アーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察
その他のタイトル On the Aaker's Brand Equity Concept
著者 陶山 計介
雑誌名 關西大學商學論集
巻 39
号 1
ページ 43‑72
発行年 1994‑04‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00019350
関西大学商学論集第3 9 巻第 1 号 ( 1 9 9 4 年 4 月 ) ( 4 3 ) 4 3
ア ー カ ー の ブ ラ ン ド ・ エ ク イ テ ィ 概念に関する考察*
陶 山 計 介
I . はじめに
プランド・エクイティは, 1 9 8 0 年代初めにアメリカで登場した比較的新し い概念である。にもかかわらず,今日に至るまで広告業界をはじめ広範な業 界でマーケティングの経常的業務だけでなく,事業ドメインに関する戦略的 意思決定においてもマーケティング・マネジャーや戦略立案者の強い関心を 引き起こしてきた%
*本稿は平成 5 , 6 年度の関西大学学術研究助成基金および平成 6 年度文部省科学研 究費一般研究 (B) による研究成果の一部である。
1)たとえば,米フィリップ・モリス社が1 9 8 8 年にクラフト社をその簿価の 6 倍以上 の約 1 3 0 億ドルで買収したことは有名な話である。スイスの世界最大の食品メーカ ーであるネッスル社も,キット・カットというチョコレート菓子を販売していたイ ギリスの大手菓子メーカーであるラウントレー社を薄価の 5 倍以上で,また, 25 億 ドルで発泡性天然ミネラル・ウォーターの「ペリエ」プランドを取得した。なぜこ のように貸借対照表の有形資産の価値をはるかに超える金額で買収がおこなわれた のか。クラフト社のケースで言えば.フィリップ・モリス社は.当時,タバコ事業 以外の分野とくに食品事業に多角化しようとしており,自社プランドを開発する か,それとも既存のプランドを利用するかの選択を迫られていた。ところが,新た なプランドを確立するためには多額の費用がかかるだけでなく,それが成功するか どうかは保証の限りではない。ここで注目されたのが,食品分野で消費者のロイヤ ルティをすでに得ており.この事業への拡張を成功に導くことが期待されたクラフ トというプランド・ネームであった。ここから企業買収が進められたと考えられ る (Aakerand B i e l [ 1 9 9 3 ] p . 1 , Arnold [ 1 9 9 2 ] p p . 1 1 ‑ 1 2 ) 。
ところでプランドの価値については.アメリカの金融誌『フィナンシャル・ワー
4 4 , 4 4 ) 第 3 9 巻 第 1 号
同 時 に , ブ ラ ン ド ・ エ ク イ テ ィ は , 現 在 , 学 界 に お い て 最 も ホ ッ ト な ト ビ ックスの 1 つ で あ る と い わ れ る 。 ア メ リ カ に お け る マ ー ケ テ ィ ン グ の 先 進 的 な 理 論 や 実 践 を 常 に リ ー ド し て き た こ と で 知 ら れ る マ ー ケ テ ィ ン グ ・ サ イ エ ンス研究所 ( M a r k e t i n gS c i e n c e I n s t i t u t e :略称 MSI) でも, 1 9 8 8 年 3
ルド」に掲載された1 9 9 3 年のブランド・ネーム番付調査が興味深い。それによる と,世界で最も価値がある最優良ブランド・ネームはマールボロであった。調査は 1 4 分野から選んだ世界の有名ブランド 1 1 1 について,世界中での売上高,収益性,
潜在的成長性などに基づいてそれぞれのブランド価値を計算した。その結果,タバ コのマールボロが 3 9 5 億ドルの価値があるとしてトップ, 2 位は清涼飲料水のコカ
・コーラ ( 3 3 4 億ドル), 3 位は半導体のインテル ( 1 7 8 億ドル)であった。以下は ケロッグ(シリアル), ネスカフェ(コーヒー), バドワイザー(ビール),ペプシ
(清涼飲料),ジレット(髭剃り),パンパース(紙おむつ),バカルディ(ラム酒)
の順となっている。一方, 1 9 9 0 年にブランド専門のコンサルティング企業のインタ ープランド社がおこなった調査では, 1 位がコカ・コーラで, 以下, 2 位ケロッ グ , 3 位マクドナルド, 4 位コダック, 5 位マールボロの順であった(『日本経済 新聞』 1 9 9 3 年 8 月1 0 日 , Arnold[ 1 9 9 2 ] p . 1 3 ) 。
