原
著
麟陛撃1譲禾}4、欝欝〕
梅毒反慮の妊産婦、新産児におけろ
償値及び梅毒反論陽性母禮:より生れ
たろ小児の健康状態
東京女子欝睾専門學校産婦入科i教室 (主任 堤 辰郎教授)助教授 大 村
オホ ムラ (受付昭和18年8月16日)久
ヒサ榮
工 夏 緒 1 研 N 實 (イ) (ロ) (ハ) (;) (ホ) N 結 目 次 言 究 i費 料 験 成 績 妊婦;血液の「ワ」氏反鷹 産婦血液の「ワ」氏反慮 新産見血液の「ワ」円坐磨 母見後年正斎謹時のrワ」氏反磨 梅毒反鷹陽性母髄より生れたる小見の生育歌態 論1緒
言 性病は國民病と云はれ・亡國病結核と同時に其の豫防撲滅は緊急問題である。しかも其の大孚を 吉むるものは民族毒なる梅毒である。人口増強を最高國策とする現時三下にお》・て、この梅毒の撲 滅的囲三門策こそは、吾々讐人に課せられたる最高任務である。こ瓦に:巨大とも云ふべき数字を示 す流早死産が、將叉乳幼見の死亡が其の因って來るところ先天梅毒にありとすれば、産婦入科欝た る者敢然起って積極的に其の衝に當らねばならぬ。 吾人が今若し凡ての妊婦に樹して梅毒の槍索を徹底的に行ふことが議論るならば、以て先天梅毒 児を、その母艦在胎中に治療し、流早死産を防ぎ、先天梅毒児の生誕を未然に豫防し得る理である。 しかも一方梅毒の診断に樹し、ワッセルマン氏丁丁(以下「ワ」氏反憲とす)が殆んど決定的慣値 .を有することは、もはや贅言を要せすとまで言はれて居るとすれば、何等遅疑することなく萬難を 一 5一一一排しても、これが下行に移るべきではなからうか。
然しワ氏反鷹は其の探血の時期によっては、必ずしも安定でなく、亦梅毒以外の疾病の場合にも 反鷹陽性のことがあり、特に妊娠、産褥の如く・杢身的に物質代謝機能に攣化の生する時の血清
は、梅毒反慮の便値に樹して最も激しく論議せられてるるのである。邸ちStUhmeru. Dreyer(7) Steinert und Flusserc8’i Eschu. Wieloch(9)及び筒共の他の諸氏は妊産婦の血清反慮に封して、 非特異性反慮を謬め、Heimann・und Stern(lo)は反掌操作を適確に行へば、非特異性反窓を認めぬ
と云ひv亦Georgi und Handorn’〕i ¥は陽性の一三はGlobulinの安定度の増加のためであると し、樹Kolmer(!2)は妊娠は潜伏梅毒を活動性にすると云って、何れも非特異性反慮を否定してみ
る。二丁産丁丁帯血液に封しても・ Esch und Wieloch(9)・Klee 9・Holfmann(3∼等は非特異性反 回を認め、一一方亦Esch(]4)ts Bruno, Bruck(15)等は梅毒薪産児であpl Ssがら陰性反慮を呈すると云
ふが如く、妊婦、産婦、新生兇の「ワ」氏反慮成績は不同である。尚これについて本邦に於ても志 賀、谷(D、橋本(2)、長谷川(3)、柿下④、申山(5)の諸氏により妊娠、分娩、新産児或はその父親等の 梅毒問題に關しても種々業績が墨げられてるるのである。然るに現下の急務に際して、「ワ」氏反 慮に罪する信頼度を確定することが出來ないといふのは、畢寛するに「ワ」氏反回の表はれる時期の 複羅性を物語ってみるのではなからうかqこの複雑な表現性を有する「ワ」氏反骨であるから、その
検出には相州の期間の講腰さ参騰らぬ。例へば妊娠時・分娩臨後年の非妊時正醗に瀞
