平成20年度 理数教育ステップアップ研修 実践記録
三角関数の合成を視覚的に理解させる工夫
−数学Ⅱ「三角関数」における情報機器の活用−
(実践者 新潟県立正徳館高等学校 齋藤 清和)
三角関数では、数多くの公式が出てくるため、この分野を苦手としている生徒は少なくない。
定理・公式を「機械的」なものであると考えている生徒は多いが、全ての公式には意味があること を知ってほしいと思い今回の実践を考えた。
単位円で定義される三角関数とそのグラフをもとに、「合成」の公式の意味を視覚的に示すこと ができるように授業を計画した。板書で一つの図を提示するだけではイメージができないと考え て、操作活動を取り入れながらの授業である。生徒が積極的にパソコンを操作してグラフを表示し、
変数を組み込んだものについては画面上での関数の変化に興味をもつことを期待した。シミュレー ションにより見えてきて、「分かった」と思える瞬間を多くの生徒に感じさせることをねらった。
公式や解法を学習する段階で、図形的な意味をしっかり理解することで定着のレベルが大きく違 う。公式の多いこの単元は、定義や定理の証明を軽視しないことを生徒に感じさせる良い機会であ り、自分の力で導くことができれば、興味が湧き理解も深まっていくものと考える。
1 「理数の面白さや深く追究する楽しさなどを味わわせる」ための構想 (1)本単元「三角関数」における構想
1年次に数学Ⅰで、三角形の辺の長さの関係として鋭角の三角比を定義した。鋭角から鈍角へ の拡張で円を利用する。2年次の数学Ⅱでは、円を利用しながら静的な感じの三角比から動的な 三角関数へ結びつけていく。今まで学んできた1次関数や2次関数とは異なった性質をもつ三角 関数において、「周期性」を理解することは重要である。しかし、板書による表現やプリント演 習だけではグラフから周期性を感覚的に捉えることができない生徒が多い。さらに板書では動的 なイメージを伝えにくく正確さにも欠けるため、情報機器を活用することを考えた。
見当はずれなグラフを描く生徒が少なくなるように、基本の形の関数を調べるときにグラフソ フトを利用した。多くの関数に触れ、その特徴をパターンとして捉えられるようになることをね らいとした。
(2)日常の生活に潜んでいる三角関数の理解
正弦曲線は世の中でどのように使われているかについて、生徒に示す。洋服の肩の部分の型 紙、らせん階段など数点の画像を利用する。フリーソフト「音オシロ」を使った音叉の波形で は、生徒が興味を示すことが期待される。人の声などはただの波になるが、音叉の波形はきれ いな正弦曲線となっていることに気付く。完成度の高いフリーソフトが数多くあるので、大変 便利である。また、飲食店に置いてある右図のような小物を生徒に配布しての
作業も計画した。塩化ビニール製で、転がらないためにこの形状をしている小 物である。紙を2回程度巻きつけてから形に合わせて切り取り、開いてみると 正弦曲線となっている。このように日常の生活の中に潜んでいる三角関数に興
(3)パソコンの利用
三角関数は直感的・感覚的な理解を必要とするため、多くのグラフを描くことは大切な作業 である。苦手意識をもっている生徒もパソコンを使うと容易に繰り返し演習することができ、
そのことにより生徒は数学的な発想を豊かにすることができるため非常に効果的な指導法と なる。
①演示用具として
プロジェクターを使い動きのある正確なグラフや図を表現することで、生徒は思考を進め やすくなる。ひとつの例を示すだけでなく、様々なパターンを示すことでイメージが作りや すい。また、パラメータを変化させながら描くことは大変困難であるが、機器を利用すれば 容易に表現することができる。この点は、グラフの拡大・縮小・平行移動の説明において、
固定されたグラフとの比較に便利である。1年次にも、2次関数の最大・最小や共有点の個 数などの指導でパソコンを利用したが、説明は分かりやすくなる。
②考察のための道具として
今年度、高次方程式の学習後に方程式と関数との結びつきについて知識を広げるためにパ ソコンを活用した授業を行った。2次関数までしか学習していない生徒ではあるが、高次方 程式の実数解とグラフの概形について発展的な学習ができたことで機器の有効利用を確認 できた。一人1台のパソコン利用の場合は、問題解決の手段として非常に便利な道具となる。
さらに、手作業でグラフなどを描くことなく能率的に問題を解くことができる。
三角関数の授業において、多くのグラフを手作業で描くことはできないが、画面上のグラ フから視覚的に理解を深めることができると思われる。
(4)三角関数のグラフの理解
この単元では、多くの公式が出てくるため技巧的な変形を指導しがちになり、数学の苦手な 生徒にとって難しく感じる分野である。そこで、三角関数のグラフの指導時には、コンピュー タを活用して生徒がイメージをもちやすくするように配慮する。
