
ポンドシリペン
年次法・21150
ングス損失繰越法
平均法
安定所得課税
21150
19194 20010G
年膜離損失
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
1ポンドポンド
12,611 −12・629−
11・248 −
422 −
2,008 一 2,259 − 160 − 1,132 − 2,232 − 2,534 一 3,079 一 一1,703
2,109 2,729
B離撒
ポンドポンド
141 −
ー572
655 − 558 − 340 一 388 一
一246 −572
141 − 655 一 558 一
3,436 1,390
186ポンド
ポンドシリペン
ングス
120185
6808
83141053153
H灘損失総 計
平均年次所得
納税総額
年次法
損失繰越法 安定所得課税平均法
ポンドポンド
一1,494 4,826 − 2,556 − 1,883 − 1,871 一 2,454 − 2,600 − 3,871 − 2,932 一 一2,41了
一622
1,460 一
一4,862 一 一5,652 一
一 一 1,224 一
25,152 1,703 1,6了5ポンド ポンドシリペン
ングス 2,10104
36,191 4,533 2,111ポンド
1,95091113,481125 1,8086312,678119
1,547 5 102,457 8 9
ポンド
T留
4,302 18 10
C灘撒
ポンドポンド
156 一 670 −
一570
563 − 722 一 308 一 浴6 一
一570
D灘嶽
6了0 −
563「
ポンドポンド
203 − 579 一25 − 了59 − 434 一 203 − 579 −25 − 759 − 434 一
3,808 1,140
267ポンドポンドシリペンス
ング
・139157
921 3
10531
4,000 一 400ポンド
ポンド オ三ン
14638 14638
124102
E
灘損失ポンドポンド
442 −ー 53 831 一 1,109 一
一 82 892 一30 −
1,300 一 669 − 275 一 119 一
5,667 135
F
礫損失ポンドポンド
1,302 一 636 −
一882
347 一21 − 717 − 715 − 420 − 702 − 143 一 442 − 873 − 1,330 − 1,403 − 1,088 一
10,139 882
503ポンド 647ポンド
75 19 2 127 19 2
ポンド シリ ペン1ポンド シリ ベン
ングス
ングス
I J 灘損失1灘損失
ポンドポンド
3,856 −
2,922
3,789 − 2,529 − 4,484 一 3,924 − 4,563 − 3,107 − 3,982 −
531 一
ポンドポンド
5,642 − 2,132 − 1,659 − 4,349 − 5,112 一 4,131 − 3,855 − 5,281 一 一1,719 1,936 一
1,894 −5,170 4,831 −10,519 4,273 −40,352 1,676 − 5,642 5,525 − 2,132
51,886 一167・9121・719 3,459ポンド4・,413ポンド
ポンド シリ ペンポンド シリ ペン
ングス ングス
6,56872 6,56872 5,90187 5,89163
12,44710 0 12,312 2 0
9,56065
9,19915 0
2571711
251 83
20249 19246
47了1710
44595 40435
349125
K灘損失ポンドポンド
一5304,417 −
8,311 − 11,087 一
一817
305 −
8,915 − 13,003 − 6,686 − 2,754 一 1,195 一
56,673 1,347 5,030オミンド
:L灘損失
ポンドポンド
ー4,482
14,478 7,779 5,649 5,614 7,361 7,800 11,613 8,796
一7,252 一1,867
4,380 14,587 16,957 3,672
108,686 13,601 6,339ポンド
ポンド シリ ペン・ ポンド シリ ペン
ングス ングス
13,746 9 10
13,39095 9,34538
8,599 1了 10
28,778 11 10
24,240 7 819,499 19 10
18,097 3 9
オーストラリヤの平均課税
113
法とは,年次所得のみを対象とする年次法,損失を一定期間繰越して所得を相殺する損失 繰越法,委員会の答申案による平均法,並びに期聞内の所得が毎年均等であると仮定した 安定所得(平均年次所得)に対して年次課税を行う方法の四法である。これ等異る課税法 のもとにおける納税総額は,12例中11例まで安定所得への課税が最少であり,次いで平均 法が少い。
第4表安定所得課税による税収額と各種課税法による税収額の比較
A B C D E F G H
