正中弓状靱帯症候群が原因と考えられた後腹膜出血に対し
interventional radiology(IVR)および
開腹手術を施行した 2 例
はじめに
正 中 弓 状 靱 帯 症 候 群(median arcuate ligament syndrome;MALS) は, 腹 腔 動 脈(celiac artery;CA) 起 始 部 狭 窄 に よ り 上 腸 間 膜 動 脈(superior mesenteric artery;SMA)系の側副血行路異常をきたす症候群で, 特異的な症状をもたず診断される頻度も少ない。膵十二 指腸動脈瘤の要因の一つと考えられており,破裂時は 依然として死亡率の高い疾患であるが,近年破裂後に interventional radiology(IVR)を駆使し救命された報告 が増えている。今回われわれは外傷機転なく MALS が誘 因となり後腹膜出血を発症し,IVR・開腹手術を施行した が,生死を分けた症例を経験したので報告する。
症例 1
患 者:67 歳,男性 主 訴:下腹部痛,嘔吐 既往歴・薬剤歴:特記事項なし谷野 雄亮
1),本間 宙
1),鈴木 彰二
1),織田 順
1),中野 浩
2) 〔要旨〕正中弓状靱帯症候群が誘因で後腹膜出血を発症し,interventional radiology(IVR)と開腹手術を施行後に,生死 を分けた症例を経験したので報告する。 【症例 1】67 歳,男性。IVR 止血後に,腸管壊死に対して開腹手術を施行し軽快転院した。 【症例 2】53 歳,女性。IVR で止血できず,開腹手術移行後に再度 IVR で止血。広範十二指腸壊死をきたし永眠された。 【考察】生死を分けた点として,止血へ至る時間差と腹腔内出血併発有無が考えられた。IVR 先行で診断・治療を行うこと が多いが,治療限界を見極める必要があった。 【結語】一手技にこだわらず,状況に応じて別手技に移行して早期止血を目指すことが重要と考える。 〔キーワード〕正中弓状靱帯症候群,血管内治療,ダメージコントロール手術 現病歴:主訴で前医を受診し,限局する腹膜刺激症状を 認め腸炎の診断で入院となった。2 日後に循環動態が不安 定となり造影 CT 検査で膵周囲を中心とした後腹膜血腫を 認め紹介受診となった。 来院時現症:身長 156cm,体重 42kg,体温 37.5℃,呼 吸数 33 回 / 分,血圧 88/54mmHg,脈拍 120 回 / 分・不整, 下腹部中心に膨満・筋性防御・反跳痛あり 来院時血液検査:Hb 6.5g/dL,血小板 24.1 万 /µL,PT-INR 1.34,WBC 16,300/µL,CRP 41.83mg/dL,AST 87IU/L,ALT 34IU/L,BUN 41mg/dL,Cre 1.80mg/dL, CK 1,699IU/L,Fib 919mg/dL腹部造影 CT 検査:後腹膜に多量の血腫と膵近傍の造影 剤の漏出,SMA 根部での閉塞と小腸の造影不良を認めた (Figure 1a)。また CA 起始部狭窄を認め MALS と診断し
た(Figure 1b)。
血 管 造 影 検 査:CA 造影検査で前上膵十二指腸動脈 (anterior superior pancreaticoduodenal artery;ASPDA)
からの造影剤漏出を認めた(Figure 2)。同部位の近位・ 遠位にコイル塞栓を施行し,SMA 造影検査でも止血を確 認した。 来院後経過:IVR による止血を優先し,塞栓後から循 環動態は安定した(所要時間 40 分)。また CT 検査で小腸 壊死が疑われており,IVR 後 1 時間で緊急開腹手術へ移 行した。 所属:東京医科大学 救急・災害医学分野1), 国立病院機構静岡医療センター 外科2) 著者連絡先:〒 160-8402 東京都新宿区新宿 6-1-1 東京医科大学 救急・災害医学分野 受付日:2020 年 3 月 2 日/採用日:2020 年 9 月 12 日
症例報告
特集 1:内臓動脈瘤,動脈解離の診断と治療
手術所見:小腸と右側結腸が広範囲に壊死しており,小 腸亜全摘(空腸瘻造設術),右半結腸切除術を施行した。 手術時間は 1 時間 54 分,出血は 63mL であった。残存小 腸は約 20cm となった。 術後経過:短腸症候群をきたしたが,徐々に状態は軽快 し,経口摂取も開始した。第 57 病日に空腸瘻閉鎖術を施 行し,第 114 病日に前医へ転院となりその後退院した。
症例 2