y = sin θ
やy = cos θ
などの 基本のグラフの説明では、「Grapes」を使い円とグラフの関係を示していく。グラフを描くこ とが苦手で作業を嫌う生徒も、画面の図を参考にしながら手作業に取り組むことが予想される。三角関数の合成を動的にイメージさせるための準備として、次のような画面を生徒に示して みる。エクセルを使った簡単な図が繰り返し動くように作成した画面である。
2つの正弦曲線が右方向、左方向に移動する過程の和を示す動画を見ると、生徒から「波の ようだ」という反応が予想される。波が重なり合っていく様子に似ていると思わせることで、
合成のイメージ作りに役立つことが期待される。
(5)作業を通しての理解
パソコン画面を見ることで、「分かった気がする」とならないように、手作業を取り入れな がらの授業を計画する。
①基本のグラフの確認
単位円から考えられるグラフを表示する。
y = sin θ
は教科書どおりの図であるが、合成の 説明のためにy = cos θ
のグラフは次のように説明する。【sin】三角形の高さから 【cos】三角形の底辺から
②数値による合成
表の数値を演算して和を求めて、ワークシートに点をプロットしていく。表をもとにそれ ぞれの点を滑らかな曲線で結んでいくと正弦曲線になることが分かる。
③矢線を使った合成
θ
= sin
y
とy = cos θ
のグラフから、合成を考えさせる。まず、適当な角度で、図のよう に矢線を記入していく(図1)。それぞれの角度で、矢線の長さを定規で測り(このときの 長さは適当でも良い)、矢線を継ぎ足していく。一方の矢線は固定して、もう一方の矢線を 移動していく(図2)。逆向きの矢線については、意味をしっかりと理解させてからの作業 が必要であるが、ベクトルの演算が理解できていれば作業はスムーズに行われるはずである。【図1】 【図2】
この作業を 30°,45°,60°と進めていくとグラフの概形を想像することができる。この 作業により、
y = sin θ + cos θ
は正弦曲線となることが実感できるはずである。多くの角度 について記入することなく、グラフを完成させることに気付く生徒も出てくることが予想さ れる。(最大・最小になりそうな角度と0になる角度など)A
B C
A
B C
θ 0° 30° 45° 60°
sinθ 0.00 0.50 0.71 0.87
cosθ 1.00 0.87 0.71 0.50
sinθ+cosθ
360°
30°
2
④ソフトの利用(数値の測定)
θ θ cos sin +
=
y
のグラフが正弦曲線なので、生徒はグラフの式がy=○sin(θ
+□)になる と予想できる。この段階では、パソコンを正確な数値を調べる道具として利用する。3本の式を入力して、目盛りを読む ことで簡単に周期や位相のずれを調べ ることができる。
図は、
y = 3 sin θ
,y = cos θ
,y = 3 sin θ + cos θ
である。画面上のグラフについて、目盛りを見て周期は 360°、位相のずれは−30°と調べること ができる。この結果から式が
y = 2 sin( θ + 30 ° )
になることが分かる。⑤ソフトの利用(パラメータの変化)
y = sin θ + cos θ
は正弦曲線になることが手作業とパソコンの画面で確認できたので、次 はy = a sin θ + b cos θ
について、a, b
の値が変化する場合のグラフを調べさせる。画面上の グラフはa, b
を変化させても正弦曲線となることが確認できる。生徒の理解度に合わせ、aま たはbが負の場合、θ
が異なる場合など、様々なケースを表示することができる。(6)グラフから合成の式を導く
今回題材とした「合成」については公式の利用だけ考えて、最大値・最小値を求めて満足し ている生徒も多いと思われる。パソコンを使うことで、分かりやすくシミュレーションできる 点を生かし、グラフ上に直角三角形を図示し半径
a, b
の円に結び付けていく方法を考えてみた。Grapes による演示
上下に並べた直角三角形を他の角度で も表示してみると、直角三角形の斜辺を 2辺とする新たな直角三角形が現れるこ とに気付く。
①y=asinθ,y=bcosθ θ θ cos
sin b
a
y= + を示す
②y=asinθ上に三角形を示す
③y=bcosθ上に三角形を示す
④2つの三角形を重ねる
⑤重なる部分を移動する
上下に重なった直角三角形を円周上で考える と図のようになる。ここには、新たな半径をも つ円が現れ、正弦曲線が定義されることになる。
新たな円の半径の長さは a2 +b2 である。
つまり、半径が a2 +b2 の円で考えて
)
2
sin(
2
+ θ + α
= a b
y
と示すことができる。(円運動をしている点を中心に円運動している 点の座標が三角関数になる。)
