原 著
〔東女医大誌 第56巻 第12号頁1129∼1134昭和61年12月〕
Langendorff型ラット潅流心における心房性ナトリウム利尿因子
(atrial natriuretic factor)の分泌調節機序について
一党血行動態および心拍動の影響一
挙京女子医科大学 第二内科学教室(主任:鎮目禾口写教授)
ヒガシ ダ トシ ピコ
東 田 俊 彦
(受付 昭和61年9月24日)
Regulatory Mechanism of Atrial Natriuretic Factor Release from Isolated
Langendorff・Perfused Rat Hearts
−lnf塾uence of Coronary Hemodynamics’and Cardiac Beating一
Toshihiko HIGASHIDA
Department of Medicine II(Director:Prfo. Kazuo SHIZUME)
Tokyo Womeゴs Medical College
The role of coronary hemodynamics and cardiac beating on atrial natriuretic factor(ANF)release was studied in the isolated Langendorff−perfused rat hearts. ANF release was measured by radioim−
munoassay.
When the coronary且ow rate was changed, ANF release decreased or increased in a且ow−dependent manner. And when the perfusion pressure was changed, ANF release also increased or decreased, respectively, with concomitant changes in coronary且ow rate. Furthermore, perfusion with 50 mM
potassium chloride showed an immediate cardiac arrest and a decrease of ANF release to an undetectable level with significant decrease in coronary flow. However, low but readily detectable amount of ANF was
released when coronary旦ow rate was maintained. These results suggest that coronary hemodynamics
and cardiac beating could be factors modulating ANF secretion from the atrium.
緒 言
心房性ナトリウム利尿因子(atrial natriuretic factor, ANF)は,哺乳動物の心房組織から単離さ れたペプチドD∼3)で,強力なナトリウム利尿作用および末梢血管拡張作用を有している.免疫組織
電顕法により解明された心房細胞内の特異的な穎
粒状構造4)は,心房が循環血液量と血圧を調節す
る内分泌組織であることを示唆している.事実,血漿中でも,ラジオイムノアッセイにてANFが
検出されている5)∫.ANFの分泌調節には,心房内圧がそれに関与
する因子であることが示唆されている6)階8)が,ANF分泌調節機序の詳細は十分には解明されて
いない.心房は冠動脈に栄養されている組織であ
り,かつ,そこで産生されたANFは主に冠静脈血
中に分泌され,右心房に開口する冠静脈洞より体
循環血中に入ると考えられている9).それゆえに
冠循環動態は心房細胞からのANF分泌に何らか
の影響を与えることが推測される.また,心臓は
生体内において,持続的に電気的興奮および機械
的収縮を行なっている器官である.それゆえに心
拍動自身もANF分泌に影響することが考えられ
る.本研究においては,種々の神経性,体液性因
子の関与を除外し得,かつ冠循環の影響を観察し
うる実験系として,単離したLangendorff型ラッ
ト潅流心を用い,冠潅流速度,潅流圧および心拍
一1129一動がANF分泌におよぼす影響を検討した.
対象および方法
1.Langendor∬型ラット潅流心の作製
実験はWistar系雄性ラット(体重250∼300g)
を用いて行なった.潅流心は,Langendorffの方
法10)を一部改変して作製した.ベントバルビタール麻酔下(10μg/100g体重)にて開胸を行なった
後,ポリエチレンカテーテルにより,逆行性に胸
部大動脈にカニューレを挿入した大動脈の末梢部
分および他の大血管付着部を切断し,心臓を摘出
した.恒温槽中にて,37℃に保温したHEPES−
Tyrode溶液(134mM NaCl,2.7mM KCI,1.05
mM MgC12,1.8mM CaC12,11.9mM NaHCO3,
5.61mM glucose,1g/L HEPES, pH 7.4)を用い,大動脈に挿入したカニューレより冠潅流を行
なった.それゆえ,この標本においては,冠潅流
溶液は冠動・静脈を経て右房に流入し,開放系に
した大静脈より流出する(図1).潅流液は,実験
開始前より全経過を通じて95%02−5%CO2混合
ガスにて通気した.実験は心臓標本の作製完了後,約30分の潅流を
行なった後に開始した.冠潅流速度は,ペリスタ
ルティックポソプの速度を種々に変化させること
により,2,4,8および16ml/minに設定,また冠
潅流圧は潅流液貯水槽の高さを変化させることに
より,30,60,120cmH20に設定した.
