方言データから見た岡山方言のアスペクト形式 : YORUとTORUの通時的変化について
著者 鴨井 修平
雑誌名 文化情報学
巻 16
号 1‑2
ページ 1‑13
発行年 2021‑03‑31
権利 同志社大学文化情報学会
URL http://doi.org/10.14988/00028209
方言データから見た岡山方言のアスペクト形式 1 Vol. 16 No.1, 2
1.はじめに
本稿では、統一的枠組みに基づいて記述した 岡山方言のデータより、岡山方言におけるアス ペクトを表す文法形式(アスペクト形式)YORU
(-joːr-)とTORU(-tor-)の通時的変化を考察する。
1. 1 研究背景
命題の時間構造を捉える文法範疇のことをアス ペクトという。アスペクトは従来の研究蓄積(e.g.
Vendler (1967)、Comrie (1976)、金田一(1950)、
奥田(1978))を参考にすれば、図1のように図 示することができる。
研究論文
方言データから見た岡山方言のアスペクト形式
―YORU と TORU の通時的変化について―
鴨井 修平
西日本諸方言のアスペクト形式であるYORUとTORUに関して、従来の研究では個別方言におけるアス ペクト体系および両形式のアスペクト機能の詳細が数多く記述されてきた。それと並行的に、個別方言では アスペクト形式がポライトネス的な意味を標示するという現象も観察されている。しかし、アスペクト形式 が標示するアスペクト意味とポライトネス的意味の間の相関関係については不明瞭な点が多く、研究蓄積は 不十分である。本稿では、統一的枠組みに基づいて記述した岡山方言のデータより、岡山方言におけるアス ペクト形式YORU(-joːr-)とTORU(-tor-)のアスペクト機能およびポライトネス的機能の詳細を記述し、両形式 の通時的変化の順序を提案した。また両者の間の相関関係については、通時的変化の順序に基づいて、両形 式のアスペクト機能の重複がポライトネス的機能における対立を新たに発生させたということを示した。
1. は じめ に
本 稿 で は 、 統 一 的 枠 組 み に 基 づ い て 記 述 し た 岡 山 方 言 の デ ー タ よ り 、 岡 山 方 言 に お け る ア ス ペ ク ト を 表 す 文 法 形 式 ( ア ス ペ ク ト 形 式 )YORU(-joːr -)とTORU(-tor-)の 通 時 的 変 化 を 考 察 す る 。
1.1 研 究 背 景
命 題 の 時 間 構 造 を 捉 え る 文 法 範 疇 の こ と を ア ス ペ ク ト と い う 。 ア ス ペ ク ト は 従 来 の 研 究 蓄 積 (e.
g. Vendler (1967)、Comrie (1976)、金 田 一(1950)、 奥 田(1978)) を 参 考 に す れ ば 、 図1の よ う に 図 示 す る こ と が で き る 。
図1 命 題 の 時 間 構 造
図1よ り 、あ る 命 題 の 時 間(time)が 左 か ら 右 に 向 か う と す る と 、命 題 内 部 の 時 間 構 造 は 開 始 点(beginn ing=b)、終 了 点(ending=e)と い う2つ の 参 照 点 に よ っ て 区 画 さ れ る 。 ま た こ の 2つ の 参 照 点 に よ っ て 区 画 さ れ る 命 題 は 将 然 相(prospective=PROSP)、 進
行 相(progressive=PROG)、 結 果 相(resultative=RES) と い う3つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。 例 え ば
「Aが 魚 を 食 べ る 」 と い う 命 題 は 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 食 卓 に 着 く ( 将 然 相 ) → 魚 を 咀 嚼 す る ( 進 行 相 ) → 魚 の 骨 が 残 る ( 結 果 相 ) と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。(1)に 示 す よ う に 、標 準 語 の ア ス ペ ク ト 形 式 テ イ ル(-te=i-)は 進 行 相 と 結 果 相 を 標 示 す る ア ス ペ ク ト 機 能 を 持 つ 。
(1) 「 魚 を 食 べ て い る 」 の 意 味 a. PROG: 今 、 魚 を 食 べ て い る b. RES: 既 に 魚 を 食 べ て い る
標 準 語 の テ イ ル に 相 当 す る ア ス ペ ク ト 形 式 と し て 、 東 日 本 側 ( 分 割 線 右 側 ) に は テ ル(-te=(i)-)と い う1形 式 が 分 布 し て い る の に 対 し 、西 日 本 側( 分 割 線 左 側 ) に はYORU(-jor-)、TORU(-tor-)、 テ ル と い う3形 式 が 分 布 し て い る ( 『 方 言 文 法 全 国 地 図 第198図 』 ( 国 立 国 語 研 究 所 1999) )1。
1 西 日 本 側 に 分 布 す る ア ス ペ ク ト 形 式-jor-と ト ル -tor-は 音 声 バ リ エ ー シ ョ ン が 豊 富 な 形 式 で あ り 、 例 え ば-jor-uの 音 形 に は[-joɾu]、[-joːɾu]、[-joː]、[- juː]な ど 、-tor-uの 音 形 に は[-toɾu]、[-tɕoɾu]、[-toː]、 [-tɕuː]な ど が あ る 。本 稿 で は-jor-uの 音 形 を 全 てY ORU、-tor-uの 音 形 を 全 てTORUと 表 記 す る 。 図 1 命題の時間構造
