アドルノにおける自然美の復権
一一 ?Iなものの再定義のために満恐一一
中 尾 健 二
はじめに(E)
ある特有の困難さが,アドルノについて語る場合にまとわりついてくる のを避けることができない。芸術作品が作者(主体)のとぎすまされた意 識による構成のはてに,それへと還元しえない,ある沈黙を表現するもの とすれば,このことはアドルノの文体にもあてはまるものである。しか も,かれの文体はその思想的意図と緊密に結びあっている。まず,反文法 的と言わぬまでも,通常のシンタックスを破壊した配語法は,控え目に言
っても,読者を思考へと強制せずにはいない。線状性のうえをすべってい こうとする読者の思考は,絶え間ないゲリラ的襲撃によって中断される。
これはアドルノによって周到にはりめぐらされた読者への戦略であると同 時に,さらに文章に芸術作晶と類比的なオブジェとしての性格をもたせる
ことによって,それを自立した形象へとはせのぼらせるのである。しか し,自立した形象と言っても,それは事態を距離をおいて操作する概念的 思考への反措定としてのみ,つまり事態へのミメー一シス,その表現として のみ生命力を発揮するのであり,この意味で,それは現与の支配的コミ。。
ゆ ね の e ゆ や の の ゆ む の e の ゆ e
ニケー一シuンへと解消されないものの,それと関連しつつそれに反抗する という意味では,なんら自立的ではなく弁証法的な形象と呼ぶべきであろ う。さらにアドルノの叙述全体は,どこから読んでもいいような,起承転 結のない文のつらなりといった性格をもっている。従来の弁別的な論理に
よる建築的な哲学体系を体系と呼ぶならば,アドルノのそれはあきらかに
e e o ゆ り
反体系である。 (反体系的体系であることすら拒否するとすれば,それは もはや哲学的思考とは書えず,その場かぎりの論理のラプソディーでしか ないであろう。)建築的な体系が,精神の領域で世界を支配しようとする 哲学者のかくされた野望一一一哲学者はまた根源を言い当てることによっ て,みずからが根源に住んでいると思い誤る傲慢に陥りがちでもある一 の表現であったとニーチェ風に断ずるとすれば,その破壌をめざす文体と
プ
して,ドイツ認圏ではアドルノとともに双壁をなすハイデガーとくらべて も,その一一一・}Sl性と急進性において,アドルノは一歩を先んじているように
わたしには感ぜられる。アドルノの叙述は,提示部,展開部,再現部とい った各部を経て烹題が大団円へといたるソナタ形式でもなく,かと言って 各声部の独立性の高い多声のポリフォa一でもなく,孤独な内面で紡ぎ出
される,いわば単声のポリフォニーなのである。すぐれた音楽作晶にっい て要約・紹介することが困難であるように,アドルノの哲学についても事 情はかわらない,いやそれどころかそうすることはアドルノの意にそむく
ことですらあるだろう。かれ自身つぎのように語っている。
(1)
rわたしが書くものは,まさしく要約可能性に反抗する。」
(2)
「すぐれた癒学的思湾は,いかなるものも要約されえない………」
(3)
「したがって哲学は本質的に紹介しえないものである。」
言葉を思想にとって透明なものとみなす,すなわち言葉を思想,意志,
感情を他者に伝えるための透明な媒体ないし道具とみなすことが一方で根 拠ある擬制とするならば,他方雷葉をそれ独自の物質性を主張する不透明 な客体性とみなす擬制も同じように根拠があるはずである。言葉のもつ後 者の性格が,パロルよりもエクリチゴールにおいて〜段とたかまることは 言うまでもない。この場合,言葉は道異であるよりも,彫刻家が立ち向か おうとしている大理石の塊のごときものとしてあらわれるであろう。石塊 は彫刻家の構想(イデア)を受けとめるだけの浮在ではなく,製作の過程 において,かえってそのイデアを限定するものである。道具の製作にあっ ては,つねにイデアが先行し,完成された道異にあっては,つねに目的が,
の の む
何々のための道具として,有用性として外にあるのに対し,芸術作品にあ っては,イデアは作晶とともに完成し,目的は作晶のうちに内在している ように思われる。彫刻作品を部分に解体し,重要部分のみを抽出し,再提 示することなど不可能であるように,言葉による作晶もなにほどかそのよ うな性格にあずかっている。思想家から文体を取りあげてしまえば,貧弱 な骨格しか残らないものである。だから,上のアドルノの主張はなんら奇 異なものではなく,しごく当然のことですらある。
しかしながら,作晶は鑑賞され,テクストは読まれることによって生き のびることも自明の真理である。今日では小学校でr音楽の父」などと教 えられるJ・S・バッハは,古典派の時代には存在しなかったのである。
長きにわたってうもれていた作最が,再発見され,i当の再発見した時代の 文化を活性化し,その重要な部分さえ担うということは,作品が一一日常
2
言語レベルでのそれと対照的に一一製作された時点でのコミュニケーショ ンのうちに一・過的に消失してしまわない物質性を有するからであり,同時 にその物質性をあらたに解体し,透明化しようとする受け手の主体性の運 動があるからである。アドルノの主張が作晶へと結贔する哲学的思考の本 性を言い当てているとすれば,そのような結晶をふたたび生成しつつある 思考として読み解く読者の主張は,rすぐれた哲学的思考は,いかなるも のも要約されつづける」ということにでもなるだろうか。
