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ベイズ的推論の支援に関する構成法的研究
弘前大学大学院 学校教育専修 学校教育専攻 教育心理学分野 10GP101 五十嵐 馨
目次
1.問題と目的
1-1.ベイズ的推論について
1-2.ベイズ的推論の支援に関する先行研究
1-3.ガニエの「学習」の観点と伊藤で得られた知見との関連性 1-4.目標を達成する方法―構成法について―
1-5.実際に用いる具体的支援について 1-6.本研究で用いる同型的図式表現について 1-7.確率面積図の構造
1-8.確率面積図を用いてベイズ型推論課題を解くメリット 1-9.「確率面積図」をどのように伝えるか
1-10.確率面積図を理解し使えるようになるためのテキスト作り
1-11.本研究における構成法的要因と,先行研究に対する本研究に位置付け 1-12.具体的に目標値を満たしていたかをどうかをどう評価するのか 1-13.本研究中でのベイズ型推論課題の定義
2.方法
2-1.調査Ⅰ 前提値を満たした被験者の選択 2-1-1.手続き
2-1-2.問題の内容 2-1-3.結果
2-2.調査Ⅱ 目標値を満たすための本実験 2-2-1.テキストの構成について
2-2-2.課題の設定について 2-2-3.冊子の完成
2-2-4.本実験の手続き
3.結果
3-1.課題問題の正答率
2 3-2.本実験の個人の結果の詳細
3-3.不正解者についてのまとめ 3-4.正解者についてのまとめ
3-5.すべての被験者についての総合的なまとめ 3-6.感想から得られたフィーバックについて
4.考察
4-1.山本(1994)と比較して
4-2.伊藤(2008・2009)と比較して
4-3.本実験において目標値を達成させた要因について
4-4.本研究で用いた構成法的要因が,目標値である「3次的量化の段階ⅢBまでの操作を可能に
し,ベイズ的推論を可能にすること」を達成させることができたといえるのかについて
4-5.今後の課題
5.引用文献
6.付録(本研究で用いた事前調査と本実験用の冊子本体)
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1.
問題と目的1-1.ベイズ的推論について
我々は日常生活において,さまざまな「意思決定」を行っている。意思決定(decision making) とは,形式的に述べると,ある複数の選択肢(alternative)の中から,1つ,あるいはいくつかの選 択肢を選ぶこと (竹村,1996)とされる。日常生活は,意思決定の連続である。たとえば,朝食を パンにするかご飯にするかといったことや,トイレに行くこと,転職を決め,仕事を辞めること まで,すべて意思決定である。
意思決定は,選択するとその出来事が確実に起こる状況で行われるものだけでなく,起こるか どうかが不確実な状況で行われることもある。不確実な状況において,我々は状況から与えられ たさまざまなデータから,「きっと…だろう」,「おそらく…だろう」と,選択肢についての確から しさを推測する。例えば,虫歯がひどく,歯医者に行くかどうか迷っているときは,「虫歯の進行 がひどいので,歯医者に行くと高い確率で抜歯されてしまうだろう」と考え,歯医者に行くかど うかの判断材料にする。推理小説を読んでいるときに,「ある事件の犯人が,彼である確率」を考 えるときは,候補の人物の動機やアリバイから確からしさを推測するだろう。このようにデータ から推測した確からしさを数学的に定式化したものを確率(probability)と呼ぶ(市川・下條,
2010)。
与えられたデータから確率をより適切に読み取れることは,不確実な状況においてより適切な 判断をするために重要なことである。
歯医者に行くかどうかを「抜歯される確率」で判断したり,雨が降りそうなので傘を持ってい くかどうかを「天気予報で予報された降水確率」で判断したりと,我々は,日常的に確率を用い て選択肢の確からしさを判断している。
しかしながら,我々は必ずしも与えられたデータを正しく読み取れているわけではない。デー タの読み取りに失敗し,確率の判断を誤ることもあるだろう。
我々が与えられたデータから確率を読み取る際に,かなりの頻度で直観的には誤った読み取り 方 を す る こ と を 実 証 し た も の に ,Tversky&Kahneman(1980) の 研 究 が あ る 。
Tversky&Kahneman(1980)は,「タクシー問題」という確率推定の問題を用い,被験者に推論
させたところ,ほとんどの被験者が正解とは違う確率を推論したことを明らかにした。
タクシー問題は,
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ある町でタクシーによるひき逃げ事件が起こった。
その町にあるタクシーは
85%が緑タクシーであり,15%が青タクシーで占めら
れている。ひき逃げ事件には目撃者がおり,目撃者は「青タクシーがひいた」と証言した が,目撃証言の確かさを検証したところ,目撃者は
80%の確率で正しく色を判断
できるが,20%の確率で色を誤って判断することが分かった。この目撃者の証言のもとで,実際に青タクシーが犯人である確率はいくらか。
といった内容の問題である。
タクシー問題は,一般に「ベイズ型推論課題」とよばれ,ベイズ型推論課題は,「ベイズの定理」
と呼ばれる数学定理を用いて解くことができる。
ベイズの定理とは,形式的には,ある仮説A の正しさに対する事前確率P(A)と,その仮説 のもとで,あるデータB が得られる条件付き確率P(B|A)とから,逆に,あるデータBが得 られたもとでその仮説の正しさである事後確率P(A|B)を求める数学的規定である(市川,1997)。 式としては,
P(A|B) = P(A)・P(B|A)
P(A)・P(B|A) + P(A)・P(B|A) ・・・(1)
(このとき,A=1-A)
と表される。
この定理を用いると,タクシー問題の解は
P(青タクシー|証言が正しい)
= P(青タクシー)・P(証言が正しい|青タクシー)
P(青タクシー)・P(証言が正しい|青タクシー) + P(緑タクシー)・P(証言が正しくない|緑タクシー)
=
100 ×15 80 15 100
100 × 80
100 + 85 100 × 20
100
= 12