図1よ り、 あ る 命 題 の 時 間(time) が 左 か ら右に向かうとすると、命題内部の時間構造 は 開 始 点(beginning=b)、 終 了 点(ending=e)
という2つの参照点によって区画される。ま
た こ の2つ の 参 照 点 に よ っ て 区 画 さ れ る 命 題 は 将 然 相(prospective=PROSP)、 進 行 相
(progressive=PROG)、結果相(resultative=RES)
という3つのアスペクトから構成される。例えば
「Aが魚を食べる」という命題は時間の経過に伴 い、食卓に着く(将然相)→魚を咀嚼する(進行 相)→魚の骨が残る(結果相)というようなプロ セスを経る。(1)に示すように、標準語のアスペ クト形式テイル(-te=i-)は進行相と結果相を標 示するアスペクト機能を持つ。
(1)「魚を食べている」の意味 a. PROG:今、魚を食べている b. RES:既に魚を食べている
標準語のテイルに相当するアスペクト形式とし て、東日本側(図2:分割線右側)にはテル(-te=
(i)-)という1形式が分布しているのに対し、西
日本側(図2:分割線左側)にはYORU(-jor-)、
TORU(-tor-)、テルという3形式が分布してい る(『方言文法全国地図第198図』(国立国語研 Journal of Culture and Information Science, 16(1,2), 1-13, (March 2021)
研究論文
方言データから見た岡山方言のアスペクト形式
―YORU と TORU の通時的変化について―
鴨井 修平
西日本諸方言のアスペクト形式であるYORUとTORUに関して、従来の研究では個別方言におけるア スペクト体系および両形式のアスペクト機能の詳細が数多く記述されてきた。それと並行的に、個別方言 ではアスペクト形式がポライトネス的な意味を標示するという現象も観察されている。しかし、アスペ クト形式が標示するアスペクト意味とポライトネス的意味の間の相関関係については不明瞭な点が多く、
研究蓄積は不十分である。本稿では、統一的枠組みに基づいて記述した岡山方言のデータより、岡山方 言におけるアスペクト形式YORU(-joːr-)とTORU(-tor-)のアスペクト機能およびポライトネス的機 能の詳細を記述し、両形式の通時的変化の順序を提案した。また両者の間の相関関係については、通時 的変化の順序に基づいて、両形式のアスペクト機能の重複がポライトネス的機能における対立を新たに 発生させたということを示した。
1西日本側に分布するアスペクト形式 -jor-と -tor-は音声 バリエーションが豊富な形式であり、例えば -jor-uの音 形には [-joɾu]、[-joːɾu]、[-joː]、[-juː]など、-tor-uの音→
2 Journal of Culture and Information Science March 2021
究所 1999))1。
図 2 アスペクト形式の分布(分割線は加筆)
ある命題のアスペクトを標示する際、東日本諸 方言はテルが進行相と結果相を標示するため、1 形式が2つのアスペクトを標示するという点で 標準語との類似点を持つ。一方(2)、(3)に示 すように、西日本諸方言はYORUが進行相を、
TORUが結果相を標示するため、2形式が2つの アスペクトを区別するという点で標準語との相違 点を持つ。
(2)「魚、食べよる」の意味 PROG:今、魚を食べている
(3)「魚、食べとる」の意味 RES:既に魚を食べている
従来の方言アスペクト研究では個別方言におけ るYORUとTORUのアスペクト機能について数 多く議論されてきた(cf. 工藤2014)。
1. 2 問題提起
前述の西日本諸方言と同様、岡山方言もま た、アスペクト形式YORU(音形は[-joːɾu])と TORU(音形は[-toɾu])を用いて異なるアスペク トを区別する方言である。(4)、(5)に示すように、
YORUは将然相、TORUは結果相を標示するとい う点で両形式のアスペクト機能は対立している2。
(4) PROSP:部屋に入ると、座る直前のAがいた a. A、座りょーる
b. *A、座っとる
(5) RES:部屋に入ると、座っているAがいた a. A、座っとる
b. *A、座りょーる
(4)は、将然相の局面において、YORUの使用 は文法的、TORUの使用は非文法的であること を表している。また(5)は、結果相の局面にお いて、TORUの使用は文法的、YORUの使用は 非文法的であることを表している。しかし、(6)
に示すように、YORUとTORUは進行相を標示 するという点で両形式のアスペクト機能は重複す る場合がある3。
(6) PROG:運動場で走っている最中のAがいた A、走りょーる/走っとる
(6)は進行相の局面において、両形式の使用が文 法的であることを表している。
ここで、YORUとTORUが進行相のアスペク ト上に生起する際、両形式の間に機能的対立はな いのだろうかという問題を提起する。自然言語の 経済性(Martinet 1962)に基づけば、2形式を用 いて1つの意味を表すのは非合理的である。よっ てYORUとTORUは進行相のアスペクト上にお いても何らかの意味を区別していることが示唆さ れる。さらに、(7)に示すように、岡山方言では 聞き手Bの属性によってYORUとTORUが使い 分けられるという現象も観察される。
(7) PROG:運動場で走っている最中のAがいた a.(B=友人)A、走りょーる
b.(B=知人)A、走っとる
