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近世イギリスにおける階層と市場 : 産業革命像の再構築に向けて

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Academic year: 2021

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(1)近 世 イ ギ リス にお け る 階 層 と市 場 ― 産 業 革命 像 の 再構 築 に 向 けて 一. 和 田将 幸.

(2) 目次. 研 究 の課 題. 序章. 第 1章. 0000000。. 0000。 000000。 00000000・. 研 究 史 と新 た な産 業 革命 像 へ の 試 み. 1‐. 1産 業 革 命 像 の 再構 築. 1‐. 2研 究史. 1‐. 3消 費社 会 論 と産 業 革命. ・. 000000004 0000000012. 4社 会 史 研 究 と 「ミ ドリング 0ソ ー ト」. 1‐. 5「 ミ ドリング 0ソ ー ト」 と消 費. 1‐. 1-6新 た な 産 業 革 命 像 の構 築 に 向 けて. 第. 2章. ブ リス トル の 「ミ ドリング・ ソ ー ト」. 00。 000。. ・・ ・・・. 00030. 1「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 を巡 る視 角. 2‐. 2‐. 2史 料 とブ リス トル. 2¨. 3ブ リス トル 0デ ー タ ベ ー ス. 2-4デ ー タ ベ ー ス とク ラス タ ー 分 析 5ブ リス トル の 「ミ ドリング・ ソ ー ト」. 2‐. 第. 3章. 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 と 消 費. 3‐. 118世 紀 の 消 費 を巡 る議 論. 3‐. 2遺 産 検 認 目録. ・. 000000。. ・ ・・ ・ ・. 0000052. 3-3物 品 の 普 及 3¨. 4消 費 者 の 類 型. 3‐. 5ク. ―因子 分 析 とク ラス タ ー 分 析一. ラス タ ー 析 出 の 含 意. 3-6ク ラス タ ー によ る 選好 と物 品 の 性 質. 第. 4章. 『 レデ ィ ス・ マ ガ ジ ン 』 に 見 る 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 の 意 識 形 成. 4-1消 費行 動 と 「階 層意 識」 4-2『 レデ ィ ス ・ マ ガ ジ ン 』 の概 要. 00075.

(3) 4-3巻 頭 文 と編 集 の 方 針 4-4連 載 記 事. 「マ トロ ン」. 4‐. 5「 マ トロ ン 」 の 定 量 分 析. 4‐. 6「 ミ ド リ ン グ ・ ソ ー. 第 5‐. 5章. 階 層 と市 場. ト」 と 「階 層 意 識 」. 0。 0000000000000000000000000097. 1方 法 と研 究 史. 5‐. 2ブ リス トル の 「ミ ドリ ン グ ・ ソ ー ト」. 5‐. 3「 ミ ド リン グ・ ソ ー. 5‐. 4階 層 の 意 識. 5‐. 5階 層 と市 場. 参考 文 献. a.史 料. b.文 献. ト」 と 消 費. ―ま とめ に 代 え て 一. 000000000000000000000000000000000106.

(4) 序章. 研 究 の課 題. 本 稿 の 目的 は ,イ ギ リス産 業 革 命 を い くつ か の 意 味 で現 代 に 相 応 し い 形 に 描 き直 す こ と に あ る。 歴 史 が現 在 の 視 点 か ら描 かれ る もの で あ る 以 上 ,経 済 史研 究 の 中で最 も長 い研 究 史 を持 つ イ ギ リス産 業 革 命 は ,時 代 によ って 異 な る 姿 に 描 かれ ざ る を 得 な い 。そ の 意 味 で. ,. 現 在 の 社 会 に相 応 しい 産 業 革 命 像 は 常 に 描 き 直 され る必 要 が あ る し,そ のた め には 現 代 の 水 準 で の 方 法 が必 要 で あ る。 以 下 に続 くい くつ か の 章 は ,そ う した 目的 の も とに書 か れ て い る。 イ ギ リス 産 業 革 命 を巡 る研 究 は ,現 在 で も活 発 に 行 わ れ て い る。 そ の 詳 しい検 討 は 後 の 章 に 譲 るが ,比 較 的最 近 の 動 向 に 限 って 言 え ば ,需 要 と供 給 の 変 化 の 中 で 産 業 革命 とい う 事 象 を説 明 しよ う と して い る と言 え るだ ろ う。特 に ,産 業 革 命 あ る いは工 業 化 と い う現 象 を ,経 済 学 の枠 組 み で 説 明 しよ う とす る経 済 史 家 は ,需 要 と供 給 の 変化 によ って 産 業 革 命 を説 明 しよ う と して い る。 そ の こ と 自体 は 間違 いで あ る とは思 わ れ な いが ,産 業 革命 は. ,. 基 本 的 には 近 代 以 前 の 社 会 か ら近 代 の 資 本 主 義 へ の 画 期 をな す も の と理 解 され ,そ れ が 市 場 経 済 の 拡 大 を意 味す るので あれ ば ,市 場 が 拡 大 す る以 前 の 社 会 の 説 明 に ,市 場 が 拡 大 し た 後 に 成 立 した 市 場 シス テ ム を用 い る こ とには ,慎 重 さが求 め られ る。 具体 的 には ,そ れ は ジ ョエ ル 0モ キ アや ヤ ン 0ド フ リー ス らが 描 く供給 の 変 化 に 対 応 し た 市 場 の 拡 大 と1,マ キ シ ン・ バ ー グ らが 主 張 す る よ うな需 要 の 変化 に主 導 され た 市 場 の 拡 大 との議 論 に見 られ る よ うな 2,「 需 要 と供 給 の どち らが 先 に 拡 大 した のか 」 とい う問題 に 現 れ て い る と言 え るだ ろ う3。 市 場 シス テ ム に 対 す る 現 代 の 理解 で は ,需 要 と供 給 は 「長 期 的 には 」 あ る いは 「理 想 的 に は」 均衡 す る も の と理 解 され て お り,そ れ によ って価 格 と数 量 が調 整 され る。 だ が ,市 場 が 拡 大 す る 以 前 の 社 会 で は 生産 を担 う階層 と消 費 を 担 う階 層 が基 本 的 には 分 離 して お り,需 要 と供給 が 均 衡 す る こ とは必 ず しも保 障 され て い な い 可 能 性 が あ る。 17世 紀 か ら. 18世 紀 の イ ギ リス 社 会 で 需 要 と供 給 が 均衡 して い た と見 な す こ と. は ,し ば しばモ キ アの主 張 に見 られ た よ うに4,産 業 革命 の 開始 を 「需 要 と供 給 の どち らが 先 に 変 化 した のか 」 と い う議 論 で 説 明 せ ざ る を得 な くな る。 こ う した立 場 で は ,ど ち らの 変化 に 対 して もそ の 要 因 は 「外 部 要 因」 とな らざ る を 得 ず ,人 間 の 行 動や 価 値 観 の 変 化 な 1 1嘔 okyr(1999),deFries(1993).. 2 Berg(2002)。. 3 1唖 。kyr(1997). 4 MOkyr(1997)..

(5) ど ,市 場 の 主 体 内 部 の 要 因 を 捨 象 しが ち で あ る。 比 較 的 最 近 の イ ギ リス 産 業 革 命 を巡 る 経 済 史 研 究 は ,端 的 に 表 現 す る な らば この 点 を巡 る も の と言 っ て 良 い だ ろ う。 モ キ ア らの 主 張 す る産 業 革 命 像 は ,基 本 的 に は プ ロ トエ 業 化 ,勤 勉 革 命 論 を 主 張 の 核 と した も の で あ る。 これ は農 村 工 業 を 含 め ,人 口の 増 加 や 課 税 の 強 化 が 家 計 の 行 動 に 対 し市 場 向 け 生 産 を増 や す 方 向 へ 作 用 し ,そ れ に よ っ て 供 給 が 増 加 した と理 解 す る も の で あ る。 そ れ に 対 し ,バ ー グ の 示 す 産 業 革 命 像 は ,植 民 地 貿 易 の 拡 大 に よ っ て 綿 布 や 茶 ,陶 器 を 始 め と した ヨー ロ ッ パ と は 文 化 的 由来 の 異 な る 物 品 が イ ギ リス に 流 入 し ,そ う した 物 品 へ の 耽 溺 が 伝 統 的 な ヨー ロ ッパ の 物 品 を 代 替 して 需 要 され た と論 じ る。 この 需 要 の 選 好 の 変 化 は ,綿 布 や 陶 器 な どの 国 内 で の 模 倣 生 産 を 通 じて 供 給 サ イ ドに 革 新 を もた ら した と され て い る。 本 稿 の 立 場 は ,基 本 的 に は 需 要 サ イ ドの 変 化 が 産 業 革 命 に 繋 が っ た と理 解 す る も の で あ る。 需 要 へ の 注 目は ,基 本 的 に は 後 の 章 で 行 わ れ た 検 討 の 結 果 ,妥 当 と思 わ れ た た め で は あ る が ,需 要 サ イ ドの 変 化 に 着 日 して 産 業 革 命 を理 解 す る こ と は ,以 下 に見 る よ う に さ ら に 二 つ の 点 で 意 義 が あ る。 一 つ 目 に ,供 給 が 技 術 水 準 や 制 度 的 側 面 に よ っ て 説 明 され る 以 上 に ,需 要 へ の 注 目は需 要 内部 の 質 的 な 要 因 へ の 理 解 が 必 要 と して い る。 詳 言 す れ ば ,需 要 へ の 注 目は ,そ の 量 的 拡 大 が 実 質 所 得 水 準 に よ っ て 説 明 され る 以 上 に ,質 的 変 化 にお い て 社 会 の 中 の 身 分 や 階 層. ,. 職 業 ,規 範 ,自 意 識 ,あ る い は 個 人 的 嗜 好 と い っ た ,よ り人 間 的 ,質 的 要 因 へ の 理 解 を必 要 と させ て い る。 需 要 の 量 的 な 変 化 が 実 質 所 得 の 増 加 や ス トッ ク の 取 り崩 しを 前 提 とす る の に 対 し,質 的 変 化 は そ れ らを 前 提 と しな い 。 需 要 の 質 的 な 変 化 が ,そ れ に 対 応 す る た め に 供 給 サ イ ドに 革 新 を もた ら した とす る な らば ,こ の こ と は ,「 需 要 と 供 給 の ど ち らが 先 に 変 化 した の か 」 と い う問 い に 対 して 大 き な 手 が か りを提 供 して い る 。 需 要 と 供 給 と い う枠 組 み に基 づ い て 産 業 革 命 を 描 き 直 す 際 に も ,需 要 の 質 的 要 因 につ い て 深 く検 討 す る こ と は. ,. 均 衡 か らの 拡 大 へ と 傾 く契 機 につ い て 説 明 す る こ と を 可 能 と して い る。. また 二つ 目として ,需 要 の 質的な変化 が後 に説明 され る異文化 圏 との交流や 中流層 の登 場 ,そ の意識形成 による もの とす るな らば ,需 要 へ の着 日はそれ ら質的デ ー タ の 計量的把 握 の方法 を も必 要 とさせ るだ ろ う。 いわ ゆる真実が誰 によって も把握不可能だ として も. ,. 現代 にお いて是認 され る歴 史 で あるため には ,可 能 な限 り科 学 的な手法 に基づ いて析 出 さ れた産業革命像で ある必要が あろ う。そ の意 味で も,需 要 へ の注 目か ら始 め られ る産 業革 命像 の 再構 築は ,質 的なデ ー タを統計 的 に扱 う必要性 を もた らす。 さ らに言 えば,市 場 シ.

