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古典に対する「見方・考え方」に関する考察-教材「大蛇・小蛇」を用いて-

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Academic year: 2021

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(1)Title. 古典に対する「見方・考え方」に関する考察−教材「大蛇・小蛇」を用 いて−. Author(s). 菅原, 利晃. Citation. 国語論集, 15: 187-195. Issue Date. 2018-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/9753. Rights. Hokkaido University of Education.

(2)      . 古典 に対する ﹁ 見方 ・ 考え方﹂に関す る考 察 十十 教 材 ﹁ 大蛇 ・ 小蛇 ﹂ を 用いてー ー. はじめ に. 科 書 ﹂と 略 す ︶に、﹁ 随筆 ・ 随 想 教 材 ﹂と して、収 めら れ ている ︵ 注 1︶。. は、昭和三○ ︵一九五五︶ 片山広子の随筆 ﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂ 年に東京 書籍から発行された、柳 田国男監修高等学校 国語科教科書﹃国 語 高等学校 一年上 ︵ 高等学校第 一学年前期用︶ 以下 ﹁ ﹄︵ 柳 田教 なお、前掲の昭和三〇年版教科書では、単 元 二 随筆 ・ 随想﹂ と 、三地図 して、﹁一浅春随筆 ︵ 栃内吉彦︶、二大蛇 ・ 小蛇 ︵ 片山広 子︶ 、五ろくを をいるどろ ︵ 鏑木清方︶、四かみなりさま談義 ︵ 東条操︶. 三 淵 忠 彦 ︶﹂と いう 順 に配 列 さ れて収 めら れている ︵ さばく ︵ 注 2︶。 ・. たいと考 え る。. 従って、教材 ﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂ は、高等学校 一年生の入学後すぐに学習 するように扱われたものと推察する。 本稿は、片山広子の随筆 ﹁ 大蛇 ・ を、グループ学習の教材と 小蛇﹂ して扱 った授業の実践報告 および、﹁ 説話﹂の教材 化に関する小考 である。これについては、以前グループ学習としての成果を発表した 。今 回は、﹁ 注3︶ ことがある︵ 説話﹂の教材化という観点から考察し. なお、対象は、高等学校 二年生 二三名である。実施時期は、平 二〇 一六︶年四月当初から七月にかけて、ほぼ 一学期すべ 成 二九 ︵ てである。従って、前掲の昭和三〇年版教科書で学習したであろう 当 時 の高 校 生 と 比 較 す れば 、 一年 の差 があ ると いう ことになる。ま. た、本校は中高 一貫校であり、当時 の高等学校に入学した直後の. 菅. 原. 利. 晃. いては本 稿 では特 に考 慮 していな い。むしろ、差 があ ると す るならば 、. 新しい環境の中での授業とは、授業そのものはもとより学習者の実 態に起因する学習効果等の差が少しはあるやもしれぬが、これにつ. 違 いなどであ ろう ︵ 注 4︶。. 昭和三〇年代の高校生と現代の高校生との時代的な違い、環境の. 古 今 の文 章 を 読 み 取 ら せること を 主 眼 に授 業 を 行 っている。そ の中. 本授業は、本校での選択科目 ﹁ 文系古典 ︵ 古典︶ スおもに文系大 学進学希望 が す ︶の中で行ったものである。週三時間のう 者 履 修 る ちの毎週 一時間を、いわゆる﹁ 古典問題演習﹂ や﹁ 小論文演習﹂を 中心に行っている授業であるが ︵ 高等学校 二年生より二年連続して 履修する︶、大学 入試過去問題の文章などにとどまらず、様 々な. で、﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂を教材として用いてグループ学習という形態で授 業を行った実践報告が本稿である。. 一. 片山広 子の随筆教材 ﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂には、教材末に﹁ 問題﹂ が置か. れている。本 授 業 では、そ のう ち のコニ 各 自 の知 っている動 物 説 話 し学 を あ げ てみよ。 に 着 目 さ ると いう 目 標 を も う け てみた。 習 せ ﹂ す な わち 、グルー プ学 習 として、﹁ 各 自 の知 っている動 物 説 話 を あげ. 古典の中 の動物に関する説話を調べてみよ てみよ。﹂に関連して﹁. う ﹂という 課 題を 与 えたも のであ る。. 187−.

