【個人研究】
ハ ー バ マ ス 社 会 学 に お け る コミュニケーション的行為の今日的意義
小 山 田 英 一
The S i g n i f i c a n c e o f Communicative Action i n t h e S o c i o l o g y o f Jurgen Habermas Today
Eiichi
匂
TamadaTensions and conflicts, which nowadays dominate in modernized societies, induce us to re ‑examine the theory of the communicative action by Habermas.
According to Habermas, reconquest of the life ‑world (Lebenswe1t) can be solved only through the practice of reason by the communicative action.
This interim paper covers (a) emancipation from the iron cage" , (b) horizon of the communicative action, (c) morality and mutual interaction, (d) the path from Parsons across Weber to Marx, (e) outcomes of the communicative action theory and the structural transformation of the public sphere.
現代の複雑化し,諸要素が轄鞍化した社会 において,人と人との間のコミュニケーショ ン・対話は社会的統合,相互啓発,人間性回 復,さらに議会制民主主義の補完として重要 な意義を有する.この点で,ハーバマス社会 学の再確認が今や求められている.
1
マ ッ ク ス ・ ウ ェ ー パ ー の 合 理 化 理 論 「 鉄 の 撞 」 か ら の 解 放J .
ハーバマスは文化,認識,理性をM.ウェーバーが「有意味的な社会的行為」と名 づけたものがとる形態をもとに,分析しよう
とする.ウェーバーの社会学は個人還元主義 の社会学であり,この点は近代社会学の出発 として極めて有意義であったが,その「目的 合理的行為Jの概念は他の行為類型と鋭く
対立する.それは感情からも伝統からも,
そして価値規範からも自由Jに,目的一手段 の適合性を考慮して「利害関係への計画的適 合Jをはかるという文脈で設定されている.
ウェーバーは啓蒙思想家の希望と期待は苦々 しい,皮肉な幻想、であると批判し行為と は行為者が主観的な意味を結びつけているか ぎりでの人間行動である」という社会的行為 論を展開した.だが,それも一皮むけば目的 合理性 (Zweckrationalitat),すなわち目 的一道具的合理性の勝利であった.合理化の 形態は経済構造,法,官僚制的行政そして芸 術さえにも及ぶ社会・文化生活の全領域に影 響を及ぼしてきた.目的合理法の発達は普遍 的な自由の具体的な表現ではなく,そこから 逃れられない官僚制的合理性の「鉄の櫨」ヘ
ハ ーバ マ ス社 会 学 にお け る コ ミュニ ケ ー シ ョン的 行 為 の今 日的 意 義
と通 じて い る.ウ ェ ーバ ーの興 ざ めで,酔 ざ め な警 告 は依 然 と して 我 々の 頭上 を舞 って お
り,現 代 の碑 文 と もいわ れ る.
ウ ェー バ ーが この よ うな 結 論 に 陥 った の は 彼 の社 会 的行 為 論 が 独 我 論 的 視点 に立 って い た か らぞ あ り,プ ロ テ ス タ ンテ イ ズ ム の 倫 理 に つ い て も神 の恩 寵 を め ぐる他者 との 競 争 を もた ら し,同 胞倫 理 を認 めな か った.こ の こ とは ウ ェー バ ー も容 認 す る と こ ろで あ って, この 線 に 沿 って 「呪術 か らの解 放 」 を20世 紀 の 合 理 化 像 と しよ う と した.
ハ ー バ マ スの 考 え は ま さ に ウ ェー バ ー の合 理 化 理 論 を 再 構 成 しよ う とす る こ とか ら出 発 す る.ハ ーバ マ スは ウ ェー バ ーの 行 為 理 論 を 検 討 して,次 の よ うな 問題 点 を指 摘 して い る.
"ウ
ェ ーバ ーが 背 景 と して い る もの は意 味 理 論 で はな くて,意 向 主 義 的 な意 識 論 で あ る.
彼 は言 語 が もっ 意 味 の モ デ ル を用 いて,「 意 味 」 を 解 明 して お らず,ま た,可 能 な 了解 の 言 語 的 媒 体 に 「意 味 」 を 関 係 づ け る ので は な く,さ しあ た り孤 立 的 に考 え られ た行 為 主 体 の思 念 や 意 図 に 「意 味 」 を 関 係づ け て い る.
こ の転 換 に よ って,ウ ェーバ ー は コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的行 為 の理 論 か ら分 か れ る こ と にな る.っ ま り,基 礎 的 で あ る と考 え られ て い る もの は,言 語 能 力 と行 為 能 力 を備 え た,少 な くと も2人 の主 体 の 間で の,言 語 に よ る了 解
・を 目指 す 相 互 人格 的 な関 係 で はな くて,1人 の孤 立 した 行 為 主体 の 目的 活 動 な の で あ る。"
ウ ェー バ ー が 目的合 理 的行 為 類 型 を 中 心 に 据 え た の はそ れ が近 代 資本 主 義 社 会 の 価 値 理 念 で あ る と い う洞察 に よ る もの で あ った が, そ の秩 序 が 不 安 定 な もの で あ る こ とを 意 識 し て 正 当 な 秩 序 な る項 目をr社 会 学 の 根 本 概 念 』 (SoziologischeGrundbegriffe)の 中 に あ げ, また 規 範 的 理 解 によ って 媒 介 され た 諒 解 関係 をr理 解 社 会 学 の カテ ゴ リー 』(Ubereinige KategorienderverstehendenSoziologie)の 中 にあ げ た.ハ ーバ マ ス は ウ ェーバ ー に み る, この よ うな行 為 調 整 が 十 分 実 りの あ る もの に で きな か った こ とを 批 判 して,利 害 関 係 状 況 下 で の 目 的論 的行 為 を 成 果 志 向 的行 為 と し,
こ れ に 対 置 して 諒 解 達 成 志 向 的 行 為 を 区 別 し て い る.諒 解(Verstandigung)に 到 達 す る 目 標 は,相 互 理 解 の 間 主 観 的 相 互 性,知 識 の 分 有,相 互 信 頼,他 者 との 調 和 と な る 合 意 (Einvevstandnis)を も た らす こ と で あ る.ハ ー バ マ ス は,こ の 諒 解 達 成 志 向 的 行 為 を コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 的 行 為(Kom灘nikatives Handeln)と 等 置 し て い る.
