小田急電鉄株式会社 交通企画部 課長
高
たかはし橋 洋
よういち一
1.観光輸送の歴史 当社は 1923 年 5 月に小田原急行鉄道株式 会社として創立され、1927 年 4 月に小田原 線 ( 新宿~小田原間 ) を、1929 年 4 月に江ノ 島線(大野~片瀬江ノ島間)を開業した。 当時の沿線地域の大部分は農村であり、現 在のように通勤・通学輸送を期待することは 難しい中で、箱根の玄関口である小田原と海 水浴場として有名だった江の島が終着駅とい うことからもわかるように、観光輸送は非常 に重要な位置づけであった。実際、1935 年 6 月から新宿と小田原をノンストップで結ぶ 週末温泉列車の運転を開始したほか、小田原 から箱根方面への路線を運営していた小田原 電気鉄道 ( 現在の箱根登山鉄道 ) とは、小田原 駅でホームを共用したり、観光客誘致を共同 で行うなど、当時から密接に箱根への誘客策 に取組んでいた。しかしながら昭和恐慌や戦 局の悪化もあり、経営基盤が弱かった当社は 厳しい経営が続くことになる。 転機が訪れたのは、戦時中に東京西南部 の私鉄が統合し発足した東京急行電鉄から、 1948年に分離・独立した際、東急系列であっ た箱根登山鉄道が当社の系列に加わったこと である。小田原から箱根湯本を経て強羅に至 る箱根登山鉄道が当社の系列会社に加わった ことは、観光のみならず当社の経営戦略に大 きな影響を及ぼした。2つの鉄道が結びつけ ば東京と箱根をダイレクトに結ぶ最短ルート となるからである。とはいえ、両社の直通運 転には軌間の違い ( 小田急線は 1,067mm の 狭軌、箱根登山鉄道は 1,435mm の標準軌) や電圧の違い ( 小田急線は 1,500V、箱根登 山線は600V)など課題は多かった。それでも、 開業からの悲願であった箱根乗り入れに向け てこれらの問題を解決し、1950 年 8 月に当 社の車両が箱根登山線に乗り入れる形で、箱 根湯本駅までの直通運転が開始された。これ により、新宿からの直通旅客は乗り入れ前に 比べ倍増することとなった。さらに翌年 2 月 には、転換式クロスシートを採用しデラック スになった 1700 形特急車が就役し、「箱根 に行くならロマンスカー」というイメージを 定着させることになる。 2.箱根周遊ルートの完成とフリーパスの発売 当社では開業当初から箱根山内を電車、 ケーブルカー、船、バスと乗り継いで回遊す小田急グループの観光戦略
1700形る乗車券を発売するなど、より手軽に自然を 楽しんでいただけるような取り組みを行って いた。そのような中、1960 年 9 月に早雲山 ~桃源台間を結ぶ箱根ロープウェイが全線開 通し、小田急グループの交通機関による箱根 周遊ルート「箱根ゴールデンコース」が誕生 した。また、その魅力をお客さまにより提供 しやすくするため、1967 年には小田急線の 往復乗車券と箱根エリアの交通機関が乗り降 り自由となる割引周遊券「箱根フリーパス」 の発売を開始した。この商品は 2007 年のリ ニューアルを経て現在も発売を続けており、 2016 年度には約 80 万枚の発売実績を誇る 当社の主力商品となっている。 3.箱根観光におけるロマンスカーの役割 小田急、箱根と切っても切れない関係にあ るのが当社の特急「ロマンスカー」、特にそ のイメージを決定付けたのが、1957 年に特 急専用車として就役した SE(3000 形 ) であ る。
「SE」とは Super Express の略で、低重 心で軽量な車体、連接台車にディスクブレー キ、補助警笛装置など高速走行を意識した機 器・構造に加え、流線型のスタイルにバーミ リオンオレンジを基調としたデザインは、当 時の鉄道車両のイメージを一新させるもので あった。営業運転開始後の人気は非常に高く、 特急の営業成績をさらに急上昇させることと なった。 また、ロマンスカーの人気の高まりを受け、 輸送力のさらなる増強を図るため、1963 年 には運転台を 2 階に配置することで、お客 さ ま が 先 頭 車 両 の 一 番 前 か ら 車 窓 の 景 色 を 満 喫 し て い た だ け る 展 望 席 を 設 置 し た NSE(3100形)が誕生した。 その後1980年に就役したLSE(7000形)、 1989 年 に 就 役 し た HiSE(10000 形 ) と こ の展望席を設置したスタイルが受け継がれ、 ロマンスカー=展望席といったイメージが定 着することとなった。 4.観光エリアのリニューアル実施 高度経済成長に伴う生活水準の向上により 時間的、経済的な余裕が生まれ、箱根をはじ め、江の島・鎌倉といった当社沿線の観光地 を訪れるお客さまは年々増加を続けていっ た。 しかしながら、他の観光地との競争、レ ジャーの多様化、あるいはバブル経済の崩壊