(3)            . な お、教 材 末 には ﹁ 問 題 ﹂としては、次 の三 つが おかれている。 一 す ぐ れた表 現 と 思 わ れる箇 所 はどこか。 二 この文 章 の組 立 はど のよう にな っているか。 三 各 自 の知 っている動 物 説 話 を あげ てみよ。 前 稿 でも 述 べたが 、﹁三 各 自 の知 っている動 物 説 話 を あ げ てみ よ。﹂を 授 業 で取 り 上 げ た 理 由 は、この問 題 がグ ルー プ学 習 の形 態. 注 5︶。グ ルー プ学 習 により、 のと 判 断 したこと によるも のであ る ︵. に合っており、発表を通した思考力 ・ 表現力の育成にかなっているも. し、現 報 に蟹 に助 け ら れし縁 ﹂. 狐、家に火つくる事﹂ 1 ﹃ 巻第三 二十 ﹁ 宇治拾遺物語﹄ ﹃日本霊異記﹄中巻 第十 二﹁ 蟹と蝦との命を贈ひて放生 2. 3 ﹃ 十訓抄﹄一ノ六 ﹁ 蜂の恩返し﹂ 4 ﹃ 雨月物語﹄﹁ 蛇性の姪﹂ 大蔵大夫藤原清 5 ﹃ 今昔物語集﹄巻第 二十八 第 三十 一﹁ 廉怖猫語﹂ 第八九段 ﹁ 奥山に、猫またといふものありて﹂ 6 ﹃ 徒然草﹄ 巻第三 十六 ﹁ 雀報恩の事﹂ ﹃ 宇治拾遺物語﹄ ﹃ 古事記﹄ 上巻 ﹁ 八俣の大蛇退治﹂ 7. 8. しては、﹃雨月物語﹄は読本、﹃徒然草﹄は随筆、﹃古事記﹄ は歴史書 であり、厳密な意味での説話文学とはやや異なる。しかし、動物が. これ らは生 徒 が自 発 的 に 見 つけ たも のであ るが、文 学 の形 態 と. さらには、﹁ 動物説話﹂についての学習活動を通して、我が国の古 典 の中の動物と人間との関わりや、その動物に対する古 人の考え. 話 調 であ ること から 、﹁ 動物説 登 場 し、人 間 と 関 わ る短 編 の物 語 ・ 話 ﹂として位 置づけし、学 習 材 と してみとめたも のであ る。. であ る。. 班員で協 力して調査をし、資料にまとめあげ、それを発表したり 質疑に応じたりすることのできるような力を育てたいと考えたもの. 方 や 感 じ方 を とら え さ せよう と いう こと によるも のであ る。言 い換. あ る。. に、蜂が現れ敵軍を刺した。敵 軍は騒ぐばかりで戦えずに大 夫たちに討ち殺された。. の巣 にかかっていた蜂 を 見 つけ 助 けた。 そ の日 の夢 に蜂 が男 とな って現 れ 、大 夫 の敵 と戦 う ために自 分 は他 の蜂 を 集 めるから そ の蜂が隠 れら れ るところを つく るよ う に大 夫 に指 示 した。 そ の夢 の通 り の用 意 を したと ころ、敵 が 攻 めこんでき たとき. 妻の敵に攻められ、山寺の岩穴に隠れていた余吾大夫はクモ. 一一 蜂 の恩 返し﹂の発表 に 前 掲 の1∼ 8の中 から 、3﹃十 訓抄 ﹄−ノ六 ﹁ ついて、記 したい。 な お、生 徒 の作 成 した要 旨 は次 のと おりであ る。. 見方 ・ 考え方﹂の力を育成するというもので えれば、古典に対する﹁ を読むこと 実際 の授業では、まず片 山広 子の随筆 ﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂ から始めた。ただし、文章の読み取りについては、一時 間の半分程 の発問、教師側の説明により、おおよその内容 度の扱いとし、生徒へ を 捉 え さ せ るにと ど めた。そ の上 で、グ ルー プ学 習 の段 階 へと 向 か 大 意 、2語 釈 、3文 な お、各 グルー プで学 習 す る内 容 は、1要 旨 ・. わせた。 法・ 全文訳、4感想、5設問 ︵ マンガで 自分たちで設定する︶、6絵 ・ あ る。これ ら は、前 回 、前 々回 のグ ルー プ学 習 のと き と 大 概 同 じも のであ る。 な お、一ニニ名 を 一班 二∼ 三 名 ず つ八 班にわけ た。. は次 なお、グループ学習で生徒が選んだ古典の中の﹁ 動物説話﹂. 注 6︶。 のと おりであ る ︵. 8 8.