上 記 に 関 す る別 の 分 析 は,M.ピ ュ ー ジ に よ る もの(1987年)で あ り,ウ ェ ー バ ー の 合 理 化 理 論 の う ち の 基 本 概 念 で あ る 「社 会 的 行 為 」 「合 理 性 」 「合 理 化 」 の3面 の ピ ラ ミ ッ
ドの 頂 点 に ハ ー バ マ ス は 「コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 的 合 理 性 」 を 置 い て 解 説 し て い る,と し て い る 。 ハ ー バ マ ス は 「コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 的 合 理 性 」 に よ り ウ ェ ー バ ー の 再 構 成 を 試 み て い る が,そ れ は ウ ェ ー バ ー が"倫 理 と 文 化 の 合 理 化"か ら急 遽 経 済 と 国 家 に お け る 社 会 的, 政 治 的,経 済 的 な 権 力 構 造 の 合 理 化 を 一 方 的 に 説 明 し よ う と した 矛 盾 を 補 強 し よ う と す る 意 図 で も あ っ た.
2コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 的 行 為 の 地 平 ハ ー バ マ ス は 日常 的 な 社 会 的 相 互 行 為 に お い て 合理 性 な い し非 合 理 性 が どの 程 度 あ る か の モ デ ル を創 ろ う と した.と くに彼 は現代 社 会 は道具 的合 理 性 に よ って 今 日の 繁 栄 を獲 得 した と して,こ れ を 「シス テ ム」 と呼 び, これ に対 して発 話 し,行 為 す る主 体 が その 中 で 社 会 化 さ れ て い く「生 活世 界 」(Lebenswelt) を 対 比 させ た が,シ ス テ ム に よ って 歪 め られ た コ ミュニ ケ ー シ ョ ン とは何 か,理 想 的 な発 話 状 況 は どの よ うな もの か論 究 しよ うとす る.
ハ ーバ マ ス は ま ず精 神 分 析 の関 係 で,反 省 (reflection)を と りあ げ,そ れ は非 合 理 的 に損 傷 を 蒙 り,疎 外 され た コ ミュニ ケ ー シ ョ
ンを 回避 し,合 理 的 に救 済 しよ う とす る もの で あ る.彼 はそ れ と同 様 に この反 省 の過 程 は 生 活 世 界 の 「内 な る植 民地 」 の状 況 を,発 話 と シ ンボル によ る相 互 行 為 を媒 介 に して合 理 的 に救 済 しよ う とす る もの で あ る と主 張す る.
ハ ーバ マ ス は若 い時 期 の 代 表 作r認 識 と関
一15一
r人間 科学 研 究 』文 教 大 学 入 間科 学 部 第17号1995年 小 山 田英 一
心 』(ErkenntnisundInteresse,1968)の 中 で,関 心 を とお して の認 識 と い うベ ー ス の 上 に新 しい批 判 的 発 話 の概 念 を 創 り,技 術 的, 実践 的 お よ び解 放 的 な関 心 の3つ の 枠組 み を 提示 したが,彼 が 陥 った欠 陥 は その 分析 の 検 討 に 関 す る もの で 反省(reflection)と 内 省 (self‑refeection)の 区別 が 曖 昧 な こ とで あ った.反 省 に は2っ の種 類 が あ り,1つ はE.
カ ン トの 理 性 の 内 省 か ら得 られ た もの で,自 己省 察 的 に理 論 的知 識 実 践 理 性 お よ び審 美 的 判 断 の 普 遍 的 ・必 要 な 条 件 を 把 握 す る こ とで あ り,も し1っ の 内 省 は 力 へ の 依存 の イ デ オ ロギ ー的 凍 結 状 態 か らの解 放 で あ る.ハ ーバ マ ス はそ の 他 の 関 心 を顧 み る こ とな く, また コ ミュニ ケー シ ョン的 合理 性 の対 話 と し て の 性 格 を 明 らか にせ ず に解 放 的 内 省 を強 調 す る.も う1っ の 欠 陥 は 第1の もの と関 連 す るが,ハ ー バ マ ス は知識 に 本 質 的 な 関心 と準 超 越 的 な も の とを 分 類 し,問 題 を提 起 して も 解 決 策 は示 さな か った.ハ ー バ マ ス は常 に我 々が 理 性 と コ ミュニ ケー シ ョ ン的行 為 を 前 提 とす る基 礎 構 造,ル ール そ して カ テ ゴ リー を 明 らか にす る こ とが で き る とい う考 え に共 鳴 して い た.真 の 科 学 的 先 験 仮説 を展 開 す る批 判 的 社 会 科 学 は演 繹 的 な 超 越論 哲 学 か らの分 離 が 求 め られ るが,ハ ー バ マ ス は未 だ コ ミュ ニ ケー シ ョ ン的 行 為 と合 理 性 の必 要 な普 遍 条 件 が 存 在 す る と い う主 張 を 正 当化 し,こ れ ら が 科 学 的 に発 見 され,保 証 され得 る と主 張 す る に ど うす べ きか を 示 して い な い.
