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中国寧夏自治区における回民族住居の変容過程について
ー 中衛市海原県関橋村を事例として ー
1はじめに
1-1 研究背景と目的
寧夏省海原県は黄土高原に位置し、シルクロードが
経由していたので、イスラーム教も早くから伝えられ
た。回民族の集中居住区である海原県の住居に関する
文献は少ないが、昔ながらの住居に受け継がれている
形式や生活様式を知ることは、今後地域の新しい住居
を計画する上で有用である。
本稿は整備事業が進みつつある関橋村の住居の現状
を記録し、各時代の空間構成及び建築型式の変容につ
いて考察する。現地調査及び既往の文献をもとに、関
橋村の住居及び生活スタイルの変容過程を明らかにす
ることを研究の目的とする。
1-2 既往研究と本研究の位置付け
既往研究では、中国の伝統的な木造建築や、煉瓦造
建築と閩南の騎楼等についての研究は多く見られる。
それに対して、土壁の住居特に回民族の民家と清真寺
に関する研究は限られている。
李衛東の博士論文「寧夏回民族建築についての研
究」では歴史学と民族学的視点から回民族集落の社会
構造、建築の空間構成の特徴を抽出し、分類と分析を
行った。燕寧娜の博士論文「寧夏回民族の集落につい
ての研究」では集落の構造、建築の形態、建築技術を
明らかにし、集落の作り方と自然環境の関係を解明し
た。
本稿では回民族の建築を扱うことを明確にし、空間
的変化、機能的変化、また装飾などの変化を把握し、
その要因を究明することを研究の目的とする。
1-3 調査概要
現地調査は、2017 年 6 月に予備調査を行い、民家
の形態や空間構成の特徴を抽出した。その後、住宅の
形態に応じて、民家を四つの種類に分け、各種類にお
いて代表的な民家を選定し、空間構成及び歴史的な発
展を考察する。その調査は西安交通大学作成の配置図
をベースマップとし、計民家 16 軒において、聴き取
り調査、実測調査、資料収集等を行った。
2研究地域 2-1 地域概要
関橋村は大陸性季節風気候に属し、夏が暑くて短く、
冬が寒く、年平均気温 7℃、年平均降水量は 362.6mm
を記録する寒冷乾燥地域である。
清時代に政府に反対する回民族の武装蜂起が失敗し
たため、本来は長安、関中など地区で生活してた回民
族は、寧夏まで追放され、海原県と固原県で新しい生
活を始めた。海原県が歴史に記録され始めるのもその
頃からである。そのため、昔のヤオトンと平屋の住居
は戦乱の際に中原から関橋村に持ち込まれたと考えら
れる。
2-2 村の概要
2017 年 3 月に西安交通大学が行った調査によると、
現在関橋村でイスラームを信仰する回民族 1072 人が
198 軒の民家に居住していることがわかる。新築の住
居は基本的にレンガ造であり、瓦の勾配屋根が用いら
れている。一方、従来の工法である土壁と木造屋根を
用いた民家も多数ある。
墓地は集落の中心にあり、死者は極楽世界に入るた
め、体を土地に復帰するべきと信じ、土葬の伝統があ
る。関橋村ではモスクが三つ配置され、毎日朝礼と晩
礼を含め、五回の礼拝が行われている。
3 住居の概要と型式の変容 3-1 住居の概要
住居は建設の時代に関わらず、南北を軸とし、母屋
を北に配置するの多く見られる。住宅の中庭を「院子」
といい、それを囲む各部屋は主に寝室、トイレ、厨房、
リビングルーム、倉庫で構成された基本形がある。貯
水技術が普及していない時代には、屋根と庭の雨水を
集めて、地下貯水槽に貯め、雨水の再利用が行なわれ
ていたことが分かった。水道設備は現在建設中である 王 夢瑩
31-2 ため、村民達は車で県から運ばれた水を買い、生活を
送っている。井戸水と雨水がある場合は洗濯や、家畜
の飼育に利用されている。冷房や電気暖房設備などは
なく。冬になると、ストーブ或いはカンで部屋を暖め
る。住居の装飾は質素で、幾何学紋様と植物をイメー
ジにする紋様が多く見られた。イスラム教は「偶像崇
拝」禁止するため、民家の装飾は動物をイメージする
のが少ない。
3-2 住居の空間構成
住居の規模は持ち主の経済力により異なっている
が、建設された時代に関わらず部屋の配置は大きくは
「一型」の横長方形、「L 型」の曲尺形「三合院」な
どに分類することができる。
今回の調査した 16 軒の住居で「一型」は 6 軒、「L 型」
は 8 軒、「三合院」は 2 軒である。「二型」の配置は予
備調査に見られたが数が少ないと考えられる。
寝室、厨房、収納室をメインの部屋とし、一列で配
置され、家畜小屋、屋外トイレは西方向(西はアッラー
がいる場所とされている)以外に配置される。住居南
側のテラスは日よけ、雨よけの機能を持ち、お茶を飲
んだり、会話する場所とされている。
伝統的な民家では、一番広い寝室を「主屋」といい、
広いカンを設置するのが特徴である。家族で年輩の方
