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神奈川大学教職課程指導室

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Academic year: 2021

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神奈川大学心理 ・教育研究論集 第 28号 (2009年3月31日)

内容

・学校ボランテ ィアの報告 磯上恵介

・ボランティアを通 して 感 じること

伊 良部温野

・か らかいを通 じて み えて きたもの

小野啓之

神奈川大学 教職課程指導室

学校ボランティアの報告

私は、今年の3月か ら浅間台小学校 でボランテ ィアを しています。校長先 生 をは じめ浅間台小学校の先生方 には 大変お世話 になっていますO まだ短い 期間ではあ りますが、私が浅間台小学 校で経験 した ことを報告 したい と思い ます。

私は浅間台′ト学校で低学年 を担当す る機会が多いです。 とい うの も、低学 年の児童 の中に落 ち着きのない子がい るか らです。WHl)やLDの子 どもは授業 についていけな くな りイライ ラした様 子 を見せ た りしますO落ち着 きのない 子 どもたちは、授業 中に じっとしてい ることができませんO授業が円滑に進 んで、子 どもたちの力になるよ うに、

私 は投薬 に集 中できない子 どもの側 に 寄 り添い、一緒に授業を受けた りしま す。 こ うや って学校ボランテ ィアを し ている と、学校、授業、子 どもたち、

先生たちの様子 を実際に見ることがで きて 日々勉強にな ります。

小学校では毎 日の ように事件が起 こ ります。それは大体が授業中ではな く て、お休み時間や、昼休みな ど、先生 が 目を離 しているときに起 こ ります。

先生が見ていない ときに子 どもたちの 本 当の姿が表 に現れ るか らだ と思いま す。先 日もこんなことがあ りま した。

私が休 み時間に外で子 どもたちと楽 し く遊んでいる と、 1年生の男の子が大 きな声で泣 きなが ら私のほ う‑ と歩い て くるのです。私はその異変 に気がっ き、す ぐさまその子のもとに駆け寄 り、なぜ泣いてい るのか尋ねま した。

法律学科4年 磯上意介 ど うや らともだちと喧嘩 を して腕 を噛 まれた とのことで した。私は男の子 の 腕 を見てびっ くりしま した。み ごとな までの歯形が腕に くっき りと残 ってい ま した。素人 目の私か ら見て もこれ は まずいな と思 うほどで、す ぐに保健室 で診て もらうことに しま した。 こんな に くっき りと跡が残 るまで噛み付 くな んて、噛み付いた子 どもはそんなに腹 立た しいことがあったのか と思い、何 で噛み付いたのか尋ねてみま した。

返 ってきた答 えに私は拍子抜 け しま し た。 なぜな ら、噛み付いたのが 虫除 け スプ レーを貸 して くれなかった とい う 理 由だか らです。そんな些細 な ことが 喧嘩 の原因で、歯形が残 るほ ど強 く噛 み付 いた理由だったのか と思 うとなん だか とても悲 しくな りま したO私 は噛 み付いた子 どもを叱 りま した。 しか

し、 ともだちを噛んだ子 どもは、相手 が貸 して くれなか ったか ら悪 い、の一 点張 りです。 この とき私は教師 の仕事 の難 しさを知 りま した。相手の痛み を 言葉で どう子 どもに伝 えればいいの か、 どうすれば、噛み付いた子 が、 ど んな理 由であれ暴力 を振 るってはいけ ない とい うことを理解できるのかにつ いて私は考えま したが、良い答 えが見 つか りませんで した。噛まれた子 ども は保健室で診ても らった結果 、大事 を とって、病院 にい くことにな りま し た。

こ うい った事件 は/j、学校で は毎 日の よ うに起 こ りうることだ と思 い ます。

学校 での こ うした課題 を真筆 に受 け止 めて、また次 に活 かせ るよ うに今後 も がんばっていきたい と思います。

'̲̲̲̲̲."̲̲̲.一 日̲̲.∴,.̲̲.̲̲̲..,̲...̲̲̲̲̲.̲‑̲̲̲‥...W .̲̲ 、.̲.‑./"̲.̲、ー̲..̲ 日日.・‑⊥‑1I‑‑‑‑‑