ハ ーバ マ ス は以 上 の 欠 陥 を 克 服 す る た め に 『コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 的 行 為 の 理 論 』
(TheoriedeskommunikativenHandelns,
1981)を と りま と め る こ と にな り,合 理 性 問 題 へ の ア プ ロー チ と して コ ミュニ ケ ー シ ョ ン 的 合 理 性 を 求 め る.コ ミュニ ケ ー シ ョン的 合 理 性 に は二 通 りの 意 味 が あ り,一 面 で は認 知 的 一 道 具 的 合 理 性,美 的 一 表 出 的 合理 性 とい った 合 理 性 の諸 局 面 が 認 識 とい う コ ミュニ ケ ー シ ョンの 反 省 形 式 に基 づ いて お り,他 面 こ れ らの 合 理 性 の諸 契 機 は 日常 の コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的 行 為 を媒 介 と して い る.そ して コ ミ
ユニ ケ ー シ ョ ン共 同体 の成 員 に と り1つ の ま とま りの あ る客 観 的世 界 を構 成 す る た め の契 機 は何 か を 問 う,現 象 学 者 の考 え を前 提 とす る."世 界 が妥 当性 を持 ち得 る の は言 語 能 力 と行為 能 力 を持 っ主 体 の共 同体 に と って 世 界 が一 個 同 一 の世 界 と して 妥 当す る場 合 のみ で あ る.こ の よ うな抽 象 的 な世 界 概 念 の み が コ
ミュニ ケ ー シ ョ ン的 に行 為 す る諸 主 体 が 世 界 内 の 出 来 事 な い し実 現 す べ き事 柄 につ いて, 相互 に 了 解 し合 うた め に必 要 な条 件 で あ る.
この コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的実 践 に よ って 同時 に諸 主 体 は 自分 た ち に共 通 な生 活 関 連,す な わ ち相 互 主 観 的 に共 有 され る生 活 世 界 を 確 認 で きる。"
こ こに お い て,発 話 が 合 理 性 を持 つ た め に は批 判 可 能 な妥 当性 の 要 求 を承 認 す る こ とが 不可 欠 で あ る.規 範 に規 制 され た行 為 お よ び 自己表 示 の叙 述 も事 実 の依 存 を示 す もの で は な く,規 範 の 当為 妥 当性 お よ び主 観 的 体 験 の 表 明 を 示 す もの で あ る."合 理 的 な 発 話 は 批 判 可 能 で あ るか ら,ま た訂 正 可 能 で あ り, 否定 的 な経 験 を創 造 的 に再 生 す るた め の 媒 体 が 理 性 的 討 議(Diskurs)で あ る。"道 徳 的, 実 践 的 領 域 にお いて も事 情 は同 じで あ る.か く して,コ ミュニ ケ ー シ ョ ン共 同 体 の 内部 で 強 制 され ず に行 為 を 関 連 させ,(行 為 の衝 突 の原 因 が 狭 義 の 認 知 上 の 不 一 致 で あ る限 り) 行 為 の 衝 突 を 合 意 に よ って 調 整 す る余 地 は大 き くな る.
他 方,ハ ーバ マ ス は 「合 理 性 の 再構 築 の手 続 き」 と して,と くにJ.ピ ア ジ ェの子 ど も の認知 発 達 理 論(感 覚運 動 期,表 現 期,操 作 期 の発 達 段 階)を と りあ げ 「世 界像 の分 散 化
」 を論 究 す る.ピ ア ジ ェ は子 ど もの認 知 発 達 を 一連 の 段 階 と して で な く,個 人 の合 理 的 能 力 の拡 張 の 中 の 多 くの段 階 と して再 構 成 して い る.ハ ー バ マ ス は,ピ ア ジ ェが学 習 過 程 の 新 しい 内 容 で はな く,構 造 的 に記 述 で き る学 習能 力 の水 準 に よ って特 色 づ け られ る認 知 的 発達 の段 階 を 区別 して い る こ とに注 目 した.
ピア ジ ェの理 論 は構 造 の学 習 と内容 の 学 習 を 区別 す る の に役 立 ち」 同時 に さ ま ざ まな 世 界
ハ ー バ マ ス社 会 学 に お け る コ ミュニ ケ ー シ ョン的 行 為 の今 日的 意義
像 の諸 領 域 の発 展 と概 念 化 に役 立 っ.ピ ア ジ ェ は 「外 的宇 宙 と内的 宇 宙 の形 成 」 と関 連 づ けて この 認知 的発 展 を追 求 して い るが,認 知 的 発達 と は一 般 に 自 己 中心 的 な性 格 を持 つ 世 界 像 の 「分散 化 」を 意 味 す る.ハ ーバ マ ス は,
ピア ジ ェの 「分 散 化 」 の概 念 を利 用 して,世 界 像 の諸 構造 の間 の 内的 な展 開 を解 明 しよ う とす る.こ こで,ま た コ ミュ ケー シ ョ ン的 合 理 性 の概 念 にぶ っ か るが,こ の概 念 は批 判 可 能 な妥 当 性 の要 求 を討 議 に よ って承 認 す る可 能 性 と分 散化 す る世 界 観 とを 関 連 づ けて い る.
客 観 的世 界 が分 化 す る こ と は合理 的 に動 機 づ け られ た 理解 の領:域か ら主 観 的世 界 を排 除す る こ とを 意 味 し,か く して コ ミュニ ケ ー シ ョ
ン的 行為 の 合理 性 が 確 保 され る こ とに な る.