て、或は薪産兇はその二二血液と後年の生育過程の血液にk /oてと云ふが如くs而して被検撒も便 値ある数でなければならなV、。しかしかXる研究は余は寡聞にして未だ耳にしないところである。 ジ 故に余は昭和13年6月より、昭和『17年8月までの間におV・て、妊娠時、分娩時及び其の後年 の非妊時正常艦とに再診「ワ」氏反回二三を行ひ、亦同時に新産兇二丁血液の「ワ」.氏二二とこの 時の陽性者及び「ワ」氏三鷹陽性母艦より生れたる小見の、後年生育中における「ワ」氏三鷹とを、 比較し、f嗣・見の二丁歌態をも観察し、いささか見るべき成績を得たので、妊産婦、四丁兇の「ワj’ 氏反慮評慣の一考の資にもと報告する次第である。H研 究 資 料
被検査者は昭和13年6月よy、昭和15年12月までの期間に、東京女子署學專門學校病院産婦人科を訪 れた妊婦及び入院分娩をした産婦、新産児である。しかしてこの時の検査に陽性の成績を表はしたものについ て再び昭和17年8月來院を求めて検査を行ったのである。 被検人員は妊婦1623名、産婦1667名、新瞥見1668名(双胎1組)である。この陽性者中最後の検査の 出來たものが37名であったo皿 實 験 方 法
探血について。妊婦の採血は、その事情の許す範園において、初診の際に前門正中静脈からUt血した。産婦 は入院分娩の者であるかち胎盤後』血を探目した。この胎盤後血による「ワ氏」反鷹成績についても亦古來諸説 一一一6 一9Z
があb、Steinert u. Flusser⑥は準蒔「ワ」氏倒懸陰性である竜のが胎盤後世にのみ陽性を呈することを経験 したと云ひ、亦「ワ」氏反鷹陽性妊婦が分娩とともに陰性になb、或はこの逆のこと等について報告せられて るるところである。故に余の敢えてこの胎盤後血を以て検査を行った所以は、所謂非特異性反懸を探求のため である。新産見は膀帯臓動の微かに残ってみる間に膀帯を切齢して、蜥端をよく拭ひ、こ蕊から探血した。此 の膀帯血液による「ワ」氏反鷹検査も亦同しく、非特異性反回検出にある。後年非妊正常禮における検査は、 毛見雨者とも前謄正中静脈からめ採取である。 最後に小見に封して、生育経過の問診、身元測定、健康診臨を行った。 」血清検査について。血清検査ほ本校細菌學個室槍査部において、良田圭子博士が主任として施行し、「ワ」氏, 反礁、村田、小林、井出の諸帰一も同時に行ったo
w實 験 成績
(イ) 妊婦血液の「ワ」氏反慮 被検妊婦は妊娠月下に二二せす.1623名について「ワ」氏反慮を試みた。其の結果は陽性者52’. 名で.3.2%であるD (ロ)産嬬血液の「ワ」氏反慮 産婦被検撒1667名、うち陽性者59名、3,6%躬である。 (ハ)薪産見血液の「ワ」氏反慮 i新産三二槍数1668名、うち陽性反回33名12,2%である。 (二)下見後年非二三常時の「ワ」氏反回 前2同にわたる槍査において、何れか1同或は2同とも陽性反慮を呈したるものに、來院をもど めて昭和17年8月最後の槍査を行った。これに鷹じたもの37名である。以下「ワ」氏反慮の出現 三態を表により述べることとする。第1表ほ妊娠時、分娩時及び後年と3同とも反慮状態を知るこ とが出來た9症例である。その第1例は妊娠8ヶ月におV・て「ワ」氏反慮強陽性(以下「ワ」氏反慮 を省き、軍に陽性陰性といふ)、分娩時も3年後の現在も強陽性である。小児も亦脳帯血液も3歳の 今日もともに強陽性である。第2例は妊娠4ケ月、第3例は妊娠7ヶ月、第:4例は妊娠8ケ月でと もに陽性であり、分娩時及び3年後は引績き強陽性である◎小兇は隣帯血液は強陽性或は中等度陽 性であるが、母孚Lをもって哺育したるに係ら1「・、現在は3例とも陰性である。第5例は妊娠6ヶ月 において強陽性で分娩時も現在も強陽性であるのに、小見は膀帯血液は陰性であって、3歳の現在 では張陽性である。第6例は妊娠7一ヶ月の時と分娩時とに強陽性であり乍ら、3年後の現在は陰性 である。小見も脳帯血液は強陽性で現在は陰性である。第7例は妊娠3ケ月・第8例は妊娠8ヶ月 第9例は妊娠7ケ月において、ともに強陽性で分娩時も強陽性であり、’現在は陰性である。小兇は 第:7例、第8例は膀帯血液は陰性であり現在も亦陰性である。第9例の小見は、膀帯血液は陰性で あったが然し生後50日にして生活力微弱の診断の下に死亡したと云ふ。該小平は本院においての 生下時膣重は29809の男児でb生後十日措[の入院中は生理的艦重増減に特別なる憂化は認められ一7一