わが国でも 1 9 9 0 年代に入り,ブランド戦略がマーケティングだけでなく経営戦略 において重要な位置を占めるようになった。カウンター・セグメンテーション戦略 の動きもそのひとつである。標的とする市場セダメント数を絞り込み,より少ない ブランドの管理やより幅広い顧客グループヘの訴求を通じたコスト優位の回復が そこでは強く意図されている。たとえば,食品,化粧品, トイレタリー,雑貨,ァ バレルなど各業界で品目数の削減をはじめとする商品構成の見直しが開始されてい る。そして,そうした動きは家電,自動車などを含むほとんどの業種に拡大してき た。流通業も例外ではない。
自動車メーカーのマツダは 1 9 6 6 年から 1 9 9 1 年まで2 5 年間,同社の製品ラインにお いてフラッグシップ・カー的存在であった「ルーチェ」ブランドを放棄した。これ は新しい最上級セダンとして「センティア」を発売したことによるものと言われる が,モデルチェンジを繰り返しながら進められてきたフルライン戦略とその帰結と
しての多ブランド化を見直そうという動きの象徴的な事例といえる。
この動きのなかでブランドの売買も行われるようになった。味の素がマーガリン
から撤退し, 「マリーナ」の商標権を数億円で日本リーバに売却すると報じられて
いる。マーガリン市場はここ数年,需要が横ばい状態の中で販売競争が激化し,下
位メーカーの味の素は採算が悪化するだけでなく,今後回復の見込みがないと判断
して,事業の見直しのなかで自社ブランドの売却を決定したのである。売却するの
ァーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 4 5 ) 4 5 月 , 1990 年1 1 月と二度にわたってブランド・エクイティ管理のテーマでコン
ファレンスが開催された。そして, 1988 1990 年 に お け る 最 重 要 ト ビ ッ ク ( C a p i t a l Topic) ,最重要研究分野 (ResearchP r i o r i t i e s ) にプランド・
ェクイティの創造・維持・拡張に関する問題が指定された。
1988 年 3 月に開催された MSI の第 1 回コンファレンスでは,プランド・
ェクイティに関する既知の事項として,①ブランドは価値をもつ企業の資産 である,②プランド・エクイティはプランド・ネームと結びついた 1 連想機 能である,③ブランド・エクイティは構築・育成可能で,連想を開発・強化 することが必要となる,④ブランド・エクイティは連想の変化または弱体 化,企業の統制範囲を超えた環境変化(ニーズや技術)のため衰退すること もある,という 4 点があげられた。そうはいってもブランド・エクテイィの 正確な定義について共通の理解は依然として形成されていないとの認識が 示された。ここから今後の研究課題として,次の 6 点が提起される。すなわ ち,①既存ブランドの獲得とくらべた新ブランドの開発の方法,②ブランド
・エクイティは参入障壁か,⑧プランド・エクイティとプランド・ロイヤル ティの関連,④プランド・エクイティと持続的競争優位の関連,⑥プランド
・ネームの拡張の限界や範囲はどのようなものか, また, 拡張の時期,条 件,肯定的および否定的なフィードバックの原因はどうか,⑥消費者の購買 選択におけるプランド・ネームの役割,がそれである%
1990 年1 1 月には,ブランド・エクイティ管理に関する MSI の第 2 回コン ファレンスが開催された。ここではブランド・エクイティの財務的測定問題 や拡張・増進・維持に関する問題が議論された。前者については,ブランド は製造技術を含めた「マリーナ」の商標権で, 日本リーバは 1 1 月から「ラーマ」ブ ランドに加えて「マリーナ」ブランドでも製造・販売を開始することで,シェア 4 割以上を握る業界トップの雪印乳業に迫ろうとしたと考えられる(『日経ビジネス』
1 9 9 0 年9 月1 0 日 号 , 1 9 9 1 年 7 月 2 2 日,「日経流通新聞 J 1 9 9 1 年3 月2 3 , 日 4 月3 0 日 ,
『日本経済新聞」 1 9 9 1 年4 月2 3 , 日 5 月1 0 , 日 9 月1 7 , 日 9 月2 6 日 , 1 9 9 2 年3 月5 日
, 3 月1 5 , 日 1 9 9 3 年1 0 月9日などを参照)。
2) S h o c k e r and W e i t z [ 1 9 8 8 ] p . 2 , 4 ; L e u t h e s s e r [ 1 9 8 8 ] F o r e w o r d .