(4)               . 犠 牲 と な った蜂 のため堂 を たてて感 謝 していたが 、敵 の孫 が そ の堂 を 焼 き 払 ってしまし、奈 良 から追 放 さ れた。. 授業では、まず担当の生徒が古文の本文を読み、口語訳を交え ながら内容を全員に説明した。その際に注意すべき文法事項の説 明や要旨の紹介を加えて読解を終え、感想 ・ 設問について資料に基 その後、質疑応答を行った。本文や資料の語句についての質問、. 主 人 公 であ ると いう 考 え によるも のであ る。この解 答 のあ と 、主 人 、教 、蜂 りか は余 大夫 か、 で意 かで 余吾 吾大 夫か かれた 公は 意見 見が が分 分か ので で、 教師 師側 から ら助言 公 蜂か たの を与 一 目を え ること にした。 教 師 ﹁説 話 集 の作 者 が 説 明 し ていると ころはど こかにな いか な。﹂. 解答者 ヨ末には、はかばかしき子孫もなかりければiii﹄の段. 落 が作 者 が説 明 しているところです 。﹂ 教師 ﹁ そこはど う いう 働 き を しているかな。﹂ 解 答者 ﹁ 補 足説 明 のよう なも のです 。﹂ 教師 ﹁ そう だよね。も っと 、作 者 の考 えが 現 れ ていると ころはな. づいて説 明を 行 った。 ﹃十 訓抄 ﹄に ついての質 問 な どが多 かった。そ の中 でも 、時 間 を 割 いて 生 徒 が関 心を も った質 問がいく つかあ ったが、そのう ち の 一つが、﹁ こ の話 の主 人 公は誰 か﹂と いう 質 問 であ った。﹁ 主 人 公﹂と いう 語は、小. 説 話 の素 体 ﹂のあ と に作 者 の説 明 が付 随 す ることがわ かっ ために、﹁ ていた から であ る。しかし、この部 分 は、解 答 者 のいう よう に補 足説 明 、後 日談 にす ぎ な い。さ ら に、教 師 側 から 助 言 を 与 え た のだが、. ど う です か。﹂ 質問者 ﹁ はい、最 初 に﹃蜂 と いふ虫 も 、また かかるためしあ り。﹄ と あ りま す 。これも 作 者 の説 明 だと 思 いま す 。﹃かかるため し﹄と いう のは恩 返 しの説 話 という ことだと 思 いま す 。それ で、 二 つの蜂 の恩 返しの説 話があ るのだと 思 います 。﹂ 教 師 弓も ﹄、﹃かかるためし﹄と いう 言 葉 から ど う いう こと がわ かります か。﹂. 解 答者 ﹁ この話 の続 きが書 かれています 。﹂ 教師 ﹁ そうだよね。類 話 という も のだね。そこから 何 か気 が つき ま せんか。さ っき 質 問 した0 0 君 、何 か言いたいよう です が、. 先ほどの質問した生徒も答えに参加してきた。 教師 ﹁ 発表資料の﹃ から何か気がつかないかな。﹂ 補 足﹄. 学校や中学校 の国語ではよく使われる言葉ではあるが、厳密な意 いかな ﹂ 。 、 、 味で ﹁ っ の 主 定 人 公 の 義 は い よ い 教 な と い て 一 般 的 に 育 現 で は 場 作者 ︵ 編 者 、編 集 者 ︶が 説 明 していると ころと しては、生 徒 はす ﹂ 主題に基づくような形で、中心的な役割を果たす人物というのが ぐに最終段落を指摘した。これは、授業で説話を何度か読んできた ﹁ 主 人 公 の定 義 のよう な も のだが、厳 に言 えばは っき りとこれと 密 ﹂ いった定 義 づけ はでき な い。そも そも 、﹁ 主 題 ﹂と いう 語 自 体 の定 義 も 暖 昧 であ る。. それはさ ておき 、﹁ この話 の主 人 公 は誰 か﹂と いう 問 いの答 えであ るが、次 のよ う な や りと りが 見 ら れた ︵ 以 下 は、筆 者 の筆 記 による 授 業 記 録 にもとづくも のであ る︶。. け で戦 に勝 ったからです 。﹂. 質問者 ﹁ この話の主人公は誰ですか。﹂ 解答者 ﹁ 余吾大夫です。なぜなら、余吾大夫の人物紹介がはじ めにあり、余吾大夫が戦に負けたあとに蜂を助け、蜂の助. ないと 思 いま す 。﹂. 質問者 ﹁ 蜂は主人公ではないのですか。﹂ 解答者 ﹁ 蜂だけが登場する場面が少ないので、蜂は主人公では 解答者の初めの解答は、余吾大夫の行動を中心に主人公ととら え ているも のであ る。また、二 回 目 の解 答 は、登 場 回数 が多 いも のが. 189−.

