『往生論註』末疏研究序説−宗学形成
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(2) 46. ﹃純粋理性批判﹄の緒言において︑かれはまず﹁いかにして先天的綜合判断は成立しうるか﹂という間いが純粋理性の. 一般的課題であることを示し︑この間いのもとには︑H﹁いかにして純粋数学は成立しうるか﹂⇔﹁いかにして純粋 到 自然科学は成立しうるか﹂の二間題が含まれるとしているぺかれによれぱ︑数学や自然科学はじっさい学としてすで. にあたえられているから︑批判の仕事はただそれらがいかにして成立しうるかを示すことだげで足りる︒しかしさら ︑ に︑先天的綜合判断の問題としては︑臼﹁いかにして素質としての形而上学は成立しうるか﹂鱒﹁いかにして学とし. ての形而上学は成立しうるか﹂の二間題も含まれてくる︒形而上学は数学や自然科学と異たり︑これまで万人に学と. して承認されたものがじっさいに存在したとはいいがたいから︑しかし︑それにもかかわらず︑人間の中には止みが. たい形而上学的要求があるから︑まず﹁素質としての形而上学﹂の可能性が聞題とされ︑次いで︑そのような素質と. しての形而上学の可能性の上に打ち建てられるべき﹁学としての形而上学﹂の可能性が間題とされるというのであ ︑ る︒このようなカントの考えの中で︑とりわけ学としての形而上学の可能性についての問題定立は重要である︒たぜ. たら︑それはすでに一般に学として承認されている領域について顧みてその成立根拠を間うというのではたく︑いま. だ学として承認されていない︑あるいぱ今後学として承認されるべき領域について︑しかもその学としての成立可能 訓 ︵ の根拠を間うものだからである︒それは︑ドイツの実存哲学者ヤスバースのよく用いる表現でいうたらば︑ぎo實. ω9奏g①︵浮動状態にある︶の領域を︑一方では学として固定させつつ︑他方では同時にその成立可能の根拠をも解. 明してみせるという︑二重の仕事を遂行することである︒さらにいうならば︑それは︑当該領域を学として固定させ. ていくその仕方が同時に学の根拠を開示する鍵にもなっているような︑そのような独自のあり方をもつものである︒. おなじくドイツの実存哲学者ハイデガーにおいても︑右のごとき根本的た思考操作が見出される︒たとえば︑かれは. ﹁形而上学とはなにか﹂という間いを提起しながら︑直ちにこの問いに直接答えることなく︑まず﹁形而上学とはな. 1工?4.
(3) 47. μ にかLというこの間いそのもののもつ意味合いを間い出す方向に向かうのである︒このような﹁間いの間い﹂︑形而. 上学の形而上学︑形而上学の根拠を間い出すという潮源的た思考方式こそ︑真の意味での形而上学を顕わたらしめ. る︑とハイデガーはいうのである︒カソトにせよハイデガーにせよ︑その努力は︑すでに確立しているものの学的性. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. 格を分析することに向けられておらず︑これから確立されるべきものの学的性格を間い出すという困難な仕泰に向げ. られている︒この間の事情は︑カソトの著書﹃プロレゴーメナ﹄が詳しくは﹃学として現われうべきあらゆる将来の. 形而上学にたいするプ回レゴーメナ﹄︵軍oταqo冒竃與暮9罵二〇痔目蚤己蔚g冨g岩ξω︷ポ讐⑦巴伽オ雰gωo臣岸. 壬己害睾g彗ぎ昌竃︶であることや︑学としての形而上学の基礎づげの仕事をおこなうべき批判を︑カント自身 二種の学﹂と呼んでいることなどからも︑窺い知ることができよう︒. いま︑学の可能性の間題について︑西洋哲学から二︑三の例証を挙げて論じたのであるが︑小論の副題に示すごと. き仏教における宗学について︑同様のことを考えてみることにしよう︒もとより︑西洋哲学と東洋思想︑とりわけ仏. 教思想のあいだには打ち消しがたい相違があるから︑西洋哲学におげる形而上学についての思考方式を︑そのまま仏. 教における宗学の間題にあてはめることはできたい︒そればかりでなく︑一方は哲学の間題であり︑他方は宗教の間. 題であるという根本的た相違も厳存する︒これらの点を無視することはできない︒しかし︑それにもかかわらず︑宗. 学もとにかく﹁宗の学﹂としてはやはり一種の学である1その学の性格は大いに巽なるであろうげれども−︸﹂と. は間違いなく︑そのかぎり︑その学的性格を問題とすることは可能であり︑ふたたび︑そのかぎりにおいて︑西洋哲. 学における学の間題と関連して論じることも不可能事ではなくなるものと考えられる︒それでは︑宗学の学的性格た. るものは一般に︽学︾という観点からはどのように考えられるものであろうか︒また︑それはどのようた意味におい て上例のごとき西洋哲学におげる学の間題と関連性を有するのであろうか︒. 1175.
(4) 48. ︽宗学︾の語義にっいてはここでは一々くわしく穿襲しないことにするが︑宗学の学的性格には種々の問題が纏綿. しているように思わ﹁れる︵すでに︽学的性格︾という言葉をしぼしぱ用いたが︑ドィツ語の峯雲彗ω〇一量室ざ寿隻と. いう語を思い浮かべれぼ︑この言葉の漠然とした内容がほぼ含まれることになろう︶︒宗学とは二言にしていえば︑ 5︺ 一宗派の説く教義︵宗義︑宗乗︶にかんする学であるといえる︒だが︑じっはここに重大な問題が伏在している︒た. んに言葉の上のみからいっても︑その宗派の説く教義とはいかなるものを指すのか︑また︑それにかんする学とはな. にをもって決定的たものとするか等々︑一見きわめて確定しているごとくにみえる外殻を通して︑宗学たるものの. 冒と胃.ωO事9①■器巨︵浮動存在︶が顕わになる︒その宗派の説く教義というものはすべて宗祖の思想・信仰内容のう. ちにあるというべきであろうが︑二祖︑三祖以下列祖が宗祖の思想・信仰内容を敷術したものもまた教義といわれう. るであろうから︑一宗派の説く教義なるものの内包の限界にかんしてNξ①巳窒巨①qぎ岸︵あいまいさ︶が生じる︒し. かし︑これにたいしては︑二祖︑三祖以下列祖の説く教義も宗祖の思想・信仰内容を敷術したものであるかぎり︑そ. の内実にかんしては結局宗祖自身の思想・信仰内容に包摂されるから︑あいまいさは生じない︑と反論されるかもし. れない︒この場合︑間題は展開して宗学の外延の閥題にかかわってくる︒すなわち︑その宗派の教義にかんする学と. はいかなるものをもって決定的となすかという問題にかかわってくる︒二祖︑三祖以下列祖の説く教義が内実的には. 宗祖自身の思想・信仰内容に包摂されるとしても︑宗学の学たる所以は︑二祖︑三祖以下列祖が宗祖自身の思想・信. 仰内容を体系化・組織化するところにある︒とまず考えられるからである︒ここに少なくとも次の二つの問題が提起. されてくる︒第一は︑宗祖自身の思想・信仰内容を体系化・組織化するというが︑その完成点をどこにおくべきかと. いう聞題である︒これを小論の主題の意図にそい浄土宗にあてはめて考えてみると︑宗祖法然︵一二三二−二二. 二︶の思想・信仰内容は二祖聖光︵一:ハニー二一三八︶︑三祖良忠︵二九九−一二八六︶によって体系化・組織. I176.
