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崇高と美の軌跡 −バイロンにおける自己離脱の諸 様式−

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

崇高と美の軌跡 −バイロンにおける自己離脱の諸 様式−

著者 門田 守

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 44

号 1

ページ 83‑104

発行年 1995‑11‑24

その他のタイトル The Contour of the Sublime and Beautiful − The Modes of Byron's Withdrawing himself from himself−

URL http://hdl.handle.net/10105/1623

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崇高と美の軌跡

バイロソにおける自己離脱の諸様式

門 田   守 (奈良教育大学英米文学教室)

(平成7年4月28日受理)

バイロソ(Byron, George Gordon Noel)は自己離脱を己の詩学の根本命題に挙げている。そ の誠直な姿勢は、 1813年11月27H付の彼の日記に見られる吐露に明らかである。

To withdraw myself from myself (oh that cursed selfishness!) has ever been my sole, my entire, my sincere motive in scribbling at all! and publishing is also the continuance of the same object, by the action it affords to the mind, which else recoils upon itself. (3.225)

この頃ちょうど彼は大陸旅行帰りの謎めいたロマソ的ヒーローとして、ロソドソ社交界でもて はやされていた。 『チャイルド・ ‑ロルドの巡礼』 (Childe Harold's Pilgrimage, I&II in 18121 III in 1816; IV in 1818)が大成功をおさめて1年あまり経ち、彼はすっかり時代の寵 児であった。しかしこんな時期にさえ、彼は自分という存在が重荷でしょうがなかったのだ。そ れは自己に背負わされた社会的アイデソティティの過刺さの結果であろう。己から己自身を引き 離して兵なる自己自身を手に入れること、それは過剰な自己との闘いであった。いわばバイロソ の人生そのものが社会的に像を結んだ自己と、自分でもわからぬ真の己自身の間での葛藤であっ た。幸か不幸か詩人としての思わぬ願望成就により、バイロソは詩人としての自己を摂政時代の 上流社会に売り込んでしまった。実はバイロソ自身は、 『チャイルド・ハロルドの巡礼』よりも

『ホラティウスからの暗示』 {Hints from Horace, 1831)の方を出版したかったのだ。それが出 版者のジョソ・マリ(John Murray)の意向もあり、前者が先に出版されてしまった。後者は 1811年に執筆されていたにも拘わらず、部分的には年を迫って出版されたが、最終的に全て纏まっ た形でL梓の目を見たのは詩人の死後のことであった。すなわち、図らずもバイロンは自己を社 会に売り込んでしまったといったわけなのである。いかに自己のイメージを読者階級に売り込む のかも、作家の戦略なのである(2)。バイロンは大陸旅行から帰還後、貴族院議員として政治の世 界に入っていった。また彼は、あるときは世馴れた親刺詩人として機知を売り物とした。また陰 影なロマン派詩人としての面も、間違いなくこの詩人にはあった。白身同性愛であったにも拘わ

らず、瑞々しい求愛の詩を数々の愛人たちに捧げる、感性のアクロバティクスも示された。そう してみれば異母姉オ‑ガスタ(Augusta Leigh)との近親相姦騒ぎにしても、その事実の信愚 性を大衆に売り込む商業的な行為の由があったことは否めない。またわざと妻アナベラ(Anne Isabella Milbanke)に自分が殺人者であると語ったり、当時重罪であった同性愛の傾向を暗示 したのも、自己を相手に案じさせ、売り込む行為であったのかもしれない。時代のパラダイムは

<正>‑<反>‑<合>という、 ‑‑ゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel)流の弁証法で あった。バイロソのイメ‑ジも相反する要素同十の戯れであった。彼には崇高な使命に燃えギリ

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門 間   守

シア救済に乗り出す人類愛もあったが、愛人クレア(Claire Clairmont)に産ませた女児アレグ ラ(Allegra)を 一人修道院で病死させる残酷さもあったのである。かくして政治家であり詩人、

同性愛者であり異性愛者、愛の詩人でありサディスト、救済者であり罪人等々という矛盾した人 間がバイロソなのである。さて、本当のバイロンとはどこにいるのか。バイロンとはどこにもい ない、ただの大衆の生み出したイメージに過ぎないのであろうか。そしてヴィクトリア時代を席 巻した、あのバイロニズムなるものはまさしくバイロンが/1三んだイメージの蔓延であった。分裂 を続けるバイロソ像は詩人バイロソ白身をして、 JLめどなく拡散を続ける自我地獄に突き落とさ なかったのか。彼の自意識の深淵は分裂し、本来の自己を見失った白己の複数性の問題が発生し てくる。こうした自己への執着の課題からの解決法が、崇高と美という18世紀からの時代の美学 的感性であった、と私は考える。

崇高と美自体がそれ自体重大な文学的テーマであり、複雑に錯綜を続けている観がある(3)。そ こで崇高と美の関係を初めて心理学的立場から考察したバーク(Edmund Burke)の『崇高と 美の起源に関する哲学的省察』 (A Philosophical Enquiry into the Origin of our Ideas of the Sublime and Iお蝣autiful, 1757)に、その概念規定の根拠を置くことにしよう。バークによれば、

崇高によって捉えられたときの人間の感情は驚鍔(astonishment)であるという。

The Passion caused by the great and sublime in nature, when those causes operate most powerfully, is Astonishment; and astonishment is that state of the soul, in which all its motions are suspended, with some degree of horror.

In this case the mind is so entirely filled with its object, that it cannot entertain any other, nor by consequence reason on that object which it employs. Hence arises the great power of the sublime, that far from being produced by them, it anticipates our reasonings, and hurries us on by an irresistible force. Astonishment, as I have said, is the effect of the sublime in its highest degree; the inferior effects are admiration, reverence and respect.

(57)'ォ

要するに、巨大な自然界の造形物に接した人間の心はその壮大さに胸うたれ、同時に恐怖感を 伴う驚情のうちに理性的判断能力を失うのである。その際にわれわれの文脈において大事なこと は、崇高の瞬間には精神の空白状態が起こる、すなわち自我が失われた状態が生まれるというこ

とである。これはバイロソが陥った自我の陥穿からの逃避には最適な心理であろう。

バイロンはこれと同Ob理的体験をした(あるいはしたと感じた)ことがある。それは近親相 姦や妻虐待の嫌疑でイギリスを追われた後、 1816年にアルプスに滞在したときのことであった。

オーガスタに宛てた形で書かれたアルプス滞在日記(Alpine Journal)車で、彼はアルプスで の体験をこう告白している。

I was disposed to be pleased一一I am a lover of Nature‑and an Admirer of

Beauty‑I can bear fatigue‑& welcome privation‑and have seen some of the noblest views in the world.‑But in all this‑the recollections of bitterness‑&

more especially of recent & more home desolation‑which must accompany me

through life‑have preyed upon me here一一and neither the music of the

Shepherd‑the crashing of the Avalanche‑nor the torrent‑the mountain‑the

Glacier‑‑the Forest‑nor the Cloud一一have for one moment‑lightened the

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weight upon my heart‑nor enabled me lose my own wretched identity in the

majesty & the power and the Glory‑around‑above一一& beneath me. (BLJ 4.

