著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公 序良俗概念 : 「ターザン」事件
著者 井関 涼子
雑誌名 同志社法學
巻 65
号 1
ページ 163‑203
発行年 2013‑05‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014544
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一六三
著 作 物 の キ ャ ラ ク タ ー か ら な る 商 標 と 商 標 法 上 の 公 序 良 俗 概 念
―― ﹁ターザン﹂事件――
知的財産高裁平成二四年六月二七日判決 平成二三(行ケ)一〇三九九号﹁ターザン﹂審決取消請求事件 判例時報二一五九号一〇九頁
井 関 涼 子
Ⅰ 事実の概要
被告は、﹁ターザン﹂を標準文字で表す標章について、指定商品を第七類:プラスチック加工機械器具、プラスチック成形機用自動取出ロボット、チャック(機械部品)とする本件商標(登録第五三三八五六八号)の商標権者であった。本件は、原告が被告の商標登録の無効審判を請求したが、特許庁は請求不成立審決をしたので、原告がこれに対する審決取消訴訟を提起したものである。
一六三
( )同志社法学 六五巻一号一六四著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
﹁ターザン(Tarzan)﹂とは、米国の作家エドガー・ライス・バローズ(一八七五年~一九五〇年)によって創作され、一九一二年から出版された小説シリーズ﹁ターザン・シリーズ﹂(全二六巻)に登場する主人公の名前である。﹁ターザン・シリーズ﹂を構成する各作品は、いずれも、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者となった主人公﹁ターザン﹂の物語であり、この主人公は、バローズが創造した架空の人物であって﹁ターザン﹂は、造語である。﹁ターザン・シリーズ﹂の各作品は、一九五〇年代までに約三〇か国語に翻訳されて約五〇か国以上の人々に読まれ、一九一二年から一九四七年までの間に一億部以上が販売され、米国では一九六二年ころの一年間で約一〇〇〇万部が販売された。日本においては、﹁ターザン・シリーズ﹂の各作品の翻訳本が一九二一(大正一〇)年から二〇〇〇(平成一二)年にかけて複数の出版社によって発行され、﹁ターザン・シリーズ﹂の翻訳版として発行された書籍は約五六冊ある。小説﹁ターザン・シリーズ﹂の日本における著作権は、バローズの死亡日が属する年の翌年である一九五一年の一月一日から五〇年と三七九四日(戦時加算)を加算した二〇一一(平成二三)年五月二二日まで存続期間が残っていた。また、映画やコミックスなどの派生的著作物にはなお著作権が存続し続けている。 原告は、バローズが一九二三年に設立した団体であり、﹁ターザン・シリーズ﹂のすべての書籍に関する権利をバローズから譲渡されてその管理を行っており、オフィシャル・ウェブサイトを通じ、ターザンに関する作品及びバローズの業績の伝承・解説、ファンクラブの管理、﹁ターザン・シリーズ﹂を含めバローズのあらゆる作品を収蔵したオンラインアーカイブの作成・提供をしている。また、原告は、日本において﹁TARZAN﹂、﹁ターザン﹂又はこれらの語を一部に含む商標について商標権を四四件有し、日本以外にも米国を含む約八〇の国と領域において、数百件の商標権を有している。 一六四
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一六五 原告は、本件商標登録は、商標法四条一項七号(公序良俗を害するおそれがある商標)に該当することを理由として、無効審判を請求した。 特許庁は、以下の理由により、請求不成立とする審決をした )1
(。 ①今日における我が国の需要者においては、﹁Tarzan (ターザン)﹂がジャングルの王者という漠然としたイメージのものとして一定程度認識されているとはいえても、それが米国の作家であるバローズの著作物の題号ないしはその登場人物の名称として、あるいは原告が管理する標章として、本件商標の登録査定時において広く認識されていたものとまでは認められない。 ②﹁Tarzan (ターザン)﹂の語(文字)について、米国あるいは米国の公的機関等がその名称の管理等に密接不可分に係わってきたというような事情も認められない。 ③原告は、我が国において﹁TARZAN ﹂、﹁ターザン﹂に関して四四件の商標権を有しているが、本件商標の指定商品である商品及び役務の区分第七類については商標権を有していない。 ④原告は、第七類の商品について商標登録出願をする余裕は十二分にあったにもかかわらず、その出願を怠っていた。そのような場合、本件商標権者(被告)と本来商標登録を受けるべきと主張する者(原告)との間の商標権の帰属等をめぐる問題は、あくまでも、当事者同士の私的な問題として解決すべきで、公序良俗を害するおそれについて特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当ではない。 ⑤本件商標が米国若しくは米国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反するものとは認められない。本件商標の登録出願の経緯に社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないということもできない。
一六五
( )同志社法学 六五巻一号一六六著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
したがって、本件商標は、七号に該当しない
)2
(。
Ⅱ 判旨
審決を取り消す。1 周知性の認定について 日本における﹁ターザン﹂人気は、一九七〇年代以降は次第に薄れていき、ディズニー社によるアニメ映画がヒットした一九九九年から一〇年以上が経過した本件商標の登録査定時(平成二二年七月六日)の時点において、﹁ターザン﹂の原作小説又はその派生作品やタイアップ商品等が広く人々の目に触れる機会は減少していた。我が国において本件商標登録査定時に﹁ターザン﹂の語から想起されるのは、世代による差もあると解されるものの、雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)の姿という漠然としたイメージであり、熱心な愛好者や研究者は別として、﹁ターザン﹂が、米国の作家であるバローズによる小説﹁ターザン・シリーズ﹂の題号又はその主人公であることや、英国貴族の血をひきながらアフリカのジャングルで類人猿に育てられ、成長してジャングルの王者として君臨するようになった人物という具体的な人物像(特徴や個性)を想起させるものとしてまでは、一般的であったということができない。よって、﹁ターザン﹂の周知性について、審決の認定判断に誤りはない。