第1表 妊娠時、分娩es ..正常燈における母、見の梅毒反慮 番 號 1 .2 :3
4
・5 ・6 ’7’ 8 9 姓 名 妊 娠 月 梗 毒 反 母 禮 小 見 妊 娠 時ワ村小井
.氏田林出
動一院_墜」後寄贈_分娩
氏田林出 田林出
時 後年正常膿ワ村小井1ワ村小井ワ村小井
氏 氏田二目壌田林出
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第2表.分娩時及び後年正常鐙における母、見の梅毒反歩
創
1姓
號 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 201母一 as一小
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3, 4, 5一 6 7 8 3 1 ! ’9 (32例中10例)長谷Jil(3)8.9%(347例中31例)等に比すれば低率である・然るに禽この上・これを正常燈 において調査・すれば、陽性者は僅かに2%強である。故に1667名中の1,6%は、分娩による「ワ」氏反:懸一9一一一
陽性と思惟せられるのである。胎盤後血による非特異性反磨については、Joseph Hahn u.Luewig Gummet(正6) ・は3,7%に、Winkler(17)は6,5%に亦Stuhmer u. Dreyer(7)は10%に、その頻度を謹明して居るが、こ れ等に比し余の成績1,6%は亦非常に低率と思ふ。(ノ・)新産見 (おける瞬帯血液の「ワ」氏反鷹陽性率も1668 胴中38名、2,2%であy、これをBUI1(5)の4000例中、33例、1%に、亦TriUan七and Jean Ronssert(s) .の935例中49例、5.2%に封照する時、余の成績は中庸を得たる感がある。しかし後年の再検査に封ずると、 全員の0.8%に於て陽性者を見る’ことになη、1,4%は梅毒に關係なきrワ」氏反癒表現であったと云ふと
が出來る○隣帯血液の非特異1性反癒についてはKlee und Hoffmann(】3)は1。7%溺1(、 Esch und Wieloch(9)
は200例中3.6%にその頻度を認めて居り、何れも余の成績よb高率である。 いかしてこ墨に余は本検査に 於て妊婦血液、胎盤後血和幣血液における非特異性反鷹の各々が殆ど同一程度の百分率の頻度を有し、しかも .漱人の報告に比し、遙かに低率であることを認めたのである。 .(二)母兇相互の「ワ」氏反照と梅毒との關係について云へば「ワ」氏反慮が母艦において前後2 何或は3同、特に最後の正常罐まで、陽性を呈し、小学も亦前後2同とも、或は最後が陽性であれ ば、これは當然梅毒母児である。而して本調査におV・ては、梅毒母艦は、その53%において梅毒 見を分娩して居る。換言すれば梅毒母艦からも50%に非梅毒見が生誕して居るのであるQ然しこ れを文賦の報ずる如く、分娩時の血液或は膀帯血液による1同の楡査の結果より、其の陽性者を直 ちに梅毒手甲と云ひ、同様に瀦帯血液反物を栴毒に開平づけるならば、余の槍査匠おいても、陽性 平群より39%に陰性兜を分娩するのみとなり、これは長谷川(lfi)の梅毒母燈より34%に健康兇を 分娩すると云ふ報告及びHubner(20)の30%を基げてるるのに殆ど一致を見る。 