‑ 146‑

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Page2 学校ボランテ ィア通信

ボランティアを通して感じること

私は中学生の頃か らず っ と教師にな りたい と思 って いま した。その気持 ちは一度 も揺 らぐことは無か っ たのですが、その夢 の為 に何 か行動 を起 こす とい う こはあ りませんで した。 しか しそんな時、大学 の先 生か ら′」、学校のATのボランテ ィアを勧 められ、心の 奥で何 か行動 を起 こ したい と思 っていた私はボ ラン テ ィアをす ることに しま した。

「先生J と呼ばれ る立場 で学校教育に関わることは もちろん初 めての経験 で、期待 と緊張が入 り交 じっ た中、初 日を迎えま したOその 日の5年生の理科の時 間、初 めて児童 に 「先 生」 と呼 ばれ た ことは今 で も 忘れ られませ ん。

ボランティアを始めて間 もない私 にとっては、学校 現場で見 るもの ・触れ る もの全 てが新鮮で、それ だ けで も学ぶ ことは多いのです が、その感動 を子 ども たち と共感 で きる とい うこ とが今 の私 に とっては幸 せで、大きな意味をもつ ものだ と感 じていますo

もちろん、学校現場 は楽 しい ことばか りではあ りま せ ん.子 どもたちは私 と じゃれ合 ってい るつ も りで も、度 が過 ぎる とどこか ら注意すれ ば よいのか悩 む 場 面 も多々あ ります。 この よ うな場 面は今後 も子 ど もたち と深 く向き合 えば向 き合 うほ ど増 えて くる と 思い ます。 しか し、その よ うな時 には悩み なが らも

自治行政学科

4

年 伊良部温野 そ こか らや りがいを見出せ る人間 にな りたい と思っ ています。

まだ まだ本 当の先生方 の よ うに子 どもたちを理解 した り上手 く対応 した り出来ない部分 も沢 山あ りま すが、ATとして私は私な りに、子 どもたち と関わっ てい き、そのなかで子 どもたちの可能性 を どん どん 引き出 していけた らと思 ってい ます。そ して教師 を 目指す一人の人間 として、一回 り成長 出来れ ばいい な と感 じていますO将来、私が本 当の教師になれた 時 は、 このボランテ ィアで始 めて 「先 生」 と呼ばれ た時の感 動 を忘れず、その気持 ち を大事 に していけ る教師 にな りたいです。 その為 に も、今 このボラン テ ィアで積極的に子 どもたち と関わ り、将来 に生か してい けるよ う多 くの ものを感 じ取っていきたい と 思います。

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神奈川大学心理 ・教育研究論集 第28号 (2009年3月31日)

第6号 page3

からかいを通じてみえてきたもの

玉川大学 通信教育部 小野啓之 私は、昨年3月か ら寺尾小学校にATのボラン

テ ィアとして参加 させていただいている。 このボ ランティアをは じめたきっかけは、小学校教員 を 目指すにあた り、教職に就 く前に学校現場を見た り体験 した りす ることが、とても大切だと考えて いたか らである。ATをは じめる前にも、何度か宿 泊体験のボランティアに参加 した り、学童保育の アルバイ トを しなが ら学校や子 ども達 とかかわっ てきた。その経験か ら私が思っていたことは、ボ ランティアやアルバイ トは、現職の先生 とは違 い、 とても近い距離で子 ども達 と接す ることがで きる、子 どもの本音を聞 くことができるとい う長 所があることである。子 どもに近い存在であるこ とで、思いっきり遊んだ り、話を した りして、子 ども達の笑顔 を見ることができる。 もちろん、指 導が うま く伝わ らずに、子ども達が言 うことを聞 いて くれないことも多々あるが、アルバイ トやボ ランテ ィアは、教職に就いた ら経験できないよ う な経験 をす ることができる立場だ と思っていた。

