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比良俊典訳 Chaucer's Version of Le Roman de la Rose,

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長崎大学数善部紀要(人文科学篇) 第21巻 第2号 75‑88 (1981年1月)

チョオサ訳『薔薇物語』断片A

I

比良俊典訳

Chaucer's Version of Le Roman de la Rose, Fragment A, tr. Toshinori Hira, I

1‑20:夢には真はない、嘘ばかりと言う人が多いけれど、人によっては 其の夢を見る人もいる土1)この点はこの後はっきりすることだが、夢は偽りで はないと思っていたところ、本当にセイピオ王と会った夢を見て、そのことを 書いたマクロ‑ベスという人を引合いに出し、この点を請合っていい。夢は事 があった後になって見るものだなぞと思うのは笑止の限りと言ったりしたい方 には、私のことを馬鹿呼ばわりして頂いて結構です。というのも私は悪い夢で もそうでない夢でも、夢は沢山の人に大変大事な関わりを持つものだと信じて 疑わないからです。夜、採ていて人知れず色んな夢を見、それが後になって正 夢になる、そういう体験を持つ人が沢山いるのです。

ほめことば

21‑30 :愛の神が若者から褒詞を贈られる二十歳になった時、私はいつも のように床に付くとすやすやと眠って仕舞った。すると床の中で夢を見たのだ。

それは私を大変愉しくさせる「夢」だった。この「夢」が私共に語ってくれる 通り、 「夢」で見た事はどんな小さな事でも後になってその通りに成らなかった 事は一つもないのだ。

31‑40:私は自分が見たこの「夢」を早速歌にして皆さんを愉しくさせた い。愛の神は私にその「夢」を何としても書くようおっしゃっている。これか ら皆さんに読んで差し上げようというこの本が、何という名の本か、男、女を 問わず、誰かに、今尋ねられたなら、それは『蓄蔵物語』ですと説明しよう。

この本で私は愛の仕方を明らかにする積りです。

41‑48:話はし甲斐ある素晴らしい話だ。私はさるお方のためにこの話を するのです。願わくはそのお方が私の話を聞こし召さんことを。人々から慈し みを受けるに足りる立派なお方。高名で素晴らしく、申分ないことからして、

皆の者より「薔薇」と呼ばれるに相応しいお方です。

49‑70:それはもう五年も、それ以上も前のことだった。時は五月と思っ

(2)

76 比良俊典

た。愛と歓びの季節(2)に私は「夢」を見たのだ。物皆華やぐ五月、茂みという 茂み、生垣という生垣はいずれも新緑で蔽われ衣を纏うようになる。冬の間は 見るもかさかさ乾き切っていた森も緑を起らせ、大地もために誇らしげに見 えてくる。冬のためうらぶれた倖まいを余儀なくさせられていたのだが、それ を地面に落ちる快い雫は忘れさせるのだ。そうなると新しい衣を纏い、大地は 鼻高々と誇らしげに見えてくる訳。大地はその衣をいとも窟しく心地好いもの

にし、明るくまた暗い藍色の草と花を数え切れぬ程対にして、色とりどりの美 しい色を帯びている。

おぞまもとさいな

7ト131:'見るも博しく暗い空の下、強い寒気に苛まれ、歌を忘れていた鳥 も五月を迎えたのだ。燦々と降り注ぐ春の日はまことに快く、ために、鳥は心 も弾み確りたい嬉しさで気持が一杯になっていることをその歌に表わす。そう

しじま

なると夜嶋鴛も冬の無言を破り楽しく歌おうと懸命になる。雲雀も啄木鳥も幾 度となく気持が弾むのだ。若者も心軽やかに人を恋うる気特になる。この時期 はそれ程人の心を愉しますのだ。五月に恋を知らぬ者の心は硬い。この日には 地上は楽しくなるので、恋せぬ者も小鳥が木の枝で美しくも哀しい歌を朗々と 歌うのを耳にするものを。愛の神が有りとあらゆるものに刺激を与える喜びに 満ちたこの季節に、私は夜、床に這入って採るとすぐ夢を見た。それは朝まだ

i<

き時に起きた夢だった。私は起きると衣を着け、両手を洗って、椅器を小間物 人から銀の針を取り出し糸を通した。町を出て茂みで声高らかに歌う鳥の歌を

!3XォZ

聞きに行きたかったのだ。木の葉が繁るこの馨しい季節に、独りではあるもの の、私は浮き浮きして、袖に縫取りがある上着を着、歩く道すがら花一杯の大 枝で十羽の小鳥が、対になって一生懸命歌うのを聞いた。私は心浮き浮き弾ん

・salsa

で、近くを音も清々しく流れる河へ向かって進路を取った。それもそのはず、

どんな愉しみもこの河以上に私の心を愉しましてくれるものを見たことがない からだ。近くにある丘からその河は清流が清々と流れて来ていた。水は清明、

冷たいことはまこと泉の水のよう。セーヌの流れとするとこの河は何かしら短 かい様子だったが、河幅は広かった。これまで、こん射こ気に入った河にお目 に掛かったことはなかった。だから、この心地好い河と場所を見るのは大変嬉 しいことだった。かくも清らかに流れるこの河の水で私は顔を洗った。その時、