患 者:53 歳,女性 主 訴:心窩部痛 既往歴・薬剤歴:特記事項なし 現病歴:主訴で前医へ搬送された。造影 CT 検査で小腸 間膜内に造影剤漏出像を伴う多量の血腫を認め,循環動態 も不安定であり加療目的に紹介受診となった。 来院時現症:身長 160cm,体重 60kg,体温 33.2℃,呼 吸 数 30 回 / 分, 血 圧 93/62mmHg, 脈 拍 138 回 / 分・ 整,腹部膨満・筋性防御・反跳痛あり,不穏あり。Intra-abdominal pressure(IAP)13mmHg。来院直後に一時的 に心停止となったが(心電図モニター上無脈性電気活動, pulseless electrical activity;PEA), ア ド レ ナ リ ン 1mg 投与と胸骨圧迫 1 サイクルで心拍再開となった。来院時血液検査:Hb 4.5g/dL,血小板 9.8 万 /µL,PT-INR 1.33,WBC 5,200/µL,CRP 0.3mg/dL,AST 6IU/L, ALT 5IU/L,BUN 16.8mg/dL,Cre 0.59mg/dL,CK< 20 IU/L,Fib 84mg/dL
Figure 1 CT findings CASE 1
a: An image of contrast-enhanced axial CT scan in the early phase. Extravasation and massive hemorrhage in the retroperitoneal space were identified
b: An image of 3D-CT angiography. Median arcuate ligament was identified
a b
Figure 2 An image of angiography CASE 1
In the emergency angiography of the common hepatic artery, contrast extravasation was observed (arrows).
CHA: common hepatic artery, RHA: right hepatic artery, LHA: left hepatic artery, GDA: gastroduodenal artery, ASPDA: anterior superior pancreaticoduodenal artery
Figure 3 An image of contrast-enhanced axial CT scan in the early phase CASE 2
Extravasation and massive hemorrhage in the retroperitoneal space were identified.
腹部造影 CT 検査:小腸間膜内に限局する血腫と造影剤 の漏出を認めた(Figure 3)。
IVR ①:CA からのアプローチは困難であり,SMA か らアプローチを開始し,空腸第 1 枝からの造影剤漏出を認 めた(Figure 4a)。マイクロカテーテルで末梢側へ到達す ることが困難で NBCA(n-butyl-2-cyanoacrylate)で塞栓 を行った。また後下膵十二指腸動脈からも造影剤漏出を認 めコイル塞栓した。空腸第 1 枝からの造影剤漏出が再度認 められ,近位側をコイル塞栓した(所要時間 284 分)。 塞栓後経過:IVR ①後も循環動態は不安定であった。IAP 26mmHg と高値で腹部コンパートメント症候群が疑われ, REBOA(resuscitative endovascular balloon occlusion of the aorta)挿入後に初療室で緊急開腹手術を施行した(所 要時間 63 分)。 手 術 所 見: 腹 腔 内 に も 多 量 の 腹 腔 内 血 腫 が 及 ん で い る こ と が 認 め ら れ, こ れ ら を 除 去 し open abdomen management とした後に IAP は 12mmHg まで低下したが, 循環動態は不安定であった。手術創部からの出血も持続し ており手術室に移り再開腹とした。詳細に観察すると,小 腸間膜裏面が裂けており同部位から新鮮血が溢れ出てきて いた。小腸間膜根部を露出し出血源の根治的止血術を試み たが,多量の血腫のため視野が確保できず困難であった。 十二指腸の血色不良が認められたが,輸血後も凝固異常(血 小板 3.4 万 /µL,PT-INR 2.21)がさらに遷延し,pH 6.944, 33.1℃も呈しており手術続行は危険と判断した。ガーゼ パッキングで終了し,IVR ②で止血する方針とした。手 術時間は 102 分,出血は 5,300mL であった。
IVR ②:CA(起始部狭窄を認め MALS と診断した)か らのアプローチで,ASPDA の分枝と思われる箇所より造 影剤漏出を認めた(Figure 4b)。破綻部への到達が困難で あり,膵十二指腸の虚血リスクが高かったが,止血を優先 し NBCA で塞栓した。SMA からもアプローチし,止血を 確認し手技を終了した(所要時間 122 分)。 術後経過:止血後,輸血によりかろうじて循環動態は維 持されていたが,凝固異常(血小板 6.3 万 /µL,PT-INR 1.17) が遷延しており 2nd look は見送られた。第 3 病日から循 環動態も悪化し,CT 検査で造影剤漏出は認めないものの, 膵十二指腸を含む広範な壊死が疑われた。膵頭十二指腸切 除術も考慮されたが,全身状態的に切除に耐えられないと 判断し断念した。第 4 病日に永眠された。
