子どもは歴史の何を,なぜ重要だと考えるのか―“Historical Significance”概念の教室への導入に向けて―
12
0
0
全文
(2) 社会科研究 91,2019. この領域についての研究の蓄積はまだ不十分な. 1.問題の所在と研究の目的. 状態にある。研究の大部分は,規範的・原理的な. 本研究は,歴史的意義に関する子どもの思考を. 研究と言えるもので,ここには,歴史を学ぶ意味. 調査したものであり,主体的で民主的な歴史学習. を研究者側が原理的に提起する,これまでの研究. の実現のための,子どもの認識が持つ可能性と留. を踏まえて類型化を行う,歴史意識の構造を提示. 意点についての議論の積み重ねに資することを目. しそれに基づく授業開発を行う,など多岐にわた. 的としている。. る研究アプローチが含まれる (池野, 2006;佐藤・. 歴史学者が唯一の歴史の生産者・消費者ではな. 桑原,2006;宇都宮,2018など) 。. いことの認知が広がっている。野家(1996)は,. 子どもの意味づけを取り上げたものもいくつか. 時系列順の出来事の連鎖として表される「歴史の. 存在するが,それらは教師の実践の効果や意味が. 側面図」と対比する形で,人々が過去を振り返る. どれほどあったのかという観点から分析が加えら. 際に立ち現れる過去を「歴史の正面図」と呼んだ。. れているものであって,子どもの歴史の思考に. また,ホワイト(2017)は,オークショットを援. もっぱら焦点化したものではない(村井,1996;. 用しつつ,歴史家など専門家集団によって創り出. 小栗,2018;星,2019など) 。子どもにとっての. される過去としての「歴史的な過去」と対比する. 歴史の意味について取り上げたものとしては藤井. 形で,私たちが日常の多様な目的のために参照す. らの歴史意識についての一連の研究に遡る必要が. るような,記憶,想像,細切れの情報などを含み. あ る( 日 本 社 会 科 教 育 研 究 会,1971; 藤 井,. こむ「実用的な歴史」の存在を提示した。. 1986)。とりわけ昭和34年に実施された「生徒の. このように,あらゆる人々が日々触れる歴史も. 歴史像」の調査は生徒の歴史の選択基準と意味づ. また歴史の一部であるとすれば,子どももすでに. けの問題に関わる領域を調査したものだった。し. 歴史の生産者・消費者と考えてもよいだろう。子. かし, 「調査者側の主観が,かなり混入してくる. どもはこれまでの学校での学習(社会科,生活科,. 恐れ」 (日本社会科教育研究会,1971:223)があ. その他の教科や活動を含む)や,学校の外での学. るため,調査者が生徒の回答を突き詰めて分析を. 習を積み重ねる中で,上述の「歴史の正面図」や. 加えることは避けられた。つまり,客観的な情報. 「実用的な歴史」を含む何らかの歴史的思考を,す. を提供するための研究としての立場を守ったこと. でに教室空間に持ち込んでいる。今後の研究は,こ. になる。しかし,多様なリアリティが存在し,そ. のような前提のもと,子どもの実態を明らかにし,. こに調査者側の主観性が入り込むことを前提とす. その能力をいかに利用したり,いかに伸ばせるのか. る解釈主義の立場からは,この領域においてまだ. についての示唆を蓄積させるべきではないか。. 調査の進展の余地が残されていると言える。. それでは,主体的で民主的な歴史学習の実現の. そこで着目されるのが,英米歴史教育研究にお. ために,子どものどのような歴史的思考を明らか. いて90年代から着目されてきた Historical Signifi-. にすることが重要になるのか。それは,どのよう. cance(本稿では「歴史的意義」と表記する)と. な歴史のどの側面がなぜ重要か,なぜそれに学ぶ. いう概念である。これは先述した,子どもが様々. 意味があるのかといった,歴史の選択基準に関わ. な歴史的出来事や歴史的人物の何を重要だと考. る思考である。これは,どのような歴史を自分に. え,そこにどのような意味を見出すのかについて. 関わりのあるものと捉えるかという,子どもの学. の思考を表す概念である。英米においては,この. ぶ動機付けに関わるものでもある。それと同時に,. 概念を用いて解釈主義の立場から質的研究が行わ. 学習は学習者の既有枠組みに沿って行われる(米. れてきている。. 国学術研究推進会議,2002)ために,教師が提示. 本稿でも,質的研究として子どもの歴史的意義. する問いや教材が,子どもによって教師の意図と. についての思考について明らかにし(第2章〜第. は異なる形でその内容や狙いが理解される要因に. 4章),これを日本の理論的・思想的論考や他の. もなりうる。. 国・地域における調査結果と対比し位置付ける. ― 14 ―.