はじめに(夏1)
アドルノのテクストにむかう時の困難さが一般的なものだとすれば,自 然美を論じる際の困難さはわれわれに固有なものである。ヨーロッパにお いては,自然美の成立をいくつかの条件から歴史的に特定できるのに対 し,日本の場合そういうわけにはいかないからである。そのいくつかの条 件の一つには,広義の神話の解体,つまりキリスト教的世界像の独占権が 失われ,自然科学的思考が台頭してくることが挙げられよう。もともとキ リスト教は,その教義上,自然の美約享受を抑圧する立場にあり一一聖フ ランチェスコなどはこの伝統のなかではあくまで異端的存在にとどまるで あろう一一一,科学がこれに打撃をあたえたとすれば,つまり神話にとらわ れない自然への通路を創出したとすれば,科学は自然美を触発し促進し た,つまりその成立にあたって協動していたことになる。その萌芽をなす 記念碑的実例はレオナルドであり,はっきりした形で展開された実例は17 世紀ネーデルランドの風景画である。生成期にあって,自然への美的かか わりは,輿然への科学的かかわりともちろん区別されるものの,後世のよ うに対抗的様相が顕著というより,相互依存的ですらあったのではなかろ うか。17世紀ネーデルランドでは,風景画とならんで貝常的静物や人物が おそらく同じ精神のもとに描かれていたわけで,その後あらわれてくる市 民生活から自然への逃避といったモチー一フとは逆に,これら日常性への愛 着がここで語られていたことは留目しておくべきことである。ルネサンス 期のイタリア都市および17世紀ネーデルランドに,重くのしかかっていた 宗教的ドグマが吹きはらわれるための歴史的条件の存在を予想することは 十分に根拠があると思う。土台レベルで言えば,農耕社会から重商主義段 階を経て産業社会にいたる過渡期に自然美はあらわれているのである。と ころで,こうしたドラスティクな内部からの変化をわが国の歴史は経験し
ていない。たとえば,和歌における自然詠が万葉以来「万世一系jのごと く現代にまで流れつづけており,ヨーロッパ的に特定のエポックをそうし た自然経験に指定することは不可能である。ヨーロッパにおけるがごとき
自然との呪術的交感が一・神教の登場によって駆逐されることが,わが国に はなかったことが理由の一つであろう。しかも和歌は宮廷社会,支配権力 の中枢において維持されてきている。つまり,それはすぐれて政治的行為 でもあったわけである。呪術を駆逐した宗教的世界像の解体(==政治と文 化との連結解除ならびに文化の真・善・美といった独自の諸領域への分
化)から生じてきた,ヨー一一 =ッパ的な芸術理解をもって和歌にアプロ・一チ
するとすれば, Siiったく和歌というものの本質を逸することになるのであ
る。
こうした和歌に体現されている感性が,現在どの程度われわれを規定し ているかはにわかに判断しがfcい。明治以降のヨーロッパ文化の圧倒的流 入といった問題もあるし,われわれの生活基盤自体も,ほとんどの人間が 農業に従事していた社会からほとんどの人聞が農業に従事しない社会へと 劇的に変化しつつあるからである。ベートーヴェンやビートルズが現在の 日本の音楽的感性の古典ですらある一一方で,その原型を平安朝ぐらいまで
遡る演歌が根強く愛唱されている。一一葉のヨー一一 raッパの風景画を前にし
て,われわれの体内を遊動するのは,古くからの伝統的感性なのか,それ ともほとんどヨーロッパ人と同じ感性なのであろうか。ただ方向として確 認されるのは,伝統的感性はそれをささえる社会的基盤が崩壊しつつある 以上,間彫的に高まることはあってもだんだんと澗渇していくであろうこ と,そして放っておけばアノミー状態へ,あたかもエントロピーが増大す るがごとく突き進んでいくであろうことである。大衆文化のパターンから 昇進して,それらが公的に動員される臼は,おそらく政治的反動の日でし かないであろう。では,近代に対応したヨーロッパ的感性を体得しきるこ とがわれわれに可能かと言えば,歴史的・文化的背景が異なる以上,それ は出来ない相談だし,そうする必要もないであろう。現在生じつつある問 題はかれらにとっても未知の問題であり,この意味で彼我に差はなく,己 れの立つ地点から取りかかるしかないからである。現在のわれわれの文化 と社会が,西洋近代との衝突とその摂取からなる以上,そして第三のもの はいまだ不可視である以上,われわれの伝統的感性の澗渇と彼我の独自性 を冷静に認識する眼に希望を託すしかないのである。一この意味でわれ われの対自化は二重化されるという困難さを背負いこむことになる。われ4
われはうしろむきに進んでいくしかない。願わくば,その駆動力が始元の 楽園からの強風であってほしいものである◎
アドルノによる自然美復権の問題性
以下においてわたしはアドルノの自然美論の読解を試みる。該当するテ クストはアドルノの遺著『美学理論』のなかの自然美を主題的に扱っfc部 分であり,全体五百数十ページの大部の著作のなかのわずかに二十ページ
(4)
あまりの部分である。