輝く石を数多混じえた砂利がくまなく敷き詰められている河床がはっきり見え

まきば

た。柔かく心地好い緑の牧場がこの河の岸を縁取っていた。この朝の倖まいは 澄んでいて、いずこもまこと隠やかだった。

132‑146:私は欣々としてこの牧場を河沿いに降りて行った。しばらく歩い

(3)

チョオサ訳F番夜物語』断片A

77

た揚句に、思いも寄らず庭を認めた。その庭は長く広く、見渡す限り囲いがし てあり、銃眼が付いた高い壁になっていて、壁面には人の姿が、それも沢山の 人の姿が美しく刻み込まれていた。私はその人の姿を忙しく見始めた。覚えて いる範囲でその人の姿を早速お話ししよう。

VSISfi

147‑161 :数多の姿の中に憎悪という女がいるのを認めた。 「憎悪」は憤怒、いさかいいぎなくちやかま

羨望のゆえに静を誘う者のように見えた。怒って口喧しい女、その姿は顔付か

よこしまみなり

らして虚偽と邪な欲望で一杯だった。この女、身装はというと、まったく着飾 らず、狂女のごとく気が高ぶっていた。顔は醜く雛が寄り、歯を剥き出して意 地悪い怒りをロに湛え、怒って鼻で息をする時のように鼻を上へ向けて、見る も惇しい形相だった。この女はかく醜く、錆で汚れたように汚かった。頭には 大きな手拭を不恰好に被せられていた。

162‑165 :この女のすぐ左脇に別の女の姿が刻まれていた。私はこの女の頭 の上の所に名前があるのを見た。この人は重い罪障という名であった。

166‑180:その壁の右手に権幕という別の女の姿を私は見た。この女、どこ か「罪障」とよく似ていて、間違いなく悪い人と見た。壁に刻まれたこの女の 顔付から見て、この女は邪な考えで頭が一杯を上、鼻息も荒く、気立てが悪い ようだった。余りにうまく描かれているので、この女を描いた人はまことに上 手に措いたものだと私は思うのです。この女は醜く、賎しく鼻持ならぬように 思われた。また人を敬うような礼儀作法は心得てはいなかった。

18ト206 :その脇には貴幸が描かれていた。この女は色んな手立てで人を唆 かし物を取りはするものの、少しも与えることをしないで、大きな富を築くよ うに仕向けるのだ。またこの女こそ、沢山の人がわずかぼかしの金を借り、

金貸をいやが上にも儲けるように仕向けるのだ。この女の金に対する欲は貧

ぬすっと

慾で、小銭でも掴もうと盗人とか、こそ泥に盗みを教える。まこと哀れにもそ ういう盗人の多くはとどのつまり、喉元で首を絞められて断罪されて仕舞うの だ。人の持物を失敬したり、勘定を誤魔化して巻き上げたり、そういう風に目 論ませたりするのも、この女なのだ。さらにまた、この女は謀叛人や善くない

tanリWgS

抗弁者も作り、極りを持ち出さして、女、子供、大人に親譲りの田畑を手放す よう裁定させる。この女の両手は釣のように曲っていた。この女はいつも人の 物を取ろうと一生懸命になっているからだ。この女、欲の皮がつつ張っていて 人の富が大好き。

207‑246 : 「食費」のすぐ脇に私は別の人の姿が刻まれているのを見た。こ

みじめ

の女は物慾という名で、この正すべき誤りも醜かったoこの女は惟博して惨な

(4)

78 II^Ri!旧EE!

反面、韮のように生々した面もあった。顔色は冴えず永いこと疲れた重苦しい 生き方をしてきたように見えた。強い酢で煉ったパンだけで露命を繋いできた 揚句、空腹を抱えて亡くなった者を漁る生き物のようだった。痩せて骨と皮だ け。犬に暖まれた時のように、ぼろぼろの古びた継ぎ剥ぎだらけの准律を身に

vs.

纏い、大変見窄しい形をしていた。前から見ても後ろから見ても、この女は乞 食のように准接を纏っていたのだ。この女のそばにある、糸田くって小さな衣紋 掛には外套が掛けてあった。それに、縁取り用の皮ではなく、黒くって重そう な仔羊の皮で縁取った、粗い髪製の褐色の衣も掛けてあった。この衣は随分古 い物と思った。というのも「物慾」というこの女は、良い衣があっても慌てて 着飾ろうとは決してしないから。そういう良い衣を度々、身に着けるのは好き ではなかったのだ。だから、衣を着古してぼろぼろにして仕舞ったら、身に着

いりよう

ける物が入用という訳で、ようやく新しい衣を求めはするが、羊の毛で織った、

それも見掛けのよくない物なのだ。手には下げ紐が付いた財布を持っていた。

この財布を人目に付かぬようしっかり握り締めていたので、この財布からオワ シが出てくるには随分と永いこと待たされるのだ。そういうことはこの女の考 えにはないことなのだ。財布から一文でも出ていくなどということは思いも寄 らぬこと。