29 ≒ 0.41%
となる。
ベイズの定理から,タクシー問題の正しい確率判断は,「実際に青タクシーが犯人である確率は
41%程度である。」ということになる。しかし,Tversky&Kahneman(1980)の研究における多
くの被験者は,「青タクシーが犯人である確率は80%である」と答えたという。
Tversky&Kahneman(1980)や市川(1997)は,このような現象が起こるのは,証言の確か さ(80%)のみに注意が行き,もともとのタクシーの割合,すなわち事前確率を解答者が考慮に
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入れていないからであると説明している。またこの現象は一般的に「事前確率の無視(neglect of
posterior)」と呼ばれている(Tversky&Kahneman,1980:市川・下條2010:伊藤,2008他)。
市川(1997)は,ベイズ型推論課題においてみられるこの種の誤りは日常生活レベルで起きて いることであると指摘する。
事前確率の無視のようなデータの誤った読み取りは,適切な判断を失敗させる上に,かなりの 人が起こすことが知られている。これを克服するためには,ベイズの定理を用いてデータから確 率を推論できること,すなわち「ベイズ的推論」ができるようになる必要がある。
ベイズ的推論は,我々が確率を推論するときに使う1つの手段である。ベイズ的推論ができ,
適切に選択肢の価値を把握できる可能性が高くなるということは,確率についてデータの誤った 読み取りを減らすことができるということにつながり,より適切な判断を可能にするので重要で ある。
そこで,本研究では,ベイズ型推論課題を解くことができることを研究目標とする。
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1-2.ベイズ的推論の支援に関する先行研究
伊藤(2008)は,我々がベイズの定理を用いる確率推論問題(以下ベイズ型推論課題)を解決 するための要因は「パフォーマンス要因」と「コンピテンス」からなるとし,ベイズ型確率推論 問題において,課題解決におけるコンピテンスとパフォーマンスを区別している。コンピテンス
(competence)とは,能力や,有能感,その他さまざまなものを含むものとして多義的に用いら れているが,伊藤(2008)は,「課題解決に必要不可欠な知的操作の獲得水準」としており,「課 題解決にあたっての実際の遂行水準のこと」をコンピテンスとしている。またパフォーマンス要 因とは,「課題解決者の既有知識や,課題の親近性,文脈」などであるとし,ベイズ型推論課題の 解決は,コンピテンスと知的操作の作動に様々な形で影響すると思われるパフォーマンス要因に よって決まると考えられるとした。この「コンピテンス・パフォーマンス要因説」を踏まえて,
伊藤(2008)は,先行研究の問題点として多くの研究がパフォーマンス要因を操作することによ ってベイズ型推論課題を解決可能にしようとする研究であったが,パフォーマンス要因の操作で 課題が解決可能になると想定したKoehler(1996)の作成した「予防接種問題」を用いた伊藤(2006)
の研究でも,被験者のベイズ型推論課題の正判断率は 22%~35%であったことを確認しており,
パフォーマンス要因による解決要因を探す以前に,そもそも被験者にはベイズ型推論課題の解決 に必要なコンピテンスが備わっていたかが分からない点を指摘し,パフォーマンス要因を追求す る前に,まずコンピテンスとしての知的操作の水準を解明する必要があると主張した。
伊藤(2008)は,ベイズ型推論課題のコンピテンスは,確率量化に関わる知的操作であるとし た。確率量化とは,確率に関する四則演算を知的操作の水準に従って階層的にとらえたものであ る。伊藤(2008)は,確率量化の知的操作の水準を,1次的量化(操作),2次的量化(操作),3 次的量化(操作)の3段階に仮定した。1次的量化は,単純にある1つの事象が起こる確率を示 したり,確率同士を足し算したりする操作までを指す(例えば,サイコロを振ったとき,1 の目 が出る確率や,1の目が出る確率と2の目が出る確率をあわせた確率など)。2次的量化は,1次 的量化で得られる確率に対して,さらに確率同士の単純な乗法的合成操作を適用するときまでを 指す(例えば,サイコロを同時に2個振って,両方とも奇数の目が出る確率など)。3次的量化は,
2 次的量化で得られた確率を,除算でさらに量化するとき,その操作を3次的量化と呼ぶ(例え ば,サイコロを2個同時に振ったとき,少なくとも一方のサイコロの目が4だったとき,もう片 方のサイコロの目も4である確率など)(確率量化操作の段階については図1参照)。
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1次的量化・・・ 確率同士の足し算まで a , a+b サイコロを振って,1の目が出る確率は,𝟏
𝟔
サイコロを振って,2か4の目が出る確率は,1
6+1
6
2次的量化・・・ 一時的量化にさらに乗算の操作が加わる a×b , a×b+c×d サイコロを2回振って,両方1の目が出る確率は,𝟏
𝟔
×
𝟏𝟔2つのサイコロを同時に振ったとき,少なくとも一方のサイコロの目が4となる確率は 1
6×1
6 + 1
6×5
6 + 1 6×5
6
3次的量化・・・ 2次的量化にさら除算の操作が加わるが入る a×b
a×b+c×d
サイコロを2回同時に振ったとき,少なくとも一方のサイコロの目が4だったとき,もう一方 のサイコロの目が4である確率は
16 ×1 1 6
6 ×1
6 + 1
6 ×5
6 + 1 6 ×5
6
図1 確率の1~3次的量化の水準
ベイズ型推論課題は,ベイズの定理が構造的に3次的量化までの量化操作すべてを含むため,
コンピテンスとして確率の3次的量化を必要とすることになる。
そこで,伊藤(2008)はベイズ型推論課題が解けるためにはコンピテンスとして3次的確率量 化の操作までの操作が可能である必要があるとし,被験者に,これらのコンピテンスとしての知 的操作の水準がどの程度備わっているか,またコンピテンスは発達段階的に成長するものである という観点から,被験者を中学生と大学生に設定し,被験者のこれらの確率量化能力を測定した。