自然美は18世紀および19世紀初頭には美学の基礎概念であったし,カン トにあってもいまだ自然美は芸術美に優先させられていたのである。それ がなぜかは,カントの『判断力鋤判』からのあるパッセージに語ってもら
おう。
「たとえ芸術美が,形式に関しては自然美を凌ぐにせよ,我々に薩接的関心を喚 びおこすのは自然美だけであるというところに,芸術美にまさる自然美の長所があ る,そしてこの長所は,すでに輿分の道徳的感情を開発しているすべての人の洗練 された根本的な考方とよく一致するのである。芸術的作品を極あて的確,精緻に判 断するほどの趣昧を具えた人が,虚栄心やまたいずれにせよ社交的な喜びを満足さ せるような例の美しい品々で飾りたてた蜜にはわざと背を向け,却って自然の美に 心を寄せ,彼が十分に展開することのできずにいる思考をくりひろげて,彼の精神 に対するいわば無二の悦楽を自然において見出すとすれば,我々は彼のかかる選択 そのものに多大の敬意を払い,またこの人のうちには美しい魂が宿つていると考え てよい。一・…e・般に美術通とか或は芸術の愛好者などと呼ばれているような人達一換 言すれば,芸術的対象に対して単なる関心をもつにすぎないような輩は,ついにか
(5)
かる美しい魂を我が物として誇負することができないのである。」
ほとんど説明を要しない平明かつ率直な文章である。これは二次的な傍 証にすぎないけれども,『判断力批判』で挙げられている実例も自然美に 関するものの方が多いはずである。(ちなみにガダマーも『真理と方法』
のなかで,カントに始まりその後さらにドイツの精神科学のなかで促進さ れた「美学の主観化」を批判する観点からカント美学を扱っているが,自 然美の閥題はほとんど注目されていない。解釈学の視野からは自然経験の 問題が背景にしりぞいてしまうのもむべなるかなであるが,ここらへんに
(6)
もアドルノとガダマーが分岐していく点がうかがわれて興味深い。)要す るにカントの体系のなかでは,悟性による,つまり理論的な自然認識〔純 粋理性批判〕が盲目的な対象蛋産に陥るのに対し,自然についての美的経
験〔判断力批判〕は,道徳的な心の存在を証言するものとして,抽象的な 行動指令にとどまる理性〔実践理性批判〕への媒介環であり,この理性を いわば肉化すると同時に,嘗目的な理論営為を目的にむけて統合する地位
く7
をあたえられているのである。こうした自然美優位の構想はその後の歴i史 過程のなかで芸術美優位にとってかわられていく。今日の芸術に関する多 彩な学問的成:果は,こうした過程の延長線上にあり,いまや自然美どころ か古典美学総体すらも物置のすみで埃をかぶっている状態である。だか ら,アドルノがその埃をかぶった自然美を,かれのあくまでモダンな理論 の目玉商品の一つとして持ち出したということはおおいに問題的な事件だ ったのである。当然のことながら,曹然美を美学のうちに導入することに 対し,それはこれまでの美学の進歩を誤った仕方で打ち消すことにならな いだろうか,という疑問がわき上がるであろう。こうした疑問をいだく人 々の背景には,美の理念は芸術においてはじめて外化される,したがって 自然美はそれにくらべれば外的なものにとらわれた,いまだ前段階にある ものであり,芸術美優位の観点のもとにこそ,シラf− ,シェリング,ヘー ゲルの哲学のなかで,より立ち入った美的なものの理論化が可能になった とする考えがあるにちがいない。この考えに立てば,自然美の経験も,つ ねにそれに先行する芸術の経験から発生する表象の地平でのみわれわれに
(8)
開示されるのだということになろう。つまり「絵のように美しい」という きまり文句が一書にして表現しているようにである。自然美は芸術美へ揚
棄される。
では,いかなる根拠をもってアドルノは美学全体への霞然美の返還講求 をするのだろうか。カント以降の美学の歴史へのアドルノ基本姿勢は以下
の引用文からうかがうことがでまる。
「その葵学が芸術の哲学と称せられているシエリング以降,美学的関心は芸術作 品に集中してきた。もはや理論にとって,判断力砒判のきわめて透徹した諸規定が なお固執していた自然美は,ほとんど主題とはならないのである。しかしながら,
それはヘーゲルの学説にしたがって,霞然美がさらに高次のものへと揚棄されたか
(9)
らという理由ではまずないであろう。それは排除されたのである。」「挑除」という言葉のなかに,排除した当の美学へのアドルノの根本的 な疑念が表明されている。とりわけ美学の進歩の根底にあった理性概念が 疑闘にふされる。芸術美の優位から出発する美学は,自律性概念を前提と して持っており,これによれば,主体の虜律性は主体自身以外の一切のも のの他律化と,換言すれば一切のものを主体のもとへと隷属させることと
6
結びついているのである。
「カントによって開始され,シラーとへ…一・一ゲルによってはじめて首罵団鐵した形 で美学へと移植された自由と入間の尊厳の概念,この概念の支配が拡大していくこ とによって,自然美は美学から消失したのである。この概念によれば,自律的な主 体が己れ慶身によって手に入れるもの以外は,この世界の何ものも尊重されるべき ではないとされる。こうした主体にと6ての自由の真理は,しかし同時に非真理で (10)
ある。つまり他者にとっての非自由である。」