2 公序良俗に反するか ①﹁ターザン﹂の語は一定の顧客吸引力を有していたものの、書籍、アパレル、遊園地、映画及びテレビ放送等の一 一六六
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一六七 般消費者と直接接する商品・役務との関係ではともかく、本件商標の指定商品である﹁プラスチック加工機械器具、プラスチック成形機用自動取出ロボット、チャック(機械部品)﹂という一般消費者を対象としない商品の分野において、﹁ターザン﹂の語が経済的に一定程度評価しうる顧客吸引力を有しているとまでは認めがたい。また、本件商標の登録査定時の時点において、﹁ターザン(Tarzan )﹂が広く人々の目に触れる機会は減少し、﹁ターザン﹂の語から想起されるイメージがかなり漠然としたものになっていたから、被告が雄叫びを挙げながら蔦を使ってジャングルを飛び回る男性(青年)というターザンのイメージと被告が製作する樹脂成形品取出しロボットの動きを重ね合わせて、このようなロボットの商品名として使用することを想定して本件商標登録をしたのだとしても、そのことをもって、﹁ターザン﹂のイメージやその顧客吸引力に便乗しようとする不正の意図に基づく剽窃行為であるとまでいうことはできない。 ②しかし、日本では広く知られていないものの、独特の造語になる﹁ターザン﹂は、具体的な人物像を持つ架空の人物の名称として、小説ないし映画、ドラマで米国を中心に世界的に一貫して描写されていて、﹁ターザン﹂の語からは、日本語においても他の言語においても他の観念を想起するものとは認められないことからすると、我が国で﹁ターザン﹂の語のみから成る本件商標登録を維持することは、たとえその指定商品の関係で﹁ターザン﹂の語に顧客吸引力がないとしても、国際信義に反するものというべきである。 ③一定の価値を有する標章やキャラクターを生み出した原作小説の著作権が存続し、かつその文化的・経済的価値の維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況の中で、上記著作権管理団体等と関わりのない第三者が最先の商標出願を行った結果、特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり、上記著作権管理団体による利用を排除できる結果となることは、商標登録の更新が容易に認められており、その権利を半永久的に継続することも可能であることなども考慮すると、公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。被告は、
一六七
( )同志社法学 六五巻一号一六八著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
﹁ターザン﹂の語の文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから、指定商品という限定された商品との関係においてではあっても﹁ターザン﹂の語の利用の独占を許すことは相当ではなく、本件商標登録は、公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する行為ということができる。 したがって、本件商標は商標法四条一項七号に該当する。
Ⅲ 検討
1 本判決の位置づけ 商標法四条一項七号(以下七号と略す)に定める不登録事由﹁公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標﹂に該当することを理由に登録を認めないとする審判決例は、近年増加する傾向にあるといわれて久しい )3
(。本件判決も、特許庁が七号に該当しないとして登録を認めた審決を覆して七号該当による無効を認めた判決であり、公序良俗概念を拡大する流れを進めるものとして位置づけられる。 本件判決は、七号の公序良俗違反の類型の中で、不正の意図に基づく剽窃行為を否定しつつ、国際信義違反、および、公正な取引秩序を害する類型にあたると判断した点に、特徴がある。従来の審判決例では、不正の意図(出願人の悪意)が明らかなケースか、あるいは、公益性の強いケースについて七号該当性が認められてきたが、本件では、後述するように、従来の審判決例にみられるような公益性もみられない。したがって本件は、商標法上の公序良俗概念を大きく緩める判決であると考えられる。 本件事案の特徴の一つは、他人の著作物のキャラクターを利用する商標である点である。他人の著作権を侵害する商 一六八
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一六九 標であっても、その登録が直ちに公序良俗に反するとは解されていない。本件商標は、著作物の主人公の名前(キャラクター)であって、著作物ではない。同様に著名な著作物の題号の商標登録が無効とされた先判決例(﹁赤毛のアン﹂事件 )4
(・後述)では、著作権が消滅した後も、その相続人等が、著作物の題号について強い権利を行使することを認めると、著作権の保護期間経過後は著作物を万人が自由に享受できるとした著作権法の趣旨に反する旨の考慮が述べられていたが、本件判決には、そのような判示はない。かえって、本件商標の出願時には、原作小説の著作権が存続していたこと等が、公正な取引秩序の維持の観点から相当でないことの根拠の一つとして述べられている。 また、﹁赤毛のアン﹂事件では、原告がカナダ国州政府であり、当該著作物はカナダ国の誇る重要な文化的な遺産であると認定されているが、本件にはそのような事情はない点も異なる。 以上の通り、本件判決は、公序良俗を害すると判断した根拠が、従来の審判決例とは異なっており、その妥当性を検討したい。
2 他人の著作権と抵触する商標に関する商標法の規定 まず、商標法において、他人の著作権を侵害して作成された標章を有する商標の登録を禁止する規定はない。その理由は、特許庁が、出願商標が著作権と抵触するかどうかの判断をすることは難しく、その審査は控えた方が政策的に望ましいと判断されたからであるといわれており )5
(、後述する﹁キューピー﹂審決取消請求事件判決 )6
