1.背 景 蛍光イメージングは、生きている 状態のままの生体で、リアルタイム かつ高い時空間分解能で生命現象を 視ることが可能であるため、生命科 学研究および臨床医療においてなく てはならない技術となっている。例 えば、この蛍光イメージングにおい て、タンパク質や生体小分子などを 蛍光標識試薬によって蛍光ラベルす ることで、その分子の生体内での挙 動を可視化することができる。さら に、対象とする生体分子との化学反 応によって、励起波長・蛍光波長・ 蛍光強度などの蛍光特性が変化する 蛍光プローブを用いることで、さま ざまな標的分子を観察することがで きる。本稿では、蛍光標識試薬に注 目し、蛍光試薬としては金属や半導 体でできたナノスケールの粒子であ る Quantum Dot(量子ドット)や遺 伝的に生体内に導入可能な蛍光タン パク質もあるが、DDS研究におい て汎用される有機小分子の蛍光試薬 について、DDS研究において有用 となる市販試薬の種類、選択する場 合に重要な要素、入手できる試薬に ついて解説する。 2.蛍光試薬の選択 蛍光試薬は、適切な光(励起光) を照射することで蛍光が発せられ
■ 連載 “DDS 研究・開発に有用な試薬”
蛍光標識試薬
花岡健二郎
*第 13 回
る。この蛍光を検出することで、細 胞レベルおよび組織レベル、個体レ ベルでの蛍光標識分子の生体内挙動 を可視化することができる。この蛍 光試薬の明るさは蛍光試薬のモル吸 光係数および蛍光量子収率によって 決まるが、市販されている試薬はこ れら要素が十分に高いため、蛍光試 薬の選択において重要なのは、蛍光 試薬の励起および蛍光の波長である (図1)。例えば、青色(~400nm)、 緑色(~500nm)、赤色(~570nm)、 近赤外(650~900nm)の光は分離可 能であるため、これらの光をもつ蛍 光色素を同時に使用することができ る。つまり、単純に使用したい波長 の蛍光試薬を選んで使用すればよい が、一般に光の波長が長ければ長い ほど、自家蛍光が低く、組織透過性 は高い。特に、動物個体レベルでの 蛍光イメージングを行う場合は、生 体組織から発せられる自家蛍光が低 く、光の組織透過性の高い、近赤外 領域の蛍光試薬が有用となる。 代 表 的 な 蛍 光 標 識 試 薬 で あ る Alexa Fluor Dyes(ThermoFisher SCIENTIFIC社 )や ATTO―TEC 蛍 光 色 素(A T T O―T E C社 )、 DyLight シリーズ(ThermoFisher SCIENTIFIC社)、IRDye® Infrared D y e s(L I―C O R社 )、S T E L L A FluorTMシリーズ(五稜化薬(株))に ついて表1に示す。このように試薬 メーカー各社、さまざまな励起・蛍 光波長を示す蛍光色素のラインナッ プを揃えている。 3.蛍光色素の標識法 市販されている蛍光試薬の多く は、通常、蛍光色素骨格のみではな く、生体分子またはポリマー材料な どに結合させるための反応性官能基 をもった蛍光標識試薬である。反応 性官能基について、以下に代表的な 例を記す(図2)。 3―1.アミノ基(NH2基)の標識 イソチオシアネート基やスクシミ ジルエステル基、テトラフルオロ フェニル(TFP)エステル基をもつ 蛍光色素はタンパク質のリシン側鎖 のアミノ基やラベル化したい分子の もつアミノ基と温和な条件でアミド 結合を形成することができる。 * Kenjiro Hanaoka 東京大学大学院薬学系研究科 Graduate School of PharmaceuticalSciences, The University of Tokyo Fluorescent labeling reagent
図1 蛍光色素に関わる重要な要素 蛍光色素の特性:・極大吸収波長 ・極大蛍光波長 ・モル吸光係数 ・蛍光量子収率 蛍光色素 励起光(蛍光試薬が吸収する 波長の光を照射) 蛍 光(蛍光試薬が発する蛍光の波長の光を検出)
表 1 代表的な蛍光標識試薬
蛍光色素 極大吸収波長(nm) 極大蛍光波長(nm) 蛍光色 モル吸光係数
Alexa Fluor 350 346 442 Blue 19,000
DyLight 350 353 432 Blue 15,000
ATTO 390 390 476 Blue 24,000
DyLight 405 400 420 Blue 70,000
Alexa Fluor 405 401 421 Blue 34,000
Alexa Fluor 430 433 541 Green / Yellow 16,000
ATTO 425 439 485 Blue 45,000
ATTO 465 453 506 Green 75,000
DyLight 488 493 518 Green 70,000