104‑5)

彼の心に逆巻く忌まわしきイギリス社会での思い出は、決して崇高なる風景の中で消え去るこ とはなかった。 18世紀的崇高の特徴である風景の宗教性(5)は、バイロソにおいては実現していな い。ルネサソス期における神は被造物のLに立つ超越的存在であるという思考法は、 18世紀の理 性的啓蒙期には神はそのままにして栄光ある被造物中にあるという理神論的思考法に変わる。ロ マン派はこれに対し、自らの内側から崇高なる状態を醸成したのであった(6)。

バイロソは18世紀的崇高とロマソ的崇高のどちらにも与してはいない。彼には前者における自 然と神を同一・視する、崇高における宗教性を示すことがないからだ。もちろん宗教的要素を風景 の内部に認める動きは彼にはある。しかしながらそれは願望としての段階で語られているのであっ て、自然の中に身を委ねて自我を無化し、宗教的熱狂に浸る素直さなどは彼にはありえない。ま たロマソ派的に隈想のうちに過去の記憶に癒しを求め、自己と自然と他者との融合関係に安心立 命を得る、荘重な精神は彼には望むべくもない。では、バイロソとはいかなる態度を崇高に対し て取ったのか。それは精神の絶えざる動き(mobility)の中で常に自己を活動状態に置き、そこ で自己忘却(selトforgetfulness)を得るという手法であった。ところが、その中でバイロソは 崇高から美へという方向性を常に示しているのである。崇高から美とは自然から人間へ、男から 女‑、遠きから近きへ、巨大から嬢小へといった方向性をもつ。では、彼の詩作品が常に志向し ている天とはいかなる意味をもつのか。それは18世紀の文脈で考えれば崇高の空間であるが、バ イロソにおいては美の要素ももつのである。以下、彼の崇高と美について個々の詩作品を検討し ていこう。

I

『チャイルド・‑ロルドの巡礼』とは旅行記の体裁をもつ、バイロソの詩魂の遍歴である。第 I、 II篇はポルトガル、スペイソ、ギリシアなどへの旅程を、第III、 Ⅳ篇はフラソス、スイス、

イタリアなどへの旅程をもつ。しかしながら、詩人の精神の遍歴としては卑購なる地上から天上 の栄光へという方向性が一貫して見られる。そして天はこの作品では女性的なイメージをもつ空 間である。それは母性I‑・般が支配する癒しの空間である。であるから天上あるいは無限空間をあ

くまで崇高の対象として眺め、宗教的思慕を向ける18世紀人の感性だけでこの詩は読み解けない。

たとえば語り手がギリシアに到着した第II崩では、天は明確に女であり、具体的には女神アテ ナ(Athena)である。

Come, blue‑eyed maid of heaven!‑but thou, alas!

Didst never yet one mortal song inspire‑

Goddess of Wisdom! here thy temple was,

And is, despite of war and wasting fire.‥ (II. 1)<7;

天上の乙女とアテナとは必然的な結びつきはない。バイロンがイメージしたアテナは知恵の神

というよりも、天上の栄光と地上の卑膿とを表す一つの指標なのである。何故なら次に描かれて

いるのはアテナの崇高さを理解できない、ギリシアを占領しているトルコ人たちの"the dead

sceptre and dominion dire (II. 1)だからである。バイロソがギリシアを訪問したのは1809

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86 I") HI

年のことである。この頃ギリシアはトルコ支配トで荒廃し、神殿は弾薬庫として利用され、かつ ての栄光はもはや見られなかった。そこに崇高さを求めるバイロソは必然的にギリシアの過去の 世界を見つめねばならない。

過去とは崇高をもたらす一つの様式であり得る。天上と地Lとは空間的に質が違う領域である。

しかしギリシアの過去はそのかつての完全きを努常とさせ、語り手に限前に広がる廃嘘との永遠 に埋められない時間的質の差を示唆する。

Ancient of days! august Athena! where,

Where are thy men of might? thy grand in soul?

Gone‑glimmering through the dream of things that were:

First in the race that led to Glory s goal,

They won, and pass d away‑‑is this the whole? (II. 2)

バイロソが「どこに行った」 ("ubisunt )の形式でかつてのギリシアの栄光を描くのは当然 のことである。過去と現在との距離感がその質の差を伴って、崇高を生み出すのである。ギリシ

アにしろローマにしろ、過去は今や堕落した現在と重ねられ、重層的に今の瞬間の虚しさを生み 出す。この過去への固着は自己の過去‑のそれでもある。バイロソは大陸旅行に出発する前はケ ソブリッジ大学で遊蕩時代を送り、自己の[柑勺さえ見出せない状態であった。そこに何らかの打 開策を見出すため、強引に彼はヨーロッパに渡ったのである。その旅には自己救済の目的もあっ

wgm

さてここでの崇高の特徴は、ほとんど例外なく女性が介在していることである。そして女性性 (femininity)とほとりも直さず、美の原理的特徴なのであるO バ‑クは"By beauty I mean,

that quality or those qualities in bodies by which they cause love, or some passion

similar to it. (91)と言い、美に関わる感情をもよおさせる根本原理として愛を挙げる。そし て愛の悉くが女性原理に結びつけられる。滑らかさ(smoothness)、穏やかな曲線なす変化 (gradual variation)、繊細さ(delicacy)、目つき(the eye)、優美さ(grace)などは全て女 性的特徴である(8)。実際、バ‑クは繊細さについてその女性件との繋がりを̀̀The beauty of

woman is considerably owing to their weakness, or delicacy, and is even enhanced by

their timidity, a quality of mind analogous to it. (116)と述べ、美の原理と女性性のそれ との均質性を明かしている。しかしバークは女性性を崇めるという態度は示してはいない。彼は 崇高と愛の関係を崇拝(admiration)と服従(submission)の関係になぞらえて、こう言う。

The sublime, which is the cause of the former [admiration], always dwells on great objects, and terrible; the latter [love] on small ones, and pleasing; we submit to what we admire, but we love what submits to us; in one case we are forced, in the other we are flattered into compliance. (113)

彼によれば、女性性は本来支配されるためにあるのである。そしてバークは"Beauty in

distress is much the most affecting beauty. (110)とも言う。苦しむ美こそ最も美しいとい

うよりも、端的に言えば、苦しむ美女こそ最も美しいと言うべきであろう。何故ならバークはこ

の直後"Blushing has little less power; and modesty in general (110)と言い、現実の女性

の姿を意識していることは明確なのだから。さて岬吟するかつての美に覆われし国、幼少時から

憧れ続けた国ギリシアはバイロンにとっては「苦悶する美女」なのではなかろうか。確かにギリ

シアは勇壮なるスリオート族(the Suliotes)が暮らし、偉大な男性的過去をもつ同家であった。

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しかしながら、現実の国際秩序の中では他国に依存せねばならない国にギリシアは堕していた。

とすればバイロソの意識には救わねばならない、愛する美(‑美女) ‑の思慕があったに違いな い。だから彼がギリシア遠征出発時に、何故あれほどイギリスに帰りたがり、自分を捨てた家族 への思いを新たにしているかは容易に理解できるのである。端的に言ってしまおう。彼のギリシ ア行きとは、少なくともその‑・部分は、妻アナベラ‑と、そしてその子エイダ(Augusta Ada)へと尽くせなかった愛の補償行為なのだと。

見捨てられたギリシアは汚された、光輝ある土地である。そしてその荒廃した土地から一つ一 つあさましく、その美を剥ぎ取るのはあのスコットラソドのエルジソ卿(Lord Elgin)である。

エルジソ卿もイギリスもギリシアの遺跡の断片を本国に持ち帰ったのである。かつてナポレオソ (Napoleon Bonaparte)との戦争においてはイギリスはギリシアを守護したが、いつしかその 姿勢を翻し、利得の対象としてしか見なくなった。語り手の態度はこうである。

COld is the heart, fair Greece! that looks on thee.