(において東京高裁もその旨を判示している。商標登録出願日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、登録商標の使用をすることはできない(商標法二九条)と規定されていることも、抵触商標であっても登録は認めた上で、その使用の段階で規制するという方策を採ったともいえる。商標登録出願前に生じた著作権の著作権者が、商標登録と抵触する著作物を利用すること
一六九
( )同志社法学 六五巻一号一七〇著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
ができるかについては、規定は存在しない。しかし、商標法二九条により使用もできない登録商標を保護する必要はないから、商標権の行使は、商標法二九条の趣旨解釈として許されないというべきであるといわれている )7
(。このように、他人の著作権と抵触する商標の登録は禁止されないが、商標の使用は禁止されるから、登録商標が三年間不使用となった後、不使用取消審判(商標法五〇条)により商標登録を取り消すことは可能である )8
(。 次に、他人の著作物等を利用する商標の登録が、﹁公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標﹂に該当する場合は、商標登録を受けることができない(商標法四条一項七号、以下﹁公序良俗規定﹂と呼ぶことがある)。この不登録事由は、商標登録の無効審判において、後発的無効理由、すなわち、商標登録後に生じた場合でも無効理由とされるものである(商標法四六条一項五号)。このことは、この不登録事由が公益的要素の強いものであることを示している。 この公序良俗規定と類似の不登録事由として、不正目的出願についての商標法四条一項一九号があり、他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的(図利加害目的その他の不正の目的)をもって使用をするものの登録は排除される。これは一九九六(平八)年に追加された規定である。本号は、査定審決時に加え、商標登録出願時にも該当して初めて適用される事由であり(商標法四条三項)、公益的要素は少ないものとして立法されていると考えられる。後発的無効理由になっていないのはもちろんである。しかし、公益を害さない無効理由についての規定と解される無効審判の除斥期間を定めた商標法四七条には、本号は挙げられていないため、除斥期間に服するほど公益に無関係な規定ではないと考えられる。 一七〇
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一七一 3 公序良俗規定に関する特許庁の商標審査基準・商標審査便覧 では次に、特許庁が公序良俗規定を適用するにあたって基づいている商標審査基準﹁第四条第一項第七号(公序良俗違反) )9
(﹂を確認する。同基準によると、公序良俗を害するおそれがある商標のカテゴリーは大きく二つに分かれ、その第一は、①﹁その構成自体がきょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合﹂及び②﹁商標の構成自体がそうでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合﹂である。第二には、﹁他の法律によって、その使用等が禁止されている商標﹂、﹁特定の国若しくはその国民を侮辱する商標﹂又は﹁一般に国際信義に反する商標﹂である。更に詳細な事項を示している商標審査便覧 )₁₀
(においては、公序良俗違反に該当する商標として、国家資格等を表す商標や、暴力団に係る標章、歴史上の周知・著名な人物名からなる商標等が例示されている。 これらの基準のうち、社会公共の利益や一般的道徳観念に反すること、国際信義の内容は、明確ではない。また、歴史上の人物名については、一律に該当するのではなく、国民の認識や出願経緯、目的等を総合判断することが便覧に示されている。しかし、こうした不明確性は、一般条項である公序良俗規定の性質として当然ともいえ、審判決例の蓄積を通じて枠組みを判断していくよりほかはないであろう。
4 審判決例 そこで、公序良俗規定の適用が争われた審判決の事案について、本件判決において問題になった点を論じたものを中心として検討していくこととする。
一七一
( )同志社法学 六五巻一号一七二著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
4
-1
他人の著作物や著作物に関連したキャラクター、題号等を利用した商標
4
-1
-1
﹁ポパイ﹂商標登録無効審判 )₁₁
(
本件商標は、国際的に著名な漫画﹁ポパイ﹂の図柄と﹁POPEYE﹂﹁ポパイ﹂の文字からなる商標を被服等を指定商品として、当該漫画の著作権者に無断で登録されていたものであり、特許庁は無効とする審決をした。審決において特許庁は、商標法の目的との関係から、公序良俗規定の﹁公の秩序﹂中には、商品又はサービスに関する取引上の秩序が包含されているものと解すべきとし、本件商標は、漫画﹁ポパイ﹂に依拠し、これを模倣又は剽窃して、その登録出願をしたものであると推認し得るから、本件商標の登録を維持すれば、﹁ポパイ漫画﹂の信用力、顧客吸引力を無償で利用する結果を招来し、客観的に、公正な商品又はサービスに関する取引秩序を維持するという法目的に合致しないとした。加えて、著作物を著作権者等に無断で使用することは、商標法第二九条による規制の対象となるものであり、かつ、著作権法第二一条の複製権・同法第一一二条の差止請求権・同法第一一三条の侵害とみなす行為等によっても規制されているので、商標法第四条第一項第七号の運用指針の一つである﹁他の法律によって、その使用等が禁止されている商標﹂に該当すると述べた。 この事件は、本件商標権者が、当該著作権者から許諾を得て﹁POPEYE ﹂の文字標章を使用している者に対して商標権侵害を主張した訴訟において、本件において商標権を行使することは、権利濫用にあたり許されないとした最高裁平成二年七月二〇日判決 )₁₂
(より後に出されており、本件無効審判では、このような事情に鑑み、出願人の悪性、﹁ポパイ﹂のキャラクターの著名性ゆえに公序良俗違反が認定されたといわれている )₁₃
(。 一七二
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一七三 4
-1
-2
﹁キューピー﹂審決取消請求事件 )₁₄
(
