1.は じ め に e-Learningという言葉が普及し始めて久しい。国内の 大学において e-Learning 導入が真剣に検討され始めるよ うになったきっかけは,2001 年 3 月に行われた大学設置 基準法改正12)であろう。この改正により,双方向で対面 講義に相当する教育効果さえ確保できれば,卒業に必要 な 124 単位のうち 60 単位を遠隔講義で取得することが可 能になった。教育への情報技術,さらにネットワーク技 術の利用という流れの中,「遠隔講義」による単位取得 は時代の流れに即したものとなった。また,この改正は 少子化による学生確保が難しくなる中,新しい学生層を 確保するための道を開くきっかけとなっている。これを 受けて,各大学では単なる教育への情報技術の利用だけ ではなく,ネットワークを利用した双方向性の高い e-Learning導入への試み,検討を始めている。しかし,そ の一方で,e-Learning の成功例をあまり耳にすることが ない(特に国内では)。これは何故なのであろうか?本 論では,これまでの e-Learning の取り組みを踏まえたう えで,今後,e-Learning を導入する際に検討すべき点を 整理し,今後の e-Learning を利用した教育のあり方につ いて述べるものである。 2. e-Learning 導入の現状 2.1 e-Learning とは 「e-Learning」 は様々な定義で利用されている。その多 くは,e-Learning の“e”である“electronic”つまり,なんらか の電子的な媒体を利用する授業や教材を電子化しただけ のものを指している場合が多い。しかし,単に電子的な 媒体を利用しただけでは従来から行われてきた CAI (Com-puter Aided Instruction)と変わらない。従来の CAI などと 異なる点は,e-Learning では「ネットワークを利用する」 という点である。すなわち,「e-Learning」 とは,「イン ターネットを代表とするコンピュータネットワークやコ ンピュータに代表される IT を活用して行う双方向性の 高 い 教 育 」 と い う こ と が で き る で あ ろ う 。 さ ら に , e-Learningシステム(単にシステムを含めた形で e-Learn-ingと呼ばれることもある)は,学習者が自分の理解度 に応じて学習を進められるよう教材を提供する一方,教 員が学習管理システム (LMS: Learning Management Sys-tem)などを利用して学習者の理解度をはじめとする学習 状況を把握し,適切な指導を行うことを実現するシステ ムである(図 1)。 このことからも,e-Learning の場合は,通常の対面授 業とは異なり,学習者の主体性が求められる学習スタイ ルとなることがわかる。 本論文内においは,e-Learning とは「学習者が主体的
e-Learning
利用の現状と課題
牧 紀 子 *
The present situation and a problem of the e-Learning
Noriko MAKI*
Many of universities start or examine introduction of e-Learning, for reproduction of university education and secu-rity of the number of the students. However, there are extremely few examples that succeeded in introduction of e-Learn-ing. There are many problems that we should examine. We must argue in particular about a purpose to introduce e-Learning and support systems for teachers and students into enough. Problems of copyright include the matter which should consider the teaching contents for e-Learning in development. In this article, I analyze the present situation of e-Learning introduction in Japan. Furthermore, I point out the problems that we should examine on the occasion of e-Learning introduction. And, I suggest that we apply technique of instructional design in e-Learning construction, and show a clue for future e-Learning introduction.
