起源から見た助詞「が」の本質と変遷
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(2) 石垣(1955)は、祝詞の「ガ」の用例には、ⅰ)名詞ガ名詞、のほかにⅱ)名詞ガ用言 、ⅳ)用言ガ形式語(「ごとし」 +名詞、ⅲ)名詞ガ用言(「諸大法師等我如理久勤天」のみ) 「ゆえ」「ため」など) 、の4種があり、万葉集や記紀歌謡にはさらに、ⅴ)代名詞ガ形式 語、ⅵ)用言ガ名詞(「上」「下」など)があるとしている。 ⅳ)やⅵ)のように前が用言になる用法は「ノ」にはない。これはなぜかという疑問が 「用言は属性表現であるからその まず湧くが、これについては、野村(1993a:46)が、 連体修飾は属性付与的修飾語を構成する。よってその機能はノと重複する。」 と述べており、 首肯できる。 野村(1993a)は、上代の「ノ」には ①主格用法、②喩的用法(いわゆる序詞)、③同格用法、④所有格用法、⑤連体用法 があるとし、「ガ」は①④の用法のみを持つとしている。 「ガ」に②③⑤の用法が無いのは、なぜであろうか。 2.2. 「ガ」と「ノ」の違い. そもそも「名詞ノ」と「名詞ガ」の違いは何であろうか。 『万葉集』には、 「ノ」も「ガ」 も付く名詞――「雁」「梅」「松」など――がある。まず、これらが何に係っていくかを比 較した。 表1 上接. 「雁ガ」「雁ノ」等に下接する語の違い. 下. 接. 使用数と割合. 雁. 音. 梅. 枝. 3(60%). 花. 2(40%). 枝. 9(43%). 根. 7(33%). 末. 3(14%). 下. 2(10%). が 松. 37(100%) 100%. 雁. 翼×2、使×2、鳴く音、子. 梅. 花(初花2を含む)×84、枝×2、木、下枝、 92. の. (他 松. 計. (他. 用言5). 100%. 100%. 11. 用言4). さ枝×2、木×8、花々、葉×2、下道、山の. 27. 木、 この峰、野×2、末葉、上、野辺、野山づかさ、 ごと、(他. 用言4). 表1を見ると、第一に、「ガ」の方が下接する語のバリエーションが少ないことが分か る。「雁が」はすべて「音」につながっている。「梅が」は「枝・花」で100%、「松が」 は4語で100%であるのに、 「雁の」「梅の」 「松の」には多様な下接語が見られる。 第二に、 「梅―花」の結びつきは「梅が花」 「梅の花」と「ガ」 「ノ」共に存在するが、 「梅. 22. - 22 -.
(3) が」は「梅が枝」も含め5首中4首が「鶯」と関係づけて詠まれている。 『梅に鶯』という 取り合わせが意識されていると見ることができる。それに対して「梅の花」では「鶯」に 言及しているものは6/84にすぎない。ひるがえって「梅の花」では「咲く」22、 「散 る」24、 「咲き散る」3、 「盛り」3と『花』の縁語が多く使われている。このことから、 「ガ」は上接語に「ノ」は下接語に焦点があるのではないか、ということが疑われる1。 筆者が「ノ」と「ガ」の違いとしてもう一つ気になったのは、 「ノ」はいくつも重ねるこ とができるが、「ガ」は重なっていてもせいぜい2つである、ということである。そこで、 以下の二点について、『万葉集』の「ノ」と「ガ」で考察する。 Ⅰ「ノ」はいくつも重ねることができるが、「ガ」は重なっていてもせいぜい2つであ るのは、なぜか。 Ⅱ. 野村(1993a)は、「ノ」にある用法のうち、喩的用法、同格用法、連体用法の3 用法は「ガ」に無いとしているが、なぜこれら3用法が「ガ」にはないのか。. Ⅰについては 2.3 と 2.4 で、Ⅱについては 2.5 で検討する。 2.3. <絞り込み(フォーカス)連体>と<囲い込み(限定)連体>. 前節では、 「ガ」の方が下接する語のバリエーションが少ないこと、 「ガ」は上接語に「ノ」 は下接語に焦点があると見られること、を見てきた。 本節では、Ⅰの問いに答えるべく、 『万葉集』で「ノ」「ガ」が2つ以上重なる例を見て みる。例1)~3)が「ノ」の用例、例4)5)が「ガ」の用例である。 1) み吉野の山のあらしの寒けくに(01/0072) 2) 滝の上の三船の山に居る雲の(03/0242) 3) 我が宿の秋萩の上に置く露の(10/2255) 4) 我が旅は久しくあらしこの我が着る妹が衣の垢つく見れば(15/3667) 5) 沖辺より満ちくる潮のいや増しに我が思ふ君がみ舟かもかれ(18/4045) 「ノ」は望遠鏡を覗いてズームアップして行くように「み吉野の→山の→あらし」 「滝の →上の→三船の→山」 「我が宿の→秋萩の→上」のようにどんどん注視点を絞りこんでゆく ように続いている。したがって、いくつも重ねて行くことが可能である。これは現代の「ゆ く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲」などにも典型的に見られる。これに 対して、4)5)は、どの衣かというと「妹が⊂衣」誰が着るのかというと「我が⊂着る」、 どのみ舟かというと「君が⊂み舟」どの君かというと「我が(思ふ)⊂君」である。図に してみると、以下の図1、2 のようになる。. 1. 山田(1912)に同様の指摘あり。. 23. - 23 -.