本件は、被告が有するキューピー人形のイラストからなる登録商標について、原告が、その商標の使用が原告の著作権と抵触する商標であり、また、その使用が不正競争防止法二条一項二号の不正競争に当たるため、商標法四条一項七号に該当するとして登録無効審判を請求したところ、特許庁は請求不成立審決をしたので、その取消を求めた訴訟である。 裁判所は、次のように判示し、被告の登録商標は七号に該当しないとして請求を棄却した。まず、著作権との抵触について、﹁図形等からなる商標について登録出願がされた場合において、その商標の使用が他人の著作権を侵害しこれと抵触するかどうかを判断するためには、単に当該商標と他人の著作物とを対比するだけでは足りず、他人の著作物について先行著作物の内容を調査し、先行著作物の二次的著作物である場合には、原著作物に新たに付与された創作的部分がどの点であるかを認定した上、出願された商標が、このような創作的部分の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるかどうか、このような創作的部分の本質的特徴を直接感得することができるものであるかどうかについて判断することが必要である。著作権は、・・・・ 特許庁における登録を要せず、著作物を創作することのみによって直ちに生じ、また、発行されていないものも多いから、特許庁の保有する公報等の資料により先行著作物を調査することは、極めて困難である。﹂﹁また、特許庁は、・・・・ 著作権の専門官庁ではないから、先行著作物の調査、二次的著作物の創作的部分の認定、出願された商標が当該著作物の創作的部分の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるかどうか、その創作的部分の本質的特徴を直接感得することができるものであるかどうかについて判断することは、特許庁の本来の所管事項に属するものではなく、これを商標の審査官が行うことには、多大な困難が伴うことが明らかである。﹂﹁さらに、このような先行著作物の調査等がされたとしても、出願された商標が他人の著作物の複製又は翻案に当たる
一七三
( )同志社法学 六五巻一号一七四著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
というためには、・・・・ 当該商標が他人の著作物に依拠して作成されたと認められなければならない。依拠性の有無を認定するためには、当該商標の作成者が、その当時、他人の著作物に接する機会をどの程度有していたか、他人の当該著作物とは別個の著作物がどの程度公刊され、出願された商標の作成者がこれら別個の著作物に依拠した可能性がどの程度あるかなど、商標登録の出願書類、特許庁の保有する公報等の資料によっては認定困難な諸事情を認定する必要があり、これらの判断もまた、・・・・ 特許庁の判断には、なじまないものである。﹂(特許庁の審査官が出願商標が他人の著作権と抵触するかについて審査することは)﹁・・・・ 極めて多数の商標登録出願を迅速に処理すべきことが要請されている特許庁の事務処理上著しい妨げとなることは明らかであるから、商標法四条一項七号が、商標審査官にこのような調査等の義務を課していると解することはできない。﹂﹁したがって、その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法四条一項七号に規定する商標に当たらないものと解するのが相当であ﹂るとした。 次に、本件商標の使用が不正競争防止法二条一項二号の不正競争に当たるとの原告の主張について裁判所は、商標法はそのような商標は﹁商標法四条一項一〇号、一五号又は一九号の規定に該当する場合に登録拒絶及び無効の事由とすることにより、その登録を規律することを意図していると解するのが相当﹂であって、一律に商標法四条一項七号に該当すると解することはできないとした。また、そもそも七号と一九号との関係について、七号の無効事由は後発的無効理由であるのに対し、平成八年改正において規定された一九号はそうではないだけでなく、一〇号及び一五号の事由と同様、登録査定時に加えて登録出願時をも基準として存否の判断がされ(商標法四条三項)、他の登録拒絶及び無効の事由に比べてより早い時点も基準時とされているから、平成八年改正は、登録拒絶及び無効の事由として新設された一九号の事由を、一〇号及び一五号の事由と同様の性質を有するものとして新設したと解するのが相当であって、そうすると、一九号の事由について、七号に規定されていた公序良俗違反の一類型であると解することは相当でないと判示し 一七四
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一七五 た。その上で、七号の公序良俗違反の事由は、後発的無効理由としても規定される趣旨に鑑みると、﹁社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念、国際信義又は公正な取引秩序に反することをいうもの﹂であって、﹁単にその使用が不正競争防止法二条一項二号に規定する不正競争に当たることは含まれない﹂として、七号該当性を否定した。
4
-1
-3
﹁赤毛のアン﹂審決取消請求事件 )₁₅
(
本件において原告商標権者は、カナダ国オンタリオ州の法律に基づいて設立され、主として制作映画、テレビ作品の配給などを業とする法人であり、﹁Ann of Green Gables﹂商標を眼鏡、時計等を指定商品として登録した。本件商標は、カナダ国の小説家モンゴメリの、カナダ国プリンス・エドワード・アイランドを舞台とする著名な小説﹁赤毛のアン﹂の原題である。被告は、プリンス・エドワード・アイランド州政府であり、本件商標登録について無効審判を請求したところ、特許庁は、国際信義に反することから七号に反し無効とするという審決をしたので、原告がこの審決の取消を求めたのが本件訴訟である。なお、本件小説の著作権は、一九九二年四月に保護期間が終了している。 裁判所は、次のように判示して本件商標が七号に該当することを認め、請求を棄却した。すなわち、﹁︹3︺・・・・ 我が国が本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損なうおそれがあるような商標の登録を認めることは、我が国とカナダ国の国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いこと、︹4︺本件著作物の原題である﹃ANNE OF GREEN GABLES﹄との文字からなる標章は、カナダ国において、公的標章として保護され、私的機関がこれを使用することが禁じられており、この点は十分に斟酌されるべきであること、︹5︺本件著作物は大きな顧客吸引力を持つものであり、本件著作物の題号からなる商標の登録を原告のように本件著作物と何ら関係のない一民間企業に認め、その使用を独占させることは相当ではないこと、︹6︺原告ないしその関連会社と本件遺産相続人との間の書簡による合意