Vol. 41, No. 1, 2007
*総合文化教育センター 講師 平成 18 年 10 月 10 日受付
に自分の理解度に応じて学習を進め,教員は学習・理解 情報を見ながら適宜指導を行う教育」と定義し,そのた めに必要な双方性を持ち,学習管理が行える機能を備え たシステムを e-Learning システムと定義する。 2.2 国内における現状13),6),8) (社)私立大学情報教育協会の 17 年度調査報告1) によ ると,私立大学において何らかの形で e-Leaning を全学 的に実施している大学が 8%,一部学部学科で実施して いる大学は 15% となっている。20 年度までの展望で見 てみると,全学的実施を視野に入れている大学は 23% に 上っており,全体的な傾向として e-Learning 導入・実施 の動きは確実に広がっている。 また,高専以上の高等教育機関を対象とした(独)メ ディア教育開発センターの調査8) によると,何らかの形 で e-Learning に取り組んでいる大学のうち,組織的に取 り組んでいる割合は 32.3% だけであり,学内の一部の組 織での取り組みが 57.6%,組織的対応ではなく,教職員 の個人的な取り組みが 24.4% となっている(表 1 参照)。 e-Learningの組織的な対応の必要性が示唆される中で, 現実では,一部または個人的な努力の実施に留まってい ることがわかる。 さらに,導入目的としては,「効果的な教育を実施す るため (82.3%)」,「多様な学習形態へ対応するため(67.7 %)」,「教育を効率的に実施するため (57.3%)」,「質の高 い教育を行うため (48.8%)」などが上位に挙げられてい る。このことから,教育効果に対する IT 技術への期待 図 1 CAIと e-Learning の違い 表 1 ITを活用した教育の取り組み(複数回答可) 割合 学内の一部の組織で取り組んでいる 57.6% 学内で全体的に取り組んでいる 32.3% 組織的な対応ではなく,教職員が個人的に 取り組んでいる 24.4% 国内の大学等とのコンソーシアムで取り組 んでいる 11.0% 海外の大学等とのコンソーシアムで取り組 んでいる 4.1% その他 3.2% (独)メディア教育開発センター研究報告書より抜粋
感がかなり強いものであることが見て取れる。また,実 施校における授業への活用方法としては,「対面授業と e-Learning等のブレンド型の授業」が最も多く (70.9%), 授業の補習用としての利用が次に続いている (47.1%)。 ネットワークの利点を活かした対面授業の代替として単 位認定までも行う講義への利用や,遠隔授業用(離れた キャンパス間での同時授業など)としての利用は少ない (表 2)。表 2 中の「e ラーニング等による履修のみで修 了できる講義」の事例としては,通信制学部の授業利用 として八州学園大学4)などが積極的に行っており,来年 度からは早稲田大学人間科学部が新たに通信制に e-Learning利用授業を全面的に導入する10)。さらに,大学 院への授業展開としては熊本大学が来年度新研究科の開 講に際してやはり全面的に導入するなどの事例が挙げら れる5) 。 導入目的や授業提供の形態は様々であるが,どのよう なコンテンツが作成され,提供されているのかを分類す る。諸学会の発表や論文などを見るとその実施されてい る内容の幅はきわめて広いが,多くは次の形態に分けら れる。1) 既存授業の教材を単に電子化する,2) Web 上で 電子化した教材の提供や FAQ または掲示板などを利用す る,3) e-Learning システム専用サーバを導入し,講義用 の電子教材提供だけではなく,LMS (Learning Manage-ment System)機能を利用した成績管理なども行う,4) 講 義そのものを Web 上や専用システムを利用して行う遠隔 同時講義,5) 郵送による通信教育の代替として,ほぼす べての講義および成績管理を,ネットワークを介して行 う形式である。ここでは 5 つに分類したが,1)3) は既 存授業の補完としての利用がほとんどであり,5) のいわ ゆるディスタンスラーニングを大学教育において実現し ている例は上述したように極めて少ない。 利用例をもう少し具体的に見ると,1) の場合は,手始 めに講義資料を手書き資料から単純に PDF などの電子 メディアに変換する段階から始まる。