(6) ス テ ム に よ る 調 整 が 効 率 を もた らす も の と して 社 会 に 広 く適 用 され る現 代 で あ るか ら こそ 市 場 の 説 明 に 人 間 につ いて 深 く理 解 す る こ と を 要 求 す る視 角 は ,市 場 的 調 整 が 経 済 社 会 に 多 くの 問 題 を もた ら して い る 現 代 に 必 要 で あ る と 言 え る だ ろ う。 も ち ろ ん ,供 給 サ イ ドに つ い て も 同様 の こ とは 言 え る 。 ドフ リー ス の 勤 勉 革 命 論 は ,理 論 的 な 説 明 を用 い て ,個 人 の 選 好 の 変 化 が 市 場 志 向 に 変 化 した 場 合 に 供 給 の 拡 大 が もた ら され る こ と を 証 明 した も の で あ る し5,モ キ ア の 啓 蒙. (enlightenment)に 関 す る議 論 も. ,. 人 間 の 心 性 に 関 す る 変 化 が 供 給 体 制 の 変 化 に 繋 が っ た こ と を主 張 す る もの だ と言 え る 6。 そ. の 意 味 で は ,供 給 サ イ ド,需 要サ イ ドに関わ らず ,市 場 シス テ ム の 枠 組 み で 産 業 革命 を説 明 しよ う とす る試 み は ,そ の 変化 の 開始 を探 る過 程 で 人 間 の 行 動 の 変 化 につ い て取 り組 ま ざ る を 得 な い段 階 に至 って い る と言 え る。 需 要 主 導 と供 給 主 導 の い ず れ の立 場 に立 つ にせ よ ,イ ギ リス の. 18世 紀 は 市 場 経 済 へ の. 転換 期 に あた り,そ れ が 市 場 シス テ ム が 拡 大 す る 以 前 の 経済 社 会 か ら拡 大 の 進 んだ 時 代 ヘ の 変化 を 意 味 して い る ので あれ ば ,こ の 説 明 には ,需 要 0供 給 の 増 大 の 要 因 と と もに ,需 要 の 拡 大 が 供給 の 拡 大 に結 び つ き ,供 給 の 拡 大 が 需 要 の 拡 大 に 結 び つ く構 造 の 確 立 が 説 明 され ね ばな らな い 。 市 場 シス テ ム は ,需 要 に 応 じて 供 給 が 拡 大 す る こと ,供 給 の 拡 大 が所 得 の 増 加 を通 じて 需 要 の 増加 に 繋 が る こ とを 前提 と し,こ れ に よ って 需 要 と供 給 が 調 整過 程 を 経 て 理想 的 に は 均 衡 す る ことを保 障 して い る。 近 世 か ら現 代 を扱 う歴 史 学 で は ,一 般 的な近 代 へ の 移 行 の 過 程 で 身分 制 度 や 営 業 規 制 を 始 め様 々 な規 制 が 緩 和 され ,そ のた め に 財 市場 の み な らず 労働 市 場 な どで も市 場 シス テ ム に よ る 調 整 が 機 能 し始 め た と理 解 され る こと は周 知 で あ ろ う。 イ ギ リス の 場 合 ,中 世 か ら比 較 的 高 い社 会 的 流 動 性 を持 って い た こ とは指 摘 され て い る もの の 7,基 本 的 には ,近 代 まで の イ ギ リス社 会 で は ,制 度 的 に生 産 を 担 う農 業 階 層 と ,消 費 を 担 うジ ェ ン トリ以 上 の 階 層 に ,現 在 以 上 に 峻別 され て い た 。 そ の よ うな社 会 で は ,上 流 階 層 によ る 需 要 の 拡 大 が あ った して も,生 産 の 拡 大 が 所 得 に 繋 が り に くい 供 給 を 担 う階 層 には ,生 産 拡 大 の イ ンセ ンテ ィ ブ は もた らされ な い 。 また ,上 流 階 層 によ る需 要 も ,彼 ら上流 階 層 の 消 費水 準 が 既 に生 存 に必 要 な 水 準 か らはか な り高 か った た め に ,所 得 弾 力性 は あ ま り高 くな か った で あ ろ う。 近 世以 前 の 社 会 で は ,市 場 が拡 大 し て い な か った と と もに ,市 場 シス テ ム 自体 も需 要 と供 給 が構 造 的 に一 致 す る こ とが保 障 さ. 5ド フ リー ス の 勤 勉 革命 論 につ い て は ,de Fires(1994),(1993). 6モ キ ア の 啓 蒙 に 関す る議 論 は ,Mokyr(2009)を 参 照 。 7ラ イ トソ ン (1991)。. ,.

(7) れ て お らず ,社 会 的な 「需 要 」 と 「供 給 」 は ,そ の どち らか 一 方 の 変化 に 合 わ せ て も う一 方 が 調 整 され るよ うな シス テ ム と して は ,存 在 して い な か った と思 われ る。 「社 会 の 中流 の 人 々 (middling sOrt people)」. は ,現 在 の 社 会 史研 究 で概 念化 が進 め ら. れ て い る 議 論 で あ る 8。 ぃゎ ゅ る 「中産 階級 」 との 関 わ りにお い て 未 だ 論 争 は あ る も の の. ,. 主 に 経 済 史 研 究 を ベ ー ス と した 研 究 者 か らは ,需 要 の 質 的変化 ,選 好 の 変 化 を 担 った 階 層 で はな い か と考 え られ て い る9。. ビジ ネ ス に生 活 の 基 礎 をお く彼 らの 興 隆 は. 17世 紀 後 半 か. らと考 え られ るが ,需 要主 導 の 視 点 か ら彼 らの経 済 的 役割 に注 目す る こ とは ,需 要 に 対 す る人 間 の 精 神 的 要 因 の重 要 性 につ い て の 理 解 を必 要 させ る と同時 に ,生 産 と 消 費 の 双 方 を 「ミ ドリング・ソ ー ト」 担 った 階 層 の 経 済 的 役割 につ い て も,意 義 を問 う ことを促 して い る。 は ,少 な く と も理 論 的 理解 で は ,生 産 の 拡 大 に応 じて 所 得 の 拡 大 が もた らされ ,そ れ によ って 消 費 を拡 大 す る こ とが 制度 上 可 能 な 階 層 で あ った。 そ の 把 握 に 際 して 「ミ ドリング. 0. ソ ー ト」 とい う概 念 を用 い る こと には 未 だ 議 論 の 余 地 が あ る に して も,生 産 と消 費 を 物 理 的 に 同 じ個 人 で 行 う中流 階 層 の 勃 興 は ,需 要 に応 じて 供 給 を変 化 させ ,実 質所 得 の 増 加 に 応 じて 消 費 を拡 大 す る とい う行 為 を通 じて ,か つ て 存在 しな か った 需 要 と供 給 を繋 ぐ部 分 を提 供 し,需 要 と供給 を双 方 の 変 化 によ って 調 整 され る 一 つ の シス テ ム と して 機 能 させ は じめた もの と理 解 で き る。 供 給 主 導 か 需 要 主 導 か を巡 る議 論 にお い て 需 要 サ イ ドに注 目す る こ とは ,そ の 拡 大 につ い て の 人 間 的 要 因 につ い て の 理 解 を必 要 と させ る の と同時 に ,市 場 シス テ ム の 成 立 につ い て も重 要 な 手 が か りを提 供 して い る。 本 稿 の 以 下 に 続 く各 章 は ,基 本 的 には 産 業 革命 を需 要 と供給 か らな る 市 場 メカ ニ ズ ム に よ って 説 明 しよ う とす る もので あ り,特 に イ ギ リス 南 西 部 の ブ リス トル とい う貿 易 を 中心 産 業 とす る 都 市 にお い て ,「 ミ ドリング・ ソ ー ト」の 役割 を含 め た 需 要 サ イ ドの 変 化 によ っ て 説 明 しよ う とす る もので あ る。 こ こで そ の 内容 につ い て 概 略 を記 せ ば ,以 下 の よ うにな ろ う。 第. 1章 で は ,産 業 革 命 を扱 った 研 究 史 の 整 理 を通 じて ,現 在 描 か れ る べ き産 業 革 命 像 を. 素描 す る こ とを 試 み て い る。 歴 史 を巡 る 方 法 論 で は ,産 業 革命 の よ うな い わ ゆ る 「大 きな 物語 」 を 描 く こ とが ,可 能 な 限 り論 理 的 な根 拠 に基 づ く ことで 可 能 で あ る ことを 明 らか に した 上 で ,産 業 革 命 を 巡 る研 究 の 現 在 を整 理 して い る。 そ こで は ,現 在 の 研 究 動 向 で は. ,. 8「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 につ いて は ,そ の 概 念化 につ い て議 論 が あ る。 詳 しくは 第 1章 4節 参 照 。 9例 え ば ,道 重 (2008), ヴ ィカ リ (1993)。.