一七五
( )同志社法学 六五巻一号一七六著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
内容などに照らすと、原告による本件商標の出願の経緯には社会的相当性を欠く面があったことは否定できないことなどを総合考慮すると、﹂本件商標は七号に該当すると判示した。 この結論を導くにあたり裁判所は、まず、一般論として七号でいう公序良俗を害するおそれがある商標の内容を示した箇所において、従来述べられてきたものに加えて、﹁当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合﹂を含めている。また、本件商標が本件著作物等の価値、名声、評判を損なうという点については、﹁本件著作物の主人公について醸成された前記のアンのイメージを考えるならば、本件商標を本件指定商品の一部のもの(例えば、スロットマシーンなど)について使用する場合には、商品の品質等に問題がなくとも、本件著作物の主人公の価値、名声、イメージ等を損なうおそれが生じることを否定することはできない。﹂と判示している。 注目すべき点は、著作物の題号の商標登録を認めることについての考察である。判決は、著名な著作物の題号を含む商標の登録を明示的に禁止し、あるいはその登録に当該著作物の著作権者等の承諾を要する旨の規定は存在せず、実際に﹁ハムレット﹂、﹁ドンキホーテ﹂、﹁風と共に去りぬ﹂、﹁白雪姫﹂、﹁アンデルセン物語﹂など、世界的に著名な著作物の原作又は邦訳の題号や、﹁坊ちゃん﹂、﹁伊豆の踊子﹂、﹁たけくらべ﹂など、我が国で著名な著作物の題号が、商標として多数登録されているとの事実を挙げながら、判決は続けて次のように判示する。﹁しかしながら、題号は、当該著作物の標識というべきものであるから、その著作物を他の著作物から識別する機能を有するとともに、当該著作物の評価や名声がその題号に化体し、著名な著作物についてはその題号自体が大きな経済的価値を有する場合があり、本件著作物のような世界的に著名な題号が有する経済的な価値は、計り知れないものがある。本来万人の共有財産であるべき著作物の題号について、当該著作物と何ら関係のない者が出願した場合、単に先願者であるということだけによって、 一七六
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一七七 当該指定商品等について唯一の権利者として独占的に商標を使用することを認めることは相当とはいい難く、商標登録の更新が容易に認められており、その権利行使は半永久的に継続されることになることなども考慮すると、なおさら、かかる商標登録を是認すべき必要性は低いというべきである。﹂﹁そうすると、本件著作物のように世界的に著名で、大きな経済的な価値を有し、かつ、著作物としての評価や名声等を保護、維持することが国際信義上特に要請される場合には、当該著作物と何ら関係のない者が行った当該著作物の題号からなる商標の登録は、﹃公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標﹄に該当すると解することが相当である。﹂﹁他方、当該著作物の著作者が死亡して著作権が消滅した後も、その相続人ないし再相続人がその題号について、強い権利を行使することを認めることは、著作権を一定の期間に限って保護し、期間経過後は万人がこれを自由に享受することができる状態になるものと想定した著作権法の趣旨に反する。審決は、原告が、本件遺産相続人、被告州政府及びAGGLA等から承諾を得ていないことを、本件商標登録を無効とする理由として挙げているが、著作者の相続人やその関係団体などの承諾が必要であると解すべき法的根拠は、必ずしも明確ではない。著作者の相続人やその運営・管理する団体による著作物の題号の商標登録が、当該著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を維持・管理するなどの公益に資する場合は格別、単に私的な利益を追求するものであれば、上記第三者の場合と同様、そのような商標登録が我が国の公序良俗に反するものとして制限されることも当然あり得るというべきである。﹂ 本件判決は、著作権の保護期間を限定し、期間経過後は万人の自由利用に供しているという著作権法の趣旨に鑑み、著作者の相続人等による著作物の題号の商標登録であっても、私的な利益を追求するものであれば公序良俗に反することがあり得るとして、著作者等の商標登録に対して慎重な態度を取り、私的独占と公益の抵触に配慮している。
一七七
( )同志社法学 六五巻一号一七八著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
4
-2
不正な意図に基づく剽窃的出願が問題とされた判決
4
-2
-1
﹁ユベントス﹂審決取消請求事件 )₁₆
(
本件は、商標﹁Juventus﹂(特殊字体)について装身具等を指定商品として更新登録を受けている原告が、被告の請求した更新登録無効審判につき特許庁が無効審決をしたため、その取消を求めた訴訟である。﹁Juventus﹂は、イタリアのプロサッカーチーム﹁ユベントス・チーム﹂の略称であり、本件更新登録時には我が国においても著名であったが、本件出願時の昭和五八年一月当時には著名ではなかった。 裁判所は、次のように述べて、本件商標登録は公序良俗に反するものではないとして、無効とした審決を取り消した。﹁我が国においてその名称又は略称をもって著名な外国の団体と無関係の者が、その承諾を得ずに当該団体の名称又は略称からなる商標又はこれらに類似した商標の設定登録を受けることは、それが商標法四条一項八号、一五号等によって商標登録を受けることができない場合に当たらないとしても、当該団体の名声を僭用して不正な利益を得るために使用する目的、その他不正な意図をもってなされたものと認められる限り、商取引の秩序を乱すものであり、ひいては国際信義に反するものとして、公序良俗を害する行為というべきであるから、同項七号によって該商標の登録を受けることができないものと解すべきであるが、その登録出願の際には、当該団体もその略称も我が国において著名ではなく、それ故、登録出願が前示のような不正な意図を伴うものではなかった場合には、その登録出願後に、当該団体及びその略称が我が国において著名となったとしても、そのこと故をもって直ちに該商標に係る商標権を保有することが公序良俗を害するものになるとは解し難﹂いとした。 一七八