一歩進んで,文書 作成,表計算,プレゼンテーションソフトを使った教材 作成になり,さらに,FLASH や動画などのマルチメディ アコンテンツを含んだ教材までとなり,電子化された教 材を作成するというだけで大きな格差が生じている。実 際,コンピュータの普及に伴って講義資料のデジタル化 が促進されているわけではなく,2 極化が進み,想像以 上に多くの教員が教材の電子化さえ行っていないという 調査報告もある。したがって,e-Learning 化を始める場 合,まずは手書き資料のデジタル化からということに なってしまっている傾向は否定できない。一方で,IT の 利点を活用したマルチメディアコンテンツの作成となる と,コンテンツ作成の支援組織がない限り,教員自身の スキルに依存するため,マルチメディアコンテンツ化も 非常に少ない。 教材の電子化から一歩進み,Web などを通じて学生へ の配信の段階まで進んだ場合,学外の通信速度の確保, セキュリティ確保,著作権処理,サポート体制の確保な どの点から,学内のみでの利用に留まっている例も多い。 そのため,授業への利用形態で学外への配信が進まず, 「どこからでも学習できる」というネットワークを利用 した教育の利点が生かされていないままになっている現 状にある。 2.3 e-Leaning のメリット・デメリット 2.2で述べたように e-Learning に寄せる教育効果への期 待は高い。しかし,e-Learning 導入に際しては,そのメ リット・デメリットを十分に理解しておく必要がある。 e-Learningは決して万能な教育システムではなく,あく までの教育の情報化としての一手法であり,対面型講義 とは異なるという学習形態であるという認識がないと導 入には,利活用には失敗する。 【e-Learning のメリット】 一般的に,e-Learning のメリットとしては次のような 表 2 ITを活用した教育による授業の提供(複数回 答可) 項目 割合 対面授業と e ラーニング等のブレンド型授 業を行っている 70.9% 授業の補習として e ラーニング等の授業を行 っている 47.1% eラーニング等による履修のみで修了でき る講義がある 22.7% 離れた場所で集合学習として e ラーニング 等による授業を行っている 12.5% 他大学への授業の配信を行っている 8.4% 海外の大学へ授業の配信を行っている 3.2% その他 10.8%
ものが挙げられる。 ・様々な学習手段を提供できる ・時間や場所に縛られることなく,自由に学習できる (教育機会の拡大) ・自学習が可能である ・学生個々の理解力に応じた学習支援が行える(システ ム的に) ・繰り返し学習が可能 ・学生の学習状況が把握でき,教員が個人個人に適切な 指導ができる ・成績管理などが自動化できる 以上が良く挙げられるメリットであるが,これを学習 者と教員側の視点で整理する。 学習者側 ・時間や場所に縛られることなく,自由に学習できる ・自分の学習ペースで進めることができる ・繰り返し学習が可能となり,理解を深めることが可能 となる 教員側 ・学生の学習状況や理解状況を把握しやすい ・成績管理などが効率化できる ・様々な学習手段が利用できる ・学生に対して様々な教育(学習)機会を提供できる 【e-Learning のデメリット】 上記のメリットに対して,デメリットとしては次のよ うなものが挙げられる。 学習者側 ・学習意欲の維持・向上が難しい ・Live 授業でない限り,その場での問題解決が行えない (即応性がない) ・教員や他の学習者とのコミュニケーションの確立が難 しい 教員側 ・教材の作成に多大な労力が伴う ・対面が講義に比べて学習効果が低い ・実技を必要とする教科には利用しづらい ・学習者の理解状況をデータからでしか把握できない ・学習者の学習意欲を維持するために対面講義以上の労 力が必要となる場合がある 学習者にとっては e-Learning による学習割合が高くな るほど,その学習意欲を持続する難しさが大きな問題と なっている。同時に,教員側も飽きさせない教材作成や システムを介した密度の高いコミュニケーションなどに 多大な労力を要求される。しかし,e-Learning 活用を考 えた場合,教員側にとっての最大の障害となるのは,教 材作成およびそのメンテナンスであろう。