芸術美へと集中する美学的伝統へのアドルノの批判は,し允がって次の テ・一ビから出発していると考えてよい。すなわち,主体(観)的理性とい うものは,自然美学の克服をもって,理性と約束のあらゆる契機を客体か ら排除し,自我以外のすべてのものを「行為の客体」(Aktionsobjekt)へ と仕立てあげる,というテーゼからである。しかも,この事態はさしあた って自然に関係するが,『啓蒙の弁証法』のライト・モチーフであるr自然 支配は人間支配に究極する」を引証するまでもなく,最終的には社会へと はね返ってくるものである。
この虞律的な主体の哲学によって要求された理性概念とならんで,ヘー ゲルの「精神」の哲学のコンテクストから生じる美学もまた,芸術美の優 位を精神の実体化をもってあがなっている点で,担保を負わされていると アドルノはみなすのである。ヘーゲルの同一哲学的前提のもとにあって
ゆ の
は,自然は精神の他在にすぎない。はじめにガイストありき,つぎにこの ガイストが己れを自然へと外化するのである。この外化を媒介にして,ふ たたび精神は精神へと回帰するのだから,自然はせいぜい精神的なものを 指し示すかぎりでのみ経験されうるものとなる。さらにへe−一・ lfルの場合,
この回帰は世界史の壮大な道程を経なければならないものの,体系構成上 すでに保証された恰好になっている。いわば自然と入間との和解一アド ルノにとってはユートピアにとどまるもの一がはなから前提されてしま
っているのである。
したがって,カント以降の自然美学の克服は,たんなる道具的理性へと 転化してしまう,実体化された主体(観)的理性概念を前提するか,さもな ければ「精神」が》Grundthesis《へと高められることによって,同じよ うに精神以外のものの存立が許容されずに精神とその他者との媒介がすで に最初の措定として主張されるか,このいずれかなのである。これに対し,
アドルノは自然美学の理論を主体的・道具的理性概念ならびに同一哲学的
… (u)
な精神の形而上学への矯正策(Korrektiv)として要講するのである。
※
風景をめぐって
アドルノはまずとくに自然と入間との和解的な相互存在を先取りする仮 象を現前させる美的な自然の知覚の領域を指摘する。とくに風景の観照が 問題となる。自然はここでは第一次的に主体的・人聞的理性の行為の客体 として取り扱われるのではなく,むしろ人間的世界を強制なくつつみこむ 環境として取り扱われる。こうした風景は自然と人聞との和解的媒介とい
うユートピァを現実化するように思われる。そこでは,自然は人闇の主体 的厨的のために技術的狡智を通じて搾取されることはないのである。風景 は,あたかも自然が人間をおびやかす制御されない暴力という神話的恐怖 を失ったかのように,自然本来の光景をあたえてくれる。しかしながら,
それは自然の押しよせてくる暴力をわれわれが打ち破ることによってでは なく,むしろそれを和らげることによってである。こうした風景の経験 は,自然美と美がそもそも和解の理念とどのように関連するのかを証言し ている。もちろん,こうした自然と人間との歴史的媒介のイメー一ジが,苦 痛と制約(困窮)のしるしを帯びていることを,唯物論的前提のもとでは
見すごしてはならない。したがって,あらゆる風景のイメ…一.ジのなかには
》ein Memento《(想起せよ/)がこめられているのである。
「風景がしかしその最深の抵抗力をなんとか手に入れるのは,風暴に海いて美的 に人々の心をとらえる歴史の表情が,過ぎ去った現実の苦痛にひたされていること によってであろう。制約されたものの像が喜びをあたえるのは,制約するものの強
制が忘れられてはならないからである。それらの像が語るものはMexnentoなの
である。
歴史の想起(Eingedenken)なしには,いかなる美も存在しないであろう。
自然において歴史から遊離し抑制をうけないもののごとくにあらわれるものは,生 あるものたちが窒息死をおそれるほど緊密に,社会という織物が織られている一つ (12)
の歴史的局面に論争的に属しているのである。」
ここで霞然美学を唯物論的にあらたに定義しなおす場合の本質的なポイ ントにふれてくることになる。自然美の理論は,外的自然が入間に対する そのカを実際に失ったことを捨象することはできない。科学的・技術的装 置による自然支配の必然性の土台(生産力の高度化)のうえにたってはじ
Ψ
めて,反省的に自然経験の肉由が生じる。このかぎりで自然美のあらゆる
ゆ e ゆ ゆ の
理論は,歴史の指標の性質を帯びている。それは一方では,社会的な自然 支配の現実的な水準によって確定され一農耕社会に自然美の経験を見出 すことは困難である〜一,他方自然美は芸術美のカテゴリーへとくりこま れていくのである。カントにおける自然美が前提している現実を,アドル
ノはつぎのように語っている。
「第二の自然へと石化した社会のなかでの(主体の)無力が,第一の自然と思い こまれたものへの逃避のモーターになる。カントのもとで,主体の自由の意識によ って自然の暴力に対する不安が}i寺代錯誤になりはじめたと同時に,主体は根強くは びこりつづける非自由に対する自らの不安に屈したのである。この両者が自然美の (13)