(5) 49. 化されていったのであるが︑これをもって宗学の完成となすべきか︑さらに︑ある観点からすれぼ︑浄土宗の伝法伝. 戒の規則を定め三十余部百数十巻の著をあらわして︑南禅寺の虎関師錬の﹃元亨釈書﹄において寓宗たいし附庸宗と. 蔑まれていた浄土宗を一つの独立宗派にまでたかめた七祖聖間︵二二四一−一四二〇︶をもって︑浄土宗学の整備完. 成者とたすべきか︑というごとき間題である︒この第一の問題と関運して第二に︑きわめて外面的な間題であるが︑. 教団の確立と分派の間題がある︒第一の間題において聖周を浄土宗学の整備完成者とみなす場合︑その重要な決定要. 素の一つは附庸宗から独立宗への転換という事象にほかならない︒もとより︑内面的に営まれた教義の体系化.組織. 化が︑外面的に独立教団という成果をもたらしたのであるが︑逆に外面的に教団の確立という︑﹂とが︑内面的に宗学. の体系化・組織化を助長することも否めない︒この教団の確立ということは︑反面︑分派の問題をかならず相関的に. 含有している︒三祖長忠の門下からは六派の分流を見たのであるが︑その中で寂慧の白旗流が浄土宗の正統をたし︑. いうまでもなく聖問はその流れにおげる宗学の第一人老である︒ところが︑このような流れにおいて承認され確立さ. れる宗学は︑その反面︑他の五派の教義を排除する・﹂とを意味する︒この場合も︑内面的に教義の相違が分派を惹起. せしめるのであるが︑端緒においてそのような相違から生じた分派が︑分派であるという外圃的た意識からますます. 教義の絹違をふかめ︑あるいは︑いずれを正統な教義とみるかの決定が︑往々にして︑勢力を有する教団の弱小教団 6︵ ︺ にたいする外面的な勝利によって左右される事態さえも生じる︒このようにたどってくると︑宗学の成立.完成をど. こにおくべきかとか︑教団の確立と分派の問題など︑これを一概に決定することのはなはだ困難な状況に到りつく︸﹂. とになる︒そこで︑ふたたび最初の間題にたちもどり︑すべてこれらの外廷的・外面的な間題あるいは体系化.組織. 化の営みを通じて︑二祖︑三祖以下列祖の教学が宗祖の思想・信仰内容に包摂されるという単なる内包の問題ではな. く︑宗祖の思想・信仰内容がそれらを通じて刻々に生きているかどうかという観点に立っ︸﹂とが要請されてくる︒そ. 11η.
(6) 50. のさい︑宗祖の思想・信仰内容が刻々に生きているということは︑前に述べたのとは別の意味ですべてが宗祖の思想. ・信仰内容に包摂されることにほかならない︒そうなると︑その宗派の説く教義をいかなる範囲に限定するかとか︑. それにかんする学は体系化・組織化のいかなる程度を指すかなどの間題は︑一時括弧にくくられ︑宗祖自身の恩想・. 信仰内容そのものが大きく前面に出てくることになる︒そこでは︑教えとその体系化・組織化としての学との分離は つ もはや考えられない︒その宗派の教えを宗乗というと同時に︑宗学をも宗乗と呼ぶことができる両義性は︑教えと学. との不可分離なることを示しているといってもよかろう︒さきほど︑︽学的性格︾という言葉にたいして峯赤窒〒. ωoぎ肇庁寿①岸をあてはめたが︑じつは︑宗学の学的性格はおたじく色窪昌ω9邑;gであっても︑独自な性格を有. している︒その独自な性格とは︑教えと学との不可分離なることである︒宗祖自身の思想・信仰内容のうちにいわば. 教えと学とがともに内含されているのである︒この意味からすれぼ︑いわゆる︽学的性格︾を有するような学はそこ. に見出されないともいえる︒さき︸﹂デカルト︑カソト︑ヤスパース︑ハイデガーを引証して︑西洋哲学における真正. の意味での哲学の学的性格について触れたのであるが︑それに関連していえば︑宗祖におげる思想・信仰内容の形成. は︑やがて二祖︑三祖以下列祖において体系化・組織化されるべきいわゆる宗学︑その意味では﹁学と﹂て現われう. べき﹂ものにたいしての︑始源的な一種の学を営み出す努力であるということができる︒ハイデガーは︑哲学はふつ. うの意味での厳密学︵巽巴豪オ一窒彗竃ま3であってはならず︑オ落9ωOぎ津が55⑦冨O霊津にたるとき哲学の 8︶ 本質が露呈されるといっている︒. 以上ケ﹂おいて︑宗学という独自な学的性格を有する一種の学が︽学︾としていかなるものであるかを不十分ながら 9︶ 考察し︑かつ︑それがいかなる意味で西洋哲学におげる学の間題と関達するかについても;冒した︒なお︑宗祖の思. 想・信仰内容の形成そのものがじつは根源的な意味での宗学の学的性格を構成するという点について︑少しく論じた. 1178.
(7) 51. いと思う︒まず注目したいのは︑宗祖自身︑自己の思想・信仰内容を形成しているということである︒すなわち︑宗. 祖が自已の思想.信仰内容を決定するにさいしては︑いわゆる教相判釈をおこたって︑仏教思想のうちから一つの立. 場を取り出し︑それに立脚して一宗派を開いているということである︒宗祖自身の患想・信仰内容をもって根源的な. 宗学とみたすとしても︑その宗祖の思想・信仰内容そのものがすでにそのような教相判釈を経ており︑その意味では Φ. それ以前の仏教経典論釈に依存し︑その中から選取選捨したことに注意すべきであ飢︒宗祖が−﹂れを選びこれを捨て. たということの中には︑すでに宗祖自身の思想定着の営みがあるわげで︑それ以前の経典論釈にたいする宗祖の︽態. 度のとり方︾︵架o=昌α目目争昌o︶およびその結果たる宗祖の思想・信仰内容が︑根源的た宗学の宇たる所以をたす︑. ⑪ と考えられる︒ふたたびこれを浄土宗にあてはめてみると︑宗祖法然は中国浄土教の祖師善導︵六二二−六八一︶の. ﹃観経疏﹄中の二心専念弥陀名号︑行住坐臥︑不間蒔節久近︑念々不捨者︑是名正定之業︑順彼仏願故﹂という一. 文を読んで悟るところあり︑浄土宗開宗を決意したといわれる︒しかるに︑善導の﹃観経疏﹄はいうまでもなく﹃観無. 量寿経﹄の疏であり︑そこには︑すでにこの経にたいする善導のoo置巨轟目筆昌①がある︒このように考えると︑根源. 的な宗学が法然において成立するまでにはいわばその前史があり︑その間いくたの選敢選捨がなされ︑その選取選捨. をふたたび選取選捨したところに根源的な宗学が成立したわけである︒しかも︑かくのごとく選取選捨を重ね︑わず. か迂言隻句を依拠として一宗を開くときに︑そこに成立する根源的な宗学が仏教本来の思想からますます脇遣へそ. れ︑あるいはやせ綱って形骸化することがふつう考えられるはずであるのに︑むしろ仏教思想の本来の面目がそこ︸﹂. あり︑汲めども尽きせぬ豊かな思想・信仰内容がそこに見出されることもまた︑根源的な宗学の見逃せない特質をな ⑫ すものである︒. これまで述べきたったことを図式的にまとめていえぱ︑浄土宗所依の経典である浄土三部経以来︑中国浄土教︑日. lフ9. I.