4 6 ( 4 6 ) 第 3 9 巻 第 1 号
の財務的価値は何か,既存プランドと新たに始動するプランドとの間の資本 分配,株主価値を高めるためのプランド管理,優先順位の決定と資源配分,
長期的な革新や価値を犠牲にした短期的な財務上のパフォーマンスヘの過度 の強調を克服するうえでブランド・エクイティ概念が役立つかどうか,とい った問題が出された。後者のプランド・エクイティの拡張・増進・維持に関 する問題については,企業のエクイティとプランドのエクイティは同時に増 進できるか,プランドは地域的なものかグローバルなものか,プランド・エ クイティの管理は企業における職能横断的な協調をどのように促進できるの か,プロモーションはプランド・エクイティを破壊し,広告はそれを増進す るのかどうか,プランド拡張はプランド・エクイティを薄めるのか逆にそれ を増進するのかといった問題群が提起された。そして,さらに深めるべき 6 つのトビックスとして,①企業対プランド・エクイティ,Rプランド・エク イティの構築。維持におけるコミュニケーションやサービスの役割,⑧プラ ンド・エクイティのパフォーマンス, 評価に対する利益の責任(説明), ④ プランド・エクイティに対するチャネルの影響,⑥グローバル市場のなかへ のプランド・エクイティの移転,⑥マーケティングと財務の接点は何か,が あげられている丸
このように,プランド・エクイティに対する多くの関心が示され,またさ まざまな観点から研究がおこなわれてきた%
本稿では,このように大きな意義を占めるようになってきたプランド戦略 において理論的にもまた実務界でも中心問題としてクローズアップされるよ うになったプランド・エクイティ, とりわけ D .A. アーカーの「プランド
・エクイティ戦略』にみられるプランド・エクイティ概念に焦点を当て,先 の MSI でのこの問題に関する議論などもふまえながらそれを理論的に検討
3) Maltz [ 1 9 9 1 ] p . 2 .
4) C f . L e u t h e s s e r [ 1 9 8 8 ] ; Maltz [ 1 9 9 1 ] ; Aaker and B i e l [ 1 9 9 3 ] ; K e l l e r
[ 1 9 9 3 ] ; Aaker [ 1 9 9 1 a ] ; Farquhar [ 1 9 8 9 ] ; S r i v a s t a v a and Shocker [ 1 9 9 1 ] ;
Tauber [ 1 9 8 8 ]
アーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 47)47 してみたい。アーカーのプランド・エクイティ概念が MSI を中心とする以 上のような問題状況や問いに対していかに答えているのか,この点の解明が ここでの課題である。アーカーの理論は,単に他の論者とくらべて理論的・体 系的に展開されているというだけでなく,この研究分野において先駆的かつ もっともインフルエンシャルな役割を果たしていることによる。彼の理論的 特徴を整理し,その意義を確定しておくことが,プランド・エクイティ管理論 のなかでもっとも注目を集めている論点の 1 つであるブランド拡張やブラン ド・エクイティの測定問題を考える際にも有益であると考えるからである。
I I . 研究の動機と課題認識
1 . プランド・エクイティ概念登場の一般的背景
ここであらためて「今,なぜ」ブランド・エクイティが注目されるように なったのか。その実践的な背景をやや広く考えてみると,少なくとも以下の
4 点が指摘されなければならない。
第 1 は,マーケティング・マネジャーやゼネラル・マネジャーの関心が短 期的な財務上の管理に向かっていること=「短期主義」に対する反省であ る。多くの産業や戦略事業単位 (SBU) で短期的な売上高増をもたらすマー ケティング戦術が重視されてきたが,その中核に位置する価格競争からブラ ンド構築活動への転換の必要性が強調されるようになった。すなわち,ブラ ンド構築のために向けられる広告ープロモーション・ミックスの比率は 1 9 5 0 年代の 9 0 %から 1 9 9 0 年代初頭の 25 %にまで減少する一方,マーケティング・
チャネル関係支出が 50 %近くを占め,残りも消費者向けプロモーションに使 用された。価格競争への志向が強まり,プランンド・ロイヤルティの低下,
製品改良や品質の標準化が犠牲にされたというのである。これへの反省とし て短期的な価格プロモーションのペイ・オフから長期的な戦略への動きが求 められるようになった 5 ) 。
5) Aaker and B i e l [ 1 9 9 3 ] p . 2 .