寄 稿
箱根フリーパスの利用イメージ SE(3000形) NSE(3100形)そこで、2000年代に入り、箱根ロープウェ イの架け替えを行うとともに、芦ノ湖で運航 する遊覧船の新造を行うなど、大規模な施設 改修を実施した。また、各乗り物だけではな く、これらの結節点となる駅舎の改良もあわ せて実施。バリアフリー化の実施などによっ て乗換の利便性向上を図った。また、箱根湯 本駅についても年間 2000 万人のお客さまを 迎える箱根の玄関口として橋上駅舎化し、施 設の拡充・バリアフリー化を図った。 また、長らく江の島のシンボルとして親し まれてきた展望灯台についても老朽化が問題 となっていたことから、江ノ島電鉄の開業 100 周年事業の一環として、2003 年に建 て替えを行った。現在は「江の島シーキャン 5.インバウンドへの取り組み このように小田急グループは箱根、江の島・ 鎌倉など国際観光地に多くの営業拠点を有 し、国内・海外問わず多数の観光客にご利用 いただいている。 そのような中で当社では、訪日外国人旅 行者受け入れ体制の一環として、1999 年 に外国人観光案内所「小田急外国人旅行セン ター ( 現:小田急旅行センター・新宿西口 )」 を新宿駅に開設した。これは鉄道業界とし ては初の取り組みであり、英語・中国語・ 韓国語などが話せるスタッフを有し、箱根、 江の島・鎌倉などの案内や箱根フリーパス などの企画乗車券・ロマンスカー特急券な どの販売を行っている。 2003年に小泉首相 (当時)が「Visit Japan」 を掲げ、それ以降、国策として訪日外国人の 誘致を行っていることもあり、中国・台湾・ 韓国などをはじめとする多数の訪日旅行者に ご利用いただいている。東日本大震災があっ た 2011 年を除き、当社を利用する外国人旅 行者は毎年増え続け、2017 年度の新宿・小 田原両旅行センターの利用人員は 30 万人を 越えている。 江の島シーキャンドル(ライトアップ時) 現在の箱根湯本駅 小田急旅行センター新宿西口
積極的に出展している。また、欧州からの 旅行者獲得のため、2018 年 2 月にはフラン ス・パリに駐在員事務所を開設した。今後、 2019 年のラグビーW杯や 2020 年の東京 五輪など、欧米からの旅行者が増えると想定 しており、日本政府観光局 (JNTO:Japan National Tourism Organization)をはじめ 官民一体となり誘客に努めていく。 インバウンド取組みの最後として、駅にお ける受入環境の整備について説明する。 2015 年度より 3 ヵ年かけ、外部の英会 話学校と連携し、駅係員に対して改札や窓口 などで使える基礎的な英会話教育を実施し た。 また、係員が所持している携帯電話を用い、 電話による通訳サービスを導入している。こ れは駅係員とお客さまとの会話をオペレー ターが英語・韓国語・中国語・スペイン語・ タイ語に翻訳する仕組みとなっており、お忘 れ物対応など複雑な問い合わせ対応をサポー トしている。 さらに、指差し会話帳を各駅に設置するな ど、さまざまな施策で訪日外国人の受け入れ 環境を整備している。 6.季節を問わない魅力作り 当社では、箱根、江の島・鎌倉など沿線観 光地への誘客の一環として、地元企業や自治 体などと連携した魅力づくりも行っている。 外国人旅行センターではピーク時にはお客 さまをお待たせすることが多くなってきたこ とから、2018 年 2 月~ 3 月にかけて大規模 なリニューアルを実施。お伺いカウンターを 拡張したほか、新宿から箱根・空港までの配 送やスーツケースの一時預かりにより「手ぶ ら観光」メニューを充実させるなど、サービ スの向上を図っている。 また、「商品力の強化」の一環として、訪 日外国人向けの企画乗車券の開発を進めてい る。 2015 年には東京空港交通と連携し、「リ ムジン&箱根フリーパス」を発売したほか、 2017 年には箱根、江の島・鎌倉エリアが周 遊できる「箱根鎌倉パス」を発売。さらに、 2018年4月からは関東の大手鉄道12社局と バス 52 社局が利用できる「Greater Tokyo Pass」を発売するなど、訪日外国人のニーズ を踏まえた商品づくりを進めている。 また、訪日外国人向け企画乗車券だけでな く、日本人にも人気が高い「箱根フリーパス」 も多言語対応を進めている。日本語だけでな く、英語、韓国語、中国語(繁・簡)、タイ語、 フランス語、スペイン語の計8言語のパンフ レットを用意している。 さらに、訪日外国人旅行者獲得の一環とし て、2016 年 9 月に「東南アジアのハブ」と 称されるタイ・バンコクに駐在員事務所を開 設、現地の旅行代理店と連携し、誘客をすす めるともに、東南アジアの旅行イベントに
寄 稿