(4) 1) A ∨. み吉野 の. 上. 山. の 三船. B ∨ C. 滝 の. 2). の. 3) 我が宿 の 秋萩 の. の 山. あらし. 図1. 上. 絞り込み(フォーカス)連体. 4). 5) 我が着る 妹が A. 衣 ⊂. 我 が思 ふ君が. B. A. 図2. ⊂. B. み舟 ⊂. C. 囲い込み(限定)連体. つまり、「AノB」は「A>B>C・・・」のように注視点を絞りこんでゆく<絞り込 み(フォーカス)連体>であり、いくつでも重ねる事ができる。それに対して、 「AガB」 は「A⊂B」であり「数あるBのうち他ならぬAであるところのそれ」という<囲い込み (限定)連体>と見ることができる。 「ガ」が上接語に「ノ」が下接語に焦点があると見られたのも、この違いによるものと 考えられる。つまり、 「ガ」では「妹が衣」 「君がみ舟」という限定が問題なのであり、 「ノ」 では「み吉野の何?」「山の何?」といった具合に最後の名詞が問題なのである。 また、 「AノB」のAとBの関係はかなり広範囲に及ぶ2. が、 「AガB」はBの中からA. の部分を取り上げ限定するわけであるから、バリエーションが少ないのも頷ける。 「ガ」は現代でも「排他」が主な機能の一つであり、 「他ならぬA」という機能は引き継 がれていると見られる。 「ノ」のフォーカスが現代に生きていることは、先に挙げた「ゆく 秋の・・」の歌などからも明らかである。 2.4. 『万葉集』の「ガ」の用例と<囲い込み(限定)>用法3. 前節では、 「ノ」はいくつも重ねることができるが「ガ」は重なっていてもせいぜい2つ 「ガ」が<囲い込み(限定) であるのは、 「ノ」が<絞り込み(フォーカス)連体>であり、 連体>であるからであることを見て来た。 2 3. 「AノB」形式のAとBの意味関係の種類と累加順については竹内(1987)に詳しい。 以下に挙げるように、 「ガ」が現れるのは連体句だけではないことが明らかであるので、前節では「ノ」と並べ て、<囲い込み連体>としたが、本節では<囲い込み用法>とした。. 24. - 24 -.
(5) 以下では、石垣(1955)の挙げた、ⅰ)名詞ガ+名詞、ⅱ)名詞ガ+用言+名詞、ⅲ) 名詞ガ+用言、ⅳ)用言ガ+形式語、ⅴ)代名詞ガ+形式語、ⅵ)用言ガ+名詞. の用法. と、その他『万葉集』に見られる、ⅶ)名詞ガ+用言バ、ⅷ)ゾ・ヤ・カ~ガ~連体形、 ⅸ)「名詞ガ欲シ」「名詞ガ欲リ」、ⅹ)「~ガ+ク語法」「~ガ形容詞名詞形」の用法につ いて、<囲い込み(限定)>という性質に適っているか検証する。 ⅰ)名詞ガ+名詞、ⅴ)代名詞ガ+形式語 「名詞ガ名詞」 「代名詞ガ形式語」用法は、大野(1977)も言うようにその上接語 の約 9 割が「我が、吾妹子が、母が」など身内をさす語である。「ガ」が限定を示 すと考えると、限定する必要がある場面の多い身内のことにこのような形が多く見 られるという事実に、妥当な説明を与えることができる。 また、野村(1993b:27)は、ⅰ)ⅴ)に限らず「ガ」の上接語を以下のように まとめ、ア)~ウ)で上代の「ガ」の用例の3/4. 程度を占めるとしているが、. ア)イ)の代名詞やウ)の固有名詞は、いきなり文頭に出ても定位できる名詞であ る。つまり、これらの名詞は下接語を限定するのに使いやすい(その語だけで限定 可能)、と言える。エ)の妻・父・母なども、特定の三人称代名詞を持たなかった 日本語においては言わば三人称代名詞代用形式である。 ア)人代名詞・・・わ(あ) 、な、た、etc. イ)二人称代名詞代用形式・・・君、背(背子)、妹. etc.. ウ)固有名詞・・・池田のあそ、奈良麻呂、etc. エ)その他・・・地名、動植物名、姫・妻・父・母などイ)に近いもの このように、「ガ」に上接する名詞・代名詞は、「○○ガ」による下接語限定をし やすいものがほとんどである。 ⅱ)名詞ガ+用言+名詞 ⅰ)名詞ガ+名詞. の後ろの名詞にさらに説明・限定を付けようとして成立した. 形と見られる。 6)妹が見しやどに花咲き時は経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに(03/0469) 7)秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも(03/0464) 8)君に似る草と見しより我が標めし野山の浅茅人な刈りそね(07/1347) 6)の「我が泣く涙」は「泣く」が無くても意味は変わらず拍数の関係で入って いるともいえるが、「妹が見しやど」はやはり「見し」に意味がある。さらに7) になると、「植ゑし」が無いと「秋さらば見つつ偲へと」の係っていく先が無くな ってしまう。この場合、「妹のやどのなでしこ」ではなく「(他ならぬ)妹が植ゑ しなでしこ」が問題なのである。8)でも「他ならぬ私が印をした浅茅」が問題な のである。 このように「他ならぬ妹が植えた」「他ならぬ私が印をした」と言いたくなった. 25. - 25 -.