(8) 52. を︑宗祖. 本浄土思想を通じて︑それぞれの祖師たちによって選取選捨されてきた思想・信仰内容11それは二祖︑三祖以下列. 祖において体系化・組織化されていくべき運命のものであるが︵これもまた一種の選取選捨といえる︶. の蒔点においていきいきとした宗教体験として選取し選捨しかえしたものが︑かかる選取選捨のω至巨轟量プ昌①と ともに︑根源的な宗学を形成するものである︑ということになろう︒. 小論では︑このような根本的な立場からいわゆる宗学なるものを眺めかえす一つの手がかりとして︑中国浄土教の. 祖師曇鷲の一L往生論註﹂の末疏を取り上げて︑いささか考究をおこなおうとするのである︒周知のごとく︑浄土宗で. は中国浄土教の五祖として曇鷺︑道緯︑善導︑懐感︑少康の五人を挙げる︒曇鷲︑とりわげその﹃往生論註﹄が重要. な意義を有するのは︑はじめ董樹系の空観の思想を学んだ曇鷲が︑のちに世親の唯識系の思想に触れ︑いわぱ唯識と. 空観との融合点においてこの﹃往生論註﹂を書いたからである︒この書は浄土三部経の一つ﹃無量寿経﹄について世. 親が著わした﹃無量寿経優婆提舎願生偶﹂︑いわゆる﹃往生論﹄の註釈書である︒﹃無量寿経﹄﹃往生論﹄﹃往生論註﹄. と次第するうちに︑浄土教思想がどのように方向づけられ︑どのように定着していったかを見ることは︑きわめて輿 ⑱. 味ふかいものがあるが︑小論ではその間題には立ち入らず︑﹃往生論註﹂の末疏について少しく述べることにする︒ ⑭ ﹃往生論註﹄の末疏はおびただしくある︒とりわけ曇鷲の影響は浄土真宗︑親鷲にたいして強いものがあるから︑. その方面も顧慮しなければならない︒しかも︑表題に末疏という名称を掲げたいでも︑数多くの箇所が引用され︑そ. れが血となり肉となっている場合もあるし︑さらに︑とりたてて引用をおこなわずとも︑明らかにその流れを受げて. いる場合もありうる︒良忠の﹃無量寿経論註記﹄︑親鷲の﹃教行信証﹂︑法然の﹃選択集﹄をそれぞれ考えあわせるこ. とができよう︒これらの中でいまここで末疏と称するのは︑もちろん︑第一に掲げられたもの︑すなわち︑良忠の. ﹃無量寿経論註記﹄の類である︒次にわが国におげる﹃往生論註﹄のそのようた末疏を掲げる︒. I80. l.
(9) 53. ︵浄全一︶. ). ). 五巻 ︶. ). 一︑ ︵同. ). 五巻 ︶. ). 二︑ 記︵大沢︶見聞 ︵同. ). 十巻. ). 三︑. (. 一巻 ︶ ︶. (. ︵続浄二︶. (. 四︑ ︵同. ︵同. ) ) ). (. ). (. (. (. (. (. 二巻 三巻. 同同浄 全. 同同同同 浄 続同同 (. 五︑ 六︑ 二巻. 十巻. 慈秦阿湛賢同同雲伝同同輸同道同聖良良 脱慧春突洲. 洞秀. 七︑ 八︑ 字選助見集. 五巻. 八巻. 一巻. 二巻. 五巻. 二巻. 一巻. 二巻. 揖請書 精華集. 九︑ 一〇︑. 正義骸説. 釈抄書釈抄源義. 一一︑ 二一︑. 二二︑ 一四︑ 一五︑. 一六︑. 七巻 十四巻. 一巻. □口. 二巻. 一巻. 二十巻. 二巻. 十二巻. 一巻. 大玄. 定慧. 長西. 定月. 玄貞. 円智. 義海. 白辮. 五巻. 一巻. 六巻. 四巻. 湛空. 智光. 真徹︵伝︶. 直西. 亡名. 一巻. 一巻. 浄音. 智通. 覚融. 十二巻. 五巻. 工181. 同. 同. 日. 日. 一七︑ 一八︑. 集. 超光聡栄忠 ( 同. 記. 字拾略私記 遺 見 選抄抄抄聞. 科私首音研義正. 六五四三二一○九八七六五四三二一〇九 口抄抄刷文疏玄事解十十鎌疑千勧科補玄 義 義 倉 百化 補旦 講鈎念念御 年議 正 早 筆 鋤編 談辮鎖辮章抄芥眼釈 記談.
(10) 弘. 四七︑遇. 言己記書記髄. 四八︑講. 四九︑疏. 五〇︑眼. 五一︑風. 五二︑聞. 五三︑聴. 五四︑搬 原. 四四四四四四四四四三三三 八七六五四三二一○九八七 講遇顕翼略聞筆原山(服私随 服 由 哉深 県爪宗 聞 義 録 録録記解解書記要記言己記記 五巻. 七巻. 六巻. 三巻. 六巻. 二巻. 六巻. 二巻. 九巻. 五巻. 士二巻. 六巻. 七巻. ︵五巻︶. 二五巻. 九巻. 五巻. 五巻. 六巻. 普善道功月崇義崇慧知円宣宝大同慧円大 厳譲隠存渓廓教信然空月明雲濠 雲空江. 八巻. 六巻. 十巻. □□. 四七巻. □□. □口. 二巻. 一巻. 二巻. 六巻. 抄. 義. 抄. 五五︑講. 義. 已. 七巻. 往異子. 生 抄. 蕎. 五六︑︵叢︶林誌. 観. 九巻. 証 得. 五七︑記 ︵啓講義︶. 六八︑私集︵三河八巻抄︶. 記. 書. 六九︑新. 七一︑首. 論. 七〇︑往生註論義. 七二︑疑. 六六六六六六六六五五 七六五四三二一○九八 天校私抄抄音抄伊抄忘 正. 一二二七八二一二□]七□十六八九七六 巻巻巻巻巻巻巻巻口□巻□巻巻巻巻巻巻 亡亡凝亡亡亡亡亡覚行慧空慧真行南慧深 名名然名名名名名慰観林寂琳空感麟空励. 1〕82.