(3) 子どもは歴史の何を,なぜ重要だと考えるのか(鈩 悠介). (第5章),そして歴史的意義を用いる教育的可能 性について提案する(第6章)。. tive Template:以降, 「ナラティブ・テンプレー ト」と表記する)があることを Wertsch は発見 した。 ロシアにおける第二次世界大戦の語りには,. 2.分析枠組み. 世代間の歴史的知識の詳細さには差があれど, 「外. 2.1 歴史的意義. 圧 か ら の 勝 利(triumph-over-alien-forces ) 」と. 歴史的意義はもともとイギリスの歴史教育にお. いう,集団内に共有された文化的ツールとしての. いて方法的概念の一つとして生まれた。方法的概. ナラティブ・テンプレートが存在すると指摘し. 念とは,歴史家が過去を探究する際に用いる視点. た。 そ れ は 次 の よ う な も の だ っ た。(Wertsch,. や方法を概念化したものであり,歴史的意義以外. 2004:57,58). にも, 「時間(time) 」 「変化と継続性(Change &. ・ロシアの人々は他者による危険の無い平和な. Continuity) 」 「原因と結果(Cause & Consequence) 」. 状況に生きていたという「最初の状況」 。. などがある(菅尾,2017:川口ら,2019など)。. ・その状況が,外国の圧力や主体によって問題. 歴史的意義についての子どもの思考を調査して. や攻撃が始まることによって壊される。. いる主な研究者の一人の Seixas は「歴史的事象. ・そこから危機,大きな苦しみ,そしてほぼ完. は,現代のコミュニティの構成員が,それと他の. 全な敗北を迎える時代に至る。. 歴史的事象や,究極的には自分自身との関係性を. ・その時代は,ロシアの人々の勇ましく自力で. 引き出せた時のみ,意義を持つ」(Seixas, 1994:. の行いによる,外国の圧力に対する勝利に. 285)と指摘している。本研究においても,特定. よって乗り越えられる。. の歴史的事象について固定的・単一的な意義が存. 歴史的意義についての研究の多くもまた,この. 在するとは想定しておらず,学習者ごとに見出す. ナラティブ・テンプレートの概念を手掛かりとし. 意義は様々でありうると想定している。. て,その構成要素となる共通した語りのテーマを. この概念についての子どもの思考を整理する際. 子どもへのインタビューデータから抽出する研究. には,イギリスの歴史教育研究の調査の伝統に則. となっている。これまでの研究では,アメリカの. り,意義についての説明の形式に着目して,子ど. 国の始まりや社会的・技術的進歩を語りに組み込. もの思考を未熟なレベルから洗練されたレベルへ. む「自由と進歩」のテンプレート,シンガポール. と整理するもの(Seixas, 1997; Cercadillo, 2001. の国の始まり・死と犠牲・敵や逆境に対する勝. など)と,アメリカの歴史教育研究の調査の伝統. 利・現在も続く危機を語りに組み込む「逆境を乗. に則り,「何をなぜ重要だと考えるか」に着目し,. り越える」テンプレート,韓国の苦難の追憶・苦. 子どもの歴史の語りに含まれる社会的文化的意味. 難を乗り越える苦闘・国の政治的発展を語りに組. に 着 目 し て 整 理 す る も の(Barton & Levstik,. み込む「悲劇・苦闘・発展」のテンプレートなど. 1998;Epstein, 1998など)が存在する。本研究は. が 指 摘 さ れ て い る。 (Barton & Levstik, 1998;. 先述の内容選択や学ぶ意味に着目するため,後者. Yeo, 2015;Kim, 2018). のアプローチを採用する。. 本研究においても,子どもの歴史的意義の応答 の背後に共通したいくつかのテーマが存在し,そ. 2.2 ナラティブ・テンプレート. れがナラティブ・テンプレートを構成するという. ナラティブは世界についての解釈を系統立てて. 仮説に基づいて,子どもの応答を分析する。. 意味付ける行為である(ブルーナー,2016)。本. ナラティブ・テンプレートやそれを構成する. 稿も,なぜその歴史を重要だと考えたのかについ. テーマという形で子どもの応答を集約・抽象化す. ての子どもの説明を一種のナラティブとして扱う。. ることで,本研究は,子どもが単に歴史に関する. 歴史に関するナラティブには,多種多様な個別. 知識が不十分であったり間違っている存在として. 具体的なナラティブだけでなく,それらの背後に. ではなく,歴史的事象に意味づけを行う能動的な. ある共通した語りの枠組み(Schematic Narra-. 存在として子どもを描き,その際に子どもが寄っ. ― 15 ―.
(4) 社会科研究 91,2019. 表1 重要であると生徒が選択したペアの数. て立つ枠組みを明示化できる。 以上の点を念頭に置き,本研究は日本の中学校. 各学年. の生徒は歴史的事象の重要性と意味をどのように. 1年 2年 3年 第二次世界大戦. 語るのか。その説明の背後にあるテーマやナラ ティブ・テンプレートは何かを明らかにする。. 3.調査方法と分析方法. 5. 5. 合計 5. 男. 女. 計. 7. 8. 15. 日本国憲法. 4. 4. 5. 6. 7. 13. 文明開化. 4. 4. 4. 5. 7. 12. 稲作の普及. 3. 3. 3. 5. 4. 9. 東京オリンピック. 3. 3. 3. 3. 6. 9. 3.1 調査方法. 女性運動. 3. 2. 3. 3. 5. 8. 本研究は,先述の通り,歴史的意義についての. 渡来人との交流. 3. 1. 3. 5. 2. 7. 特にアメリカの調査研究において確立された手法 を参考にしたものである。 調査は2016年6月から2016年11月までに実施し た。調査対象は小学校での歴史学習を最初に一通 り学習した後の1年生から3年生の中学生とし た。中学校の選択基準としては,大幅な歴史教育 のカリキュラムや指導法のアレンジをしていない こと,授業中に話し合いを行う雰囲気作りができ ている学校であること,調査の形式上,1クラス あたりの人数が少ない学校であることとした。. ペリーの来航. 3. 2. 2. 3. 4. 7. 大仏. 2. 2. 1. 3. 2. 5. 室町文化. 4. 0. 1. 2. 3. 5. 解体新書の出版. 3. 1. 1. 3. 2. 5. 江戸幕府の成立. 0. 2. 3. 2. 3. 5. 鎖国. 2. 1. 2. 3. 2. 5. 竹島の歴史. --. 2. 3. 4. 1. 5. キリスト教の伝来. 0. 2. 2. 0. 4. 4. 明治維新. 0. 2. 2. 2. 2. 4. 縄文土器. 2. 1. 0. 1. 2. 3. 大日本帝国憲法. 2. 0. 1. 1. 2. 3. 関東大震災. 1. 1. 1. 1. 2. 3. 調査対象となる子どもを選ぶ基準としては,1. 大化の改新. 0. 2. 0. 1. 1. 2. 年生は1クラス全ての子ども(11名)を対象とし,. 遣唐使の廃止. 1. 0. 1. 2. 0. 2. 2年生と3年生は,インタビュワーとのコミュニ ケーションを苦としないこと,多様な学力の子ど もを選定することを条件に,調査協力者の教員に. 織田信長. 1. 1. 0. 0. 2. 2. 足尾鉱毒事件. 0. 2. 0. 1. 1. 2. 日露戦争. 1. 1. 0. 1. 1. 2. 日本の植民地支配. --. 1. 1. 2. 0. 2. それぞれの学年で10名ずつ選定してもらった(合. 日中戦争. 2. 0. 0. 0. 2. 2. 計,男子15名,女子16名)。. 卑弥呼. 0. 0. 1. 0. 1. 1. 調査は,社会科の授業時間50分の中で,タスク・ ベースの半構造化インタビューを行うことで実施 した。本研究は子ども個々人の歴史の知識の有無 を調査することよりも,子どもの間で相互に了解, 納得される語りを引き出すことに主眼を置く。ま た,リラックスをさせて応答の質と量を上げるこ とも重要になる(Barton, 2005)。そのため,子 どもは2人のペア(中学1年生の1グループのみ 3人)になり,様々な歴史的事象や人物を表した カード40枚から,重要な歴史であると考えるもの 10枚を選択する(カードの一覧は後掲の表1を参 照)。なお,10枚に収まらないと考えたペアに対 しては11枚目を選択させた。. 古墳の出現. 1. 0. 0. 1. 0. 1. 大和朝廷の出現. 0. 1. 0. 0. 1. 1. 鎌倉幕府の成立. 0. 1. 0. 1. 0. 1. 樋口一葉. 0. 1. 0. 1. 0. 1. 日清戦争. 1. 0. 0. 0. 1. 1. 豊臣秀吉. 0. 1. 0. 0. 1. 1. 従軍慰安婦. --. 0. 1. 1. 0. 1. 手塚治虫(漫画). 0. 1. 0. 0. 1. 1. ファミコン(ゲーム機) 0. 0. 1. 0. 1. 1. 聖徳太子. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 源氏と平氏の戦い. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 元寇. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 日米修好通商条約. 0. 0. 0. 0. 0. 0. (「竹島の歴史」「日本の植民地支配」「従軍慰安婦」については1 年生を対象とした調査では用いていない). インタビューは筆者を含めた教育学専攻の大学. 選んだ理由や他のカードを選ばなかった理由,加. 院生がそれぞれのペアに対して1人が対応する形. えて,重要だと考える時代や歴史を学ぶ意味と. で行った。インタビュワーはそれぞれのカードを. いったより広範な質問を行った。カードに含める. ― 16 ―.