被験者数はそれぞれ中学生33人,大学生48人であった。
設問は,被験者の予断や先行経験の影響を受けにくくするため,課題内容はできる限り単純化 し,文意を誤解する可能性の少ない課題を提出し,被験者の確率量化の水準がダイレクトに結果 に反映されるように配慮された。
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結果は,3次的量化問題で正答できたのは,中学生は一人もおらず(33人中0),大学生でも全
体の8%程度であった(48人中4人)。また,2次的量化問題においては,正答できたのは,中学
生においては全体の12%であり(33人中4人),大学生では75%程度であった(48人中36人)。
このうち,3次的量化問題ができて2次的量化問題ができないものはいなかった。
伊藤(2009)では,伊藤(2008)の結果を踏まえて,さらに明確に確率量化のコンピテンスを 測定できるように問題を見直し,同様に測定を行った。また,想定していた確率量化の段階も見 直し,確率量化の境目を明確にした発達段階理論を示した(表1)。
表1 確率量化操作の発達段階の理論的想定(伊藤,2009)
段階 確率得量化操作の水準
段階0 確率量化以前
段階Ⅰ(1次的量化)段階ⅠA 段階ⅠB
基本的な1次的量化が可能 加法合成を伴う1次的量化が可能 段階Ⅱ(2次的量化)段階ⅡA
段階ⅡB
基本的な2次的量化が可能 加法合成を伴う2次的量化が可能 段階Ⅲ(3次的量化)段階ⅢA
段階ⅢB
基本的な条件付き確率の量化が可能 ベイズ型条件付き確率の量化が可能
被験者数は中学3年生32名,大学生54名で行い,結果は,3次的量化の段階においては伊藤
(2008)とほぼ同等の結果が得られたが,2次的量化の段階においては,加法合成を含む2次的 量化問題の正答率が,大学生でも43%程度であり,大学生の約半数でも段階ⅡBにとどまってい ることが分かった(表2)。
表2 伊藤(2009)の調査における結果(伊藤,2009を参考)
段階 確率得量化操作の水準 正解した被験者数(カッコ内は%)
段階0 確率量化以前
中学生 8/32(25.0)
大学生 0/54(0.00)
段階Ⅰ(1次的量化)段階ⅠA 段階ⅠB
基本的な1次的量化が可能 加法合成を伴う1次的量化が可能
23/32(71.9)
5/32(15.6)
53/54(98.1)
40/54(74.0)
段階Ⅱ(2次的量化)段階ⅡA 段階ⅡB
基本的な2次的量化が可能 加法合成を伴う2次的量化が可能
5/32(15.6)
5/32(15.6)
42/54(77.7)
23/54(42.6)
段階Ⅲ(3次的量化)段階ⅢA 段階ⅢB
基本的な条件付き確率の量化が可能 ベイズ型条件付き確率の量化が可能
0/32(0.00)
0/32(0.00)
21/54(38.9)
11/54(20.4)
9 伊藤(2008,2009)からは,
①大学生でもベイズ型問題を解ける 3次的量化操作の水準のコンピテンスを備えているものは ほとんどおらず,2次的量化と3次的量化の達成度に大きな隔たりが見られる。
②3次的量化問題ができていて,2次的量化ができていない者はおらず,2次的量化問題ができ ていないものは,3次的量化問題もできないという結果から,3次的量化操作ができるようになる ためには,2次量的量化操作の能力が必要である可能性が高い。
③大学生の約半数でも段階ⅡBにとどまっている。
という知見が得られた。
そこで本研究では,「被験者に伊藤(2008,2009)のコンピテンスを満たさせ,ベイズ型推論課 題が解決可能になることを確認すること」を具体的に研究目標とする。
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1-3.ガニエの「学習」の観点と伊藤で得られた知見との関連性
ガニエ(1987)は,新たな上位の知的技能(文字や言語などのシンボルを使って相互交渉する こと)の学習の先行要件について,(1)標的とする知的技能の下位的な知的技能を先行して学習 していること,(2)それらの下位的な知的技能を「結びつけてまとめること」が可能であること が重要であるとしている。
例えば,ある子どもが「分母の違う分数同士を比べる」という知的技能を学習することを考え たときに,その子がいくつかある方法で「分母をそろえる」,「分母の同じ分数の大小が分かる」
という下位技能を持っていることが先行条件となる。この下位技能をすでに所有していて,しか し「分母の違う分数同士を比べる」という問題解決に「分母をそろえる」ということと「分母の 大小を比較できる」ということを結び付けることを思いついけない場合は,主に「言語」コミュ ニケーションを通して「外的」に助けることができるとしている。
伊藤(2008・2009)の「ベイズ型推論課題を解決可能にするにはコンピテンスが必要である」
という主張は,ガニエ(1987)の下位技能を結びつけてまとめることによって上位技能を習得す るという「下位的知的技能・上位的知的技能」の概念と近い考え方である。
1-4.目標を達成する方法―構成法について―
構成法とは,すでに形成が可能であることが知られている行動の形成要因の寄与率を比較研究 するよりは,むしろ特定の行動がいかなる要因によって形成可能になりうるかを,要因の組合せ によって実際に形成してみることによって,未知の因果関係を見出そうとする方法である(牛島,
1985)。
工藤(1994)は,教授目標の達成をする方法が十分に確立されていないに題材において,構成 法を用いた研究が重要であると述べている。また,構成法のメリットを実際に教授に成功した事 例に関するデータを得られることとしており,学習させたい課題の教授法の発明・発見において 有用な研究法であると述べている。ベイズ的推論は,教授目標の達成方法が十分に確立されてい ない題材である。
構成法的研究では,「前提値と目標値の設定」が重要であるとしている。「前提値」とは,被教 育者が事前に最低限達成できていなくてはならない状態のことを指し,「目標値」とは被教育者が 教育者の働きかけによって達成しなければならない行動の状態のことを指す(牛島,1985)。つ まり,構成法的研究は,「前提値を満たしている対象者に,どのような教授法を用いれば,目標値 が満たされるのか」をデータの蓄積によって明らかにするものである。したがって,確かなデー タを蓄積するためには,前提値と目標値を明確にしておかなければならない。