以上 の 点 に 関連 して,ハ ー バ マ ス は 「生 活 世 界 」 の 概 念 を導 入 す る.現 象学 で 提 起 され た 「生 活 世 界 」 は毎 日の社 会 的活 動 の あ た り 前 の世 界 で あ る.そ れ は依 存 的 な考 え方 や 物 事 の 処理 の仕 方 に基 づ く コ ミュニ ケ ー シ ョ ン 、 的 行 為 が 蓄積 され た世 界 で あ る.そ れ は毎 日 の 行 為 が 展 開 す る生 活 様 式 そ の ま ま の組 み合 せ で あ り,そ れ は以 前 の諸 世 代 の解 釈 の集 積 で あ る.世 界 観 の分 散 化 と討 議 の統 一 化 を含 む,社 会 的 発 展 の プ ロセ ス は生 活世 界 の性 格 を 変 容 す る こ とに な る.分 散 化 の プ ロセ スが 進 め ば進 む ほ ど,コ ンセ ンサ スが既 成 の信 条 や 行 動 規 範 によ って拘 束 され る度合 い は低 く な る.か く して 合理 性 の拡 大 は生 活世 界 の 力 を 弱 め る恐 れ もあ る.ピ ア ジ ェの 思想 の源 泉 の1つ とな って い るE.デ ュ ル ケー ム の 著作 を 振 り返 って,ハ ー バ マ ス は機 械 的連 帯 か ら 有 機 的 連 帯 へ の 推移 を再 構 築 す る.彼 は デ ュ ル ケ ー ム とGξH.ミ ー ドの 著 作 は生 活 世 界 の 調 整 メ カニ ズ ムを 社 会 システ ム の統 合 と 区 別 す る の に相 互 に補 完 して い る とみ る.
"も し人 が 社 会 的相 互 作 用 の 基 礎 概 念 に つ い て ミー ドに立 って 考 え,ま た集 合 的 表象 につ いて デ ュ ル ケ ー ム に立 って 考 え るな らば,双 方 の場 合 に社 会 は社 会 集 団 の 生 活 世 界 と して 関 与 者 全 体 の 主 題 とな るで あ ろ う.そ れ に対 して,い わ ゆ る社 会 はた だ 行 為 の シ ステ ム と
して,シ ステ ム要 件 の 展 開 に 貢献 す る機 能 的 な 価 値 に 到達 す る行 為 の体 系 と して 解 釈 さ れ るで あ ろ う."と ハ ー バ マ スは述 べ る.
ハ ーバ マ ス の コ ミュニ ケー シ ョ ン的 行 為 の 諸 主 体 は つ ね に生 活 世 界 の 地平 で 了 解 し合 う.
生 活 世 界 は,多 少 と も曖 昧 な,あ ま り問題 の な い,そ の背 後 にあ る確信 か ら構 成 され て い る.貨 幣 と権 力 とい う要 件 に よ って 調 整 さ れ る近 代 社 会 の膨 大 な ひ ろ が りが シス テ ム で あ り,ハ ー バ マ ス はK.ー マ ル クス を再 構 成 して 教 育,市 民 生 活 な ど広 い範 囲 に あ た る生 活 世 界 の領 域 が いか に 植 民 地化 さ れ て きた か を 明 らか に しよ う と して い る.も っ と合 理 的 な 構 造 を,.恐 怖 や 操 作 を伴 わ な い権 威 を,さ ら にす べて の人 び との 同意 に 基 づ い て 形 成 さ れ た合 意 に よ る真 の 正 当 性 を 備 え た 組 織 原理 を もた らす こ とが で き るの は コ ミュニ ケー シ ョ ン的合 理 性 を達 成 す る こ とで あ り,コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的合 理 性 は,生 活 世 界 の 中 で生 じ
る.
この よ うな コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的合 理 性 は, 実 際 に は 「社 会 的 相 互 行 為 」 の社 会 学 に分 類 され るE.ゴ ッフマ ンの ドラマ トウ ル ギ ー理 論,A.シ ュ ッツの 現 象学 的社 会学,H.ガ 鹽 一 フ ィ ンケ ルの エ ス ノ メ ソ ドロ ジー な どを援 用 しつつ,了 解 達 成 の 保 証 が 予 定 され よ う と
して い る.ウ ェーバ ー は行 為 の 合 理 性 を文 化 の 合 理 化 と結 び つ け社 会 科 学 に お け る理 解 (Verstehen)概 念 を 一 般 化 した.ハ ー バ マ ス に と うて,目 的合 理 性 は合 理 的 行 為 の1側 面 にす ぎず,ゴ ッフ マ ンの ドラマ トウル ギ ー 行 為 な どを 主 観 の 内的 世 界 に照 応 させ,合 理 性 の 基 準 を っ く る.ウ ェーバ ーの 理 解 の 概 念 は 二 重 の 意 味 修正 が 必 要 にな り,行 為 の 意 味 は 行 為 者 の 意 向 と行 為 の理 由 に縮 減 され る こ と はで きな い.こ ごに お いて,近 代 の解 釈 学 と 後 期 ヴ ィ トゲ ン シ ュ タイ ン流 の哲 学 が 遙 か に 重 要 に な る. .行為 の意味理解 は生活 の形式の 中で 提 起 され る妥 当性 要 求 の評 価 な しに はな し得 な い.
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『人間科学研究』文教大学人間科学部第17号 1995年 小 山 田 英 一
3 道徳性と相互行為の発達
ノ¥ーバマスは『道徳意識とコミュニケーシ ョン行為](Moralbewuβtsein und kommuni‑ katives Handeln, 1983)の中で L.コール バーグの「道徳性発達段階Jの「認知発達 (cognitive development)論Jとディスクル ス倫理学とを重ね合わせて,他者との相互作 用の中で道徳的判断が洗練されていくことを 主張した.彼はディスクルス倫理学の中で生 活世界では道徳的,認知的,表現的な要素に 由来する,さまざまな文化的自己理解が絡み 合い,そこから距離を置く道徳的認識を参加 者のパースペクテイヴからみると,その生活 世界は人倫の圏域として現れる,という.こ
の人倫の圏域では,さまざまな義務が背景的 確信に支えられて当然に受け入れられており,
これらの義務は具体的な生活慣習と網の自の ように絡み合っている.
コールバーグの認知発達論では,前慣習 段階 (preconventional level),慣習段階 (conventinal level), 脱慣習段階 (post‑ conventinal level)という発達段階がある.
