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昔話の話型と語り : 昔話「鳥呑爺」と唱え言をめ ぐって

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(1)

昔話の話型と語り : 昔話「鳥呑爺」と唱え言をめ ぐって

著者 廣田 收

雑誌名 人文學

号 179

ページ 32‑101

発行年 2006‑03‑20

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000008540

(2)

昔 話 の 話 型 と 語 り

││昔話﹁鳥呑爺﹂と唱え言をめぐって││

廣 田 收

︵一︶はじめに

言語表現という視点から見るとき︑昔話は︑いうまでもなく音声言語による︑一回的な語りとして生成することを

もって本質とする︒同じ語り手による同一の話型の昔話でも︑語られる一回ごとの語りに異同のあることは周知のと

おりである︒と同時に︑昔話の基盤となる語りの場は︑語られる一回ごとに成立の条件を異にするという側面をもっ

ている︒すなわち︑語られる時季や語りの場所︑語り手の事情︑聞き手の相違︑両者の関係の変化などによって︑語

りの内容に繁簡のあることもよく知られているところである︒

しかしながら︑同じ話柄が何度繰り返して語られても︑語りを支えている同じ枠組みが︑昔話においては常に安定

した規制力として働いていることも明らかである︒かつて︑昔話の採録資料が作成されるときに︑一回ごとに語られ

た結果を重ね︑語りとして整っている良い部分を繋ぎ合わせ︑合成した理想的な本文を作り出したり︑語り誤りや表

― 32 ―

(3)

現のねじれを取り除き︑語りの表現を様式化させることによって整え︑典型的な事例の作り出されることが多かった

ことも周知のところである︒そのような処置の是非は措くとして︑それは語り手によって現実には語られていない

が︑いわば理想的なモデルとして仮構される原理的な本文を復元しようとする試みであったということもできる︒そ

れはあたかも現存する写本としての伝本から︑作者自筆の原本を復元すべく校定本文を構築する営為になぞらえられ

るかもしれない︒とはいうものの︑文献としての作者自筆本は︑実在したはずの絶対的な存在であるのに対して︑昔

話の理想的な本文は理念的に仮構される存在であるところに特質がある︒

いずれにしても昔話の実際の語りは︑われわれの手元に膨大な採録資料があるとしても︑語り手の語り間違いや記

憶違い︑表現の齟齬や首尾の不統一など︑一回一回の語りの採録には何かしら﹁傷﹂がある︒その上︑あまりにも現

代的な説明などが加わることも多く︑﹁傷﹂のない理想的な事例を探そうとしても︑実際にはなかなか難しい︒昔話

の採集において︑そのような経験は誰にもあるに違いない︒つまり︑問題は逆に︑一回一回の語りは︑見えない理想

的な本文の具現︑現前であり︑実際に語られる語りが︑理念的な本文に対して︑絶えず破片的なものとして立ち現れ

る性質を持っていると捉え直すことができる︒

︵二︶話型と語りの一回性

そのような認識のもとで︑話型と語りとの関係について課題と方法を次のように設定した︒

同じ語り手による同一の昔話の事例を比較する︒

― 33 ―

昔話の話型と語り

(4)

すると︑語りにおいて常に不可欠な事項と︑一回一回の語りの異同のあることが識別できる︒ここにいう事項と

は︑登場人物の﹁動作主+行動﹂という形式的な単位をいう︒これは昔話を構成する基本的な枠組み︱話型が顕在化

するときの基本的な枠組みを構成するものと見做しうる︒

ただし︑事項

article

はモティフ

motif

ではない︒なぜモティフを分析の方法とせず︑事項を問題にするのかという

と︑モティフを取り出そうとすれば︑あたかもモティフが先験的なものとして存在するかのように捉えられかねない

からである︒モティフは︑行動だけでなく︑状況や意味・価値などが混在し合っており︑分析の原理の一貫性が損な

われるおそれがある

側いられる分析者ののに認識の形であって用析︒とすなわち︑もともモ分ティフは︑昔話の︑

昔話に内在する原理ではない︒

事項が確定すると︑一回一回の語りについて︑昔話の表現を支える原理的な部分と︑語りの一回性にかかわる部分

を区別することができる︒すなわち︑昔話の話型にかかわる不可欠な部分と︑付加的な説明的部分とが区別できる︒

つまり︑事項の中でも︑話型を構成する上で不可欠な基本的事項を突き詰めることができる︒そのことと同時に︑説

明的部分にも一次的と二次的と︑次元の違いのあることが指摘できる︒

この方法で取り出される話型は︑モティフを基礎として確立されているモティフ・インデックスにいう話型とは異

なる︒私は︑話型を先験的︑固定的なものとして捉えるのではなく︑語りを支える枠組みというふうに︑ゆるやかに

捉えておきたいと考えている︒

そのような視座に立った上で︑考察の対象として︑隣爺型の昔話の事例の中から昔話﹁鳥呑爺﹂を取り上げること

にしたい︒この話型を選んだ理由は︑隣爺型が文献資料としては﹃風土記﹄逸文に認められるものであり︑古代に遡 昔話の話型と語り

― 34 ―

(5)

りうるゆえに古態を保存する可能性がある

昔昔の統系話間世るゆわい︑は話なかうよのそ︑ちわなす︒るあでら話

とは異なり︑根源的に異界と此界との関係を孕むゆえに︑超越的存在との交渉によって主人公に幸がもたらされると

いう属性をもつ︒したがって︑語りに重層性が認められる︒

そこで﹁付表昔話﹁鳥呑爺﹂対照表﹂に基き︑一回的な語りと話型との関係について︑具体的に論じたい︒この

対照表は︑同じ語り手による同じ話柄の﹁鳥呑爺﹂が︑一九七七年に語られた語りの採録の事例

から︑後に語られ

た採録の事例三件

比るあでのもたし較てまべ並に順代年︑で︒

このように重ねられた語りから︑この語り手による昔話﹁鳥呑爺﹂の概要を次のように抽出することができる︒

爺が山で木を切ると︑ヤマガラが爺の飯を食べてしまう︒怒った爺がヤマガラを呑み込むと︑臍から尾が出

る︒爺が尾を引くと︑めでたい屁が出る︒殿様の前でめでたい屁をひり︑褒美をもらう︒隣爺が真似をするが︑

ヤマガラを食べてしまう︒臍から尾は出ず︑殿様の前で無理に屁をひろうとすると糞が出る︒爺は︑処罰として

切られる︒隣婆は褒美が貰えると思って︑家具・衣類を焼いてしまう︒隣爺が血だらけになって帰ってくる︒隣

爺は貧しくなる︒

語り手の在所である長野県では︑期待に反して収穫の得られないときに︑侮蔑語として﹁野糞焼き﹂という言葉を

用いる︒この事例は︑殿様からの褒美が隣爺に与えられるものと確信した隣婆が︑不要なものを焼いたので︑この言

葉をもって話の

!