(7)は、命題が進行相の局面であるということ を聞き手に対して発話する際、友人に対しては YORUが使用されるのに対し、知人に対しては TORUが使用されることを表している。しかし、
どのような規則に基づいて両形式が対立している のかは不明瞭である。
本稿では、YORUとTORUのアスペクト機能
3 YORU・TORUという形態的に異なる形式が、同じ意味
に対応している現象のことを「重複」と呼ぶ(cf. 鴨井 2017)。
形には [-toɾu]、[-tɕoɾu]、[-toː]、[-tɕuː]などがある。本
稿では -jor-uの音形を全て YORU、-tor-uの音形を全て
TORUと表記する。
2 YORU・TORUという形態的に異なる形式が、各々異な
る意味に対応し区別している現象のことを「対立」と呼 ぶ(cf. 工藤1995)。
→
方言データから見た岡山方言のアスペクト形式 3 Vol. 16 No.1, 2
を中心に岡山方言のアスペクト体系を記述し、両 形式のアスペクトに関する機能的重複と聞き手に 関する機能的対立の間の相関関係を明らかにする。
2.先行研究
本章では、岡山方言の文法的特徴を記述した 先行研究および西日本諸方言のアスペクト形式 YORUとTORUが話し手の心的態度を標示する 機能(ポライトネス的機能)を持つことを報告し た先行研究を挙げる4。
2. 1 岡山県の方言区画
岡山県は、東側で兵庫県、西側で広島県、北側 で鳥取県と隣接しており、南側には瀬戸内海・四国 地方を臨む。総人口は約190万人であり、文化的中 心部である岡山市と倉敷市に総人口の約60%が集 中している。近年では県外からの移住者も多い。
行 研 究 を 挙 げ る 4。
2.1 岡 山 県 の 方 言 区 画
岡 山 県 は 、 東 側 で 兵 庫 県 、 西 側 で 広 島 県 、 北 側 で 鳥 取 県 と 隣 接 し て お り 、 南 側 に は 瀬 戸 内 海 ・ 四 国 地 方 を 臨 む 。 総 人 口 は 約190万 人 で あ り 、 文 化 的 中 心 部 で あ る 岡 山 市 と 倉 敷 市 に 総 人 口 の 約60%
が 集 中 し て い る 。 近 年 で は 県 外 か ら の 移 住 者 も 多 い 。
図3 岡 山 県 地 図
岡 山 方 言 の 文 法 に つ い て 記 述 し た 虫 明(1982)よ り 、 岡 山 県 は 備 前 ・ 備 中 ・ 美 作 の よ う に 旧 国 名 に よ り 区 分 す る こ と は で き る が 、 音 韻 ・ 文 法 に 関 し て は 特 筆 す べ き 方 言 差 が な く 、 他 方 言 に お い て 設 定 す る よ う な 方 言 区 画 を 同 様 に 設 定 す る こ と は 適 切 で は な い 。 本 稿 に お い て も 同 様 、 岡 山 方 言 の 方 言 区 画 を 設 定 す る こ と な く 、 岡 山 県 全 域 を 調 査 対 象 と し て 網 羅 的 に 方 言 デ ー タ の 収 集 を 行 う 。
2.1 ア ス ペ ク ト 形 式 の ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 西 日 本 諸 方 言 の ア ス ペ ク ト 形 式 が ア ス ペ ク ト 以
4 会 話 場 面 に お い て 、 話 し 手 と 聞 き 手 が 互 い に 良 好 な 関 係 を 保 つ た め に 行 う 言 語 的 配 慮 の こ と を ポ ラ イ ト ネ ス と い う 。日 本 語 に お け る「-ま す 」の よ う な 丁 寧 語 や 「-ら れ る 」 の よ う な 敬 語 の よ う に 、 形 式 の 標 示 す る 丁 寧 さ や 礼 儀 を ポ ラ イ ト ネ ス と す る 研 究 も あ れ ば 、 実 際 の 会 話 場 面 に お い て 話 し 手 と 聞 き 手 の 間 で 生 じ る 配 慮 や 距 離 感 の よ う に 、 形 式 に よ っ て 標 示 さ れ る と は 限 ら な い 心 的 概 念 を ポ ラ イ ト ネ ス と す る 研 究 も あ る (cf. Brown & Levi nson 1987)。 本 稿 で は 、 話 し 手 の 心 的 態 度 に 関 す る 意 味 (e.g. 卑 罵 、 心 配 、 配 慮 ) を ポ ラ イ ト ネ ス 的 な も の と し て 扱 い 、 そ れ ら を 標 示 す る 機 能 の こ と を 総 称 し て 「 ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 」 と 呼 ぶ 。
外 の 意 味 を 標 示 す る 現 象 は 、 多 く の 先 行 研 究 が 指 摘 し て い る が 、 本 稿 で は 、 ア ス ペ ク ト 上 に お け る 2形 式 の 機 能 的 対 立 に 着 目 し た 先 行 研 究 と し て 井 上(1998)と 岡(2018)を 挙 げ る 。
ま ず 、 近 畿 方 言 の ア ス ペ ク ト 形 式 を 記 述 し た 井 上(1998)に よ れ ば 、 大 阪 方 言 で は テ ル とTORUの 2形 式 が 進 行 相 上 も し く は 結 果 相 上 に 生 起 す る が 、(8)に 示 す よ う に 、TORUの 方 は 話 し 手 の 心 的 態 度 ( 主 に 卑 罵 ・ ぞ ん ざ い ) を 表 す 。
(8) PROG: 犬 が 鳴 い て い る a. 犬 、 鳴 い て る
b. 犬 、 鳴 い と る ( 鳴 き 声 を う る さ く 思 う と き )
