授業力向上を目指した板書フィードバックに関する一考察
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第67巻 第₂号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 67, No.2. 平 成 29 年 ₂ 月 February, 2017. 授業力向上を目指した板書フィードバックに関する一考察 石 井 洋 北海道教育大学函館校数学教育研究室. A Study on the Blackboard Feedback aimed at Improving of Teaching ISHII Hiroshi Mathematics Education Laboratory, Hakodate Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 近年,PDCAサイクルの概念が教育の場でも用いられるようになった。このことは,教師教 育研究における「反省的実践家としての教師像」と一致する。教師が反省的に授業を振り返る ことによる授業改善であるが,実際に日々の授業を振り返り,次の授業実践に活かそうと意識 している教師は決して多くはないであろう。そこで本稿では,授業者の日々の授業反省やその 改善を促すため,「板書フィードバック」の実践を行い,その効果を検証することとした。 板書フィードバックの取組は,1年間を通して行われた。特に授業改善が見られたのは以下 の3点である。1)児童の学習状況を把握し,適切な問題設定や時間設定ができるようになっ たこと,2)板書計画を立て,より児童の学習理解へとつながる体系的な板書になったこと, 3)自力解決や習熟場面において,ティームティーチングの利点を生かした取組を行い,児童 の学習理解がより深まるようになったこと。. 1 はじめに. 学力向上を成し得ることができないのは明白であ ろう。. 現在,日本の学校教育においては学力向上に関. 近年,PDCAサイクルの概念が教育の場でも用. する議論が活発化してきている。行政レベルでは,. い ら れ る よ う に な っ た。 元 は 日 本 で 発 展 し た. 全国学力・学習状況調査の結果に一喜一憂し,そ. TQC(Total Quality Control)であるが,諸外国. の分析を通して改善策をまとめ,各学校の学力向. でも活用され,1990年代からは教育にも援用され. 上に向けた対策を促している。学校レベルでは,. るようになっている(中津, 1996)。このことは,. 家庭学習や朝学習,補充学習等の取組を充実させ,. 教師教育研究における「反省的実践家としての教. 学力向上を図ろうとする学校が増加している。し. 師像」(Schön, 1990)とも一致する。教師の反省. かし,児童・生徒の学習の中心は学校の授業であ. 的に授業を振り返ることによる授業改善である. り, 教師の授業力の向上並びに授業改善なしには,. が,実際に日々の授業を振り返り,次の授業実践. 105.
(3) 石 井 洋. に活かそうと意識している教師は決して多くはな. 板書は,1)指導内容(学習課題)を提示・説. いであろう。OECD加盟国における国際教員指導. 明する,2)指導内容を要約・整理して授業過程. 環境調査(TALIS, 2014)によって我が国の教師. を明確化する,3)児童の思考活動を触発・組織. の多忙さが顕在化したように,授業を十分に振り. 化するなどの機能がある(石井,2007)。児童・. 返る余裕がないのが教育現場の現状である。. 生徒の視点からそれらを捉えると,1)学習課題. 現職教員研修としての日本の授業研究は海外で. の把握,2)学習内容や学習過程の把握,3)思. 注目され,教師集団における授業改善の研究は盛. 考の拠り所となっていると言い換えることもでき. んにおこなわれている。しかし,これまで授業改. る。板書は児童・生徒にとって学習活動を進める. 善が重要だとされながらも教師個々の省察となる. 上で視覚的な手助けとなる重要な役割を担ってい. とほとんど研究が為されていないのが実状であ. るのである。. る。特に本稿で取り上げる授業後の板書の活用に. 二宮(2012)は,その板書をよりよいものにす. ついては,教師にとって貴重な実践記録となり,. るという視点から, 表1の10の規範を策定している。. 記 録 に 基 づ い た 反 省 を 可 能 と す る も の( 二 宮, 2012)であるが,その試みに関する研究はこれま. 表1 よりよい板書にするための10のポイント. で行われていない。. ⑴ 何がどこに書いてあるか『型』を決めて黒板に 残す ⑵ 教師が書いて黒板に残す ⑶ 書いたら消さずに授業の最後まで板書に残す ⑷ 学習する最も大事なことは黒板の見やすい位置 に残す ⑸ 問いと答えの関係を明確にして黒板に残す ⑹ 身につけたい思考の道具は強調して黒板に残す ⑺ 子どもたちの考えを生かし,一緒に黒板に残す ⑻ 練習問題で拠り所にできるように黒板に残す ⑼ 学習全体を振り返れるように黒板に残す ⑽ 黒板への残し方を指導案に記す『板書指導案』. 