心拍動の影響は,一定の冠潅流圧条件下(60
cmH20),あるいは一定の冠潅流速度条件下(4
ml/minおよび8ml/min)にて,50mM KCI含有
HEPES−Tyrode溶液にて潅流し,心拍動を抑制
することにより検討した.2.免疫活性ANFの測定
右心系から流出する潅流液を,フランクシ・ン
コレクターを用いて一定時間毎に分画採集した.
その潅流月中ANF濃度は,既報のラジオイムノ
アッセイ11)にて測定した.すなわち抗ANF抗血
清は抗原としてAtriopeptin Iを,ウシサイログ
ロブリンに結合し,家兎を感作して作製した.標
識抗原は,α一human ANFをクロラミンT法にて
ヨード化し,μBondapak C、8カラム(3.9×30cm)を用いたHPLCにて精製した.標準抗原としても
同じくα一human ANF(1∼28)を用いた.緩衝
液としては,0.1%ウシ血清アルブミン(Fraction
V,Sigma)および,1mM Na2 EDTA含有0.1M
Tris acetate(pH 7.4)を用いた.潅流液100μ1を用い,無抽出にて測定し,ANF
00髄STA圃T PRESSORE SYSTE繭
95ツロ0、 ( Watεr nath 5%CO、 00閥STA閣T F【0騨 SYS1・E” ) ⊇ ) 95%o、 ← 5%co、 W3t8r h3t髄 Fra6tIO縮 601100tor Fr30tio隠 oolb戯or 図1 Langendorff型ラット潅流心 図左は定冠潅流圧下の実験,図右は定冠潅流速度下の実験を示す.共に冠潅流溶液 は,冠動・静脈を経て右房に流入し,開放系にした大静脈より流出する.
分泌速度を分時分泌量(ng/min)として表わした.
この潅流液中の免疫活性ANFの稀釈曲線は,標
準曲線に並行であった.3.Creatine Phosphokinase(CPK)活性の測
定心筋障害の指標として,心筋遊出酵素である
CPK活性を,市販のキット(CPK−Test Wako,和
光純薬,大阪)を用いて測定した.4.統計学的分析
統計学的分析は,Student’s t−testを用いて行 なった.結 果
1.冠潅流速度がANF分泌におよぼす影響
冠潅流速度を8ml/minから4ml/min,8ml/min
から2ml/minへとおのおの減少,あるいは8ml/
minから16ml/minへと増加させた場合のANF
分泌速度は,おのおの3.36±0.09(各採取期間における分泌速度の平均値±SE,以下同じ)から,
1.63±0.13ng/min(p〈0.005),1.67±0.08から, 0.64±0.05ng/min(p〈0.005),1.07±0.12から 2,00±0.15ng/min(p<0,005)と流速に応じて変化した.心拍数もまた,ANF分泌速度に類似した
変化を示した(図2).図3には,冠潅流速度を4
ml/minから8m1/minに増加,あるいは4ml/min
・嫁 き至 〔∈ /) £ 言4 ε 箔 産 ≧,1
讐4 豆 一 二 ≧・i
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里 1・・1 図2 30 60 90 120 Time(min) 冠補流速度がANF分泌におよぼす影響 冠灌流速度(○一〇)を変化させた時のANF分泌速 度( )および心拍数(○一一一〇)の変化を示す. 30 60 90 Time(min) 図3 冠座流速度がANF分溜におよぼす影響 冠平群速度(○一〇)を変化させた時のANF分泌速 度( )の変化を示す.この実験では可視的な心 室収縮は認められなかった. 2二
二了 しピ /)から2mi/minに減少させた場合のANF分泌速
度を示した.この場合もANF分泌速度は,おのお
の1.80±0ユ5から,3.63±0.19ng/min(p<
0.005)に増加,あるいは2.49±0.22か日0,97± 0.05ng/min(p<0.005)に減少した.この標本では,全実験経過を通して心室収縮は全く認められ
なかったにもかかわらず,冠潅流速度の変化に並
行してANF分泌速度は変化した.