(11) 55. 亡名. □□. 抄. 七三︑六 口﹈ 亡名. 要. 七四︑行 巻 抄. 七五︑資 持 記. ロロ 亡名. すべてこれらの末疏は︑浄土宗系のもの︵一−三二︶︑西山系のもの︵≡二−三八︶︑浄土真宗系のもの︵三九−六. 四︶︑その他からなっている︒それらのうち︸﹂はそれぞれ印刷に附せられたものもいくつかあるが︑ここでは︑浄土. 宗系のものとして真徹︵伝︶の﹃往生論註玄談﹄︑浄土真宗系のものとして慧然の﹃浄土論註顕深義記﹄︑その他の立. 場からのものとして凝然の﹃往生註論義﹄を取り上げて︑若干紹介をこころみよう︒. 旬 Φ. 真徹︵−一七五〇︶は百万遍知恩寺第四六代の住僧で︑﹃菩薩戒疏﹄一巻︑﹃法事讃飲摩=一巻︑﹃菩薩戒経玄論﹂. o. ⑤. o. ⑦. 一巻︑﹃選択集集記﹂四巻︑﹃阿弥陀経疏新科釈﹄一巻を残したことは知られている︒いま小島章見氏入手の筆写本. ﹃往生論註玄談・往生礼讃玄談﹄︵二通合本︶によると︑真徹には﹃往生論註玄談﹂一巻のあったことがうかがわれる︒. 題名は詳しくは﹃浄土論註開講玄談﹄となっており︑﹁将レ講二論註一略開二十門一﹂とし︑十門に分けるのは法蔵の﹃起. ⑱. 信論義記﹄の例にLたがったものであると註記している︒以下それらの梗概をあたえよう︒. 開二一句一二十九句一分﹂二法句一為二三. ○ 教起所因ω依二何智一−根本智為レ依︑後得智為レ因︑言説教為レ果︒②示二何法一−修行五念門及三種二十九荘 厳入第一義入仏本願入一法句広略相入三菩提門四心五業五徳等︒⑧云何示. 妙音善字惣説解義︒㈲依二何本一−依. 尽十方無碍光如来︵無量寿仏威神力︶︒ω為二何. 修多羅︵定︶︑毘那耶︵戒︶︑阿毘達磨︵恵︶のうち阿毘達磨蔵に摂す︒②所為. 薩出第五門起︒⑩幾何益−能令速満足功徳大宝海︒ 諾蔵所摂ω所詮. 声聞蔵・. 義﹁1願見弥陀仏普共諸衆生往生安楽国︒⑧以二何縁一−縁二衆生常没一欲レ令レ出︸離三界吋⑨由レ何起−天親菩. 修多羅真実功徳相︵通依二三経一別依二四十八願一︶︒㈹籍二何力一. 句一復分二一行一為二五行一析一二義一為二二諦一於一二道一教二二遣︷④以レ何顕. ⇔. :183.
(12) 56. 菩薩のうち菩薩蔵に摂す︒. 以二仏名号一為二経体一︵無量寿仏老浬繋常住不生不滅之音声也︶︒. 一切往生後不レ生二二乗等心↓. 臼 顕二教分斉一漸頓二教之中頓教摂︒. 能詮教体. ㊧ 教所被機 固. 内 所詮宗趣ω総−︹宗︺修二五念門行一︹趣︺往生成仏︒㈲別−︹宗︺ω観察荘厳㈹称名念仏岬観仏本願〜願生. 解釈首題ω通別−無量寿別也経通也︑優婆提舎通也願生偶別也︒②龍釈所釈−一無量寿所釈経能釈也︑二無. 安楽㈹往相還椙︹趣︺往生成仏︒これらの中︑別第二称名念仏を宗とたす︒. ㈹. 造論時節. 量寿経所釈優婆提舎願生偶能釈也︑三無量寿経優婆提舎願生偶所釈註巻上龍釈也︒ ㈹. 訳註諸解ω訳者流支②註者鷲師③諸解者即註之末疏︒末疏として記主禅師﹃記﹄五巻ほか十三部六七巻を挙げる. 天親造︒. ㈹. ︵前掲末疏類参照︶︒さらに実範﹃五念門行式﹄一巻ほか六部六巻を挙げる︒ ㈹ 随文解釈 唯有二正宗一而無二序流通イ. 法蔵の﹃起信論義記﹄が明快精綾で古来諸家の援用するところ大であったように︑この﹃玄談﹄もまた﹃往生論. 註﹂の内容をきわめて明快に整理体系づげている︒しかし︑それ以上の詳細な論述の展開はたいし︑真撤選のもので. あると断ずるには︑少なくとも同綴の﹃往生礼讃玄談﹄との対比を経て︑なお検討しなけれぼならない︒ ⑲ 次に慧然﹃顕深義記﹄について述べる︒慧然︵一六九三−一七六四︶は慧空門下の俊秀で︑高倉大学寮創設をもっ 的 て名高い︒著わすところはきわめて多く︑いちいち枚挙のいとまがないが︑その中﹃顕深義記﹄は詳しくは﹃浄土論. 註顕深義記伊蕎抄﹄といい︑おそらくはかれの五七︑八歳ころの作と思われる︒﹃顕深義記﹄にははじめに寛延三年. 1184.
(13) 57. ⑳ 七月付の慧寂の序がついている︒慧寂は慧然について次のごとくいっている︒. 師嘗就京師︑与予同学駕︒故能知其為人︒自少有大志︒非予所歯列也︒学難渉猟於百家也︑其所要在於纐門︒顎門. 者吾宗是已︒−⁝−師刻意於浄教︑講説斯文︑腫灸人□一︑有年於此美︒毎講期文︑患其難解︑中心蔵之︑而不忘︑. 鯛. 意有所著焉︒名之日顕深義記︒其意取顕他利利他深義︒推其志也︑不求華於辞︑唯在稗益後進耳︒基言非伝燈不 述︒. 右の慧寂の﹁序﹂にもあるごとく︑慧然は親驚の意に恵実にしたがってこの﹃顕深義記﹄を著わしたといえる︒文 中︑しぱしば﹁吾祖﹂と称して親鴛を依拠としている︒. 叉云縁二仏願力一故十念念仏便得二往宇然随二順名義一称二仏名号一則得二破闇満願之徳一是名二如彼名義欲如実修行相応. ︑︑ 鶴 故一故吾祖云天親菩薩論註解如来本願顕称名叉云則斯無碍光如来摂取選択本願故. 次にいくつか釈文中の注目すべき点を挙げよう︒まず難易二行遣については︑至当た解説をほどこしたのち︑易行 道と方便との関係について︑意味ふかい見解を述べている︒. ⁝⁝菩薩道亦如︒是或有二勤行精進一或有下以二信方便一易行疾至二阿惟越致一著土久乃可得難行修行或生二退堕一堕二二乗. 地一此下根人以二易行道一至二不退一故是名二易行疾得不退之方便一也此方僅言非レ指二仮門一即山山離之善巧名日二方便一則. ㈱. 指二易行道法一若無二此大悲方便力一則唯漸修法而無二頓速之道一⁝::−故日此中言二方便一者謂作願摂二取一切衆生一共同. 生二彼安楽仏国一彼仏国即是畢寛成仏道路無上方便也. また︑易行道と難行遣とは別々に分離しているのではなく︑難行道あるがゆえに易行遣あり︑という相即の考えを. ﹁難行道老謂於五濁之世於無仏時求阿毘販致此難乃有多途粗言五三以示義意﹂について開示している︒すなわち︑. 二者外道相善乱菩薩法二者声聞自利障大慈悲三者無顧悪人破他勝徳四者顛倒善果能壌梵行五者唯是自力無他力持﹂. 三工85.