247‑300:この「物慾」のすぐそばに羨望が描かれていたOこの女は大きな 不仕合わせとか禍を見たり聞いたりしないと、笑いもしないし気も採まぬ。誰

か偉い人の上にしくじりがくるのを見ると大変悦ぶし、家柄のいい人が不様に

カ{^しょく

顔色ないようなことにでもなるのを見たら、気が晴々とするのだ。智恵であれ、

天晴れな振舞であれ、それによって誰かの名声が上がると、この女は大変気が 重くなって仕舞う。たまたま誰かにとって巡り合わせがよくなると、気も狂わ んばかりになるのだ。「羨望」という女は、善い仲間にしろ、悪い友にしろ、誰

にも誠意を示さず大変非情だ。この女の敵でない縁者は一人もいない程だ.鋳

賭しないで言うと、この女は己れの父親がうまく遣っていくことすら望んでは

いないのだ。まったくこの女は酷く人の怨み、不興を買う。いつも悶々として

心愉しまず、人が仕合わせになろうものなら、酷く気落ちし哀れ意気拝になる

のだ。神が仕合わせになった人に仕返しをする程に、胸を痛めるのだ。この女

は人のことを責めずには措かない。実際、この女は海の向こうであろうと、こ

っちであろ'うと、これ以上はないという程いい人がいるのを知ると、その人の

弱味を何とかして捜そうとする。その人が品よく、控え目な人で、さすがの「羨

望」も相手の取柄を扱き下ろすことが叶わぬ時でも、その人の立派さにケチを

(5)

チョオサ訳r蓄蕨物語J断片A

79

付けたり、悪口を言ったりして、何とか扱き下ろそうとする。この絵の中で「羨

はす

望」は奇妙な顔付をしているのに気が付いた。この女は斜かいに横目以外では 人を見ることはなかった。厭を習わし を持っていて、どんな顔付の時も決して 人を其っすぐに見ることが出来ず、蔑んで片方の昌は閉じているのだった。標 緻がよかったり、立派な人、ないしは賢い人を見たり、人に持て嚇されている 人を目の前にすると、ヤッカンで怒りの焔を燃え盛らせるのだった。

30ト348:この「羨望」の隣りに憩裏が、石の建物の壁に措かれていた。そ の顔色からして、この女は惟樽の生を送ってきた、こんな風に言われてきた。

事実、この女は黄痕を病んでいるように見えた。「物慾」もこの女の半分程も青 白くはなかったし、またこの女程痩せているようにも見えなかった。というの

も、この女は自分が日夜を分かたず耐えに耐えてきた悲しみ、思い回らし、苦 しみのため、顔色は黄ばみ、色艶が奪われて青白く惟怖し、痩せ細って仕舞っ ていたのだ。この女が悲しんでいるその半分程も悲しみ、この女程怒りに燃え 盛っている人は外に誰一人としていなかった。誰もこの女を慰め、気散じをし て遣れる人はいないと信じる。この女もまた、悲しみを軽くしようという気も なかったし、己れを慰めようとも思ってはいなかった。それ程この女の嵯嘆は 深く、その心は怒りにくまなく燃えていた。まこと、「悲哀」は悲しむべき女で あるように思われた。怒りに狂っているかのごとく、己れの顔を撫で涙を怠っ て拭かないということはなかった。また身に纏っている物をあちこち引裂かな かったり、喉を掻き篭らなかったこともなかった。怒りと不快がもとで髪をす っかり掻き乱した女のごとく、この女は肩のあちこちに髪を掻き篭って散らば していた。「悲哀」というこの女はさめざめと泣き崩れて高たのです。本当.!

この女の痛々しいまでの悲嘆を目にして欄僻の情を催さぬ程非情を人はこの世 にはいないのだ。「悲哀」という女はかくまで悲嘆に打ちひしがれた哀れな女だ った。悲しみめため身も心もずたずたになり、両の手をわなわなと慣わしてい た。この、悲しみの我武者らな囚われ人、「悲哀」という女の心は悲しみにだけ 走ることしか知らなかったのだ。この女は遊びとか抱擁、接吻といった色事に は、さして気を留めることはなかった。心に悲しみある者は戯れたり、はしゃ

'JVtA

いだり、踊ったり歌ったりする気は起さぬもの。また朝に夕べに心を愉します 気にもならぬのだ。愉しみは悲しみとはまったく反対だから。

349‑412:老齢(3)が「悲哀」の脇に描かれていた。この女は若い時とすると 三十糎は背が低くなっていた。食が細くなって気力がなく、老け込んでいたの で、昔の美しさはまったく色槌せて仕舞っていた。顔色は冴えず青白く、老い

(6)