(5)              . 質 問者 ﹁ この話 の前 の話 も 同じよう な 動 物 など の恩 返しの話 と いうことです 。﹂. ヒントにまとめて答 えてくださ い。﹂. 教師 ﹁ それでは、解答者の00君、主人公はだれか、ここまでを 解答者 ﹁ 確かに、行動する場面が多いのは余吾大夫ですが、作 者が本当に伝えたかった主人公は蜂です。蜂の恩返しがこの 話 の主 題 です 。動 物 も 虫 も 恩 返しを す るのだから 、まして人 間 も 恩 返しを しなけ ればな ら ない、という 教 訓があ ると 思 い ま す 。﹂ 蜂と 生 徒 のまとめと しては、この話 の次 の話 も そ うだが、冒 頭 の﹁ かかるためし﹂について考 いふ虫 も、かかるためしあ り。﹂の 一文 から ﹁ え ると 、蜂 の恩 返 しがこの話 の主 題 であ り、主 人 公 は蜂 であ ると い. は余 吾 大 夫 ではなく 、蜂 の行 動 にあ る、という のであ る。. う。主 人公という語が適当でないならば、作者が伝えたかった重点. 実は、説話の評語は、話末評語だけではなく、徳目、説話の配列 なども含まれる。作者が意図的に、読者に効果的に説話 ︵ 説話群︶. を 提 示しているのであ る。. や、 人に恵みを施すべき事﹂ 従って、﹃十訓抄﹄第 一の徳 目である﹁ 前後の説話の配列から、動物の恩返しがテーマであることが読み取 れるのであ る。. 羊 なお、当該説話の前、一ノ四では、善政を行った中国の召伯 ・ 鈷の簡略説話を交えて、慈愛や情け深さを述べているが、その後に、 ﹁ 六 畜 は主 と いふこと を わき ま へねど も 、あ はれ みを 知 りてむ つる。 いはむや 、心 あ る人 倫 を や 。禽 虫 のたぐ ひ、恩 を 知 れるためし、これ 多 し。﹂と あ り、家 畜 であ っても 、愛 情 を 感 じと って慣 れ親 しむこと、 鳥 や 虫 の類 でも 恩 を 知 る例 が多 いことを 述 べている。そ の例 と して、. 漢 武帝が鯉に、暗侯が蛇に、楊宝が雀に、孔愉が白亀に恩を返さ れた故事を載せている。これに続く 一ノ五では、山陰中納言が亀に. 恩を返された説話を載せている。. 蜂 と いふ虫 も 、かか これら を 受 け て、 一ノ六 の当 該 説 話 の冒 頭 で ﹁ るためしあ り。﹂と 紹 介 しているのであ る。 そこま でのこと を 教 師 側 から 、説 明 を 加 え て、そ の班 の発 表 は終 え ることと な った。な お、生 徒 は、す でに説 話 の素 体 と 評 語と に つい ては学 習 済 みであ り、その前 提があ るので理解 ははや かった。 説 見方 ・ 考 え 方 ﹂の 一つと して、﹁ このよう にして、古 典 に対 す る ﹁. う こと を 、生 徒 それぞ れが 理解 したも のと考 える。. 話教材﹂をどう読んでいくか、いかに自分の理解に役立てるかとい. 三. 筆者は、以前 ﹁ 説話教材﹂の位置づけについては、次のようなもの ﹁ 説話教材﹂の位置づけ. 注 7︶。 があ ると 提 起 した ︵. ﹁ する。︵ 高校 二年、三年︶ 例 説話と評語との関係 表現﹂. 高校 1 開 かれ た 平 易 な 文 章 な ので、入 門 期 に適 している。︵ 助動詞、心情の把握な 一年 ︶ 例 歴史的仮名遣い、動詞 ・ ど の学 習 に用 いる。 判 断 ﹂し 2 内 容 を 正 確 に読 み 取 り 、自 分 の考 え をま と め、﹁. があ るのか、な いのかについて、自 について、いわゆる ﹁ 整合 性﹂ 判 断 ﹂す る。 分 の考 えを もと に ﹁. 国語総合﹂では高等学校古 現行の﹁ 説話教材﹂の殆どすべてが、﹁ では基礎的な読解のための 古典B﹂ 典学習の入門期の教材として、﹁. 説 話 ﹂を 調べる課 題は派 生 し 教 材 として配 置 さ れており、そこから ﹁ にくいのではないか、と述 べた。また、柳 田教 科 書 では、教 科 書 のほぼ. しているが 、これには柳 田 国 男 の﹁ 説 話 ﹂に対 す る特 別 な 思 いがあ る. について考える学習を課 説話﹂ 冒頭に近い部分の教材でこのような ﹁. からに相違なく、これが、柳 田教科書と現行の教科書との違いでは. 190−.