STELLA FluorTM 488 495 515 Green 71,000
Alexa Fluor 488 496 519 Green 71,000
ATTO 488 500 520 Green 90,000
ATTO 495 498 526 Green 80,000
ATTO 514 511 532 Yellow 115,000
ATTO 520 517 538 Yellow 110,000
Alexa Fluor 532 532 553 Yellow 81,000
ATTO 532 532 552 Yellow 115,000
ATTO Rho6G 533 557 Yellow 115,000
ATTO 542 542 562 Orange 120,000
ATTO 550 554 576 Orange 120,000
Alexa Fluor 546 556 573 Orange 104,000 Alexa Fluor 555 555 565 Orange 150,000
DyLight 550 562 576 Orange 150,000
ATTO 565 564 590 Orange 120,000
ATTO Rho3B 566 589 Orange 120,000
ATTO Rho11 572 595 Orange / Red 120,000 ATTO Rho12 577 600 Orange / Red 120,000 Alexa Fluor 568 578 603 Orange / Red 91,000 ATTO Thio12 582 607 Orange / Red 110,000 ATTO Rho101 587 609 Orange / Red 120,000
Alexa Fluor 594 590 617 Red 73,000
ATTO 590 593 622 Red 120,000
DyLight 594 593 618 Red 80,000
ATTO Rho13 603 627 Red 120,000
ATTO 594 603 626 Red 120,000
蛍光色素 極大吸収波長(nm) 極大蛍光波長(nm) 蛍光色 モル吸光係数
ATTO 647 647 667 Near-IR 120,000
Alexa Fluor 647 650 665 Near-IR 239,000 STELLA FluorTM 650 652 666 Near-IR 130,000
DyLight 650 652 672 Near-IR 250,000
ATTO Oxa12 662 681 Near-IR 125,000
ATTO 665 662 680 Near-IR 160,000
Alexa Fluor 660 663 690 Near-IR 132,000
ATTO 655 663 680 Near-IR 125,000
IRDye 680RD 672 694 Near-IR 165,000
IRDye 680LT 676 693 Near-IR 250,000
Alexa Fluor 680 679 702 Near-IR 184,000 IRDye 700 Phosphoramidite 680 685 Near-IR 170,000
ATTO 680 681 698 Near-IR 125,000
DyLight 680 682 715 Near-IR 140,000
IRDye 700DX 689 700 Near-IR 165,000
STELLA FluorTM 700 691 716 Near-IR 95,000
ATTO 700 700 716 Near-IR 120,000
Alexa Fluor 700 702 723 Near-IR 192,000
ATTO 725 728 751 Near-IR 120,000
STELLA FluorTM 720 730 750 Near-IR 130,000
ATTO 740 743 763 Near-IR 120,000
Alexa Fluor 750 749 775 Near-IR 240,000
DyLight 754 776 Near-IR 220,000
IRDye 800RS 767 786 Near-IR 200,000
Alexa Fluor 790 784 814 Near-IR 270,000
DyLight 800 770 794 Near-IR 270,000
IRDye 800CW 774 789 Near-IR 240,000
IRDye 800 Phosphoramidite 787 795 Near-IR 270,000
・ Alexa Fluor Dyes