(8) 主 に ク ラ フ ツ 10や モ キ ア 11ら に よ って 産 業 革命 を 市 場 シス テ ム 下 の 需 給 バ ラ ンス の 変 化 の 帰結 で あ る と描 かれ つ つ あ る こ と ,ま た そ れ に対 し,主 にマ キ シ ン・ バ ー グ に よ って 需 要 サ イ ドの影 響 を無 視 す る べ き で はな い とい った 主 張 が な され て い る ことが 触 れ られ て い る 12。. また ,供 給 サ イ ドを巡 る議 論 は ,「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 に 関す る社 会 史 研 究 を も巻 き. 込 んで 進 行 しつ つ あ る こと も触 れ られ ,結 果 と して ,現 状 の 供 給 サ イ ドを重視 した 視 角 が 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 の 経 済 的 役割 を焦 点 と しつ つ あ る こ とを明 らか に して い る。 い く つ か の 先行 研 究 が 示 唆 す るよ うに ,彼 ら 「ミ ドリン グ・ ソ ー ト」 が そ の 階 層 と して の アイ デ ンテ ィテ ィ の 確 立 と と もに 伝 統 的 な貴 族 階 層 と異 な る消 費 ス タイ ル を とった 可 能 性 が検 討 され ね ば な らず ,そ の た め に は ,ま ず 未 だ 曖 味 さ の 残 る 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 を十 分 な統 計 的厳 密 さ を もって 特 定 せ ね ばな らな い 。続 く 2章 は この 点 につ いて と り組 ん だ も の で あ る。 第. 2章 で 進 め られ る 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 の 特 定 は ,イ ギ リス 南 西部 の 都 市 ブ リス ト. ル を舞 台 に ,デ ー タ ベ ー ス を 用 い た 手 法 を もって 進 め られ て い る。 歴 史 学研 究 にお い て. ,. デ ー タ ベ ー ス を用 い た研 究 手 法 は 近 年 に 入 って い くつ か 試 み られ て い る 13。 断 片 的 に 存 在 して い る史 料 をつ な ぎ合 わ せ る こ とで 得 られ る 「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 の 全体 像 は ,統 計 的手 法 を組 み合 わ せ る ことに よ って 現 代 の 歴 史 学 と して 十 分 な 厳 密 さ を担 保 す る こ とが 可 能 で あ る と考 え られ る。 また ,既 存 の デ ー タ ベー ス を用 い た研 究 は ,イ ギ リス 本 国 の も の も含 め ,デ ー タ ベ ー ス の 活 用 が 不 十 分 で あ る。いわ ゆ る リ レー シ ョナル・デ ー タ ベ ー ス は. ,. 多 くの 史 料 を個 人 レベ ル で連 結 させ て ,単 一 の 史 料 か らで は得 られ な い個 人 の 属 性 情 報 を 補 完 す る こ とに使 用 の 意 義 が あ るが ,そ れ を 十 分 に 活 用 す る には ,SQLに よ る高度 な プ ロ グ ラ ミ ン グが 不 可 欠 で あ る 14。 先 行 研 究 は この 点 で 十 分 で は な く ,統 計処 理 に 耐 え うるデ ー タ を抽 出 し得 て い な い た め に ,統 計 も全 く活 用 され て い な い 。 本 稿 で 対 象 と して 取 り上 げ られ る 都 市 ,ブ リス トル は ,比 較 的研 究 対 象 と して 取 り上 げ られ る ことの 多 い都 市 で あ るが ,ブ リス トル の 「ミ ドリング 0ソ ー ト」 につ いて の研 究 は ジ ョナサ ン 0バ リー に よ る. 10産 業 革 命 を ,市 場 シ ス テ ム の 枠 組 み で 説 明 した の は ,主 要 な も の の 中 で は ク ラ フ ツ が 最 初 で あ ろ う。 Crafts(1985)。. 1l Mokyr(1999),(2011).. 12 ]Berg(2002),(2004).. 13最 も重 要 な もの と して は ,Harvett Green,Corield(1998)。 また ,岩 間 (2008)。 14第 2章 で用 い られた RDMS(RelatiOnal Database Management System)は MySQL5。 5 である。また,SQLと は多 くの RDMSで 用 い られて いるデー タベー スを操作す るための プ ログラミング言語である。.

(9) もの の 他 は 存 在せ ず 15,ま た そ れ にお い て も統 計や デ ー タ ベ ー ス は全 く用 い られ て い な い た め に ,「 ミ ドリング ・ ソ ー ト」 の 厳 密 な 捕 捉 には至 って い な い 。 本 稿 で の 分 析 結 果 で は. ,. デ ー タ ベ ー ス 処 理 と結 果 の ク ラス タ ー 分 析 を 通 して ,「 ミ ドリング 0ソ ー ト」を ど う定 義 す るか に は よ る もの の ,デ ー タ全 体 の. 2割 ,商 人や 専 門職 階 層 を 中心 と した グル ー プが 「 ミ. ドリング 0ソ ー ト」 に 該 当す る も の と推 定 され た 。 史 料 的 制 約 か ら,第. 2章 で用 い られ た デ ー タ ベ ー ス と第 3章 で 用 い られ て い る 史 料 はそ. の 連 結 にや や 問題 が 残 され た もの の ,第. 3章 で は遺 産検 認 目録 を用 い て第 2章 で 明 らか と. な った 「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 と思 わ れ る階 層 の 消 費行 動 につ い て検 討 して い る。 遺 産 検 認 目録 は ,個 人 レベ ル で の 氏 名 ,職 業 ,居 住 して い た教 区 の 他 ,資 産 ,所 有 物 な ど貴 重 な 情 報 を持 つ 貴 重 な史 料 で あ り,既 に 広 く活 用 され て い る。た だ し,ブ リス トル に 関 して は. ,. レ コー ド・ ソサ エ テ ィ か ら利 用 可 能 な 形 で 公 刊 され た の が 近 年 で あ り16,本 格 的 に これ を 用 い た もの は まだ な い 。 また ,歴 史研 究 全 般 に言 え る こ とで は あ るが ,数 量 的 な デ ー タ を 提 供 す る史 料 を用 い る 場 合 で も ,統 計 的 手 法 を用 いて 分 析 した もの はほ とん どな い 。 遺 産 検 認 目録 に 関 して も ,そ の 分 析 に 統 計 が 用 い られ て い る もの はな い 。 3章 で は ,物 品 の 所 有 状 況 に因 子 分 析 とク ラス タ ー 分 析 を適 用 し,物 品 の 所 有 傾 向 が 類 似 す る い くつ か の グル ー プ を析 出 した。そ の 結 果 明 らか に され た 3つ の ク ラス タ ー の うち ,ジ ェ ン トリや 上 層 商 人 か らな る グル ー プ は 伝 統 的 な奢 修 品 と新 しい物 品 に対 し所 有 の 傾 向 を持 って お り,中 層 の 商 人 や 製 造業 者 か らな る グル ー プ は 資 産 水 準 か ら見 て も植 民地産 の 物 品 な どを含 む新 し い物 品 に 強 い所 有 の 傾 向 を もって い た 。 これ らの グル ー プ は ,2章 で 特 定 され た 「 ミ ドリ ング 0ソ ー ト」 ょ り広 い 範 囲 を含 む もの だ と思 わ れ るが ,中 層 の 商 人 。製 造 業 者 の一 部. ,. 専 門職 ,上 層商 人 らを 中心 と して 需 要 の 質 的変化 を担 った と考 え られ る人 々 が 分 布 して い た こ とが 確 認 され た 。 第. 3章 で の 結 果 を受 け ,第 4章 で は ,消 費行 動 に影 響 した 主 要 な 要 因 の 一 つ で あ る と考. え られ る 階 層意 識 の 形 成 過 程 につ い て検 討 して い る。 しば しば 指 摘 され る よ うに 17,特 に 中層 以 下 の 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 にお い て ,富 の 水 準 が 消 費行 動 を大 き く規 定 して い た 15 Barry(1996).. 163章 で 使 わ れ て い る ブ リス トル の 遺 産 検 認 目録 は ,BristOI Record SOcietyか ら 3巻 本 で 刊 行 さ れ て お り ,vol。 3が 刊 行 さ れ た の は 2008年 で あ る 。 E.&S.George[assiSted by P. Fleming](2002),E.&So George[assiSted by R.H.Leech](2005),E.&S.George [aSSiSted by R Fle]ming&Intro.by J.Barry](2008). 17例 え ば 道 重 (2008)も ,下 層 の 商 工 業 者 の 「 ま しや か. 慎 な る消 費行 動 に繋 が って いた こ と を指 摘 しいて い る。. な 」消 費 ス タイ ル が 上 流 とは 異.

(10) の は 間 違 い な い 。 他 方 で ,3章 で 示 され た 通 り,ま た い くつ か の 先 行 研 究 が 示 す とお り. ,. 富 の 水 準 以 外 に も 消 費 の 決 定 要 因 は 存 在 した 。そ の 中 で も ,「 ミ ドリ ン グ・ ソ ー ト」 の 階 層 と して の 確 立 と と も に 形 成 され た 階 層 意 識 は ,消 費 行 動 に 大 き く影 響 して い た もの と考 え られ る 。 彼 らは ,自 らの能 力 と 努 力 に よ っ て ビ ジ ネ ス を 行 い ,そ れ に よ っ て 独 立 した 生 活 を 築 い て お り,自 らを 伝 統 的 な 権 威 と土 地 に立 脚 す る ジ ェ ン トリ 0貴 族 階 層 と は 異 な る存 在 で あ る と認 識 と して い た 18。 ま た ,巨 視 的 視 点 で 言 え ば ,生 産 と 消 費 の 双 方 を 担 う 「 ミ ドリ ン グ 0ソ ー ト」 は ,市 場 シス テ ム の 拡 大 に も大 き な 貢 献 を な す 存 在 だ と 考 え られ る。 第. 4章 で は ,18世 紀 に 発 行 され て い た 雑 誌 『 レデ ィ ス 0マ ガ ジ ン 』を 用 い ,そ の 中心 的 な. 読 者 で あ っ た 中 流 の 女 性 につ い て ,ど の よ う に して 階 層 と して の 意 識 が 芽 生 え て い っ た の. か を検 証 して い る。検 討 は主 に 雑 誌 の 中心 的 な 話 題 で あ る 結 婚 を取 り上 げて い るが ,18世 紀 当時 の 中流女 性 に とって ,上 流 階 層 の 男 性 との 結 婚 は重 要 な社 会 的 上 昇 の 手段 で あ り. ,. 自 らが 所 属 す る 階 層 選 択 の 場 で あ った 。第. 4章 で取 り上 げた 1775年 か ら 1790年 の 期 間 に. お け る検 討 で は ,結 婚 とい うテ ー マ につ い て 当初 は「上 流 階 層 と結婚 して 上 流 にな る こと」 を理 想 と考 えて い た 中流 の 女 性 た ち は ,や が て本 当 の 幸 福 を模 索 す る過 程 で 「中流 と して の あ り方 」 を模 索 し始 め る。 この 過 程 で は ,自 ら中流 で あ る こ とを 是 認 す る こ とが 不 可 欠 で あ り,こ こに 中流 と して の アイ デ ンテ ィテ ィ が 形 成 され る 一 つ の 形 が 現 れ て い る。 こ う した 階 層 と して の アイ デ ン テ ィテ ィは ,特 に 消 費行 動 の 面 で 需 要 の 質 的 な 変 化 に貢 献 した もの と考 え られ ,生 産 と消 費 を担 う階 層 の 勃 興 と と もに需 要 の 質 的 。量 的 変 化 か ら供 給 サ イ ドを変 革 す る 大 きな 要 因 とな った と考 え られ る。 また 第. 4章 で は ,上 記 の 証 明 に テ キ ス. トの 定 量分 析 を用 いて い る。経 済 史 研 究 で こ う した 手 法 が 用 い られ た こ とは これ まで 無 く. ,. そ れ は 当時 の 文 学 や 定 期 刊 行 物 を用 い た 文 学 史 や 消 費 社 会研 究 19が 統 計 的根 拠 に基 づ く十 分 な 説 得 力 を持 ち 得 な か った 理 由で もあ る。 階 層 の アイ デ ンテ ィテ ィ を 探 る研 究 は , これ まで ヴ ォ ラ ンタ リ・ ソサ エ テ ィや 社交 的活 動 を通 じて そ の 醸 成 を明 らか に した ものが あ る が 20,出 版物 か らの ア プ ロー チ を 試 み た もの は無 く,ま た個 別 の 事 実 の 例 示 以 上 に 統 計 的 根 拠 を用 い られ た もの も存 在 しな い。 第. 4章 で の検 討 は ,手 法 の 面 で も新 た な 可 能 性 を提. 示 す る もの で あ る。 以 上 ,主 に本 稿 の 第. 2章 か ら第 4章 の検 討 は ,イ ギ リス産 業 革命 を現 代 の 視 点 か ら描 き. 18 Hunt(1996). 19た と え ば Campbell(1987). 20 smail(1994)。 10.