I J
K L
所得稼得 年 数
10 11 10 10 11 15 14 15 15 15 11 15
平均年次所得
ポンド
85
186 267 400 503 617
1,675 2,111 3,459 4,413 5,030 6,339
年 次 注
ボンド
T
21 15 120 18 139 15 146 3 257 17 477 1了 2,101 0 4,302 0 6,568 7
12,447 10
13,746 928,788 11
穿
0 5 7 8 11 10 1 1 2 0 10 10
各種課税法による
税収額 69,08962
損失繰越法 平 均 法
ポンド
T穿
21 15 68 92
146
251
4451,950 3,481 6,568 12,312 13,390 24,240
0 1 3 8 9 9 12 7 2 9 7
0 8 3 8 3
511
52 0 5 8
62,968 6 10
ポンド
ソ穿
19 19 4 83 14 10 105 3 1 124 10 2 202 4 9 404 3 5 1,808 6 3
2,678 11 9
5,901 8 7 9,560 6 5 9,345 3 8
19,499 19 10
49,733 12 1
課 税安定所得
ポンド
T究
20 0 10 53 15 3 75 19 2 127 19 2 192 4 6 349 12 6
1,547 、 5 10
2,457 8 9 5,891 6 3
9,199 15 0 8,599 17 10
18,097 3 946,612 8 10
1相対比率」
148.22 135・・g1 1・6・7・i 100
第3表の設例で損失繰越法による納税額が平均法のそれよりも安定所得による納税額に 近い数字を示しているのは,BとCの2件のみである。両者は損失総額が所得総額の3割 以上に及んでいる。この設例のみから結論を出すのは些か危険を伴うかも知れないが,一 応本稿の第2節と照らし合わせて,損失繰越法が有効であるのは極く限られた場合のみで
あると言えよう。
第4表は第3表より各納税者の平均年次所得と,それぞれの課税法による納税総額を抽 出して,更に12人の納税総額を合計した期間内の税収額の比較である。いわば第3表が微 視的観点に立っているのに対して,第4表は巨視的観点に立っていると言える。第4表で 基準となるものは,安定所得への課税総額を合計した46,612ポンド8シリング10ペンス である。この額を100として,他の課税法による税収額との比率(相対比率)を求めれば,
第4表で示されるように,年次法では148強,損失繰越法では135強,平均法では107弱と なる。かように平均法は,安定所得課税に非常に近い値を生じる利点がある。
第4表の所得稼得年数には,単に所得のみならず損失の生じた年も含まれている。12人 の納税者の所得稼得年数は10−15年で,平均して13年になる。かく長期間にわたって所得 の変動がある1ダースもの納税者の税額に水平的平等が達成される点から,税率を移動さ せる平均法が極めて効果的であると結論された。次いでこの結論に基づいて,平均課税の 適用は単に第一次産業生産者の所得だけではなく,所得頬面者全員を対象とするように勧 告が行われた。
確かに税収額を中心に考えれば,答申した平均法は安定所得課税と比較して,最:も効果 が大きい。しかし,納税者中心に観点を移動させるならば,各人の間に,かなりの格差が 生じることは否めない。次にAからしまでの納税者の個人別相対比率を調べてみるとA;9 9.6,B;155.9, C;138.4, D;97.3, E;105.2, F;115.6, G;116.9, H;109.0,1;
100.0,J;103.9, K;108.7, L;107.8となる。 BとCの相対比率がかなり大きいが,そ の理由は各々総所得の約4割,約3割というようにかなり大きい損失が生じている点にあ ると思われる。また約15パーセント近い格差が生じているFとGは,総所得対損失がそれ ぞれ8.7パーセント,6.8パーセントとなっている。総所得対損失の比率は,H:と:しでは更 に大きく,共に12.5パーセントであるが,相対比率は共に10パーセント以下である。以上 の事例から,損失比率の絶対額が3割以上の場合はとも角, 1割程度の場合には所得と損 失の型態により平均課税の効果に相当の差が生じてくると言えよう。
なおオーストラリヤでは平均課税の実施に当って,所得が永久的に減少している納税者 の場合に,次のような救済策を附加した。即ち,ある納税者の特定基準年度の所得が,平 均課税所得(平均化に際しては減少した所得もふくめる)の3分の2以下に減少したこと
を証明した場合には,その年度は,いま〜で平均課税が行われなかったものとして取り扱 われる。かくして,この納税者はその年度においては平均課税の適用は受けられないが,
以後の年度では,この減少した所得額を新たな基準として平均課税が始まる(吉国二郎編
「前掲書」142頁,拙稿「経営と経済』85号所載,1960年『平均課税の一考察』175頁)。