(14) 58. をそのまま逆にもっていげぼ易行道になる︑というのである︒. ㈲. 叉翻二此難一明二其易義一雛二復五濁無仏之時一求二不退転一為レ易一者如来利他施二往生業二一考四重破人増二清浄信二二老. 光明摂取住二正定聚一四者仏道人身能修二念仏一五老唯是他力願行無二自力所作一如︒斯事在︒文分明. 次に﹃往生論註﹂の特色ある論理である﹁無知而知﹂や﹁生萄無生﹂等についての釈を見よう︒まず﹁無知而知者 是正偏知也﹂について︑ 鯛 一切種智此薩婆若大智無知之知非二有分別之知一故正偏知也 といい︑﹁生無萄生﹂については︑. 観二彼国キ了二知第一義諦妙境界相一則知下生レ彼亦由二如来本願力一故無生之生相寂体有上若不レ爾者何生二妙境界内一手. ㈲. 本願無生者経二若不生者一叉言二即得往生一如来大悲為レ令⁝衆生体二夫生理一以二誓願力一能引レ之耳若生二彼土一直証二相寂. 体有之無生而生生即無生理一. といい︑浄土は無生なるも︑衆生を悟らしめるために往生のごとくいいなすのである︑としている︒これと関違する. ﹁百非之所レ不ワ楡﹂については次のごとく述べている︒この中で否定の論理を執著を否定する意に解していることに 注冒したい︒. 鶴. 非干非若非二於非作非色一也−:⁝:非之能是者非干之非之功能即是レ是所以者何亡レ非称レ是然能非為レ是猶謂レ是也⁝. ≡非是非非等者非二能非之是一非二所非之非一絶二離四句一百非千是言語道断心行処減不可思議境界而已奏. ﹃顕深義記﹂についてはなお触れるべきことは多々あるが︑最後に︑凝然の﹃往生註論義﹄を小島章見氏所有の書. 写本によって紹介することにしたい︒凝然︵二西01二二一二︶は示観と号し︑戒壇院門照に師事し︑八宗兼学の 鯛 学老であるが︑なかでも華厳を宗とし︑二代選述凡有二一百六十余部一千一百余巻一﹂といわれる︒かれは浄土学に. 1186.
(15) 59. ついては専門の学者をはるかにしのぐほどの見識を有L︑その著﹃浄土法門源流章﹄は浄土門においても珍重されて. いるほどである︒かれは円照のほかに九品寺の長西︑木幡の真空からも教えを受げており︑とくに真空には﹃往生論. 的. 註抄﹄六巻の薯述があるから︑その教えを受けた凝然がここに取り扱う﹃往生註論義﹄のごとき疏を書いたことも肯. 馳. ぜられるのである︒ところが︑この末疏については﹃長西録﹄﹃蓮門類聚経籍録﹄等に記載がなく︑ただわずかに雲 洞の﹃往生論註正義綾説﹄﹁論註釈書目並評論﹂の項に︑. 此書︒於二論註中刊取二要義一為二間答↓論蔵之体︒実百条︒今唯五十条耳︒︵已上鈎鎖︶. 正応元年戊子九月七日始之﹂とあり︑この疏が凝然四八歳︵二一八. とあるのみである︒間答百条のうち五十条のみを存するというのは︑﹁永禄兵火︑多厄二議逸一﹂といわれるから︑そ 鋤 のとき亡失したのかもしれない︒小島章見氏はこの間答五十条を載録した書写本を発見︑所有しているのである︒い ま︑これによってその内容を少しく紹介したい︒. まず表紙うらに﹁往生註論議五十条上巻之分. 八︶のときの作であることが判明する︒つづいて﹁古本表紙云凝然国師ノ御筆也﹂という但書が︑凝然の弟子と恩わ. れる凝恵によって附せられている︒本書の構造について述べると︑まず各問はその多くが二老択一の形で間いを発. し︑次いで︑その一方をまず取り上げてその主張するところの論拠を経論釈から引証し︑もしこの主張が確立されれ. ば﹃往生論註﹄の本文と矛盾する面が出てくるが︑いかに会通すべきか︑というように間うのである︒これにたいし. 鈎. て︑答えのほうも経論釈を引一証して論じ︑意を尽くさないときは﹁付・之﹂として引き続きもう一度間答をくりかえ 鯛 す形式をとっている︵しかし︑概して﹁付レ之﹂のあるときは主要間答は非常に短い︶︒これを簡単に図示すれぱ次の ごとくである︒. 間AなるかBなるか. l187.
(16) 60. 両方若云︒A者⁝⁝. ︶ ー ︵ Aの論拠として経論釈を引証する ︶ 2 ︵ あるいはAにたいして反対論拠︵HBの論拠︶とたる経論釈を挙げる. ︷. 若依レ之云レ顧者⁝−. Aの論拠となる経論釈を挙げる. ︑Aと矛盾する﹃論註﹄の本萎出す 一②. 答Aである︵あるいはBである︶ その論拠を示す︵経論釈を引証する︶ ︵付︒之・:⁝主要問答を敷術してくりかえす︶. すでに掲げたごとく︑﹃往生論註﹂の末疏は︑当然のことながら︑浄土宗ないし浄土真宗からのものが圧倒的に多い︒. そのなかで︑凝然の﹃往生註論義﹂は︑通仏教的な立場から書かれた少数の疏の一つとして注目されなけれぼならな. いが︑浄土教の︑とくに曇驚が﹃往生論註﹂を書いた当時の中国仏教界の︑諸般の事情を掛酌することがなく︑した. がって︑解釈の点でかならずしも十分といいがたいところも見出されるように思われる︒辛﹂のことは︑﹁且ク﹂﹁通ズ﹂. 間就註論之中明一薙易二遣一爾者難行道局二五濁無仏之時一歎︑将可レ通二好世有仏之性一耶︒⁝−⁝答難行. というごとき言葉をもって間いの二者択一を会通するところに現われているといえる︒その例を若干挙げよう︒ 間答第一. 間難行道中無仏之時者仏滅之後歎︑将可︒云︒通二法減之後一乎︒⁝⁝−答無レ簡二有仏無仏好世濁世判皆名二. 遣之法唯約二穣土一言︒之也︒不レ可レ簡一好世濁世↓但於二註文一者且挙二最重之相一也︒. 間答第二. 難行道−且挙二最重二酉二無仏刈此無仏者亦且指二仏減一不レ約二法減↓兼二通法減一亦無レ遇也︒. 1ユ88.
(17) 61. 間答第十一. 間難易二道摂教唯局二不拳歎︑通二成仏一歎︒−⁝−・答二道中一切因果法門皆摂尽也︒近意即各在二不. 間天親菩薩所レ共衆生中可レ有二三賢十地衆生一乎︒−⁝−答往生衆生一切凡聖皆生無二敢遮↓此乃本経. 退州遠意即是乃至成仏也︒但十住論創挙二近意一也︒. 間答第四七. 所説諾師所判皆共許也︒但今文者則挙二最下↓何況其上根等之族乎︒義理易知故也︒. 以上︑この末疏の間題点のみについて引例したにすぎないが︑小論において真徹作とされる﹃往生論註玄談﹂︑慧. 然の﹃浄土論註顕深義記﹄︑凝然の﹃往生註論義﹄を取り上げた所以は︑根本的にはあくまで宗学形成の一様相を解. 明しようとする方法論的な試みのあらわれであり︑そこから︑宗学形成の角度というものを取り出すことが目標の一 錫 つであったが︑小論ではわずかに︸﹂れらの末疏を紹介するにとどまった︒ ︵三七・八・二一︶ 註−甲U鶉S昌鶉し︼ω8⁝ωま庁昌帆事3①とくに第四節︒ 到 −一宍凹目戸丙ユけ豪匝亀冨⁝箏O目<①昌目艮戸ミOOガ︸〜O甲. 峯−目①さo閑帽彗一奉鶉山黒竃①$勺ゴ壱寿〜. おNgoo.NN.. 3・﹄・肉こ竈鷺茅∪實呂一8o昌ぎざ9彗亘嚢杜ら﹂〜. μ. 5 多屋・横超・舟橋編﹃仏教学辞典﹄二二一頁C﹁宗﹂の項︒. 6 分派や宗派意識やドグマの形成については次の講論文を参照︒. ωo匿9冒昌與9貝穴胃sU彗g①=冒血萬まω撃8一轟︷㎝g昌oog昌巨昌μ>皇﹂1−oo胃・自竃ω9. ﹃仏教におげる宗派意識の形態﹄︵理想杜︶︒. 真野正順﹁宗学の学的特質﹂︵大正大挙々報第十四輯︶︒ 同. 仁戸田六三郎﹁宗教理論の哲挙的解釈﹂︵目本宗教学会第十九回学術大会発表︶︒ 峰島旭雄﹁外道と異端﹂︵仏教論叢第五号︶︒. 1189.
(18) 62 ⑧. ㈹. この−oぎ①易g凹津は訳しにくい語である︒原文は次のごとくなっている︒ミ鶉鷺mo巨①巨峯o器巨−巨一窪冒岸昌轟︸自一. 望月信亨編﹃仏教大辞輿﹄二二七八頁上﹁宗乗﹂の項︒. すでに触れたように︑この点においてはとくに宗学が宗教の問題であることか﹂忘れてはならない︒宗学がこのような猿自の. Ω昌自まま㎝U麸oぎ9窒︷o;蟹oミー窃彗雪−旨篶巨目碗睾①−o己彗g−;津鷺老o﹃o竃︷砺;. 9. 学的佳格を有するのは︑ふかい本質的な理由があるのである︒それは︑一般に宗教的裏理の内容がたんらかの形で言表され︑. とくに体系化・組織化されるときに︑かならず維綿する一種の宿命である︒すなわち︑余教的真彊とか信仰内容とかは果して. 文宇遷りの意味での客観的な言表にもたらされうるものか︑という閏題である︒そこには︑宗教哲学において永遠に新たなる. 課題として提起される本質的な闇題がある︒しかし︑ここでは︑さしあたりその周題には立ち入らないことにしょう︒. なお︑宗学をこのように哲挙たいし形而上学と対比させるよりも︑西洋思想あるいはキリスト教におげるそのバラレルとし. ての神学と対比することが︑より適切であるように考えられる︒諸戸素純博士は浄土教学大会︵第六回︶のシンポジアム﹁今. 後の宗学研究は如何なる点に重点をおいて研究すべきか﹂において︑根本的底間題としてく宗学とは何ぞやVという聞題を解. 窮する必要をカ説し︑とくに宗学をキリスト教神学︑教義学と対比すべきことを述べられた︒. ⑩ 法然の﹃選択本願念仏集﹄にせよ親鷺の﹃顕浄土真実教行証文類﹄にしても︑経論森からの引用の多いことぱいうまでもな いo. ⑪ このように考えると︑さきに述べたごとく︑体系化・組織化の外殻の中に刻々に生きている宗祖の思想.信仰内容を提える. 一つの生きた宗教体験とLてのω箒=一旨碧き昌①であ. ことも︑単なる気まぐれでないことが明らかになろう︒さらに一歩すすめると︑今目︑いかにして宗学を生かすかがしぱLぱ 問題とされるが︑本来宗学というものは刻々に生きていくものであり︑. るから︑現代において宗学を学ぴとるということは︑現代の場において自已の生きた宗教体験を通して宗祖のおこなった選取. 選捨を追体験することにほかならず︑その意味では宗学は生かすものではなく︑生きるものというべぎである︒. ⑫ 川閏熊太郎博士は︑この点を浄土真宗について論証しておられる︒すなわち︑﹁:⁝今弦での闇題は仏教哲学の一学派とし. iIgo.
(19) 63. ての浄土真宗の内⁝﹂仏教の根本真理が戎は根本仏教が或ほ此の意味に於ての一つの仏教哲学が如何に含まれてゐるかLという. ことであるとし︑﹃無量寿経﹄の梵本︑荻原雲来博士の訳文︑﹃大経﹄︑由︑無量寿如衆会﹄を比較し︑親鷺が﹃無量寿如来会﹄の ︑. ︑. ︑. 文を﹁廻向セシム﹂と読み︑他カ信心を強調したことを指摘し︑結局︑﹁判教の方法によりて難行道と易行道とが区別せられ. るのであるが︑此の区別は人時処の限定であるから︑しぱらく之を括弧に入れて見るならぱ︑両者の内容は全く同一の真理で ある事が明自である﹂︵傍点筆者︶と結論される︒. これに関連して︑現におこなわれつつある論争について触れておこう︒それは長井真琴博士の﹁歎異抄の厳正批判﹂︵﹃大法. 輪﹄八月号︶にたいする増谷文雄博士の反論︵﹁長井真琴博士の﹃歎異抄の厳正批判﹄について﹂﹃中外目報﹄八月九目号以. 下︶である︒長井博士は﹃歎異抄﹄に見られる悪人正機説が︑o浄土三部経にも︑o釈尊の教説にも︑臼親鷺の全選述の中に. も見出されないことを主たる理由に︑そして︑﹃歎異抄﹄本文の末尾にある﹁外見あるべからず﹂の一句ポ親鷲とLて書くべ. きはずのものでないことを従の理由として︑﹃歎異抄﹄が果して親驚の思想を伝えるものかどうかという疑蘭を提山山されるo. これにたいLて︑増谷博士は︑むLろ﹁外見あるべからず﹂の一句は当時の状泥下にあって信仰のぎりぎりの一点を説いたも. のであること︑また︑親鷲にかんする三つの文献に悪心正機説が掲げられていることを示Lて反論し︑良忠の﹃選択決疑勢﹄. の一文﹁諾教の中︑いまだこの信あらず﹂を引用して︑いまや浄土教によって仏教のなかに一つの新Lい人間観が敢り入れら ︑. ︑. ︑. れたとし︑したがって︑浄土三部経にも釈尊の教説にも悪人正機説がそのまま見出きれたいことがなんら阻害をなさず︑かえ一. って︑そのことの認識こそ長井博士自身のいう﹁時と所と人の三条件を忘れたい﹂︵傍点筆者︶態度である︑と論じておられ るo. 一. 右は︑たまたま川田博土と増谷博士が﹁人時処﹂﹁時と所と人﹂を依所として教相判釈の閥題に触れておられるので︑ここ に関説しておく︒. ⑬ この閥題は︑キリスト教においてブルトマンが提起したく非神話化Vの問題を他山の石となすことができる︒すでにこの点. に着目した研究が現われている︒星野元豊﹁非神話化の基礎﹂︵﹃宗教研究﹄一五四号︶また︑藤吉慈海氏は浄土教学大会︵第. 1191.