(6) ことが「名詞ガ名詞」の間に動詞が入ったきっかけとも見られ、<囲い込み限定性 >をより明確に示していると言えよう。 ⅳ)用言ガ+形式語、ⅵ)用言ガ+名詞 「ごとし、ゆえ、ため」などの形式語や「上、中、下」のような相対語の名詞は それだけでは意味をなさない。前に「しかじかの」「何々の」というような限定語 が付いて初めて意味がはっきりする。これは正に上接語に依る限定の典型的な形で ある。 初めのうちはこれらの語も「我がごとく」 「君がため」 〔ⅴ)代名詞ガ+形式語の 用法〕「尾花が上」のように名詞を限定語としていたと考えられる。しかし、やが て「咲く花のにほふがごとく」 (02/0199) 「我妹子に見せんがため」 (19/4222) 「梅 の花咲けるが中」(19/4283)のような表現が求められて来たのであろう。「ノ」に は用言をうける用法がなく形式語に続くの場合は「名詞ノごとく」 「用言ガごとく」 という相補的関係にある。 ⅶ)名詞ガ+用言バ これは「バ」条件節の形である。確定条件の場合も仮定条件の場合もあるが、い ずれの場合もある条件を提示する節である。この「AがBであれば(あるいは、あ るので)」は、ある種の限定である。あるモノ(A名詞)とあるコト(B用言)で 条件を規定しているわけで、この「名詞ガ」もある種の限定の働きをしている。 ところで、この用法だけが連用節になる。連体節を作るとされる「ノ・ガ」がど うしてバ節に使われるのかは、わかっていない4。強いて推論すれば、「バ」は「ヲ バ」と言う形があるように、「ハ」から転じたものとされているわけで、この形が もともとは「準体アラバ」の形であったと考えることはできる。未然形バ・已然形 バは、たとえば9)であれば、 「汝が鳴くあれば」のような形から発したとすれば5、 「鳴く(こと)」に「汝が」が付いていたわけで、「ノ・ガ」がバ節に入っているこ とは説明できる。 9)あしひきの山ほととぎす汝が鳴けば家なる妹し常に偲はゆ(08/1469) さらに、9)において、 「汝」は「鳴けば」を限定し、鳴くのが汝(ほととぎす) であって、 「家なる妹し常に偲はゆ」のは作者である。つまり「が」の限定は「ば」 を超えては係って行かない。そうした形で従属節をきちんと明示・限定する働きを 「ガ」は持っている。「ハ・φ」の主節主語に対して「ガ・ノ」の従属節主語とい うことがよく言われるが、 「準体アラバ」の形がこの用法の原形であると考えれば、 なぜ「ガ・ノ」が節の境を越えて係って行かないかが説明できる。「ガ」は準体に 係るからである。. 4 5. 野村(1993a)は、「ノ・ガ」が「一体性の強い句の主格(p15)」を表現するからとしているが。 現代の可能動詞及びラ抜きと言われる形は助動詞「れる・られる」の付いた動詞から ar の脱落を起こして成 り立っていると見られるが、ここでも nakuaraba, nakuareba の下線部の ar が脱落し、ua,ue が a,e になっ たと考えるのは飛躍しすぎだろうか。. 26. - 26 -.
(7) ⅷ)ゾ・ヤ・カ~ガ~連体形 「ゾ・ヤ・カ」の結びは連体形になるので、そこでは体言を修飾(限定)する「ノ・ ガ」が使われる。この形は『万葉集』に意外と多く 118 首ある6。 ⅸ)「名詞ガ欲シ」「名詞ガ欲リ」 「欲し」という願望を表わす場合、当然何を望むのかという内容が明示されなけ れば意味がない。その内容を限定するのに「○○が」が必要になる。形式語や相対 語と似たような状況がここにもある。 「ガ」が「~欲し」 「~欲り」などと共に使われている例が 26 首ほどある。この うち 8 首が「君(妹・妻)が目を(見まく)欲り」のような形、 「妹が目を見む(見 まく)」まで含めると 11 首あり、こうした形が原型ではないかと思われる。さらに 「見が欲し」の形が 9 首ある。ここでは、 「見」が「見ること」 「会うこと」の意の 名詞になっている。「見が欲し君」のように後ろに名詞があるものも 3 首あるが、 残りは文末であったり「見が欲しく」と連用になっていたりする。その他の 6 首は、 「我が欲りし名詞」が 2 首、 「見まく欲り我がする名詞」が 2 首、 「ありが欲し名詞」 「若子が欲しといふ」である。 ⅹ)「~ガ・ク語法」「~ガ形容詞名詞形」 ク語法も形容詞の語幹に「さ」が付いた形も名詞であるので、これらは形の上で 「名詞ガ+名詞」と同じ形と考えられる。 「~ガ・ク語法」は 65 例中、 「我が」 はⅰ) 51、 「君が」6、 「妹が」2、 「我妹子が」2、その他 4 であり、機能的にもⅰ)の用法 に近いと見られる。しかし、 「~ガ形容詞名詞形」21 例は、ほとんどが「用言連体 形ガ形容詞」である。したがって機能的にはむしろ4)用言ガ形式語 詞ガ欲シ」に近く、後ろの感情形容詞(苦しさ・悲しさ・寂しさ. や9)「名. など)の中身を. 詳しく限定(「ひとり寝る」「君を待つ」など)するものである。「~ガ形容詞名詞 形」の形は大野(1977)の言うようにやがて「さ」がはずれて「ガ形容詞」の形に なっていくと考えられる。 以上、他ならぬ「我が―宿」 「君が―ため」 「汝が―鳴けば」 「君が―欲し」「ひとり寝る が―寂しさ」のように、 『万葉集』の「ガ」の種々の用例が<囲い込み限定>という働きを 持っていることを見て来た。このように、『万葉集』において、 「ガ」は後ろの名詞・形式 語(の内容)・動作(の主体)・願望(の対象)などを限定し、その限定が句・節内に収ま ることを示すものであった。 2.5. 「ノ」にあって「ガ」にない用法. 次に、Ⅱの問い、すなわち喩的用法、同格用法、連体用法が、なぜ「ノ」にあって「ガ」 にないのかを考察する。 2.5.1. 同格用法. 野村(1993a)は、同格というのは「一つのものを別の観点から捉えた表現」であると し、実体性と属性性という言葉を使って説明している。すなわち、10)a.で二つの「雲」 6. このうち「こそ」係り結びが 5 首ある。「こそ」の結びは已然形ではあるが、「わが」であるため「ガ」が使わ れていると見られる。. 27. - 27 -.
