学位論文の内容の要旨
論 文 提 出 者 氏 名 奥橋 佑基
論 文 審 査 担 当 者 主 査 三浦 修
副 査 水谷 修紀、清水 重臣
論 文 題 目
NOTCH
knockdown affects the proliferation and mTOR signaling of leukemia cells(論文内容の要旨)
<要旨>
目的: siRNA を用いた
NOTCH1
とNOTCH2
の遺伝子発現の抑制の、白血病細胞の細胞増殖と下流 のシグナル伝達系に対する効果を解析した。材料と方法: 急性 T リンパ芽球性白血病 (T-ALL) 細胞株 2 種と急性骨髄性白血病 (AML) 細胞株 2 種の細胞株に対し、
NOTCH1
、NOTCH2
を標的とした siRNA を導入した。ノックダウンの細胞増殖 とタンパク質発現に対する効果は、比色法 WST-8 アッセイとイムノブロット法を用いて解析した。結果:T-ALL 細胞株において、
NOTCH1
のノックダウンはNOTCH2
のノックダウンと同様に細胞増 殖抑制効果を示し、アポトーシスを誘導した。MYC タンパク発現量はNOTCH1
をノックダウンした 細胞では減少したが、NOTCH2
をノックダウンした細胞では変化がみられなかった。AML 細胞株で は、NOTCH 1
とNOTCH 2
のノックダウンは、細胞増殖に有意な変化は起こさなかった。また、NOTCH2
のノックダウンは Notch1 蛋白の発現を増加させることなく活性型 Notch1 断片を増加させた。さ らに、ヒト単球性白血病細胞株である THP-1 では、NOTCH
のノックダウンが mTOR タンパクの発現 を減少させた。対照的に、Notch リガンド刺激によって Notch を活性化させると、THP-1 で mTOR の発現増加がみられた。結論:Notch シグナリングにおけるこれらの新しい知見は、白血病に対して有効な Notch を標 的とした分子標的治療薬の一因となる。
<緒言>
Notch シグナルの活性化は白血病細胞、特に T-ALL 細胞の増殖に関与していることが報告され ている。このことは、Notch シグナルの活性化に関与するガンマセクレターゼを阻害する働きを もつガンマセクレターゼ阻害剤 (GSI)が、白血病の分子標的治療薬候補となることを示唆する。
我々のグループらは、GSI が種々の白血病細胞の増殖を抑制することを報告してきた (Okuhashi et al. Anticancer Res, 2010) 。しかし、ガンマセクレターゼは Notch 以外にも多くのタンパク を基質としており、GSI の作用が Notch 以外のシグナル伝達系に対する作用である可能性がある。
従って、より特異的な Notch の阻害効果を解析すべきである。
我々は以前に、Notch リガンド刺激による AML 細胞の増殖効果は多様であることを報告してい
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るが、AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない。
mTOR シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており、Palomero らのグループが Notch と mTOR のクロストークについて報告している。その報告によると、活性型 Notch が
HES1
の発現を 誘導し、HES1 がその下流にあるPTEN
の発現を抑制する。PTEN は AKT タンパクのリン酸化を間接 的に阻害し、その結果、mTOR シグナルを抑制している。mTOR から Notch への逆方向のクロストー クに関しては、いくつかの白血病細胞において、mTOR 阻害剤が Notch1 の発現と活性化に影響を 及ぼすことを既に報告している。しかしながら、Notch と mTOR 間の関係は完全には証明されてい ない。本研究では、これらの問題を解決するために、siRNA によって
NOTCH1
とNOTCH2
をノックダウ ンさせることにより、 T-ALL および AML 細胞株における細胞増殖と mTOR シグナルへの作用を解 析した。その結果、NOTCH
遺伝子のノックダウンによる興味深い効果と、Notch と mTOR との新た な関係を発見したことを報告する。<方法>
細胞:AML 細胞株 2 種 (THP-1、TMD7) および
NOTCH1
に変異がある T-ALL 細胞株 2 種 (DND-41, KOPT-K1) を用いた。THP-1 と TMD7 において、Notch リガンド刺激が細胞増殖に影響を及ぼすこと を我々は以前に報告している。なお、これらの細胞は 10 % 牛胎児血清含有 RPMI-1640 培養液、5 % CO2環境下で培養した。siRNA:
NOTCH1
を標的とした siRNA (siN1) とNOTCH2
