表
8:各
ク ラス タ ー の概 要第
1クラスター
(41。
74%)
第2ク ラス ター
(23。
02%)
第3ク ラス ター
(34.30%)
% %
%
A
B
C D
E F
G H
合 計
419 9。 47 123 2.78
1 0。
02 240254。 27
1141 25。 78 207 4.68
1 0口
02
132 2.98
4426 100
第
3章 「ミ ドリ ング 。ソー ト」 と消 費
3‑1
産 業 革命研 究 にお け る消 費 の位 置 づ け第
1章
で 詳 しく触 れ た よ うに,産
業 革 命研 究 にお いて 17〜18世
紀 の消 費 の変 化 を取 り 上 げ る ことは,需
要 の変化 に着 目 した産 業 革命 像 を描 くにあた って 重 要 な意 味 を持 って い る。 まず,非
ヨー ロ ッパ 圏 に 由来す る陶器 や 綿布,コ
ー ヒー,タ
バ コな どの物 品が 「ミ ド リング・ ソー ト」 を含 めた特 定 の階 層 によ って需 要 され て い るので あれ ば,消
費 の変 化 のみ な らず
,産
業 革 命 全体 の進 行 につ いて も,特
定 の 階 層 の果 た した 役割 が よ り明確 にな る と考 え られ る。 また,マ
ケ ン ドリック以 来 続 く18世
紀 の消 費 の変 化 を巡 る議 論 に対 して も,特
定 の 階 層 が 特 定 の性 質 を持 つ物 品 を強 く需 要 す るので あれ ば,い
わ ゆ る 「社 会 的模 倣 」 の是 非 を含 めて何 か らの結 論 を導 く ことが 可能 だ ろ う。17世
紀 か ら18世
紀 のイ ギ リス につ いて は,よ
り実 証 的 に家 計 の物 質 的な 生活 の変 化 を 明 らか に しよ う とす る研 究 も,既
に い くつ か の蓄 積 を見 て い る。 ロー ナ 0ウ ェザ リル は,17世
紀 か ら18世
紀 にか けて の遺 産検 認 目録 を用 いて,当
時 の イ ギ リス の家 計 につ いて,生活 の 中 に どの よ うな物 品が 普及 し始 めて いた のか を精 査 して いる
135。
そ れ によれ ば,17
世紀 か ら
18世
紀 にか けて,家
計 で 用 い られ て い る物 品 には,3つ
のパ ター ンの変化 が あ っ た もの と して い る136。
また,マ
ー ガ レッ ト 0ス パ フ ォー ドは137,主 に行 商人 の在庫 目録 か ら,17世
紀 の衣 類 な ど 日用 品 を中心 と した物 品 の普 及 につ いて,都
市 部 と農 村 部 で違 いが あ った こ とを指 摘 して いる138。
これ らの業 績 は いず れ も主 に遺産検 認 目録 に依 拠 した もの で あ り,イ ギ リス で多 く遺産検 認 目録 が残 され て い る17世
紀 か ら18世
紀 の 家 計 の物 質 的 生活 につ いて 明 らか に した ものだ が,18世
紀 の消 費 の 「社 会 的模 倣 」の議論 との関係 で は ミス リー デ ィ ングで あ った 可 能性 も指 摘 され て いる。遺産検 認 目録 を用 いた多 くの研 究 は,時 間 と と もに様 々な物 品が 普及 し
,
しか もそ れ は社 会 の上流 か ら下 層へ,ま
た 都 市部 か ら135 weatherill(1996)。
136 weatherill(1996),pp.28‐
29.変
化 の パ タ ー ン の 一 つ 日は,主
に 生 活 の ̀backstage'を 成 す も の で,ピ
ュ ー タ ー 類 や テ ー ブ ル な ど,1670年
代 ま で に か な り普 及 して い た も の で あ る。残 りの 二 つ の 変 化 は 主 に 生 活 の ̀frontstage'に 関 す る もの で,1675年
に は 一 部 に しか 使 わ れ て い な か っ た が そ の後 急 速 に普 及 す る もの,ま
た 陶 器 や 茶 な ど新 しい 習 慣 に 関 す るもの と され て い る 。 137 spuffOrd(1984).
138 spuffOrd(1984),pp。 145‐146.ス パ フ ォー ドは農 村 部 の衣 類 の 流 通 を担 った 行 商 人 の在 庫 の う ち
,ほ
とん どが リネ ン で あ っ た こ とか ら,農
村 部 へ の17世
紀 中 の 新 商 品 の 流 入 に つ い て は 懐 疑 的 で あ る。農村 部 へ と普及 して い く事 を示 して い る139。 統 計 的 に
,集
計 量 と して 遺 産検 認 目録 を用 い る分 析 で は,手
法 の性 質 上 この よ うな結 果 は必 然 で あ り,マ
ク ロな視 点 か らの物 品 の普及 を把 握 す るので あれ ば,そ
れ は正 しい と言 え る。 一方 で,社
会 内部 の異 な る社 会 層 で の普 及 傾 向 の違 いや,あ
る いは普 及 の動機 な ど,集
計す る こ とによ って 捨 象 され る事実 につ い て は,統
計 的 に遺 産検 認 目録 を使 用 した分析 は何 も明 らか にせ ず,む
しろそ れ を覆 い隠 す 結 果 とな る。 コ リン 。キ ャ ンベル は,遺
産検 認 目録 が 示 す右 肩 上 が りの普 及 曲線 は,真
に上流 を模 倣 した行 動 な のか は説 明 して お らず
,動
機 によ って は,数
字 上 の物 品 の普 及 率 の 向 上 が模 倣 によ る もの で はな か った可 能 性 もあ る と主 張 して い る140。
また キ ャ ンベ ル は,当時 の イ ギ リス社 会 には
,社
会 的 0文化 的 に い くつ か の グル ー ブが 形 成 され 始 めてお り,そ れ らの もた らす 多様 な価 値 観 が 近代 的な消 費者 の消費行 動 に影 響 して いた可 能性 を指 摘 して い る
141。
この よ うに
,18世
紀 の消 費 をめ ぐる議 論 が深 ま りを見 せ る 中で,い わ ゆ る「ミ ドリング 0 ソー ト」に関す る議 論 との関連 も無視 で きな い意 味 を持 ち始 めて いる。「ミ ドリング・ ソー ト」 の ビジネス に基 礎 を置 いた 生活様 式,階
層 と して の意 識 や 価 値 意識 の存 在 が 明 らか に され る につ れ,消
費 の変化 に対 す る影 響 も指 摘 され 始 め て い る。従 来 か ら社 会 の上流 階 層 で あ つた ジ ェ ン トリ以 上 の貴 族 階 層 に対 し,ア
イ デ ンテ ィテ ィの異 な る ミ ドリング・ ソー トが 十 分 な購 買 力 を持 ち得 た と して も,上
流 階 層 を模 倣 した 消 費 ス タイル を採 らな か った 可能 性 が考 え られ るので あ る142。 18世
紀 にバ ー グ らの言 うよ うに社 会 全体 の 消 費 の選 好 が 変化 した とす るな らば,ま
た キ ャ ンベル が重 視 す る よ うに社 会 的0文
化 的 な グル ー プが存 在 した の で あれ ば143,そ れ は ミ ドリング・ ソー トの階 層意 識 の確 立 と無 関係 で はな い可能 性 が考 え られ る。いずれ にせ よ
,18世
紀 の消 費拡 大 を理解 す る上 で は,議
論 は社 会 的模 倣 の是 非 を含 め た 消費 の実 態 に留 ま らず,ミ
ドリン グ 0ソ ー トの形成,そ
の意 識,価
値観,ま
た そ れ が 果 た139 weatherill(1996),pp。 26‐
27な
ど,遺
産検 認 目録 を用 いた分析 は いずれ も基本 的 には 時間 とともに物 品の普及率が上昇 して い くことを示 して いる。140 campbell(1993),pp。 40¨ 41。
141 campbell(1993),p.55の 他
,Campbell(1987)も
参 照 。 キ ャ ンベ ル は,基
本 的 に伝 統 的 な 消 費 者 か ら近 代 的 な 消 費 者 へ の移 行 を想 定 して お り,そ
の 過 程 で 消 費 行 動 に対 して 多 様 な 動 機 が 生 まれ た と主 張 して い る。142「社 会 的 模 倣 」 に対 す る批 判 は
,中
流 以 下 の 階 層 の 独 自の価 値 意 識 の 存 在 に基 づ く も の が 多 い。 道 重(2008),ま
た Vicary(1993).143キ ャ ンベ ル は
,倫
理 類 型 (Ethic)と い う形 で い くつ か の 類 型 が 存 在 した もの と考 え て い る。 詳 し くは後 述 。した マ ク ロ経 済 的 意 義 まで を視 程 に置 く こ とが 必 要 とな りつ つ あ る。 そ の す べ て を こ こで 扱 う こ と は 不 可 能 だ が
,17世
紀 末 か ら18世
紀 に か け て イ ギ リス に本 格 的 に流 入 し始 め た 植 民 地 産 の 新 商 品 を始 め,18世
紀 の社 会 に存 在 して た い くつ か の 「文 化 的 遺 伝 子 」144の 異 な る物 品 の 普 及 が ,ど の よ うな 様 態 の下 で 社 会 に拡 散 して いた の か を 明 らか にす る こ とは,議 論 展 開 の 重 要 な 前 提 で あ る 。 特 に
,消
費 の 拡 大 が 単 に社 会 の 上 層 か ら中 層 以 下 へ 滴 下 し て い っ た の で は な く,物品 の持 つ 新 奇 さや テ イ ス ト,階層 意 識,ある い は よ リ ミ ク ロな 個 々 人 の 嗜 好 に よ っ て 決 ま って い た とす る な らば,そ
の 把 握 は 複 雑 な 様 相 を持 っ て い た こ とが 考 え られ る。本 章 で は,1542年
か ら1804年
の ブ リス トル につ いて,主
に遺 産 検 認 目録 に 依 拠 して 物 品 の 普 及 が どの よ う に進 ん で い た の か,ど
の よ うな 物 品 が ど の よ うな 人 々 に よつ て 需 要 され て い た の か を検 討 す る。
3¨
2遺
産 検 認 目録145遺 産 検 認 目録 (PrObate lnventory)に つ い て は
,近
世 イ ギ リス 史 研 究 にお い て 既 に広 く 用 い られ,多
くの解 説 が な され て い る146。
基 本 的 に は,死
亡 時 にそ の 所 有 物 に つ い て 分 配 の必 要 が 生 じた とき に作 られ た もの で,死
亡 した 人 物 の 氏 名 の 他,職
業,居
住 して い た 教 区 が 記 載 され て い る他,死
亡 者 の 所 有 物 が 記 載 され て い る。 代 表 的 な 問 題 点 と して は,土
地 と建 物 に つ い て は 記 載 が な い こ と
,記
載 の 基 準 の 不 統 一 な どが 指 摘 され る が,特
に 問 題 と思 わ れ る 問題 は,以
下 の よ うな 点 が 挙 げ られ よ う。144「 文化 的遺伝子 (meme)」 につ いては,Berg(2002),p.8。 ヨー ロ ッパ の物 品 とは 出 自 の異な る物 品が
,イ
ギ リス社 会 に融 合 し,新
た な物 品 を生 ん で い く過 程 を指 す 。145分析 に用 いた遺 産 検 認 目録 は,BristOI Record SOcietyか ら公刊 され て い る以下 の史 料 によ る。
E.and S.George(2002),E.and S.George[assiSted by R.H.Leech](2005),及
びE.and Se George,[assiSted by P.Fleming&Introo by J.Barry](2008).こ れ らの史 料 は,BristOI Record Ottceに 保 管 され て い る ブ リス トル 司教 区 の 目録 の うち
,市
内 と近 郊 の もの を現 存す る遺 産検 認 目録 の職 業,ソ
ー シ ャル グル ー プ をよ く代表 す るよ うに選 び 出 して 収 録 され た もので あ る。2002年
の段 階 で保 存 され て い るマ ニ ュス ク リプ トの9%に
当 た る334の
遺 産検 認 目録 が書 き起 こされ て お り,こ
の 中の職 業 が 不 明な もの を除 いた もの が こ こで の検 討 に用 い られ て い る。 詳 しくは,E.and S.George(2002),p.xiを
参 照 。 146近 年 の代表 的な もので は,OvertOn,Whittle,Dean&Hann(2004),pp。
13… 32。が挙 げ ら れ る。そ の他 に も,Weatherill,attsυ
θr Fθ力′″θνムpp.201¨207。 また イ ギ リス 各地 の 地 方 史 協 会 (Record Society)か ら公 刊 され て いる刊 行 史 料 に も多 くの解 説 が あ る。 邦語 で は 岡部 (2009)。まず