(6)         . あ るま いか、とも 述 べた。. 今 回の﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂の授業を通して、筆者が考えた﹁ 説話﹂の教 。 材化のポ ントおよび手順を提示する︵ 注8︶ イ 1 ﹁ 説話の素体﹂ 部分と ﹁ とを確認させる。 評語﹂ 2 ﹁ 説話の素体﹂ 部分について、人物の行動を確認させる。 3 ﹁ 評語﹂から人物の行動に対する評価を読み取らせ、対応 す る人 物 の行 動 を ﹁ 説 話 の素 体 ﹂部 分 から探 さ せる。 4 人 物 同 士 の関 わりについて考 え さ せる。 5 説 話 集 の編 者 は、誰 のど のよう な 行 動 を ど のよう な 価 値 の あ るも のと して伝 え たかったのか ︵ 主 人 公は誰 か︶、を考 え さ せる。 これ ら のポイント 及び 手 順 は、前 掲 の﹁ 2内 容 を 正確 に読 み取 り、 自 分 の考 えを まと め、﹁ 判 断 ﹂し ﹁ 表 現 ﹂す る。﹂に該 当 す るも のであ. る。対象は、ある程度古 の文法 ・ 古語 ついて習得した高等学校 文 に 二年、三年が適している。前掲の2では、﹁ 説話と評語との関係につ. いて、いわゆ る ﹁ 整 合 性 ﹂があ るのか、な いのかについて、自 分 の考 えを もと に ﹁ 判 断 ﹂す る。﹂として、﹁ 整 合 性 ﹂の﹁ 判 断 ﹂を 学 習 の中 心 に据 え たが、今 回 の﹁ 動 物 説 話 ﹂の学 習 では、﹁ 整 合 性 ﹂を ﹁ 判 断 ﹂す るので はなく 、﹁ 説 話 ﹂そ のも のの読 解 が学 習 の中 心にな る。. およそ、説話を教材化し、﹁ 説話教材﹂ として扱う場合には、最 終的なまとめの段階として、前掲の実際の授業での﹁ この話の主人 という問いについて考えを深めさせるような方法が必要 公は誰か﹂. ﹁ 説 話 の素 体 ﹂のみ から ど のよ う な 教 訓 を 読 み 取 ること ができ るか を 、生 徒 自 身 が考 え てみる、さ ら には現 代 の生 活 にあ てはめてみ る と いう 学 習 活 動 も 可 能 であ る ︵ 注 9︶。つま り、5の説 話 集 の編 者 が. 伝えたかったものは何かを考えさ る いう学 である。今 回 せ と 活 動 習 の授業で言えば、当初、生徒は﹁ に気づかずに、﹁ 評語﹂ 説話の素体﹂ 部分から蜂の恩返しという内容をとらえ、動物も虫もまた恩返し. を す る のだ から 、ま して人 間 は恩 返 しを しな け れば な ら な い、と い う 教 訓 を 読 み 取 った。そ の確 認 の意 味 で、3の﹁ 評 語 ﹂と の対 照 は必 要と なる。 このよう にして、5の説 話 集 の編 者 が伝 え たかったことを考 えさ せ. る学習活動を行うことで、伝統的な言語文化である古典のあり方、. 総じて、説話は、開かれた、平易な文章であり、生徒も古語や文. 価 値 を考 え さ せることができ るであ ろう 。. 法 に煩 わ さ れ ること な く 読 む こと ができ る。そ の点 から 言 っても 、. 人物の行動や評価、すなわち昔の人の考えや思いを読み取らせる には恰好の教材である。今 回の教材で言えば、人間と動物との関わ. りを 比較 的 容 易 に読 み取 ることができ た。さ ら には、動 物 の行 動 か ら、人 間 のと るべき 行 動 の規 範 もまた 示さ れていることに気が つくこ とができ た。. ただし、多くの場合、説話では、直接的な心情語が見うけられな いことがある。事実のみを述べる説話は、文学的な装飾も多くはな い。作られた、奇異なる事実を淡 々と述べる説話は、その素朴で簡. に思 われる。 素 な 表 現 によ って人 物 の行 動 を 表 してお り、そこから そ の人 物 の心 それにはま ず 、1と 2に掲 げ たよう に、人 物 の行 動 を 読 み取 ら せ、 情 ・ 心理を読み取らなければならないが、平易な言葉や表現という. 。 同時 に、﹁ 説 話 の素 体 ﹂部 分 と ﹁ 評 語 ﹂とを 確 認 さ せる。その上 で、人 特 性 ゆえ にそ の読 み取 りは決 して困 難 なも のではな い︵ 注0 1︶ ど し っ 物の行動を作 か 者 が う 評 て い を に 立 ち 価 る 本 返 さ ら には、他 の学 習 者 と 意 見 を 交 換 し、自 分 の考 えを 比べたり、 文 て 確 認 さ せる。 共有したりする上で、説話は適している。説話の文章自体の読み取 あ るいは、﹁ 説 話 の素 体 ﹂と ﹁ 評 語 ﹂と の整 合 性 を 考 え るのではなく 、 りや す さ と いう 点 と 、人 物 の行 動 が それほど 複 雑 ではな く 、しかも. 1 1 QJ 1←.