落ち

"

めるあが徴特にろことるれら認にが化話笑の話昔︑りおてし︒

まず︑付表の中から︑この中では比較的語りの充実︑安定した事例として︹事例

滷︺を取り上げ︑この事例に即し

― 35 ―

昔話の話型と語り

(6)

て基本的な事項を抽出すると︑次のようである︒先に記したように︑事項は︑﹁動作主+行動﹂という形式をとるも

のと定義しておきたい︒

爺は山へ出掛け︑木を切る︒

爺はヤマガラに飯を食べられる︒

爺は怒ってヤマガラを呑み込む︒

爺が木を切ると︑爺の臍から尾が出る︒

爺が尾を引くと︑めでたい屁が出る︒

爺がもう一度尾を引くと︑めでたい屁が出る︒

爺は殿様の木を切る︒

爺は殿様から咎められ︑屁をひるよう命じられる︒

殿様の前でめでたい屁をひり︑褒美をもらう︒

隣爺が真似をして山に出掛け︑木を切る︒

隣爺はヤマガラに飯を食べられる︒

隣爺はヤマガラを

鐓んで食べてしまう︒

隣爺は木を切るが︑臍から尾は出ない︒ 昔話の話型と語り

― 36 ―

(7)

隣爺は屁をひろうとするが︑屁は出ない︒

隣爺は殿様の木を切る︒

隣爺は殿様から咎められ︑屁をひるよう命じられる︒

隣爺は殿様の前で糞を出し︑罰として切られる︒

隣爺は︑隣婆が家具を焼いてしまい︑貧しくなる︒

これらの事項の中で︑さらに根幹をなす事項を取り出し︑事項の中に含まれている説明的部分を除くとともに︑語

られる出来事を因果関係において整理すると︑次のような基本的事項が抽出できる︒

爺がヤマガラを呑み込む︒

爺は殿様の前でめでたい屁をひる︒

爺は殿様から褒美をもらう︒

隣爺はヤマガラを

鐓んで食べる︒

隣爺は殿様の前で糞を出す︒

隣爺は殿様から罰せられる︒

― 37 ―

昔話の話型と語り

(8)

このように︑話柄の表現の次元から抽象性を高め︑事項を構造化すると︑原理的に予想される事項の連鎖が見出せ

る︒

つまり︑このような事項の連鎖から除外された事項︑すなわち︑爺は殿様の木を切る︑爺は家来から咎められる︑

爺は殿様から屁をひるよう命じられる︑などという応酬は︑主要な事項を導くために機能する︑二次的な事項であ

る︒それらは話型を構成する基本的な事項に対して︑説明的な事項であるといえる︒

また︑取り出した事項そのものの中でも︑

爺は︵怒って︶ヤマガラを呑み込む

を例に挙げると︑﹁怒って﹂は爺がヤマガラを呑み込むための理由付けになっているだけで︑事項の主要部分ではな

いことが分かる︒

いうまでもなく︑爺が木を切る﹁お殿様の屋敷﹂という表現は︑語りの歴史性を帯びている︒また︑爺の飯を食べ

てしまう﹁ヤマガラ﹂は語りの地域性を帯びている︒構造上では単に﹁鳥﹂であってもよい︒貧しい爺が富める爺に

転換することが昔話の構造である︒いわば並んだ事項の第二項が︑爺に転換をもたらす︒この転換を媒介するのが︑

屁のめでたい音である︒あるいは︑もっと直接的に︑黄金をひることと︑糞をひることとが︑対照的に語られること

があってもよい︒すなわち︑

爺が山へ行く

爺が鳥を呑み込む 昔話の話型と語り

― 38 ―

(9)

爺が黄金をひる

隣爺が山へ行く

爺が鳥を

鐓んで食べる

爺が糞を出す

という事項の配列も想定しうる︒このような事例があるとすれば︑より原形的な構造かもしれない︒

今︑考察の対象として据えている実際の語りの︹事例

滷をとうらもを美褒らかるひ屁︺で前の様殿︑はていおにい

うふうに配置されているのであって︑他の具体的な語りの事例において︑爺が単独で黄金をひり出すものがあっても

構わない︒実際の語り口は︑そのような原形に基いて︑歴史的条件や地域的条件によって異文

variant

を生じさせ

る︑と捉えることができる︒

付表﹁昔話﹃鳥呑爺﹄対照表﹂について︑語りの四つの事例を比較することによって︑まず直ちに了解されること

は︑︹事例

漓雑としてはいささか粗と語もいえる︒例えば︑りば︺短が他に比べて極端にいらことである︒いうな爺

の尻から出るめでたい詞︑唱え言が︑

1 2

1 4

において︑殿様の前では

2 1

2 3

事︹︑がだのるれさ復反ていおに例

漓︺

では爺の

1 4

と︑隣爺の

2 3

が音声言語として昔の話の特質であるとといこれにおいては省略さてないる︒反復を厭わす

るならば︑︹事例

滷るいならなばれけなわいとい︺てぎすぎ急を先はり語の︒

― 39 ―

昔話の話型と語り

(10)

これに比べて︹事例

滷︺や︹事例

澆し当たらない︒た評がって︑︹事はう︺短は︑必ずしもいいとか︑粗雑とか例 漓︺から︹事例

潺ととか成熟したいしうことはないた弱︺にに至る五年間︑衰語り手の語りが︒

そのように理解した上で︑適宜細分化した事項ごとに︑個別の検討を加えると次のようである︒

まず︑1は冒頭句である︒

︹事例

漓にてよい︒周知のよう柳考田国男は昔話が冒頭えと︺るは冒頭句を欠いていがの︑本来備わっているも句

を不可欠とし︑伝説はこれを欠くという︒この場合は恐らく︑語りの場の一回的なありかたに関係して省略されてい

ると見られる︒

2は︑主人公としての爺の紹介である︒

︹事例

潺定立項において設さうれている︒︹事対い︺深は︑主人公が欲いと/欲深くない︑例

漓︺は貧乏/裕福︑と

いう対立項︒︹事例

滷直ない︑正直/不正と深いう対立項が混在く欲︺とは︑良い/悪い︑い/う対立と︑欲深いし

ている︒︹事例

澆複う対立項が混在・合としている︒このようい︑︺いは良い/悪い︑とう福対立項と︑貧乏/裕な

語りの揺れの中に︑この昔話の語りの基層と表層もしくは新層が見てとれる︒すなわち︑単純化すれば︑

貧乏/裕福基層をなす対立項の設定︒

正直/不正直新しい層︒倫理的な対立項の設定︒

欲深い/欲深くない新しい層︒倫理的な対立項の設定︒ 昔話の話型と語り

― 40 ―

(11)

というふうに整理することができる︒

﹁じじい﹂という呼称は︑このすべての事例に認められるが︑︹事例

滷おが称呼ういと﹂じ﹁︺かのなえ違り語に見

える︒これは︑近世農村における民俗語彙である︒経済的に貧困な農村にあって︑結婚することを許されず︑季節的

な労働力として確保されている次男・三男たちを呼んだ言葉であることはすでに広く知られている︒この語り手の事

例では︑昔話﹁鶴女房﹂の主人公が﹁おじ﹂と呼ばれている︒ここに掲げた昔話﹁鳥呑爺﹂の事例の範囲では︑﹁じ

じい﹂︵爺︶として安定していると見てよいだろう︒

3は︑﹁小春日和﹂に︑爺が山へ木を切りに行ったという︒これは︑﹁爺+山で木を切る﹂という︑昔話の基本的な

事項に対する︑説明的部分と考えられる︒さらに︑︹事例

潺だ手き聞が手り語︑は﹂よき︺とだんけのこどうょち﹁に

対してなされた二次的説明である︒﹁語り﹂とは﹁説明する﹂という機能をもつ

ことは知られているが︑説明には

次元の異なる二層があることが分かる︒

4は︑﹁そばかい餅﹂という食物とそれを包む﹁朴の葉﹂とはどういうものか︑旅行者であるわれわれ聞き手にな

された説明的部分である︒これも︑3における昔話の基本的事項の説明と異なり︑二次的説明である︒そのことから

すると︑︹事例

澆︑い単純な語り口が昔え話の場における本来な加︺いのように﹁そばか餅も﹂について何の説明的

なものと考えられる︒

またここには︑﹁ケッケッケッケッ﹂と擬音語が見られる︒これは粉を湯で溶かせるときに用いられている︒この

擬音語は︑機能的には事項を構成する主人公の動作に還元されうる性質のものである︒つまり説明的部分に含まれ

る︒この擬音語は︹事例

潺︺だけに見られる︒

― 41 ―

昔話の話型と語り

(12)