(8) の実体は同一のものであるが、その属性を「たなびく」 「青」という別観点・異質性で表現 している、10)b.のように同じ名詞が重なっていないタイプもあるが、 「花」と「をみ なへし」の実体は同じものである、としている。 10)a.たなびく雲の青雲(万 161) b.今咲く花のをみなへし(万 2279) 実は、先の例2)「滝の上の三船の山」は厳密には、「滝の上」と「三船」が同格とみら れ、「(滝>上)=三船>山」ということになる。すなわち、<フォーカス連体>は一般則 としては「A≧B≧C≧・・」のように「=」を付けた形に修正する。 それに対して、「ガ」は、これまで述べて来たように「A⊂B」(数あるBの中のAであ るところのそれ)という限定を表すので、A=B. にはならない。すなわち、 「ガ」はその. <囲い込み限定>という性質上、同格用法はあり得ない。同じものを限定することは意味 が無いからである。 2.5.2. 喩的用法. 野村(1993a)は、喩的用法は「名詞の実体性をも属性をも丸ごと包み込んで修飾語化」 したものとしているが、筆者は喩的用法は同格用法の裏返しと考える。すなわち、同格用 法では実体が一つで属性が重なっていたが、喩的用法では逆に一つの属性が共通しており、 背後に異なる2つの実体が有ると見る。11)の例では「君」 「黄葉」という二つの実体を 「移りい行けば」という一つの属性でつないでいる。 11)いましし君が 実体1. 黄葉の 実体2. 移りい行けば(万 459) 属性. つまり、喩的用法は同格から拡張した修辞的用法であると考える。 「黄葉の」は「黄葉の ように」の意味であり、別の何かを「と同じように」と例えているのであるから、 「黄葉だ け」という限定はあり得ない。したがって、 「ガ」による喩的用法も同格用法と同様に無い のである。 2.5.3. 連体用法. 「ノ」は「鉄の扉」 (素材) 「川の流れ」 (主体) 「貧民の救済」 (対象) 野村(1993a)は、 「船の油」 (目的)というように上接・下接の名詞のタイプにより様々な関係を繋ぐ、とし ている。確かに『万葉集』においても現代においても「ノ」は様々な名詞と名詞をつない でいる。 そこで、連体用法が「ノ」の本来の役割で、主格・喩的・同格・所有格の用法や多数重 なる場合はその特殊な場合と考えた方がよさそうである。とすると、連体ということは名 詞を修飾することが役割で、 そもそも被修飾語の名詞がなくては始まらないのであり、 「ノ」 の後項(係り先)に焦点があると見えるのはそのためということになる。 ところで、野村(1993a)は「ガ」は①主格と④所有格の用法のみを持つとしていたが、 「ガ」による⑤連体格もある。2.3 であげた例4)を再掲する。. 28. - 28 -.