第lに,道徳性の中心は「公正性」であり,
道徳的な判断や議論は普遍化可能性,いいか えると公正性を当然のこと(前提)として行 われる.第2に 発 達 」 と は 一 定 の 基 準 に したがった変化である.年齢による変化では なく,発達段階としてとらえられる変化であ る.第3に,発達の順序はどのような条件下 でも変わらない.第4に,より高い道徳性の 段階への発達によって,倫理的にも道徳的に
もその判断はより優れたものとなる.
以上に対して,ハーパマスによる相互行為 の発達段階は以下のとおりであった.
第 lに,相互行為の前慣習段階では一人称 と二人称の関係が行為の関係に適用される.
2人の人間の観点からのパースペクテイヴの 聞の相互的な関係が理解される.
第2に,相互行為の慣習段階では,観察者 のパースペクテイヴと参加者のパースペクテ イヴが構造化される.すなわち,私一あなた
という 2人のパースぺクテイヴの関係に新た な観察者(第3者)の観察がつけ加わる. 2 人の間の相互行為の場面で正しい協同のあり 方を決めるために,第3者の観点が相互行為 で規程するものとして位置づけられる.
第3に,脱慣習段階の「討議J(Diskurs) の問題である.話し相手のパースペクテイヴ と世界のパースペクテイヴが統合される.
「討議Jは現実の社会や世界のあり方を対象 化して,いわば日常性から脱却することによ って,現実の社会や世界のあり方を論理的に あり得る多くのケースの lっとして捉えるこ とから始める.この段階に属する者は討議や 話合いに参加するときにある基準をもつこと になる.
4
パ ー ソ ン ズ か ら ウ ェ ー パ ー を 超 えてマルクスへの道筋
周知のとおり,ハーバマスは『コミュニケ ーション的行為の理論』の最終考察に パー ソンズからウェーバーを超えてマルクスへ"
というサブ・タイトルを付している.ハーバ マスは
T .
パーソンズは片方で人間の行為の 関係を,もう lつの側で社会システムの構成 を究めることに専念していたと指摘する.パ ーソンズ研究者は片側の特性についてlつを 強調しがちであるが,ハーバマスはそれらに 同等の妥当性があるとは考えない.生活世界 の連続の中で我々は行為の方向性の規範に関 係づけられ,もう一方ではより広範囲な時と 場に沿って命令されるシステムの機能的条件 に係わっている.パーソンズによれば,規範 と価値は社会的統合の構成要素であるが,も っと非人格的なメカニズムに依拠するシステ ムの構成要素ではない.ハーバマスはパーソ ンズの構成を批判しながらもこの基本的視点 は受容している.だが,ハーバマスはノfーソ ンズの行為の概念は狭すぎると主張しており,とくに後期パーソンズはシステムの機能の集 中に浸されているし,パーソンズが発展させ た近代の解説は現代社会に多く存在する基礎 的な緊張関係を無視しつつ楽観的にコンセン
ハ ー バ マ ス社 会学 にお け る コ ミュニ ケ ー シ ョン的 行 為の 今 日的 意 義
サ スの 構 図 を描 いて い る,と 批 判 して い る.
ハ ー バ マ ス に と り,パ ー ソ ンズ の行 為 概 念 一彼 が 理 論体 系 を築 こ うと した形 態 は,社 会 分 析 の 解 釈学 的 次元 を抑 圧 して い る.パ ー ソ ンズ は,社 会学 研 究 者 が生 活 の形 態 ・性 格 を 十 分 に 説 明 し得 る た め に は毎 日の世 界 に 含 ま れ る生 活 の 中 に"入 り込 む"こ とが で き な け れ ば らな い こ とが理 解 で き な か った.
この こ とは,社 会 的統 合 と シス テ ム の統 合 は異 な る方 法 論 を持 っ こ とを意 味す る.シ ス テ ムの 統 合 は別 の方 法 で記 述 さ れ る の に対 し て 社 会 的 統 合 は必然 的 に参 加 者 自身 の概 念 と 関 連 が あ る.亠 方 か ら他方 へ の選 択 は 社 会 分 析 者 に別 の 方 法 論 を 要 求 す る こ とに な る.ハ
ーバ マ スが シ ステ ム 理 論 に 関 して述 べ て い る よ う に,シ ステ ム分 析 は社 会理 論 に不 適 切 と い うわ けで はな く,そ れ は機 能 主 義者 が い う よ うな 社 会 的 行 動 の 全 面 的 な 説 明枠 組 と して は な らな いの で あ る.生 活世 界統 合 の 条 件 は 世 界 観 の 構 造 の 下 に あ る妥 当性 根 拠(Geltung basis)の 更 新 と結 び つ いて い る.社 会 の 機 能 的 統 合 の 条 件 は,生 活 世 界 が 部 分 的 に しか 人 間 の コ ミュニ ケ ー シ ョン的 行 為 を とお して コ ン トロ ー ル され な い周 辺 の 環 境 に 関 連 して い る.こ の よ うな 妥 協 はパ ー ソ ンズ が い う 厂価 値 志 向 」 の制 度 化 と内 面 化 を とお して 達 成 で き るだ けで あ る.も しこれ らが 機 能 的 再 生 産 の機 能 的 要 件 に合 致 して いな けれ ば,社 会 的 凝 集 性 は機 能 的 要 求 が 潜 在 下 にあ る限 りで 維 持 され る.こ の よ うな 状 況 下 にあ って,「 価 値 志 向 」が 基 礎 づ け られ て い る妥 当 性 要 求 の 幻 想 は不 透 明 な ま まで あ り,そ の 結 果 は シ ス テ ム的 に歪 曲 され た コ ミュニ ケ ー シ ョン とな る.