第一段階とし て教材を始めて作成する労力もかなりものであるが,第 二段階として,一度作成した教材をメンテナンスする労 力も予想以上のものがある。一部では,e-Learning 導入 のメリットとして「教材の再生率の高さ」を挙げている が,動画を連携するなどコンテンツの完成度が高いほど 修正作業は煩雑になる実情があることはあまり触れられ ていない。この教員側の教材作成労力を軽減しない限り, e-Learningを導入してもその効果を期待するほどの運用 実績を作り上げることは難しい。 2.4 e-Learning システム8),9) 本格的に e-Learning を導入する場合,システムとして は学習支援や成績管理機能等を持つ LMS が必要となる。 LMS機能を備えた e-Learning システムは多くある。LMS を導入している大学の利用割合を見ると独自開発が最も 多く,次に WebCT, Internet Naviware, Webclass17), Black-board16), Moodle17)の順番になっている。WebCT は現在で は Black Board に吸収されているので,それを加味する と既存システムとしては Blackboard が最も利用率は高く なる。日本国内において独自開発が多い理由としては, 学内事情にあったシステムを作れることにあるであろう。 アメリカなどでは独自開発の無駄をなくしたオープン ソースの利用が高まっている。 筆者がこれらのいくつかの既存システムを利用した経 験から述べると,各システムにはそれぞれ特徴があり, 教育目的によって最適なシステムは異なってくる。しか し,どのシステムにも共通して感じることは,学習者側 の利便性に重点が置かれたシステムという感がある。ま た,教員側機能として成績管理やコミュニケーション ツールなどの機能は充実・向上をするが,「教育」とい う観点から見た機能は必ずしも十分組み込まれていると は感じられない。ともすると,学習者側の利便性ばかり が追求されており,教員側の教育意図を反映しづらい作 りになっているものと感じる。例えば,講義を映像配信 する場合で考える。いかなる授業においても「ここは絶 対聞いてほしい,理解しない限りは先に進めない」とい う点があるはずである。しかし,現在のシステムではそ のような意図は反映できない。「自分のペースで学べる」, 「自分の学びたいところから(だけ)を学べる」という 学習者にとっての機能が「教育」の観点からは支障とな
り,これらの機能を逆手に取り,「自分の聴きたいとこ ろ,見たいところしか学ばない」という学習行動につな がっている。むろん,確認テストなどを実施することに より,学習者に対して学び直すもしくは学び直さざるを 得ない機会を提供することは可能であるが,そのような 学習方法では局所的な学習となり,一連の流れで大局的 に理解するという教育効果は薄れてしまうのではないか と感じている。 e-Learningを導入する場合,どのシステムを採用する か/独自開発するかは,導入後の利用率に大きな影響を 与える。後述するが,システムを決めて教育を考えるの ではなく,どのような教育をするのかを明確にした上で システム選定をしない限り,単に費用を投資しただけの 無用の長物になりかねない危険性は極めて高い。 3. e-Learning 導入のうえで検討すべき点 e-Learning導入・実践の実態について述べてきたが, 今後,組織的に e-Learning 導入を考えた場合にどのよう な点を検討すべきかについて本章では触れる。 e-Learningを導入している大学が挙げた導入課題の 上位 3 項目は,「コンテンツ作成」,「利用指導・サポー ト体制」,「導入のための学内コンセンサスづくり」であ る8) 。これら 3 つの課題を踏まえた上で,組織的取り組 みとして検討すべき点を述べていく。 3.1 導入目的を明確にする まずは,組織として e-Learning を導入する目的を明確 にすることである。ここでの導入目的とは,前章で述べ たような「効果的な教育をしたい」,「質の高い教育をし たい」などのような漠然とした目的ではない。何らかの 教育目的があり,それを実現するための手段として e-Learningを導入するはずであるから,まずは教育目的を 明確にすべきである。仮に「効果的な教育をしたい」,「質 の高い教育をしたい」などの目的であるとしても,何を もって効果的な教育といい,何をもって質の高い教育と いうのかの指標をはっきりと定めておくべきである。