この語り手は︑他の昔話においても擬音語が特徴的である︒例えば︑昔話﹁尻鳴り箆﹂において︑男が箆で尻をか

くときに︑同じこの擬音語が認められる︒擬音語・擬態語は日本語の特質であるが︑この語り手に限られないのかも

しれない︒特に多用され︑かつ語りのおもしろさを演出している︒

5は︑語り口に少々の異同はあるが︑木の株に飯を置いて木を切るという内容は変わらない︒

6は︑いずれの事例においてもヤマガラが飯を食べる音を﹁チィチィチャンチャンチィチィチャンチャン﹂と表

現している︒4の粉を溶かせるときに用いられる﹁ケッケッケッケッ﹂という擬音語に比べて︑ヤマガラが飯を食べ

る擬音語は︑常に安定してリズミカルに語られるので︑この昔話における語りの鍵であり︑記憶の鍵でもあると考え

られる︒

7は︑爺が怒ることの説明的部分である︒また︑ここには4と同じ﹁ケッケッケッケッ﹂という表現が用いられて

いる︒この場合は︑走って追い掛けて行くさまを示す擬態語である︒

8は︑怒った爺が鳥を呑み込むところであるが︑後の隣爺と語り分けるために︑﹁呑む﹂という言葉は不可欠な語

句である︒︹事例

滷︺は﹁丸呑みに呑んだ﹂︑︹事例

澆ん事︹︑﹂だんのし︺でみ呑るま﹁は例

潺︺は﹁しんのんだら﹂

とある︒︹事例

漓としながら﹁呑む﹂いしう語句を用いることか︒︺てだけが﹁皮をむい食るった﹂と語られていが

基本的な語り口だと考えられる︒おそらく話型の構成においても︑このような﹁しんのむ︵丸のまま呑み込む︶﹂と

いう語句が具体的に配置されるべきことが指摘できる︒

9・

1 0

ヨモヨモヨモヨ﹂もしはく︑﹁ゴヨゴヨ﹂などとモ︒﹁がは︑爺の臍から鳥の尾出るてくる説明的部分であい

う擬態語も不可欠である︒ 昔話の話型と語り

― 42 ―

(13)

これに対して︑︹事例

潺伴という擬音語をっイている︒また︹事﹂ジ︺るにだけ︑木を切さイまを﹁ジイジイジ例 澆しる︒これらは語り口とてては不安定なものであるいっ︺コにだけ︑鳥の尾が﹁ボボ伴コ﹂出てくると擬態語を︒

1 1

もしくは﹁チュンチュ﹂ンという擬音語を伴って︑態語には︑尾を引っ張るきとも擬︑﹁ツンツン﹂というい

る︒これは語り口として安定したものである︒

1 2

異なり︑音律をもって歌われる部分である︒この部はと分︒は︑鳥の屁の音であるこ部の部分は︑他の語りの分

は︑動作に還元することはできない︒独立性の強い表現である︒すなわち︑この部分は他の擬態語や擬音語に比べる

と︑この語り手にとって一字一句異同のない︑はるかに安定した伝承的表現である︒私は︑このような音律を伴う句

を唱え言と呼んでいる

いわずもがなのことであるが︑これはオノマトペではない︒また﹁聞きなし﹂というよりも︑音そのものが意味を

具有し︑異界との交渉において出来事を具現させるところが︑オノマトペとは異なっている︒

ちなみに︑﹁ビビイビイビイ﹂は︑別の機会における語り手の注によると︑糸巻き機を動かし糸を紡ぐときの音で

あるという︒これも記憶の鍵となる言葉である︒

1 3

1 4

同じように︑めでたいが音出たことによって︑め度二︒をは︑屁のめでたい音確るかめる働きをもっていで

たい音は偶然の現象ではなく︑臍の尾を引けば必ずめでたい音が出るという因果関係のあることが確認される︒まさ

にこの唱え言は︑それゆえにこそ一字一句揺るがせにできないものである︒やはり︑この屁の音は︑この昔話の語り

の鍵であるとともに︑記憶の鍵であることが明らかであるといえる︒

1 5

ということそのものにはあまり意味はない︑ない様は︑珍しい音を殿にい聞かせないともった︒

1 6

で︑殿様の木

― 43 ―

昔話の話型と語り

(14)

を切りに行くのは︑殿様の目に止まるべき動機付けと考えられる︒爺が殿様の前で屁のめでたい音を聞かせることが

基本的事項である︒そのためには︑爺が殿様のもとに出かける理由付けが必要である︒

1 5

1 6

も︑基本的事項に対す

る説明的部分である︒

1 7

から

1 9

で経過に関する説明的部分である︒この問答はまるせ前もまた︑爺が殿様のでか屁のめでたい音を聞︑

︹事例

漓︺から︹事例

潺くは実にテンポよ︑口リズミカルであるでり︺欠に至るまで︑不可で語ある︒この部分︑︒

問答全体をそのまま語り手が記憶していると推測される︒

2 0

の失敗とが対照をなすように構成するために︑細部爺隣︑口は︑爺の時と同じ語りにとなっている︒爺の成功を

一致させることで︑爺と隣爺との運命の分かれがどこにあるかを明示しようとしている︒

2 1

2 3

みごとにめでたい音のを屁ひることができる︒尻てしにたは︑予め試しておいと実おり︑殿様の前でも確が

唄を歌う︒汚い場所としての尻が︑逆にめでたい詞を出すという対極性をもつところにこの昔話のおもしろさがあ

る︒

昔話﹁屁こき嫁﹂のような笑話における屁の音は︑いわゆる聞きなしであるが︑この昔話では︑屁の音そのものが

壽詞としての唱え言の意味を含んでいる︒このような違いは︑柳田の規定を借りれば︑笑話と本格昔話との質的違い

にかかわる︒

ちなみに︑ゴヨとは﹁御代﹂もしくは﹁御世﹂であり︑伝承されてきた昔話の遡及される歴史的基盤として想定さ

れる近世幕藩体制下では︑天皇の代であるよりは将軍家の世と見るべきか︒あるいはもっと地域に密着した領主の治

世をいうと見るべきかもしれない︒いずれにしても﹁こがねザラザラごようのおんたから﹂は主君の繁栄を讃美す 昔話の話型と語り

― 44 ―

(15)

る壽詞である︒

2 4

るあで項事的本基ういと︑う貰を美褒らか様殿は爺︑は︒

2 5

末に当たる︒語前り半の結末である結なるぶは︑爺は婆と喜︑福昔話における幸︒

2 6

事︹︒るあで半後のり語︑敗失の爺隣︑が下以例

潺︺と︹事例

滷﹂たっ行てし参持を餅︺いかばそ﹁が爺︑はの

に対して︑隣爺は﹁どうばく飯﹂を用意している︒つまり隣爺は飯の種類にこだわっているが︑屁の出る仕掛けには

気を使っていない︒ここに隣爺の失敗の原因が示されている︒

2 7

き木を切るのでなければならない︒説明的部分とし行へ山ては︑語りの実態においはも不安定であるが︑隣爺て

は必要なものであろう︒

2 8

から

3 5

るれら語てしとのもるすを動じ行同は爺隣に様同と爺︑はでま︒

ただし︑

2 9

ずま込み呑にうよの爺を鳥は爺隣︑はけだ︑

鐓運うましてけ分り語を命のん者両がれそ︒うましで︒

︹事例

滷しどうばく飯﹂を用意てはいる︒しかし他の事例﹁爺︺餅では爺が﹁そばかい﹂隣を用意したのに対してを

参照すれば爺と隣爺の運命の分岐点は食物の違いよりも︑尻から音の出る仕掛けに隣爺が注意を払っていなかったこ

とにある︒

2 8

から

3 5

めたるとを動行同じは爺隣と爺でま︑

2 9

み呑﹁︒るいてれらけ掛に仕うよるれさ意留が同異の込

む﹂ことと﹁

鐓口るいてっなに欠可不てっとにりむ語︑が違相の現表ういととこ﹂︒

3 6

隣爺にもたらされる結果が対照的に示される基本的と爺︒りは︑隣爺が糞をひった︑る本物の屁をひったりす事

項である︒

3 7

3 6

事︹︒うましてれら切てとし罰処らか様殿︑くじ同と例

潺︺では﹁パチャーッと﹂︑︹事例

漓︺と︹事例

澆︺

― 45 ―

昔話の話型と語り

(16)