本稿の目的は,まさにこのような現状を打開す る一助となることである。そこで,本稿では算数 科のティームティーチングを進める上で「板書 フィードバック」という実践を行い,その効果を 検証した。そして,「板書フィードバック」にお ける授業改善への成果と課題を同定し,今後どの ようなアプローチが授業改善へとつながるかにつ いて考察している。 本稿では,まず算数・数学教育で論じられてき た板書の目的についてまとめる。また,研究対象. (出所)二宮(2012). 校における板書の基本形を概観することで,当校. これまで優れた板書については,教師たちの間. が目指していた板書の方向性について確認する。. で蓄積された知見となっていたが,研究として十. その上で,「板書フィードバック」をもとに教師. 分に体系化されたものにはなっていなかった。二. の板書がどのように変容し,教師の意識が変わっ. 宮(2012)は,そのような現状を指摘し,上記の. たのかを明らかにする。. ように一つの規範となる板書の型を提案してい る。本研究の対象校であるM小学校においては,. 2 算数・数学教育における板書の先行研究. 板書という視点ではなく,児童へのノート指導の 視点からその規範を次のように策定している。. 平林(1971)が算数科固有の立場から, 「板書」 について述べた書物はほとんど見当たらないと述. 表2 M小学校におけるノート指導の規範. べているように板書に関する研究は意外と行われ. ⑴ ノートモデルの全校統一化 ⑵ 問題,課題,まとめの関係の明確化(色分け) ⑶ 発達段階を考慮したノート記述項目の設定 ⑷ 吹き出し活用(自己・他者の考えの補足). てこなかった。近年でも,中村(2010)が「授業 の中でなされる板書の具体的な様子を分析した研 究はほとんどない」と述べているように,これまで 板書は研究の遡上に上がってこなかったのである。. 106. (出所)筆者作成.
(4) 授業力向上を目指した板書フィードバックに関する一考察. 二宮(2012)の規範と重なる部分として,児童. を促すため, 「板書フィードバック」の実践を行い,. のノート及び教師の板書の型を定めている点があ. その効果を検証した。加配教員は,算数科におい. る。全校的に統一した理由として,学級間のばら. て各学級週2,3時間,ティームティーチングで. つきをなくすことで,進級し担任が変わった際で. 授業をしている。毎時間の授業において,T2と. も接続が円滑になり,児童の負担が軽減するだけ. して授業に入り,「板書フィードバック」と称し. ではなく教師側にとっても再確認する手間が省け. た授業の振り返りシートを作成し,授業後にT1. るという点を挙げている。当校における板書の構. に渡すことで授業の反省を促す取組である。実施. 成は概ね次の3分割の形が基本となっていた(図. 期間は,2013年4月から2014年3月の1年間であ. 1) 。. る。対象の教師は,通常学級担任の8名で週に2,. 板書は,児童にとっては学習内容を理解するた. 3時間の算数の授業について板書フィードバック. めの視覚的な補助の一つとして役立つものである. の取組を実施した。板書フィードバックの記述項. が, 教師にとっては指導記録としての役割もある。. 目及びその内容は表3の通りである。. 特に算数科の板書は,1単位時間の学習の流れが 的確に構成されていることが多く,板書を見ただ けで授業の内実を読み取ることができる。もちろ ん「板書が上手くできたか」という板書構成のみ. 表3 板書フィードバックの記述項目及びその内容 項 目 Ⅰ基本情報. 学級名,授業の日付,時間を明記 する。. Ⅱ板書記録. 本時の授業記録が残るよう,授業 直後に板書を撮影し,添付する。. Ⅲ指導記録. T2としてどのような指導をした のかや児童の様子を記入し,T1 に報告。. Ⅳコメント. T2が授業の気づき(良かった点, 改善すべき点等)を記入し,T1 に報告。. の振り返りも可能であるが,本研究では板書の写 真を基に授業展開を再現しやすくし,授業全体の 反省を促すツールとして活用してもらうことを目 指した。授業を日常的に振り返る余裕がないのが 現在の教育現場であるが,板書記録を主とした本 研究の「板書フィードバック」はその現状を打開. 記 述 内 容. する一助になると考えた。. Ⅴ本時の評価 T1に自己評価や反省点を記入し ・振り返り てもらい, 授業の振り返りを促した。. 3 板書フィードバックの取組. (出所)筆者作成. ⑴ 取組の概要 本研究では,ティームティーチングの加配教員. 「Ⅰ基本情報」は,文字通り各授業における基. (T2)が,授業者の日々の授業反省やその改善. 本情報を明記する項目である。「Ⅱ板書記録」は,. 問題. 自力解決. まとめ. 練習. 課題. 全体交流. 図1 研究対象校の板書の基本形. 107.