80 比良俊典

て白い髪は花のよう。命絶えたとしても、正直言って悔いるとこはまったくな い程だったが、そういう自らを懲んでもいなかった。この老女の手足は衰え体 は水気が抜けて惟倖し切っていた。この老女、かつてはふっくらとし、鰯やか だったものを、今は醜く老いさらぼった哀れな女になっていた言それに耳はま るで頭から落ちんばかりにぶらぶら気忙しく動いていた。顔は敏だらけで苦悩 に苛まれた面特だった。両の手も馨れて縮んでいた。年を取っていたので一歩 も歩くことが叶わず、歩く時は杖を頼りたしていた。

畳となく夜となく過ぎていく「時」はいつも休むことなく旅をする。こ っそりと抜き足差し足で我々の所から遠ざかっていくため、まこと、「時」は一 つ所にいつも留まっているように思えるのだ。だが、紛れもなく「時」は休む ことなくいつも急ぎ足で歩いて行き過ぎるから、今、確かにここにいるという ことを認識出来る人はいない(ちなみに、このことについては高名を学者諸氏

はんとき

にお尋ねあれ)。こんな事を考えようとしている裡にも半時ぐらいはすぐに過ぎ て仕舞うのだ。常に流れて一滴たりとも戻ってくることがない水のように、片 時も休むことなく流れて戻ることを知らぬ「時」。この「時」が長持する程には 長持する物は何一つか、。金属も生き物も、もの皆一切。というのも「時」は 一切の物を呑み尽したし、これからもそうだからだ。有島変転、「時」は有りと

はぐく

あらゆる物を育て、育む一方では、やがてぶち壊わして仕舞うのだ。我等の祖

芦!IBS

先を老いさらばせ、王にも皇帝にも等しく齢を重ねさす「時」。死神に我等こと ごとく取り嬢かれる前に必ず我等を打ち負かして仕舞う「時」。人を思いのまま に老いさらばす力を握っている「時」は否応なしに、人に齢を重ねさせるので、

私の考えでは「老齢」は自らをどうしようもなく幼児に戻して仕舞ったのだと 思う。

この老女は二才の児同様、自らを導く力も智恵も、何も持ち合わしては いないのだ。それにしてもこの女も年頃には椅寛で、見るも瑞々しかったと思 うのだが、今ではそういう時期は過ぎて、老いさらぼった醜い老婆になって仕 舞っていた。この老婆は毛皮の外套を纏い体を温かくしていた。さもないと寒

VSXfi

さで体を損うからだ。年寄はしょっちゅう風邪を引くのだ。年を取ると皆この 有様だ。

413‑448:壁にはまた別の女、この女はどうも「偽善」という女のように見 えたが、一人の女の姿が描かれていた。果せるかな、この女は備善(4)という名 の持主で、人が気を留めないでいると、人には知れぬよう悪い所業を見過ごす のだ。上辺は青白く敬虞な顔付を装い、己れを立派に見せ善人然とはしている

(7)

チョオサ訳r茜夜物語」断片A

81

ものの、この女の心の中で思い回らされぬ禍はない程、善からぬ事どもを考え ているのだ。この女の姿形は「偽善」を手本に措かれたのではないかと思える のだが、実の処それ程かの女にそっくり。この女は試しやかな面拝で神の道に 正真正銘、打ち込んでいるかのごとく、それらしい身装をし靴を履いていた。

この女の神の道への帰依とはこんなものと見えた。手には祈りの本をしっかり 握り、かいがいしく、神とその愛しき数多の聖に心ない偽りの祈りを、繰り返

し唱えるべく努めるのだった。この女は明るくも、瑞々しくも、はたまた愉し くもなく、始終気を配って善い仕事、気高い勤めに打ち込んでいる様子だった。

おまけに、行者が用いる粗い肌着を身に着けていた。確かにこの女は肥っては

しぴと

いなかった。断食で掌れているように見えた。顔色は青白く死人のよう。天国 という神に祝福された所の門は、こういう女にはいつも閉ざされているのだ。

こういう輩はキリストが福音書で言っている通り、しばしのことだが、町で持 て噂されたいばかりに己れの顔を痩せてぎすぎすさせはするものの、そのわず

かぼかしの空しい褒詞のゆえに、神とその国を手に入れ損うのだ。

449‑474:こうした女達のいっとうおしまいには、貴国(5)という女しか描か れてはいなかった。この女はたとい、身に着けている物を売ったとしても、手 元には一文だに所持は出来なかったし、首を括ろうにも紐を求める金は所持し ていなかった。何しろ姐虫のように裸同然だったから。だから空模様が荒れて でもいたら、寒さできっと参って仕舞っていたに違いないとさえ思われる程だ った。継ぎ剥ぎが沢山してある見窄しい、古びた寝袋しか身には着けていなか った。これがこの女の外套だったのだ。この女の体を包む衣はこの外には一枚 も身に着けられてはいなかったと私は思った。だからがたがた懐える機会は大 いにあった訳だ。この人物は私が話した外の女達から離して、上の奥まった角 の一郭に描かれていた。「貧困」は恥じらいのため人目を忍んで縮こまり、そこ にいた。貧しいということはどういう所でも見下されて極りがよくないものだ。