とは﹁バターン﹂とあり︑︹事例

滷殿れがあるが︑様はが尻を切られる揺に︺ンでは﹁スパーて語﹂とある︒擬態こ

とは基本的事項として不可欠である︒

なお︑昔話の語り口として︑ここで終結していてもおかしくはない︒この語り手の昔話﹁鳥呑爺﹂は︑

3 8

の﹁えぐ

そ焼き﹂という言葉とむすびつけるところに特徴がある︒

3 8

うましてい焼を類衣や具家てしにてあを美褒が婆隣︑は︒

3 9

るくてっ帰てっなけにらだ血は爺隣︑は︒

4 0

るわれわれに対する語り手の説明である︒また︑火あで者いは︑﹁えぐそ焼き﹂とう査民俗語彙について︑調を

炊く擬態語として﹁ドンドンドンドン﹂という言葉が︹事例

潺︺にも認められる︒

4 1

というのが基的本事項であろうるにな口は︑この語りで乏は︑隣爺が貧︒

4 2

事︹︑もれこ︒るいてし示を訓う教いと︑いなけいはでりば欲︑は例

潺︺と︹事例

澆︺とに見られ︑語り口とし

ては不安定である︒

4 3

は︑結末句である︒︹事例

潺にるれら見とるいてけ欠みの合︺場のこ︑がいなれら見はに︒

このように見ると︑昔話﹁鳥呑爺﹂の語りは︑隣爺型の話型を基本的な原理として︑爺と隣爺を︑対照的に分けて

いるのはまず︑唱え言の有無である︒

唱え言の有無を対照的に配置しつつ︑不可欠な基本的事項を話型の上に配置するとともに︑これに対する説明的部

分が層をなして構成され︑その総体が冒頭句と結末句によって縁取られているということができる︒ちなみに︑不可

欠な事項において︑擬態語や擬音語が結合している場合と︑そうでない場合があることはいうまでもない︒ 昔話の話型と語り

― 46 ―

(17)

︵三︶昔話のモデルと昔話の構成分析

かつてそのような隣爺型昔話の表現における構成的な層序のさまを旧稿においてモデル化する試みを示したことが

ある

よが︑それは次のうしな構成であったた略︒もここでは表そのの省を掲げることは︒

基本伝承

1伝承形式

冒頭句

転換句

結末句

2共通伝承

語り

唱え言

付加伝承

地名・人名

生活表現

― 47 ―

昔話の話型と語り

(18)

補足説明

表出

音声

所作

ただ︑この構成案には欠点があった︒ひとつは︑図表上︑基層ともいうべき基本伝承が上︵右の方の項を表の上に

置いた︶になり︑表層ともいうべき付加伝承や表出に関する部分が下︵左の方の項目を表の下に置いた︶に位置する

ために︑基層・表層の印象が逆転してしまい︑分かりにくくなってしまったからである︒

もうひとつの欠点は︑厳密を期すゆえ︑あまりにも表現の構成をみる区分を細分化しすぎたために︑伝承の重層す

る全体像を捉えにくくなったきらいがある︒

そこで︑問題を分かりやすくするために︑構成を単純化し︑

1話型に関する基層的部分

2表層をなす説明的部分

とに区分することにした︒それが今回本稿の末尾に付した﹁付表昔話の構成層序﹂である︒すなわち︑昔話が表現

において次のような構成をとるものとして︑改めて提案したい︒

伝承句 昔話の話型と語り

― 48 ―

(19)

冒頭句・転換句・結末句

表層

所作

二次的説明

基層

一次的説明

擬音語・擬態語

事項

唱え言

あるいは事項の連鎖の中に唱え言が組み込まれるとすれば︑最も下層に事項を置くべきかもしれない︒いずれにし

ても昔話が表現体として構成されていることをこのような作表の中で明らかにしたい︒

︵四︶伝承的表現としての唱え言

伝承的表現とは︑日常的な言葉を超えた意味や機能をもつ表現である︒それは︑それ自体がひとつの表現として安

定した独立性をもち︑新たな文献に織りこまれることによって伝えられるような属性をもつ言葉である︒翻刻された

資料においては読むかぎりでは見えにくいが︑実際の語りの場においては語り手が唱え言の部分を︑語るのではなく

― 49 ―

昔話の話型と語り

(20)

歌うので︑音律性を備えた伝承体であることは明らかである︒その意味で︑昔話における唱え言は伝承的表現の一つ

である︒このような唱え言は特に行事において顕著にみとめられる

伝承的表現は︑文献の中にも︑音声言語をもって語られる昔話にも見出されるものである︒さきに︑いわゆる昔話

﹁鼠浄土﹂﹁瘤取爺﹂を対象として︑昔話を構成する枠組みとその内容が︑表現構成において具体化されるということ

を明らかにした

す︑唱え言を基軸とる同昔話である︒いわゆ様と︒﹁﹁鳥呑爺﹂もまた︑鼠ど浄土﹂﹁瘤取爺﹂なる

﹁隣爺型﹂と呼ばれる昔話の一つである﹁鳥呑爺﹂を対象として︑伝承的表現としての唱え言の表現の本質を考えた

い︒

もともと﹁唱え言﹂という概念は︑柳田国男によって提唱された民俗学のものであった︒それは︑文献の内在的な

語彙としてであるよりは︑方法上の概念であったといえる︒

柳田は︑﹁口と耳とで承け継いで居る昔のものゝ全体を総称﹂して﹁口碑﹂と呼ぶ︒そして﹁口碑﹂を﹁ある人あ

る土地ある物に付与した言葉﹂︑﹁土地々々の物言ひ﹂︑﹁諺﹂︑﹁謎言葉﹂に加えて︑第五番目に唱え言を上げる︒

トナヘゴトといふ一類を設けなければならぬ︒唱へ言も外形は諺とよく似て︑現に其中に編入せられて居るも

のも多いが︑その最初の用途は著しく異なつて居た︒此方は寧ろあまり多くの他人に知らせぬのを利とし︑知っ

た者同士の仲間ならば格別︑さうで無ければ口の中で唱へるのを例として居た︒つまりは諺が人と人との交通で

あるに反して︑これは神または霊を相手としたコトワザであつた︑呪文と謂つて居たものゝ系統に属するからで

ある

という︒柳田は﹁トナヘゴト﹂もしくは﹁唱へ言﹂を﹁神または霊を相手としたコトワザ﹂であるとみる︒柳田が 昔話の話型と語り

― 50 ―

(21)

﹁唱へ言﹂を問題とするのは﹁国語と民族心理との関係を見直すべき必要﹂からであった︒

唱へごとが我々のコトワザの最も古い形の一つであるにも拘らず︑常に時代と共に其形態を改めつゝ︑しかも

未だ曽て語音遊技の末技に走らなかつたといふことは︑此意味に於て今からでも考察するの価値があると思

とする︒そして﹁我邦の唱へごと﹂は﹁最初呪法の目的に出でたことは同じ﹂でありながら︑﹁個人の秘伝に属する﹂

﹁呪文﹂はトナヘゴトにはあたらないとして︑

本来の唱へごとには︑無意識の誤伝はまゝあるが︑兎に角に定まつた形を具へて誰にでも聴かしめ︑それを又

必要な折にのみ繰返して居る点は︑頗る我々が想像して居る神話などゝいふものと近い︒しかも現存のものは︑

何れもいつの間にか古代の表現法を改めて︑近代の国語に依らうとして居る

とみる︒さらに︑﹁昔話が︑本来形式を重んずる口碑であったこと﹂をいうとともに︑﹁歌謡や語り物に定まつた節調

があり︑諺や唱へごとのやうな単純な文句にまで︑尚その為の句法語法があつたこと﹂を指摘し︑﹁昔話﹂が﹁たゞ

自由に事柄だけを覚えて居たものゝ如く︑思つて居る人が少なくは無い﹂ことを指摘する︒それは﹁重要な辞句を記

憶せしめて︑其他を自然の再現に放任してあつた結果﹂であるとみる︒その一例として︑

例の﹁屁ひり爺﹂の尻の鳴る音などは︑殆と村毎に其文句が変化して居つて︑しかも遠方の地にまでまだ一部

分の一致が残つて居るのは︑是が本来は説話の不変分子であつた證拠である︒ところが如何に厳密に其形式は保

持せられて居ても︑そればかりではなほ説話を元のまゝに伝へられなかつたことは︑其前半の方を比較して見る

とよくわかる︒︵略︶元は瘤取りや笠地蔵と同様に︑此音を愛して悦んで恩恵を垂れた者は︑恐らくは神霊であ

― 51 ―

昔話の話型と語り

(22)