(20) 64. 七回︶で﹁浄土教の非神誘化について﹂と題して新しい宗学の構想を述べるさい︑この点に触れられた︒. なお︑恵谷隆戒教授は近著﹃浄土教理史﹄の中でこれらの点についてきわめて明快に︑かつ現代的底場から︑説述Lておら. れるので︑次に小論のこの箇所にかんするかぎりにおいて援用したい︒まず﹁無量寿経に説かれている教理の根本闇題︑を. 如何ように解釈するかと云うことが︑浄土教理吏を成立せしめる要因とたるものであって︑浄土教理史は︑或る意味から云え. ぱ︑経典の解釈史であるとも云えるであろう﹂という根本的た立場に立ち︑竜樹︑性親の浄土教に触れたのち︑﹁竜樹におい. ては︑起行の内容を具体的に開顕していなかったのであるが︑世親に至ってこれが初めて詳説されることになり︑﹂﹁竜樹にお. いて称名不退の説は見られるけれども︑世親の如く浄土往生の行を詳説している姿は見ることが出来たいが︑世親は五念門を. 往生の行とし︑その申特に作頼門と観察門に重点をおき︑これをもって往生の正因としたものの如くである﹂と対比する︒次. いで︑小論の敢り扱う曇驚については︑﹁彼は⁝⁝浄土三部経の論理構造を明確にし︑浄土教の根本間題を解明したことは︑. 後世の浄土教恩想展開の上に︑寄与することすこぶる大なるものがあった﹂とし︑﹃往生論註﹄については︑﹁中観・裁伽の二. 大哲学恩想を打って一丸とし︑それにもとづいて浄土教理の論理的裏付けをすることにより︑ここに新﹂い浄土教理が確立さ. れ︑香り点い浄土教哲学が大成されることになった﹂と評している︒詳しくは︑﹁世親の往生論に︑世尊我一心︑帰命尽十方︑. 無碍光如来とあるを解釈して⁝⁝一心帰命の意識に重要意義を見出しているのである︒即ち阿弥陀如来に絶対的に南無﹂︑帰. 命すること︑いわゆる無条件的な南無帰命こそ︑浄土教信仰の本質であると強調した点は︑近世の宗教哲学の大成者︑シュラ. イエルマヅヘルが︑宗教の本質を絶対的依属感清であるとしたことと相い通ずるものがある﹂とし︑次いで名号為体説に触. れ︑これは﹁世親の往生論に説く︑五念門の中の讃歎門に重大意義を見出し﹂たものであり︑偉大たる卓見であると断じる︒. 一法句の理は二十九種荘厳であると主張しているが如. さらに︑﹁阿弥陀仏を無知の知と表現﹂︑浄土を法性法身にして方便法身を成じ︑方便法身にして法性法身を成ずと云い︑無 相の相であると表現し︑また二十九種荘厳浄土は一法句の理に帰入し︑. き︑或は︑また往生を無生の生であるとし︑三有虚妄の生の如きにはあらざるなりと主張しているが如き﹂は﹃往生論註﹄の. 詩色であり︑﹁五念門の印の廻向門においても︑往生廻向と還相廼向︑即ち往還二廼向のあることを説き︑往相燭向即還相廻. 1192.
(21) 65. 向にして⁝・:往還二廻向は︑亙に相依相資の関係にあることを主張している︑が如き﹂も︑世親の﹃往生論﹄には見られなかっ. た新見解であり︑また︑竜樹の﹃十住毘婆娑論﹄易行品に出ている難易二行の教相判釈に立鰯して︑﹁難行遺を自カとし︑易. じて浄土に往生することが出来ると強調し︑五濁の世︑無仏の時においては︑この方法によって浄土に往生するのが最善︑最. 行遼を他カとな﹂︑阿弥陀仏名を称えて浄土に往生する方法を他カ易行道とするのであって︑称名念仏すれぱ︑他カ本願に乗. 勝の方法であると主張した﹂のは︑その当時の末法思想の流行に裏づげられた時機相応の教えであるとしている︒なお︑つい. でに曇鷲以後にも触れると︑石壁の玄中寺において曇鷲の碑文を読んで感ずると︸﹂ろあって浄土教に転じた道緯は︑﹁曇驚の. 教理よりも一歩前進して︑宗教的に純化された﹂浄土教理を説いた・﹁即ち曇鷲においては︑浄土教襲の哲学的考察に重点が. おかれていたが︑彼においては︑実践に重点をおいている点﹂が一歩前進している︒また︑﹁曇鷲は名号を称えることを説い. ているげれども︑五念門︑特に作願︑観察の両門に重点をおき︑仏滅後蒔代が経過するに従って︑衆生の業行に差別があるこ. とを認めていないが︑彼は五念門よりも称名念仏の一行に重点をおき︑仏滅後末法の時代に放るに従って︑仏名を称すること. によって罪障が消滅﹂︑浄土に往生する方法が唯一最勝の法とたることを力説Lし︑﹁曇鷲においては︑阿弥陀仏の本願力を. 説くも︑未だ第十八願の願意を開顕することに欠けているが︑彼は阿弥陀仏の本願の精神は︑第十八願にあるとして︑観無量. しており︑﹁曇鷺においては︑自力他カを説くも︑未だその意をつくしてい. 寿経の下三品は︑まさしく第十八願の精神を開顕したものとなし︑浄土の一門のみが通入の路であり︑上尽一形下至十念の念 仏によって浄土に往生することが出来ると主張﹂. ないが︑彼は弥陀の願力を強調し︑本願力によるを他力として︑自カの修行を難行として排斥﹂する孜ど︑浄土教理吏上注目. すべき諸点を打ち出しているoつづいて︑﹃浄土論﹄を著わした迦才が︑道縛と善導の橋渡しをなし︑純正浄土教の教理を犬. 成した善導へと推移していく︒善導においては有名な二河白道の警えがあるが︑−﹂れは﹁曇鷲の著述と伝えている路論安楽浄. 土義や︑遺緯の安楽集の中に︑それに類似した警が説かれているから︑恐らくそれに暗示を得て説き出されたものと患われる. が︑これは善導が実存主義的立場に立って︑信仰生活の具体的な在り方を説明したものであり⁝⁝金く前代未聞の新見解﹂で. あるoさらに︑﹁世親や曇鷺・道縛は五念門を重視したのであるが︑迦才は⁝⁝未だ五念門の行の域を脱してい孜いのである. 工193.