パ ー ソ ンズ に と り言 語 は権 力,貨 幣 と 同様 に社 会 的統 合 の手 段 で あ るが,ハ ーバ マ ス に と って言 語 は社 会 的活 動 に含 まれ る役 割 か ら 切 り離 さ れ な け れ ば な らな い.シ ス テ ム統 合
の 区 別 さ れ た 領域 と して,経 済 も政 治 組 織 も 規 範 的 支 持 と価値 的 コ ミッ トメ ン トを 得 て い る生 活世 界 の 上 に構 築 され て い る こと に変 わ りは な い.し か も,こ れ らは コ ミュニ ケ ー シ
ヨ ン的行 為 を とお して の コ ンセ ンサ ス形 成 の 形 を と らな けれ ば な らな い筈 で あ る.
ハ ーバ マ ス は結 論 部 分 で これ らの 考 え 方 を 現 代 の社 会 病 理 的 局 面 の 診 断 の上 に基 礎 づ け よ う と して い る.彼 の全 体 的 な考 え 方 か ら し て,コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン的行 為 の合 理 化 は貨 幣 と政治 組 織 の 目的 合 理 的 な制 度 的 部 門 か ら 分 析 で は切 り離 さ れ な けれ ば な らな い こ と に な る.彼 が 構 成 しよ うと して い た 区別 を ウ ェ ー バ ー もマ ル クス も認 め て い な い ので ウ ェ ー バ ー とマ ル クスの 基 礎 概 念 の修 正 が 必 要 と さ れ る.ハ ー バ マ ス に と って生 活 世 界 か ら操 作 メ カニ ズ ム の糸 を ほ ぐす 対 象 は社 会 病 理 的 な もの で はな く現 代 に本 質 的 な もので あ る.現 在 生 活 世 界 の コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ン的 基 礎 が 経 済 ・政 治組 織 が 要 求 す る体 制 に移 され て お り, これ こそが 「生 活 世 界 の植 民地 化 」で あ り, 社 会 全 体 の再 生 の継 続 そ の もの を脅 か す,伝 統 の 破 壊 で あ る.
他 方,.現 代 社 会 を覆 う緊 張 と紛 争 は初 期 の 段 階 とは 区 別 され る.中 世 以 降多 くの抵 抗 運 動 は農 民 の 都 市移 住 と中 央 集権 国 家 の誕 生 と と も にみ られ,19〜20世 紀 の労 働 運 動 は さ ま ざ まな 経済 的 ・政 治 的分 化 と と もに抵 抗 の 焦 点 とな った.新 しい紛 争 と関連 す る新 しい動 き は コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的理 性 に よ っ て,そ
して 毎 日の生 活 の規 範 秩 序 の 変容 に よ る生 活 世 界 の 再編 を とお して の み 解 決 され る問 題 か ら派 生 して い る.ハ ー バ マ スは新 しい社 会 運 動 を 生 活世 界 の一 層 の植 民 地 化 か ら守 ろ う と す る防 衛 的 な もの とみ な して い る.エ コ ロ ジ ー 運 動 や反 核 運 動 もそ の例 で あ り,そ れ らは 略 奪 か ら 自然環 境 を 守 り,ま た さ ま ざ ま な形 の 連 帯 関 係 を 再生 しよ う とす る衝動 と結 びっ いて い る.
ハ ーバ マ ス は労働 価 値 説 と階 級理 論 の概 念 を 放 棄 して お り,正 統 派 マ ル キ ス ト,L.ア ル チ ュ セー ル 等 の フ ラ ン スの ポ ス ト構 造 主 義 の マ ル キ ス トと は異 な る人 間 主 義 と呼 ばれ る 第3の 流 れ へ の 再 編 成 を 行 った.ハ ー バ マ ス は マ ル ク ス は経 済 シ ステ ムの 分 析 に よ って 資 本 の論 理 が 物 質 的 再 生 産 に介 入 して経 済的 危
一19一
r人間 科 学 研 究 』 文教 大 学 人 間科 学 部 第17号1995年 小 山 田英 一
機 を招 く過 程 を 分 析 して い るが,こ れ に対 し て生 活 世 界 の地 平 か らは 資 本 の 論理 に した が って 社 会 の諸 葛 藤 が 生 み 出 され る過 程 を説 明 し得 る と考 え る.ハ ーバ マ ス は 社 会 の 分 化 は 社 会 的分 化 の過 程 と して 捉 え て お り,こ の 全 体 の枠 組 み は シス テ ムの 分化 で はな く,シ ス テ ム と生 活 世 界 の分 化 で あ る.そ して,彼 は階 級 対 立 も社 会 的 機構 と労 働 に準 拠 して 考 え る 生 産 の パ ラ ダイ ム に依 り,労 働 を主 体 とす る 実 践 哲 学 か ら脱 却 して い な い か らだ と考 え る.
5コ ミ ュニ ケ ー シ ョン的 行為 論 の対 話 と市 民 的 公 共 性
前節 で 触 れ た よ うに,現 代 の 社 会 問 題 は コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的 理 性 に よ って しか 解 決 で きな い もの と して,ハ ーバ マ ス はエ コ ロ ジ ー 運 動 や 反 核 運 動 に 関 心 を 示 す.こ の 点 は,
r公 共 性 の 構 造 転 換 』(Strukurwandelder Offentkichkeit,1962)で 主 張 した市 民 的 公 共 性 の復 活へ の示 唆 か ら窺 え る一 連 の ハ ー バ
マ ス の考 え が あ る.
rコ ミュニ ケ ー シ ョ ン的行 為 の理 論 』 の最 終 章 一最 終 節 は 「コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的 理 論 との 結 節 点 」 と名づ け られ,こ れ まで 殆 ど注 目 され て い ない が,以 下 の よ うな具 体 的 社 会 問題 を掲 げ る.
