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エンハンスメントの社会的意義

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Academic year: 2021

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エンハンスメントの社会的意義

服部裕幸 南山大学

近年の脳神経科学の発展にはめざましいものがある。本発表では、脳神経科学の発 展にともなってその可能性が脚光を浴びてきたエンハンスメント(機能増強あるいは 能力増強)の倫理的、社会的意義について少し考えてみたい。

ADHD(注意欠陥・多動性障害)という病気がある。ADHD は神経伝達物質の放出

と受容の過程に何らかの不具合が生じることで起こっているのではないかと考えられ、

メチルフェニデートと呼ばれる物質がこの障害の改善に有効であることが分かってき ている。この物質を健常者が服用することにより、人はいつも以上に落ち着き、注意 力を高めるという効果を期待できるかもしれない。そのような物質は「頭のよくなる 薬」と呼べるかもしれない。

認知の神経学的メカニズムの研究に関連して言えば、音をマイクで集音し、それを 電気信号に変え、微小な電極を通じて聴神経に適切な電気的刺激を伝えることで聴覚 障害を治療する技術がある。こうした技術の延長線上には、通常の聴覚能力の増強の 可能性もあるかもしれない。

もう一つ例を考えてみよう。記憶に関しては、近年、脳神経科学的観点からの研究 も急速に進んできている。これに基づく記憶力のエンハンスメントの可能性も出てく る。記憶力の強化であったり、老化に伴う記憶力の減退の予防であったり、PTSD予防 などがそれである。

こうした例はさらにいくつもあげることができるであろう。多くの場合、これらの 薬品や技術は第一義的には病気や障害の治療という観点から研究、開発がなされてき ているが、そのような技術は、上で示唆したように、容易にエンハンスメント目的に も転用されうるし、事実、そのような目的で利用されている場合も存在している。

こうした脳神経科学がらみのエンハンスメントに関しては、その是非を巡って賛否 それぞれの立場から議論がなされている。そこでの主な論点は、治療とエンハンスメ ントの区別は可能なのか、エンハンスメントが引き起こしうる様々な社会的問題(公 平性が保てるか、制度的保証が必要とならないか、競争が激化しないか、人間の多様 性が失われないか、など)を引き受けることができるか、より根本的な問題として、

エンハンスメントが主体性や自我の概念を破壊しないか(努力して困難を克服するこ との価値を無にしてしまわないか、心的内容を豊かにすることができないのではない か、環境から学ぶことができなくなったり、学ぶ能力が減少したりしないか、いわゆ る「自己」の同一性が保てるだろうか、など)である。生命倫理では、臓器移植や生 殖医療などに関わって倫理的、法的問題が議論されるようになり、今日に至っている が、後追い的で現状追認的な感がないでもない。その轍を踏まないためにも、ここで 議論を深めておきたい。

参照

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