(5) 子どもは歴史の何を,なぜ重要だと考えるのか(鈩 悠介). 表2 生徒のカード選択の理由付けの分類. 歴史的事象や人物を決定するにあたっては,平成 20年度版学習指導要領(社会)や教科書や,これ までの歴史的意義の思考に関する海外の研究を参. カテゴリー. テーマ. (括弧内は応答の回数)(括弧内は応答の回数). 照した1, 2)。. 技術・文化の発達(28) 現在を成り立たせるもの(71) 平和になった(19) 権利と自由の拡大(14) 生活上の必要性(10). 3.2 分析方法 インタビューは全て録音し,文字起こしを行. 技術・文化の流入(30) ソトとの関係性(66) 外国との交流(20) 外国との対抗(16). なった。そして文字起こししたデータを切片化し, 子どもがなぜそのカードを重要だと思うのかとい う観点からオープンコーディングを行なった。. 継続性(25) ウチなる自立性(62) 国の制度の形成(21) 協力と統率(11) 文化の独自性(5). オープンコーディングを行う中で見出された共通 点をカテゴリとして生成した。その後,生成した カテゴリ同士の共通項や関係性を探り,より大き なカテゴリをテーマとして生成した。カテゴリや. そのほか(30) 死や犠牲(14) 有名だから(8) 戦争の原因になった(5). テーマ間の関係性を整理してナラティブ・テンプ レートを生成するにあたっては,これまでの歴史 的意義の思考についての研究結果と,質的研究一. 一番最初の歴史(2) 当時の人々にとって重要(1). 般の方法論としてメリアム(2004)やグラハム (2017)などを参考にした。. あった。上述した歴史上の人物のカードは,これ. 4.調査結果. らの子どものもっていた歴史的意義についての. 表1に示すように,全てのペアが「第二次世界. テーマ=判断基準を用いても,結果的にその意義. 大戦」を選択し,ついでほとんどのペアが「日本. が理解しにくいものであったと思われる。 以下は,. 国憲法」「文明開化」「稲作の普及」といったカー. それぞれのテーマにおける子どもの応答の特徴を. ドを選択している。対照的に,「聖徳太子」「源氏. 取り上げる。なお, [ ] カッコはカード名を, 「 」. と平氏の戦い」「元寇」「日米修好通商条約」はど. カッコは子どもの応答の引用を示している。. のペアも選択することはなかった。 全体的な傾向としては,「卑弥呼」「聖徳太子」. 4.1 テーマ1「現在を成り立たせるもの」. 「織田信長」「豊臣秀吉」などの歴史上の人物が比. 子どもが見出す主要な基準の一つは,その歴史. 較的選ばれにくい傾向にあったことが興味深い。. 的出来事や人物によって現代的な生活がどれだけ. 小学校歴史学習の人物学習によって,これらのカー. 可能になったのか,もしくは現代的な生活を象徴. ドが選択されやすいことを,筆者を含む調査者側は. しているかどうかである。学年や性別を問わず,. 可能性の一つとして考えていたためである。. 全てのペアの子どもがこの基準を複数回用いて意. 表2は,子どもの応答から生成されたカテゴリ とテーマを一覧にしたものである。なお,カテゴ リやテーマを生成するにあたっては,表2に示し. 義を判断していた。調査における子どもたちは, 「今(につながる) 」や,また「これがなければ… はなかった」のような反実仮想を用いた説明をし. たカード選択の理由だけでなく,他のカードを選. た。. 択しなかった理由についての子どもの応答も加味. とりわけ,多くの子どもは,現代社会と歴史上. している。. の技術的・文化的な発展を結びつける時に,意義. 子どもの応答の多くは表に示すように「現在を. を見出した。 [文明開化]を選んだ子どもは,そ. 成り立たせるもの」「ソトとの関係性」「ウチなる. れまでの日本は「まだちょっと明るくない」状態. 自立性」というテーマを要素としたナラティブで. で, 文明開化によって「今みたいなかんじ」の「普. ― 17 ―.