つたらうが︑是は自由に話し得る点なるが故に︑後には村内生活の有り得べき逸話のやうな形をとり︑従うて屁

の文句の如きも︑呪言の意を去ること遠くなつてしまつたのである︒︵略︶この口拍子でくり返された若干の応

答や唱へごとだけは︑比較的古いものが鮮かに浮き出して居る

という︒柳田は﹁屁ひり爺﹂の﹁尻の鳴る音﹂に唱え言をみる︒爺に﹁屁の鳴る音﹂をもって﹁恩恵を垂れた者﹂に

﹁神霊﹂をみようとする︒そして﹁呪言﹂としての性質を見るとともに︑伝承の古層性を見ようとすることが注意で

きる︒

すでに知られているように︑室町時代の文献である御伽草子﹃福富草紙﹄は︑昔話﹁鳥呑爺﹂の唱え言とほぼ同じ

表現をもって伝えられている︒はやく︑岡見正雄氏は︑

所謂御伽双紙と昔話との関係は案外に深い︒︵略︶今は妙心寺春浦院の国宝福富双紙絵巻が屁つぴり爺の昔話

の文芸化である事を述べたい︒昭和九年の正月妙心寺本の原絵巻の中に﹁あやつゝにしきつゝ﹂の文句のあるの

を見て幼時秋田生れの祖母に聞いた昔話に連想が走りビックリして︑後で柳田先生に申しあげ︑一寸発表した事

もあるが︑先生から昔話研究誌上にも書く様にとの御話であつたからのべさせていたゞく︒先生はかつて﹁竹取

翁考﹂を発表された時に︑又竹取爺の昔話との関係に言及されて居られるが︑四五百年前にも文芸化がなされて

居り︑それが即ちこの絵で見る昔話福富双紙であつた

と指摘されている︒

その春浦院蔵本﹃福富草紙﹄を改めて引用すると︑次のようである︒

五条のわたりに︑たかむこの秀武といふ物ありけり︑妻男させる事も︑なかりけれは︑とし月をふるまて︑い 昔話の話型と語り

― 52 ―

(23)

とわひしくてなん過ける︑九月の中の十日の程に︑夜寒にていもねられす︑うす綿の衣を︑中引にひきて︑あか

しくらすほとに︑秀武に妻の云様︑この七条にある物は︑いかにまれにも︑たゝある物はなし︑太刀作︑銅細

工︑蒔絵師なり︑わぬしは︑年をふれとも︑いといたつらにてことはあめれ︑いまは︑たれも老て︑ちかき所

の︑ありきたにも︑えせぬは︑仏神にも︑つかうまつらさめり︑なにしにかかへ︑

極貧の﹁秀武﹂は︑媼から﹁さえの神﹂への物詣を勧められる︒そして夢告を得る︒

︹秀武︺とし月の︑すくるまゝに︑貧窮にせめられて︑せんはう侍らねは︑もしやとて︑ある御社に︑朝こと

に七日まいりて︑祈申しるしにや侍らん︑この暁の夢に︑くろかねの鈴の︑小柑子はかりなるを︑給はると︑み

侍りつる︑いかなる事にか侍らん

︹陰陽師︺いてこの御夢は︑いとかしこき︑ゆめなり︑暁のゆめなれは︑とく︑かなひ給なん︑身のうちよ

り︑おもひの外なる︑こゑいてきて︑それにより︑よき人の︑御志かうふり給て︑老の幸や︑ひらけ給はん

と秀武は﹁くろかねの鈴﹂を授けられる︒これを︑秀武が振ると︑次のような壽詞を手に入れることができる︒

︹秀武︺ゆめは︑あはせからなり︑まさしく︑あはせたまひたる事なりかし︑ひりて︑きかせたてまつらん

︹秀武︺あやつゝ︑にしきつゝ︑こかねさら

! "

︹陰陽師︺あはれ︑希有の事かな︑なにかしとも申さし︑よくあはせたりかし

とある︒柳田は︑﹁正直爺が放屁の徳を感受した因縁なども︑福富草紙では道祖神に祈請し︑夢を見︑婆が合わせた

ことになつて居るが︑それを固有の型と見られぬのは勿論である﹂︑﹁今見る各地方のへこき爺話は︑すべて皆鳥との

交渉を具へて居り︑神に祈つて得たといふものは一つも無い﹂とされる

関食もうど︑は係の︒と鳥と爺﹁てしそ物

― 53 ―

昔話の話型と語り

(24)

としてでは無かつたらしいのである﹂とみる

いもに何如はと授神の想夢﹁てつ︒に﹄紙草富福﹃は氏郎五甚田臼中

世的である﹂とみる︒そして﹁どうしてかういふ不思議な芸才を持つたのか︑それは神授の才であると説く昔話があ

つてよさそうに思ふのだが︑その後も出て来ない﹂とされている

﹁にせわ合夢は﹂武秀︑︒ていおに﹄紙草富福﹃よ

って︑﹁あやつゝ︑にしきつゝ︑こかねさらく﹂と屁をひることができるようになる︒そのような唱え言が何によっ

てもたらされたかを︑昔話は必ずしも説明しないけれども︑早く岡見氏が指摘されたとおり︑昔話﹁鳥呑爺﹂の唱え

言は︑基本的に﹃福富草紙﹄と同一の表現をもつ︒すなわち昔話﹁鳥呑爺﹂の唱え言は﹃福富草子﹄の事例とは表現

においていささか異なるが︑歴史的な文献に表現として共有されていることを確認できるとすれば︑この唱え言の存

在が室町期に溯ることは明らかである︒

柳田は︑﹁小縣郡民譚集の伝承では︑爺が我から﹃へつぴり爺がまァかつた﹄と振れて歩きながら殿の行列に路で

行逢ふので︑是などはよつぽど古風で且つをかしい﹂とされ︑爺が答えた言葉を並べる︒そして﹁共に尻鳴の功名に

よつて長者となり得た話﹂が︑﹁久しい伝統に依拠することを示すからである﹂と説き︑﹁さういふ古い形は︑一人だ

つて今は之を記憶する者がない﹂という

は当がのふいと録筆ろ寧もりよん言︒草さらに﹃福富紙と﹄を︑﹁作品つ

て居る︒興味の中心も話によつては時代と共に少しづゝずれ動いて居るが︑この竹伐爺の尻鳴りの音ばかりは︑聴か

ずにしまつては話にならなかつたのは勿論︑さう奇抜に改めてしまふことも出来なかつたかと思はれる﹂とみる︒そ

のような﹁尻鳴りの音﹂を比較して︑﹁福富期の旧型の侭を保存して居るものが見出された﹂という

︒あるいは

﹁例の﹃屁ひり爺﹄の尻の鳴る音などは︑殆と村毎に其文句が変化して居つて︑しかも遠方の地にまでまだ一部分の

一致が残つて居るのは︑是が本来は説話の不変分子であつた證拠である︒ところが如何に厳密に其形式は保持せられ 昔話の話型と語り

― 54 ―

(25)