術亦梅毒晃の母艘は妊娠時、分娩時或は後年正常艦の何れかにおV・て必ず「ワ」氏反慮は陽性を 示すもので、絡始陰性であったものは1例もない。帥ち梅毒兇は梅毒反鷹陽性の母宮から生れる。 これも分娩時の1同だけの野物では或は陰性のこともあり、亦男帯血液における非特異性反町を顧 慮しなければ、母瞠陰性にして、兇の陽性はあり得ることであるが、長谷川(12)の31例中16例b 51%は・余の1例・しかも分娩時のみ陰性なりしものに比i.r・大なる隔りを見るのである。 .梅毒母艦から平骨ζ小児が膀帯!血液のみ陽性で、母乳哺育にかエはらす現在は陰性であるものに 面しては、これを軍に非特異反面と見倣すべきか、或はKolmer(6)の云ふ抗補膿作用に露すべきか。 しかもこの現象は比較的多く・20例の梅毒母艦中9例・帥ち噸%にある。然しまだ梅毒母艦か らの小見が前後2回忌も陰性を示すものあり、これについては抗補艦作用も認められないことであ り、且つまた摩羅の張陽性を見れば、滅弱毒力のためにもならす、この場合は胎盤の強力抵抗に爆 \ すべきかと思ふ○しかしかxる例は20例中3例、15%である。俗見梅毒母艦よりの小児が引倒 』血液のみ陰性を示した場合に嬉し、殊に1例は既に妊娠6ケ月において陽性母艦である鮎から、第 二期潜伏期の陰性ともすべきではなからうか。 (ホ) 「ワ」洞門鷹陽性母艦から生れた小兇の生育階下 妊娠中或は分娩時の瞼査により「ワ」.二三慮陽性を示した母艦からの、小晃の健康三態を調査し 同時に、二院した者については胃管測定、健康診噺を行った。 一10一
95 健否の確かなもの62名で其のうち現存して居るものが51名、死亡者11名である。之等62 名の小見が現在までに讐療を受けた程度の罹患疾病名を墨げると第3表の如くである。浩化不良症 は首位をしめ、麻疹、中耳炎、とびひ、肺炎、百日咳、水萢瘡、扁桃腺炎、先天性生活力微弱、結 膜炎、膿胸、ヂフテリーiヘルニヤ、四肢蓮;動不自由等の順である。 第3表梅毒反朦陽性母謹よy生 死亡者11名について・分娩時の欣態・帥ち母膿の れたる小児の罹患疾病者 「ワ」氏反鷹状態、分娩の扶況、分娩豫定日との關係 游 麻 中 と 肺 百 水 温 結 膿 ヂ 疫 へ 化 不 耳 び 日 萢 桃 腺 先天性生活力微 膜 炎 胸 フ テ リ ヤ 痢 ノレ ニ ヤ 四肢蓮動不充分 アデノ イ ド 紳 輕 炎 良 疹 炎 ひ 炎 咳’ 瘡 炎 17 13 12 9 7 6 4 4 4 3 2 2 1 1 1 1 1 生下時艦重と生存矯激、死因病名とを第4表に列尽し た。11例中、5例までは生存日敷5日以内のもの、 所謂生活力微弱で、其の他に何等死因と認むる徴候な く本院入院中に死亡したのである。他の6例は生存日 数!週聞以上、∼ケ月以内のもの3例、2ケ月以上、
5ケ月以内2例である。印ち11例中10例までは5
ケ月以内の生存日数である。 其の他現存小見の歩行期は14,05月士1.95日であ り生三期は7,56月 ± 1.24月置身艦測定により艦 重・身長、胸園を見たが、例数少なく統計値は不確實 であるが、何れも標準身長、膿重に比し大差なく、時 には優れてみるものもあったov 結
論 rl 以上を翻して、結論すればt・.oknし。
1 1)妊婦、産婦、新二見の「ワ」氏反鷹による梅毒 i l 診噺の信頼度を得たく、昭和13年5月より、昭和17 年8月までの期聞をもつて妊娠中、分娩時、後年正常艦の血液と、薪産鬼及び幼兇期との血液によ り梅毒反回を試みた。 2)妊婦1623名中「ワ」氏反鷹陽性者は3,6% であるが・このうち梅毒妊嬬と見徹すべきは ユ,7%で、飴の1,5%は非特異性反鷹によるものである。 3)産婦胎盤三三による「ワ」氏三士陽性者は1657入rp 3,6%であり、眞の梅毒産婦は2%で ある。1,6%は同じく非特異性と認めるものである。 4)膀帯一血液による「ワ」氏反回陽性率は1668暑中2.2%であり、こめうち梅毒見は0・8%で ユ,4%は非特異性学才によるものである。 5)梅毒母艦は50%において非梅毒見を分娩して居る。 6)梅毒兇の母艦血液は「ワ」鹿町慮陽性を呈!.・て居る6 7)梅毒母艦及び梅毒兇は、時期により潜伏期に「ワ」氏反落陰性を呈することがある。 一一11一第4表 梅毒反慮陽性母燈より生れたる小見死亡者の生下時駅態と生存日数及び死因病名
