1
論文の内容の要旨
氏名:西 尾 健 介
博士の専攻分野の名称:博士(歯学)
論文題名:口腔扁平上皮癌原発巣と転移巣における
matrix metalloproteinases
の発現およびtumor-associated macrophages
の分布に関する研究腫瘍細胞と腫瘍微小環境の間には複雑な相互作用があり, 癌の発生や進行において極めて重要な役 割を担っている。
Matrix metalloproteinases (MMPs)
は細胞外マトリックスのリモデリングにおいて重 要な役割を有する分子である。中でもMMP-2
とMMP-9
は基底膜の主要な成分であるIV
型コラーゲ ンを分解し,
腫瘍の転移に深く関係している。また癌の転移活性は,
それぞれの癌細胞のMMP
活性と 相関することからMMPs
は癌治療の標的になると考えられている。一方, 腫瘍間質に浸潤する
tumor-associated macrophages (TAMs)
は腫瘍の発育に対して多彩な機能 を発揮するとされている。原発巣のみならず, 転移巣にもTAMs
が存在していることは知られていた が, その分布の詳細は未だに不明な点もある。口腔扁平上皮癌 (oral squamous cell carcinoma,
OSCC)
は頭頚部の悪性腫瘍の中でも最も発症頻度の高い病変であり,
様々な研究が行われている。OSCC
におけるMMPs
の発現やTAMs
の分布について研究されているが,
原発巣と転移巣での発現量 の違いや分布を比較した報告は見当たらない。こうした背景に基づき, OSCCの原発巣と転移巣におけ るMMPs
の発現強度およびTAMs
分布について検索することとした。日本大学歯学部病理学講座に保管されている
OSCC
症例の中から, リンパ節転移を認めた29
症例を 選び,
原発巣および転移巣の標本をそれぞれ抗MMP-2
抗体,
抗MMP-9
抗体およびマクロファージの マーカーである抗CD68
抗体を用いて免疫染色を行い, MMP-2
およびMMP-9
の発現強度とCD68
陽性TAMs
の分布を比較した。また, OSCC
由来細胞株であるCa9-22
およびHSC3
におけるMMP-2
およびMMP-9
の発現量をreal-time PCR
法を用いて比較し, 腫瘍の分化度との関係について検討した。本研究に用いた症例の概要は, 患者の年齢が
18
歳から88
歳であり, 平均年齢は62
歳であった。性 別は男性17
名に対し女性12
名で, 男女比は1.4
:1
であった。症例の部位による内訳は, 舌癌13
例, 歯 肉癌14
例,
及び頬粘膜癌2
例であった。また腫瘍の分化度は, Grade I
が19
例, Grade II
が8
例, Grade III
が2
例であった。免疫染色の結果
, MMP-2
およびMMP-9
両分子共に腫瘍細胞の細胞質に陽性反応を示した。原発巣 と転移巣での発現強度の比較では, MMP-2の発現はMMP-9
に比べて低かったが, 舌癌の転移巣におい ては有意な増強を認めた。一方, MMP-9では舌癌, 歯肉癌において, 転移巣により強い染色強度が見ら れたものの, 有意な差は認められなかった。次に転移巣におけるMMPs
の発現を舌癌と歯肉癌の間で 比較した。MMP-9
の発現量は舌癌において, MMP-2
の発現は,
歯肉癌において高い値を認めたが,
共 に有意な差は認められなかった。またMMPs
の発現量と癌の進行度の関係について比較した。Grade I
の症例ではMMP-2
およびMMP-9
共に転移巣での発現が有意に高かったが, Grade II
以上の症例では有 意な差は認められなかった。培養細胞におけるMMP-2
およびMMP-9
の発現は, 分化度の低いHSC3
において, 分化度の高いCa9-22
と比較して, MMP-2およびMMP-9
共に有意に高かった。次に
CD68
陽性TAMs
の分布を,
原発巣と転移巣で比較した。TAMs
は原発巣および転移巣の間質で 共に認められ,
浸潤最先端部のみならず非浸潤部においても検出された。TAMs
の数は舌癌および歯 肉癌の原発巣において最も多く存在しており,
転移巣でのTAMs
の数を1
とした際に,
原発巣でのTAMs
数は,
舌癌で1.9
倍,
歯肉癌で1.5
倍と有意に高い値を示した。本研究の結果, リンパ節転移した腫瘍細胞が, 転移後にも高い転移能を有しており, その活性は原 発巣に存在する腫瘍細胞より高い可能性を示唆していた。また
Grade
分類での解析や培養細胞を用い た実験より, 腫瘍の分化度とMMPs
の発現に相関があることが示唆された。TAMs の分布はMMP-2
および
MMP-9
とは異なり,
原発巣において高かった。癌の発育に関与するTAMs
の数とMMPs
の発2
現が
,
原発巣と転移巣で逆相関の結果になった点は非常に興味深い。しかし,
そのメカニズムは現時 点では不明である。MMPs
の発現は様々なサイトカインの影響を受けることが知られており,
間質細 胞やその他の細胞から分泌される可溶性因子が一つの要因である可能性がある。一方で
TAMs
は自身の置かれた組織環境に応じて, M1およびM
2の機能の異なる二つのサブセット に分化することが報告されており,
それぞれ腫瘍の成長と退縮に寄与していると考えられている。実 際にM
2マクロファージはトランスフォーミング増殖因子β (TGF-β)
を産生することが知られており, またMMPs
の発現はTGF-β
などのサイトカインにより調節されている。従って, TAMs
のphenotype
をさらに追求しTAMs
のMMPs
発現に対する影響についてさらに検討する必要がある。また今後は,
Grade II
以上での比較をさらに行うと同時に, 唾液腺悪性腫瘍など, 他の組織系での解析も必要であると考えられた。