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構成法においては,ただちに対立仮説およびそれに対応する統制群を持ちえないことが多いの で,仮説を必要にして十分には検証し得ないが,仮説は,「かくかくの教授活動を成せば,しかじ かの課題解決が可能になる」という形式を持つことから「その教授法なしにも課題解決が可能で ある」という命題が対立仮説となり,これはすでにはじめから否定されていると考えることがで きる。(宇野,1995)。
宇野(1995)は,構成法のメリットとして,比較研究法における,「多くの条件がその形成に 関係しているような行動についての研究には不適である」,「統制群を作ることは特定の被験者を 不利な状態に置くので統制群を設定できない場合がある」などの弱点を持たないという点を挙げ ている。
この点について,伊藤(2008・2009)の知見から,ベイズ型推論課題を達成可能としようとす る研究は,さまざまな要因からベイズ型推論課題の解決を試みられているが,いまだに決定的な 要因がなんであるか絞り切れていない,3 次的量化までの操作が達成できているデータがほとん どないことから,コンピテンスが本当に3次的量化であるかどうかが絞り切れていない,要因を 絞り切れていないのに,統制群を置くことの意味が薄いことから,ベイズ的推論を可能にする支 援を研究には,構成法を用いるのが適しているといえる。
なお,構成法的研究法においては,明らかな形での統制群は置いていないが,前提値を満たし ているという条件で被験者を選んでいることから,まったく統制をしていないわけではない。
前提値と目標値は,ガニエ(1987)の「下位的知的技能・上位的知的技能」の概念とリンクす る考えである。下位的知的技能を結びつけることを外的に助け,上位的知的技能の学習を助ける ことと構成法は,どちらも前提値を満たしている者に外的に支援(教育)をすること目標値を満 たそうとするという点において類似する概念である。
このことは,伊藤(2008・2009)でえられた知見に近い。
伊藤(2008・2009)で得られた知見の,②はガニエ(1987)の説の裏付けになっており,2次 的量化操作は 3 次的量化操作の下位的知的技能であるといえる。また①で述べているとおり,2 次的量化と3次的量化の間に大きな隔たりがあることから,本研究では3次的量化操作に対して の前提値が「2 次量的化操作が可能であること(特に段階ⅡB について)」であり,目標値は「3 次的量化操作の段階Ⅲが可能になること」としてとらえ,前提値から目標値を達成することを目 的とした,構成法を用いたベイズ的推論を可能とする支援の方法を探索的に検討する研究とする。
これらのことから,本研究では,
伊藤(2009)の「2次的量化の段階ⅡBまでの操作が可能であること」と,ガニエ(1987)の
「下位的知的技能」の概念を「前提値」とし,また伊藤(2009)の「ベイズ型推論課題のコンピ テンスとして3次的量化の段階ⅢBまでの操作を可能であること」と,ガニエ(1987)の「上位 的知的技能」の概念を「目標値」と定義し,目標値を「3 次的量化の段階ⅢB までの操作を可能 にし,ベイズ的推論を可能にすること」とする。
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1-5.実際に用いる具体的支援について
前提値を満たしている被教育者に教育を行い,目標値を満たす,すなわちベイズ型推論課題を 解決可能にするためには,ベイズの定理を理解し,使えるようにならなければならない。そのた めの方法として,同型的図式表現を導入することとした。
・同型的図式表現の導入
同型的図式表現とは,問題と数学的に同じ構造を持った視覚的モデル(市川,1997;市川・下 條,2010)であり,問題を理解し解決するための道具である。
市川(1988,1997他),市川・下條(2010)は,主に円状のルーレット表現(図2参照)を同 型的図式表現として例に出しているが,繁桝(1985),山本(1994)では,面積を 1とした正方 形を用いて表現した同型的図式表現も例示している(図3参照)。
誤って「青」と証言
正しく「青」と証言
誤って「緑」と証言
図2 ルーレット表現(タクシー問題の例図)
正しく「緑」と証言
13 80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
図3面積1の正方形を用いた同型的図式表現(タクシー問題の例図)
市川(1997)は,「ルーレット表現は,ベイズの定理の視覚的表現になっているわけだが,正 解を出すための手続きを単にわかりやすくするだけの道具ではない。どういう条件を変化させる と,解がどのように変化するかを観察して,問題の構造の理解を深めるためのものである(p.124)」 と述べ,ベイズ型推論課題の解決の達成に対して同型的図式表現の有効性を主張している。
・同型的図式表現を支援の道具として用いた研究
同型的図式表現を用いてベイズ型推論課題を可能にすることを目指した研究として,山本
(1994)がある。山本(1994)は,伊藤(2008)の定義するところの「パフォーマンス要因を追 求する研究」である。
山本(1994)は,高校生 78 名を被験者とし,ベイズ型推論課題を解かせた後に解答を同型的 図式表現用いて行い,その後再びベイズ型推論課題を解かせ,被験者の正答率がどのように変化 するかの比較研究を行った。
出題方法は,解説以前にベイズ型推論問題1~5問を出題し,解説後に解説以前の5問と対応す るような類似問題1’~5’を5問出題し,それぞれの設問を比較して正答率がどう変化するのを測定 した。結果として,同型的図式表現を解説した後の解説被験者のベイズ型推論課題の正答率を解 説する以前の被験者より上げることに成功した(表3)が,問題点として
①単純に正答率の差の比較でしか結果を吟味しておらず,解説以前で正答できなかったものが 正答できるようになったかどうかが明らかでない。
②解説後の正答率が,最も高い値をとった設問でも約53%で,最も低い値は約8%と,効果に ばらつきがみられる。
③被験者についても,2次的量化まで操作可能な被験者であったかわからず,3次量化が可能と なる前提値を満たしていたかがわからない状態であった。