(7)       . そ の評 価 がわ かりや す いという 点 とが適 しているのであ る。これら の こと から 言 って、﹁ 説 話 教 材 ﹂は、グルー プ学 習 な ど の協 同的 な学 習 の形 態 においてさ らに学 習 効 果があ るも のと考 え る。 説 話 の素 体 ﹂ 説 話 ﹂と ﹁ 説 話 ﹂を ﹁ な お、﹁ 評 語 ﹂については、 一つの﹁ 注 n︶も あ と﹁ 説 示 ﹂と に分 け て、説 話 文 学 を 解 明 しよう という 論 ︵ 、 。 注2 るが、これ に対 して批 判 的 な意 見も あ る ︵ 1︶ 術 語 に関 しても 評 語 ﹂とに分 け ることがあ る 説 話 ﹂を 、﹁ 説 話 ﹂と ﹁ 一つのま とま った ﹁ 事 実 ﹂、後 者 は ﹁ 結 語 ﹂﹁ 解 説 ﹂﹁ 説 が、前 者 は ﹁ 説 話 の素 体 ﹂猛叩り ﹂﹁. などと呼ばれ、定まった術 語はまだ存していないのが現在の説話 示﹂ 3︶ 。 注1 文学研究の状況である︵ おわりに 古文︶の中の﹁ 動物説話﹂について実践報告と教 本稿では、古典 ︵ ﹁ は、古典 の世界における人間と動物との心の通じ合 動物説話﹂. 材 化 に関 して考 察 とを 述 べてきた。 いを 表 す も のであ る。そ の関 わ りが わが 国 では古 典 と してこと さ ら. 多く伝承されてきたものであり、古典の世界の人間と自然とのあり 方 を 伝 え るも のな のであ る。 動 物 説 話 ﹂に ついての学 習 活 動 を 通 して、生 徒 に我 が そ う して、﹁ 国 の﹁ 古 典 ﹂の中 の動 物 と 人 間 と の関 わ りや 、そ の動 物 に対 す る古 人 の考 え方 や 感 じ方 を とらえ さ せることができ る。 さ ら に言え ば、﹁ 動 物 説 話 ﹂は、人 間と 動 物 と の関 わりを 通 して、. 例えば前掲の説話に関する記述でヱハ畜は主といふことをわきまへ ねども 、あ はれみを 知 りてむ つる。いはむや 、心 あ る人倫 を や 。禽 虫 のたぐ ひ、恩 を 知 れるためし、これ多 し。﹂と あ ったよう に、対 照的 に 恩 返し﹂を しなけ ればなら 人 間 は動 物 を 見 習 ってつねに他 の人 間 に ﹁ 動 物 説 話 ﹂には、人 間 の、自 然 や 動 物 や な いと いう こと を 教 え る。﹁ 関 わ り方 を 考 え さ せる働 あ るいは他 の人 間 に対 す る、真 のあ り方 ・. きがあ るのであ る。 見方 ・ 動 物 説 話 ﹂を ﹁ 説話 古 典 に対 す る ﹁ 考 え 方 ﹂の 一つと して、﹁. 教材﹂ として扱い、前述 のポイントおよび手順により授業を構成す ることを提唱した。これにより、生徒それぞれが古典に対する自分. の理解 や 関 心を 深 めることができ るも のと考 え る。 柳 田 国 男 は、﹃遠 野 物 語 ﹄を はじめ、伝 承 の資 料 収 集 を 重 視 し、 そこから 日本 人 の根 源 的 な 心 性 を 探 ろ う と した。これ について、猪. 物 語 は、何 かを 説 明 しよう と す る様 式 ではな く 、結 論 を 求. 。 注 姐︶ 股剛は次のように述べている︵. める様式でもない。ーー現在 の視点から未来の価値判断をせ. ず に、現時 点 では価 値 が無 く 忘 れ去 ら れているも のたち を拾 い 集 め、そ れら を 未 来 へと 受 け 渡 そ う と す る のであ る。そ う して 集 めら れたも のたちは、今 は無 駄 な も のば かりに思 え るかも し れな いが、ブ ラックボックスの周 りを 取 り 囲 んで、物 語 を 語 るよ う に、結 論 づけ ること のでき な い連 関 を 指 し示 してく れ る。そ の物 たち は、ただ 平 行 して並 べら れていく 。しかし、そこに私 た ちはほのかな つながりを 見 付 けだしていく。. 動物説 ﹃ 遠 野物語﹄の中のそれぞれの物語も、日本の古典の中の﹁. 話 ﹂も 、それ 自 体 何 かを 直 接 説 明 し説 得 す るも のではな い。それ ら 連 関 ﹂﹁ つな がり ﹂を 見 出 していく のであ の説 話 から 、わ れ わ れは、﹁ る。それこそが、動 物 と 人 間 と の関 わ りや 、そ の動 物 に対 す る古 人 の考 え 方 や 感 じ方 な のであ る。そして、それを われ われは、未 来 へと 動 物 説 話 ﹂に触 れることによ 受 け 渡 す 役 目があ る。言い換 え れば、﹁. を 探 り 出 す ことが でき るのであ る。ここに、﹁ 動 物 説 話 ﹂の価 値 があ. って、近現代の科学技術重視あるいは自然軽視の時代にあって、そこ に取り残された人間の奥底に埋もれている日本人ならではの心性. な のであ る。. り、それを生徒をして感得せしむるように教材化することが肝要. 2 9.