(9) 4)我が旅は久しくあらしこの我が着る妹が衣の垢つく見れば(15/3667)再掲 この「我が旅」は所有であろうか。これは連体と言った方がよいのではないか。この歌 では、 「我が旅」連体用法、 「我が着る」主格用法、 「妹が衣」所有格用法である。ただ上接 語による下接語限定という用法は共通している。 2.6. 本章のまとめ. 『万葉集』の「ノ」 「ガ」は連体句を作る助詞であった。 『万葉集』のⅰ)~ⅹ)の「ガ」 の用法のうちⅶ)名詞ガ用言バ. だけが連用節と見られるが、これも 2.3 で述べたように. 「準体アラバ」の形であったと考えると、「ノ」 「ガ」は本来連体句で働くものであった、 と言える。それがバ節の変形や「ノ」の場合比喩的用法への拡張により、連用節にも使わ れるようになったと見られる。 『万葉集』の「ノ」「ガ」は共に連体句を作る助詞であるが、「AノB」はA≧B であ り、 「ノ」は主格、所有格、同格、比喩、連体など幅広い用法を持つのに対して、 「AガB」 はA⊂Bであり、所有格を中心に主格・連体格の用法を持つものであった。すなわち、 「ガ」 は<囲い込み限定(A⊂B)>という性質を本質とするものであった。. 3.その後の「ガ」の変遷 2章で、奈良期における「ガ」が、上接する名詞によって下接する語を限定する(A⊂ B)<囲い込み限定>という働きを持つものであったことを示した。本章では、まず 3.1 で現代における「ガ」がどのような機能を持っているかを見ていく。3.2 では、現代の「ガ」 の使われ方のうち奈良期に見られなかったものがどのようにして生まれてきたのか、とい う視点で、「ガ」を通時的に概観する。 3.1. 現代における「ガ」. 現代における「ガ」は、しばしば「ハ」と対比的に捉えられる。 「ガ」と「ハ」はどちら も述部と対峙する名詞を提示する働きをし7、野田(1996)の言う以下のような対立点を 持つからである。 野田(1996)は、現代の「ハ」と「ガ」の使い分けの原理として、以下の五つを挙げて いる。. 7. ア)ガ:新情報. ―. ハ:旧情報. イ)ガ:現象文. ―. ハ:判断文. ウ)ハ:文. ガ:節. ―. エ)ハ:対比. ―. ガ:排他. オ)ハ:措定. ―. ガ:指定. Langacker(2008)の言う「名詞類のグラウンデイング」を示す。. 29. - 29 -.
(10) ウ)の「節内で働く」 、とエ)の「排他」、は2章で述べたように「ガ」が奈良時代から 持っていた性格ということになる。オ)は名詞文の場合で全体には関わらないので、今は 取り上げない。 現代の「ガ」の機能は、12)のような<解答提示>(以前は<総記>)と13)のよ うな<中立叙述>があるとされている。12)のような<解答提示>の「ガ」文と14) のような<提題>の「ハ」文がア)の「新情報(焦点)ガ」 「旧情報(前提)ハ」という対 立をなしている、と見られる。<中立叙述>の「ガ」文は全文焦点の現象文である。〔ア) とイ)の関係〕 12)君が主役だ。<解答提示ガ>・・・判断文 13)富士山が見える。<中立叙述ガ>・・・現象文 14)主役は君だ。<提題ハ>・・・判断文 野田のエ)対比と排他――という機能が名詞類を取り立てる(限定する)共通した働き を生み出しているが、 「ハ」の対比と「ガ」の排他では、限定の仕方が違う。 「ハ」は Excel 画面や折れ線グラフのスケールのようなものに斜線を入れて「これ以下」と限定するよう な、言わば<線引き限定>であり、 「ガ」はこの部分と四方を囲んで限定する<囲い込み限 定>である8。したがって「ハ」には常に残りの部分が意識されており、これが対比という 意味合いを形作っている。それに対して「ガ」の<囲い込み限定>は、 「ガ」の上接語だけ に以下を限定するので排他というわけである。また、「ここまでの部分は」という「ハ」 の限定は、主節で使われた場合、述部に対して前提(旧情報)を示し、従属節内では対比 を表すこととなる。それに対して、 「ガ」の<囲い込み>は、述語で述べることの焦点(解 答・新情報)を「○○ガ」と述べることになる。〔ア)とエ)の関係〕 このように、<解答提示(焦点・新情報)ガ>と<提題(前提・旧情報)ハ>の対立は、 対比・排他という限定の仕方の違いによって生まれており、<解答提示>の排他性は奈良 期から<囲い込み限定性>として「ガ」に認められるものであるが、<中立叙述(全文焦点) >の「ガ」の用法はどのようにして生まれたのであろうか。 野田のウ)文と節――では、現代の提題の「ハ」について「ハは強い従属節では使えな い」と述べている。古語については一般に「ガ」の側から「ガは連体句・従属節で使われ た」と言われている。奈良・平安期には「ハ・φ」は主節、 「ノ・ガ」は従属節という相補 的関係が認められるとされている。しかし、 「ガ」は『万葉集』の時代から、主節内の名詞 句には使われているのであり(2章例4)8)参照)、主節で使えないというより主節で の主格に使われないのである。では現代のような、主節での主格「ガ」の使用はどのよう にして始まったのであろうか。 この二点、すなわち①<中立叙述(全文焦点)>の「ガ」の用法はどのようにして生まれ たのか、②主節での主格「ガ」の使用はどのようにして始まったのか、が現代における「ガ」 の使用と『万葉集』における「ガ」の使用を比較して残った問題である。 8. 「ハ」は「定」からの取り立て、 「ガ」は「不定」からの取り立て、と言うのもこれ故である。. 30. - 30 -.