正しく「緑」と証言 誤って
「青」
と証言
正しく「青」と証言
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③実際の教授法として何を行ったのかが具体的に報告されていない。
④解説に用いた同型的図式表現もルーレット表現だけであり,なぜルーレット表現を用いたか の説明も明確でない。
といった点があげられる。構成法的研究という枠組みで同型的図式表現を用いるうえでは,この 問題を克服するとともに,支援としての教授法も何を行ったかを明確にして行く必要がある。
表3 山本(1994)における結果(山本,1994を参考)
問題(類似問題) 同型的図式表現による解説以前の問題の 正解者数(カッコ内は%)
同型的図式表現による解説後の類 似問題の正解者数(カッコ内は%)
1(1’)
2(2’)
3(3’)
4(4’)
5(5’)
10/78(12.7)
8/78(10.1)
5/78(6.30)
19/78(24.1)
0/78(0.00)
42/78(53.8)
27/78(34.6)
27/78(34.6)
46/78(46.2)
6/78( 7.7)
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1-6.本研究で用いる同型的図式表現について
同型的図式表現には,主に市川の示したルーレット表現と繁桝や山本の示した面積1の正方形 を用いた表現があるが,本研究では面積1の正方形型の同型的図式表現を用いる事とする。
理由は,
(ⅰ)図は視覚的な情報なので,ゆがんだ図を描いてしまうと返って問題状況を理解しにくく なってしまう可能性を考えた時に,ルーレット表現は円形であり,正確な図を描きにくく,面積 1の正方形のほうが正確に表現しやすいと考えたこと,
(ⅱ)描き方を教えることを考えた時に,システマチックに,決まった手順で教えにくいこと,
(ⅲ)面積1の正方形は,面積の出す計算の仕方,つまり「縦×横」の計算で確率同士の掛け 算を表現することができ,さらに計算結果と確率が対応しているため,答えを出すという目的に 直結している
という 3点が,本研究の目的である図の理解・使用可能になることによるベイズの定理の理解 には適していると考えたからである。
ルーレット表現と面積1の正方形による表現は,視覚的に得られる情報は同じだが,数値を運 用することを考えた時は,面積1の正方形のほうが運用しやすいだろう。運用のしやすさという 観点からみると,ルーレット表現は,市川(1997)の言うとおり,どちらかというとベイズの定 理を用いて計算した後に,計算結果に「納得」するための道具である意味合いが強いと考えられ る。計算の結果を,すでに(何者かによって)完成された図による情報から確かめるためにはル ーレット表現でいいが,問題状況からデータを読み取り,自ら図を作りだし,実際の計算にも応 用することを考えた時は,面積1の正方形のほうが適しているのである。
ルーレット表現は,ベイズの定理を理解しているものが,図に表わそうとしたときであれば描 くことは容易であるが,図をまず描き,そこからベイズの定理を理解しようとする「ベイズの定 理初心者」には,図のイメージと定理が一致していないので,描きづらいものだろう。ルーレッ ト表現は上級者向けであると考え,面積1の正方形を用いることとした。
これから研究者が被験者に学習してもらう面積1の正方形は,市川(1997)や山本(1994)の いう同型的図式表現とは,ベイズ型推論課題を解くための実際の道具とすると考えた時の図の持 つ意味合いや,用いられる際の意図の違いから,本研究では「確率面積図」と名付け,以後ベイ ズの定理の理解のために用いる面積1の正方形は「確率面積図」と呼ぶこととする。
1
-7
.確率面積図の構造16
確率面積図は,ベイズ型推論課題における問題状況を図示したもの,つまりベイズ型推論課 題そのものである。よって,ベイズ型推論課題がベイズの定理で解けることから,確率面積図の 構成要素は,必ず事前確率,条件付き確率が含まれることになる。これら2つが確率面積図のど こに組み込まれているかを,タクシー問題を例に示す。
まず,事前確率は,図4の赤線によって示される横線がこれに当たる。赤線は,緑タクシーと 青タクシーの比率の85%と15%を分け示すものである。
80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
図4 確率面積図におけるタクシー問題の事前確率を示す線
次に,条件付き確率は,図 5の青線で示される縦線がこれに当たる。青線は,目撃者のそれぞ れの色のタクシーにおける正判断・誤判断率の80%と20%を分け示すものである。
80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
図5確率面積図におけるタクシー問題の条件付き確率を示す線
タクシー問題ではどちらの色のタクシー,つまりどちらの場合の条件でも同じ80%で正しく判 正しく「緑」と証言
誤って
「青」
と証言
正しく「青」と証言
正しく「緑」と証言 誤って
「青」
と証言
正しく「青」と証言
17
断できるということだったので,縦に引かれた線はたまたま直線となったが,問題状況によって は,縦の線は直線になるとは限らない。たとえば,タクシー問題における目撃者の色の正判断率 が,緑タクシーでは80%,青タクシーでは50%だった場合は,図6のような確率面積図となる。
80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
50% 50%
図6タクシー問題の条件付き確率を変更した際にできる確率面積図の条件付き確率を示す線
なお事前確率を分け示す横の線と,条件付き確率を分け示す縦の線には順序性があり,縦の線 は,問題状況の場合分けごとに条件付き確率が変わることから,必ず横の線の後でなければ引く ことができない。
つまり,確率面積図は,問題文中からこれら 2つの情報の見つけ方と図を描く際の線の引き方 を課題解決者に教えることができれば,確率面積図を描けるようにすることができることになる。