(8)       . ﹁ はもとより、説話を教材化する場合、言語活動をよ 動物説話﹂ り充実させるために、今 回はグループ学習による発表という授業 実態や教材のもつ力を考慮し、より 形態をとったが、学習者 の力 ・ 効果的な活動にさせるように工夫をしなければならない。 学習者たる生徒が興味 ・ 関心をもつように授業のあり方を研究. 教材のもつ力とは、今 回の授業で言えば、伝統的な言語文化、古. しなけ れば な ら な いのは言 う ま でも な いが、教 材 のも つ力 も 研 究 し なけ ればならな い。 典 としての魅 力 であ る。﹁ 動 物 説 話 ﹂は、古 典 の世 界 におけ る人 間と 動 物 と の心 の通 じ合 いを 表 す も のであ る。そ の関 わりがわが 国 では 古 典 と してこと さ ら多 く伝 承 さ れてき た のであ る。そ のよう な 古 典 の﹁ 伝 統 ﹂的 な あ り方 に ついて生 徒 を して知 ら しめるよう に、それ に. 見合った授業の工夫を心がけたい。. 注 ︵ 1︶ 佐 野比呂己 ﹁ 教材﹃大蛇 ・ 小蛇﹄ 考︵ 1︶ス﹃釧路論集﹄四○、 二〇〇八年 一二月︶ による。なお、本稿の﹁ 大蛇 ・ 小蛇﹂の本文 は、佐野の論文に掲載の﹃国語高等学校 一年上﹄︵ 昭和三〇年 版 、東 京 書 籍 ︶によ っている。. 二〇 一七 年 三 月︶。. ︵ 2︶ 注 ︵ 1︶の佐野比呂己の前掲論文による。 3︶ 拙稿 ﹁ ︵ 教材﹃大蛇 ・ を用いたグループ学習ー 問題﹃各自 小蛇﹄ の知っている動物説話をあげてみよ。﹄ についてーメ﹃ 国語論集﹄ 、拙稿 ﹁ 一一、二〇 一四年三月︶ 教材﹃大蛇 ・ を用いた協 小蛇﹄ 同的学習ー﹃動物説話﹄ についての考察ース﹃国語論集﹄一四、 ︵ 4︶ これについては、注 ︵ 3︶ に掲げた拙稿のいずれにおいても述べて いる。. ︵ 5︶ 注 ︵ 3︶の拙稿 ﹁ 教材﹃ を用いた協同的学習ー﹃ 大蛇 ・ 小蛇﹄ 動物. よる。. についての考察ー ニ﹃国語論集﹄一四、二〇 一七年三月︶ に 説話﹄. よる。. ︵ 6︶ それぞれの巻数、話数、標題名などはすべて、小学館﹃日本古 典文学全集﹄ による。 ︵ 7︶ 注 ︵ 3︶の拙稿 ﹁ 教材﹃ を用いた協 同的学習ー﹃動物 大蛇 ・ 小蛇﹄ に 説話﹄ についての考察十 二﹃国語論集﹄一四、二〇 一七年三月︶. ︵ 8︶ 筆者は、拙稿﹃ 説話の授業ー ﹁ に関する古文の授業の 判断力﹂ 六号、二〇 一四年 一報告ー﹄︵ 解釈学会﹃ 解釈﹄ 第六〇巻第五・ 六月︶ において、次のように説話と評語とについて、評語は説話に. ① 本文を語句などに注意させながら読解させた後、﹁ 説. 合 っているかど う かと いう 点 を もと にした説 話 の教 材 化 の具 体 的 な方 法 、及びポイントを 示したことがあ るが、それは以 下 のと お りであ る。. 話 ﹂と ﹁ 評 語 ﹂とが分 離 でき ることを 確 認さ せる。. も と の﹁ 評 語 ﹂と 生 徒 が考 えた批 評 文 と を 比較 さ せ、ど. ② ﹁ 説話﹂部分の人物の行動を読み取らせる。特に、何を 、何を得たか︵ 奇徳︶ を考えさせる。 失い︵ 失敗 ・ 奇異︶ 達成 ・ ③ ﹁ 部分から自分なりに 説話﹂ 評語﹂部分を取り外し、﹁ 人物の行動を批評させ、批評文を考えさせる。. ※. 文 中 の語を 用 いながら、自 分 の意 見を まとめさ せる。 特 に、﹁ 説 話 ﹂と ﹁ 評 語 ﹂の整 合 性 を 考 え る際 に、人 物. ちらが適切かを考えさせる。. ④. ⑤. 与 え た。単 におも しろい、詩 的 だ、好 感 がも てるな ど の. の行動の是非 ︵ 善悪など︶を基準とするように指示を. ことと す る︶。. ような個 人的な感想を排除するようにさせた ︵ ただし、 現在 の我 々の時代 ・ 世界からの見方 ・ 批評でかまわない. −193−.