次 節以降でも触れるが,明確な目的がない以上,e-Learn-ingによって目的を達しているか否かの評価はできない。 むろん,それ以前に,組織内のコンセンサスも得ること は難しい。 さらに,目的と併せて授業への利用形態についても指 針を持つ必要がある。対面授業とのブレンド型なのか, 事前事後の補習用としての利用なのか,遠隔教育として 利用するのか等その利用形態に応じて導入すべきシステ ム,作成すべきコンテンツ,必要となる支援体制などが 異なってくる。もちろん,段階を経て導入することも考 えられるが,その場合であっても必ず各段階でどのよう な形態を目指すのかを明らかにしておく必要がある。こ れらの目的が不明確なまま e-Learning を導入しても失敗 するだけである。言い換えれば,単なるトップダウン的 に e-Learning を導入しても教員の理解が得られない一方 で,導入した e-Learning システムが実際に目指す教育に 合致せず無駄になることは明確である。過去の事例から 見ても,目的が不明瞭なまま導入された e-Learning は, 膨大な費用をかけた割には普及しない,つまり,導入の ための学内コンセンサスが得られないまま進めることに より,無駄な投資になっているケースは多く存在する。 このような失敗を避けるためにも,後述するインストラ クショナル・デザイン的アプローチを導入して,目的を 明確にし,それに合致した組織作り,コンテンツ開発を 行うことこそ e-Learning 導入のための最初のステップで ある。 3.2 e-Learning の限界を理解する e-Learningは万能ではない。すなわち,e-Learning を導 入すれば教育上の問題は解決し,効果的な教育が実現で きるわけではない。e-Learning を利用して出来ることと 出来ないことの限界を見極めずに実施すると,コストと 労力をかけて闇雲に教材をデジタル化するだけに終わっ てしまう。言い換えれば,人が対面で教育すべきことと, 人の代替として教育・学習可能なことを意識し,区別し なければならない。教育をするものも,教育されるもの も人間である。システムを通じて教育できることを理解 した上で利用しないと,学生も教員もシステムに振り回 されてしまい,本来の教育を見失ってしまう危険性があ る。 筆者は,「教育」すなわち「教え,育む」ためには, 何らかの形で「人間」が介在できる余地を残しておく必 要があると考えている。教育の情報化によって効率性が 問われがちだが,その反面として,効率を追い求めると 教育本来の部分が置き去りになりがちになってしまうこ とを懸念している。人からしか学べないこともたくさん あるはずである。e-Learning に無理やり現状の教育をあ わせた代替授業を構築するのではなく,あくまでも教育 に e-Learning を利用するという姿勢が望ましく,その姿 勢を忘れてはならないと考えている。e-Learning 化を急
ぐあまり,本末転倒になることだけは避けなければなら ない。 3.3 インストラクショナル・デザインの導入13),14) e-Learningが対面授業の補完としてだけではなく,代 替授業として活用されるようになるほど,教材コンテン ツの品質は非常に重要になってくる。また,いかなる場 合においても,e-Learning を利用して教育目的に合致し た効果的な授業が行えているかどうかは評価していかな ければならない。そのためには,教育プロセスを調査, 分析,設計,開発,実施,評価,改善というフェーズか ら成るシステムである考えた教育システム開発手法であ るインストラクショナルデザインの適用が着目されてい る(図 2)。 インストラクショナルデザインは,「人はいかに学ぶ か」「学習とは何か」という問に対峙し,より良い学習 の環境を総合的にデザインすることを目指している。そ のため,インストラクショナルデザインは特別 e-Learn-ingのために開発された考え方ではない。 しかし, e-Learning用コンテンツの開発,運用にはインストラク ショナルデザインの考え方を導入・適用することが有効 であると言われている。教材開発だけではなく教育・学 習の一連の流れにシステムを適用することによって,従 来の講義形式とは異なる教育・学習スタイルが創出され る可能性は高い。