が寝るところであり、接客、一家団欒の場所とされて
いる。厨房にはカマドとカンが設置され、食事はカン
の上に「カン卓 kang zhuo」と呼ばれる小さいなテー
ブルをおき、床座で行われる。
先行文献では、イスラム教の女性は他の男性に顔を
見せないため特別な間仕切りを作り、女性の隠し場所
あるとのことだったが、今回の調査では見られなかっ
た。礼拝空間については、男性達はモスクで行うのに
対し、女性や年輩の方はカンの上や、毛布を敷いた地
面で行い、礼拝のための特別な空間は見られなかった。
3-3 住居型式の分類と規模の変化
現地調査で収集した図面と写真を基に民家の構造、
平面構成、装飾などの変化及びその要因に着目する。
予備調査で村の中心部にある民家の屋根と壁の建設方
法を確認した。屋根を構法の発展に伴って大きく四種
類に分類可能であり、それと同時に、壁の構法も変化
してきたのがわかる。(図 3-2)
その後、各型式民家の代表的な住居を選定し、16
軒の実測調査、聞き取り調査を行い、各型式民家の建
設年代を比較した。型式Ⅰの建設年代は 1980 年前、
型 式 Ⅱ は 1980 年 か ら 1995 年、 型 式 Ⅲ は 1990 か ら
2005 年、型式Ⅳは 2005 年から 2017 年までに見られた。
建築型式と建築規模の変化の関係を明らかにするた
め、民家の間口と奥行きに着目した。(図 3-3)奥行き
変化と建設年代の関係をグラフにまとめた ( 図 3-4)。
建設年代により間口では徐々に大きくなったのに対
し、奥行きでは屋根の架構技術の進歩に伴って、段階
的に大きくなったことがわかる。母屋の平均奥行きは
型式Ⅰ 5.175m 型式Ⅱ 5.1m 型式Ⅲ 6.08m 型式Ⅳ 6.805m
である。型式Ⅲ以後は切り妻屋根の建設により奥行き
が深い民家の建設が可能になったことが考えられる。
3-4 型式により住居の変容過程
型式により住居の外観、材料、装飾なども変わって
きた。図 3-5 は各型式の代表的な事例を示す。
型式Ⅰの民家は、地域で簡単に入手できる土、木、
草を使い、建設していた。壁は土壁と日干しレンガ併
用であり、屋根は木構造の片流れ土屋根が多く見られ
る。住居の装飾は質素で、建具が格子に装飾された。
1955 年から 1978 年頃までは戦争や政策などの原因に
より、農業生産効率が低いため、経済的に余裕がない
地域であり、民家の変化がほとんど見られなかった。
型式Ⅱの住居は 1978 年「改革開放」政策の影響を
受け、地域の人達の収入の増加と共に、生活水準も向
上した頃に建築された。農村部では人民公社が解体さ
図 3-3 間口と奥行の関係 図 3-1 民家の配置分類
図 3-2 予備調査により民家の分類 木造片流れ屋根木造片流れ屋根
素焼き瓦あり 木造切妻屋根
スチール切妻 屋根
土壁と日干し煉瓦
土壁に煉瓦保護あり
煉瓦壁
煉瓦壁タイル保護あり
型式Ⅰ
型式Ⅱ
型式Ⅲ
型式Ⅳ
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れ、生産責任制、すなわち経営自主権を保障し、農民
の生産意欲が向上した。関橋村の住民も出稼ぎ労働者
として、都市で働き始め、住民収入も増加した。以前
より高い屋根を作り、その上に素焼き瓦を置き、壁面
は煉瓦で保護され、部屋の防水性を高めると共に、修
繕も容易である。レンガの積み方により幾何学紋様を
使い、壁の装飾とされている。
型式Ⅲの民家は地域経済の発展に伴い、住居の意匠
に装飾性が高まり、壁が煉瓦保護或いは装飾モルタル
仕上げされ、屋根も素焼きの瓦張りの切り妻屋根と
なった。柱と屋根の棟に装飾が多く見られた。経済と
建築技術が発展し、住居の規模が拡大した。
型式Ⅳの住居では 2010 年以降政府の補助制度の基
に、民家様式の統一も見られた。2010 年、2013 年関
橋村の経済的に余裕ではない家庭を対象にし、住居の
新築と増築の補助制度を実施した。その制度により補
助金或いは建築材料が政府に補助され、住居の更新が
見られた。住居の施工は職人及び地域住民の協力から
建設会社に変わり、スチール構造の切妻屋根、レンガ
造の壁が多く見られる。屋根の装飾は棟で瓦の積み上
げたものと鴟尾である。2000 年以降に建てられた屋
根に多く見られたハトは神のアッラーを救ったことが
あるため、家族が永遠に幸せで健康であることを祈る
象徴として用いられる。
3-5 小結
政策によって、経済が発展させ、家族人数の減少に
関わらず、関橋村住居の規模が拡大してきた。建築技
術の発展に伴い、屋根と壁の型式も変化してきた。
4平面構成の変化による住まい方の変化
「新農村開発」に伴い、従来の農村居住も新しい生
活様式や近代化設備が取り込まれ、民家の増築や新築
により生活様式も変わってきた。各部屋の用途や設え、
接客行為の場所着目し、平面構成の類型化を行った。
( 図 4-1 図 4-2)