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一七九 4
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﹁母衣旗﹂審決取消請求事件 )₁₇
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本件では、﹁母衣旗﹂は原告(福島県石川郡石川町)の地区の伝承的名称であって、源義家の母衣と旗に因んだ地名であるところ、原告は町興しの施策として毎年﹁母衣旗まつり﹂を催し、町内の業者に﹁母衣旗﹂標章を商品に付すことを奨励していた。被告は、﹁母衣旗﹂と﹁ほろはた﹂からなる商標を食肉等の指定商品に登録し、﹁母衣旗﹂標章の使用業者に使用中止と損害賠償の請求をした。そこで、原告は無効審判を請求したが、特許庁は請求不成立審決をしたため、その取消を求めたのが本件訴訟である。 裁判所は次のように判示して、本件商標登録が公序良俗に反するとして審決を取り消した。裁判所は、﹁被告による本件商標の取得は、仮に、その主張するとおり、本件商標を自ら使用する意思をもってその出願に及んだものであるとしても、原告による、町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、指定商品が限定されるとはいえ、該施策の中心に位置付けられている﹃母衣旗﹄名称による利益の独占を図る意図でしたものといわざるを得ず、本件商標は、公正な競業秩序を害するものであって、公序良俗に反するものというべきである。﹂と判示している。
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﹁ドゥーセラム﹂審決取消請求事件 )₁₈
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被告は、ドイツで商品名﹁DUCERAM﹂の人工歯用材料の製造販売をしていたところ、原告は、この商品の輸入準備のためドイツの被告を訪れた後、被告に無断で日本で本件商標登録出願(﹁ドゥーセラム﹂と﹁DUCERAM﹂からなる商標について、指定商品は人工歯用材料等)をし、登録された。被告が無効審判を請求したところ、特許庁は無効審決をしたため、原告がその取消を求めた訴訟である。
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( )同志社法学 六五巻一号一八〇著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
裁判所は次のように判示して請求を棄却した。判決は、﹁原告の代表者は、一九八六年二月にドイツの被告を訪ね、・・・・ 被告が、﹃DUCERAM﹄の欧文字からなる被告商標を、同社が販売する人工歯用材料等の商品に付して使用しており、実際に、被告商標を付した当該商品をドイツのみならず諸外国に輸出販売していたことを知り、当該商品﹃DUCERAM﹄について詳細な説明を聞いて帰国した後、本件書簡において、被告に対し当該商品の日本への輸入許可手続のための資料請求を行い、輸入業務の具体的準備に着手する一方、被告に何ら告げることなく、﹃DUCERAM﹄の欧文字を含む本件商標の登録出願を行い、その登録を得たものであり、このような原告の行為に基づいて登録された本件商標が、国際商道徳に反するものであって、公正な取引秩序を乱すおそれがあるばかりでなく、国際信義に反し公の秩序を害するものであることは明らかであり﹂として審決の判断を維持している。
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﹁アダムス﹂侵害差止等請求事件 )₁₉
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本件は、商標権者が、当該商標を付した商品を輸入・販売する業者に対して、その差止めと損害賠償を求めた事件であるが、七号違反の無効理由の存在が明らかでキルビー法理により商標権の行使が権利濫用に当たるかどうかが争われた。 裁判所は、﹁本件登録商標の商標登録出願時における控訴人 ・・・・ の目的は、当時、米国において、被控訴人 ・・・・ の製造、販売するゴルフクラブを示すものとして、ADAMS の標章(本件標章)が注目されるようになっていたことに着目し、近い将来、我が国においても、同商標が注目されるようになる可能性が高いとの判断の下に、我が国で登録されていないことを幸い、あらかじめ、同商標に類似する本件登録商標につき商標登録を受けることにより、我が国内において、ADAMSの標章(本件標章)を付した商品の輸入総代理店等の有利な立場を得たり、あるいは、被控訴 一八〇
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一八一 人 ・・・・ の名声に便乗して不正な利益を得るために使用することにあったと推認するのが相当である。﹂﹁本件登録商標の出願当時、被控訴人 ・・・・ の名称あるいは同社が使用するADAMS の標章は、我が国(判決文ママ)おいてはいまだ周知著名であるとはいえなかったものの ・・・・ 本件登録商標は、公正な商取引の秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、同項七号にいう公序良俗を害するおそれがある商標に該当する﹂とし、当該無効理由の存在が明らかな商標権に基づく権利行使は権利濫用にあたるとして差止請求等を棄却した。
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﹁コメックス﹂審決取消請求事件 )₂₀