(11) 直 す こ と を 目標 と した もの で あ る。 そ の 結 果 描 か れ た 産 業 革 命 像 は ,基 本 的 に は市 場 シス テ ム の 拡 大 の 帰 結 と して の 産 業 革 命 を主 張 す る立 場 に立 つ が ,同 時 に 階 層 意 識 や 異 文 化 圏 の 物 品 に 対 す る 耽 溺 ,規 範 意 識 な ど ,よ り人 間 的 要 因 の 意 義 を 強 調 す る も の で あ る と言 え る。また 研 究 手 法 の 面 で も い く つ か の 新 し い 試 み が な され て お り ,そ の 結 果 ,「 ミ ドリ ン グ. 0. ソ ー ト」 や そ の 消 費 の 傾 向 ,ま た 階 層 の 「 ア イ デ ンテ ィ テ ィ」 に つ い て も ,先 行 研 究 よ り もよ り厳 密 な 把 握 を可 能 に した と考 え て い る 。.

(12) 第 1章. 研 究 史 と新 た な産 業 革命 像 へ の 試 み. 1-1産 業 革 命像 の 再構 築 イ ギ リス産 業 革 命 を扱 った 経 済 史研 究 の うち ,近 年 の 最 も重 要 な 業 績 の 一 つ で あ る パ ッ ト 。ハ ドソ ン『 産 業 革 命 』 の 中で ,著 者 は 「歴 史 の 記 述 と書 き 直 し」 につ い て 触 れ る こ と か ら始 め て い る 21。 産 業 革 命 の よ うな ,長 ら く経 済 史 研 究 の 焦 点 の一 つ で あ った テ ー マ を 扱 う場 合 に は ,そ の 膨 大 な研 究 史 に触 れ る こ とは まず もって必 要 な ことで は あ るが ,そ の 作 業 は さ らに も う一 つ の 問題 を 提 起 す る。 そ れ は す な わ ち ,多 くの論 者 によ って様 々 に 描 かれ て きた 産 業 革 命 像 の うち ,「 どれ が 正 しい のか 」と い う問題 で あ る。ハ ドソ ンは研 究 史 の 年 代 記 を整 理 した 上 で ,歴 史 に はそ れ が 書 かれ た 時 代 の 「経 済 的 ・ 政 治 的状 況 が 影 響 し て い る」 22こ とを 指 摘 して い る。 通 常 ,こ の よ うな歴 史 像 の 書 き直 しは 「修 正 主 義 」 と呼 ばれ て お り23,こ れ は 過 去 の 出来 事 が 現 代 の 歴 史 家 の 認 識 に よ って 描 か れ て い る こ とを 意 味 して い る。 歴 史 の 方 法 論 を巡 る議 論 で は ,こ の よ うな 「修 正 主 義 」 が 正 当化 され る よ うにな った の は ,い わ ゆ る 「言 語 論 的転 回 (Linguistic Turn)」 だ ろ う24。. が 歴 史 学 の 一 部 に影 響 した こ とによ る. この 概 念 自体 は ,フ ェル デ ィナ ン 0ド 0ソ シ ュー ル や ル ー トヴ ィ ヒ・ ウ ィ トゲ. ンシ ュ タイ ン ら哲 学 者 によ る 記 号 論 ,言 語 論 の 文脈 で 議 論 され て きた ものだ が ,そ れ が「誰 に とって も正 しい 唯 一 の 事 実 」が存 在 しな い こ とを 明 らか に して い る と理 解 され る につ れ. ,. 歴 史 の 方 法 を巡 る 議 論 で も取 り上 げ られ る よ うにな った 。 これ によ って ,歴 史 学 は 精 緻 な 史 料 批 判 を重ね た と して も ,あ るが ま ま の 真 実 に 辿 り着 けな い ことが 明 らか とな った の で あ る。 そ の 後 ,真 実 に 到達 し得 な い 歴 史 が どの よ うにあ る べ きか が 議 論 され る 中で ,ガ ブ リエ ル 0シ ュ ピー ゲ ル 25ゃ 長 谷 川 貴 彦 26ら は 「マ イ ク ロ ヒス トリー 」 にそ の 可 能 性 を見 い だ し て い る。 彼 らによ る 「言語 論 的転 回」 以 降 の 歴 史 学 は ,基 本 的 に客 観 的事 実 を否 定 した 上 で ,構 造 主 義 的 な 歴 史 叙 述 と書 き 手 の主 体 の 両 立 を ,個 人 的主 観 に 基 づ く歴 史 に求 め て い. 21ハ ドソ ン (1999)。 22ハ ドソ ン (1999), 26頁 。 23「 修 正 主 義 」 に つ い て は 木 畑 洋 一 がそ の 要 因 を詳 しく べ て い る。 述 木畑 (2002)。 24歴 史 学 と 「言 語 論 的 転 回 」 につ い て は ,Spiegel(1990).ま た ,イ ッガ ー ス (1994)。 25 spiegel(2005). 26ず塾 II(2010)。 谷り ,. 12.

(13) る 27。. こ ぅ した 歴 史 は ,「 マ イ ク ロ ヒス トリー 」「個 人 の 語 り」 な ど と呼 ばれ ,歴 史 学 に 方. 法 論 上 の 新 しい フ ロ ン テ ィ ア の 可 能 性 を もた らす も の と され て い る。 長 谷 川 に よれ ば ,そ の 特 徴 は三 つ あ り,第 一 の 特 徴 は 「語 りと い う行 為 が 「 自己」 の 主体 性 を 構 築す る 能 動 的 な契 機 と して 認 識 され て い る 」 点 で あ り,第 二 は 「そ の 『 自己 』が構 築 され る過 程 にお い て ,動 機 や 意 義 付 け ,感 情 な どの 『 主 観 性 』 を見 出そ う とす る 関心 の 増 大 か ら,認 知 科 学 にお け るス キ ー マ 理 論 の 影 響 を 受 けて い る」 点 28,そ して 第 三 は 「そ れ が 『 大 きな 物 語 』 へ の 批 判 とな って い る 」 点 で あ る 29。 特 に産 業 革命研 究 に 限定 して も ,そ の 長 い研 究 史 の 中で い くつ も の 歴 史 像 が 提 示 され て きた が ,か つ て に比 べ ,現 在 描 かれ るそ れ は ,市 場 経 済 と資 本 主 義 へ の 移 行 を叙 述 す る「大 きな 物 語 」を欠 い て きて い る と言 え よ う。そ れ は ,繰 り返 され る修 正 主 義 が 「大 きな 物 語 」 に修 正 を迫 って きた か らで あ るの は 間違 い な いが ,他 方 で進 行 して い た歴 史 の 方 法 論 上 の 「マ イ ク ロ ヒス トリー 」や「個 人 の 語 り」 議 論 も ,無 視 で きな い影 響 を持 って い た と言 え る。 は ,一 見 して 「大 きな 物 語 」 の 正 当性 を全 く否 定 して い る よ う に見 え る の は 間違 い な く. ,. 「言 語 論 的転 回」 移 行 の 歴 史 学 を巡 る 議 論 は ,そ れ が研 究 者 全体 に 共 有 され て い るわ けで はな い に して も,「 大 きな 物 語 」 構 築 の 方 法 論 上 の 基 礎 を 提 供 して は来 な か った 。 む しろ. ,. 「言 語 論 的転 回」 は ,そ の正 当性 を 否 定 し,個 人 レベ ル で のマ イ ク ロな歴 史 こそ が歴 史 学 の フ ロ ンテ ィ アで あ る ことを 強 調 して きた の で あ る。 イ ギ リス産 業 革命 は ,現 在 で も経 済 史研 究 の主 要 な テ ー マ の一 つ で あ り,市 場 経 済 の 拡 大 と資 本 主 義 の 成立 の 端 緒 で あ る と考 え られ て い る ことは 論 を待 た な い 。現 在 の 歴 史 学 の 水 準 で これ を論 じる に は ,方 法 論 上 で の 妥 当性 を確 認 して お く必 要 が あ るだ ろ う。 シュ ピー ゲル や 長 谷 川 の 志 向す る 「マ イ ク ロ ヒス トリー 」 は ,個 人 的 な 主観 に基 づ い て い るた め に 書 き手 の 「主体 」 と構 造 的主 義 的 な 「物 語 」 をそ の 内部 に備 え て い る と言 え る が ,一 方 で ,そ の た め に 異な る主 観 の 下 に構 築 され た 歴 史 とは共 有 され な い 。「言 語 論 的転 回」移 行 の 現 在 に あ って ,「 大 きな 物 語 」を構 築す る に は ,可 能 な 限 り論 理 的証 拠 に基 づ い て ,多 くの 人 々 に 共 通 す る 経 験 を抽 出す る こ とが必 要 とな るだ ろ う。 18世 紀 か ら 19世 紀 にか けて多 くの イ ギ リス 人 が 経 験 した 「産 業 革命 」 は ,そ れ ぞ れ の 個 人 の主 観 の 下 に 認 識 27 長 谷 り ││(2010)の 他 , 長 谷 り││(2004)。. 28認 知 科 学 に お け る 「ス キ ー マ (schema)」 と は ,「 抽 象 化 され た 知 識 構 造 」 の こ と。 西 田谷 ,浜 田 , 日高 ,日 比 (2010),89頁 。 こ こで は 物 語 の 主 体 に 対 し,文 化 論 的 0認 識 論 的枠 組 み を 意 味 す る もの と して この 語 が 使 わ れ て い る。 詳 し くは た 西 田 谷 洋 (2006)参 照 。 29 長 名 II(2010), 150]頁 :。 キリ. Langacker(1991),ま. 13.