グループ A は伝統的な住居であり、厨房と主屋 ( 母
屋の中心にある最も広い部屋 ) が一列配置され、カン
は寝る場所だけでなく、接客や食事など様々な活動を
行う場所として使われている。主屋は年輩の方が寝室
とし、一家の中心であり、私的なスペースと公的スペー
スが混同していた。主屋にテーブルを置いてある場合
はお客様の食事のためである。
グループ B の住居は主屋の代わりにリビングルーム
が平面の中心となり、ソファやテーブルを置き、接客
図 3-5 型式により民家図面一覧表
図 4-1 平面構成により住居の分類 リビングルーム
無 有
カン無
新築住居
カン有
新築住居 増築住居
K B L
K
L/B
K
B
L
B
L K
「一型」 6軒
「L型」 2軒
「L型」 4軒
「L型」 3軒
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【参考文献】
1) 馬 平 , 頼 存理 「中国穆斯林民居文化」 寧夏人民出版社 , ISBN7- 227-01541-6/G.281
2) 劉 偉 「寧夏回民族建築芸術」 寧夏人民出版社 ISBN7-227-03300-7/J.248 3) 李 衛東 「寧夏回民族建築についての研究」天津大学博士論文集 2009.05 4) 燕 寧娜「寧夏回民族の集落のについての研究」 西安建築科技大学博士論文 集 2015.03
5) 昌司 諏訪 , 趙 沖 , 布野 修司 , 川井 操 「西関大屋地区(広州)の 住居類型とその変容に関する研究」 日本建築学会計画系論文集 第 81 巻 第 726 号 1675-1683
6) 川井 操 , 布野 修司 , 趙 沖 「西安旧城回族居住地区類型とその変容 に関する研究」 日本建築学会計画系論文集 第 74 巻 第 636 号 315-321 7) 倪 琪 , 菊地 成朋 「中国徽州地方の伝統的住居の空間構成とその形態の 特徴」 日本建築学会計画系論文集 第 575 号 7-21
と食事を行う。それに対し、厨房は離れに位置し、中
庭に向け、L 型の配置が見られた。接客スペースと私
的スペースが完全に分離され、プライバシー意識の高
まりが見られた。
グループ C の住居ではリビングルームは接客と食事
の場所として使われているのと同時に、間仕切りを作
り、年輩の方の部屋としても使われている。それは空
間の節約もあるし、年輩の人達の敬意もあるではない
かと考える。C1 の住居はリビングルームが中心に配
置されている。それに対し、増築の場合リビングルー
ムが離れに配置するのが多い。C2 のリビングルーム
が西側に配置され、厨房が昔のように使われている。
接客の機能は主屋からリビングルームに移行され、リ
ビングルーム横の部屋は年配方の寝室として使われて
いる。C3 の住居は厨房とリビングルームを同時に西
側に増築され、その場合年輩の方は主屋を使い、リビ
ングルーム横のベットは子供達が使っている。
そのほか、厨房にカンとテーブルを同時に設置する
場合では、食事の場所は冬夏の使い分けも見られた。
冬はカンを温め、その上で食事をするのをに対し、夏
はテーブルを厨房や院子に置き、食事が行われている。
民家の新築と改修により、カンを取り外してベット
を購入している。それとともに、ストーブや電気ヒー
ターの利用も増えてきた。カラーテレビの購入により、
娯楽や一家団欒の場所は母屋からリビングルームに移
り変わってきた。
5 結
本稿で明らかにしたこと、重要な点をまとめると以
下のようになる。
①経済と建築技術の発展に伴い、住居規模の拡大、
建築材料の更新、装飾の変化が見れらた。
②リビングルームは新しい部屋タイプとし、全体的
な配置には重要な要素とする。リビングルームにカン
を設置するかしまいかのことによって、ライフスタイ
ルの変化が捉える。
③若い世代や子供はカンでの就寝を好まない傾向が
あり、カンの代わりにベットを設置するのが少なくな
い。それに対し、将来は新たな暖房方式や住居型式が
必要と考える。
6 おわりに
今回の調査では関橋村回民族民家の変容過程を明ら
かにするため、施工方法、外観、平面構成についての
分析と分類か行った。宗教に関する特別な空間構成が
見られなかった。それに対し、同じ地域漢民族の住居
についての比較調査が必要と考える。また、経済、文
化の発展に伴い、特に政府の政策や環境整備により、
次の時代の生活スタイルに合わせる民家についての研
究も今後の課題である。
図 4-2 民家平面構成の類型化
増築なし
凡例
増築あり
1955年前後 1962年前後
1982年前後 1987年 1990年
1993年 1995年前後 2002年前後
2009年 2010年 2014年
1978年前後 2012年増築
1975年 1998年前後増築
1995年 2012年増築
1998年 2012年増築
1992年 2012年増築
グループA グループC2
グループB グループC3