(6) 社会科研究 91,2019. 通の服,洋服」になっていったと説明した。他の. 他にも,現在の生活を送る上で必要だと感じる. 子どもも,「現在の生活に文明開化で取り入れら. ものを与える歴史的事象は幅広く選択された。 [稲. れたことが残っているので」知っておいた方がい. 作の普及]は「今の日本の主食」であるから重要. いと説明した。 [渡来人との交流]が重要だと考. とされ,また[文明開化]も「衣服や食生活が一. えた子どもは, 「建築とか焼き物とかの技術が発. 気に変わったから」重要であり,それが重要なの. 展したから,そういう技術系って大事かな」と述. は「今に近づいた」からであり,また「今が十分. べた。また, [稲作の普及]についても「今 …日. な生活になれた」 からであった。 [渡来人との交流]. 本では,農業が盛んに行われているので」農業が. を選んだ子どもは「現在使っている文字がここで. 始まったということは知っておいたほうがいいと. 伝わってきた」から重要だと選択した。. 考えていた。多くの子どもは[ファミコン]をた. 一方で,このような現在の生活についての必要. だの娯楽であり重要な歴史ではないと考えたが,. 性という判断基準は,歴史の出来事の意義や重要. 例外的に選択した子どもは,日本企業の発達の象. 性を判断したり退ける際にも用いられた。[大仏]. 徴としてファミコンを捉えていた。. を選択しなかった子どもは「大仏があってもなく. また,現在の日本が平和であることや,反戦の. ても,私たちは,別に,ちゃんとできてた」と考. 教訓を得たことも重要であると考えていた。特に,. えた(対照的に, [大仏]が現在の信仰の始まり. 全ての子どもが選んだ[第二次世界大戦]や2番. であると考えた子どもは選択した) [関東大震災] 。. 目に多く選ばれた[日本国憲法]のカードを選ん. はこの点で特徴的で,ある子どもはこの震災に. だ時にこの理由付けがなされた。ある子どもは[第. よって「人の注意意識が変わったんじゃね」と推. 二次世界大戦]がなければ「戦争の怖さがわかっ. 測したが,ペアの子どもが東日本大震災によって. てない」と説明し,[日本国憲法]によって日本. 以前死者が出ていることを指摘したことを受けて,. は「平和主義になって,戦争とかをしないように. その重要性について「特に無いかな」と考えた。. なった」と考え,そのことについて「一番現在に. またこの基準は結果的に,歴史の解釈の多義性. 近くなった」と付け足した。また[東京オリンピッ. や曖昧さを感じる事象を排除する効果も持ってい. ク]を選択した子どもは,それまで「『戦争だ』. た。[卑弥呼]を選ばなかった理由についてある. とか思っとった」日本から,「平和でいたい」「や. 子どもは「いたかどうかってのもあんまり分かっ. さしくなった」日本に変わったと説明した。対照. てないから,そんな,現代に影響を与えているの. 的に,[日清戦争]や[日露戦争]について,「こ. かなって思って,外しました」と説明していた。. の戦争が終わっても,戦争の怖さをみんながわ. このように,歴史的人物や事象の存在が疑われた. かってなかったから」重要ではないと答える子ど. とき,子どもは現代の生活における必要性や関わ. ももいた。. りそのものを疑い,結果として重要では無いと判. 権利と自由の拡大もまた子どもが現在を説明す. 断される可能性がある。. るときに用いた観点である。 [女性運動]について, ある子どもは「この運動が無かったら,多分です. 4.2 テーマ2「ソトとの関係性」. けど,今も女性と男性では結構な差別があったと. 日本と外国との関係性の変化やその結果に着目. 思う」と説明した。また別の子どもは,「学校制. することもまた1つ目の基準と同程度にみられ. 度ができた」から[明治維新]が重要だと考えて. た。全てのペアの子どもがこのソトとの関係性に. おり, 「今,普通に勉強できている」から重要だ. 最低1回は着目していた。. と考えた。そして,[大日本帝国憲法]を選んだ. 半数以上の子どもは,歴史的出来事の結果とし. 子どもは,「今は…国民を中心にして考えている. て日本が外国とより交流を深めたことを指摘し. けど,昔は,天皇中心の考えであったから,日本. た。例えば, [ペリー来航]や[東京オリンピック]. がどういうふうにしてこういう今の状態になった. がこの観点から選ばれた。ある子どもは, [ペリー. 3). かがわかる憲法」だから重要だと考えていた 。. 来航]の意義は, 「今まで鎖国してたのが,ペリー. ― 18 ―.
(7) 子どもは歴史の何を,なぜ重要だと考えるのか(鈩 悠介). が来て,なんか今も貿易が続いているみたいな点」. ていたかどうかに関わると考えていた。. にあると説明した。 [鎖国]を選んだある子どもも,. [従軍慰安婦]は「よくわからない」という理. 「100年ぐらい,オランダと中国だけで貿易して」. 由から基本的に選ばれることはなかった。その中. 「日本人の日本語を教えてあげて,オランダ語を. で唯一これを選択した子どもは,「一番忘れちゃ. 教えてもらって,だから,その2つの国との関係. いけない歴史」と表現し,そう考えた理由につい. が,深まったところ」だから重要だと考えた。[大. て, この出来事の前後で 「世界的に」 「流れが変わっ. 仏]は選択したが[古墳]は選択しなかった子ど. た」と表現した。. もは,その理由について「古墳は,あんまり観光. 多くの子どもは,海外との交流と現在の社会を. 地になってないから」であり,[大仏]は「世界. 結びつけたり,交流から得た技術や文化が現在に. 中から,色んな人が来たり」「日本を発信できる」. 恩恵をもたらしていることを指摘した。 対照的に,. から重要だと考えた。[卑弥呼]を例外的に選択. [日米修好通商条約] を選択した子どもはいなかっ. した子どもは, [卑弥呼]によって日本が魏など. た。[日米修好通商条約]を選択しなかった理由. の外国との交流を深めた点に着目していた。. について,子どもは,現在その条約は効力を持っ. また,多くの場合,交流を深めた結果として外. ていないこと,またアメリカにとって有益であっ. 国から日本へ技術・文化が流入したことも言及さ. たことを指摘していた。この意味で,外国との関. れた。[渡来人との交流]は「日本の外からその,. 係性というテーマは,一つ目の基準となる現在を. 技術とかが日本に入ってきたから」重要だと考え. 成り立たせるものに関わる要素として注目される. た。[ペリー来航]を選んだ子どもは,「ペリーが. テーマであるといえる。. 来て,開国を求めて,条約を結んで,その外国の 自由な空気を求めて,色んなものが入ったり」し. 4.3 テーマ3「ウチなる自立性」. たと説明し,この自分の説明について「外国のも. 子どもは,世界と日本の関係性を重視するだけ. のを取り入れた系」と自己分析しており,取り入. ではなく,日本国内の事象にも目を向けたが,そ. れた結果,日本は「良くなった」と考えていた。. れらの事象は一つの自立性を持つ国としての日本. また,[稲作の普及]について,「今の主食のもと. のイメージをもたらすものだった。. となったものだから。大きい国から伝わってきた. 子どもは国としての制度が整ったことに着目し. こと」が重要だと考える子どももいた4)。. ていた。憲法については,特定の権利を保障する. また,外国(多くの場合は当時や現在の強国). ものというよりは,それが制定されたという事実. に対抗したり,外国と互角になったりしたことを. それ自体の意義がしばしば強調された。例えば,. 指摘した子どももいた。例えば,ある子どもは[東. [大日本帝国憲法]を選んだ子どもは,それまで. 京オリンピック]は日本が「世界に力を示」した. は日本に 「ちゃんとした決まりがなかった」 が, 「あ. から重要だと考えた。また別の子どもも,原爆を. る程度はこれで,なんとか国が治まった感じ」と. 落とされた後の日本がオリンピック開催国に選ば. いうイメージを持った。 [日本国憲法] についても,. れたことが,日本が成長し「経済的にも,世界に. 現在の日本が平和になったことの要因や象徴とし. も,やっぱ追いついてきた」ということがわかる. てだけでなく, 「働くことの基準とか,差別をし. から, [東京オリンピック]が重要だと説明した。. てはいけないとか, 決まりがちゃんとできて, ルー. また[明治維新]を選択した子どもは,当時の人々. ルを守りやすくなった」「日本での,やっていい. が「外国に対する…脅威に対抗していこうってい う,その警戒心が芽生えた」ことや,当時の人々. ことといけないこと」といった,幅広い規則の制. が建築物の変化などから「新しく文化が入ってく. いた。 [江戸幕府]を選択し,武家諸法度など制. ることに違和感」を感じただろうと考えた。[第. 度を多く確立させたことを「すごいな」と考えた. 二次世界大戦]を選択した子どもは,この戦争の. 子どもは,「全国を統治していくために」それら. 結果が,現在「日本が自分で守れるように」なっ. が重要だったと考えていた。. 定を象徴するものとして子どもは意味を見出して. ― 19 ―.