(9)       . 門 のため の教 材 と してではな く 、鑑 賞 ・ 批 評 を 中 心 と して取 り. 9︶ 下田忠 ﹁ ︵ 説話教材の取り扱いー 一つの試みース﹃国語教育研 では、﹁ 究﹄ 第 二〇号、一九七三年 一二月︶ 説話を単に古文入 扱うばあい、文章表現の展開に示されている作者または作家 大衆の現実把握 の発想のしかたと、学習者個 々の現実把握の 発 想 のしかたとを 、対 決 さ せ、格 闘 さ せることにたえ う る教 材 を 選 び たい。﹂と あ り、説 話 を 教 材 と して取 り扱 う 際 には ﹁ 作. とも述 者や編者が添加した批評、感想は除外した方がよい。﹂ 8︶の拙 稿 の﹁ ③﹁ べている。この学 習 活 動 は、注 ︵ 評 語 ﹂部 分 を 取 り 外 し、﹁ 説 話 ﹂部 分 から 自 分 な りに 人 物 の行 動 を 批 評 さ せ、 批 評 文 を考 え さ せる。﹂と合 致 す るも のであ る。. m︶ 注 ︵ 9︶の前掲論文では、芥川龍之介 の文章を紹介しながら、 ︵ ﹁ 芥川が述べているとおり、説話は人間の内面描写ぬきで、登場 人物の行動とことばだけを写生的に描きながら、人間の内部. 3︶ その補 足的説明 ︵ 5︶ 作者の評 話の本筋 ︵ 4︶世人の評 ︵ 7︶ 8︶ ︵ 6︶ 教訓 ︵ 結尾﹂ と述べてい 伝承ないし伝播径路 ︵ るo. 月︶において、ヌ語り﹀で次に問 題になるのは語る行為と説く行 為. 2 、 ﹁ は 世 を中心に﹂ ︶ 峯 和 俗 話 語 ﹃ 宇治拾遺物語﹄ ︵1 小 明 説 集 の り ﹃日本文学講座三 神話 ・ 大修館書店、一九八七年七 ︵ 説話﹄. 世界思想社、一九八七年 一一月︶の 淘 一も﹃ 説話文学の世界﹄︵ 中で﹁ 説話集の撰者の 一回的な営為があまりにも鋭く個性的で. みるべき であろう 。﹂と述 べている。同様 の否定 的 な 見解 は、池 上. の相関であろう。作り話などと異なり、説話集の言説でみるべき は物語を語るだけでなく、主に話末に付せられる教訓や感想、 批評の類である。これは 一般に話末評語といわれ、物語の意味づ けや解釈、疑問の提示、主題の確認など多岐にわたる。︵ 中略︶ 従 来、単につけたりとしかみられていなかった話末評語こそ逆に﹁ 説 だけで表現の 話﹂ の本質だとみる指摘は重要ではあるが、﹁ 説示﹂ 問題を解こうとするのは無理があろう。特に説示部に対する物 素体﹂ とみなす見解には賛成できない。物語を語る 語の部分を ﹁ はあると との相関にこそ説話集の金叩 り﹀ 行為と説く行為 ︵ 説示︶. 今成 元昭は、﹁ 説話文学試論ス﹃西尾光 一教授定年記念論 集 論纂説話と説話文学﹄ 笠間書院、一九七九年六月︶にお. や それ を と りま く 社 会 の現 実 な ど を 探 り 取 り 、語 っていく 。﹂ と 述べている。. 態や、備えるべき智恵を、端的に、説き示す、文学領域の、言 語作品V と規定しておく。︵ 中略︶ この説示の語句は話末に記さ れる場合が多く、時には冒頭や文中に配されることもあるが、 いずれせよそれを ﹁ 説話の本文﹂ 説話に付随する﹂ものとして﹁. りすれば、説話はそれ以外の形で生きる可能性を奪われ、説話の 生命力とも言うべき多様な伝承の可能性をかえって弱めてしま う。説話集の撰者が説話に加える鏡舌で 一方的な批評、教訓の 類や、詠嘆、自照等の強い思い入れは、それ自体は説話集を個性 付ける興味深い営為であるが、それによって、説話は撰者の個性 的な解釈や感慨を背負わされ、身動きできなくなってしまうので. とは別 立 てにす る考 えが 一般 的 であ る。﹂と 述 べている。同 様 の. 二 月 ︶の中 で、﹁ 説 話 には、殊 にそれが文 章 にな っているも のには、. ると 大 体 次 のよ う な も のにな る。︵ 1︶冒 頭 書 き 出 し. 人 々の目を奪 ったり、あまりにも強 固に完成 さ れたも のであ った. 見解は、長野善 一も﹃説話文学論考﹄︵ 笠間書院、一九八〇年. 史料と研究﹄第 二五 ーその研究史および研究の諸前提ー ス﹃. ある。﹂ と述べている。 、 、 説話と評語 ︵3 1︶ その他 説話と評語との関係については 拙稿 ﹁. いて、﹁ 説 話を ︿ 珍 しい、事 実 話 を 、用 いて、人 間 の、あ るべき 生. 2︶説 ︵. 話の本筋の外に付属物が付いていることが多い。これを解剖す. 194−.

(10)    . 鯵 ︵. 本 稿 では、引 用 に際 して、仮 名 遣 いはそ のま まと し、漢 字 の旧. 猪股剛 猛叩 ることのできないものー 物語と共同性ス﹃ 遠 野物 語 遭遇と鎮魂﹄ 岩波書店、二〇 一四年三月︶ による。. 号 、 一九 九 六 年 二月 ︶を 参 照 さ れたい。. ※ した。. 字体は適宜新字体にあらためた。また、振り仮名や傍線等は略. ︵ すがわら・ としあき/北嶺中・ 高等学校︶. ※ 本稿は、釧路国語教育学会 ︵ 平成 二十九年十月二十八日、於 北海道教育大学釧路校︶での研究発表をもとに作成したもので あ る。. 5 9 1.

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参照

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