単純に従来講義をデジタルに置き換え るのではなく,システムを利用してより効果的な教育方 法を構築するために,このような「教育」の環境を分析 し,「何が」最も必要とされており,最適な手段なのかを 見極めることが求められる。 インストラクショナル・デザインを通じてあらためて 「教育」を分析することは,e-Learning 導入の有無に関わ らず授業改善のひとつの方策である。その分析結果に基 づいて e-Learning を導入し,教育効果の評価ならびに改 善までをサイクルに入れることにより,初めて「教育効 果の高い」,「質の高い」教育を実現できることになると 考えられている。 3.4 教材作成の支援体制づくり 前述のようにインストラクショナル・デザインを導入 し,カリキュラム設計をした場合であっても,教材作成 の労力は決して減るものではない。(独)メディア教育 開発センターの調査8) によると,コンテンツ開発の主体 図 2 インストラクショナル・デザインのサイクル
は,「組織的対応ではなく,教職員が個人的に対応」が 最も多く,組織的に対応しているケースや外部に委託し ているケースは少ないという結果がでている。 e-Learningを組織的に導入しようという動きがある中 で,その主要を占めるコンテンツ開発が教職員個人に依 存していることは大きな問題である。これは,教職員個 人の負担が増えるだけではなく,コンテンツ開発が教職 員個人の IT スキルに依存してしまうからである。いか にコンテンツの品質を高く保とうとしても,いかに教職 員のモチベーションが高くても,コンテンツ開発に必要 となる IT スキルがなければ片手落ちである。さらに,作 成されるコンテンツの品質にも IT スキルの格差によっ てバラツキが生じてしまう。 さらに,教職員のコンテンツ開発の負荷の高さは,教 員側に e-Learning の浸透を遅らさせる最たる要因である。 実際に,同報告書によると,e-Learning を実施している 機関による e-Learning 導入のデメリットとして「コンテ ンツの作成などの教員の授業準備の負荷の増加」が最も 高い (66.9%) という結果が出ている。「e-Learning コンテ ンツは再利用しやすい,再生率が高い」と言われている が,決してそのような利点ばかりではない。初期段階の 教材作成の負荷はおそらく通常の対面講義以上のもので あろう。さらに,動画などを連動した教材コンテンツな どのように完成度が高いほど,修正がしづらいという側 面がある。コンテンツの「維持」に作成時とは異なる多 大な労力が必要となることはあまり触れられていない。 そのため,「教育コンテンツは一度作ってしまえば終わ り」という考えで導入がされてしまう危険もある。当た り前のことであるが,教材は永久的なものではなく,常 に改善・更新されるものである。e-Learning でも,教員 は内容を更新するたびに教材コンテンツを更新し続けな ければならない。教員が教材コンテンツを維持出来なけ れば,教育そのものが維持できないことになる。もしく は,何年も同じ教材コンテンツを使い続けるという,負 の効果を生み出すことになる。 コンテンツの品質を確保するためにも,教員の教材コ ンテンツ作成・維持の負担を軽減するためにも,組織的 なサポート体制は必須である。e-Learning を積極的に推 進している帝塚山大学6),7) などでは,学内に専門スタッフ を置き,教員の全面的なサポートを行っている。この部 署では,教員のコンテンツ作成のサポートを行うと共に, 教員に対してコンテンツ開発のための最低限必要となる 基本的な IT 技術の教育も定期的に行っている。教員に 対する適切なサポートと教育体制こそが良いコンテンツ 作りに必要不可欠な条件である。 3.5 運用支援体制作り(チュータ,メンター,TA な どの活用)11) e-Learningの売りのひとつに「双方向性の確保」や 「様々なコミュニケーションツール」などが挙げられる。 たしかに,現在のような IT 世代の学生にとってはメー ル,掲示板などを通じたコミュニケーションツールは違 和感なく受け入れられるものである。一方で,対面講義 と異なり,同時双方向講義でない限りは「即応性」は弱 くなる。従来の対面型講義の場合は,わからないことを その場で聞き,その場で回答を得られるという点では非 常に教育効果は高い。