(8)は 、進 行 相 の 局 面 に お い て 、両 形 式 の 使 用 が 文 法 的 で あ る こ と を 表 し て い る が 、 テ ル が 単 に ア ス ペ ク ト を 標 示 す る た め の 無 標 形 式( ニ ュ ー ト ラ ル ) で あ る の に 対 し 、TORUは 話 し 手 の 態 度 を 表 す た め の 有 標 形 式 で あ る と 分 析 で き る 。 井 上(1998)は こ の よ う な ア ス ペ ク ト 形 式 の ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 に つ い て 、 命 題 内 容 の 相 違 か ら 観 察 さ れ る 現 象 を 中 心 に 指 摘 し て い る が 、 岡 山 方 言 に お い て も 同 様 の 現 象 は 観 察 さ れ 得 る だ ろ う か 。
こ れ に つ い て 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 形 式 を 記 述 し た 岡(2018)に よ れ ば 、 岡 山 方 言 で は YORUと TORUの2形 式 が 進 行 相 上 に 生 起 す る が 、(9)に 示 す よ う に 、YORUの 方 は 話 し 手 の 心 的 態 度 ( 主 に 親 し さ ・ 心 配 ・ 迷 惑 ) を 表 す 。
(9) PROG: 子 供 が 泣 い て い る a. 子 供 、 泣 い と る
b. 子 供 、 泣 き ょ ー る ( 子 供 が 心 配 な と き )
(9)は 、進 行 相 の 局 面 に お い て 、両 形 式 の 使 用 が 文 法 的 で あ る こ と を 表 し て い る が 、TORUが ニ ュ ー ト ラ ル で あ る の に 対 し 、YORUは 話 し 手 の 態 度 を 表 す た め の 有 標 形 式 で あ る 。 岡(2018)も ま た 、 こ の よ う な ア ス ペ ク ト 形 式 の ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 に つ い て 、 命 題 内 容 の 相 違 か ら 観 察 さ れ る 現 象 を 中 心 に 指 摘 し て い る が 、 聞 き 手 の 相 違 に お い て も 同 様 の 現 象 は 観 察 さ れ 得 る だ ろ う か 。 前 述 し た よ う に 、岡 山 方 言 で は(7)の よ う な 現 象 が 観 察 さ れ る た め 、 命 題 内 容 の み な ら ず 聞 き 手 の 相 違 と い う 観 点 か ら も 分 析 を 行 う 必 要 が あ る 。
3.研究 方法
本 節 で は 、岡 山 方 言 の YORUとTORUの 機 能 に つ い て 網 羅 的 な 記 述 を 行 い 、 両 形 式 の 機 能 的 対 立 図 3 岡山県地図
岡山方言の文法について記述した虫明(1982)
より、岡山県は備前・備中・美作のように旧国名
により区分することはできるが、音韻・文法に関 しては特筆すべき方言差がなく、他方言において 設定するような方言区画を同様に設定することは 適切ではない。本稿においても同様、岡山方言の 方言区画を設定することなく、岡山県全域を調査 対象として網羅的に方言データの収集を行う。
2. 1 アスペクト形式のポライトネス的機能 西日本諸方言のアスペクト形式がアスペクト以 外の意味を標示する現象は、多くの先行研究が指 摘しているが、本稿では、アスペクト上における 2形式の機能的対立に着目した先行研究として井 上(1998)と岡(2018)を挙げる。
まず、近畿方言のアスペクト形式を記述した井 上(1998)によれば、大阪方言ではテルとTORU の2形式が進行相上もしくは結果相上に生起する が、(8)に示すように、TORUの方は話し手の心 的態度(主に卑罵・ぞんざい)を表す。
(8) PROG:犬が鳴いている a. 犬、鳴いてる
b. 犬、鳴いとる(鳴き声をうるさく思うとき)
(8)は、進行相の局面において、両形式の使用 が文法的であることを表しているが、テルが単に アスペクトを標示するための無標形式(ニュート ラル)であるのに対し、TORUは話し手の態度 を表すための有標形式であると分析できる。井上
(1998)はこのようなアスペクト形式のポライトネ ス的機能について、命題内容の相違から観察され る現象を中心に指摘しているが、岡山方言におい ても同様の現象は観察され得るだろうか。
これについて、岡山方言のアスペクト形式を記 述した岡(2018)によれば、岡山方言ではYORU とTORUの2形式が進行相上に生起するが、(9)
に示すように、YORUの方は話し手の心的態度(主 に親しさ・心配・迷惑)を表す。
(9) PROG:子供が泣いている a. 子供、泣いとる
b. 子供、泣きょーる(子供が心配なとき)
(9)は、進行相の局面において、両形式の使用が 文法的であることを表しているが、TORUがニュー トラルであるのに対し、YORUは話し手の態度 を表すための有標形式であると分析できる。岡
4 会話場面において、話し手と聞き手が互いに良好な関係 を保つために行う言語的配慮のことをポライトネスとい う。日本語における「-ます」のような丁寧語や「-られ る」のような敬語のように、形式の標示する丁寧さや礼 儀をポライトネスとする研究もあれば、実際の会話場面 において話し手と聞き手の間で生じる配慮や距離感のよ うに、形式によって標示されるとは限らない心的概念を ポライトネスとする研究もある(cf. Brown & Levinson 1987)。本稿では、話し手の心的態度に関する意味(e.g.