2.冠潅流圧のANF分泌におよぼす影響
冠潅流圧を60cmH20から120cmH20に増加,
あるいは60cmH20から30clnH20に減少させる
と,ANF分泌速度は,おのおの1.61±0.29から
15.95±2.11ng/min(p〈0.005)に増加,あるいは 0.26±0.05から0.007±0.03ng/min(p〈0.005)に減少した(図4).これらの変化は冠潅流速度の
変化に一致していた.3.高濃度K溶液による心拍動の抑制がANF
分泌におよぼす影響
60cmH20の定冠潅流乳下で,50mMのKCI含
有溶液にて潅流した場合には,心拍動は停止する
とともに,冠潅流速度は約0.5m1/minと著明に減
少した.ANF分泌はこの変化に対応して,検出感
度以下のレベルまで低下したが,2.7mM KCI含
有HEPES−Tyrode溶液にて再潅流することによ
り心拍動および冠潅流速度の回復に並行して,
ANF分泌速度もある程度回復を認めた(図5).
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? 6 50 1 150 Tlme(min) 図4 冠潅流圧がANF分泌におよぼす影響 冠潅流圧(●一●)を変化させた時のANF分泌速度 ( )および冠潅流速度(○一〇)の変化を示す。 5盤
2 値 ξ 岳 謹 1き 己 ! 50 1 150 Time(min) 図6 定冠急流速度(4ml/minおよび8ml/min)下で 高濃度K状態がANF分泌におよぼす影響 ANF分泌速度( ),賊害流速度(○一〇)およ び心拍数(○…○)の変化を示す。 定 .∈9
患 岩 匡2,5 皇 く1
0 双 、○一一H 臼’ゆ『o 50 100 Time(min) 0 ぞ3
岩 匡 幕 金T
o 図5 定冠潅流圧(60cmH20)下で高濃度K状態が ANF分泌におよぼす影響 ANF分泌速度( )冠潅流速度(○一〇)および 心拍数(○一一一〇)の変化を示す.次に4ml/minあるいは8ml/minの一定冠潅流
速度下で,同じく50mMのKC1含有溶液で潅流し
た結果,ANF分泌速度は,おのおの1.26±0.06か
ら0.83±0.07ng/min(p〈0.005),あるいは
1.95±0.17から1.37±0.09ng/min(p<0.005)に有意な減少を示したが,定潅流圧下とは異なり一
定のANF分泌は維持された(図6).
4.CPK活性
いずれの実験においても,全経過を通じ潅流液
中CPK活性は検出感度以下であった.
考 察
本研究から冠潅流速度および冠潅流圧は,とも
に心臓からのANF分泌に影響することが示され
た.用いた実験の条件下では,潅流圧と潅流速度
は互いに連動して変化するため,おのおのの要因
がANF分泌におよぼす影響を個別に検討するこ
とはできなかった.また,図2および図5に示し
た実験では,心拍数の変化に並行してANF分泌
速度が変化したのに対し,図3および図4に示し
た実験では,可視的な心室収縮は認められなかっ
たにもかかわらず,冠潅流速度および冠潅流圧依
存性のANF分泌の変化が認められたことから,
冠潅流速度および冠潅流圧は,心拍動状態の変化
を介さないで直接的にANF分泌速度に影響を与
えることが示唆された.冠潅流速度を減少させると,心筋組織への酸素
供給は減少する.低酸素状態における反応には,
少なくとも二つの因子の関与を考慮しなけれぽな
らない.第一は,低酸素による心筋細胞の壊死と
それに伴う細胞成分としてのANFの遊出であ
る.事実我々は,ヒト急性心筋梗塞の一部の例の
急性期に,血中ANF値が著明な高値を示すこと
を経験している.しかしながら,本研究において
は,潅流液中のCPK活性は上昇しておらず,潅流
液中のANFは,心筋細胞の破壊により遊出した
ものではないと考えられた.第二に,低酸素状態
は,他の内分泌組織,例えば下垂体や膵からのイ
ンスリン分泌を増加させるということである.し
かしな:がら,ANF分泌が低潅流速度下において
も増加せず,逆に減少したことは,用いた実験の
条件下における酸素供給の減少が,ANFの分泌
刺激としては作用ぜず,むしろ,潅流量の減少そ
のものの作用がANF分泌に影響したと考えられ
るが,その機序の詳細は明らかではない. 最:近,Wanglerら12)はLangendor狂型・・ムスター潅流心において,ANFは直接に冠血管を収
縮することにより,冠潅流量を減少させ,結果的
に心拍出量を減少させることを報告している.冠
潅流量の減少は,本実験から明らかなごとく,
ANF分泌を減少し,その結=果冠潅流および心拍
出量が回復すると考えられる.それゆえにANF
分泌と冠循環,および心拍出量の間には,機能的
な連鎖関係が成立していることが示唆される.