(11) 次節では、この二点について見て行く。 3.2. 「ガ」の主節での主格使用と全文焦点「ガ」文はどこから来たのか. 3.1 で現代における「ガ」がどのような機能を持っているかを見てきた。3.2 では、現代 の「ガ」の使われ方のうち奈良期に見られなかった、主節での主格「ガ」の使用、<中立 叙述(全文焦点)>の「ガ」の用法、がどのようにして生まれてきたのかを、 「ガ」につい ての最新のまとまった通時的研究である山田(2010)の研究成果をもとに、<囲い込み限 定>という「ガ」の本質ともリンクさせながら考察する。山田(2010)は詳細に「ガ」を めぐる事実を追ってはいるが、その変遷の流れが今一つ見えにくい。 『万葉』と現代の差異 から出発することでその流れをよりはっきり見えるようにしたい、というのが本稿3章の 意図である。 3.2.1. 「ガ」と動詞の結びつき――連体から連用へ. 「ガ」はもともと連体助詞であったから名詞に係っていたわけである。しかし、2.4 で みたように「我が泣く涙」〔2.4. 例文6)〕のような形で名詞と名詞の間に動詞が入り込. むと、「他ならぬAであるところの(A⊂?)」という「Aガ」は「他ならぬAの」何であ るかを早く規定したいので、次に来る言葉と強く結びつきやすい。そこで、次第に動詞と の結びつきを強めていくこととなる。すでに『万葉集』において、動詞との結びつきの方 が強い「ガ」が多く見られる〔2.4. 例文7)8)など〕が、平安期の推移を、山田(2010). が八代集を用いて、主語表示性の希薄な場合Aと濃厚な場合Bとして示している9。少しず つではあるが「ガ」が動詞との結びつき(即ち主格性)を強めていることが見てとれる。 3.2.2. 「ガ」の主節主格使用. 山田(2010)はまた、平安期から鎌倉期にかけて、会話文における強調表現や疑問表現 で、 「ゾ・カ係り結び」が「~ガ~ゾ」「~ガ~カ」の形に移行していると述べている。こ の移行は、山田が「有情 A」という一・二人称代名詞、人固有名詞10につく「ガ」から始 まり、 「有情 A 以外の有情名詞(山田は有情 B としている) 」 、 「非情物」へと広がって行っ たという。 その理由として山田(2010)は、北原(1984)のいう「係助詞のプロミネンス化」―― 「A ヲゾ~」は「A を~」 (. はプロミネンス)のようにプロミネンス化して強調できるが、. 「A ゾ~」はゾが無くなるとプロミネンスの置き場所が無くなる、そこに「が」が入った と見る――を挙げている。これは、係り結びの方の事情としては、その通りであろう。だ が、プロミネンスの置き場所が、なぜ「ガ」だったのか、と考えてみると、 「ガ」の<囲い 込み限定>という取り立て機能が、係助詞ゾの持っていた焦点化機能(共同注意要請機能 と言っても良い)と近かったため「ガ」が「ゾ」の位置に入り、終助詞のヨ・ゾ・カナ等 は連体形に付くのでこれが付けば「ガ」の連体句内で働くという制約もクリアできるので、 「~ガ~ゾ」という形式が成立したと見られる。 「ガ」は、係助詞ゾの位置に入ることで、主節使用の解答提示の用法を獲得したと考え る事ができる。以下の山田が強調表現の「~ガ~ゾ」として挙げた例文15)~31)を 9 10. 山田(2010:128)4章表2。 これらは、前掲のように、もともと基本的に「ガ」に上接する名詞である。. 31. - 31 -.
(12) 見てみると、いずれも「ガ」は主節使用になっている11。但し、文末に終助詞「ゾ・カ」 が付いているので、 「名詞ガ名詞(準体)」の形にはなっている。15) 「われらのしどけな いことだよ」17)「自分のあまりに異様なことよ」18)「自分たちの鬼であることよ」 のように連体として読むことができる。 平安期(有情 A ガ) 15)「われらがしどけなきぞかし」(『宇津保物語』p940) 16)「をのが侍るぞとて」( 『宇津保物語』p1520) 17)「わがあまり異様なるぞや」( 『源氏物語』5 総角p292) 18)「己等ガ鬼ニテ有ルゾ」(『今昔物語』1p340) 19)「惟成が落としたりつるぞ」( 『落窪物語』p83) 鎌倉期(有情 A ガ) 20)「その庭にながいめが候ぞ」(『古今著聞集』p303) 21)「左兵衛尉長谷部信連が候ぞ」(『平家物語』上p287) 22)「おのがわたくしに里隣わたくしのものどもよびあつめて候ひつる」 (『宇治拾遺』p274) 鎌倉期(有情 B ガ) 23)「信頼という不覚仁が、あの門やぶられつるぞや」 ( 『平治物語』p224) 24) 「愚息の小童が書て候」( 『古今著聞集』p318) 25) 「城のうしろの案内をばかうのものがしる候」 ( 『平家物語』下p197) 鎌倉期(非情ガ) 26)「ふかくおさめをく期があらんずるぞ」( 『平治物語』p292) 27)「在るむねがあるぞ」( 『平家物語』下p100) 28)「一向前がくらうて見えぬぞ」(『平家物語』下p148) 29)「鎧が、けふはおもうなたるぞや」( 『平家物語』下p179) 30)「雪ハ北サマガ目出也」(『十訓抄』p124) 31) 「御牛の鼻がこはう候」 ( 『平家物語』下p141). (以上、山田(2010)より). 平安期の「~ガ~ゾ」形式は、 「ガ」の上接語が「われら・をの・惟成」のように有情 A のみであるが、鎌倉期になると、 「不覚仁23) 、小童24) 、かうのもの25)」と人普通 名詞(山田の有情 B)も現れている。山田は事実の変化だけを述べているのであるが、こ れは、鎌倉期になって「ノ・ガ」の区別がはっきりしなくなり、「ノ」→尊敬、「ガ」→非 尊敬、という使い分け12が成立したことによると思われる。20)~25)の「人ガ」は、 21)22)24)では自分・身内「ガ」であり卑下、20)23)25)では軽蔑の意 が含まれている。 11. 「ゾ」にはもともと文末指定辞であったわけで、「ゾ」が付いた所が主文末というのは当然と言えば当然であ る。 12 『宇治拾遺物語』巻七の二「播磨守為家の侍佐多が事」 、 『古今集註』巻四・秋上 224、はその証左として有名。 尚、ノ→尊敬、ガ→非尊敬、の対立が 16 世紀末まで続いたことは、安田(2003)が『日本大文典』の記述な どから明らかにしている。. 32. - 32 -.