Nor feels as lovers o er the dust they lov d;

Dull is the eye that will not weep to see

Thy walls defac d, thy mouldering shrines remov d By British hands, which it had best behov d To guard those relics ne'er to be restor d. (II. 15)

恋人の死を悼む視線こそがギリシアを見つめる視線であるべきなのだ。守るべき人間化された 空間がギリシアであり、そこには崇高とともに美も間違いなく含まれている。この直後に"But where is Harold? shall I then forget / To urge the gloomy wanderer o er the wave? (II. 16)という行が流れ、不意に‑ロルドが語り手によって忘却されていたことがわか る。次第に語り手は‑ロルドと一体化し、全ての詩行がバイロソの措定した語り手の紡ぎ出す詩 的感興と化すのだ。そういう道行きを見通してみれば、ここで‑ロルドが忘れ去られることは、

語り手が行っていることがIl一一貫して自己の心理に播る事柄を現前させることであったことを明か している。つまり、バイロソの詩作品は常に1人称の語りの世界であるということだ。こうした 思いは第Ⅳ篇でのローマの廃塊を前にしたときの自己の記憶の吐露‑と繋がるのである。

アルプスでの語り手の体験は、新たな崇高の意識の吐露である。そしてアルプスとは18世紀人 にとってうってつけの崇高なる風景であった。 1710年にユトレヒト条約(the Treaties of utrecht)が締結され、スペイソ継承戦争にけりがつき、イギリス人たちは自由にアルプスの崇 高美を味わうことができるようになった。 17世紀まではアルプスは嫌悪の対象でしかなかったの だから、新たな美意識が18世紀に起こったことになる。大陸旅行に出かけたイギリスの貴族階級 の紳l:たちはイタリアの古代文明の栄光とその朽ち果てた姿に接する。その体験から廃櫨を措き 込むことが多かったクロ‑ド・ロラソ(Claude Lorrain)、サルヴァトール・ローサ(Salvator Rosa)、ニコラ・プッサン(Nicholas Poussin)らの絵画がイギリスにもたらされ、ピクチャレ スクの流行を巻き起こすことになる。ピクチャレスクは絵画を鑑賞するための定式化された美的 原理であり、不規則でぎざぎざとした岩肌に、楽しき恐怖感を感じる程度の18世紀的美学の手引 きをなすものであった。それでもピクチャレスクは極度に高まった精神の緊張の内に、自我の重 荷の空白感を味わう崇高‑の道案内をすることになる。

デニス(John Dennis)は1688年10月25日付の書簡の中で同月20日から24日にかけて、リヨソ

(Lyons)を出発してアルプスを登撃した折りのことを綴っている。その偉大なる連峰を目にし

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門 田   守

た彼の驚喜ぶりはまさしく新しい感性の誕生を語っている。

In the mean time we walk d upon the very brink, in a literal sense, of Destruction; one Stumble, and both Life and Carcass had been at once destoy d. The sense of all this produc'd different motions in me, viz. a delightful Horrour, a terrible Joy, and at the same time, that I was infinitely pleas d, I trembled. (II. 380)<9)

さらに、彼の感情には喜びと敬慶さが含まれていた。

I am delighted, tis ture at the prospect of Hills and Valleys, of flowry Meads, and murmuring Streams, yet it is a delight that is consistent with Reason, a delight that creates or improves Meditation. (II. 381)

宗教的崇高ということであれば、アディスソ(Joseph Addison)は無限に広がる宇宙空間を 秤‑の讃美を引き起こす、崇高なる対象として認めている。彼は無限空間への思慕をこのように 伝えている。

.‥ When I considered that infinite Hoste of Stars, or, to speak more

Philosophically, of Suns, which were then shining upon me, with those innumerable Sets of Planets or Worlds, which were moving round their

respective Suns; ‥ I could not but reflect on that little insignificant Figure

which I my self bore amidst the Immensitiy of God s Works. (IV. 529‑30)<10) 主体の卑焼きと対象の高貴さとの懸隔が絶対的に埋められない距離感を生み出し、そこに畏怖 心を伴う宗教的枇惚状態が発生する。これは1714年7月9日付の『スペクテイク一誌』 (The Spectator)の第565号からであるが、それ以前にもアディスソは巨大な自然風景のもたらす崇高 について言及している。バークの崇高論にも関わることなので、少し長くなるが、引用しよう。

By Greatness, I do not only mean the Bulk of any sinlge Object, but the Largeness of a whole View, considered as one entire Piece. Such are the Prospects of an open Champian Country, a vast uncultivated Desart, of huge Heaps of Mountains, high Rocks and Precipices, or a wide Expanse of Waters, where we are not struck with the Novelty or Beauty of the Sight,

but with that rude kind of Magnificence which appears in many of these stupendous Works of Nature. Our Imagination loves to be filled with an Object, or to graspe at any thing that is too big for its Capacity. We are flung into a pleasing Astonishment at such unbounded Views, and feel a delightful Stillness and Amazement in the Soul at the Apprehension of them.

The Mind of Man naturally hates every thing that looks like a Restraint upon it, and is apt to fancy it self under a sort of Confinement, when the Sight is pent up in a narrow Compass, and shortned on every side by the Neighbourhood of Walls or Mountains. (III. 540‑41)

これは1712年6月23a付の『スペクティタ‑誌』の412号からである。ここにはバ‑クの『崇

高と美の起源に関する哲学的省察』における内容と驚くほど近い主張がある。ナチュラル・サブ

ライムに対する精神の空白性、恐怖感、解放状態への愛好など、バークの論としっかりと一致す

る。とりわけ精神が包摂しきれないほどの圧倒的な迫力をもつ事物に捉えられた際の心理機能の

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一時的停止は、バークの持論と完全に一致している。バークの論考が出たのが1757年のことであ るから、それ以前にアディスソは崇高の心理を見出していたのであろう。われわれの文脈で考え れば、とりわけ巨大な山脈に対するアディスソの偏愛はバイロンのアルプス‑の美言に通底して いることを確認しておかねばならない。

バイロソのアルプス描写はとりわけ『チャイルド・‑ロルドの巡礼』の第III篇に集中して現れ ている。詩人は1816年の初夏から秋にかけてスイスをいわばェグザイルの旅の過程で訪れた。最 初はシェリー(Percy Bysshe Shelley)たちと一緒であったが、後半は朋友ホブ‑ウス(John Cam Hobhouse)と行動をともにした。ここでのバイロソの風景描写の特徴は、自分がなんと か眼前の自然の 一部を成し、その中に有機的に溶け込んでいるという意識をもつことである。圧 倒的な巨人な自然の与える崇高の中で自己忘却を得ることが詩人の意図であった。アルプスの威 容はこうである。

‥ Above me are the Alps,

The palaces of Nature, whose vast walls Have pinnacled in clouds their snowy scalps, And throned Eternity in icy halls

Of cold sublimity, where forms and falls The avalanche‑the thunderbolt of snow All which expands the spirit, yet appals, Gather around these summits, as to show

How Earth may pierce to Heaven, yet leave vain man below. (III. 62) 凍れる崇高たるアルプス連峰は男性的威圧力を秘める。 "The avalanche‑the thunderbolt of snow!'という語句はフロイト(Sigmund Freud)的な父による処罰観念を想起させる。事

実、この篇での自然描写は父なる存在による処罰と母なる存在による癒しとが頻繁に出てくる。

父とは男性原理、母とは女性原理である。つまり前者は崇高、後者は美という意識的分割がここ に潜んでいる。精神的癒Lとしての自然は確かにこの作品中に存在している。アルプスの風景に も心慰めるものは確かにあるのだ。

Where rose the mountains, there to him were friends;

Where roll d the ocean, there was his home!