4 8 ( 4 8 ) 第 3 9 巻 第 1 号
第 2 は , 企業ないし SBU の競争優位を持続的で安定的なものにする手 段の 1 つとしての期待がブランド。エクイティに寄せられるようになったこ とである。非価格競争を展開する場合,たとえ部分的ないし一時的であって も競争企業の対抗行動,すなわち,差別性の中和化を阻止または抑制するこ とが不可欠となる。この点でプランド・エクイティが有効な参入障壁になる のではないかと期待されている。
第 3 に,事業の多角化と絞り込みを含む戦略ドメインの拡張とリストラク チャリングにおけるブランド戦略の位置づけが必要になってきたことがあげ
られる。事業の拡張や縮小をおこなう場合,ブランドの売買を通じてなされ ることが少なくない。 M & A もコスト・パフォーマンスを重視したプラン ド拡張戦略にほかならない。そこで問題になるのが,プランド資産の評価,
いいかえるとブランド・エクイティの財務価値の測定問題である。企業の財 務担当者は, 無形資産としてブランドを扱い, それに価格を設定する。 ま た,企業のブランド・ボートフォリオヘの関心も高まってきた。
第 4 は,グローバルな事業展開をおこなう場合,市場構造や文化,政治,
法律,社会などの側面における相違と,これにもとづいた知覚障壁が存在す る。そうした状況のなかでブランド・エクイティはグローバルに移転可能か どうかという問題がクローズアップされてきた。国際マーケティングにおけ るいわゆる「標準化ー現地適応化」問題のプランド版である。プランドをそ の主要な受容範囲によってローカル・プランド,ナショナル・プランド,グ ローバル・プランドに分類し,それらの間の異同について他のマーケティン グ・ミックスとの関連で考察することが必要となってきている。
以上のような企業のマーケティング行動ないし個別ブランド戦略だけでな
< , SBU や企業全体の経営戦略上の課題を遂行するうえでプランド・エク
イティ論がどのような実践的な役割を果たすことが期待されているのか,そ
のなかでアーカー理論がいかなる位置づけを与えられるのか,この点が検討
されねばならない。
アーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 4 9 ) 4 9
2 . プランド研究の動機
ァーカーがブランド・エクイティに注目した動機としては,マーケティン グ競争がブランドによる支配を求めての競争として展開されるようになり,
そのなかでブランドが企業のもっとも価値ある資産と認識されてきたことが ある。「プランドは事業を発展させ,強化し, 守り, 管理する方法について のビジョンである」 C L . L i g h t ) という状況が出現している。 そして,この プランド・ネームの力は消費財市場だけでなく産業財市場でも大きくクロー ズアップされるようになっている。製品特性がよく類似している産業財の場 合の方がむしろプランド・ネームの認知が重要である。「ブランド・エクイ ティは, 今日の経営における最もホットなトビックスの 1 つである」と言 われる所以である 6 ) 。
ところでこのようにブランド政策への関心が高まってきたのはなぜか。ア ーカーはその背景にある 3 つの要因をあげている。第 1 に,企業は新しいプ ランド・ネームの開発が困難ないし高コストであるという理由から既存のプ ランド・ネームに対してプレミアムを支払う。ところが,この場合,ブラン ド・エクイティの価値がどのくらいか,その基礎は,また代償は何かという ことが問題となる。第 2 は,価格によるプロモーションの過度の強調が結局 は産業の退歩に帰着するのではないかという認識である。この点では非価格 競争を通じた持続的競争優位の展開,たとえばプランド構築活動による差別 化が有効な手段となる。とはいえ,それは短期的には売上高ないしバフォー マンスに対する顕著なインパクトを与えない。ここからそうした活動を正当 化する根拠が求められることになる。そして,第 3 に,事業のパフォーマン スを最大にするためにはその資産を十分に利用する必要があるが,その中核 となる資産がまさにブランド・ネームにほかならない 7 )0
6) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p p . i x ‑ x , 邦訳 i i ii vページ。
7) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p . x , 邦訳 iv vページ。