(8) 社会科研究 91,2019. 制度的側面だけでなく,人々の協力と統率をも. でやってたことが,多かったと思うんで,そこで. たらしたものという観点から幅広くカードは選択. なんかやっぱり,その,国の中心みたいなのが作. された。[稲作の普及]は「人と人が協力している」. り上げられたのかなーって思って」と補足した。. から重要であった。[大仏]は貴族の反乱を鎮め. このペアの子どもは,文明開化を選択した理由に. たから,もしくは「色んな人が働いて作ったもの… 昔のものが今も残っているということはすごいこ. ついて説明した際にも, 「鎖国の後で,色んな文. となんで,今も大切にされているんじゃないか」. 中っていうか,中枢を残したまま,海外の文化も. 化が入ってきて,…鎖国の間にできた日本の真ん. と考えていた。協力と統率の観点から歴史的人物. 入れていってて,っていうところがあったから重. の功績について読みかえる子どももいた。[豊臣. 要なんじゃないか」と説明した。. 秀吉]の意義について改めて考える際に,ある子. そして,これらの国の制度,人々の秩序,継続. どもは「実際この人が全国の統一したり,刀狩令. 性といった要素の多くが,現在を成り立たせるも. を出したりできたのは部下のおかげですし,一人. のの前提としても表現された。[明治維新]を選. でできなかったこと」だから,[豊臣秀吉]は選. 択した子どもは,「学校制度もあったから今の学. ばなかったと説明した。. 校が出来始めたのが大事かな」 と考えていた。 [日. また,継続性は子どもが意義を見出すきっかけ. 本国憲法]を選んだ子どもは,今の社会に「効力. になっていた。ある子どもは,日本国憲法は「1947. がある。直接関係があると思う」から重要だと考. 年から,今現在までずっと続いているもの」だか. えていた。 [江戸幕府]を選んだ子どもは, 「かな. ら「学んでいって守っていかないといけない」と. り長く続いたので,それなりのことをしたから」. 考えていた。この子どもは[大仏]は今も残って. 「人をまとめて,崩れないようにしていった」と. いるものだからなぜ残っているかを知っていた方. 指摘し,ペアの子どもも「長く続いたらその分作. が良いと考えていた。[ファミコン]を選ばなかっ. るルールの数とかも違って,それによって今の常. た子どもは,これが「最近」のものだから選ばな. 識ができているから」と答えた。[稲作の普及]. かったとしており,「1000年とか経ったらすごい. を選んだ子どもは, 「今の主食のもととなったもの. 文化になっているかもしれない」 と述べている5)。. だから。大きい国から伝わってきたことが」 と答え,. 子どもは日本の外国との交流だけでなく,国の 独自性も重要視した。[鎖国]を選んだ子どもは,. 「2000年前なのに」と補足し,ペアの子どもがこれ を引き継ぎ「まだ続いている」と補足した。. これで江戸時代は一部の国としか交流せず,外国 から遅れてしまったが,「江戸独特の,外国とは. 4.4 その他:死や犠牲について. 違う暮らし方とかが出来たから」重要だと考えて. 歴史的出来事や人物についての死や犠牲,また. いた。[室町文化]を選んだ子どもは,「日本特有. それらに対する人々の抵抗への言及もしばしばみ. の文化」 が生まれるきっかけであると考えていた。. られた。しかし,それらの言及がなされる文脈は. そのような独自性がまた,外国との交流の前提. 限られたものだった。. にあると説明した子どももいた。ある子どもは[鎖. [日露戦争] , [日中戦争] , [関東大震災] , [足尾. 国]について「長い間やってたから,そのあとの. 鉱毒事件] , [従軍慰安婦]など,人々の死や犠牲. 色んなことに繋がったのかなと思った」と述べ. を伴う歴史的出来事の中で,子どもが死や犠牲を. た。その意味について詳しく話すように求められ. 歴史的出来事の重要性として言及したものもあっ. ると,その子どもは「この期間は外国と関わって. たが, その大部分は[第二次世界大戦]であった。. いなかったから,その分,周りの文化と離れてて,. そして,犠牲は現在を成り立たせる要因でない. そのあともう1回,繋がったから,自分たちの文. と考えられると基本的には重要とはみなされな. 化っていうのが,多く残ってたのかなって」と語っ. かった。例えば[第二次世界大戦]では,子ども. た。そしてそのペアの相手の子どもも「僕も,同. の多くはその後に日本が平和になったことを含め. じように,やっぱりその,長い期間自分たちだけ. て意義として捉えていた。対照的に,ある子ども. ― 20 ―.
