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象と象使い

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Academic year: 2021

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(1)IPSJ Magazine. [巻頭コラム] 象と象使い ▪矢入 郁子  2011 年 8 月のある日,私は家族とともに小雨が降るタイの山奥で,一本の縄が胴体に巻 かれただけの泥だらけのはだか象に乗って,険しい山の中を半日かけて散策するツアーを楽 しんでいた.象の波打つ巨体と体温とを全身に感じながら,象使いが象を誘導していく独特 のかけ声が響く狭隘な山道を行く様は圧巻だった.象との一体感,象の上から見る風景の爽 快感,象の巨体に揺られる浮遊感,象に守られている安心感などの,初体験の心地よい感覚 の数々は,「未来の機械はきっとこうなるんだろうな」と,私に強く感じさせた.  私が乗せてもらった象は日本語だと「空心菜くん」という名前だ.空心菜くんは散策中ずっ と耳で私の足を挟み,斜面の緩急や揺れに合わせて挟む力を程よく調整してくれていた.ツ アー参加者の 7 名のうち,私だけが悲鳴を上げることもなく,さらには乗りながら両手を離 してビデオや写真を自由に撮影することまでできたので,空心菜くんのことをおだやかで優 しい良い象なのだと参加者全員が心から思っていた.しかし,ホテルに帰ってツアーサイト のブログを見ると,空心菜くんは元気でヤンチャな象として,スリルを求める欧米人の男性 を中心にリピーターが多い,と書いてあった.「印象が全然違う.どうしてだろう?」,私は 旅の間中考え続けた.   「生涯でたった一人の相手として共に生きるんだよ」,と教えられた,象と象使いとの深い 絆を私はすっかり見落としていた.そのツアーでは,象使いさんたちは外国語が一切分から. 巻頭 情報処理 Vol.54 No.4 Apr. 2013.

(2) ■ 矢入 郁子 上智大学 准教授. 2008 年より現職.2012 ∼ 13 年度ヒ ューマンインタフェース学会会誌委 員会委員長.タイの山奥で象に乗った 体験とマーク・アンドリーセンのエ ッセイをもとに綴った「情報通信第 三のフェーズ,ソフトウェア時代の ヒューマンインタフェース─ Human. Interface for New Era When Software is Eating the World ─」を HI 学会誌, 2012 年 11 月 号 に 寄 稿 し た と こ ろ, この巻頭言執筆のチャンスをいただ きました.. ないことになっていて,客とコミュニケーションを取ることもなく,徹底して裏方に徹して いた.それこそが,客が象使いを意識することなく,象と自分だけの世界に没頭できる仕掛 けなのだと気がついた.象使いさんたちは,乗る人をよく観察し,乗る人がどんな人で何を 求めているかを把握して,自分の象をいとも細やかにコントロールしているのだろう.空心 菜くん担当の象使いさんは,私が母親でありスリルは求めていないであろうこと(実はそう でもないけど) ,そして私が後ろを振り向いて家族のビデオや写真を撮りたいであろうこと, などを推察して空心菜くんを上手に操ってくれていたに違いない.  客をユーザとすると,象と象使いのペアが未来の機械だ.象はシステムがユーザと接触す る部分の象徴だ.象使いはシステムの挙動をコントロールする部分の象徴だ.客は象使いが いないと象に跨がることもできない.例外は象使いの杖を持ち,象を操るコマンドを学習し た客だけだ.一方,象使いは象がいないと客へのサービスが実行できない.また象使いも象 も沢山の客を知らないと目の前の客にぴったりのサービスを予想できない.象と象使いとの 深い絆が織りなす臨機応変な協調によって,私が象に乗ったときに感じたような未知の心地 よさをユーザに提供する,そんなシステムを私もいつか作りたくなった.. 情報処理 Vol.54 No.4 Apr. 2013. 巻頭.

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