を標的とした siRNA (siN2) でそれぞれ 塩基配列の異なる 3 種ずつを用いた。また、The stealth RNAi negative control Duplex を siRNA のコントロールとして用いた。これらの siRNA をエレクトロポレーション法によって 40 nM ずつ 細胞内に導入させた後、培養液中で培養した。Notch リガンド:ヒト組み換え型の Notch リガンドである Jagged1 または Delta1 をそれぞれ 1 μg / well ずつコートしたプレートで、細胞培養を行った。
細胞増殖測定:siRNA による細胞の短期増殖への効果を評価する方法として WST-8 assay を行 った。5×104個/well の細胞を 0.1ml ずつ 96 穴プレートに添加して 3 日間培養後、WST-8 試薬を 添加し ELISA プレートリーダーで細胞数を計測した。
形態学: 2 日から 7 日間培養した細胞のサイトスピン標本を作製後、ライト染色を行い、分化 やアポトーシスの有無を評価した。
イムノブロット法:イムノブロット法により siRNA と Notch リガンドによる細胞内タンパクの 発現およびリン酸化に対する効果を評価した。siRNA または Notch リガンド刺激後 8 時間、24 時 間、48 時間でタンパクを回収後、SDS-PAGE およびイムノブロット法を行った。評価に用いた抗体 は、Notch1、cleaved Notch1、Notch2、MYC、AKT、p-AKT、mTOR、p-mTOR、4E-BP1、p-4E-BP1、S6K、
p-S6K、PTEN、内部標準としてα-Tubulin を用いた。なお、用いたすべての抗体で少なくとも 3 回以上の実験を行い、その再現性を確認した。
定量 RT-PCR:siRNA による遺伝子発現量の変化を解析するため定量 RT-PCR 法を用いた。siRNA を細胞に導入して 24 時間後に RNA を抽出した。各遺伝子の mRNA 発現量を測定し、
β-ACTIN
mRNA 発現量で標準化して評価した。<結果>
NOTCH
siRNA によるノックダウン効率:各 3 種の siN1 と siN2 による、NOTCH1
とNOTCH2
mRNA およびタンパクの発現へのノックダウン効率を比較し、細胞ごとに最も導入効率のよかった siRNA をその後の解析に用いた。NOTCH
siRNA による細胞増殖への効果:siN1、siN2 をそれぞれ 4 種の白血病細胞株に導入し、3 日間培養した結果、DND-41 と KOPT-K1 で細胞増殖の抑制が認められた。一方、THP-1 と TMD7 では、siRNA 導入による細胞増殖の顕著な差はみられなかった。また、siN1 と siN2 を混合して細胞に導 入し、相加または相乗効果を検討したが、大きな変化はみられなかった。さらに、siN1、siN2 を 導入した DND-41 と KOPT-K1 では、アポトーシス像を示唆する形態変化を認めた。この形態変化は siN1 と siN2 での違いはみられず、また形態学的な分化誘導は認められなかった。
NOTCH
siRNA によるタンパク発現への効果:NOTCH
のノックダウンが Notch シグナルおよび mTOR シグナルへ及ぼす効果を解析した。用いたすべての細胞で、siN1 と siN2 導入によってそれぞれ 標的とする Notch1、Notch2のタンパク発現の減少が認められた。また siN1 により Notch1 の活 性型断片である cleaved Notch1 の減少も認められた。興味深いことに、THP-1 と TMD7 で siN2 導 入によって、Notch1 のタンパク量は変化せずに cleaved Notch1 のみの増加が認められた。一方、T-ALL の DND-41 と KOPT-K1 では siN2 によるこのような変化はみられなかったが、siN1 導入によ って MYC の減少が認められた。次に、mTOR シグナルへの効果を解析したところ、DND-41 で siN1 によって p-4E-BP1 と S6K の減少がみられた。THP-1 では siN1 と siN2 によって mTOR または p-mTOR の減少が認められた。
Notch リガンドによる mTOR シグナルへの効果:THP-1 で
NOTCH
のノックダウンが mTOR と p-mTOR を減少させたことを確認するため、Notch リガンド刺激によって Notch を活性化させ、mTOR タン パクの変化を解析した。Notch リガンドである Jgagged1 と Delta1 による刺激後、24 時間から 48 時間で mTOR と p-mTOR の増加が認められた。また、リガンド刺激後 8 時間から 24 時間で p-AKT、p-4E-BP1、p-S6K が増加した。
<考察>
本研究は、
NOTCH
のノックダウンがNOTCH1
変異をもつ 2 種の T-ALL 細胞株の増殖を抑制させる ことを示した。Notch1 の恒常的な活性化がNOTCH1
変異をもつ T-ALL の細胞増殖に重要であるこ とはすでに知られているが、NOTCH