卑罵、心配、配慮)をポライトネス的なものとして扱い、
それらを標示する機能のことを総称して「ポライトネス 的機能」と呼ぶ。
4 Journal of Culture and Information Science March 2021
(2018)もまた、このようなアスペクト形式のポラ イトネス的機能について、命題内容の相違から観 察される現象を中心に指摘しているが、聞き手の 相違においても同様の現象は観察され得るだろう か。前述したように、岡山方言では(7)のような 現象が観察されるため、命題内容のみならず聞き 手の相違という観点からも分析を行う必要がある。
3. 研究方法
本章では、岡山方言のYORUとTORUの機能 について網羅的な記述を行い、両形式の機能的対 立と機能的重複の全体像を把握するための方法論 を示す。
3. 1 統一的枠組みの設定
本研究では、岡山方言のアスペクト体系を統一 的枠組みに基づいて網羅的に記述するために、2 種類の命題の時間構造を設定する。まず図4に示 すように、進行相を持つ命題の時間構造は、開始 兆候点(signal of beginning=sb)、開始点、終了点、
結果終了点(result ending=re)という4つの参照 点と将然相、進行相、結果相という3つのアスペ クトから構成される。前述と同様、「Aが魚を食 べる」という命題は、時間の経過に伴い、食卓に 着く(将然相)→魚を咀嚼する(進行相)→魚の 骨が残る(結果相)というようなプロセスを経る。
このような時間構造を持つ命題を命題αとする5。 と 機 能 的 重 複 の 全 体 像 を 把 握 す る た め の 方 法 論 を 示 す 。
3.1 統 一 的 枠 組 み の 設 定
本 研 究 で は 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 体 系 を 統 一 的 枠 組 み に 基 づ い て 網 羅 的 に 記 述 す る た め に 、2 種 類 の 命 題 の 時 間 構 造 を 設 定 す る 。 ま ず 図4に 示 す よ う に 、 進 行 相 を 持 つ 命 題 の 時 間 構 造 は 、 開 始 兆 候 点(signal of beginning=sb)、 開 始 点 、 終 了 点 、 結 果 終 了 点 (result ending=re) と い う 4つ の 参 照 点 と 将 然 相 、 進 行 相 、 結 果 相 と い う3つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。 前 述 と 同 様 、 「Aが 魚 を 食 べ る 」 と い う 命 題 は 、 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 食 卓 に 着 く ( 将 然 相 ) → 魚 を 咀 嚼 す る ( 進 行 相 ) → 魚 の 骨 が 残 る( 結 果 相 )と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。 こ の よ う な 時 間 構 造 を 持 つ 命 題 を 命 題αと す る 5。
図4 命 題 αの 時 間 構 造
一 方 、 図5に 示 す よ う に 、 進 行 相 を 持 た な い 命 題 の 時 間 構 造 は 、開 始 兆 候 点 、開 始/終 了 点 、結 果 終 了 点 と い う3つ の 参 照 点 と 、 将 然 相 、 結 果 相 と い う2つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。例 え ば「 火 が 消 え る 」 と い う 命 題 は 、 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 火 が 弱 く な る ( 将 然 相 ) → 火 が 消 え 、 煙 が 上 る ( 結 果 相 ) と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。 こ の よ う な 時 間 構 造 を 持 つ 命 題 を 命 題βと す る 6。
5 金 田 一(1950)やVendler (1967)の 動 詞 分 類 か ら 見 れ ば 、「 走 る 」、「 食 べ る 」な ど の 継 続 動 詞(a- ctivities)や 「 作 る 」 、 「 焼 く 」 な ど の 達 成 動 詞(ac -complishments)が 命 題αの 述 語 と な る 。
6 金 田 一(1950)やVendler (1967)の 動 詞 分 類 か ら 見 れ ば 、「 死 ぬ 」、「 消 え る 」な ど の 瞬 間 動 詞(a- chievements)が 命 題 βの 述 語 と な る 。ま た「 あ る 」、
「 い る 」 な ど の 状 態 動 詞(states)を 述 語 と す る 命 題 は 時 間 構 造 を 持 た な い 命 題 で あ る た め 、本 稿 で は 、 ア ス ペ ク ト 形 式 と の 共 起 関 係 に お け る デ ー タ 提 示 を 割 愛 す る 。
図5 命 題 βの 時 間 構 造
本 稿 で は 、前 述 の 命 題αと 命 題 βに お い て 、岡 山 方 言 のYORUとTORUが ど の ア ス ペ ク ト 上 に 生 起 し 得 る の か を 詳 述 し 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 体 系 を 明 ら か に す る 。
3.2 調 査 概 要
本 研 究 で は 、図6に 示 す よ う に 、方 言Xの 全 体 像( 母 集 団 )は 方 言Xを 母 語 と す る 地 区 お よ び 年 齢 層 の 話 者 ( 標 本 ) に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る 7。
図6 方 言Xと 出 身 地 ・ 年 齢 層 の 関 係 こ の 方 法 論 を 採 用 す れ ば 、 地 理 的 バ リ エ ー シ ョ ン と 通 時 的 バ リ エ ー シ ョ ン を 考 慮 し つ つ 岡 山 方 言 の 全 体 像 を 捉 え る こ と が で き る と 考 え る 。
調 査 は 、 虫 明(1982)の 指 摘 と 筆 者 の 予 備 調 査 の 結 果 に 基 づ い て 、 次 の3地 区 を 出 身 地 と す る 岡 山 方 言 母 語 話 者 を 対 象 に 実 施 し た 8。
[ 備 前 地 区 ] 岡 山 市 、 備 前 市 、 赤 磐 市 、 和 気 郡
[ 備 中 地 区 ] 倉 敷 市 、 笠 岡 市