教科書では加法定理の学習後に扱うことになって いる「合成」であるが、右図のように加法定理を使 わずに説明できる。
(7)指導と評価の計画(全16時間)
時 学習内容 学習活動 評価の観点
3 角の拡張 ○ 一般角を理解する。
○ 弧度法を定義し、換算する。
○ 扇形の弧、面積を求める。
角を拡張して、弧度法を理解する。
(知識・理解)
4 三角関数とその グラフ
○ 三角関数の定義を理解する。
○ 単位円からグラフの性質を理解する。
○ 周期、値域を理解する。
基本形を理解し、振幅や位相が異 なる場合のグラフを描くことがで きる。(表現・処理)
4 三角関数の性質 ○ 三角関数の相互関係を利用する。
○ 方程式や不等式を単位円やグラフを 用いて解く。
三角比との共通点や相違点を理解 して考えることができる。(数学的 な見方・考え方、表現・処理)
1 加法定理 ○ 加法定理を導き活用できる。
○ 加法定理から2倍角の公式や半角の 公式を求める。
そ れぞ れの公 式の 関係を 理解す る。(知識・理解)
4
加法定理の応用
○ 三角関数の合成について考察し活用 できる。(本時)
興味を持って課題に取り組んでい るか。(関心・意欲・態度)
2 授業の実際 (1)作図による理解
グラフを描く作業では生徒の力の差が大きいが、自分で描く 作業は大切である。矢線を使うことがグラフ上での直角三角形
を導く上で重要になるため、説明を丁寧に行う必要があった。
手助けとなるように指導することを心がけた。さらに、自分の気付いたことが正しいかどうか を容易に確認できるので「性質」などを調べるために効果的に活用することを考えて授業を行 った。三角関数の連続した変化を視覚的にとらえることが容易にできる点を生かして「楽しさ」
を、自分の発想をすぐ実行・考察・確認できる点を生かして「探究心」を味わわせることがで きたと思われる。
(2)合成の公式のグラフ上での意味
今回の授業は、次のことをねらいとして行った。
・ 合成は、sin
θ
の値にcosθ
の値を継ぎ足すと表現できることを理解させる。・ 2つの関数の和が正弦曲線になり、円周上の点の動きなどで表現できることを、視覚的 に理解させる。
) sin(
cos
sin θ + b θ = a
2+ b
2θ + α
a
が加法定理の応用にとどまらないよう矢線から直角三角形、そして円周上の点における円運動へと発展させるが、理解度に差があるためかなり時 間がかかることが予想された。しかし、生徒にとって分かりにくい部分が、正確な図を見せて イメージを作ることで、ある程度理解できたようである。特に作図により見えてくる角度
α
は、教科書の説明ではイメージしにくい部分であり、今回の演示は有効であった。
(3)展開(2時間分)
学習活動 教師の働きかけと生徒の反応 既 習 事 項 の 確 認 。
θ θ , cos
sin =
= y
y
θ sin
= 2
y
, cos ,
sin θ = θ
= y
y y = 2 sin θ
などについて単位円とグラフの関係図で 確認する。ソフトを利用して振幅の変化まで確認する。
課題提示
y = sin θ + cos θ
はどのようなグラフになるか。値域はどうなるか。・ −2≦
y
≦2 と考える生徒もいる。・ 見当もつかない。
対応表からの作図
θ θ cos sin +
=
y
の グラフを描く。
実際に表の数値を使ってグラフを描き、値の変化を確かめる。
グラフから読み取れること。
・ 最大 1.4、最小−1.4 くらいではないか。
・ 正弦曲線と似ている。
矢 線 を 使 っ た 合 成 を 確認する。
矢線の長さを測り、継ぎ足す方法を示す。(矢線は、終点に始点を合わせ て長さを継ぎ足す。反対向きの矢線は、注意が必要。)
2 本 の グ ラ フ を も と にして、矢線を使いグ ラフを描く。
2本のグラフからy= 3sinθ +cosθ を描く。矢線の長さを測り、継ぎ足 す方法を指示する。
・ 正弦曲線になるが、
y = sin θ
やy = cos θ
と比べると、左または右にず れていることが分かる。画 面 で 実 際 の 数 値 を 確認する。
Grapes でy = 3sinθ +cosθの正確な数値を確認する。(個々の画面に示 し、演習する。座標等を確認させる。)
・ 左に 30°ずれている。
・ 最大値、最小値は2となっている。
結果から、式は
y = 2 sin( θ + 30 ° )
となるようだ。パラメータの変更
y = a sin θ + b cos θ
のグラフを画面上に示し、a, b
の値を変化させると、どうなるか調べる。
・ 正弦曲線になる。(aまたはbの値が負の場合も同様の結果が出る)
θ sin a
y =
とθ cos b
y =
に 直 角 三 角形を重ねる。