貧しい人が畢みでもしたらそれこそその日が怨めしくなる。貧しい者はまった くもって充分食も与えられず、椅薦な着物も履物も身に着けることは叶わぬ。

人にも疎まれるから、可愛がられて偉くなる、そんな具合になるのは稀れなの

**

475‑508:すでに話した通り、これまでつぶさに見て回ったこういう女達の

こんし:き

姿が、金色や澄み切った青い色で壁のあちこちにくまなく描かれていた。壁は 四角な石で出来ていて少々高いものであった。庭は周りを生垣の代りに柵で椅

ためし

貫に囲んであった。この庭には羊餌が蓮入った例はなかった。見事に造られた

(8)

82 比良俊典

この庭にもしも、梯子であれ、柵を乗越える段であれ、道具を使って私を引き 入れてくれる人に出会っていたなら、その人がどんな人であったとしても、私 のことを好きになっていてくれたと思えてならないのです。というのも、こう いう場所で味わえる喜びとか、愉しみ、心の解れは誰にもなかなか語ることは 出来ぬ程のことと思うからです。この庭は数多の鳥を宿すことが手易く出来る 所で、ここ程、小鳥のさまざまな歌と、緑の木が沢山ある庭は外にはなかった.

私が思うには、フランス王が治める土地で、ここ以外のすべての土地の鳥より 沢山の鳥がこの庭にはいたのだ。鳥が奏でる甘い歌と哀しい歌の調和は、いと も妙なる調べなので、世のすべての人を充分悦ばすに足りるものだった。この 鳥の妙なる歌を耳にすると私は大変心和むので、その庭で美しい喉を使い、愛 の仕方を楽しい調べで歌う鳥の集い(願わくは、神がこの百鳥の集いを禍から 守りたまわんことを)を見に、中へ這込れる道が、もしも広々と私の前に開か れていたとしたら、百ポンド支払うことも厭いはしない。

509‑530:こういう風に私は鳥が鳴くのを耳にした時、どんな手立て、どん な工夫をすればこの庭に這入れるのかしらと思い回らしはしたものの、これで は這入れそうもないので、悲しくなって、もう這入れないのではないかという 気が強くした。私はその庭に這入れる道が全然分からなかったのだ。ひょっと したら、そこに這入って行けたことも考えられる穴とか場所が、あるかどうか すら分からなかったし、道を教えてくれる人もいなかった。これにはまったく 困って仕舞い、悲しくなって孤独な気持に苛まれていた。そうこうする樫、こ んな椅寛な場所に通じる道も穴も、また段もないなぞということは、まったく 有りえないという気がとうとうしてきた。四角に切った石で築いた壁で周りが

どこも整然と囲われている囲いに沿って遠くまで行って見た。そして、とうと う、小さな潜り戸を見付けた。この戸はしっかりと閉められていたので這入れ

ほか

なかった。だからといって他に入口はなかったのだ。

53ト584:私はここ以外の戸を捜すことも出来ぬまま、浦酒で小じんまりし たこの戸を敵いてみた。永いこと押したり、敵いたりして、ずっとそこにいた。

もしかしたら、誰か近づいて釆やしないかと耳を歓ててみることもしばしばだ った。そうこうする裡にとうとう、見るから品がいい手弱女が、その出入ロの

にょしょう

戸を開けてくれた。この女性の髪は金髪でその色のいいことはこの程錆落とし をして磨いたぼかしの金盟のよう。細っそりして円い眉がある顔の皮膚はまる で雛鳥のように柔かかった。澄み切った両の目の開き具合は程よかったし、鼻

3BZS

は釣合が取れていて、目は隼のごとき墨色をしていた。口は甘い息で馨しかっ

(9)

チョオサ訳r養液物語」断片A

83

た。顔は白く血色がよかった。見るから形がいい円く小さな口が、白い顔に鎮 座していた。この女性は形よく真申が凹んだ顕を持っていた。この女性の額は 傷痕も痴も荒れもなかったし、長からず短からず、太からず細からず、まこと に品がよかった。これ以上に滑々して滑らかな感じを人に与える美しい襟足は、

イエルサレムからブルガンディまで捜してもないぐらいだ。また喉元は、この 程積もったぼかしの木の枝の雪のように白かった。鉢もこの女性は、姿がよく、

これ以上の椅寓な鉢の持主をよその土地に捜しに行っても、誰にも捜せるもの ではなかった。どんな乙女も豆酎こ頂いたことはないと思える程、出来がいい、

さま

金の打紐の飾輪を頭に着けていた。この飾輪に暮夜の冠を見事な様で付けてい た。手には艶やかな鏡を持っていた。髪は見事に編まれ美しい金色の髪飾りが 付いていた。衣の袖は小椅麓に縫ってあった。手を汚さぬよう白い手袋を両の 手に巌めていた。本場のゲント製の生地で作った緑の衣を身に着けていた。身 に纏っている衣からして疑うべくもなく、この女性、懸命に働くことには慣れ がなかったように思えた。というのも絡護に髪を桟り、見事に着飾るとこの女 性は、その日一日の仕事はすべて終えるのだった。この女性は陽気で、それだ け済ますと気が済むのだった。五月には愉しい日々を過ごすのだった。常ならず 艶やかに着飾るだけで、その外のことには心を惑わされることはなかった。夜 昼を問わず、身に何を纏うか、そのことしか考えてはいなかった。