5 0 ( 5 0 ) 第 3 9 巻 第 1 号
このような認識にもとづいてアーカーは, 自著『プランド・エクイティ戦 略」の目的として,次の 4点をあげている。 ( 1 ) ブランド・エクイティを定義 し解明して,それがどのようにして価値を提供するかという構造を与える。
( 2 ) プランドを高めたり低めるマーケティング意思決定または環境上の事象か らいかに価値が生まれたりまたは失われてきたかを示す。 ( 3 ) ブランド・エク イティをどのように管理するかということを議論する。 ( 4 ) 問題点を指摘し,
戦略的に発想するマネジャーに対してそれを提示すること。いいかえるとブ ランドとそのエクイティを開発したり,維持することに関心をもっている企 業のマネジャーに対する指針を提供することに研究の中心的なねらいが置か れていると言ってよい 8 )
0I I I . 問 題 視 角 = パ ー ス ベ ク テ ィ ブ
1 . 多様なパースペクティプの可能性
ブランド・エクイティをとらえるパースペクティブにはさまざまなものが ある。第 1 は,企業,消費者,販売業者といった各経済主体からの分類があ る。企業の視野からは資産管理の側面が強調される。ブランド・エクイティ は,ブランド・ネームを有しない製品にくらべてそれを有する製品からもた らされるキャッシュ・フローの増分である。そして,その源泉は,①マーケ ット・シェアの増大,Rフ゜レミア価格,③フ゜ロモーション支出の削減,の 3 つに求められる。一方,消費者の視野からは市場管理が強調されている。す なわち,プランド・エクイティは,①コンジョイント法または評価尺度など を通じて測定される属性によっては説明されない効用,②企業に対して競争 上の参入障壁や持続的優位を提供するロイヤルティ,③単なる製品の選好を 超える差別化された明確なイメージ, と考えられる。 また, 販売業者の視 野からはレバレッジが強調され,プランド・エクイティは,①容易な参入,
8) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p p . i x ‑ x , 邦訳 i i iv iページ。
アーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 5 1 ) 5 1
②よりよい条件に向けて交渉する能力,とみなされる 9 ) 。
第 2 に,そこには 2 つの研究動機が見られる。 1 つは,財務ベースの動機 ないし貸借対照表のための資産評価といった会計上の目的, また買収や清 算の目的などのためにプランド価値をより正確に評価しようという発想であ る 。 この場合でもさまざまな異なったプランド評価の方法がある。たとえ ば , 7 つの次元(リーダシップ,経営の安定性,市場の安定性,国際性, ト
レンド,サポート,保護)に沿ってプランドの主観的な乗数を利用したり,
買収価格と固定資産との差を確定することによって新たに獲得したプランド を評価する。あるいはプランド・ネームを有する製品からもたらされるその ネームがない場合とくらべた割引将来キャッシュ・フローの増分 (increme‑
n t a l discounted future cash f l o w )と規定される。ここで企業の財務市場 価値にもとづいた評価技術は,プランド・エクイティの価値を企業の他の資 産価値から抽出する。
いま 1 つは,戦略ベースの動機である。各種のコストが高く,競争が激し も多くの市場で需要の変動がある場合,企業はそのマーケティング支出の 効率を高めようとする。このいわばマーケティング生産性の改善において企 業のもっとも価値ある資産が消費者のプランド知識であり,有利なプランド 戦略の開発によってその価値を利用することが求められている 1 0 ) 。
第 3 は,プランド・エクイティを測定する測度の次元に関連している。 1 つは,知覚ないし情緒的な測度である。これには差別化の印象,イメージ,
ロイヤルティの強さなどが含まれる。いま 1 つは,行動的測度でそのプラン ドにより多くを支払う意思やプランド・スイッチしたくない意向,プランド のシェアなどがあげられよう。また,財務的測度としては所得フローの安定 度,平均以上の価格マージン,広告・プロモーションを減らした後の売上高
9) S h o c k e r and W e i t z [ 1 9 8 8 ] p . 2 .