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本件は、世界的に有名な時計メーカーである被告ロレックス社が、海洋開発分野で有名なフランスの海底探査会社である被告コメックス社との協力契約に基づき開発したダイバーズウォッチを﹁ROLEX/comexダブルネーム﹂として提供していたところ、ロレックス時計を専門に扱う時計の輸入・販売業者である原告が、商標﹁COMEX ﹂を登録したため、被告がその無効審判を請求し、特許庁は無効とする審決をしたので、原告がその審決の取消を求めた訴訟である。原告は、自ら発売したダイバーズウォッチ﹁プロレックス﹂にロレックス社の上記時計の﹁comex ﹂ロゴと酷似したロゴを付し、その広告で被告コメックス社や上記ダブルネームの時計について言及し、また、ロレックス社製の時計に﹁COMEX ﹂のロゴ入れ加工を一八万円ですることを宣伝していた。 裁判所は次のように判示して、本件商標登録が七号に反し無効であることを認め、請求を棄却した。裁判所は、﹁原告による本件商標﹃COMEX﹄の登録出願は、被告ロレックス社の﹃ROLEX/comexダブルネーム﹄時計の人気及び﹃comex﹄、﹃COMEX﹄の商標が被告ロレックス社製ダイバーズウォッチの高い性能と信頼性の証とされていることを熟知していた原告が、我が国において﹃時計、時計の部品及び付属品﹄を指定商品とする﹃comex﹄、﹃COMEX﹄の商
一八一
( )同志社法学 六五巻一号一八二著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
標登録がされていなかったことを奇貨として、被告ロレックス社に無断で先取り的に出願したものといわざるを得ない。﹂﹁原告の販売するプロレックスについてのこのような説明が、被告コメックス社及び﹃ROLEX/comexダブルネーム﹄時計を想起させ、そこで使用されている﹃comex﹄、﹃COMEX﹄の商標の名声を印象付けることによって、原告の販売するプロレックスに対する需要者の購買意欲を刺激しようとしているものであることは明らかである。しかも、原告の時計プロレックスの文字盤に付された﹃comex﹄のロゴは、本件商標﹃COMEX﹄そのものではなく、被告ロレックス社の﹃ROLEX/comexダブルネーム﹄時計に付されている﹃comex﹄ロゴと酷似したものであり、同時計の文字盤に付された﹃PRO-LEX﹄の商標と﹃comex﹄のロゴとの配置関係や文字盤のデザイン等の全体的な形態が、被告ロレックス社の上記時計と酷似している﹂﹁これらの点を総合考慮すると、原告は、プロレックスの販売について、被告ロレックス社製の時計に付される﹃comex ﹄、﹃COMEX ﹄が持つ高いイメージを連想させることによって、被告ロレックス社のダイバーズウォッチの名声にただ乗りすることを図っているものといわざるを得ない。﹂原告のプロレックスの宣伝に被告コメックス社への言及がされ、﹁﹃正規のオフィシャルライセンス﹄等の文言が用いられていることは、原告の販売する時計プロレックスが被告ロレックス社の承認の下に製造販売されているとの誤った印象を需要者に与える可能性が高く、被告ロレックス社製ダイバーズウォッチに使用される﹃comex ﹄、﹃COMEX ﹄の商標の信用を毀損するとともに、需要者の利益に反するものである。﹂﹁COMEX﹂のロゴ入れ加工について﹁これは、希少品として高価格で取引される﹃ROLEX /comex ダブルネーム﹄時計と紛らわしい外観の商品を作出する行為であって、偽物の流通につながりかねない危険をはらんでいる。しかも、原告は、・・・・﹃COMEX﹄のロゴ入れ加工をすることを、原告が有する本件商標﹃COMEX ﹄の商標登録によって正当化し、法的問題のないことを需要者に対しアピールしているのである。その一方で、原告は、同業他社に対しては、・・・・ 同様のロゴ入れ加工や﹃COMEXロゴ入り時計﹄の販売を牽制して 一八二
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一八三 いるのであって、これらは、著しく社会的妥当性を欠く行為というべきである。﹂﹁ ・・・・ また、本件商標﹃COMEX﹄が原告の販売する比較的廉価なダイバーズウォッチに使用されれば、ごく少数のサブマリーナ及びシードゥエラーにのみ使用されることによって希少性と名声を保っている﹃comex﹄、﹃COMEX﹄の商標が希釈化され、その価値が損なわれることになることは明らかである。﹂﹁以上のような諸事情を総合考慮すれば、本件商標の登録を容認することは、﹃商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する﹄(商標法一条)という商標法の予定する秩序に反するものというべきであり、﹂七号に該当するとした。
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﹁Kranzle﹂(クランツレ)審決取消請求事件 )₂₁
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本件は、ドイツクランツレ社(被告及び訴外会社)のハウスマークにつき、被告に無断で、被告の販売代理店であることを示す資料のみをもって、本件商標登録を受けた原告に対して、被告が無効審判を請求し、特許庁は無効とする審決をしたので、原告がその取消を求めた訴訟である。 裁判所は、﹁原告は、・・・・ ドイツクランツレ社のKranzle標章を剽窃したものというべきである。そして、その目的は、本件商標の排他的効力により、日本でのKranzle 標章の使用の独占を図ることによって、出石や日本クランツレによるクランツレ製品の日本国内における輸入、販売を阻止しようとしているのであるから、不正の目的をもって登録出願をしたことは明らかというべきである。したがって、本件商標の登録出願の経緯には著しく社会的妥当性を欠くものがあり、その商標登録を認めることは、商取引の秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものであって、到底容認し得ないものというべきである。﹂として、本件商標登録が七号に反し無効であることを認め、請求を棄却した。
一八三
( )同志社法学 六五巻一号一八四著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
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故人の名声、国際信義等が問題となった判決
﹁ダリ﹂審決取消請求事件 )₂₂
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本件は、本件商標﹁ダリ/DARI﹂について指定商品をせっけん類等として登録を受けた被告の商標登録について、商標﹁Salvador Dali﹂の商標権者が、七号違反等を理由として無効審判を請求したが、特許庁は請求不成立審決をしたので、その取消を求めた訴訟である。サルバドール・ダリは、一九八九(平元)年に死亡しており、本件商標の出願日は平成六年であった。 裁判所は次のように判示して、本件商標登録が七号に反し無効であることを認め、審決を取り消した。すなわち、﹁本件商標は、その構成に照らし、指定商品の取引者、需要者に故サルバドール・ダリを想起させるものと認められるところ、同人は、生前、スペイン生れの超現実派(シュールレアリスム)の第一人者の画家として世界的に著名な存在であり、その死後、本件商標の登録査定時である平成一〇年七月二三日当時においても、﹃ダリ﹄はその著名な略称であったのであるから、遺族等の承諾を得ることなく本件商標を指定商品について登録することは、世界的に著名な死者の著名な略称の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声、名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、公の秩序又は善良の風俗を害するものといわざるを得ない。﹂と判示した。
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私的利害の調整は原則として七号の問題ではないとした判決4
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﹁ハイパーホテル﹂商標登録取消決定取消請求事件 )₂₃
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本件において、申立人は、加盟店を募って、エコノミーホテルをパートナーシップと呼ぶ方式で展開しており、原告 一八四
( )著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念同志社法学 六五巻一号一八五 は、申立人が総本部として展開するエコノミーホテル事業のエリアパートナーとなる契約を申立人と締結し、﹁ハイパーホテル青森﹂の名でホテルを開業し営業している。申立人は、﹁ハイパーホテル﹂商標を出願したが、麒麟麦酒(株)が有する登録商標﹁ハイパー/HAPA﹂を引用され拒絶査定がされ確定した。原告は、麒麟ハイパー商標につき不使用取消審判を請求し、﹁ハイパーホテル﹂につき出願し、商標権設定登録を得た。原告は、出願の意思を事前に申立人に伝えていた。本件訴訟は、申立人が本件商標登録について異議申立をし、特許庁が登録取消決定をしたため、原告がその取消を請求したものである。 裁判所は次のように判示して、本件商標登録は七号に反しないとして特許庁の決定を取り消した。﹁商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠き、その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合には、その商標は商標法四条一項七号にいう商標に該当することもあり得ると解される。しかし、同号が﹃公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標﹄として、商標自体の性質に着目した規定となっていること、商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法四条一項各号に個別に不登録事由が定められていること、及び、商標法においては、商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば、商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法四条一項七号に該当するのは、その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである。﹂﹁原告がハイパーホテル商標について商標権を取得しても、申立人グループが﹃ハイパーホテル﹄なる表示をその業務について使用することについては、申立人と原告との間の契約関係を踏まえ、さらには、先使用権、権利濫用等の法理をも考慮に入れた権利関係の調整についての法的可能性がないわけではなく、原告による本件商標権の取得が不可避的に申立人グループの業務運営にとって支障になるということはできない。したがっ
一八五
( )同志社法学 六五巻一号一八六著作物のキャラクターからなる商標と商標法上の公序良俗概念
て、申立人グループの業務運営に支障が生ずることを予測し得たから原告の行為は背信的である旨の被告の主張は、理由がない。付言するに、前記一に認定した本件の事情の下で、本件商標﹃ハイパーホテル﹄の使用関係を原告と申立人グループとの間でいかに律するかは、当事者間における利害の調整に関わる事柄である。そのような私的な利害の調整は、原則として、公的な秩序の維持に関わる商標法四条一項七号の問題ではないというべきである。﹂﹁原告が本件商標を登録出願し商標権を取得した行為が著しく社会的妥当性を欠き、その登録を容認することが商標法の目的に反するということはでき﹂ない。
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﹁コンマー﹂審決取消請求事件 )₂₄
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本件は、米国でスライドファスナー等について﹁CONMAR ﹂商標を有する米国法人の被告が、原告が日本においてスライドファスナーを含むボタン類について登録を有する﹁コンマー/CONMAR﹂商標につき、無効審判を請求したところ、特許庁は七号に該当するとして無効とする審決をしたため、原告がその取消を求めた訴訟である。 裁判所は、次のように判示して、本件商標登録は七号に該当しないとして審決を取り消した。﹁法四条一項七号は、本来、商標を構成する﹃文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合﹄(標章)それ自体が公の秩序又は善良な風俗に反するような場合に、そのような商標について、登録商標による権利を付与しないことを目的として設けられた規定である(商標の構成に着目した公序良俗違反)。ところで、法四条一項七号は、上記のような場合ばかりではなく、商標登録を受けるべきでない者からされた登録出願についても、商標保護を目的とする商標法の精神にもとり、商品流通社会の秩序を害し、公の秩序又は善良な風俗に反することになるから、そのような者から出願された商標について、登録による権利を付与しないことを目的として適用される例がなくはない(主体に着 一八六