また,教員もその場で回答するこ とにより,質疑応答にそれ以上の時間を割くということ は通常は生じない。しかし,e-Learning の場合は,学生 が疑問を持ったときにタイムリーに回答することは難し い。その点をいかに克服し,学生に対してレスポンスを していくかが教育効果を挙げ,学生のモチベーションを 維持するための課題になっている。ある報告では,学生 が質疑等を e-Mail で送ってきた場合には,数時間48 時 間以内に対応しないと,学生が e-Learning システムを使 わなくなるとも言われている。 しかし,教員は 24 時間コンピュータに向かっている わけもいかず,また,ひとつの講義を担当しているわけ ではない。さらに,文書化して伝えることは,口頭で説 明する以上に補わなければならない側面もあり,煩雑な 側面も出てくる。頻度の高い質疑に対しては,FAQ を用 意しておけばよいが,教育の性質上それだけで到底対応 できるとは考えられない。 他方で,学生は「教員から個人として認識され,対応 されることを望む」が,教員は全講義の全学生を把握 し,個別に対応することは(大学や講義の規模にもよる が)非常に難しい。 これらの問題を解決するひとつの方法として,当該授 業の内容を理解しているメンター,チュータ,TA など を活用することが挙げられる。メンター,チュータ,TA はそれぞれ役割が異なるが,学生をサポートするという 点では変わらない。学生の質疑に対する一次回答や,予 習復習の補助など,学生の学習ステップのひとつにメン ターらを組み込むことにより,学生のモチベーションを 維持し,学習効果を挙げることが期待されている。 さらに,副次的効果として,明確な目的および教育プ
ログラムの中に TA などを組み込むことにより,TA 自身 の意識改革やスキルアップも期待される。実際に,筆者 の経験からも,TA を経験した学生の中で積極的に活動 するものほど「教える」大切さ,難しさに気づき,自ら のスキルアップに励むという結果が得られている。 メンターらの活用は e-Learning 導入に関わらず,効果 的なものである。しかし,「対面」ではない e-Learning だ からこそ,対面講義以上のフォローが必要となり,メン ターらの役割が重要となってくる。一方で,学内資産の 活用・創出という点でも有用な制度である。教員だけで はなく学生も一丸となった教育体制を構築することがで きるため,積極的なメンター,チュータ,TA の活用を 検討すべきである。 3.6 利用環境づくり e-Learningを導入し,学生利用を促進しようと考えて も,そのための環境づくりがなされていなければ意味を なさない。多くの場合,まずは学内のみからの利用とな るであろう。その場合,学内に十分な利用環境を構築し ておく必要がある。 一般家庭にかなりの割合でコン ピュータが普及しているが,e-Learning システムの利用 そのものを学内に限定していれば,自宅にコンピュータ があっても意味はなく,学内の環境整備が必須となるこ とは自明であろう。導入目的・教育目的によっても e-Learningの利用形態は異なり,利用形態に見合う利用環 境( 設備面, 利用時間帯など) なしには, 学生は e-Learningを利用することはない。 さらに,単にハード面を揃えればよいと言う訳ではな い。学生の利用が促進されれば,当然,システム利用上 のサポートが必要となる。前述した TA などを活用した 学生向けのシステム利用教育およびサポート体制も構築 する必要がある。 3.7 著作権処理 平成 16 年 1 月 1 日施行の著作権法改正法によって, 第 35 条(学校その他の教育機関における複製)におけ る著作権の制限が拡大され,学習者による複製,遠隔地 での授業への公衆送信等が著作権者等の許諾を得ずに行 えるようになった15) 。しかし,その詳細を見ると,その 利用範囲および利用可能状況は極めて限定的であること がわかる。コンテンツのデジタル化に際しては,特に学 外への配信を行う場合,その著作権処理を正しく行わな ければならない。一方で,この著作権処理が e-Learning 導入の足かせのひとつになっていることも事実である。 e-Learningを導入している教育機関の教材が学外に配信 されていない理由は,学内のシステム的,セキュリティ 的な問題もあるが,著作権処理を十分に行えていないこ とも大きな理由のひとつである。 