考 察
正中弓状靱帯(median arcuate ligament;MAL)は横 隔膜左脚と右脚が椎体前面で結合したものであり大動脈裂 孔の腹側を形成している。MAL による CA の圧迫は,血 管造影検査を行った症例の半数近くに認められたという報 告がある1)。1968 年には Harjola らが腹腔動脈起始部圧迫
症候群(celiac axis compression syndrome)を提唱して
いる2)。昨今では CA にかかり起始部を狭窄することで腸 管虚血や膵十二指腸領域に血行動態の異常をきたして動脈 瘤を形成する病態を,MALS と呼称している。MALS は 膵十二指腸動脈瘤の原因になるとされており3),自験例で も画像上,CA 起始部に狭窄を認め,飲酒歴や膵疾患の既 往,外傷のエピソードもなく,MALS が原因と考えられた。 膵十二指腸動脈瘤が破裂前に発見されることはまれであ り4),破裂後の死亡率は高く,また瘤が小さくても破裂す ることから瘤径にかかわらず治療が必要とされる3)。1951 年に Van Ouwerkerk が初めての外科的瘤切除術を報告し て以来,さまざまな治療が報告されている5)。1990 年代ま では開腹下での瘤切除や流入動脈結紮,血行再建が主流で あったが,Kocher の十二指腸授動術等で後腹膜腔を開放 することにもリスクが伴われ死亡率は 13%と高値であり, Figure 4 Angiographic findings CASE 2
a: In the emergency angiography of the superior mesenteric artery, contrast extravasation was observed (arrows)
b: After the laparotomy, the second angiography was performed. MALS and contrast extravasation were observed (arrows)
近年では IVR による治療例が多く報告され,その有用性 や安全性が明らかになりつつある6)。しかしながら膵十二 指腸領域の動脈は複雑な分岐・吻合形態を有するため,目 的血管の選択的挿入が困難な場合もあり7),選択的な血管 塞栓よりも止血を優先し結果として広範な臓器虚血が発症 してしまう懸念もある。本症例 2 でも止血を優先し,結果 的に広範な臓器虚血を発症し,致命的となった。 本症例の生死を分けた点として,後腹膜出血に対する止 血へ至る時間差と腹腔内出血併発有無が考えられた。症例 1 では搬送から手術終了まで 5 時間,症例 2 では搬送から IVR ②終了まで 15 時間を要している。症例 2 では適宜輸 血(15 時間で照射赤血球 56 単位,新鮮凍結血漿 90 単位, 照射血小板 60 単位)していたが止血に至る時間が長い分, 凝固能は破綻しさらに止血に難渋した。また症例 2 では小 腸間膜が破綻し腹腔内へ出血が進展しており,さらに止血 に難渋した。結果として長時間の開腹手術に耐えられない 状態に陥り,広範な血管塞栓で止血せざるを得なかった。 改善点として,IVR ①での止血に 284 分と時間をかけす ぎており放射線科医師と治療限界を積極的に相談するべき であったこと,超音波検査等で続発した遊離腹腔内出血を 早期に認識して開腹止血術を第一選択に変更すべきであっ たこと,またその段階で REBOA 挿入により一時止血が 期待されたことが考えられた。近年は IVR での治療成績 が向上しており診断・治療を同時に行えるため第一選択と なることが多いが,症例 2 のように出血源が判明したもの の動脈硬化や血管形態・循環不全などの影響で手技に時間 を要した時点で,REBOA を挿入し開腹術に移行するなど, IVR の限界も踏まえ早期止血のために別の手技へ移行す るタイミングを見極めることが重要であると考えられた。 また,ガーゼパッキングで開腹術を終えた後,凝固能等の 回復は不十分でありリスクはあったが,循環が一時的に安 定した第 2 病日に,膵頭十二指腸切除も念頭に置いた 2nd look 手術に向かう可能性はなかったかとも考えている。
結 語
内因性後腹膜出血に対し IVR と開腹手術を施行し生死 を分けた症例を経験した。1 つの手技にこだわらず,状況 に応じて別の手技に移行し早期に出血コントロールを目指 すことが重要と考える。 文献1)Colapinto RF, McLoughlin MJ, Weisbrod GL: The routine lateral aortogram and the celiac compression syndrome. Radiology 1972; 103: 557-563.