しかし,確率面積図が描けたとしても,答えを求めるための式が立てられなければベイズ型推 論課題は解けない。式を立てるためには,自分が求める情報,すなわち問題文で求められている 確率面積図においてどの部分に当たるのか,また式を立てる際に確率面積図中のどの情報を使え ばよいのかわかっていなければ,確率面積図の意味を理解し,使えるようになった,つまりベイ ズ的推論をしてベイズ型推論問題が解けるようになったとはいえない。
この問題を解決する方法として,確率面積図に「色塗り」をする方法を考えた。色塗りは,式 を立てるために必要な情報がなんであるかを視覚的にわかりやすく方法である。塗る部分は,問 題状況でわかっている「経験的事実」と,「問題で求められていること」である。
「経験的事実」とは,問題から経験的データが与えられた際の事実で,これはベイズの定理の 式でいえば分母にあたるものである。タクシー問題では,「青タクシーがひいた」ということであ
正しく「緑」と証言 誤って
「青」と 証言
正しく「青」と証言
18
る。「問題で求められていること」とは,文字通り問題で求められていることで,これはベイズの 定理の式でいえば分子にあたるものである。タクシー問題では,「目撃者の証言のもとで,実際に 青タクシーが犯人である確率はいくらか」ということである。これら2つの情報について,経験 的事実を濃い色,問題で求められていることを薄い色と,濃淡をつけた色を塗ることで,式をど う立てればよいか一目でわかるようにした。まず経験的事実にのみ薄く色を塗ったものが図 7で ある。
80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
図7タクシー問題の確率面積図中の経験的事実に薄く色を塗ったもの この薄い色で表されている確率を式にすると,
(正しく「青」と証言)+(誤って「青」と証言)
= 15 100× 80
100 + 85 100× 20
100 と表せる。
次に,問題で求められていることのみに濃く色を塗ったものが図8である。
正しく「緑」と証言 誤って
「青」
と証言
正しく「青」と証言
19 80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
図8タクシー問題の確率面積図中の問題で求められていることに濃く色を塗ったもの
この濃い色で表されている確率を式にすると,
(正しく「青」と証言)
= 15 100× 80
100
と表せる。
経験的事実と問題で求められていることは,ベイズの定理の構造上必ず同じ部分に色を塗るこ とになる。よって,一つの確率面積図にどちらの情報についても色を塗る場合は,図9のように なる。
80% 20%
85%
15% 誤って「緑」と証言
図9経験的事実と問題で求められていることに色を塗ったタクシー問題の確率面積図 正しく「緑」と証言
誤って
「青」
と証言
正しく「青」と証言
正しく「緑」と証言 誤って
「青」
と証言
正しく「青」と証言
20
図9のように色を塗り,有色部分すべてを分母(すなわち経験的事実),濃い色の部分を分子(す なわち問題で求められていること)とし,式を立てると,
正しく「青」と証言
正しく「青」と証言 + 誤って「青」と証言
=
100 ×15 80 15 100
100 × 80
100 + 85 100 × 20
100
= 12 29
となり,ベイズの定理を用いて答えを導き出せるようになる。
確率面積図を描けるようになるだけでなく,このように色を塗ることができるようになること によって式を出し,ベイズの定理と同じものを引き出せるようになる,つまりベイズ的推論が可 能になるのである。
よって,「課題解決者が自らベイズ型推論課題から確率面積図を描きだし,色を塗り,式を立て 答えを導き出せるようになること」を,ベイズ型推論が可能になること,すなわち目標値の達成 とする。
1
-8
.確率面積図を用いてベイズ型推論課題を解くメリット1.分母を明示している
確率面積図は,与えられた問題場面で起こるすべての確率が視覚的に明らかであり,事前確率 も条件付き確率も目に見えているので,事前確率は無視されにくい。
例えば,タクシー問題における誤りの多くは,「青のタクシーが犯人である確率は80%である」
という答えであった。
また,80%と答えたということは,「考えうる確率すべてのうち80%を占める」と考えていた ということになり,この場合タクシー問題の被験者の想定していた図は,図10のようになると考 えられる。図10 は,「証言の確かさ」を分母として捉えていた,つまり証言の確かさを全体の1 としている。
21
つまり, 80%と答えたということは,逆算的に考えて必然的に問題で問われていることを「証 言の確かさはいくらですか」と直感的に捉えていたということになり,それ以外の情報は認識で きていない,もしくは使われていないのである。しかし,図10は明らかに問題状況を示している 図ではない。
確率面積図を用いることにより,このような直観による間違いを瞬時に,視覚的に確認するこ とができる。
80% 20%
誤って「青」と証言
図10 想定される,タクシー問題を答えが80%であると誤答した被験者の認識
縦の長さを無視している(=事前確率が無視されている)
2.答えの確かめが容易である。
確率面積図は,問題状況から確率面積図を作りだし,確率面積図から答えを求めるための式を 作りだすことから,答えと必ずリンクするため,自分が求めたいことが自分の立てた式から求め られているか確かめることが容易である。
3.考えていることを自ら図示し具体化することで,考えていることをまとめやすくなる。
ただ頭の中で考えるだけでなく,一緒に図を描くことでよりしっかり考えることができる。
4.確率面積図と,文字式を併用することで,相補的に情報の確かさを確認することができる。
確率面積図による視覚的な情報と,文字式による文章の意味的な情報の 2つの方向から課題を認 識することにより,相補的により確かに課題を認識することができるようになる。
5.答えの根拠が目に見えて明白なので,最終的な答えを出すまでに考え方の失敗を起こしにく い。
以上のような点において,確率面積図を解決後の納得の道具として用いるだけではなく,ベイ ズ型推論課題を解く際に解決の道具としても用いることは効果的であるといえる。
確率面積図はベイズ的推論のみでなく,すべての確率推定を可能にするものである(確率面積 図が,示す状況でのすべての確率を網羅している図であるため,見方が分かればどんな確率でも 引き出せるため)。
正しく「青」と証言
22
1-9.