経験のなかに融合される。」
人間の自然に対する支配の高度化は,社会のなかでの人間の人聞に対す
ゆ り の の
る支配の高度化によってあがなわれる。そうした歴史過程のある時点の表 惜が自然美にきざみこまれているeもちろん,その表情は歴史過程のたん
なる模写ではない,むしろ主体を介した,その隈定された否定である。
r芸術において力強くなされている,自己保存の目的からの断絶は,尉じように 美的な自然経験のうちでも遂行されている。………芸術は,観念論が信じさせよう
としたように幽然ではないけれども,自然が約束するものを果そうとするのであ
(14)
る。」
自然の美的経験において,自然はプラグマティックな圏的の観点から 一一nーバマス的に雷えば「道具的行動の機能圏」として一一一丁知覚される のではない。「自己保存の目的から断絶(Lossage)」において,肖然美と 芸術美は一点に収敏する。自然美と芸術美は,アドルノによってプラグマ ティックな道臭的理性概念と同・一哲学的な精神の概念に対立するものとし て導きだされた美的経験によって通約され,これによって基礎づけられる ものである。この美的経験は,そもそも主体の自己充足・自己環帰である 自律性概念に対抗して措定されているわけだから,本来自然美を排除する 構えになっていない。しかしだからと言って,カントの天才美学以来流布
した芸術と自然との同一視といった観念がここで登場するわけではない。
芸術はあくまで精神によって,主体の構成によって,物質化された合理性 によってはじめて芸術たりうる。歴史的に獲得された外的自然への距離
(生産力水準),同じく歴吏的に生じてきた芸術製作の水準,これら二者と の二重の媒介において自然美は考察されねばならない。ここにおいて,自 然と芸術との布置があらたな様相へと転換する。
r芸術は自然を模倣するのではない,あれこれの自然美を模倣するのでもない,
(51)
じつに自然美そのもの(dn sich)を模倣するのである。」
「芸術は自然を模倣する」,これは一つの古典的立場であり,r自然は:芸
術を模倣する」,これもいまや一つの古典的立場であろう。アドルノがこ の二者に匹敵する第三のスローガンをつくりえたかはともかく,一一つの新しい意識に形をあたえたことにはなろう。新しいと言っても,この構想 は, 「反省的憾性の条件下での自然の回復」というシラーが『素朴文学と 情感文学』(1975)で最終的に到達した理論的立場とおどろくほど接近し ている。この意味で,そのニュアンスはおおいに異なるにせよ,アドルノ の理論がカント,シラーおよびそれ以前の前古典期の美学のモチー一フをと りもどそうとする志向性をもっていることは疑いえない。市民社会の破 局,アウシュヴィツの思想が,反省的に市民社会の生成期に回帰するので
ある。
しかし同時に,アドルノの理論の徹底した近代性を看過すべきではな い。だから,自然美論は異質なものの間におこる放電でもあろう。かれの 理論は19世紀中葉以降の一一マルクスとボードレー一ルに象徴させることが できる一近代(die Modeme)}こあくまで定位した《近代の理論》であ る。その支柱は,再三言うように,ヴェーバーの合理化論の歴史哲学的と
や e e e む ゆ o な e の の の
らえ返しの側面をもつ道異的理性批判の成熟と経済学批判とりわけその商 品世界批判である。後者について言えば,《交換原理》がかれの社会批判を 駆動するもっとも重要な概念となっており,論理的カテゴリーの歴史的発 生と展開もイデオロギー批判的にこれに照応させられる一方,現与のコミ
識ニケー一ショソもこれをモデルに,商晶交換と類比的な抑圧的・否定的な
ものとして描きだされている。アドルノの《和解》の理念は,ハー−we.バマス
の《支配から自由なコミュニケーション》と共有するものがあるにもかか わらずであるn(わたしは,交換原理の批判的機能にあまりに過大な負担が おわされており,このことがアドルノの分析から力動性と柔軟性をうばっ ているように思える。)「芸術とは,社会に対する社会的アンチ・テーゼで ある」とするアドルノの命題は,近・現代芸術によく適合するにせよ,古 代,中世,ルネサンスの芸術についてはどうであろうか。アドルノはこれ らについてほとんど語っていない。語られるのは,現在的な合理性の水準と呪術的ミメ・一一 ・・ シスとの緊張であり,この緊張を生きる芸術作晶である。
この現在的な芸術作晶と睨術との短絡は,幅広い理論的反省の背景から語 りだされており,それ故に特異な魅力をもっているものであるが,ふつう
10
の芸術史家だったら不条理とさえ感じるであろう。しかし,アドルノは r誇張こそ真理である」と答え,己れを一瞬のアクチュアリティーに賭け るあの歴史の天使に擬するかもしれない。
豪
規定しえないものの積極性
(l6)
J・リッターのすぐれた『風景論』によれば,近代自然科学による宇宙 論の全体性の破壊のあとで,自然経験は自然科学と風景(文学と芸術)の 二つの領域に分裂し,風景は科学が破壊した,人間をとりかこみ,人聞が
e り ゆ な の e ゆ り
生活のうちでそれと交渉するところの全体としての自然を現前させる役割 を担うのである。ここでは,風景は自然科学と並存する一一一一一つの世界関係と