siRNA が T-ALL 細胞株の DND-41 と KOPT-K1 の増殖を抑制する ことを示した研究は本研究が初である。我々が知る限り T-ALL における Notch2 の役割はまだ報告されていない。本研究から、
NOTCH2
変異をもたない T-ALL 細胞が、NOTCH1
のノックダウンだけでなく、NOTCH2
のノックダウンによっ- 4 -
ても細胞増殖が抑制されたことを見出した。また、
NOTCH1
のノックダウンで認められた MYC の発 現抑制は、NOTCH2
のノックダウンでは認められなかった。我々はこれまでに Notch リガンド刺激による Notch 活性化が AML 細胞の増殖に多様な効果を及 ぼすことを報告した。近年、AML 細胞では Notch の標的遺伝子である
HES1
の発現量が低いことが 報告されている。siRNA を用いた本研究でも、AML 細胞における Notch は細胞増殖にほとんど影響 を及ぼさない可能性が示唆された。しかし、THP-1 と TMD7 で活性型 Notch1 断片が認められるの で、弱い発現ではあるが Notch は活性しており、THP-1 ではいくつかのタンパクのリン酸化に関 与している。我々が以前報告したように、Notch リガンドを自ら発現する AML 細胞では、Notch シグナルが自律的に活性化していると考える。今回、我々は AML 細胞において、
NOTCH2
のノックダウンが Notch1 タンパクの発現に影響を与 えることなく活性型 cleaved Notch1 の発現量を増加させたことを見出した。この発見から、Notch2 の減少が Notch1 の断片化を促進させたか、あるいは cleaved Notch1 の半減期を促進させた可能 性が示唆される。T-ALL ではこのような現象が認められなかったが、これは T-ALL がNOTCH1
変異 をもつため、cleaved Notch1 が恒常的に活性化しているためだと考えられる。Notch2 から Notch1 への経路について証明する必要がある。Notch と mTOR との関係については、Notch によって発現誘導された HES1 タンパクが
PTEN
の転 写を抑制した結果、AKT のリン酸化が促進されて mTOR の活性化が起こることが知られている。さ らに、Notch 活性化による AKT のリン酸化は乳がん細胞や前立腺がん細胞などでも報告されてい る。我々も THP-1 において、Notch の活性化が mTOR の発現とリン酸化を促進させ mTOR シグナル を活性化させるという、Notch から mTOR への別の経路を発見した。ただし、mTOR の下流にある 4E-BP1 と S6K のリン酸化が、mTOR のリン酸化のピーク時間よりも先行することについては不明で ある。TMD7 では Notch リガンド刺激によって、これらのタンパク質およびリン酸化に影響を及ぼ さなかった。この Notch から mTOR への経路はPTEN
が欠失している THP-1 だけに認められると考 える。NOTCH
siRNA を用いた本研究により、Notch シグナルの新たな効果を明らかとなった。さまざまな白血病に対し、Notch を標的とした有効な新規分子標的薬を開発する際には、これらの知見を 考慮に入れるべきであると考える。
論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第 4 6 1 7 号 奥橋 佑基
論文審査担当者 主 査 三浦 修
副 査 水谷 修紀、清水 重臣
(論文審査の要旨)
Notch1 は造血細胞の増殖と分化を調節する細胞膜受容体で、急性 T リンパ芽球性白血病(T-ALL) では、Notch1 遺伝子変異が高頻度に見いだされ、Notch1 シグナルの異常活性化がその発症に関与 することが明らかにされている。申請者は修士課程の研究で、Notch シグナルの活性化を抑制す るγ-セクレターゼ阻害薬が、T-ALL を含む様々な白血病細胞株の増殖に種々の影響をもたらすこ とを示した。そこで本研究では、Notch1 と Notch2 を siRNA を用いてノックダウンすることで、
より特異的に Notch シグナルの白血病細胞における役割を検討した。Notch1 遺伝子異常を有する 2 種類の T-ALL 細胞株では、Notch1 や Notch2 のノックダウンにより、細胞増殖は抑制されアポト ーシスが誘導された。一方、2種類の急性骨髄性白血病(AML)細胞株では Notch のノックダウンに よる増殖抑制効果は認めず、THP-1 細胞株では、PTEN 非依存性に Notch シグナルが mTOR の発現と 活性を亢進させる事が見いだされた。本研究は、T-ALL における Notch1 異常活性化が細胞増殖に 及ぼす役割を明確にすると供に、AML においても Notch シグナルが病態に何らかの影響を及ぼし うる可能性を示すもので、分子標的療法開発のための研究などにも有用な示唆を与えうる意義の ある研究と評価出来る。