「確率面積図」をどのように伝えるかでは,「確率面積図を描く方法」,「確率面積図に色を塗る方法」,「色つきの確率面積図から立式 する方法」をどのように伝え理解させたらよいのか。大事なのは,
①問題文から「事前確率」と「条件付き確率」の情報が読み取れること
②事前確率と条件付き確率の情報から確率面積図が描けること
③問題文から経験的事実と問題で求められていることがなんであるかわかること
④経験的事実と問題で求められていることから2.で描いた確率面積図に色を塗れること
⑤色を塗った確率面積図から式を立てられること
⑥これら①~⑤の手順を知っていること
の6つである。
これらのことを伝える方法として,実際ベイズ型推論課題に直面させ,それを解く方法とし てこれら6つに分けた確率面積図を用いて問題を解決するため方法をテキストで説明し,実践 的に確率面積図を描きベイズ型推論課題を解かせることで,被験者にベイズ的推論を可能とさ せるテキストと実践を組み合わせた冊子を作ることとした。
テキストを用いることにした理由は,最終的に被験者に一人でベイズ型推論を行い,課題を 解決できるようにするためである。本研究の目的は,前提値を満たす被教育者に対して目標値 を満たすための支援についての要因を構成法によって探索的に探すことであり,足掛かり的な 研究である。今回の研究で得られた知見から新たに仮説を立てて要因を検討していくためには,
要因をある程度定型化し,今後の検討をしやすくする必要がある。そのため,被験者一人一人 に対する個人差が生じにくく次回の研究に生かしやすいことを考慮し,テキストを作ることと した。
23
1-10.確率面積図を理解し使えるようになるためのテキスト作り
問題のスモールステップ化
伊藤(2008,2009)で用いられた問題では,被験者が確率量化の能力を測定する問題を解き進 めていくにあたって,被験者が順序立てて考えられるように,段階的に問題が難しくなる(=確 率量化の段階が高くなる)ように作られていた。
そこで,伊藤が用いた課題を参考に,前提値を満たしている状態から目標値を満たす状態へと ステップアップさせるために,2次的量化~3次的量化の課題を,確率面積図を用いてより細かく 説明し,スモールステップ化したベイズ的推論を可能とするためのテキストを作ることにした。
スモールステップの原理は,「難しい内容を学習させる場合に,いきなり難しい内容にはいらず,
学習内容を小さな単位に分割し,やさしい内容からじょじょに難しくしていくという学習原理(三 宮,1999)」であり,様々な学習の分野で用いられる原理である。
また,ベイズ型推論課題は,文章題であるが,宇野(1995)は,文章題の学習について,「解 くのが難しい文章題は,式の変換の数が多く,それが明示されていない。そのような問題で,誤 答が事前に予想される場合には,変換数の少ない問題や,変換を明示する言葉を入れた問題を解 かせた後に,難しい問題を解かせるというスモールステップが有効である」と,文章題に対する スモールステップの有効性について述べている。
これらを踏まえて,ベイズ型推論課題をベイズの定理を用いた式へ変換する過程を細かいブロ ックに分け,それを詳しく説明するテキストを作ることとした。
1-11.
本研究における構成法的要因と,先行研究に対する本研究に位置付け本研究は,伊藤(2008・2009)を,ベイズ型推論課題を解決させる方法として,「順序立てて 考えさせること」をした(しかしうまくいかなかった)研究とみなし,順序立てて考えさせる方 法に,山本(1994),市川(1997他)の「同型的図式表現を解説の際に納得・理解の道具として 用いる方法」を加え,さらに同型的図式表現を納得・理解の道具としてだけでなく実際に答えを 導くための道具としての意味を持たせた「確率面積図」を教授し使えるようにさせようとした研 究といえ,このことが今までの研究にない,本研究の特徴である。
構成法的要因は,目標値を満たすために教育者が用意したすべての支援が構成法的要因となる ので,細かく定義することは困難であるが,主要なものとしては,
①順序立てて考えさせること
②「確率面積図を描く方法」,「確率面積図に色を塗る方法」,「色つきの確率面積図から立式す る方法」といった確率面積図を使えるようにする方法を冊子を用いて教授すること
24 確率面積図を用いて課題を解かせること
③問題を考える際に図を描きながら考えさせる 等があげられる。
1
-12
.具体的に目標値を満たしていたかをどうかをどう評価するのか目標値を満たしていたかどうかは,
①問題文中から「条件」と「条件付き確率」を見つけられたか = 正しく確率面積図が描け たか
②問題文中から「経験的事実」と「問題で求められていること」を見つけられたか = 確率面 積図に正しく色を塗れたか
③「色を塗った確率面積図」から正しく「立式」ができたか の3点から評価することとする。
最終的な答えが間違っていたとしても,立式まで出来ていて途中の計算で間違いをしていた場 合は,教育者が支援として用意した構成法的要因からの目標値の達成(ベイズ的推論が出来てい たか)への影響が少ないと考え,答えが正解であるかどうかは目標値の達成の評価からは除くこ ととした。
同様の理由で,最終的な答えが正解だったとしても,①~③のプロセスで間違いがあった場合 はベイズ的推論ができていないとみなせることから,正答についても評価からは除く。