(9) 子どもは歴史の何を,なぜ重要だと考えるのか(鈩 悠介). は前述のように[日清戦争]や[日露戦争]につ いては「戦争の怖さをみんなが分かってなかった から」「意味がない」と考えた。同様に,[関東大 震災]の意義について考える際に,ある子どもは 戸惑いつつ「自然で起きたことだから,なんか仕 方ないといったら可哀想だけど…」といった形で 重要性を感じられないと説明していた。別の子ど. 図 「島国人として生きる」テンプレート. もも, [関東大震災]についてその後の日本に対 する良い影響を探そうとしていた。 被害に直面した個人の抵抗も同様に「現在を成. 5.考察. り立たせるもの」という判断基準と対立した。[足. 総じて,歴史的事象の持つ意義について考える. 尾鉱毒事件]について触れた子どもは,田中正造. 際,子どもは事象それ自体だけでなく,それがも. が政府に公害を訴えたことについて「あの勇姿は. たらした結果,とりわけ現代社会に与える影響に. すごいっすね」とコメントしたが,ペアの子ども. 着目していた。この調査結果は,第2章において. は「結局止まったか止まってないんかかな,重要. 示した Seixas(1994)の調査における指摘と共. なのは」と述べた。そして田中正造の存命中には. 通したものであり, そして「子ども一人ひとりが,. 公害が終束しなかったと知り,これを重要ではな. 歴史に意味を与える主体」であり「過去と現在と. いとした。対照的に,「そのおかげで,中国もば. の対話を歴史教材構成の次元においても保障して. んばん公害出とるけど,けど日本はそれが一回. いく」 (森分・片上,2000:216)という考え方に. あったから今なんか落ち着いて」いると考えた子. 立つ歴史教育を支持するものでもある。しかし同. どもは[足尾鉱毒事件]を選択した。. 時に本調査は,過去と現在のつながりを考える中. [日清戦争],[日露戦争],[日本の植民地支配]. で,子どもはある歴史的事象が現代社会に良い影. といった,他国の被害に注目した子どもがごく少. 響を与えているとみなしたとき意義を認めやすく,. 数であっただけでなく,[日米修好通商条約]の. そのように解釈できない歴史を重要ではないと排. ように,日本が不利な立場にあったと言及した場. 除したり読み替えたりする可能性をもつことも示. 合においても,現在は解消されているという点や,. している。 「現在を成り立たせるもの」というテー. 「あってほしくなかった」という観点から,重要. マに含まれる子どもの応答がこれを示している。. なカードとして含めることはなかった。. それだけでなく,本調査における子どもは,国. これらの点を総合して考えると,死や犠牲,そ. 内(ウチ)においては,人々の協力・文化の独自. れらに対する抵抗といった事象は,本研究の子ど. 性・制度的形成などに着目することで,自立した. もたちの間ではここまで扱ってきたような第一義. 一つの国としての日本を描いた(「ウチなる自立. 的な基準ではなかった。. 性」 ) 。国外(ソト)においては,外交の促進・技. 例外は,明確な過ちとして言語化できたときで. 術や文化の流入・外国との対等な関係性などに着. ある。 [関東大震災]を選択した子どもは,誤っ. 目することで,国際社会の中に確かに位置づく一. た情報によって当時の朝鮮人や中国人が殺された. つの国としての日本を描いた( 「ソトとの関係. 点に着目し,それについて当時「差別が,一番大. 性」 ) 。これらのテーマはときにお互い補完しあい. きかったんだと思う」や「このことは覚えておい. ながら,上述の「現在を成り立たせているもの」. て,勝手に物事を決めつけて進んでいってはいけ. という結論を導く前提として機能していた。ウチ. ない」とコメントした。[関東大震災]について,. とソトの異なる観念を,現在を説明するために. 「大震災が起きたりしただけじゃろ」と考えた子. 用いるこの枠組み(上図)は,いわば「島国人. どもも,直後に「あーでもなーこれ事件が起きた. として生きる」テンプレートと名付けられるも. けんなー,中国人が殺されまくられる」「理不尽. のではないだろうか。これが本研究の成果の全. な気がする」と判断を覆そうとしていた。 ― 21 ―.
(10) 社会科研究 91,2019. 体像である。. きる」と結論づけた(内田,2009:3, 9) 。. 調査時において中学校歴史学習が始まる前で. その辺境性とは, 「ここではないどこか,外部. あった1年生から歴史学習を終了させていた3年. のどこかに,世界の中心たる「絶対的価値体」が. 生にいたるまで,子どもの応答の内容の上述の傾. ある。それにどうすれば近づけるか,どうすれば. 向性には変化が見られなかった。学年間の差異が. 遠のくのか,もっぱらその距離の意識に基づいて. はっきりと見られないことは,歴史的意義に関す. 思考と行動が決定されている。 」ことであり, 「状. る子どもの思考を社会的文化的意味に着目して整. 況を変動させる主体的な働きかけはつねに外から. 理する Barton(2005)などの先行研究においても指. 到来し,私たちはつねにその受動者である」とす. 摘されている。これらを踏まえると,本調査の子ど. る自己認識の仕方であり,伝統的な「変わり身の. もにおいて,歴史的意義についての子どもの判断に. 早さ」 (=「私たちは変化する。けれども,変化の. 関わる思考は直近の中学校の歴史学習以外の要素に. 仕方は変化しない」 )である。 (内田,2009:44, 53). よって形成されている可能性が示唆される。. 内田も自ら述べるように,これは学術的厳密性. 本研究はケーススタディであり,抽出された. を欠く論考ではある。しかし,本稿とは異なる手. テーマが日本の中学生の応答として普遍的に見ら. 法を用いて,本稿と同じく文化的テーマを発見す. れるという一般化をすることには限界がある。ま. ることを志向した研究が,調査結果における「ソ. た,外部の大人であるインタビュワーと生徒の関. トとの関係性」を裏付ける思想性を指摘している. 係が, 「正しい答えを見つける」といった意識を. ことを踏まえると,今回の子どもの応答は学校教. させた可能性もある。調査の文脈に含まれる地域. 育のみならず,より広範な社会文化的な影響のも. 性や,時代性の問題もあるだろう。これらの限界. とに現れた結果であると考えた方が正確であろう。. 性はあるものの, 「読者あるいは利用者の側の一. さらに,今回の調査における子どもの応答を他. 般化可能性」 (メリアム,2004)を含むことがで. の国や地域のそれと比較すると,世界と全く異な. きていると考えたとき,今回の調査結果が,これ. るような文化的特殊性を子どもが持っているわけ. までの研究のどのような知見を支持し,そしてど. ではないことが推測される。例えば,これまでに. のような知見をさらに提供しているかについて考. 