(イ)ポ ス ト自由主 義 社 会 の統 合 形 式 … 経 済 シ ス テ ム と政治 シス テ ム の2っ の サ ブ シ ステ ムが 交 差 し,生 活 世 界 にお け る物 質 的 再 生 産 上 の 障害 は システ ムの 不 均 衡 を もた ら し,
さ ま ざ ま な生 活 世 界 の 狭 義 の 病 理 現 象 を 引 き起 こす.
(の 家 族 の社 会 化 と 「自我 」 の 発 達 … シス テ ム命 令 が 家 族 を 飛 び 越 え て心 の 内部 の 出来 事 に 直 接 介 入 して い るよ うな現 象が 起 こる.
家 族 内 部 の コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの下 部 構 造 は 変 化 し,家 族 とそ の環 境 世 界 の 内 と外 と で,コ ミュニ ケー シ ョ ンの構 造 を と っ た行 為 領 域 と形 式 的 に組 織 され た それ へ の 両 極 化 が み られ,青 年 期 の社 会 化 過 程 が 危 機 に さ らさ れ る.
(ハ)マ ス メデ ィア と大 衆 文 化 … これ まで の 公
衆 の対 話 や 公衆 で あ る と同 時 に私 人 で もあ る と い う公 衆 の 自 己了 解 と可 能 に して き た コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンの構 造 の代 わ り に,今 や マ ス ・メ デ ィア に制 御 され た コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの流 れ が 出現 して い る.
(二)抵 抗 の潜 在 カ …生 活世 界 の植 民 地 化 の テ ー ゼ は機 能 主 義 的 理 性 に対 す る批 判 の 寄 り 所 とな って い る.さ まざ ま な タイ プ の抗 争 が 起 こ って るが 新 た な抗 争 は分 配 の問 題 で は な く,生 活 世 界 の 文法 の 問 題 が 火 種 とな って 燃 え 上 る.当 時 の西 ドイ ツで 次 の よ う な キ ー ワ ー ドが さ まざ まな 潮 流 を 識 別 す る の に 役 立 って い る.① 反 核 と環 境 保 護 の運 動,② 平 和 運 動(南 北 問 題 を 含 む),③ 対 案(Alternative)提 出者 の 運 動(家 屋 占拠 者 や 対 案 プ ロ ジ ェ ク トを と もな う大 都 市 の 現 象 等),④ 小 数 派(老 人,身 障 者 等),⑤ いの ち を救 う運 動 グル ープ や 青 少 年 の 諸 宗 派 と い った心 理 世 界,⑥ 宗教 原 理 主 義,⑦ 、 税 制 異 議 申立 て運 動,父 母連 合会 に よ る学 校 批 判 運 動,⑧ 女 性 解 放 運動,⑨ 国 際 的 に 意 義 あ る もの と して は,地 域 的,言 語 的, 文 化 的 自立 を求 めて,あ る い は宗 教 的独 立 を 求 め て 闘 う分 権 主 義 的 な運 動.
そ の 他,生 態 学 的均 衡 を 巨大 産 業 が 侵 害 す る 「緑 」 の 問 題,ま た 軍事 的破 壊 の 潜 在 力, 原 子 力 発 電 所 な どの 過 度 の複 合 性 の 問 題 も指 摘 され て い る.要 す るに,新 た な 抗 争 は シス テ ム と生 活 世 界 の 衝 突 す る と こ ろで 発 生 して い る.
他 方,ハ ー バ マ ス の 重要 な関心 領 域 の1つ は市 民 的公 共 性 の概 念 で あ る.市 民 的 公 共性 と対 話 コ ミュニ ケー シ ョ ンは不 即 不 離 の 関係 にあ る.こ こで私 人が これ まで 当局 に よ って 規 制 され て い た公 共 性 を 公権 力 に対 抗 して 自 己の もの とす る こ とに な り,市 民 的 公 共 性 は
"公 衆"と して 結 集 した私 人達 の生 活 圏 の 中 で現 れ る.私 人 達 は 自分 の生 活 圏 を よ り発 展 させ るた め に コ ミュニ ケー シ ョ ン的 行 為 を 通 じて政 治 的 折 衝 を 行 い,相 互 が 自 己の 行 為 を 遂 行 す るに 当 た って共 通 に遵 守 す べ き行 為 の 一 般 規 制 を作 り,こ れ に よ って そ れ ぞ れ の 行
ハ ーバ マ ス社 会 学 にお け る コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的行 為 の 今 日的意 義
為 を 自 己批 判 しよ う とす る.
公 衆 と して 結 集 した"私 人"た ちの 生 活 圏 こそ が 市 民 的 公 共 性 で あ り,か っ それ が 「生 活 世 界 」 で あ る.こ の 生活 世 界 が 後 期 資 本 主 義 社 会 で 「貨 幣 ・官 僚 制 の複 合 性 」 シス テ ム に併 呑 され,そ の 植 民 地 とされ る危 機 に あ る.
そ して 私 人 達 が 生 活 者 と しての 要 求 を持 って そ れ ぞ れ の ボ ラ ンタ リー ・ア ソ シ ェー シ ョ ン を 形 成 す る こ とで,企 業 や 国 家 に規 制 され て きた 公 共 性 を 自 らの 手 に取 り戻 す.