2)Harjola PT, Lahtiharju A: Celiac axis syndrome: Abdominal angina caused by external compression of the celiac artery. Am J Surg 1968; 115: 864-69.
3)Suzuki K, Kashimura H, Sato M, et al: Pancreaticoduodenal artery aneurysms associated with celiac axis stenosis due to compression by median arcuate ligament and celiac plexus. J Gastroenterol 1998; 33: 434-438.
4)Stanley JC, Wakefield TW, Graham LM, et al: Clinical importance and management of splanchnic artery aneurysms. J Vasc Surg 1986; 3: 836-840.
5)Van Ouwerkerk LW: Aneurysm of the arteria pancreaticoduodenalis. Arch Chir Neerl 1951; 3: 11-17. 6)山口方規,徳丸哲平,長嶺貴一,他:正中弓状靱帯圧迫 症候群に伴う膵十二指腸動脈瘤破裂の 1 例.日救急医会誌 2010;21:257-262. 7)渡邉健次,加藤岳人,鈴木正臣,他:後上膵十二指腸動脈 膵内分枝に発生した動脈瘤破裂の 1 例.日腹部救急医会誌 2007;27:769-772.
Interventional radiology and laparotomy for
retroperitoneal bleeding associated with median arcuate
ligament syndrome: two case reports
Yusuke Tanino
1), Hiroshi Homma
1), Shoji Suzuki
1), Jun Oda
1), Hiroshi Nakano
2)Department of Critical Care Medicine, Tokyo Medical University1)
Department of Surgery, National Hospital Organization Shizuoka Medical Center2)
We report two cases of retroperitoneal bleeding caused by median arcuate ligament syndrome in which one alive and the other dead after Interventional radiology (IVR) and laparotomy.
Case 1:A 67-year-old man was performed laparotomy for intestinal necrosis after angioembolization, and he got well. Case 2:A 53-year-old woman was performed laparotomy after angioembolization, however the bleeding was
continuing. Therefore, we performed second angioembolization. Three days later, she passed away of the wide duodenal necrosis.
Discussion:We thought that the required time to stop bleeding and the presence of intraperitoneal bleeding are the
points of life and death. Although IVR tends to the first choice for diagnosis and treatment, we should recognize the therapeutic limitations.
Conclusion:We should stop bleeding as early as possible not adhering to only one procedure. KeyWords:median arcuate ligament syndrome, interventional radiology, damage control surgery