て居ても︑そればかりではなほ説話を元のまゝに伝へられなかつたこと﹂をいう

︒そのような指摘に︑唱え言と昔

話のありさまは言い尽くされている︒

つまり︑昔話﹁鳥呑爺﹂にみとめられる唱え言は︑中世に淵源をもつまさに伝承的表現ということができる︒とり

わけそのような唱え言は︑壽詞の伝統にたつものである︒柳田は︑﹃福富草紙﹄における屁の音について︑

綾と錦と黄金との三くさは︑古来凡人の最も貴しとした財宝であつた︒それがつうくと引きほどかれ︑又はさ

らくとこぼれ出るといふのは︑つまりは昔話の取れども尽きぬ宝を︑鮮明に耳に訴へようとした言葉であつた︒

斯程めでたい物の響きを︑短い句で表はす音は他には有得ない

という︒綾と錦と黄金と︑言葉を重ねることによって︑溢れるような福や幸を表現する定型的な表現であると見る︒

臼田甚五郎氏は︑佐々木徳夫編﹃むがす︑むがす︑あっとごぬ﹄所収の佐藤貞枝氏︵宮城県仙台市︶の語る昔話﹁屁

ったれおずんつァん﹂について︑﹁となり村の金持ず﹂の家で隠居から求められた爺が屁をひるに際して︑﹁一番注目

しなければならないのは︑放屁の前にとなへ言をすることである︒︿綾あ︑ちゅう︑ちゅう︑錦さらさら︑ごよう

︵御代と見られる︶のお宝︑持って参りすた﹀のとなへ言は︑幸をもたらす春のことぶれの寿詞である︒放屁の芸能

も︑祝福してまはる巡遊伶人の様態をとつて成り立つてゐたことを示してゐる﹂と説く

︒そのときに︑﹁綾あ︑ち

ゅう︑ちゅう﹂以下の唱え言と︑鳴らした屁の音とは同義であるといえる︒

そのような唱え言を︑田中瑩一氏は昔話における﹁うた﹂と捉えられた︒田中氏は︑昔話にみられる﹁うた﹂を分

類し︑その中に﹁描写としてのうた﹂があるとみる︒その中に︑﹁音について描写する﹃うた﹄﹂と︑行動について描

写する﹃うた﹄﹂があるとみる︒田中氏は昔話﹁竹伐爺﹂の﹁錦ぞろぞろ﹂や﹁備後備中びり備中﹂︑昔話﹁小鳥と

― 55 ―

昔話の話型と語り

(26)

鬼﹂の﹁ひんよこひよ鳥﹂は﹁音について描写する﹃うた﹄﹂であるとして︑次のように説かれる︒

これらの﹁うた﹂に含まれる﹁錦﹂や﹁黄金﹂などの財宝を暗示する単語︑それが﹁ぞろぞろ﹂﹁さらさら﹂

と出てくるという措辞︑あるいは﹁丹後但馬︑備後備中﹂といった領地を暗示する地名等によって︑それらの音

が幸運︵富︶を招来するたねであることが象徴的に表現されているのであろう

そのような昔話における唱え言には︑地域的な特徴もあるとみられる︒三谷栄一氏は﹁中部地方から関東︑奥羽に

かけての竹伐爺は多く小鳥が爺の腹の中に飛込んで︑美しい音の屁を出すやうになり︑それにより幸福を得るといふ

所謂﹃鳥呑爺﹄の語が多く︑近畿以西のそれは︑その爺が竹を伐つてゐる所に︑そこを通りかゝつて咎める者︵山の

神カ︑殿様︶があつたが︑爺の特殊な屁の技能によつて却つて相手を感心させ︑褒美を貰ふといつた趣向で︑全く笑

話化してゐるのであるが︑ともにその致富の過程に面白さをもたせるために︑地方的に異った展開をしたものと思は

れる﹂とみる

はるのだという説明︑て遊戯性を得意とする出っ︒爺めでたい屁の音は︑がよ鳥を呑み込むことに︑

まさに昔話のものである︒それが︑柳田のいうように︑昔話﹁竹伐爺﹂から﹁鳥呑爺﹂へと展開をとげた可能性もあ

りえよう︒そのときに︑そのようなめでたい屁の音の表現そのものが︑昔話の説明というものの変容とは別個に︑受

け継がれ伝えられるところに︑伝承的表現としての唱え言の本質がある︒

確かに昔話﹁鳥呑爺﹂は岡見氏の紹介された御伽草子と酷似しているから︑昔話がお伽草子から成立した︑あるい

は影響を受けて出来たという論理は妥当であるように見える︒

しかし私は︑この一点に疑問をもつ︒すなわち︑過去のある時期に御伽草子から影響を受けて昔話が成立したとし

ても︑現在においてなお︑昔話の語り手が常に記憶と再生を繰り返し得るということを説明することはできない︒か 昔話の話型と語り

― 56 ―

(27)

つて柳田が音声言語による伝承の世界があるということを証明しようとしたように︑音声言語による昔話独自の表現

の仕掛けと仕組みを明らかにしたいと考える︒つまり昔話が一回一回の語りにおいて現前するという事実から︑昔話

の表現そのものの原理を解明することができるのではないかと考える︒そのために︑御伽草子との影響関係をいった

ん留保して切り離し︑現在残っている採録資料から帰納的な方法によって分析を加えたい︒

︵五︶昔話﹁鳥呑爺﹂の唱え言

早くから先人たちの採訪によって記録されてきた昔話採録資料

のし成作てい基に現表言をえ唱︑に間の忽卒︑た

ものが﹁付表昔話﹃鳥呑爺﹄唱え言の分類﹂である︒昔話﹁鳥呑爺﹂において︑唱え言は次のように分類できる︒

A御代の御宝+1綾ちゅうちゅう錦さらさら

+2綾ちゅうちゅう黄金サラサラ

+3チンポンカラリン

+4ピピンピヨドリ

B御代の宝持ち+1あらやちょうちょうこらやちょうちょう錦さやさや

+2錦さらさら

C御代の盃+1綾ちゅうちゅうこやちゅうちゅう錦さらさら

― 57 ―

昔話の話型と語り

(28)

+2綾ちゅうちゅうこやちゅうちゅう

+3粟ちゅうちゅう米ちゅうちゅう

D五葉の松+1綾ちゅうちゅう錦さらさら

+2錦さらさら

+3チンチクリン

+4ヒュヒュラヒュ

E黄金ザクザク+1綾ちょうちょう

+2ちちんぷいぷい

F君の御祝い+ちちんぱいぱい

Gうたぬ太鼓の鳴る太鼓+つんつんからり

Hしじゅうから+すっぺらぽん

Iぴよどり

Jうずら

Kホーホケキョ

Lピーヒョロ

Mチンチロリン

Nちょうちょう 昔話の話型と語り

― 58 ―

(29)

O︵囃し言葉︶

右の分類表において︑A︱1として掲げた︑﹁御代の御宝持って参ろう﹂と﹁綾ちゅうちゅう錦さらさら﹂との組

み合わせによる表現は︑現在に伝承されている昔話に組み込まれた唱え言の最も古態とみることができよう︒﹁綾ち

ゅうちゅう錦さらさら﹂は︑室町時代に遡る御伽草子の﹁あやつゝ︑にしきつゝ︑こかねさら

! "

﹂における︑綾・

錦・黄金という言葉を重ねることで壽詞と呼ぶことのできるものに相当する表現だからである︒そのような綾・錦・

黄金をもてはやし讃えることを基本とする表現が︑唱え言の基層をなすものである︒

最も古層をなすのが隣爺型の話型である︒﹃福富草子﹄の伝える綾と錦の壽詞は︑神から幸を得るという古態性を

示している︒黄金や綾︑錦を尽くす壽詞が古層をなす︒それに付加されたのが︑領主の繁栄を寿ぐ﹁御代の御宝﹂と

いう表現である︒殿様の代を寿ぎ殿様から褒美をもらうという表現は近世のものである︒すなわち︑昔話の唱え言A

︱1︑A︱2は︑室町時代の文献に見える古層に︑江戸時代の層を重ね︑複合させた表現であるといえる︒

BからEも同様に︑壽詞の性質を保つ事例である︒F・Gなどは︑いささか俗なる詞に変容したもの︑もしくは断

片的なものと見做せる︒

HからLは﹁鳥の鳴声がそのまま鳥を呑み込んだ爺の尻などの音になる﹂

いでどなのもうをも前名の鳥︑やのあ

る︒いずれにしても︑音が意味を帯びることには変わりがない︒

長野県下伊那郡清内路村の語り手であった桜井小菊さんの昔話の中で︑﹁唱え言﹂の代表的な例は︑次のようなも

のである︒

― 59 ―

昔話の話型と語り

(30)

漓ビビイビイビイこがねザラザラ

ごよのおんたから︵﹁屁こき爺﹂︶

滷こ︱としゃめ︱で︱た︱や

ねこのなきごえもき︱かんよ︱︵﹁ネズミの穴﹂︶

澆らよばれ︱見底谷︱たか︱ま︱やいか︱︱

う︱りやな︱す︱び︱の花ざ︱かりよ︱︵﹁ケツの養生﹂︶

漓類るれさ類分に2︱Aるけおに分のの表別︑は例事のんさ菊小井桜︒ 滷目な表現である︒第二節は表︑鼠の世界に合わせた的代はの︑いわゆる﹁鼠浄土﹂話の柄で︑一節目が︑祝歌表

現であり︑猫の声を聞きたくない︑ということが主旨である︒餅搗きの歌は︑豊穰の喜びを表すはずである︒この歌

は︑﹁猫﹂が不在であることをもって︑鼠の世界の平安を祝うものである︒

澆とかつて花見で歌われた思︑われる花讃めの祝歌が﹁には山︑従来﹁春のはじめ︑にき登って花見﹂をすると︑

現在でも場を異にして歌われている﹂例としてあげられる

︒﹁そ

!