(5) 石 井 洋. 授業後の板書の写真を添付している。. うまでもなく,T1の経験や特性に合わせて内容. 「Ⅲ指導記録」は,T2(サブ)として,どの. を工夫し,適切なコメントを記述するようにした。. ような指導をしたのかを記入する箇所であるが,. 「Ⅴ本時の評価・振り返り」は,T1に自己評. T1が授業中になかなか見取ることができない児. 価や反省点を記入してもらい,授業の振り返りを. 童の学習の様子なども報告するようにした。若い. 促す箇所である。この自己評価の項目では,本時. 教師であれば,自分の指導に精一杯で児童の学習. の授業を点数化してもらうようにした。授業者の. の様子を十分に把握することができないケースが. 主観的な点数化にはなるが,授業の満足度を表す. 多い。2人体制の利点を生かし,T2の見取りを. 指標として,時間を掛けず,簡潔に評価できるよ. フィードバックすることで,T1の授業力向上に. うにしたのが特徴である。また,振り返りを書く. 貢献しようとしたのがねらいである。. 欄も設けることで,自由に授業の反省を記述して. 「Ⅳコメント」は,T2がT1の学習指導で良. もらうようにした。実際の「板書フィードバック」. かった点,改善すべき点を記入する箇所である。. は図2の通りである。. 授業力向上に最も直接的に関わるところなので, 毎時間十分に吟味して記述している。T2は授業. ⑵ 教師の板書と意識の変容. 者のメンターとしての役割も担っているため,T. ここからは,本取組による教師の板書の変容を. 1の授業の意図を理解し,自分の考えを一方的に. 捉えるため,ある教師の事例に焦点を当てて考察. 押し付けるようなことは慎まなくてはならない。. する。調査対象者は教職歴12年目の男性教員(第. ただし共感的な姿勢の中にも,授業改善の示唆を. 2学年担任)で2013年4月から翌年3月までの1. 与える意見を織り交ぜていく必要性があるのは言. 年間の変容を概観する。. 図2 板書フィードバックの実際. 108.