Where a blue sky, and glowing clime, extends, He had the passion and the power to roam;

The desert, forest, cavern, breaker s foam, Were unto him compaionship> ‑. (III. 13)

ここでの自然に威圧するものは何もない。凝視する者をして抱きとめる母親的な愛情が感じら れる。そして風景が人間として捉えられていることに注目すべきであろう。 "friends 、"home 、

"companionship とは語り手と自然との人間的地平での合一感を生み出す語嚢である。人間化

とは美への方向と言って差し支えあるまい。自然の中で孤高を楽しみ、高き達成を求めることは

崇高の方向性をもつ。すなわち、それは『マンフレッド』 (Manfred, 1817)の中の主人公がア

ルプスの中で、苦労の末にファウスト的魔力を得たことと呼応する。メアリー・シュリー

(Mary Wollstonecraft Shelley)の『フランケソシュタイソ』 (Franke聡tein, 1818)における

ヴィクタ‑ (Victor Frankenstein)が科学的達成の果てに、個我の極北に破滅を見出したこと

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とも対応している。メアリーが批判したのはシェリーが、そしてバイロソが家庭や人間との交渉 を避け、崇高なる風景の中に魂の慰安を求めたことである(ll)。同じアルプスを扱うにしても、メ アリ‑の視点は水平的であり、人間的要素に満ちている。

To what different scene are we now arrived! To the warm sunshine and to the humming of sun‑loving insects. From the windows of our hotel we see the lovely lake, blue as the heavens which it reflects, and sparkling with golden beams. The opposite shore is sloping and covered with vines, which however do not so early in the season add to the beauty of the prospect. ( I 18)(

メアリーの視点が美の視点であるのは首肯できるのだが、われわれはバイロソの視点もまた美 の視点に賞かれていることを見出すのである。

‑ロルドは"icy rocks"及び"Contending tempests (III. 45)に囲まれているが、語り手は4く 意に"Away with these!と言い、 ‑ロルドを別の風景に導く。

Maternal Nature! for who teems like thee, Thus on the banks of thy majestic Rhine?

There Harold gazes on a work divine, A blending of all beauties; streams and dells,

Fruit, foliage, crag, wood, corn field, mountain, vine, And chiefless castles breathing stern farewells

From gray but leafy walls, where Ruin greenly dwells. (III. 46)

先程見た、メアリ‑との視点の同一一件が理解されるであろう。さまざまな人間的要素とともに 母たる自然に抱かれる喜びがうたわれている。これは‑ロルドを媒介として人間との繋がりを模 索する語り手の姿勢を表している。自然そのものも人間化され、美の空間として描かれている。

ライン川周辺の人間的要素への関心は容易に、詩人バイロン自身の人間交流の記憶‑と繋がって いるのである。世の中の人々への関心はこのように表現されている。

It is in vain that we would coldly gaze On such as smile upon us; the heart must Leap kindly back to kindness, though disgust Hath wean d it from all worldlings: thus he felt, For there was soft remembrance, and sweet trust In one fond breast, to which his own would melt, And in its tenderer hour on that his bosom dwelt. (III. 53)

"one fond breast とは異母姉オーガスタのことである。というのは、第55番スタソザ以降に オーガスタに宛てた叙情詩の形の手紙が続くからである。それ以前にも人間的要素はたっぷりあ る。 "The helpless looks of blooming infancy (III. 54)はエイダを指すであろう。たとえオー ガスタの産んだ子が我が子だとしても、この子はエイダとするのがバイロソの真意であろう。と いうのは、強引にその子との愛の寵もった交流が自分から奪われたことが"the nipp d affection (III. 54)という吉葉で言及されているのだから。これはアナベラとの離縁とともに、

その子への親権も剥奪されたことに関与している。教会や社会が与える杵よりも固い杵で結ばれ

たオーガスタとの関係を懐かしむバイロソは、それほど人間との秤を欲したのである。彼が移し

(10)

い最の書簡を本国イギリスに送り、それが彼の文学的遺産のかなりの部分を成していることは事 実である。また、手紙は頻繁に返信を求める語句で結ばれていた。また彼はほとんどの詩の中で

自分の身辺のことをロマソ的筆致で、あるいは自分に見えた社会状態を理性的謝刺の形でしか語 らなかった。いずれにしても、視点の*.(jには自分しかいなかった。 『マソフレッド』でさえ、

オーガスタに宛てた内心の苦悩の吐露と言えよう。であるならば、彼の詩は常に他者を措定して いるとriえまいか。どのようなレベルにおいてにせよ、常に他者に向けて書かれたのが彼の詩だっ たのである。そして他者を認め、他者との関係を指向することは、紛れもなく美の心理に貫かれ ているのである。

オーガスタに宛てた4スタンザからなる私信は、人間化されたライソ川流域の様子を伝える。

全てのスタンザが彼女‑の思いで結ばれている。ドラヒェソフェルズ(Drachenfels)城を巡る 辺りのライソ川の様子は次のようである。

The castled crag of Drachenfels

Frowns o er the wide and winding Rhine, Whose breast of waters broadly swells Between the banks which bear the vine, And hills all rich with blossomed trees, And fields which promise corn and wine, And scattered cities crowning these, Whose far white walls along them shine, Have strewed a scene, which I should see With double joy wert 〃跳with me! (1)

水かさを増す水は女性的慈愛を表すように思える。何故ならそれは川岸の農植物は言うに及ば ず、丘に花を咲かせる樹木、穀物や葡萄の収穫をもたらす畑をも養うものだから。そこに点々と 連なるfE店はこの牧歌的風景に実に相応しい。こういう人間的風景に是非ともオ‑ガスタを連れ て来たい語り手は、隣人愛を求める願いを吐露している。愛こそが美という原理に還元されるも のだ。花を摘んでくれる田舎娘や緑なす木々に言及した後、この私信はこのように閉じられる。

Nor could on earth a spot be found To nature and to me so dear,

Could thy dear eyes in following mine Still sweeten more these banks of Rhine! (4)

風景に意味付けを行うのはオーガスタなのである。それは愛故にこそ、語り手の心に犯みいる 慈しみの空間であった。ライン川自体が慰めてくれる人間としても形容される。 "Thine is a scene alike where souls united / Or lonely Contemplation thus might stray (III. 59) であるので、この地は人と人を接合する空間なのだ。バイロソにとってアルプスは崇高なる空間 であった。さらに、それを描写する際には、 18姓紀の崇高美学の意識によったのは確かである。

しかしながら否応なく人間的興味をそこに重ね合わせて描くことによって、アルプスには美の空

間としての要素もあったのだ。

(11)

92

門 田   守

II

『チャイルド・‑ロルドの巡礼』には、なおも崇高感を呼び起こす空間がある。それは第Ⅳ篇 に現れるローマの巨大な廃城群である。コリセウム(Coliseum)がその中心である。この巨大 な廃嘘は大きさのみで崇高となるわけではない。その過去の栄光という時間の要素が加わるから こそ、複限的にわれわれはこのトポスを考察しなければならない。しかも語り手がここを訪れた のは深夜である。深夜の闇の中から巨大な廃嘘が浮かび上がってくる。闇は現在との接点を除去

し、己の忌まわしき過去との対時を促すであろう。そのような状況設定はバイロソが過去を思い 起こす縁として、この空間を捉えていることを支持する要素となる。

ともあれ、この古代の闘技場の様子はこのようである。

Arches on arches! as it were that Rome, Collecting the chief trophies of her line, Would build up all her triumphs in one dome, Her Coliseum stands; the moonbeams shine As twere its natural torches, for divine

Should be the light which streams here, to illume This long‑explored but still exhaustless mine

Of contemplation. ‥ (IV. 128)

ロ‑‑マそれ自身の歴史を象徴するようなコリセウムは、巨人さと悠久の過去を誇る点で、まこ とに崇高なトポスであるO時間の長さが人いに崇高に関わることは述べたが、巨人な建築物もバー クの指摘する崇高な事物である。彼は建造物の崇高については"To the sublime in building,

greatness of dimension seems requisite! for on a few parts, and those small, the

imagination cannot rise to any idea of infinity. (76)と言い、その巨太さを崇高のための 要因とみなしている。それだけではない。闇についても、バークはロック(John Locke)の見 解に言及しつつ、その崇高‑の寄与を主張している。ロックは闇は人間にとって/f三得の恐怖の対 象でないと言う。彼にとっては子供の成長過程に沿って、闇と幽霊や悪鬼が観念的に結びつけら れていくからこそ、闇に対する恐怖感が醸成されていくのである。ところが、バークは闇への恐 怖感は人類I‑一般の深い心に根ざしていると考えている。それは闇の中では自己の位置が確認でき ず、どの程度の安全性が確保されているのか保障されないからである0 "We have considered

darkness as a cause of the sublime; and we have all along considered the sublime as depending on some modifications of pain or terror (143)と言い、バークは恐怖や緊張感 が闇の向こう側にある感性であることを明かす。

恐怖とは過度であってはならない。完全に絶望的な状態では逆に、崇高の意識は発生しない。

崇高とは必ず、主体の側の安全性が確保された状況でなくてはならないのだ。この自己の安全性 と危険性との紙1‑一重の差とは、バークが自ら非人道的行為として挙げているロンドン大火の描写 で理解されるだろう。彼は己が完全に安全な位置にいてロンドンの惨状を眺める人間の心理をこ

う伝えている。

This noble capital [London], the pride of England and Europe, I believe no

man is so strangely wicked as to desire to see destroyed by a conflagration or

an earthquake, though he should be removed himself to the greatest distance

(12)

from the danger. (47‑48)

現代において戦場や災害を映像を通してヴァーチュアルに眺める人間は、己の感性が18世紀の 崇高の心理に根ざしていることを知らねばなるまい。他者と自己の絶対的距離感は、神あるいは 無限空間と自己との絶対的距離の生み出す次元のズレが生み出す錯覚である(13)。いわば宗教的畏 怖感や虚脱感は垂直的視点を失い、地L化され、自然の偉大なる事物‑の畏怖感へと水平されて しまったのである。それだけなら、まだいい。崇高が内面化され、そこから崇高が本来裡に抱い ていた宗教性が希薄化された場合、内的エクスタシーは単なる自己疎外に姿を変える。オックス

フォ‑ド大英語辞典によれば、エクスタシー(ecstasy)の語源とは"exstasis 、すなわち"to put out of placeや"to drive a person out of his wits'という意味である。この意味が本来 あるべき状態から逸脱することであることは断るまでもない。これはわれわれが既に見た"To withdraw myself from myselfをH的とするバイロソの詩学と‑一致するのではないか。安全な 位置に自己を置き、他我として指定された自己の写しを捨て去ることは、完全に崇高の心理に合 致している。バークはさらにそうした崇高の瞬間の密やかなる喜びについて、こう言及している。

SO it is certain, that it is absolutely necessary my life should be out of any imminent hazard before I can take a delight in the sufferings of others, real or imaginary, or indeed in any thing else from any cause whatsoever. (48)

バイロンの詩作とは絶えざる自己放棄である。ありていに言えば、彼は繰り返し自己抹殺の詩 を書き続けたのだ。 『アバイドスの花嫁』 {The Bride ofAbydos, 1813)、 『マンフレッド』 、

『サーダナパラス』 (Sardana如Ius, 1821)など、描かれた実体は自己の壮絶なる死の劇化であっ た。こうした詩作品における自己の死とギリシアのミソロソギ(Missolonghi)での擬似的英雄

としての死は無縁ではない。バイロンが詩作において行ったことは、延々と自殺願望を露呈した ことに過ぎなかった。いつか必ず来る死に向けての予行演習とも言える、死の模倣行為こそが彼 の詩(特に詩劇)の実体なのだ。そこでバークの言った惨禍を眺める人間と眺められる人間の間 の差が、バイロソの詩人と詩劇中の彼の他孜との関係に置き換えられるのである。 『サーダナパ

ラス』中でアッシリア(Assyria)の大宮殿とともに大火に焼かれ死んでいく同名の主人公は、

まさに崇高な死を遂げる。その徹底的に自己を焼き尽くす、懐惨さは自己の死を他我の死に託し た、まさにバイロニックなタヒであった。

さて、 『チャイルド・ハロルドの巡礼』での闇とはこの自己と他我の分離を予表しているので ある。薄暗がりだったこの廃嘘には未だ日が射していたときには、 "Hues which have words, and speak to ye of heaven (IV. 129)という天上の栄光を伝える神々しさが漂っていた。そ の清澄なる雰園気はこの巨人なるモニュメソトにたゆたい、ここに人類の偉大な過去の遺産と天 の汚れなさを繋ぐ縁となっていたのであった。時間とは"the beautifier of the dead, / Adorner of the ruin (IV. 130)であった。しかし時が満ち、辺りはすっかりと闇に包まれて

しまう。廃嘘には天上の影響力はもはや及ばない。廃嘘は依然として巨大な物象であり得る。し かしそれは語り手の内面では超越を許さない、欝屈とした自我世界と化してしまうのだ。物理的 には広大であっても、現象としてはそれは幽閉の場となるのだ。廃櫨に液る力は自我解放ではな

く、ある呪力の如く、語り手の心理を拘束する。このようにである。

The seal is set.‑Now welcome, thou dread power

Nameless, yet thus omnipotent, which here

Walk st in the shadow of the midnight hour

(13)

94

門 田   守

With a deep awe, yet all distinct from fear (IV. 138)

問題は"The sealなるものが廃城を巡る空間から11ちLってくるのか、あるいは語り手の内 面の世界から彼を呪縛し始めるのか、どちらなのかである。闇の帳(threshold)に閉ざされた 世界とは自閉的空間であって、その意味で私にはこの場は外の闇の世界に反射された自我が己自 身を閉じ込めてしまうのだ思える。事実、語り手はこの空間ではt観と客観の奇妙な混清状態を 訴えている。

.‥ we become a part of what has been,

And grow unto the spot, alトseeing but unseen. (IV. 138)

語り手は自分がいて、自分がいない状況に気づく。帳の英語"threshold とは識閥の意味をも つ。闇に向こう側に語り手が自己の内由を覗き込んでいることは、何の造作もなく理解できるで あろう。またオックスフォード大英語辞典は"threshold"の前半部分が̀̀to tread, trampleの意 味をもつ"threshに由来すると言う。閥とは「跨ぎ越えること」を前提とするならば、ここでの 語り手は園を越えて自らの潜在意識の世界に向かうと言っていい。問の世界に自己の内面を見る

とは、まさに『マソフレッド』の巻頭の場面と同じである。暗夜の中に脱気に浮かび上がるラン プの明かりを見つめるマソフレッドは"My slumbers‑if I slumber‥are not sleep, / But a continuance of enduring thought (I.i. 3‑4)と岐き、 7人の精霊を召喚し、己が内面の世界 を覗き込む。この悩み多き異世界の旅人は第7番目の精霊が纏った美女の姿によって、眠ること

も死ぬこともできない呪いをかけられる。バイロンの個人当所青を反映させれば、美しきこの乙女 はあの詩人が虐待を加えた妻アナベラを表しているのであろう。興味深いことは、かつてバイロ

ンが妻に加えたはずの呪いがそのままの形で彼の地裁たるマンフレッドに過ってきていることで ある。ここには、恐ろしきまでの自我の回転する世界が含まれているのだ。美女の叶く"Lo!

the spell now works around thee (I. 258)という台詞は、 『チャイルド・ ‑ロルドの巡礼』

の第Ⅳ篇での呪力が語り手を捉える様子とまさに ‑致しているO両作品ともに自我世界‑の幽閉 というテーマを取り扱っているのである。

『チャイルド・‑ロルドの巡礼』での暗闇から浮かび上二がったのは、 ‑人の闘士の姿であった。

もちろん、その場に現実の古代の闘ILなどいようはずがない。語り手は切々と彼の別封の表情を 描き出す。

I see before me the Gladiator lie:

He leans upon his hand‑his manly brow Consents to death, but conquers agony, And his drooped head sinks gradually low‑

And through his side the last drops, ebbing slow From the red gash, fall heavy, one by one, Like the first of a thunder‑shower! ... (IV. 140)

言いたいことは、この闘士がバイロソ自身の他我であるということだ.何故なら、この瀕死の

勇夫はまさに作者白身の個人的事情を如実に反映しているのだから。彼はドナウ川(the

Danube)の卜流にある固ダキア(Dacia)に家族を残し、ローマの奴隷としてこの地に連れて

来られている。無理矢理に観客のものぐさみのためにコリセウムで戦わされる彼は、スイスの山

間の別荘ディオダティ館(the Villa Diodati)に居るところをイギリス観光客に望遠鏡で盗み

見されているバイロソの姿に似てはいないだろうか。しかもこの強者と同様に、バイロンもイギ

(14)

リスに妻アナベラとその子エイダを残しており、個人的スキャンダルを原因にして無理無体に故 郷を追放されている。無慈悲な観客の前で"the plaything of a crowd (IV. 141)となってい る奴隷兵吊ま、バイロソ彼自身の闇夜の投影である。すなわち、コリセウムは詩人の呪わしい過 去との対崎のための心の廃城であったのだ。ワイスケル(Thomas Weiskel)流に言えば、この 廃城での自己投影のための崇高は負の崇高(the negative sublime)と考えられよう。精神を 解放して浄化する正の崇高(the positive sublime)とは遠い、己を恐怖なり不安の神に萎縮さ せ、閉じ込めてしまう負の体験しか語り手はもち得ていないのであるから(14)。

A ruin‑yet what ruin! from its mass / Walls, palaces, half‑cities, have been reared (IV. 143)と驚惰する語り手は、精神をずたずたにされている観がある。だが徐々に彼 はこの心の闇夜を抜け、安定を取り戻す。その安定にはパンテオン(Pantheon)神殿とサン・

ピエトロ大聖堂(St. Peter s)の 二つのトポスが与っている。陰影なる気風はこれらには漂っ てはいない。前者は"Simple, erect, severe, austere, sublime‑ / Shrine of all saints and temple of all gods (IV. 146)と称揚され、静穏なる面もちである。時の人鎌や暴君の鞭にも 耐え、語り手はしっかりとした自己を取り戻す。トラヴェローグとしての詩作品としての体裁は 顕著なままだ。ワイスケル的な正の方向の崇高‑と、バイロンの意識が向かうとは思えない。結 局はバイロンは自我の昇華はなしえず、 18世紀からの崇高の公式に従って、語り手という機能的 人格を利用して作中に自意識を投影するのみである。つまり、この詩人はいつまでも己の過去の 軌跡を引きずらずにはいられないのである。第148スタンザで思わず言及してしまう、聖ニコラ ス教会(St. Nicholas)の一上牢に幽閉された父親を自らの乳で養い、生き長らえさせたローマ 人の娘の親{間の功徳の話は、何故ここでの詩材として選ばれているのであろうか。ローマの慈 悲(Charitas Romana)と呼ばれるこの逸話は、私にはバイロンが愛を失った我が身を託ちつ つ、父娘間の優しい関係の復活を望んでいるからこそここに現れたのだと思えるO思い返せば、

第IIl篇は娘エイダへの呼びかけに始まり、彼女への幸福の祈念で終わっていなかったか。 "Ada!

sole daughter of my fair child! (III. 1)や"Sweet be thy cradled slumbers! (III. 118) と言わずにおれなかった、バイロンは肉親‑の愛情‑それは美の原理に従う‑を常に願って いたはずなのだ。彼の崇高は常に人間的要素を帯び、それ故に具体的かつ地上的柏を離れないの だ。

地上性はすぐさま前世紀の崇高の定式へと結びつく。 "the vast and wondrous dome (IV.

153)と呼びかけられた、壮麗なサソ・ピエトロ大聖堂はバークの崇高と全く同じ様式で措かれ ている。見る者の精神の拡張と宗教性の鼓舞を見ておこう。

Enter: its grandeur overwhelms thee not;

And why? it is not lessened; but thy mind, Expanded by the genius of the spot, Has grown colossal, and can only find A fit abode wherein appear enshrined Thy hopes of immortality; and thou

Shalt one day, if found worthy, so defined, See thy God face to face, as thou dost now

His Holy of Holies, nor be blasted by his brow. (IV. 155)

視線の対象物と比例して精神の容量が拡張するのはバークと同じだし、地霊との交渉のうちに

(15)

96

門 田   守

神の領域を指向する上昇的思考もここには見られる。要するに、聖所において霊感に打たれた詩 魂は脱我的経験をするのである。この感動は素直に自然の壮麗さに繋げられる。語り手は直ぐに

巨大な山並みにおける体験に言及し始める。

Thou movest‑but increasing with the advance , Like climbling some great Alps, which still doth rise, Deceived by its gigantic elegance;

Vastness which grows‑but grows to harmonize‑

All musical in its immensities ‥. (IV. 156

バイロソの記憶にはアルプスでの体験が残っていたのであろう。壮大きや無限なるもの‑の憶 煤には、懸命にかつてあったであろう体験の追体験を試みる要素がある。 "haughty dome which vies / In air with Earth s chief structures (IV. 156)というように、壮麗なるサソ・

ピエトロ大聖堂の丸天井は天蓋に比せられ、雲のLの世界と等価であると言われるのだから。ア ルプスでの体験とは、実際後追いの体験である。本来詩人が体験できなかったものを、こうであっ て欲しいと描き上げたものが『チャイルド・‑ロルドの巡礼』の後半での崇高のトポスの羅列で ある。ミケランジェロ(Michelangelo)が空中のパソテオンと呼んだ、大聖堂の建築構造は天 上の栄光を称えるものと詩人によって受け取られたO打ち続くメタファーの基調は天と地の対称 である。語り手を通して、バイロソは己の地上を託ち、天上への憧れを講じる。万人に均霜する 自由さなど、バイロソは望まない。ただひたすら、彼は個我と大我の一致を希うが、この心情は 挫折感しか生まない。語り手の言葉は、このようだ。

Thou seest not all; but piecemeal thou must break,

To separate contemplation, the great whole ‥. (IV. 157)

あるいは

‥. Our outward sense

Is but of gradual grasp‑and as it is That what we have of feeling most intense

Outstrips our faint expression‥. (IV. 158)

というように、語り手は我が身の現世的性格、士の悲しさを訴える。祈りのうちに生きた霊と 化し、大いなる自然の懐に抱かれることはそのまま崇高な体験であろう。地中海は神の永遠の姿 を映し出す鏡である。これもまた崇高なるトポスとして詩の最後に選び出されている。廃嘘で自 己の残骸に出会った語り手は大聖堂から海‑と徐々に自然の中に自己を捧げるという行為に至る。

祈りと自己滅却とは相等しい。

Thou glorious mirror, where the Almighty s form Glasses itself in tempests! in all time,

Calm or convuls d‑in breeze, or gale, or storm, Icing the pole, or in the torrid clime

Dark‑heaving;‑boundless, endless , and sublime‑

The image of Eternity‑the throne

Of the Invisible; ‥ (IV.183)

海洋の彼方に語り手は神の領域を認めている。無限空間を神の御座と同一一視する感性は18世紀

の伝統を引いている。バ‑クは『崇高と美の起IWuこ関する哲学的省察』では"the ocean is an

(16)

object of no small terror. Indeed terror is in all cases whatsoever ‥. the ruling

principle of the sublime (58)と述べている。念を入れれば、アディスソも『スペクティター』

の第489号において、海洋の崇高性についてこのように鴬揚している。

I cannot see the Heavings of this prodigious Bulk of Water, even in a Calm, without a very pleasing Astonishment, but when it is worked up in a Tempest, so that the Horizon on every Side is nothing but foaming Billows and Floating Mountains, it is impossible to describe the agreeable Horrour that arises from such a Prospect. (IV. 233‑34)

語り手は海に抱かれ、そして天L‑と運ばれることを望んでいるようだ。しかし彼は人間は海 にはその邪悪な行いの故に受け容れられず、天に運ばれるのだと言う。風景に自己の内面を読み 取るバイロソの手法に従えば、私には海とは彼の罪を許さず、結局彼のイギリスからの放逐を許 したアナベラの影を含んでいるように思える。海洋、大、そして地の関係はこのように語り手に よって伝えられる。

His steps are not upon thy paths,‑thy fields Are not a spoil him,‑thou dost arise

And shake him from thee; the vile strength he wields For earth s destruction thou dost all despise,

Spurning him from thy bosom to the skies, And send st him, shivering in thy playful spray And howling, to his Gods, where haply lies His petty hope in some near port or bay,

And dashest him again to earth:‑there let him lay. (IV. 180)

潔癖症なほど海は不浄なる者を受けつけない。海は大地母神、月の女神と並ぶ太女神の一つで ある(15)。女性的でかつ威厳があり、厳しく罰する者、それはあのヴィクトリア朝の生真面目さを 身につけたアナベラを思わせる。天空という崇高の領域に拒絶され、大地に打ちつけられた哀れ なる人間は、バイロンその人であろうか。自己の擬似的死を眺めることは安全な恐怖感をもたら し、崇高な体験であろう。ではバイロンは世を去り、個我の霊となり、ロマソ的崇高にひたりた かったのであろうか。私にはそうは思えない。バイロンはいつでも人間との接触を欲した男であ る。彼の詩の中には必ず自分の姿があるように、崇高体験をうたいつつも必ずその場にはもう一 人の彼の姿がある。それは他者に認められ、受け容れられたい孤独な彼の姿である。山岳、海洋、

天空と18世紀人が素朴に宗教的崇高のトポスとして選んだ題材に、バイロソは自己の内面に関わ る人間的要素を読み込んでいった。ということは、はっきり言ってよいだろう。バイロソの崇高 とは必ず美の要素を内包しているのは宿命なのだということを。

HI

バイロソにおいては自然の中の崇高という点に限っても、美の側面がその裏側につきまとって

いる。心理的意味で美とは優しさ、女性性、柔和さなど人間的要素に満ちている。たとえば『サー

ダナパラス』においても、崇高は必ず美の要素を帯びている。この作品と同名の主人公は古代アッ

シリア王朝最後の君主にして、最高の権力を揮い、欲望の限りの生活を送っている。この壬は不

(17)

98

門lil   守

思議なことに女性的柔弱さと豪傑ぶりを併せもっている。登場人物における美と崇高の共在であ ろうかOそう言えば、 『海賊』 (The Corsaiγ, 1814)における勇猛なコソラッド(Conrad)は美 女メドラ(Medra)の支えに槌っていたし、 『ララ』 {Lara, 1814)における同名の1三人公は191 装したガルネア(Gulnare)に仇を討ってもらったのであった。キクラデス(Cyclades)諸島を 根城とするコソラッドなどは状況的には屈強な海の男たるべきであるが、実は肉類は好まず、メ ドラの与えてくれる果物やシャーベットを喜んで食べているO この海賊は宿敵であるトルコ4<提 督セイド(Seyd)の捕虜になったところを、男勝りの‑‑レムの女ガルネアに助けられるのだ。

サ‑ダナパラスも愛妾ミラ(Myrrha)にうつつを抜かして暮らしているO家臣に優男ぶりを見 抜かれていることも災いしているのであろうが、この国は既に勢力が衰えてj三宮は倒壊の危機に 瀕している(16)。地方領事のアルバシス(Arbaces)と僧侶のベレシス(Beleses)の陰謀が密か

に進み、王の命は奪われる寸前なのだ。このサーダナパラスが憧れているのが、 『チャイルド・

‑ロルドの巡礼』における語り手と同様に、無限に広がる人空なのである。

『サーダナパラス』における天Lは楽園として現れている。ユーフラレテス川(The Euphrares)の辺にある再丁での壮大な宴会にミラを誘うとき、土はこのように言うからだ。

The hour invites, the galley is prepared, And the pavillion, deck d for our return,

In fit adornment for the evening banquet, Shall blaze with beauty and with light, until It seems unto the stars which are above us

Itself an opposite star! ‥. (I.ii. 553‑58)

愛妾との宴はもう‑1一つの地上に降りた光る星であり、かつ「新しく咲いた花」 ("fresh flowers I.ii. 559)なのであった。宮殿の外には折しも′離島が轟き、大嵐となる。壮麗な宴と 嵐の比喰、つまり繁栄とその崩壊のコソトラストはマーチソ(John Matin)が描くところの

『ペルシャザルの宴』 (Belshazzar's Feast, 1821)を思い起こさせる。マーチンと言えば、彼の 傑作『洪水』 ( The Deluge, 1828)は実際にバイロソの『天と地』 (Heaven and Earth, 1823)

の影響を受けたものであった(17)。彼は『洪水』にはバイロンの『天と地』を模した詩行をつけ加 えるほどであった。 『サーダナパラス』は『ペルシャザルの宴』と同じく1821年に発表されてい る。両作品ともに崩壊寸前という境界線上の王宮を描き、崇高をその基調としている。崇高とは 現象の推移の境界線あるいは意識の閲上の心理である(18)。次の瞬間に何が起こるともしれない変 化の途上とはロマソ派芸術の特徴であるが(19)、ドラクロワ(Eugene Delacroix)の『サ‑ダナ パラスのタヒ』 (The Death of Sarda邦α如/us, 1827‑28)は,酎司の崩壊の瞬間を捉えた絵痢である。

財宝や、「裸の男女の上に立ち、自らの死を覚悟したようなサーダナパラスEは端然と辺りの混乱 を凝視している(20)。バイロンの『サーダナパラス』においても、物語の最終場由で崇高の極みが 訪れる。工とミラは反乱軍を前にして宮殿車の財宜を積み、その上で火を放ち、身体を焼き尺く すという壮絶な死を遂げる。それだけではない。チグリス川(The Tigris)が折しも大洪水を 起こし、宮殿の城壁はあえなく崩壊してしまう。チグリス川が反抗しない限りアッシリアは安泰 であるという予言が、代々王朝には伝えられていた。ついに予言のとおり、アッシリア最後の前 兆が起こったわけだ。工は自分の遺骨が灰になるまで燃え尽くし、ミラの遺灰と混ざり合って天 空に運ばれることを希求する。