4
以上でオーストラリヤに平均課税が導入される動機と平均課税が必要とされる理由並び に平均化の方法について概観した。それを整理してみると次のようになる。オーストラリ ヤでは1920年頃においては第一次産業の占める比率が産業構造上でかなり高かった。第一 次産業はその悔如上・天候等の自然条件に左右され・そのため該産業の生産者は所得が変 動しがちである。この変動所得に累進税が課せられると,長期的に観察した場合に水平的 平等が達せられない。水平的平等を達成するためには,所得の平均化が行われなければな らない。では,所得の平均化が如何にしたら有効になされるか,ということが,委員会の 直面した聞題であった。
確かに,所得の平均化なる課題を解決しようとする同委員会の積極的な態度には,大い
オF一ストラリヤの平均課税
115
に学ぶべきものがあるか,しかしながら彼等の問題とした水平的平等は更に奥深く掘下げ られて,課税所得の定義にまで進むべきであった。垂直的平等とは異り,水平的平等は比 較的たやすく達成できるように思われるが,現代の経済組織が錯綜しているために,所得 はいろいろな形で,多くの異るルートを通って生じる。それゆえ,水平的平等の達成には 変動所得の救済のみならず,所得の厳格な定義化が必要である。 Henry C. Simonsの Pθ7so%α1動oo〃¢67「僻α ♂o%, Chicago,1938。は,先づ最初に所得を厳格に定義して,然 る後に所得の平均課税を提唱している。William Vickreyはサイモンズの提案を更に精 細に検討した後で,利子率を加えて平均化する累積平均法を, 五g醗磁和7Pγog76∬勿θ 露髄α渉ゴ。%,New York,1947。で提案した。水平的平等の達成にはサイモンズやヴィクリ イ等の執った道が最も肝要であり,オーストラリや委員会は,この点で非常に片手落であ った。次に税率移動平均法そのものにつき簡単な批判を企て\みる。
第3節でみたように,オーストラリや委員会の答申した平均課税は税率移動平均法であ る。同委員会ではこの課税法が比較的簡単な方法であるとして推奨しているが,果して実 際にそうであろうか。納税者は数年聞(5年以内)の所得を全部加えて平均化年数で除し て平均額を求め,次いでその金額に対す税額を算定した後に実効税率が割り出される。更 にこの実効税率を前年の所得に乗じて今年度の納税額が決定する。この方法は,かなり複 雑であり決して簡単であるとは言えない。
委員会の試算によると,税率移動平均法は,安定所得課税法に最も近い値を得ているが,
W.A.スティージャの計算によると,反対に年次課税に最も近い納税額になる。スティー ジャは,ウィスコンシン州の所得税申告書を資料として統計的に各種の平均課税について 吟味を行なった。その結果では税率移動平均法による税収総額は,年次法と比較して1パ ーセント程度しかの差が生じない(Wilbur A. Steger, Averaging Income for Tax Pur−
poses,ハ碗Jo%01 T8κル%7%α乙VoL I X,pp.106−114.拙稿r前掲論文』168−171頁参照)。
かようにオーストラリや委員会と,スティージャの結論とにはかなりの差があるので,何 れ機を見てモデルを設定してこの点を確かめてみたい。但し,スティージャの計算は 1929−35年の所得に対してなされている。周知のように,この時期はアメリカ合衆国に不 況の荒波が押し寄せた時であり,例えば1933年のウィスコンシン州の納税者の所得は 1929年のそれと比較して半分以下に減じた。このようにスティージャの設例では単なる所 得の変動ではなく,所得が逐年急激に減少していた場合である。そこに,オーストラリや 委員会の試算とスティージャの計算とにかなり大きい差が生じた一因があるように考えら れる。オーストラリや委員会の答申では,第3節の末尾に述べた永久に所得が減少する納 税者の救済策は考慮されなかったから,第3表の設例では単なる税率移動平均法のみ適用 されている。なお,税収額が平均法では,年次法と比較して非常に少くなったが(委員会 試算の場合), この点は所得の定義を厳格にして,資産処分の売買益である譲渡利得を所 得税の対象とすれば,ある程度の補足が可能であろう。また,絶対的に収入が不足するな
らば,税率を高くすれば増収が容易である。
税率移動平均法は,代数式による複雑な計算:を要していたために,その後,次第に不満 の声が納税者間に募り,1938年に廃止された。、しかしながら,この方法による平均課税は 現在でも農業所得には適用されている。尤も,平均課税を受けるか否かは,現在では納税 者の自由意志に委されている(吉国二郎編『前掲書』140−142頁)。農業所得にのみ平均 課税が適用されている理由は,既に述べたように特にこの部門では所得の変動が激しいか らである。この点からみても,オーストラリヤの平均課税はその出発点から,その精神か ら,その実施から,すぐれて変動所得の救済にあったと言える。
附記 本稿は,昭和37年度文部省科学研究費交付金(個人)による研究の一部である。