(14) され ,そ の 手 に よ っ て 書 か れ た 歴 史 は 「マ イ ク ロ ヒス トリー 」 で あ る と い え る 。 一 方 で. ,. そ の 中 に 共 通 して 見 られ る 経 験 か ら,例 え ば 統 計 的 手 法 に よ っ て 抽 出 し得 た 経 験 は ,多 く の 人 々 が 共 通 して 経 験 した 「大 き な 物 語 」 で あ る と 言 え る だ ろ う。 しば しば ロー レ ン ス. 0. ス トー ンや 遅 塚 忠 男 な どの 実 証 主 義 の 立 場 の 論 者 が 述 べ て き た よ う に 30,精 緻 な 史 料 批 判 は 論 理 的 手 法 を用 い る 限 り,改 善 の 余 地 は あ る に して も現 在 の 歴 史 学 にお い て も未 だ 必 要. で あ る。 い ま 「大 きな 物 語 」 と して の 産 業 革 命 像 を再 構 築す る ことは ,統 計や 数 値 デ ー タ を活 用 した 客 観 的証 拠 に基 づ き ,多 くの 人 々 に共 通 した 歴 史 を描 く ことで 可 能 とな るだ ろ う。. 1‐. 2研 究史 言 うまで もな く,経 済 史研 究 にお い て イ ギ リス産 業 革命 は膨 大 な研 究蓄 積 を有 して い る。. またそ れ で あ りな が ら,現 在 で もな お新 た な研 究 が 模 索 され 続 けて も い る。 ア ー ノル ド・ トイ ン ピー がそ の 講 義 の 中で 「産 業 革 命 」 とい う語 を用 い て 以 来 31,そ れ が 指 す 出来 事 は 経済 史 家 の 関心 を 引 き続 けて い る。 研 究 史 に 関す る 現 代 の一 般 的な 理解 で は ,フ ィ リス ・ デ ィ ー ン とウ ォル タ ー ・ コー ル によ る業 績 が 数 量 デ ー タ に基 づ いた 研 究 の 先 駆 けで あ る と され て お り32,そ れ は 「産 業 革 命 」 と呼 ばれ る 変 化 を生 産 の 増 加 ,輸 出 の 急 増 な どの 数 字 によ って 裏 付 け る こ とに成 功 した 。 また ,そ こにマ ク ロ経 済 学 の 枠 組 み を取 り入 れ る こと によ って ,国 民総 生産 の 成 長 率や 実 質 賃 金 水 準 な どの推 計が 行 われ る こと とな った が ,こ う した マ ク ロデ ー タ の 推 計 は ,そ の 結 果 か ら古 典 的 な産 業 革 命 像 に修 正 を迫 る結 果 とな っ た。 す なわ ち ,ニ コ ラス ・ ク ラ フツ らは ,想 定 した よ りも低 い 経 済 成 長 率 の 推 計値 か ら. ,. 産 業 革 命 は 「革命 」 の 名 にふ さわ しくな い漸 進 的変 化 で あ り,17世 紀 半 ば か ら. 19世 紀 半. ば の 長 期 にわ た って農 業 部 門 か ら軽 工 業 部 門 へ と労 働 力 が 移 動 した 「構 造 的変 化 」 で あ っ た と主 張 した の で あ る33。 この よ うな主 張 は あ る 程 度 の 影 響 力 を 持 ち ,古 典 的 な産 業 革 命 像 で 強調 され た初 期 の 輸 出市 場 の 重 要性 につ い て も見 直 しが 行 わ れ た 。 そ れ によれ ば ,イ ギ リス で. 1760年 代 か ら. 急 増 す る繊 維 製 品 の 輸 出 は ,輸 出主導 の 経 済 成 長 で あ った と考 え るよ りも ,国 内 の 生 産 体. 30 stone(1979),pp.3‐ 24,. 31 TOynbee(1890).ま た 32 Dean&Cole(1962)。. ,. また ,遅 塚 (2010)。 産 業 革命 の 語 源 を 探 求 した も の と して は ,神 武 (2001)。. 33 crafts(1985). 14.

(15) 制 の 変 化 によ る コ ス ト低 下 の 影 響 が 大 き い もの と捉 え られ た 34。. この よ うな 見 方 は ,イ ギ. リス産 業 革命 にお け る 海外 市 場 の 意 義 につ い て ,現 在 で も一 般 的な 見 方 で あ る と言 え よ う 35. た だ し,近 年 の 産 業 革命研 究 で は ,ク ラ フ ツ に 代 表 され る 前進 的 な 変化 と して描 く産 業 革命 像 は ,か な りの 程 度 動揺 して い る と言 え る。 プ ロ トエ業化 を巡 る 議 論 を含 め ,経 済 史 研 究 にお い て 進 行 した 地域 史 研 究 の 蓄 積 は マ ク ロデ ー タ に表 れ な い 変化 の 重 要 性 を示 して お り,経 済 史 研 究 が 社 会 史 ,文 化 史 な どの 周 辺 領 域 との コ ミュ ニ ケ ー シ ョンを増 す につ れ. ,. そ の 変 化 の 意 義 が 再 評 価 され つ つ あ る。 パ ッ ト 0ハ ドソ ン とマ キ シ ン・ バ ー グ によれ ば. ,. 「産 業 革命 は 数 量 化 で き るデ ー タ を 合 計 した も の よ りも ,よ り社 会 的・経 済 的 な プ ロセ ス 」 36で ぁ り,現 代 にお け る 産 業 革 命研 究 は ,「 マ ク ロ経 済 の 視 点 か ら離 れ て ,よ リ ロー カル な. レベ ル の研 究 に基 づ い た経 済 的 0社 会 的変 化 の ナ シ ョナ ル な産 業 革命 像 を 描 くべ き時 に 来 て い る 」 37と され て い る。 産 業 革 命研 究 は ,一 般 に 現 代 の 資 本 主 義 社 会 の 起 点 をな す もの と考 え られ て い る ことは 論 を待 た ず ,そ れ 故 に 常 に 新 た な 理解 が求 め られ て い る。 特 に イ ギ リス史 研 究 が 経 済 史 の み な らず社 会 史 や 文 化 史 との 関連 を増 す につれ ,経 済 的 の み な ら ず ,社 会 的 。文化 的 に もよ り幅広 い意 味 を持 った 産 業 革命 像 の 構 築 が求 め られ て い た と言 え る。. 1‐. 3消 費社 会 論 と産 業 革 命 こ う した 視 点 に立 った 産 業 革 命 像 の 再構 築 の 試 み にお い て ,18世 紀 に見 られ た 消 費 の 変. 化 は重 要 な 意 味 を持 って い る と考 え られ た 。 近 世 イ ギ リス の 消 費社 会 を取 り扱 った 研 究 と して は ,ジ ョォ ン 0サ ー ス ク によ る 業 績 が 先 駆 けだ が 38,ょ り多 くの議 論 を呼 んだ の は ニ ー ル 0マ ケ ン ドリック によ る消 費社 会 論 で あ る39。 マ ケ ン ドリック は ,イ ギ リス で は. 18世. 紀 半 ばか ら消 費 財 を 中心 と した 大 衆 消 費 市 場 が 成 立 し,そ の 過 程 にお い て 発 展 した 商 品 の プ ロモ ー シ ョンな どの 生 産 の 商業 化 を通 じて ,必 要 に 基 づ い た 消 費 か ら楽 しみ に基 づ い た 消 費 が 中心 とな る 「消 費社 会 」 が 到 来 した と論 じた が ,そ の 際 ,特 に 批 判 を集 めた の が. ,. 流行 を 媒体 と した い わ ゆ る「社 会 的模 倣 」と呼 ばれ た 需 要 の 量 的拡 大 過 程 の 説 明 で あ った 。. 34た とぇ ば ,Harley(2004). 35た とぇ ば ,ハ ドソ ン (2000),242頁 。 36 Berg&Hudson(1992),p。 44。 37 Berg&HudsOn(1992),p。 44.. 38 ThirSk(1978).. 39M[cKendrick&Brewer&Plumb(1982). 15.

(16) 「社 会 的模 倣 」 の 議 論 は ,近 世 イ ギ リス 社 会 の 内部 に 複 数 の 階 層 の 存 在 を前 提 と し,上 流 階 層 で 流 行 した も の を 中流 階 層 が 模 倣 し,模 倣 され た 上 流 階 層 が 差 別 化 を 図 るた め に さ らな る 流行 を追 い 求 め る と言 うサ イ クル が ,量 的 に 消 費 を拡 大 させ た と理 解 す る議 論 で あ る。 この 議 論 は ,当 初 は. 18世 後 半 の イ ギ リス 上 流 階 層 で流 行 した 一 見 滑 稽 と も思 え る 華. 美 な ドレスや ,過 激 な まで の 消 費 へ の 耽 溺 を ,中 流 との差 別 化 と言 う動機 で 説 明 し得 る も の と捉 え られ た 。 だ が ,そ れ が 中流 以 下 の 階 層 へ 模 倣 を通 じて 拡 散 した とす る 仮 説 に は 多 くの批 判 が寄 せ られ る ことに な る。 17世 紀 後 半 か ら. 18世 紀 にか けて ,中 流 家 庭 の 家 に生. まれ た 女 性 の 生活 に 焦 点 を当て た マー ガ レ ッ ト 0ハ ン トは ,中 流 階 層 が持 つ 職 業 意 識 に 注 目 し,そ の 自意 識 か ら彼 らが 単 純 に上 流 を 模 倣 した とは 考 え に く い こ とを指 摘 した 40。. ま. た ,衣 類 の 中古 市 場 につ い て の 業 績 で 知 られ る ベ ヴ リ・ ル ミア も ,消 費 の 伝 播 は地 域 や 階 層 によ って か な り異 な って お り,非 エ リー トによ る エ リー トの 消 費 ス タイ ル の 模 倣 が 一 般 的で な か った と考 えて い る41。 口_ナ ・ ウ ェザ リル 42ゃ ァ マ ンダ 0ヴ ィカ リ43も. ,そ れ ぞ れ. 遺産検 認 目録 と 中流 女 性 の 実 際 の 行 動 か ら,「 社 会 的模 倣 」につ い て は 一 般 的 な行 動 で は な か った と主 張 して い る。 また 本 邦 にお い て も ,道 重 一 郎 は ,ビ ジネ ス に生 活 の 基 盤 をお き 堅実 な価 値 観 を持 つ 中流 か らや や 下 層 の 階 層 は ,上 流 で の 流 行 を意 識 しつ つ もそ れ を 自 ら の生 活 水 準 に応 じて 取 り入 れ ,上 流 の 模 倣 で はな い 中流 独 自 の 流行 を生 み 出 した ことを 指 摘 して い る44。 「社 会 的模 倣 」 に 対 す る 批 判 は ,総 じて 「中流 の 人 々 (Middling sort of people)」. が上. 流 階 層 の 模 倣 を動 機 と して 消 費行 動 を とった のか ど うか に 関す る もの と言 え る。 道 重 によ れ ば ,社 会 的模 倣 に 対 す る批 判 の 多 くは ,「 消 費 行 動 を規 定 す る ものが 階 層 間 の 競 争意 識 で はな く,む しろ 社 会 階 層や 地 域 性 ,性 差 に根 ざ した 個 々 の 消 費 者 に 独 自 の 価 値 意 識 で あ る とす る考 え方 」 で あ る と して い る45。 階 層 を 超 えた 消 費 の 拡 大 メカ ニ ズ ム につ い て の 現 状 の 理 解 と して は ,「 社 会 的模 倣 」は存 在 した もの の ,一 部 に 限定 され た過 程 で あ った と考 え て 良 い で あ ろ う。 この よ うに ,マ ケ ン ドリ ック の 提 起 した 消 費社 会 につ い て の 議 論 は ,そ の 拡 大 メカ ニ ズ ム につ い て は 多 くの論 者 によ って 批 判 され ,修 正 を 受 けた と言 え る。 だ が ,他 方 で 消 費 を. 40 Hunt(1996). 41 Lelmire(2006),pp.85‐ 131.. 42L.Weatherill(1993). 43A.Vicary(1993). 44 i首 重 45 i萱 重. (2008)。. (2008), 5]頁. :。. 16.