,遺
産検 認 目録 を残 した家 計 は あ る程 度 資産 が あ る家 計が多 か った と思 われ,当
時 のイ ング ラ ン ドの家 計 の構 成 を正 しく反 映 して いな い可能性が考 え られ る。 この点 につ い て検 討 した マー ク・ オーバ ー トンは,「地 域 差 は あ るが,イ
ギ リス 全体 で は貧 困な40%と
裕 福 な
10%が
検 認 史 料 か らは省 かれ て い る と思 われ る」147と述 べ て い る。 また,遺
産検 認 目録 は死 亡 時 に作 られ る もので あ る ことか ら,日
録 を用 いた研 究 は 高齢 な 家 計 に偏 った も の にな って いる との指 摘 もあ る。 オーバ ー トンは この問題 に も検 討 を加 えて いるが,ケ
ント州 の ミル トン教 区 を取 り上 げた 分析 の結 果 によ る と,「検 認史 料 は年 齢 と家 族 構 成 にお い て ,予 想 され た よ りも人 口をよ く代 表 して い る」といった結 果 が得 られ て いる
148。
さ らに,この よ うなサ ンプル の選択 にお け る問題 が許 容 の範 囲内 にある と して も
,物
品 の所 有 の検 討 に検 認史 料 を使 う場 合 には,ま
た 異 な る問題 が あ る。そ れ は 目録 に現 れ る物 品が営 業用 資 産 で あ る の か,私
的 な 資 産 で あ る の か と い う問題 で あ る。 例 を挙 げ るな らば,仕
立 屋 (tailor)が キ ャ ラ コ を所 有 して いた 場 合,そ
れ が 明 らか に在 庫 と して の量 で あ った り,店舗 の記 載 が あ る場 合 には営 業 用 資産 で あ る と分 類 で き るが 149,仕 立屋 が キ ャ ラコを私 的 に所 有 して いな いわ けで も無 く
,そ
の判別 は他 の記 載 され た物 品 と比較 し,個
別 に判 断 す る こと とな る。 こ こで 用 い る遺 産検 認 目録 で は,職
業や 他 の所 有 物 と照 合 し,営
業 用 と し て所 有 して いた と思 わ れ る もの に関 して は可 能 な 限 り取 り除 いて い る。また
,本
章 で基 本 的 に用 い られ るの は遺 産 検 認 目録 だが,遺
産検 認 目録 の 中 には職 業 が 不 明 の ものや,居
住 して いた教 区 の情 報 が 欠 けて い る ものが あ る。 こう した デ ー タの欠損 は,他
の史 料 と照 合 す る ことで補 う ことが 可 能 で あ る。 ここで は,ブ
リス トル の遺産 検 認 目録 の職 業,居
住 教 区 の情 報 の うち,欠
損 して い る もの を1722年 ,1774年の選 挙 人名 簿
(Poll Book)150,ま た 1694年
の婚 姻 法 (Marriage Act)に 基 づ く調 査151と 照 合 して 可 能
な 限 り補 完 した152。
近 年 の歴 史研 究 にお いて は,本国 の研 究 者 のみ な らず 本 邦 にお いて も,
147 overton,Whittle,Dean&Hann(2004),p.26。
な お,富
裕 な10%の
ほ とん どは聖 職 者 と思 わ れ る こと も指 摘 され て い る。148 overton,Whittle,Dean&Hann(2004),pp.27‐
28.149遺 産検 認 目録 は,部 屋 ごとに物 品が記載 され たため
,「
寝 室 (bedroom)」,「
店 舗(shop)」な どの記 載 が あ る場 合 が あ る。
1501722年
の選 挙 人 名 簿 には3577名
の投 票 者 の職 業,氏
名 が 記 載 され て い る。1774年
の 選 挙 はエ ドモ ン ド・ バ ー ク(Edmund Burke)ら
の候 補 者 によ って 争 われ た もので,5382
名 の投 票 者 の職 業
,氏
名 が記 載 され て い る。151 Ralph&Williams(1968).婚
姻 法 は しば しば施行 され た法 律 で,出
生,結
婚,埋
葬,25歳
以 上 の未婚 の男 女 に課税 され た。 こ こで 用 い られ て いる課税 調 査 の記 録 は1696年
に 行 われ た もので,1694年
の婚 姻法 に基 づ いて い る。 詳 しくはpp.破‐xxvを
参 照 。152数 種類 のデー タの結合 には