列鴛讐日爾艦重・騰「蕨・氏「性・・生織病
名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ’10 11 一2日 ・一一 6 一一 24 一一 3 一一S1 一一S8 一一 10 一一 8 一一 2’ 一20−7
3620 g 2195 2690 2765 1845 2030 3050 , 2360 2600 3180 2780 .柵 柵 冊 冊 柵. 柵 柵 珊 冊6
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4日 4 5 5 5 27 30 50 100 150 240 先天性生活力微弱 n lt n n 乳 見 演 化 肺 肺 中 耳 潰 化 骨 不 凸 凹, 良 炎 炎 炎 日 8)梅毒母髄は授孚〔により、その子に梅毒を感染して居なV・。 9) 「ワ」氏反慮陽性母艦の小児は一般に弱く・』死亡率17,7%を示し、死亡者の90%は生後 5ヶ月以内、而も45%は7日以内である。 三筆に臨み恩師堤教授、吉岡正明籔:授、李野憲正教綬の御懇篤なる御指導と御校閲しとを深謝し、細菌學教 學良田圭子博士に深甚の謝意を表するものである。. 交 麟 1)志賀。谷:凍京讐事新誌、第2537號、昭和2年。2)梧本:目本婦人科學會雑誌、第15管、大正 9年03).長谷jgl:fi本婦人科學會難誌、第27谷、昭和7年。4)三下:金澤醤科大學十全會雑誌、第35 釜・昭和5年。5)軸環験讐學雑誌・17管・日eTll・8年・.6)戌訟:産科と婦入科・第10巷11號・ 昭和17年07)Stuhmer u。. Dreyer:Zeitschr。 f. Geb und Gyn, Bd.84,192108)Steinert undFlusser:Areh. f. Kindheilk. Bd.・65, 19i60 9) Esch u. W’ieloch:M. m. W. Nr. 2, 19220 10> Heimann und Stern:Zeitsghr. f. Geb. u. Gyn. Bd. 69, 19 lo 11) Georgi und Handorn:M. m. W. Nr. 20. 1913D 12) Kolmer:Serumdiagnosis by Complerhentfixation, P. 469, P. 98, 923.’ 13) Klee und Hoffmann : M.seh]. f. Geb. und Gy4. ,Bd 2, 19230 14) Esch : K!. W. Nr.’33,, 19220 15) Bruno, Bruck :・Serodiagnose der Syphilis 19240 16) Josephhn u.Ludwig Gummer¢ : M. m. W. Nr. 36, 19230 17) Winkler : Med. Kl. Nr.51, 19210 18) Trillant urd jean Renssetr : :Gynee, et Obst, 17, 264, 19280 19) ’ `. H. Hubner:M’ D m. W. s. 1459, 19250