Greater Tokyo Pass の券面イメージ
ルディングスでは箱根エリアの事業者、観光 協会などと連携し、季節ごとにイベントを実 施している。 たとえば、「夏の想い出キャンペーン」「冬 ののんびりキャンペーン」は箱根のさまざま な施設の協力のもと、クーポンブックを制作 するとともに、「藤子・F・不二雄ミュージア ム」とタイアップしたスタンプラリーを実施 している。また、春、秋には「箱根スイーツ コレクション」を開催。ロマンスカー車内を はじめ、箱根山内のホテルやレストランにお いて工夫を凝らしたスイーツを提供し、箱根 観光の新たな魅力を提供している。 江の島エリアにおいても季節を問わない魅 力づくりを行っている。江の島は従来夏の海 水浴シーズンのみお客さまが多く、それ以外 の季節はお客さまが少なかった。当社でも「く げぬまプールガーデン」を運営していたが、 レジャーの多様化などの理由により、2000 年に閉園した。そこで、小田急グループであ る江ノ島電鉄が中心となって、江の島エリア の魅力活性化に取り組んでいる。 たとえば、江の島展望灯台(江の島シーキャ ンドル ) は冬の時期にあわせてライトアップ 京ドイツ村」と並んで「関東3大イルミネー ション」に認定された。 7.新たな観光スポットの開拓 沿線の魅力向上の一環として、箱根、江の 島・鎌倉といった国際観光地だけでなく、沿 線の新たな魅力創造をすすめている。 たとえば、神奈川県の県央地区に位置する 丹沢・大山エリアでは神奈川中央交通や大山 ケーブルと連携し、企画乗車券「丹沢・大山 フリーパス」を発売。新緑や紅葉の季節を中 心に多くのお客さまにご利用いただいてい る。 また、大山は江戸時代より大山の水を使っ た豆腐が名物であることから、地元のお店と 協力し、春に「大山とうふキャンペーン」を 開催。とうふスイーツなど手軽にとうふを食 べることができる。 また、2017 年には映画ゴジラとタイアッ プしたキャンペーンを実施。ゴジラとタイ アップした御朱印帳を大山阿不利神社で販売 するほか、大山名物としてゴジラカレーを打 ち出すなど、さまざまなイベントを実施。ゴ ジラファンが多数参加していただくなど、新 たな山歩きの魅力を創りあげている。 「箱根スイーツコレクション」よりロマンスカー車内販売のスイーツ 大山ケーブルカー
8.新型ロマンスカー GSE(70000形)の導入 新型ロマンスカー開発にあたり、まずは社 内横断的なプロジェクトとして 2014 年に 「ロマンスカー・グランドコンセプトの策定」 を行った。策定にあたり、すでに当社のロマ ンスカーをデザインしている岡部憲明氏や VSE(50000 形 ) の開発に携わった社内関係 者へのインタビューをはじめ、ロマンスカー 利用者への Web アンケートやお客さまから 「ロマンスカーに対する想い」をヒアリング した。 また、これらの情報を元にプロジェクトメ ンバーで議論を重ね、2015 年に「心を動か すロマンスカー」という「ロマンスカー・グ ランドコンセプト」を策定した。その後、プ ロジェクトメンバーを中心に新型ロマンス カーのコンセプト策定に着手した。新型ロマ ンスカーへの想いやロマンスカーの色などに ついても議論し、ロマンスカーGSEのコン セプト「箱根につづく時間 ( とき ) を優雅に走 るロマンスカー」を策定した。 その後、岡部憲明氏との幾度にわたる打ち 合わせや車内サービスの詳細仕様などさまざ まな検討を重ね、2018年3月にロマンスカー MSE(60000 形 ) 以来 10 年ぶりとなる「ロ マンスカー GSE」が就役することとなった。 ロマンスカー GSE は「風景に溶け込む展 望車両」「快適な車内空間」「カラーリング」 などさまざまなこだわりを詰め込んだ車両と なっている。 2018 年2月 17 日の特急券発売開始以降、 土休日はもとより平日でも人気の展望席は取 れにくい状況が続いており、改めて展望席の 注目が高いと感じている。 9.おわりに 2018 年 3 月は、新型ロマンスカー GSE の運行開始とともに、構想から 50 年、着工 から 30 年をかけた当社の一大プロジェクト である代々木上原~登戸間の複々線化が完成 し、朝方のラッシュ時間帯を中心に抜本的な ダイヤの見直しを実現することができた記念 すべき月となった。 列車本数の増加による混雑緩和はもとよ り、速達性の向上や東京メトロ千代田線への 直通列車増発などを実現することで、小田急 線は混んでいて遅いというこれまでのマイナ スイメージを払拭し、快適でスピーディーと いう良好なイメージを実現したいと考えてい る。 複々線完成に新型ロマンスカー GSE の就 役と、まさに「新しい小田急」が誕生するこ の機会に、皆さまにも小田急線を利用してお 出かけいただければ幸いである。