1 0 ) K e l l e r [ 1 9 9 3 ] p p . 1 ‑ 2 , C f . B a r w i s e e t a l . [ 1 9 8 9 ] ; Wentz [ 1 9 8 9 ] ; Simon
and S u l l i v a n [ 1 9 9 3 ]
5 2 ( 5 2 ) 第 3 9 巻 第 1 号 の落込みなどが考えられる 1 1 ) 。
第 4 は,態度,すなわち,選択=選好の強さのうちプランド化に帰着する 部分を取り出してとらえる考え方が主流であるのに対して,取引=市場にお ける経済的交換に焦点を当てる立場がある。取引がなければどんなエクイテ ィも経済的価値も発生せず,価値は取引においてのみ実現される。いいかえ ると市場取引に価値を付加する度合に応じてエクイティが発生する。その点 では実験室的条件下でのモデル化を志向する効用モデルを直接ブランド・エ クイティの測度に適用することには慎重にならなければならないであろう。
いいかえるとブランド・エクイティは,市場取引における「プランドに関連 したプログラムや活動の成功からある製品またはサービスに生じる取引上の 測定可能な財務価値」でなければならないと主張される 1 2 ) 。
そして,第 5 に,ブランド・エクイティを静態的にとらえるか,またはそれを 動態的にとらえるかという問題がある。ここでは常に変化する環境条件のな かでブランド・イメージの一貫性を保持することが有利かどうか,それを環 境変化に不断に適合させることが必要かどうかということが議論される 1 3 ) 。 現在のブランド・エクイティ研究では, 以上のような経済主体, 研究動 機,測度,態度・取引,ダイナミズムという各側面ないし各次元が個別的に とりあげられて論じられている観が強い。しかし,それぞれの側面ないし次 元は独立または無関係に存在するのではなく,互いに関連性が認められる。
たとえば,企業の視野からは取引
0交換におけるブランド・エクイティの資産 管理の側面を行動次元から把握しようとする傾向がみられる。ただし,同じ
く企業の視野から戦略ベースで動態的にブランド・エクイティをとらえよう というパースペクティブも存在する。パースペクティブの違いがプランド・
ェクイティ概念の把握にどのように関連してくるのか,この点の解明が必要 となってくる。
1 1 ) C f . Leuthesser [ 1 9 8 8 ]
1 2 ) C f . Smith [ 1 9 9 1 ]
1 3 ) C f . Leuthesser [ 1 9 8 8 ]
アーカーのプランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 5 3 ) 5 3
2 . 短期的・プロモーション志向から長期的・プランド志向へ
それではアーカーは,どのような視角よりこの問題にアプローチしようと したのかをみよう。まずプランドを「ある売手または売手のグループからの 財またはサービスを識別し,競争業者のそれから差別化しようとする特有の
(ロゴ, トレードマーク,包装デザインのような)名前やシンボル」である とみなす。したがって,プランドの役割は,競争手段,すなわち,製造元を 顧客に伝え,類似製品を提供しようとする競争業者から顧客や製造業者を保 護することに求められる。現代のマーケティングは,差別化されたプランド の創造を目的とし,そのために市場調査が用いられ,ュニークなプランドの 連想が製品の属性,名前,流通戦略,広告を通じて確立されてきた 1 4 ) 。
にもかかわらず,現実の企業のマーケティング行動をみると,そうしたプ ランドの構築行動が必ずしも重視されていない,とアーカーは指摘する。た とえば,プランド連想とその強さについての識別が困難であり,プランドの 認知水準についての共通の理解がなく,顧客満足やプランド・ロイヤルティ の測度や診断モデルも欠如している。また,プランドと事業の成功との関連 指標もなく,プランド・エクイティを保護する責任者も不明確で,短期的志 向に陥っている。各種のマーケティングないし経営行動のプランドヘの影響 を測定・評価するメカニズムがなく, したがって,プランドの長期的戦略が ないという状況が見られる 1 5 ) 。
ここからアーカーは,プランド・エクイティ管理の必要性を主張するので ある。具体的には,以下の 9 点が提起される。①プランド・エクイティの基 礎の解明,②プランド・エクイティの創造,⑧プランド・エクイティの維 持 , ④エクイティの低下の予測, ⑥プランド拡張の決定, ⑥新しいプラン ド・ネームの創造,⑦名前とサプ・ネームのミックス,⑧プランド・エクイ ティの測定, ⑨プランド・エクイティとその構成資産の評価, がそれであ