(13) 「ガ」の使用がこのような人普通名詞に広がったことで、 「ガ」が持っていた上接語制約 が外れると、ゾ係り結び→「~ガ~ゾ」の流れは一気に進み、 「物名詞(非情)ガ」へも広 がっていったと考えられる。 さらに、鎌倉期の「ガ」〔例20)~31)〕を見ると、鎌倉前半の『平家物語』あたり までの作品では、文末に「ゾ」などの終助詞が付いているが、『平家物語』 『宇治拾遺』あ たりを境に鎌倉後期の『十訓抄』 『古今著聞集』では終助詞がないものが増えている。この ように、鎌倉後期から室町期にかけて「~ガ~連体形ゾ」の形から次第に「ゾ」のない「~ ガ~連体形」になり、「連体形終止(終止・連体合一化)」と「ガの主節使用」が定着して 行ったと見られる13。室町期の物語の会話文には以外に多くの連体ではない「ガ」が主節 での使用を含め使われている14。 このように、連体助詞から出発した「ガ」であるが、次第に動詞との結びつきを強め、 係り結びの衰退により「~ガ~ゾ」形式で旧来の係り結びのゾの位置に入ることで、主節 での解答提示用法を獲得し、さらにその終助詞ゾ等が書き言葉から消える事で、主節での 主格の地位を確立してきた、ということであろう。 3.2.3. <中立叙述ガ>の成立. 奈良期の「ガ」は<囲い込み限定>という前項による限定機能を持っていた。しかし、 現代の「ガ」には前項による限定のない全文焦点の<中立叙述>用法がある。これは、ど こから来たのであろうか。 『万葉集』以来、 「ガ感情形容詞」という形が、さほど多くはないが一定数使われ続けて 「がわびしさ」のような名詞形や「がわびしき」のような準体として使われること いる15。 が多かったが、已然形や連用形も見られる。名詞形や準体でない例をいくつか挙げる。 32)にほひたるがわびしければ 33)散るがわびしければ 34)見るがわびしく. (『落窪』p100). ( 『枕草子』p190) ( 『浜松中納言』p339). 35)かこち来たらんがめでたからん. (『枕草子』p307). 36)おほせらるるがかたじけなければ 37)いみじう慕うがうつくしう. (『宇治拾遺』p267). (『堤中納言』p373). 38)侍けるがおもしろくきこえければ. (『古今著聞集』p183). これらは、たとえば35)の場合「ガ」を使わなければ、 「ぬれてかこち来たらんφめで たからん」のようになり、 「来たらん」が準体であることがわかりにくくなってしまう、と いった事情もあり、「ガ形容詞」の形が定着してきたと推測される。野村(1996)は、動 詞文の例を挙げ、連体形終止文の増加に伴い、無印用言の連続を避けようと言う意識が、 13. 筆者が「がある」を検索(国文学研究資料館大系本文データベース使用)したところ、 『平家』および能楽本 では「があるぞ」「があるよ」が主流、それ以前は連体・準体使用、狂言資料では「がある。」が多数、という 結果であった。 14 「窓の教」に 5 例、 「乳母の草紙」に 7 例、 「師門物語」に 3 例、 「弁慶物語」に 22 例など。 (うち終助詞が付 いているものは1/4弱) 15 この点については、すでに大野(1977)に早くから指摘がある。. 33. - 33 -.