!

!

!

!

!

!

という願望を︑現在そ !

!

!

!

いと !

う形で歌ったもの﹂であり︑﹁農作の予祝歌としての性格﹂をもつ歌で︑﹁盆踊り歌に転用され﹂ているとされる

﹁花盛り﹂を讃える表現といえる︒唱え言と共通する性質を具えているとみることができる︒

澆﹁すという点において︑鳥を呑爺﹂と﹁尻鳴箆﹂は出音はの︑いわゆる﹁尻鳴箆﹂話い柄であり︑尻がめでた︑

唱え言において隣接する事例である︒昔話のなかでは︑

漓っるあで音るす発︑てよはに鳥だん込み飲が爺︑︒

滷は︑ 昔話の話型と語り

― 60 ―

(31)

鼠が餅搗きに歌う︒

澆し杓子を︑用度木とてっ用いたことによった拾はげ︑小僧が神のお告にでよってごみ捨て場て

発する音である︒鼠にしても︑鳥にしても︑背後に異界を背負う︒まして︑

澆げさ用転てしと告はおの神︑に確明れ

ている︒

次は昔話﹁勝々山﹂における唱え言もしくは唄が反復的に配置される事例である︒中でも昔話における唱え言の典

型は︑次の

漓のような事例である︒ 漓

声調子のやんだべ︵名調子︶もんで︑爺唄うけえな︑うんと良え声で︒

一粒千粒なれ︑一粒千粒なれ︵

蠢︶

一粒千粒なれ︑一粒千粒なれ

滷ん︑ホーツホーツ﹂どてヨ︑唄ば唄いなが山の方ツキ﹁う婆汁喰った︒狸汁喰どツんて︑婆汁喰ったキヨさ

逃げでってしまった︒︵

蠡︶ 澆べけ︑狸は泥の舟でど土舟︵泥︶固めで造った舟だ杉山やの狸ば沼さ連でってな︑は舟遊びするどんて︑兎に

乗せで浮ばした︒ほして唄がげで︑

杉舟ぁツエン泥舟ぁカツクハツ︵

蠱︶

杉舟ぁツエン泥舟ぁカツクハツ

ちなみに︑水沢謙一編﹃おばばの昔ばなし﹄

はなうよの次︑とす出り取を唄くかしも︑言え唱なうよのそ︑ら事

例が認められる︒

潺﹁つあつあがいたならば

― 61 ―

昔話の話型と語り

(32)

つつではぎもかるまいし︑

かごで水もくみまいし︑

ンまごえでたきまいし︑

はぎのはしもわたるまい︒﹂︵二四﹁ごけがか﹂六四頁︶

潸ここのお国はよいお国

ネコさえいねえけりゃ

ストトン︑ストトン︵六八﹁ネズミじょうど﹂一六二頁︶

澁イこお︑らそ︑コ﹁ッドコトッヤせ

やぶも︑木の根も︑みんなおこせ

秋には︑イネのほがたれる︒﹂︵七五﹁三びき田﹂一七二頁︶

澀五十になっても︑百になっても︑

ニャンの声は︑きいたことがねぇ︵八六﹁ネズミ浄土﹂一八七頁︶

潯一みきるど︒﹂︵一二﹁はサルとカニ﹂二四八頁さ︑﹁なはや︑でっこい木にれと︑でっこい木にならん︶ 潛一コ︑セットコ︒﹂︵五ッ〇﹁笠地蔵﹂三〇〇頁トセ﹁太ズーイとひいた︑ペコ郎︑が︑トシトリガイモン︶

などをあげうる︒このうち︑予祝行事における唱え言と見做しうるものはいわゆるなり木責めの

潯と︑先の昔話

﹁勝々山﹂の

漓﹁一粒千粒なれ﹂である

豊饒が異界からもたらされることを﹁唱え言﹂は表現として担う︒唱え言は﹃御伽草子﹄と︑時代を経て採録され 昔話の話型と語り

― 62 ―

(33)

た昔話とに共通する表現をもつ︑伝承的表現に他ならない︒そのような﹁唱え言﹂こそ︑古代における壽詞の伝統に

立つものである︒すなわち︑ビビィビィビィという唱え言は︑昔話﹁継子と竹﹂﹁継子と笛﹂の唄のような伝達性の

機能に対して︑呪福を約束する壽詞性をもつことにおいて古態性を負うのである︒

︵六︶まとめにかえて││語りの原理としての配置││

いうまでもなく︑音声言語による昔話は︑語り手の身振りなどの身体的表現

言るあで為行語つと立り成にもと︒

しかるに︑文献としての物語の特質を明らかにするためには︑ひとまず昔話の言語による表現ということに限って︑

採録として文字化したものを文献と同一平面上に置くことによって比較するしか方法がない︒

わずかな採訪採録の経験や語り手に対する聞き取りに基いてまとめ直すとすれば︑昔話の語り手の記憶と語り手の

ありかた︑すなわち話型と表現を考える手がかりとして︑次のような要件を挙げることができる︒

漓 場面

scene

を記憶する映像的なイメージ︒

物語の舞台としての場所や︑存在の対立関係など︑配置は映像として記憶されているのではないか︒

滷 配置を説明するときに︑表現を支え︑筋

story

を作り出す話型の原理的な枠組み︒ 澆

繰り返し語られても変化しにくい︑ひとまとまりのある固定的︑伝承的な表現

― 63 ―

昔話の話型と語り

(34)

具体的な相として見れば︑昔話の実際の語りは︑これらの複合するところに成り立つものと考えられる︒

特に

漓に覚的に配置することよをって記憶を支えている視在の的場面を記憶する映像な存イメージは︑出来事やと 考えられる︒おそらく音声言語の伝承の記憶は︑根源的には空間と存在の配置

allotment

の問題であり︑その配置が 語り

narrative

によって時系列化されるものと考えられる︒そこに話型が規制力として働いていると見ることができ

る︒配置が順次︑説明されることによって︑物語の表現は筋を作り出し︑説明の如何によって︑表現は長くも短くも

伸縮する性質をもっている︒すなわち︑山における爺と鳥︑殿様の屋敷における殿様と爺という人物配置と︑唱え言

の配置される場所は先に決まっているのである︒そのように昔話の語り手の記憶と再生に基く表現は︑配置というこ

とを基礎としていくつかの水準を考えることにおいて認められよう︒

滷でって導かれるのが話型あにる︒この場合は︑﹁隣よりは置話型の問題である︒配の語記憶から説明としての爺

型﹂

motif type

ばっよるタイプ呼によて鎖分類するが︑それに連れ普うるものである︒通の︑昔話はモティフとは

昔話を分析する側の普遍的な基準であるといえる︒昔話の語り手が同じ話柄を繰り返し語ることから︑同一の昔話を

支える話型というものを取り出すことができる︒また︑別の語り手が語った昔話の中から︑同一の話型を認めること

によって同一の昔話と認めることができる︒そのとき︑個別の事例を生み出す表現上の差異と︑共有される話型とを

区分することができる︒具体的な表現を支えるそのような枠組みが話型

type

である︒話型は︑昔話を支える枠組み

を見出そうとするわれわれの側が求める抽象度に応じて︑その見え方を異にするといえる︒

澆章ない固定的な語句︑詞が立認められる︒そのようたりは言︑昔話の表現に︑その葉成の組み合わせ以外ではな

伝承性の強い表現は︑文字言語による物語の表現にも認められる︒そのひとつが唱え言である︒いうまでもなく︑そ 昔話の話型と語り

― 64 ―

(35)