(17) 巡 る 議 論 が マ ク ロ 経 済 指 標 に 留 ま らな い 広 範 な 社 会 的 側 面 を 含 ん だ 新 た な 産 業 革 命 像 を 描 く試 み にお い て 重 要 な 手 が か りを 含 ん で い る と考 え られ た の は ,そ れ が 産 業 革 命 期 の イ ギ リス の 経 済 の 変 化 につ い て ,需 要 サ イ ドの 変 化 の 重 要 性 を示 唆 して い る と思 わ れ た か らで あ る。 す な わ ち ,従 来 の 産 業 革 命 像 は 主 に 供 給 サ イ ドで の 革 新 が 変 化 の トリガ ー で あ っ た と考 え て い た の に 対 し ,18世 紀 半 ば か ら始 ま る 近 世 イ ギ リス の 消 費 社 会 を 巡 る議 論 は 46, 需 要 サ イ ドの 変 化 が 供 給 サ イ ドの 革 新 を 引 き 起 こ した 可 能 性 を示 して い る と考 え られ た の で あ る 47。 この 可 能 性 に つ い て は ,マ ケ ン ド リ ック が 既 にそ の 著 作 に お い て ,18世 紀 の 「消 費 革 命 」 の 意 義 と して 言 及 した もの で あ っ た が ,需 要 の 増 加 が 産 業 革 命 に 先 行 し影 響 した. との主 張 は ,よ り理 論 的な モ デ ル を 用 い た ケネ ス 0ソ コ ロ フ らの研 究 を援 用 して さ らに強 く主 張 され る。特 許 の 取 得 状 況 か ら技 術 革 新 が 何 に影 響 され た の か を検 討 した ソ コ ロフ は. ,. 「革 新 や 技 術 の 発 展 は ,第 一 に 市 場 の サ イ ズ によ って 決 定 され る 48と 」 論 じ,こ う した 主 張 を取 り入 れ た 視 角 は ,需 要サ イ ドの 変 化 が 供 給 サ イ ドの 変化 を決 定 した とす る新 た な産 業 革命 像 を 構 築 し始 め た の で あ る。 この よ うな新 た な視 角 は ,蒸 気 機 関 を始 め と した 様 々 な 発 明 と生 産 の 増 加 ,労 働 者 階級. ,. 中産 階級 の 登 場 な どに彩 られ た基 本 的 に 供 給 サ イ ドの 諸 問題 に基 づ く古 典 的 な産 業 革 命 像 とは一 線 を画 し,経 済 の 需 要 サ イ ドの 役割 を強 調 す る新 た な立 場 で あ った 。 これ は ,産 業 革命 の 進 行 を需 要 と供 給 か らな る 市 場 シス テ ム の 枠 組 み で捉 え る と い う意 味 にお い て 重 要 な意 味 を持 って い る と言 え るが ,そ れ 故 に ,あ る 意 味 で は 「需 要 と供 給 の どち らが 先 に 量 的 に拡 大 した の か」 と い う問 い に 単 純 化 され 得 る も の で もあ った 。 経 済 を 市 場 シス テ ム の 下 で理 解 す る ことは ,理 想 的 には 両 者 が 均衡 して い る こ とを 前 提 とす るた め ,均 衡 か らの 脱 出 に は 需 要サ イ ド,供 給 サ イ ドの どち らか に何 らか の 要 因が 想 定 され ね ばな らな い 。 ジ ョエ ル 。モ キ ア は ,産 業 革命 の よ うな 長 期 にわ た る 変 化 の 場 合 ,需 要 と供 給 は 常 に 均衡 し て い る 訳 で はな い が ,技 術 水 準 が 固定 され た 状 況 下 で 経 済 成 長 が 始 ま る こ とは想 定 しに く く,技 術 の 変 化 に よ る低 コ ス ト化 が 需 要 を 増 加 させ た側 面 を考 慮 す べ きで あ る こ と,ま た. ,. 供 給 の 増 加 に 先 駆 けて 需 要 が 増 加 した の で あれ ば ,特 に 実 質 所 得 の 面 にお い て そ の 原 因が. 46ぃ ゎ ゅ る 「消 費 革 命 」 の 時 期 は ,論 者 に よ っ て 多 少 異 な る 。 マ ケ ン ド リ ッ ク が 18世 紀 半 ば 以 降 を 消 費 拡 大 の 時 期 と 捉 え て い た の に 対 し ,ウ ェ ザ リル は 遺 産 検 認 目録 の 研 究 か ら 17世 紀 末 か ら 18世 紀 前 半 に か け て ,家 計 の 消 費 ス タ イ ル の 大 き な 変 化 が あ っ た と 論 じ た 。. Weatherill(1996). 47 Berg(2002). 48 sok。 10ff(1988),p.822.. 17.

(18) 証 明 され ね ばな らな い こと を指 摘 した 49。 モ キ ア の 指 摘 は ,産 業 革命 を市 場 シス テ ム の 枠 組 み で 理 解 した 場 合 に も,や は り供 給 サ イ ドの 変 化 が先 に起 こった と考 え る こ とが 妥 当で あ る と示 唆 して い る。モ キ ア は ,「 市 場志 向 に基 づ い た 専 門化 と商 業 化 の 進 展 が ,産 業 革 命 に 先 行 し,ま た 同時 進 行 した 変化 で あ る。 我 々 が見 た よ うに ,こ の トレン ドは あ る 程 度 ま で は 技 術 的 な変 化 によ る もの で あ り,ま たそ れ が (需 要 の 増 加 を通 じて )さ らに刺 激 した 追 加 的 な技 術 変 化 によ る もの で あ る」 と結 論 づ け ,そ の 契機 を基 本 的 には 市 場 向 け の 生 産 を 選好 す る とい う家 計 の 労 働 配 分 の 変化 に 求 めて い る50。 この よ うな モ キ アの見 解 は ,そ の 多 くの 部 分 が ド 0フ リー ス の 「勤勉 革命 (The lndustrious Revolution)」. の 議 論 と一 致 して い る と言 え る 51。. ド .フ リー ス に よれ ば ,18. 世紀 まで に イ ギ リス の 家 計 は よ り市 場 に 対 し労働 力 と商 品 を 供 給 す るよ うにな り,ま た 市 場 か ら供 給 され る も の を需 要 す る よ うにな った。 ド 。フ リー ス は このよ うな 家 計 の 市 場 志 向 へ の 変 化 が 「勤 勉 革命 」 の 本 質 的な 変 化 で あ る と主 張 して い る。 この 場 合 ,選 好 の 変 化 を もた ら した 要 因が 問題 とな るが ,そ れ につ い て ド 。フ リー ス は ,基 本 的 には 長 期 的 な 人 口の 増 加 ,そ れ に 基 づ く実 質 賃 金 率 の 低 下 傾 向 ,ま た課 税 の 強 化 な ど 「外 部 制約 」 に 求 め られ て お り,こ れ らが 家 計 を よ り市 場 志 向 的 に変 化 させ た もの と して い る 52。 モ キ アや ド・ フ リー ス によ る 指 摘 は ,産 業 革命 を国 家 単位 の 市 場 シス テ ム とい う概 念 の 内部 で 理解 しよ う とす る もの で あ る とい う意 味 にお い て ,重 要 な意 味が あ る と言 え る。 し か し,こ の 主 張 は基 本 的 に 均衡 に 対 す る イ ンパ ク トが需 要 と供 給 の どち らか の 量 的 な 変 化 によ る も の で あ る こ とを想 定 して お り,あ る意 味 で は ,マ ク ロ経 済 指標 に 表 れ な い産 業 革 命 の 広 範 な社 会 的影 響 を 捨 象 す る もの と言 え よ う。 産 業 革 命 の 持 つ 社 会 的 要 因 ,あ る い は 文化 的 要 因 につ い て ,そ の 因果 関係 や 影 響 の 大 き さ を定 量 的 に 把 握 す る こ とは 確 か に 困難 な作 業 で は あ るが ,18世 紀 イ ギ リス の 消 費社 会 が 多 くの植 民地 産 の 新 商 品 に影 響 され た も ので あ った こと を重 視 す る マ キ シ ン 0バ ー グ らは ,植 民地産 の 「テ イ ス ト」 の 異 な る商 品 の 流 入 の 意 義 につ い て 論 じて い る。 バ ー グ によれ ば ,「 (モ キ ア の 理 解 は )リ ソ ー ス の 完 全 雇 用 とテ イ ス トの 固定 を 前 提 と した もの 」 53で ぁ り,当 時 の ヨー ロ ッパ 社 会 に 流 入 し始 め た 茶や コー ヒー ,中 国製 の 陶器 ,綿 布 , 日本 製 の 漆 器 な どは ,ヨ ー ロ ッパ で伝 統 的 に使 わ. 49 Mokyr(1999),pp.58‐. 66。 需 要 の 増 加 に 関 し て は ,輸 出 市 場 や 人 口 の 増 加 が そ れ ほ ど 貢 献 し た と は 言 え な い こ と も触 れ られ て い る 。ま た ,J.Mokyr(1997),(2011)も 重 要 で あ る 。 501唖 Okyr(1999),p.66。. 51 de Fries(1994)。. 52 de Fries(1993),pp。 117.. 53 Berg(2004).. 18.