して把握されており,いわば科学的認識によっては欠落してしまうものを 補うもの(K◎mplementalitttt)と位置づけられている。では,このよう な見解に対して,アドルノのそれはどこが違うのであろうか。まず,かれ の虜然美の考察は,現在の社会をより良き生の可能性に対して自らをとざ す擬似総体的な社会とみなす社会理論と関係している。この社会の一般的 特徴は,それが非同一的なもの,すなわち別のあり方にむかう潜勢力をお さえつけ,頽廃させていることである。商品交換の普遍的な同一性のネッ ト・ワークは,そこから逸脱するものを,抑圧・排除するか,自らのうち へ呑みこんで統合しようとする。アドルノによれば,このネット・ワーク を打破し,非同一的なものが確保される場は,唯一美的経験のみなのであ る。意識は美的経験を通じて,所与の直接的なものにとらわれている状態
から解放される。
「美学の対象は,規定されえないもの,否定的なものとして規定される。したが って,芸術は,芸術が語りえないものを語るために,芸術を解釈する哲学を必要と する。その語りえないものは,芸術がそれを語らないことによって,やはり芸術に (17)
よってのみ語られうるのだが。」
一 一一・・ 般に語ることは,所与の社会的コードに従うことであり,現に存在し
ているネット・ワークにのることである。そのネット・ワークからはずれ るものは,したがって語りえない。しかし,ヴィトゲンシュタインの格律 をひっくり返した「語りえないものを語ろうとするのが哲学である」とい うアドルノのモットー一に従えば,思考はこの語りえないものに集申しなけ ればならない。しかし,そのような思考は切りたった狭い尾根を歩むよう なもので,つねにどちらかの側へころがり落ちる危険をはらんでいるだろ
う。アドルノの奇妙な文体は,言葉によって語りえないものを現出させよ うと執拗につづけられる努力である。アドルノはかっての反乱の季節に,
r自分の理論がモロトフ。カクテルによって現実化されようなどとは思っ てもみなかった」と語ったとされるが,たしかにベートーヴェンのシンフ ォエーを社会的に実現することが難問であるようなものである。これにく らべれば,ヴィトゲンシュタインのモットー「およそ語りうるものは明晰 に語られねばならない」の方がよほど世間受けが良いのは間違いないとこ ろである。しかし,もちろんそれが科学言語のメタ理論か言語ゲームのた んなる記述かに終始するとすれば,歴史というものの本質的領域はついに 閉ざされたままに終わることもたしかなことである。
「文字どおりその場に存在する以上のものとしてあらわれるものが,自然におい て美しいものである。受容性なしには,そうしたいかなる客体の表現も存在しない であろうが,その表現はしかし,主体に還元されはしない。自然美は主体の経験の うちでの客体の優位を1麿に示している。自然美は,その解消を闇いかけつつ期待す る理解しがたいものとして知覚されると岡じように避けがたい義務としても知覚さ
(18)
れるe」
自然美はもちろんわれわれ人間にとってあらわれるものであり,主体の 契機を廃棄できないのは言うまでもないが,かと言ってそれは,われわれ が任意に撤回できるような主体による構成物のごときものではない。自然 美が「避けがたい義務(zwingend Verbind liches)」としてわれわれに受 けとられるのは,主一客関係のなかでの客体の優位,つまり客体の切迫し た促しがそこに告げられているからである。支配する主体と支配される客 体という図式は,自然の美的経験にあってはほとんど消失してしまう。自
然を「行為の客体」として構成する「擬似先験的枠組」(ハーバマス)は,
すくなくともここでは通用しなくなる。しかし,そうした経:験は,明確に 語りえないもの,規定しえないもの,「理解しがたいもの(UnverstXnd・
!iches)」である。それは同定する現与の概念の論理性からのがれていくか
らである。いや,むしろ概念が乗り越えられると積極的に書うべきかもし れない。この不可解さは,自立化されてはならず,ある特定のものの否定(die bestimmte Negation)として,その否定からある特定のものが現 出するものとして解釈すべきなのだ。なぜなら,その不可解さは,rその 解消を問いかけつつ期待する3のだからである。ここで閥題は歴史の地平 へ展開することになる。社会的支配の連続性,プラグマティックな有用性 のはりめぐらすネット・ワークの連続体が,ここで自然美という不可解な
ノ2
ものによって風穴をあけられているのは,やがて来たるべきものの痕跡な のである。
第三の合理性へ
r文字どおりの睨術へ退化するか,ミメーシス的衝動を物質的な合理性にゆずり わたしてしまうかの闇にある芸術のアポリアが,芸術にその運動法劉を定めるので ある。そのアポリアは取りのぞかれてはならない。あらゆる作品をつらぬくプロセ スの深部に,これらの契機の非和解性が刻みつけられている。この雰和解性が,和
(19)
解の形象である芸術の理念につけ加えられるべきである。」
ここで語られているのは,和解の理念によっては揚棄されない《呪術》