画面に示した2つの直角三角形について、角度を変化させる。
2つの三角形に規則性はないか。
・ 2つの直角三角形の斜辺を2辺とする新たな直角三角形が現れること に気付く。
図をもとに直角三角形を半径
a, b
の円に関連付けをする。図示して、視覚的に理解させる。
課題提示
y = sin θ + cos θ
を例に出して、斜辺r
や角度α
の値を予想させる。・ r= 2になる。
・ r = a2 +b2 と考えられる。
まとめ
y = sin θ + cos θ
は次のように変形できる。) 45 sin(
2 ) 2 cos 1 2 (sin 1
2 + = + °
= θ θ θ
y
加法定理と関連付けていくことができる。
3 実践の考察とまとめ (1)授業を終えて
手作業による作図や操作活動を取り入れたことにより、生徒は興味をもち積極的に取り組ん でいた。この単元で初めて目にする正弦曲線は新鮮であるが、生徒は描くことを嫌う傾向にあ る。この点から考えると「描く」ことは最小限にして性質や特徴を調べることを重視した成果 はあった。特に、操作活動における
y = a sin θ + b cos θ
のグラフの変化については興味をもっ て考察していた。合成をグラフ上の2つの直角三角形で示した図については、どのような角度θに対しても新 たな直角三角形が現れることを実感させることができた。さらに画面上のシミュレーションか ら、円周上に中心をもつ円をイメージして合成の公式を導くことができる部分は生徒に驚きを 与えることができた。「どうして」から始まり、様々なパターンを知り「予想」を立てさせるこ とは数学において大切な過程である。本時で示したデータを用いて、生徒は新たにグラフの性 質などを発見して喜びを感じたようである。探究する活動を取り入れたことは、数学の面白さ に気付くために有効であったと考える。生徒に、いきなり論理的な思考を要求するのではなく、
探究のきっかけ作りをすることの重要性を感じた授業であった。
(2)生徒の感想から
○パソコンを使うと、自分で予想することがすぐに確かめられて便利。
○よく分からないけれど、いつも同じ直角三角形が出てくるのが見えてくるのが分かった。
○どうして、グラフから急に2つの円になるのか分からない。
パソコンを使うと手間がかからず、楽ができるという感想が多かった。これは、ひとつの目的
と示すことで解消できることが多いように思われる。
また、描くことが嫌いではなく、描き間違えることを 嫌っているだけのようにも感じられる。
グラフ上での合成の意味について、本校の生徒には やや難しい内容だったが、正確な図を示すことができ たので、一部の生徒ではあるが理解できたようである。
動きがある図を示すことは、問題解決の手がかりが得 られやすいとともに、興味関心を引く効果があるはず である。今後もうまく活用していきたい。
(3)ソフトの活用
今回の授業のために多くのフリーソフトを調べることができた。プログラムの作成に手間が かかるという心配はないようである。教師だけでなく生徒にも使いやすいソフトが多く存在し ている。また、グラフについてはエクセルの利用が予想以上に有効であった。Grapes と違いエ クセルは生徒が「情報」の授業で使い慣れているためスムーズに授業を進めることができた。
実際の数値の変化を表で確認して、簡単な操作でグラフを表示する点は関数の指導に適してい る。教師の演示用には数行のマクロを追加することで、分かりやすい画面を表示することがで きた。
(4)確認テストの結果
加法定理と関連付けをしてから、合成の公式を説明して三角関数の単元を終えた。すぐに、
確認テストを行ったとき、「合成」をグラフ上で理解できたことを確認する問題は出題できなか ったが、y=sinθ +cosθを )
2 cos 1 2 (sin 1
2 θ + θ
=
y としてから解く生徒が多くいた。
)
2
sin(
2
+ θ + α
= a b
y
の公式に頼らずに、考えながら工夫して解く力は必要だと感じてい る。三角関数の公式は種類が多いため、最低限必要なものだけ覚えて応用していくように日頃 から指導してきた成果でもある。
コンピュータを活用すると、値を計算することなく入力するだけでグラフに表すことができる。さ らにはグラフ上の座標を計測する機能もあるため生徒の作業時間を短縮できる利点がある。代数的に 捉えることが多くなりがちな分野であるが、ときにはグラフに引き戻して視覚的な理解を取り入れて、
様々な発想が出てくることが期待できる。今後はさらにコンピュータの特性を生かすことにより、興 味・関心を引き出し、学習意欲を高め、理解を深めるような授業の展開を考えていきたい。
【参考文献、参考資料】
何森仁・小島順「検定外高校数学(上)」(日本評論社)
使用ソフト
友田勝久「GRAPES」
大久保政俊「音オシロ」