(19) れ て き た 奢 修 品 と 「文化 的遺 伝 子 」 の 異 な る 「populux」 で あ った とされ る 54。 これ らは 当 時 の ヨー ロ ッパ 社 会 の 人 々 に とって ,エ キ ゾチ ックな 魅 力 に 満 ちた も ので あ った。 綿 布 を 始 め と して ,砂 糖 ,茶 な どは ,そ れ が ヨー ロ ッパ 社 会 に 知 られ る につれ ,大 きな 需 要 を 呼 び , しば しば シ ノ ワズ リの よ うな ブー ム を起 こす こ と とな った 。 また ,従 来 の ヨー ロ ッパ には 砂 糖 の よ うな甘 味 料や 熱 い飲 料 を飲 む 習 慣 が な く,砂 糖 ,茶 ,陶 器 な どは ,旧 来 の ヨ ー ロ ッパ 社 会 に存 在 しな か った 商 品 ,習 慣 で あ った 。 バ ー グ によれ ば ,当 初 は輸入 に よ っ て まか なわ れ た これ らの 商 品 は ,や が て 国 内 で の 模 倣 生産 を通 じて 「プ ロ ダ ク ト・ ィ ノ ベ ー シ ョ ン」 を 引き起 こ した と され る。 バ ー グ は ,物 質 文化 の 発 明 と伝 播 に 関 して は 「プ ロ セ ス 0イ ノ ベ ー シ ョン」 と 「プ ロ ダ ク ト・ ィ ノ ベ ー シ ョ ン」 を 区別 して 理 解 す る必 要 が あ る と主 張 し,「 プ ロセ ス・ ィ ノ ベ ー シ ョン」は 「従 来 か らあ る物 品 を ,性 質 を 変 えず によ り 低 コ ス トで 生 産 で き る よ うにな る こと」,「 プ ロ ダ ク ト 。イ ノ ベ ー シ ョン」 は 「従 来 は 獲 得 不 可 能 で あ った ものが 生 産 で き る よ うにな る こと ,ま た従 来 か らあ る物 品 の 質 が 改 善 され る こ と」 で あ る と定 義 して い る 55。 後 者 の 「プ ロ ダ ク ト・ イ ノ ベ ー シ ョン」 は ,そ の 過 程 で 生 産 過 程 に多 くの革 新 を もた ら し,し ば しば 「プ ロセ ス ・ ィ ノベ ー シ ョ ン」 を も含 む も の で あ った 。 バ ー グ は ,茶 ,砂 糖 ,綿 布 を 中心 と した 「populux」. の 中で も ,特 に 中 国産. の 陶器 につ い て ,典 型 的 な 形 で 「プ ロ ダ ク ト 0ィ ノ ベ ー シ ョン」が起 こった と考 えて い る。 熱 い 飲 料 を飲 む 習 慣 が あ ま り無 か った ヨー ロ ッパ で は ,高 級 食 器 と して 伝 統 的 に銀 器 が 用 い られ る こ とが 多 か った が ,こ れ は 熱 い もの を飲 む の に 適 さず ,オ リエ ン トな テ イ ス トヘ の 嗜好 と と もに 自色 の 陶器 製 の 食 器 が 求 め られ た 。だ が ,18世 紀 当時 に 中 国や 日本 で 生産 され て い た磁 器 は ,そ の 製 法 が容 易 で はな く ,イ ギ リス で の これ の 模 倣 生 産 は. 18世 紀 の. 半 ば にな って よ うや く成 功 す る。 この よ うな ヨー ロ ッパ 産 の 陶器 は ,原 料 や 製 法 は オ リジ ナル の 中国産 とは 異 な り,デ ザ イ ン も当初 は 中国や 日本 の 窯 元 の 絵 付 け を真 似 た も のだ っ た。 だ が ,試 行 錯 誤 の 末 ,ヨ ー ロ ッパ 産 の 陶器 は ,ヨ ー ロ ッパ の 文化 によ り適 合 した デザ イ ンで ,オ リジナ ル よ りも堅 く質 の 良 い 原 料 を用 い た もの へ と進 化 す る。 ウ ェ ッジ ウ ッ ド に代 表 され る この よ うな ヨー ロ ッパ の 「プ ロ ダ ク ト・ イ ノベ ー シ ョン」 は ,茶 と陶器 と い う新 商 品 の 登 場 に 留 ま らず ,そ の 模 倣 の 過 程 にお い て 供 給 サ イ ドに多 くの技 術 革新 を 引 き 起 こ した 。同様 の プ ロセ ス は. 18世 紀 イ ギ リス にお い て 多 くの 「populux」 の 普 及 過 程 にお. 54 Berg(2002).「 文 化 的 遺 伝 子 (meme)」 と は ,バ ー グ が 物 質 文 化 の 伝 播 の 様 子 を遺 伝 子 の 伝 播 に 例 え た 言 葉 で あ る 。 ま た 「populux」 来 の 奢 修 品 を指 す 。. は ,キ ャ ラ コ な ど比 較 的 安 価 な 植 民 地 由. 55 Berg(2002),p.5。. 19.

(20) い て 起 こっ た こ とで ,バ ー グ は これ を模 倣 か ら発 明 へ と至 る過 程 で あ った と論 じて い る。 以 上 の よ うな 議 論 は ,基 本 的 に は 「テ イ ス ト」 の 変 化 に 引 き続 い て起 こった 変 化 で あ る と言 え る。 物 質 文化 の 伝 播 につ いて の この よ うな 理 解 は ,市 場 を基 軸 に 据 えた産 業 革 命 像 を描 くにあた って も,重 要 な視 点 を 提 供 して い る。 す な わ ち ,植 民 地産 の 新 商 品が ,ア ル コー ル の 代 わ りに 茶や コー ヒー を ,ま た 羊 毛 の 衣 類 か ら綿 の 衣 類 へ ,オ ー トミ ー ル とチ ー ズ ,ミ ル ク の 日常 食 か らバ ン とバ タ ー ,砂 糖 と茶 の 食 事 へ 変 化 を促 した とい う 「プ ロ ダ ク ト・ イ ノベ ー シ ョン」 の 結 果 は ,ヨ ー ロ ッパ の 伝 統 的 な 商 品 か ら新 し い 商 品 へ と家 計 の 支 出 を 変 化 させ た と見 る ことが で き る。 この シ フ トは ,理 論 的 には 実 質所 得 の上 昇 な しに可 能 で あ り,増 加 した 新 商 品 に 対 す る需 要 は ,供 給 サ イ ドに多 くの革 新 を もた らす こと とな つた 。す な わ ち ,「 テ イ ス トの変 化 」と い う言 葉 で表 現 され る 需 要 の 質 的 な 変 化 は ,プ ロ ダ ク ト・ イ ノ ベ ー シ ョンを通 じて 市 場 の 供 給 サ イ ドに多 くの革 新 を もた ら した もの と捉 え ら れ て い るの で あ る。 バ ー グ に よ って 提 起 され た 物 質 文化 とマ ク ロ経 済 の 関係 は ,産 業 革命 にお け る社 会 的. ,. 文化 的側 面 の 役割 につ い て ,特 に 消 費社 会 との 関連 で重 要 な 示 唆 を 含 む もの で あ る。 他 方 で ,そ の 主 張 を構 成 す る 消 費社 会 につ い て の 議 論 で は ,「 ミ ドリング 0ソ ー ト」 と呼 ばれ る 「中流 の 人 々 (middling sort of people)」 の 存 在 が 半 ば暗 黙 の うち に 前提 され て きた 。「社 会 的模 倣 」 に対 す る批 判 は ,そ の 多 くが ,中 流 以 下 の 階 層 が 上 流 階 層 の 消 費 ス タイル を模 倣 した と い う点 に 関 して の もので あ る と言 え る。 そ う した 背 景 には ,主 に 社 会 史 の 分 野 で 行 わ れ た 「 ミ ドリング・ ソ ー ト」析 出 の 試 み が あ る。次 節 で は ,社 会 史 の 分 野 で 進 ん だ 「 ミ ドリング 0ソ ー ト」 析 出 の 成 果 につ い て 概 観 す る。. 1-4社 会史 研 究 と 「ミ ドリング・ ソー ト」 社 会 史研 究 が ,い わ ゆ る全 体 史 を志 向す る アナ ー ル 学 派 の 影 響 に よ って 大 き く推 進 され て きた ことは 論 を 待 た な い 事 実 で あ ろ う。 またそ の 内部 には ,細 分 化 され た 多 様 な研 究視 角 が 存 在 した 。 都 市 史 ,家 族 史 ,女 性 史 ,文 化 史 な ど,あ る意 味 で はそ の 問題 意 識 も異 な る い くつ か の 視 角 が ,社 会 史 研 究 の 中 に 混 在 して い た と言 え る 56。 そ の 中で も ,近 世 の イ ギ リス にお い て 階 層 の 存 在 を 対 象 と した 社 会 史研 究 は ,経 済 史研 究 にお け る新 た な産 業 革 命 像 の 構 築 に重 要 な 役割 を 果 た して い る。. 56 ThompsOn(1990)は ,そ う した 多 様 な 視 角 を総 合 し ,社 会 史 研 究 の 一 つ の 到 達 点 を示 し た もの と言 え る。 20.

(21) 近 世 イ ギ リス の 社 会 に 関す る 伝 統 的 な 理解 で は , しば しば 「一 階級 史 観 」 と呼 ばれ た よ うに57「 ジ ェ ン トリとそ れ 以 外 」 の 階 層 しか 存 在 しな い とす る理 解 が 一 般 的 で あ った 。 そ の よ うな 立 場 で は ,い わ ゆ る 中産 階級 は ,産 業 革命 と. 19世 紀 前 半 の 選 挙 法 改 正 の 所 産 で. あ る と され ,産 業 革命 以 前 の イ ギ リス 社 会 で は ,ジ ェ ン トリ以 上 の エ リー ト階 層 と貧 民以 外 には ,少 な く と も一 つ の 社 会 階 層 と して は ,存 在 が 認 め られ て い な か った と言 って 良 い で あ ろ う。 ジ ャ ック・ ヘ クス タ ー の 論 考 に 代 表 され る こ う した 理 解 に対 して 58,貴 族 と貧 者 の 中間 に位 置 す る 「中流 の 人 々 (middling sOrt Of people)」. を ,17世 紀 後 半 か ら 18世. 紀 の イ ギ リス社 会 にお い て ,意 義 あ る 一 つ の 社 会 集 団 と して 析 出 しよ う とす る 試 み が な さ れ 始 め る こ とにな るが ,こ こで 「中産 階級 」 と呼 ばれ た も の と 「中産 層」 あ る いは 「中流 層」,「 ミ ドリング ・ ソ ー ト」 59と 呼 ばれ る もの につ い て ,そ の 概 念 を整 理 して お く必 要 が あ るだ ろ う。 「一 階級 史 観 」 あ る い は 「無 階級 史 観 」 は ,ヘ クス タ ー や ピー タ ー ・ ラス レ トらによ ッ って 提 唱 され た も の だ が ,そ の 基 本 的 な 主 張 は ,19世 紀 に至 る まで イ ギ リス社 会 には一 つ の 階級 しか 存 在 しな い ,と す る もの で あ る 60。 テ ュー ダ ー 0ス テ ュ ア ー ト期 に確 か に「人 々 の 類 い (sOrt of peOple)」. と い う語 は 使 用 され て い る もの の ,そ れ で 表 され る も の は 「階. 級 」 で はな く,単 に職 業 や 富 の 水 準 とい った もの に 過 ぎず ,社 会 的 に意 義 あ る もので はな い ,と す る考 え 方 で あ る。 こ こで の 「階級 」 概 念 は ,基 本 的 に はマ ル クス 主 義 史 観 にお い て 定 義 され る 階級 概 念 で あ る と見 て 良 い 。一 方 ,80年 代 か ら社 会 史 の 分 野 で 進 んだ 「 ミ ド リング・ ソ ー ト」の 析 出 は ,基 本 的 に は ,「 階級 」概 念 によ らず 「中流 の 人 々 (middling sort of peOple)」. を析 出 しよ う とす る もの で あ る と言 え る。そ れ は ,あ る 意 味 で は 「階級 」 概. 念 へ の ア ンチ テ ー ゼ で もあ った が ,社 会 的地 位 や 地 域 社 会 で の 公 的 な 役割 ,あ る い は 文化 的傾 向 によ って 区別 され て い た社 会 の 中 の グル ー プ を ,よ り意 義 あ る もの と して重 視 して い こ う とす る試 み で もあ った 。 こ う した見 方 にお いて は ,「「階級 」 は 多 様 な差 異 の一 つ と して 断 片 化 され ,「 階級 意 識 」は 「アイ デ ンテ ィテ ィ」 と して 構 築主 義 的 な観 点 か ら読 み 直 され て い く こと とな った 」 61の で あ る。. 57 Laslett(1965)。. 58 HeXter(1961). 59「 中産 層」「中流 層」「ミ ドリング・ ソ ー ト」 は ,い ず れ も原 語 「middling sOrt」 の 訳 語 で あ る。 60 Laslett(1965).こ こで 言 う 「階級 」 は ,共 通 の 経 済 的利 害 ,権 力 を 守 るた め に連 帯 す る もの と して 定 義 され る マ ル クス 主 義史 観 のそ れ で あ る。 61 長 谷 り │1貴 彦 (2004), 218頁 。 21.