(ミメーシス,褒現)と合理性(物象化,精神化)の対立である。なぜアド ルノは芸術における呪術的遺産にこだわりつづけるのだろうか。それは,
呪術が,自然支配,科学ひいてはあらゆる社会的な冒的にむけた労働によ って管理される《実践》と,社会的にうちたてられた同一副性強制(ldexx−
titatszwang)の手のとどかないところではいたるところなおも働きつづ
ける《ミメ・・・・…一シス》へと分裂したのだとする入間学的な基本了解が,アド ルノにはあるからである。そうした実践を差し引いたのちになおも呪術に
残されたもの,すなわちミメ…一・一シス的振舞は,とりわけi美的な振舞のなか
に生きのびるのである。
美的表現は,認識批判的な観点のもとで,ミメー一シス的な,つまり支配 以前の自然への関係の再活性化として定義される。ミメーシスに対する原 理的批判(Entzauberungspr◎zeB)という歴史的条件下で,美的形象の
もつ表現の禦機のなかヘミメt ・ 一 シス的振舞が入りこんでくる。表現のなか でミメーシス的なものが再活性化されるわけだが,しかしこれは主体によ
って意識的に構成されるのであって,即自的にあたえられているものと考 えてはならないだろう。表現において,かつてのミメーシス的振舞が再活 性化されるように,自然の葵的経験においては,支配なき状態が想起され
るeしかし,歴史的に生成した合理性と無媒介に貫徹されるようなミメt・一・・一・・
シスは,たんなる退歩であろう。同じことが,自然美の理論についても言 える。自然葵の経験を,直接的に支配なき状態の約束として解釈すること はできない,美的な自然経験は,それがあの支配なき原状態を想起させる かぎり,アモルフなものへと融解してしまう危険をつねにはらんでいる。
主体の構成にとって必要な自然との直接的関係からの距離は,歴史的に生
成したものであり,この限りで客体化的実践は無反省に跳び越えられては ならない。運命的なものとしての自然(神話から科学にいたる自然像)か らのがれでた社会的存在が,はじめて自然を媒介された直接性として再建
する。
「運命としての詮黙からのがれでたものが,はじめて自然の回復に乎を貸すこと
(20)
になるだろう。」
この仮定は二つのことを含んでいるであろう。 「運命としての自然から のがれでる」経験は,自然美のうちで告知されており,しかもこれは歴史 的に規定されている美的経験一般の地平から生じる一一一定の歴史水準の 前提。これが一つ。しかし,それはいまだ前概念的な経験の層にしか関与
しえない一一その歴史水準の否定。これがもう一つ。結局こういうことに なるだろう。
「自然美は普遍的な同一性の呪縛の圏内にある粥物にきざまれた非同一的なもの の疲跡である。その呪縛が支配しているかぎり,いかなる非岡一的なものもポジテ ィブには存在しない、したがって,自然美はそれが約束するものと同じように,散
(21)
り散りで不確かなものにとどまる………。」
しかし,いかに散り散りで不確かなものであろうとも,その痕跡はぬぐ い消すことができない。来たるべき成功した社会が,はじめてこうした先 取りを現実のものとして展開する,つまり美的振舞が《実践》へと介入
していくかもしれないのだ。したがって,自然美はそうした社会のVor・
schein(出現の前ぶれ)なのである。
「同一一哲学者ヘーゲルに抗して自然美は翼理に密接している。しかし,もっとも {.22)
真近にせまった瞬間にそれは自らを包み隠してしまう。」
自然美の真理に対する反省は,肯定的判断に移行していくことはできな い。なぜなら,こうした判断は美的なものの仮説的地位を廃棄してしまう だろうからである。にもかかわらず,否それ故に自然美は真理に密接して いる。と欝うのも,自然美は現在の合理性と有用性の彼岸にある,いまだ 存在しないものからの光だからである。これなくしては,現与の擬似総体 的社会はまさしく総体的社会そのものとなって,未来への次元を閉ざすこ とになるだろう。アドルノはかれのヘーゲル論のなかで次のように語って
いた。
9そのすべての諸契機にわたって全体が雰真理であることを明示する光は,ユー 1・ピアに,これからようやく実現されうる全体的真理というユー一トピアにほかなら
な謂
現代芸術がそれによって支配的コミュニケー・一一一ションの範型に反逆する密
プ4
む や も り を
閉的性格(der hermetische Charakter)は,欝然の沈黙のうちにその 手本をもっている。社会における支配的なものを拒否することによっての み,芸徳作品はその合理性を展開することができる。自然美は,現在支配 的な《交換原理》と太古の混沌とした自然知覚である《現術》に対する第 三の合理性の経験である。和解を達成した社会が,はじあてこの第三の合 理性の仮説的地位を廃棄するにちがいない。
お わ り に
ここで提示されたのは,対象となっているテクストがわずかな量である にもかかわらず,あくまで断面図にすぎない。本稿はきわめて抽象的な概 括水準にとどまっており,テクストに登場する具体的な実例をほとんど検 討することができなかった。さらに「はじめに」で述べた間題意識を展開 するためにはアドルノに対する十分な批判的距離を前提するものである。