本研究中でのベイズ型推論課題の定義
本研究では,ベイズ型推論課題の定義を,伊藤(2008・2009)と,ベイズ型推論課題からは必 ず確率面積図が作れ,確率面積図はベイズの定理を表現できることから,
1.「条件」と「条件付き確率」の情報を問題文中に含み,
2.答えを出す過程で確率量化の段階ⅢB(2次的量化の段階ⅡBの操作にさらに乗除算の操作
を加えたもの)の操作を必要とする,確率推定の問題
の2つを満たすものを,本研究中でのベイズ型推論課題とする。
25
2
.方 法2-1
・調査Ⅰ 前提値を満たした被験者の選択2-1-1.手続き
前提値を満たした被験者を選ぶために,事前調査を行った。事前調査の被験者はH大学の学生 130名(平均年齢は19.37歳, SD=1.10;男性82名,女性48名,)を対象として行った。調査 は,心理系授業の受講者で,授業の始まる前と最初の数分を借りて行った。調査方法は問題用紙 と答案用紙の冊子を配り,その場で解いてもらうという方法をとった。
2-1-2.問題の内容
問題用紙に用いた問題は伊藤(2009)で用いた確率量化の段階を測定する問題を改良した問題 用紙を作成し,それに分数の割り算の問題を加えたものを使用した。
ベイズ型推論課題は,いわば「確率の問題」であり,確率の問題は必然的に分数の計算を含む ことから,前提値をより明確にするためにも,下位的知的技能の下位的知的技能として分数の掛 け算の問題も含めることとした。分数の問題の内容は図3に示す。所要時間は15分程度で行い,
即時回収した。
2-1-3.結果
正答者数は,確率量化に関する問題については表4-Ⅰ,分数の問題については表4-Ⅱのとお りとなった。
表4-Ⅰ 確率量化問題の結果
問題の段階 正答者数(カッコ内は%)
段階ⅠA(基本的な1次的量化が可能) 129/130(99.2)
段階ⅠB(加法合成を伴う1次的量化が可能) 98/130(75.4)
段階ⅡA(基本的な二次的量化が可能) 95/130(73.1)
段階ⅡB(加法合成を伴う2次的量化が可能) 45/130(34.6)
段階ⅢA(基本的な条件付き確率の量化が可能) 17/130(13.1)
段階ⅢB(ベイズ型条件付き確率の量化が可能) 4/130( 3.1)
26
表4-Ⅱ 分数問題の結果
問題 正答者数(カッコ内は%)
問(1) 122/130 (93.8)
問(2) 117/130 (90.0)
問(3) 122/130 (93.8)
問(4) 120/130 (92.3)
問(5) 105/130 (80.8)
問(6) 100/130 (76.9)
段階ⅡAまでの正答者数は,伊藤(2009)とおおむね同じ数値が得られたが,段階ⅡB以降の問 題での正答者数は伊藤(2009)より若干低い数値となった。また,2 次的量化の問題が出来ずに 3次的量化の問題が出来たものも居ないことが確認できた。
段階ⅡA の問題ができずに,段階ⅡB の問題ができたものもいたが,基本的にはほとんどのも のが段階ⅡA の問題ができない場合は段階ⅡB の問題ができていないことから,ケアレスミスで あると判断した。
確率量化の問題の8番については,問題文に誤字があり,データとして用いることが難しくな ったが,文意をくみ取り,こちらが意図したとおりの問題として取り組んでくれた解答に関して は有効回答として扱い,被験者選びの参考とすることにした。
分数の問題に関しては,概ねの問題が正答であったが,ベイズの定理と同じ構造である問(6)
に関しては若干正答率が低かった。
事前調査で得られた結果から,分数の問題での間違いがほとんどなく,確率量化の段階ⅡB の 問題が正答であり,なおかつ確率量化の段階ⅢB の問題を誤答した,つまり確率量化の段階ⅢB の操作が不可能であった対象者の中から,さらに段階ⅢB の問題にて事前確率の無視とみられる ような誤答をした対象者31名を,前提値を満たしているものとし,被験者として本調査の実験協 力依頼をした。
実験協力依頼は,事前調査を行わせてもらったときと同じく心理系授業の始まる前と最初の数 分を借りて行い,授業前に協力依頼対象者31名を呼び出し,本実験の概要,所要時間などについ て口頭で説明したうえで,同内容を書いたプリントを配り,内容を把握したうえで協力してもら える被験者に授業後にもう1度集まってもらった。
協力依頼をした31名のうち,12名の協力が得られた。
27
2-2・調査Ⅱ 目標値を満たすための本実験
2-2-1.テキストの構成について
テキストは,大きく分けて 1.ウォーミングアップ 2.テキスト
3.練習問題
4.課題問題(ベイズ型推論課題)
5.感想等
の5つで構成した。
ウォーミングアップでは,ベイズ型推論問題と確率面積図についての説明の前に,ウォーミン グアップとして面積図を用いた簡単な計算問題を用意した。実際の問題は,図11のような問題 である。
次の確率面積図において,
(1)有色部分の面積を求めてください。
(2)また,濃い部分は有色部分全体のうちどの程度の割合でしょうか。
ただし,面積図各辺は1mの正方形で,全体は1m2とします。(答えは次ページに)
2 3 1 3
3 5
2 5
1
6 5 6
(1)の答え:
(2)の答え:
図11ウォーミングアップで用いた実際の問題の1部