[ 美 作 地 区 ] 津 山 市 、 真 庭 市 、 美 作 市
ま た 、 次 の 基 準 を 満 た す 若 年 層 (18-39歳 ) 、 中 年 層 (40-69歳 ) 、 高 年 層 (70歳 以 上 ) の 話 者
7 母 集 団 と 標 本 は 集 合 と 部 分 集 合 の 関 係 に あ り 、 標 本 に は 母 集 団 の 性 質 が 反 映 さ れ て い る 。 本 研 究 に お け る 方 言 デ ー タ の 収 集 方 法 は 、 母 集 団 か ら 抽 出 し た 標 本 を 分 析 す る こ と で 母 集 団 の 性 質 を 明 ら か に す る と い う 統 計 学 の 方 法 論 よ り 着 想 を 得 て い る 。
8 備 前 地 区 ・ 備 中 地 区 ・ 美 作 地 区 を 出 身 地 と す る 話 者( 各2名 ず つ )に 対 し てYORUとTORUの ア ス ペ ク ト 機 能 お よ び ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 に 関 す る 予 備 調 査 を 行 っ た 結 果 、 地 区 に お け る 方 言 差 は 観 察 さ れ な か っ た 。
図 4 命題αの時間構造
一方、図5に示すように、進行相を持たない命 題の時間構造は、開始兆候点、開始/終了点、結 果終了点という3つの参照点と、将然相、結果相 という2つのアスペクトから構成される。例えば
「火が消える」という命題は、時間の経過に伴い、
火が弱くなる(将然相)→火が消え、煙が上る(結
果相)というようなプロセスを経る。このような 時間構造を持つ命題を命題βとする6。
と 機 能 的 重 複 の 全 体 像 を 把 握 す る た め の 方 法 論 を 示 す 。
3.1 統 一 的 枠 組 み の 設 定
本 研 究 で は 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 体 系 を 統 一 的 枠 組 み に 基 づ い て 網 羅 的 に 記 述 す る た め に 、2 種 類 の 命 題 の 時 間 構 造 を 設 定 す る 。 ま ず 図4に 示 す よ う に 、 進 行 相 を 持 つ 命 題 の 時 間 構 造 は 、 開 始 兆 候 点(signal of beginning=sb)、 開 始 点 、 終 了 点 、 結 果 終 了 点 (result ending=re) と い う 4つ の 参 照 点 と 将 然 相 、 進 行 相 、 結 果 相 と い う3つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。 前 述 と 同 様 、 「Aが 魚 を 食 べ る 」 と い う 命 題 は 、 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 食 卓 に 着 く ( 将 然 相 ) → 魚 を 咀 嚼 す る ( 進 行 相 ) → 魚 の 骨 が 残 る( 結 果 相 )と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。 こ の よ う な 時 間 構 造 を 持 つ 命 題 を 命 題αと す る 5。
図4 命 題 αの 時 間 構 造
一 方 、 図 5に 示 す よ う に 、 進 行 相 を 持 た な い 命 題 の 時 間 構 造 は 、開 始 兆 候 点 、開 始/終 了 点 、結 果 終 了 点 と い う 3つ の 参 照 点 と 、 将 然 相 、 結 果 相 と い う 2つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。例 え ば「 火 が 消 え る 」 と い う 命 題 は 、 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 火 が 弱 く な る ( 将 然 相 ) → 火 が 消 え 、 煙 が 上 る ( 結 果 相 ) と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。 こ の よ う な 時 間 構 造 を 持 つ 命 題 を 命 題βと す る 6。
5 金 田 一(1950)やVendler (1967)の 動 詞 分 類 か ら 見 れ ば 、「 走 る 」、「 食 べ る 」な ど の 継 続 動 詞(a- ctivities)や 「 作 る 」 、 「 焼 く 」 な ど の 達 成 動 詞(ac -complishments)が 命 題αの 述 語 と な る 。
6 金 田 一(1950)やVendler (1967)の 動 詞 分 類 か ら 見 れ ば 、「 死 ぬ 」、「 消 え る 」な ど の 瞬 間 動 詞(a- chievements)が 命 題 βの 述 語 と な る 。ま た「 あ る 」、
「 い る 」 な ど の 状 態 動 詞(states)を 述 語 と す る 命 題 は 時 間 構 造 を 持 た な い 命 題 で あ る た め 、本 稿 で は 、 ア ス ペ ク ト 形 式 と の 共 起 関 係 に お け る デ ー タ 提 示 を 割 愛 す る 。
図5 命 題 βの 時 間 構 造
本 稿 で は 、前 述 の 命 題αと 命 題 βに お い て 、岡 山 方 言 のYORUとTORUが ど の ア ス ペ ク ト 上 に 生 起 し 得 る の か を 詳 述 し 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 体 系 を 明 ら か に す る 。
3.2 調 査 概 要
本 研 究 で は 、図6に 示 す よ う に 、方 言Xの 全 体 像( 母 集 団 )は 方 言Xを 母 語 と す る 地 区 お よ び 年 齢 層 の 話 者 ( 標 本 ) に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る 7。
図6 方 言 Xと 出 身 地 ・ 年 齢 層 の 関 係 こ の 方 法 論 を 採 用 す れ ば 、 地 理 的 バ リ エ ー シ ョ ン と 通 時 的 バ リ エ ー シ ョ ン を 考 慮 し つ つ 岡 山 方 言 の 全 体 像 を 捉 え る こ と が で き る と 考 え る 。
調 査 は 、 虫 明(1982)の 指 摘 と 筆 者 の 予 備 調 査 の 結 果 に 基 づ い て 、 次 の3地 区 を 出 身 地 と す る 岡 山 方 言 母 語 話 者 を 対 象 に 実 施 し た 8。