1 4 ) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p p . 7 ‑ 8 , 邦訳 9 11 ページ。
1 5 ) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p p . 8 ‑ 1 0 , 邦訳 11 13 ページ。
5 4 ( 5 4 ) 第 3 9 巻 第 1 号 る 1 6 )
0ところでプランドの価値が明白であるにもかかわらず,なぜプランド構築 が軽視されているのか。この点の把握の仕方にアーカーの問題視角が反映し ていると思われる。まずブランドに関する長期的な戦略がない点があげられ る。特定のブランドが中・長期的に (5 10 年後)どのような環境に置かれ ているか,どのような製品クラスで競争するか,またどのような連想ないし 心理的なイメージを刺激するかについてはほとんど関心がもたれなかった。
また,そのようなブランドに及ぽすマーケティング・プログラムの長期的な 影響を測定したり,評価するメカニズムがない。たとえば,フ゜ロモーション 手段はそれがもたらすブランド連想を決定したり,ブランドヘの影響を考慮 したりしないで選択される。その理由は,ブランドのエクイティを守る責任 者であるブランド・マネジャーや製品マーケティング・マネジャーのパフォ ーマンスが,実際には四半期ないし 1 年といった短期で評価されることにあ る。ブランドに関して戦略的な思考をしようとはしないし,根本的なブラン
ドのパフォーマンスも追求しない。
一方,プロモーションは,即時かつ測定可能なかたちで売上高に影響を与 える。クーポンやリベートのような顧客向けのものと,卸売のケース割引の ような業界向けの双方があるが,実質的には価格切下げの効果をもち,マー ケット・シェアの動きや短期的な収益性には大きな効果を発揮する。ところ が,それは競争業者によって模倣されやすい。ここからさらにより有効な価 格プロモーションをおこなうことが必要になる。この過程が繰り返されるな かで肝心の提供される製品の品質,特色,サービス, したがってブランド価 値が低下することとなる。
ァーカーは,このようにアメリカの企業マネジャーが短期的なことに焦点 を当てざるをえない主な理由を,最終的には株主利益の極大化が企業の主要 目標として最優先されており,その株主が短期的な財務状態をよくすること に関心をもってはいても,企業の戦略的な見通しを通常理解できないという
1 6 ) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p p . 3 0 ‑ 3 2 , 邦訳 40 43 ページ。
アーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 5 5 ) 5 5 ことに求めている。このことが企業の組織目標やブランド管理の評価に反映 するというのである 1 7 ) 。
以上のようにアーカーは,企業の立場から長期的な企業業績の有力な代用 測度の 1 つとしてブランドの有する価値ないし資産としてのエクイティに注 目したのである。いいかえると,短期的な財務システムを補完したり,それ にかえて長期的な企業業績の測度を提供する必要から,より直接的には,株 主を満足させるような説得力のある評価測度を見つける必要からブランド・
ェクイティ論を展開しようとしたといってよい。
I V . ブ ラ ン ド ・ エ ク テ ィ の 概 念
1 . プランド・エクイティの一般的な定義
ブランド・エクイティとは何か。その定義問題を考えるのに先だってブラ ンド。エクイティの構成概念を理論的に検討しておこう。まずブランドであ るが,これについては 2 つの視角からの理解がある。 1 つは,競争視角から のそれで,ブランドを「製品ラインのなかの 1 つまたはそれ以上のアイテム と結びついた名前で,そのアイテムの源泉またば性質を識別するために利用 されるもの」 1 8 ) と規定される。同様のとらえ方として,ブランドは,「参入障 壁であり,製品カテゴリーヘの参入手段」 1 9 ) という規定がある。
もう 1 つは,財務視角にもとづく理解がある。すなわち,「識別でき, 測 定できる資産」という定義が典型的なものと言ってよい 2 0 ) 。そこでは,ブラ ンドが売買されたり,開発したり,廃棄されうるものである,プランドの所 有者は法的権利を有する,ブランドは消費者の顧客特権(フランチャイズ)
を有する,と考えられた。
1 7 ) Aaker [ 1 9 9 1 a ] p p . 8 ‑ 1 3 , 邦訳11 17 ページ。
1 8 ) K o t l e r [ 1 9 9 1 ] p . 4 3 1 .