(https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/brands/molecular-probes/key-molecular-probes-products/ alexa-fluor/alexa-fluor-dyes-across-the-spectrum.html) ・ATTO-TEC蛍光色素 (http://www.funakoshi.co.jp/contents/64784#01) ・ DyLight シリーズ (https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/protein-biology/protein-labeling-crosslinking/ protein-labeling/fluorescent-protein-labeling/dylight-fluors-technology-product-guide.html)
・IRDye® Infrared Dyes
(http://www.mstechno.co.jp/categories/view/156#7ph) ・STELLA FluorTMシリーズ
3―2.チオール基(SH 基)の標識 マレイミド基やヨードアセトアミ ド基をもつ蛍光色素は、タンパク質 のシステイン側鎖のチオール基やラ な条件で2つの分子を共有結合的に 結合させることができる。例えば、 生体分子に組み込まれたアジド基に 対して、アルキン基をもつ蛍光色素 4.蛍光色素の蛍光強度の変化 蛍光標識試薬を標識した生体分子 やポリマー材料を集合させること で、蛍光波長および蛍光強度が変化 することがある。このような蛍光特 性の変化は、単に標識した分子の動 態を観察したいときには、蛍光強度 が低くならないように気をつける必 要があるが、一方でこれら蛍光変化 をうまく利用することで、より高い 感度で標的生体分子を生体内で観察 することが可能になる。最後に、蛍 光標識分子の集合による蛍光特性の 変化について以下に記す。 4―1. 蛍光標識分子の集合による蛍 光の消光 蛍光色素を高濃度に集合させるこ とで、蛍光色素の蛍光強度を大きく 減じさせることがある。例えばこの 現象は、タンパク質やポリマー材料 に多数の蛍光色素を結合させた場合 にも起こるため3)、蛍光色素のラベ ル化数については気をつける必要が ある。また、逆にリポソーム中に 蛍光色素を高濃度で取り込ませるこ とで蛍光色素の蛍光強度を大きく減 じて4)、リポソームが壊れることに よって蛍光が上昇する蛍光変化型リ ポソームにも利用することができ る。 4―2. 蛍光色素間のエネルギー移動 (FRET)による蛍光変化 FRET(Förster resonance energy transfer)とは、蛍光色素が標識さ れた分子同士が十分に近づいた際 図2 蛍光標識のための反応性基の例 N N N C O N H N H CH2 S N H C NH S C CH N O O C CH2 I N O H N C S C O O F F F F C O O N O O (1)アミノ(NH2)基の標識 イソチオシアネート体 スクシミジルエステル体 テトラフルオロフェニル(TFP)エステル体 (2)チオール(SH)基の標識 ヨードアセトアミド体 マレイミド体 (3)クリックケミストリーによる標識 R1 R1 R1 R1 R1 R1 R2 R2 R2 R1 R1 R1 R1 R1 R1 R2 R2 R2 R2 R2 R2 R2 NH R2 NH R2 NH HS HS N N+ - N N H C O C O N O O S Cu+
文献
1) Laughlin, S. T., et al., Science , 320, 664-667(2008)
2) Patterson, D. M., et al., Curr. Opin. Chem. Biol., 28, 141-149(2015) 3) McCann, T. E., et al., Bioconjugate
Chem., 22, 2531-2538(2011) 4) Roberts, K. E., et al., J. Fluorescence ,
13, 513-517(2003)
5) Peng, H., et al., Chem. Rev. , 115, 7502-7542(2015)
6) Klymchenko, A. S., Acc. Chem. Res. , 50, 366-375(2017) できる5)。 4―3. 脂溶性環境下で蛍光特性が変 化する蛍光色素 NBD や Prodan といった環境感 受性蛍光色素と呼ばれる蛍光色素 は、膜成分中といった脂溶性環境下 において強い蛍光を示し、極性環境 下において蛍光が低くなる性質をも つものや、膜成分中の疎水性の度合 いに応じて吸収・蛍光の特性が変化 する蛍光色素である。これによっ て、リポソームなどの脂溶性環境部 分に分布することで強い蛍光を発す ることや、それら部位の脂溶性に応 じて蛍光色を変化させることができ る6)。