[ 備 前 地 区 ] 岡 山 市 、 備 前 市 、 赤 磐 市 、 和 気 郡
[ 備 中 地 区 ] 倉 敷 市 、 笠 岡 市
[ 美 作 地 区 ] 津 山 市 、 真 庭 市 、 美 作 市
ま た 、 次 の 基 準 を 満 た す 若 年 層 (18-39歳 ) 、 中 年 層 (40-69歳 ) 、 高 年 層 (70歳 以 上 ) の 話 者
7 母 集 団 と 標 本 は 集 合 と 部 分 集 合 の 関 係 に あ り 、 標 本 に は 母 集 団 の 性 質 が 反 映 さ れ て い る 。 本 研 究 に お け る 方 言 デ ー タ の 収 集 方 法 は 、 母 集 団 か ら 抽 出 し た 標 本 を 分 析 す る こ と で 母 集 団 の 性 質 を 明 ら か に す る と い う 統 計 学 の 方 法 論 よ り 着 想 を 得 て い る 。
8 備 前 地 区 ・ 備 中 地 区 ・ 美 作 地 区 を 出 身 地 と す る 話 者( 各2名 ず つ )に 対 し てYORUとTORUの ア ス ペ ク ト 機 能 お よ び ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 に 関 す る 予 備 調 査 を 行 っ た 結 果 、 地 区 に お け る 方 言 差 は 観 察 さ れ な か っ た 。
図 5 命題βの時間構造
本稿では、前述の命題αと命題βにおいて、岡 山方言のYORUとTORUがどのアスペクト上に 生起し得るのかを詳述し、岡山方言のアスペクト 体系を明らかにする。
3. 2 調査概要
本研究では、図6に示すように、方言Xの全体 像(母集団)は方言Xを母語とする地区および年 齢層の話者(標本)によって特徴づけられると考 える7。
と 機 能 的 重 複 の 全 体 像 を 把 握 す る た め の 方 法 論 を 示 す 。
3.1 統 一 的 枠 組 み の 設 定
本 研 究 で は 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 体 系 を 統 一 的 枠 組 み に 基 づ い て 網 羅 的 に 記 述 す る た め に 、2 種 類 の 命 題 の 時 間 構 造 を 設 定 す る 。 ま ず 図4に 示 す よ う に 、 進 行 相 を 持 つ 命 題 の 時 間 構 造 は 、 開 始 兆 候 点(signal of beginning=sb)、 開 始 点 、 終 了 点 、 結 果 終 了 点 (result ending=re) と い う4つ の 参 照 点 と 将 然 相 、 進 行 相 、 結 果 相 と い う3つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。 前 述 と 同 様 、 「Aが 魚 を 食 べ る 」 と い う 命 題 は 、 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 食 卓 に 着 く ( 将 然 相 ) → 魚 を 咀 嚼 す る ( 進 行 相 ) → 魚 の 骨 が 残 る( 結 果 相 )と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。 こ の よ う な 時 間 構 造 を 持 つ 命 題 を 命 題αと す る5。
図4 命 題 αの 時 間 構 造
一 方 、 図5に 示 す よ う に 、 進 行 相 を 持 た な い 命 題 の 時 間 構 造 は 、開 始 兆 候 点 、開 始/終 了 点 、結 果 終 了 点 と い う3つ の 参 照 点 と 、 将 然 相 、 結 果 相 と い う 2つ の ア ス ペ ク ト か ら 構 成 さ れ る 。例 え ば「 火 が 消 え る 」 と い う 命 題 は 、 時 間 の 経 過 に 伴 い 、 火 が 弱 く な る ( 将 然 相 ) → 火 が 消 え 、 煙 が 上 る ( 結 果 相 ) と い う よ う な プ ロ セ ス を 経 る 。 こ の よ う な 時 間 構 造 を 持 つ 命 題 を 命 題βと す る 6。
5 金 田 一(1950)やVendler (1967)の 動 詞 分 類 か ら 見 れ ば 、「 走 る 」、「 食 べ る 」な ど の 継 続 動 詞(a- ctivities)や 「 作 る 」 、 「 焼 く 」 な ど の 達 成 動 詞(ac -complishments)が 命 題αの 述 語 と な る 。
6 金 田 一(1950)やVendler (1967)の 動 詞 分 類 か ら 見 れ ば 、「 死 ぬ 」、「 消 え る 」な ど の 瞬 間 動 詞(a- chievements)が 命 題 βの 述 語 と な る 。ま た「 あ る 」、
「 い る 」 な ど の 状 態 動 詞(states)を 述 語 と す る 命 題 は 時 間 構 造 を 持 た な い 命 題 で あ る た め 、本 稿 で は 、 ア ス ペ ク ト 形 式 と の 共 起 関 係 に お け る デ ー タ 提 示 を 割 愛 す る 。
図5 命 題 βの 時 間 構 造
本 稿 で は 、前 述 の 命 題αと 命 題βに お い て 、岡 山 方 言 のYORUとTORUが ど の ア ス ペ ク ト 上 に 生 起 し 得 る の か を 詳 述 し 、 岡 山 方 言 の ア ス ペ ク ト 体 系 を 明 ら か に す る 。
3.2 調 査 概 要
本 研 究 で は 、図6に 示 す よ う に 、方 言Xの 全 体 像( 母 集 団 )は 方 言 Xを 母 語 と す る 地 区 お よ び 年 齢 層 の 話 者 ( 標 本 ) に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る 7。
図6 方 言 Xと 出 身 地 ・ 年 齢 層 の 関 係
こ の 方 法 論 を 採 用 す れ ば 、 地 理 的 バ リ エ ー シ ョ ン と 通 時 的 バ リ エ ー シ ョ ン を 考 慮 し つ つ 岡 山 方 言 の 全 体 像 を 捉 え る こ と が で き る と 考 え る 。
調 査 は 、 虫 明(1982)の 指 摘 と 筆 者 の 予 備 調 査 の 結 果 に 基 づ い て 、 次 の 3地 区 を 出 身 地 と す る 岡 山 方 言 母 語 話 者 を 対 象 に 実 施 し た 8。
[ 備 前 地 区 ] 岡 山 市 、 備 前 市 、 赤 磐 市 、 和 気 郡