歴史的意義について調査してきた研究のうち,権. 察したい。. 利や自由の拡大や技術的進歩といった歴史の進歩. 日本の学校の歴史教育の形が子どもの認識に与. 的な側面を重視したアメリカの子どもの応答. える影響について原理的に考察を加えた論文とし. (Barton & Levstik, 1998)と, 今回の子どもが「現. ては,森分(1986)が挙げられる。森分は,歴史. 在を成り立たせるもの」という側面に着目したこ. 教育において歴史の事実それ自体を教えることに. とは共通している。また,一見進歩にそぐわない. 価値を置く形での通史教育によって,「現状肯定. 出来事であっても進歩的な側面から意義を語った. 改良主義」的な歴史観が注入される危険性につい. 点もまた共通している。一方,アメリカの子ども. て示唆している。今回の調査における子どもの歴. のように自国の優越性を強調することは今回の調. 史の意義の見出し方もまた, 「現在を成り立たせる. 査結果からは得られず,むしろ現在を成り立たせ. もの」のテーマに現れているように,大枠ではこ. るものをもたらす要素としてソトとの関係性に着. の指摘に合致した応答となっているといえよう。. 目する点は,今回の研究の特徴的な応答だった。. しかし,このような見方が学校の歴史教育が通. こ の 点 に お い て は,Levstik(2001) が 示 し た,. 史教育という形をとっていることのみに原因を求. 自国と西洋世界との互恵的関係を重要視した. めることは避けるべきである。思想家の内田は,. ニュージーランドの子どもの応答に近く,世界にお. 日本の「相互にまったく関連のなさそうな文化的. ける強国との位置関係が歴史的思考に影響を与えて. 事例を列挙し,そこに繰り返し反復してあらわれ. いるとする Levstik の主張を本稿は補強している。. る「パターン」を析出すること」を試み,「日本. 一方で,本稿の子どもの応答に比べ,北アイル. 人固有の思考や行動はその辺境性によって説明で. ランド,シンガポール,韓国といった国や地域の. ― 22 ―.
(11) 子どもは歴史の何を,なぜ重要だと考えるのか(鈩 悠介). 子ども(Barton, 2005:Yeo, 2015:Kim, 2018). が学ぶ動機を得られることは,主体的で民主的な. の応答は対照的である。これらの国々の子どもは. 歴史学習の一条件であろう。. 歴史的意義の主要な判断基準(テーマ)として死. しかし同時に,教師はこういった子どもの見方. や犠牲の大きさに着目しており,それゆえ,これ. を拡張させる必要もある。なぜなら,社会科の目. らの国や地域の子どもは,多くの人々が死んだり. 標に照らして重要な歴史であると教師が考えるの. 犠牲になったタイタニック号の沈没といった事故. であれば,取り扱う必要があるからである。その. や大火災などの過去の悲劇的な出来事に注目して. ため,教師は子どもにメタ認知させつつ,さらに. いた(これらの研究は,学校内外で犠牲を記憶す. 「何故そのような歴史の見方を私たちはするの. る国家行事や学校行事を子どもが経験していると. か?」 「自分たちの歴史の見方はどのような歴史. いう社会文化的背景を指摘している)。これらの. を排除してしまうのか,その排除された歴史に本. 子どもとは対照的に,本研究での死や犠牲に関す. 当に意味はないのか?」 「他の国々での人々と歴史. る子どもの応答は,条件付きで限定的なものであ. の関わり方にはどのようなものがあるのか?」と. り,教師が単純に死や犠牲に関する出来事を提示. いった問いを通して子どもの見方を絶えず揺さ振. するだけでその意義を共有することの限界性と教. ることが必要になるだろう。その上で,教師は歴. 師による教育的介入の必要性を示している。. 史をなぜ学校で学ぶのかについてのエイム・トー クを子どもとともに行う必要があるのではないか。. 6.結論 少なくとも中学校段階において,子どもは歴史 について重要かそうでないかを判断して語る力が ある。しかもそこには,単に「好きだから」「何 となく」といった理由ではなく,子どもなりの理 路と意味づけが存在する。社会科の教師は,単に 歴史の内容だけでなく,それに対するこの子ども なりの歴史の見方もまた一種の教材にすべきだと いうのが本稿の最終的な主張である。 その前提として,教師は子どもの歴史の見方を メタ認知させることが必要だろう。その方法とし ては本研究のように,歴史のカードを用いて話し 合わせる活動も考えられるし,幼い子どもに向け た歴史教科書をつくるという文脈でどの歴史を載 せたいかといった活動をすることも考えられる。 こういった活動を通して,歴史は単なる過去の出 来事の集合体ではなく私たちの持つ歴史の見方が 含まれるということがわかる必要がある。 教師はこういった活動を通して発見される子ど もの見方を,授業を組み立てる一つの根拠として 利用できるだろう。例えば,もし本研究の子ども らと同様のテーマやナラティブ・テンプレートが そこに見られるのであれば,過去の歴史的事象を 取り上げる際に,それと現代における生活や日本 と世界とのつながりといった観点から提示して学 習の動機付けにすることができるだろう。子ども. 【註】 1)調査対象の人数は歴史的意義についての海外の調 査研究の平均程度である。用いたカードの枚数は海 外の調査研究の平均よりも多いが,予備調査を踏ま え子どもが全てのカードに意識を配れる範囲と判断 した(これまでの研究でもカードの説明文を読むか どうかは子どもに任されている) 。これまでの海外 の研究において子どもに選択させるカード枚数は全 体のカード枚数の3分の1強から4分の1程度であ る。ここから逸脱しない範囲で,予備調査の実施を 踏まえ,選択枚数は10枚が適当と判断した。なお, 調査に与えられた50分という時間の制約上断念した が,選択した10枚のカードを更に序列付けさせてそ の理由を問うこともありうる。 2)カードを用いないで調査する場合,かえって直近 の学習経験に回答が縛られる可能性が指摘されて いる。また,本研究のように子どもが普段話し合 わない思考を抽出する場合は直接インタビューす るよりも誘出法を用いたほうが内容豊かなデータ が 引 き 出 せ る こ と が 指 摘 さ れ て い る。(Barton, 2005, 2015) 3)女性の権利が制限されたことが重要だと考える子 どもも1ペアいたが,そのペアの子どもも現在の 男女の格差について「マシになった」と説明して おり,全体としては権利が拡大してきたと考えて いる。逆に,権利の制限という観点は,ある歴史 的出来事が重要ではないと考える理由付けに用い られることもあった。 4)1つのペアの子どものうち一人のみ,他の多くの 子どもと異なり, [解体新書]について, 「もともと, 海外にあったものだから」あまり重要では無いと 考えていた。. ― 23 ―.