(22) 66 ⑭. が︑善導に至って︑五念門よりも五種正行を重視することになったことは︑全く彼独自の卓見に出たものと云うぺきであり︑. 五種正行の中︑第四の称名正行を正定業とし︑他の四種の正行を助業としたのである︒正定業と云うのは⁝⁝口称念仏﹂にほ. かならない︒この口称念仏は﹁曇驚によりて提唱され︑道緯・迦才によって高揚されて来たものであるげれども︑善導の如く. 口称の一行を強調するところまでは前進していないきらいがある﹂のであるo以上︑恵谷教授の説述にしたがって述ぺたので. あるが︑−﹂れにょって︑偏依善導の法然が﹁一心専念弥陀名号⁝⁝﹂の一文により選敢選捨してかれの根源的な宗挙を形成し. ていく以前の前史︑またそのよう次選取選捨を条件づげる諸多の選取選捨の筋遣がほぽ明らかにされたといえる︒ 佐藤賢煩﹁曇鷺・善導二師の教風﹂︵福井博士﹃東洋思想論集﹄︶︒. この書写本はじっさいには﹃往生論註玄談﹄﹃往生論註正義叙説﹄﹃往生礼讃玄談﹄の順に一本にとじられてある︒. ﹃蓮門類聚経籍録﹄﹃浄土宗典目録﹄に出ている︒坪井俊映﹃浄土宗典籍目録︵近世篇︶﹄所載︒. ㈹. 書写本﹃往生論註玄談﹄の最後に別筆で﹁右此書者真撤大和尚御撰述之由﹂とある︒. ⑮. ㈹. 筆肴所有の刊本 に は 恵 然 と な っ て い る ︒. ⑱ 書写本には根本智︵空︑智恵︶︑後得智︵仮︑慈非心︶︑言説教︵申︑方便︶の註記があるo. ⑲. 慧然の主たる著作は次のごとくである︒. 無量寿経義記六巻︑阿弥陀経略賛二巻︑浄土論大意一巻︑安楽集勧信義一巻︑観経琉玄義分顕彰記三巻︑往生要集略賛四巻︑. ⑳. 一枚起請文仰信義略一巻︑正信偶会抄句義二巻︑浄土文類聚抄講賛五巻︑入出二門偶大意自楡一巻︑三帖和賛聞信抄六巻︑学. 軌十則一巻︑学仏正法眼一巻︑第十八願十条一巻︑起信論対文述義一巻︑釈群疑論撮要義四巻︒. 慧然は︑宝暦五年︵一七五一︶坐夏に︑竣工Lた高倉大学寮で﹃往生論註﹄を講じたといわれる︒﹃顕深義記﹄はその五羊. ﹃顕深義記﹄序︑二−三丁. 葡−︵寛延三年H一七五〇︶に出たことになる︒なお︑慧寂は︑その﹁序﹂によると︑慧然の同学であったらしい︒. 刎. 鋤. 鶴同玄談五丁. I194.
(23) 67. ㈲. 同第一十−十一丁. ㈲. 鯛. 同第五三十丁. 同第四六十丁. 同第三十九丁. 十五丁︵末︶. 鯛 ﹃本朝高僧伝﹄巻十六︵大目本仏教全書一〇二︶︒. 鶴 同. 鯛. 鉤 凝然と浄土教については前田瑞聴﹁浄土法門源涜章解題﹂︵国訳一切経︑和漢選述九二︑吏伝部二四︶参照︒前囲師は凝然. 四巻のことで︑﹃正義隷説﹄に次のごとき解説があ. の浄土教系統について︑﹁恐らく諸行本頼義系の人であるといふのが誤りのないと−﹂ろであらうLとされているO. 副 続浄二︑三八七−三八八頁︒﹃鈎鎖﹄とあるのは﹃論註解釣鎖﹄︵亡名︶. 鱒. 鉤. 末琉がこのような形式をふむことに注意したい︒酉洋中世神学の巨匠トマス・アクィナスがこれに類似した形式をとって弁. 書写本では第五十聞に答えが欠げている︒しかし︑﹁付レ之﹂が附いている︒また︑第十九閥のみ﹁難云﹂となっている︒. この書写本の表紙では﹃註往生論義﹄という題名になっている︒. ︑. る︒斯書之疏釈評語︒依二正義一而多下所二添削一者加推知︒正義之後所二講述一焉︒. 鈎. 証していることを思い合わせると︑神学と宗学との違関をこのような一つの表現をめぐって考えてみることも可詣であるよう. におもわれるOトマスの著作で﹁討論﹂︵皇召昌冨ユ冒窃︶と呼ぱれるものはすべて次の形式か﹂とる・. 異論︵>轟目冒彗ε昌一〇三g武o︶. 閤題︵看竃堅o︶−項︵団き昌;眈︶ ω. ⑧. 異論解答︵ωo巨巨o︶. 主文︵Oo召毒弩ユ昌5向鶉七〇邑①o買ぎo冒彗ω︶. ② 反対異論︵OO巨冨︶. ω. H95.
(24) 68. 哲学的諸学間のほかになお別個の教えの行われる必要があるか. たとえぱ﹃神学大全﹄︵ω篶冒旨印↓ぎo−潟−塞︶の第一間題第一項は次のごとくたっている︵高田訳による︶o. 第一項. ②. 主文︵完窪勺2邑8昌8冒らE旨自冨o匹:::︶以上に答えて︑私はこういうべきだとする︒人間救済のためには︑人間. 反対異論︵ω&S暮量⁝⁝︶他面︑その反対の論にいう︵﹃テモテヘの第二書翰﹄引用︶︒. ω 異論︵<ag膏o冒匝⁝⁝︶哲学的諾学問のほかになお別個の教えが行われる必要はない︑とも考えられる︒. ⑧. 理性を以て探求されるところの哲学的講学閤のほかに︑なお神の啓示に基づく或る種の教えの存することが必要であ つ山㌻ ω 異論解答︵>饒筥−⁝冒冒睾閑o28胃ら目昌o自o庄⁝⁝︶. ωについては︑それゆえ︑こういわなくてはならぬo ②についてはこういわなくてはならぬo. 最近刊行された篠閏竜雄﹃往生論註における真宗思想﹄は︑本題のごとき論究の方向にとっては︑示唆すると一﹂ろが多い︒. 1196.
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図版出典
︵大阪讐學會雑誌第十五巻第七號︶
〔追記〕 校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」