(6) 授業力向上を目指した板書フィードバックに関する一考察. a)導入期(4月). 図3 導入期における板書. c)安定期(2月). 図5 安定期における板書. 上記の図3は,板書フィードバックを導入した ばかりの4月の板書である。挿絵の掲示を活用す. 上記図5が板書フィードバックを導入して約1. ることで,問題場面の把握が容易で既習から未習. 年が経過した2月の板書である。100を単位とし. の流れがスムーズだった。しかし,板書の構成を. た加減の授業で,子どもたちにとっては感覚的に. あまり意識することなく授業を進めていたため,. 理解しやすい内容だったが,解くことだけではな. 学習のまとめを板書することができていなかっ. く,なぜそうなるのか理由を考えさせる授業と. た。また,交流場面では,児童の考え方や表現か. なっていた。板書は,児童の解法とまとめ,練習. ら共通点を引き出すことを試みていたが,板書に. 問題が整理され,授業の流れをつかみやすい構成. それを残すことができていなかった。. となっていた。 以上,3つの時期を比較することで板書構成の. b)展開期(10月). 明瞭化が教師の変容として捉えることができた。 しかし,板書の構成は単元や授業の内容によって 変わってくるため,一般化することは困難である。 そこで,本研究ではティームティーチングで関 わった対象教師に口頭による調査を行い,「板書. 図4 展開期における板書. フィードバックの取組」の利点を尋ねた。教師た ちの回答から以下の3点が板書フィードバックの. 上記の図4は板書フィードバックを導入して半. 成果として挙げられた。. 年が経過した10月の板書である。乗法の導入の授. 1)児童の学習状況をしっかりと把握し,適切な. 業で, 挿絵の掲示により,2とび5とびの発想や,. 問題設定や時間設定ができるようになった。. 5+5+5のような同数累加の考え方が容易に児. 2)板書計画をしっかり立て,より児童の学習理. 童から出てきていた。児童の発表だけではなく,. 解へとつながる体系的な板書になった。. つぶやきについても吹き出しなどを用いて板書に. 3)自 力 解 決 や 習 熟 場 面 に お い て, テ ィ ー ム. 反映させるようにしていた。しかし,板書の構成. ティーチングの利点を生かした取組を行い,児. には一貫性が見られず,どれが児童の出した考え. 童の学習理解がより深まるようになった。. 方やまとめなのか,その区別がつきにくいものに. また,授業以外でも,放課後に板書フィードバッ. なっていた。. クをT2からT1に渡すことで,直接T1とT2 で授業の話をする時間を削減でき,なおかつ授業 の振り返りを日々行っていけるという成果が挙げ られた。これは,時間の限られた今日の教師にとっ て重要な成果の一つであったと言える。 本取組は,日々の授業の振り返りを促進するの. 109.
(7) 石 井 洋. がねらいであったが,中期的な視点も意図してい た。T2が日々発行した板書フィードバックは, ポートフォリオとして一つのファイルに綴じても. 石井英真(2007) . 「Ⅶ 授業展開を導く教授行為 板書法」 『よくわかる授業論』pp.102-103,ミネルヴァ書房 中津正志(1996) . 「高専におけるTQMの導入」 『高等専 門学校の教育と研究』 ,1-1,pp.45-50. らうようにした。そうすることで,日々の授業の. 中村光一(2010).「数学科授業における熟練教師の板書. 反省を蓄積し,授業研究前や学期末,長期休業中. の生成過程の分析」『第41回数学教育論文発表会論文. などに授業者が自身の授業を中期的に振り返るこ. 集』 .pp.825-830. とができる。そこでは,板書の変容だけではなく, 教授行為の変容などもメタ認知でき,更なる授業 改善につなげることが可能である。. 4 研究のまとめと考察 本研究の板書フィードバックの取組は,1年間 を通して行われた。導入期,展開期,安定期に分 け,それぞれの時期を比較していくことで,板書 構成の明瞭化が教師の変容として捉えることがで きた。また,対象教師の口頭による調査の回答か らは以下の3点が授業改善の成果として挙げられ た。1)児童の学習状況をしっかりと把握し,適 切な問題設定や時間設定ができるようになったこ と,2)板書計画をしっかり立て,より児童の学 習理解へとつながる体系的な板書になったこと, 3) 自力解決や習熟場面において,ティームティー チングの利点を生かした取組を行い,児童の学習 理解がより深まるようになったこと。 本研究の対象校で行ったティームティーチング における板書フィードバックの取組は,教師の省 察をもたらし授業改善につながる一事例として示 すことができた。このような取組の継続によって, 教師の授業力向上は現実のものとなり,児童の学 力向上につながることであろう。しかし,教師の 板書の変容については分析が未だ不十分であり, 今後更なる研究の継続が不可欠であろう。. 5 引用・参考文献 Donald A. Schon(1990). The Reflective Practitioner: How Professionals Think In Action TALIS(2014) . 2013 Results. An International Perspective on Teaching and Learning, OECD publishing. 110. 二宮裕之,鴨田均(2012) . 『板書とノートを変えると子 どもが伸びる』 .東洋館出版社 平林一栄(1971) . 『算数科板書事項の精選と構造化』.明 治図書出版. (函館校講師).
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