【学位論文審査の要旨】
1 研究の背景と意義
自然界では多種多様な微生物が共存して存在し,生態系の物質循環やエネルギーの流れ において重要な役割を果たしている.光合成細菌は,そのような多様な微生物の内の一群 であり,系統的にも生態的にも多様な種が知られている.ある光合成細菌は炭素源として 二酸化炭素を用いる独立栄養細菌であり,ある光合成細菌は従属栄養細菌でありながら光 のエネルギーで酸素のない状態で増殖することができ,ある光合成細菌は増殖的には酸素 を必要とする従属栄養細菌でありながら光のエネルギーを特に非増殖期において利用する と考えられている.
好気性光合成細菌は,それらの 3 群の光合成細菌の内,最後のグループの光合成細菌を 指し,1970 年代に発見されて以来,数十種が単離・記載されている.好気性光合成細菌が よく調べられているのは,主に海洋細菌である.それは,最初,好気性光合成細菌が海洋 から分離され,海洋の吸収スペクトル分析等から量的にも海洋の細菌のかなりの部分を占 めることが明らかになってきたからである.
本研究は,これまでほとんど研究例がない河川中の礫上に発達しているフィルム状の微 生物群集の中の好気性光合成細菌を遺伝子解析および単離法によって詳しく調べたもので ある.その結果河川上流の貧栄養の環境に,系統的に多様な多くの好気性光合成細菌を発 見したことは,光合成細菌の系統分類学および微生物生態学上の意義が高い.
2 主要な研究成果
多摩川上流域(東京都青梅市)の河川礫上の藻類が主要構成種の微生物フィルムの中に,
多種類の紅色光合成細菌が存在することを,微生物群集サンプルから DNA を抽出し,その 中の光合成遺伝子解析を行うことで明らかにした.検出された光合成細菌は,18 のグルー プに大きく分けられた.その中の多くのものは,既知の光合成細菌とは異なる新種である と推測された.その多くが好気性光合成細菌であることが示唆された.
同じ場所の微生物フィルムから,28 系統の好気性光合成細菌を単離することができた.
また,より上流の多摩川支流(東京都奥多摩町)の河川礫上からも,13 系統の好気性光合 成細菌を単離することができた.合計41系統の好気性光合成細菌(推定を含む)は,13の グループに大きく分けられた.それらのグループの内,少なくとも 8 つのグループに新種 または新属として記載できる光合成細菌が含まれると判断できた.
新種である可能性が高い系統について,生理学的,生化学的,形態学的性質を調べた.
いずれも好気的条件でのみ増殖し,光合成色素含量は,系統によって様々であった.中に は,貧栄養培地でのみ生育し培地の有機物濃度が高いと増殖が見られない系統もあった.
調べたすべての系統が40℃で増殖せず,比較的低温に適応していた.
3 論文としての完成度
本論文の研究成果は,12の図と17の表で明確に示され,それぞれ適切に説明されてい る.論文の結果は,(1)遺伝子解析による光合成細菌の多様性,(2)単離法による好気 性光合成細菌の多様性,(3)単離細菌の生理学的性質,(4)20km 離れた2地点からの単 離細菌の比較の 4 つの章に分けて,多方面の実験結果からまとめられている.関連の深い 先行研究を網羅して引用し,それらとの関係で,本論文の新規性や意義を明確に論じてい る.今後の研究への展望も,適切に述べられている.英文も明解であり,博士学位論文と しての完成度は高い.
4 審査の結論
本論文は,河川礫上の微生物フィルム中に多種多様な好気性光合成細菌が生息している ことを,世界で初めて示している.新たに40系統以上の多様な光合成細菌を単離し,その なかで 8 種以上の新種の好気性光合成細菌の存在を強く示唆したことは,光合成細菌の系 統分類学上,大きな発見である.また,単離細菌の中には貧栄養の培地でのみ生育する系 統があり,多くが比較的低温環境に適応していることなども新奇な発見であり,微生物生 態学において重要な意義を持つ.本論文の内容の一部は,すでに英文学術雑誌に審査のう え公表されており,残りの部分も,今後公表されるに十分値する内容を含んでいる.よっ て,本論文は博士(理学)の学位に十分値すると判定した.
5 最終試験の結果
本学の学位規則および生命科学専攻内の申し合わせに従って最終試験を行った.公開の 席上で論文内容を発表し,生命科学専攻教員による質疑応答をもって論文内容および関連 分野についての最終試験とし,合格と判定した.