585‑628 :門の戸が開いて、中から現われたこの眉目いい手弱女の姿を目に した時、私はこれ以上はないというぐらいお礼を申述べ、何という名前か尋ね た。またどういう人かも聞いた。するとこの手弱女は、つんとして返事をしな いどころか、懸矧こちゃんと、こう答えてくれた。 『はて、名かえ。怠作と申し まする。何やら、妾のことを皆そう言うておらるる。妾は怠惰も叶う身なれば、

困ってはおらぬ。わけて、妾を愉しくさせ悦ばす、つまり髪を杭き、編む、そ

あるじ

んなことならいさ知らず、その余のことなら何一つ気には留めぬ。この庭の主、

歓楽殿(6)とは知己があるばかりか、親しうしておる間柄ぞ。あのお方はアレキ サンドリアより木を持ち帰らせましたのじゃ。それがこの庭に植えられ、伸び て高くなった折、そこもとが目の前に御覧の壁を庭の周りに造らせ、外壁には、

少し前御覧の、神の思召に叶わず、見るだに化しく哀れな、さまざまの女子の 姿を刻み、措かせたもうた。しばしば気散じをしようと、「歓楽殿」はここにお 出ましじゃ。その折、愉しく日々を過ごしておらるる家来衆も御一緒。鴨、夜 鳴鷺、それに外の楽しい小鳥がいか程声清らかに歌うか、それを聞こうと、今、

「歓楽殿」は中にお出でじゃ。この庭の主と家来衆はこのように、御自分を慰

(10)

84 比良俊典

めんものと、中を歩いておられる。このように、遊んで心地好い所は、主がイ ンドまで捜しに出掛けたとて、見付けることは叶うまいぞ。主は見るだに立派 な家来衆を一行に従えてお出でじゃ。皆、この世で見付けらるる人のうち、こ れ程立派な人は外にはおらぬと思わるる方ばかり。この方々がいかなる時も、

主のお供をしておられまするJ

629‑644:こういう言葉を聞いて私は「怠惰」に申したことでした。 『され ば、贋揚で立派なこの庭の主が家来衆と御一緒と聞いたからは、私奴が今宵、

御一同と会うことはないなぞ、この場で一同の中の誰ぞ、よもやないとは思い まするが、罷り間違い、一言あるようなことが出来ればないよう、願いまする。

何分、礼儀作法は万事お心得の立派なお方ばかり、 「歓楽殿」と御一緒と思うた め』その後は、これ以上何も言わず、私は「怠惰」が開けてくれていた潜り戸 から、一寸目にしただけでも、美しい庭へ這入った。

645‑684:庭に這入ると私の心は嬉しくなった。私は紛れもなくこの世の天 国に来たように思った。ここは余りにも椅荒だったので、神々しい霊的な場所 のような気がした。本当.′というのも私の思うところではこの庭の中ぐらい、

住むに居心地が好い住居は天国を捜したって、どこにもないと思えるぐらいだ ったのだ。庭はどこもかしこも、くまなく群れをなして歌を歌う数多の鳥が満 ち溢れていた。あちこち色んな所に夜鳴鴬、驚、毅、育啄木鳥、こうした鳥が 数多いて、妙なる歌を棲家で楽しんでいた。ここでは誰でも堆子とか、鳩、雲 雀の群れを幾つも目にすることが出来るのだ。ここでは歌い疲れそうになった 数多の雲雀を見た。歌で勝り、名を挙げんものと懸命に歌う鴇、真鶴、歌鴨も 見た。今、皆さんに話したこういう鳥は、美しい調べでもって歌の勤めをして いた。天の使いが歌う程に、この鳥達は美しく見事に歌を歌ったのだ。私はこ ういう鳥の歌を聞きながら、いとも愉しく歩いたのです。信じて下さい.!とい うのも、こん7日こ美しい調べは命に限りある人により、いまだ耳にされた例は ないからだ。どんな鳥も、これ程椅琵な歌はとうてい歌えなかったと思えるぐ らいの妙なる調べが、この鳥の中にはあったのです。この調べは、海の人魚の 歌う調べにいともよく似ていた。その歌声が澄み切っていて美しいので、英語 の場合、私共の慣わしでは皆さんが「人魚」と呼んでいるのですが、フランス では、この生き物のことは「サイレン」、つまり椅寛な声をした美しい海の精と 言っています。

685‑700:こうした鳥は歌を奏でるのに大変心を用いていた。技は拙い'とい

うことはなかったし、聞くに堪えうる美しい歌を奏でられる点で、駈け出しと

(11)

チョオサ訳r茜夜物語J断片A

85

は違っていたのだ。こういう鳥達の歌を耳にし、緑深い場所を目にすると、今 日という日まで、心のうちにかくまで愉しく満ち足りて、晴々としたものを感 じたことがない(以前はそうだった)程の、愉しい気拝を覚えたのだった。こ の時、私は「怠惰」が私に好意ある処遇をしてくれた、だからこん射こ愉しい 気持にしてもらえたのだということを、充分過ぎるぐらい認識したのだった。