結論から言うと,著作権処理に関しては最終的には教 員が行わなければならない。なぜならば,作成した教材 のどの部分を引用,または,参考にしているのかなどを 理解しているのは教員だけだからである。 しかし,著作権処理を教員任せで良いというわけでは ない。組織的に著作権の啓蒙活動を行うと共に,著作権 処理をサポートする支援組織は必要である。例えば,的 確な法的なアドバイスや,著作者への許諾の代替処理手 続きなどが挙げられる。さらに,学内の教員によって作 成された教材コンテンツの著作権保護も必要になってく る。これらの手続きを体系的に・組織的に行うことは, コンテンツ作成などの組織的な支援体制とともに必要な ことである。 この著作権処理については,学内利用の段階から積極 的に始めるべきである。一般に公開せずに学外からでも 学生が利用できるようにと考えた時点で,「公衆送信」 に該当し,著作権処理が必要となるからである。つまり, その段階で著作権処理を始めた場合,一度学内用に作成 したコンテンツを作り直さなければならないという状況 になる確率は非常に高くなる。 一般に,教育関係者の著作権に関する考え方は甘いと いわれている。しかし,今後は「甘い」だけでは済まさ れない時代になってきている。組織が,また,教員個人 が著作権に関する理解に努め,普段からその意識に基づ いた教材作成を行っていく必要がある。 4. おわりに 簡単ではあるが e-Learning 導入の現状とこれから導入 する際に検討すべき点について述べてきた。当然ではあ るが,検討すべき点はこれだけではない。e-Learning シ ステムは教務システムとの連携が必要となるであろうし, 多方面からの検討が十分になされるべきである。また, e-Learningシステムは完成されたものではなく,今後の IT技術の発展に伴い,変わっていくものである。本文中 でも述べたが,e-Learning にあわせた教育ではなく,教 育にあわせた e-Learning 導入が大切である。教育とはコ ストのかかるものであり,効率化の図りにくいものであ る。e-Learning によって誤った効率化のみを追求した結
果,教育の品質が劣化してしまうことだけはないよう気 をつけなければならない。 参 考 文 献 1) 社団法人 私立大学情報教育協会,平成 18 年度教 育改革 IT フォーラム,2006, pp. 10–11 2) 社団法人 私立大学情報教育協会,教育改革を目 指した e ラーニングのすすめ,2005 3) SFC VCOMプロジェクト研究報告書,http://www. vcom.or.jp/e-learning/ 4) 八州学園大学,http://study.jp/univ/yashima/ 5) 熊本大学大学院社会科学研究科教授システム学専 攻,http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/index.html 6) 帝塚山大学,http://www.tezukayama-u.ac.jp/ 7) 帝塚山大学 8) 独立行政法人メディア教育開発センター,e-Learn-ing等の IT を活用した教育に関する調査報告書 2005 年度,2006 9) 中嶋航一,e ラーニングのための e ティーチング, 情報処理学会第 2 回 CMS 研究会報告,2006, pp. 1–8 10) 早稲田大学人間科学部 e スクール(通信教育課程), http://e-school.human.waseda.ac.jp/ 11) 穂屋下茂,「学部教育における e ラーニングの利用 と評価」,メディア教育研究,No.1, pp. 31–43, 2004 12) 大学審議会「グローバル化時代に求められる高等教 育のあり方について」,2000 13) ウォルターディック他,はじめてのインストラクショ ナルデザイン (2004),ピアソンエデュケーション 14) ウィリアム・ W. リー他,インストラクショナルデ ザイン入門,(2003),東京電機大学出版局 15) 文科庁 HP「著作権 Q&A」,http://bushclover.nime.ac. jp/ 16) Blackboard: http://www.blackboard.com/ 17) WebClass: http://www.webclass.jp/ 18) Moodle: http://moodle.org/