したがって,これも今後の課題として残ったわけである。結局わたしの本 文は余計なものであり,拙い訳ながら若干ちりばめておいたアドルノ自身 の文章が唯一の救いというところかもしれない。
アドルノの反体系的体系は,どこを切っても金太郎飴と同じように同じ 顔がでてくるところがある。あらゆるパッセー一ジが中心に対して等距離に あるわけだから,読者はただちにかれのガイストに参入しうる利点、があ る。したがって,本稿もアドルノを知らない読者にとっては,入門の役目 一一ォわめて不親切ではあるが一一を果すことができるかもしれない。し かし,アドルノの理論が明確な体系組織を欠いていることは,やはり弱点 でもある。グレンツが指摘しているような隆路をアドルノは避けることが できない。
「それは一一つのはっきりした二者択一である,つまり二芸術作融は意思疎通的
(kommunikativ)であるか一一一一一一 Lの場会作昂はしかしまたく粗野なプsuガンダ〉
にひとしいものである一意思疎通の体系(Kommunikationssystem)の批判 として翼なるものであるか,である。しかし,この場合は社会的に有効なものでは
(24)
ない。」
これは芸術作晶にとってのみならず,アドルノの理論にもあてはまるこ とである。アドルノはその隙路を避けようとはしない。背反する要請に身 をさらしつづけたと言えるだろう。そうした対決の跡が,われわれに残さ れたかれのテクストである。そもそも言葉が,かれの用語を借りれば,
《ミメー一シス》と《交換原理》を二つながらにもつヤヌス的存在であっ た。だから,およそ理論によってなにごとかを変えようとする人々にとっ て,コミュニケーションによってコミュニケーションを批判する人々にと って,アドルノは,それによって禽らの位置を計りうる座標でありつづけ るだろう。しかし,交換されうるもの(理論)によって交換されうるもの
(商品)を超えることは,いかにして可能なのか。
(1982.4.10脱稿)
註
(1}T.W.Adomo, Soziologische Schriften I, Gesammeite Schriften 8,
Frankfurt a. M.1972, S.574.
{2}Ders., Stichworte, K蹴ische M◎delle, Frank fu rt a. M.1969, S,16.
(3}Ders., Negative Dialektik, Frankfurt a. Mユ966, S.42.
(4}Ders., Asthetische The◎rie, Gesammelte Schriften 7, Frankfurt a.
M.1970,S.97−121.(以下ATと略記)
(5}1.1〈aRt, Kritik der Urteilskraft, B167f.訳文は以下によった。『判断力
批判』(上),岩波文障.篠田英雄訳,242ページ以下。Vg1. K. Sauerland, Einfuhrumg漁die Asthetik Adomos, Berlin。New
York 1979, Sβ1ff.
⑥Vg1. H。G. Gad段mey, Wahrheit und Methode,2. Aufl. Tttbingen 1965,
S.39ff.
{7)この点については,拙論『死滅する風景一美的なものの再定義のために五一』
(本誌13一妄憂) を参照⇔
(8}Vg1. Gadamer, a, a. O,
.(9) ATS.97,
(1① ATS。98。
のゆ
⑳ Vgl. H.P歌etz◎1d, Neo1narxistische Asthet圭k II,Dttsseldorf 1974, S. 28.
疹じドの展開は同書に負うところ大である。
働 ATS.102.
㈱ AT S.kO3。
(14} Ebenda.
㈹ ATS.113.
㈱J.Ritter, Landschaft(in)Snbjektivit践t, Frankfurt a, M.1974, S。
ユ4班.
なお上記拙論をも参照。
ゆの
G7) ATS.113。
ゆる⑬ AT S.IU.
(19}ATS.87.
ノ6
Vgl. K.M,Michel, Versuch, clie D;Nsthetische TheorieK zu vex"stehen
(in) Matci・)rialieR zur i;lsthe.tischen Thc.orie Th. W. Aclovnos, Konstruk'‑tion der Moderne, ht'sg, von B, 'Lindner uncl W. M. L"dke, Frankfut't
a. M. 1980, S. 62ff.
2e) AT S.105.
21) A'r s,ll4.
(22) All) S.115.
23) T.W. Aderno, Drei Studien zu Hegel (ik) Gesammelte Schriften
5, Frankfurt a. M. 1971, S. 325.
2es F. Grenz, Adornos Philosophie in Grtmclbeguciffeu, Aufl6sung einigex' Deutungsprobleme, Frankfurt a. M. I974, S. 18Z