この女性が庭の戸を開けて、中へ入れてくれた、だから私は何としても「怠惰」

のよき友にならなくてはならなかったのだ。

70ト728:この後は、どのように私が振舞ったか、それを皆さんに話すのが、

どうやらいいように思う。ついては、まず「歓楽殿」がここでどういうことを したか、どういう人がこの庭の主と一緒だったかを偽らずに書こう。その後、

いちどきみんな

時を移さず、見事に形造られた・この庭の美しい造りも話そう。一時に皆話す積 りはない。遣れる自信があるから、皆さんに話す事はいち.いち順を追って話す 積りだ。小鳥は木に止まったままで美しくも妙なる歌の勤めをしていた。鳥達 は声を張り上げ、思い思いにぴ‑ぴ‑、愛の歌を奏でていた。若い芽が萌え出 た緑の大枝で、あるものは高い声で、あるものは低い声で鳴っていた。この鳥 達の妙な'る歌の調べは私の全霊を歓喜させた。私は鳥が姦しく噸っているのを 聞くと、この庭の主に会いに、中へずっと這入って行かないではいられない気

tma

になった。私の願いは、なかんずぐ「歓楽殿」に見え、その風貌、その起居振 舞を目のあたりに見ることだった。その折の有様を思うとまことに千金にも値 するという気がした。

729‑758 :そう思うと、私は早速、薄荷と緑の苗香が沢山ある細い小道を見 付け、そこを右手へ進んで行った。すると、すぐそばに、紛れもなくこの庭の 主の姿を目に留めたので、やにわに主が寛いでいる所へ進み出た。この晴れが ましい場所には、主と一緒に若々しい立派な人々がいた。大変若々しく、立派 なので、私は土の人々を目にした時、一人残らず、こん射こ立派な人ばかり、

一体どこから遣って来たのか、討った程だった。それもそのはず、私が見たと ころでは皆椅寛な羽がある天使のようだった。かくいう人々はその時歌に合わ して踊っていた。愉悦という快活で楽しい女性が、この人々の先に立って歌の 音頭を取っていた。この歌姫は楽しく、上手に歌を歌った。まこと、この女性の 半分もうまく歌える人はいまいと思われたのだ。歌うことがこの女性には、まこ

とに似つかわしい程に、うまく畳句を歌の中で繰り返した。声は澄み切ってい

て美しかったし、耳障りで不快なところはなかった。この女性、歌に関わる事

なら何によらず心得ていた。どこに行っても人を和ますべく先に立って歌うの

(12)

86 比良俊典

が常だった。何よりも歌に打ち込んでいたから、この歌姫が付きたい生業は、

外にはなかった。

759‑792:こういう折には、歌に合わせ人々が愉しく踊りを踊り、芽を出し 掛かった緑の草の上を、繰り返し姿美しくぐるぐる廻る有様を見ることが出来

るのです。また笛を吹く者、心の痛みを歌に託したあの吟遊詩人達の姿も、そ の場に見ることも出来るのだ。ある者はロレ‑ヌの歌を歌っていた。その調べ はここオルレアンの歌の調べより、はるかに美しかった。またタンバリンで踊 る舞姫も沢山いた。技は申分なく習得していた。請合っても結構です.′舞姫達 はちょいちょい、いとも巧みにタンバリンを高く放り上げ、美しくも柔かい指 でそれを受け止め、しくじることは決してなかったのだ。長い装束ならぬ、短 かいスカートを穿き、髪を総覧に三つ編みにした二人の、姿形が美しい、うら 若き乙女のため、この庭の主はやんごとない方だったが、歌と踊りの真只中に 遥入って行って踊った。主と乙女がどんなにうまく踊ったか、どうも記憶が定 かでない。ただ、男が相手の女と踊ろうと、いつの間にか近づいて、鉢が触れ んぼかしになると、いずれも顔をすり寄せ、ロを出していたので、踊っている

す!ヾ

間、ずっと唇を合わしていたように見えた。ここにいる人々は踊る術はよく心 得ていたので、これ以上何を私が話すことがありましょう。もしも、ここにい て、人々がこのように踊る様をずっと見ていられるのなら、私にはこの場を後 にしようという気はさらさらなかったのです。

793‑816:この歌と踊りに一生懸命目を凝らしている裡、とうとう、一人の 女性が私をじっと見ているのに気が付いた。この女性はとっても素晴らしく、

ESs犯

淑やかで名を雅といった。神よ、願わくはこの女性に幸いを.′ 「雅」はいとも 懸発射こ声を掛けて、 rそちの方、お前様はそこで何をしておいでか?こちへ来ら れよ。宜しければ共に踊っては?』と申された。そこで早速私はその踊りに加 わったのだ。極りが惑いということは、ちっともなかった。それどころか、こ の女性が、私に声を掛け、踊りに加わるよう勧めてくれたことがとっても嬉し かった。というのも、たとい声を掛けられるということがなかったとしても、