(22) 近 年 の 社 会 史研 究 にお け る 「ミ ドリン グ ・ ソー ト」 析 出 の 試 み は ,論 者 によ って差 異 は あ るが 基 本 的 には この よ うな 立 場 に立 って 始 め られ た も の と考 えて 良 い 。 この 試 み は ,当 初 は主 に 都 市史 を フ ィ ー ル ドと して い た 研 究 者 か ら,い くつ か の ア プ ロー チ を もって 始 め られ る こ と とな った。 最 初 の ア プ ロー チ は ,18世 紀 に 書 き残 され た 様 々 な 著述 家 の 著 作. ,. 手記 な どに 使 わ れ て い る言 葉 か ら,当 時 の 人 々 が 自 らの社 会 の 階 層 を どの よ うに理 解 して い た の か を探 る試 み で あ る。 ペ ネ ロペ ・ コー フ ィ ー ル ドによ る研 究 は ,こ の ア プ ロー チ を 用 い た もの の 中 で も代 表 的 な もの 一 つ で あ る と言 え る62。. コー フ ィ ー ル ドは ,同 時 代 人 の. 用 語 法 に よ って 当時 の 社 会 階 層 を 知 ろ う とす る 場 合 ,「 言 語 は 現 実 を映 す 完 全 な 鏡 で は な く」,ま た 「社 会 の 区分 は 曖 味 に 定 義 され て お り,個 人 によ って 使 い 方 も異 な り,同 時進 行 して い る 社 会 の 変 化 が 反 映 され て い るか も知 れ な い し,全 くされ て い な いか も知 れ な い 」63 と述 べ て お り,そ の 方 法 に 曖 味 さが 残 る こ とを認 めて い る。 だ が ,同 様 に 多 くの 同時 代 入 の 著 作 や 課 税 関係 ,法 律 関係 の 文 書 を用 い て テ ュー ダ ー ・ ス テ ュ ア ー ト期 イ ング ラ ン ド社 会 の 用 語 法 を 分 析 した キ ー ス ・ ライ トソ ンは ,「 類 い. (sort)」. と い う語 につ いて は ,「 社 会. を記 述 す る用 語 と してそ れ が広 く使 わ れ る よ うにな るの は ,16世 紀 に 固有 の こ とで あ り. ,. と りわ け ,16世 紀 半 ば か ら末 期 にか けて の 新 しい現 象 だ った 」 と述 べ て い る 64。 さ らに ラ イ トソ ンに よれ ば ,16世 紀 か ら社 会 を区 分 す るた め の 用 語 と して 用 い られ 始 め た 「人 々 の 類 い (sort of peOple)と 言 う用語 法 は ,16世 紀 当時 は 明 らか に 社 会 の 「支 配 的 で 尊 敬 を 受 けて い た イ ング ラ ン ドの 社 会 的 諸集 団」を ,「 よ り身分 の 低 い」人 々 区別 す るた め に ,二 分 法 と して 用 い られ て い た語 で あ る とされ て い る。 この三 分 法 は. 18世 紀 まで続 く も の と. され るが ,そ れ と並 行 して い わ ゆ る 「 ミ ドリング 0ソ ー ト」 を 含 め た三 分 法 が 用 い られ 始 め ,そ の 時 期 は. 17世 紀 初 め の 頃 か らで あ る とされ て い る。 1640年 代 に は ,「 中流 の 人 々. (middling sOrt of people)」. を 含 め た 三 分 法 が ,イ ン グ ラ ン ドの社 会 で 普 通 に 用 い られ る. よ うにな って い た とされ て い る 65。 こ こで ,「 中流 の 人 々 (middling sort of people)」. と表. 現 され て い る人 々 につ い て は ,ラ イ トソ ンは 「エ リー ト市 民 と都 市 貧 民 の あ い だ に位 置 す る独 立 的 な 職 人や 商売 人 で あ る こ とは ほ ぼ 間違 い な い」 と述 べ 66,ぃ ゎ ゅ る 「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 が 都 市 に 居住 す る 職 人や 商 売 を 生 業 とす る人 々 か ら構 成 され て い た で あ った で あ 62 cOrfield(1991). 63 cOrield(1991),pp.27-28。 64ラ イ トソ ン (1998),42頁 。 また ,K.WrightsOn(1986),お よ び ライ トソ ン (1991) も参 照 。. 65ラ イ トソ ン (1998),55頁 。 66ラ イ トソ ン (1998),55頁 。 22.

(23) ろ う こ とが 触 れ られ て い る 67。. 17世 紀 か ら 18世 紀 の 「 ミ ドリ ン グ. 。ソ ー ト (middling sort of people)」. につ い て ,そ. の 存 在 意 義 を析 出 しよ う とす る 試 み の 二 つ 目 の ア プ ロー チ は ,よ り実 証 的 な 研 究 で あ る。 コ ー フ ィ ー ル ドや ラ イ トソ ン に よ る 当 時 の 用 語 法 に基 づ く研 究 は ,少 な く と もそ の 存 在 を 明 らか に し ,い つ 頃 か ら当 時 の 社 会 の 中 で 一 つ の 集 団 と して 認 識 され 始 め て い た の か を 明 らか に す る こ と につ い て は ,明 確 な 手 が か りを得 る こ と に 成 功 した と言 え る。 だ が ,こ う した 研 究 は ,実 際 に 「誰 が ミ ドリ ン グ ・ ソ ー トで あ っ た の か 」 と い う問 い に 対 して は ,ほ とん ど 何 も材 料 を提 供 しな い 。 用 語 法 の 分 析 か ら得 られ た 「 ミ ドリ ン グ ・ ソ ー ト」 と い う 枠 組 み に 関 して ,内 容 を 与 え る た め の 実 証 的 な ア プ ロー チ は ,ピ ー タ ー ・ ア ー ル に よ る ロ ン ドン を 対 象 と した 分 析 を 始 め と して 68,既 に い くつ か の 蓄 積 を見 て い る 69。. 1801年. まで. セ ンサ ス は 存 在 しな い た め ,こ う した 実 証 的 ア プ ロー チ で は ど の よ うな 史 料 を 用 い て 「 ミ ドリ ン グ ・ ソ ー ト」 を 補 足 す る の か が 問 題 とな るが ,ア ー ル は ,い くつ か の 史 料 を 組 み 合 わせ る こと によ って. 17世 紀 か ら 18世 紀 の ロ ン ドンで 誰 が 中 流 で あ っ た の か を 明 らか に し. て い る 。 用 い られ た 史 料 は ,『 ボ イ ドの ロ ン ド ン 市 民 名 鑑. (Boyd's lndex of LondOn. Citizens)』 ,『 孤 児 財 産 目録 (Orphan's lnventory)』 ,『 上 級 法 廷 弁 護 士 史 料. (Common. Setteant's B00k)』 を 中心 と した 複 数 の 史 料 で あ り,こ れ らを 連 結 して 用 い る ことで ,1665. 年か ら. 1720年 に死 亡 した ロ ン ドン 市 民 375人 の 包 括 的 な リス トを作 る ことに成 功 して い. る。アー ル によれ ば ,こ の サ ンプル は カバ ー して い る と して い る 70。 商人. 1665年 か ら 1720年 の ロ ン ドン 中産 階級 の す べ て を. これ に よれ ば ,ロ ン ドン の 「 ミ ドリング・ ソ ー ト」 は 貿 易. (merchant)を 中心 と した 商 人 ,製 造 業 者 ,少 数 の 専 門職 の 人 々 か らな って お り,内. 部 に は 職 業 や 資産 の 水 準 か ら見 て もか な りの 幅 が あ る。「 ミ ドリング・ ソ ー ト」と見 な せ る 下 限 は ,死 亡 時 に 200∼ 300ポ ン ドの 資 産 を 有 して お り,年 収 は. 50ポ ン ド前後 と見 る こ と. が 妥 当で あ る とされ て い るが ,こ う した 定 義 は 「独 立 して ビジ ネ ス を営 む 商 工 業 者 」 とい う定 義 と合 わせ て ,現 在 で は 一 般 的 に 合 意 の あ る 定 義 だ と思 わ れ る 71。. 67ラ イ トソ ンは ,ピ ー タ ー・ ラス レ ッ トの研 究 の 引用 な どか ら 「ミ ドリング・ ソ ー ト」 を 都 市 に 居 住 す る職 人や 商 人 で はな い か と述 べ て い るが ,そ の主 張 は 確 た る 実 証 に基 づ い て い るわ けで はな い 。. 68 Earle(1989).. 69本 文 に挙 げた ア ー ル の 業 績 以 外 で 代 表 的 な ミ ドリング・ ソ ー トを実 証 的 に扱 った も の と して は ,Smail(1994),ま た ,French(2007)が 重 要 で あ る。. 70 Earle(1989),p.15。. な お ,ア ー ル の 著 作 中 の 「中産 階級 (middle class)」 とい う語 に つ いて は ,特 にそ の 用 法 につ い て 触 れ られ て い るわ けで はな い 。 71 wrightsOn(2002),p.290,「 彼 らは しば しば 他 人 を雇 用 し ,被 雇 用 者 にな る ことは ほ と. 23.

表 1:史 料 の概 要 史料名 略 号 記載数 年 (開 始 )年 (終 了 ) 市民登録簿  (Burgess Book) 遺産検認 目録 (P「 obate lnventory) M.V.組合員名簿 (Society of Merchant Ventureres) 選挙人名簿 ,1722年 (Poll Book) 選挙人名簿 , 1774年 (Poll Book) 商工人名録 , 1792年 (Commercial Directory) 商工人名録 , 1794年 (Commercial Direct
図 1:史 料 の年 次 分 布 18000 16000 14000 12000 10000 8000 6000 4000 □ BB■ SMV口PI■ PB1722ヽPB1774国 cD1792=CD1794 □ CD1801 □ CD1851 回 VC179920000 ‑1700 1750 1800 1850 1900‑ 注 )1700年 か ら 1900年 以 降 の 記 録 数 を示 す 。 1700年 以 前 の デ ー タ ,1900年 以 降 の 記 録 に 関 して は ,ヒ ス トグ ラム
表 2:各 史 料 の職 業 (社 会 的分 類 ) BB PI    SMV  PB1722 PB1774 CD1792 CD1794 CD1801 CD1851 VC1799 A B C D E F G H 6.78   9。 391.86   0.30 0.08   0.0057.04  49。7028.94  25。762.40   0。 910。01    6.06 2.89    7,88 2.77   9.941.03    2.920。06    0.02 60.86   57.7718.6
表 3:各 史 料 の 職 業 (産 業 分 類 ) BB P:    SMV  PB1722 PB1774 CD1792 CD1794 CD1801 CD1851 VC1799 AG MI BU MF 丁 R DE PP IS DS RE Wi XX 0.76   0.00   o.080.11    0.00   o.00 8.39   6.36   0。 2350.47  44.24  12.455。73   6.36   12.6819.78   17.58   17.684。66   8.79  
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参照

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