[ 備 中 地 区 ] 倉 敷 市 、 笠 岡 市
[ 美 作 地 区 ] 津 山 市 、 真 庭 市 、 美 作 市
ま た 、 次 の 基 準 を 満 た す 若 年 層 (18-39歳 ) 、 中 年 層 (40-69歳 ) 、 高 年 層 (70歳 以 上 ) の 話 者
7 母 集 団 と 標 本 は 集 合 と 部 分 集 合 の 関 係 に あ り 、 標 本 に は 母 集 団 の 性 質 が 反 映 さ れ て い る 。 本 研 究 に お け る 方 言 デ ー タ の 収 集 方 法 は 、 母 集 団 か ら 抽 出 し た 標 本 を 分 析 す る こ と で 母 集 団 の 性 質 を 明 ら か に す る と い う 統 計 学 の 方 法 論 よ り 着 想 を 得 て い る 。
8 備 前 地 区 ・ 備 中 地 区 ・ 美 作 地 区 を 出 身 地 と す る 話 者( 各 2名 ず つ )に 対 し てYORUとTORUの ア ス ペ ク ト 機 能 お よ び ポ ラ イ ト ネ ス 的 機 能 に 関 す る 予 備 調 査 を 行 っ た 結 果 、 地 区 に お け る 方 言 差 は 観 察 さ れ な か っ た 。
図 6 方言 X と出身地・年齢層の関係 この方法論を採用すれば、地理的バリエーション と通時的バリエーションを考慮しつつ岡山方言の 全体像を捉えることができる。
調査は、虫明(1982)の指摘と筆者の予備調 査の結果に基づいて、次の3地区を出身地とする
5金田一(1950)やVendler (1967)の動詞分類から見れば、
「走る」、「食べる」などの継続動詞(activities)や「作る」、
「焼く」などの達成動詞(accomplishments)が命題αの述 語となる。
6金田一(1950)やVendler (1967)の動詞分類から見れば、
「死ぬ」、「消える」などの瞬間動詞(achievements)が命 題βの述語となる。また「ある」、「いる」などの状態動
詞(states)を述語とする命題は時間構造を持たない命題
であるため、本稿では、アスペクト形式との共起関係に おけるデータ提示を割愛する。
7母集団と標本は集合と部分集合の関係にあり、標本には 母集団の性質が反映されている。本研究における方言 データの収集方法は、母集団から抽出した標本を分析す ることで母集団の性質を明らかにするという統計学の方 法論より着想を得ている。
8備前地区・備中地区・美作地区を出身地とする話者(各 2 名ずつ)に対してYORUとTORUのアスペクト機能およ びポライトネス的機能に関する予備調査を行った結果、
地区における方言差は観察されなかった。
方言データから見た岡山方言のアスペクト形式 5 Vol. 16 No.1, 2
岡山方言母語話者を対象に実施した8。
[備前地区]岡山市、備前市、赤磐市、和気郡
[備中地区]倉敷市、笠岡市
[美作地区]津山市、真庭市、美作市
また、次の基準を満たす若年層(18-39歳)、
中年層(40-69歳)、高年層(70歳以上)の話者 を岡山方言母語話者(インフォーマント)とし、
各年齢層につき各地区から3-4名ずつ(合計30名)
のインフォーマントに対して同様の質問項目を用 いてインタビュー調査を行った。
[1]1-18歳までを調査対象の地区内で生活した
[2]地区外における外住歴が合計5年未満である インタビュー調査では、各アスペクトと対応す る個々の命題を合計40例ほど提示し、その命題 において使用する形式を[YORU、TORU、その 他]の中から複数選択させ回答を得た9。提示す る命題の述語となる動詞は、金田一(1950)や Vendler (1967)の動詞分類を参考に選定してい る。さらに、個々の命題においてニュートラルで ある形式や命題内容、聞き手の相違によってポラ イトネス的機能が観察されるかについても詳細な 回答を得た。インタビュー調査に用いた命題の一 部を次に示す。
[進行相の場面]
運動場に行くと、走っている最中のAがいた
[選択肢]
Aが、a. 走りょーる/b. 走っとる/c. その他
[仲の良い友人に対しての発話]
運動場に行くと、走っている最中のAがいた
[選択肢]
Aが、a. 走りょーる/b. 走っとる/c. その他
4.結果と分析
本章では、統一的枠組みに基づいて網羅的に
記述した岡山方言のアスペクト形式YORUと TORUのアスペクト機能およびポライトネス的 機能における調査結果を提示し分析を行う10。 また、虫明(1982)の指摘と筆者の予備調査 の結果の通り、備前地区・備中地区・美作地区に おける地理的バリエーションは観察されなかった ため、3地区の方言データを岡山方言のデータと して統合する。一方、若年層、中年層、高年層の 間からは通時的バリエーションが観察されたた め、本節では年齢層別に方言データを提示する。
4. 1 YORU と TORU のアスペクト機能 本節では、両形式のアスペクト機能における調 査結果を提示する。
4. 1. 1 若年層における調査結果
YORUとTORUが命題αに生起する場合、若 年層ではYORUが将然相、進行相、TORUが将 然相、進行相、結果相を標示する。(10)に例を示す。
(10)「Aが走る」のアスペクト
a. PROSP:運動場で走る直前のAがいた A、走りょーる/走っとる
b. PROG:運動場で走っている最中のAがいた A、走りょーる/走っとる
c. RES:運動場で既に走り終えているAがいた A、走っとる/*走りょーる
(10a)、(10b)は、命題αの将然相あるいは進行 相の局面において、両形式の使用が文法的である ことを表している。一方(10c)は結果相の局面に おいて、TORUの使用は文法的、YORUの使用は 非文法的であることを表している。
次に、各命題における調査結果を一覧するた め、集計表を提示する11。表1、表2に示すよう に、命題αにおける若年層の方言データからは将 然相、進行相のアスペクト上におけるYORUと TORUの機能的重複が観察された。
10岡山方言は筆者の母語である。客観的に岡山方言の事実 を記述するため、インフォーマントに筆者は含まれてい ないが、本稿において提示する岡山方言の事実と筆者の 内省は全て一致するものである。
11 Y=YORU、T=TORU、他 =その他を表す。各表は各年 齢層の話者 10名が文法的に使用する形式を複数選択し た結果を集計したものである。ここでは主語の属性を問 わないため、主語をAとして提示する。
9調査時間は 1件につき約 3時間程度である。調査期間は
2017-2020年であるが、各地区・各年齢層に対して一定の
調査期間を設定したわけではないため詳細を割愛する。
また調査の実施場所についても多岐にわたるため詳細を 割愛する。