私のこのよ うな考えか ら、ATを始める時は、学 校現場 に入るとい うことの重要性、安住 を意識 し なが らも、子 ども達を笑顔にできるよ うな先生に なろ うと思い、子 ども達に受容的な態度で接 し た。子 どもが声をかけて くれた らそれに明るく対 応 し、また、積極的にいろいろな子 どもに声をか けていった。子 どもとかかわってい くうちに、あ ることに気がついた。それは、子 ども達はか らか いを通 じてかかわ りを求めてくるとい うことであ る。次に、私がか らかいを通 じて得たこと、感 じ たことを述べる。

か らかい とは恐ろ しいものである。初めは数人 の子 どもしか、か らかいをしなかったのに、それ が一度行動 として認められると、其似 をし、か ら かいを始める子が次々と登場す る。 どこかで歯止 めをつけなければ、か らかいはよ りエスカ レー ト す る。私は活動に参加 した初 日目か ら、噺笑 され るようなあだ名をつけられ、それが学年全体に広 まって しまったのである。私は、 自分の子 どもに 対する対応 を深 く反省 した。 よいことはよい、悪 い ことは悪い と教 えるのが教師の使命ではない

か。頭ではわかっていることだが、私は子 ども達 に嫌われた くない、 とい う思いや、まず始めは人 間関係づ くりを大事に し、叱ることは最低限に し よう、 と思い子 ども達に接 して しまった。その結 果が、 「か らかいを許す関係

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馴れ合いの関 係」を生み出 して しまったことは言 うまでもない と思 う。 しか し、後戻 りはできない.私は、まず このか らかいを止 めなければな らない、 と思っ た。学校の帰 り道や家に帰ってか ら、色々な人に 相談 した り、 自分で考えた りした

「どうした ら 子 どもたちはか らかいをやめて くれるのだろ う か ?j私は、 この問題 を解決することが何 よ りも 大切だ と考えた

「もし次に言われた ら厳 しく注 意 しよう。せめて、や めようと声かけを しなけれ ば」 と自分に言い聞かせ学校に行 く。 しか し、実 際子 ども達に会 うといつ も通 りの対応になって し ま う。私はこの悪循環に悩まされ、 日々 どうした らいいのか悩んでいた。徐々に子 ども‑冷静な対 応が とれるようになると、少 し声かけができるよ うになった。 きつ く叱 るのではなく、今 自分が 思っていることを子 どもに伝 えようと思い、行動 す るようになったD学校で子 どもたちに出会 う と、まずか らかいの一言が飛んでくる、す ると、

「今なんて言ったの ?その呼び方はやめてほ しい な」 と言えるようになった。そ して今、最 も多 く 活動をともに してい る5年生の学級でのか らかい は減少 している。 しか し、未だにか らかいを通 じ てかかわ りを持 とうとする子も存在する。

か らかわれなが らも、長い期間を通 して子 ども 達 とかかわ り、 とて も良い関係が築けていると思 う。例えば、休み時間に一緒に遊んだ り、ちょっ とした悩みを聞いた り、掃除を した り、一緒に なって叱 られた り等様々である.子 どもと一緒 に 活動す ることは とて も楽 しい。そんな子 どもの姿 を見ていると、子 どもは、本当に悪意をもって私 をか らかっているわけではないことがわかる。偉 そ うな言い方だが、私 とかかわ りを持つための手 段 としてか らかいを選んでいるとも言えると思

うo

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このような活動 を通 じて、子 ども達に とつてのATの 録 = 一.̲Y=ー:..、‑.I 存在がどうい うものなのかが見えてきたo約 1年ATと

して活動 して強 く感 じることは、子 ども達は鋭い 目を

持ち、大人の立場 を見抜 くとい うことである○ 当然 のことであるが、Aヒ Tはボ ランテ ィア としての先生 なのヽ1らJ/ :

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で、教科の指導 も しなければ宇検 も租当 していない上≧≠一 一、

‑ また、正式な先生ではない、大早生である、 とい つーとを子 ども達はよくわかっている.また、人格や性格

を読み取るのもとてもうまい。先生によって佳度や行 I軒j̀t̲̲ト‑, a()」p

動 を変えることができる○ これは子 どもの才能 とも言 ・こナ2T. えるかも しれ ない○そんな賢い子 どもに、ATは 1人の J.lAゝ‑I

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参照

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