(14) 「準体φ」を「準体ガ」に替え、 「準体ガ―終止形」の形が増えているとしているが、似た ような事情が「ガ形容詞」の場合も働いていたと考えられる。 現代語の「雪が降る」 「夜が更けた」のような、眼前の情景・出来事を描写する<中立叙 述ガ文>は『万葉集』では「雪ぞ降る」 「夜ぞ更けにける」のようにゾ係り結び文が担って いた。これが前節で述べたように「雪が降るぞ」 「夜が更けにけるぞ」になり、やがて「ゾ」 が落ちて「雪が降る」のようになった、と考えられる。 「雪が降る」では「降る」という状態の主が「雪」であり、上記「ガ形容詞」の例えば 33)であれば、ある感情「わびし」のもとが「散るということ」というのとかなり類似 の関係にあり、限定の意味合いはあまり強くない。たまたま外界に知覚できたものが「雪」 「散っていること」であり、そこに生まれた認識・感情が「降る」 「わびし」である。山口 (2004:24)は「花が咲いた」は「花」があって「咲いた」が起こる、「水が飲みたい」 は「水」があって「飲みたい」気持ちになる、このように「事柄をもたらすもとになった ものを指す」のが「ガ」であって、言わば「発生格」あるいは「由来格」である、として いる。こうした感覚が、 「名詞ガ」と状態性述語との間に生まれてきていたと考えることも できる。このあたりが、<中立叙述ガ>文(現象文)につながる流れと考えられる。 大野(1977)は、『万葉集』の「ガ」は家族や恋人など身内を表わすウチの語に付くと していた(2.1 参照)が、その「ガ」が「ゾ」の位置に入ることで――特に例23)~3 1)のような有情 B や非情につくことで――ソト事態をうけるようになった16。助詞「ゾ」 のなくなった「雪が降る」は強調の意味も薄れ、古来ソトの叙述に使われてきた「φ」の 「雪ふる」と意味の違いがほとんどなくなっていた、というのが『天草本』が出来た頃の 日本語だったのではないだろうか。とすると、主格という意識のある『天草本』著者が「雪 『平 が降る」の方を採用したのは自然な成り行きではなかろうか。山田(2010)によると、 家物語』で主節の「名詞φ」の部分に『天草本平家物語』で付加された助詞は「ガ」が最 も多く、付加された 84 例のうち、43 例が存在詞文、11 例が非対格自動詞文、15 例が形 容詞文で、非能格自動詞文 13、他動詞文 2、名詞文 0 だそうである。状態性のソト叙述に 「ガ」の付加が行われていることがわかる。 現代語の眼前描写<中立叙述ガ文>は『万葉集』ではゾ係り結び文が担っていた。それ が「雪ぞ降る→雪が降るぞ→雪が降る」のようになり、強調の意味は薄れ「雪φふる」と あまり変わらぬ意味になった。一方で「ガ感情形容詞」も『万葉』以来使われており、山 口(2004)の言う「発生格」のような「名詞ガ状態性述語」の形が生まれ、これが<中立 叙述>の「ガ」の用法につながったと考えられる。. 4.まとめ 「ガ」は古代から現代に至るまで使われているが、その使われ方は大きく異なっている。 本稿では、まず2章で、最古の書記資料の一つである『万葉集』における「ガ」の用例 を調べ、 「AガB」は「BのうちAであるところのもの(A⊂B) 」であり、 「ガ」は<囲い 込み限定>という機能を持つ連体助詞であること、従ってその限定の及ぶ範囲は連体句・ 16. 「ゾ」はソレという指示語語源説があるように、指示・叙述できるソトの物・事につく助詞である。 (詳しく は、島(2013)参照). 34. - 34 -.
(15) 従属節内に収まることを確認した。 次に3章では、現代の「ガ」の用法のうち、『万葉集』の「ガ」の用法から説明できな いのが「主節での主格使用」と「<中立叙述>の用法」であることを確認し、これらがど のようにして成立したのかを、「ガ」についての最新のまとまった通時的研究である山田 (2010)の研究成果をもとに考察した。すなわち、係り結びのゾ・カ・ヤの位置に「ガ」 入ることで、 「ゾ」の持っていた「主節名詞の取り立て」や「ソトの名詞の取り立て」を「ガ」 が引き継ぎ、古来「ソトの名詞の取り立て」を担っていた「φ」の位置にも「ガ」が使わ れるようになり、<中立叙述>の用法も生まれたと考えられる。 「ガ」は本来、<囲い込み限定>という性質を持つ連体助詞であったが、歴史的変遷を 経て、現在では<囲い込み限定>でない<中立叙述>の用法を持つに至っている。より精 細な検証は今後の課題ではあるが、助詞「ガ」のたどった複雑な道筋を明らかにする一つ の方向性は、示せたのはではないかと思う。. <参考文献> 青木怜子(1952) 「奈良時代における連体助詞「ガ」「ノ」の差異について」『国語と国文 学』東京大学国語国文学会. 石垣謙二(1955) 『助詞の歴史的研究』岩波書店. 石田春昭(1939) 「コソケレ形式の本義(上)(下) 」『国語と国文学』16-2・3 東京大学 国語国文学会. 大野晋(1977) 「主格助詞ガの成立(上)(下) 」『文学』45-6・7. 北原保雄(1984) 『文法的に考える』大修館書店. 島映子(2013) 「共同注意の観点から見た『万葉集』のゾ・コソ」 『言語教育・コミュニケ ーション研究. 第8集』昭和女子大学.. 竹内美智子(1987)「古文における連体格」『国文法講座 3. 古典解釈と文法』明治書院.. 野田尚史(1996) 『 「は」と「が」 』くろしお出版. 野村剛史(1993a) 「上代語のノとガについて(上) (下) 」 『国語国文』62‐2 京都大学文 学部. 野村剛史(1993b) 「古代から中世の「の」と「が」」『日本語学』12‐10. 野村剛史(1996) 「ガ・終止形へ」 『国語国文』65‐5 京都大学文学部. 野村剛史(2005) 「中古係り結びの変容」 『国語と国文学』82‐11 東京大学国語国文学会. 安田章(2003) 「格助詞の潜在」 『国語国文』72-4 京都大学文学部. 山口明穂(2004) 『日本語の論理』大修館書店. 山田昌裕(2010) 『格助詞「ガ」の通時的研究』ひつじ研究叢書 76. 山田孝雄(1912) 『奈良朝文法史』1954 改版,宝文館. Langacker,Ronald W.(2008)Cognitive Grammar :A Basic Introduction, Oxford University Press.. 山梨正明監訳『認知文法論序説』 (2011)研. 究社.. 35. - 35 -.
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