以 上 は,ハ ーバ マ スの一 連 の思 想 を 具 体 的 に解 釈 し直 した もの で あ るが,ギ リ シヤ の都 市 国 家 で 公 共 性 は会 議 や裁 判 の形 を と り得 る 対 話(lexis)と,戦 争 で あれ 政 権 で あれ 共 同 の 行 為(praxis)に お いて成 立 して い た.中 世 に お い て も定 期 市 場 を 中 心 に政 治 的 公 共 性 の 場 が 形 成 さ れ,近 世 に到 り国 家 の 権 力 が 増 大 す る と と も に市 民 の 公 論 に よ る 政 治 (govemmentbypublicopinion)が 主 張 さ れ て,市 民 的 公 共 性 は国家 か ら分 離 した社 会 と周 辺 の 中 で 成 立 す る こ とと な っ た.近 世 に 到 り,公 共 圏 と私 的 領 域 の交 錯 傾 向 が 起 こ り, 公 共性 は広 告 の 機 能 を 持 ち,市 民 は非 理 性 化 され,私 生 活 化 され る.組 織 化 され た私 的 利 害 の 間 の 競 争 が 公 共 性 の 中 に侵 入 し,合 意 は 知 名度 が よび お こす 信 用 と一 体 化す る.住 民 の選 挙 活 動 は公 論 過 程 に参 加 す る資 格 の乏 し い 無 関 心 有 権 者 層 に狙 い をつ け た政 党 ス ポ ン サ ー の 活 動 が 活 発 化 す る.
公衆 の 公 的 意 見 が 政 治 に反 映 しづ らい状 況 にあ って,ハ ーバ マ ス は次 のC.W.ミ ル ズ の提 案 を 掲 げ るの み で あ る.
"① 多 くの 人 々が さ ま ざま な意 見 を受 け とる だ けで な く同 時 に表 明 し,② 公 衆 の コ ミ ュニ ケー シ ョ ンは,そ こで 表 明 され る その 意 見 に た い して も直接 に且 っ 有効 に応 答 す る よ うに 組 織 され て お り,③ この よ うな討 論 に よ って 形 成 され た意 見 は,必 要 とあれ ば権 威 の支 配 的 体 系 に さか らって で も,効 果 的 行 動 へ の 出 口を 見 つ け る こ とが で き,④ 権 威 的 制 度 は公 衆 に滲 透 す る もので はな く,し たが って 公 衆 はそ の 活 動 にお いて 多 少 と も 自律 的 で あ る."
6ま と め に か え て
以 上,ハ ー バ マ ス社 会 学 の 最 大 根 幹 で あ る コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的 行 為 につ き,哲 学 的 ・ 心 理 学 的 べ 一 スか ら実 際 の 社 会 的 問 題 まで 概 観 した.哲 学 か ら経 験 科 学 へ の 架 橋 が ハ ー バ マ ス の特 徴 で あ り,彼 は現 代 の社 会 理 論 と 時 代 批 評 の第 一 人 者 と して の地 位 を確 立 して い る.
そ れ で もい くつ か の 間題 が 指 摘 され て い る.
例 え ば,次 の もの が あ る.
① ピァ ジ ェ と コー ルバ ー グに依 拠 す るが, ピア ジ ェの説 は西 欧 社 会 の文 脈 か ら外 れ た 時 に弱 い し,コ ー ルバ ー グの説 は ス ケ ッチ 程 度 の もので あ る.
② ハ ーバ マ ス の初 期 の著 作 で は歴 史 的 ・解 釈 学 的 と先 験 ・分 析 の 区別 を して い るが,
「コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的 行 為 の 理 論 」 で は 区 別 され て い な い。
③ あ ま りに もウ ェーバ ー に依 存 し,あ ま り に もマ ル クスが 少 な い.マ ル ク スへ 戻 る と い い なが ら資 本 主 義 の再 生 産 構 造 の 分 析 等 は殆 ど行 わ れ て い な い.
④ 対 話 に よ る主 張 は必 ず し も真 理 を 保証 し な い.ま た,脱 慣 習 段 階 にお け る討 議 に よ って 道 徳 性 が いか に保 証 され るの か.当 然 の こ とな が ら コ ミュニ ケ ー シ ョンの 相 手 や 仲 間 に相 対 主 義 者 や 懐 疑 主 義 者 は多 い.
⑤ 草 の 根 民 主 主 義 と呼 ばれ る対 面 的 な相 互 作 用 を 重 視 して 生 活 世 界 を 守 ろ う と して も そ れ も システ ムで あ り,他 の シ ステ ム に対
して ど う優 位 に立 て る ので あ ろ うか.
現 代 の わ が 国 社 会 の 諸 状 況 を み る時,10年 前 の 西 ドイ ツ と 類 似 し,さ ら に も っ と複 雑 な社 会 的 問 題 は多 く存 任 して お り,こ に お い て コ ミュニ ケ ー シ ョ ン的 合 理 性,対 話 理性 に 着 目す る こ とが 一 層 求 め られ て い る とい え よ
う.
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『人間科学研究』文教大学人間科学部第17号 1995年 小 山 田 英 一
参 照 文 献
(1) Jurgen Habermas,Strukurrwandel der Offent‑ kichkeit‑Untersuchungen zu einer Kategorien der burgerlichen Gesellschaft, 1962 (細谷貞 雄・山田正行訳『公共性の構造転換J 市民社会 の カテゴリー"についての探究一,未来社,
1973年)
(2) Jurgen Habermas,Theor i e des kommun i ha ti ven Handelns," 1981( Wコミュニケーション的行為の
理論~ <上>河上倫逸ほか訳, 1985年, <中>岩 倉正博ほか訳, 1986年, <下>丸山高司ほか訳,
1987年.未来社)
(3) Jurgen Habermas,Moralbewuβtsein und kommunikati ves Handeln", 1983 (三島憲ーほか
訳『道徳意識とコミュニケーション行為~ ,岩波 書庖, 1991年)
(4) Richard J. Bernstein(ed. )," Habermas and Moderni ty
ぺ
PolityPress 198~(5) 藤原保信・三島憲一・木前利秋編著『ハーバマ スと現代~ ,新評論, 1987年.
(6) Mi chael Pusey, Jurgen Habermas
ぺ
1987(山 本哲訳『ユルゲン・ハーパマス~ ,岩波書庖,1993年)