私はきっと、ここで楽しく踊っている人同様、心浮き浮き、その踊りに加わっ

ていたと思われる、それ程、目の前の踊りは楽しいものだったのだ。そこで私

は、この場で踊っている人々の出立、鉢付き、姿形、起居振舞を、しばしば見

ることが出来たので、その人々がどういう人々かお話ししよう。

(13)

チョオサ訳r暮夜物語J断片A

87

テクストはF. N. Robinson (ed.) : The Works of Geoffrey Chaucer, 2nd ed., Boston, 1957に拠ったChaucer訳The Romaunt of the RoseのオリジナルLe Roman de la RoseはGuillaume de Lorrisが始め、その後を受け継いでJean de Meungが 仕上げた。計21780行。 Romauntは断片として現存し、 A,B,Cの三つに分けられている (Kaluzaの提唱)。断片A (ト1705行)については、 Chaucerの翻訳とし、断片B、および Cの訳者は定かではないとする説(例えばSkeat)が有力だが、 AとCはChaucerの訳と する説(Kaluza)もある。また、 A,B,CいずれもChaucerの翻訳とする説(Lounsbury)、

およびこれとは逆に、 A,B,Cいずれも訳者不詳とする説(Koch)もある。

(1) Meungが登場させている自然という寓意人物は「夢」について、反対の事を論じて いる。随分沢山の人が夢に騙される。その結果、常識はまだ眠っているのに、その外の感覚 は、あたかも目覚めているかのように、床から飛び起き、衣服を纏い、履物を履いて遠くま で出掛けたりする。いよいよ常識が目を覚まして、ようやく、びっくりしてあんなに遠くま で出掛けたのは、悪魔の仕業と隣人に公言するThe Romance of the Rose, tr.H.W.

Robbins, New York, 1962, 18213行以下参照。

Chaucerは夢について、正夢もあれば、そうでない夢もある(The House ofFame, 1行以下)、また恐い夢もある(The Canterbury Tales, ¥│(B2) 2921行以下)ことを書い ている。

(2)愛の神の恋と五月の関連は、 Chaucerでは、例えばキャン夕べリ巡礼の騎士の見習の 話の中(280‑282行)で簡潔に触れられている。同じ巡礼の商人の話の老騎士と若い妻メイ (五月)の愛は、騎士が、一方では愛の神の恋に対し憧れを示してはいるものの、全体とし ては情欲的である点、愛の神の恋を執刺している。

Meungが創造した理性という寓意人物の説くところによると、愛は人間の自然な行 為に過ぎぬ(Robbins, 4332行以下)。だから理性は、愛の神と緑を切るよう、恋する者に勧 めている(Robbins, 4260行以下)。また、愛の神の恋は「養液」を摘むことだけを目標にした 愚かを恋である。其の愛は心の結び付きにあると説いている。 Robbins, 4600行以下参照。

(3)理性は老齢と青春を対比させ、老齢は冷静で、愚かしい愛の行為から己れを救い出す (Robbins, 4429行以下)と言っている。

改訂後のThe Legend of Good Womenの̀Prologue'で、 Chaucerは愛の神の 宗教にそぐわぬ詩を物し、 Meungが書いたと思われるRomanceを訳した自分のことを、

年を取り「愛」の異端者になったためかも知れぬと書いている。 AG 400‑401行参照。キャン 夕べリ巡礼の騎士が語るテセウスの述懐には、愛の神の恋に対し楓刺的なところがある。

I (A) 1785行以下参照。なお、 Merciles Beauteも参照せよ。

(4) Meungが書いたRomanceの中では、愛の神は、借着から、偽善の偽善たる所以を 聞き、この男も格別排斥はしていないRobbins, 4232行以下参照。

Chaucerはキャン夕べリ巡礼の一人、免罪符売りの僧侶の人物の中に、 Meungの行 を用いているVI(C) 400行以下参照。

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88 比良俊典

(5)理性は虚栄の愛を那IJ (Robbins, 4726行以下)している。また名誉とか富という低 俗的繁栄が好きな友は心貧しく、そういう人には裏切られることが多い。それに引き換え、

清貧を友としている人からは稗益されるところが大であると説いているRobbins, 4837行 以下参照。

Chaucerの場合は、バ‑スのおかみさんの話に出てくる、アーサ王の騎士の一人が 妻とした老婆の言葉に、同じような考えが書かれているI(D) 1201行以下参照。

(6) Meungが登場させている英才は、歓楽殿が治める庭の素晴らしさは作り事に過ぎぬ と棲め付け、着き羊餌が性話をする牧場の素晴らしさについて語っているRobbins, 20296 行以下参照。

Chaucerの商人が話す老騎士は、己れの館がある庭を自慢している。この庭は、快 楽を信条とする主との関わりや、妻に対する情欲の場としての意味から、愛の神が統べる恋

に対し、猟刺的な扱い方をされている。 IV(E) 2021行以下参照。

(昭和55年10月23日受理)

参照

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