れだけでは昔話の表現は成り立たない︒そのような固定的な語句︑詞章が話型にどのように組み込まれるかが問われ

このように見てくると︑昔話﹁鳥呑爺﹂は︑古代からする隣爺型の話型を基層とする︒話型は基本的事項をもって

具現化される︒基本的事項の中に︑爺と隣爺の成功と失敗を︑中世期まで遡及できる唱え言の有無をもって配置して

いる︒さらに︑基本的事項に対する説明的部分をもって構築され︑語り口を膨らませて表現としての厚みを形成して

いるといえる︒

注盧

例えば︑アラン・ダンダス﹃民話の構造﹄池上嘉彦訳︑大修館書店︑一九八〇年︑の研究を挙げることができる︒

今までに隣爺型の昔話として︑﹁瘤取爺﹂︵AT503︒これについてはすでに︑竹原威滋氏︑阿部奈南氏の優れた先行研究

がある︶︑﹁鼠浄土﹂︵対応するATは認められない︒︶と唱え言について︑いささか検討を加えたことがある︵注

眇︶︒

本稿は︑﹁瘤取爺﹂﹁鼠浄土﹂と同様︑隣爺型の話型として﹁鳥呑爺﹂を取り上げたい︒ただし︑この﹁鳥呑爺﹂の話型は︑

対応するATの分類項目がない︵稲田浩二﹃日本昔話通観第

28︑年八八九一︑社朋同﹄クスッデンイ・プイタ話昔巻六

六九頁︶︒

ちなみに︑韓国の昔話には同じ話型の事例が知られている︒

477

甘い糞

一甘い糞を売る男︒︵一︶ある男が蜜蜂の巣をみつけ︑蜂蜜を食べた︒︵二︶すると肛門から甘い糞が出はじめた︒︵三︶

彼はそれを売り出して金持ちになった︒

二隣の男が失敗する︒︵一︶隣りの男が自分も金持ちになりたくて︑彼にきいた︒︵二︶彼は隣りの男に︑豆を生のまま

三升ばかり食べて水を飲むと甘い糞が出る︑と答えた︒隣りの男はその通りにして︑悪臭の下痢をした罪で牢屋に入れられ

た︒

― 65 ―

昔話の話型と語り

(36)

a孫晋泰一九三〇二〇九〜一〇︵慶尚南道馬山一九二七︶

b任東権七〇〜七一︵忠清北道清州一九五五︶

c任皙宰一九七一六七九︵全羅北道鎮安一九六九︶︵崔仁鶴﹃韓国昔話の研究﹄弘文堂︑一九七六年︑三三八頁︶

表現の細部は明らかではないけれども︑日本における﹁鳥呑爺﹂と比較すると︑話型は同じであるが︑モティフは異なっ

ていることが分かる︒

周知のように︑福田晃氏は︑昔話の﹁素材拡大の過程﹂を把握するために︑﹁文献資料をたよりとして︑その導入のおよ

その年輪﹂を示そうとされた︵福田晃﹁昔話の発生と伝播﹂﹃日本昔話研究集成2昔話の発生と伝播﹄名著出版︑一九八

四年︑一四頁以下︶︒ここでは﹁上代﹂の事例として隣爺型の伝承は示されていないが︑﹃常陸国風土記﹄に見える富士・筑

波伝承や︑備後国﹃風土記﹄逸文に見える蘇民将来伝承などは︑典型的な隣爺型の伝承と見做すことができる︒

蘯 漓会社大学﹁伝承と文芸の﹂同﹃民間伝承集成民話﹄創志︑のも事例は公刊されているの編で土橋寛監修・廣川勝美世

記︑一九七四年︑による︒語り手は︑長野県下伊那郡清内路村︑桜井小菊︒

これら

滷 澆 潺︵れさ載掲に︶3たのれさ刊公︑は例事た

漓当社志同︑たいだたいてせさ担のの私てつか︑に別はと︶例事大

学文学部国文学専攻の特殊講義︵﹁民間伝承﹂︶における講義の一環として︑フィールドにおける採訪を行った際に独自に採

録したものであり︑私自身と参加者︑﹁伝承と文芸の会﹂会員の協力を得て翻字したものに基き︑さらに私に整え直したも

のである︒

なお︑特殊講義における採訪にあたっては当時︑山田和人︑柳田洋一郎︑小島繁一︑塩田和子など各氏の参加・協力を得

た︒特に山田氏は﹁伝承と文芸の会﹂において︑この語り手の優れた引き出し手であった︒このように小考の基礎となる資

料については︑右のような多くの人たちの協力・援助によって成ったものであり︑私が新たに論を立てるにあたり︑記して

各位に謝意を表したい︒

なお︑この調査に参加した学生諸君の氏名を本来︑すべて明記すべきであるが︑私が先の阪神大震災において被災した折

に関係資料を紛失したので︑今となっては復元することができない︒また︑語り手については︑伝承経路などを考えるため

に別途︑略歴などを作成したが︑個人情報保護の観点から︑紹介を控えることにした︒お詫びするとともに︑どうか諒とさ

れたい︒ 昔話の話型と語り

― 66 ―

(37)

土橋寛﹁﹃説話文学と歌謡﹄報告要旨﹂﹃説話文学研究﹄第四号︑一九七〇年三月︑土橋寛﹁記紀物語の性格と方法﹂﹃日本

文学﹄一九六七年五月︑における規定︒

廣田收﹁昔話﹃鼠浄土﹄と唱え言﹂﹃同志社大学人文学﹄第一六〇号︑一九九六年一一月︒廣田收﹁昔話における﹁唱え

言﹂︱﹁瘤取爺﹂をめぐって︱﹂﹃同志社大学人文学﹄第一六一号︑一九九七年三月︒

蘯に同じ︒ 眩

廣田收﹁昔話における﹃唱え言﹄︱﹁瘤取爺﹂をめぐって︱﹂﹃同志社大学人文学﹄第一六一号︑一九九七年三月︒

廣田收﹁昔話﹃鼠浄土﹄と唱え言﹂﹃同志社大学人文学﹄第一六〇号︑一九九六年一一月︒

眞頁六八年︑三四八︒一初出︑一九四二年九︑﹁国木思石語﹂﹃柳田男房集第五巻﹄筑摩書︒ 眥頁一九四四年︑三一︒房初出︑一九四七年︑書﹁柳口承文芸史考﹂﹃田摩国男集第六巻﹄筑︒ 眦

同書︑三二頁︒

眛頁四年︑三六〇〜一︒九初出︑一九四三年四一﹁国昔話覚書﹂﹃柳田男︑集第六巻﹄筑摩書房︒ 眷

岡見正雄﹁福富双紙絵巻に就いて﹂﹃昔話研究﹄第八号︑一九三五年︑一二月︒

横山重・松本隆信編﹃室町時代物語大成第一一巻﹄角川書店︑一九八三年︑三三五〜六頁︒

同書︑三三六〜七頁︒

同書︑三三七頁︒

睨︑年︑一九七頁︒なお旧四漢字を新漢字に改めた四九﹁国昔話と文学﹂﹃柳田男一集第六巻﹄筑摩書房︑︒ 睫

同書︑一九九頁︒

臼田甚五郎﹃屁ひり爺その他昔話叙説

蠡﹄桜楓社︑一九七二年八二頁︒ 睥 睨に同じ︑一九三頁︒ 睿 睨に同じ︑一九四頁︒ 睾 眛に同じ︑三六〇頁︒ 睹 睨に同じ︑一九五頁︒ 瞎 睛に同じ︑二二頁︒

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昔話の話型と語り

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