(12) 社会科研究 91,2019 5)一方で,現在にまで続く問題の継続性に直面した とき,そのカードを排除する子どもと,重要だと 考える子どもの両方がいた。 [女性運動]を選択し た子どもは,「今まで差別されとったこと」を後世 に残すことを重要だと考えており,それについて 「今も女の人は家の中みたいな先入観」があり, 「そ の時代も似たようなこととかを,その時からもう 続い」ていたことを重要視した。この子どもは[従 軍慰安婦]について「外国人を差別するような, そういう考えが植民地時代から続いて」いたこと を指摘した。他方,[女性運動]については,「今 も問題になっているし」と答え,「そこにつぎ込む 時間が今もいるし」と答えた子どもや,同様に, 「こ こでなくても戦争の後とかだったら,別の件でこ ういう運動があったかもしれないから」選ばない 子どももいた。. 【引用・参考文献】 池野範男(2006) 「市民社会科歴史教育の授業構成」全 国社会科教育学会『社会科研究』第64号,pp.51-60. 内田樹(2009)『日本辺境論』新潮新書 宇都宮明子(2018)「歴史意識を育成する歴史教育論 に基づいた日本史授業開発」『佐賀大学教育学部研 究論文集』第2集第2号,pp.19-35. 小栗優貴(2018)「合意形成に向けた多元的選択肢を 構築する歴史学習」社会系教科教育学会『社会系教 科教育学研究』第30号,pp.137-146. 川口広美・城戸ナツミ・青本和樹・久保美奈・篠田裕 文・竹下紘平(2019)「主体的な歴史的探求を促す 日本史授業開発」『学校教育実践学研究』第25巻 , pp.67-76. グラハム , R.(2017)『質的データの分析』新曜社 佐藤育美・桑原敏典(2006)「現代社会科授業構成論 の類型とその特徴」 『岡山大学教育実践総合センター 紀要』第6巻,pp.1-10. 菅尾英代(2017)「歴史的思考の発達と概念的理解力」 『国立教育政策研究所紀要』第146集,pp.155-175. 日本社会科教育研究会(1971)『歴史意識の研究』第 一学習社 野家啓一(1996)『物語の哲学』岩波現代文庫 藤井千之助(1986)『歴史意識の理論的・実証的研究』 風間書房 ブルーナー(2016) 『意味の復権(新装版)』ミネルヴァ 書房 米国学術研究推進会議(2002)『授業を変える』北大 路書房 星瑞希(2019)「生徒は教師の歴史授業をいかに意味 づけるのか?」全国社会科教育学会『社会科研究』 第90号,pp.25-36. ホワイト , H(2017)『実用的な過去』岩波書店 村井淳志(1996)『学力から意味へ』草土文化 メリアム,S. B. (2004) 『質的調査法入門』 ミネルヴァ書房. 森分孝治(1986)「「歴史」独立論の問題性」全国社会 科教育学会『社会科教育論叢』34, pp.78-88. 森分孝治・片上宗二(2000)『社会科重要用語300の基 礎知識』明治図書 Barton, K. C. (2005). “Best not to forget them”: Secondary students’ judgments of historical significance in Northern Ireland. Theory and Research in Social Education, 33, 9-44. Barton, K. C. (2015). Elicitation techniques: Getting people to talk about things they don’t usually talk about. Theory and Research in Social Education, 43, 179–205. Barton, K. C. & Levstik, L. S. (1998). “It wasn’t a good part of history”: National identity and students’ explanations of historical significance. Teachers College Record, 99, 478-513. Cercadillo, L. (2001). Significance in history: Students’ ideas in England and Spain. In A. K. Dickinson, P. Gordon, & P. J. Lee (Eds.), International review of history education, Vol. 3: Raising standards in history education (pp. 116-145). London, England: Woburn Press. Epstein, T. (1998). Deconstructing differences in AfricanAmerican and European-American adolescents’ perspectives on U.S. history. Curriculum Inquiry, 28, 397-423. Levstik, L. S.(2001) Crossing the empty spaces: Perspective taking in New Zealand adolescents’ understanding of national history. In O.L. Davis Jr, E.A. Yeager, & S.J. Foster (Eds.), Historical empathy and perspective taking in the social studies (pp. 69-96). Lanham, Md: Rowman & Littlefield Kim, G. (2018). Holding the Severed Finger: Korean students’ understanding of historical significance. Journal of Curriculum Studies.50 (4), 508-534. Seixas, P. (1994). Students’ understanding of historical significance. Theory and Research in Social Education, 22, 281-304. Seixas, P. (1997) Mapping the terrain of historical significance. Social Education, 61, 22-27. Wertsch, J. V. (2004). Specific narratives and schematic narrative templates. In Seixas, P. Theorizing Historical Consciousness, University of Tront Press. Yeo, A. J. E. S. (2015). Students’ judgments of historical significance in Singapore Schools: Positionalities and Narratives University of Washington (Ph.D dissertation). 付記 本稿の執筆にあたっては,筆者が所属する 大学院・研究科の倫理審査委員会の審査を経て, 平成29年6月に研究成果公表の承認を得ている。 . ― 24 ―. (広島大学大学院生).
(13)
関連したドキュメント
「今夜の夕飯は何にしようか?」と考え
3He の超流動は非 s 波 (P 波ー 3 重項)である。この非等方ペアリングを理解する
現実感のもてる問題場面からスタートし,問題 場面を自らの考えや表現を用いて表し,教師の
式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲
Osawa Takashi, 2017, The position and significance of the inscription and site of Dongoin Shiree of the Eastern Mongolia in the Archaeological and Historical research
This paper presents an investigation into the mechanics of this specific problem and develops an analytical approach that accounts for the effects of geometrical and material data on
目標を、子どもと教師のオリエンテーションでいくつかの文節に分け」、学習課題としている。例
遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば