「マクベス」における超自然的要素について
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(2) 『 マクベス』における超自然的要素について. ". 人 々の心 の 中 に主観的に現 われ るが ,ま た ,人 間精神 の働 きに何 ら依存 しな い形 而上的世界 に客観的に存在 した」 ので ある。世 の賢者 た ちは ,少 数派 の サ ドカ イ教徒 (SadduCees)を 除 いて ,す べ て 悪 の世界 の存在 を信 じた。 悪 の世界 には悪魔 た ち一一 「 evil Spirits(邪 悪 な霊 ),devib,demons,Satan」 一一 が住 んで いて ,「 自然 の作用 に彼 らの 力を投入 し, 人 間精神 に影響 を与 え る ことがで きた」。具体 的 に言 えば ,彼 らは天体 とは無 関係 に嵐を起 こ し ,. 雨 を降 らせ ,ま た ,空 気を圧縮 す る こ とによ り思 うがまま の姿 ・形 を装 う こ とが で きた。 さ らにまた,人 間 の気 (SpiritS:animal spirits,natural spirits, 宙tal spiritsの 3種 )と 体 液 (humOurs:blood,phlegm,choler,melancholy の 4種 )を 乱す ことによ って ,想 像力 にいかな る幻覚 で も起 こさせ る こ とが で きた。 邪悪 な超 自然的存在 ,す なわ ち悪魔 は ,絶 えず人 間 の周 囲 に潜 んで いて. ,. 人間 の心 に悪 が宿 るや否や ,そ れを さまざまな 身体 の表示 か ら察知 し,そ の 人間を悪事 へ ,究 極的 には破滅 へ と誘惑 し,誘 導す る。 科学的 な 視点 に立 脚 す ると自負す る現代 において ,以 上 のよ うな見方 を非 科学 的 な もの と して一笑 に付す るのはたやす い。 しか し,そ れで は『 マ クベ ス』 の理解 は甚だ しく狭 め られ る こ とにな る。 (た とえば , あ る批 評家 た ち によれば ,魔 女 た ちは マ クベ ス 自身 の無意識的 また は半無意識的罪悪を象徴 ) 的 に表現 した もので しかな く,か くて彼 女 た ちの客観的存在 が否定 され る。. シェイクス ピアの創造 した「 Weird sistersは. ,善 に対立 す る暗黒 の世界 の. 代 表者 で あ り,実 際 は悪魔 」 で あ って ,た だ老 婆 の姿 を装 って いるに す ぎな 2) い. 。. Weird Sistersは ,「 人間 の 内奥 の思考 を読 む こ とはで きな い一一 それ は 神 の みに可能 な ことで ある一一 が ,顔 の表情 や 身体 の表示 か らどんな激情 が 人間を駆 り立 てて い るか ,ど んな暗 い欲望 が彼女 た ちの育成 を待 って い るか を ,ほ ぼ正 確 に推測す る」。 ま た「 彼女 た ちは , 人間 の間 で外的 に起 こ る事. 2)シ ェイ クス ピアが舞台 に直接悪魔 を登場 させ なか ったの は,当 時悪魔 の扱 いが喜劇 的 にな って いたか らで あ るとい う。.
(3) 武. 並. 義. 和. 柄 はす ぐに分 か るとい う意味 で 千里 眼 の持主 で ある」。 荒 野 の雷鳴 と稲妻 の 中 で 戦闘 を見なが ら,日 没前 に勝 負 がつ き,マ クベ ス が勝 つ とい う こ と,彼 が コー ダ ーの領主 に叙 せ られ るとい う こと,ま た ,将 来 王 にな るとい う こと を知 って い る。 さ らに ,「 劇 の他 のす べ ての出来事一一 バ ンクォウの殺害. ,. フ リーア ンスの逃亡 ,マ クダ フ夫人 と子供 た ちの殺家 ,マ クベ スの種 み重ね られた罪 と悲濠1的 な死」 な ど も,時 の経過 とともに知 りえたに違 いない。. (2). マ ク ベ ス はい つ ダ ンカ ン殺 害 を思 い つ いた か 。 ハ ンタ ー (G.Ko Hunter, α%の 編 者 )は , そ の 問題 は 「 この 211に 含 まれ る悪 Ⅳθ″ Pθ ηgatt Sん αttθ ψθ 3). の観点 か らすれば ,重 要 な 問題 とは思 われな い」 と一蹴す る。 ドー ヴ ァ・ ウ ィル ソ ンは ,こ れに対 して「 殺害 の考 えが生 まれた のは ,マ クベ ス が コー ダ ーの領主 に叙 せ られた ことを ロス とア ンガスか ら知 らされ ,か くて ,悪 魔 が 真実を話 す ことがで きる ことを理解 した 時 で ある」 と言 う。一 蹴説 もウィル ソ ンの見方 もともに , 1幕 3場 の 関連場面 に対す る適切な反応 でないばか り か , エ リザ ベ ス朝 の悪 魔学 (demOn010gy)の 説 くところに逆 らうもので あ る。悪魔学 とはほ とん ど無 関係 で あ りなが ら,ブ ラ ッ ドレー (A.C.Bradley) の見方 は妥 当で あ る (も っ とも,や や あ い ま いの き らいはあ る)一 一「 マ ク ベ ス はそれ [魔 女 の予言 ]を 聞 いた 時 ,既 に邪 心 を抱 く人 にな って いた。彼 の心 が ,正 確 に どの程度 まで 罪を犯 していたか は問題 で あろ う。 しか し,邪 心 のな い人 な らば ,彼 のよ うに ,王 冠 の予言 を聞 いただ けで ,恐 怖 におそわ れ る ことはないで あろ う。又 ,そ の直後 に ,就 逆 の考 を頭 に浮 べ る こと もな いで あろ う。 この考 は ,彼 に新 しく思 い附 かれた もので はなか った。乃至. ,. 少 くも彼 は ,か ねてか ら,も っ と漠然 と或 る不正な空想 を抱 いて いたので あ る。それで ,彼 が この予言を聞 いた 瞬間 ,そ の何 れかが即座 に甦 って来 て 乃,ed.G.K.Hunter,p.13. 3)]fα θbθ ι 4)Maθ bθ ′乃, ed. 」. Dover Wilson (1947; rpte Cambridge Univ. Press, 1973). p.Iv。. ,.
(4) 『 マ クベ ス』 における超 自然的要素について. 3θ. 5). 内奥 の恐 ろ しい邪 心 を彼 に示 す ので ある」。 フ ァー ナ ム. (Wo Farnham)は よ り明確 で ある一―「 そんなに美 しく響 く. 言葉 を聞 いて ,な ぜ 驚 き,恐 れ るよ うに見 え るのか とい うバ ンクォウの質 問 か ら,マ クベ ス がす でに殺害 を考 えた こ とが ある こ と,ま たそれ故 に ,後 に 妻 に見 せ る ことにな る魂を揺 さぶ る恐 怖 をすでに知 って いた とい う こ とが. ,. かえ って知 らされ るので ある。予言 の言葉 は ,全 く邪心 のない人間 にはそん なに速 く思 い浮 かぶ はずのな い イメー ジを ,数 行 あ との彼 の言 によれば ,心 臓 を肋骨 にぶ ち当た らせ るよ うな恐 ろ しい イメ ー ジを ,す ぐさま マ クベ スの 眼前 に提 示 した。か くて魔女 た ちは ,殺 害 の暗示 を ,そ れを受 け取 る用意 の す でにで きて い る人間 に差 し出 した こ とにな る。その男 は ,自 らの思考 によ 7). って 魔女 た ちを招 き寄 せ た と言 って よか ろ う」。 カ リーの説 明 は ,さ らに具体 的 で ある一一「 悲劇 が始 ま る前 に ,マ クベ ス の過度 の欲望 は ,ス コ ッ トラ ン ドの王冠を 目差 していた。そ して ,そ れを手 中 に収 め るす ばや い手段 と してダ ンカ ン殺 しを考 えて いた。 しか しなが ら. ,. 時 も場所 も優 利 に運 ばないままに ,何 事 も起 こ らなか った。だ が ,勝 ち誇 っ 8). た 戦 か ら,自 己の偉大 さの承認 を求 めて止 まな い 自己愛 にふ くれ上 が って帰 って来 た 時 ,悪 の悪魔的勢 カーー Weird Sistersに よ って象徴 され る一一 が. ,. 彼 の望 んで止 む こ とのなか った移 ろ いや す い利益 (mutable good)を 手 に 入 れ る絶好 の見通 しを ,彼 の過度 の想 像 力に対 して示 唆す る……彼 が王 国を 欲 しが って い る ことを 知 って ,彼 は将来王 にな ると予言す る。彼 女 た ちは こ のよ うに彼 の意志 を悪 へ と強 要す る こ とはで きないが ,彼 の激情 を掻 き立 て. ,. 5)ブ ラ ッ ドレー著 ,中 西信太郎訳『 シェイクス ピアの悲 劇 下巻』 (岩 波文庫 ,1959), pp. 138-39。. 6)`All hail,Macbeth!that shalt be king hereafte■ '(「 万歳 ,マ クベ ス !将 来王 た る べ き人」)を 指す 。 'S Tπ gjθ F“ π θ γ (Un市 ersity of California Press, αγ θ 7)Willard Farnham,Sttα λθ ψθ Jグ. 1963), p. 106.. 8)カ リーの 引用す る トマス・ ア ク ィ ナ スの説 明 によれば,「 罪 の直接 原因 は,<移 ろ. いや す い利益 >へ の執着 で あ る。す べ て罪の行為 は,何 か現 世的 な利益 に対す る過 度 の欲望 か ら生ず る。そ して ,現 世的な利益を過度 に願 うこ とは,<自 分 自身を過 度 に愛す る>と い う事実 のためで あ る。か くて , 自己愛 は罪 の根本的原因で あ る」。.
(5) 武 並. 31. 義 和. 想像 力 の激 しい ,過 度 の不安を引 き起 こす。 そのため理性 の判 断 は歪 め られ. ,. 彼 の意志 は望 んで いた現世 の利益 (tempOral good)を 得 る手段 を選 ぶに至 る。実際 ,彼 の想 像力 と激情 は ,外 部 か らの この邪悪 な衝撃 の もとに強烈な もの とな る余 り,<存 在 しな い ものを 除 いて は何物 も存在 しな い>(`nOth‐ ing is but what is noザ. 。また理性は,<こ の誘惑は悪いはずがない, 良 ツ. いは可 ドが 7な い>>(`These solicitings cannot be evil,cannot be good')と 判 断す るほどにま で妨害 されて い る」。 確 かに ,マ クベ ス は予言を聞 く以前 に ,す で にダ ンカ ンの殺害 を考 えて い た と言 わね ばな らない。そ して ,魔 女 た ちが マ クベ ス に無気味 な 目を光 ら し. ,. 機会 を窺 うよ うに な ってか ら,か な りの時 日が経過 して い ると考 えて よいか も しれない。 カ リーによれば ,「 勝 ち誇 った 戦 か ら, 自己の偉大 さの承認 を 求 めて止 まな い 自 己愛 にふ くれ上 が って帰 って来 た時」 が ,ま さにその機会 で あ る。私 はさ らに ,シ ェイクス ピアが意 図的 に配慮 した ことと して次 の点 に も注 目 したい。 「 血煙 の立 つ 剣を振 りか ざ し」,敵 陣 の ま っただ 中 に割 って 入 り, 敵将 を「 勝 か ら顎 にか けて真 二つ に斬 り裂 き」, 累 々 と重な った「 屍 の異様 な形相」 (`Strange images of death')に 恐 れ もな さず , ま るで「 血 煙 の上 が る傷 口で血 浴 みす る」 (`bathe in reeking woundゞ. )こ とを楽 しむ. かの ご ときマ クベ スーー ここには ,マ クベ スの 勇猛果敢 をただ伝 え るに して は尋常 で はな い表現 が用 い られ て い る。 シェイ クス ピアは ,荒 れす さんだ異 常 な心 的状態 に あるマ クベ スを私た ちに印象 づ け よ うと して い る。殺数 に酔 い しれた マ クベ スに と って ,今 一 つ の殺害 を考 え ること,い や ,思 い 出す こ とは ,き わ めて 自然 な ことで あろ う。魔女 た ちは ,こ のよ うな マ クベ スの心 的状態 に 目を付 けた と見 られ よ う。 (3). カ リーによれば,「 シェイクス ピアは, 客観的悪 の形而上的世界 について のキ リス ト教的な考 えを『 マ クベス』 に浸透 させている。劇全体 が悪魔勢力. 9)外 界 の ものは何 も見えな くなり,幻 影だけが見える,と い う意。.
(6) 32. 『 マクベス』における超自然的要素について. の敵意 を持 った存在 で一 杯 で ある。そ の勢力 は 自然を動 か し,悪 魔的説得 の 手段 によ って ,幻 覚 ,地 獄 の 幻影 ,憑 依 によ って人間 の 魂をわなにか ける」。 「 魔女 の 出現 は ,『 マ クベ ス』 にお け る悪魔的 表示 の比較的小 部分 で しか な い」。その他 の例 を次 に見 る ことにす る。 (a)マ. クベ スの城 に荒 れ狂 い , 第 2幕 を取 り巻 く嵐 は , 普通 の 風 で は な く. 「 自然 の 四大 要素 に対す る悪 魔 の 力 の顕示 で あ る。 自然 の諸 力 の幾分 か は休 止 して い るよ うに思 われ る。世界 の半分 で 自然 は死んだ よ うに見え る。ただ な らぬ有 毒 の 雰囲気 が垂れ こめ ,城 と付近 の地域 に浸透す る。不 自然 な 暗黒 ―一久 しきにわた って悪 の勢力 の環境―一 が星 を覆 い隠 し,朝 方 さ し昇 る太 陽を圧殺 す る. (Ⅱ. .市 .7)。. レノ ッ クスの宿所―― 明 らかに遠 く離れ て い な. い一一 で は,夜 は荒 れ狂 い ,煙 突 が吹 き倒 され ,泣 き声 と断末魔 の異様 な 叫 び声 が空 中 に 聞 かれ る。 あまね く浸透 した悪魔 の活力に影響 を受 け,不 動 の 大地 も熱 を帯 び ,震 え る (b)マ. (Ⅱ. 。面 .59-60)」 。. クベ スの城 はま さ し く地獄 と化 したので あるか ら,酔 っぱ らった 門番. が城 を地獄 の入 口と感 じ,自 分を その門番 と錯 覚す るのは ,ブ ラ ッ ドレーの 言 うよ うに ,「 恐 ろ しいまでに真実 に近 い」。 (C)<老 人 >は 70年 の人生 で ,昨 夜 ほど恐 ろ しい出来事 を経験 した こ とはな い と言 う。鷹 がふ くろ うに食 い殺 され ,ダ ンカ ンの馬 が狂乱 して 食 い合 うと い う不 自然 な事件 が起 こる (d)悪 魔 た ちは ,「 眠. (Ⅱ .iV)。. っ て い る人間 の頭 に不 浄 な 幻影 を つ め込 む …… バ ンク. ォウは彼 の意識的な心 が眠 り,意 志 が静止 す ると, 3人 の魔女 た ちを夢 に見 ず にはおれな い」。 この恐 ろ しい幻影 のために , 鉛 のよ うに重 い眠気 がの し かか って くるに もか かわ らず ,彼 は再度眠 りた くな い と言 う。そ して ,そ の よ うな 夢 を見 るのは悪魔 のせ いで あ ることを知 って い るので ,彼 は悪魔 を拘 東 し,威 圧す る力を持 つ能天使 た ち (POWers)に 訴 え る一― Merciful Powers,. 10)プ ラッ ドレー,p.209。.
(7) 武 並 義 和. 33. Restrain in me the cursed thoughts that nature. Gives way to in repose!(Ⅱ. . i. 7-9). 慈悲 深 い能 天 使 た ちよ. ,. 眠 る と人 に襲 いか か る呪 わ しい思 い が わ が内 に 起 こ らぬ よ う守 らせ 給 え (e)「. !. マ クベ ス が王を刺 し殺 した直後 ,霊 界 は邪悪 な行為 に揺 さぶ られ ,隣. 室 で眠 っていた 2人 の男 は ,悪 夢 に苦 しめ られ る。 ひと りが眠 りなが ら笑 い 出す と,他 の ひ と りが<人 殺 し>と 叫 び ,お 互 いに 目を覚 ます。悪魔 の勢力 がなお付近 に横溢 して い るのを意識 して ,ひ と りが<神 よわれわれを守 らせ 給 え>と 叫 び ,他 は<ア ー メ ン>と 言 う (f)空. (幻 影. (Ⅱ ・五。23-8)。 J. 中 に浮遊 し, マ クベ ス をダ ンカ ン殺 しへ と誘導す る短剣 は ,iHuSiOn. )か. hallucination(幻 覚 )か で あ る。 前者 で あ るとすれば悪魔 の働. きによ る。悪魔 は空 中 に どのよ うな姿 。形 で も作 り出す ことがで きるか らで あ る。幻覚 で あるとすれ ば一一 この方 がよ り妥 当な見方 で あろ う一一 マ クベ スの熱 に圧迫 された脳 の体液 の乱 れか ら生 じた心 の虚像 で あ る。 そ して. ,. ベ 「 マ クベ ス が殺害 後 聞 いたよ うに思 う,<も う眠 れ な いぞ !マ ク ス は眠 り を殺 した>と い う,家 中 に向 か って歓喜 したかの よ うに叫 ぶ不可思議 な声 に つ いて も,同 様 の説 明が可能 で あろ う (g)バ. (Ⅱ ・ 五。35-43)」. 。. ンクォウの 亡霊 につ いて は ,シ ェイクス ピア時代 の 亡霊論 を知 る必 要. が ある。 「 その 時代 の現 実主 義者 た ちは ,バ ンクォウの亡霊 は幻覚 ,つ ま り ,. 恐 怖 によ る体 液 の乱 れか ら作 り出 された ,マ クベ スの想像 の産物 で しかな い と言 うで あろ う。不 可知 的 な事柄 に敏感な他 の人 た ちは , しか しなが ら,そ の よ うに作 り出 された幻覚 は ,短 貪Jと 声 の場合 と同様 ,つ ま ると ころ ,悪 魔 勢力 の働 きに帰 せ られ るべ き もの と主張 す るで あろ う。 プ ロテ ス タ ン トもカ トリック教徒 も,そ のよ うな情況下 で は人間 が亡霊 を見 た と想像す るの は可 能 で あ ると意見 が一 致 しよ う」。 しか し,カ トリック教徒 は , それ は「 殺害 者 に復讐す るために煉獄 か ら帰 って来 た バ ンクォウの本 当 の霊 で あるか ,も.
(8) 『 マクベス』における超 自然的要素について “ しくは ,悪 魔 な い しその使 いた ちによ って空気 か ら作 り出 された ,バ ンクォ ウの姿を した 幻影 で ある」 と見 る。 「 これに対 してプ ロテ ス タ ン トは , それ はバ ンクォウの霊 な どで はあ りえな い ,幻 覚 でない とすれば ,そ れ は実際. ,. バ ンクォウの姿 に似 せ か けた ,人 を惑わす姿 を した悪魔 で あ るか ,そ れ とも. ,. バ ンクォウの死体 を動 かす (生 命 を与えな い まで も)同 じ邪悪 な霊 で あ るに 違 いな い と主 張 す るで あろ う」。 問題 は安易な解答 を許 して くれ な い。 無難 な ところは ,「 バ ンクォウの 亡 霊 は悪魔 勢力 が空 気 か ら作 り出 し,宴 会 で マ クベ スの 眼前 に提 示 した地獄 の 幻影 で あ って ,殺 害者 を混乱 させ ,完 全 に狼狽 させ るのが 目的 で あ った」 と い う こ とで あろ う。 (h)8人 の王の 幻影 とそれ らとともに再度 出現 す るバ ンクォウの亡霊 も,悪 魔 の策謀 で ある こ とに疑 いの余 地 はない。 マ クベ スを裏切 り,最 後 の破滅 へ と導 くための 幻影 で あ る。 (i)最. 後 に マ クベ ス夫人 。「 彼女 が助力を求 めて呼 びか け る人殺 しの霊 ど も. は ,日 に見えな い実体 だ と言 われ て い る。すなわ ち,邪 悪 な考 えやぞ っとす るよ うな想像 で はな くて ,客 観的 な 実 体を持 った形態 ,日 に見 えな い邪悪 な 天使 た ちで あ って ,自 然 の す べ ての不 自然 な 出来事 は彼 らの働 きによ るとさ れ る」。 マ クベ ス夫人 は,「 彼 らが この世 の機 らわ しい 雰囲気 と下 界 の暗黒 に 出没す ることを 知 って い る。それ故 ,彼 女 は夜 が地獄 の真黒 な煙 ―一 その濃 厚 さのために天 で さえ 暗闇 の毛布 を刺 し通 し,彼 女 の企んだ行為 を 目撃 で き な い一― に包 まれ る こ とを歓迎す るので ある。彼女 の祈 りは明 らかに聞 き入 れ られ る。夜 の到来 とともに ,す でに見た よ うに ,彼 女 の城 は望んだ通 りの 暗黒 に覆 い隠 され る。 これ らの霊 的実体 は ,精 神活動 が人体 に及 ぼす 効果 を 手抜 か りな く探 り,邪 悪な考 えの証拠を じっと待 ち受 ける。そ して ,証 拠 を 掴 む と,人 間 の意志 とい う障壁を乗 り越 えて侵入 し,人 体 に取 り付 くことが で きる一― この こと もマ クベ ス夫人 は承 知 して い る……か くて マ クベ ス夫人 は ,邪 悪 な天 使 た ちの攻撃か ら彼女 の心 の働 きを守 るので はな く,彼 らが巧 みに彼 女 の身体 に入 り, それを コ ン トロー ルす る こ とによ つて , 善 と憐 れ.
(9) 武 並. 35. 義 和. みに対す る精神 の 自然 な傾 向 が絶 ち切 られ る ことを意図的 に望む。彼女 は言 つ. 一. Colme,you spirits That tend on mortal thoughts, unsex me here, And in me from the crown to the toe top―. full. Of direst cruelty! make thick my blood; Stop up the access and passage to remorse, That no compunctious visitings of nature. Shake my fen purpOse, nor keep peace between The effect and it! Come to my woman's breasts, And take my lYlilk for gaH, you murdering ministers, Wherever in your sightless substances. You wait on nature's mischief!. (I.V。. 来 た れ ,お 前 た ち霊 ど も. 41-51). ,. 人 殺 しの た くらみ に力 を貸 す者 ど も よ ,私 を この 場 で 女 で な く して お くれ ,頭 の て っぺ ん か ら足 の爪 先 ま で 恐 ろ しい 残 忍 さで い っぱ い に して お くれ !こ の血 を濃 く し. ,. 憐 れ み の通 い くる血 管 をす べ て ふ さいで お くれ. ,. 自然 の 情 に 見舞 わ れ ,良 心 の 呵 責 に 私 の 恐 ろ しい決 意 が揺 さぶ られ ,決 意 と実 行 が 離 れ離 れ にな らぬ よ うに !来 た れ ,私 の 女 の 乳房 に. ,. そ して 私 の 乳 を 胆 汁 に 変 え て お くれ ,人 殺 しの霊 ど も よ. ,. 見 え ざ る実体 の お前 た ちが 自然界 の 悪 事 に い ず こで たず さわ つて い よ う と も. !. そ して疑 い もな く,悪 の霊 た ち は ,ま さに彼 女 の 願 望 通 りに 実 際彼女 の 身体 に 取 り付 くので あ る」。 か くて 彼 女 は ,女 ら しさを失 い , 頭 の て っぺ ん か ら 足 の爪 先 ま で恐 ろ しい残 忍 さで 満 た され , 憐 れ み の 情 は消 え る。「 彼 女 は. ,.
(10) 『 マクベス』における超 自然的要素について “ おお よそ思考 と行動 において鬼 のよ うな女 王 にな る」。 (4). マ クベ ス はなぜ 拭逆 とい う大罪 を犯す こ とを考 えたのか。王 冠 が欲 しか っ たのだ ,と 言 えばそれまでの話 で あ るが ,も う少 し事情 を検 討す るために シェ イクス ピアが利用 した ホ リンシェ ッ ドの シ 0′ ′ Jsん. C乃 旬ηJθ Jθ. ,. を見て みよ. う。 『 ス コ ッ トラン ド年代記』 で は ,ダ ンカ ンは柔弱 な性格 で ,統 治力 に 乏 し い王 で あ った。国内には反 抗す る者 が少 なか らず ,遂 にその 中か ら謀叛者 マ ク ドウォル ド. (MakdOWald)が 出た。 彼 は王を 「 臆病 な 腰 抜 け」. (`faint_. hearted milkesop')と 呼 び,武 人 よ りは僧 侶を治 め る方 が適 しているとまで 言 って い る。従 って ,彼 の謀叛 と ノール ウェイ王やデ ンマー ク人 の侵入 は. ,. ダ ンカ ン王の政治力の弱 さに つ け こんだ もの と見て さ しつ かえな い。そ して. ,. これ らの 国家存 亡の危 機 に ,獅 子奮迅 の活躍 を して国を救 ったの が第 一 に マ クベ スで あ り,次 に バ ンクォウで あ る。 平和 が戻 った 時 ,ダ ンカ ンは長 子 マル カ ムを後継 者 に決定 す る。ダ ンカ ン の従弟 に当た るマ クベ ス は ,こ の決定 を不 当だ と考 え る (後 継者 が年若 く. ,. 自分 の行動 に責任 を取 れな い時 は ,一 番 の近親者 が王位 に即 くこ とにな って いた 。 史実 によれば , マ クベ ス に は王位 継承権 が あ った。 『 年代記』 で はそ の点 があいまいで あるけれ ど も,王 のめ ぐら した策略一一 具体 的 な説 明がな く,ど の程度事実 で あ るのか不 明一一 によ って即位 の望 みを絶 たれ ,マ クベ ス は王 に対 して敵 意を抱 くこ とにな る)。. マ クベ ス は , 他方 で は魔 女 た ちの. 予言 に意を 強 く しなが ら,「 信頼 で きる友人 た ち一一 バ ンクォ ウはその 中 の 第 一人 者 で あ った一一 に決意 した意図を伝 え ,彼 らの約束 した援助を信頼 し て王 を殺害す る」。 その後 ,10年 間善政を施 すが , 次第 に本性 を現 わ して暴 君 とな り,予 言 の的 中す る こ とを恐 れて バ ンク ォウを暗殺 し,最 後 には マ ク 11)Nα γZι jυ θ απ′ Dttπ αガθttπ κθs(プ. Sλ α ttθ ttθ α ″. 乃 Jπ πθ Ju、. Bulough (1973; rpt. Routledge and Kegan Paul, 1978), p.. 12)Bunough, p. 496.. 489.. ed.Geoffrey.
(11) 37. 武 並 義 和 ダ フの剣 に倒 れ る。. 要 す るに ,『 年 代 記 』 の ダ ンカ ンは王 と して の 力量 を持 ち合 わ さな か った. ,. マ ク ベ ス の王 に 対 す る敵 意 に はそ れ相 応 の 理 由 が あ った ,拭 逆 は他 の 有 力者 た ち の 支 持 を得 た ,な ど マ ク ベ ス に有 利 な 事 情 が存 在 した 。 と こ ろが ,シ ェ ィ ク ス ピァ は以 上 の 事 情 の ほ とん どす べ て を彼 の 劇 か ら取 り除 いた 。特 に. ,. 殺 害 の 動 機 に つ いて は王位 へ の 野心 とい う こ と しか示 され て いな い。 従 って. ,. シ ェ イ ク ス ピアの マ クベ ス は ,そ れ だ け悪 心 の 深 い人 間 とな って い る。 そ れ で は ,濠 1作 家 は マ ク ベ ス を 野心 に 取 り付 か れ た忘 恩 の 王殺 害者 と して ,言 葉 を換 え れ ば ,殺 人 の 素 地 の あ った 単 な る悪人 と して描 いて い るの で あ ろ うか。 ミュア. (Kenneth Muir)が 注 意 を促 して い るよ うに ,. 私 た ち は「 有 徳 者 の. 中 に あ る悪 へ の 傾 向 と邪 悪 者 の 中 に あ る徳 へ の傾 向 を過 小 評価 」 し,「 世 界 を 潜在 的 な 殺 人 者 とそ うで な い者 とに 三 分 す る こ とは許 され な い」。 マ ク ベ ス を潜 在 的 な 殺 人 者 と して 片 付 け る こ とは ,も ち ろ ん ,私 た ちが彼 か ら受 け る全 般 的 な 印象 と相 容 れ な い 。 マ ク ベ スの 心 中 に拭 逆 の 気 持 が 潜入 す る心 理 的 プ ロセ ス を ,211の 中 に 示 さ れ て い る事 柄 に基 づ いて 推 測 して み よ う。 1幕 4場 ダ ンカ ンは マ クベ ス を次 の よ うに激 賞 す る一 一 〇 worthiest cousin!. The sin of lny ingratitude even now Was heavy on me: thou art so far before That swiftest wing of recompense is slow To overtake thee.。 。 .. only l have left to say,. λttore is thy due than more than an can pay。 お お ,あ っば れ な 従 弟 よ. (14-21). !. ん,ed. ]Kenneth Muir(1972; Methuen, 1974), 13)Tλ θ Arご θη Sんα々θ θαrι Mαθbθ ι p.xlix.. `ψ.
(12) 『 マクベス』における超 自然的要素について 恩知 らず の罪 がた った今私 の上 に 重 くの しかか って いた 。君 ははるか 前方 にい る. ,. 恩賞 が翼 を けんめいに羽 ばたかせ て も 君 には追 いつ けぬ .… …. .. 私 に言 え ることはただ一 つ. ,. 君 の受 け取 るべ き恩賞 は ,私 に払 え る以上 の ,そ れ以上 の もの 。 hだ. y plenteous ioyS,. Wanton in fuiness, seek to hide themselves ln drops of sorrow.. (33-35). 私 の喜 びはあふれんばか り. ,. いかん と も抑 えがた く,悲 しみの しず くに 身を隠 さん とす る。 王 は マ クベ スに対す る感謝 の余 り,「 忘恩 の罪」 を犯 して い ると言 い , 最後 は涙 に くれ てい る。 前 の場 (3場 )で も,王 は マ クベ スの 目ざま しい活躍 ぶ りの報 に接 して ,驚 嘆 と賞賛 の感情 に圧倒 され ,胸 中を表わす言葉 に 窮す る ほどで あ った と述 べ られ てい る。 ダ ンカ ンは高齢 のためか病弱 のためか ,も はや 戦 に臨 む ことがで きな い。 賞賛 と感謝 の言葉 は ,そ の まま王 と しての非力 とマ クベ スヘ の依存度 の大 き さを物語 る もので あ り,そ の仰 々 しさか らは卑屈 と迎 合 の精神 が窺 え る。国 王 と しての非 力 と責任 を問題 にす る こ と もな く,並 べ 立 て られ る感 傷的 な言 ヽ 中 に侮蔑 の念 が去 葉 を聞 いて ,マ クベ ス は忠誠心 を鼓 舞 され るどころか ,ノ 己 来 したで あろ う。そ して ,こ のよ うな感情 に見舞 われ るの は ,そ れが初 めて の ことで はなか ろ う。 当時 ス コ ッ トラン ドで は ,長 子相続制 は い まだ十分 に確立 されていなか っ た と見 られ る。な るほど シェ イクス ピアの描 いた ダ ンカ ンは ,温 厚潔 白な人 柄 で はあ ったが ,王 と しての 力量 は不 十分 で あ った 。そんな王を見 るにつ け マ クベ ス はダ ンカ ンの退位 とそれに代 わ る自分 の即位 の こ とを考 えず にはお. ,.
(13) 武. 並. 義. 39. 和. れ なか った。そ してその ことは ,次 の マ クベ スの言葉 か らも分 か るよ うに. ,. 可能性 のない ことで はなか った 。. If chance will have me king,why,chance may crown me, Without my stir.. (I. iii。. 143-4). わ しに王 にな る運命 が あるのな ら,自 分 か ら動か な くとも. ,. そ うだ ,運 命 がわ しを王 に して くれ よ う。 マ クベ ス に は即位 の可能性 があ った 。若輩 の長子 マル カ ムか ,そ れ とも. ,. 猛将 の従弟 マ クベ スか ,そ のいずれを後継者 にす るか は ,ダ ンカ ンの決定 に 委 ね られ ていた と見 られ る。 マ クベ ス は力量 において も血縁 関係 において も 王冠を戴 いて不思議 のない人物 で あ った (そ の ことは ,ダ ンカ ンの死後 ,彼 の息子 た ちが逃亡 した 時 ,異 議を唱 え る者 もな くマ クベ ス が即位 してい る こ とか らも明 らか で ある)。. しか し,即 位 の可能性 は , 王 にな りた い とい う気. 持 に ,さ らには ,ダ ンカ ンを亡 き者 に して まで も王 にな りた い とい う恐 ろ し い野望 につ なが って い った 。 (参 考 ま でに言 うと, 史実 によれば戦乱時代 の ス コ ッ トラ ン ドで は , 943年 か ら1040年 の間 に 9人 の王 の うち 2名 を除 いて. )こ の野望 は, 恐 殺害 された。 そ して ,一 族 の うち最 強者 が王位 に即 いた 。 らくマ クベ ス夫人 の 強力 な影響 を受 けなが ら,彼 の心 中 に浮 かんでは消え. ,. 消 えて は浮かんだ。 魔女 た ちは この悪心 につ け こんだので あ る。 マ クベ ス に悪心 を抱 かせ たの は ,決 して魔女 た ちの言葉 で はない。彼女 た ちは将来 王 にな ると予言 しただ けで あ って ,犯 す べ き邪悪な行為 につ いて は一 言 も触 れ て いな い。予言 は. ,. 瞬時 に して マ クベ スに殺害 の ことを思 い 出 させ るが ,脳 裏 に描 かれ る「 行為 の恐 るべ き醜悪 さ」 にた じろぎ,一 度 は思 い留 ま る。 しか しなが ら,ダ ンカ ンは「 忘恩 の罪」 を犯 して い ると言 った 舌 の根 の 乾 か ぬ 内に ,そ の罪を忘 れ たか のよ うに マル カ ムを皇太子 に 決定 す る (ダ ンカ ンが ,マ クベ スを コーダ 14)Ci WilSOn,p.viii.. 15)ブ ラッ ドレー,p.152..
(14) 4θ. 『 マクベス』における超自然的要素について. 一の領主 に叙 した 後 も,な お「 忘恩 の罪」 と言 ってい る こ とに注 目す べ きで あろ う)。 その宣 言を聞 いた 時 , マ クベ スの不満 は最高潮 に達 す る。 期待 を 踏 みに じられ ,望 みを絶 たれた マ クベ ス は開 き直 る。そ して ,耳 の 中 にまだ 消えず に響 いて い る予言 の言葉 に力を得 なが ら,<忘 恩者 >を 亡 き者 に しよ う と決意す る。言 うまで もな く,こ の決意 は 1幕 7場 で再度 ぐらつ く。 長子 を優先 す る ことによ って ,言 葉 とは裏腹 に ,自 分 を過小評価 した と言 わ ざるをえな いダ ンカ ンの態度 に ,マ クベ スの 自負心 が傷 つ いた こ と,<ダ ンカ ンは柔弱 ,マ クベ ス こそ王た るべ き人 >と 叫び続 けた と想像 され るマ ク ベ ス夫人 の激越 な 口調 ,神 秘的 な魔女 た ちの予言一一 マ クベ スを試逆 とい う 大罪 にあえて立 ち向かわせ たの は ,以 上 の三 要 因 で あ った と言 えよ う。.
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