ANFの分泌調節には, ANFの末梢作用,すなわ
ちナトリウム利尿と血管拡張による心房内圧の変
化6)∼8)を介する“long feedback”と, ANFの心臓
自体に対する作用,すな:わち冠循環や心拍出量に 対する作用13)を介する“short feedback”の,少な くとも二通りの機構の存在が示唆される.
心臓は自動能を有し常に拍動している臓器であ
る.それゆえ,心拍動自体がANF分泌に何らかの
影響を与えることは充分に予想され,事実,その
可能性を示唆する報告がなされている.発作性頻
拍症は,多尿およびナトリウム利尿を来すことが
知られている14》.これは心房の伸展による反射性のvasopressin分泌抑制がその一因であると報告
されている15)が,最近,頻拍発作中の血漿中ANF
濃度の増加が報告されている.また,Kohnoら16)
は,実験的なラットの甲状腺機能凹型状態におい
て血漿中ANF濃度が増加していると報告してい
る.このことは,甲状腺機能充進状態における血
行動態の変化や,交感神経系の充進状態の影響も
考慮しなければならないが,心拍数の増加が
ANF分泌を刺激する因子であることを示唆して
いる.事実,本実験において,高K状態による心
拍動停止は,定潅流量,定潅流圧の両条件下にて,ANF分泌速度の減少をもたらした.このことは,
必要不可欠ではないが,心拍動もまたANF分泌
に影響している因子の一つであることを意味して
いる.高濃度K状態は,Caイオンの細胞内への移動を
伴った膜の脱分極により.神経末端からの神経伝
達物質の分泌や,種々の内分泌細胞からのホルモ
ンの分泌を増加させることが知られている17)18).ANFの分泌に関しても,ラット視床下部からの
ANF分泌は, K濃:度の上昇によりCa依存性の機
構を介して促進させることが示されている19⑳.さらに,50mMのKCIは,潅流液の浸透圧を上昇
させ,それゆえ,その浸透圧の上昇は既に報告さ
れているごとくANF分泌を促進させることが予
想される.しかしながら,今回のLangendorff型
ラット潅流心を用いた実験では,一定冠潅流速度
下,および一定冠潅流三下のいずれにおいても,ANF分泌は増加することなく,逆に著明な減少
を認めた.これは,高濃度K条件下では,興奮性
膜の脱分極が抑制されるという心筋細胞の特殊性
による可能性がある.しかしながら,電気的興奮
とANF分泌におけるイオンの動態については,
今後より詳細な検討が必要と思われる.結 語
Langendorff型ラット単離潅流心を用いて
ANF分泌調節機序を検討した結果,冠循環動態
および心拍動状態がANF分泌調節に関与するこ
とを明らかにした. 稿を終わるにあたり,終始,御懇篤な御指導,御校 閲を賜わりました鎮目和夫教授,対馬敏夫教授および 成瀬光栄先生に深謝致します. なお,本論文の要旨は,第59回日本内分泌学会学術 総会にて発表した. 一1133一Y ma
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