1 9 ) Tauber [ 1 9 9 1 ] p . 1 9 .
2 0 ) F r e d e r i c k s [ 1 9 9 1 ] p . 4 .
5 6 ( 5 6 ) 第 3 9 巻 第 1 号
一方,ェクイティについては,「それが負うものを超えた財産の価値」
(Webster's D i c t i o n a r y ) ,または「資産マイナス負債」 2 1 ) というとらえ方が 共通してみられる 2 2 )0
以上のことをふまえてプランド・エクイティをどう定義するかということ が次に問題となる。通常,いかに定義されているのか。まず「プランドが製品,
サービス,企業に供与する知覚された超過価値 ( p e r c e i v e dextra v a l u e ) 」 2 3 )
というとらえ方では,プランド・ネームと結びついて機能的な製品・サービ スに付加される価値の知覚であり,消費者がノープランドの同じ製品。サー ビスとくらべてプランド付きの製品・サービスに対して支払うプレミアムこ そがプランド・エクイティにほかならないとされる。あるいはプランド・ネ ームによってもたらされる価格プレミアムあるいは高められたロイヤルティ に帰着させられる将来の割引価格,さらに将来のキャッシュ・フローの期待 値,追加的なキャッシュ・フロー,新たに競合ブランドを市場に提供するの に必要とされる設備やインフラを開発するコストを超えるプレミアムであ る,と理解される。別の表現では,プランド・ネームやシンボルに付着し,
プランド知覚,プランド・ロイヤルティ,知覚品質,プランド連想を含む一 連の資産ないし物理的資産を超えた価値がプランド・エクイティということ になろう。それはあるプランドの顧客,チャネル構成員,親会社の側に発生 する連想と行動のセットであり,そのプランドがプランド・ネームをもたな い場合よりもより大きな売上高やマージンを得ることを許す。競争視角から 言えば,競争業者に対する強力で,持続的な差別優位を与えるものである。
取引ベースから定義すると,それは顧客とプランドとの関係において発生す るロイヤルティ,連想または知覚の集合,資産の集合ということになる 2 4 ) 。
2 1 ) S r i v a s t a v a and S h o c k e r [ 1 9 9 1 ] p . 4 .
2 2 ) わが国の会計学の分野では,「持分」,「企業資産に対する利害者集団の請求権」,
「資産の使途に対して加えられる拘束」と規定されてきたようである。たとえば,神 戸大学会計学研究室編「第四版会計学辞典」同文館, 1 9 糾年を参照。 1 株当り純資 産 ( e q u i t yp e r s h a r e )のように「資産」と同義に使われているケースもある。
2 3 ) Hoffman [ 1 9 9 1 ] p . 8 .
2 4 ) C f . Aaker and B i e l [ 1 9 9 3 ] ; B i e l [ 1 9 9 3 ] ; L e u t h e s s e r [ 1 9 8 8 ] ; Aaker [ 1 9 9 1 b ]
アーカーのブランド・エクイティ概念に関する考察(陶山) ( 5 7 ) 5 7 こ れ に 対 し て , ア ー カ ー は , ア イ ボ リ ー ・ ブ ラ ン ド に 関 す る 議 論 や そ の 歴 史 的 背 景 を ふ ま え て ブ ラ ン ド ・ エ ク イ テ ィ を 次 の よ う に 定 義 す る 。 す な わ ち , そ れ は , 「 ブ ラ ン ド , そ の 名 前 や シ ン ボ ル と 結 び つ い た ブ ラ ン ド の 資 産 と 負 債 の 集 合 で , 企 業 や そ の 顧 客 に 与 え ら れ る 製 品 や サ ー ビ ス の 価 値 を 増 や す か ,
図 プランド・エクイティとその構成資産 知覚品質
名前の認知
プランド・
ロイヤルティ
プランドの連想
他の所有権のある プランド資産 プランド・エクイティ
以下のことを高めて,
顧客に価値を与える。
♦ 顧客の情報の解釈や
処 理
♦ 購買決定における確信
♦ 使用の際の満足
名 前
シンボル以下のことを高めて,
企業に価値を与える。
♦ マーケティング・プロ
グラムの効率や有効性
♦ プランド・ロイヤルティ
♦ 価格/マージン
♦ プランド拡張
♦ 取引のテコ
♦ 競争優位