Rather let them [the ashes of their bones] be borne abroad upon

(18)

The winds of heaven, and scatter d into air, Than be polluted more by human hands, Of slaves and traitors', in this blazing palace, And its enormous walls of reeking ruin, We leave a nobler monument than Egypt

Hath piled in her brick mountains, ‥ (V.i. 477‑83)

ラソドー(George P. Landow)は大洪水はノアの洪水を祖型としてもち、罪の払拭とあが ないをその特徴とすると言う(21)。サーダナパラスf三は悦楽の極みを楽しんだ、惇徳の君主である。

リ仕Wj秩序を愛する弟のサルメネス(Salemenes)と比べて、彼は至らぬところの多い、自己中 心的な寸三であった。アッシリアの国政は乱れ、人民は苦しみ、秩序はなきに等しかった。ク‑デ

ターが謀られても仕方のない状態であったのである。大洪水と火災はそうした、己で播いた罪を 刈り取る意味があって導入されたのであろう。問題なのは、その先である。天上での浄化とミラ

との究極の一体化とは、崇高をうちに含みつつも、美としての側面をももたないであろうか。女 装を愛したサーダナノくラスは終生女性的なるものを追い求めた。崇高な自己滅却を遂げつつも、

憧れは愛妾との天上での合 であったO 『サーダナパラス』の最後の場面を見てみよう。

‥. Adieu, Assyria!

I loved thee well, my own, my father s land, And better as my country than my kingdom.

I satiated thee with peace and joys; and this Is my reward! and now I owe thee nothing, Not even a grave. (V.i. 492‑97)

ここにおいて、 1三の意識は縮小化を遂げていないだろうか。はっきり言えば、下は家庭という 小空間に意識を集中している。彼がアッシリアを愛したのはf三国としてよりも、父祖の代から親 しんできた母なる国としてであった。自分が帰属すべき具体的国として祖国は捉えられており、

抽象的な権力を揮うべき対称として考えられているのではない。最後の祖国には自分の墓さえ造っ てもらうことはないという詩石は、イギリスを追われたバイロソの個人的な祖国への感情が溢れ ていると考えられる。祖国の島国根性に唾棄した彼ではあったが、彼は本当に祖国愛をなくした のであろうか。私はそうではないと思う。あれほどアッシリアを壮大に描いてきた彼は、最後に はぽつりと私的感興を漏らしたのである。自己の罪を払拭したサーダナパラスと自己の罪を認め つつも、祖国での自分‑の誤解が解けることを望んだバイロンとは、符合しているのである。

サ‑ダナパラスは崇高の極みに美‑の憧れを示した.バイロソも全くそのとおりなのである。

彼の作品では、高遇な田内をもつ人間が私的問題に悩むということが頻繁に起こる。たとえば、

イタリア滞留期間の詩劇『ヮ‑ナ‑』 (Werner, 1822)でもそうだ。ジ‑ゲソドルフ伯爵 (Count Siegendorf)として即位すべきなのに、己の放蕩の故に故郷を追われた‑まことに バイロニックな特性である‑‑ワ‑チ‑は妻ジョセフィーヌ(Josephine)を伴ってシレジア

(Silesia)地方を放浪している。彼は自分をつけ狙う貴族ストラレソハイム(Stralenheim)か ら逃れ、伯爵の地位に登り詰める。しかしそれもつかの間、今度はワ‑ナ‑は我が子アルリック

(Ulric)の信を失い、プラ‑ (Prague)に集結しつつあるパルティザソたちに襲撃される。劇

は反乱が起こる手前で終わり、ワ‑ナ‑の運命は定かではない。しかし、彼の死は確実に迫って

いることは予想されよう。ワ‑ナ‑は公的人格と私的人格に引き裂かれている。彼はもし裏切り

(19)

100

門 田   守

者であるガ‑バー(Gabor)を捕らえ、息f‑の信頼を得ていたならば、最終場面でも彼の援助を 期待できたであろう。しかしことはそう運ばず、ワーナーの公的立場は小さな核である家族関係 の故に潰え去ることになるのだ。同じことは『フオスカリ親子』 {The Two Foscari, 1821)にも 言える。フオスカリ家の父親フラソシス(Francis)は、反逆者の汚名を着せられた息子ジャコ ポ(Jacopo)を処刑すべきか否かで遼巡している。ヴェニス(Venice)の敵ミラノ(Milan)の 手先となり、ヴェニスの10人議会のメソバーを殺した廉で息子は投獄され、その処分をフラソシ スは決めねばならない。彼はヴェニスのドッジであるとはいえ、実際の権力は議会に握られてい る。妻マリーナ(Marina)の男勝りの訴えにも拘わらず、父親は息子を救いきれない。あまつ さえ、彼自身も権力から失墜してしまう。フラソシスもまた公的自我と私的自我に分裂してしまっ ている。さて公的自我と私的自我と言えば、バークの唱える崇高の条件に合致するのではないか。

彼がロソドソ大火の災害を使って説明した、見る人間と見られる人間への分裂の問題を思い起こ そう。見る人間と見られる人間‑の分裂の際に、主観である見る人間の人格は内面において公的 自我と私的自我に分裂していまいか。人道的公的自我と私的領域においで快楽を追求する自我と いう具合にである。 『サーダナパラス』においても、主人公は王国の統治という公的役割よりも 愛人との私的生活の方に本来の自己を見出していたように思える。宏壮な邸宅よりも愛人との私 室の方が、彼には相応しい。彼は死の際には見かけは崇高だが、心理的方向性としては美の領域 を目指していたのである。そしてこれは実は、バイロンのタヒに万にしても^てはまるのである。

さて『ドソ・ジュアン』 {DmJuan, 1819‑24)においても、ゆったりとした筋の展開ながら 崇高と美の対立は見られる。人妻ジュリア(Julia)との情事が発覚したジュアソは、道徳的教 育を受けるためにスペインのカディズ(Cadiz)から海路イタリアへと向かうO ジュアンの乗っ た船が 三位1‑一体号(Trinidada)と呼ばれるのも皮肉である。何故なら大嵐に遭った船は難破し、

ボートでは飢餓地獄に陥った乗員たちが犬や同胞の肉を喰らうのだから。ラソド‑は難破はクリ スチャソ・ゴッドによる恩寵を失った人間の人生の比職をもつと言う(22)。喰われる人間を我で決 める乗員たちは、神の恩寵などなき運命の巨大な海原にいる。ドラクロワの『ドソ・ジュアンの 難破』 {The Shipwreck of Don Juan, 1840)は、極限状態にある人間の種々の様相を描き出して いる(23)。バイロソの詩行はこのようだ。

Immediately the masts were cut away,

Both main and mizen; first the mizen went, The mainmast follow d: but the ship still lay

Like a mere log, and baffled our intent.

Foremast and bowsprit were cut down, and they Eased her at last (although we never meant To part with all till every hope was blighted),

And then with violence the old ship righted. (II. 32)

帆もマストも奪われた船は進むべき方向を見失い、大自然の奔放な力のなすがままである。ター

ナー(J. M. W. Turner)の一連の難破画、たとえば『難破』 (A Shipwreck, 1806)や『輸送

船の難破』 (The Wreck of a Transport Ship, c.1856)などを見れば、いかに自然の崇高なる力

が人間を慰みものとするかがわかるだろう(24)。アディスソが『スペクティター』の第489引こお

いて、荒れた海洋の崇高性について発言したことを思い起こそう。逆巻く海洋は心地よき苦痛を

呼び起こすだろう。 『ドン・ジュアン』における語り手は、生命を脅かされている乗員たちとそ

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